呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

123 / 149
92話

 

 

 今まで雲によって隠されていた月がゆっくりとその暖かな光を地上へと届けてくれる。それによって今まで見えづらかったその飛竜の姿が昴達の眼前に露わになった。

 黒ずんだ茶色い甲殻に覆われ、その表面には無数の赤い棘に覆われている。それは体だけでなく尻尾、足にまで生え揃い、特に鼻先にある棘はまさに角といってもいいほどにまで肥大している。

 その棘は体内で生成された毒を分泌し、触れた相手を毒に侵す事を可能としている。さっきのベルキュロスが最後に抵抗なく攻撃を受けたのも、その角から滲み出た毒にその身を侵されたのだろうという事が推測できる。

 そう、奴は毒をその体内で作りだし、ただ触れるだけで少量でも毒を相手へと注入する事が可能だ。

 でも奴はそれだけで飛竜種という枠に収まらない程の力を持っているわけではない。

 その高い身体能力から繰り出される暴力的なまでの力による蹂躙。轟竜ティガレックスとはまた違った形での暴力により、太古の生存戦争に勝利し、樹海を古龍種から守ったといわれている。

 今もなお古龍種が樹海で姿を見かけないのは、この飛竜が樹海の主としての座を今もなお守り続けているからだという説があるのだ。

 だからこそ奴は人族など取るに足らない存在としか見ていない。その碧眼に敵意もなければ戦意もなく、無感情を保ち続けているのはそういう事だ。

 

 樹海の主である棘竜エスピナス。

 その亜種である棘茶竜エスピナス亜種が今回の標的。

 

 自分を討ちに来た舞雷竜ベルキュロスを、難なく迎撃してみせたこいつに勝てるのだろうか?

 目の前でじっと見下ろすエスピナス亜種を見ているとそういう感情が湧き上がってくる。

 だがやらねばならない。それに覚悟は決めたはずだ。今更退けるはずもない。

 

「…………」

 

 昴達が目の前にいてもなおエスピナス亜種は動かない。攻撃するわけでもなく、逃げるような事もなく、ただ昴達が動くのを観察しているかのようだ。

 最初に動いたのは――優羅だった。

 

(一番は腹、次点で足、更に頭。属性は……水。これは図鑑通り。次点で火と雷、か)

 

 手にしたメイルシュトローム改に水冷弾を装填し、その真紅の瞳でエスピナス亜種を睨み付ける。殺気は最初から剥き出しにする。そうでもしなければエスピナス亜種を動じさせる事など出来やしないと考えたのだ。

 エスピナス亜種の分析しながら横へと回り込みつつ引き金を引き、水冷弾を射出していく。速射の後押しを受けて放たれた水冷弾は狙い狂わずエスピナス亜種の腹へと着弾していくが、その甲殻を貫く事が出来ずに何度も打ち付けられるだけだ。

 どうやら水冷弾の勢いより甲殻の硬さが勝っているらしい。

 

(斬は……同じく腹、次点で……一気に落ちて尻尾? 打は同じく腹、次点で尻尾と翼、か)

 

 視えた通りのものを二人に伝えると、それぞれ頷いてローブを肩へとコンパクトに纏めて走り出す。

 昴は鬼神斬破刀を、優羅は角竜鎚カオスレンダーを構え、一気にエスピナス亜種へと接近していくのだが、それを見ているはずのエスピナス亜種は全く動かない。

 腹へと潜り込んだ昴は振りかぶった鬼神斬破刀で腹を斬り裂こうとした、が弾かれる。

 

「なっ……!?」

 

 硬い、なんてものじゃない。強化された鬼神斬破刀の切れ味を以ってしても弾くその甲殻。つまり普通に斬っているだけでは硬い敵に相性が悪い太刀では分が悪すぎる。それを悟った昴は一度エスピナス亜種の腹から離脱する。

 交代するように力を溜めていた紅葉が勢いよく角竜鎚カオスレンダーを振るい、エスピナス亜種の腹へと打ち据える。強い衝撃がその腹から内部へと伝わったはずだが、エスピナス亜種は小さく呻くだけで効いている様子がない。

 いや、若干表情が変わっただろうか。斬られたり蹴られたりするだけでは何ともないが、衝撃が体内へと伝わるとなれば流石のエスピナス亜種でも効いてしまうようだ。

 

「ヴルルル……」

 

 じろりと碧眼が動き、軽く体を震わせ始める。それに従って体を覆う棘から少量の毒液が分泌され、エスピナス亜種の足元にいる紅葉近くまで垂れてきた。

 図鑑によるとエスピナス亜種が生成する毒は単なる猛毒だけでなく、装備を腐食させる事も可能とする重酸の成分が含まれている。

 つまり受ければ身を守る装備をやられてしまう。その事もあるからこそエスピナス亜種が完全に動き出す前に一気にダメージを与えておき、弱らせておきたいのだが……無理な話だ。

 エスピナス亜種の体力はそこらの飛竜を凌駕する。ただ甲殻が硬いという防御の高さだけではない。強い生命力があるからこそ、太古の古龍との戦いに勝利出来たのだ。

 ひやりとしながらも紅葉はまた力を溜めてもう一度角竜鎚カオスレンダーを振り上げてエスピナス亜種へとダメージを与える。パワーにおいては他の二人に負ける気はしない。それはもちろんこのモンスター達にだって負けはしない。

 ぐっと力を溜め、角竜鎚カオスレンダーへと己の気を纏わせて威力の底上げを図り、殴る、殴る、更に殴るッ!

 

「……ヴォルルルル!」

 

 いい加減鬱陶しくなってきたのか、低く唸りながらエスピナス亜種は軽く身を引き、足元にいる紅葉を弾き飛ばすようにショルダーアタックを仕掛けた。体の動きからそれを察知した紅葉は素早く離脱し、エスピナス亜種から距離を取る事でやり過ごす。

 

「……力の動きが全くない」

 

 エスピナス亜種をざっと観察していた優羅は小さくそう呟いた。彼女の目にはエスピナス亜種に埋め込まれている狂化の種も見えている。そのためあの種から闇の力が動き出せばすぐにわかる。

 しかし今のところ全くなし。

 それはエスピナス亜種のやる気が全くない事が関係しているだろう。今までの狂化竜はその宿主の感情に従って闇が動いていた。その多くは怒りだろうが、生きたいという願望にも従っていただろう。

 だがこのエスピナス亜種にはその感情は全くないのだから、闇も動くはずもない。ベルキュロスに攻撃されている間も動じていないのだから、昴達の攻撃程度ではまだ心は動かない。

 

(……だからこそアタシ達の攻撃が通用していないのがわかる。効いているとすれば紅葉の攻撃くらいか)

 

 岩すら拳で砕く程の怪力を持つ紅葉。それに角竜鎚カオスレンダーの威力と気、更に今はラヴァUシリーズのスキルで攻撃力上昇【大】も上乗せされていけば、グラビモスですらよろめく程の一撃を繰り出す事を可能としている。

 硬い敵には打撃を。

 そのセオリーを崩すことなく紅葉が攻撃を重ねていけば、確実にエスピナス亜種の体力を削っていけるだろう。

 しかし紅葉に全て任せてはならない。自分だって出来る事があるはずだ。

 その内の一つ。メイルシュトローム改をしまい、カンタロスガンを取り出して徹甲榴弾Lv2を装填し、まずはその硬い甲殻を破壊する事から始めようではないか。いくら硬いとはいえ爆発によって亀裂が入らないはずはない。Lv2で足りないならばLv3を取り出すまでだ。

 よく見ればベルキュロスが攻撃したことによって傷ついている部分が点々とみられるのだ。エスピナス亜種自身はどうということはなくても、体はしっかりと傷を負っているのだという事を証明している。

 雷撃によって焼けた甲殻に、稲妻キックの影響で亀裂が入っている背中。

 そこを狙って徹甲榴弾を撃ち込めば更に傷を広げる事が出来るだろう。そう考えて優羅は徹甲榴弾Lv2を撃ち出す。それを避ける事もしなかったエスピナス亜種の頭へと着弾し、爆発を起こす。

 

「ヴルル……!」

 

 攻撃に動じなかったエスピナス亜種ではあるが、さすがに視界付近で爆発を起こされてはたまらないようで、軽く目を閉じて頭を振る。しかしまだ大きな心の動きはないようで、じろりと優羅を睨むような変化ぐらいしかなかった。

 優羅に続くように鬼神斬破刀を構えた昴が気刃を放ってエスピナス亜種へと攻撃を仕掛けていく。硬い岩すら斬れるようになった彼の気刃は、それでもエスピナス亜種の甲殻を薄く斬るしか出来ない。やはり奴の甲殻は硬すぎる。

 ならばそれをも斬ってしまうだけの力を。

 

「――雷閃剣!」

 

 意識を集中させて鬼神斬破刀へと気を集め、高め、纏われた雷属性を同化させて撃ち放つ。その一撃はエスピナス亜種の腹を捉え、斬った。

 さっきの一撃よりも深く斬れたことでその部分から少量の血が漏れて出る。それを感じ取ったエスピナス亜種はまた視線を動かして昴を視界に収める。

 自分に血を流させた存在。それを確認している、という事だろうか。相変わらず碧眼には何の感情も感じさせないが、それでもエスピナス亜種は動いた。

 ゆったりとした動きで口を開いていくのを見た昴は弾かれたようにそこから走り出す。頭から背中へと電流のように嫌な予感がはしり抜けたのだ。それにさっき自分達はそれを見ているじゃないか。

 その行動は正しく、完全に開かれた口からブレスが吐き出され、先ほどまで昴がいた場所を撃ち抜いていた。

 走りながらも昴はまた鬼神斬破刀を構え、滑りながらブレーキをかけてまた気刃を放っていく。背後からエスピナス亜種へと斬っていくが、やはりただの気刃では薄くしか斬れない。

 それは自分が未熟であり、閃剣を連続して放てないのが問題だ。もっと修練すればただの気刃も閃剣と成って斬り続ける事が出来るだろうが、今はそんな事を憂いている暇はない。

 前からは優羅が徹甲榴弾を、背後からは気刃で昴が、横から入り込み殴っては離脱する紅葉と三方向から攻撃を仕掛けていく。

 小さき者、と関心を示さない存在ではあるが、こうもいいようにされるのもエスピナス亜種としては歓迎できない。小さく唸ると突如前方で撃ち続けている優羅めがけて疾走を開始した。

 顔を引いて角の先端を優羅へと向けた疾走。予備動作もなく走り出した事で一瞬反応が遅れたが、舌打ちしながら優羅は足元を爆発させながらその場から横へと跳ぶ。何とか回避に間に合い、背後をエスピナス亜種という巨体が通り過ぎていくが、奴はブレーキを掛けながら体を反転させ、口元に力を溜めてブレスのエネルギーを作り出していた。

 

「――ッ、ッ、ヴォルァッ!」

 

 そうしてエネルギーが溜まれば、素早く三連続のブレスの弾が放たれる。体内で生成された猛毒と重酸が混ざり合ったそのブレス。直撃すれば間違いなく命に係わるブレスだ。

 纏まったローブを軽くなびかせながら優羅はまた横へと体を捻りながら跳び、一発は回避した。だが連続で襲いかかるブレス全てを完全に回避は出来なかった。

 一発は足を掠め、一発は体へと襲い掛かってくる。

 

「……ちぃっ!」

 

 舌打ちしながら優羅は咄嗟に左腕に気を纏わせ、薙ぐようにしてそのブレスの弾を殴り飛ばす。気で守られているとはいえそれは猛毒と重酸を含むブレス。腕を覆うガルルガガードの一部は重酸によって溶かされてしまった。

 そこから猛毒が優羅を襲いかかったようだが、これもまた優羅の体内を侵す前に猛毒が一気に無害なものへと分解されていく。名残として少しだけ優羅の腕の一部が変色したようだが、数秒もすればまた白い肌がそこに蘇ってくる。

 それを一瞥して優羅は「やはり異常だな」と心の中で呟く。しかしそのおかげでこんな無茶な真似が出来たといってもいい。普通ならば腕から体へと猛毒に侵されていたのだから。

 無防備にあのブレスを受けるよりはマシ。そう考える事にしよう。

 それにしてもついに動き出した。

 不動の構えを取っていた竜はいよいよ昴達を排除しにかかるのか?

 身構えながら昴達は一度集合し、エスピナス亜種の動きを見逃さぬように睨み付ける。だがエスピナス亜種はまた特に動きは見られなくなった。

 碧眼に浮かび上がった僅かな感情の変化も消え去り、開かれていた口も閉ざされている。あの行動は昴達の攻撃の手を止めるためのものというだけ。そしてまた正面から相対し、昴達の動きをエスピナス亜種もまた観察しようとしている。

 角竜鎚カオスレンダーを強く握りしめながら気を纏わせ、次なる攻撃の準備をしながら紅葉は小さく優羅へと問いかける。

 

「狂化の種はまだ動かず?」

「……ん。エスピナス自身がまだ感情の揺らぎを起こしていない。……いや、僅かには怒りらしきものが揺らいでいるけど、その揺れ幅が小さいから影響なし」

「図鑑によればエスピナスは怒りが高まれば一気に攻撃に転じるが、同時に甲殻も柔らかくなる、とある。何とかそこまで持っていき、一気にやりたいところだが……難しいな」

 

 人族に関心を示さないエスピナスではあるが、彼らとて何度も攻撃されて黙っているほどおおらかではない。関心を示さないように見えてその心は怒りによって蓄積されていき、一定量を超えた瞬間爆発する。

 当然怒り状態へと移行すれば攻撃的になるが、同時にその体へと熱された血が巡り、甲殻を柔らかくさせるという。

 つまりエスピナス相手にダメージを積み重ねたければ、奴らを怒らせなければならない。それは亜種である奴とて同じ事。奴を怒らせれば自分達の攻撃は今以上に通じるだろう。

 だが同時に自分達の危険性も高まるという事になるのだが、肉を切らせて骨を断つ。元から飛竜らと戦う際にはそれくらいの危険が元から伴うのだから。

 しかしそれ以前にエスピナスが怒りを高めないとなれば、そういう現象が起こらないという事になる。となればこの状況は変わらず、ダメージは全然蓄積されない。

 つまりあのエスピナス亜種をその気にさせなければならない。

 ベルキュロスに出来なかったからといって諦めるな。小さき者と侮った相手にいいようにされれば怒りも高まるというもの。実際僅かではあるが怒りの感情が湧き上がっていたじゃないか。

 

「……しかし、攻撃の手は止めない。続行だ!」

「オーケー!」

「……了解です」

 

 昴は左から、紅葉は右から疾走してエスピナス亜種へと接近する。構えられた鬼神斬破刀には、昴の気が纏われて内包している雷属性が音を立てながら発光している。そうして高められた力を解放し、再び雷閃剣を放ってエスピナス亜種を斬る。

 甲殻を浅く斬りはしたが、また出血している事を感じ取ったエスピナス亜種がまた昴へと一瞥する。その隙をついて優羅が徹甲榴弾を再び顔へと射出してまた気を引き、力を溜めた紅葉が腹へと潜り込んで角竜鎚カオスレンダーを振り上げる。

 

「……ッ、ヴル……!?」

 

 何度も同じ場所に強い衝撃を与えられているものだから痛みも蓄積されていく。もう一発打ち込んだ後、体の下から離脱して攻撃を受けないようにする。長く入っているとまたショルダーアタックを仕掛けてくるか、突然の疾走で轢き飛ばされるだろう。

 まだエスピナス亜種はその気になっていない。それでも奴の力は脅威だ。ただ群がる虫を払うだけで簡単に自分に与えられる以上のダメージを相手に与えてしまう。

 自分達はまだ大きな負傷を負うわけにはいかない。全力を出してこないうちから倒れていては話にならない。

 

「…………負傷率、依然とあまり変わらず。その気にさせるしかない、か」

 

 装填、射出を繰り返してエスピナス亜種の甲殻を徹甲榴弾が少しずつ破壊していく。時折目を狙って撃っているが、何となく感じ取っているのか僅かに顔を動かして目に着弾しないようにしているようだ。

 

(……あまりこういうやり方はしたくないけど、やむを得ない)

 

 自分の中にあるこの力を少しだけ使い、目に意識を集中させてエスピナス亜種を睨み付ければ、真紅の瞳が淡く光り始める。それに従って優羅の殺気が少しずつ変化していき、シュヴァルツの気配が混じった相手を威圧するだけにはとどまらない冷たい殺気となって、エスピナス亜種へと襲い掛かる。

 それを受けたエスピナス亜種は、少しだけ碧眼を細めて真っ向から優羅の視線を受け止める。低く唸りながら逆に彼女を睨み返すようにするエスピナス亜種から、狂化の種による影響は感じられない。

 奴の種にシュヴァルツの因子があれば優羅の殺気に反応して力を振るうだろうが、どうやらシュヴァルツの因子がないという事は優羅の目が見抜いていた。つまりこのエスピナス亜種は通常の狂化竜候補。それが昴達にとって不幸中の幸いといえよう。

 でもシュヴァルツの血統による殺気は、大なり小なり飛竜達だけでなく古龍にも影響を与える。奴らは本能でシュヴァルツというものを知っている。

 だから反応せざるを得ない。

 そこに隙が生まれる。

 

「どっせぇぇえええええいッ!」

 

 気を纏わせた角竜鎚カオスレンダーを構えた紅葉がエスピナス亜種の横から跳躍し、優羅が先ほどから撃ち込んでいた場所めがけてそれを勢いよく振り下ろす。インパクトの瞬間まで纏わせた気を先端へと集中させ、叩きつけた瞬間にそれを炸裂させる。

 あたかも鎧が軋みを上げ、破壊されたかのようにエスピナス亜種の頭を守っていた甲殻が砕け、その中にある肉がうっすらと姿を現す。

 だがそこに追撃を加える事はなく、紅葉はすぐにそこから離脱した。

 追撃するのは――昴だ。

 離れた所で鬼神斬破刀を構えていた昴は既に準備を終えている。しかしそれは振り上げているというものではなく、地面と水平になるように顔の横で突きの構えを取るというものだった。後は狙いを定めたままにその鬼神斬破刀を突き出すのみ。

 

「――雷迅閃!」

 

 高めたそれを解放するに従って鬼神斬破刀を突き出せば、槍の如く閃剣が空を走り抜けてエスピナス亜種へと向かっていく。

 まさにそれは雷光。

 ベルキュロスの雷光線よりも細く、しかしそれでいて奴の攻撃に負けず劣らずの力を秘めている。

 それに反応できたのはひとえにエスピナス亜種のポテンシャルの高さによるものか。見開かれた碧眼に含まれていた感情はただ一つ。

 驚き。

 よもやこの自分が命の危険を感じ取るとは思いもしなかったのだろう。だから本能の従うままに顔を背け、昴の放った雷光は背中に着弾するだけに留まった。でも貫通力に特化していたせいか、若干甲殻を貫いて肉へと僅かに届いているようだった。

 

「…………」

 

 エスピナス亜種は沈黙した。だがそれは今までの沈黙とは違う。

 無関心を貫いていた奴には特に纏う空気はなかった。

 しかし今のエスピナス亜種の周囲の空気は少しずつ変化を見せていた。当然昴達がそれに気づかないはずもない。それぞれ武器を構えたまま息を呑み、エスピナス亜種の動きを見守っている。

 その頭から若干流れ落ち始めた血が目元付近へと垂れ落ちた時――

 

 ――空気が一瞬にして温度を下げて震えた。

 

「ヴォルォォォオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 空気だけでなく大地も揺さぶる程の大咆哮。ティガレックスには及ばなくとも、その声量によって空気が震えて風圧を巻き起こし、それにエスピナス亜種の濃度の高い殺気が混ざり合う事で咆哮と風圧による軽度の自身が発生した。

 狂化の種による影響なのか、ただのエスピナス亜種の怒りが高まった影響か。それは判別つかないが、ついに奴はその気になった。

 茶色い甲殻に鮮やかに色づく緑色の模様のような光。それが熱された血液が活性化してエスピナス亜種の体内を巡り始めた証。広げられた翼の翼膜も鮮やかな緑色の模様が浮かび上がり、微かに焦げた部分が点在する背中も同じように模様のように緑が映える。

 それがエスピナス亜種が怒り状態へと移行した事を示すものだ。

 口からは紫と黄色が混じりあったような吐息が漏れ、碧眼はぎらつくように光を放っている。

 

「ヴルルルル……!」

 

 改めて昴達の位置を確認するように視線を巡らせ、標的としたのは……自分に有効打を与えてきた紅葉だった。少し首を持ち上げて紅葉へと狙いをつけると、吐息を漏らしながら口を開いていく。

 それがブレスの前触れである事を覚えた紅葉は風を纏ってそこから全速力で離脱する。力を溜めていたのを中止し、ただ回避に全力を注ぐ。

 

「――ッ、ッ!」

 

 高速で撃ち出される猛毒のブレス。狂いなく紅葉がいた場所を通過し、背後数メートルにあった岩肌に着弾すれば重酸の効果でその部分が溶けている。

 ただの人間である紅葉が受ければ優羅のようにはいかない。装備は溶け、体は猛毒によって侵される。そうなれば戦線離脱は必至。そうでなくとも隙を晒し、そこをエスピナス亜種が容赦なく追撃を加えてくるだろう。

 だから避ける。

 そしてエスピナス亜種が紅葉へと意識を向けている間に優羅と昴は動いた。

 

「……ッ!」

 

 図鑑のデータが正しいならば今のエスピナス亜種の甲殻はさっきと違って柔らかくなっているはず。徹甲榴弾から拡散弾Lv2へと切り替えて射出しながら優羅は再びその目で奴を見据えた。

 

(……変化している。腹、足と変わってないけどそのレベルが低下している。……でも斬の受けるレベルが上昇。腹、頭、首とかなり通用する。打は……腹が少し上昇、頭と背中が一気に上昇、か。一番通用するのは斬。ということは昴が鍵になってる)

 

 弾に対する耐性が少しだけ上昇しているようだが、斬られる事に対する耐性がかなり弱くなっているのが視えた。その事を昴に伝える前に、彼は既にエスピナス亜種の腹へと潜り込んでいる。

 

「はあっ!」

 

 気合一閃。速さを乗せた一振りは問題なくエスピナス亜種の腹を斬り、先ほど以上に傷を作り上げて出血を促した。その手ごたえを感じながら体を捻って両足を薙ぎ、振り上げてもう一度斬り、払いつつ離脱する。

 斬られている事を察知したエスピナス亜種が、足元にいる昴へと攻撃しかけようとしているのを気配で感じ取ったのだ。

 ヒット&アウェイ。

 攻撃しては距離を取り、距離を取っては攻撃するという戦法だ。飛竜という強大な敵を相手にするならばこれくらいの事をしなければすぐに死ぬ。それは基本にして自らの命を守るための戦法。

 例えG級に上り詰めたとしても、この基本をある程度守らなければ死ぬのが狩りというものだ。引き際を誤れば奴らの牙は自分達に喰らいつく。

 

「ヴォルァッ!」

 

 数歩後ろへと下がりながら首を引き、エスピナス亜種は昴がいた場所を狙って頭を下げて角を突き立て、一気に振り抜く。昴が離脱していなければ間違いなく昴を貫いていた攻撃だ。

 だが上がった頭から碧眼がじっと昴を見下ろしているという事に気づいた彼は、舌打ちしながらまた後ろへと跳ぶように下がっていく。エスピナス亜種の攻撃は止まっていない。

 持ち上げた頭から弾丸のように放たれるブレスが昴へと向かっていったのだ。下がっていく昴を追撃するように、顔を持ち上げたままエスピナス亜種は連続してブレスを放っていく。

 だが昴に十分に距離を取られたところで標的はすぐに変更された。自分を狙って拡散弾を撃ち続けた優羅へと顔を向けると、一発反撃するように撃ち、体勢を低くして疾走を開始したのだ。

 攻撃の切り替えが早すぎる。

 昴達はそう感じた。

 今までの飛竜達は一つの攻撃を終えればある程度の休憩があった。ブレスを連続して放てば深呼吸するように数秒はその場に留まる。突進した後もブレスへと繋げる事があるが、その連続攻撃も一、二回すればまた休憩が挟まれる。

 特に大技を繰り出していけば、その反動があるからこそ呼吸を整える。それは人だって変らない。

 しかしこのエスピナス亜種はそれがほとんどない。

 角からブレス、更に連続ブレス、それにとどまらず標的変化からのブレスに突進。呼吸を整えている暇があったのか、と疑う程に攻撃の手が止まらない。

 そして突進のスピードも怒り状態に移行しているせいか、先ほど見せた突然の疾走よりも素早い。来る、と感じ取った優羅は回避へと移行したが、そのあまりの速さに奴が走り出したと認識して二秒という時間が、彼女の完全回避をなかったことにした。

 

「――っ!?」

 

 最悪の展開である突き出された角に体を貫かれる、という事は避けられたが、少し畳まれている翼に轢かれるという事は避けられなかった。体に打ち据えられる翼とその外殻に生え揃う小さな棘が、優羅を守るガルルガレジストに少しだけ食い込んだ。

 幸い翼に生える小さな棘という事もあって、毒はあまり滲み出ていなかったため装備は小さく溶かされるに留まった。だが、エスピナス亜種の疾走速度がかかった事で、強い衝撃が優羅の体に襲い掛かってしまった。

 一瞬呼吸が止まったかのような感覚を覚えながら優羅の体は勢いよく後ろへと飛ばされる。苦い表情を浮かべながらも優羅は痛みをこらえて受け身を何とかとり、地面を滑りながらブレーキをかけて何とか体勢を立て直す。

 だがエスピナス亜種もまたブレーキをかけながら転進し、優羅の背後からまた彼女めがけて角を突き立てる。その切り替えの速さも今までの飛竜達とは比べ物にならない。

 ディアブロスでさえあそこまでの速さで転進はしなかった。ブレーキをかけてからまた走り出す速さもディアブロスより速い。だから体勢を立て直したばかりの優羅は回避行動に移れなかった。

 

「っ、せいっ!」

 

 だから離れた所にいる紅葉が何とかするしかなかった。風魔法で優羅の体を引き寄せてエスピナス亜種の突進から救い出す。いつもの手法だが、だからこそいつも研磨されてその行使する速さも日々加速している。

 誰もいなくなった道をエスピナス亜種が走り抜けるが、すぐにブレーキをかけて紅葉らへと方向転換し、立ち止まる。

 細められた碧眼は真っ直ぐに紅葉と優羅を見据えている。

 その力で自分を傷つける紅葉。

 シュヴァルツの因子を含む優羅。

 エスピナス亜種にとって脅威になり得る存在が二人揃っている。そこを狙い撃ちするのは自然な事だった。

 二人に休息はない。潰せるならばとことん潰していく。それが狩る者のやり方だ。

 

「させんっ!」

 

 しかしこの場にはもう一人いる。鬼神斬破刀を構えている昴が疾走してエスピナス亜種へと接近し、下ろされている翼から体にかけて一閃し、ダメージを与えつつ気を引こうと試みた。

 だがエスピナス亜種はどこ吹く風。甲殻が柔らかくなっているとはいえ、奴の心はそんな事では揺らがなかった。出血していようとどうでもいい。標的は変わらずあの二人。

 

「――ッ!」

 

 開かれている口にエネルギーを集めてブレスを撃ち出し、二人はそれから逃れるためにそれぞれ走り出す。それを確認すると、今度は首を引きながら静かに力を溜め始めた。

 足元にいる昴もそれに気づき、離脱しようとしたが震える尻尾が昴の逃走を止める。

 

「っつ、な……!?」

 

 首、足に力を溜めながらエスピナス亜種は尻尾と翼を震わせていた。それだけで昴にとっては小さなダメージになり得る。なぜならばどちらも棘が生え揃い、震わせるだけでその棘が昴に襲い掛かってくるからだ。

 それだけで昴は体勢を崩し、足は止まる。その分だけエスピナス亜種が力を溜め続け、危険は増していく。それに気づかない紅葉と優羅ではなかった。ローブから閃光玉を取り出した優羅はエスピナス亜種の視界へと放り投げるが、力を溜めていたエスピナス亜種はすぐに目を閉じてその強い光の影響を避ける。

 

「……な、に?」

 

 閃光玉というものを知っている、だと? あるいはあの玉が持つ効果を察知したのか?

 何にせよ閃光玉での足止めは通用しなかった。ならば昴を助け出すために、と紅葉は右手を振るって風を操り、昴をエスピナス亜種から引き離そうとした。

 だがそれと同時にエスピナス亜種の目が見開かれ、溜めこんだ力を解放するように足を踏み出す。足元から離れたため轢かれるようなことはなかったが、優羅と同じように翼によって撥ね飛ばされる。

 その昴に気を留めず、エスピナス亜種は昴を助けるためにスピードを落としている紅葉に狙いを定めて頭を低くしたまま接近し、勢いよく引いた頭を突き上げた。

 

「くぅ……っ、のぉ!」

 

 迫りくる凶器の角から逃れるために必死に後ろへと下がったが、わき腹付近が薄く角の先端が切り裂いていく。だがそれだけでも勢いの乗った角の先端による威力はバカにならない。

 最近作ったばかりとはいえ上位のラヴァUシリーズが裂かれる。スキルの防御上昇【小】も発動し、若干強化もしているというのにこれだ。

 あとは回避性能+1の恩恵もあっただろう。攻撃を回避する、という行動を後押ししてくれるスキルであり、それもあったからこそ被害を最小限に留められた。

 でも角が目の前を通り過ぎたからといって安心したのが間違いだ。振り上げた勢いでエスピナス亜種の体はそのまま捻られる。それに従って長い尻尾が勢いが乗ったまま振り回され、横から紅葉を襲いかかり、彼女の体は吹き飛ばされた。

 

「くっ……うぅぅ……!?」

 

 体に襲い掛かる強い衝撃。ラヴァUメイルに尻尾の棘が突き刺さった事で僅かにその周囲が溶けているが、それ以上にエスピナス亜種の力が異常だ。

 そのまま崖下に落とされそうになるのを気力で意識を繋ぎ、受け身を取ってブレーキをかけて止まってみせる。足と手の力で強制的に体が滑るのを止め、何とか崖付近に足がかかる所で停止。

 その強引な力がなければそのまま崖下へと落下しただろう。

 

(なんて奴……あれで、狂化してないっての!?)

 

 あれだけの攻撃性を見せつけておきながら、優羅曰くまだ狂化の種は待機状態。つまり理性ある状態であそこまでの力を振るっている。すなわちエスピナス亜種という種族が持ちうる力を見せつけているだけに過ぎないのだ。

 その事に戦慄を覚える。

 今までの飛竜種とは全然違う。

 さすがは古龍種と渡り合い、生存競争に打ち勝った種族だけある。

 そんなエスピナス亜種は体を捻ったまま両翼を広げ、強く大地を踏みしめて回る体を止める。そうして止まれば地面に体を伏せたままの紅葉と正面から向き合う事になる。ということはブレスを撃つ構えを取れば、間違いなく紅葉はブレスに飲み込まれる。

 それを感じ取った優羅がエスピナス亜種の顔めがけて拡散弾Lv2を射出し、奴はじろりと碧眼を動かして迫りくる拡散弾から顔を背ける。

 だがそれを予測し、徹甲榴弾Lv3を装填して首元や体めがけて射出しながらエスピナス亜種へと接近していく。そうする事で紅葉から意識を逸らそうと試みる。

 翼に轢かれた昴もまた咳き込みながら起き上り、エスピナス亜種へと視線を向ける。翼でこれだ、体全体……特に角に突き上げられれば間違いなく危険ラインに入る。

 角に体を貫かれる、という点で不意にタイタン砂漠のディアブロスの事を思い出した。あの時は左肩を貫かれ、死を覚悟したものだ。

 しかしエスピナス亜種の角に貫かれればただ負傷するだけでは止まらない。体内に侵入した猛毒によって中から命を脅かしてくる。例え同じように左肩を貫かれたとしてもそれはただの負傷にはとどまらない。

 

「けほ……、止まってはいられない、か。……標的から外されているというのはある意味救いと考えるべきか。接近ぐらいならば問題なく行えるのだから!」

 

 エスピナス亜種が昴を脅威と認識していないのは彼自身もわかっていた。自分はエスピナス亜種に対して普通に攻撃は出来る。鬼神斬破刀は柔らかくなった奴の甲殻を斬れるようになっている。

 でもそれまでだ。

 紅葉は破壊力でエスピナス亜種の甲殻を砕き、奴の意識を一気に紅葉へと引き寄せてしまった。

 優羅は優羅で血統そのものがエスピナス亜種を脅かしかねない。本能が危険だと囁くのだろう。だから標的にしている。

 でも昴はそうでもない。傷つけてくることは可能だが、だからといって脅威とは感じない。あの雷迅閃は確かに危険だと感じたようだが、それ以外はそうでもない。

 だからエスピナス亜種は昴を対象から外していた。後で相手にしても問題ないと認識したのだ。

 潰すべき存在は別にある。そうすればこの戦いは自分の勝利となる事を頭の中で導き出した。

 その考えを逆手に取り、昴は二人へ意識を向けているのをチャンスとしてエスピナス亜種へと深手を与えようと考えた。しかし悲しいかな、自分の腕が未熟なのかただ傷を与えるだけにしかならない。

 もちろん昴の腕が悪いというわけではない。武器が悪いというわけでもない。

 彼も上位ハンターとなって各地を回り、腕を磨いてきている。彼は紛れもなく上位ハンターであり、優羅との修行の甲斐もあってまた成長している。

 以前の火山クエストのおかげで鬼斬破もついに鬼神斬破刀へと進化し、性能も上昇。武器としては申し分ないものだ。

 だが――それでもエスピナス亜種にとっては有象無象の敵の中では虫けらでしかない。昴など他のハンター達と同じく小さき者でしかない。紅葉と優羅と違い、自分の命を脅かすほどの脅威を感じさせない。

 

 だから――眼中にない。

 

「おおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 鼓舞するために声を張り上げ、気刃斬りを振るって翼、両足、腹と連続して鬼神斬破刀で斬っていく。鬼神斬破刀がエスピナス亜種の甲殻を斬るにつれて内包されている雷属性が効果を発揮し、出血している部分や斬った際にエスピナス亜種へと電気を流し込む。

 ベルキュロスが遺した雷撃の影響もあり、それと結び合って相乗効果や追い打ちも発生しているようだが、それでもエスピナス亜種は動じない。

 視線は接近してきた優羅へと向けられ、顔付近まで迫れば身を乗り出して噛みつきにかかる。それをやり過ごしつつ至近距離での散弾。小さな破片が目の前で散らばれば反射的にエスピナス亜種は目を閉じてしまう。

 その隙をついて跳躍し、拡散弾を装填して背中を一気に破壊するように何度も何度も引き金を引いてばら撒いていく。背中に着弾する度に拡散弾の破片が散らばって背中で爆発を起こしていくが、視線が優羅の動きを追っていくだけだ。

 そして爆発しているのは背中だけなので足元にいる昴に影響はない。だから彼はまだ鬼神斬破刀を振るえる。

 

「錬気、解放!」

 

 気刃斬りを連続して行ったため、鬼神斬破刀を纏う錬気は最大出力を発揮している。これが他の飛竜と違う事で助かった事といえよう。

 他の飛竜ならば足元で何度も斬っていれば鬱陶しくなって攻撃してくるが、このエスピナス亜種が昴を眼中に置いていないために彼を振り払う真似をしなかった。

 だからここまでの攻撃が出来る!

 

「雷刃――斬破!」

 

 纏われた錬気と昴の気、内包されている雷属性の呼応。全てが混ざり合って新たな刃となる。

 

「俺を……舐めるなぁぁあああ!!」

 

 それは昴の咆哮。彼の事など眼中にない、と侮ったからこそこうして牙を剥く。小さき者でも十分脅威になり得ることがあるという事を思い知らせてやるのだ。

 鬼神斬破刀から伸びた雷属性と気で構成された第二の刃は、エスピナス亜種の体内へと侵入し、鬼神斬破刀を振るう事で一気に内部から外へと向かって斬り裂く。

 

「ヴォオオオオオオッ!?」

 

 流石にこれにはエスピナス亜種といえども動じない事はなかった。刃による斬撃と高められた雷属性による焼き切り。二重の苦痛が体内を走り抜け、たまらずたたらを踏んで体勢を崩しかける。

 しかし昴は止まらない。気を纏わせたまま両足を薙ぎ、振り上げてもう一度腹から掻っ捌く。襲い掛かる第二波もエスピナス亜種は受けるしかない。しかし第三波までは受けるわけにはいかないと、足元にある昴を撥ね飛ばすようにショルダーアタックを仕掛ける。

 その前兆として体を引く、という事を気づいて昴はエスピナス亜種の足元から走り抜けて離脱し、それをやり過ごす。

 

「よし、これで体力も結構減らしただろう」

「……ええ、生命力がこれで74%です」

「…………何?」

 

 あれだけの攻撃をしてまだ74%?

 しかも昴達の前にベルキュロスからあれだけの攻撃を受けていたのに? どれだけ生命力があるというのか。

 だが冷静になって考えてみると、あの時のエスピナス亜種の甲殻は硬かった。そのおかげでダメージを抑え込んでいたのかもしれない。もしあの状態から怒り状態になっていたとすれば、もう少しダメージがあったかもしれないが……それは仮定の話だ。

 もうベルキュロスは脱落している。奴の力はもう借りられない。

 

「ヴルルルル……!」

 

 エスピナス亜種は怒りに燃える瞳で優羅と昴を睨んでいる。その視界には優羅だけ……というわけではなさそうだ。今まさに自分を負傷させた昴もついに眼中に収めたのかもしれない。

 一矢報いる事が出来た。それを実感させる展開だ。

 そのおかげで紅葉も体勢を立て直し、角竜鎚カオスレンダーを構えてエスピナス亜種へと位置を取っている。奴の標的があの二人になったのならば、今度は紅葉が攻め込めるチャンスが生まれた事になる。

 そうだ、こうして二人が標的(おとり)となってエスピナス亜種を引き付け、一人が一気に攻める、あるいはヒット&アウェイでダメージを稼ぐ。

 強く角竜鎚カオスレンダーを握りしめて攻め込むチャンスを紅葉が窺っていると、エスピナス亜種は軽く首を引いて走り始めた。そのスピードは全力ではないという事が見て取れる。

 しかしそれでも避けなければならない。足に力を篭めて二人は飛び退くようにエスピナス亜種の突進を避けたが、わかっていたことのようにエスピナス亜種は転進しながら尻尾を振るう。

 

「ふっ!」

「……はっ!」

 

 大木のように太く硬く、何より小さな棘が生え揃う尻尾。震わせるだけで昴達にとってはダメージになるそれが勢いよく振り回されるだけで昴と優羅は必死に避ける。

 

「ヴルルル!」

 

 その中で優羅は避けながら弾を装填し、エスピナス亜種に向き直って後ろに跳びながら貫通弾Lv3を射出していた。それに感づいたエスピナス亜種は致命傷になるものを薄く避けながらまた疾走し、勢いをつけたまま体を捻って一回転。

 

「……ッ!?」

 

 バック転へと切り替えて高く跳躍する事で頭の下を通り過ぎる翼を感じとりながらも、カンタロスガンを構えて背中を貫くように引き金を引く。

 上に逃げた事を感じ取ったエスピナス亜種が引きずり落とそうと角を振るい、ブレスを撃ち出すも、空中でも爆発を応用する事で移動する事が可能な優羅を捉える事は出来ない。

 カンタロスガンからメイルシュトローム改へ、貫通弾Lv3から散弾Lv3へと切り替えて弾の嵐を振らせれば、少々脆くなってきた背中の甲殻の亀裂が増えてくる。

 そしてエスピナス亜種が上を向いている間に昴と紅葉が飛び出し、それぞれ翼と足を狙って攻撃を仕掛けていく。

 

「ヴォルルルル!」

 

 翼をはためかせ、ショルダーアタックを繰り出して群がった二人を引き離そうとするも、予備動作を感じ取って一時離脱し、また接近して傷を負わせていく。優羅も変わらず頭上を取り、散弾と拡散弾を撃ち込んでまた甲殻を脆くさせていく。

 どうやらパターンに入ったようだ。それをエスピナス亜種も感じ取ったらしい。

 低く唸ると深く息を吸い込んで身構え始める。鎌首をもたげ、翼を畳んで佇む、という風だ。それを見た優羅ははっと息を呑む。その構え方は図鑑でも説明されていたものだ。

 あれはベルキュロスに止めを刺したエスピナス亜種の全力攻撃の一つ。その証拠に薄く開かれた口の奥に凄まじい勢いでエネルギーが集まっているし、纏う空気もさっきよりも冷たく深みを増している。

 

「……二人とも離れてッ! 全速力でッ!」

 

 叫ぶと同時に自分も後ろへと勢いよく跳ぶように足元を爆発させて、エスピナス亜種から距離を取る。二人もまた攻撃の手を止め、それぞれ背後へと走り出した。優羅があのように慌てて叫ぶからには、このまま逃げ出さねば命の危険があるという事を悟らせる。

 だがエスピナス亜種も容赦ない。逃げ出していくのを感じ取った時、溜まりに溜まったエネルギーを解放するために勢いよく跳躍し、地面に向けてそれを撃ち出した。

 

 瞬間、轟音が周囲を包み込んだ。

 

 爆弾が爆発する、というものじゃない。エネルギー弾が撃ち出された際の甲高い音が聞こえたかと思うと、耳を劈く程の爆発音と異臭。そして響き渡る地響きと散らばった瓦礫。

 それが背後から聞こえてきたと認識するよりも早く、背中に叩きつけられる爆風と熱波。それに煽られて三人の体は紙のように吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 

 特大ブレスの爆発。

 

 それを今頃になって認識した。何度も体を強制的に叩きつけられて地べたを這いずるしかない昴達を、ブレスの反動で宙で羽ばたくエスピナス亜種が見下ろす。碧眼は相変わらず敵意が宿っているようだが、それだけでなく地に伏す昴達を見下しているかのような色合いが浮かんできている。

 

 ここまでか。

 

 そんな言葉が聞こえてくるかのようだ。

 更に無情にも羽ばたくエスピナス亜種の口元からまたエネルギーが圧縮され始めているのが感じられる。

 

「ぐ、う……、まだ、だ……!」

「まだ……終わってない……!」

「……アタシ達は……やれる!」

 

 だがそれでも昴達の心は折れていない。直撃を受けていないが、それでも爆発の余波だけでここまでのダメージだ。装備が守ってくれるとはいえ、宙を舞い、転がされれば痛みがはしり抜けるし、爆弾とは違うあの熱波が体に叩きつけられればたまらない。

 猛毒と重酸が混じりあい、高められた熱エネルギーの爆発であれだ。着弾地点の周囲は破壊と溶解が同居している。直撃すれば悲惨な最期を遂げるだろう。

 それを想像すれば恐怖に心を震わせてしまう。

 しかしそれがどうした?

 そんな事は今更だ。

 昴達は立ち上がる。心はまだ折れていない。

 だがそれでも状況は最悪だ。一時撤退を考えなければならない。このまま続行しても状況が好転するとは考えられなかった。だから撤退し、立て直しを図ろう。そうアイコンタクトと手の指でサインを出すと紅葉と優羅は静かに頷いた。

 

「ヴォルルル!」

 

 着地と同時に昴と優羅を巻き込むような大きさをしたブレスが放たれ、二人は痛む体に鞭打って走り出す。

 

「散開!」

 

 そう声を掛け、エリア3へと続く道に向かって走り出すが、それを視線で追ったエスピナス亜種が昴を追うように走り出した。人の疾走と飛竜の疾走。普通ならば飛竜の方が速く、人は追いつかれる。

 人もまた身体能力を上げ、気を込めれば飛竜をも超える速さを手にすることが出来るのだが、怒り状態となっているエスピナス亜種の疾走はそれをも超える。

 背後から迫ってくる殺気に気づき、昴は急激な方向転換を試みる。真っ直ぐにエリア3へと向かうところを左に転身、エリア2へと向かっていた優羅と合流するように走り続ける。

 当然エスピナス亜種も急ブレーキをかけ、追跡を続行したが、昴の背後に横から投げ込まれた一つの玉に気づいて息を呑む。

 辺りを包み込むような強い光。備えていなかったエスピナス亜種は目を閉じるも、視界を塗り潰す白い世界を感じずにはいられない。だがそれでも奴は走り続けた。光が辺りを包もうともただ敵を討つ、という意志で走り続けたのだ。

 止まらないエスピナス亜種に閃光玉を投げた紅葉は苦い表情を浮かべる。そう易々と離脱させてくれないとは思ったがここまでとは。

 

「ヴォォォァァアアアア!!」

 

 ほんの数秒で追いつかれ、体を回転させることで薙ぎ払うかのように角と尻尾で昴と優羅を捕えようとする。危険を察知した昴は体を低くして頭上を通り過ぎた尻尾をやり過ごす……が、続けて襲い掛かってきた翼を叩きつけられる。

 優羅もまた角もやり過ごすも、体全体でタックルを仕掛けてきたため、それを回避する事が出来ない。それぞれボールのように壁へと叩きつけられ、完全に足止めが成功する。

 

「昴! 優羅ッ!」

 

 無事なのは紅葉のみ。急いで二人を救出しようと接近するも、二人を視界に収めながらエスピナス亜種が尻尾を振るって紅葉の接近を許さない。しかもただ振るうだけでなく、勢いよく地面に叩きつけることで振動を発生させ、足元を崩そうとしている。

 

「ゴアアァァァァ…………」

 

 鎌首をもたげ、また大きく息を吸い始めるエスピナス亜種。またあの特大のブレスを放とうというのか。しかも倒れている二人だけでなく、助け出そうとしている紅葉をも巻き込むという算段で。

 

「……せない」

 

 ぎりっ、と唇を噛みしめながら紅葉が呟く。ただのブレスならばどうにもならなかっただろうが、溜め始めるというならばまだチャンスがある。角竜鎚カオスレンダーを握りしめ、怒りにまかせて紅葉は跳躍し、その顔めがけて勢いよく角竜鎚カオスレンダーを叩きつけてやる。

 その衝撃にのけ反ったエスピナス亜種だが、すぐに体勢を立て直して逆に紅葉を睨み付けた。口元に力を溜めながら宙に舞う紅葉を狙うように角を振るうが、風を操る彼女は優羅以上に空中移動が速い。

 

「ぁぁぁぁあああああ!!」

 

 口にエネルギーを溜めているならば、その口に衝撃を与えて誤爆させてやる。修羅の如き表情を浮かべながら角竜鎚カオスレンダーを振るえば、狙い通りにその頬を殴り飛ばしてやった。

 瞬間、口内に溜まっているエネルギーが衝撃を受けて爆発を起こす。

 

「グルォォォァァァアアアッ!?」

「まだまだぁぁあああ!!」

 

 衝撃にのけ反る首を殴り上げ、頭上を取って叩き落とす。絶対にエスピナス亜種の攻撃はやらせはしない、と怒涛の攻めを見せる紅葉だが、昴と優羅はまだ体に襲った衝撃の強さに苦悶の表情を浮かべている。

 あの二人は紅葉と違い、身を守る装備は下位の物。強化こそ行っているが、それでも上位装備には若干届かない。しかも優羅に至ってはガンナー装備という事もあって剣士装備より防御力が低い。

 気の鎧で一瞬身を守ったとしても体に襲い掛かった衝撃が強い事には変わりない。

 呼吸は詰まり、消化している夕食が逆流しそうな感覚が襲い掛かり、手足は力があまり入らず震える。頭も強く打っただろうか、視界がおぼつかず、くらくらしそうだ。

 でも立たなければ……。

 立たなければこのまま自分達はやられる。それだけは避けなければならない。

 

「……ぐ、ぅぅ……優羅……大丈夫、か?」

「…………、な、なんとか……、けほ……。……紅葉は?」

「あそこだ……。何とか、時間を……稼いでくれてる、ごほっ」

 

 咳き込み、ふらつきながらも昴が立ち上がると、離れた所で倒れている優羅も同じようにふらつきながら立ち上がっていく。頭を押さえているところをみると、彼女も頭を強く打って視界が曖昧になっているんだろう。

 

「先に……離れておけ」

「……いえ、昴が先に、く、ぅ……」

「お前の方が危険だ。俺はもう何とか、なってきている。……離脱しろ」

 

 少し強く言い聞かせてやれば、苦悶の表情を浮かべながらも小さく頷いたように見えた。おぼつかない足取りでエリア2へと消えていく背中を横目で見送ると、エスピナス亜種とやりあっている紅葉に向かって左手を挙げてサインを出す。

 

(優羅が離れた。よし、あたしも……)

 

 視界の端で離脱成功のサインを確認し、紅葉も急降下して離脱しようとした時、エスピナス亜種が突然跳躍した。しかも強く羽ばたいた事で強風が発生し、それで紅葉のバランスが崩れてしまう。

 

「ん、な……っ!?」

 

 風圧に対するスキルがあるとはいえ、これは鳥竜種などが起こす弱めの風圧から身を守るものだ。大型の飛竜が起こす風圧までは守ってくれない。

 自分に影がかかるのを感じ、視線を動かしてみればエスピナス亜種の傷ついている腹が見えた。完全に奴は紅葉の頭上を取っている。

 

「紅葉ッ!」

 

 地上で昴が叫んだのが聞こえたかと思うと、今まで自分がされたことをやり返すようにエスピナス亜種が翼を勢いよく叩きつけてきた。頭にかかる今まで以上の衝撃。悲鳴を上げる間もなく紅葉の体は彼女がそうしようとした以上の速さで急降下。

 更にそのまま止まる事はなく、軽く数センチは彼女の体が弾み、何度か地面に叩きつけられるようにしてようやく勢いが殺されて止まる。そこにあったのはばったりと地面に転がるだけの赤い物体。

 手足は投げ出されるかのように動かず、彼女の手にあった角竜鎚カオスレンダーも彼女の傍で転がるだけ。まるで死んだように動かない彼女を見て昴はギリッ、と歯を食いしばって呆然とする事だけは避けた。

 叫びだしたくなるのを無理やり抑えこむ。

 エスピナス亜種へと特攻しそうになる体を無理やり抑えこむ。

 沸々と湧き上がる怒りに任せて行動しそうになるのを無理やり抑えこむ。

 

 ――でも抑えきれなかった。

 

 口から吐きだされるのは自分の不甲斐なさを嘆く言葉。

 

「くそっ、くそくそくそくそッ!!」

 

 冷静さを失い、事実を認めたくないと固まる体を動かして彼女の下へと近づく。だがエスピナス亜種は待ってはくれない。何度か羽ばたいた後、昴達を見下ろしながら着地し、軽く地面を蹴る準備をするように一度左足で地を擦る。

 

「ちっくしょうが……っ! こんな所でぇっ……!」

 

 彼らしくない苦悶の言葉。冷静さが失われている証拠だった。彼女の下に到着したからといって何か出来るわけではない。優羅は既にエリア2へと離脱している。

 彼女を先に行かせるのは早計だったか?

 そんな後悔する暇さえない。

 現実はいつも無情だ。ぎらつく碧眼をしっかりと二人に向け、エスピナス亜種はいよいよ二人を撥ね飛ばそうと走り出す。

 終わった。

 そう思うのも仕方がなかった。どう考えても詰んでいる。

 

 

 でも――現実は時に優しくもある。

 

 

 エスピナス亜種の横から複数の何かが飛来してきたのだ。それは顔、首、背中と接すると勢いよく爆発を起こした。あの特大のブレスによる爆発とはまた違った耳を劈く轟音。

 突然の横やりにたまらずエスピナス亜種の足が止まり、また飛来してくるそれが追い打ちをかけてくる。今度は顔と足だ。

 顔を狙っているのはやはりその視界を潰すためだろう。明らかに足止めを狙った横槍だった。

 一体誰だ?

 あれは見間違いでなければ大タル爆弾だった。それが宙を飛ぶ、だと? 意味がわからなかった。

 エスピナス亜種だけでなく昴もまた虚をつかれたようで、彼の表情は呆然としている。

 

「――ぼさっとするな! その女を起こせ!」

 

 どこからともなく聞こえてきた少女らしき声。続いて聞こえてきたのは大地を疾走する音だった。

 声がした方へと視線を向ければ、崖を勢いよく駆け下りてくる褐色のモンスターが見えた。次いでまた飛行してくる大タル爆弾。

 

「グオオオオォォォォ!?」

 

 たまらずエスピナス亜種が後退する。その隙をついて褐色のモンスターがエスピナス亜種の前を走り抜け、昴達の傍で立ち止まる。

 

「そらっ、ここに乗せろ!」

 

 見ればそれはローブを纏ったアイルーだった。一体誰だ? と思う間もなく、今はその言葉に従って紅葉を起こして褐色のモンスター、サラマンドラの上に乗せてやる。

 

「よし、サラ!」

「グルッ!」

 

 手綱を操ってサラマンドラを走らせてエリア2へと疾走していき、昴も角竜鎚カオスレンダーを手に取って広げたローブへとしまうと、後を追うように走り出す。

 背後ではエスピナス亜種が低く唸り声をあげ、逃がさないとでもいうかのようにブレスを連続して放ってきた。

 だがアイルーはそれを察知してローブの中へと手を入れ、数枚の札を取り出して背後へと投げつけてやる。

 

「障壁展開!」

 

 彼女の言葉に従って宙を舞う札がそれぞれ陣形を作るように停滞し、見えない壁を作り上げる。それに阻まれてブレスは空中で爆発し、逃げる昴達から守ってくれた。それを見てまたエスピナス亜種は驚きと苛立ちを同居させた碧眼を少し大きく開く。

 

「ヴルルル……ヴォォォォオオオオオオッ!!」

 

 とどめを刺せない事を悟ったらしく、天を仰いで咆哮を上げる。それを耳に感じながら昴達はエリア2へと撤退を辛くも成功させたのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。