78話
その日は曇天広がる空だった。数十キロ離れた先の森や沼地では雨が降り注いでいるらしく、湿った空気が彼らの肌に感じられるほどのものだった。
彼らは古龍観測隊と呼ばれる者達。どこにいるのかといえば空にいる。いつあの雨雲がこっちに流れてくるのかわからない状況で、二人の男は気球に乗っていた。
一人は竜人族の老人。備え付けられている望遠鏡を覗き込み、時折傍に付けられている机に乗せられたメモ帳にペンを走らせている。
一人は若い人間の青年。老人とは反対側に立ち、双眼鏡を手にして辺りを見回している。彼の傍には鳥かごがあり、茶色の毛に覆われた鷹が佇んでいた。
古龍観測隊とは読んで時の如く。この世界に存在している古龍の動向を探る者達の事だ。古龍は普通の飛竜とは違い謎が多く、彼らが持つ力は自然に影響を与えて“天災”を巻き起こしてしまう。
クシャルダオラが現れればその周囲は嵐が起こる。ラオシャンロンが歩くだけで地震が起こり、歩く道は全て薙ぎ倒されていく。
天災でなくとも炎王龍テオ・テスカトルや浮岳龍ヤマツカミは、時折ドンドルマなどの街まで来襲して被害を与えていく事もある。
つまり現れるだけで人々に影響を与えてしまう存在のため、日々古龍観測隊は世界を飛び回って目を光らせている。そして動きが見られれば連れてきている鷹などの鳥に手紙を持たせ、ドンドルマやミナガルデなどにある古龍観測所に連絡するのだ。
また古龍観測隊は危険がある古龍の動向を監視するだけではない。
前述の通り古龍には飛竜と違って謎が多い。それは古龍があまりにも強い力を内包しているため、倒せるハンターが限られている現実がある。倒せるハンターが少ないという事は、今まで倒された数が少ないという事になる。となると、その種の調査があまり進んでいないという事になり、解明されていない事が多くなるという事になる。
飛竜よりも長く生き、例え傷を負ったとしてもすぐに回復してしまう強い生命力。前足が翼になっている事が多い飛竜と違い、四足を持ちつつ翼を生やすその骨格。あるいはヤマツカミのようにそんな骨格にも分類されない種類。何より飛竜は持たないだろう力を内包するだけでなく、世界に満ちる粒子を感じ、操っているかもしれないという可能性を示唆するデータ。
これらの謎を解明すれば一体どうなるのだろうか。そんな探究心が古龍観測隊だけでなく、飛竜を研究する者達にもある。
生命の神秘がつまった種、古龍。
そんな彼らの生態を探るという意味でも古龍観測隊は動向を監視しているのだ。
「特に異常は見当たりませんね」
「ふむ、そうじゃのう。そろそろ動きがあるかと思ったんじゃがな」
双眼鏡で下界を見回す青年が呟くと、老人も望遠鏡を覗き込みながら応える。
異常がないというのはいいことだ。古龍というものはなかなか姿を現さない。それが通例。しかし古龍観測隊はなにも古龍に絞って動きを見張るだけじゃない。飛竜が突然テリトリーから離れて村や町に向かっていくのを見た時も、街に報せを送る役割を担っている。
そして現在は飛竜だけでなく狂化竜の姿を発見した時も報せを送る。このシュレイド地方にもその存在がぽつぽつと見かけられており、各地で被害を出している。その度ハンターが出向いているが、その全てが討伐に成功したわけではない。逆に実力が足りずに返り討ちにされたハンターも少なくないのだ。
それでも狂化竜の動向を探らなければ被害はいたずらに増えていくのみ。街にいる隊員と交代していきながら彼らはこうして空から敵の動きを探っている。例えこんな天気の悪い日だろうとだ。
一息つくように息を吐きながら青年が双眼鏡から顔を離し、備え付けてある小棚へと屈みこんだ。
「そろそろ昼時でしょう。食事にしましょう」
「む、もうそんな時間か」
雲が広がっているため太陽が見えないからどれだけ時間が経ったのかがわからないが、二人の体内時計はたぶん正午を回ったほどだろうとあたりをつける。小棚から取り出した弁当と水筒を置き、二人は昼食を取り始める。
二十分ほど経って昼食を終えたら青年は立ち上がり、また双眼鏡を手にして下界を見回す。老人は煙管を取り出して火をつけ、ゆっくりと一服していた。ゆらゆらと紫煙が空へと立ち上って消えていく様子を眺めつつ、老人は目を細めた。
狂化竜。この大陸に恐怖を与えてきた新たな存在。何者かが普通の飛竜達に狂化の種を植え付け、変貌させた存在。それらが暴れるたびに人々は嘆き、命は消え、闇は増えていく。
老人は長く生きた竜人族。だから感じられる。
このシュレイド地方に闇が集まり始めているという事が。
気味の悪さは少しずつ日々増していく。狂化竜の存在だけじゃない。この闇の粒子と気配がシュレイド地方を犯していくのがたまらなく気味が悪い。
ただ古龍が出現して脅威を振りまくよりも性質が悪い。闇というものは人が恐れれば恐れるほどその力を増していく。強大な力になれば更に人は恐れ慄き、また闇は力を増す……悪循環もいいところだ。
そんな人々に光を与えるのがハンターなどの戦う力を持つ存在。あの恐怖に立ち向かえるだけの力を持つ者の存在だ。一つ一つが小さな光であったとしても、彼らが集まり、強大な闇の存在に立ち向かえば、少しずつ人は希望を見出す。
ハンターは英雄となれる。
過去に強大な力を持つ古龍に立ち向かい、勝利を収めてきたハンターは英雄として称えられる。例え相打ちになって斃れたとしても、ハンターは英雄として昇華される。そして後世まで語り継がれるのだ。
今回の狂化竜であったとしてもそれは適応されるだろう。それが村だろうと街だろうと国だろうと。規模は違えども人は自分達を救ってくれたハンターを称える。
老人も仕事柄古龍を何度も目撃し、それに立ち向かっていくハンター達を見てきた。英雄と言われる前のハンター達を何人も見てきている。
今回もそんな逸材が現れるだろう。それが人の、この世界の歴史ならば。
そうやって伝説は生まれていく。
冷たい風が吹いた。
座り込んでいる老人でも感じられる程の冷たい風だ。空へと伸びていく紫煙もその風によって軌道を変えながら消えていくのを見つめていた老人は、何かを感じて目を見開き立ち上がる。
竜人族の老人に多く見られるのが低身長。彼もそれに違わず青年の腰元ほどしか身長がないが、彼は急いで足場に飛び乗って望遠鏡を覗き込む。
先ほど吹いてきた冷たい風は自然のものではなかった。あれは……力の奔流が含まれた風。
「…………あ、あれは……」
望遠鏡を動かして視点を変えていた老人は一点を見据えて息をのむ。太陽は厚い雲に隠れ、地上は薄暗いまま。しかも見ているのは岩山地帯であり、流れてくる湿気によって薄いもやがかかってしまっている。
そのもやに包まれながらそれは佇んでいた。視線はどこかを真っ直ぐに見据え、吹き抜ける風に身を預けるようにしている。
風貌は狼。しかしただの狼じゃない。
流れ揺れるその毛は黒と銀。顔を覆うのは黒いたてがみのようで、長髪のように風に揺られて後ろへと流れている。そのたてがみを追っていけば体にたどり着き、黒い毛の下から覗く銀色の毛皮に目が行く。薄暗いこの天気の下でもどこか輝いているかのように思わせる銀。
顔から背中にかけての黒と、体と四足と尻尾にかけての銀。この二色がかの存在の色。
威風堂々と佇むその雰囲気はまさしく王者を思わせるものがあるが、同時に見る者を震え上がらせるほどの威圧感を持つ。いや、これは威圧なんてものじゃない。全ての命に頭を垂らせ、見下し、恐怖を植え付けさせるかのようなものがうっすらと感じられる。
その紅い瞳から放たれる眼光。それがそう思わせるのだ。
「な、なぜ……あ奴がここに……」
「どうかしましたか?」
漏れ出る言葉を聞いた青年が振り返る。しかし老人がその小さな体を震わせながら望遠鏡を覗き込んだままだったため、何かあったのだろうと青年も場所を移動して双眼鏡を覗き込んだ。
そして見る。あの異質な狼を。
すると青年もまたあの狼から放たれる雰囲気にあてられてしまい、体を震わせ始める。冷や汗を流して恐怖を感じながらも青年は双眼鏡から顔を離す事はしない。いや、出来ない。
まるで魅入られてしまったかのようにあの狼を見つめ続けるだけだ。
「……ガリレイ先生、あれはまさか……」
「ああ、主にも見えているなら夢ではないのじゃろうな……。よもや、あ奴が現れるとは……これは一大事以外の何物でもないわ……!」
望遠鏡を覗き込みながら老人は傍にあった手紙にペンを走らせていく。自分達が見ているものをそのまま書き記す為に。よもや狂化竜の動向を探っていたらあんなものを発見するなんて思いもしなかっただろう。それだけあの存在がここにいること自体が異質。
だがあの存在に伝わる伝承を考えれば少し、ほんの少しはわかるかもしれない。何せあれはガブラス以上に“厄災”の象徴なのかもしれないのだから。
青年は口に溜まった唾をのみながら双眼鏡であの狼を見つめる。さっきから気になっていたがあの狼は一体何を見つめているのか。
その視線はある一点を見つめたまま動かない。その先に何があるのかと双眼鏡を動かすが、その先には何もない。どこまでも広がる岩山と森……その先には平原。目に付く異常は何もない。
それでもあの狼は見つめ続ける。
「…………っ!?」
そう思っていたのにあの紅い目が不意に動いた。まるで自分をじろじろと見つめる不躾な視線の主を睨むように。双眼鏡越しではあったが、その眼差しに射抜かれた青年は声にならない悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
がたんっ! と音を立てながら崩れ落ちる青年を見て老人は「大丈夫か!?」と声をかけるが、青年はがたがたと体を震わせるだけでなく、何度も歯を打ち鳴らしている。完全に恐怖に飲み込まれてしまっているようだ。
無理もない。あれは古龍以上の存在と言われる狼だ。ただの狼でも牙獣種でもない。そんな存在にその眼差しで睨み返され、あるいはただ力が篭った視線で見つめるだけで人を恐怖させる事が出来る。
本能が揺さぶられ、自分の内からくる恐怖に飲み込まれればこうなってしまう。過去数十年、数百年の間でも古龍を発見した若き観測員が、雰囲気に飲み込まれてこうなっている。それを何度も見ている老人は、とりあえず青年を壁にもたれかけさせ、落ち着かせるためのドリンクを小棚の隣にある冷蔵庫を開ける。
中には数本のコップとドリンクを冷やすための氷結晶が入っていた。一つのコップを取り出して青年に手渡すと、体を震わせながら青年は受け取り、ゆっくりと縁に口を近づけた。
ドリンクは気分を落ち着かせる効果を持つ成分が調合されており、ああして恐怖に飲まれた観測員のために用意されている。少しずつドリンクを飲み始める青年を尻目に、老人はもう一度望遠鏡を覗き込む。
だがいつの間にかあの狼がいなくなっていた。望遠鏡を動かしてあちこち見回してもあの黒い姿は見当たらない。どうやら青年を介抱している間にどこかへと走り去ったらしい。
しかしあの存在が確かに岩山に存在していた。でなければこんなにも青年は震えていないし、自分もいやな汗をこんなにもかいていない。
「……とにかく本部に報告せねば」
またペンを走らせて報告すべき事を記すとそれを細長く丸めてやり、鳥かごに近づいて鷹を出してやる。その足に丸めた手紙を括りつけ、軽く腕を振って鷹を飛ばせた。
鷹は曇天の下、西に向かって飛んでいく。向かう先はミナガルデの古龍観測所。無事に届けてくれることを願いながら鷹を見送り、老人は気球を弄って進路を西へと向ける。
「じゃがあ奴は一体何を見つめていたのか」
気になるのはあの狼がじっと見つめていた先の事。青年に視線を向けるまで揺らぎない視線で見つめていたもの。老人は方位磁石を手にし、机の上に広げてある地図を照らし合わせてみた。
「今いるのはここか。そして方向は……こっちか」
気球はシュレイド王都ヴェルドから東、数十キロ地点を飛行していた。あの狼が佇んでいた岩山は自分達から南。そしてそこから視点を方角に合わせてみると……北北東か。その先には東シュレイドがあって、リーヴェルがあって……いや、待て。その前に何かあったはずだ。
そう、この方向には……!
「……まさか、まさか……あ奴は……!」
だとするとあれが現れたのは……。それに思い至った老人は先ほど以上の震えを感じずにはいられなかった。“厄災”を、“
そう――伝説が再来するのではないか、と。
○
曇り空は当然ながらここにも広がっている。それでも人はいつも通りの日常を過ごしている。そんな様子を彼女、菜乃葉は眺めていた。いつもそうしているように高い建物に座り込み、下界を眺めるかのようにしている。
いつも通りの黒い特殊な和服に身を包み、時折足をぶらつかせながら彼女はその黒い瞳で見下ろしていた。
(――さて、ここは既にあの女狐のちょっとした領土内、か。ま、当然と言えば当然か。十年も前からこのシュレイド地方にいるし、一応生まれ故郷でもあるのだから、何かしていないわけでもないわよね。となれば私が今ここにいる事もとっくに知っているとみていいわね)
彼女が今いるのは王都ヴェルド。ドンドルマと同じく高い城壁にも似た外壁に囲まれた外周には、一定間隔で見張りのための窓と突き出る大砲が備え付けられ、城壁の上にもバリスタが設置されている。
西シュレイド最大の都市であり、現在のシュレイド国王が存在する街ということもあってその守りはもはや要塞であり、人呼んで城塞都市と言われている街だ。街の奥を見れば国王が住まう城が見える。あそこは少し高台になっており、王が街に住まう人々を見下ろしているかのように思える。
その城に向かう一羽の鳥。白い羽毛に覆われた鳩か。その足には手紙が括られているから伝書鳩だろう。その様子を眺める菜乃葉は微笑を浮かべながら目を細めた。
「さて、これであっちも動くか。いや、動かざるを得ないわね。……そして導かれる」
視点を変えた菜乃葉の先にいるのは若きギルドナイトの少年少女達。リーダーは帽子の陰から見えるあのオレンジ色の髪をしたあの青年。その青年を見つめた菜乃葉はまた少し唇の端を歪めながら立ち上がる。
そのまま何気なく飛び降りる菜乃葉。だがその体は大地に着地する前に霧のように消え、誰にも気づかれることはなかった。
しかし彼女は確かにこの街にいた。小さく微笑する声は空気に溶けていき、尾を引いて消えていく。誰にも見えず、誰にも聞こえない彼女の存在を示すもの。それをただ一人、感じ取った者がいた。
「……?」
顔を上げて辺りを見回す少女、アルテミス。きょろきょろと街を見回す彼女を、隣で歩いているゲイルが気づいて優しげな笑みを浮かべた。
「そんなに気になるか? 初めてだったか、ヴェルドは」
「……え? ……ああ、うん……そうだね。アルテは初めてかな、この街は」
どうやら初めて訪れる街に興味を示してきょろきょろしていたと思われたらしい。とりあえずアルテはそう答えてもう一度視線を動かして街を見回した。誰にも聞こえなかったはずの彼女の笑い声をもう一度聞くために。
でもどんなに気を配ってもそれは聞こえず、声の主の存在も感じられなかった。
(気のせいだったのかなぁ?)
かわいらしく小首を傾げてそう結論付ける事にしたらしい。それだけあの声は小さいものだったから、もしかすると街の人達の笑い声を拾ってしまったのかもしれない。うん、きっとそうに違いないと納得した。
「では君達は宿の手配と情報収集を頼む。サンとゲイルとアルテはわたしに続いてくれ」
「わかりました」
「おう」
「うん」
アルテがそう思っている頃、自分の部下と話をしていたレインがそう言うと数人の部下たちが街の奥へと進んでいった。残ったのはレインを含めたいつもの四人。
レイン隊はこの日王都ヴェルドへと入った。シュレイド地方に入り、ついに王都へとやってきた彼らはこの街で更なる情報を集める事にしたのだ。闇はこのシュレイド地方に集まりつつあるのは何となく感じられたし、このシュレイド地方は何かと因縁がある場所。
闇に属する者ならばそれを利用する可能性があるとみて、レインはこの街にやってきた。
早速行動に移るとしよう。
レイン達は揃って歩き出し、街の中へと入っていった。
○
「申し上げます!」
そう言って入ってきたのは一人の青年。あまりにも慌てた様子で入ってきたため、髭を蓄えた年配の男性が眉を潜めながら「騒々しいぞ!」と怒鳴りつける。その怒声を聞いて青年は「失礼しました!」と謝罪しつつ頭を下げるが、男性の後ろ、高級な椅子に腰かける白髪白髭に赤い服に身を包んだ老人がたしなめる。
「よい。余は気にしておらぬ。それで、どうかしたのか?」
彼こそシュレイド王国の王、ジュピター・シュレイドである。かの戦争が終結し、シュレイド王国は西シュレイドと東シュレイドに分裂し、王国はこの西シュレイドのヴェルドに移ったといわれている。
それから数世代を経た今も王政は続いていた。戦争の爪痕が現在も僅かに残っているが、シュレイド王国は復活しつつあったのだ。
王は肘掛に両手を乗せ、正面に片膝をついて頭を下げる青年をじっと見下ろした。そんな王を見上げ、青年は手にしている紙を示しつつ口を開く。
「古龍観測所からの報告です。本日未明ここより東を飛行していた古龍観測員が、かの伝説に語られる魔獣ヴァナルガンドを目撃したとの事です!」
「…………ヴァナルガンド、じゃと?」
その名前に王が顔色を変えた。さっきまでの穏やかな雰囲気は消え去り、積み重ねた年月を感じさせる顔の皺すらも引き締まった表情を見せる。それだけその名前が特別な意味を持つのだ。
一方玉座の左下に佇み、青年を怒鳴りつけた男性――恐らく大臣だろう――は額に汗を浮かばせて焦ったような表情を浮かべていく。しかしこのまま固まっているわけにはいかないと彼は口を開いた。
「その報告の真偽のほどは確かなのだろうな? こればかりは間違いでは済まされるものじゃないだぞ!?」
「間違いないそうです。観測したのはこの道数百年のベテランであるガリレイ様です。彼ほどの人がこの一大事と言える存在を見誤るはずもないでしょう」
その報告に大臣も言葉に詰まってしまった。それだけ彼は信頼に足る人物という事なのだ。それは大臣だけでなく王も知っている。目を細めて髭を撫でながら彼は思考する。
ヴァナルガンド。
この世界全域で存在が知られるも、その姿はめったに見られない魔獣。放たれる雰囲気は牙獣種にしてはかなり研ぎ澄まされたものであり、佇む姿はあたかも王者を思わせるもの。
それだけならばただの牙獣種なのだろうが、ヴァナルガンドはそれでは収まらない程の器を持っていた。
世界には古龍以上の存在と言われる存在がいる。
伝説に語られ、街だけでなく国を滅ぼす程の力を持ち、時に天災を引き起こしてしまう存在。かの存在が現れれば滅びを覚悟しなければならないといわれる存在。
そんなモンスターは“伝説種”として括られた。
そしてその伝説種が現れる前にかの存在が現れるという。
それがヴァナルガンド。
かの大戦で黒龍が現れる前にも、東方で華国を崩壊させ、あるいは崩壊寸前まで追い込んだ冥蛇龍や九尾狐が現れる前にも、ヴァナルガンドの存在が確認されたという。
だからヴァナルガンドはそんな伝説種を引き寄せる、あるいは伝説種の来襲を予期させる魔獣と語られるようになった。
もちろんそれだけならばまだいいのだが、時にヴァナルガンドは伝説種と共に国を襲う時もあった。当然ハンターも戦ったが、ヴァナルガンド自身も伝説種に匹敵しかねない程の実力を持っていたため、ただの牙獣種に括られる事はなくなったという。
そう、ヴァナルガンドもまた伝説種に数えられるようになったのだ。
いつしかヴァナルガンドは魔獣、厄災や禍を伝え、運ぶ獣と呼ばれるようになる。そしてつけられた俗称は“厄災”と“禍”に関わる獣として
そんなヴァナルガンドがこのシュレイドに現れた。となれば遠くない未来に伝説種が現れるという事になる。
「……大臣とギルドの者を招集せよ。緊急会議を執り行う」
「御意……」
重い声で呟くように命じ、王が立ち上がる。玉座を下りた王の後を大臣が付いていき、二人は謁見の間から後にする。
その日の緊急会議は夜遅くまで続き、ヴァナルガンドの存在はひとまず彼らの間で秘匿とされた。狂化竜の存在で国民の間では不安と恐怖が渦巻いている。そんな彼らに新たにヴァナルガンドという存在が知られればそれは更に高まるだろう。
いたずらに騒がせる事もあるまいと全員一致で秘匿情報とされた。だが彼らもまたこの先何が起こるのかと不安を隠せずにいた。狂化竜の事で手がいっぱいだというのに追い打ちをかけるかのようなヴァナルガンドの出現。
気力がそがれるような思いだった。
それでも自分達はそれに抗わなければならない。そうしなければ国が、あるいはこの大陸が滅ぶ。それだけは何としてでも阻止しなければならない。
その為には戦う力を集めなければならないだろう。
シュレイド地方の各地に派遣されているこの国の軍だけでは足りない。ギルドが派遣しているハンターやギルドナイトだけでも足りない。
もっと有力なハンターを集めなければならない。
方針はそれで決定された。