呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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79話

 

 

 王都ヴェルドは高く厚い外壁に覆われた城塞都市。レイン達が歩く街道は活気に満ちている。あちこちから店主と呼子が自身の売る商品を示しながら道を歩く人々へと呼びかけている。

 活気はさすがに大陸のあちこちからハンターが集まるドンドルマには及ばないが、それでも王都と言うだけあって街の雰囲気は力強い。大陸を包み込む狂化竜の件があるが、街の人々は西シュレイド王国に属する軍と、集まってくるハンター達が何とかしてくれるだろうと信じているようだ。

 しかしそれはヴェルドの中心から西シュレイド城周囲に住まう住民たちでの話。中心から外、外壁付近に住まう者達は少々暗い雰囲気が広がっている。

 それはヴェルドに住まう民の差が街の地図に表れているからだ。

 ヴェルドの北は少し小高い丘になっており、そこに現シュレイド王が座する城がある。その周囲はシュレイドの政治を支える政治家、商人などの中で成功した富豪たちが暮らす者達がおり、なだらかな高低差に従って下に向かえば普通の人々が住む中心付近へと進んでいける。そして外壁付近、特に街の西へと向かう程貧しい人々が住まう場所へと向かっていく。

 王都は華やかなイメージがあるだろうが、華やかという事は栄えた部分と、それに乗れなかった部分が存在してしまうという事の証明になる。普通にもなれなかった者は自然とこの貧困街へと身を寄せ、光の当たらない影の世界で細々と生きていく事になってしまう。

 ヴェルドはこういったどうしょうもない人の世の理の証明である、貧困の差がある事も陰で知られている。

 当然ながらあのドンドルマでもそれがある。アルテがいた孤児院もそんな貧困街にぽつんと建っていたという。一体どういう経緯でアルテがその孤児院にやってきたのかは不明だが、彼女はそういった場所がある事を記憶を失う前から知っていた事になる。

 

「やっぱハンターの姿がちらほらと見かけるなぁ。しかもよく見りゃぁ、それなりに名が知られてるメンツじゃねぇか」

 

 周囲に軽く視線を巡らせながら歩いていたゲイルがぽつりとそう呟いた。このヴェルドもまたハンターズギルドの拠点が存在している。シュレイド地方の中で一番規模が大きいこのギルドには、シュレイド地方で活躍しているハンター達が大勢集まっている。

 とはいえ規模自体はこれもまたドンドルマには及ばないが、それでもシュレイド地方で名が売れたハンターチームがいくつかこの街に存在している。

 レインの後ろについていたサンも軽く視線を巡らせれば、なるほどと小さく頷いた。

 

「『刀刃(とうじん)』の武蔵、……向こうには『碧空』のダグラスまでいらっしゃるようです」

「ほう、『碧空』のダグラスとは、またいいハンターがここにきたものだな。やはり狂化竜の一件があるからか?」

「恐らくは。ここで狂化竜を討伐する事で更に名を上げようという魂胆なのでしょう。そう考えれば、やはり兄さんの推測通りこのヴェルドに多くのハンターが向かってきていると考えてもいいでしょう」

 

 シュレイド地方も狂化竜が多く確認されてきており、その度にハンター達が出動していっている。残念ながら少なくない犠牲が出ているが、それでも何とか討伐に成功した報告が耳にされている。

 普通じゃない飛竜達を討伐するという事は今、ハンター達の間では一種の勲章とも言えるものになっている。

 そんな狂化竜に命を懸けて倒す価値はある。確かに奴らは普通の飛竜とは違うし、気配がかなり違う。自分達の命など軽く吹き飛ばしてしまうかもしれない程の力を秘めているため、死ぬ可能性が普通の飛竜達と違ってかなり高くなる。

 しかしそれを大きな壁と認識すれば己を奮い立たせることが出来るだろうが、失敗すればもちろん自分の命は消える。それだけ大きな脅威であり、断崖絶壁クラスの壁となる。

 でもそれがあるからこそ挑むべき価値はある。どれだけ恐怖を象徴する相手であろうとも、それを討つ事が出来れば自分達は強くなったのだと認識できるし、壁を超える事が出来たと喜ぶ事が出来る。

 同時に人々の憂いを少しずつ取り除く事も出来るのだから危険を冒す価値がある。故にハンター達は、狂化竜を討伐しようとこのヴェルドへと集まってきているようだ。

 こうして街中を歩いていると、名のあるハンターだけでなく一般のハンター達もよく見かけられる。だがほとんどのハンターはレイン達に気づくと、決まって目を逸らして視線を合わせないようにしていた。

 それはやはりレイン達がギルドナイトだからに他ならない。

 ハンターの犯罪を取り締まるギルドナイトは時に秘密裏に暗殺も行う。対象となるのは当然罪を犯したハンターだが、その流れがあまりにも鮮やかで容赦がないため、罪を犯していないとしても関わり合いになりたくないのが心情だった。

 目をつけられでもしたら何を言われるかわからない。だから目線を合わせず避けるように離れていくハンターが多い。

 それはレイン達もわかっているため何も言わない。少しだけ避けるように歩く人々の間を抜けつつ街道を進んでいき、目的地である王立図書館へと向かっていった。

 街の中心部にあるこの図書館は、西シュレイド王国が成立した数年後に建てられた西シュレイド最大の図書館だ。西シュレイド王国の歴史が刻まれたこの図書館には旧シュレイド王国の蔵書の一部と、西シュレイド王国の蔵書が収められている。

 それ以外にもシュレイド地方をはじめとする大陸西部に生息するモンスターについての書物や魔法に関する書物、もちろん普通の民間人が読める本など、総じて万を超える程の本がこの図書館に存在している。

 アルテはそんな図書館を見上げて少し驚いたように口を開いてしまった。

 

「お、大きいね~……」

 

 そして当然ながらそれだけの本が収められているのため、その外観もそれに沿うように巨大だ。ドンドルマにあったあの図書館といい勝負をしているだろう。

 またドンドルマのものと同じように、リオレウスなどの素材を使用して火災対策もしている。ここにはこの国の歴史が収められているのだからそれも当然だろう。

 入口へと続く階段を上り、扉を開けて中に入れば、広い空間に並ぶ無数の本棚が目に入る。軽く吹き抜けた空間には二階、三階の様子が少し見え、案内板を見ればそれぞれテーマに沿って本が収められているようだ。

 一階は民間人が読むような普通の本や生活に役立つ知識の紹介本、大陸や地方の紹介や地図などが収められている。

 二階はこの国に関する歴史などが綴られた歴史書が主に収められている。シュレイド地方について知りたければここで調べるといいだろう。

 三階はモンスターに関する書物と魔法に関する書物が収められている。ハンターや魔法使いがここを主に利用するだろう。今回彼らが向かうのはこの三階だ。

 入口の脇にある階段へと向かおうとすると、受付にいる女性がちらちらとレイン達を窺うような視線を向けているのに気付く。彼女もまたハンター達と同じようにギルドナイトがどのような存在なのかを知っているのだろう。

 この図書館を利用しているハンターを捕縛しようしているのではないか?

 そんな懸念があるのかもしれない。

 一応声をかけておくとしようか、とレインは一息ついて彼女の下へと近づいて行った。

 

「あ……、い、いらっしゃいませ」

「そう固くならなくていい。わたし達は一人の利用者としてここにやってきただけだ。君達に迷惑をかける事はない」

「そ、そうですか。では、ごゆっくりどうぞ……」

 

 出来うる限りの笑顔でそう言えば、女性は多少の固さを和らげて丁寧なお辞儀をしてくれる。でもまだどこかびくびくとしている雰囲気があるようだが、これ以上話していては彼女の仕事の邪魔になるだろう。

 

「失礼する」

 

 会釈をしてサン達を連れて階段を上がっていく事にした。そうしている間にも背後、横から視線を感じるのもまた仕方のない事だろう。自分達も仕事をしているのだ。その上で制服であるこのギルドナイトシリーズを身に纏っている。

 アルテはギルドナイトではないためフルフルSシリーズを纏っている。傍から見ればアルテが連行されているように見えるかもしれないが、ゲイルと親しそうに見えるからそれはないだろうと思えるだろう。

 そんな四人は真っ直ぐに三階へと上がると一つの机を確保する。そこはこの三階でもかなり隅に位置する机であり、周りに利用者がほぼまったくいないと言ってもいい場所だった。

 ギルドナイトという事もあり、例え利用者が近づいてきても自ずと離れていくだろうから話を聞かれる事もない。それを踏まえての場所確保である。

 一度四人は席に着き、サン達はレインへと視線を向けた。

 

「さて、先ほども言ったように、わたし達が調べる事はここ数日の情報と、闇魔法についてだ」

「闇魔法ねぇ……こういうのってあまり表に出回らないとは思うんだがねぇ……」

 

 王立図書館と言えども、闇魔法という危険なものを記した本が普通に置かれているとは思えない。ゲイルの言葉は確かなものだった。

 闇という単語だけでも不安を煽るこの属性は、人にとって負に傾かせる魔法ばかりが羅列されているが、普通の攻撃魔法も存在している。だがそれ以上に闇の粒子が光と同じように感知しづらい事もあり、行使する術者は限られてくる。また世や人に知られる危険な魔法ばかりが目立ち、危険性が大きい事が前面に出ているのも特徴だ。

 狂化、汚染、洗脳、堕落……これら以外にも人の負に関わるものが有名なのだから闇魔法は危険視され、他の属性に関連される魔法書と一緒に本屋や図書館に並ぶことはまずない。

 探すならば裏道、裏商人を利用するしかないが、彼らもなかなか見つけ出す事は出来ないのが現実だった。

 

「しかし神倉朝陽は闇魔法を行使している。それを以ってして狂化竜を作り出しているのだろう? ならば調べるに値する事柄だ。……それにわたしとてそう簡単に見つかるとは思っていない。闇魔法そのものを記しているものではなく、対抗策ならば置いてあるんじゃないかと考えている。断片的でもいい、少しでも情報が欲しいのが現実だから探してみてほしい」

「はいよ。見てみるだけ見てみるさ」

「他にもなにか気になる事があるならば、それについての本を持ってきてもらいたい」

「じゃあちぃっとシュレイドについての本を探してくるかねぇ」

「あ、アルテも手伝うよ」

「では私はここで待ってますね。ここに誰か近づいてこられても困るでしょう?」

「うむ。頼むよ、サン。では一度解散だ」

 

 サンを残して三人は立ち上がり、それぞれ数多の本の森へと飛び込んでいく。その背中を見送ったサンはローブの中へと手を入れて本を取り出し、しおりを挟みこんでいるページを開いて読書を開始した。

 図書館というものは本を読む事を目的とし、自ずと静かにする場所。しかも隅に位置取っているから自然と音はほとんど聞こえなくなる。でもそれを気にすることもなく、サンは一定のリズムでページをめくって本を読んでいる。

 題名を見れば『(しのび)』と書かれている。東方の影で伝えられている存在をテーマとした創作だ。

 忍は様々な一族に分かれており、それぞれ仕える主が存在している。その主の命に従い、様々な任務をこなしていく。それはある意味ハンターと同じだろう。

 ハンターもギルドの下に集い、ギルドに届けられたクエストを受けてそれをこなしていく。

 だが忍はただ任務をこなすだけでは終わらない。情報を秘匿する事に徹底し、敵に捕まった時には潔く自害する事も珍しくない。また命令さえあれば要人を暗殺する事もそつなくこなすという。

 ギルドナイトも暗殺を行う事もあるが、忍のそれはまさに疾風の如く。陰から対象へと接近、または遠距離から仕掛け、証拠を残さず退散する。例え対象が雲隠れしようとも、幾多の情報網を駆使して見つけ出し、決して逃がす事などない。

 彼らにとって主の命令こそが絶対であり、それに逆らう事は許されない。そして任務の失敗はほぼ死へと繋がるという。

 そんな影の部分が多い忍ではあるが、こうして創作題材に挙がることは珍しくなくなっている。他の有名タイトルならば『風魔』が挙げられるだろう。

 

「…………」

 

 今読んでいる『忍』は東方のとある国に仕えている忍の一族を題材としている。他の一族と違い更に一族の存在を秘匿し、国の主の命に従って暗殺を主に行っているという設定だ。

 時に他の一族とぶつかり合う事もあり、一族を排除してでも任務を遂行するという揺らがぬ信念のもとに行動する忍びの在り方が描かれている。

 それが例え主人公の知り合いで、親交があった女性とその家族であってでも、だ。彼女らを殺せ、と国の主が命じたのならばそれを遂行しなければならない。

 主人公の心の葛藤と忍としての在り方を変えられないという現実。

 そして主人公は――雨の降る夜の日、隠れ住む彼女らを任務達成という現実の下、殺害した。雨に塗れ、彼女らの血で塗れた短刀を握りしめながら主人公はその場に佇み続ける。

 忍は感情を殺さなければならない。泣く事は許されない。

 だから雨に塗れている彼が泣いているなんてわからない。

 そんなシーンを読み終えた時、本棚の向こうから多くの本を抱えたレインが戻ってきた。軽く見て五冊以上はあるか。それを机に置くとゆっくりと席に着いた。サンもレインが戻ってきたので『忍』にしおりを挟んで閉じ、彼が持ってきた本を確認してみる。

 その内の一つがサンの目についた。

 

「……『闇魔法対策』ですか」

「ああ。何とか見つけ出す事が出来た。他にも二冊ほど闇魔法が書かれてそうなものがあるが……それでも闇魔法の中でもほんの一握りかもしれない。これからそれを少し読み進めてみる事にするつもりだ」

「そしてこちらがモンスターに関するものですね。それにしても『シュレイド地方の飛竜』はまだいいとして『黒龍伝説』や『七つの禍の龍』はなぜです?」

 

 後者の二冊は伝説種に数えられる龍について書かれた書物だ。特に『黒龍伝説』についてはシュレイド地方には縁が深いものと言ってもいい。

 あの大戦を終結させる要因となった黒龍。その後も何度か黒龍はシュレイド地方に降り立ち、ハンター達と戦い続けた。その度に多くの犠牲を支払っているが、黒龍相手に討伐という形で勝利を収めたのは神倉月が参戦した一戦のみ。

 それ以外は黒龍が撤退していった戦いだ。撤退も勝利の内とすれば全ての戦いは人の勝利なのかもしれないが、黒龍自体の恐怖と絶望が人の間に覆い尽くすという事を考えれば、それは本当に勝利と考える事は出来ないかもしれない。

 そんな黒龍に関する書物の一つ、『黒龍伝説』。冒頭には黒龍について詠われた詩が綴られ、黒龍と人の歴史が章に分けて記されている。

 

「旧シュレイド城には深い闇が覆われている。それはあの黒龍が纏う闇とあそこで死んでいった者達の残留思念や怨恨が漂い、混ざり合った結果だという話なのは有名だろう」

「なるほど、闇について知るための黒龍の資料ですか」

 

 伝え聞くところによれば黒龍自身が強い闇を纏っているという。もしかすると黒龍がもたらした闇を利用した、闇魔法があるかもしれないという可能性がある。そうでなくとも闇魔法を行使する者にとって、旧シュレイド城はいい燃料源といえるだろう。

 黒龍を知る事によって闇についても何か得られる物があるかもしれない。それがレインの考えだった。

 

「なんだ、お前も同じことを考えてたのかい」

 

 そう言いながらゲイルもまた数冊の本を抱えてアルテと一緒に戻ってきた。どん、と軽く音を立てながら置かれた本の一つ、旧シュレイド城について書かれているものが一番上にある。

 アルテと一緒に席に着き、その本を手に取ってページをめくりながらゲイルは言う。

 

「このシュレイド地方でもし闇魔法を行使する際の燃料を得ようと思ったら、真っ先に思いつくのが旧シュレイド城。俺様達がそうであるように、あの人もそうだったはずだ。……でも、あの人は狂化竜を作り出し、更に闇のエネルギーを得る事にした。よぉく考えりゃそれは妙な話だ」

 

 開かれたページには現在の旧シュレイド城が描かれている。昼でも妙に薄暗く、包み込む空気は重苦しい。モンスターですら近寄らないその城の外見はぼろぼろで、年月を経るごとに少しずつ朽ちているように見える。

 

「俺様は昔一度あの人に訊いた事がある。『こんなに闇を集めてあなたは一体どうしようってんですか? 闇ならいい場所があるじゃないですか』ってな。そしたらあの人はこう答えた。『足りない。あそこの闇でも全然足りない』」

「……つまり何かね? 旧シュレイド城でも足りない程の闇を集めるために狂化竜を作ったと、そういう事かね?」

「だろうなぁ。俺様も命令でシュレイドまでやってきた際に、あそこに行った事があるんだけどよぉ、……やべぇわ。近づくたびに背筋を虫が這いまわるかのような、薄ら寒さを覚えるんだわ。あの中心部に近づけば一体どれだけの闇が集まってるか、俺様にはわからねぇ。……でもあの人はそれでも足りないと言った。よほど神倉月に劣等感を覚えてるんだろうなぁ」

 

 少し重い口調で語るゲイルを見つめていたサンは、レインが持ってきた闇魔法の本を手に取り、無言でぺらぺらとページをめくっていく。特に内容を読み進めているわけではなく、何かを探すかのようにその緋色の瞳は動いていた。

 やがてページをめくりながらサンはぽつりと呟くように呼びかけた。

 

「……ゲイルさん、一つよろしいでしょうか?」

「ん? 何だ?」

「神倉朝陽さん、と言いましたか。彼女はどのような人でしたか?」

「どのようなって言われてもな……自分の目的のために他人を犠牲にすることを厭わねぇ人だ」

「……質問が少し悪かったですね。普段はどんな雰囲気でしたか?」

 

 ちらりと視線がゲイルへと向けられながらそう問いかけてきた。その質問の中に含まれている意図は何なのか。よくわからないがサンは意味のない質問をするような人ではない。ゲイルはそれに答える事にした。

 

「そうだなぁ……、いつもうっすら笑みを浮かべながら何かを考えている人だったな。落ち着いていて、着実と段取りを決めて裏で行動する。言うなればクールな女性ってやつだろうな」

「そうですか」

 

 それを聞いたサンは瞳を閉じて頭の中で考えを纏めるように落ち着いた呼吸を繰り返す。

 そして目を開き、じっとゲイルを見据えて口を開く。

 

「闇魔法、それは他者を負の感情を煽るもの。しかしそれは行使する魔法使いとて同じ事。他の属性以上に術者にリスクが大きい魔法でもある、とあります。……特に自らを強化させるために闇を取り込むとあれば、そのリスクはどれほど大きいものか、予測がつかないでしょう」

「……そうか、闇を取り込むことで術者の理性が少しずつ崩れてくる。そう言いたいのかね?」

「その通りです。彼女は日々狂化竜がもたらす闇を取り込んでいるのでしょう? その量がどれほどのものになったのかは私達にはわかりませんが、決して少なくないはず。それに狂化竜の作戦以前にも闇は取り込まれているはず」

 

 そこでサンは僅かに目を細めて首を振る。

 

「……しかしゲイルさんは言いました。彼女は落ち着いている、と。そうですね?」

「ああ、そうだ」

「そうだね。朝陽さん、いっつも笑ってたし、変な事言ったりしてなかったよ。怒ることもそんなになかったし」

 

 肯定するゲイルの傍でアルテが頬に指を当てながら付け足した。

 サンは小さく頷き、開いたページを三人に見せるように机の中心に本を置く。そこには闇魔法の危険性を記してあった。その中に魔法使いの理性崩しという見出しが書かれてある。

 闇魔法はその力を溜めていけば魔法使い自身に闇が干渉し始め、それに敗れる事があれば理性が失われていき、人が定めたルールに縛られない行動を見せ始めるとある。

 性格もそれに引きずられて変化し、まるで人が変わったかのように言動や行動もおかしくなっていくようだ。

 

「以前神倉さんに聞きました。彼女は元々神倉一族では『普通』の女性であったと。才能は神倉さんには遠く及ばず、それが劣等感を生み出すカギとなったと。だから力を求めた。その理由は納得できるかもしれません」

 

 しかし、とサンは指を立てて続ける。

 

「旧シュレイド城を覆う闇は兄さんたちが言うように深いもの。そしてゲイルさんは言いました。それでは足りないから狂化竜を作った。ならば彼女はその全ての闇を自分の中に取り込もうというのでしょう。その前段階として狂化竜などの闇を取り込んだと考えられます。……しかし性格は落ち着いたまま。はたしてそれがあり得るのでしょうか?」

「……そうか、ドンドルマであの人は神倉月と戦い、引き分けたって話だ。それは同時にそれだけの実力を得るだけの力を取り込んだって事になる」

「だが神倉朝陽は依然変わらず落ち着いたまま。才能があまりない彼女がそれだけの闇を取り込んでおきながら、理性を失わないままというのも妙な話となる、という事になる。そう言いたいのかね、サン?」

 

 レインの言葉にサンは肯定する。

 魔法の才能は生まれつきのものであり、それが増加する事はあまりない。自身の持つ魔力の器を広げようと思えば人である事をやめるか、禁じられた法に手を出すしかないと言われているくらいだ。

 朝陽が力を得る事、それすなわち自身の魔力の器を広げ、そこに闇の力を取り込むことになるのだが、それを繰り返していけば器は自然と闇に染まっていく事に繋がる。

 自身の中の器が、自身に影響を及ばないはずもない。闇の影響が朝陽を侵したならば、朝陽を歪める事も十分にあり得る話じゃないか。どうしてそこに気づかなかったのか。

 元々彼女の考えが歪んでいるから気づかなかったのだろうか。

 ゲイルは腕を組みながら朝陽の事を思い返してみる。

 いつだって彼女は癖のように冷笑を浮かべて小さく笑っていた。深海よりも深い藍色の瞳は暗い光を感じ、ただただ力を得るために行動し続ける女性。神倉月に執着しながらも、その作戦は冷静に遂行し、それはまさしく理性があったと言えるだろう。

 もし理性がなければ無心に特攻し、次々と生者を惨殺して力を得ていたはずなのだから。

 

「もし、旧シュレイド城の闇を取り込んでしまったら理性は完全に崩壊してしまうかもしれないですが、そもそもそれが可能かどうかも怪しいところです。あれだけの闇を神倉の者といえども体に取り込めるのかも疑問です」

「人の身で受け切れるはずがない、か。それも真理だ。そもそもあの黒龍がもたらした闇だ。よく考えればそれを人の器が収められるかどうかも怪しい」

 

 レインが手に取って開いた本は『七つの禍の龍』。世界に伝えられる七頭の伝説種の龍について綴られた本。その中の一つである黒龍について書かれたページを開いた。

 そこに描かれているのは文字通り黒き龍。狂化竜よりも深い闇を感じさせるほどの黒い鱗に覆われた二足で立つ龍。

 その名は、ミラボレアス。

 意味する言葉は運命の戦争。

 シュレイド地方に降り立った伝説の龍だ。

 しかし黒龍はなにもシュレイド地方のみに姿を現したわけではない。過去の記録を調べてみれば西方、東方問わず姿を見せ、人々に深い絶望を与えていったという。古代まで遡れば長い戦争の最中に姿を現し、参戦した兵士全て犠牲として戦争を終わらせた事もあるという。

 残されたのは数多の血と現場の周囲を包み込む闇の空気。

 それが黒龍ミラボレアスが姿を見せた証だった。

 そんな黒龍の闇を人の身に取り込む。リスクが大きいどころの話じゃない。成功すれば確かに大きな力を得る事になるだろうが、失敗すればどうなるか想像もつかない。

 才能がないという彼女に勝算があるのか。

 

「ゲイル。神倉朝陽は何か成功させるカギを持っていたのか?」

「……どうだろうねぇ。俺様達はあの人の全てを知っていたわけじゃねぇからなぁ」

 

 仲間ではあったが朝陽は自分の事を多く語らなかった。最終的な目的は話してあったが、それ以上の事は口にしない。それはこうしていずれ切り捨てられるからだったかもしれない。

 そう考えれば最初から朝陽はゲイルとアルテを捨てる気があったという事になる。

 とはいえそんな事に気づいたとしても全ては今更なのだが。

 ふとアルテが小首を何度か左右に傾かせ、何かを思い出そうとしているように視線が天井に向けられていた。対面に座っていたサンがそれに気づき、「なにかありました?」と声をかけると、「うん……」と呟きながら視線がサンへと向けられる。

 

「朝陽さん……何か持ってたような気がするんだよ……」

「何か? それは一体……」

「んーと……黒い宝石? ローブの中に黒や紫の宝石とかそれを使ったネックレスがあったような気がするんだ」

「宝石……魔法を行使する際に宝石に篭められた粒子や力の援助を受ける事で、自身へと負荷を軽くさせるための物だな。色や宝石ごとに属性が分けられている話だから、黒や紫は闇と考えていいか」

「つまり彼女は備えはしてあるという事になりますか。それでも宝石だけで済ませられるかといえば、そうではないのでしょうね」

 

 宝石に篭められているのは宝石ごとにばらつきがある。小さな宝石では粒子の量は少ないし、大きなものならばそれに従って粒子も多くなる。でもそんな単純なものでもなく、小さくても色合いが濃かったり、力が凝縮されたりしていれば援助は期待できるし、大きくても質が悪ければ粒子の量は少ない。

 それでも掌に収まる宝石だけに、期待できる援助は一段階か二段階ほど上の魔法のみ。それを複数揃えたところで黒龍の闇を取り込みつつ理性を残せるかといえば、それでも難しいんじゃないかと考えてしまう。

 だとしても彼女はやるだろう。神倉月に勝つというただ一つの目的のために。その為に多くの命を奪ってきたのだからもはや止まらないのは目に見えている。

 高度の魔法を行使するならばそれに似合うリスクを負うべし。

 魔法によって何かを得るならばそれに似合う対価を支払うべし。

 魔法学にある一つの考えだ。

 リスクを負えば負う程何かを成しえた時に得られる物、奇跡は大きくなるという。だがリスクが少なければそれ相応に小さな物しか返ってこない。

 ハイリスク・ハイリターン。

 魔法によって何かを成し得る事とは一種のギャンブルといえる。

 これはハンターも同じ事。

 より強い装備を整えたければ、より高い名声を得たければ、より強力な飛竜を狩りに行けばいい。命を懸けて強大な敵を討ち倒し、その飛竜の素材を手にすればいい。

 そうすれば人々はハンターを認め、ハンターはその素材で強い装備を整える事が出来る。

 これもまた自らの命という対価を支払い、勝利を得た結果といえよう。

 

「そもそも今の状態が果たして彼女の普通の状態か、というかも怪しい可能性もあるぞ。ゲイル達の前では普通に見せていても、実は裏では不安定だったという事も有り得るのだからな」

「ああ……確かにその通りだなぁ」

 

 朝陽はあの中ではリーダーだった。だからこそ弱っている所は見せずにいる、という事も考えつく。しかしそれが出来るという事は理性があるという事を認めていると言ってもいい。

 何にせよレイン達の結論でいえば、人の身であれだけの闇を取り込んで無事でいられるはずがないという事だった。

 闇魔法という一つの括りではなく、魔法という括りで考えてみても危険極まりない行為。それに挑むためにもしかすると狂化竜の闇で体を慣らしているのではないか、というレインの言葉も考えてみたが、それでも無謀だろうという結論に至ってしまう。

 成功させるために何かをしている可能性があるが、ゲイルとアルテにはその手法は明かされずじまい。手掛かりはほとんどない状態なのだからこれ以上の推測は無理だろう。

 朝陽の事についてはここまでにすることにした。

 

「さて、次はこの数ヶ月の情報だが」

 

 そう言いながらサンに目配せすると、彼女はいくつかの新聞を切り取ったものを張り付けている手帳を取り出した。置いてあった闇魔法の本をどかし、その手帳を置く。

 

「まずは狂化竜が確認された場所を纏めたものです」

 

 普段からサンは新聞などで情報収集をしており、このように手帳に貼り付け、そこから必要なものを抜き出して纏める事を日課としている。昔からいつでもレインに何らかの情報を求められ、すぐに答えられるようにしていたため、もう癖みたいなものになっていたのだ。

 そんな彼女が見せたもの。

 事件となったものから他のギルドナイトの隊から届けられた情報も加味され、ただどこで起こったのかだけでなく日時、どんな狂化竜だったのか、一部は被害情報まで書かれている。

 

「むう……やはり被害は多いな。討伐に成功した事例が少しずつ増えている事は喜ばしいが、犠牲を減らす事はまだ難しいか……」

 

 苦い表情を浮かべながら手帳に書かれた情報を読み進めていくレインに、同じように僅かに暗い表情を見せるサンが頷く。

 街の近くにある村や小さな町ならば駐留しているハンターがいるし、近くの拠点からハンターが派遣されるためまだ犠牲を抑える事が出来る。しかしそうでないならば多くの犠牲を生み出してしまうのはほぼ避けられない。

 ゲイルも無言ではあるが、まるでその情報を頭に刻むように読み進めている。

 一通り目を通したことを確認し、サンはページをめくって次の情報を見せてくれた。

 

「次にこのシュレイド地方周辺で確認された狂化竜のリストです」

「どれ……なるほど、知ってる奴らはほとんど消えたか。感染で増えた奴もいるみたいだが、それも消えてるなぁ」

 

 確認された狂化竜達の名前を辿っていきながら呟かれた言葉に、レインはぴくりと眉を動かして反応した。少しだけ前のめりになってゲイルに詰め寄り、問いかける。

 

「ちょっと待て。感染とはどういう事だ?」

「ん? ……ああ、話してなかったか。狂化竜が生まれる原因となる狂化の種はな、別の個体へと感染する可能性があるんだわ。相手に食らいつく、爪で引き裂く、とかで相手の肉から侵入する事でな。とはいえその場合は相手が生きていなければならないんだがねぇ」

 

 だからこそ可能性は低いが、ゼロではない。普通は狂化竜の襲撃を受ければ命はない。しかしその中で生き残った個体が新たな狂化竜へと変貌し、更なる危険を生み出していく。

 今ここにはいないが、月が戦ったラ―ジャンがいい例だ。狂化したティガレックスと戦闘する事でティガレックスが持っていた狂化の種……というよりもその種に含まれていた因子がラ―ジャンの体内へと侵入し、少しずつ蓄積されていく事でやがて開花する。

 それによりラージャンもまた狂化した個体となったのだ。

 狂化竜から通常体へと感染させるというのは朝陽の思惑通り。一回の魔法行使で、複数の狂化竜を生み出す手段を構築したのだ。それはもちろんハンター相手でも可能性はあるが、朝陽は人に狂化の種を植え付ける気にはならなかった。

 ゲイル曰く、朝陽は人相手に闇を徴収するならば絶望と恐怖のみと考えていた。人を狂化させたところであまり意味はない。人はあくまで殺し、生かしても絶望させるだけの存在。

 故に狂化の種は人に着床しても効果を発揮させず、闇を少しだけ植えるだけに留めるようにしてあるらしい。

 

「もちろん俺様達は全ての狂化竜を把握しているわけじゃないぜ? 前に言ったように狂化竜はあの人とジン……いや、アキラが管理しているんだからなぁ。俺様らが知ってんのは一部だけ。せいぜい全体の半分以下ってところさぁ」

「つまり何かね? 感染によって増えた奴も考えなければならないという事かね?」

「そういう事になるかねぇ。でも、そう深く考えるこたぁねぇ。まだ確実とはいかないまでも、上位ハンターを主とした奴らが討伐していってるんだからなぁ。……その分闇は増えてるがな」

 

 苦笑しながら頬杖をつき、視線をサンへと向ける。右手の人差し指でとんとん、と手帳を叩き、ゲイルは言う。

 

「ちょいと気になったんだが、シュレイド地方周辺以外の報告はあるかい?」

「ええ、少しお待ちを」

 

 手帳を手に取ってページをめくっていき、レイン隊に届けられた他の隊の報告が纏められているところへと行き着く。定時連絡として伝書を括りつけた鷹などを飛ばしているため、他の隊が得た情報をやり取りする事が可能だ。

 もちろん最優先でドンドルマにいる大長老やソルに情報が届けられるが、これは共有した方がいいだろうという情報はこの手法で共有している。

 

「こちらになりますね」

「どれ……なるほど、やっぱりそうなってるか」

 

 内容を確認したゲイルはまた苦笑しながらレインに手帳を手渡した。説明するより内容を確認した方がいいだろうという無言の表れを感じとり、レインはそれを見てみる事にする。

 そこにはドンドルマ近辺から東にかけて確認された狂化竜のリストが書かれている。顔ぶれはシュレイド地方で確認されたものとあまり変わらないように見えるが、生息地の環境が違うからシュレイド地方では見られない種類も確認される。

 だがそれだけであり、特に気にするような事もないように思える。少しだけ首を傾げながらそのリストを見つめていたレインだが、ふと何か妙な感覚が頭に走り抜けた気がした。

 

「…………少ない?」

「お、気づいたかぁ」

 

 シュレイド地方の周囲と、ココット村から南に広がる砂漠地帯で確認された狂化竜のリストと、今開かれているドンドルマから東にかけてのリスト。数を比較してみると十八頭と十三頭となっている。

 確認されただけ、というものだが、狂化竜の数は前者の方が多かった。

 その差は五頭だが、それでもこのシュレイド地方の方が、狂化竜の数が多いというのは妙な違和感を覚える。

 何故ならばドンドルマの方がハンターの数が多い。現在ドンドルマから各地へとハンターが散らばり、それぞれ狂化竜がいないか調査しているのだ。ならばドンドルマ周辺の方が目撃例が多いと考えてしまう。

 しかし現実は逆。シュレイド地方周辺の方が多いという結果が出ている。

 

「どういう事かね? この中央全土に狂化竜を散らばらせるというのが、君の言う第三段階ではなかったのかね?」

「ああ、そうだ。だがあの人は実験段階の狂化竜も含めて散らばらせている。そしてその実験体は主にここ、シュレイド地方から南のゴル砂漠と、東のタイタン砂漠にかけて行っていたのさぁ。……ちなみにプロトタイプといってもいい奴らは、東方でやってたらしいがねぇ」

 

 最初は朝陽の故郷がある東方で狂化竜の試作体を作り上げ、狂化竜をどのように作り上げるかを実験したという。ある程度データが集まった後、旧シュレイド城の闇を最終的に取り込むため、シュレイド地方周辺を主な活動拠点としてプロトタイプから少し進化させた実験体を作ったようだ。

 ほとんどの実験体は既に死んでいるようだが、それでも生き残っている実験体も少なくないらしい。生き残っている実験体も第三段階に合わせて暴れさせているとなれば、シュレイド地方の方が多く確認されるのは当然の流れだ、というのがゲイルの弁だった。

 

「という事は総合的に言えば、狂化竜はシュレイド地方周辺の方が数は多いと?」

「そういう事になるかねぇ。ドンドルマはハンターの数が多いし、実力ある奴らばかり。更に言えばハンターズギルド本部があるから発見されればすぐに知れ渡る。だからドンドルマの管轄内に実験体を置くのは危険だからなぁ。で、旧シュレイド城という闇があるシュレイド地方ならば、そっちに向かう闇の流れが読みやすい、ドンドルマに比べてハンターの数が少ない、ギルドから情報も早々伝達する事はない、という点から完成へと向かう実験はシュレイド地方周辺で行われたって事よぉ」

 

 それを聞いたレインは以前昴達とギルド本部で会話したことを思い出した。

 ドンドルマ周辺で狂化竜が目撃されていない、シュレイド地方にしか出現していない。だから狂化竜という存在が信じられないと自分は口にした。

 しかしそれは敵が狂化竜の存在を秘匿するために、場所を限定していたからそうなっただけに過ぎなかった。

 その思考へと導くための敵の術中だったのかもしれない。

 

「何にせよ俺様が知る狂化竜の数は減ってきている。新しく増やしたのかどうかは知らねぇが、総数は間違いなく減っているとみていい。……それは同時にあの人の計画が最終段階へと近づいているって事なんだろうけどなぁ」

「そうか……」

 

 残っている数は不明だが、このシュレイドにもハンターが少しずつ集まってきている。狂化竜と戦う顔ぶれが増えるのはいいことだが、その分犠牲となるハンターが増えると考えてしまう。

 いや、こんな後ろ向きな考えはするべきではない。

 狂化竜を全て倒さなければ、奴らはどこからともなく突如現れて普通の飛竜以上の犠牲を生み出していく。朝陽の狙い通りだとしても危険な存在を野放しには出来なかった。

 そして朝陽が自身を強化させる手段を行使するのはここシュレイド地方。それも旧シュレイド城だというのは間違いない。

 あそこの闇を取り込むならば現場で行うのが一番。黒龍が残した闇をどのような方法で取り込むのかは知らないが、いずれ旧シュレイド城を調査しに行った方がいいかもしれないと予定を立てる事にした。

 

 それから数時間、資料として本を開きつつ四人はそれぞれの情報と自分なりの推察を交えて話をしていく。例えばシュレイド地方の地図を開いて狂化竜が確認された場所のチェック。

 東はタイタン砂漠周辺から、南はゴル砂漠と範囲に広がる範囲内で散らばった実験体と実戦投入された狂化竜の個体はどれほどか。

 またシュレイド地方というものを再確認する事と、アルテに改めて教えるという事でシュレイド地方について書かれた本を参考に教える事もした。

 ここが王政で成り立つ王国であり、現在の国王であるジュピター王とその三人の子供達、ハンターには及ばないが飛竜と対抗する手段をある程度持つシュレイド軍。

 情報によればシュレイド軍が狂化竜に備えて鍛錬を行っているというが、彼らはあくまでも人間相手に戦うための力を磨いているため、飛竜と戦う心構えがあまりないのが難点とされている。

 鍛えられ、ベテランとされている兵や隊長、将軍ならばまだ何とかなるらしいが、やはりハンターに比べればぎこちない。またモンスターの素材を使用した武器や防具もハンターに比べて数が少ないため、一撃貰えば命の危険があるのも問題点か。

 良質の鉱石を使用したものならばまだ耐えられるだろうが、それもまた親衛隊などに与えられているだけに過ぎず、末端の隊などならば刃に耐えられる設計の防具になってしまう。

 飛竜らの攻撃やブレスは当然、人を相手にする際に振るわれる刃と比べるまでもない。鈍器よりも重い一撃、磨かれた刃より鋭い爪や牙、何より焼く、貫くを主としたブレスはまさに一撃必殺。

 他の戦闘手段としては対飛竜用の兵器が備わっている事だろう。城塞都市と謳われるこの街の外壁には大砲とバリスタが設置されている。他の兵器としては移動可能な大砲とバリスタ、投石器などがあるらしい。

 これは国との戦争にも使用する事が可能であり、それを原型として対飛竜用として改良を加えたものだそうだ。とはいえ予算の都合もあるためそう多くの数が作れないのが難点であり、例えそれを持っていたとしても使用する軍人が飛竜に臆すれば使い物にならない。

 故にシュレイド軍で討伐隊を組むことはやめ、防衛に専念した方がいいという意見が多いようだ。

 

「レインさん」

「む?」

 

 そうやって議論していると、どこからか少年がレインを呼ぶ声がした。それに反応し、そちらの方へと視線を向けてみる。階段の方からギルドナイトの制服を着こなした少年が近づいてくる。

 彼はレイン隊の一人。宿の手配と、ある情報を入手するように命じたグループの少年だった。レインの傍までやってくると一礼し、懐から数枚に纏められた書類をレインに手渡す。

 

「この街に集まったハンター達の名簿です。確認されているものだけですが、軽く見て百人は下らないでしょう」

「ふむ……先ほど見かけた顔ぶれも載っているな。他にも……うむ、名が売れているチームが見られる。これだけの数がヴェルドに集まっているのか」

 

 レイン達はハンターを取り締まる権限を持つギルドナイトであるため、ギルド支部に要請すれば現在この街にいるハンターの名簿を入手する事は難しくない。数枚に分けられた書類を軽く目を通し、名前を確認して頷く。

 

「ご苦労だった。宿の方も手配は済んでいるな?」

「はい。……それともう一つ報告が」

「何かね?」

 

 少年を見上げるレインから少し目を逸らし、どこか言いづらそうに逡巡する。どこか言葉を選ぶように考えていたようだが、報告だけはしなければならないと何とか言葉を纏め、レインを見据えた。

 

「宿の手配を終えて数分後の事、城から一人の使者がやってきました。なんでもギルドナイトの一隊が街にやってきた事を知り、王様が隊長であるレインさんと一度話をしたいと。明日城まで登城せよという命令です」

「ジュピター王が?」

 

 現在の国王であるジュピター・シュレイド王が呼び出してくるとは。思いつく要件といえばやはり狂化竜に関する事だろうか。王軍も狂化竜の一件に関わっているようだが、飛竜を狩る事を生業としているハンターと違って大きな成果はあげられていないようだ。

 王としても今時刻を脅かそうとしている脅威について改めて知らなければならない。ただのハンターではなく、ギルドナイトから話を聞いた方が深い情報を得られると考えたのだろう。

 ならば無視するわけにもいかない。元よりジュピター王が直々に呼び出しているのだから、無視すればギルド側に何らかの悪影響が出そうだ。

 

「わかった。サン、明日共に来てくれるか?」

「わかりました」

「ゲイルとアルテは待機しておいてくれ。手持無沙汰ならば二人で街に出て、独自に情報収集しても構わないぞ」

「はいよ」

 

 頷くゲイルの傍ではアルテが積まれている本から一つ取り出してぺらぺらと流しながら読んでいた。タイトルは『七つの禍の龍』。開かれているのは黒龍について書かれているページである。

 時折首を傾げながらアルテはただ無言でその黒龍の事を読み進めていく。何か気になる事でもあるのだろうか。

 

「アルテ、何か感じる物でもあんのかい?」

「……んー、なにか引っかかるんだけど……よくわかんない」

 

 彼女自身もそれが何かわからないらしい。しかし何かが頭の中で引っかかっているのは間違いないらしく、可愛らしい声でうんうん唸りながら首を左右に傾げている。

 

「ふむ、気になるならば借りてみるかね? ゲイル達も必要な本があれば借りていっても構わないが、どうするかね」

「そうだねぇ……アルテ、借りて宿でゆっくり読むか?」

「……うん、そうする。もやもやしっぱなしなのはちょっとイヤだから」

 

 頷きながら本を閉じ、『黒龍伝説』の上に乗せて二つとも借りる事にしたようだ。サンも闇魔法について何か得られるものがあるかもしれないと、レインが持ってきた本を手にした。どうやら彼女も一緒に借りる事にしたようだ。

 四人は共に立ち上がり、本はレインが纏めて持ってサンと並んで受付へと向かっていく。二人で手続きを進めていき、数分もかからず借りる事が出来た。

 二人を待っている間もやはりちらちらとゲイル達を見てくる視線があったが、三人は特に意に介さず離れた所で待機する。

 そうして本を借り終えて五人は図書館を後にし、少し日が暮れ始めている街並みを歩いて宿へと向かっていった。

 明日はジュピター王との謁見だ。一国の王相手に不手際があってはならない。今日は早い目に休んでおくことにしよう。そして話す事を今の内に頭の中で纏めておいた方がいいだろうか、など色々考えながらレインは歩き続ける。

 一体どのような謁見になるのだろうか。

 多少の緊張を感じながらも、心構えだけは今の内にしておくレインだった。

 

 

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