「今日もぼこっていいか?」
「突然のアプローチだなぁ、おい」
そんな会話から始まる今日の
観客のライム達はあの二人に巻き込まれないように、数メートル離れて観戦するのが通例だ。あの二人の戦いはほぼガチに近いため振動が響き、移動して気づけば観客まで巻き込んでしまう事も有り得る。
静かに見守るライム達の視線を感じながら、クロムは腕を組んだままやれやれと首を振る。
「さてさて、また溜まってるという事でいいのか?」
「いや、ただの気まぐれ。よくあるだろう? 何となく体を動かしたくなる時が」
そう呟きながら右手を軽く握ったり開いたりしながらじっとその手を見つめるセルシウス。そうしてぐっと握りしめた手を左手に打ち合わせると、じろりと睨むに等しいきつい瞳でクロムを見据えた。
「お前との戦いは実に心が躍る。オレの全力を受けてもなお、オレとの均衡した戦いを繰り広げられるのだからな」
「……ああ、均衡した戦いね。そりゃあ月さんじゃ無理か」
ちらりと観客にいる月へと視線を向けながら苦笑する。彼女はセルシウスの全力を受け止められるだろうが、均衡した戦いは望めない。ライムとシアンはまだまだ修行中なので論外、双子も幼いので論外。
花梨はハンターではあるが、クロム程の戦いは期待出来そうにないかもしれない。桔梗もまた同様。
あともう一人逸材がいる事はいるが……やる気になってくれるかどうかわからない。
なので、クロムしか相手にならない。
「という事で、オレの全力を受け止めてくれるんだろうな?」
「もちろんさぁ。お前の
「当然。お前は実にいい。……殺し合えないというのは残念だが、もうこういうのも慣れた。今日も全力で……殴り、蹴り、穿らせてもらう」
瞬間、セルシウスの姿はクロムの眼前まで迫っていた。体を捻りながら裏拳を放つが、見えていたクロムは右手で受け止めようとするも、途中で裏拳が止められる。目の前にあったセルシウスの顔が消えたように見えた。
「ふっ!」
体を沈めながら足を刈るように払えばクロムの体勢が一瞬崩れる。それを逃さず地に手をつきながら体を反転させれば、それに従ってクロムの腹を打ち上げるように足蹴にする。
「
ぐっと力を篭めて宙に舞うクロムの腹めがけて、逆さまに跳躍しつつ蹴り上げる。
「ぐ、ふっ……効くねぇ……!」
「はあっ!」
穿つ腹へと追い打ちをかけるようなサマーソルト。両足で蹴り上げたものだから腹だけでなく下がった顎にまで命中し、クロムの体は更に舞う。それを蹴落とすように何とセルシウスは空中で飛び上がってクロムの頭上へと移動し、体を捻った回し蹴りを喰らわせた。
地上三メートル以上から勢いよく落下するクロム。どうみても危険な光景だったが、月は動じた様子はない。ライムやシアンらは驚いているというのに、彼女は止める様子もない。
「……いつつ、最初からぶっ飛ばしてんな、おい。ま、いいけどよ」
もくもくと立ち上る土煙の中から苦笑交じりの呑気な声が聞こえたかと思うと、頭を掻くクロムがゆっくりと姿を現した。あれだけの攻撃を受けてもぴんぴんとしている。離れた所で着地するセルシウスはそんなクロムに驚く様子もない。あれくらいではクロムからダウンを奪えない事はもう熟知しているのだ。
「そんじゃ、今度はこっちの番だぜ!」
そして飛び出す二人。今度はどちらも一歩も引かない殴り合いと蹴り合いだ。時に距離を取り、時に距離を詰め、的確に相手にダメージを与える攻撃を繰り出していく。
そんな戦いをじっと見つめるシアンの眼差しは真剣そのもの。だが先ほどの動きの事もあってその頬には汗が浮いていた。数日前にセルシウスの戦い方は自分に似ているんじゃないかと思い、彼女の動きを見つめているのだが……速い。
時折シアンの目では追えない程の加速を見せて接近、離脱をしているのだ。頑張って追おうにも気づけば別の場所にいる彼女を、クロムは難なく追っている。ここに自分と彼の差がある。
だがそれ以上に問題がある。
「…………参考にしようにも強すぎて参考にならないよぉ!」
今回の
「なんですかあれは!? 鍛錬って魔法封じてるんですよね? 空中でもう一回跳ぶとかどうやってるんですか!?」
「ん? あれかい? あれはただの気の応用だよ」
頭を抱えながら月へと質問すると、彼女はシアンの取り乱しを華麗にスルーしながら質問に答える。あの二人の鍛錬もまた魔法を封じ、単純な身体能力と気功術のみで戦う事をルールとしている。
あとは武器使用禁止。殺害禁止、急所に深手を与えることも禁止。
それを守りつつお互いちょっとガチでやり合おう、というルールの下戦っている。
それにしても空中跳躍すら可能とするあの二人のレベルは一体どんなものなのか。上位ハンターというよりもはやG級クラスじゃないのかと突っ込みたいが、今は月の説明を聞いてみる事にしよう。
「跳躍はこのように足の力とバネの要領でやるんだけど、これは二人にも教えたよね? では更に高く跳びたかったらどうするか。それは足に気を付け足す事さ。その際気で増幅した足の力で強く蹴れば……ちょっとした爆発が起きる」
その説明と共に月が軽く……そう、彼女にとっては軽くジャンプしたんだろうが、二度目の跳躍によってその姿は五メートル以上は跳び上がっていった。しかもパシュンッ、と空気が破裂する音を響かせている。これが彼女の言うちょっとした爆発なのだろう。
『…………』
だがそれよりも彼女のその規格外な跳躍っぷりにシアンだけじゃなくライムと双子も呆然と空を見上げてしまった。あの二人の戦いはこの一瞬だけ忘れ去られてしまったのだった。
かなり高く跳んだというのに彼女はあまり音を立てないように膝を曲げながら静かに着地し、
「っと、こんな感じだね。これを応用してセルシウスは空中跳躍を行ったのさ。わかったかな?」
「…………ね? 簡単でしょ? みたいなノリで纏めないでくださいよ……」
ため息をつきながら愚痴ってみると、「はは、ごめんごめん」と苦笑を浮かべながら頬を掻く月。こういう所があるから彼女はあまりにも強い実力を持っているのに対等に接する事が出来る。
こほん、と咳を一つ。気を取り直した月は戦い続ける二人を見守りながら話を続ける。
「シュヴァルツの血統の後押しもあってあの二人は素晴らしい実力を手にしている。HRに縛られているけど、単純な実力でいえばもうあの二人はG級手前の実力に等しいよ」
かの月にここまで言わせるとは、やはりあの二人は強い。目で追えない程速く動き、着実に相手を攻撃し、なおかつ相手の攻撃から身を守る。最初にあれだけの連続攻撃を受けたクロムが今もあそこまで動けるのはその守りをしっかりしていたからに他ならない。
今二人に仕込んでいる気を使った防御術で身を守ったのだろう。実際にダメージを受けたとしても、その部分に気を纏わせる事で衝撃を吸収し、直にダメージを受けないようする為の技術だ。
でなければ地面に叩きつけられた瞬間にとんでもない事になっている。
「それにシアン、目で追えなくてもいい。追おうという意志があれば捉える事は出来るはずさ。人は成長する。うっすらと見えただけでもいい、追い続けてみよう」
「は、はい!」
目に集中し、見据えるべきものを定めてシアンは改めて戦場を見つめる。
流れるように風のように疾走し、左右から、前から、上からと攻めるセルシウス。うん、あの位置取りもシアンが目指している戦い方だ。だから参考になる、と思っていたのに速すぎて目で追い切れない。
でもクロムはしっかりとセルシウスの位置を確認しながら迎え撃つようにどっしりと構えている。そうしてセルシウスが攻めてくればカウンターの要領で反撃し、時に自分からも攻めていく。
頬を、腹を、肩を、足を……二人の拳と足はそれぞれの箇所へと着実にダメージを積み重ねるも、二人は苦しげな表情はしない。むしろどこか楽しげに戦っている。あのセルシウスでさえうっすらと笑みを浮かべているのだ。
あれだけの激しい戦いの最中でも笑みを浮かべていられる余裕がある。
あれが……自分達が目指す領域だ。
聳える山は今の自分達ではまだ高く、登りきるのは苦しく険しい道。
(でも、いつかきっとわたしだって辿り着いてみせる。もう……悩まないって決めたんだから。ライムと一緒に登りきるって、決めたんだから……っ!)
そうして戦いは終わり、セルシウスはどこか満足そうに一息つくと汗を拭って飲み物を口にした。そんな彼女を見て満足げな笑みを浮かべたクロムもまた桔梗が手渡したタオルで汗を拭いている。
一見してボロボロのようにも見える二人だが、こうして立って行動できる気力はあるようだ。呼吸もいつの間にか普通に近い状態まで戻っているし、やはり二人の体力はバカにならない。
その二人を離れた所で見つめる双子達はそっとライムへと近づいてこっそり訊いてみる。
「……ねえ」
「ん? どうしたの瑠璃ちゃん」
「なんであんな激しく動いただけじゃなくて、かなりやり合った後だっていうのに、ああも普通でいられるの? おかしいんじゃないの?」
瑠璃の疑問ももっともだ。防御がしっかりしていればダメージも軽減している。でも積み重ねたダメージと、動き回った事による体力消費の事も考えればあんな風にしていられるはずがないと普通は考える。
ライムも少しはそう考えたのだが、どう考えてもこういう結論に至ってしまうのは仕方がないというべきなのだろうか。
「うーん……兄さんもセルシィ姉さんもたぶん……もうそういう所まで行っちゃったんだろうね。兄さんは昔から体力バカだったし、セルシィ姉さんも聞いたところによればかなり修羅場を潜り抜けてきているし……僕達では理解できないものを兼ね備えちゃったんだよ」
血縁者から諦められるところまで行ってしまった……要は深く考えたら負けだと、言外にそういう意味を含めた答え。だというのにどこか納得してしまうのは何故なんだろう。
「それに……二人にとってあれは単なるじゃれあいらしいから。セルシィ姉さんにとってはストレスとか色々発散できるし、兄さんにとってはそんな姉さんに付き合いつつ戦いを楽しんでいる。……兄さん曰く殴り愛だってさ」
「うわ……なにその熱血。あたしには無理だわ……」
「おー、つまりこういう事ですか? あれは殴り愛によるイチャイチャであると?」
「あー……うーん……どうなんだろうね? 僕にはそこまでの事はわからないなぁ」
ライムはクロムと違って体育会系じゃないし、熱血タイプでもない。戦い=じゃれあいだとか、殴り合いの後の男の友情だとか、極端な話を挙げれば……殴りたいほど、殺したいほど愛してるとか、そういう領域は理解できない。
なのでこうして苦笑しながら頬を掻くしか出来ないのだ。でもああしてどこかすっきりしたような表情を見せる二人を見ていると、そういうのが本当にあるのだろうか、と思わせてくる。
……いや、別に理解しようとか思っているわけじゃない。そういうのもあるんだという事を知識でのみ知っておくだけだ。自分には残念ながらそういうのは似合わない。体を使うより頭とか魔法で戦うタイプだから、たぶんそういう世界にご招待されても丁重にお断りするつもりだ。……絶対に。
「さて、次は君達の番だよ。準備は出来ているかい?」
そこで月が声を掛けてきた。その相手は瑠璃、茉莉の双子。今日は二人の鍛錬の予定もあったのだ。相手を務めるのは月と、クロムに飲み物を渡している桔梗。月も声を掛けていたらしく、桔梗が振り返って双子へと微笑を向けている。
「ええ、よろしく頼みます。月さん」
「よろしくですよ」
「ああ。今日も頑張ろうか」
一礼する双子へと優しく笑いかけると、先導するように月は広場の中央へと向かっていく。その後に双子が続き、向こうにいる桔梗もまた続くように彼女達へと近づいていく。
それぞれ位置に着くとまた一礼し、双子の鍛錬が始まった。
まずは軽く流すようにそれぞれ戦い始める。とはいえ双子が攻め、月と桔梗がそれを回避し続けるというものだが。
その様子をライム達は見守るようにして眺める。今日はライムとシアンの鍛錬はない。昨日の鍛錬は激しくやってしまったため今日は休息日として過ごす事になっていた。
「お~やってるやってる~」
その時広場の入口の方から気の抜けるような声が聞こえてきたため振り返る。そこには声の主である撫子と一緒に花梨が入ってくるところだった。
「なんやなんや、じゃれあいはもう終わってもうたんか? 残念やな……」
「はは、すみませんねー花梨さん。今日もまたいい汗かきましたぜ」
「そかそか。それやったらええねんけどな。まったく……もうちょいクエストはよう終わらせとったら間におうてたんかなぁ」
花梨は朝からフラヒヤ山脈奥地にある凍土エリアで確認された、ベリオロス討伐クエストへと赴いていた。東方の雪山や凍土エリアで確認される飛竜の一種であり、骨格はティガレックスやナルガクルガに近しい白き竜。
凍土の環境内で進化した存在で、スパイク状の棘を利用して素早く移動しながらも氷に滑らず、果ては氷山に棘を食い込ませて張り付き、頭上から獲物へと襲い掛かるといったトリッキーな動きをも可能にした飛竜だ。
そんなベリオロスがどういうわけか獲物を求めてフラヒヤ山脈方面へと侵攻し、東へと抜けるルート付近へと迫っていたという情報がギルド支部へと届いたため、花梨が出動していったというわけだ。
「でもま、ええか。あの二人の鍛錬を見れるって考えれば」
腕を組みながら右手を顎に添え、じっと母親の目と戦いの師としての目で観察する。今はまだ流す程度ではあるが、それでも二人の動きは真剣さが備わっている。そして自分の戦い方を確立しつつあり、動きにはそれぞれの特徴が現れるようになっている。
それを花梨は見ているのだろう。
そんな花梨、あそこで戦っている双子、そしてにこにこと眺めている撫子と順番に視線を移していったライムは、ふと疑問に思った事を口にしてみることにした。
「あの、いいですか? 花梨さん」
「ん? どしたん?」
ちらりと視線をライムに向けると、おずおずといった風にライムは問いかける。
「魔族って子供が出来にくいんですよね? 僕と兄さんもそうですけど、花梨さんは三人の子供がいます。何か特別な事でもあるのでしょうか、とか思いまして」
「ああ、それか。んー……まずはライム君らの事やな。ウチの聞いた話やとな、シュヴァルツの血統……いや、ルシフェルの血統ってのは生殖能力が他の魔族と違ってちょっと特殊らしいねん」
「特殊?」
「せや。ルシフェルの血統は過去の自分らの罪滅ぼしをする為に、自分の血統に細工したんやろ? 確か……自殺できへんっていうやつやったか。それと同時に、生殖能力にも細工したらしいんや」
シュヴァルツが犯した罪を清算するため、ルシフェルと名を変えた彼らは世界に散り、それぞれ人を助けることを選んだ。時に自分の闇に堕ちる者もいたが、彼らは密かに人を助けつづけたという。
中にはライムとクロムの両親のように名が売れた者もいたが、それでも彼らは人を助けつづけたという。
自殺不可はそんな祖先の過ちを忘れぬよう、そして途中で放棄出来ないようにするための
どんなに辛い事があったとしても命を捨てる事があってはならない。自分達の祖先は無情にも多くの命を殺し続けたのだから、という祖先の思いがあったのだろうが、皮肉にもそれは
「少しでも多くの人を助け、自分達の罪を清算出来るように子供を一人は必ず作れるようにしたらしいんや。誰かパートナーを見つけ、子供を作る。そうして血を途絶えさせないようにってな。で、一人あるいは二人子供が出来たらその後は普通の魔族と変わりない生殖能力になるって話や。だから人間のように年の近い兄弟が出来るってのも珍しい事やないらしいで」
「なる、ほど……」
自分とクロムだけではない。セルシウスとその姉のグレイシアも年が近いし、自分の母親であるミントとセルシウスの母親も年の近い姉妹だった。魔族としては珍しいんじゃないかと幼い事から思っていたがそういう事だったのか。
「魔族だけでなく竜人族も子供は出来にくい。長寿やからな、種族として生殖能力が落ちるのはしゃーない。でもルシフェルはそれを覆してしもうた。確実に子孫を残すために自ら変化を促してしもうたんや。せやからルシフェルなら年の近い兄弟はおかしい事やない。それはパートナーが魔族でも竜人族でも、人間が相手でも同じ事や。一人は必ず子供を作る。それは覆らないようになったんや。……聞いた話やけど一つ目の疑問はこれでええか?」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げながらお礼を口にすると、花梨はうんうんと頷いて話を続ける。
「さて、次はウチの事やな。さっきも言ったように魔族と竜人族は子供が出来にくい。独特の進化をした魔族でさえ子供は出来にくいんやけど、中には色んな血が混ざったり、環境によってまた進化したりした血統もあってな、それなりに子供が出来るようになったもんもおるらしいんや」
「え? そうなの?」
「せや。魔族ってのは竜人族から派生した種族やけど、今もなお少しずつ進化しとるんや。そう考えたらルシフェルの生殖能力の変化も進化と言えるかもしれへんな。……ま、この話はさっき終わったから置いておくとしてや、ウチらの場合岩徹が竜人族やから子供が出来にくい。それはわかっとったんやけど、ウチらってまだまだ種族の寿命からみればまだ若いんや」
岩徹が四十歳で、花梨は三十九歳。人間からすればいい歳していると捉えがちだが、長寿族である竜人族と魔族からすればこれはまだまだ若い。その証拠として、二人とも外見的にはまだ二十代前半にしか見えない。
「生きてる時間がまだ百年も満たないウチらは全然若手や。四十のハンターなんて人間からすればそろそろ引退を考えるやろ? でもこの通りウチはまだまだ現役や。二百年生きて大体人間的に見たら二十代後半やないかな? それくらい時間や寿命の感覚がかけ離れ取るんや」
「うわー……わたしからすると気が遠くなる感覚だよ……」
ため息つきながらシアンはちらっと隣にいるライムを見る。彼もまた魔族だ。つまり長寿族であり、恐らく百年は余裕で生きてしまうだろう。その頃には自分はもう死んでいるかもしれない。……それくらい種族の差と同時に時間の差がある。
だが例外もある。それはあそこにいる月だ。
彼女はもう八百年を超える時を生きているのだが、外見的にはまだ二十代にしか見えない。彼女の場合は様々な血や因子が混ざっているからと考えられるだろうが、それにしてもまだああいう若々しさを保っているのは驚きだろう。
……まあ、彼女の事は置いておこう。今は花梨の話だ。
彼女は今から爆弾を設置しようとしていたのだ。
「で、ウチが最初に撫子を産んだんが二十歳。人間からすればまあまあ普通かもしれへんけど、ウチらからすればかなり早いんやで? まさに若さ故ってやつやな、あっはっはっは!」
からからと笑う花梨だが、ライムは少し考えて確かにかなり早いと実感する。二百歳で大体二十代後半とするならば、二十歳は人間的に考えれば成長期、三、四十歳を超えた辺りが安定期なので大体十代後半くらいと考えていいかもしれない。
つまり、人間的に考えれば――――十三歳から十五歳の時に子供を産んだという事になる。
その事実に思い至った時ライムは思わず硬直してしまった。若いなんてもんじゃない。早すぎるんじゃないかと普通に考えてしまう。
でも東方では過去にそのくらいの年になれば普通に結婚していたそうだが……いや、そんな豆知識はどうでもいい。問題はそんな早い出産を過去の笑い話にしてしまっている花梨のおおらかな心が驚きだ。
しかも花梨は一通り笑った後話を続けてくる。
「で、それから六年後に瑠璃と茉莉を産んだんや。いや~二人目がこんなに
『…………』
昔の事を思い出したのか、花梨のテンションが上がっていく。離れた所で聞いていたクロムも興味深そうな表情をしながら少し近寄って話を聞いていたが、花梨のテンションの上がりっぷりに「おぉ……」という風な表情で固まっている。
だがその中で何とかライムがこほん、と咳払いし、「結局撫子さん達が生まれたのは若さだという事でしょうか?」と結論を求めた。
それに対し花梨はこう答える。
「それもあるけどな、たぶんこれが一番やろう。種族というもんに囚われないたった一つの答えや」
「……それは一体?」
笑顔を消し、真剣な表情で腕を組みながら目を閉じる花梨。その真剣な表情にライムだけでなくシアン、離れた所にいるクロムも気のせいかごくりと唾を飲み込んでいる。
三人がそれぞれ見守る中、花梨は薄く瞳を開けてその“答え”を口にした。
「――愛や」
しばらく無言の時間が過ぎた。
この人は一体何を言っているのだろう、と思ったり、頭の中が真っ白になったり、え、あそこまで盛り上げてそれ? と思ったり……と色んな感情が去来したが、何故だろう。その真剣な表情を見ているとあ、そうなんだ、と思わせる無言の説得力があるような気がする。もしかして自分達は洗脳されているのだろうか。
「子供が出来るっていうんはな、愛がなければ意味がないんや。生殖能力云々と語ってきたけどな、やっぱり最後は愛情がなければ出来へん。相手を愛し、子供を愛していなければ作れるもんも作られへん。……せやから、ウチらが三人の子宝を若いうちから授かったんは、ウチと岩徹の愛の力によるもんや!」
ノロケ?
ここまで話して最後はノロケるんですか?
と思ったりしなかったりしたが、何故だろう……納得させられてしまったような気がしないでもない。しかも同じ女性という事で思うところがあったんだろうか。シアンがどこか瞳をきらきらと輝かせているような気がする。
一方ライムはどこか気恥ずかしい思いをしながらため息をつき、クロムも話が終わったんならもういいや、とやれやれという風な雰囲気で双子の鍛錬へと視線を移した。
さて、そんなライム達から離れた場所、ここではセルシウスと撫子が揃って双子の鍛錬を眺めていた。汗を拭きを終えたセルシウスは、鍛錬の後によく飲んでいる水分補給に優れたドリンクを飲みながら、ちらりと横に並んだ撫子を窺い見る。
相変わらずにこにこと笑顔のまま妹たちが頑張っている光景を眺める彼女は、いつもの鍛冶職人ではなく一人の姉としてそこにいる。
いつでも笑顔を絶やさず、ぽわぽわほんわかといった柔らかい雰囲気を纏い、茉莉とはまた違った気の抜けるような口調で話す。
どうもやり辛い相手だとセルシウスは感じていた。
アルテミスは純情で子供っぽいという点があったが、まだ何とか接する事が出来た。ゲイルがよく一緒にいただけでなくツッコミ要因にもなっていたからという事もあったかもしれない。
しかし……撫子はどうも好きになれない。恐らく自分が少しずつ人としての思考を取り戻していっても、彼女の空気には慣れることはないと推測している。
だが、彼女はどうも臭い。
匂いが、という事ではない。その雰囲気の奥に潜むものがどうもきな臭い。
クロムは気づいていないようだが、セルシウスは何度か鍛冶屋を利用した際に会い、それで気づいたのだ。
「ん~? どうしたのかな~?」
横目で見ている事に気づいたのだろう。撫子もちらりと横目で視線を合わせてきた。眼鏡の奥にあるその碧眼は相変わらず穏やかなものだ。でも、その奥の奥……封じられているようにも感じられる小さな火種が視える。
封じているのは……恐らくその眼鏡だ。いつも彼女がかけている曇らない眼鏡。よく視ればその眼鏡には魔法式が構築されているのがわかったのだ。恐らくそういう目を持っていなければ視えないものなのだろう。実に見事なカモフラージュだ。
「……前から思っていた」
「なにを~?」
「お前、強いだろう?」
「強い? なんの話かなぁ?」
セルシウスの問いかけに全く動じた様子がなく、視線は再び妹たちへと向けられる。でもそう言う反応は予想していたことだ。セルシウスも動じず同じように瑠璃達へと視線を向けながら話を続ける。
「鍛冶職人にしてはなかなか戦う技術があるじゃないか。クロムも驚いていたぞ? 何で気刃が使えるんだと」
「それはそういう攻撃方法をハンターが持っているからだよ~。職人として、気刃とか気や魔法を同化しても問題ないようにチェックするのは当然だよぉ。だから覚えたんだぁ」
「……それで本当に習得するっていうのもどうかと思うけど、しかしあれだけの技術。たった数年のものじゃない。……そう、だいたいあいつらと同じくらいの年頃辺りで習得したな?」
「へえ? そういうのもわかるものなのかなぁ?」
その笑顔を消さないまま対応する彼女は全く揺れていない。やっぱりこういう方面から斬り込んでも意味はないようだ。はぁ、と息をつくとセルシウスは睨むように撫子を見据える。若干殺気も混ざっているそれを向けられ、撫子もまたちらりとセルシウスを見つめ、その視線を受け止めた。
「――単刀直入に問う。お前、ハンター経験あるな? それも……上位クラスまで」
「…………」
真正面から睨まれ、問われたことで撫子も流石に笑顔で受け止めるような事までは出来なかったようだ。僅かな笑顔だけを残し、彼女もまたため息をつきながら小さく首を振る。
「……あーあ、そういう目で見つめられちゃ困るよ~……。……でも、しょうがないか。どうせ全部わかっちゃってるからそうやってわたしに訊いてきたんだよね~?」
「ああ。オレと均衡して戦える逸材はこの村にはクロム、そしてお前だと睨んでいる」
「ふーん……どうしてそう思ったの? わたし、職人だよ?」
「職人にしてはその立ち居振る舞いに隙がない。それは昔戦闘経験がかなりないと無理なくらいのもの。でも、あの両親がいるからそういう風に仕込まれたとも考えられる。……でも、それだけじゃない」
そこで言葉を切って目を閉じ、ゆっくりと開かれれば鈍色の瞳は深紅に染まったそれになる。その目が映し出すのは撫子の奥に眠っている力。その血統に宿る赤い炎の揺らめきが眠りながらも静かに鼓動を刻んでいた。
しかもその炎はまるで封じ込められているように何かの力が絡みついている。それが眼鏡から伸びているのだ。それが視えたからこそ、セルシウスは撫子の実力を疑った。
「お前の中に燻ぶる力。それは鍛錬を積み重ね、磨き上げなければ光らないもの。それを封じ込めている。訳ありだろう? ……しかも、お前からは僅かに血の臭いがする。それも戦場に何度も出て敵を狩ってきた者の血の臭い」
「…………ははは、うん、降参だよ。さすがセルシウスさんだねぇ」
笑顔は苦笑へと変わり、両手を挙げてポーズでも降参を示した撫子だが、相変わらずその雰囲気はセルシウスの言う実力者という風には感じられない。どこにでもいるような普通の少女のものと何ら変わりない。
無言でじっと撫子を見つめていると、撫子は軽く眼鏡の位置を直しながらぽつりと話し始めた。
「セルシウスさんの言う通り、わたしのこの眼鏡はわたしの力を封じているんだよ。……生まれつき高い火竜の力を持っていたわたしは将来有望のハンターと言われてたんだけどね、ちょっとヘマしちゃってやめることにしたんだぁ……。で、もう一つの才能……鍛冶職人としての道を歩むことにしたんだ。簡単に言えばそういう事だよ~」
「……戦いにはもう関わらないと? 一回の失敗でやめたのか?」
「完全にはやめてないよぉ。出来る限り戦わないようにしているだけ。……そう、壊す側じゃなくて、作る側に付いた。ただそれだけだよぉ」
どこか愁いを帯びたような笑顔でそう言う彼女は、本当に訳ありのようだった。その表情を見たセルシウスも何も言えなくなってしまう。そんな彼女を見て「あ、でも」と言葉を続け、
「有事の際には戦えるようにちょっとは陰で鍛錬しているけどねぇ。普段は職人としての日々を過ごす事にしているようにしているだけだよぉ」
有事とはやはり今世間を騒がせる狂化竜の話か。あの狂ティガレックスの一件で花梨と桔梗が村から離れた際、撫子は村の防衛の役割を買って出た。あれもまた彼女なりに覚悟を決めて申し出た事だろう。
結局は何も起こらなかったが、それは村だけでなく撫子にとっても二つの意味で喜ぶべき事だったのかもしれない。
「だから、わたしは残念ながらセルシウスさんの相手は務められないかなぁ。期待してくれているのはありがたいけどね~」
「……そうか。ちなみに眼鏡を取るとどうなる?」
「ん~……あんまり取りたくないんだけどなぁ」
「寝る時もそのままか?」
「アイマスクで寝てるよ~。時々眼鏡のまま寝ちゃうけど」
どうやら徹底的に封じ込めているらしい。一体取るとどうなってしまうのだろう、と興味が多少湧くが、めんどくさい事になりそうなので無理やり取る気もない。
だが撫子の視線がどこかふらふらと彷徨うように動かされたかと思うと、小さく「……うん、わかったよぉ」と呟き、目を閉じて少しだけ、そう……ほんの少しだけ眼鏡に指をかけて取ったのだ。
離された眼鏡はだいたいすっと通る鼻の上まで下げられただけ。
しかしそれだけで撫子を包む空気が変わったように思えた。あの無表情なセルシウスが微妙に驚き、目を僅かに開くくらいには。
「――――これで、満足か?」
発せられたのは誰の声?
目の前にいる少女だ。
だが本当にそうなのか? と思わせる程の声の変化。高く、よく通り、それでいて優しさのあった声は、驚く程冷淡で低い声だった。
開かれた碧眼は鋭く細められ、俯いたその顔でじろりと睨み上げるようにしている。
「うちは有事の際くらいしかスイッチを切り替えへんつもりやったんやけどな、あんたがどうしてもこっちのうちに会いたそうにしとったようやしなぁ。少しだけやったら、とこうして切り替えたったんや。……ま、うちとしても? 噂の殺人鬼をこっちの目で少し見ておこうって気もあったけどなぁ」
呟くような小さな声で話す撫子はうっすらと笑みを浮かべる。まるで性格が反転してしまったかのような変化。まるで二重人格だ。
だが彼女はスイッチを切り替えたと言っている。つまりその眼鏡によって自分の中でスイッチを作り、己の中で二面性を疑似的に作り上げているという事だろうか。
その変化を見たセルシウスは思わず笑みを浮かべながら小さく息を呑む。
「……なるほど、これはすごいな。いや、お前の変化もそうなんだが、封じ込めていたという火竜の力。幼い頃だったら確かにこれは扱いきれないな」
「……せやろ? だからって言い訳はせぇへんけどな。あれはうちの罪や。せやからうちは作る方に熱を注いだんや。……ま、蓋を開けてみたらこっちの才能もバカにならへんかったんやけどな」
種族としては全然若いのに、ほとんど才能を開花させてどんどん技術を吸収し、作り上げていく様は誰もが驚く事だ。ある意味天職と言ってもいいほどの働きっぷりはドンドルマでも噂になっているらしい。
「……ま、いいんじゃないか? どういう道を選ぼうが人の勝手」
「せやな。うちとしてもこっちが本業でええって思っとるくらいや」
「体は鈍らないのか?」
「まあなぁ、武器を試す時に動かしてはおるんやけど、それがちょっとした悩みどころやな。……ああ、まさかそれに付け込んで相手せぇって言うんやないやろうな?」
睨む瞳からジト目へと切り替えれば、セルシウスはほんの少しだけ唇を歪めたように見えた。それはよく見ないと見えない程に小さな変化だったが、雰囲気で察したらしい撫子は重い溜息をつく。
「あんなぁ、あんたとやりおうたら、うちとてどこまでやってええのかわからへんねんで? もしもの時もある。どうなっても知らんで?」
「望むところ。そうでなくちゃ面白くない」
「なんやねん。いつから殺人鬼は戦闘狂になったんや?」
「あ? オレは別にそういうのに転向したわけじゃないぞ? オレは殺り合う事でだな……」
訂正するために話を続けようとするセルシウスを止めるように「あーわーった、わーったからもうやめい。そういう言い訳は嫌いや」と左手で待ったをかけながら首を振る。
その綺麗な紫色の髪を左手でばりばり掻きながら少し考え、「しゃーないな」とまた重い溜息をつく。
「気が向いたら相手したる。……いつになるかはわからへんで? うちとて職人としての日常があるんや。それにあれから数年経ったとはいえ、うちは完全にこれを制御しとるわけやない。ええな?」
「ああ、問題ない。オレはただ心躍る戦いをすることで、オレの闇を晴らしたいだけ」
「……はぁ、どうしてこうなったんや。切り替えるんやなかった」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら撫子は眼鏡を掛け直す。するとさっきまでの空気はなりを潜め、またあの優しい空気が戻ってくる。しかしそれでも眼鏡の奥の碧眼はジト目のままだった。
「むー、やっぱりセルシウスさんは戦闘狂になったんじゃないかな~?」
「……だから違うと言ってる。それはゲイルとかクロムとかに言ってくれ」
「ううん、セルシウスさんもそれになってきてるよ。……うん、たぶんクロムさんに影響されてるよぉ」
「……んなアホな。オレはあんな馬鹿に染まってるとか却下なんだけど」
お互い今回の話でどれだけため息をついただろう。そしてセルシウスは気づいているんだろうか。あれだけ苦手意識を持っていた撫子と普通に会話している事に。
最初は彼女の隠している事を指摘するはずだったのに、いつの間にかこうして普通に会話している。そんな小さな変化に気づかない程セルシウスは動揺しているのだろうが、これもまた彼女にとってはいい傾向かもしれない。
こうして今日もまたポッケ村の日常は進んでいく。
小さな変化はやがて大きな変化へと移行していくだろう。