呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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83話

 

 

 マグマの海から顔を出したヴォルガノス亜種はまるでキョロキョロと見回すように昴らの顔を窺い見る。だがその魚の目はどこか濁った色合いが見える。それが見えるだけでもあのヴォルガノス亜種が異質なものだとわかる。

 優羅の見立てでは狂化の種はまだ小さなものらしく、発症したばかりのものではないかという事らしい。しかも位置は腹の方ではなく背中の一部分のみであり、現在少しずつ広がりつつあるようだ。

 つまり完全な狂化竜ではないという事だ。

 だが放置していてはいずれ完全な狂化竜となり、火山で少しずつ力を付けて猛威を振るうだろう。光魔法を行使できない三人ではあのヴォルガノスを元に戻す事は不可能。

 故に今ここで討伐するべきだ。

 しかしこの戦いは決して楽はないだろう。相手はマグマの海を泳ぐことが可能。昴達は人の身であり、当然マグマの海に飛び込めばそれだけで消し炭になる。死体など残るはずもない。

 ガノトトスと同じく海に引きこもられれば手出しできない。出来るとすればガンナーである優羅が銃撃するか、気刃などで遠距離から攻撃するしか道はない。

 だがそれを長く続けるとかなり体力と気力を失う。

 だからこそあの海から引きずり上げなければならない。地理的な不利があるからこそ、相手のペースを乱し、こちらの領域へと引きずり込まなければならない。

 しかし図鑑によればヴォルガノスはガノトトスと違い音爆弾を使ってもマグマから飛び出してこないらしい。つまり飛び出してくるのか来ないのかは完全にあちらの気まぐれ。

 だが何とかして海から引きずり出さなければ。

 

「……弱点は――――頭、背中、腹。属性は――――ん? 龍?」

 

 蒼桜の対弩の速射対応している通常弾Lv2を装填し、その真紅の瞳でヴォルガノス亜種を睨み付ければ薄く赤く光る部分が浮かび上がる。手にしているのがライトボウガンのため、視える弱点はその三か所となっている。

 同時に弱点属性が視えるように意識を向けると、赤い色合いがどんどん赤黒く変色していった。あの色合いは龍属性が弱点だという証明になった。

 

(……水かと思ったけど、まさか龍とは。しかし……あんな奴に滅龍弾を使えと? もったいないな、それは。じゃあ次の弱点は……水と雷と氷か。…………火以外は全部そう、これが通常耐性ということか)

 

 そう考えながらヴォルガノス亜種の頭を狙って引き金を引く。連続して銃口から吐き出される通常弾Lv2は装填されている三発よりも三倍。高速で撃ち出された弾は狙い狂わず弱点部位である頭へと命中するが、溶岩の鎧があるせいか弱点でも大きなダメージにはなっていないらしい。

 ジャコッ、と音を立てて空になった薬莢が吐き出され、粒子となって消えていく。素早く通常弾Lv2の追加を装填し、ヴォルガノスの頭へとまだまだ撃ち出していく。通常弾でも勢い良く射出されているのだ。何度も同じところへと命中すれば少しずつ穴が開き、内部へと侵入していく。

 

(……属性が有効な部位は……腹、胸ビレ。なるほど……じゃあ意識を切り替えてみよう)

 

 通常弾Lv2からもう一つの速射対応弾である貫通弾Lv1を装填し、マグマの海から顔を出しているヴォルガノス亜種へと狙いを定めて引き金を引く。自分を狙っていると感じ取ったらしいヴォルガノス亜種はすぐに移動し始めたが、その背中へと貫通弾Lv1が連続して襲っていく。

 そこも一応弾丸の弱点部位であるため問題はない。装填と射出を繰り返しつつ、目に意識を向けてヴォルガノス亜種を睨み付ける。

 

(斬は腹、尾びれ。打は……背中? 魚竜種に属するこいつに背中を殴るというのは無理か。落とし穴を使えばまだなんとかなる、というところか。次点は……胸ビレと足、か)

 

 一通り視終われば昴へと近づき、彼に弱点部位を報告する。それを聞き昴は「了解した」と頷くと鬼斬破を構えてヴォルガノス亜種へと意識を向ける。同じように優羅もヴォルガノス亜種へと改めて視線を向け、自分が取るべき行動を考えてみる。

 弱点はわかった。しかしそこを攻撃するには――

 

(……どの道何としてでも陸に上げるしかない)

 

 しかしどうやって陸に上げるべきだろうか。音爆弾は意味なし。完全な気まぐれに任せれば時間がかかってしまい、それは同時に自分達の体力が削られるだけでなく、いたずらにクーラードリンクを消費させていくだろう。

 

「……切り込むか」

 

 貫通弾Lv1を射出しながら道筋を考えていた優羅だったが、ここは一度自分が前に出てみる事にしようと考えた。蒼桜の対弩をローブへとしまい、メイルシュトローム改を取り出す。装填するのは速射対応である水冷弾。

 牽制するように水冷弾を撃ち、続いて跳躍してマグマの海へと飛び込むようにヴォルガノス亜種へと接近していく。が、完全に落下する前に足元を爆発させ、その勢いを利用してヴォルガノス亜種の頭上を位置取る。

 

「ギュルッ!?」

 

 ハンターの一人がこんな所までやってくるとは思いもしなかったらしく、ヴォルガノス亜種に戸惑いが生まれる。続くように自分の身に降り注ぐ水冷弾の嵐。爆発を繰り返して移動を繰り返し、頭と背中へと水冷弾を浴びせてやれば、必然的にヴォルガノス亜種の意識は優羅へと向けられる。

 

「ふっ!」

 

 そこで紅葉が角竜鎚カオスレンダーへと気を送り込み、更に棍を握りしめて勢いよく頭上で回転させていく。すると角竜鎚カオスレンダーを中心として気流が生まれ、風と気が融合していくのだ。

 

「どっせぇえええいッッ!」

 

 それはまさに咆哮に近しい叫び。その叫びと共に角竜鎚カオスレンダーを振りかぶれば、圧縮された風を纏いし気功弾がヴォルガノス亜種の背中へと向かっていく。

 頭上にいる優羅へと噛みつこうとしたりしていたヴォルガノス亜種は背中に迫る気功弾に気づかない。そのまま紅い溶岩の鎧へと着弾し、それは大きく抉れてしまった。気功弾自体も大きな力を秘めているが、それに纏われている渦巻く風が着弾点周囲をも傷つける。

 

「ギュルルル!? キュル、ギュルル!」

 

 抉られる背中の苦痛に悲鳴を上げるヴォルガノス亜種は優羅から陸にいる紅葉へと視線を向けるが、すぐに横から水冷弾を撃ちこまれていく。顔、背中と横から貫いてくる水冷弾に意識を向けてしまう。

 かと思えばまた紅葉が角竜鎚カオスレンダーを回転させて風を生み出し、次々と気功弾を撃ち出してヴォルガノス亜種へと攻撃する。

 二人が攻撃している間昴はローブから落とし穴を取り出し、大体のアタリをつけて設置していた。ピンを抜けば岩肌の地面が広がったネットによって柔らかくなり、落とし穴が完成する。

 設置できる場所ならばどんな環境だろうと穴を作る。これもまたネットに含まれた粒子の働きによるものだ。

 

「さて、ふぅ――――」

 

 落とし穴を設置すれば昴は傍観する、というわけでもない。彼の遠距離攻撃は氷魔法だがこの火山では意味はない。周りの熱気によって氷を作り出してもすぐに溶けてしまう。例え白猿薙【ドドド】の冷気で氷を作り出したとしても同様だ。

 だから彼の魔法はここでは意味を成さない。

 そんな彼に他の遠距離攻撃の手段を教えたのが紅葉の時と同じく優羅だ。その技術は紅葉のものと近しいが、道筋は違う。気の扱い方を改めて確認し、それを高めた技術。

 鬼斬破を構えて意識を集中させれば、刀身にゆっくりと昴の気が纏われていく。彼の気に反応したのか、鬼斬破に含まれている雷属性が呼応してバチバチと静かに音を立て始めた。

 

「…………」

 

 水冷弾を撃ち続けていた優羅は昴の様子に気づき、マグマの海から一気に後ろへと下がって陸に着地し、ローブから一本の瓶を取り出して口に含む。

 成長したとはいえ長い間空中に留まり続けるために爆発魔法を連続使用すると、どんどん魔力を失う。落ちそうになるたびに一回一回爆発を起こすため紅葉の風魔法と違い燃費が悪すぎるのだ。

 だが十分ヴォルガノス亜種の意識を引き続けたらしく、奴は優羅を追って陸に近づいてきた。それを感じとって昴は一気に力を溜めて鬼斬破を振り上げる。そして陸へと飛び出してきたヴォルガノス亜種めがけ、その言葉を叫びながら勢いよく振り下ろした。

 

「――雷閃剣!」

 

 鬼斬破から放たれたのは雷を纏った気刃。だが先ほどまで放っていたものとは段違いにその威力が違う。大地を割りながら真っ直ぐにヴォルガノス亜種へと突き進むその斬撃は、陸に上がったヴォルガノス亜種の胸ビレを切り裂いていく。

 そのモーションと放たれた気刃。明らかにセルシウスの「閃剣・荒鷹」に似ている。しかし昴達はセルシウスと戦った事がないのでそのモーションを見た事がない。

 では何故昴が閃剣を使えるかというと優羅も閃剣を使えるからだ。彼女が使っている「閃剣・月光」などがそれにあたる。実際に師匠がモデルを見せてくれるため、彼女のあの技を自分でも使えるようにした結果、昴も閃剣を習得した。

 「閃剣・荒鷹」に似ているのはそのモーションが閃剣の中でも基本中の基本。刀を振り上げて振り下ろすだけ、そうすると同時に纏わせた気刃を解放させる。その為昴も問題なく早く習得した。

 だが無属性の刀を使っていた優羅とセルシウスと違い、鬼斬破で閃剣を放った事で気に鬼斬破の雷属性が纏われたのだ。白猿薙【ドドド】や飛竜刀【朱】でも同様で、氷属性と火属性の閃剣が放てることが分かった。そちらに関しては氷閃剣と炎閃剣と呼称された。

 

「ギュルル、キュ、ギョルルル!!」

 

 未熟とはいえ閃剣の特徴である大地を割る程の威力を持つそれを受けてなお、ヴォルガノス亜種はそれでもどうということはないという風にその二本足で大地に立つ。そうして初めてこのヴォルガノス亜種という姿が完全に昴達の前でお披露目されるのだった。

 でかい。

 それが第一印象だろう。

 ドンドルマで大立ち回りしたラオシャンロンと比べれば全然小さいだろうが、一般的な飛竜であるリオレウスと比べれば大きいと感じてしまうのは無理はない。その顔を見るには視線を上に上げなければならない。

 しかも奴はただ立っているだけなのに、鬼斬破と角竜鎚カオスレンダーは基本的にその足しか攻撃できない大きさだ。優羅が感じたように打撃の弱点である背中を殴ろうとしても、普通無理だというのは見てわかる。

 斬撃の弱点である腹も下手すれば届かないかもしれない。あそこを斬るには気刃でやっていくしかないだろうか。

 そんな風に分析している昴達に向き直ると、大きく息を吸う。魚竜種は咆哮しないからあれは何の予備動作かは自然と察する事が出来る。

 開かれた口の奥が赤く染まったかと思うと、そこから溶岩の塊が吐きだされてきたではないか。尾びれで飛ばしてきた塊とほぼ同じ大きさのものが弾丸のように飛来し、前にいた昴は急遽横に跳ぶことでそれを回避する。

 しかしヴォルガノス亜種はそれを追うように首を動かし、もう一度溶岩の塊を吐きだしてきた。これがヴォルガノス亜種のブレスらしい。リオ系統が放つ火のブレスよりも一回り大きいこれが襲ってくるとは……再度横へと跳んでやり過ごす事が出来たが、背後で着弾した塊はそのまま砕け、小さな破片をばら撒いてくる。

 

「っ、くぅ……っつう……」

 

 その内のいくつかが背中に当たり、纏っているローブ越しに昴へと熱と痛みを伝えてくる。耐火性にも気を配っているおかげでローブが焼ける事はなかったが、後ろから当たってきたため少しバランスが崩れてしまった。

 そこを逃さずもう一度塊を吐きだそうとしたヴォルガノス亜種だったが、その顎下へと潜り込んでいた紅葉が勢いづけて角竜鎚カオスレンダーを振り上げる。

 

「おらぁあああ!!」

 

 塊を吐きだそうと口を開いたところで顎への一撃。その突然の衝撃で強制的に口を閉ざされ、喉から口まで出てきた塊がヴォルガノス亜種の口内で暴れまわる。

 

「ングッ、ギョグ……グググ……ッ!?」

 

 口の端から熱気と共に破片が零れ落ちそうになっているようだが、紅葉は容赦なく下がっている頬へともう一度横薙ぎに角竜鎚カオスレンダーを振り抜く。紅い溶岩の鎧もろとも内部にあるヴォルガノス亜種の金色の鱗へと衝撃を伝えるように振り抜いた一撃は、確かな手ごたえを紅葉に感じさせた。

 こういう硬い敵は斬るより打撃の衝撃を与えた方がダメージが強い。

 

「ガッ、ギュル……グ……」

 

 たまらず半開きになった口から塊の欠片が涎と共にボトボトと流れ落ち、ヴォルガノス亜種の足がたたらをふんだようによたよたと震えてしまっている。その度に軽い振動が足周囲に発生している。

 軽く眩暈を起こしているらしい。完全に気力が抜けるにはまだまだ顔を殴り続けないといけないだろうが、その視線が紅葉へと向けられたため紅葉は一度この付近から離脱する事にした。

 それと入れ替わるように優羅がカンタロスガンにチップから取り出した徹甲榴弾Lv2を装填し、ヴォルガノス亜種へと連続して引き金を引いていく。メイルシュトローム改からカンタロスガンへと切り替えたのは徹甲榴弾が二発装填できるからだ。またライトボウガン自体の火力もメイルシュトローム改よりも若干高いのもある。

 頭、背中とん狙いを定めて放たれた徹甲榴弾は爆発を起こして少しずつ溶岩の鎧を剥ぎ取っていく。この鎧をどれだけ剥ぎ取っていくか。それもこの先の戦いにおいて重要だろう。

 昴の使っている武器である太刀は硬い敵には相性が悪い。繊細な武器のため防御に使えないこれは、弾かれた際の隙が大きいのが特徴だ。更に細長いため刀身が歪んだりすれば目も当てられない。

 しかしその刀身に錬気を纏わせて敵を斬る気刃斬りならば、その相性の悪さをある程度は改善される。欠点は錬気が溜まっていなければ意味はなく、気刃斬りを放つたびにその錬気を消費していくところだろう。

 それを補ったのが気刃斬りをした際に錬気を解放させることで一段階濃度を上昇させる技術。解放させれば一定時間は錬気が太刀に纏われるだけでなくその威力も上昇させてくれる。

 それでも硬い敵にはどうにもならない時があるが、この技術を持っているか否かで太刀の攻めのレベルが変わってしまうのは確かだ。

 だがそれだけで留まらず、気を扱う技術を持っているならば太刀は普通に扱う以上の力を発揮してくれる。その例はセルシウスで証明されている。

 グラビモス程ではないにしろ、硬い甲殻を持っているイャンガルルガの甲殻を容易に切断する彼女の閃剣。狂化によって通常体以上に硬質化しているティガレックスであろうとも、気を纏わせた黒刀【参ノ型】で鱗ごと切り裂く技術。

 技術を磨けば硬い敵であろうともその刃が敵を斬る。それが太刀だ。

 昴は気刃斬りや錬気解放については習得していたが、ずっと旅をしていたため気の更なる技術を教えてくれる人物がいなかったので、気刃や閃剣は習得していなかった。

 それが今では優羅のおかげでこうして使える。太刀の新たな境地を見出している。

 あの硬いヴォルガノス亜種相手でも斬る事が出来る。

 

「……行けるな。火山でも足手まどいにならない、それを感じられただけでも大きな収穫だ!」

 

 じっくりとその感覚を自分の中で吟味すると、沸々と体の奥から熱が湧き上がってくるように感じた。何度か紅葉と共にグラビモスと戦闘しているが、主に活躍していたのはハンマーである紅葉だ。

 硬い敵には鈍器を。この件はグラビモスも例外ではない。

 腹の下に潜ってその腹をかち割るように打ち上げ、時に頭に回って眩暈を起こしたりしてくれる中、昴は何とか隙を見て罠を仕掛けたり閃光玉を投げたり、尻尾へと気刃斬りをしたりするしか仕事がなかった。

 氷魔法は役立たず。硬い敵には太刀は相性が悪い。

 他の武器に手を出してみようかとも考えたが、どうも合わなかったのもある。「ハンマー使ってみる?」と紅葉に進められたこともあったが、数回使ってやめてしまった。

 だがどうだ?

 優羅のおかげで道は途絶えなかった。自分はまだまだ先に進める。

 礼を尽くしても尽くしきれない。今にも感謝の言葉を伝えたいところだがそれをぐっと堪えてヴォルガノス亜種へと疾走する。

 

「ギュルッ、キュルルルル!」

 

 敵が来るのを察知したヴォルガノス亜種は軽く辺りを見回すように首を動かすと、不意に天を仰ぐように上を見る。そのまま足に力を入れたかと思うとその場で勢いよく跳躍した。

 あの巨体があんな高さまで跳ぶと誰が想像できるだろうか。しかし確かにヴォルガノス亜種は数メートルも跳んでいる。足の力だけで跳んだのだ。

 そこからどうなるかはわかりきっている。

 重力に従い、あの巨体が落ちてくる!

 

「ちぃっ……!」

 

 急遽ブレーキをかけて後ろへと跳ぶと同時に、目の前にヴォルガノス亜種が落下し大きな振動と音を立てた。その巨体を生かしたボディプレス。巻き込まれでもすれば重症どころではない。

 びたん、びたん、と陸に上げられた魚のように跳ね回るヴォルガノス亜種へと優羅は容赦なく徹甲榴弾Lv2や拡散弾Lv2を撃ち込み、ダメージを稼ぎつつ鎧破壊を行う。当のヴォルガノス亜種はそれが大したダメージではないと感じているようで、しばらく跳ね続けていたが、ようやくその二足で立ち上がり、濁った魚の目でじろりと優羅を見据える。

 

「キュルルッ!」

 

 威嚇するように唸り声をあげると、前のめりに跳んで這いずりを始めた。足を使わず体全体を震わせることで迫ってくるヴォルガノス亜種に優羅は一瞬目を見開いたが、冷静に横へと走り抜ける事でやり過ごした。

 だがヴォルガノス亜種は方向を修正し、まるで弧を描くようにぐるりと昴らの後ろを取って迫ってくる。あの巨体がずるずると這いずり、しかも想像以上の速さで迫ってくるのだ。

 ある意味驚きと恐怖が同居する光景。

 

「こんのっ!」

 

 何とか回避するのは間に合った。背後で通り過ぎていくヴォルガノス亜種の気配を感じながら、うっすらと冷や汗をかいてしまう。だが脅威はまだ終わっていない。這いずりをしていたヴォルガノス亜種は勢い良く立ち上がり、ぶんっ、と尻尾を振り回した。

 

「くっ、んの」

 

 もう逃げられない、と観念した紅葉は角竜鎚カオスレンダーと顔を庇いつつ体を捻り、意識を集中させて気を体に巡らせて硬質化させる。衝撃に備えて歯を食いしばると同時にヴォルガノス亜種の尻尾が紅葉に打ち付けられ、彼女の体は岩山へと飛ばされてしまう。

 

「紅葉!?」

「……っ、大丈夫っ! そのまま攻めて!」

 

 硬質化する事でダメージを軽減させたが、衝撃は完全に殺せない。だが紅葉は飛ばされながら何とか受け身を取り、岩山に叩きつけられる前に足をつけて一瞬だけ衝撃を吸収し、その前へと跳んで着地した。

 そんな紅葉の叫びに昴は小さく頷き、鬼斬破を握りしめて横から閃剣を放つ。弱点である腹へと狙いを定めた閃剣は綺麗にヴォルガノス亜種の腹を斬る。だが鱗まで届く事はなく、ただ鎧を斬るだけに留まっている。

 しかし連続して斬っていけばいずれ鎧は崩れる。昴は攻撃の手を止めない。

 優羅も一度紅葉へと視線を向けたが、紅葉が大丈夫だといっているのだからそれを信じる。拡散弾Lv2を装填して鎧を破壊する作業へと戻る事にした。

 

「ギュルル!」

 

 ヴォルガノス亜種はまた一声鳴き、這いずりを開始する。その対象は今度は優羅だ。彼女は冷静に退避しながら、先ほど昴が仕掛けた落とし穴へとヴォルガノス亜種を引き付けている。

 拡散弾から水冷弾へと切り替えて後ろに下がりながら落とし穴へと導く。完全に優羅にだけ意識を向けていたヴォルガノス亜種は、その落とし穴に全く気付かずその重みで体は地面に飲み込まれてしまった。

 

「ギュギュッ!?」

「よし、仕掛けろ!!」

「スタンは任せて!」

 

 角竜鎚カオスレンダーを構えた紅葉はヴォルガノス亜種の前へと回り込んだ。弱点は背中だが、ハンマー使いとして攻めるならば相手の頭を何度も殴って脳震盪を起こした方がいい。

 それも落とし穴に嵌った相手ならばなおさらだ。眩暈状態に陥れればヴォルガノス亜種は長い間落とし穴に嵌ったままなのだから。

 だから力を溜めて紅葉は角竜鎚カオスレンダーをヴォルガノス亜種の頭へと殴りつける。頭、顎と振り下ろし振り上げと殴った後に「ふんっ!」と力を篭めて叩きつけ、再度叩きつけた後に体を捻って頬を球のように殴り上げる。

 それからまた力を溜めて振り下ろし振り上げへと繋げていく。これの繰り返しだ。

 眩暈にさせる仕事をする紅葉の邪魔にならないよう昴は背中側へと回り込み、気を纏わせた鬼斬破でヴォルガノス亜種を斬っていく。当然斬るたびに鬼斬破には錬気が溜まっていき、それが十分溜まれば気刃斬りを行う。

 

「……ん?」

 

 そこで気づく。

 ヴォルガノス亜種の背中には優羅と自分が付けたものではない傷がある事に。

 まるで鋭い牙で喰らいつかれたかのような傷あったのだ。それは紅い溶岩の鎧をもろともせず、内部にある金色の鱗にまで届いているような傷。

 

(何かに襲われた? 狂化の種を持っているこいつが? …………いや、逆か。狂化竜に襲われたとみるべきか?)

 

 気刃大回転斬りを行って錬気を解放し、鬼斬破の力を更に高める。優羅は先ほど狂化の種は背中にあると言った。この傷によって狂化の種が入り込んだとするならば、もしかすると闇が人から人へと移るように狂化の種も同様に移ってきたと考えられる。

 

(……となれば本命の狂化竜はまだこのストロンボリ火山に潜んでいる? こいつはただのおまけか?)

 

 もしそうだとすると、これは早急にヴォルガノス亜種を討伐するしかない。その後ヴォルガノス亜種がやってきた方へと進み、その火山を調べた方がいい。そこにきっとこのヴォルガノス亜種に狂化の種を植えこんだ存在がいるに違いない。

 それを調べるためにも迅速にヴォルガノス亜種の討伐を。このまま落とし穴に落としたまま討伐する心意気で昴は何度も気刃斬りを行う。その度に錬気がどんどん高まり、鬼斬破は赤い気の揺らめきを纏っていた。これが錬気解放の最高レベル。

 この状態を維持しつつどんどん斬り続け、ヴォルガノス亜種の体力を削っていくとしよう。

 

「……もうすぐスタンするか。ならこっちか」

 

 チップから毒弾Lv1を取り出して装填し、穴でもがくヴォルガノス亜種へと撃ち込んでいく。目で見た限りではヴォルガノス亜種の意識はもうすぐ飛びそうになっている。もう一セット紅葉が殴ればヴォルガノス亜種は眩暈状態になるとみていい。

 その後更に落とし穴へと留めるために麻痺弾Lv1へと切り替えて撃ち込み、ヴォルガノス亜種を麻痺させる。そうすれば紅葉はまた頭を殴り続け、眩暈状態へと近づけていく。

 これを繰り返す事でヴォルガノス亜種はこのまま何もしないまま落ちる。

 

「……毒った。スタンもしている」

 

 視えている限りではその二つは既に発生している。しかし生命力はまだまだ窮地には陥っていないようだ。魚竜種特有の生命力の高さは伊達ではないらしい。

 

(……落とすにも時間がかかりそうか?)

 

 麻痺弾へと切り替えて撃ち込み続けながら優羅はじっとヴォルガノス亜種を見据える。背後から斬る昴、頭を揺さぶるように殴り続ける紅葉。補助に回った優羅に代わり、火力はあの二人が担当している。

 今は鎧破壊ではなく状態異常を継続させるのが役割。この状況を少しでも長引かせればこちらの被害は最小限で済む。わざわざ被害を増やすのも愚の骨頂。被害を少なく、大きな成果を挙げるのが望ましい。

 いつも昴が考えている事。犠牲を少なく、しかし効率よく自分達のペースに巻き込み、相手を詰める。

 紅葉が一番の火力を担当し、隙あらばスタンを狙っていく。

 昴は紅葉に切り開く道を走り、別の方向から攻めて切り崩し、時折アイテムを使って補助に回る。また作戦の指針を考え、指揮するリーダーの役割でもある。

 優羅は遠距離から攻め、敵の状態を逐一確認し昴に報告。時に火力を、時に鱗や甲殻の破壊を、時に状態異常に。状況に合わせて攻め方を変える。

 それぞれの持ち味を照らし合わせれば自然とこうなった。ライムとシアンが抜け、優羅が入った新生『吹雪(ブリザード)』。三人になってからもう三カ月を超える。それは同時にドンドルマの一件からもうそんなに経っている事になる。

 

「……ん?」

 

 ふと背中の方に視線を向けるとあの狂化の種が少しずつ大きくなりつつあった。眩暈が解けて麻痺状態になったヴォルガノス亜種は痙攣し、呻き声を上げながらも何かを高めるようにその気力を振り絞っている。

 それが狂化の種に影響を与え、背中から体へと広がっているようだ。

 

(……反撃に出ようとするか? しかしまだ動けないはず)

 

 麻痺と眩暈の波状攻撃。単なる状態異常に留まらず、紅葉自身の怪力と気から生み出される破壊力はバカにならない。ヴォルガノス亜種の頭の溶岩は結構破壊されている。

 本来の金色の鱗を覗かせるヴォルガノス亜種は濁った目で目の前にいる紅葉を見る。一体何を考えているのかと推測すれば、やはり狂化の種の影響が考えられるか。このまま進行すればやがて狂化竜へと姿を変えるだろう。

 その前に仕留めるのが望ましいが、それは現実的に厳しいか。

 実力を磨いた事は磨いたが、月達のように一気に仕留めるという化物じみた技術は持ち合わせていない。的確にダメージを積み重ねていくという基本に忠実な戦いが昴達のやり方だ。

 それにシュヴァルツの血統とはいえ、優羅はその力をフルに発揮する事は出来ない。そのやり方は好かないし、その技術がこのヴォルガノス亜種に通じるかは疑問だ。

 夜烏【小羽】とテッセン【烏】ではヴォルガノス亜種に対して刃が短い。今の自分が使える技術でヴォルガノス亜種を一気に殺せるか疑問だった。

 

「ギュ、ギュルル……!」

「む、この……っ!」

 

 麻痺してもなお抵抗するヴォルガノス亜種を感じとり、紅葉は更に力を篭めて角竜鎚カオスレンダーを振るう。動くならまた眩暈を起こして動きを止める。それが紅葉の役割なのだから。

 だがヴォルガノス亜種はそれでも抵抗を続ける。それに従うように狂化の種は少しずつその力を増幅させていき、それはヴォルガノス亜種の表面にも少しずつ表れ始めた。

 それに気づくのは背中を斬っていた昴だ。あの傷の周囲が少しずつ変色していったのだ。燃えるような紅い溶岩の鎧にも狂化の種が侵食しているらしく、闇が侵食したようにそれは赤黒く変化し、まるで時間が経った血のように思える赤となる。

 

「これは……目覚めようとしているのか!?」

「……急に闇が侵食し始めた。……紅葉! 頭をかち割る勢いでやれ!」

「了解!」

 

 悠長に生命力を削っていくやり方では間に合わない。ならば彼女の怪力に任せた一撃で一気に決めるしかない。これが通用するのはイャンクックなどの飛竜の中でも下に位置する顔ぶれだけだ。

 幸い眩暈状態に陥れるために何度も頭を殴っているため、頭部を守る鎧はもうボロボロの状態だ。強い一撃を与えれば一気に破壊できるだろう。

 決まれば僥倖。

 決まらなければ……改めて腹を括るしかない。

 角竜鎚カオスレンダーを構えて再び力を溜める紅葉のために時間を稼ぐため、優羅は麻痺弾Lv1を装填してもう一度ヴォルガノス亜種を麻痺状態へと追い込もうとする。昴も何度も鬼斬破で斬っているがそれではヴォルガノス亜種は止まらない。

 むしろ傷を負うたびに侵食がすすみ、その身を狂化体へと変化させていく。

 やはり怒りや苦痛が種に影響を与えて侵食を進めているとみていい。

 

「ふんっ!」

 

 十分に力を溜めた事で角竜鎚カオスレンダーには再び空気が渦巻き始める。紅葉の気と呼応し、その渦は先ほど以上に激しく音を立てて渦巻いている。そのまま跳躍して角竜鎚カオスレンダーを振り上げる。

 そのまま重さと力に任せてまさに優羅の言う通り、ヴォルガノス亜種の頭を叩き割るように角竜鎚カオスレンダーを叩きつける。

 眩暈を起こさせるために何度も殴っていたため鎧はひび割れている。そこに渾身の一撃をぶちかましたのだから当然鎧は完全に破壊され、頭の部分は金色の鱗を露出させることになった。

 だがそれだけでは留まらず、その鱗ですら角竜鎚カオスレンダーは叩きつけられる。ミシッ、と嫌な音を立てて鱗は砕け、その下にある肉へと凶器の鈍器はぶつけられ、鮮血を巻き上げる。

 鈍器が鎧を破壊し、二種類の角竜の角が内部を叩き切り、纏われた風が傷を抉る。

 決まった。

 生命の急所である頭をあそこまで傷つけたのだ。

 ぐったりとヴォルガノス亜種はその身を投げ出している。風が今も頭の内部を真空の刃で傷つけ、肉とその下にある脳髄も傷つけているはず。

 生きていない。

 そう紅葉は感じ取っていた。

 

 

 ――ドクン

 

 

 何かが鼓動を刻む音が微かに響いた。

 あの時と同じだ。

 砂漠の水晶、尾晶蠍アクラ・ヴァシムが頭をかち割られてもなお生きていた時と同じ。

 嫌な空気がヴォルガノス亜種の内部から噴き出てくる感覚。顔を上げれば背中から一気にその闇の気配がヴォルガノス亜種全体へと広がっていた。死にたくない、というヴォルガノス亜種の思いを叶えようとしているのか、あるいは自らの敵を排除しようという本能を遂行しようというのか。

 死に近しい状況であるはずのヴォルガノス亜種は再び命の鼓動を刻み始める。

 

「くっ、の、もう一度っ!」

 

 動き出す前に何としてでも仕留めなければ。そういう思いに突き動かされるように紅葉は角竜鎚カオスレンダーを振り上げて叩きつけようとした。

 だが狂化の種はそれを許さなかった。宿主であるヴォルガノス亜種を守るように闇がヴォルガノス亜種の頭部へと展開し、紅葉の体を吹き飛ばしたのだ。

 しかも根付いている背中からも闇が吹き出し、背中を斬り続けていた昴もまた弾き飛ばされる。

 

「……紅葉、昴! ……ちぃ、やっぱりそう上手くはいかないか……」

 

 舌打ちしながら優羅はカンタロスガンからメイルシュトローム改へと持ち変え、貫通弾Lv3を装填する。狙いを定めるのは露わになっている頭部。射出する際に小さな爆発を起こして推進力を増幅させ、勢いよくその的を貫かんとする貫通弾。

 装填を繰り返して連続で射出される貫通弾Lv3だが、闇はその推進力を阻んでヴォルガノス亜種を守り続ける。だがまったく通用していないわけではない。その黒い壁を打ち破ろうと弾は次々と飛来して穴を作って穿たんとする。

 だが守られてばかりいるヴォルガノス亜種ではなかった。少しずつその体を動かしていき、落とし穴から脱出しようとする。その行動を邪魔させないように闇はヴォルガノス亜種の全身を包み込み、一気にその姿を変貌させた。

 身を包む溶岩の鎧は完全に赤黒く染まり、露出していた金色の鱗はその輝きを失い、虎模様のように黒い筋があちこちにはしり回っている。その濁った目は赤い光をただえ、それが魚の目を若干陸上生物の瞳に近づけさせた。

 

「ギュルルッ、キュル、ギュルルルッ!!」

 

 そしてようやく長く自身を閉じ込めた落とし穴という檻から解放されたヴォルガノス亜種は、変貌した自分を見せつけるように一度胸ビレを広げて声を張り上げる。

 ほぼ失われかけた命すら引き戻し、変貌させる狂化の種。

 やはり闇は恐るべきものだ。そしてそれを作り上げた朝陽達も恐ろしい。

 完全に殺してしまえば問題はないだろうが、瀕死状態にあるものをここまで立ち直らせるとは信じがたい。

 しかし現実だ。

 自分達は失敗した。

 早急に生命の急所を狙って仕留めるべきだった。

 だがあの作戦も決して間違いではなかったはずだ。落とし穴に落とし、麻痺と眩暈のループで自分達のペースを崩さずに確実に仕留めていく。

 それは基本の積み重ねであり、悪くない作戦だ。

 だが通用するのは通常体まで。狂化の種を孕むこいつには残念ながら届かなかったというだけの話。

 苦い表情をしながら昴はマグマの海から離れるように横へと移動し、ヴォルガノス亜種の様子を窺いながら紅葉へと近づいていく。優羅もメイルシュトローム改を構えつつヴォルガノス亜種の内部を視ながら静かに二人へと近寄った。

 

「……ミスを嘆く時間も惜しいな。これは完全に堕ちたか」

「……生命力が若干回復していますが、頭の傷は応急処置程度の修復しかされていない。転倒させてやればまた紅葉が頭を狙うチャンスはあります」

「なるほど、じゃあそこを狙っていこうか。今度は失敗しないように気を付けるわ」

 

 狂化竜と成ったヴォルガノス亜種は今までの狂化竜のように先ほどまでとは違うと考えていい。あの巨体から湧き上がってくる怒りと殺意は先ほどまでのものとはまるで違う。

 今まで出会ってきた狂化竜が持っているあの冷たく刺すような殺意がどこか懐かしい。久しぶりに出会った狂化竜だが、昴達はひどく緊張せずに身構えるように相対していた。

 大丈夫だ。

 自分達はもう何度も狂化体と戦ってきている。

 今回も油断せずに戦えば問題ない。

 自己暗示をかけるように自分に言い聞かせる事であの殺気に心が折れないようにするのだ。

 負けるイメージを持つな。常に勝つイメージを頭に浮かばせろ。

 戦う前から負けていては勝てる戦いも勝てない。

 恐れるな。

 立ち向かうのだ。

 それぞれ信じる仲間と武器を持っているのだ。どこに負ける要素があるというのか。

 しかし慢心もするな。それが負けを生み出す事もある。

 さあ、来い!

 何が来ても回避し、その巨体へとまた傷をつけていこうじゃないか。

 昴達はヴォルガノス亜種――いや、狂ヴォルガノス亜種がどんな行動に出るのか一挙手一投足を見逃さずに心がける。

 

「ギュルル……ギュルァ!」

 

 一度大きく息を吸ったかと思うと、その口からまた溶岩の塊を吐きだしてきた。それを回避するように三人は散開し、それぞれのルートで狂ヴォルガノス亜種へと接近を心掛けた。

 だが狂ヴォルガノス亜種はそれまで見せなかった行動を見せてきた。また息を吸ったかと思うと、今度は頭上を仰ぐように首を仰け反らせ、数個の塊を一度に吐きだしたのだ。

 上に上がった塊はそれぞれ狂ヴォルガノス亜種の周囲へと隕石のように落下していき、接近しようとする昴達の邪魔をする。

 

「ギュルッ!」

 

 それでも近づいていく優羅へはその巨体を捻り、長い尻尾を叩きつけるようにして振りかぶる。しかしそれを見切り、尻尾を潜り抜けるように身を屈めながら走り抜け、水冷弾を撃ち込んでいく。

 止まらない優羅を感じ取った狂ヴォルガノス亜種は一度呼吸を整え、もう一度頭上を仰ぎ見ると足に力を入れて一気に跳躍した。またあのボディプレスをするのかと優羅は減速して様子を窺う。

 だが宙へと舞い上がった狂ヴォルガノス亜種はその体を反転させて背中から落下してきたのだ。ボディプレスをする際は体を反転させずにそのまま落ちてきた。では今こうして背中から落下してきたらどうなるのか。

 それを一瞬で考えた優羅はこのまま様子を窺うのはまずいと第六感の警告に従い、背後へと跳ぶ。

 そのすぐ後、狂ヴォルガノス亜種の体は地面を突き破り、その下へと消えていった。落とし穴を使った後とはいえ、まだ硬いあの地面を突き破っていくあのパワー。流石は魚竜種というべきか、あるいは狂化体による強化の影響というべきか。

 冷え切った溶岩すらも打ち破り、その影響で熱されている溶岩が複数の塊となって噴き上がってくる。

 

「……チッ、あのまま突っ込んでいたらあれを受けていたか」

 

 陸上から下にある溶岩地帯へのダイブ。なるほど、マグマの海をもろともしないヴォルガノスらしい行動といえよう。噴き上がった溶岩は外気に触れて冷え、陸の大地と同化するようにその部分も陸となる。

 これで狂ヴォルガノス亜種の潜航した穴は塞がってしまった。しかしすぐに狂ヴォルガノス亜種の居場所はわかる。潜航している狂ヴォルガノス亜種が移動を開始すると、それに従って地響きが起こり、奴の移動ルートが音となって伝えてくれる。

 それだけではなく、泳ぐことでマグマがかき分けられ、その一部が陸へと噴き上がっているのだ。それもまた情報として教えてくれる。

 地下を移動してきた狂ヴォルガノス亜種は昴を狙って突き進む。狙われていると感じた昴は何とか逃げ切ろうと疾走するが、スピードでは狂ヴォルガノス亜種の方が速い。

 追いつかれる、と感じた時、一瞬狂ヴォルガノス亜種の気配が深みへと沈んだように感じた。

 

(出てくるっ!)

 

 この感じはディアブロスと同じ。かの飛竜もまた地下に潜り、移動してきて地下から急襲を仕掛けてくる攻撃手段を持つ。奴もまた気配を感じ取ってみると、地上へと出てくる際の僅かな動きの変化がある事に気づける。

 だからあの気配の動きを感じ取れれば、どのタイミングで地上に出てくるかがわかるのだ。

 ドンッ! と音を立てて溶岩と大地を突き破り、狂ヴォルガノス亜種の姿が再び地上へと現れる。同時に狂ヴォルガノス亜種がかき分けた溶岩が複数の塊となって噴き上がり、出てきた周囲へと撒き散らされる。

 

「く、ぅうう……っ!」

 

 背後に強い殺気と熱気を感じながらも、昴は何とか前へと跳ぶことで回避する事が出来た。しかしそれで危険が終わったわけではない。地上に上がった狂ヴォルガノス亜種はそのまま鈍い振動を起こしながら着地すると、そのまま昴へ向かって這いずりを始めたのだ。

 それを感じとり、すぐに起き上って走り出したが、狂ヴォルガノス亜種はすぐそこまで迫ってきていた。背中から受けるのはまずいと体を反転させて前から防御の姿勢を取り、衝撃に備える。

 彼もまた気功術で体を硬質化させる術を習得している。両腕を交差させて身を固めた所でその巨体が這いずりによる体当たりが炸裂する。その力によって昴の体は容易に吹き飛ばされ、岩山へと叩きつけられた。

 

「……っ、くぅ……」

「昴! ふんっ!」

 

 更に追撃しようとする狂ヴォルガノス亜種だったが、紅葉が手を動かせば岩山に背を預けている昴が風によって紅葉の方へと引き寄せられた。

 

「ギュ、ルル……」

 

 誰もいなくなった岩山へと狂ヴォルガノス亜種は頭をぶつけるが、その力を以ってしてその壁を強引に打ち破っていく。そのまま壁を破壊しながら反転し、スピードを上げて紅葉と昴の下へと接近していく。

 腹ばいによる這いずりなのに、あの巨体であるが故に迫力満点で迫ってくるものだから驚異的だ。紅葉によって救出された昴はすぐに体勢を立て直して迫ってくる狂ヴォルガノス亜種を見据える。

 視線を逸らすなどあってはならない。敵から視線を逸らせば死が迫っていると考えるのだ。自分達は命のやり取りをしている。

 どのタイミングで避けるか。それを見極めるためにもしっかりと刮目しろ!

 

「はっ!」

「ふっ!」

 

 ギリギリまで引き付けて横に跳び、その体当たりをやり過ごす。その隙だらけの体へと優羅が水冷弾や徹甲榴弾を撃ち込んでいるが、狂ヴォルガノス亜種は気にした様子もなくそのまま移動し、マグマの海へと飛び込んでいった。

 またあそこから溶岩の塊で攻撃してくるのかと思ったが、あの気配はどんどん遠ざかっていく。どうやら一時的な撤退、あるいはエリアを変えてきたようだ。

 これは昴達にも一時的な休息が与えられたことを意味する。すぐにでも追いかけて討伐した方がいいだろうが、今の戦いで結構気力が削がれている。

 気功術とは己の気力や生命力を消費して行使する。気力は外部から与えられるストレスや殺気を受け続けても削がれてしまうため、己の限界に近づくたびに動きが鈍ってしまうのだ。

 殺気に耐えられるだけの心の強さがあればいいが、普通はそんなに鍛えられるものじゃない。またストレスは無自覚に自分を蝕むことがあるため、気づけば気力が削られている事もある。

 一度武器をローブへとしまい、三人は集合してそれぞれ回復薬などを取り出して回復を試みる。そうしながら先ほどの狂ヴォルガノス亜種について振り返ってみる事にした。

  

「……ふぅ、まさかダイブするとはな。ああいう行動はあったか?」

「…………いえ、聞いていませんね。あっちで潜るというのは聞いていますが、陸からのダイブは……」

「ない、か。その力と溶岩の技が厳しいか……」

 

 あの力で大地を割り、岩山を破壊し、気功術を以ってして体を固めてもあの力がそれを破ろうとする。そうでなくとも高熱の溶岩が体を焼こうとする。装備越しならまだしも生身で受ければまずい事になる。

 環境が完全に狂ヴォルガノス亜種に味方している。それは最初からわかっていることだが、狂化しているものだからそれをも利用して狩りにかかっている。

 ペースを持っていかれれば苦しい事になるだろうが、それさえさせなければ勝機はある。

 鎧も優羅と紅葉が結構破壊しているし、生命力もそれなりに減っている。

 ならば少し休んで調子を整え、追いかける事にしよう。

 

「気配は?」

「……隣のエリア、番号でいうと9にいるようですね」

 

 地図によればそこもまたマグマの海が東に広がる場所である。つまりここもまた狂ヴォルガノス亜種の特徴を生かせるエリアといえる。

 しかしそれがどうした?

 どのような状況だろうとハンターとして戦うのみ。

 休息は十分。砥石も使って武器の切れ味も問題ない。優羅も使用した弾丸の補填を調合で行い、それぞれチップへと入れて準備完了。

 またもうすぐクーラードリンクの効果が切れる状態にある。その効果を持続させるため、新しいクーラードリンクを飲み干した。

 

「……行こうか」

「オーケー」

「……はい」

 

 この戦いで仕留めよう。仕留められないと考えるな、出来ると考えろ。

 ぐっと拳を握りしめ、三人はエリア9へと続く道を歩いていった。

 

 

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