Fate/staynight_Kyoukai-「」 作:天津毬
午後3時34分
冬木市新都・冬木中央駅ロッカールーム
整然と規則正しく並べられたコインロッカーの群れ。
…ロッカールームの中は昼間なのに人が居らず、実際いるのは梓真だけであった。
––––––ここがまるで、人間社会から外れた異界と錯覚してしまうほどに、人がいないのだ。
…ふと、しかしそれを否定するように、足音とガラガラとキャリーバッグを引きずる音と共に2人の女性がロッカールームに入って来る。
……多分ロッカールームがガランとしているのは、新都のガス漏れや深山町の強盗殺人、そしてここ最近相次ぐ窃盗事件の影響で荷物は出来る限り持ち歩くか家で保管しているかのどちらかだからだろう。
––––––そう結論付けながら、改めて2人の女性に視線を向けた。
1人は黒髪のストレートヘアで、気丈な目をした、何かに挑むような強さと清楚なお嬢様然としていて芯の強さをヒシヒシと周りにこれでもかと知らしめる存在––––––朝に会った遠坂みたいな女性。
もう1人はそれとは正反対の、大人しそうな印象の、しかしやはり清楚なお嬢様然としている。目は見えていないらしく杖で足元に障害物が無いか確認しながら歩いているけれど、その盲目の紅い瞳にどこか闇を内包しているような感じの女性。
––––––見た目からして、観光客らしい。
(…こんな地方都市に観光なんて珍しい……。)
梓真は内心呟く。
––––––冬木市は安土桃山時代からポルトガルやオランダに中国、明治時代以降はイギリスやドイツにフランスとも相手に海運業と貿易を行うことで栄えた港街だ。
とはいえ、その規模は地方都市に留まっており、さらにいえば特にこれといった観光名所も無い。……強いて言えば柳洞寺と喫茶アーネンエルベくらいだろうか。
––––––まぁ、冬木に金を落としていってくれるのは良い事だ。と、そう思いながら梓真はコインロッカーを開く。
––––––中にはA4サイズの封筒。
…封筒の中に入っているものはかなり厚く、重いものらしく、中身のものによって封筒の表面はデコボコに隆起していた。
『いざという時の為に使いたまえ、山邑。
––––––蒼崎橙子
追伸:君にも
封筒の裏には蒼崎橙子という女性の字体らしきモノでそう書かれていた。
––––––蒼崎橙子。
数年前、父親が世話になった人物…封印指定の魔術師なのだそうだ。
もっとも、自分はその人物に会って、言葉を交わした事はあるかもしれないが、その人物の姿形を ” 見た ” 事は一度もない。
…話し口調からしてみれば、温和そうな人だったような気もする……。
しかし声だけで人の見た目を解するのは難しい事この上ない。
声や口調を元に想像出来るのは性格まででしかなく、顔…もっと細かく言うなら人相まで想像するのは簡単ではない。
仮に想像出来ても実物が想像していたモノと一次元かけ離れていることなんてしょっちゅうだ。
…ついでに彼女が触れていた
詳しくは知らないが、橙子の話を聞いた父曰く『魔術と魔法の関係とかほとんどぶち壊し』な代物らしい。
また父曰くテムズ・トロルは川のない場所では喚べない事を除けば最強クラスの代物で、なんと4段階あるらしく、2段階までで『橋』の怪物としての巨人が現れるそうだが、4段階まで行くと産業革命直後の鋼鉄と蒸気に満ちた巨大な『都市』としての巨人になるのだとか。
…それは確かに使えたらとても凄い代物だろう。
でも自分にはそんなもの使えないし何より––––––鉄で肉を斬りえぐる方が、俺は好きだ。
––––––閑話休題、さて目的のものは取ったし帰ろう。
「今日泊まる冬木ハイアットホテルって藤乃が再建したんでしょ?」
「あ…黒桐さん、その、ホテルを建て直したのはお父さんと浅上建設の方ですから、私が建て直したワケじゃ、ないです……。」
「バッカねぇ、そこはノリに乗って『はいそうですよ!すごいでしょう?』って言うとこじゃないの〜。」
––––––そんな、自分とは無関係の2人の会話を背に、梓真は歩き出した。
……そういや冬木ハイアットホテルって10年前にガス爆発と欠陥建築のせいで全壊したんだっけ。
ーーーーーーーーーー
冬木中央駅・駅前広場
午前終わりであった事もあるからかして、学生がまばらに確認出来るくらいに賑やかな風景。
その中を梓真は進んで行く。
『…マスター、まずはどうするつもりだ?』
ふと、霊体化したアサシンが問うて来る。
「まずは家の工房の強化、それでもって魔術礼装と概念武装の整理、あとは––––––衛宮について。」
『工房?あの家には、多少結界の類があったはずだが?』
「だめだめ。護符を用いた祟り除けの結界と樹木や苔など自然を用いた魔除けの結界からなる二重結界が張ってあるけど、あれで防げるのはランクE〜Cの魑魅魍魎とかの妖怪とか魔物、使い魔くらいだよ。
…サーヴァントみたいな英霊や、神霊の類が来たらあんなの紙くず同然。すぐ突破されちゃう。
……実際、アサシンだって気配遮断スキル使えばあの二重結界通り抜けられるでしょ?」
––––––それを肯定するように、アサシンは見透かされていたか、と邪のない澄んだ声で笑う。
––––––そもそも工房…魔術工房とは、魔術師にとって防御の要。最後の砦であり城塞。そして迷い込む者、盗みに入る不埒な輩を確実に処刑するための断頭台という、攻撃の為にも用いられる…いわゆる本拠地、寝ぐらである。
故に強力な仕掛けや魔術式が施されているのだが––––––それはあくまで対人・対魔術師を想定したものであり、人類最強の霊長たる、英霊…サーヴァントにその手は通用しない。
––––––例えるならば、ネズミを殺す毒で恐竜を殺そうとするようなものだろうか。
このアサシンでさえ、梓真の工房に仕掛けられた魔術式を上回るランクC〜A相当の魔術式が仕掛けられた工房に探知されず侵入出来る気配遮断というスキルを有しているのだ。
…霊長最強の存在であるサーヴァントの内、まだ弱い方のアサシンでさえこんなスキルを有しているのだから、他のサーヴァントが侵入出来ないはずがない。
故に強化が必要なのだ。
「…一応、考えられる中だと火焔の呪刻石を灯籠に仕込んで索敵範囲内に侵入したら発火させるのが無難かな……呪刻石の材料の黒曜石なら家の裏にいっぱいあるし。」
––––––呪刻石。
西洋魔術の宝石魔術と日本呪術の祭儀で扱われている石を用いた呪術のハイブリッドにあたる術式を刻んだ石。
性質は宝石に籠めた魔力を解放することで神秘を発現する宝石魔術と似ているおり、呪刻石も籠められた魔力を発動するモノだ。
…違いがあるとすれば、宝石魔術は人の手によって時間をかけて魔力を籠めるのに対して、呪刻石は自然によって蓄積された魔力に人間の手で魔力を上乗せし、呪術特有の物理的代償行為によって内包された神秘を解き放つ………というものだ。
梓真は自身の魔術回路との相性上黒曜石を用いているが、実際には長い年月をかけて在るものであれば構わない––––––つまり、そのあたりの石ころでも問題ないのだ。
しかし石を構成する物質や年月、石そのものの大きさに影響され易いため、宝石魔術に比べれば経済面では申し分ないが統一性がないのが欠点である。
その辺りは人の手で魔力の蓄積量を調整する必要がある。
––––––もっとも、前もって自然によって石に蓄積された魔力を普通の人間が分かる訳がなく、事前に石に蓄積された魔力をカラにして再度人の手で蓄積し直す必要があるのだがそれでは宝石魔術と変わらない。
––––––しかし、年月をかけて魔力が蓄積された ” 痕跡 ” を ” 視る ” ことが出来れば問題はないのだが。
(…まぁ、俺は ” 視えている ” からあんま問題ないけどさ……。)
梓真は内心呟く。
…ふと、その隣からからかうような声音でアサシンが問う。
『ふむ。…そういえば、今朝の娘はどうするつもりだ?』
「え?ああ、遠坂?……どうしようか、あいつ…。」
––––––今朝、HRの時に屋上であった出来事を思い出し、少し頭を抱えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
––––––遡ること、およそ6時間前。
午前8時41分・穂群原高校屋上
屋上に足を運んだのは衛宮の手に現れていた令呪を見て、今後の考えを纏めるために人がいない場所を求めて––––––だったのだが、
「––––––あら、山邑くん。貴方もサボり?」
––––––先客が居た。
黒髪のツインテール。
澄んだ翡翠色の瞳。
制服の上から羽織っている印象的な赤いコート。
そして左手の甲に刻まれた、何処と無く林檎の果実に見えなくもない形の赤い聖碧––––––令呪。
「遠、坂––––––」
思わず梓真は声を漏らしてしまった。
––––––彼女、遠坂凛は冬木の霊脈を管理する通称セカンドオーナーであり、聖杯戦争に参加するマスターである遠坂家の当主であるからだ。
当然技量は梓真より遥かに上だ。
…学校に結界を張ったのも彼女の可能性がある。
迂闊な真似をすれば即アウトだ。
––––––故に、
「うん、まぁそんなトコかな。」
あくまで普通に対応することにする。
––––––しかし、すぐにでも簡易的な呪術を作動させて即応できるよう、体内の呪詛を加速させる。
遠坂凛は学校のアイドル的存在なのだが、個人的には苦手だ。
––––––本質とは異なるモノを本質の上に被せて本質を隠し圧し殺している、猫かぶりとでも言う人物は、まるで鏡に映った自分自身を見ているみたいで痛々しいから。
「…遠坂もサボりか?」
自分の真意を理解されぬように、適当に言葉を放つ。
「ええまあね。…でも、そんなことより––––––」
遠坂はふと一拍おいて、穏やかな声から、
「––––––聖杯戦争に参加するマスターとしては、ちょっと抜けているんじゃないかしら?」
––––––一転した、険しい顔つきで冷たい声音を放つ。
魔術師とは普段と魔術を行使する時とで意図的に性格を切り替えるという。
つまり今の遠坂は魔術を行使する時の状態なのだろう。
(––––––まるで、童話の人間に擬態した鬼の化けの皮が剥がれた時みたいだ。)
「…ねぇちょっと、今失礼なこと考えなかった?」
しかしまた一転。
普段の顔に戻り、少し不機嫌そうな顔で梓真に突っかかる。
––––––どうやら内心呟いたつもりが、顔に出ていたらしい。
「いや別に。」
さらりと否定の言葉を口にする。
余計な言葉を付け加えればさらに油を注いで小さな火の粉で済んだものを燃え盛る業火へと発展させ被害を拡大させかねない。
––––––ガソリンが気化した空間ではわずかな静電気がキッカケで大爆発を引き起こすという。それと同じように、不機嫌な女性に不用意な発言は自身にさらなる厄災を落とすことになる。
––––––だから答えは簡潔に。
これは普段鈍感な衛宮の失言を見て学んだことだ。
「ふぅん…なら、良いんだけど。」
遠坂は相変わらず不機嫌そうな顔で梓真をジーっと見ながら怪訝な瞳を向ける。
その遠坂の瞳を見て、場違いだけれど翡翠色の瞳を綺麗だなと思った。
どうしてこんな時に思ったのか、空気を読めよと自分に言いたい。
…けれど、遠坂の瞳を見ていると少し恐くなった。
––––––このままじゃ、◼︎◼︎◼︎に ” なりかけ ” の自分が手を出してしまう。
このままじゃ、翡翠色の眼に右手が伸びてしまうと判断して––––––無理にでも普段の自分を繋ごうとした。
「…遠坂。」
「なによ?」
「…2つ聴きたい事があるんだけど……。」
––––––自分にとって既知の事実を問うてみる。
「学校に結界が張ってあるみたいだけど、張ってるのは遠坂か?」
そういうと遠坂は怪訝な顔をして、
「…?いえ、違うけど。第一、私の工房は私の家だから。霊脈のバックアップがない学校にわざわざ工房を構えようなんて3流臭いことしないわよ。」
……それは霊脈の通っている遠坂家の人間からした場合で、普通の魔術師からしたら今の発言は頂けないのだが…。
まぁ、それは置いといて、学校の結界は遠坂のものではないらしい。
「そっか……。じゃあ、もう一つの質問なんだけど…聖杯戦争に巻き込まれたことを理解してないマスター、それも一般人がいたら、お前は殺す?」
––––––その質問に、遠坂の雰囲気が変わる。
「––––––どういう意味かしら?」
「どうもこうも、そのまんまの意味。例えばだけど、そんな奴がいたらどうするって話。」
梓真がそう言うと、遠坂は、ふむと呟くと手を顎に当てて何故か自分の周りをグルグルと回りながら思案する。
––––––3、4周して考えが纏まったのか、
「––––––令呪と記憶を奪って放っておくわ。でも抵抗するなら––––––殺すわ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
––––––以上が今朝あった遠坂との出来事である。
ちなみに今日は後藤と午後約束していたのに何故後藤がいないかというと、それは課題未提出だったので冬木の虎、タイガー…もとい、藤村大河先生に居残りさせられているからである。
哀れ後藤。
タイガーのクラスで課題はやらねば地獄を見るのだ。
「––––––あれ?山邑じゃん。」
––––––ふと、そんな梓真に声をかけた人間が一人。
振り向くとそこには、
「美綴…。」
––––––美綴綾子がいた。
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––––––小さい頃、自分には4つ上の姉がいました。
姉は優しくて、けれど男勝りな性格で。
そう、彼女に、美綴綾子にそっくりでした。
けれど姉は自分が中学二年生の時に一緒に信号待ちをしていた時に飲酒運転で暴走したトラックが突っ込んで来て。
––––––自分はトラックの下敷きに。
––––––姉はタイヤに巻き込まれて。
それでも姉は生きていました。
タイヤに巻き込まれて。
全身の骨が有り得ない方向に曲がり果てて。
原型を留めないまでに潰れて。
虫の息でしたが生きていました。
––––––けれど、姉の詳しい状態の話は後から聞いた話でした。
その時自分は、ただ生きていることだけに気付いたから、死んで欲しくなくて、トラックの下敷きになりながらも必死で励ましました。
––––––それが姉にはどんなに苦痛だったでしょう。
どう考えても助からないくらいに体は潰れていたのに。
即死ではなく、ジリジリと身体から命が零れていく、苦しくて仕方なかっただろう時間を無理矢理に延長させてしまった。
––––––その理由に、家族がいなくなるのが嫌だったから…というのもあります。
でも、それは後付け。
––––––その時の自分は姉の一番近くにいながら姉の死ぬ瞬間(光景)を一度も見た事が無かったのです。
…おかしな話でしょう?
でも、本当なんです。
––––––だって、その時の自分は目が ” 見えて ” いなくて、姉という家族が死という名の【存在限界】に呑み込まれた瞬間が ” 視えた ” だけだったのですから。
––––––けれど、如何な理由があっても姉を自分は殺してしまいました。
みんなはトラックの運転手に非があると言うけれど、それだけでは違います。
––––––姉が轢かれてタイヤに巻き込まれて、尚且つそれを知らなくても、言葉をかけて意図的に命を操作しようとして、姉を苦しめさせて最終的に事切れさせてしまった。
姉の命が保たなかっただけで自分の所為ではないとみんなは言うけれど、それも違う。
––––––死ぬ間際に手を出してしまったから、救うわけでもないのに、救える訳でも無いのに命に対して手を出してしまった。
そして結果として死んでしまった。
––––––それは、殺人とどう違いますか。
…だから、それから死というモノ…人の命に関わるモノに触れるのが怖くなった。人を傷付けるのが怖くなった。
––––––目が眼になって、見たくないのに ” 視える ” ようになってからは尚の事。
だから、人を傷付けられないその異常を何度も克服しようとした。
今自分の陥っている状態は異常だと思ったから。
人を傷付けるのが怖くて手を出さないでいたら自分なんか守れない。
––––––だから、何度も何度も何度も何度も何度も何度も克服しようとした。
けれども一度も殺せない。
殺したくてもナニカが自分の身体と意志を拘束してしまって、殺すことが出来ないで終わってしまう。
––––––そしてあの夜、雨の降りしける梅雨の夜。いつも通り ” 克服 ” しようと
/境界式
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今回はここまでになります。
…スミマセン、ランサーvsアーチャーには辿り着けませんでした…。
そして今回は若干雑になってしまいすみません。
今回の序盤、【空の境界】に登場した『凶れ』でお馴染み浅上藤乃とブラコン黒桐鮮花、文章のみですが蒼崎橙子が登場。
さらに【魔法使いの夜】にて久遠寺有珠が使役し当時橙子さんの使い魔だったルゥ=ベオウルフにワンパン(光の槍)されて出オチトロルとか言われるようになったテムズ・トロルについて触れました。
…型月作品は全て同じ世界線だからこんなクロスオーバーもアリかなぁって思ったのでやった次第です。
…てか、橙子さん自体はzeroの時起源弾でやられたケイネス先生に義手届けたり、SNのHFルートでも士郎の殻となる人形作ったり(さらっとHFのネタバレ)してますから、公式でもFateとクロスオーバーしてるんだよなぁ…。
他は原作とそんな変わりない感じですかね。やっとヒロインを出せたくらいで。
あ、最後の境界式/で語ってたのは勿論〈この部分は◼︎◼︎によって殺されました〉です。
次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。