エリア2へと撤退した昴達を迎えたのは、壁にもたれかかって呼吸を整えている優羅だった。最初に姿を見せたサラマンドラに気づいて一瞬驚いたような目をしたが、背中に乗せられている紅葉とついてくるように走ってきた昴に気づいた
「……紅葉!? 一体……何が?」
「……説明は後だ。ここからも離れるぞ。安全とは言い難いからな……」
苦い表情を浮かべたまま昴がそう言うと、優羅は一度紅葉とサラマンドラのサラ、そして手綱を握りしめているアイルーの焔へと視線を巡らせ、小さく頷く。
向かう先はベースキャンプ。
体勢を立て直すならばそこ以外に適した場所はなかった。
ベースキャンプへと戻ると、サラから紅葉を下してベッドへと寝かしつける。彼女はまだ意識を取り戻しておらず、優羅が手早くラヴァUシリーズを外してインナー姿へとしてやる。
すると焔が優羅と並び、軽く紅葉の様子を見る。
「頭を打ったことによる脳震盪、あとは全身打撲。となると……これ」
ざっと容体を診るとローブの中から必要な物を取り出していく。彼女もある程度の医療技術を持っており、ローブの中には手当てに必要な最低限の物が入っているようだ。
まずは冷水とタオルを用意し、それを濡らして紅葉の頭へと乗せてやる。続いて打撲に効く薬を用意し、それを紅葉に塗っていく。その様子を優羅は見守り、昴はテントの外で待機していた。
しばらくして手当てを終えると焔は一息つき、「後は寝かせておくこと」と口にしてローブへと薬などを仕舞っていく。そのままテントを出て待機している昴へと「手当は済んだ」と声を掛けた。
「……感謝する」
「いい。焔は言われてここに来ただけだから」
「言われた? 誰に?」
「獅鬼」
自分が来ることになった経緯を焔が説明すると、テントの中から出てきた優羅も交じって話を聞く。獅鬼がココット村に到着し、昴達の事を聞いた後オルド峡谷の異変について焔が情報を持っている事が判明。
探索アイルー達が届けた情報により狂化竜候補がエスピナス亜種だという事を知り、昴達ではまだ危険だということで焔が援護として派遣された。
そこまで話を聞くと昴と優羅はじっと焔を見下ろす。
見た目は普通のアイルー達と何ら変わりない。茶色い地毛に黒ぶちという毛並みという普通なものだが、少し毛先が跳ね回っているのが特徴だ。真紅の瞳がじっと二人を見上げており、しかしその瞳にはあまり感情がみられない。
いや、ぶすっとしたような表情を浮かべてはいるものの、それが素らしいという事が何となく窺える。それに以前ドンドルマで全員集まった際にこの焔を見かけた事があるような気もする。
「焔……でいいのか?」
その問いかけに彼女は小さく頷いた。
「ギルドアイルーというわけではなさそうだな。神倉獅鬼と知り合いのアイルーという認識でいいのか?」
「それでいい。焔は情報収集、戦いをこなすアイルー。そして特例としてクエストに同行する事も許可されてる」
「特例?」
「そう。焔はお前達を援護するために派遣されたわけ。つまり、今回の一件に参戦する四人目のハンターと認識してもいい」
ドンドルマの一件でも焔は紅葉達に混ざって戦いに参戦していた。くろねこハンマーを振り回し、大タル爆弾をどんどん投げつけることで援護したものだ。しかし街の中で戦っていたため、外でラオシャンロンらと戦っていた昴と優羅はそれを知らない。
首を傾げながらじっと焔を見下ろす昴の視線を感じ、じろりと睨み上げながら腕を組み、不機嫌そうな雰囲気を放ち始めた。
「あ? 何? 疑ってんの?」
「いや……そういうわけじゃないんだが……オトモアイルー、というものがあったな、という事を思い出してな」
「……ああ、まあ、そういう認識でも構わない。表ではそれで通しているから」
表ではって……裏では何をしているのだろうか、と気になったが、獅鬼の知り合いという事もあって何となく訳ありなのだろうと結論付ける事にする。何となくあの人達に関する事は余計な事を訊けば藪蛇のような気がした。
それにただのオトモアイルーならば通常ハンター三人がクエストに参加していると、連れていけないというルールがある。ハンター一人にオトモアイルー一匹、ハンター二人にそれぞれのハンターのオトモアイルー一匹ずつ、という決まりがあるからだ。
今回は恐らく緊急という事もあって特例とやらを適応したのだろうか。気になるところだが、実力があるというならばこの援軍はありがたい。
「ま、今回だけの縁かもしれないけど、焔も戦う事になったんで」
「ああ、よろしく頼む」
昴が手を差し出せば、焔も組んでいた右手でその手を叩いて応える。ちらりと優羅を見れば、彼女はテントの布に軽くもたれかかりながら二人の様子を見守っているだけだった。
彼女の事は聞いているので焔も特に何も言わずに昴を見上げる。
「で、どうすんの? あの紅葉とかいうの、しばらく寝かせておかないといけないけど」
「……負傷はどれほどのものだ?」
「命にかかわるものじゃない。たぶんラヴァUシリーズとあれの咄嗟の防御術で命を繋いだといってもいいかもね。内臓や脳の異常が見られなかったのはたぶん奇跡。でも、戦線復帰して無茶をすればどうなるかまでは焔にはわからない」
獅鬼にある程度の医療技術を仕込まれているらしく、彼女もギルドで働く医療アイルーや救護アイルーに近しいくらいの知識はある。その上での見立てだ。ある程度は信用してもいいかもしれない。
それにきっと紅葉は戦線復帰をしてくるだろう。彼女の性格を考えればここで離脱、という選択をするとは思えない。
昴は考える。
このまま戦いを続行するべきか、と。昴も回復薬グレートを飲みながら待っている間に一応軽く手当てはしてある。自己分析ではあるが、戦う分には問題ない。少し休めばある程度体力も戻るし、フルフルDシリーズは打撃的なダメージに強い。
角で切り裂かれればまずかったが、衝突系のものならばこの装備はきちんとダメージを軽減させてくれる。だから優羅と違ってすぐに立てたといってもいい。
「…………」
ちらっと優羅を見てみる。相変わらず無表情なようだが、エリア2に移動した際に軽く手当てをしていたらしく彼女も少しは回復しているようだ。わかりにくいが、何となくその無表情の奥に潜むものを読めるようになっている昴は、本当に回復しているという事が読み取れた。
しかし昴と同じく全快というわけではない。あくまでも応急手当であり、戦う際に全力を出せるとは限らない。
焔を加えたといっても自分達の戦力はプラスマイナスがかかっているだろう。
「紅葉の様子を見てもいいか?」
「どうぞ」
一息ついた昴は焔にそう訊き、焔は手で示しながら許可を出す。小さく会釈すると昴は中へと入っていき、ベッドで寝ている紅葉に近づいて携帯椅子を引っ張ってきて着席した。
相変わらず眠ったように動かない紅葉は一定のリズムで胸が上下している。インナー姿のままだがその体には布団が掛けられており、そこから僅かに包帯が覗いているため、それが体に巻かれているというのがうっすらとわかる。
(……久しぶり、だな。こういうのは)
こういう状況になったのはなにもこれが初めてではない。幼い頃はまだまだ自分達の実力は未熟で、時に大怪我を負ってクエストをリタイアしたこともざらではない。それは昴という事もあれば当然紅葉という事もある。
例えばブルファンゴに轢かれた事。新米ハンターが受理できる討伐クエストであり、ブルファンゴの群れに挑むというものだが、これがなかなかやっかいだ。一匹一匹を相手にする分にはまだいいが、複数を相手にすれば縦横無尽に駆け回るものだから対処が難しくなる。
幼い頃から冷静さがあった昴は何とか軌道を読んで対処していったのだが、紅葉は幼いだけでなくトラウマの一件もあり、感情制御があやふやだったことも相まって苛立ちを爆発させて暴れ出した。
それでブルファンゴを倒していったのはいいのだが、それでノリにのったのが間違いだった。背後から迫ってきた一匹のブルファンゴに撥ね飛ばされ、更に横から突っ込んできたもう一匹にも撥ね飛ばされて大怪我を負ってしまった。
咄嗟にモドリ玉を準備して撤退したのが幸いだった。あのまま現場に残っていればもう駄目だったかもしれない。
しかしその一件で紅葉の腕、足と負傷してハンター稼業を休むことになってしまった。その責任を感じて紅葉は大泣き、昴もまた紅葉にこれほどまでの怪我を負わせてしまった責任を感じて暗くなる、と二人して鬱になってしまった一件だった。
だがこの一件があったからこそ回復した紅葉は鍛錬にのめり込み、めきめきと実力をつけてきたという事もあるのだが。彼女にとってはただ失敗するだけでは終わらなかったという思い出でもある。
(……助けられて、こいつに無理をさせてしまう。まるで変わらないな)
どちらかが大怪我を負うというというのはハンターのコンビとしては珍しくもなんともない事だ。狩りに絶対なんてない。時に失敗し、それが大きな負傷に繋がるというのはこの世界ではよくある話。
でも昴の頭の中に浮かんだのは過去の狩りの出来事。その中でも自分のミスで紅葉にフォローされ、そんな彼女が負傷するという出来事だ。
ハンターとして経験を積むにつれて自然と自分達の役割が決まってくる。
快活という性格を固め、ハンマーを手にした紅葉が先陣切って攻め立てる。冷静さを磨いて状況把握し、時に攻め、時に援護するという戦い方をする昴。
それぞれのスタイルを確立させ、それを高めていく。それは間違いではなく、二人の持ち味をそれぞれ伸ばしていく事が成長に繋がっていった。
でも子供という事もあって失敗はつきものだった。また経験不足というのもついてまわり、クエストリタイアの回数も少しずつ増えてきた。
飛竜の登竜門であるイャンクックを討伐し、たぶん二人は浮かれていたんだろう。ゲリョス討伐クエストで大きな失敗を犯してしまった。
ゲリョスの体はゴムのような皮が覆われており、打撃の衝撃を吸収しやすいものとなっている。反して斬撃に弱く、切断系の武器は相性がいいという飛竜だ。つまり紅葉にとっては相性が悪く、昴にとっては相性がいい。
そのためこのクエストは昴が前線に立って戦うというやり方で行っていた。
着実にダメージを重ね、長い戦いの末にゲリョスは悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。疲れを感じながらも二人はゲリョスを討伐したと喜びあい、それぞれ武器をしまった。さあ、剥ぎ取りにかかろうとゲリョスの死体に近づいていったが、ゲリョスは死んではいなかった。
ゲリョスは命の危険を感じ取ると、あたかも本当に死んだかのような演技を見せつけてくる。そうやって敵の意識を逸らして身を守るか、油断して近づいてきたところを反撃するという知恵だ。
それに昴達は引っかかってしまった。無防備に近づいてしまった昴がそれに気づいた時にはゲリョスの視線が昴に向けられ、自分の演技に騙された愚者を逆に打ち倒す牙を向けていた。
それから逃げようとしたが突然の事に足が動かず、後ろから疾走してきた紅葉が何とか彼を引きはがしてくれたことで難を逃れた。しかし、紅葉自身が逆にそれを受け、無残にも吹き飛ばされて大怪我を負う。
それに冷静さを失った昴は暴走する。今と違ってまだ子供だったから仕方がなかったとはいえ、自分のせいで紅葉がああなってしまったという自責の念と、ゲリョスへの怒りの感情が暴れ回った結果だった。
駆けつけてくれた救護アイルーのおかげで紅葉は一命を取り留めたが、結局ゲリョスは討伐しきれず、逆に昴も無残に暴れたせいで防御を失念し、紅葉程ではないにしろ負傷する結果となってしまった。
あれが昴にとっての一番のミスだ、と今でも思っている。
(そう……こいつは昔からそうだ。変わろうと決意したあの日から俺を助けてくれる)
気弱でいつも昴に助けられた彼女は、ばっさりと髪を切って新しい自分を作り出した。ぎこちなかった快活な性格も今ではそれが素になってしまう程に変わってしまった。
それでも一人になる事を恐れ、自分がいないと泣き出してしまうのは変わらないが、それもマシになっている。でなけりゃ四六時中昴が近くにいないといけない事になってしまうからだ。
彼女は変わった。弱い自分を抑え込み、強くあろうとした。
誰のため? ――昴のためだ。
そんな事、昔から知っている。そこまで鈍感じゃない。
彼女は幼い頃からいつだって自分を見ていた。それがそうなのだと気づいたのはハンターとして旅を始めてから数年、思春期に入り始めた頃合いだった。彼女の感情を何となく把握し、自分の感情も見つめ直した結果、ああ……そういう事なのかと理解した。
口に出さずともわかる。紅葉は自分に好意を抱いている。
幼い頃から変わらず自分を慕ってくれていた。
そう理解した昴は自分の事も分析した。
紅葉の事は嫌いじゃない。むしろ好きだといえる。でなけりゃ二人で旅をしていないし、ハンターとして長くコンビを組み続けてはいない。幼い頃からの付き合いもあるからお互いの事を知り尽くしているいい相棒といえるだろう。
そんな彼女に好意を持たれている。嫌なはずはない。
そして彼女がどうして変わったのかも何となく理解した。
気弱な自分を不器用ながらも助けてくれる昴に恩を返したかった。助けられてばかりいる自分が嫌だった。そんなところだろう。
だから変わった、変わりたかった。
助けられてばかりいる自分から、昴を助けられるような自分になりたかった。
その結果がこれだ。
今では十分に頼りになる相棒になっている。それだけでなく旅の中でも日常的に世話してくれるし、そのおかげで世話焼きというオプションまでついてくる。
しかも……昴のミスに対応して助け出し、代わりに大怪我を負う事にもなってしまった。
不甲斐ない。
彼女が変わったのはいいと思う。それは立派な成長といえるだろう。
でも、自分の代わりにここまでの怪我を負う彼女を見るたび自分が不甲斐なく思う昴がいた。同時に申し訳なく思うのだ。
泣き顔は見せなかったが、心の中で悔し涙を彼は流していた。
だから彼もまた自分を磨いた。紅葉にこれ以上自分を庇わずにいられるだけの実力が欲しかった。どんな状況でも揺れない心を作り上げたかった。
そのエピソードの一つが、単身ディアブロスに挑むというものだ。そのおかげで壁を一つ越えはしたが、紅葉に心配をかけてしまう事になってしまったし、泣かせてしまう事にもなった。
それでも昴は強くなりたかった。いつの間にか彼女に支えられ、守られてばかりいる自分を変えたかった。
同時に、この感情も封じ込めた。
紅葉の好意に応えてもいいという感情だ。
彼女の事は好きだ。
妹分としても好きだし、相棒としても好きだし、一人の女性としても自分にはもったいないくらいだと思っている。
でも自分はまだ不甲斐ない。
このままではまた思わぬ負傷を負い、彼女を泣かせてしまうかもしれない。あるいはまた紅葉に助けられて彼女に余計な負傷をさせてしまうかもしれない。
そんな懸念が昴の心について回った。
思いつめすぎたのだ。
特に自分の実力について悩みが深い。
実際昴は実力はついてきているが、それでも能力としてはバランスがいいというべきか。力も守りもスピードも同じくらいだ。つまり突出した能力がない。
紅葉のように豪快な力があるわけでもないし、優羅のように必殺の技術や優れた目があるわけでもない。ライムのように有り余る魔力があるわけでもなければ、シアンの自分を磨くためのトレースの才能があるわけでもない。
だからエスピナス亜種も昴は最初眼中になかった。脅威性を感じなかったのだ。
それが昴の欠点。彼にとっての実力の壁だった。
だから当時昴は紅葉の気持ちに気づいていながら知らないふりを続けた。表向きには狂化竜の事を探し続けることもあるし、未だに優羅の情報が見つからない。彼女がいないから応えられない、という空気を見せながら。
でもそれもまた嘘じゃなかった。
優羅の事も気がかりだったのも本当なのだ。彼にとってもう一人の妹分。よく自分達の後ろをついて回った彼女の安否が気になっていたのも確か。今頃どうしているだろうかと心配していたのは紅葉も同じだったため、それも言い訳の一つとしていた。
今では優羅とも再会しているし、もうその言い訳は出来ない。というか優羅自身に告白されているものだから揺れ動いている。数年前から本心では紅葉の好意に応えてもいいんじゃないか、という自分を同居させておきながら、彼はそれをも無視し続けた。
今はまだ紅葉の気持ちに応えるには早い。まだ自分はそうなるだけの力がない、と
でももう無理だろう。
紅葉の事が好きだという気持ちを押し殺すのはやめ、でも優羅の事も一人の女性として意識しているという気持ちも無視できない。優羅もまた自分にはもったいないくらいの魅力的な女性に成長したのだから。
選択の時は近い。だから決断しなければならない。
しかし今はそんな事は横に放っておく。
自分は紅葉にまた負傷させたという事実が重くのしかかっているのだから。
ゲリョスの一件があってから、昴は紅葉にあんな大きな負傷をさせまいと気を付けて立ち回るようになった。だからあれ以降紅葉は小さな怪我はあってもそこまで大怪我を負う事はなくなった。
昴の決意は実を結んだのだ。
だというのに、何だこのざまは?
また自分は同じ失敗を繰り返すというのか?
あの時彼の頭の中には今のように過去の失敗した光景が蘇っていた。だから冷静さを失ってしまい、苦い言葉が思わず口をついて出てしまっていた。それでも幼い頃のように暴走しなかっただけマシだろう。
やみくもに暴れたところで状況が好転するはずもなかったのだから。
奥歯を噛みしめ、両手を組むその力が強くなっていく。
わかっている。
今回はしょうがないという言葉が頭によぎる。
自分達は撤退を選んだ。戦闘続行したところで何も変わらないのは目に見えていた。だからあの選択は間違っていないはず。
しかし現実が厳しかっただけだ。あるいは撤退ルートを間違っていたのだろうか。昴と優羅が同時にエスピナス亜種の攻撃を受け、紅葉だけがその難を逃れたのが悪かったのだろうか。
今となってはそんな後悔に意味はない。
彼女は時間を稼ぐためにエスピナス亜種へと挑みかかり、そのおかげで自分達は全滅せずに済んだ。自分達は彼女に感謝しなくてはならない。彼女のその勇気ある行動のおかげで最悪の展開だけは免れたのだから。
でも、感情がそれを許さない。
頭では理解していても自分を責める心がある。
(くそが……ッ! 俺はまだ……弱い! また守れなかった! 俺がもう少し上手く立ち回れたらこんな事にはならなかったんだ……!)
エスピナス亜種が自分を脅威と感じていない事を利用して反撃の牙を向く。それはいい作戦だと思う。実際エスピナス亜種の虚をつく攻撃が出来たし、一矢報いる事が出来た。
でもそれに満足せずにもっとうまく立ち回れていればこんな事にならなかったはずだと昴は反省する。
(失敗した、そうだ……俺の失敗だ……。すまない、紅葉……)
俯きながらまた心の中で自分を責めながら悔し涙を流す。
そこにいるのはいつもの彼ではなく、かつての子供の頃の昴がそこに蘇ったといってもいい光景だった。
そんな彼に、彼女は静かに声を掛けた。
「……あのさ、なに泣いてんの?」
「……っ!?」
弾かれたように顔を上げると、困ったような、呆れたような、そんな表情を浮かべながら昴を見ている紅葉がそこにいた。ベッドに横になったままだが、ようやく彼女は意識を取り戻したようだ。
「紅葉……」
「はい、あたしだよ」
薄く笑いながら昴に応えた彼女は小さくため息をついた。
「目が覚めたらテントで寝てる。それはいいんだけどさ……なんでどん底まで落ち込みながら泣いてる昴を見なきゃならないのよ? いつもの昴はどこ行っちゃったの?」
「……いや、それは……」
バツが悪そうに視線を逸らす昴。その顔に涙はないのだが、紅葉の目には彼が泣いているのが見えていたようだ。それも幼馴染という長い付き合いからもたらされる観察眼だろうか。
紅葉はまた嘆息してやれやれといった風な表情を見せて天井を見上げる。
「また自分を責めてんの?」
「…………」
「そっか。……言っとくけどさ、昴。今回はあんたが責任を感じることはないからね? 状況が悪かった、ただそれだけよ」
「いや、それは」
「それもなにもない」
何か言おうとする昴の言葉を遮るように強く紅葉が挟み込む。その強い言葉に昴は思わず口をつぐみ、何も言えなくなってしまう。
そんな彼にまた微笑を見せ、
「狩りに、戦いに怪我は付き物。今回はあたしがちょっと気を抜いてしまったから最後に一撃貰った。……それだけじゃない。昴が自分を責める要素なんてないじゃない」
優羅を離脱させることには成功したし、昴も問題なく離脱できる状況を作り上げていた。紅葉さえ一撃貰わなければ三人は問題なく撤退が成功していただろう。
だから今回は自分が油断したのがいけなかった。そう紅葉は結論付ける。
しかしそれでも昴の表情は晴れない。
「……昴。あんたがそうやって思いつめるのって昔の事があるから? あたしが、怪我しまくってたから?」
「……そうだ。だから俺は……お前にそうなってほしくなかったから――」
「――やっぱりそうか。だから昴は頑張った。あたしに傷ついてほしくなくて頑張りまくった。そういう事?」
それに昴は小さく頷く。そんな彼を見てまた紅葉は小さく息をついた。でもどこか嬉しそうな色が見えるのは気のせいじゃないだろう。でもそれ以上に呆れたような色が浮かんでいる。
「あたしはさ、助けられてばかりいるのが嫌だった」
「…………」
「小さいころからずっとあたしについててくれて、あたしを助けてくれた。それに甘えているのもよかったけど、あたしはそれが嫌だった。だから変わった。今度はあたしが昴を助けたりして今までの事を返したかった。ハンターになってからもそれは変わらない。むしろハンターになった分、あたしは昴を守りたかった」
「……知ってるさ。何となくそういうんじゃないかと思っていた」
そう気づいたからこそ、昴は紅葉に守られてばかりいるのが嫌だった。彼女の力で状況を切り開き、道を作り出し、それを読んで昴が指示してクエストを成功させていく。
彼女はいつだって活躍した。その分成長し、昴を助けてくれる。そうなってばかりいるのが不甲斐ない。だから紅葉が成長する分昴もまた成長しようと必死にもがき続けた。
それで昴が大怪我を負う事もあったが、それでもよかった。その怪我の大半は彼女を庇った事で負ったものだったからだ。当然紅葉は泣きながら謝ってばかりいたが、昴は微笑を浮かべながらなんてことはないと返すばかり。
むしろ彼女がまた大怪我を負わなくて済んだと喜んだものだった。
でも紅葉はそんな昴の気持ちを見破っていた。彼が陰で自分が不甲斐ないと悔し泣きしている事を知っていた。
「あたしたちはさ、お互い気遣いすぎだったんだよね。あたしは昴を助けたいから力が欲しい。守りたいから庇って大怪我を負う。そして昴は自分のせいだと責めて、泣いて、必死になって力を付ける。で、あたしを助けて大怪我を負う。するとあたしが泣いて頑張る……その繰り返し。お互いのために頑張って、傷ついて……終わりがないじゃない」
二人がお互い大事な存在だったのが裏手に出てしまった。相手を守りたくて力をつける、それは理由としてはよくある話であり、誰もがそうやって力をつけていく。そうして幼いながらもハンターを続けられるだけの力を身につけた二人だが、その力を以って敵を討つだけでなく危機的状況にある相手を助け出し、代わりに自分が傷を負うという状況を作り上げてしまう事になる。
それをお互いくり返していけばお互いの心にそれが刻まれ続け、特に昴としてはまたその状況になれば自然と自分を責めてしまうようになってしまった。それに紅葉は気づいていたのだ。
だから自然と紅葉はそれに気を付けるようになった。下手をうたないように気を付け、また昴が自分を責めないようにしたのだ。だからこの数年今のような事は起こらず、昴も久しぶりだと感じた。
つまり昴が気を付けるだけでなく、紅葉もまたそうならないように立ち回っている事もあって彼女が大きな負傷をしなかったという事だ。
彼も気づかない内に紅葉に気を遣わせてしまっていたのだ。その事に昴はまた自分の不甲斐なさを恥じる。
「あたしたちはもう子供じゃない。あの頃は確かに危険だらけだし、昴もあたしも下手打ちまくりだったよ。でも今のあたし達はもう十分経験を積んだ。その証拠にあたしもこうなっちゃったのは久々。……昴、あんたもあんまり背負い込まないようにしたらどう? 結構前にもライムに言ったんでしょ? 自分のせいだと気に病んでいたら心が壊れるって。それ、あんたの事でしょ?」
「む……」
ドスガレオスの一件でライムが自分のせいで昴が麻痺毒を入れられてしまった事を責めた事を持ち出された。そういえば確かにあの時紅葉は傍にいたから話を聞いていた。
確かに紅葉の言う通りあれは自分の事でもあった。何度も自分のせいだと責め、不甲斐ない自分を嘆き続けて、力を渇望してがむしゃらに努力し続けたあの日々。ある意味自分は壊れていたのかもしれないと、どこか冷静な自分が自分を分析していたのだ。
それを自覚してはいるも、またしても自分は冷静さを失ってしまった。まだ昔の一件が尾を引いてしまっている。
当然紅葉がそれを見逃すはずもなかった。だからいつもの昴に戻ってもらうべく、柔らかく微笑みながら言う。
「あたしはもう大丈夫。お互い心配性になる事はないし、気に病む事もない。だからさ、もう自分を責めまくるのはやめなさい。あんたが、リーダーがそうなっちゃったらあたしも優羅も困るんだけど」
「…………はぁ。そう、だな。……もう、終わりにしようか」
当の紅葉にそこまで言われてしまってはもうずるずる引きずるわけにもいかない。彼女の言う通り自分達はもう大人だ。紅葉が変わったように自分も変わらなければならない。
まだ不安があるが紅葉にそう言われてしまってはもう暗くなっているわけにはいかなかった。瞳を閉じて深呼吸をすると心を落ち着かせていつもの自分を呼び戻す。
傷ついた心はまだ癒えないだろうが、心を縛っていた鎖が少し解けたような気がした。やっぱり紅葉は自分の事をよく見ている。思いつめすぎていた自分が恥ずかしいくらいだ。
「すまない、心配かけた」
「ん、それでいいのよ。……あたしじゃなくて昴が心配かけるってのもどうかと思うけど、もう大丈夫なのね?」
「ああ。……お前こそ大丈夫か?」
「あたし? まあ……こうして喋ってる分には問題ないし、もう少し休んだら戦えると思う。……リタイアはしないんでしょう?」
昴の瞳を見詰めながら問いかければ、彼は小さく頷いた。
「どうやら援軍も来たようだしな。もう一度作戦を練ってみることにする」
「援軍? 誰が来たの?」
「アイルーの……焔と言っていたな。あの神倉獅鬼が送ってきたらしい」
「焔? ああ、あのアイルーか」
頭の中に浮かぶ少しとっつきにくそうなアイルーの姿。ドンドルマで共闘した彼女が援軍に来てくれるとは心強い。彼女の爆弾技術やアイルーのくせに、くろねこハンマーをぶん回すとかいろんな意味で頼りになる。
「焔なら十分戦力になるわね。ここから流れがきっと変わるはず」
「そうか、お前がそう言うなら本当なんだろう。ではあいつと話してこれからの事を決めてくる。……お前はもう少し休んでいろ」
「ん。そうさせてもらうわ」
目を閉じて休み始めたのを確認すると、昴は携帯椅子から立ち上がってテントの外へと出ていく。そんな彼の背中をちらっと薄目で確認した紅葉は昔の事を少し思い出した。
大怪我を負って暗い部屋の中で眠っていた彼女の耳に、誰かが押し殺したかのように話している声。何だろうと思って意識を集中させると、隣の部屋で昴が自分のせいだと責め続けるものだった。
その次の日自分の容体を確認した昴が静かに部屋から出ていく際にその背中を見た時、紅葉はいつも頼りになる彼の背中が小さな子供のように見えたのだ。自分を責め、思いつめたかのような雰囲気と共に消えてしまいそうな様子に息を呑んだ。
さっき目を覚ました時、ちらっと彼を見た時、あの時の昴と重なって見えたのだ。だから「ああ、また自分のせいだと泣いているんだな」とわかってしまった。
だからあの時言えなかったことを含めて言ってやった。
もう、大丈夫だろう。
去っていく背中はもう暗い影は見えない。まだ少し心配ではあるが、いつもの昴の背中が帰ってきたようだった。
(……そう、あんたはそういう背中が似合ってるわよ。いつもあたし達を見守ってくれる優しくて暖かく、頼りになる――あたしの大好きな、背中。昔から変わらない……そんなあんたのことを、あたしは好きになった)
テントの外へと出ていった彼を見送ると、もう一度紅葉は目を閉じて眠りへと落ちていった。
テントから出た昴が軽く辺りを見回すと、離れた所で誰かが大タルを前に細工をしているのが見えた。
「……?」
思わずその人物を確認するようによく見てしまう。
肩まで届いた茶髪に真紅の瞳、身長からしてまだ成長期にある少女といったところだろうか。だがその頭には茶色い獣の耳が生えている。
ちらっと優羅を見ると相変わらず腕を組んだままぼうっとしている。彼女が何も行動を起こしていないならば、彼女は知らない人物ではないという事。
つまり――
「あ? なに見てんの?」
「……焔か」
優羅に話を聞くと札を使って人の姿に変化しているらしい。あの姿になる事でアイルーの時以上に器用で早く大タル爆弾が作れるとか。
そう、彼女は先ほど消費した分の大タル爆弾を補填していたようだ。身を包んでいたローブも長くなっており、そこから火薬を取り出して手際よく次々と大タル爆弾を作り、あの数分の間で結構な数の大タル爆弾が出来上がっているようだ。
それは彼女の傍で列を成しており、その数は目算十個前後か。せっせと作り上げては横に置いていく。
「……ふう、こんなものか」
一息ついて額を拭うと立ち上がり、爆弾をローブの中へとしまっていく。外見年齢から判断するに大体十二、三歳程の少女にしか見えない彼女が、難なく大タル爆弾を持ち上げてローブにしまう。
最近の少女は怪力ばかりか? と思わなくもない光景だ。
そして持ち上げられた大タル爆弾の底に札らしきものが貼ってある事に気づいた。
「その札は?」
「……ん? ああ、これ? これはコード式の札。単語に反応してこれが飛ぶ、というもの」
「ということはあの時飛んできた爆弾たちは……」
「そう。コード式で飛ばした爆弾。打ち上げタル爆弾じゃ威力が心もとない、って事で札を作って作り上げた飛行タル爆弾ってところかな」
爆弾を作る前にあらかじめ大タルの底にこの札を貼っておいて下準備をしているのだろう。その上で爆弾を作り、あのとんでもない爆弾攻撃を可能とした。
……確かに威力は申し分ない。普通の打ち上げ爆弾よりも十分な威力を誇ってくれる。アイディアとしてはいいものだ。それによって自分達も助かったのだし。
「……で? なんか話していたけど、紅葉は戦う気があるの?」
「ああ、聞こえていたか? あいつはまだ戦う気満々だ。なら、クエストは続行する。……焔も準備しているようだし、な?」
「……ま、焔もやるからには全力でやるよ」
ふん、と微かにそっぽ向きながらも焔は参戦の意を表明した。これで焔が四人目の仲間ということになった。
さて、戦う前に焔がどういう力を以っているのかを確認しておこう。
「紅葉がお前の事を知っていた。もしかして俺が離れている間に組んだことあるのか?」
「ん、ある。ドンドルマの一件で組んだ」
「ラオシャンロンの一件か。それで、焔は爆弾でサポートするという風な戦い方か?」
「いや、それだけじゃない」
するとローブの中に手を入れ、くろねこハンマーを取り出してくる。それだけじゃない。他に取り出されたのは金色の何か。骨組みがかなり特殊で、何となく猫のように見える代物だった。
「キングオブキャット。G級に匹敵する麻痺大剣ってやつかな。使うとしたらこの二つ」
「……ハンター武器振り回していいのか?」
「特例って言ったでしょ? 普通は無理。……ま、焔の戦い方はこの二つで攻めつつ相手を麻痺させるか、後ろから爆弾使って攻めるか。前衛と遊撃って感じで捉えてくれていい。あと、今回はサラもいるからそこもよろしく」
そう言う焔の後ろには、先ほどからサラマンドラが体を休めるように身を横たえている。聞けば一昨日からほぼ休みなくココット村から疾走してきたらしく、夕食として焔から水と食料を与えられた後はああして眠っている。
アプトルの亜種として火山を住処としているサラマンドラは、ただ走るだけでなく戦闘向きでもあり、あのエスピナス亜種を前にしても自分の役割を果たしていた。つまり気力としても問題なし。
「あれも戦いに加えてもいいのか?」
「いいんじゃない? あれは焔の相棒だけど、基本自由にさせてるし」
放し飼いを基本としているが、よく見れば首元にギルドの紋章が刻まれたバッジを縫ったバンダナを巻いている。ああしないと野生のものと見分けがつかないための処置だそうだ。つまりギルドが認めた焔用のサラマンドラであることを示している。
本当に焔は何者なんだろうか。非常に気になるところである。
「そういうわけで焔とサラはセットで考えてもいいから。作戦は白銀昴、あんたに任せる」
「ふむ……」
腕を組みつつ口元に指を当てて昴は考える。焔の戦い方はわかったが、実力がいかほどのものかまではわからない。それは戦いのさなかで把握していくしかない。
それにエスピナス亜種はまだ狂化の種を利用していない。素の実力で自分達を蹴散らしてしまった。つまりこの先いつ狂化してもおかしくはない。焔が加わった事で戦力は増したが、エスピナス亜種はまだ上に行く。
ふと優羅へと視線を向けると彼女はじっと昴を見つめている。
「優羅、奴は今のところどういう感じかわかるか?」
「…………、エリアは変えていませんね。眠っては……いないようです。ただ動かず体を休めているという風でしょうか」
目を閉じて意識を集中させ、記憶しておいたエスピナス亜種の力の波動を感じ取る事で奴がどうしているのかを把握する。かなり離れてはいるが、それでもエスピナス亜種という優れた種族というものは感じ取れるものは感じ取れるほど力の波動を放っている。
それを辿ればここからでもどうしているのかが何となくわかってしまうものだ。
そうして明かされた情報。
眠っていない、それだけでも十分ありがたい。飛竜達は眠る事で体力や傷を癒していくという回復能力を持っている。つまり眠られればせっかく与えたダメージをなかったことにされてしまいかねないのだ。
「ということはいつかは眠ってしまいかねない、か。そういう可能性は考えていたから仕方がない。俺達も休息が必要だしな」
昴が危惧していたのは狩猟エリアから離れることだ。狩猟エリアからまた離れられたら危険性は更に高まってしまう。なのでこれもまたある意味運がいい。
だが問題は次の戦いの進め方。
狩猟エリアから離れないならば今のところまだ危険性が増えないまま戦闘続行可能。しかし焔を迎えたからといって事態が好転しない。それは把握済みだ。
紅葉が回復したとしても全力を出せる時間は通常よりも短くなっている。烈風の衝撃もそうそう出せるようなものじゃない。よくて剛力の衝撃くらいか。
昴も閃剣が連続で出せないし、あの雷刃斬破も出すのに少し時間を作らなければならない。あの時はまだエスピナス亜種が昴を脅威と感じていないから出来ただけであって、今はそう易々と溜める時間をくれないだろう。
優羅が次からテッセン【狼】を手にして戦ってもいいだろうが、初戦に続いて背後から拡散弾や徹甲榴弾で甲殻を脆くさせていくのもいい。あるいは補助の弾を撃ってエスピナス亜種の行動を阻害するのもいい。
でも焔が参戦したことで彼女の爆弾技術をあてにしてもいいだろう。甲殻破壊ならば爆弾以上に適したものはない。それを背後からミサイルの如く撃ってくれるのだ。となれば優羅が前に出ていく、という選択肢もありだ。
「焔、爆弾はあとどれくらいある?」
「そうね、大タルが補填したのを含めて五十、大タルGが三十。小タルとか小さいやつは百は持ち歩いてる」
「…………そ、そうか」
あのローブの中は火薬庫か!? と突っ込みたかったが、それをぐっと堪える。ということは、だ。甲殻破壊を焔に任せ、優羅はテッセン【狼】を使って前線に出てきた方がいいかもしれない。
それに焔にはサラが付いている。遊撃として動くには十分だろう。
同じく遊撃として昴が付き、アイテム補助も行えば前線二人、遊撃の補佐として一人と二匹が付く事になる。
ひとまずはこれでやってみようか。
そう結論付けて昴は作戦を優羅と焔に話して聞かせた。
作戦会議から一時間。テントの中で紅葉が動き始めたのを感じて一同はテントへと視線を向ける。少ししてラヴァUシリーズを身につけた紅葉が出てきた。
「……ども」
軽く手を挙げながら小さく会釈すれば、昴と優羅もそれに応えてやる。
「……いけるの?」
「ん、何とかね。ごめん、心配かけちゃったかな?」
「……ちょっとは。大丈夫だっていうならよかった。次はアタシも前線に出るから、無茶はするな」
「やっぱそうなっちゃったか。ん、了解」
テントの入口に近かったため優羅が紅葉を出迎え、そうやり取りする。冷たい印象がある彼女ではあるが、やはり紅葉が心配だったらしい。どこか安心したかのような穏やかな色が僅かに見える。
そして紅葉の視線は今度は焔へ。彼女も腕を組みながらちらっとだけ紅葉を見ており、視線が交差すると一息ついて「体の調子は?」と淡々と訊いてきた。
「問題ないわよ。久しぶりね、焔……でいいの? 人に見えるけど」
「ん、久々。これは焔の変化だから。本来はアイルーという事でよろしく。あと聞いたかもしれないけど、焔も参戦する事になった。ついでに言えば焔がお前の手当てをした。……だから一応訊く。本当に問題ないの?」
じっと紅葉の挙動を見逃さないように医者としての質問をした。捻くれてはいても獅鬼に医療技術を教わり、それを使って手当てをしたのだ。患者が嘘ついて思わぬアクシデントでも起こされてはたまらないのだろう。
だから嘘は付けない。
それは紅葉にもわかっていた。
「……左腕に少し違和感あるかな。頭は全力で守ったからなんとかなってるっぽいんだけど、落下した時に左腕をやっちゃったかもしれない」
「……なるほど。ちょっと見せてもらう」
焔が近づいて紅葉の左腕をチェックし始めた。ラヴァUアームを取って包帯を巻いてあるそこを重点的に診察し、それを終えて焔は結果を口にする。
「骨に異常があるかもしれない。気で守ったんだろうけど、それでも完全に防ぎきってはいなかったんじゃない? たぶんこっちで全力出したらそれに煽られて骨、いってしまうかもしれない」
「あー……やっぱりそうか。じゃあ左腕をいかれさせるのを覚悟でぶつかるって無――」
「お前、故障する気?」
「――いや、なんでもないです」
ジト目になりながら焔が言葉を切るように予想される結果を口にすると、紅葉は頬を掻きながら視線を逸らす。なるほど、それをやる覚悟はあったのだろう。しかし聞いてしまっては焔はケッ、と息をつきながら「お前も雷河と一緒か」と毒づく。
「ハンマーを支えるくらいなら、何とかなるとみてる。だから左腕の力も使って全力で殴るとかやるな? そうしたら少しずつ骨が軋み、しまいには折れる。下手な折れ方したらまずいってのはお前でもわかるはず」
「ん、了解。気をつけるよ」
「…………ま、自覚してなおやるって言うなら焔はもう知らん。生憎と自己責任を通り越した怪我をされたら焔にはどうにも出来ないし、知ったこっちゃない。本職じゃないし。忠告はしたから、あとは好きにしろ」
ぷいっと背を向けてサラの下へと去っていく焔だが、それは言外に左腕が使えなくなってもいいなら全力を出してもいいと言っているようなものだ。当然様子を見守っていた昴と優羅は何も言わずとも、紅葉をじっと睨むようにしているため、許可しないだろう。
その視線に当然気づいている紅葉は苦笑しながらわかっているという風に右手を振っている。だが彼女の性格からして何かあれば問答無用で全力を出すだろう。そうなったら左腕が折れるだろうが、それがどうしたと彼女は戦い続ける。
その状況が昴達の危機ならなおさらだ。さっきみたいに自分を犠牲にしてでも戦うだろう。竜宮紅葉というのはそういう風に成長してしまったのだから。
だから何としても彼女に無茶させないように戦いを運ばなければならない。
昴はやれやれ、といった風に息をつくと、紅葉に先ほど纏めた作戦を説明し始める。その間に優羅は中断していた薬の調合を進めていた。先ほど消費した回復薬グレートをはじめ、魔力回復のための薬も作っている。
今度の戦いは恐らく自分も結構魔力を消費するんじゃないかと推測していた。戦いに使うであろう“ある物”もローブから出して瓶に詰め込んでいる。
話を聞き終えた紅葉がそれに気づき、首を傾げて近づいてきた。
「それ、どうするの?」
「……アタシの作戦の種になってもらう」
「ふーん…………ああ、そういう事。って事は、あのサラマンドラにとっても火力アップになるのか」
「……そういう事。……ふう」
調合を終えたらしく深く息をつき、瓶に詰めたあとの残りを飲もうと手を伸ばす。その様子を紅葉がじっと見守っている。しかも何かを考えているじゃないか。それを見た優羅は無言になり、一度手にしているそれと紅葉を交互に見詰めた。
「……飲むなよ?」
「…………ちょっと考えたんだけど」
一度昴の方を見て、彼が焔と最終確認のために話しているのを確認すると、屈みこんでそっと優羅に耳打ちする。
「それ、分けてくれない?」
「……戦場を混乱に陥れるつもり?」
「いや、そうじゃなくって――」
ぼそぼそと自分の考えを伝え、それを聞いている優羅も最初は何を言っているんだ、という空気だったが、やがてそれもなくなってくる。
なるほど、紅葉の考えはわからなくもない。というかそれについては昴に聞いた事があるし、噂にも伝えられている。まさか……それを利用するとは思いもしなかったが、そうすればある意味紅葉の火力は大幅に上昇する。それは間違いない。
だが大きな問題がある。
自分達がある意味危険だという事だ。
その力の暴走がこっちにやってきたら目も当てられない。というか、めんどうだというのが優羅の意見だ。しかし当の優羅はその暴走を見た事がないので何とも言えない。なにせ昴がそうならないように防衛線を引いているのだ。だから優羅はその危険性を知らない。
「――――――最終手段」
「ん?」
「……最終手段として持って行け。それまでやらないで。いい?」
「オーケーオーケー! サンキュー、優羅」
何故か嬉しそうな表情で何度も頷く。そんな彼女を見て優羅はまたため息をつく。でも手にしているそれは渡さず、ローブの中に手を入れて別のものを紅葉に手渡した。
「……こっちはやばいから、こっちで我慢して」
「うん、そうする」
紅葉としてもそれがやばい物である事は書いてある事を読めばわかる。優羅が渡してくれた物をもう一度昴を確認した後素早くローブにしまった。
ちなみに優羅が手にしているものは、すぐに彼女が一気に飲み干す事で処理された。「……ふう」と悩ましい声を漏らした後、目の前に置いてある瓶らを次々とローブにしまい、空になったそれもゴミ袋に入れてローブにしまう。
最後にそれぞれモドリ玉をこのベースキャンプに登録して準備は完了した。
「優羅、奴はどうしている?」
「…………エリア3に移動したようです」
「となるとエリア2から移動して攻めるか。よし、行こう」
昴の言葉に頷いて優羅と紅葉を先頭に移動を開始する。焔は人の姿を保ったままサラへと騎乗し、移動する。その様子を後ろから見守りつつ殿として昴がついて行く。
さあ、第二戦への出陣だ。