Fate/staynight_Kyoukai-「」 作:天津毬
今回はやっと軽い戦闘があります。
––––––姉が死んだとされる日、姉が死んだとされる時間、眠るように意識は世界から絶えてしまった。
意識は肉体から乖離して、ただ虚空を彷徨うだけ。
彷徨うと言っても、出口を探して迷っているわけではない。
ただ散歩する感覚で行くあてもなく、目的もなく歩き続けているだけ––––––それは彷徨っている事とどう違うか。
肉体に関しては、いわゆる昏睡状態というもので、魂に関しては幽体離脱というべき状態。
けれど、視界に入ってくる
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
––––––何も無い、光は無く、闇も無く、色も無く、音さえ無い。
––––––そんな場所にいて、まともな精神など保っていられるわけが無い。
だからいつからか、何も無く、空っぽで伽藍堂だった意思の中には、ここから出たいと思うようになった––––––。
––––––【根元の渦】。
全ての事象の源泉が渦巻く座標から程近い虚空で、帰りたいと願った。
––––––あの
目は見えないから手探りと音、鼻、手助けしてくれる他者を頼りにしなくてはならないから不便だけど、産まれてからそこに自身が在った場所へ––––––。
––––––常識の中に居たいと願うようになったのは、それからだろうか。
/境界式
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2004年2月1日午後4時01分
冬木市・新都
––––––とあるゲームセンター。
いくつものゲーム機のサウンドスピーカーが放つ爆音のスコールとその雨粒を打ち付けられたジャングルの木葉のように歓声を上げる人々。
まさに嵐のど真ん中に飛び込んだかのような喧騒に満ち溢れた空間。
入った瞬間、まるで鼓膜が破れるかと思わされる錯覚さえ覚えるほどである。
急激な環境の変化は人体に対して有害なモノだ。
––––––しかしその環境に一度適応してしまえば肉体はそれに合わせた変化を遂げ、自身に負担をかけないようになる。
実際、今は入った当初より音は気にならない。
––––––で、なぜゲームセンターなんかに寄ったかというと…
「いやったぁっ‼︎またあたしの勝ち‼︎」
––––––暇を持て余すためにレーシングカー系のゲームをやろうとゲーセンに足を運んでいた弓道部部長、美綴綾子に連れ込まれたからだ。
(…聖杯戦争の支度しなきゃならないのに、こんなトコで道草食ってるわけにはいかないのに……)
はぁ、と溜息を吐きながら困った顔を浮かべる。
––––––もっとも、困った顔をした理由は自分を巻き込んだ美綴に対してではない。
美綴に巻きこまれたにも関わらず、それに抗議するわけではなく、理由を付けて帰り去るわけでもない自分に対してだ。
––––––正直なところ、自分も美綴とこうして年頃の人間らしくゲームセンターで遊ぶことを愉しんでいる。
デジタル化された世界を観て、感じて、それに触れるという新鮮な感触、中毒性さえ感じさせるそれは、素直に楽しいと感じさせられる。
否。感じられずにはいられない––––––それはまるで、一種の暗示だと、梓真は思う。
同時に––––––何の魔術もなく人を虜にする。これこそが今の時代に求められている存在なのだろう、と内心呟きながら。
「なぁ、もう一回やんねぇか?」
梓真は口を開きながら、ゲーム機とケーブルで繋がっている操作端末に力を込めた。
・
・
・
結果からすると、また負けた。
普段からゲームセンターに通うことなんてないのだから、熟練プレイヤーと化した美綴に対しては歯が立たないのなんの。
しかし、ただやられるだけの梓真ではない。
着実に腕は上げてはいる––––––のだが、
「ああくっそ!また負けた‼︎」
「やりぃーまた私の勝ち〜。」
美綴の圧倒的ゲームキャリアに対して、それは微々たる成果しか齎さなかった。
「美綴強過ぎんだろ…お前どんだけやり込んでるんだ…」
「結構やってるよ。ゲームは弓の次あたしの得意分野だからね。」
にしし、と笑う美綴。
" ––––––あ、やっぱ可愛いわ。 "
そんな美綴の顔を見て、梓真は思う。
…実際、今の言葉だって思うのではなく口に出してしまいたい。
しかし––––––今は、聖杯戦争直前なのだ。
迂闊に関係を深めてしまえば、それだけ自分との距離は縮む。
距離が縮めば当然自分に近付いてしまう。
そして聖杯戦争のマスターという、例えるならば、そう––––––銃を乱射されている人間の近くに来ればどうなるか。
結果は明白。
––––––美綴は死ぬ。
だから今は、このままでいた方が良いのだろう。
恋慕を抱けど友達以上、恋人未満の領域で足踏みしている方が。
もどかしいけど、こればっかりは仕方ない。
好きになった奴が死ぬなんて、御免だ。
そうなるくらいなら、
俺自身の手で犯したい。
俺自身の手で壊したい。
俺自身の手で殺したい。
そうして、独り占めしてしまいたくな––––––
––––––今、何考えてた?
––––––先の雰囲気から一変し、気味の悪い思考をしていた自分に反吐が出そうになり、額に汗が浮かぶ。
「山邑?」
その異変を、美綴は見逃してはいなかった。
「どうした山邑?汗かいてるけど。」
「あ、いや。別に。」
途切れ途切れの回答。
ふと、話題を逸らそうと自身の腕時計を睨む。
––––––時刻は16時02分。
すでに陽が西の彼方へ沈み始め、暗がりが東の果てより夜を引き連れて顕現し始める時間。
「…美綴、お前のマンションって新都だったよな?」
「え?うん、そうだけど––––––」
「送ってく。」
––––––未練は作るべきじゃない。
けれども、やはり美綴とはもう少し親しくなりたいという欲求には、抗えなかった。
・
・
・
––––––先のゲームセンターより南に1キロ。
高層ビルが乱立し都会の喧騒さに満ちた新都の中でも比較的落ち着いた静けさを持つ内陸部のマンション地帯。
同じ新都の中であっても、先程いた場所とは外観こそ直方体の建物が乱立する似たものであれ、中身は全く違う。
先程の場所は人の営みがあるにせよ、それは装飾されたもの。
しかし此処は違う、確かに人が生活し真に営みを築いている。
––––––そのマンション地帯の中でも一等モノのタワーマンションである蝉菜マンションが美綴の家であった。
「悪いね、山邑。送って貰ってさ。」
「いいんだよ、最近ガス爆発だの猟奇殺人だので物騒だし。」
蝉菜マンションの入り口に着くなり、美綴は若干相手に迷惑をかけてしまったような顔を浮かべて口を開く。
それに、梓真も釣られて苦笑しながら口を開いて応える。
––––––無論、ガス爆発だの猟奇殺人だのの実態はおそらく魔術絡みだろう。
そしてこのタイミングでソレという事は聖杯戦争が開戦する前にサーヴァントを用いた前哨戦や威力偵察が行われているか。
…もしくは、サーヴァントがマスターを殺害して彷徨いている、という事もあり得るかもしれない。
…もう
––––––そんな状況下にある夜の冬木を一人で歩かせる方が危険極まりない。
「それに美綴が巻き込まれちまう方が、俺は嫌だし。」
「…そっか。」
梓真が言うなり、美綴はふと安心したように口を開く。
「じゃ、また明日学校で。」
今は未練を築くべきじゃない。
だから目的を達成したなら別れは簡潔に、梓真は告げる。
「うん、また明日。といってもまた早期下校だろうけど。」
「はは、違いないね。」
––––––なんて、他愛ない言葉を交わしてから美綴は蝉菜マンションへ消えて行った。
そうして梓真もまた、帰路に着く。
一歩一歩アスファルトで舗装された道を脚で踏みしめながら、梓真は歩んで行く。
辺りは夜の訪れを祝福するように、街灯の明りが灯り出す。
住宅も帰宅して来る人間を包容する支度をするかのように、次々と灯り出す。
" ––––––まるで、蛍みたいだ。 "
梓真は思わずそう思う。
新都と深山町を分かつ未遠川にかかる麻巳橋に差し掛かる。
ふと振り返ると、まるで星が散りばめられた空のように黎明色に染まる新都が視界に映る。
それがとても、とても綺麗なのだ。
…なんて事はない。
普通の夜景。
地方都市の夜景。
だけど––––––あの虚空に比べたら、どんなに綺麗か。
そうして、北の方角にある、朱色に輝く冬木大橋を横切るように視線を再び深山町に戻す。
––––––あとは、家に帰るだけ。
だから足を踏み出そうとして、
「––––––よう、お前が五人目のマスターか。」
––––––あってはならないモノが視界に映る。
「おまえ––––––」
目を見開き、
無駄を削ぎ落とし、速さに長けることを選んだ蒼青の戦闘束。
身体の倍近い長さはある、呪詛のような装飾を施された真紅の長槍。
野獣のような獰猛さと荒々しさを内包した、赤く紅く鋭い瞳。
この街には、否。この時代には違和の塊この上ない異物。
アレは––––––間違いなく、
「サーヴァント––––––‼︎」
––––––梓真の声。
反射的に、ナイフを抜く。
しかしそれより速く真紅の槍が飛ぶ。
それは梓真の心臓を目掛け、大気中の酸素とマナを焦がしながら疾る––––––‼︎
「––––––下がれ、マスター!」
梓真がそれに気付くよりも早く––––––アサシンの声が鼓膜を震わせる。
直後––––––大気に火花を咲せてアサシンがその刀を振るい、袈裟斬りに真紅の槍を迎撃する。
「––––––ふッ‼︎」
すぐさま返す刀を、弧を描きながら敵サーヴァントの首目掛けて振るう。
それは野をかける微風のような静かさで、しかして木々を薙ぎ払う豪風のような強さで––––––‼︎
「ちっ––––––!」
しかし、それを敵サーヴァントは許さない。
敵サーヴァントも真紅の槍を踊らせ、自身の
––––––数度の打ち合いの末に、アサシンは梓真の元へ飛び下がる。
「––––––どうやら坊主のサーヴァントはセイバー……って訳じゃあなさそうだな…。」
そう言うなり、敵サーヴァントはアサシンを睨み付ける。
––––––それはまるで、狂犬を思わせる形相。
「霊体化を解除するまで気配は感じなかった––––––ということはアサシンか。テメェ。」
「…いかにも。
––––––礼儀真面目に、槍兵に向けて
「––––––なっ…」
思わず、そのやりとりを前に梓真は眼を見開き絶句する。
対する敵サーヴァントも怪訝に顔を歪める。
––––––真名とは、その名の通りクラス別に振り分けられたサーヴァント達の本来の名前。
そして宝具解放の為の鍵である。
本来は主従関係にあるマスターにのみ明かすモノであり、他者に伝えることはまず有り得ない。
…何しろ、真名を知られるという事は弱点を晒すことに繋がるからだ。
––––––例えば、邪龍の血を浴びたが故に不死身の肉体を得たが、背中には浴びなかったが故に弱点である背中を斬られて命を落とした大英雄ジークフリート。
––––––例えば、同じく全身が不死身であるにもかかわらず唯一祝福の掛からなかった膝下に矢を受け命を落とし、アキレス腱の語源となった英雄アキレウス。
…如何な英霊と言えど不死身ではない。
そして、一度死んでいる以上死因は記録されている。
…つまりは、名前が分かればそこから過去を調べ上げ、弱点を特定することは容易いということ。
––––––だというのに、このサーヴァントは真名をアッサリと明かしてみせた。
…名を明かしたところでどうにでもなるのか、それとも武士道精神に倣い名前を告げたのか。
––––––それは分からない。だが、アサシンは真名云々を気にしていないという事。
それは確かであろう。
「そういう貴様はランサーだな?先の神速の槍捌き、どこの英霊かは知らんが––––––さぞ高名な武人であると見る。」
「ああ––––––だが、片刃の剣を振るう暗殺者なんぞ聴いた事ねえ…。」
アサシンにクラスを言い当てられた敵サーヴァント––––––ランサーは、機嫌を良くしながらも、怪訝を拭えぬ顔で口を開く。
「おうさ、某は暗殺者なんぞではないからな。…ただ––––––その席が空いていただけ、という話よ。」
「––––––なるほど。…ところでお互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」
––––––ふと、唐突に告げられたランサーからの提案。
「––––––ふむ、そうだな。良き好敵手とは得難いものだ。」
––––––そしてアサシンも、それをアッサリ承諾する。
「…今宵はこれで結構。立ち去るが良い。」
––––––その言葉が紡がれると同時に、敵サーヴァント…ランサーはその場より消える。
それで、事は終結した。
––––––とすん。
思わず、梓真は腰を地面に落としてしまう。
…脚が痺れて動けない。
…冷や汗が未だ止まらない。
…脈打つ心臓は未だ激しいまま。
緊張が終わったにもかかわらず、今の一瞬で経験した時間の異常さに、脳も肉体も対応出来ずにいる。
「…っ、助かっ…た?」
梓真は未だ力強くナイフを握り締めたまま、震える声音で発する。
「––––––そのようだな。」
刀を鞘に納めながら、アサシンは返す。
「…帰ったら、明日からの作戦会議、しよう。」
首を振るい、こべりついていた感情を落とすと、梓真は告げる。
––––––敵のサーヴァントと遭遇した以上、無闇に出歩くのは禁物だろう。
ほかのマスターはともかく、ランサーのマスターには目を付けられている可能性だってある。
…無策のまま過ごして良いモノでないのは、目に見えている。
ならば、対策を立てるのが吉であろう。
「…ふむ、そうだな。」
「––––––ところでアサシン。」
「ん?」
それともうひとつ、必要な事がある。
「––––––腰が抜けたから手を引っ張って下さい…。」
––––––顔を羞恥に染めながら、梓真は口を開く。
…この後、アサシンに大笑いされたのは勿論言うまでも無い。
今回はここまでになります。
…短くて申し訳ございません。
次回は士郎が心臓をブスリ♂される日が舞台ですので、色々な人の視点が入れ替わるやもしれません。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。