ベースキャンプに戻った後すぐに紅葉をベッドに寝かせてやり、手当てを優羅に任せた昴はギルドへと連絡するために支給品ボックスに入っている発煙筒を手に取った。
飛竜討伐用の物を手に取って火をつけると、数分もしない内に一隊のアイルー達がやってきて昴の前に表れた。
「にゃにゃ、何かありましたかにゃ?」
「狂化したヴォルガノス亜種をエリア9で討伐した。確認をお願いしたい」
「にゃ! 了解いたしましたにゃ!」
一斉にアイルー達は敬礼し、穴を掘って移動を開始した。それを見送った昴はベッドに向かって紅葉の様子を窺う。優羅が調合した気力回復の薬を飲んでいく彼女はまだ汗が流れており、まだ少し寝かせておいた方がいいかもしれない事を考えさせる。
「どうだ?」
「……気力が結構減ってますね。一時間は寝かせておかないと戦えるほどまで回復しないかと」
それは一時的な戦線離脱という事だ。一時間はここに居なければならないという事は、もう一つの目的が果たされることは難しいという事になる。
二人で調査しに行くという選択肢は元よりない。それはここに一人紅葉を置いていくという事になるからだ。トラウマ持ちの彼女にそんな事は出来るはずがない。
「……ごめん。迷惑かけたね……」
「気にするな。迷惑だなんて思っていない。お前が頑張ったからこそあれを討伐できたのだ。どうして責める事が出来る?」
「…………ごめん、ありがと」
汗を流しながらも彼女は謝罪を口にするが、昴は微笑を浮かべて小さく首を振る。調査も確かに必要だが紅葉の体調も気がかりなのは確かだ。仲間を、幼馴染を無理させてまで調査する事はない。
「――-ッ!?」
突然優羅が弾かれたように顔を上げ、勢いよく後ろを振り返った。そのままベッドから離れてストロンボリ火山を見上げ、凄まじい表情で辺りを見回している。そのただ事じゃない様子に昴も後を追い、「どうした?」と声を掛けると、優羅は一点を見据えて固まっていた。
その頬には冷や汗が流れており、ただじっと火山を見上げている。
すると鈍い振動と共に地震が発生し、二人の体勢を崩してきたがいい加減地震にも慣れてきたため、難なく体勢を維持してそれを乗り越える。
その間も優羅は変わらぬ視線で火山を見据えている。その紅い瞳はどこか暗い色をたたえ、同時に炎のように僅かに揺らめいているような気がした。
「なにか、見えるのか?」
「……火山が勢いよく噴火してます。さっきの地震はその影響でしょう。……ほら、あの辺りです。かなり空が濁っているのが見えませんか?」
「……ああ、あの辺りか。もしかしてかなりの勢いで溶岩が流れてきているか?」
「……ええ。もしかするとこの辺りもまずい領域かもしれません。早急に離れた方がいいかもしれません」
よく目を凝らせば噴煙と共に塊となった溶岩も勢いよく噴き上がっているのさえ見えそうだ。その度に赤く輝くマグマが山を伝って流れ落ちていき、赤い大河を作り上げている。その流れをせき止める別の火山、あるいは高い岩山がなければそのまま大河は全てを飲み込み、こちらまで流れてくるだろう。
だが優羅はそのことを危惧してあんな表情をしたわけではないだろう。もっと何か別のものを見てそうなったに違いない。
「他に……何が見えた?」
「…………、見えたというより存在を感じ取った、でしょうか」
「存在? もしや本命の狂化竜か?」
「……恐らくは。……しかし、あれはただの狂化竜じゃない。そんなもので収まる程の存在感じゃなかった……っ!」
彼女が感じたのは確かに狂化竜独特の嫌な気配を孕んだ殺気。それだけではなく、シュヴァルツの因子が含んだ自分の心をかき乱してくるかのような暗い気配も感じられた。十中八九あれがヴォルガノス亜種を狂化させたという存在で間違いない。
だが……だがなんだ、アレは?
ただの飛竜種があれほどまでの強い存在感を放つのか?
否、そんなはずがない。
噴き出す赤いカーテンと天へと昇る濁った噴煙、そして舞い踊る火の粉の影で見えにくかったが、アレは確かに翼を持っていた。だから飛竜種なのだろうと最初は考えた。
しかし……そんなはずはないと頭の中で否定する。
この距離でも感じられたあの力の波動。自分を見据え、刺し貫くかのような鋭い視線。恐らくエリア移動の際に感じられた視線の主かもしれないとも考えられた。
でもそんな小さなことなどどうでもいい。
もし、もしもあれが飛竜種ではなく……もう一つ上の段階の存在なのだとしたら、とんでもない事になる。
あれを奴らが本当に狂化させただけでは飽き足らず、シュヴァルツの因子まで植え込んだというならば、果たして自分達に勝機があるのかという懸念が湧き上がる。それほどまで存在感だけでとんでもないと優羅に思わせる存在。
「な、なにを……感じたんだ? あそこに、一体何がいたんだ?」
「――――古龍、かと」
「――ッ!?」
頭を殴られたかのような衝撃が昴にはしり抜けた。
古龍?
あそこに古龍がいただと?
普通の飛竜らとは一線を画く存在であり、不明な点が多い存在である竜種。内包する力の強さも相まってただのハンター達では手も足も出ない存在。
ドンドルマを襲撃したあのラオシャンロン、その戦場に突如として現れ、フラヒヤ山脈でも相対したクシャルダオラ。この二種はその古龍種に分類される存在だ。
とはいえ後者のクシャルダオラに関しては、昴達は知らないが“自然”の領域まで至った風花なのだが。それだけで他のクシャルダオラとはまたレベルが違う。しかしその領域の存在は普通の人族らには知らない世界であり、飛竜種や古龍種を研究している者らとてほとんど知らない知識だ。
それ程まで古龍種というのは謎に包まれた存在。
それがまた昴達の近くに存在した。そう考えるだけで冷や汗が溢れてくる。
しかもそれが狂化の種を持っていたかもしれない? 何の冗談だ。そんな事があってたまるか。
古龍種を狂化させるなんて正気の沙汰じゃない。というか成功するというのか!?
あの古龍種が狂い、暴走するなんて自分の身も危険にさらすようなものだ。作戦だの目的だのそんな話が、ただの暴力的で圧倒的な力に蹂躙されるじゃないか。
狂ってる。
かけられた古龍種が、じゃない。かけた奴が狂ってる。
(……見られていた。気のせいじゃなかったら、アタシはじっと見られていた。それはやっぱりシュヴァルツの血統だから、か?)
シュヴァルツ同士は惹かれあう。特に堕ちた者同士ならば惹かれあう。そういう風に話を聞いていたし、本能の知識でもそういう風にあった。
同じシュヴァルツの血統であるライムやクロムに関して問題なかったのは、あの二人が堕ちているわけではないからと考えられる。自分は若干堕ちかけているが、あの二人は正常なままだから惹かれあう事はなかったし、影響をお互い与えなかった。
だがあの狂化竜は別だ。
以前戦った狂アクラ・ヴァシムも若干シュヴァルツの因子が含まれていたかもしれないが、それが完全に目覚める前に討伐したためそれほど心がざわつく事はなかった。
しかし今回のヴォルガノス亜種は別。シュヴァルツの因子が目覚めたから優羅にも影響を与えてしまった。それが小さな物だったのは不幸中の幸いだったかもしれない。もっと大きなものだったならば、影響力もそれに比例するように増幅し、優羅を一気にそっちの道へと落としたかもしれない。
自分は人間だ。そういう風に考えてきたが、やはりというべきか自分もまたその血統に連なる者。
見た目は人間でもその内側では小さく燻ぶる闇の火種が存在している。そこに薪をくべるのが同じく闇に染まったシュヴァルツの気配、雰囲気、力の奔流。気をしっかり持たなければ自分もまたその領域へと身を落とし、この身を激しく焼き尽くす。
昴と紅葉のためにも、もう二度とそういう領域に堕ちないようにと心がけていたが、あの古龍を前にしてもそういう事が言えるのかと訊かれれば、自信がないと答えてしまいそうだ。
それだけアレは異質だった。
それでいて強大。
そんな奴が自分を標的にしたかもしれない。それがひどく嫌な予感を感じさせてしまった。
しかしその危惧はどうやら杞憂に終わりそうだった。
アレは空へと舞い上がり、東の方角へと飛び去っていった。その姿が見えたわけではないが、あの気配がそういう風に移動していったのが感じられたのだ。
ここから東となればドンドルマの方角か、あるいは東南東にあるラティオ活火山の方角か……恐らく後者だろうか。あの噴火の真っただ中に居た事と、あれが古龍であったことを考えると、やはりこの火山の活性化はあれの影響にあったと考えていいかもしれない。
同時にラティオ活火山も縄張りにしているのならば、あちらの活性化も同様だろう。
そして……あの古龍の正体。
僅かに見えたのはあの輪郭だろうが、その中に煌めく金色の瞳が頭から離れない。
獣のような風貌の中に灯るあの光。ただ真っ直ぐに自分を見据えた王者の風格。しかしその獣には翼が生え、空を駆ける事も可能とする。
その体格、火山、古龍。
これらを統合して考えれば頭に思いつくのはただ一つ。あらかじめその可能性も考えていたのだからそう思い至るのも時間はかからなかった。
「……炎王龍テオ・テスカトル。恐らくそれがあの存在の正体でしょう」
「……悪夢だ。テオ・テスカトルが、狂化しているなど……悪夢以外の何物でもない」
頭に右手を当てながら重い溜息をつく。
古龍種というだけでも頭痛の種だというのに、古龍種の中でもその凶暴性が目立つテオ・テスカトルだなんて嫌すぎる。
火山で主に確認されるテオ・テスカトルは、その通り名の示す通り炎に関連する古龍だ。常に熱気を纏い、近づくものをあたかも火山の中にいるかのように灼熱地獄に落として体力をじわじわと奪ってくる。
それだけではなく口からは灼熱の炎を吐き、それはリオレウスの火球とは比べ物にならない威力を誇る。
また翼には熱気を孕んだ細かな粒子、塵粉が覆っているらしく、それを周囲へと撒き散らした後、口に収まらない程に伸びた牙で発火させて粉塵爆発を起こす攻撃も確認されるという。
様々な攻撃手段を持ち、その凶暴さに違わず人の住処へと襲撃を仕掛ける事もあり、ドンドルマがその標的にされた事も少なくない。その為歴史の中でもそれなりに人の前に姿を現す古龍としてハンターに存在が認知されている。
そんなテオ・テスカトルが狂化。
昴の言う通り悪夢以外の何物でもないだろう。
「……でも今は戦わずに済みそうです。このストロンボリ火山から離れてくれたようですからね」
「そう、か。最悪の展開は免れたと考えていいんだな」
今もなお噴火を続ける火山、いつ溶岩が戦闘エリアまで流れてくるかわからない。しかも自分達は狂ヴォルガノス亜種と戦った後なので全力を出すのが難しい。
そんな中で狂化したかもしれないテオ・テスカトルと戦えと?
無理だ。
十回戦闘して十回とも負けるイメージしかわかない。それはもちろんただのテオ・テスカトルでも同様だろう。狂化していようがしまいが、奴は飛竜種とは一線を画いた存在であり、強い力を内包した存在だ。
全力を出せない自分達が勝てる道理などありはしない。
だから戦わずに済むならばそれに越したことはない。例え見逃されたとしても、自分達の危機が逃れられたならば喜ぶべきだろう。
しかし、だからといって放置しておく事は出来ない。これはギルドに報告するべきだ。
一息ついてベッドの方に戻り、アイルー達が戻ってくるのを待つ。報告ならば彼らにしておいた方がいいだろうと考えた。
そうして待つこと数十分、ヴォルガノス亜種の死体を確認しに行ったアイルー達が戻ってきた。あの死体はしっかりと浄化し、ギルドへと届けられる手筈になるらしい。その際使えそうな素材は昴達が報酬として受け取ってもいいとの事だ。
狂化された個体ではあるが浄化しているため素材として使う分には問題ない。使うならばそのように申し出てくれれば持ち帰ってもいいとの事だが、どうするかとアイルー達が視線で問いかけてくる。
「…………じゃあ、あたしが使っていい?」
ふとベッドで寝ていた紅葉が軽く手を挙げてきた。昴達はそれぞれ紅葉へと振り返り、彼女の言葉を待つ。
「前にカタログを見てちょっと気になってたのよね。使ってもいいって言うなら、使ってみたいんだけど」
「にゃ、了解しましたにゃ」
隊長であるアイルーが敬礼し、腰に下げているポーチから書類を取り出してペンを走らせていく。一通り書き終えると「他に何か報告する事はありますかにゃ?」と首を傾げてくる。
当然昴は頷き、先ほど優羅と共に話した事をかいつまんで隊長アイルーに報告する。うんうん、と頷きながら報告を聞いていた隊長アイルーだったが、狂化したかもしれないテオ・テスカトルという事を聞いて冷や汗を流し始めた。
しかし自分の仕事をやめるわけではなく、聞いた通りの事を書類へと書き記していく。
そうして十分情報を書き記すと隊長アイルーは小さく頷き、書類をポーチへとしまいこむ。
「では僕らはこれで失礼するにゃ。……旦那さんらも早いところここから離れた方がいいと思うにゃ。噴火の勢いがまだ衰えていないにゃ」
「わかった。……死体はもう?」
「にゃ。空間のやつでちょちょいとギルドまで送ってきたにゃ」
一体どういうやり方をしているのかは現場を見ない事にはわからないが、モドリ玉で死体を包み込んで送っているとか、空間魔法で送っているとかが考えられるだろう。詳しく問い詰める気はないが。
何はともあれこれでこのストロンボリ火山での用事は済んだ。敬礼して去っていくアイルー達を見送り、昴達も接岸している船の出港準備を進め、ストロンボリ火山を後にした。
色々あったが収穫は大きいと考える事にする。そうでもしなければ……あの悪夢が頭をちらつきそうだったから。
ココット村に戻ってきた後、村長に会って改めて報告する。あのアイルー達から報告は届いているだろうが、実際に見て感じた優羅から報告しておくことにした。やはりというべきか村長は苦い表情を浮かべて唸っている。
テオ・テスカトル自体はいい。数年、もしくは十数年間隔で姿を現し、ドンドルマへと襲撃を仕掛けてくるのだから。だがそのテオ・テスカトルを狂化しているなど信じがたい事だ。
だがそれは優羅の目から見て事実であり、そのテオ・テスカトルが火山を活性化させているかもしれない。それは見過ごす事が出来ない事だ。
「討伐隊を組むにしても難しいのぅ。主らも聞いた事があるかもしれぬが、今ヴェルドではシュレイド地方にいる優秀なハンターを募っているようじゃ」
「ああ、確かに噂で聞いている。狂化竜に対して戦力を整えたい、後々のための備えとしたい、という風だったか」
「そうじゃ。王家の勅命で募っているようじゃからの、これに乗っかって名を上げようというハンター達が多い。そのテオ・テスカトルはドンドルマ方面に向かったのじゃろう? ドンドルマが再度備えとしてハンターを集めたとしても、このシュレイド地方からは数は少なくなりそうじゃ」
この大陸全土へと招集をかければそれに乗っかるハンターは軽く百を超える。かのドンドルマでの防衛戦がいい例だ。ラオシャンロンからドンドルマを守るという名目もあったが、ラオシャンロンと戦える、戦果を上げればギルドから高い報酬を貰えるという報酬があるからこそハンター達はドンドルマに集う。
だが現在王都ヴェルドで王家から直々にハンターを募っている。しかも昨今巷を噂などで賑わせる狂化竜に備えて、だ。王家ともなれば報酬も高いだろうし、ただのハンターでは敗れるであろう狂化竜を討伐する事が出来れば高い名声を得られる。
だからこそシュレイド地方で我こそはというハンター達が次々とヴェルドへと向かっていくようになっているという。
昴達はわざわざヴェルドに向かわなくてもこのココット村で話を聞き、機会が巡れば狂化竜を討伐しに向かえるためその招集には乗っていない。それに今は力を付ける時だとも考えているため、動くようなことはしなかった。
それに旅を続け、あまり金を使わなかったため高い報酬というのもつられる要素ではなかったのもある。だが最近の装備強化などで一気に金を使っているからまた貯めなければならないか、とも考えていたりする。
……と、話が逸れたか。
テオ・テスカトルの一件がドンドルマの大長老に伝われば、恐らく彼は襲撃に対して備えるだろう。現在も着実に復興を続けているドンドルマは街並みこそほぼ前と変わらない状態まで直されているという。
破壊と再生を繰り返したドンドルマの建設技術は他の街に比べてかなり高い水準にある。あれから二カ月近く、街並みだけでなく街を取り囲む城壁も完全に修復されており、住民も街へと順調に戻ってきているようだ。
仮設テントは完全に取り払われ、指示を出していた大長老をはじめとするギルドナイト達も大老殿へと戻っていると聞く。
つまりドンドルマの機能は回復している。今あそこでは前と変わらぬ人々の暮らしと、多くのクエストが回されてハンター達が活躍している拠点となっていた。とはいえその規模は若干以前よりも落ちてはいるのだが。
やはり街全体を焼き払ったという影響は小さくなく、人々の財産の大半が失われてしまった。街並みは復活しても財産ばかりはどうしようもない。
しかしそれを取り戻そうと少しでも人々は行動し、活気を少しずつ取り戻している。
その意欲の高さが破壊と再生を象徴するドンドルマというところか。
そんなドンドルマの活気に乗るように、ギルドナイトをはじめとするハンター達も狂化竜を何とかしようと行動している。各地に人員を派遣し、あるいは当地のハンターを動員して情報を求めているようだ。
そんな状況下で狂化したテオ・テスカトルの情報。まず間違いなくギルド内部は混乱の渦に飲み込まれるだろう。しかしそれでも狂テオ・テスカトルに備えるための戦力を少しでも集めるはずだ。
発令されればハンターは集まるだろうが、すでにヴェルドに集ったハンターが移動するかどうかがわからない。王家の招集を取るか、ドンドルマの招集を取るか。それは彼ら次第だからだ。
「主ならばどうする?」
「……テオ・テスカトルを選ぶ、と言いたいところだが、今の俺達では集団戦や防衛戦でも生き残れるかどうかが怪しい……」
ラオシャンロンの場合は奴はただ移動し続けるだけという知識があった事と、ドンドルマに紅葉達がいるかもしれないから合流しよう、という気持ちがどこかにあったから招集に応えただけだ。
しかしテオ・テスカトルの場合は奴自身が戦意がある。つまり飛竜と同じような状況で集団戦を行うという事だ。
鋭い爪に切り裂かれる、全てを焼き払う業火で一気に薙ぎ払われこの身を焼かれる、粉塵爆発で四肢をバラバラにされる……そんなイメージが浮かんでくる。
実力が足りない。
この状態で招集に応えたとしてもただ死にに行くようなものじゃないだろうか、と考えてしまっていた。父親の言葉を頭に反芻しても、戦いに行く気になれないのは初めてだった。
それだけ古龍というものが人にとっておそれられる存在という事である。
「だから……今はまだ力を付けたい」
「そうか。お主がそう選んだのならば儂は何も言うまい。励むといい。お主らはまだまだ伸びる。それは保証してやるぞ」
「……ありがとう」
かの『ココットの英雄』と謳われた村長が伸びると言ってくれたのだ。この村で様々なハンター達を見てきた目で昴を見上げながらそう言ってくれた。それだけでも自信がつくというもの。
昴は、彼に続いて紅葉も頭を下げて礼を告げる。優羅もまた会釈をするようにだが確かに小さく頭を下げて礼を取った。
そんな三人を村長は煙管を吹かせながら薄く笑みを浮かべたのだった。
酒場を後にするとすぐに三人は鍛冶屋へと向かっていった。紅葉のローブには浄化されたヴォルガノス亜種の素材が入っている。昴と優羅の分も報酬として支払われたが、二人はそれを用いて何かを作るという事はあまり思い浮かばなかったのでほとんど紅葉へと流してしまった。
そうして溜まった素材を用い、彼女は一つの物を作り上げる事を決めていた。
「すいませーん、いいですか?」
「おす、いらっしゃいませ! 今日は何の用ですかい、紅葉姐さん?」
「ラヴァUシリーズを頼みたいんだけど。それに加えて装飾品も」
ラヴァUシリーズ。
ヴォルガノス亜種の素材を用いて作られる上位の防具だ。基本色は燃えるような赤であり、高い防御力と耐火性を持つ防具として知られる。
あの鎧に覆われたヴォルガノス亜種のイメージと違って意外と軽めの外観をしており、ハンマー使いである紅葉の動きを阻害しない事もあり、彼女はカタログとスキルを考えてこの装備を作ろうと思い立ったのだ。
「ラヴァUシリーズっすね、了解しやした。で、装飾品はどんな感じで?」
「えっと、これで危険珠を六個、軽足珠を五個で」
そう言いながら懐からメモを取り出し、店主へと見せてやった。そこには装飾品に使われる素材が書き記されている。装飾品は名前が一緒でもそれに使われる素材が微妙に異なる事があり、それによって追加されるスキルポイントが変わってくる事がある。
それを知らないで装飾品を作って計算違いを起こす事がよくある話だ。なのできちんとカタログを確認し、素材とスキルポイントを確認するのが出来るハンターとされる。
「了解しやした。では寸法を測らしてもらってもよろしいですかね?」
「オッケー」
頷いて紅葉は店内へと入っていく。
「で、昴兄さんと優羅姐さんはなんかありやすか?」
「…………テッセン【烏】の強化とこれを」
ローブからテッセン【烏】を取り出し、続いてストロンボリ火山で掘り出したあの塊をカウンターにテッセン【烏】と並べて置く。それを見た店主の表情が驚きに彩られていき、それと優羅を交互に見つめる。
「お、おいおい、優羅姐さん……こいつぁ、まさか……」
「あ、これってやはり、そういうものか?」
「ああ……たぶん、こいつぁ……太古の塊だよ」
やはりそうだったようだ。この塊にはもしかすると太古の技術が眠っているかもしれないのだ。大当たりを引いたならば更に喜ぶべき事だろうが、優羅はもうシアンにそれを譲る事を決めている。
その前にこの中身を検めてみようとこうしてカウンターに置いたのだ。
「……で、こっちは強化、と。素材はありますかい?」
「……問題ない」
上位イャンガルルガの素材は集まっているし金も十分にある。これを強化させる事が出来れば上位の敵も問題なく斬る事が出来るだろう。
それを店主へと預けて優羅の用件は終了。最後に昴がローブから鬼斬破を取り出してカウンターに置く。
「これを鬼神斬破刀へと強化を頼む」
「オーケー、了解しやした。では依頼は以上でよろしいですかね?」
それに頷くと店主は預かった装備とそれに使う素材、紅葉の寸法が終わるのを確認し、ざっとメモ帳へとペンを走らせていく。書き記すのは預かった物をどのようにするかという事と、その作業の工程を目算でチェックしていく。
「……ふむ、ざっと四日で全部終わりそうっすね。四日後にまた来てくだせえ」
「了解した。よろしく頼む」
「おう、任せて下せえ。きっちり仕事しますぜ」
にっと歯を見せて笑う店主にまた小さく頷くと、中から出てきた紅葉を伴って三人は鍛冶屋を後にした。
向かう場所はもう恒例となっているココット農場。その一角にある広場を利用する鍛錬は今日もまた行われるのだった。
四日後、昴達は鍛冶屋へと訪れる。予定では全ての依頼が完遂され、新調された装備や強化された武器が昴達の前に姿を見せてくれることだろう。カウンターに向かい、昴が中へと声を掛けるとすぐにあの店主が出てきてくれた。
「おす、いらっしゃいませ。お、昴兄さん達じゃないっすか」
「例の物らは?」
「全部完了してますぜ。順番にやっていきやしょう。どうぞ、中へ」
扉の方へと手で示して案内してくれると、昴を先頭に鍛冶屋の中へと入っていく。
少し中へと進むとちょっとしたスペースがあり、中心には机と椅子が二対設置されていた。その椅子へと向かって着席すると、奥の方からカラカラと音を鳴らして台座が運ばれてきた。
そこにはマネキンと収容ボックスが乗せられている。
「それはもしかして……」
紅葉の視線はそのマネキンに向けられていた。そう、そのマネキンには彼女が注文していた物が付けられている。
「おうよ。まずは紅葉姐さんが頼んだラヴァUシリーズですわ。既に装飾品も付けられてるんで、スキルは発動してますぜ」
「サンキュー。じゃ、更衣室借りるわね」
軽々と装備が付けられているマネキンを持ち上げ、部屋の隅にある更衣室……といってもちょっとしたカーテンで仕切られた更衣スペースというべきか。カーテンを引いてマネキンからひょいひょいと装備を取って装着していく。
着ていた和服を脱ぎ、どうやってつけるのかを少し確認した後は素早く着ている事だろう。そんなに時間をかけずにカーテンが開けられ、ラヴァUシリーズを身につけた紅葉がそこに現れる。
「どうですかい? 苦しいところはないですかい?」
「……うん、問題ないわね。動きやすそうだし……結構暖かいわね。やっぱりヴォルガノス亜種の素材と紅蓮石を使ってるからかしら?」
「そうっすね。それも特徴の一つっす。……んで、スキルは装飾品の影響で結構出ていやすね。攻撃力上昇【大】、回避性能+1、風圧【小】無効、防御上昇【小】となっていやす」
ヴォルガノス特有の防御性能を高めるスキルだけでなく、攻撃力も大きく増加させるスキルを保有する。それがラヴァUシリーズのスキルだ。
しかし体力が減ってきた際に力を高める底力スキルがマイナス方面へと働く心配性が付いてしまうため、危険珠を付けて消し、空いたスロットに軽足珠で回避性能を付けてみたらしい。
収容ボックスから角竜鎚カオスレンダーを取り出し、軽く振り回しつつ構えてみる。その流れ作業を試してみても動きを阻害されることはない。
「オーケー、大丈夫ね。ありがと」
「角竜鎚カオスレンダーも補強してメンテナンスしておきましたぜ」
「そうみたいね」
頷きながら柄の方を見やって微笑する。彼女は怪力という事もあって昔からハンマーの柄には気を配っている。下位の頃は気を纏わせたり、鍛冶屋に頼んで補強してもらったりしてやり過ごしていたが、上位のハンマーは素材の事もあってそんなに壊す心配はない。
だがそれに合わせて全力を出せるようになったり、修行でまた力を付けたりするからまた柄に気を配ったりする事が出てきた。柄に気になる点がなければ自分で補強したりしているが、どうも気になる事があればこうして鍛冶屋に依頼する事になる。
今回は気功弾や最後のインパクトで角竜鎚カオスレンダーに少々無理させたかもしれないため、こうして鍛冶屋に出しておいた。
「さて、次は優羅姐さんですね。まずは……こちら」
そう言って収容ボックスから取り出したのはテッセン【烏】。いや、外見こそテッセン【烏】のままだが、これは強化されたテッセン【狼】だ。強化されたことで切れ味だけでなく殺傷能力も結構上昇している。
手に取って軽く振ってみると空を切る音が変わっているのが感じられた。纏われる気質も上位らしく結構上昇している。小さく頷いてそれをローブへとしまった。
「続いてこちらですね。あの太古の塊からは……こいつが出てきましたぜ」
そう言って取り出したのは一見してボロボロの双剣だ。しかしそれこそが大当たり。
「凄く風化した双剣。おめでとうございます、優羅姐さん。大地の結晶があれば研磨できやすぜ。あと古龍の血を五個、竜玉を十個でこいつの真の姿がお目見え出来やす」
「……頼む」
そう言ってローブから大地の結晶が纏められたケース、瓶に詰められた古龍の血を五個、竜玉を十個取り出して店主へと渡した。これで太古の技術によって作られた双剣が現代に蘇る。ちなみに古龍の血はあのラオシャンロンから回収していた。
こんな胸躍るようなことを聞いてもやはりというべきか優羅は表情を変えない。小さく一礼をすると椅子へと戻っていった。
「最後は昴兄さんですね。こちら、鬼神斬破刀になりやす」
そう言って取り出したのは一振りの刀。これもやはり鬼斬破とは似ているが、内包している力の波動が全然違う。鞘に入っているにもかかわらず強い雷属性を感じた。
無言で少しだけ鞘から抜き、その刀身を見れば綺麗に磨かれて光を反射するのが確認できた。自分の顔が確認できる程磨かれているそれは鋭い切れ味を持っている事がわかる。
試し切りは後で広場でやる事にしよう。ここで振ったら何か斬ってしまいそうで怖い。
「オーダーは以上になりやす。何か気になる点がございやすか?」
「ないな。いい仕事をしてくれた。感謝する」
「いえ、またよろしくお願いしやす」
紅葉が更衣スペースに戻ってラヴァUシリーズをローブにしまい、置いてあった和服を着なおす。軽くローブを羽織ると昴達は揃って鍛冶屋を後にした。
いつものように広場に向かうと先ほど受け取った鬼神斬破刀を取り出して抜いてみる。そのまま気を纏わせれば内包されている雷属性と呼応してバチバチと音を鳴らし始めた。その音も以前のものとは変わっている。
「――雷閃剣!」
放たれた閃剣は狙い通りに遠くの岩に向かい、それを真っ二つにしてしまう。斬れた跡は凹凸もなく綺麗で、若干閃剣に含まれていた雷属性の影響で岩も帯電しているようだ。
鬼斬破ではただ斬れただけでああはならなかったが、それが強化による飛躍だろう。
「さすが、というべきか」
強化された鬼神斬破刀。白猿薙【ドドド】と同様これからの主力となってくれることだろう。斬破刀……いや、鉄刀の頃から扱っているから扱い慣れている。まず間違いなく一番の主力、相棒になってくれるに違いない。
「……ふっ、はっ!」
向こうではテッセン【狼】を振るう優羅がいる。素早くテッセン【烏】を振るい、気刃を連続して放っている様子はまったく乱れがない。そして切れ味の程を見てみようと岩山の方へと視線を向けると、一撃一撃で斬れる深さが明らかに変わっている。
(……うん、いいな。斬るときには主力で使えそうだ。人相手には夜烏【小羽】という方針は変わらない、と。これでいいか)
強化されたテッセン【狼】に満足するように頷く。そんな彼女を見て昴も小さく微笑する。
だがそれでも足りないだろう。
武器を強化させても、自分も鍛えていかなければあの大きな壁は到底越えられない。そんな予感がひしひしと感じられる。
「……どうしたものか」
「どしたの?」
「ん? ……ああ、ちょっとな。修行について考えていた」
優羅のおかげで気の扱い方を覚えて戦術の幅が広がった。強くなったと実感できたのも確か。
しかし足りない。
まだ高みを見いだせる。村長も言っていたように自分達はまだ伸びるんじゃないかと感じられる。
高められるならば高めたい。
だがその方法がわからない。
「もうすぐ俺達もHR50になる。村長の言う条件を満たすための功績を上げるためにも、今以上にもう少し力を付けておきたい」
「うん、それは同意するけど…………ああ、なるほど。その方法が見つからない?」
紅葉の言葉に昴が頷く。自分達で試せるものは試してきたつもりだ。だから新しいやり方が見つけ出せない。
そんな風に頭を悩ませていると、優羅が近づいてきて昴にそっと声を掛ける。
「…………師事してくれそうな心当たり、ありますが」
「む? 誰だ?」
「……規格外のあの人ですよ。……神倉獅鬼といいましたか」
「神倉獅鬼って……あの赤いローブの人だったっけ? なるほど、確かにあの人だったらあたし達を今以上に鍛えてくれそうね」
神倉の血統であり、優羅の過去の話を聞く限りでは幼い彼女をかなりの領域まで鍛え上げたという。しかも自分に魔法の才能がないのに優羅に魔法の技術を仕込んでやった事もある。
もちろん体術に関しても気功術に感じても彼は専門なのでかなり師事してくれる。彼自身が規格外だからその動きの一部でもモノに出来たならば、自分達はまた上に行く事が出来るだろう。
「……でも今どこにいるの?」
「シュレイド地方を回るとか言っていたような気がするが……後で村長に聞いてみるか」
これくらいの情報ならば教えてくれそうな気がする。もうしばらく鍛錬した後訊きに行く事にした。
次の日鍛冶屋に向かってあの双剣を受け取る事になる。研磨され、真の姿を見せたそれは今の技術では到底作り出す事が出来ない外見と力を放っている。
封龍剣【超絶一門】。
それがこの双剣の銘だ。太古の技術で作られたこの双剣には高い龍属性を内包し、龍殺しの剣とされている。しかしまだ完全に力を引き出しきれていないようで、会心率がマイナス方向に傾いているのが難点か。
しばらくじっとその双剣を見つめていた優羅の表情はいつもと同じだ。龍殺しの双剣なんてそうそう手に出来ないから、この出会いは間違いなく優羅にとってプラスに働くだろう。
だが彼女は一息つくとそれを昴に手渡した。やはりシアンに譲る気はぶれないらしい。一応使わないのか、と訊いてみたが、返ってきた答えはこうだ。
「……見た目、そして振り心地が良くないですね。気に入りません」
気に入らないという理由で珍しい武器を簡単に手放すとは、それも優羅らしいといえばらしいのだろうか。封龍剣【超絶一門】がシアンの手に渡ったら恐らく驚くだろう。何もしていないのに彼女の手に龍殺しの剣が握られるのだから。
目を見開いて驚いた後はあたふたしてしまう彼女が容易に想像できる。
また村長に話を聞いたところ獅鬼はヴェルド周辺で目撃されたそうだ。あそこを中心として活動しているとの事である。師事を頼みに行くとするならばヴェルドに向かった方がいいのだろうか。
またヴェルドにはギルドナイトのレイン達が滞在しているとも聞いた。本当に獅鬼がいるならば彼らが会っているだろう。
まずはヴェルドにいるレインに手紙を出して獅鬼に会っているかどうか聞くところから始めようか。今後の予定を考えながら昴は封龍剣【超絶一門】をローブへと仕舞い込むのだった。