呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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91話

 

 

 早朝のココット村に一つの報せが届いた。報せの主は古龍観測所。報せを受けたココット村村長は眉を潜めてそれを読み進めた。どうやらよくない報せらしい。

 やがてすべて読み進めた村長はベッキーを呼び出し、あるチームを呼ぶように伝えた。

 

 そうして呼び出されたチーム、それは昴達『吹雪(ブリザード)』。

 呼び出した村長の下へと近づくと、挨拶もそこそこに用件を聞いてみる事にする。

 

「お主達に調査を依頼したいのじゃ」

「調査? 狂化竜についてか」

「その疑惑じゃな」

 

 そう言いながら一つの書類を取り出して昴達の前に差し出す。早速昴はそれに目を通してみる事にした。

 

 オルド峡谷にて確認された闇の反応。

 

 昨日深夜オルド峡谷深部で強い闇を観測した。その主までは確認できなかったが、闇の指針を分析した結果、狂化竜が持つ闇に近しい事が判明した。

 しかしその持ち主の実力もまた計り知れないものだったため、実際に派遣する調査員やハンターは実力ある者が望ましい。

 

 要約すればそういう事だった。

 つまり昴達にオルド峡谷まで行って調査をしてほしいという事。観測された闇、狂化竜を発見し、討伐する。

 それが今回のクエストだろう。

 

「峡谷って結構きついフィールドって聞くけど」

「そうじゃな。下位ハンターならば入る事が許されない過酷な環境じゃ。そんな環境に適応し、実力を付けた飛竜らが生息しているという事もあり、上位ハンター以上のみ解放されておる。……主らはもう十分実力が備わり、なおかつ狂化竜との戦闘経験がある。適任じゃと思うのじゃが?」

 

 信頼されている。昴達を信頼しているからこそ任されている。

 ならばその信頼に応えなければならないだろう。横に座っている紅葉と優羅へと目配せすると、彼女達も小さく頷いた。

 

「わかった。このクエスト、受けよう」

「感謝する。じゃが危険じゃとわかったら撤退しても構わぬ。儂もどうも今回は一筋縄ではいかぬような気がするのじゃ」

 

 峡谷に生息している飛竜達はどれも強力な存在だという事がわかっている。それが狂化しているとなれば、危険度は更に増していく。昴達を派遣するとはいえ、彼らでも厳しいという事は村長にもわかっていた。

 だからこそ「討伐」クエストではなく「調査」。

 無理だとわかれば撤退を許可する、という決まりを設けてくれる。

 

「わかった。十分気を付けよう」

 

 そして昴達は依頼書にサインをしていき、それはギルドに受理される。

 これで契約完了だ。

 だが昴は一つ気になる事があった。

 それは数日前に出しておいたレインへの手紙の返事がまだ返ってきていないという事。もしヴェルドに獅鬼がいるならばレインからの返事でそれが書かれてあるだろう。

 自分達は数日ココット村を留守にすることになる。その間に返事が返ってきたら彼らを待たせることになってしまう。

 

「安心せい。連絡は儂らがしておく。神倉獅鬼が来ても説明しておく故、安心していってこい」

「……感謝する」

 

 一礼すると昴達は準備をする為に酒場を後にした。

 今回のクエストは環境も狂化竜も厳しい。そのため入念に準備を進めると村長が用意したアプトルに騎乗し、一同オルド峡谷へと出発していった。

 

 

 ココット村から三日かけてやってきたこの場所がオルド峡谷と呼ばれる場所だ。ゴル砂漠を南東へと進み、高い山を超えた先に広がる峡谷だ。地殻変動によって隆起した大地によって構成され、多くの高低差がある山地があるのが特徴だ。しかもその外観も長い年月をかけて風雨や河川によって浸食されており、独特の地形を作り出している。

 またその高低差のある崖や山の隙間を強風が時折吹き抜ける事も特徴であり、壁もない長い細道の崖や橋上の道でそれを受けでもすれば、たちまち奈落へ真っ逆さま、という事も有り得る。

 ハンターにとって厳しい環境である事は間違いなく、それは同時にモンスターにとっても過酷な環境だ。そんな中で適応し、進化を果たしたモンスター達が生息している。

 確認されているのは他のフィールドでも確認される轟竜ティガレックス、金獅子ラージャン、棘茶竜エスピナス亜種。そして主に峡谷で確認される呑竜パリアプリア、舞雷竜ベルキュロス。

 なるほど、こうして羅列してみるとどれも危険な存在だ。パリアプリアに関しては何とかなるだろうが、それ以外のメンツが上級クラスのレベルに達している。

 そして戦闘経験はというと、ティガレックスしか経験がない。ついでにいうと峡谷というフィールドも初めてだ。峡谷を住処としているパリアプリアもベルキュロスも戦闘経験があるはずもない。

 またラ―ジャンは上位以上のハンターしかクエストが回ってこないし、エスピナス亜種も同様だ。

 ベースキャンプの設営を終えた昴達は、こうして辺りを見回してみて峡谷という環境の一端に触れる。なんとベースキャンプを数歩歩きだせばそこは自然の橋となっている細い道が存在している。

 高所恐怖症にとっては失神ものの橋だ。横に二人並べばもう誰も入らない程の幅だというのに、岩肌も人工の壁も何もない。足を踏み外せば奈落へ落下必然の崖だ。

 そしてその崖の先を見やればどこまでも広がる荒れ地と峡谷が存在している。

 ざああ……っと吹き抜ける乾いた風。これが高地の風というものか。これよりも強い風が時折吹き抜ける。人の体が容易く吹き飛ばされる程の強い風が吹く、それは戦闘中に発生すれば自然によって体勢を崩されるという事だ。

 気を付けなければならない。

 

「さて、地図によれば……エリアはたったの6つのみ。しかもそれぞれ分かれ道が複数あるようだが」

 

 地図を確認するとベースキャンプは右下に存在している。そこから左へ進むとエリア1。そこから更に左上に進めばエリア2、上に進めば中心となるエリア4となる。中心となっているだけあって分かれ道が一番多く、他の全てのエリアへと繋がっているようだ。

 エリア4から右へ進めばエリア5、上へと進めばエリア3とエリア6へと続くようだ。

 エリア数は少ないが、それは恐らく峡谷の環境が厳しいため狩猟エリアが限定される事が関係している。狩猟エリアから離れればもはやそこはギルド管轄内ではなくなる。安全は保障されない、という事を覚えておかなければならない。

 ギルドとて万全の態勢をいつまでも保っているわけではない。救護アイルー隊も待機しているとはいえ、狩猟エリアから離れてしまったハンターをどこまでも追いかけ続けてくれるとは限らないのだ。

 

「……地図だけではどういう高低差があるのかはわからない。こればかりは自分の目で確認した方がいいでしょう」

「そうね。まずはぐるっと一周してみる?」

「そうだな。それぞれのエリアの特徴を把握しておくとしよう」

 

 最初の方針は決まった。支給品ボックスから地図をはじめとする必要な物を取り出すと、ローブを纏ったまま昴達はオルド峡谷という新たなフィールドへと足を踏み入れた。

 

 エリア1。そこは高い山に囲まれた空間だった。右手は開けた場所になっており、断崖に沿うように出来た細い道がフィールドの中心にあるエリア4へと繋がっている。ベースキャンプと同じく崖の向こうには同じように荒れ地と高低差の多い山が広がっている。

 

「ギャオ、ギャオ!」

 

 そしてこんな環境に生息している小型モンスター、ゲネポスが数匹昴達に気づいて威嚇の声を張り上げる。目の前にいるだけでなく、小高い崖にせり出た足場にも数匹見かけられる。

 主な生息地として荒れ地や乾燥地帯が挙げられるため、ゴル砂漠だけでなくこのオルド峡谷でも生息地としているのだろう。

 それにしても小型モンスターがこうしてここにいるという事は、まだ狂化竜はこの周囲に現れていないのだろうか。気になるところだが無駄な戦いは避けるべきだ。

 という事でもはや定番となってきている優羅が威嚇を行って彼らに退場してもらう事にする。

 

「…………」

 

 じろりと睨みつけながら殺気を放てばその雰囲気に気圧されてゲネポス達の足が数歩ずつ下がっていき、やがて昴達の前から逃げ去ってしまった。それを確認した優羅は続いてざっと辺りを見回してみる。

 彼女のセンサーは闇に対してある程度機能している。それに狂化竜の気配だけでなく、それに植え込まれているシュヴァルツの気配に対しても記憶した。それと似たようなものならば数メートルだけでなく数キロ離れていても何となく感知できるようになっている。

 

「……今のところ感じませんね」

 

 オルド峡谷は平穏そのもの。

 それが一番ではあるが、調査に来たのだから平穏な状況を利用してこのフィールドの特徴をぱぱっと確認して回るとしよう。エリア2へと続く道を進んでいくと、道は急激に細くなっていく。

 それは両側から岩肌が迫ってきているからだ。人一人が通れ、二人が並ぼうと思っても難しいこの細さ。小型モンスターならば追ってこれるだろうが、飛竜ならば追い切れない程の幅だ。

 地図を見ればここから北へと迂回するようにしてエリア2へと進めるようだが、実際は狩猟エリアから外れるように道がいくつか分かれている。

 分かれ道にはギルドが設置した看板があり、それに従えば狩猟エリアから外れずに済むだろうが、従わなかった場合は自己責任となる。

 もちろんそんな真似はせず、案内に従って昴達はエリア2へと移動。

 ここは今までの道と同じく両側を高く聳える山によって成り立っている。だがさっきまでと違って道の幅は飛竜が入れるほどの広さになっているのだが、高い山によって圧迫感がある。

 しかも山の間を吹き抜ける強風が時折流れてくるようで、歩いている途中でも何度か昴達の体へと襲い掛かってきた。

 こうして感じてみればわかる。

 この峡谷を吹き抜ける強風は容易く人の体勢を崩してしまう。何度かそれを受けることで、どうすれば体勢を崩せずに済むのかを考えて体に覚え込ませる。体勢を完全に崩さずにいられないが、それを軽くさせるための体勢さえ覚えればいい。

 そんな風を感じながら上を見上げてみる。かるく十数メートルはあろうかという山の下という事もあり、直射日光は差し込んでこない。つまり明かりもあまり入ってこないものだから薄暗い。

 

「ここでも戦えそうだな」

「広さ的にはあり得るわね。……でもやり辛いのは間違いない、か」

 

 飛竜一頭と自分達を立ち回らせても問題なさそうな広さから考え、更に上を見上げて山と山の隙間の事も考えればここもまた戦場になる可能性はある。

 だが極力避けた方がいいだろう。崖の上の足場などに位置取って優羅が狙撃する事も可能ではあるが、時折吹き抜ける風という自然の気まぐれが何度も引き起こされるだろう。

 体勢を崩さないようにするという事を覚えたとしても、それが戦闘中にも持続するかどうかは怪しいところだ。ここを戦場にするのは避けるのが無難か。

 さあ次のエリアのチェックだ。

 エリア3までくるとここは山に囲まれた空間という雰囲気だった。奥に目をやればエリア6へと繋がる洞窟の入り口らしきものが見える。ここも十分戦場になる条件を満たしている。

 上の方にも道になっている足場が存在し、地図によればそちらもエリア2と4と繋がっている道となっているようだ。風はあまり吹いてこないようだが、一応留意しておくことにする。

 だが先ほどから生き物の気配がしない。

 ゲネポスを追い払った時からだろうか。ばったりと昴達に絡んでくる小型モンスターがいなくなってしまった。ゲネポスの他にもそれなりに生息していると思っていたのだが、どういうわけか誰もいなくなってしまった。

 それならそれで難なくここを移動しやすくなっていいのだが、誰もいなくなってしまうというのはそれで奇妙な感覚だ。

 

「…………本当に何もいなくなってしまった」

 

 小型モンスターだけではなく飛竜クラスのものも相変わらず感じられないという。ということは目標の狂化竜も狩猟エリア外にいるという事になる。となればこの狩猟エリアから外れて捜索しに行くという選択肢があるのだが、それは最終手段だ。

 狩猟エリア外は地図も用意されていないため、ちゃんと目印をつけていかねば迷ってしまうのが目に見えている。同時に危険度も上がるからこそ最終手段になり得る。

 こうして辺りを見回せばそよ風が吹き抜ける音しか聞こえてこない。自分達の抑えた足音以外の生命がいる事を示す音も聞こえてこない。

 その事に僅かな不安を抱えながらも、昴達は洞窟の入口へと足を運び、エリア6という洞窟内へと入っていく。

 そこは大きな高低差がある入り口だった。足を滑らせないように気を付けながら跳躍して下へと降りていくと、奥に広がる地底の湖が視界に入る。どうやらここは一つの水源らしく飛竜達の水飲み場として利用されている事が推察できた。

 

「パリアプリアがこういう場所にいるというデータがあるけど、いないようね」

 

 呑竜パリアプリアは峡谷に生息しているようだが、図鑑によればこういう洞窟内でも姿が確認されているという。外見が魚竜に似ているということもあり、水場に姿を現すのはそう珍しい事ではないようだ。

 しかし今はその姿も気配もない。洞窟内は完全な静寂に包まれていた。

 こういう状況になれば悠々と峡谷特有の鉱石が採れるだろう。挙げられるのはアモナイト鉱石やベリル鉱石、グレンザイトか。

 一応昴達は採掘現場へと向かい、峡谷で採れる鉱石を採掘しながら吟味していく。当然その間もそれぞれ辺りを警戒していたのだが、やはりというべきか何かが近づいてくる気配は全くない。

 そのため十分に鉱石を採る事が出来、その勢いに乗ってエリア5へと移動していく。逆L字になっているエリア5は東側が水場になっている。恐らくその水はエリア6の湖へと繋がっているのではないだろうか。

 峡谷の情報によるとこういう所にアプケロスが見かけられるそうだ。確かに砂漠や火山でも見かけられる草食竜のため峡谷にも生息地を広げていてもおかしくはない。

 

「やはり何もいないな」

 

 洞窟から上がってきた昴達を出迎えるものは何もいない。水場に口を付けているだろうアプケロスの姿はどこにもなかった。

 ここもエリア3と同じく高い山に囲まれている地形であり、飛竜が降り立つ条件を満たしている。ここも戦場になるだろう。それだけを確認してフィールドの中心であるエリア4へと移動する事にした。

 

「……ふむ、また珍しい地形だな」

 

 中心となっているエリア4は奇妙なものだった。

 こうしてエリア5から来た場合、道は一本通行となっている。地図によれば向かう先はエリア1らしい。しかしエリアはこの道一本だけではなく、地図で見る限り広々としている。

 それは右手にある高い山が広い足場となっているためだ。広さ的にも十分飛竜と戦闘できるものとなっており、ここもまた戦場になり得ることがわかる。だがそこまで上る道がない。

 回り道するしかないのかと考えたが、ふと紅葉が道の途中にある亀裂から噴き出す風に注目した。首を傾げながらその亀裂に近づいていき、その噴き出してくる風をじっと見つめる。

 

「ふむ……」

 

 口元に指を当てながらその亀裂をじっと見ていると、噴き出してくる風が突然勢いを増した。「おお」と少し驚いたような声を漏らしつつその風を見つめ、何気なくその風の上に乗ってみる。

 すると当然風に煽られた紅葉の体が浮き上がり、体勢を崩さずに気を付けつつ吹き飛ばされれば、問題となっていたエリア4の上の広場に着地した。

 その様子を下で昴と優羅が見守り、それぞれなるほどと納得したように揃って亀裂へと視線を向ける。勢いよく噴きだしていた風は今は落ち着いており、小さな風となっている。

 

「……身体能力が高い人はあそこから上へと跳べるんでしょうけど、それが出来ない人はここから上へと跳ぶ、ということでしょうね」

「そのようだな。では、俺達も続いてみよう」

 

 例を挙げれば月やクロム、セルシウス辺りはあの高さを苦も無く跳べるだろうが、残念ながら昴達はそこまでの実力はない。優羅ならばちょっとした足場があれば何度か跳躍を繰り返せば到達できるだろうが、昴に続くように風を利用して至ろうとしている。

 さて、上の広場に到着したはいいが、どうしたものか。

 誰もいない。

 他のエリアに繋がる道らしきものは確認されるが、やはり誰もいない。ぐるりと辺りを見回せば他のエリアらしき影や山が確認できるし、目を凝らせば狩猟エリア外の様子も確認できる。

 空の様子を確認しても何かが飛んでくる様子もない。

 つまり、ぐるりとフィールドを回ってみたが目標の存在だけでなくただの飛竜すら確認できなかったという事になる。

 

「やっぱ狩猟エリア外にいるんじゃない?」

「……そうとしか考えられない、か。数キロにわたってまだ気配を感じない。近づいてきているのか、移動しているのかすら判別つかない」

 

 意識を集中させて優羅がセンサーを広げてみたようだが、引っかかる存在は何もない。やはり今のところ標的は存在しないようだ。

 となればここに居てもしょうがない事になる。

 ちらっと紅葉が昴を窺い見ながら問いかける。

 

「どうする?」

「……また軽く回りつつ採取でもするか? 峡谷特有の素材というものを集めても損にはならないだろうし」

「……そうですね。集めて回ってみましょうか」

 

 鉱石は多少集めたが、峡谷の植物というものも集めておいてもいいだろう。昴達は日が暮れるまでまたフィールドを歩き回り、今度は採取を目的として行動する事にした。

 

 そうして日が暮れたオルド峡谷、昴達はベースキャンプへと戻ってきて夕食の準備を進めていた。作るのはいつものように優羅であり、紅葉は付け合わせを準備していく。

 今回は戦闘がなかったため体力回復効果があるものではなく、明日に備えてスタミナをつけるメニューを作っているようだ。こんがりと焼けていき美味しそうな匂いを漂わせているアプトノスのステーキ、あらかじめ村で下準備をしてあるスープを煮込めば様々な具材が溶け込んでいる事でこれまた芳しい匂いが鼻をくすぐる。

 流石というべきか。匂いだけで涎がはしたなく口の中を潤わせ、腹が鳴りそうだ。

 焼けていくステーキに香辛料をふりかけて味付けをし、また火を通しつつ焼き加減を整える。その傍らでお玉をかき混ぜてスープを調節しているその動きにそつがない。

 

「ほい、付け合わせ完了よ」

「……ん。こっちも焼けた。乗せていって」

 

 焼けた事を確認して紅葉が用意した皿へと焼けた肉を乗せていく。少ししてスープも調理完了したようで器へと注いでいき、夕食の準備は完了した。

 味の方は全く問題なし。というより十分すぎるというぐらいだ。料理店で出しても問題ないというくらいの味なのはもう慣れてしまった。いや、慣れたからといって雑に食べる訳じゃない。じっくりと味わって楽しむさ。

 噛みしめれば噛みしめる程肉の味と共に肉汁が口の中に広がり、程よいアクセントとなった香辛料が混じりあう。純粋に肉の味を楽しめるこんがり肉Gもいいが、こういうものも時にはいい。

 付け合わせに添えられている山菜もいい味わいを作り出している。自然の味というだけでなくちょっとした味付けも施されているらしく、素材の味を引き立てている。

 そしてスープ。これもまた多くの山菜だけでなくアプケロスの肉を切ったものも入っているようで、それぞれの味わいがスープへと溶け込んでいる。素材が自分の味を主張しているのではなく、程よく絡み合って味を作り出しているのが一番。その辺りの調整も流石というべきか。

 

「うん、美味しい」

「……ありがとうございます」

 

 正直に感想を述べれば無表情ながらもどこか嬉しそうな様子が窺い見れる。飾らない言葉だが、それだけに昴の本音が詰まっている。だから優羅も素直に喜べるようだ。……表情だけ見るとわかりづらいが。

 こんな風に優羅がいつも料理しているが、最近は陰で紅葉も料理スキルを上げるために努力している。昴に気づかせないようにはしているようだが、二人揃って何かしているという事は彼でも気づいているようだ。

 その結果を披露するように、そして最初に優羅と決めたようにクエストや日常の食事のメインを作っており、その味からして少しずつ腕を上げてきているのが窺える。

 明日は戦う事になるだろうか、と考えながら昴はこの夕食をじっくりと味わいながら完食するのだった。

 

 

 ○

 

 

 時は遡って二日前のココット村。日も暮れて夕食時になった頃、この村に客人がやってきた。赤いローブを纏い、仮面を嵌めて素顔を隠す獅鬼をはじめとするメンバーだ。

 彼にとっての情報屋である菜乃葉はどういうわけかついてこなかった。

 彼女曰く「残念だけどココット村へは近づかない事にしているの」という事らしい。ココット村の村長になにかあるのか、あるいはまた別の要因があるのか。何にせよ菜乃葉がそう言うならば無理に連れてくる事もあるまい。

 それに彼女は食えない女だ。未だに全てを話すことなく、のらりくらりと大事な事から避け続けるものだから完全に信用できない。

 そんな彼らはギルド支部にもなっている酒場へと真っ直ぐ向かっていった。

 

「失礼する」

 

 そう一声かけながら酒場へと入ると、「いらっしゃいませ」とウェイトレスになっているエレナが出迎えてくれた。その笑顔の視線が獅鬼、続くように雷河と焔へと移動するとほう、と僅かな変化を一瞬見せ、すぐに笑顔によって塗り潰す。

 

「村長にご用でしょうか?」

「うむ。後はここに世話になっているであろう少年達にも用がある」

「では、どうぞこちらへ」

 

 手で示しながら先導して歩きだし、カウンターに腰かけている村長の下へと案内すると、一礼して仕事へと戻っていく。それを雷河が見送り、獅鬼が村長へと声を掛けた。

 

「久しぶり、というべきかの。こうして主がここにやってくるのも何年ぶりか」

「そうだな。今回は呼ばれてやって来ただけなのだが、あの少年達はどうしている?」

「ふむ、その事についてじゃが、あれらは今出払っておる」

 

 煙管を吹かせながら村長は昴達がオルド峡谷へと調査に向かっているという事を説明した。その話を聞いた獅鬼はクエストならば仕方ないか、と納得したようだが、足元にいた焔が薄く目を細めながら顎に手を持っていく。

 

「……オルド峡谷?」

「ん? どしたよ、焔?」

 

 僅かな呟きだったが雷河がそれに気づいて焔を見下ろす。彼女は考えながらローブへと手を入れ、そこから書類をいくつか取り出して確認を始めた。それはアイルー達に出回っている情報だ。

 ここに来る途中も何匹かのアイルー達が焔へと情報を届けてくれたのだ。その新規の情報を改めて確認しているらしい。

 

「オルド峡谷……確かに闇の反応が確認されている。人族は確認できなかったらしいけど、探索アイルーがそれらしきものを確認しているらしいわ」

「さすがアイルーだな。で、それは一体なんだったんだ?」

「…………とても、やばいものよ」

 

 あの焔にしては珍しく苦い表情と声色で呟きつつその書類を雷河へと手渡す。「どれどれ……」と雷河が軽く目を通して見ると、彼もまた苦い表情を浮かべ始める。

 

「おい、これ大丈夫なのか?」

 

 雷河から獅鬼へ。書類を手渡してやれば彼もまた仮面の下で表情を薄く変えたのではないだろうか。それだけ記されている内容と正体に迫る情報はかなり危険なものだと示していた。

 

「……焔、援護へと向かえるか?」

「焔が?」

「サラに騎乗すれば一気に移動できるだろう? お前の手が入ればある程度は道が切り開けるはずだ。手伝ってやってくれ」

「獅鬼が行く、というのはないの?」

 

 焔の言葉ももっともだ。彼が手を出せば一気に事態は好転するはず。昴達にとって脅威であるはずのこの狂化竜も、獅鬼の手にかかれば安全に事態は収拾つくはずだ。

 だが獅鬼はそうしない。それは何故か。

 答えは獅鬼が小さく呟くように語った。

 

「……これもまたあいつらにとっての壁を超える事になる。雷河でもいいだろうが、こいつはまだ万全の状態ではない。だから焔に頼む。それに――」

 

 そこで一度言葉を切り、仮面の下で軽く辺りを見回した。

 

「――どうやら七禍がココット村に近づかない理由がここにあるようだからな」

 

 どうも気のせいかどうか曖昧なのだが、見られているような気がしてならなかった。微妙な力加減での視線のようだが、まるで日常に混ざって観察するかのようなものだったのだ。そう、あたかも日常的にそうやって誰かを監視しているかのようなもの。

 恐らくココット村に滞在し、ここに出入りするハンター達を監視している者なのだろうが、敵の部下なのかまた別の第三者によるものかは判別つかない。

 恐らく菜乃葉はこれを知っているのだろう。“世界”に属する自分が尻尾を見せるようなことはないだろうが、誰かに見られ続けるというのは彼女のプライドが許さないのかもしれない。

 それに自分が出向けばすぐにでも誰かに報告が行くだろう。妙なごたごたを生み出さないために獅鬼自身が出向かないようにする事にした。

 

「……わかった。報酬の準備だけはしておいて」

「いつもの鰹節でいいか?」

「それでいい」

 

 小さく頷くと焔はローブを翻して酒場を飛び出していく。その勢いを殺さないままココット村の門を潜り抜けると口笛を吹き、待機させているサラマンドラを呼び出して自分と並行して走らせ、勢いよく飛び乗る。

 

「サラ、オルド峡谷へ。悪いけど大至急」

「グルル」

 

 手綱を握りしめながら短く指示を出せば、了解したと短く返事が返ってくる。夜の森を走り抜ける赤い影はすぐに見えなくなり、二匹はオルド峡谷へと向かっていった。

 

 

 ○

 

 

 月が昇る深夜のオルド峡谷、ここに一つの影が現れていた。いつの間にやってきていたのか、その影は広場に丸くなって眠っている。リラックスしたように眠っているそれの気配はかなり薄い。

 眠ってしまっている昴達はこの気配に全く気付けなかったようだ。

 いや、そんな事はどうでもいい。とにかくここに飛竜が一頭眠っているという事実が問題だ。昼間昴達が二周して見回ったこのフィールドにこうしてのうのうと飛竜がやってきて眠っている。

 しかも気配もほとんど消し去ってやってきたという事は、昴達がここにいるという事を知っているのか、あるいは厄介ごとを避けてきたのか。

 穏やかな寝息を立てて眠っているそれにまったく害は感じられないだろう。しかしその眠りを害しようとしているものが空からやってきた。

 

「ギュルルル……!」

 

 バチバチと翼から音を立てながら舞い降りるのは、これまた一頭の飛竜だ。顔からは金色の(たてがみ)を生やし、翼からは鉤爪が付いた独特の副尾が伸びている。それを揺らしながら羽ばたき、青い瞳がじっと眠っている飛竜を睨み付けている。

 その目に宿るのは怒りと敵意。その感情のままその飛竜は口元に電気を集め、眠り姫を起こすにしては豪快な手法で頭を貫くように雷光線を撃ち放った。

 それは狙い狂わず標的の頭を貫いたが、それに動じた様子もなく眠り姫はただ寝息を立てている。この程度ではあの眠り姫は目を覚まさない。それがまた飛竜の苛立ちを加速させた。

 自分の事など気にも留めず、悠々と目の前から消え、こんな所で眠り続けている。

 

「グワアアアアアァァァァァ!!」

 

 怒りを爆発させ、自分を鼓舞させるように咆哮を上げる。それに従って翼から発せられる電気の力も増幅させ、飛竜全体を包み込むように発電させていく。

 空気を震わせるような音を立てたとしても、攻撃を受けてなお目を覚まさないあれにとっては気にも留めない音だった。眠り続けるならば回避もしない。先ほど以上に高められたこの雷光線も直撃する。

 轟音とともに空気を震わせながら放たれた雷光線が直撃し、爆発する。何の備えもしていない人の身で受ければ消し飛ぶ程の威力を秘めた雷光線。放った主が狙ったのは生命の急所の一つ、頭。

 さっきのでだめなら威力を高めるのみ。そう考えた飛竜――ベルキュロスによる全力の攻撃の一つだ。

 だがそれでも攻撃の手は止める事はしない。あれは普通じゃないのだ。だからベルキュロスは次なる手を構築していた。

 もくもくと立ち上る土煙の中、相変わらず寝息が聞こえてくる。変わった様子などまるでない。

 ……いや、額の周辺が薄く焼け焦げているのが見える。硬質化している鱗や甲殻とはいえ完全にダメージを殺しきれていないようだ。ならば殺すまで手を止めるようなことはしない。

 ベルキュロスは雷弾を放ちながら発電を続け、電気の力を次なる攻撃のために高めていく。

 

「…………」

 

 そこでふと寝息がやみ、薄く瞳を開けてベルキュロスを見上げてきた。だがそれでもベルキュロスは攻撃の手をやめない。体に降り注ぐ雷弾と、時折混ざってくる雷光線。さすがにこう何度も攻撃を受ければ目も覚めるという事か。

 放たれた雷光線を顔に受けながらそれはゆっくりと起き上り、小さく体を震わせる。その際また甲殻が焼けたが、眠たそうな目でちらりとベルキュロスを見上げるだけだ。

 

「グルルルル……ッ!」

 

 その舐めきった眼差しが気に入らない。自分の事など取るに足らない存在として認識している。……同じ飛竜種に分類されているとはいえ、奴は太古の生存戦争で古龍と渡り合った種族だ。

 だから他の飛竜種よりも知能が優れている自分とて他の飛竜種と何ら変わりない。そこらにいる虫と同じ存在。だから今こうしてこの身に受けている雷の攻撃すら虫に刺された程度にしか認識しない。

 でも眠りを邪魔されただけでなく、こうして何度もやられてはたまらない。

 だから……奴は動いた。

 

「――ッ!」

 

 だるそうに口を開いた瞬間、そこから一陣の風が吹き抜けた気がした。気づけばベルキュロスはそれを受け、自分の領域である空からに地へと引きずり落とされたのだ。

 何が起きた?

 決まっている。奴の攻撃を受けたのだ。

 放たれたのは奴が得意としているブレスの一種。それがベルキュロスが認識するよりも早く放たれたものだから、こうして自分は地面を舐めている。そんなベルキュロスを奴は何も感じさせない碧眼で何気なく見下ろしている。

 敵として認識していないその無感情な瞳。それがまたベルキュロスを苛立たせた。すぐに起き上り、敵へと向かって体を捻って副尾を振るって鉤爪の部分で敵を斬り裂き、同時に電流を流し込んで直に感電させようとした。

 それを奴は避けようともしない。振るわれた鉤爪を体を震わせて弾き飛ばそうとしたが、硬い鉤爪は体に生えている棘に引っかかる。そこから電流が流し込まれたがそれがどうしたと言わんばかりの無表情だ。

 ならばと副尾を引き、三つの尾で奴を薙ぎつつまた電流を流し込む。そうやって奴の体に電気を少しずつ溜めこませ、口元に集めた電気を収束、放出。その雷光線は奴の体内の電気と呼応し、相乗効果で奴の体内からダメージを与えていく。

 だがそれでも奴は少しだけ唸るだけだった。

 こんなものか?

 その視線と表情がそう物語っている。

 そこでベルキュロスは翼を大きく羽ばたかせて空へと舞い上がる。それをだるそうな視線で追い、空で滞空しているベルキュロスを見据えている。その視線を受けながらベルキュロスは再度電気を高めるように帯電を開始し、それを足へと集めていく。

 同時に金色の鬣が赤く染まっていき、それに従って帯電も今までとは比べ物にならない勢いまで高まっている。どうやら自主的に怒り状態へと移行したようだ。

 怒り自体はさっきから高まっているようだが、それを自身の力を底上げするためにリミッターを一度解除したらしい。

 そうして高められた電力は明らかに異常。あれを受ければひとたまりもないだろう。

 

「…………」

 

 それでも奴は表情を変えない。真っ向から受け止めるかのように佇むだけだ。

 

 そして、勢いをつけてベルキュロスは敵へと一気に急降下し、高まったその力を纏ったベルキュロスの両足は奴の体を捉え、周囲に響き渡る轟音と共に雷撃が周囲へと弾けとんだ。

 

 

 ○

 

 

「ッ!?」

 

 眠りから強制的に引き戻されるように優羅はベッドから跳ね起きる。

 なんだ、今のは?

 いや、あれは今もなお続いている。だがそれにしてはあまりにも突然だ。

 急激に高められた力がオルド峡谷のエリアから感じられる。

 

「……なに、これ?」

 

 どうやら紅葉も気づいたらしい。向こうのベッドで寝ている昴も起き上ってきたかのような様子も感じられるし、どうやら全員あの力の波動を感じ取ったようだ。それぞれテントの壁にかけているローブを手に取り、外へと飛び出していく。

 昼間にはなかった強い気配。どうやら標的が狩猟エリアへと入ってきたらしい。

 しかしなんだこれは?

 まるで何かと戦っているかのような気配だった。それが昴達には理解できない。

 

「…………この感じ、狂化竜ではない」

「狂化竜じゃない? どういう事?」

「……普通の飛竜と同じ気配。それが力の主。……それが何かと戦っている」

 

 思い浮かぶのは縄張り争いだろうか。でもそれにしてはあまりにも力の出力が凄まじい。まるで全力で敵を潰す為に力を振るっているかのようだ。ただの縄張り争いでここまでの力は振るわないだろう。

 振るうとすれば、恐らくハンターと戦う時。自分を狩ろうとする敵へと力を振るうのが考えられる。

 

「とにかく行ってみよう。推察するよりも行動するだけだ。優羅、案内してくれ」

「……わかりました」

 

 頷いた優羅は飛び出すようにベースキャンプから走り出す。それに続くように昴と紅葉も走り出し、エリア1へと向かっていった。

 そこからエリア2へと続く細道を走り抜け、更に右折してエリア4へと到達する。こうして回り道したのはこのエリア4が上と下に分かれたエリアだからだろう。あの力の主が戦っているのは当然上のエリア。下から回り込んでも何が起こっているのか見えないのだから。

 そうして回り道した結果、昴達は奴らの背後を取る事が出来た。

 そして見る、この戦場を。

 

「……何あれ?」

 

 紅葉の一言は恐らく昴と優羅の気持ちを代弁したのだろう。無言ながらも二人もまた同じことを考えながら戦場を見つめていた。

 そこにいたのはベルキュロスと何か。空に浮かぶ月は雲によって隠れてしまい、そこにいる二頭を完全に目視できないようにしている。それでも一頭がベルキュロスだとわかったのは、奴が発電する事で光を作り出していたからだ。

 鬣は赤く染まり、怒り状態になっているのが辛うじてわかるが、それでももう一頭は気にした風もなく佇んでいる。

 

「……狂化の種が視える。ベルキュロスじゃない、もう一頭の方」

「あっちか。こうして見る限りじゃベルキュロスの方が狂化しているのかと考えてしまいそうだが」

 

 そう、傍から見ればベルキュロスが狂化しており、もう一頭へと執拗に攻撃を繰り返している、という風に見える。雷弾、雷光線という遠距離攻撃、翼から伸びる副尾や足による近接攻撃と繰り返しているのだが、それでももう一頭は気にした風もない。

 だが実際は逆。

 攻撃を受け続けている方が狂化の種を持っているのだという。

 

「グルァァアアアアアアアアアアア!!」

 

 怒りに任せた咆哮を上げてベルキュロスはまた空へと舞い上がり、十分に力を溜めて急降下。実質二回目になる高電圧を纏った足による攻撃。怒り状態へと移行した際に見られるベルキュロスの稲妻キックだ。

 高められた雷撃の力を纏った急降下はその周囲を強い衝撃に巻き込み、ハンター達の命を容易に奪ってしまうといわれている。実質あの飛竜に着弾した際に耳を劈くような音が響き渡り、飛竜の体を強い電流がはしり抜けただろう。

 

「…………ヴォルルル」

 

 だが飛竜は小さく唸り、数歩だけ足元をよろめかせるだけだった。急降下の勢いを受け止め、強い電流を流し込まれてもなお奴は倒れない。どっしりと構え、逆にベルキュロスを弾き飛ばすようにしてタックルを仕掛け、体からベルキュロスを突き放した。

 それだけではなく鼻先に生える角を振り上げ、ベルキュロスの胸を切り裂こうとした。それを感じとってベルキュロスが羽ばたき、飛竜から距離を取って体勢を立て直す。

 飛竜同士の戦い、それはそう珍しくはない事だ。

 だがベルキュロスの相手は狂化の種を宿すもの。普通は関わり合いにならないように戦いは避けるもの。今までのケースは全部そうだった。狂化した際には間違いなくそのエリアの周囲には誰もいなくなってしまう。

 しかしどうだ、あのベルキュロスは。勇敢にあの飛竜へと立ち向かい、討ち滅ぼそうと戦っている。まるで狂化竜を討伐しようとしているハンターのようだ。

だが現実は残酷だ。

本当にそうだとしてもベルキュロスの攻撃はほとんど通用していない。

 ベルキュロスにとって最大攻撃のはずの稲妻キックすら奴をよろめかせるだけ。しかもそのよろめきはダメージによるものではなく、ベルキュロスの重量が体にのしかかったせいなのかもしれないのだ。

 それが今回の昴達の標的。

 そう考えれば冷や汗も出るというもの。自分達の攻撃は通用するのだろうかという懸念が湧き上がってくる。自分達人族が受ければ致命傷になるような攻撃でさえ倒れない敵。あれは本当に飛竜なのか、古龍なんじゃないだろうかという疑問さえ浮かび上がってくる。

 そうして見守っていると、戦いは一気に終息する事になる。

 

「ヴォルルル……」

 

 もう、終わりにしよう。

 そんな言葉が聞こえてきたかのような唸り声。ベルキュロスが翼をはためかせてひっかけてきた副尾は飛竜の首へと巻き付き、ぐっと引き寄せられるようにベルキュロスの振り上げられた足が飛竜へと連続して打撃を与える。

 もちろん帯電されて高められた電気は副尾を伝って飛竜へと流しこまれると同時に、足にも纏われた電気も飛竜へとダメージを与えただろうが、それに動じず飛竜は巻き付いた副尾を利用してベルキュロスを力技で投げ飛ばす。地面に落とされたベルキュロスを引きずるように首を振るい、強引に顔へと引き寄せて角へと導く。

 そのまま目の前まで迫ったベルキュロスの胸へと角を突き刺し、天へと仰ぎ見るように振り上げれば角はベルキュロスの内部へと穿っていく。

 

「グ、ガグ……ッ!?」

 

 ただの物理的なダメージだけでなく、奴の角に滲み出る成分もまたベルキュロスの体を侵していく。呻き声を上げるベルキュロスを相変わらず飛竜は無感情に見つめるだけ。

 

「――ッ!」

 

 一度ベルキュロスの体をまるでサッカーボールをリフティングする前のように軽く浮かせて角から離すと、口を開いてブレスの弾をベルキュロスの体へと撃ちつけた。勢いよく放たれた弾によってベルキュロスの体は軽々と宙に舞う。

 それを見届けた飛竜は一度首を引いて力を溜め始めた。体を低くするだけでなく足にも力を入れる事で、次なる攻撃の準備を完了させる。それはあの飛竜にとって全力の攻撃の一つ。ベルキュロスの稲妻キックと同じような技だ。

 その為の準備行動を見届けたベルキュロスは自身の終わりを悟った。

 体は動かない。奴の角から分泌された毒はベルキュロスの行動を封じ込める。羽ばたく力すらベルキュロスにはなかった。

 それでも視線を動かせば、どういうわけか岩陰に潜む人族を確認した。

 昴達だ。

 今まで戦いを見守っていたのだろう。宙へと舞い上がっているベルキュロスを呆然と見つめている。

 

「……え?」

 

 一方の昴達はベルキュロスが自分達を見つめているのに気付いた。しかも敵意も何もなく、ただじっと自分達を見つめているだけ。

 その瞬間、やけに時間が流れるのがゆっくりに感じた。ベルキュロスは間違いなくあの飛竜の角に再びその身を貫かれるだろう。だというのにどういうわけかベルキュロスは隠れている自分達を見つめている。

 まるで、その視線で何かを語りかけてきているかのようだ。

 ベルキュロスはあの飛竜を討とうとした。ただの縄張り争いという風には思えない。勘違いでなければ狂化の種を持っているから討とうとしたのではないだろうか。

 でも自分には果たせなかった。

 だから――

 

『後は、任せた』

 

 あの視線が物語る言葉はそれではないだろうか。

 それに思い至った時、時間は動き出す。

 力を溜めた飛竜が勢いよく頭を振り上げ、落下してきたベルキュロスの胸を再び突き穿つ。距離がこんなにも離れているのに、甲殻が砕け、肉が抉られるような音が僅かに聞こえたような気がした。

 そのままゴミを放るかのように強く頭を振り、ベルキュロスの体はエリア4の下へと放り出されてしまった。そうしている間もベルキュロスの視線は昴達を見据えている。ゆっくりと崖下へと消えていくベルキュロスを見届けた昴達は、ぐっと拳を握りしめる。

 託された。

 普通ならば有り得ない事。狩る側と狩られる側、命を懸けて戦う異種族だというのに、今回はそんな線引きに意味はない。共通の敵を持つ一種の同志だ。

 あのベルキュロスに果たせなかった思いをあの眼差しによって昴達は受け取った。

 ならば当初の目的通り、あの狂化竜を討つのみ。

 

「……覚悟は?」

 

 昴は一言後ろにいる紅葉と優羅へと問いかける。

 

「……大丈夫。やれるわよ」

「……問題ありません」

 

 あれだけの攻撃を受けて動じることもなかったあの飛竜。

 では本気を出したら?

 怒り状態へと移行したら?

 狂化の種がその力を発揮したら?

 そんな考えが浮かんでくるが、それを抑え込んで戦場へと身を投じることにする。

 自分達はハンターだ。討つべき相手があそこにいるならば、戦いもせずに退くようなことはしない。策も何もない。自分達の持てる力を振るうだけだ。

 人、それを無謀と呼ぶだろう。

 そんな自分達を嘲笑うかもしれない。

 でも昴達は覚悟を決めている。

 ただそこにいただけの自分達に託して散っていったベルキュロスのためとは言わない。でも託された想いを無碍にしてまで撤退するような真似はしたくはなかったのだ。

 

「…………」

 

 今度は小さき者か、というかのような眼差しを昴達へと向けながらその飛竜が振り返る。その眼差しは先ほどのベルキュロスに向けていたものと何ら変わりない。虫けら……あるいはそれ以下のものを見るかのように無感情だ。

 それだけ目の前にいる飛竜は素で人間、いや人族に対して何の感情も抱かない。

 だがそれでも昴達は立ち向かわなければならない。これが狂化の種を内包しているというならば、戦って打ち勝たなければならない。

 目の前でローブを翻し、それぞれ武器を取り出している間も敵は手を出してこない。どうぞ好きにするがいい、とでも言わんばかりに余裕を持って佇むだけ。

 いいだろう。

 その余裕、崩してみせよう。

 今の自分達でどこまで戦えるかはわからない。それだけこの敵は強大な壁となって昴達の前に存在している。

 この敵につまずくようでは、自分達はそれ以上の領域へと届かない。

 

「――いくぞ!」

 

 超えてみせよう。

 勝ってみせよう。

 

 戦いは今、始まる――!

 

 

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