呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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75話

 

「ははは、ああああ、はあああああああ!!」

(ま、マズイ……! 完全にやられてやがる!?)

 

 手にしたダークを操り、彼女らしくない叫び声をあげ、虚ろな目で桔梗は狂ティガレックスへと何度も攻撃していく。それはさっきまでの桔梗の戦いではなかった。

 それはまるで獣の如く。

 吼えながら獲物へと飛びかかる猛獣のように桔梗は攻撃を重ねていく。

 彼女は元々感情が不安定なのだ。狂化竜を前にしてタガが外れてしまう程に弱く、脆いものだ。それを笑顔の仮面を嵌める事で何とか日常を過ごしているだけ。

 ここまで何とか持っていたのは、恐怖という刺激で理性が吹き飛ばないように繋ぎ止めていただけに過ぎない。理性は奥にあるトラウマや狂気を抑え込む壁のようなもの。その壁が倒れないように恐怖という波が押し寄せて留めていたと考えればいい。

 だが恐怖の波は次第に大きくなっていき、先ほどの怒りで更に恐怖の度合いは増してしまった。波は壁によって押し返すことが多いが、水の勢いや量が増せば壁を容易く打ち破ってしまう。

 そう、理性の壁は恐怖の波で壊されてしまった。

 恐怖の波は理性の壁が守っていたトラウマや狂気を飲み込み、桔梗の中で荒れ狂っている。

 

「……くっは、はは、はははは……あはははははは!!」

 

 壊れたように笑いながらもその手はダークを操って狂ティガレックスを突き続けている。虚ろな目は何も映していないように見えるが、ダークの先端は的確に傷口を抉るように狂ティガレックスへと攻撃している。

 

「桔梗!!」

 

 狂ったように桔梗が狂ティガレックスへと何度も攻撃を仕掛けるが、彼女の様子はいつもの彼女とは程遠い。完全にタガが外れてしまっている。クロムはそんな彼女の下へと駆け寄るが、狂ティガレックスは桔梗の狂気に反応し、また彼女へと左手を振り下ろして攻撃を仕掛ける。

 だが桔梗は迫りくる左手に反応してまた盾を構えて受け流し、カウンターの要領で左腕を穿つ。

 

「突き穿つ! さっさと……終わらせてやりますよぉッ!」

 

 ダークに桔梗の気が纏われていき、突き上げれば気刃もまた槍のように姿を変えて狂ティガレックスの腕から背中にかけて貫くように放たれる。その気槍はダークが内包している麻痺毒も含み、先端からの注入だけでなく気槍によっても狂ティガレックスにまた麻痺毒を与えていく。

 

「グアアアアアアア!!」

 

 狂ティガレックスもただやられるだけではなかった。桔梗へと噛みつき、右手を振りおろし、時に回転してセルシウスもろとも薙ぎ払おうとしたが、その全てが桔梗が構える盾で受け流され、守られている。

 そして反撃またはカウンターとしてダークで突き、気槍を交えて攻撃しているものだから傷つくのは狂ティガレックス側のみ。

 そんな彼女の様子にクロムはただ唖然とするしかない。今までならばタガが外れればただ攻撃していき、回避は最低限にとどめただけなのに、彼女はさっきと変わらず攻守を使い分けて戦っている。

 

「倒れなさい、このクズ野郎があああぁぁァァ!」

(おいおい、タガが外れているんじゃないのか? 言動や雰囲気はどう見てもそうなった桔梗なのに、どうして……)

 

 あるいはタガが外れたからこそ、恐怖に体を硬直させる事なく動けるという事なのだろうか。心の制限から解き放たれたからこそああやって動けるというのか。

 月によって己の中の狂気を取り込んだ彼女。今噴き出している狂気は、その取り込んだ狂気なのは間違いない。だが彼女はそれを完全に制御していないとはいえ、狂気を己の力に変えているのではないだろうか。

 狂ティガレックスの攻撃は連続して繰り出されていく。桔梗へと近づこうとするクロムをも巻き込むような攻撃に、クロムは舌打ちしながら紙一重で回避していく。

 狂ティガレックスが放つ雰囲気は桔梗の理性を崩したように、クロムもまた心をかき乱している。さっきは抑えられたが、今度は少し怪しくなっていた。それは桔梗があんな風になってしまったことも相まってそうなっている。

 桔梗の変化に焦りを生み、心をかき乱す雰囲気に僅かに飲み込まれたクロムは背後から襲い掛かる狂ティガレックスの尻尾に気づかなかった。

 

「が、は……っ」

 

 背中に直撃する尻尾に弾き飛ばされ、桔梗の近くまで転がされる。そんな彼を桔梗は相変わらず虚ろな瞳で見下ろしている。だがどこか瞳の奥に揺らめいている火に力が入った気がした。そんな二人に狙いを定め、狂ティガレックスは向き直りながら右手を振り下ろしていく。

 

「強化、腕力、脚力!」

 

 左手に構える盾が二人を切り裂くだろう爪を防ぐも、受け流さずに真っ向から受けるだけでは桔梗は耐えきれない。だから自身を強化させる術を詠唱して防ぎにかかった。少しだけ地面に沈みそうになるのを堪え、桔梗は歯噛みしながら、光を宿さぬ緋色の目で狂ティガレックスを見つめる。

 

「……防ぐ! そして突き穿つ! ああああぁぁぁぁ!! 私はぁぁアアアッ、守り通して見せるッ!!」

 

 叫びながら強化された腕から繰り出されるダークの一撃。それは狂ティガレックスの額を貫き、狂ティガレックスが一瞬怯んだように顔をのけぞらせて数歩下がる。桔梗はそれを追うように前に出、盾で下がってきた顎を穿つように振り上げて衝撃を与え、次に胸をダークで突く。

 そんな彼女の背中をクロムは見つめる。守るべき人が理性のタガを外れてもああやって前に出て戦っている。自分はそれを見つめるだけで……それがどれだけ無様なことか。戦う者として、何より男として情けないような気分になってきた。

 だから戦おうと立ち上がるも、本能からの叫びがそれを許さない。

 

(くそっ、なんだってんだよ……!? ざけんじゃねえぞ……! 俺はこのまま見ているだけだなんて、俺は……!)

 

 どくん、どくんと心臓が高鳴りを続けている。恐怖や興奮によるものじゃない。本能の叫びに呼応するように鼓動を刻んでいるのだ。シュヴァルツに秘められているものが目覚めようとしている。

 クロムを堕とそうとし、彼をその場に縫い付けているのだ。動くことを許さず、ただ狂ティガレックスが放つ雰囲気に呼応し、クロムもまたああいう姿へと変えようとしている。

 もちろんクロムがそうであるように、ライムもまたその叫びからは逃れられない。ぴくりとも動きそうもない体を震わせながら、怒りにまみれている狂ティガレックスとそれに向かっていく桔梗やセルシウスを見ている事しか出来ない。

 もう一度雷魔法を行使して援護しようとしていた矢先にこれだ。シビレ罠もポーチから取り出して腰に下げている。機会を見て設置しようとしていたのに、恐怖が湧き上がると共に声が聞こえてくるのだ。

 

 ――堕ちろ。

 ――みんなを守りたいなら力を得るために堕ちろ。

 ――力が欲しいのだろう? みんなを守るための力が。

 

 あの時覚醒した際に聞こえてきた声とはまた違う声だ。それが自分を暗いシュヴァルツの世界へと堕とそうとしている。しかしクロムと同じようにライムも抗う。冷や汗を流しながらも、歯をがちがちと鳴らしながらも自分は絶対にそうならないと抗い続ける。

 そんなライムは狂ティガレックスへと向かっていくセルシウスに気づく。彼女もまた本能からの叫びがあるはずなのにああして動き、変わらないまま斬りかかっている。

 

(……いや、目が、また目が紅くなってる……)

 

 鈍色だった目は真紅に染まり、彼女を取り巻く雰囲気が少し変化している。刀のように冷たく鋭く、狂ティガレックスだけでなく周りにいるものまで突き刺すような空気だ。それが狂ティガレックスが撒き散らしている空気とぶつかり合っている。

 また彼女の中から黒い気配が這い出ようとしているのが視えるのだが、彼女はそれを強引に抑えつけているかのようだ。彼女の気の色を表す血のように赤いもやが、黒いものを包み込んで中心に押しやっているのがライムの目に映っている。

 

(セルシィ姉さん……クロム、兄さん……)

 

 クロムも深緑の気が何とかして黒いものを押しやろうとしているのが視える。だが完全に押しやる事が出来ず、切迫したような様子が見て取れた。自分達はセルシウスと違ってこれと戦う事が少ないからこうして手間取っている。

 それが隙を生み、狂ティガレックスに攻撃のチャンスを与えてしまうというのに。

 

「ガアアアアアアア!!」

 

 狂ティガレックスが吼え、桔梗を飛び越してその後ろにいるクロムへと襲い掛かる。強引に突破できないならばそれを無視してやればいい。それを実行した攻撃だった。

 

「クロム!」

 

 それを花梨が滑空してクロムを抱き寄せて離脱する。通過した後にはずしん、と狂ティガレックスが着地し、遠ざかっていく気配に唸りながら辺りを見回す。そんな狂ティガレックスの背後から黒刀【参ノ型】を鞘に納めたセルシウスが疾走して接近。

 

「居合い・隼駆!」

 

 先ほどから斬っていた左足を狙った一太刀は更に血を噴き出させる。左足はもう血に濡れており、ほぼ致命傷といえる。傷を塞ぐ速さも遅くなっている今、それはもはや使い物にならなくなってきている。

 狂ティガレックスの機動力が低下したのだ。今の狂ティガレックスはまともに走れる状態じゃない。そのはずだが狂ティガレックスは痛みなどないかのように血を流しながら転進し、セルシウスへと噛みつきにかかる。

 それを容易く回避し、右腕を斬り上げて距離を取る。すると狂ティガレックスも数歩下がってセルシウスに向き直り、大きく息を吸い込み始めた。それも今まで以上に長く息を吸っている。

 何をするつもりだ、と考えながらもとりあえず一回気刃を放っておくかと黒刀【参ノ型】を構えた時、狂ティガレックスは溜めこんだ空気を解放するかのように大咆哮を上げる。

 だが今回はそれにオプションがついてきた。大咆哮によって発生した衝撃波は、渦巻く空気の砲撃の如く。通称ソニックブラストと呼ばれる衝撃波はセルシウスへと襲い掛かり、それに気づいたセルシウスは構えるのを中断してその場から飛びのく。

 気配が動いたことに気づいた狂ティガレックスは、それを追うようにしてソニックブラストを放ちつつ首を動かす。するとそれに従ってソニックブラストも砂利を巻き上げ、吹き飛ばしながら周囲を薙ぐようにしつつセルシウスを追う。

 

「ちっ、鬱陶しい真似を……!」

 

 舌打ちしながらセルシウスは周回するように走り、狂ティガレックスへと接近する事にする。だがソニックブラストはセルシウスのみをターゲットとしているわけではない。彼女の後ろ、桔梗やライムもまたターゲットに含まれている。

 桔梗は迫ってきたソニックブラストを前に慌てふためくことはなかった。右手に持つダークをローブにしまうと、中からもう一つの盾を取り出して身構えたのだ。

 それは近衛隊正式銃創の盾。左右の手で盾を持ち、ソニックブラストから身を守った。何もかもを薙ぎ払う空気の衝撃波はがりがりと盾を削りにかかり、彼女の体をも吹き飛ばそうとするもそれを踏ん張って堪え、ソニックブラストが横へと逸れるのを待つ。

 完全に吹き飛んだことを感じ取れば、桔梗はその盾を手にしたまま狂ティガレックスへと疾走して接近する。

 次に巻き込まれたのがライムだ。迫ってくるソニックブラストを前に、何もできないまま飲み込まれるわけにはいかないと精一杯の抵抗を見せる。ぐっと拳を握りしめて力を溜め、地面に掌を当てれば砂利が盛り上がって壁を作り上げる。

 緊急に作り上げた土の壁。これがソニックブラストから身を守るための方法。片手剣に付属している盾では全身を守るには至れない。素材が砂利のため少し不安はあるだろうが何もしないよりはマシな方だ。

 

「く、うぅ……!」

 

 壁の後ろでしゃがみこんで吹き飛ばされないようにするが、それでも壁に当たっていないところから吹き抜ける衝撃波が感じられる。そして砂利の壁がその衝撃波によって削られていき、ソニックブラストが半分を過ぎた所で決壊してしまう。

 

「くあっ……うわあっ!?」

 

 体を打ちつけるソニックブラストに悲鳴を上げ、吹き飛ばされないように地面にしがみつく。幸い狂ティガレックスから距離が離れているため若干衝撃波が弱まっているのが救いか。

 それでも打ちつける衝撃波はライムにとって苦痛なものだ。その痛みがまた彼の中から闇を呼び覚ます要因になる。

 

 ――力がないと嘆くならば、その手に掴み取れ。

 ――お前にはその才能が有り、掴み取るチャンスが目の前に転がっている。

 ――苦痛から解放してあげよう。

 ――みんなを守れないという悩みを解決してあげよう。

 

 怯んでしまっているライムの隙をつくようにその声は続く。

 

 ――雛鳥はいつしか空に飛ぶ。

 ――そして君は空に飛ぶ前の雛鳥だ。

 ――さあ、僕が君を空に連れていってあげよう。

 

 突如心臓が熱く鼓動を刻み始める。通過したソニックブラストの音が遠くなり、見ている景色が反転して色合いをなくしていく。呼吸は荒くなり、青い瞳は鼓動に合わせて点滅し始める。

 浮かび上がるもう一つの色は……赤。

 セルシウスや優羅と同じく血のような赤がライムの瞳を染め上げているのだ。

 

 ――君は堕ちるんじゃない。新しい力を得て更なる高みへと舞い上がるんだ。

 

 どくんっ! と鼓動が一つ高鳴った。

 その瞬間何かがライムの中で弾ける。

 狂ティガレックスが今もこれほどまでに自分達を恐怖させているのだ。

 狂ティガレックスが瀕死の状態でもなお自分達をこんな風に心をかき乱すのだ。

 狂ティガレックスが助けに来てくれたみんなを傷つけ、桔梗や自分を狂わせるのだ。

 何より、狂ティガレックスが大切なパートナーであるシアンをあんな風にしたのだ。

 さっきも考えた事がもう一度頭の中で反芻される。

 全ては……奴が悪い。

 そして弱い自分が悪い。

 弱くなければ、力さえあればみんなを守れるのだ。

 元より自分は弱いままでいるのが嫌だったじゃないか。兄を探す為に体を鍛えてハンターになり、強くなればランクが上がり、捜索範囲が広がるため強くなろうとした。

 シアンを守り、昴達の足手まどいにならぬように強くなるため、昴や月に修行を頼んだ。

 少しずつ実力がついてくるのを実感し、こうして上位ハンターになるための試験が届けられた。 ……それでも足りないというのか。

 無力。

 無力であることは…………どれ程まで心苦しい事か。

 こんな状況になってもなお綺麗ごとを言うのは弱い事?

 

 ――いいや、そんな事はない。

 ――これはみんなのためなんだよ。みんなを守るために力を手にするんだ。

 

 自分は自分のままで強くなりたいと願った。シュヴァルツの罪の象徴である存在になりたくないと願った。そうなってしまえばもはやハンターではなくただの殺戮者だから。

 セルシウスを救おうとしたのも、これ以上彼女が殺人鬼として行動してほしくなかったからだ。どうやらクロムが引き戻してくれたらしいけど、詳しい事はまだ聞いていない。

 自分もまた殺人鬼にはなりたくない。だからそんな力なんていらないと考えている。

 

 ――別に殺人鬼になんてなれとは言っていない。

 ――でも、このままただ震えているだけなんて出来やしないだろう?

 ――だからこの力を手にし、飛べ、ライム!

 

 

「っ!?」

 

 狂ティガレックスに斬りかかっていたセルシウスが息をのんで後ろを振り返る。ソニックブラストが終わり、また接近戦を始めた狂ティガレックスの攻撃を回避しながら攻め込んでいたが、突如膨れ上がった雰囲気を感じ取ったのだ。

 視線の先には倒れ伏しているライムの姿。彼からは闇の気配が少しずつ鼓動するようにしながら力を増していっている。

 

「阿呆が……! 飲み込まれたのか!?」

 

 その領域に身を預けていたセルシウスだからわかる。あの気配はその領域へと傾いた際に漏れ出る雰囲気だ。堕ちないようにとクロムとライムが気を張っていたのは何となく察していたが、ついにライムが陥落したのかと舌打ちする。

 

「冗談じゃない……! 初っ端からこれではまたあの世から化けて出てきそうじゃないか、おい。そんなのオレはごめんだぞ」

 

 呟きながらも攻撃してくる狂ティガレックスから注意を逸らさない。

 そんなセルシウスも先ほどから聞こえてくる叫びを強引に押しやっているも、彼女もの心臓が何かに反応するように鼓動を刻んでいるのを感じている。

 ライムが感じたようにセルシウスもまたシュヴァルツの血統だからこそ、狂ティガレックスが放つ雰囲気に反応する事から逃れられない。強引に押し込んでもそれはまた彼女を連れ戻しにやってくる。

 ぎりぎりと歯噛みしながら黒刀【参ノ型】を振るって狂ティガレックスへと攻撃し、狂ティガレックスから繰り出される攻撃を避ける。そんな風に戦う事で自分は自分である事を認識しなければまた堕ちるだろう。

 生きている実感がないことを解消するのは戦い。命を懸ける戦いだ。

 それに身を置くことで彼女は自分を保ってきた。

 それを応用すればこの誘いからも振り切れる。

 

「く、ライム……戻ってこいライム! お前はそっちへ行くな! シアン嬢ちゃんが悲しむだろうが!」

「あかん、クロム! ティガレックスがこっち向いとる!」

 

 何とか体を動かしてライムの下へと走り出そうとしたクロムだったが、それを花梨が引き留める。走り出した先には狂ティガレックスが飛びかかり、ぐるりと転進して真っ向からクロムに向き直っている。

 そんな狂ティガレックスに追尾し、跳躍して手にした盾で叩き落す桔梗がいる。右手にガンランスの盾を、左手にランスの盾を。最初に右の盾を振り下ろせば、着地して顎を穿つように左の盾で殴り飛ばす。

 

「ゴガ……!? グルァアアアアア!!」

 

 何度か殴られていたらしく狂ティガレックスが少しふらつき始めている。そんな狂ティガレックスの背後から音もなく接近したのがいつの間にか立ち上がっているライムだ。彼の目は既に赤く染まっており、両手は集められた雷が光を放っている。

 それを両手を曲げて掌の間に集め、球体のように変形させていきその力を凝縮していく。雷の球となったそれを更に変化させるように左手を撫でていけば、先端が尖った槍となる。

 

「……ふっ!」

 

 足元に風を集めて数メートルの高さまで跳躍し、狂ティガレックスを見下ろす。狂ティガレックスは桔梗とセルシウスに気を取られているらしく、ライムには気づいていない。

 いや、実際は気づいているはずだ。ライムから発せられる雰囲気は狂ティガレックスも反応せざるを得ないはず。あの因子がライムの気配を無視するはずがないのだから。

 それでも振り向かないのは頭が殴られることで意識が少し朦朧とし、その体がかなり傷ついているからだろう。それはとてもありがたい話だった。

 

「貫け……ッ!」

 

 右手に構える雷の槍を投擲し、それは狂ティガレックスの背中を貫いて地面に突き刺さる。体を貫き、地面に突き刺さる事で、狂ティガレックスは雷の槍によってその場に縫い付けられてしまう。

 動こうにも雷の槍であるために、放つ電撃が二度目のダークの麻痺毒に反応し、狂ティガレックスをさらに麻痺させているようだ。

 

「……複合、雷×闇」

 

 放った雷の槍の残りと更に集めた雷を右手に集め、左手に自分のうちから湧き出る力に従って闇の粒子を集めて合わせていく。するとその雷は闇の粒子に反応して黒く染まっていく。

 闇の雷。

 それがしっくりくる名前だろう。ラ―ジャンが放っていた赤い雷とはまた違った雷がそこにある。

 それを横っ腹から貫くように放ち、黒い雷は雷の槍と共鳴して光を放つ。雷光は通常のものと黒く染まったものが狂ティガレックスを中心として周囲に薄く広がっていく。

 

「これが闇の粒子……そしてこれが…………光の粒子……!」

 

 左手を動かすとうっすらと光る小さなもやが集まっていく。

 光の粒子だ。

 雷光によって発生したものと、この周囲にあったものをライムは集めだしている。それを自らの魔力で高めていき、先ほどの闇のものと同じように右手に纏う雷へと合わせていく。

 

「複合、雷×光……ッ!」

 

 そして雷は、眩い光を辺りに放出した。

 

 

「バカな……ッ!? ありえんッ! あの小僧……光を感じ取った、だと……!?」

 

 その光景を見ていた者が驚きを隠せないように息をのむ。それほどまでに彼にとっては計算外の出来事だった。ライムが堕ち始めた時こそ笑みを浮かべて見守っていたが、突然光の粒子を操り始めた時から一変。

 雷と複合させた時にはこうして声を張り上げるのだった。

 

「く……それほどまでに才能があったという事か? ……いや、それだけでは足りん。光はそんなもので行使できるほど甘くはない。適応があったところで、光を感じ取れなければ意味はないのだからな……」

 

 月の調べでライムは8属性全てにおいて適応があると出ている。それは光も行使できることを意味しているが、同時に闇も行使できることも意味している。その証明が成されたのはいいが、闇はまだしも光をすぐに行使できることは信じがたい事だった。

 ライムの才能について彼は知らないが、知っていたとしても信じられないと言うだろう。それほどまでに光というものは扱いが難しい属性であり、行使できれば闇に属する者にとっては脅威となる存在なのだ。

 

「今ならばまだ修正できるか? ……いや、この状況、レイダーはもはや小僧を殺せんだろう。別の手段で進めていく事にしようか」

 

 もうあの戦いは終わりを迎えようとしている。流れはもうライム達に傾いている。どうやっても狂ティガレックスに勝利はないだろう。ならば潔く場を放棄し、次の手を考えるのがいいと判断した。

 

「……藪を突いて蛇を出す、か。……クックック、やってくれおるわ。堕とすはずが、更なる可能性を発揮しようとはな……これだからシュヴァルツというものは恐ろしい」

 

 この戦いはライムを殺す為に引き起こしたのではない。

 いや、それも視野に一応入れていたのだがそれは本命ではなかった。

 本命はライムを堕とすことによって闇を高めるのが目的だったのだ。そのうちの一つとしてシアンを殺す事も視野に入れていたのだが、瀕死に追い込むことでライムの心が揺らいでいたからとりあえずはよかったと考えよう。

 あとは恐怖に押しつぶされ、自分の無力さを実感してくれれば堕ちる。そう睨んでいたのだがそれは実現された。そこまではよかったのだが……どうしてこうなったのか。

 人というものはやはりよくわからないものだ。

 しかしそれでも、と彼は思う。

 計算が狂ったところでライムはまだまだ未熟者。光を行使できるようになったとしても、まだまだ甘い所があるハンターだ。殺す事が出来れば憂いはなくなるだろう。

 

「あの非凡な魔力が黒く染まれば、我にとって大きな糧となっただろうに……。惜しい、非常に惜しい……が、まだ終わったわけではない。我はまだ手は残っているのだからな……!」

 

 

「光を行使する? ……馬鹿な、一体何があった?」

 

 雷と光が同化し、ライムの右手に纏われている雷に新たな力が備わっていくのを見ていたセルシウスが呆然と呟いた。

 ライムはシュヴァルツの闇に飲み込まれてしまった。そう思っていたのだが違うのか?

 しかし相変わらずその目は赤く染まっており、体の中心から滲み出る黒い気配は消えていない。つまり闇に飲まれているはずなのに、対極にある属性である光を行使していることになる。

 そんな事があり得るというのか。

 恐怖に包まれ、パートナーを傷つけられた怒りに飲まれ、無力さを実感して絶望する。それでもライムはその領域に入り込まないようにしていたはずだが……あの数分間で一体何があったというのか。

 

「………………」

 

 桔梗は桔梗で無言でライムの方を見つめたままだ。盾を構えて動かなくなった狂ティガレックスの頭を殴りつけ、時折狂ティガレックスからライムへと視線を移している。またセルシウスにも視線を移し、交互に見詰めている時もある。

 そんな彼女が小さく微笑を浮かべた。

 

「……良い傾向です。これがライム君の成長の証……私はそれを喜びましょう。……来い、ティガレックス! 引き付けてやりますよおッ!!」

 

 吼えながら桔梗は両手に構える盾で狂ティガレックスへとぶち当たっていく。

 

「雷光剣――」

 

 一方ライムは右手に纏う雷を変形させ、あたかも剣のような形へと作り変えてしまう。その形状はセルシウスが手にしている黒刀【参ノ型】に似ており、黒刀【参ノ型】を参考にして変形させたようだ。

 頭の中に以前茉莉から借りて読んだ東方の本が浮かび上がる。その中でも東方神話と呼ばれる書物がぱらぱらとページがめくれていき、一つの神の姿を映しだした。

 

「――雷光剣・タケミカズチ」

 

 作り上げたその雷の剣に銘を付ける。雷神、または剣の神として描かれるタケミカズチの名を模した雷の剣。バチバチと音を立てて弾ける雷光の波動からしてそのエネルギーは高いようだが、ライムは感電している様子がない。明らかにフルフルアームの耐久値よりも上回っているのではないかという雷光なのだが、一体どういう事なのか。

 口数も少なく、その赤い目は何を考えているのかがわからない。明らかに別人のように雰囲気が変わっている。

 

(まさか……入れ替わったか?)

 

 シュヴァルツの闇の領域からの誘いを受け、その声の主がライムの意識を乗っ取ったのか? とセルシウスが思い至る。セルシウスの場合は自分の意志を残したままそちら側に傾いたが、ライムの場合は人格が入れ替わる形で傾いたのだろうか。

 だからといってあそこまで変わるとは、追い詰められた獣のようだ。

 

(何はともあれあそこまでの質量をぶつければ瀕死にもなるだろうさ。なら仕留めるためのもう一手を用意しておくか)

 

 深呼吸をして黒刀【参ノ型】をゆっくり構えなおすと、静かに気を高めていく。さっきからライムの雰囲気に反応して心がざわついており、気を緩めればライムに斬りかかりそうになる。

 それを抑えつけて瞳を閉じ、気と魔力を操作して自身の左右にそれを顕現させる。クロムとの戦いでも使用した分身の術の一種。主に気を用いる事で形を作り、魔力で操作しているのだ。

 気を多く消費する事になるが、その分相手を惑わして攻撃できるため、対人戦では有効的といえる。だがそれをこの狂ティガレックス戦に使うのは普通ないだろう。

 しかし手数を多く持つセルシウスにとって、この手段はただの戦術の一つに過ぎなかった。それぞれ黒刀【参ノ型】を構え、三方向へと散らばっていく。

 

「正面交代だ!」

 

 狂ティガレックスの顔を殴っていた桔梗は、セルシウスの声に反応してその場から退避して正面を譲る。左右と正面から斬りかかり、動けぬ狂ティガレックスから次々と血が舞い上がって雷光で蒸発していく。

 背後からはライムがあの雷の剣で斬りかかり、弾けるような音と共に狂ティガレックスに焼けたような傷を刻んでいく。しかも雷の槍と黒い雷の雷光とも連結し、彼らの攻撃している場所とは違う場所が弾けて狂ティガレックスへとダメージを与えてしまっている。

 

「ゴガ、グガ……ガアアアアアアア!!」

 

 吼える狂ティガレックスだがその束縛からは解放されない。元から雷属性に弱いだけあり、束縛の効果が通常以上に発揮されているようだ。にぴくぴくと手足を動かせるだけで留まり、痙攣しながら斬られ続けるしか出来ない。

 

「タケミカズチ、……解放(バースト)

 

 尻尾に振り下ろした雷光剣は狂ティガレックスの尻尾を焼き切ってしまい、切断面から血と共に闇が噴き出してくる。一瞬だけセルシウスとライムの目がその闇に視線を向けたが、セルシウスはぐっと堪えるような表情を僅かに見せる。

 溢れる闇からライムはすぐにそっぽ向き、雷光剣を一気に振り抜いた。

 その時、雷光剣が触れた闇を消滅させたのが一瞬だけ見えた。それを見ていたクロムと花梨はあの雷光剣の力を感じ取る。

 

「浄化、か?」

「そうか、光の粒子を含んでるんやから闇を打ち消す効果があるんや……。でも闇も光を飲み込むんやから、光の強さがなかったら競り負ける。でもあれはティガレックスの闇を消せるほどの光の力を含んでるんや」

 

 振り抜いた雷光剣は狂ティガレックスの背後から切り裂き、尻から背中にかけて薙ぐような傷を作り上げる。切断面からは多くの血が吹き出し、ライムにまでそれは届いてきた。髪や頬にかかるその血をライムは表情を変えずに受け止める。だが弾けた電気が顔の前にはしり、血に含まれていたらしい闇を消し去ってしまう。

 

「ライム君は光魔法を知っとったんか? でなけりゃあんな強い光魔法は使われへんやろ。実際に見てみた事がない限り、光魔法はそうそう使われへんはずやからな」

「……お袋が使えるんだけど、あいつがそれを見たことあるかといわれればないかもな。それ以外で見た事は……ないはずだけど」

 

 口元に指を当てながらクロムが思い出してみるが、彼の記憶の中でライムが光魔法に見た事も触れた事はない。

 だが実際にはある。

 ドンドルマの事件で獅鬼がゲイルの治療をする際に、魔力の供給ではあるがライムはその場に立ち会っている。その際に光の粒子を僅かではあるが見た事があり、光魔法というものをこの目で見た。

 またライムの頭の中には知識としては光魔法が存在している。しかしそれを行使する事は不可能だった。光の粒子というものがまだ完全に察知する事が出来ていなかったためだ。だが闇の粒子を操り、黒い雷を放ったことで闇魔法を行使した。だからこそ、その対極にある光の粒子をより察知し、行使する事が出来た。

 雷を操ったのは攻撃と束縛の狙いがあったが、光の粒子を発生させるきっかけを生み出すためでもあった。続くように闇を行使する事で対極に位置する光を感知する事を狙いとしていたが、果たしてそれは成功した。

 その一連の流れはこの戦いを見守っていた者だけではなく、ライムを堕とそうとした声も驚きを隠せずにはいられない。これでは自分は体よく利用されているだけではないかと感じていた。

 

(ありがとう、君のおかげで僕は確かに飛べたかもしれない)

 ――……やってくれたね。まさか一杯食わされることになろうとはね。

 

 そう、ライムは自分の意識を残したまま闇魔法を行使していた。今の彼は自分が使っている雷光剣が弾ける音も、舞い上がる狂ティガレックスの血も気に留めていない。自分でも驚くほど無心に雷光剣を振るっていたのだ。

 

(光と闇は対極に位置する属性。それは東方の陰陽大極図でもよくわかる通り。光があれば闇があり、闇があれば光がある。だから闇魔法を使えば、その対極にある光をより一層感じ取れるんじゃないかと思ったけど、上手くいってよかったよ)

 ――失敗すればより一層こっちに堕ちる可能性があったというのに、大した度胸だね。

(それもそうだね。でも失敗を恐れてちゃ何も変わらない。賭けは僕の勝ちだ。僕は堕ちない。この闇も手にしながら上へ飛ぶよ)

 

 それは自分に対する宣言でもあった。堕ちる恐怖を抱え続けるのはやめにする。この闇も受け入れながらも、自分は更に強くなるのだと決意する。

 思い出せば自分は闇にも適性があったのだ。

 それに敵は闇魔法に深く携わっている。

 毒を食らわば皿まで。闇を知る事で闇に対する対抗策が思いつく可能性だってあるのだから、これをいい機会とみて光も闇も手にして見せよう。そう思い至り、覚悟を決めて声の誘いに乗ってみた。

 声は沈黙する。そこまで考えた上での行動か、と多少の感心を示してみる。だが何はともあれライムはこの領域に足を踏み入れた事には変わりはない。

 

 ――いいさ、今回はお互いいい機会だったと考えよう。

 ――君はこっち側にも触れてしまった。ならばもう逃げられない。

 ――気を抜けば一気に堕ちる、そう覚悟したうえでの行動だろう?

 ――足掻くといい。そしてどれだけ強くなっても無力なのだと絶望し、こっちに完全に染まればいいさ。

 ――ちょうどいい刺激を与えてくれる人物が近くにいる事だしね……ふふふ。

 

 それを最後に声は聞こえなくなってしまった。

 しかし彼の言う通りでもある。ライムにとって自分を刺激してしまう人物はそこにいる。恐らく彼女もそうなのだろう。さっきから時折こっちを意識するような雰囲気が感じられるのだ。

 そんな彼女は三人になり、手数を増やして狂ティガレックスを斬り続ける。すでに前足はぼろぼろとなり、顔もずたずたにされている。それでも狂ティガレックスは生きている。息も絶え絶えになり、血を流し、薄らと闇を撒きながらも生きているのだ。

 

「……締めるか」

 

 セルシウスの一人がそう呟くと、一斉に三人が狂ティガレックスから距離を取るように後ろへと跳ぶ。ライムもセルシウスの様子が変わったことを悟り、無言で狂ティガレックスから距離を取る。

 黒刀【参ノ型】を構えなおせば、黒い刀身にセルシウスの赤い気が纏われていくのが視える。それが落ちてしまった切れ味を少し戻し、更に殺傷力を上げてくれる。元々切れ味が優秀な黒刀【参ノ型】はそんなに砥石を当てる事はない。

 もちろん斬り続ければやがて切れ味は落ちるだろうが、セルシウスはそんなに砥石を当てている様子を見せてはいなかった。

 とどめが刺される。

 それを予感させる雰囲気を放つセルシウスに、ライムもそれに合わせるようにして雷光剣を構える。集中すれば狂ティガレックスを束縛する雷の槍から放たれる雷の粒子と発生する光から光の粒子を感じ取れる。

 もちろん闇の粒子も同時に感じるが、それは今は必要ない。必要なものを集めて纏わせていけば、振るう事で威力が下がった雷光剣が補強されていく。内包されたその力をフルに解放すれば、自分にかかる反動もばかにできないだろう。

 しかしここで解放せずにいつ使う。

 自分の可能性を試すためにも、ライムは添えている左手でも雷光剣を強く握りしめる。

 

「タケミカズチ……全解放(フルバースト)……!」

 

 眩い光の魔力の奔流が雷光剣から放たれた。今まで以上に強く放たれた雷撃は周囲の砂利を弾き飛ばし、当然ながらライムにもその影響がある。フルフルアームの手の部分は焦げたような跡が刻まれ、腕やフルフルメイルにもそれが次々と刻まれていく。

 それは見守っているクロムと花梨にも届き、思わず腕で身を守ってしまう二人だった。

 

「む、無茶しすぎやろ……! あれだけの力、ライム君にも影響ないはずあらへんで!」

「……いや、あの目。それすら覚悟してああしてる。ライムは……全て承知の上でやってるんだ」

 

 感情をなくしてしまったかに思われるライムの赤い目。だがそんな目をセルシウスや桔梗で見た事があるクロムは、よく見てみる事でわかってしまった。ライムはどうして堕ちてしまったかのような行動をとり、あんな真似をしてしまっているのか。

 例え反動があろうともライムは自分の可能性を引き出し、戦おうとしているのだ。

 人は時に無謀だとわかっていても実行する時がある。どんなに無茶だろうと、自分を傷つけてまでも成し遂げようとする強い意志があるからこそ、それを実行する。

 その先に成長しているという実感を求め、あるいは成し遂げた結果を示すため。人は茨道を無理にでも突き抜けようとするのだ。

 

「あいつは……自分を許せないんだろうさ。シアン嬢ちゃんをあんな風にしてしまったからこそ、自分を傷つけながらも成長してティガレックスを倒そうとしている。……見ろよ、花梨さん。あいつのあんな表情、俺は見た事がねえ……」

 

 感情がなくなったように思えたライムの表情に、苦しげなものが浮かび上がる。でもそれでもライムは雷光剣を高める事をやめない。身構え、敵を見据え、ライムは今にも飛び出せる体勢をとる。

 だが動かない。

 それは先にセルシウスが動き出そうとしているからだ。

 

(……はっ、甘ちゃんがいつの間に一丁前な面を見せるようになったか。少し心配して損した。……でも、悪くない。少し殺したくなるしいつか本気で殺りあいたいんだけど、そうすると色々面倒か。それが残念でしょうがない)

 

 心の中で物騒なことを言いながらも、普通はわからないほどに小さくセルシウスが微笑を浮かべた。それが微笑だと気づくのは誰もいないが、確かに彼女は笑ったのだ。過去に二度も戦っているが、その時よりも充分に成長した証を見せられては戦いに身を置き、シュヴァルツの血統同士だからこそ反応してしまう。

 既にクロムと身内二人によって方針を変えてしまっているが、いつかドンドルマでライムが言ったように、将来的には戦う事でセルシウスの衝動発散に一役買えそうだ。

 でもあまりに強くなられては、ちょっとしたことで殺してしまいそうになるから、クロム達に怒られそうではある。それだけライムの将来には期待が持てそうだし、その成長速度に驚きを感じずにはいられない。正直クロムの領域でも殺したくなることには変わりないのだが、今はそれは置いておくとしよう。

 

「そう、今はこいつをいい加減殺す事にしようか――閃剣・三刃烏(さんばがらす)!」

 

 充分に気を高めたセルシウス達は黒刀【参ノ型】を素早く振るった。縦に振り下ろした際に大地を割る気刃が放たれ、続くようにして斬り上げる事でもう一つ斜めの気刃が飛ぶ。最後に薙ぐような気刃が飛び、三つの気刃が三人のセルシウスから放たれて合計九つの気刃となる。

 燕返しの亜種とも呼べる剣術であり、こちらは連続攻撃式のものとなっている。それが狂ティガレックスへと挟撃するかのように放たれたのだ。狂ティガレックスの右手はついに切断され、左手の翼膜が宙に舞う。

 正面からの攻撃には額が切れてしまい、大量の血があふれ出て目元を完全に赤く染めてしまっているが、見えていない狂ティガレックスには関係のない話だ。

 そんな狂ティガレックスに止めを刺すのが背後からの攻撃。

 フルに解放された雷光剣はライムを傷つける程に雷撃を周囲にまき散らし、視界を侵すほどに眩い。それでもライムはそれを構えたままその場から跳び出した。

 

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 いつもの彼からは想像もできないような咆哮。両腕のフルフルアームが焼け焦げ、直に腕を感電させているだろうから、その感覚は麻痺してしまっているんじゃないだろうか。強く握りしめているように見えて、実は握りしめていなかったりするほどに両腕が危うく見える。

 自分を鼓舞するためとはいえ、彼がこんな咆哮を上げる光景は初めて見た。しかしそれはライムの危うさの中に、成長した男の凛々しさを感じさせた。

 狂ティガレックスの体に刃を入れれば、鱗と肉を纏めて焼き切り、内部へと雷光剣が入り込む。

 

「おおおオオオアアアアアアアアアア!!」

 

 吼え続け、雷光剣を構えたまま走り続ける。狂ティガレックスの内部で雷が弾け、狂ティガレックスに纏われていた雷と反応して更なる相乗効果を生み出し、狂ティガレックスにダメージを与える。

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!?」

 

 断末魔に等しい悲鳴を上げながら斬られたところから血が吹き出し、腹を通り過ぎた所でライムは雷光剣を一気に振り抜いた。体内から雷光剣が現れ、左腕も切断されてしまった。

 しかも雷光剣が心臓をも切り裂いてしまったらしく、口を開いて血を吐きだしながら狂ティガレックスはついに絶命した。今まで暴れ、抵抗していた狂ティガレックスにしては、実にあっけない最期。だが、それは同時に今まで通常以上に暴走していた狂ティガレックスが、闇からようやく解放されたという事でもある。

 ある意味苦しみ続けた奴は、ライムによって瞬時に引導を渡された方が救われたのかもしれない。

 死体となった狂ティガレックスは物言わぬ肉塊へと変化してしまい、その体から闇が放出され始める。その量は今までの狂化竜とは比べ物にならない勢いだ。感じられる人からすれば嫌な空気に顔をしかめてしまうだろう。

 実際クロムや花梨、表情があまりなかったライムもしかめてしまっている。セルシウスは闇に慣れてしまっているから特に表情が変わっていないように思えるが、そんな彼女でさえ微妙に不愉快そうな様子が窺わせる。

 

「これは、きついものがあるぞ……」

「な、なんやねん、これは……。こないな程に闇で気分を不愉快にさせることが出来るもんなんか……?」

 

 感じる人にとっては吐き気を催しそうになるほどに深い闇。死んでいるのに恐怖さえ覚えるそれを前に、打つ手がないクロム達。だがただ一人、これをどうにか出来そうな人物がいた。

 ライムだ。

 光魔法を行使できるようになったライムならば、この内の何割かを浄化できるだろう。だが狂ティガレックスに止めを刺してからライムが動かない。一体どうしたのかと花梨が立ち上がるが、それより早くクロムが動いた。

 ふらりと体勢を崩したようにライムが倒れだしたのだ。地面に倒れ伏すより早くクロムの両腕が彼の体を抱き留める。顔をのぞき見ればライムは気絶していた。恐らくあの雷光剣の反動が返ってきたのだろう。

 あそこまで強い力を放っていたのだ。彼の体を傷つけてしまっているのは間違いなく、まだまだ未熟な彼にとっては大きな反動。こうなってしまうのも無理はない。

 

「……お疲れさん、ゆっくり休め」

 

 聞こえていないだろうがそれでも口に出さずにはいられない。柔らかく笑いながらクロムは弟の健闘を称えた。そんな彼の下に分身を消したセルシウスが近づいていく。手にしている黒刀【参ノ型】を鞘に納め、無言でライムの顔を見下ろした。

 さっきまで見せていた表情はなくなり、彼を包み込んでいた闇も、まるでなかったかのように静かに消えていっている。だが彼は闇の領域に足を踏み入れ、それだけでなく光をもその手につかんでいる。

 

「才能は本当にあるな、こいつ。それを開花できるかで人は変わってくるんだけど、何あの魔法行使は。この年で光と闇を両方扱うなんて普通ないはず」

「……まあ、お袋譲りだろうな。あの人も両方適応していたはずだし」

「なるほど、適応があったという事か。このままいけば将来的に本当に化けそう…………ん?」

 

 ふとセルシウスが視線を移し、その先にいる桔梗を見つめた。

 桔梗はじっと狂ティガレックスの死体とライムとセルシウスを順に見つめていく。虚ろだった瞳は少し光を取り戻し始めているようだ。

 両手に持っている盾をローブに戻し、桔梗は立ち上がる。そして二人をじっと見つめてこう言った。

 

「……気のせいでしょうか。このティガレックスから漂う気配、あなたがたに似ているような気がするのですが」

「――――ほう」

 

 桔梗の言葉にセルシウスがゆっくりと目を細めていく。タガが外れていた割には意外とわかっているな、と思う。彼女の言葉は正しいのだから。

 

「途端に黙り込んだからなんだと思っていたけど、ずっと観察していたのか? はっ、なかなかいい感性をしている。どういうわけか知らないけど、お前の言う通りこのティガから感じる気配とオレ達の中にあるものは似ている。……というよりも同じだろうさ」

 

 その言葉に桔梗は「……そう」と呟いて未だに立ち上り続ける闇を見つめる。一方花梨はセルシウスの言葉に驚き言葉を失っている。

 

「セルシィ……やっぱりこれはそうだってのか? こいつの中にあるこの気配……」

「ああ、そうだろうさ。恐らくこいつも感じていたからこそ抑えきれなかったんだろうな。……一体どっちが植え込んだのか知らないけど、こいつはどういうわけかシュヴァルツの因子が含まれている。だからこそ本能的に恐怖を感じていたんだろう? 何せシュヴァルツの闇ってのは飛竜、あるいは飛竜以上に本能を直撃するからな」

 

 淡々と語るセルシウスの言葉に花梨は沈黙し、クロムはやっぱりかという風に渋い顔をする。どうしてそんなものがあるのかと信じられず、思わず目を背けてしまっていたが事実は変わらないようだ。

 狂ティガレックスの狂化の種に含まれていた因子。

 意識を留めながらも闘争心を高め、恐怖感を常に煽らせ続け、特にライム、クロム、セルシウスの心を揺さぶり続けた原因。

 そして何より狂ティガレックスが三人と相対した時に嬉々とした様子を見せたのはなぜか。

 それは三人の先祖であるシュヴァルツの因子があったからだ。

 どうしてそんなものがあるのかは朝陽側に付いていたセルシウスも知らない。彼女はただ誰かを殺すためだけに朝陽側に付いていたのだから。

 だがこれによって確実にライム達は危険な状態に陥り、大きな被害を与えたのは事実。得たものは大きかったろうが、それを引き替えとして負った傷も大きい。放つ闇の濃度が多いのもシュヴァルツの闇と反応し合っているからだろう。

 あるいはシュヴァルツ同士の戦いによって狂ティガレックスが興奮し、闇を活性化させたのもあるかもしれない。何はともあれ通常の狂化竜よりも何もかも大きな変化を起こし、朝陽側に有利な状況を生み出した狂ティガレックス。

 討伐こそなされたが死体から立ち上る闇は浄化できない。クロム達はただ黙ってそれを見つめる事しか出来ない。

 

「シュヴァルツの因子が狂化竜に……な。まったく、どうかしてやがる。こんなもんを植え付けたら、やり辛いってもんじゃねえ……!」

 

 狩る者としての力を増幅させるシュヴァルツの血統の力。それを捕食者として上に位置する飛竜らに宿れば、ただのハンターたちでは勝てる見込みが薄くなる。

 もしかするとそれによる絶望すらも利用しようという意図なのかもしれない。それに命を食らうことで力を蓄積させていこうという狙いもあるだろう。様々な理由からシュヴァルツの因子を植え込み、野に放った。

 

「何にせよ、こうしてティガは討伐された。闇を浄化する手段は……ねえが、仕方ない。戻る方法は……」

「ウチが持って来とるで」

 

 そこで花梨が近づいてきた。手にしていたブラッシュデイムをローブにしまい、ローブの中からモドリ玉をいくつか取り出した。

 

「ポッケ村の酒場に登録しとるモドリ玉や。これで一気に戻れるから大丈夫や」

「オレも行くんだよな?」

「ああ、来てくれるとありがてえ」

「……わかった」

 

 そのつもりでこの付近に差し掛かったのだ。今回は流れで狂ティガレックスと戦いはしたが、この先もこうしてクロム達と共に戦う事になるだろう。それが方針を変えるという意味なのだから。

 このように誰かを守るために刀を振るう。相変わらず中にいる声もうるさいし、本能が刺激されてライム達を殺したくなるのだが……、それを実行しないのは今までのセルシウスからすれば大きな変化だ。

 狂ティガレックスの死体は戻ってギルドに報告して回収してもらう事にしよう。

 今はポッケ村に戻り、死闘の疲れを癒すのが先だ。今回ばかりはかなり浪費が多い。ライムが倒れたのも反動だけでなく魔力を多く消費したことも含まれているはずだ。クロムと花梨、そして桔梗も精神的に辛いだろうし、セルシウスも表情にあまり変化は見当たらないが疲れが溜まっているはずだ。

 それぞれモドリ玉を手にすると地面に叩きつけて緑色の煙を発生させる。少しして煙が消えればそこには誰もいなくなり、狂ティガレックスの死体が残るだけ。

 だが戦いの名残として所々砂利が焦げたり吹き飛んだり、木々が倒れたり葉が撒き散らされたり。そして何より血があちこちに飛び散っている。狂ティガレックスの血が多いが、その内の少しはシアンなどの血の跡だろう。戦いの爪痕は決して小さくはなかった。

 静けさを取り戻した小川のほとりだが、静かに空に昇っていく闇のもやが異質さを未だに感じさせていた。それは風に吹かれても空に昇り続け、静かに空気に溶け込んでいく。

 辛くも勝利を手にしたライム達だが、そのもやが世界に溶け込むからこそ完全な勝利とは言い難い。 そして新たな可能性を示して見せた狂ティガレックス。この戦いもまた新たな布石となるだろう。だからこそもう見てはいないだろう彼はこれが予定外だろうと潔く身を引いたのか。

 闇はまた増えていき、彼女たちの計画通りとなる。

 何にせよ事態はゆっくりとその時へ向かっていく。

 

 その“時”は――もうそんなに遠くはない。

 

 

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