Fate/staynight_Kyoukai-「」 作:天津毬
2004年2月18日
––––––聖杯戦争開戦から16日目。
九州地方大分県冬木市深山町
柳洞寺山門前
先程まで山門に続く山道に響いていた、
鉄と鉄がぶつかる音。
風と風を切り裂く音。
刀と剣が交錯する音。
––––––それらの音は、ぴたりと止んでいた。
山門前に残されたのは、右の肩から斬り裂かれただけの、ただ一人の武人のみが立っていた。
––––––果たし相手は先に進んだ。
すなわち、彼は敗北したのだ。
肩から斬り裂かれた傷口からはおびただしい血が溢れ––––––やがて、体はガラスのように透けて行きながら、粒子となって霧散していく。
普通ならそうはならない。
おびただしい血が溢れても、体が粒子となって霧散していくなどあり得ない。
––––––常識の中では。
つまり、その武人は常識の外に在る存在なのだ。
だが、その武人が常識の中にいる者だろうと、常識の外にいる者だろうと、避けようの無い死が迫っているのは変わらなかった。
「…ふぅ……」
––––––飄々とした、まるで今から死ぬとは思えない雰囲気を纏いながら、武人は山道の石段に腰を下ろす。
「––––––美しい小鳥だと思ったが…その実、獅子の類であったか…」
雅さを孕んだ声音で呟く。
そして内心、それはそうだ、と苦笑いする。
「…女を見る目には、自身があったが––––––」
溜息を吐いて、
「––––––どちらも修行不足と、いう事か––––––」
––––––満足感と口惜しさ。
相反するふたつの存在を孕んだ声音で呟き––––––武人は消滅した。
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見渡す限り、虚構。
武人の体は架空の人物の体を被った存在として現世に呼ばれた亡霊であるが故に、消えてしまった今、還るべき場所(座)はない。
––––––ただ、消えていくのみ。
––––––果し合いをしたい、という願いは叶った。
…ただ、欲を言えば、もう少し戦いたかったこと、そして––––––良い主人の元に居たかったものだ––––––武人の殻から離脱させられる亡霊は内心思う。
否、肉体が無い魂の類であるから、内心も何も無い。
––––––それは声にしたかった言葉であり、意思であった。
そこへ、
「––––––告げる、」
––––––詠唱(こえ)がした。
「汝の身は我が元に––––––、我が命運は汝の剣に––––––‼︎」
濁りのない、純粋さに満ちた声。
「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
消え行く亡霊を、 ” 先程とは違う世界 ” から
神経回路と魔術回路のような線がいくつも伸び––––––
「誓いをここに––––––
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。」
亡霊を繫ぎ止める。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ––––––」
繋がれた線より喚ばれる世界、喚ばれる時代の情報が流れてくる。
––––––ふ。
それに、武人は笑ってしまう。
先程までいた時代と全く同じなのだ。
しかも、喚ぶ者はおそらくあの ” 女狐 ” とは別の者––––––おまけに願ったばかりのことが叶ってしまった。
これを笑わずしてどうしろというのだ。
「––––––天秤の守り手よ––––––‼︎」
––––––よかろう、その話………乗った。
瞬間––––––新たな縁が構築された。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
––––––並行世界。
2004年2月1日。
––––––聖杯戦争開戦前。
九州地方大分県冬木市深山町
「––––––む。」
がばり、と布団から上半身を起こす。
––––––周りはカーテンを閉めているから暗い。
けれども陽は登っているらしく、カーテンの隙間からは陽光が部屋の暗がりに一筋の光を突き刺していた。
枕元の時計を見れば、時刻は6時。
「––––––ああ、朝か…。」
もう一度布団に潜り、二度寝してしまいたい衝動を抑え、寒さに滞る身体に鞭を打ちながら立ち上がる。
––––––ギシ、
廊下の床を踏むと木が軋む音がした。
けれどこんなの日常茶飯事だ。
だから少年は気にしない。
––––––ましてや、住んでいるのが少し小さくて、かなり古い日本屋敷ならば尚の事。
だがしかし、最近は軋む音が大きくなって来たような気がする。
「––––––そろそろ建て替え時かなぁ…」
ふと、ぼやきながら、朝食であるパンをトースターに二枚放り込みながらぼやく。
確かこの日本屋敷は築180年以上経過しているのだ。
木造であるが故に、そろそろシロアリにどこか喰われていてもおかしくない。
––––––チンッ‼︎
金属質の軽快な音と共にトースターがトーストの焼き上がったことを知らせる音がなり、コーヒーメーカーからいつも使っているコップにコーヒーを注ぎながら、トースターからトーストを抜いて皿の上に乗せる。
朝の献立はトースト2枚とコーヒー、そして市販のヨーグルト。
栄養云々の面ではダメかも知れないがとりあえず腹の足しにはなる。
本当は料理は出来ることは出来るのだが、出来れば朝はさっさと済ませたい派なので、出来るだけ早く胃袋に放りこめるものを作る。
胃袋を満たすなら白米の方が適しているが、彼はパン派故にパンの方をよく食べる。
モフモフとトーストを食べていると、
「––––––ふむ、パンというのは、あまり歯応えがないのだな。」
ひょい、と、もう一枚のトーストを摘んで一口かじるサムライが一人。
––––––さらり、と音さえする程の自然体。
颯爽とした、魔術や呪詛による淀みや濁りすらない、澄んだ空気のような者。
だがしかし、纏っている陣羽織と着物は現代では相容れない違和感を生み出している。
正常と異常を同時に内包している存在と言うべきだろうか、彼はそんな矛盾した存在だった。
「やっぱりアサシンは米派なんだ?」
それに対し少年はさもそれが在るのが当たり前と言わんばかりに問い掛ける。
「うむ––––––やはり西洋より東洋の飯の方が馴染み深い。」
「そりゃそっか。アサシン、見るからに東洋系のサーヴァントだし。」
少年がアサシンと呼んだ存在––––––サーヴァント。
いわゆる、使い魔の類。
けれどもサーヴァントは通常の使い魔とは一線を画す存在だ。
その召喚、使役方法も通常の使い魔とは異なる。
そもそも喚び出すサーヴァントの元となった存在は歴史上の偉人や英雄。
––––––すなわち霊長最強の存在だ。
そして、そのサーヴァントを使役するのは、聖杯という如何な願いも叶える奇跡の願望機を巡って殺し合う聖杯戦争という魔術儀式。
––––––それに参加することとなった彼は、聖杯戦争の監督役である冬木教会の定めた期日までにサーヴァントを召喚することになった。
––––––通常、聖杯戦争に参加する魔術師ならコネを使うなり窃盗をするなりしてサーヴァントの触媒である聖遺物を手に入れるのだが……彼は、聖遺物を確保できなかったのだ。
そうなれば召喚など通常は出来ない。
召喚出来なかったマスターは中立地帯である冬木教会が保護するというルールがある。
「それにしても、昨晩は驚かされた。まさかあの女狐と同じ手段で私をまたこの時代に喚び出すとは。」
しかしこのサーヴァント––––––アサシンが言うように、彼は冬木市を走る4つの霊脈のうち、自宅の近くに支流のように流れている規模の小さい霊脈が走っている土地を媒介に強引に喚び出したのだ。
––––––そして、アサシンの口ぶりから察するに、どうやらこの時代にも一度喚ばれた事があるらしい。
しかも、彼と同じ方法で。
ただ、どうも「この世界」ではないらしく、何処か別の「並行世界」で、らしいが。
––––––喚び出した者を女狐と言うあたり、関係が宜しくなかったのも伺える。
少年はそれをおかしいとは思わなかった。
並行世界とは、1秒、いやそれよりもっと速い速度で、ある世界から分岐し枝分かれしていくモノだ。
今暮らしているこの世界だって何処かの世界から分岐した並行世界の可能性がある。
––––––分かりやすく例を例えるなら、今食べている朝食だ。
今の自分はトースト2枚とコーヒーを食しているが––––––もし朝食を和食にしていたら、もし朝食を食べていなかったら––––––IF、もしもという要素が加わることで朝食という要素によって世界が分岐していく。
並行世界とはそういうモノだ。
気にし出したらキリが無い。
「御馳走様。」
そうこうしているうちに食べ終わり、食器を流しの洗い桶にはった水に浸しながら洗剤を出したスポンジで洗う。
「––––––ッ⁉︎」
––––––冷たい。
張った水の冷たさに思わず顔をしかめる。
––––––当たり前だ、今は1月なのだ。
しかしその水の冷たさがまだ残っていた眠気の余韻を吹き飛ばした。
だがしかし、あまりの冷たさに手がかじかむ。
「う〜…これだから冬場の洗い物って嫌なんだよ……」
忌々しいものを見る目で洗い桶に張った冷水を見る。
「では湯を沸かしせば良いだろうに…」
アサシンは揶揄うように言う。
「––––––却下!余計な水道代とガス代がかかるから!それに、ただでさえ最近は新都でガス漏れ事故起きてんだから……」
はぁ、と溜息を吐き、
「––––––仕方ない。」
「学校から帰ってから洗うのか?」
「違うし!てかそうしたらもっと冷たくなるから絶対却下ッ‼︎」
––––––なんて漫才じみたことをしながら、右腕の袖をまくる。
左手の掌で右腕の地肌を5回往復しながら摩る。
「は––––––…、ふぅ…」
深呼吸。
鼻より新鮮な酸素を肺へ、肺から不要な二酸化炭素を口から体外へ。
息を閉じる。
そして––––––詠唱(こえ)を放った。
「天狗炎発火、急急如律令––––––。」
赤血球と共に体を循環する呪詛が反応する。
––––––瞬間、肌を摩るという代償行為を行った部位が大気中のマナを吸収し、膨大な熱を放つ。
体内から放出された呪詛の余波が大気を焦がす。
それで、一瞬にして室内の温度が反転した。
15度未満の温度は一気に20度へ上昇する。
少年の右腕は蒸気と炎を纏っている。
しかしただの炎ではない。
日本に古来から通ずる妖の類である天狗の持つ、水に触れても2分程度なら燃え続ける天狗の炎のソレだった。
––––––それを、
「––––––よいしょ」
ざぶんっ、と勢いよく洗い桶の冷水に叩き込む。
––––––程なくして、冷水はブクブクと泡立ちながら湯気を湧き立たせる。
「…六根清浄、急急如律令––––––」
––––––眼、耳、鼻、舌、身、意を清める意味を持つ詠唱を唱える。
瞬間、体内で活性化していた呪詛が鎮静化し、右腕の天狗炎も鎮火する。
「…うん、これくらいの水温が丁度いいかな。」
今あるのは洗い桶を満たす、冷水から40度ほどの湯になったモノ。
ガスコンロを使わないしガス代もかからない、家庭にもお財布事情にも優しい魔的な湯沸かしだ。
……使い方を間違っている?––––––そんなことは気にするな。
「…ふむ、それは呪術か?」
アサシンが問う。
「そうそう…陰陽道ベースの呪術と修験道を合わせた感じ。」
そう、先程の魔的な事象はサーヴァントを喚び出した人間達––––––魔術師の行う魔術とは違う、呪術というもの––––––。
魔術は魔術師が体内にある魔力(オド)を使役して大気中の魔力(マナ)を操るモノ。
対して呪術は魔力ではなく何らかの物理的代償を払って発動するものだ。
有名な例なら、紐の刻参りと同じ原理だ。
魔力ではなく紐三つ時に藁人形に五寸釘を打つ、という代償行為を払って相手を害するというもの。
今の少年も、深呼吸と発火させる場所の肌を摩るという代償行為で体内の呪詛を活性化させ天狗炎を発火させる、という神秘を成立させてみせた。
呪術は魔術教会というイギリス・ロンドンにある魔術の総本山では、呪術は学ぶものではないと軽視されている術式だった。
それに目をつけたのが自分の父親だ。
この家は祖父の代から魔術師としては落ちぶれていっていたらしく、父親の代からは根源への到達を諦めざるを得ないレベルになったらしい。
しかし魔術刻印だけでも残そうとする父親は日本古来の呪術に目をつけ、それらを用いて魔術の欠けた部分を補強しようとした。
そして、魔術は初歩で停滞し、代わりに呪術を修練する魔術使いである自分の代に至る。
「…さて、洗い物終わり!あとは学校の支度っと…」
食器を洗い終わり、手拭いで手を拭き、投稿の準備をするべく自室に駆けていく。
しかしこちらは大したことはない。
単に制服に着替えるだけだ。
深山町の穂群原高校の制服。
それに着替えて、玄関に行こうとして––––––
「あ、そうだ石。」
ふと、自室に忘れ物をした為に取りに戻る。
––––––自室の机の上。
そこに置いてある、荒縄で縛った小袋と数枚の護符。
それが忘れ物だった。
「万一に備えての用心は必要だもんな…」
小袋を鞄に放り込みながら呟く。
「––––––さて、今日も一日頑張るか…改めてよろしく、アサシン。」
玄関で靴を履きながら、アサシンに少年––––––山邑梓真(やまむら あずま)は嘘偽りない笑顔で言った。
読んで頂きありがとうございます。
連載できるなら、続くと思います。
あ、時系列的にはUBWルートアニメ版第23話のアサ次郎消滅から始まり、「山邑梓真というマスターが存在する並行世界」のUBWルートにて、冬木市の土地を媒介にした結果また佐々木小次郎として喚ばれた次第です。
連載できるならば不定期ですが、よろしくお願い致します。