(競り合っているか、若干負けているか。何にせよ初戦はこんなものか)
じっと戦況を見守っていたナニカはそこで一度目を閉じる。前半こそ確かに昴達は押していた。それはナニカも認める。
しかし仕込んでおいた狂化の種が目覚めれば話は変わる。あれによって確かに流れは変わった。
後は狙い通りにあれが死ねばいい。
(……環境が有利とはいえ、一筋縄でいかないのがハンターであり、シュヴァルツであるがな。所詮あれはただの捨て駒。その役割をきちんと果たしてくれればよい)
あのヴォルガノス亜種はあの三人、特にシュヴァルツの血を引く優羅の力量を確かめるために送っただけだ。もし三人を倒せれば良し、倒せなくても力量を判別し、後々の戦いに役立てる。
どちらにせよそのナニカの得になる。
再び開かれた金色の瞳がじっと眼下の火山を見下ろす。遠くの火山で移動するハンター三人。準備を整えて再度戦いの場へと赴かんとするあの三人の戦い、再び拝ませてもらうとしよう。
(此度の戦い、なかなかの実力を持つシュヴァルツの血統に連なるメンツが集まっている。……目障りなものだ。やはりシュヴァルツは滅ぶべきだな。……そう、あの大戦時に全て滅べばよかったのだ)
しかし、とそこでその金色の瞳を細め、苦々しい唸り声を漏らした。
(この身にもシュヴァルツの因子があるというのが憎らしい。シュヴァルツを狩るのに己もシュヴァルツの因子を持つとは何の因果か)
皮肉なものだと自嘲じみた笑みを一度浮かべ、すぐにそれを消し去る。思い出されるのは数年前のあの日。ラティオ活火山で出会った一人の人族によって自分の長き時間の中で変化が生まれた瞬間だった。
自分の中に宿ったこの力は忌々しくあり、だがどこかで受け入れている自分もいる。
狙ったシュヴァルツを抹殺していけば、最後にこの因子を含んでいる自分も死ねばいいのだから。
長く生きたのだ。自分にとって、世界にとって目障りであるシュヴァルツさえ消えてくれればもうこの世に未練はない。
(さあ、見せてもらおうか。如何にして奴を討つのか。特にシュヴァルツの小娘。貴様の本気、儂の眼で全て捉えてみせようぞ)
○
「…………ん?」
ふと移動していた途中で優羅が何かを感じたらしく顔を上げて辺りを見回した。妙な視線を感じた気がしたのだが、こんな所でこの三人と狂ヴォルガノス亜種以外の視線を感じるなど考えられない。
あの狂ヴォルガノス亜種がいるのだから小型モンスターの気配は全く感じられなくなっている。だからその視線は除外される。
ではあの視線の主は一体何者だ?
一瞬だけとはいえ確かに視線らしきものを感じた。子供時代から荒波にもまれてきたのだ。視線に関しては結構敏感になっている。
「どうした?」
「……いえ、何でもありません」
静かに辺りを目線だけで見回していた優羅に気づいた昴が声を掛けたが、優羅は視線の主はこの近辺にはいない事を悟って小さく首を振った。優羅の様子に多少なりとも違和感を覚えるが、何かあれば彼女は報告してくれるから今は置いておくことにした。
エリアを移動する間も周りに気を配り、狂ヴォルガノス亜種だけでなく小型モンスターの気配も探っているが、今のところ動きはない。狂ヴォルガノス亜種もマグマの海に潜んだままであり、そこから移動する様子はない。どうやら休息しながら昴達を待ち構えているらしい。
熱気は相変わらず体をなぶるように吹き抜け、じわりじわりと汗がにじんでくる。クーラードリンクを服用しても体の反応は変わらない。インナーに汗が少しずつ染み込んでいくのを感じながら三人は油断せずにエリア9へと入っていく。
だがすぐに広がる空間へと入らず、近くの岩に滑り込んで狂ヴォルガノス亜種の前に姿を見せない。改めて作戦を確認しなければならないのだ。
「狂化の種は完全に目覚めているわよね。優羅、どんなのが視えてるの?」
「……うねる闇の鼓動、流動か。根源だったあの背中を潰せば何とかなるかもしれないけど、あそこを狙うのは遠距離で攻めるしかない。もう一度落とし穴に落とせば話は変わるだろうけど」
真紅の瞳がじっとマグマの海を見据えて優羅は語る。彼女の目は以前のものよりも成長していた。
シュヴァルツの血の影響で弱点を視る事が出来た目は、知識がなければ実際に視る事が出来ないという条件付きのものだった。視る対象の基本的な知識と視界がリンクする事でそれが本当なのだと認識する、という流れによって成立する。
そして今、戦いの経験を積み、狂化竜とも何度も戦った事で優羅の目は培った経験と知識によって成長の兆しを見せた。
人は――生命は進化する。
それは確かな変化だった。初見の相手でも優羅の目は意識する事で弱点を視る事を可能にしていたのだ。しかも意識を切り替える事で斬、打、弾がどこに有効か、属性の弱点すらも見据える事も可能だった。
この成長は優羅に、昴達にとってもありがたい事で、作戦を立てる際にも有用に働く。
弱点を知る事は大切だ。それを知っているか知らないかで攻め方が変わり、ひいては戦う時間が変わり、無駄に体力を減らす事を防いでくれるのだから。
またその目はこの通り闇をも見据え、どこが根源かもある程度認識する事が出来ている。
優羅の言うように根源さえ潰せばそれ以上狂化の種の影響が広がる事はなくなるだろう。広がったものは自然と消えるかもしれないが、消えるまではそれは力となってヴォルガノス亜種を侵す。
だから先に何とかしてあの種を潰せばいい――のだが残念ながら昴達にはどうやって潰せばいいのかわからない。確実なのは光をぶつける事だがそれは不可能。
では根付いているあの背中を吹き飛ばせばいいのだろうか。吹き飛ばすくらいなら紅葉の怪力で可能だろうし、彼女の気功弾でも穿つ事は出来そうだ。もしくは優羅の拡散弾や徹甲榴弾、爆発でもいけるかもしれない。
「…………確実なのは殺す事。紅葉はさっきと同じように頭を重点的にやって頭を落とすのが望ましいかと」
「それも一つの手ね。あとは胸、心臓をやるか、ね。そっちは昴が?」
「そうだな。何とか斬ってみせるさ。……それに斬るなら優羅も可能だろう?」
夜烏【小羽】とテッセン【烏】を持ち、気刃とそれ以上の技術である閃剣を行使する事が出来る優羅。彼女だって斬り殺す事に関しては昴と同等かそれ以上の実力を持っている。
しかしそれ以上に狙撃の方がハンター業としては彼女にあっているから、ライトボウガンを使っているだけに過ぎない。
「……そうですね。程よく破壊したら斬っていこうかと」
「ああ、頼む。……早急に仕留めて調べたいこともあるしな」
「ん? なんかあったの?」
「まあ、な……気になる点があるんだ」
そして昴は話しだす。背中を斬っている際に気づいた奇妙な点。何かに喰らいつかれたかのような傷があり、そこが狂化の種が存在していた場所だった。
昴はそれを本命の狂化竜による傷だと推測した。
その狂化竜が普通のヴォルガノス亜種に攻撃し、それによって狂化の種を植え付けた。闇や病気が伝染するように、これもまた喰らいついた際の牙から伝っていったのではないかと話すと、紅葉と優羅もそれに同意するように小さく頷く。
「となると何? 火山の異変を起こしている狂化竜がどっかにいるって事になる?」
「確実ではないがな。それを確かめるためにもあれをさっさと仕留めたいところだが……それも難しいか」
生命力がなかなか高いヴォルガノス亜種が狂化したのだ。やり辛さが増し増しされたが、仕切り直しと考えれば多少は気が楽になる。
昴はローブから先ほど調合した落とし穴を取り出し、腰のベルトに提げる。更に麻痺投げナイフを数本取り出して足のベルトに下げ、いつでも取り出せるようにしておく。麻痺させて動きを封じ、その隙に仕留められれば僥倖。
とにかく自分達に出来る事で奴を早急に討伐。長引けばこのヴォルガノス亜種を狂化させた狂化竜がいなくなる可能性が高い。
ローブから白猿薙【ドドド】を取り出してぐっと握りしめる。手に馴染んだ鬼斬破よりこちらを選んだのは、やはり素の火力と切れ味が高いからだ。優羅の話では雷も氷も同じ耐性らしいので、こちらの方がよりダメージを与えられることになる。
「行けるか?」
「問題ないわよ」
「……いつでも」
紅葉も角竜鎚カオスレンダーを握りしめ、ゆっくりと気を高めている。戦いが始まればいつでも撃ち出せる状態にある。
優羅もまたカンタロスガンを構え、徹甲榴弾と拡散弾、そして水冷弾のチップを取り出しやすい位置に固定している。破壊と火力に重点を置いた配置になっている。特に拡散弾Lv2は多く仕込んであり、調合元である竜の爪もローブの中にストックを多く入れてある。
準備は完了した。
「では……散開!」
それぞれのルートで再びマグマの海へと接近すれば、気配に気づいた狂ヴォルガノス亜種が動き出す。一度潜航すると、灼熱の世界から飛び出してまた溶岩の塊を吐きだしてきた。
しかも複数。それぞれ飛行する際に分散し、正面を走っていた紅葉に向かっていく。
「ちっ……ふんっ!」
舌打ちしながら角竜鎚カオスレンダーを構え、勢いよく頭上で振り回せば鋭く空を切る音がし、彼女を中心として空気の渦が発生した。それは彼女を守る風の壁。角竜鎚カオスレンダーにあらかじめ纏われていた風も相まって、その壁には彼女の気が含まれている。
それは空気の刃へと変質し、それはあたかもカマイタチのように思える。
渦巻く壁は飛来してきた溶岩の塊を紅葉の下へと届かせないようにし、彼女の前方数メートルで着弾する。当然破裂した塊は小さな塊を数個撒き散らすが、それもカマイタチによって細切れになって霧散した。
その隙に昴は白猿薙【ドドド】を構え、己の気を纏わせて高めていく。先端が二つに分かれたその蒼い刃はそれによって更に蒼く輝き、白猿薙【ドドド】に含まれている冷気が外へと漏れ出ている。
だがこの外気はその冷気を少しずつ消していく。内包されている氷属性は上位武器だけあってなかなか高いのだが、この灼熱地獄はその冷気すら中和していく。
しかし白猿薙【ドドド】に纏われた気に反応して冷気は少しずつその力を高めていき、蒼い刀身の周りには白い煙が少しずつ渦巻き始めた。冷気と熱気が混ざる事で蒸発した結果のようだ。
「――氷閃剣!」
そうして高められた気を解放し、青白い気刃は閃剣となって地を割りながら狂ヴォルガノス亜種へと向かっていく。割れた地は若干凍った部分があるが、すぐに熱気によって溶かされてしまった。
それはもちろんマグマの海とて例外ではない。海へと入り込んだ氷閃剣は熱気によって多少蒸発させられてしまうが、それは纏われている氷属性のみ。閃剣自体は真っ直ぐに狂ヴォルガノス亜種へと向かっていく。
「ギュルッ!?」
閃剣によってその身が切り裂かれるが大して効いた様子はない。海から出ているのが背中だけだから仕方ないと言えば仕方ないか。だがその閃剣の一撃が気になったらしく視線が昴へと向けられた。
そこを狙って優羅はまた溶岩の海へと飛び出し、また背中の鎧へと拡散弾Lv2を撃ち込んでいく。背中に着弾すると四つの小さな塊を分散させ、それぞれ爆発を起こす。それによってまた少しずつ鎧が破壊されていくのだが、あれは冷えた溶岩が纏われているだけに過ぎない。
つまりまた溶岩の海に潜れば少しずつ穴へと溶岩が流れ込み、再び鎧が形成される。それが長引けばせっかく破壊した鎧も一へと還る。
(……悠長に拡散、徹甲を撃ち込んでいる暇はないか。こうして海に身を浸らせれば回復する。…………斬るか)
爆破を繰り返しても回復するというのなら意味はない。ダメージは与えているようだが所詮付け焼刃。内部まで破壊し、直接撃ち込まなければ大きなダメージは期待できない。
その状況を作り出す為に破壊に長けた弾を使ってきたがどうもうまくはいかない。ならば今はそれを切り捨て、別の手段を持ち出すまで。
考え込む時間はない。
判断は、迅速に。
「……ふっ!」
カンタロスガンをローブに入れ、素早くテッセン【烏】を取り出して開く。すぐに己の気を纏わせ、目に意識を向けて改めて狂ヴォルガノス亜種の弱点を探る。
視える光は胸ビレと腹。残念ながら腹は狙えないが、胸ビレならば何とかなる。
「……はあっ!」
体を捻りながらテッセン【烏】を振るえば二つの閃剣が横薙ぎに放たれ、両方の胸ビレから背中にかけて傷が入る。続くように落ちる自身を浮かせるために足元を爆発させ、バック転しながらその動きに従う腕の力に従ってテッセン【烏】を振るう。
すると弧を描くように閃剣が放たれて狂ヴォルガノス亜種へと向かっていく。それを感じとって狂ヴォルガノス亜種は海へと潜ったが、尾ビレが若干斬られてしまったようだ。
それに動じることなく狂ヴォルガノス亜種は海へと潜り、優羅は一度陸へと下がって様子を見る事にした。
「ギュギュギュッ!」
潜航から一転跳躍へ。ボディプレスしてきたときと同じようにあの巨体がとんでもない高さまで跳んでいる。そのまま背中から勢いよく落ち、更に尾ビレを叩きつける。すると口から吐きだすものよりも多く溶岩の塊が昴達へと飛んでいく。
五……いや七か? それに合わせて液体状のものも数量飛来してきている。
「……ふっ!」
「はあっ!」
優羅はテッセン【烏】から気刃を放って、紅葉は角竜鎚カオスレンダーから気功弾を放って飛来してくる塊をまた破壊していく。昴も一度距離を取りながらも気刃を放って塊を破壊していくが、降り注ぐ熱気と小さな塊、そして液状のマグマに顔をしかめる。
しかし攻撃は捌けた。ここから反撃したいところだが、また狂ヴォルガノス亜種は跳躍し、先ほどと同じ攻撃を仕掛けてくる。
それを同じように捌いたところで奴がただ潜航しただけでは終わらなかったことを、気配を探る感覚が教えてくれる。
「下から来るぞ、気を付けろ!」
冷えて固まっていない下を泳ぎ、昴達の足元から奇襲を仕掛けてくると判断し、紅葉と優羅へと叫ぶことで注意を促す。二人も狂ヴォルガノス亜種の動きで悟ったのだろう、それぞれ武器を構えながら辺りを警戒するように視線を動かす。
地震が起こった時に近しい鈍い音を響かせながらあの嫌な気配が動き回り、その度に昴達の視線はそれを追うように忙しなく動く。
やがてそれは収まり、優羅の足元から強い振動と音を響かせて狂ヴォルガノス亜種が上がってくる。
「……っ!」
当然感づかない優羅ではない。一度膝を曲げて力を溜め、奇襲を回避するように跳躍したすぐ後に、口を開けて齧り付こうとした狂ヴォルガノス亜種が姿を現した。だが標的はもうすでに自分の頭上。噛みつきは空振りに終わる。
だが地上へと上がると同時に、狂ヴォルガノス亜種と共にせり上がった溶岩が複数の塊となって周りに放出される。それを掻い潜りながら紅葉は角竜鎚カオスレンダーに力を送り、自分を中心として角竜鎚カオスレンダーを振り回しつつ回転した。
すると角竜鎚カオスレンダーに纏われた風の力がその力を放出し、彼女を中心とした小さな竜巻が発生した。
「どっせぇぇえええい!!」
それを角竜鎚カオスレンダーで弾き飛ばすように振り抜くと、竜巻は落ちてくる狂ヴォルガノス亜種へと勢いよく襲撃していく。その回転する風の力に身を切り刻まれる狂ヴォルガノス亜種だが、主にそれは溶岩の鎧によって防がれている。
だがここは地上。あの灼熱の世界に戻るまでは付けられた傷は回復しない。今はただその一撃によって破壊するための小さな綻びを作るだけでいい。
「ギュルルッ!」
しかし狂ヴォルガノス亜種は大人しくない。竜巻を起こした紅葉へと攻撃しかけるように這いずりを始めた。標的が自分となった事を感じた紅葉は、薄く笑みを浮かべながら勢いよく横に跳ぶ。
這いずりは受ければかなりのダメージになるだろうが、その巨体故に一度躱せば再び攻撃を受ける心配は、数秒はなくなる。横を通り過ぎる巨体に振り返りながら視線を上にやると、宙に留まっていた優羅が勢いよく落下してくるのが見えた。
両手に構えているテッセン【烏】は彼女の気に包まれて黒く色づいている。開かれていたそれは閉じられ、伸ばされた両腕の先で攻撃の瞬間を今か今かと待ち構えている。
「……はぁっ!」
黒い軌跡が狂ヴォルガノス亜種の背中から首元に走り抜ける。這いずりが止まる瞬間を狙ったその攻撃は鎧を貫通して内部の鱗にまで届き、一瞬遅れて鮮血が隙間から溢れ出る。
だがそれでは止まらず、身を捻りながらテッセン【烏】を連続で振り上げて首を斬り、跳躍しながら一気に首を両断する勢いで身を翻しつつ頭上を再度とる。残念ながら首は体から別れを告げる事はなかったが、次々と斬られる事でペースは優羅が取り戻している上に、狂ヴォルガノス亜種から立ち上る怒りの気配で奴がこのまま陸上に留まる可能性が出てきた。
流れが変わった。
それを感じながら昴が立ち上がった狂ヴォルガノス亜種の足元に潜り込み、その両足を主に体を捻りつつ連続で斬っていく。武器のリーチが長いため体を捻りながら薙ぐだけで両足を斬れるし、振り上げれば弱点である腹をも斬る事が出来る。
またダメージが足に蓄積すれば奴を転ばせる事も出来るだろう。それを狙って昴は一種の危険地帯である足元に潜り込むことを選んだ。
なぜ危険地帯かといえば狂ヴォルガノス亜種の攻撃手段として、ボディプレスがある事を忘れてはならない。上に跳び、落下する事で獲物を押しつぶすこの攻撃の予備動作に気づかずに攻撃を続ければ昴の命はない。それを承知の上でチャンスを掴むため、狂ヴォルガノス亜種を倒す為に昴はここに立つ。
「ギュル、キュルルッ!」
頭上には優羅が気刃を放ち、足元には昴がついて両足を斬り、紅葉は角竜鎚カオスレンダーを構えてまた眩暈状態を起こさせるために顔を狙って移動する。またいいようにされるのを感じたらしく、狂ヴォルガノス亜種が一度に仕留めるように一度頭上を見上げた。
「……ボディプレスが来る!」
「っ!」
上を取っている優羅がそれを見逃すはずもない。横へと逃げながら叫べば、足元にいた昴が反応して続くように横に跳んで離脱した。その時には既に足に力を溜めた狂ヴォルガノス亜種が勢いよく跳んでおり、重力に任せて落下しているところだ。
舌打ちしながら何とか潰されない領域まで逃げた昴だが、落下した際に発生した振動に足を取られてバランスを崩しそうになってしまった。何とか堪えるように体勢を立て直そうとする彼の背後で魚のように跳ねる狂ヴォルガノス亜種がすぐに立ち上がり、昴を視界に収めるように振り返る。
「ちぃっ、……うぉおおおおお!」
ふらつく体に鞭を打つように叫び、第六感に従うように横へとダイブするように跳べば、狂ヴォルガノス亜種から吐きだされたあの塊が通り過ぎていくのを感じた。あと少し遅ければあれを受けて吹き飛んでいたことだろう。
「こんのっ、やらせないわよ!」
避けた昴を追うように顔を動かす狂ヴォルガノス亜種へと勢いよく殴りつけるのは、先ほどから顔を何とか狙えないかと走り回っていた紅葉だ。あれを吐きだす際には高い位置にある顔が下がってくる。
それは先ほどの初戦でわかっていたことだし、同じ魚竜であるガノトトスも水ブレスを吐くときには大体顔の位置が下がってくる。そこがハンマー使いにとって頭を揺さぶるチャンスだ。
「ギュ、グ、ググ……!?」
「もういっちょ!」
またしてもブレス攻撃をするのを止められる重い一撃に狂ヴォルガノス亜種が呻き声を漏らす。生まれた隙を逃さずに更に一撃。せっかく溶岩の海に潜って穴を埋めたその鎧がどんどんひび割れて脆くなっていく。
難は逃れたがまだこれからだ。昴は呼吸を整えるように一度深呼吸し、自分の役割を果たす為に走り出す。頭を揺さぶられ続ける狂ヴォルガノス亜種の下を潜り抜け、気を纏わせた白猿薙【ドドド】を勢いよく振り上げる。
気を纏わせた蒼い刀身は鈍い色をした金の鱗を貫き、その内部の肉まで達する。生々しい感触を柄から感じとりながら昴はぐっと力を篭め、刀身に纏わせた気を解放させるために強く握りしめた。
「冷気、解放!」
更に柄から己の魔力を流し込むことで白猿薙【ドドド】に含まれる氷の粒子の力を高め、狂ヴォルガノス亜種の内部でその冷気を勢いよく爆ぜる事でダメージを与えようと試みる。
これも修行の一環で見出した一つの攻撃手段だ。
火山では確かに熱気によって氷魔法はあまり意味を成さない。だが敵の内部ならばその熱気の影響力は若干弱まってしまう。グラビモスはその外殻の硬さにより、太刀を内部まで突き入れる事は不可能なのでそれを考える事はなかった。だが気刃によって敵の外殻をもろともせずに斬る事が出来るとわかってから少し考え始めたのだ。
切断面から内部へと刃を突き入れ、そこに含まれる冷気を解放できないかと。自身の気で増幅された冷気を操作する事が出来れば、内部から大きなダメージを与えられる。
幸い自分はあのラオシャンロンの一件で強い冷気の捜査の術を知り、それを元にアクラ・ヴァシムの一件で冷気解放を行使している。その経験をもとに修行の一環で試してみたが、何度か失敗はしたが成功する回数を高めてきた。
そして今、こうして成果を挙げている。
「おおおおおぉぉぉぉ!」
「ギュルゥゥゥァァァァ!?」
冷気を解放させたまま一気に振り下ろせば、まるで魚の腹を掻っ捌くかのような傷を作り、白猿薙【ドドド】が蒼白い光を放ちつつ狂ヴォルガノス亜種の腹から姿を見せる。冷気によって傷口は氷に覆われているが、すぐに火山の熱気によって溶かされてしまう。内部に篭った冷気によって若干水っぽくなった血が噴き出し、下にいた昴はそれを浴びないように移動しつつ白猿薙【ドドド】で両足を薙ぐ。
白猿薙【ドド】自体の刃と冷気と気の融合した揺らめく刃。薄く白い煙を立ち上らせながら白猿薙【ドド】は昴の手によって操られ、次々と狂ヴォルガノス亜種へと傷を作り上げる。
「……はっ、ふうっ!」
もちろん優羅も負けてはいない。気を纏わせたテッセン【烏】で首、背中と斬り続けている。地を駆け、跳躍し、跳び回りながら着実に鎧に傷を入れ、内部にある鱗へと斬りかかる。
だが彼女の気を纏わせているとはいえテッセン【烏】は下位の武器。例え切れ味が鋭いイャンガルルガの武器といえども通用するのは下位から上位の初めまで。上位の中でも中級以上のヴォルガノス亜種、それも狂化されたこいつには少々苦しくなってきた。
斬るたびに切れ味は削られていき、気によって補完しようにもそれは長くは持たない。硬い溶岩の鱗を斬る事で伝わる感触からもうすぐ限界に達する事を優羅は感じ取っていた。
(……これも潮時か。そろそろ強化させようと考えていたけど、出し惜しみせずにさっさとするべきだった)
以前装備を新調する機会の際にテッセン【烏】もやっておくんだったと後悔するが、それは今更の話だ。今はまだ斬れるが、もう何度か斬れば弾かれる恐れが出てくる。
ならばさっさと切っておくことにした。
(……夜烏【小羽】でいけるか? 一応上位クラスではあるけど……いや、考えている暇はない。やるなら一思いにやればいい)
翻るローブの中にテッセン【烏】を仕舞い、代わりに取り出したのは黒塗りの小太刀、夜烏【小羽】だ。左手に黒い羽根をあしらった盾を構え、強く夜烏【小羽】を握りしめて狂ヴォルガノス亜種を見据える。
(……さて、どこまで行ける? 生命力は半分きったくらい。抵抗しようにもスタンが近い状態だからチャンスは巡ってきている。……気がかりなのはあの闇、か)
逆手に構えて既に切り傷を作っている首の一部を斬りつつ、一気に狂ヴォルガノス亜種の上を取って背中を見下ろす。相変わらず嫌な波動を放つそこはまるで命を宿しているかのように鼓動を繰り返している。
狂化の種も宿主である狂ヴォルガノス亜種を死なせたくはないらしく、何とか動かそうと力を送っているようだが、優羅がそれを許さずそこを狙って夜烏【小羽】を振るって気刃を放つ。
(……やっぱり攻撃するだけでは消す事は出来ない。でも効いていないわけじゃない。力を送り出す事を妨害するくらいは出来る)
「……ふぅっ!」
足元を爆発させてそこへと一気に近づき、勢いよく夜烏【小羽】を突き立ててやれば、攻撃を感じ取って狂化の種が身を守るように力の一部を使って盾を作る。盾といってもそれは闇の波動を集めただけのものだが、それでも根源へと刃を届かせないくらいの守りを見せてくれる。
「……ちっ、届かないか…………ん、くっ……!?」
「ギュルルッ!? ギュルッ!」
狂化の種を狙われているのがわかったのか、あるいはただ寄り付く昴達を振り払うためか体を大きく振るわせ、更に回転して尻尾を振るい始める狂ヴォルガノス亜種。
何とか巻き込まれないように離れながら落ちていく優羅だが、振るわれた尻尾が彼女へと向かっていく。舌打ちしながらも冷静に彼女は盾を構え、その腕を保護するように気で固めて衝撃に備える。
片手剣に付いてくる盾だけでは確実にあれを受け斬る事など不可能。いくら上位クラスの盾とはいえ尾ビレに比べて盾が小さい。盾が破壊されるという事はないかもしれないが、それを構えている腕が持たない可能性がある。
だから腕を守る為に気を纏う。それで凌げるだろうと予想して。
「……くぅ、さすがは魚竜、ということ、か……っ」
その力と遠心力で振るわれた尾ビレによる一撃で優羅の体はまるでボールのように飛ばされ、大地へと叩きつけられる。ゴロゴロと転がりながら体中に襲い掛かる痛みを歯を食いしばって耐え、岩山に叩きつけられる前に受け身を取って何とか起き上り、地面を滑りつつブレーキを掛ける。
転がった痛みなど腕に伝わる衝撃に比べればマシだ。気で固めてもなお伝わる衝撃で腕が痺れたような感覚に包まれている。鍛えられているとはいえども彼女は女性だ。そして力よりも速さや技術で戦闘を行うタイプでもある。
一歩間違えれば盾があっても腕が使い物にならなくなってしまう可能性があった。
(……紅葉で慣れたと思ったけど、やっぱり狂化竜といったところか。やってくれる……!)
剛力に関しては紅葉との鍛錬で体を慣らしてきたつもりだ。彼女のあの力はある意味飛竜の一撃に近しい。とはいえ本気で受ける訳にもいかないから手加減レベルに留めているのだが、それでも彼女の一撃は痛い。
昴は体を鍛える一環として彼女の拳を受けるというやり方も加えていたらしく、それで痛みに慣らしたり強い衝撃に身を守るやり方を模索したりしていたと聞いた。一瞬そういう趣味があるのかと疑ったが、すぐにそれを振り払ってある意味、そう……ある意味理に適っているかもしれないと若干考えてしまった。
体を痛めつけ、体を壊し、そして再生させることで強靭な体を作り上げる。そういう手法で考えればまだ納得できるかもしれない。
だから自分もそれをやってみようと願い出た。
(……でも成果はあった)
痺れる感覚も数秒だけ。すぐに左腕は動くようになり、軽く動かして問題ない事を確認する。小さな違和感はあるが、戦いを続ける分には問題ない。この回復力の高さも修行によって得たものだ。
壊し続けた事で自己治癒力も上昇したらしく、こうして痺れが回復して戦いを続行させる事が出来るようになったのだ。昔から一人で修業し、結構体を痛めつけたつもりだったが、強い力に対する守りに関してはまだまだだった。
何せ受ければ死ぬ、という世界を潜り抜けたのだ。受けないようにするためにただ速く動き、敵の動きを見切る事ばかり覚えてきた。シキとの修行である程度は習ったが、あの頃はまだ発展途上の子供だったためあまりに強い力に対する守りは教わっていない。
だから紅葉という存在がいた事は優羅にとって大きなプラスに働いた。彼女が怪力バカでよかったと陰で思ったのは秘密だ。
「おらああぁぁ! いい加減……落ちろおおッッ!!」
「ギュウウウウゥゥゥ!?」
角竜鎚カオスレンダーを振るい、顎から打ち上げ、続いて上がった頭を叩き落すように跳躍から降り下ろせば、ついに狂ヴォルガノス亜種は眩暈状態へと陥った。ぐったりとうつぶせになってしまう狂ヴォルガノス亜種へと、容赦など一切なく紅葉は角竜鎚カオスレンダーを振るって追撃を加えていく。
その度に鎧は破壊され、下にある鱗が少しずつ顔を覗かせていく。狂化する前に額周辺は完全に破壊されたが、海に潜った事でまた鎧を形成してしまっていた。
だがそんなことはどうでもいい。また破壊していけばいいだけの事だ。
そう、自分は破壊する事に関してはあの二人には負ける気はしない。
ハンマーの基本動作である振り下ろし、振り下ろしからの振り上げ、そこから少し力を溜めて斜めに振り下ろしと振り上げ。これを一セットとした攻撃を繰り返していく。
動けない狂ヴォルガノス亜種はまたそれを無抵抗に受け続けるだけ。昴も横から腹に向けて気刃斬りを加えていき、着実にダメージを重ねていく。
夜烏【小羽】を構えた優羅も狂ヴォルガノス亜種へと接近し、首を重点的に狙ってそれを振るう。首は生命にとっての急所の一つ。頸動脈を斬れば一気に生命力を奪えるだろうと斬り続けているが、なかなかそこに届かない。
着実に鎧を斬り、鱗まで届くように放っているがその先の肉へと入り込めない。これが小太刀……片手剣の難点といえるだろう。人間相手ならば十分な武器だが、飛竜相手ならばリーチが短いせいでなかなか一撃必殺とまではいかない。
それを補うのが気刃、そしてそれを高めた閃剣。作り上げた傷から内部へと侵入させるように閃剣を放てば、肉を切る音に続いて血が噴き出す音を響かせる。
「……いい加減落ちてほしいものだけど……ん?」
ふと狂化の種がある背中の方から違和感があるような気がしてそちらに視線を向けてみた。
(……なんだ、アレは?)
目を通して視る世界に浮かぶどこか異質な力。いや、狂化の種自体異質なものだが、アレはまた別の異質さを感じさせる。
狂化の種の中で少しずつ芽吹こうとしているかのようにそれは小さなものだった。しかし今まで何度も見てきた狂化の種に小さいとはいえ別のものが混ざっていれば気づく。優羅はそれを見、一体何なのだろうとしっかりと見極めるようにそれを見据えた。
(…………まさか)
そうして見据えた結果、それが何なのかおぼろげに視えてきた。視えただけじゃない、感じられる。あの嫌な気配をひしひしとこの身で感じているのだ。
するとどうしたことか、体の内側から何かが湧き上がってくるかのような違和感を覚える。この数年感じられなかったあの本能が叫ぶかのような、そんな感覚だ。
どくん、どくん……と心臓が少しずつ鼓動を大きく刻み、冷静な頭が沸騰していくように体中が熱くなっていく。
そう、これを自分は――
本能に刻まれた記憶がそれを教えてくれる。
更に言えば、自分は一度この気配を持つ者とすれ違っている。その気配を持つ者の顔は知らないが、もう一度会えばもしかすると気づくかもしれない。それだけではなく、お互いその気になってしまえば……殺し合いを始めてしまうかもしれない。
それほどまでその気配というものは優羅にとっては大きな影響を及ぼすものだ。
本能の記憶に刻まれたその気配を持つ者。それは――
(……シュヴァルツ!?)
優羅自身の体の中にも流れるその血統。かつてハンター達の中で群を抜いた実績を残してきた優秀な一族であり、大戦の影響でその暗い部分を浮き彫りにし、失墜していった一族でもある。
本能の記憶で知った限りではその闇の部分はかなりどす黒く、その影響は自分自身で実感してきた。相手を殺す事に関しては人族だろうと竜種だろうと関係なし。
敵を分析し、威圧し、殺す。
腕を高めれば有無を言わさずその命を瞬時に散らす事さえ可能とするこの影響力は、同族ならばかなり高い影響を及ぼし、シュヴァルツ同士の殺し合いは凄まじいものがあるという。
この同族の影響の及ぼし合いがあるからこそシュヴァルツは怖い。
自分には関係ないと高をくくったが、よもやこんな所でその影響力を受ける事になろうとは思わなかった。
(……く、ぅ……この、ふざけた真似を……っ!?)
この影響力を受けないように気をしっかり持ち、跳ね返すような心構えで気を高める。するとそれに呼応したのか狂化の種に含まれる小さなシュヴァルツの因子が一度脈動し、ざわりと嫌な空気を撒き散らしながら少しずつ大きくなってきた。
それに引きずられるように狂ヴォルガノス亜種が痙攣を起こし、じたばたと跳ね回り始めた。
「なっ、ちょ……うわっ!?」
頭を攻撃していた紅葉がその反撃によって角竜鎚カオスレンダーを弾き飛ばされ、血濡れの頭がまるで頭突きのように紅葉の体が宙に浮かぶ。何度も角竜鎚カオスレンダーによって頭を殴られた結果、また鎧は破壊されて頭周辺の鱗が露出されている。
それだけでは止まらず鱗も破壊され、肉を露出している部分が増えてきている。そこもまた攻撃を受け、血がとめどなく溢れてきているのだ。
もう少しで更に深い所まで殴れるという所で突然の抵抗。腹に打ち据えられた頭突きは鈍い痛みだけでなく狂ヴォルガノス亜種の血がべっとりと付いている。しかしかなり傷むというわけではなく、難なく受け身を取って体勢を立て直していると、狂ヴォルガノス亜種もまた起き上ってしまっていた。
「ギュギュ、ギュルルルッ!」
口からは血だけでなく赤黒い息を漏らしている。どうやら怒り状態へと陥っているようだ。だが紅葉は知らない。優羅が視えているものがとんでもない事になっている事に。
優羅へと影響を与えたシュヴァルツの因子は優羅の心構えで跳ね返された。そこまではいい。
だが優羅もまたその心構えによって気を高め、それは同時に一種の気迫となって狂ヴォルガノス亜種へと襲い掛かっていたのだ。それに反応したことでシュヴァルツの因子が少しずつ膨れ上がった。
それを繰り返していけばどうなるか。
影響を及ぼし合った事で狂ヴォルガノス亜種の中のアレはさっきよりも倍近くにまで大きくなっている。ひしひしと伝わる殺気もまた増幅し、ぎろぎろと視線が忙しなく動き、紅葉と優羅……特に優羅を気に掛けるように睨み付けてきていた。
「ギュルッ、プ、グゥッ!」
一度大きく息を吸うと、複数の溶岩の塊を一度に吐きだしてきた。当然それを回避するため優羅は疾走するが、彼女を近づけさせない事と、足元で斬り続けていた昴を遠ざけるために頭上を仰ぎ見、自分の周囲にその塊を撒き散らした。
降り注ぐその溶岩の塊は着弾するとそれぞれ小さな塊へと分裂し、昴達へと襲い掛かる。昴は白猿薙【ドドド】を振るって難を逃れるが、優羅は流石というべきかその速さと目で見切り、狂ヴォルガノス亜種へと再び接近していく。
しかしシュヴァルツの影響で昂っている狂ヴォルガノス亜種は一度視線を落とし、自分の顔の下へと叩きつけるように塊を吐きだした。当然叩きつけられたのだからすぐに塊は爆ぜ、強い熱気をその周囲に撒き散らす。
「……ちぃ、めんどうな……!」
「ギュルルルッ!!」
迂回して首を斬ろうとした優羅だったが、それを察知したらしく足に力を入れてまた跳躍した。昴もそれに気づいて一時離脱を試み、バックステップでその場を離れていく。
昴はいなくなったがそれで狂ヴォルガノス亜種が跳躍している事には変わりはない。優羅は落ちてくる狂ヴォルガノス亜種へと気刃を放って攻撃を仕掛けるが、そこで落ちてくるそれが背中からという事に気づいた。
ということは下に潜る!
判断してからは一瞬。一度距離を取るために後ろへと跳び、その時に備える。
鈍い振動と音を立ててあの巨体は再び下へと消えていき、入れ替わるように湧き上がった溶岩が塊となって周囲に散らばってしまう。それに関しては問題ない。問題なのは下に消えた狂ヴォルガノス亜種だ。
さっさと出てきてほしいところだがそうするためにはやはり自分がやるべきか、と優羅は舌打ちする。
「――――っ!」
かっと目を見開いて殺気を振りまけば、それに呼応して狂ヴォルガノス亜種が下を潜航しつつ一気に距離を詰めてきた。やはり優羅は無視できないようだ。それは同じシュヴァルツの因子を持っているからだろうと判断し、出てくるのを見極めてその場を離脱した。
その際に他の二人の様子を一瞬で見回してみると、紅葉は口に回復薬の瓶を咥えながら中身を飲み干し、その手に砥石を持って角竜鎚カオスレンダーを研いでいるようだった。
岩山に背を預けているため背後からの襲撃を気にせず、しかし視線で戦場を見回しているからすぐに離脱できる体勢にあるところから油断はしていないようだ。
そして昴はというと、また落とし穴を仕掛けているようだ。狂ヴォルガノス亜種が優羅の方へと向かっていったのを見極めて一気に設置にかかっている。
広がる柔らかいネットを確認した昴は小さく頷き、白猿薙【ドドド】を構えて優羅へと向かっていった狂ヴォルガノス亜種を追うように疾走する。
「ギュル、キュルルル!」
ぶんっ、と周囲を薙ぎ払うように尾ビレを振り回し、また近づけさせないようにした後に塊を吐きだす。寄せ付けないように敵を離し、溶岩で仕留める。それがこいつのやり方なのだろう。
「……よし、使うか」
白猿薙【ドドド】を一度ローブにしまい、足に仕込んでいた麻痺投げナイフを取り出して指に挟む。それも両手に挟んで合計六本の麻痺投げナイフを構え、ナイフに気を通してその力を溜めていく。
そうして高めた気を解放させ、気刃として麻痺投げナイフの効果を撃ち出す。三つの黄色い軌跡として放たれた気刃はその巨体へと傷つけ、それで終わらせず両手を振るって次々と気刃を放ち続けて狂ヴォルガノス亜種へと攻撃を仕掛けていく。
近づけないなら遠距離の攻撃を。そして今選択するのはただ攻撃するだけの閃剣ではなく、あの狂ヴォルガノス亜種を止めるための攻撃を。
背後に落とし穴があるがこれはただの布石。落ちてもいいし落ちなくてもいいが、一応仕掛けておくだけのものだ。
それにこの気刃は太刀で放つ気刃に比べてかなり威力が落ちている。奴にとって蚊に刺された程度の痛みでしかないだろう。しかしそれが何度も積み重なれば昴を気にするだろうと踏んだが、狂ヴォルガノス亜種の視界には優羅しか映っていない。
「ギュルル!」
目の前にいる優羅へと噛みつき、頭突きと攻撃を仕掛けていくが素早い彼女を捉える事が出来ない。夜烏【小羽】を構えた優羅は全てを躱すだけでなく、盾を使って顔を殴ったり受け流したりして攻撃を捌き、夜烏【小羽】を振るって斬りつつ気刃を放つ。
赤黒い体を走り抜ける漆黒の刃は着実に狂ヴォルガノス亜種を傷つけている。だがその度に狂ヴォルガノス亜種は怒りを高め、それは同時に体の中に宿る力を高める事になる。
「……どこまで高まる? 最初こそ小さかったというのに、胸くそ悪いな……」
肌を逆なでするようなあの気配が優羅の心をざわつかせる。そのざわつきは彼女の目にも表れ、真紅の光が揺らめき始めている。びりびりと痺れるような痛みと共に湧き上がる闘争本能と殺意、これがシュヴァルツを前にした時のシュヴァルツの反応か、と優羅は歯を食いしばる。
昴と紅葉はシュヴァルツの血統じゃないのであの気配に当てられて気分が悪くなることはないが、それでも放たれる殺気に少々気圧される事もある。しかしそれでも二人は心を強く持って狂ヴォルガノス亜種へと攻撃を仕掛ける。
ここで退いては自分達が今までやってきたことに対して道を違えることになる。
まだ戦える。
今はまだ退くタイミングじゃない。
先ほど地下へと潜ってはいたが頭からは今もなお血が流れている。完全に傷が塞がっているわけじゃないのだ。また狂ヴォルガノス亜種の戦意も優羅がいるからここから離れる気はないようだ。
つまりお互い退く気はない。
「はあああぁぁぁ!!」
横から頬を殴るように角竜鎚カオスレンダーを振るい、また一つ鎧を破壊しつつ鱗を砕く。頭でも足りないなら頬も砕く。顔をさらにボロボロにすればいい加減この狂ヴォルガノス亜種も落ちるだろう。
揺さぶり、破壊し、打ち砕く。それでも狂ヴォルガノス亜種は抵抗し、昴達を排除しようとする。
「ギュルル……ギュルッ!」
一度唸り、優羅を押しつぶそうと前のめりに跳んで腹ばい移動を開始する。当然ながら横に走り抜けて回避するが、狂ヴォルガノス亜種はそれを追うように転進して移動する。
転進したから優羅だけでなく昴と紅葉も巻き込むように這いずる狂ヴォルガノス亜種。その動きは昴が手にした麻痺投げナイフの気刃の影響か鈍くなっているようだが、それでも狂ヴォルガノス亜種は三人を巻き込む攻撃を仕掛ける。
怒り状態にあるためスピードが上がっているようだが、麻痺毒の影響のおかげでさっきと体感スピードは変化がなく感じられる。冷静になれば余裕で回避できる。
二人が横に避けてやり過ごした先、優羅はあたかも狂ヴォルガノス亜種を引き寄せるように疾走して落とし穴へと向かっていく。
優羅が狙いである狂ヴォルガノス亜種は愚鈍にも優羅を追いながら這いずり、まるで吸い込まれるかのように落とし穴へと落ちていった。
再度訪れたチャンスに昴はまた麻痺投げナイフを指に挟んで気刃を放っていく。麻痺毒はまだ奴の体内で蓄積されているはずだ。時間を経る事で蓄積された毒は少しずつ分解されていくだろうが、それでもあの動きからして完全に分解されていない事はわかる。
だから落とし穴に落ちている今、再度麻痺状態に陥らせようと麻痺投げナイフを振るう。
そんな彼の横を疾走しながら紅葉は角竜鎚カオスレンダーを構えて力を溜めている。まさに弾丸のように走り抜ける彼女は一陣の風と化していた。
「はあっ!」
十分に力を溜めたそれを解放し、紅葉は移動しながら体を回転させ始めた。それに従って遠心力が乗った角竜鎚カオスレンダーが、何度も何度も狂ヴォルガノス亜種の体を横薙ぎに殴りつけていく。
これはハンマーの中でも十分に力を溜めた際に繰り出す溜め攻撃の一つ。移動の力を利用して自身を中心として回転し、何度もハンマーで殴る、あるいは薙ぎ払う攻撃だ。
これをする際はしっかりとハンマーの柄を握りしめていないと、ハンマーの重量と遠心力によって自分が引っ張られてしまう危険性がある。力が足りなければハンマーが手からすっぽ抜けてしまう事だってあり得る。
周りを囲まれた際にはこれをすることで切り抜ける事も可能だろうが、そういう事に注意しなければならないのが特徴だ。
「おらおらおらぁぁあああ!!」
だが紅葉に関してはその心配はないだろう。しっかりと柄を握りしめて回転しており、狂ヴォルガノス亜種へと着実にダメージを与えている。
いやむしろその回転スピードを上げてきているようにも見える。先ほども小さな竜巻を起こして攻撃した時も回転していたが、それとは比にならないくらいまでスピードを上げて回転しながら顔へと向かっている。
同時に角竜鎚カオスレンダーに纏われている気と風が圧縮されたそれも、強い力の奔流と淡い緑色の光を放っていた。今まで見せていた気功弾の際に放たれるそれよりも強い力を圧縮させた角竜鎚カオスレンダー。
それを振るう紅葉の顔にはびっしょりと汗が流れ落ちている。それはこの熱気によって流された汗だけではない。この圧縮された力を制御し、純度を高めるために集中していることの表れでもある。
彼女は魔力よりも気、気よりも純粋な力の扱いの方が慣れている。でも力を高めるだけでは今以上の領域へと足を踏み入れる事が出来ないと気と魔力の扱い方を教わり、高めてきた。
そうして生み出されたのがこれだ。
撃ち出すのは気功弾、それを角竜鎚カオスレンダーに留めてインパクトの衝撃を高めるのがこれになる。
だが撃ち出すのはまだ簡単だったのだが、これを留めながら打ちつけるというのは難しい。気を抜けば角竜鎚カオスレンダーから暴れるこの力を留め続ける事をひたすらに修練し、ようやくものにしたのは修練開始してから一週間半ほど。
気を扱う事に慣れればこんなに時間を掛けなくてもいいらしいが、紅葉はどうもうまくいかず時間がかかってしまった。しかし時間をかけて習得した甲斐はあり、ただ力を溜めて振り下ろすという工程でも、この技術を追加させるかさせないかで破壊力が全然変わっていたので問題ない。
――そう、チャンスがあればこの一撃を全力全壊でぶちかませ。
「だらっしゃぁぁぁぁあああああ!!」
体から首、そして頬へと到達した瞬間、移動を止めつつ体を支えるために大地を踏みしめ、そのまま遠心力に従って角竜鎚カオスレンダーを勢いよく振り抜く。インパクトの瞬間まで角竜鎚カオスレンダーには彼女の圧縮された気が纏われ続け、決してハンマーに振り回されず自分の力で全力で振り抜いた一撃。
それは肉だけでなく骨をも砕く音を響かせて狂ヴォルガノス亜種の頬を打ち砕き、その先にあった口内の小さな歯までをも吹き飛ばしてしまった。
「ゴアアアアアアアァァァァァッッッ!?」
血と共に小さくも鋭く尖った歯を吐きだしながら落とし穴の中でもがいていた狂ヴォルガノス亜種は、ぐったりと力が抜けたように地に顔を横たえた。
死んだのか?
いや、心臓はまだ鼓動を刻んでいる。ということは今の一撃で意識が飛んでしまったらしい。
しかしチャンスは続いている。
優羅も一度夜烏【小羽】の柄を咥え、カンタロスガンを取り出して麻痺弾Lv1を装填する。彼女の目でも麻痺毒がもう間もなく奴の動きを止めるまで蓄積されているのが視えていた。
だから彼の補助を後押しするようにこの弾を撃つ。そんな彼女の目に狂いはなく、最大装填数である三発全部打ち終わった時、狂ヴォルガノス亜種はぐったりしたまま体を小さく痙攣させ始めた。
「よし、後は仕留めるだけだ! 二人とも、出し惜しみするな!」
「任せなさいってね!」
「……了解です!」
ここで仕留めたい。先ほどは失敗したがこれは恐らく最後の最大のチャンスだろう。
これを逃せばもう狂化させた主が逃亡している可能性がいよいよ高まってきてしまう。それに魚竜種の特徴として面倒なことになるのは目に見えているし、自分達の体力の問題もある。
環境の悪さは少しずつ昴達を蝕んでいるのだ。
しかも狂ヴォルガノス亜種を討つために気をかなり使っている。実際に動けるかどうか以前に気力がかなり消費されているはずだ。それを回復させるために休息すれば、また時間が過ぎて……と悪循環する。
だからこそここで終わらせたい。そう考えながら白猿薙【ドドド】を抜いて再度狂ヴォルガノス亜種の背中へと斬りかかる。
優羅もまたカンタロスガンを仕舞い、口に咥えていた夜烏【小羽】を構えて横から接近する。姿勢を低くし、夜烏【小羽】に気を纏わせながら地面とすれすれになるまで夜烏【小羽】の刃が下がるように腕を伸ばす。
「――閃剣・月光っ!」
弧を描くように夜烏【小羽】を振るい、黒い気刃が狂ヴォルガノス亜種の首を切断する勢いで放たれた。しかし首は落ちない。ただ鱗と肉を切り裂くだけに留まる。
振り上げた夜烏【小羽】を振り下ろし、薙ぎ、突き出す。そうする度に気刃は閃剣となって放たれ、夜烏【小羽】の刃自身も狂ヴォルガノス亜種の肉を斬る。
(チ、畜生が……ッ! シュヴァルツ、シュヴァルツの……血統め……!)
「……ん?」
不意に何かの声が聞こえてきたような気がした。その怨嗟を含んだ呻き声は耳からではなく頭の中に響くかのように聞こえたのだが、声の主は一体どこにいるのか。
(殺す、殺す殺すコロスコロス……! 殺してやる……ッ! コノ恨み、晴らさずにはいられない……!)
「…………お前、か?」
少し考えた優羅は目の前にいる狂ヴォルガノス亜種へと視線を向けた。しかし奴の目はあらぬ方へと向けられている。ふと考えてチラリと背中の方へと向けると、どくんっと一度胸が高鳴った。
それに呼応するようにアレもまた一度脈動し、そのシュヴァルツの因子に目が浮かび上がったかのような幻視をする。
(シュヴァルツの娘ぇぇええ! お前も感じるはずだ! 我らは殺し合う運命にあるとっ! 望む望まないに関わらず、我らは殺し合わずにはいられない! そうだろうッ!?)
「…………」
それはまるで魂の慟哭。力の波動という存在であるにもかかわらず、それは優羅に向かって叫び続けていた。それはまるで昔自分の中にいたものが自分の心へと叫び続けていたものに似ている。
その迫力に思わず優羅は手を止めてそれを見つめてしまった。
向こうではこの声を知らない昴と紅葉がいるというのに、まるで世界に切り離されたように優羅はそれと対面してしまっている。
(殺したい、殺したい……! それに突き動かされるようにこいつを動かしたが……残念だ、どんなに願ってもお前らはどうやらこれを殺すようだ。……シュヴァルツの娘ぇ、今回はお前の勝ちだ……!)
(……お前は何なんだ? どうして狂化の種にいる?)
(ソウイウ風に作られただけの存在さ。憎悪に捕らわれたシュヴァルツの血統の女から抜きだされ、お前の言う狂化の種に仕込まれた。そうして出来上がった……第二の狂化の種ってところか)
(……なんだと?)
つまりなんだ? 今までの狂化の種とはまた別の狂化の種が存在するという事なのか?
確かにこの狂ヴォルガノス亜種と、恐らくあの狂アクラ・ヴァシムは今までの狂化竜とは違うとは思ったが、そういう事なのだろうか。
そんな風に疑問を考えていたが、あの声が憎々しげに声を漏らしてくる。
(アア、残念だ。非常に残念だ。もっと殺したかった。お前を殺したかった……! でももう終わりだ。……さあ、一思いに殺せよ。お前の手で、終わりにしろ! シュヴァルツの娘ぇぇぇえええ!!)
「……ッ、はああぁぁぁぁッ!」
放たれる最期の咆哮に当てられ、自然と優羅は己の内側から湧き上がる熱くもドロドロとした衝動に任せて夜烏【小羽】を逆手に構えて跳躍した。上へと向かうに従って振るわれた夜烏【小羽】は胸にある心臓から背中の狂化の種まで切り裂き、そして上から更に転進しながら急降下。
それは二つの漆黒の三日月。
彼女が通った後にはそれが残されていた。
月光と比べて大きく、強く圧縮された彼女の気によって生み出された気刃は確かに狂ヴォルガノス亜種の心臓近くまで届いていた。更に背中で交差した二つの三日月はシュヴァルツの因子すら切り裂き、その願いの通りに殺してしまった。
同時に紅葉もまた狂ヴォルガノス亜種へと止めを刺すように勢いよく角竜鎚カオスレンダーを振り上げていた。
「ウオオオオォォォァァァァァッ!!」
まるでそれは獣の咆哮。自身を鼓舞するための叫びは今まで以上の物。
圧縮された気と高められた力から繰り出される純粋な叩きつけは、狂ヴォルガノス亜種の頭を完全に砕き、口まで一気に貫通して大地に叩きつけられた。
瞬間、角竜鎚カオスレンダーを中心として強い振動が発生する。流石にその下まではぶち抜かなかったようだが、角竜鎚カオスレンダーの周辺は冷えた溶岩が小さく隆起してしまった。
見てみれば狂ヴォルガノス亜種は死屍累々。胸の辺りからは絶え間なく血が溢れだし、頭は完全に砕かれて脳髄が見え隠れしている。
「どうだ?」
「…………終わったようですね」
「……ふぅ、疲れた……」
白猿薙【ドドド】を構えたまま昴が小さく問うと、優羅がじっと狂ヴォルガノス亜種だったものを見つめて頷いた。命を刻む鼓動は止まり、生命力は完全に消え去った。
狂化の種も宿主が死んだ事を悟り、ゆっくりと空中へと霧散していく。それに従って汚染された体は少しずつ本来の色合いを取り戻していき、しばらくすればただのヴォルガノス亜種の死体がそこに現れる事だろう。
紅葉はヴォルガノス亜種の顔から数歩歩いて離れると、大きく息をついて膝から崩れ落ちてしまった。その顔には相変わらず汗がとめどなく溢れており、彼女の気力がかなり消費されているのが目に見えてわかる。
「おい、大丈夫か?」
「……あはは、ちょっと張り切りすぎちゃったかもね。結構気を使ったし、やばいかな?」
「すぐにベースキャンプに戻ろう。……優羅、お前は大丈夫か?」
角竜鎚カオスレンダーを紅葉のローブへと入れてやり、肩を貸すと優羅へと振り返る。彼女も少し苦しげな表情をしているが、少し呼吸を整えるように深呼吸を繰り返すとそれは消え去った。
軽く汗を左手で拭うと昴の横に並んで歩き出す。
「……ええ、大丈夫です。行きましょう」
声から判断すると大丈夫そうではあるが、あの目はまだ若干妙な色合いを見せていた。それに対して不安を多少感じたが、今は紅葉の事が心配だ。彼女の後に続いて昴らはベースキャンプへと向かっていった。
○
(やはり……注意しておくべきか。先祖返りも大概にしてほしいものだな、シュヴァルツの小娘よ)
小さく鼻を鳴らしてそれは先ほどの戦いを思い返すように目を閉じる。思い返せば最初から最後までほぼ昴らのペースだったかもしれない。狂ヴォルガノス亜種も反撃こそしていたが、ダメージを与えられたのは数回程度。
這いずりに関してはほぼ見切られて回避されていた。
やはりあの三人も経験を積んだ上位ハンターという事だ。巨体とそれから繰り出される強い力というアドバンテージも、当たらなければどうという事はないと小さい者らの素早さで無意味と化す。
狂化の殺気も慣れてきたのか動きを阻害される事もなく、シュヴァルツの殺気もあまり放たれていないから意味はない。やはり先ほど狂化させただけの存在ではこんなものらしい。
完全に捨て駒。
でも捨て駒らしく働いてくれた。それだけは何よりだ。
(留意しておこう。お前はいずれ殺すべき存在だ。それを確認できただけでも収穫はあった)
今手を出さないのは彼の流儀に反する事。
確かにシュヴァルツに対して強い思いはある。しかし傷つき体力が減っている敵を、追い打ちをかけるように殺しにかかるというのは心が進まないのだ。それは背中から相手を斬る事に同義。
殺るからにはお互い全力で仕掛ける。全力と全力のぶつかり合いで殺し合ってこそ果たされる達成感がある。つまり正面から向かい合っての果し合い。
それが彼にとって譲れない流儀だった。
それに今回はただ相手の実力を見極めるためのもの。襲撃を仕掛ける気などもとよりない。
(名は……黒崎優羅。貴様もまたあの白き死神と同じく殺してくれよう)
かっ、と見開かれた金色の瞳はしっかりと彼女の姿を映しだし、彼の内側から強く放たれる冷たくも燃え盛る業火の如き殺気が周囲に影響を及ぼした。
地の底から響き渡るかのような地響きとともに熱されたマグマが火口までせり上がり、再びそこから勢いよく噴火が始まった。山と大地の底という暗い場所から濁った空という外界に耳を劈くような産声を上げるマグマ、それと共に天まで上り空を暗く染め上げていく噴煙。
その灼熱の饗宴の真っただ中に居てもなお彼は爛々と目を輝かせながら標的の一人をじっと見据えていた。
まさにそれは獲物を前にした獣。必ず喰らうのだという強い意志を持って彼はその殺気と雰囲気、溢れ出る力の奔流で火山を噴火させながらそこに佇む。
その様はまさに王。
今の彼を見れば誰もが思うだろう。それだけ彼はただ自然体でそこに佇んでいる。
彼は――――火山の王だ。
(ではいずれ相まみえよう。その時を楽しみにしているぞ)
そうして彼は、恐らく口元を歪めたのだろう。口に収まらない牙でよくわからないが、僅かに笑ったのではないだろうか。
今もなお噴火を続ける火口の勢いに乗り、彼は翼を広げて天へと消えていった。