エリア2からエリア3へと到着し、岩陰に身を潜めながら昴達はそこに佇んでいるエスピナス亜種を観察していた。極限まで気配を殺す事でなんとか今のところ気づかれた様子はない。
恐らく気配を察する力が高いだろうと推測したためこうして息を殺しているが、まさかサラまでそういう技術があるとは思わなかった。同じモンスター同士察知し合えるんじゃないかと思っていたのだが、焔曰く「そういう風に訓練されたから」という事だ。
「さて、さっきも言ったように討伐まで持っていきたいところだが、途中高確率で……いや間違いなく狂化の種が目覚めるだろう。それによって底上げされ、今の俺達で対処できないと判断出来たら撤退する。それでいいな?」
「ん、いいわよ。さっきのであれだしね、狂化で対処できないところまで実力上げられたらたまらないし」
「……異論はありません」
「焔も異論なし。後の事は獅鬼に任せる、という方向で?」
「そう考えている」
獅鬼ならばあのエスピナス亜種相手でも問題なく討伐できるだろう。あの規格外の実力ならば単身挑んでも勝ってしまいそうな印象がある。しかし獅鬼は出向いてこなかった。聞けば昴達にとって壁を超える一因になるのではないかという推測があるようだった。
つまりこれも修行の一環。
エスピナス亜種を討伐できないようではこの先の敵に勝つ事なんて出来ない。だから一度戦ってこい、という事なのだろう。
それを理解し、昴はもう一度戦う事を決めた。これでだめなら撤退する。
だから二回目にしてエスピナス亜種とのラストバトルという事になる。
「優羅、奴の傷の具合は?」
「……回復はしているようですが微々たるものです。生命力もまだ80%には至っていませんね」
「よし。では打ち合わせ通りに進めていこう」
それに頷いた紅葉達。それぞれ武器などを取り出して構える。
昴は鬼神斬破刀ではなく白猿薙【ドドド】を取り出した。今回は遊撃を担当するため、彼の行使する魔法属性に合わせた白猿薙【ドドド】を選択したのだ。またローブから落とし穴とシビレ罠を取り出して腰に下げ、閃光玉もいくつか懐に入れる。
初戦では道具を使う暇がなかったが、今回は焔が増えた事もあって使う隙が前回よりも増えているだろうと準備しておく。
紅葉は変わらず角竜鎚カオスレンダー。エスピナス亜種は猛毒を生成するだけあって毒は通用しない。そのためデスヴェノムモンスターは最初から選択肢に入らない。また溶解鎚も威力的にも切れ味的にも角竜鎚カオスレンダーに劣っている。
ということでもはや主力でおなじみの角竜鎚カオスレンダー以外に選択肢はなかった。
そして優羅。先ほどはボウガンで援護していたが、今回は前線に出るためテッセン【狼】を取り出している。優羅の説明でエスピナス亜種は斬に弱い事がわかっている。そのため彼女の素早い斬り込みで一気にダメージは稼げることが推測できる。
とはいえそう易々とやらせてくれないのがエスピナス亜種だろう。紅葉の事もあるし今回は優羅の攻めが肝心だ。
そしてもう一つ。紅葉とはまた違った意味での破壊に特化した攻撃が焔だ。彼女にはサラに騎乗してもらって駆け回り、隙をついて爆弾を飛ばして攻撃してもらう事になった。
彼女の武器はどちらも麻痺属性を持っているが、それを使って攻めるとなると隙をつかないと難しいという判断が下された。隙があれば麻痺毒を入れてもらおうと考えているが、その辺りは焔の判断に任せることにする。
焔の役割は爆弾ミサイルと札を使った援護。彼女自身は魔力は並みしかないが、獅鬼が使っている札の技術を教わっており、それを使った魔法を行使できる。それが爆弾ミサイルを可能としているあれであり、もう一つが撤退するときに使った障壁展開だ。
それで防御を更に固められる。タイミングさえ合えばブレスも難なく防ぎ、反撃に出る事が可能だろう。接触技に関しては難しいかもしれないが、しかし優羅以外のメンバーにとって命を脅かしかねないブレスを防げるのは大きい。
「ヴルルル……」
エスピナス亜種はただそこに佇むだけ。それだけで体は休まり、傷は少しずつ癒えていく。やはり飛竜というものは強い生命力を持っている。あのまま佇み続ければ、朝になれば大きな傷は癒えているだろう。
眠っていないのは恐らく昴達が戻ってくる事を想定しているんじゃないだろうか。
だから眠れない。
でもその心構えのおかげで一気に回復される事がなかったのは幸いだ。エスピナス亜種の顔が昴達とは反対側へと向けられた瞬間、一陣の風がそこから吹き抜ける。
「――っ!?」
それを感じとってエスピナス亜種が振り返ったが、風はもう懐へと入り込み、二つの疾風を生み出してエスピナス亜種の胸を切り裂いた。だが怒り状態を解除しているため甲殻はまた硬くなっている。そのおかげで深手にはならず、少しだけ驚く程度で留まった。
それに続くのがもう一つの疾風。角竜鎚カオスレンダーを構えた紅葉がエスピナス亜種へと向かっていく。その数メートル背後から左右に分かれて昴とサラに騎乗した焔が続く。
敵が帰ってきた。
それを理解したエスピナス亜種が高らかな咆哮を上げる。しかし怒り状態へと移行しない。まだテンションが戻ってきていないようで甲殻はまだ硬いままだ。
だからといって攻撃の手を止めるようなことはしない。硬いならば衝撃を伝えるのみ、と紅葉が角竜鎚カオスレンダーを握りしめながら力を溜める。でも力を篭めるのは右手だ。左手はほとんど添えるだけ、というわけにもいかないのである程度は力を篭めて支える。
それで振り抜けば体勢が崩れそうになるだろうが、そこは足でカバーする。
「ふんっ!」
足でブレーキを掛けつつ体を支え、振り上げたハンマーがすっぽ抜けないようにいつも以上に右手に力を篭めて腹へと殴りつける。左腕を庇うようにしながらやっているため違和感丸出しだが、やむを得ない。
上から降り下ろすだけなら問題ないだろうが、下から上だとどうもやり辛い。
(……ダメだ、いつもと違って力が出せない。……テーピングもしているし、最初の方はいつも通りにやってみよう。最初は様子見で……)
「おらっ!」
一撃振り上げてダメージを与えつつ離脱し、左腕の調子を確かめてみる。相変わらず違和感はあったがきつく痛むほどではない。下準備として改めてテーピングを焔が施してくれただけあって動かす分には問題ない。
いつものように力を篭めたが今のところは痛まない。これなら大丈夫か、と素人的な思考をするが、それが後々響いてくるんだろうなという事が何となくわかる。
でも今はまだ影響なし。ならば優羅の攻撃の第二波として立ち回っておこうと考える。
そんな前線の後ろ、距離を取っていた昴は腰に下げていた落とし穴を設置しようとしていた。だがエスピナス亜種はそれを見逃さず昴へとブレスを撃ち出した。それを察知して昴は一度設置する手を引いて回避行動へ。
避けられることはわかっていたらしく、エスピナス亜種が疾走体勢に入って走り出そうとする。が、それを止めるようにサラに騎乗していた焔がローブを翻し、その言葉を口にする。
「飛べ! ガンマ1から5!」
呼応してローブの中から小タル爆弾Gが飛行してエスピナス亜種の顔へと着弾した。小さいながらもそれはGの名を冠するもの。爆発の力は強く、それが五つも爆発すれば怯んでしまう。
その隙をついて優羅が素早く懐へと入り込み、閉じたテッセン【狼】を振り上げて閃剣を放つ。
「……閃剣・月光!」
黒い刃が弧を描き、エスピナス亜種の腹を裂くが、やはり深手にはならない。硬い甲殻が優羅の閃剣をしっかりと防いでしまっている。そのあまりの硬さに優羅は舌打ちする。
(……グラビモス級の硬さ。これも問題なく斬れるだけの実力がないと上には行けない。これもアタシの課題か)
体を捻って一度両足を薙いでから離脱し、エスピナス亜種が振り返るタイミングを合わせて頭上へと跳び、気刃を連続して放って飛び越える。優羅はこうして機動力の高さを生かしてエスピナス亜種を翻弄しつつ、着実なダメージを積み重ねるのが最初の役割だ。
そうやってエスピナス亜種の苛立ちを募らせ、怒り状態へと持っていくのだ。
「サラ、アタック!」
「グルッ、ガアアァァ!」
続いてサラが息を吸い込み、圧縮された火炎が放出される。追い打ちをかけるように当てられる火炎に炙られ、エスピナス亜種が角を振り回して打ち消していく。
更に寄り付く優羅と紅葉をも振り払い、昴への道を作り出して走り出す。これは止められないと判断した昴は白猿薙【ドドド】を構えつつ疾走する。
回り込むようにして走りつつ白猿薙【ドドド】に気を纏わせていき、内包されている冷気を操って気と同調。すると彼の周囲に白い霧となって少しずつ冷気が顕現されていく。
「ヴォルルル!」
ブレーキを掛けつつ尻尾を振り回して昴を吹き飛ばそうとしたが、纏う冷気を固めて壁を作りつつ回避。そのまま後ろへと滑りつつ、気を高めている白猿薙【ドドド】を横薙ぎに振るえば、エスピナス亜種の足めがけて気刃が放たれる。
冷気を纏ったそれは足を薙ぎつつ少量の氷を作り上げてエスピナス亜種の足場を固める。
「はあっ!」
数秒でも止まればそれでいい。エスピナス亜種の力ならば強引に氷を引きはがしてでも走り出すだろう。そうはさせないと昴は自分から接近してエスピナス亜種へと斬りかかる。
そんな昴へと牙を剥きながら出迎えるが、素早く懐に潜り込んでやり過ごし、白猿薙【ドドド】をもう一度薙ぎ払って両足を氷漬けにする。
「氷陣!」
足を止めるための技術。氷というものは相手の足を止めるにあたって有効的だ。場所は限定されるが、大抵のフィールドでその力を発揮させてくれる。となれば昴は修行の一環としてその足を止める技術を高めないはずもない。
そうして作り上げた技術の結果が氷陣。高めた冷気を纏わせたまま敵を斬りつけ、その部分から凍結させて動きを封じる。薙げばその周囲が凍結し、より効果的に動きを止める事が可能だ。
あの狂アクラ・ヴァシム戦で成功したことをきっかけに完全にものにした技術でもある。
「焔、任せる!」
「了解。離れて耳ぃ塞いどけ!」
エスピナス亜種の下から飛び出した昴を確認すると、焔はサラの上で立ち上がり、勢いよく跳躍する。そのままバック転しつつローブを広げてそのコードを口にする。
「飛べ! 横陣でアルファ10から15!」
宙に舞う焔の位置はエスピナス亜種の側面にある。そこから大タル爆弾が横一列に次々と射出されていき、顔から尻尾まで一気に着弾してエスピナス亜種に爆撃を与えていく。
「オオオオオオッ!?」
「続いて飛べ! 横陣でアルファ16から20!」
焔の爆撃は止まらない。落下している間も五個の大タル爆弾が飛行してエスピナス亜種へと向かっていき、轟音と共にエスピナス亜種を爆風に包み込んでいく。耳がいい優羅はたまらず耳を塞いでやり過ごそうとしたが、すぐに紅葉が傍によって風を作り上げ、爆風の煽りと音を周囲へと逸らしている。
こうして見れば異常な光景だろう。
爆弾というものは設置するかオトモアイルーが投げつけて攻撃するものだ。決してあんな風に飛行させて攻撃するものじゃない。でもああでもしなければエスピナス亜種をその気にさせる事は出来ないし、ダメージも稼げないのも現実。
先回りしていたサラが焔を背中で受け止めてエスピナス亜種へと向き直った時、爆心地で一気に殺気が高まる。
「ヴォルォォォオオオオオオオオッッッ!!!」
あの空気を揺さぶる大咆哮とこの身を突き刺すかのような冷たく鋭い殺気。翼を広げて咆哮を上げるエスピナス亜種の体にはあの緑色の模様が浮かび上がっていた。
それが示す事。
甲殻は柔らかくなったという事。
つまり、ここからが本番だ。
「……ふっ!」
飛び出すのはやはり優羅だ。テッセン【狼】を握りしめて低姿勢で走る彼女を見据えてエスピナス亜種は首を持ち上げて息を吸い込み始める。またあの特大ブレスか、と警戒したが、ただのブレスを地面に向かって射出してくるだけだった。
「――ッ、ッ、ッ!」
雨のように降り注ぐブレスを掻い潜りながら接近する優羅は本気だ。その目でブレスの射線を読み取り、速さを以って見事に回避しながら接近している。例え掠ったとしても彼女に毒は通用しない。
その事もあるからこそ優羅は背後で爆発音が聞こえようとも動揺せず、エスピナス亜種へと斬り込める。
「……はぁっ!」
柔らかくなったならば優羅の攻撃は先ほど以上に通用する。胸から腹へ、腹から一気に尻尾へと斬り込めば、一気に傷が作り上げられる。手数の多さを売りとする双剣は使い手が速ければこのように一瞬で多くの傷を作り上げられる。
その速さにエスピナス亜種が棒立ち状態になってしまったが、それでもどこに消えたかは把握している。足元にいるであろう優羅を弾き飛ばすようにショルダーアタックをしかけるも、察知した優羅がすぐにエスピナス亜種から離れる。
が、ぐっと足に力を入れてエスピナス亜種が体を捻って翼と尻尾で追い打ちを仕掛けていく。それを閉じたテッセン【狼】を交差させて防ぎ、当たった衝撃で後ろに飛ばされるもきちんと受け身を取って着地する。
(……衝撃だけでこれか。強化前だったら折れてたかヒビ入ってたかもしれない)
防御に向いていない双剣ではあるが、このテッセン【狼】はイャンガルルガの素材を使っているだけあって硬い。気を込めて交差させれば十分に身を守れる防具になってくれる。
しかしエスピナス亜種の攻撃力が高いためこのテッセン【狼】でも怪しかった。もう少し耐久力がなければ折れている。
(……さて、今のでまあまあのダメージ。ただ斬るだけではこんなものか。では――)
「……閃剣――」
回転をブレーキしているエスピナス亜種へと再度接近し、一瞬のうちに翼の下に潜りこんで奴の視界から外れる。気を引くために紅葉が顔の近くへと接近し、眩暈状態へと陥れるために何度か攻めては離脱するという攻め方で気を引いている。
その間に気を溜め終えた優羅はテッセン【狼】を構え、一気に振り抜きながら解放させる。
「――双月!」
跳躍しながら左のテッセン【狼】で斬り上げ、落下しながら右のテッセン【狼】で斬り下ろす。それぞれの一撃に篭められた気は黒き三日月を作り上げ、左翼から体へと大きな切り傷を刻みつける。
焔の爆弾によって甲殻を脆くしている事も相まって、その傷は優羅が想定した以上に深い。流れ落ちてくる血を避けるように一度エスピナス亜種から距離を取ると、紅葉から巻き込むように角を振り回し、ショルダーアタックを仕掛けてきた。
更にそこから繋げるように首を引いて身構え、力を溜め始めた。あの一撃必殺の攻撃の準備か、と二人は悟り、一度大きく距離を取る。
また昴はあの構えを見て、今こそ罠を仕掛けるチャンスだと悟る。力を溜めている間は他の事が出来ない。ブレスは飛んでこないだろうと読み、身を屈めて落とし穴を取り出して設置を始める。その際懐から閃光玉を取り出して口に咥える事を忘れなかった。
「――ッ!?」
視線を巡らせたエスピナス亜種はその様子を視界の端に捉え、標的を紅葉か優羅かの二択を除外し、急遽昴へと標的を変えて走り出した。二人の方へと数歩走り出したが、すぐに方向転換。ぐるりと弧を描くように真っ直ぐに昴へと向かってくる。
「……チッ」
最後の設置手順を右手で行いつつ、左手で咥えていた閃光玉を受け止めつつピンを抜く。
「……よし、何とかセット!」
落とし穴のピンも抜きつつ閃光玉を背後に放り、すぐに横へと離脱する。ネットが広がっていくのを横目で見つつ、迫ってくるエスピナス亜種が目を閉じない事も確認すると、気の鎧を作り出して防御体勢へ。
少し遅れて背後で閃光玉が炸裂し、一瞬のうちに強い光が辺りを包み込んだ。それは確実にエスピナス亜種の目を焼き、奴の動きを止めることに成功する。しかし翼の先端が昴を捉え、棘がフルフルDメイルへと少しめり込んだ。
「くっ……毒が……っ!?」
閃光玉に怯んだことで棘はすぐに抜けたが、滲み出た猛毒と重酸がフルフルDメイルを少し焼いてしまう。舌打ちしながら距離を取り、ポーチから解毒薬を取り出して口に含み、残りを棘が刺さった部分へとぶっかけて手当てする。
エスピナス亜種へと視線を戻せばすでに紅葉と優羅が攻撃を仕掛けていた。更に離れた所からサラが二人がいない部分へと火炎を吐き、サラから飛び降りた焔がローブからビーナスオブキャットを取り出し、下段に構えて疾走する。
「はぁぁぁあああああっ!」
金色の骨組みと刀身で出来た特殊な大剣。下段で構えている為にそのビーナスオブキャットは地面を引きずっているかのよう。だが地を斬りながら走る事で摩擦を生み出し、速さを上乗せしてエスピナス亜種の尻尾めがけて振り抜く。
とはいえビーナスオブキャットの先端は二つの刃に分かれ、更にそこから独特の刃となっているものから扱いづらい。摩擦を作っていたのもその先端の二つの刃のみ。加わった加速も微妙なところ。
しかし焔はその力任せな振り抜きで摩擦を生み、無理やり加速を作り上げる。そうして生み出された斬撃はエスピナス亜種の尻尾の一部を切り裂き、麻痺毒を注入する。
「ヴルルル! ヴォォォオオオオ!!」
何も見えていない状態でいいようにやられ続ける。それはエスピナス亜種にとって屈辱的な事だった。顔を狙ってくる紅葉を角で、体を斬ってくる優羅を翼で、尻尾を斬ってくる焔を尻尾でそれぞれ振り払い、時に体を捻って標的を変えてと反撃する。
だが紅葉達は冷静に当たらないように気を付けながら立ち回っている。エスピナス亜種の脅威は当たれば危険だという事。それはその力から生み出される衝撃だけではない、生えている棘から注入される猛毒こそ脅威。
だから他の飛竜以上に当たる事が危険だ。
こうして優勢に立って攻めてはいても、紅葉達は決して油断しない。こちらが見えていないからこそ、無差別に蹂躙するかのように振り回される凶器の動きを見逃さずに攻撃している。
しかしその蹂躙も突如中断される。
昴が仕掛けておいた落とし穴に嵌ってしまったからだ。見えていないからこそ暴れ回り、気づけばエスピナス亜種の足は落とし穴が生み出したネットに嵌ってしまっていた。
「ヴォオオオオ!?」
「よし、離れろ! 一気に爆撃する!」
突然体に襲い掛かる重圧に続き、自身の重さによって身動きが取れないエスピナス亜種は何が起こったのか理解できていない。それを大きなチャンスとし、これより焔による逆転への一手が打たれる。
紅葉と優羅が離脱するに合わせて焔も跳躍し、再びローブを翻してそのコードを告げる。
「設置! 円陣でベータ1から10!」
ローブから大タル爆弾Gが飛び出し、落とし穴に嵌っているエスピナス亜種の周囲を取り囲むようにして設置される。だが高所から落下するように設置されたため、その刺激だけでかちり、と内部で僅かな音を響かせた。
「障壁展開!」
当然焔もそれが理解しており、全てが出ていった後にすかさず札を取り出して自身を守るように障壁を展開して包み込み、その破壊の炎に備えた。
離れた紅葉達も昴も地に伏せて耳を塞ぎ、巻き起こる爆風と耳を劈く轟音に歯を食いしばって耐える。これで二度目になるが、しかし大タル爆弾“G”というだけあってそれはただの大タル爆弾と比べ物にならない。
体をなぶるような凄まじい勢いで吹き抜ける爆風はもちろんの事、耳を塞いでもなお劈くような轟音。ティガレックスの大咆哮でもこんなにひどいものじゃない、と考えてしまう辺り昴はまだ冷静さを保っていたのかもしれない。
でも……それでも、だ。
(なんという馬鹿げた威力だ……っ!?)
豪快?
そんな言葉じゃ片付けられない程の爆風。
本当に焔のローブは火薬庫か!? と突っ込むべきだったかもしれない。いや、そんなものでは生ぬるい。
歩く危険物、と表記しても問題ないだろう。強大な敵を倒すためとはいえ、よもや一人で一気に大タル爆弾Gを十個も躊躇いなく放出するあたりある意味狂っている。自分達でもそんな事はしなかった。
……と、あの狂アクラ・ヴァシム戦で大タル爆弾と大タル爆弾Gを合計九個も設置した昴が自分達の事を棚に上げてしまう。冷静なようで冷静じゃなかったようだ。
何にせよあの特大ブレス級の爆風が生み出され、その中心にいたエスピナス亜種。普通ならば生きていないだろう。
が、奴はあのエスピナス亜種。高い生命力を誇り、なおかつ未だに狂化の種を発現させていない。今までのケースならば、宿主を守るために狂化の種が何らかのアクションを起こしても不思議じゃない。
だから昴達は気を抜かずに爆心地を睨み付けている。
空中から落下した焔も受け身を取って着地し、サラの下へと駆け寄って静かに様子を見守っている。
「…………」
轟音はやみ、今はただ爆風による残骸と煙が辺りを包み込むだけ。エスピナス亜種の動きを封じ込めていた落とし穴も無残に破壊されているだろう。だから今、エスピナス亜種は自由なはず。
それでも動きがないのは動けないだけのダメージを負ったのか、あるいは怒りに震えているかが考えられる。
不意に優羅の瞳が細められた。それは不快なものや怒りを見せるようなものではなく、爆心地をよく見るように細められただけ。その高い視力を生かし、なおかつその中にある力の動きを見るように彼女はじっとそこを見つめる。
すると煙の中で影が小さく身じろぎしたように震えたように見えた。
続いてぎらり、と碧眼が怪しく輝きを見せる。それに呼応するように煙の中に次々と緑色の光が模様を作り上げて光り出したではないか。
「……ついに、種が動いた……!」
少しだけ震える声で呟きながら優羅は立ち上がる。その言葉の意味は説明するまでもない。紅葉も苦い表情を見せながら立ち上がり、続くように爆心地を挟んで反対側にいる昴も立ち上がる。
彼も優羅と紅葉の表情と煙の中に光るあれを見て、何が起こっているのかを理解したようだ。
焔も隣にいるサラが警戒と恐怖を同居させた唸り声と、体にかかる不愉快な力の波動で何が起こっているのかを悟る。それにこれよりも強く不快な空気を旧シュレイド城で感じているのだ。気づかないはずもない。
「――――ッ!」
爆心地から甲高い音を響かせて何かが空へと撃ち出された。その勢いで包み込んでいた煙は晴れ、そこには天を仰いでいるエスピナス亜種の姿が現れる。
一体何が撃ち出された? 決まっている、ブレス以外の何物でもない。
でも昴達の視線は警戒するように視線を上に上げてしまう。
そして一斉に驚きに彩られた表情を浮かべてしまった。
上空に上がったその大きなブレスは空中で炸裂し、複数の弾となって周囲へと降り注ぎ始めたのだ。
それはさながら猛毒の流星群。
「……ちぃっ!」
「こなくそっ!」
素早く対処に出たのは優羅と紅葉。優羅は空を睨み付けて咄嗟に自分と紅葉に降ってくる弾の軌道上で爆発を起こさせ、それに呼応するようにしてブレスを爆発させた。その残骸と巻き込まれなかったものを紅葉が二人を中心として風を渦巻かせ、自分達に届かせないようにすることで身を守る。
「くそっ、間に合うか……!?」
一方昴はというと白猿薙【ドドド】を上に構えて自分を中心として弧を描くようにして振りかぶり、それにそって氷壁を作り上げた。即席のものだが、それだけでも十分身を守る壁になる。
昴へと降ってきた二つのブレスはその氷壁に着弾して爆発し、その周囲も重酸で溶かしはしたが、高い冷気によって作られた厚みもあって昴へと届かせることはなかった。
そして焔はその流星群の射程外にいたため届く事はなかったが、その攻撃に息を呑む。エスピナス亜種を中心として大体八メートルが射程内。破裂した際に生み出される弾の数や大きさはランダムではあるが、そこにいるものを無差別に猛毒の雨に打たれる。
防御の術がなければ接近戦を得意とし、逃げるのが遅れれば無慈悲にやられるのだ。
「……サラ、決して近づくな。離れて援護という方向で頼むよ」
「グル……」
走るのが得意とはいえ、サラの体格ではあれを撃たれれば一発は貰う可能性がある。そうなればサラの命が危うい。それにエスピナス亜種はもう狂化の種に侵され始めている。
気力があるとはいえ、サラにとってあれは毒だ。食物連鎖の遥か上にいる存在相手に今まで立ち回ったが、狂化されれば接近すればほぼどうにもならない。あの速く鋭い攻撃に無残に飲み込まれるのは必至。
そのため焔はサラに後方支援を命じた。
手にしているビーナスオブキャットを一度ローブへとしまって勢いよくサラに騎乗すると、手綱を握りしめてサラを走らせる。少し荒い息をついている昴へと近づき、「どうする?」と問いかければ、呼吸を整えながらエスピナス亜種の様子を窺いつつ彼は答えた。
「まだ撤退はしない。見ろ、焔の爆撃によって甲殻は結構破壊されている。あっちも危険な状態に入っているだろう。……正確性は優羅しかわからないだろうがな」
そう言いながら優羅へと視線を向ければ、彼女はそれに気づいて小さく頷く。左手に持っていたテッセン【狼】を右手で合わせて持ちつつ指を立てて数字を示してきた。
その指は……五、その後丸を作り、親指を立てて下に向ける。
つまり50%を下回ったという事になる。狂化の種の影響で少しあやふやになりはしたが、生命力が一気に奪われたことは確からしい。
また流石にあの大タル爆弾Gによる度を超えた爆撃は、エスピナス亜種にとって危険ラインすれすれだったのだろう。昴でも焔でもわかるくらいの闇のエネルギーがエスピナス亜種の体を覆うように展開されていた。
それはしばらく定まらない霧のようにエスピナス亜種の周囲を漂っていたが、やがて吸い込まれるようにエスピナス亜種の体内へと消えていく。だがエスピナス亜種の外見は変化しない。
今までのパターンならば狂化竜と成り、その外見を禍々しい闇色へと変化させるはず。あるいは自分の属性の指針に合わせた色合いが浮き上がってくるはずだった。
だがエスピナス亜種の動きを警戒するように見守る昴達の目に、エスピナス亜種の体に黒は浮かばない。黒ではないならばまた別の色か、と考えたが、毒々しい色合いも血のような赤も浮かばない。
そこには変わらず茶色い甲殻、赤い棘、そしてぎらつく碧眼と浮かび上がる緑の模様のみ。狂化の影響などどこにもなかった。
当然昴達の頭に疑問が浮かぶ。
「どういう事?」
優羅ならば何かわかるんじゃないだろうか、と紅葉がエスピナス亜種を睨みながら問いかける。優羅もまた警戒したまま真紅の瞳でエスピナス亜種の体を視る。
そうして視えたものはエスピナス亜種の体内で鼓動する狂化の種と、それを抑えつけるかのような力の動きが確認された事だ。あの力の色は……エスピナス亜種の口から漏れる毒々しい色に近しい。
つまり、エスピナス亜種の力だ。
それが狂化の種を抑えつけている。
(……気力で、闇に抗っている……? バカな……そんなケースが……)
エスピナス亜種は狂化する事を拒んでいる。あくまでも己の力で昴達を退けようというのか。
そんな事があり得るというのか。
よもや一種の飛竜が朝陽達が生み出した力に抗うなど、誰が想像できようか。もしかすると朝陽達ですら想像していなかったことだろう。
しかし現実はこうして形を結んでいる。
エスピナス亜種は狂化の種を抑えつけ、己の力のみで行動していた。ぎろりと昴達を見回すその瞳に戦意は消えていない。あれだけの爆撃を受けながらも、エスピナス亜種は撤退を選んでいない。なおかつ闇の力の誘いを気力で抗っている。
なんと気高い事だろうか。
あれこそまさに真の「強者」というものだろう。
その事に知らず優羅は震えた。しかしそれは恐れから来るものじゃなかった。
そう言葉にするならば――武者震い。
どうしてそうなったのかはわからない。たぶん、本能がそう感じ取ったのかもしれない。
「……紅葉、油断するな。……闇を抑えながらも奴の力は落ちていないように感じる。今までと変わらず……いや、たぶん今まで以上に力を振るう」
命の危険を感じ始めた時こそ奴らは恐ろしい。死なないように外敵を排除する。その生きる、という意志から生み出される力こそ生物にとって最大の力を発揮すると言ってもいいだろう。
エスピナス亜種がそれを繰り出した場合どうなるか。もはや想像するのも恐ろしい。
そんな風に警戒していると、エスピナス亜種が動き出した。何と体を正面に向けたまま後ろへと歩き始めたのである。
そのままゆっくりと翼を広げて体を一度伸ばし、数歩下がったところで強く足を踏みしめて頭を低くし、そのまま優羅と紅葉めがけて一気に疾走。当然直進ではなく有り得ない程カーブして二人を纏めて撥ね飛ばそうとしている。
もちろん身構えていた二人は走り出した瞬間に合わせて防御と回避体勢に入り、自分達が狙われている事を悟れば同時に左右へと散る。
「ヴルルル!」
エスピナス亜種も学習したようで二人が散ればブレーキを掛け、転進しつつ尻尾で背後を逃げる紅葉を一度薙ぎ払い、優羅を狙ってまた走り出す。
優羅も今度はテッセン【狼】を手にしているから走りやすくなり、何度か爆発を繰り返して距離を取ってエスピナス亜種の横に回り込み、反撃の一撃を加えようとした。
だがエスピナス亜種はすぐにブレーキをかけて立ち止まり、首を引いて走り寄ってくる優羅を角で出迎える。
「……当たらないっ!」
しかし優羅の観察眼はバカにならない。ブレーキを掛けながら首を引いているのは見えており、そこから伸びる距離を一瞬で計算して斜めに跳ぶことで角が当たらないところまで前方移動。そこから滑るようにエスピナス亜種の懐に潜り込んで攻撃開始。
それに続くように昴も走り出し、その途中で腰に下げているもう一つの罠、シビレ罠を手にして設置していく。これは落とし穴と違って手軽に設置できるのが魅力的だ。
体勢を低くしながら力強く地面に押し込めば足の刃が地面に食い込み、中心にあるギミックを押すだけで待機状態になってくれるのだから。
「ヴルルル、ゴオオォォォォ……」
しかし小さき者の姑息な手段など嘲笑うかのように、エスピナス亜種は大きく息を吸い込んで鎌首をもたげる。あれは特大ブレスの溜めの構え。それを察知した優羅は一度バック転をしながら閃剣を放ちつつ距離を取るが、そんな小さな閃剣ではエスピナス亜種は揺らがない。
昴も接近するのをやめて来た道を引き返すように転進する。
だが、ハンターは決して逃げるだけではなかった。
溜め攻撃は確かに脅威だ。その一撃だけで状況はひっくり返る。しかも閃光玉を投げたとしてもエスピナス亜種は目を閉じてそれをやり過ごしてしまう。
ならばそれ以外の方法でその溜めを中断させればいい。
「……ふっ!」
テッセン【狼】を一度ローブへとしまった優羅は両手に一つずつ瓶を取り出し、親指でキャップを外してエスピナス亜種へと勢いよく投げつける。その宙に舞う瓶を見て焔は何をするかを察知した。
「サラ!」
「グルッ、ガアアアァァァ!!」
空けられたその瓶から透明な液体が宙を踊り、エスピナス亜種の顔付近へとその雫を零れさせる。そこにサラが吐き出した火炎が飛来し、エスピナス亜種の顔を焼き始めた。
しかしそれだけでは終わらない。その液体に火炎が触れた瞬間、一気に液体を伝うように炎が燃え盛りはじめた。
それは液体が零れ落ちた際にエスピナス亜種の体を伝い、体から足へと流れ落ちてしまっているため、炎はそれを伝って体の表面……それも破壊された甲殻から覗く肉をも焼いていく。
そう、優羅が投げたのはアルコールの高い酒を詰めたものだ。低アルコールならば火はつかないが、度数の高いものならば引火する。その知識がある優羅は、飲む用だけでなく引火させるためのものとして度数の高い酒も持ち歩いているのだ。
更にそれを狙って優羅が指を立て、狙いを定めてパチン、と音を立てて鳴らす。すると細く赤い光が一瞬の内にその炎へと伸びていき、エスピナス亜種の口元で大きな爆発を起こす。
高温の炎に爆発。それらは呼応して連続して爆発を起こし、エスピナス亜種の薄く開かれた口から中へと侵入して影響を与え、溜めこまれているエネルギーにも呼応して爆発を起こしてしまった。
「ゴアアアアアアァァァァッ!?」
たまらず悲鳴を上げて怯んでしまい、またしても特大ブレスは不発に終わる。それを好機として昴達は攻勢に転じる。疾走してエスピナス亜種へと接近する昴と紅葉を援護するように優羅は何度も指を鳴らし、顔付近でまだ小さな火種を残すポイントを狙って爆発を起こしている。
そうしてエスピナス亜種を牽制し、昴と紅葉がそれぞれ攻撃態勢に入る事を可能とした。白猿薙【ドドド】を振りかぶり、腹から尻尾にかけて一太刀入れた昴に続き、力を溜めていた紅葉が疾走の勢いを利用して回転。両足へと連続して角竜鎚カオスレンダーの打撃を与えていく。
最後に勢いよく振り抜いて腹へと強力な一撃をお見舞いしてやれば、たまらずエスピナス亜種はたたらを踏んでしまった。あの爆撃で何度も斬られていた腹はかなり負傷しており、亀裂は大きく刻まれている。
そこで紅葉の一撃だ。亀裂は一気に広がり、ついに決壊。腹もまた肉をあらわにしてしまった。
その苦痛に悶えるかと思ったが、すぐに怒りの篭った碧眼を紅葉に向け、まるで頭突きでもするかのように勢いよく頭を振り下ろしてきた。「やばっ」と思わず漏れた言葉と共に頭の中でイメージを組み立てた紅葉は、自分に強い風を当てて強制的にエスピナス亜種の下から逃げ出す。
どうして走らなかったかといえば、最後の一撃は威力が高い代わりに体が硬直してしまうという隙を生み出してしまう。ついでにいえば今の紅葉の左腕は制限を受けている。そんな状態であれをすれば当然左腕にいつも以上力がかかり、それをカバーするように足や右腕にも力が入る。
そのためいつも以上に硬直が長引き、走って逃げる事が出来なかったのだ。
そして背後は頭突きとその影響で地面に突き刺さるエスピナス亜種の角。その一撃は地面を砕き、振り上げられた角の影響で抉られる。
続けるように後ろに回った二人を薙ぐように尻尾が振り回され、離れた所にいる優羅にはブレスを放っていく。
しかしエスピナス亜種の攻撃というものを何度も見て、感じてきた事で昴達にも慣れが生まれる。どう攻撃が動き、狙ってくるのかが読めてきた。
そうなるとエスピナス亜種という脅威も少しずつ和らいでくる。が、それでも慢心せず回避に全力を注ぐ。
振るわれる尻尾をやり過ごし、距離を取っていけば逃げていく昴を感じてエスピナス亜種は向き直りつつ角を振るって追いかける。眼前を通り過ぎていく角に息を呑みながらも昴は角に触れないように回避し、一気に距離を取って体勢を立て直す。
その際白猿薙【ドドド】には気を纏わせたままだ。その影響でエスピナス亜種の足元にはいつの間にかまた白い霧が漂っている。そこを狙って白猿薙【ドドド】を水平に構え、勢いよく突き出す。
「氷迅閃!」
あの時放った雷迅閃よりも溜めている時間が短いため威力は心もとないが、狙いはダメージではなく凍結にある。着弾した腹を中心として白い霧を伝って凍結が進み、またしてもエスピナス亜種の動きは止められる。
「ヴォルルル!」
が、凍結の力がまだ弱かったのか勢いよく足を踏み出すだけで氷は砕け、すぐにエスピナス亜種は解放された。だがその数秒だけあればいい。たった数秒でも意識が氷に向けられるだけで、離れた所にいる焔が攻撃に移れるのだ。
「飛べ! ガンマ6から10!」
翻る焔のローブから小タル爆弾Gは射出され、エスピナス亜種の側面から再び爆撃される。露わになっている肉へとぶつけられる爆風にエスピナス亜種は顔をしかめ、標的を焔へと切り替えた。
あの焔が自分の体力を一気に奪っていった事はエスピナス亜種も理解していた。アイルーとサラマンドラのくせにあそこまでやってくれたのだ。先に潰すべきかもしれない、と考えを切り替えて向き直り、疾走を開始する。
だがその思考こそ焔達の作戦に嵌ってしまっていた。
サラはエスピナス亜種と先ほど昴が仕掛けていったシビレ罠の直線状に位置取っていた。つまり真っ直ぐエスピナス亜種が焔の下へと疾走したならば、仕掛けられているシビレ罠にかかるのは道理。
「グオオオオオオッ!?」
突如自分に襲い掛かる束縛の力。それを見逃さない昴達ではない。
焔が再びサラの上に立ち、一気に跳躍してローブを翻して叫ぶ。
「飛べ! アルファ21から25!」
陣形は告げない。なぜならばエスピナス亜種の背後から、優羅がテッセン【狼】を構えて接近しているからだ。そのため背中の一点周囲を狙って大タル爆弾を射出していく。
それでも耳を劈く爆音と背中から広がる爆風があるが、いつの間にか優羅は耳栓を付けていた。ちらっと背中を一瞥して爆風の動きを確認し、低姿勢から軽く跳んで体を横回転させ、テッセン【狼】で垂れ下がっている尻尾を連続で斬っていく。
尻尾を通過すれば回転をやめて滑るようにブレーキをかけ、続いてやってきた昴に尻尾を任せて足の前に立ち、深く息を吸ってテッセン【狼】を頭上で交差させて鬼神化を発動させる。
たちまち自身の中から生まれる高められた気。まるで意識が切り替わったかのように頭の中がすっきりとし、同時に闘争本能が沸々と湧き上がってくるかのようだ。
これが優羅にとっての鬼人化の感覚。高められた気をテッセン【狼】に纏わせ、頭上で交差させることで交わり、増幅。
それが自身に影響を与えて高められた気を闘争へと一気にあてがう。
ぎらりと紅い瞳が光ったかと思うと、優羅の手が高速で動き出す。
「――はああああああっ!」
それは双剣の乱舞と呼ばれるもの。鬼人化の際に繰り出される連続攻撃だが、優羅のそれは速すぎて普通ならば目で負えない程だ。その乱舞によって足にダメージを蓄積させ、転倒を狙っているというのがよくわかる。
続いて追いついてきた昴が尻尾を狙って白猿薙【ドドド】を振るう。このチャンスに尻尾にダメージを蓄積させ、切断を狙っているのだ。この長い尻尾は何かと自分達を狙って振るわれる。
初戦の時のようにもしもの時もある。なのでこのチャンスを生かして一気に切断してしまおうと考えた。
「おらあああああっ!」
豪快な掛け声を発しながら頭へと殴りつけるのが横から入って角竜鎚カオスレンダーを振るう紅葉だ。彼女もハンマーとしての作戦の一つ、頭を殴って眩暈を狙うというものを遂行している。
このチャンスの内に自分がそうされたように脳震盪を起こさせてやる、と意気込んでいる。しかし左腕に違和感があるのだからあまり無茶はしてほしくないのだが、と昴と優羅は紅葉へと一瞥する。
だがそれも数秒。今はただこのチャンスを生かして攻め続けるのみ。
「ヴ、オォ、ォォォオオオオオ!」
エスピナス亜種を縛り付ける麻痺毒の効果を、奴は気力で強引に解こうとしている。実際翼がゆっくりと広げられていき、その足も少しずつ地面から離れ始めていた。
やはり他の飛竜達と違う。奴はまさに気高く凄まじい力を持つ存在だ。
頭を揺さぶり続けている紅葉に狙いを定め、噛みつきにかかるがそれを避けて横薙ぎに一発。続けるように叩きつけるように勢いよく振り下ろせばエスピナス亜種の頭が地面に沈み込んだ。
「……っ、つ」
その瞬間紅葉の表情が僅かに歪められた。
左腕に鈍い痺れがはしり抜けたのだ。いよいよ違和感が痛みに変わり始めたようだ。だがそれを紅葉は気力で抑え込み、もう一度エスピナス亜種の頭を叩き伏せようと角竜鎚カオスレンダーを振り上げた。
だがエスピナス亜種は自身に襲い掛かる苦痛と眩暈を振り切って紅葉に反撃するように顔を上げた。それに従って鼻先の角が紅葉へと向かっていく。
「――ッ!?」
咄嗟に角竜鎚カオスレンダーの棍で角の先端を受け止めたが、当然角には猛毒が染み出ている。それに含まれている重酸が角竜鎚カオスレンダーの棍を少しずつ溶かしていきつつ、紅葉の体は強制的に浮かせられる。
「こんのっ……!」
このまま防御し続けても棍が溶かされ、そのまま体を貫かれる。ならばと角竜鎚カオスレンダーを捨てて紅葉は横へと風を吹かせて強制離脱した。主を失った角竜鎚カオスレンダーは重酸によって二つに折れ、地面に落下して使い物にならなくなる。
そんな愛用の武器を見て紅葉は悔しさと悲しさに顔を歪めた。自分のミスで武器を一つ失ってしまった。不甲斐ない。
(ごめん……後で直すから)
心の中で角竜鎚カオスレンダーに詫びながら地面を滑り、シビレ罠から解放されたエスピナス亜種を睨みつける。罠から解放されたため昴と優羅は一度エスピナス亜種から距離を取ろうと動き出している。
だがそう簡単に逃がしてくれる相手ではない。またいつものように角を振るって追いすがってくるんだろうと予想していた。が、予想は外れる。
エスピナス亜種は翼を強く振るって攻撃してきたのだ。翼という強い武器だけでなく振るわれたことで風圧が生まれ、二つの攻撃が優羅へと迫ってきた。
「……ちっ、考えたな」
風圧まで追加されれば簡単に逃げられない。翼を掻い潜っても後からやってくる強い風が優羅の足を止めてくる。そこをもう一度エスピナス亜種が攻撃を入れてくるのだ。鬼人化は既に解いている。そのため風圧を無視して動く事は出来ない。
しかし爆発による強制的な移動でエスピナス亜種から距離を取り、再度振るわれた翼をやり過ごしたが、いつの間にかエスピナス亜種の口にはエネルギーが溜めこまれていた。
「――ッ、ッ、ッ!」
それを三つのブレスとして撃ち出し、優羅へと追撃を仕掛ける。それを横へと跳び続け、再度距離を詰めて反撃に出るが、エスピナス亜種は攻撃を続けるのではなく後ろへと下がるように強く両翼を羽ばたかせて宙に浮かんだ。
眼前へと吹き荒れる風圧に優羅は表情を曇らせ、歯噛みする。そこを見逃さず、宙に浮かびながらエスピナス亜種はブレスを一発撃ち出し、それは狙い狂わず優羅へと着弾した。
「優羅ッ!?」
思わず昴が反応して吹き飛ばされていく彼女を目で追ってしまうが、彼女はまた左腕で顔を庇いつつ気の鎧を纏わせて防御していた。だがテッセン【狼】までは守りきれず、三分の一が重酸によって溶かされている。
それだけではない。ガルルガガードもだいぶ溶かされており、彼女の白い肌が姿を見せていた。
「ヴォルルルルル!」
ゆっくりと着地したエスピナス亜種が低く唸り、首を引いてまた力を溜めながら地面を何度か左足で二度擦る。
まずい、ただの突進以上の加速で優羅を撥ね飛ばすつもりか、と昴は弾けたように飛び出した。焔もエスピナス亜種の狙いに気づいたらしく、サラを走らせて距離を詰めながらローブを広げている。
「飛べ! アルファ26から30!」
ローブから飛び出していく大タル爆弾のミサイル。だがエスピナス亜種はそれを見て地を蹴る。向かってくる大タル爆弾に対して自分から迎え撃つのか、と思ったがそうでもない。
急激にカーブして大タル爆弾全てを受けず、一、二発だけ体に受けながら標的の昴へと向かってきたのだ。自分に迫ってくるエスピナス亜種に対し、昴は息を呑みながらもあくまでも冷静に対処する。
空中に氷の足場を作り、それを使ってエスピナス亜種を飛び越えるように勢いよく跳ぶ。その際白猿薙【ドドド】を振るって背中を斬り、通り抜けていったエスピナス亜種へと転身。
膝を折りながら着地すれば、エスピナス亜種もまたブレーキをかけながら転進し、大きく口を開けて一回り大きいブレスを撃ち出してきた。自分を飲み込むほどのそのブレスは氷壁程度では防げない。
ならば横に跳んで避けるしかない。
それを――エスピナス亜種は読んでいた。
「ん、な……っ!?」
あのブレスはただ昴を攻撃するためだけのものではない。自分を飲み込むほどの大きさをしているという事は、撃ち出した自分を覆い隠してくれる事にも繋がる。つまり突進の構えを取っている事を昴に悟られない。
後は昴がどっちに走り出したのかを一瞬で見抜き、走り出すだけだ。
「くそっ!?」
「昴!」
昴だけでは避けられない。ならば紅葉が助け出すしかない。彼女の風によって昴は更に横へと引っ張られ、エスピナス亜種の突進を避けられる……はずだった。だがその救出方法もエスピナス亜種もまた何度も見ている。
だからこそ昴を追うように曲がる。
『!?』
予想だにしなかったその行動。それでも体が勝手に防御態勢を取り、気を纏わせたのは鍛錬の成果だろうか。頭は働かなくても体がそれに備えていた。
そして角ではなく顔の棘や甲殻の出っ張りに轢かれたのもまた不幸中の幸いか。紅葉も驚いてはいたが、それでも風が昴の体を引っ張り続けていたのだから。
「がっ、ぐ……っ!?」
それでも強い衝撃が昴の体を襲いかかる。それによって紅葉が引っ張っていた方向から一気に逸れ、エリアを囲む山の壁に叩きつけられることになってしまった。そんな昴に止めを刺すようにブレーキを掛けながらエスピナス亜種は口にエネルギーを集め始める。
だがそれを許す紅葉達ではない。優羅はポーチから角笛を取り出して高らかに吹き鳴らす。それは飛竜らの意識を自分へと向け、自分を囮とする事が出来る道具だ。響く音が飛竜らの本能に働きかける効果があるらしく、それは古龍であっても通用する代物だ。
そのため昴の方を向いていたエスピナス亜種はその音色に惹かれるように優羅へと顔を向けることになる。
角笛を吹きながらエスピナス亜種から離れるように走り出せば、それに引っ張られるようにエスピナス亜種は走り出すしかない。その間に紅葉が昴の下へと駆け寄り、その体を起こして傷の具合を確かめる。
「まずは解毒!」
ポーチから解毒薬を取り出し、棘が刺さった部分へとかけてやり、これ以上猛毒が広がる事を阻止する。続いて回復薬グレートを取り出して昴の口元へと寄せてやり、小さく「すまん」と礼を述べながら昴はそれを口に含んでいく。
まだ体が鈍く痛むが、何とか動かせる程度にはとどまっている。そのまま視線をエスピナス亜種の方へと向ければ、角笛をしまった優羅が左手に右手に持っていたテッセン【狼】を、右手に夜烏【小羽】を握りしめて走り回っている。変則的な双剣スタイルだ。
タックルを仕掛けてくるエスピナス亜種を回避しつつテッセン【狼】で弾くように斬り、夜烏【小羽】で閃剣を放って攻撃する。テッセン【狼】は硬いため防御にも使える事は先ほど見た通り。
それを利用してテッセン【狼】で守りながら夜烏【小羽】で攻撃する、というスタイルは一人旅をしている時でも使っていたらしい。
そんな優羅を援護するように焔を乗せたサラが一定の距離を保って走り回る。時に火炎を吐いてエスピナス亜種の傷を焼き、薄く焦げた匂いを立ち上らせるがエスピナス亜種はそんな事など気に留めない。
肉が焼かれたくらいでは奴はもう止まらない。だから焔が優羅に影響を与えないところを狙って小タル爆弾Gを射出していく。
「飛べ! 魚鱗陣でガンマ11から20!」
サラから後ろへと跳びながらローブを広げれば、エスピナス亜種の背中から尻尾の付け根を狙って小タル爆弾Gが陣形を築いて飛行する。優羅に気を取られていたエスピナス亜種だったが、自分に向かってくる小タル爆弾Gに気づいて振り返る。
だが時すでに遅し。そのミサイルは焔の狙い通りに着弾し、更にエスピナス亜種の体を破壊していく。
「オオオオオオォォォォォ!!」
ついによろめいた。
ここまで戦ったエスピナス亜種だったが、いよいよ体力も危険ラインへと突入していったらしい。
それだけではない。今まで抑えつけていた狂化の種もいよいよ抑えきれなくなっている。種が確認されている場所を中心として闇が膨れ上がり、少しずつ背中を黒く染め始めていた。
(……体力も30%を切った。力を抑える事も難しくなってきたか。いや、ここまでよく抑えたというべきか。本当にとんでもない……)
心の中で優羅はエスピナス亜種を改めて称える。よくぞここまで、と素直に評価できる。
でも、自分達はこのエスピナス亜種を討たねばならない。
「……
小タル爆弾Gへと気を取られた事でエスピナス亜種の意識は自分から外れた。ならば自分はやるべきことをやるだけだ。この僅かなチャンスでさえも逃さない。
ぐっと握りしめた夜烏【小羽】に己の気を纏わせ、高めていく。
漆黒の刀身に纏われる漆黒の気。
闇よりも深きその二重の刃は彼女が視認した急所を逃さない。
「――
首を薙ぐように逆手で夜烏【小羽】を振るいながらエスピナス亜種の下を潜り抜ける。その後には首を斬る黒い三日月がエスピナス亜種を傷つけ、そこから大量の血が噴き出してきた。
首を守る甲殻も爆撃によって脆くなっている。そこを何度か斬り続けて更に破壊し、弧月によってついに肉が裂かれる。本来ならば首を切り落とす程の威力を持つのだが、流石と言うべきか。
強固な肉とまだ生き残っていた甲殻の援護もあって数十センチ裂かれるだけに留めた。しかしそれでも十分脅威だ。血が滝のように流れ落ち、苦しげなエスピナス亜種の呻き声が漏れて出る。
だがそれも数秒。すぐに狂化の種がその致命傷を修復し始めたのだ。とはいっても強制的に肉を修復して止血するだけに留められたが、それだけでも消え行く命を止めるだけの効果はある。
その事に優羅は舌打ちし、一度翼を斬りつつ離脱したが、それを追うように角を振るい、頭突きを仕掛けるエスピナス亜種。優羅へと向き直った事で体勢を立て直していた昴と紅葉が背中を取れる位置に回り込め、一気に距離を詰めてきた。
それぞれ氷と気の力を纏わせて疾走している。そして紅葉は角竜鎚カオスレンダーが使えなくなっているため、仕方なくデスヴェノムモンスターで代用していた。
しかしエスピナス亜種もただがむしゃらに暴れているわけではなかった。静かに怒りを溜めていたように、その口にはエネルギーが静かに力を溜めていたのだ。
「――――ッ!」
だがそれを叩きつけるのではなく、天を仰いで打ち上げ花火の如く空へと撃ち出す。それが意味する事は一つ。
またしても流星群が降り注ぐ。
「くそっ!」
叩きつけなかったのは爆風が昴達全員を巻き込めないからだろうか。それだけでなく流星群ならば範囲内全てが危険地帯。そうやって防御態勢を取っている間に次の攻撃態勢に移れる。
実際エスピナス亜種はまた力を溜めて標的を定めながら準備している。
「離れろ、サラ!」
サラに命じながら焔が飛び降り、札を取り出して障壁を展開しながらその危険地帯へとあえて踏み込む。今度の流星群はさっきと違って細かい物が降り注いでいる。あれでは優羅の爆風でも全てを落とせない。
そこで焔がもう一枚の札を取り出し、優羅の上へと投げつけて障壁を展開させて彼女を守った。
昴達はというと紅葉が風を周囲に渦巻かせて、降り注ぐブレスを逸らして身を守っている。そのせいで紅葉は溜めていた気を発散させるしかないのだが仕方がない。
攻めるよりも守りを。
降り注ぐブレスは紅葉が築いた風によって二人の周囲へと流れ落ち、爆発する。エスピナス亜種の周囲はまさに絨毯爆撃したかのように穴がどんどん空けられていき、割れた大地の破片が撒き上げられていく。
そんな中昴達はただ身を守る事しか出来ない。最初みたいに大きさがあって数が少なければ優羅はまた走り抜けていく事が出来ただろうが、小さくて数が多ければ抜けられる道が限られてくる。
その為ああして止まっているしかない。
それはまさしくエスピナス亜種にとっては的でしかない。
「ヴォアアアアアアァァァァァァ!!」
力を篭めた一撃を解放するように、傷ついた体でありながらエスピナス亜種は最高速度で優羅へと疾走した。気づけばエスピナス亜種の姿が目の前にある。今まさに優羅はそんな感覚だっただろう。
焔の障壁がどれだけの守りを持っているのかまでは詳しく知らないが、これだけでは足りない。
本能が叫ぶままにテッセン【狼】と夜烏【小羽】を構えて最大の力で守り、なおかつ気を展開させて衝撃に備える。
衝撃は――ぶつかり合った。
「……く、ぁ、ぁあああああっ!!」
焔の展開した障壁は一瞬軋み、初撃を守ってはくれたがそこまでだ。エスピナス亜種の突進の力に競り負け、破壊される。その一瞬で優羅は角を避けてその横顔の上に乗り、双剣を突き立てて衝撃に対抗した。
体を守るように纏わせた気の鎧でも衝撃をすべて殺せない。両腕にかかる負荷もバカにならない。だが奴が進撃するたびに突き立てた双剣がエスピナス亜種の内部へと食い込んでいく。
「グオオオオオォォォォォ!!」
自分の上に乗る優羅を振り落とすように顔を振り回しながらブレーキをかけ、双剣の柄を握りしめている優羅はそれに従って振り回されるしかない。しかも両腕にかかった負荷のせいで力が思うように入らず、だめだと思っても手放してしまった。
そこを狙ってエスピナス亜種は角を振り上げ、彼女の体を貫く。
「……ぁがっ、くぅ……っ!?」
腹の中心ではない、少し左に逸れたところだったが、彼女は確かにエスピナス亜種の角に貫かれていた。それを見た昴と紅葉は息を呑む。
頭が沸騰しそうなくらい怒り、同時に心がざわつくほど動揺している。
大丈夫だ、彼女に毒は効かない。だからあれで毒殺されることはない。
そう理解していても、角で体を貫かれているという事実が頭を殴りつけてくるのをやめない。ぎりっ、と昴はまた歯を食いしばり、白猿薙【ドドド】を強く握りしめながら走り出す。
彼の怒りに呼応しているのか、白猿薙【ドドド】が内包している冷気が蒼い刀身の周囲に暴れ回っている。
(冷静に、冷静になれ。怒り狂うのは愚の骨頂。頭は冷たく、しかしその闘志は熱く燃えたぎれ! 呼応しろ、俺の冷気!)
ローブからサファイアのネックレスを取り出して首に下げる。すると体にかかる負荷も軽くなり、更なる冷気が白猿薙【ドドド】に纏われる。
そんな彼の去っていく姿を見ながら紅葉はローブの中から回復薬グレートを取り出して半分飲み干して残りを左腕の隙間からぶっかける。
最後に優羅から受け取った瓶を取り出してキャップを開ける。
「…………ごめん、優羅。最終手段、使わせてもらうよ」
聞こえているのかどうか知らないが、謝罪の言葉を口にしてそれを一気に煽る。
すると頭の中がボーっとしてきた。続いて体が火照ってくるように熱くなり、それに従って脱力してくる。だが体の内側から何かがゆっくりと外れていき、もう一度角に貫かれながらも角を左手で握りしめ、不敵に笑いながらローブの中からいくつかの瓶を落としていく優羅の姿を見えた。
体を貫かれながらもあんな風に意志が折れていない彼女の姿を見た瞬間、頭の中のスイッチが切り替わった。
「――オーケー、殺る!」
瞬間、赤い風が走り抜けた。
角に貫かれながらも優羅は決して心は折れなかった。毒は侵入した段階から無害なものになっているが、いくらなんでも貫かれたままだと体の処理も追いつかない。少しずつではあるが傷口から嫌な感覚が広がってきている。
激痛だけでなく処理を逃れた猛毒が優羅の体を侵してきているのだ。それでも優羅は震える左腕でエスピナス亜種の角をがしっと掴んで不敵に笑う。
「……っ、く、ふぅ……く、くく、アタシを貫いている間は、お前は逃げられない……っ!」
じゅっとガルルガガードが少しずつ焼けていくが、それでも優羅は角を離さない。彼女の手で掴みきれるはずもないが、エスピナス亜種はその優羅の笑みを見て何かを悟る。
だが目の前にある真紅の瞳がじっと自分を睨み付けてくるだけで、どういうわけか体が動かない。
傍から見ればエスピナス亜種が優羅を捕らえているかのようだが、実際は逆。捕らえられている優羅が放つ気配が、そのシュヴァルツの気配がエスピナス亜種の体を捕らえて離さない。
その上で優羅はローブを広げてそこからいくつかの瓶を落としていった。それは落下途中で優羅の足に蹴られ、エスピナス亜種の左側で破壊されて液体をぶちまける。その後漂ってくる刺激臭。
それはあの時優羅から投げられた物と同じ匂い。
「……燃えろ!」
その場所に視線を向けるだけで酒に引火して勢いよく燃え上がり、またしても肉が焼ける匂いが漂ってくる。だがそれだけではエスピナス亜種にとって脅威とはならない。
だがその燃えている所に更に火薬を当てていけばどうなるか。
「飛べ! デルタ1から5!」
横から飛来してきた小タル爆弾がその炎へと突っ込み、その爆発力以上の爆発を連続して起こしてエスピナス亜種へとダメージを与える。それによろめくエスピナス亜種の隙をついて優羅は両足を使って強引に角を蹴り、角から体を抜き取った。その際に傷口から一気に抑えられていた血が噴き出してくるが、それを焼く事で強制的な止血を計る。
「……ッ、くぅ……!?」
傷口を焼くという手段は一瞬強烈な苦痛を伴うが、効果的ではある。地面に落下する際に受け身を取りはしたが、完全とは言えない。呻きながらも優羅は何とか立ち上がり、エスピナス亜種から距離を取ろうとしたが、当然その碧眼が優羅を逃さないはずはない。
だがそのエスピナス亜種の右翼から青白い刃が振りかぶられてその体を切り裂く。
「……ッ、ヴォォォォオオ!?」
斬られた部分は凍結し、強い冷気が白い霧を生み出している。
「離れていろ、優羅」
「……昴、それは……」
やってきた昴の右腕は凍結している。フルフルDアームによって守られているとはいえ、右腕と白猿薙【ドドド】が同化するように氷に覆われている。そして白猿薙【ドドド】はというといつも以上に冷気を振りまいており、近くに寄れば漂う白い霧に凍らされそうだ。
「後は、俺がやる!」
そう言って飛び出していく昴の瞳には強い意志が宿っていた。疾走する彼の後には白い霧が尾を引き、彼を追いかけるように移動していく。
だが優羅の視界にはもう一つの風があった。
エスピナス亜種の尻尾へと迫る赤い風。だがどうも様子がおかしい。
あの風はあそこまで燃え滾っていただろうか?
「…………まさか」
優羅が一つの仮説を立てた時、赤い風は一点に集中して纏められていく。
それは彼女の右足。疾走する彼女の右足へとその風は収束し、十分に集められたところで一気に跳躍。
「おらあああああああああああ!」
いつもの咆哮を上げながら勢いよく前転しつつ落下し、その勢いも利用して右足を振り下ろす。その右足には風のエネルギーが集まっており、刃を作り上げていた。
そしてエスピナス亜種の尻尾は昴があらかじめダメージを積み重ねている。そこに遠心力が乗った紅葉の右足の一撃に風の刃が加わればどうなるか。
尻尾の付け根からその一撃によって両断され、エスピナス亜種の尻尾が宙を舞う。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」
切断面から血が噴き出すのも構わず、紅葉は素早くそこから離脱し、横から腹下へと入り込んで蹴り上げる。続くようにして優羅が乱舞を仕掛けていた足を狙って右手を強く握りしめ、勢いよく正拳突きを放って痛みに悶えるエスピナス亜種を転倒させてしまった。
「はっはあああああああぁぁぁ!! まだまだこんなもんじゃない!」
転倒に巻き込まれないように勢いよくバックステップして離脱した紅葉は親指を立てて下に向けて挑発するように叫ぶ。明らかにいつもの紅葉じゃない。
それにあんな大層な事を叫んで攻撃を仕掛けていた昴は無言になってしまう。だがこの明らかなチャンスをふいにするわけにもいかず、白猿薙【ドドド】を振るいながら「誰だぁぁぁ!? 紅葉に酒を手渡した奴はあああ!?」とどこか動揺したように叫んでいる。
そんな悲痛な叫びをあげる昴はこんな状況下でも昔の事が頭に蘇っているのだろう。別の意味で恐怖に震えている彼を見て「……すみません、アタシです」と言うわけにもいくまい。
ローブから秘薬と回復薬グレートを取り出して応急手当てをしつつ、優羅は紅葉の様子を窺ってみる。主力武器を失っているためなのか、あるいは酔っている時は格闘術の方が効率がいいのか、紅葉は武器を手にしないで攻めている。
また走っている時にでも装着したのか、彼女の首にはエメラルドが光るネックレスがあった。そのおかげであれほどまでの風を行使しても問題ないらしい。
そしてこれが一番の効果だろう。
紅葉の身体能力のリミッターが少し外れている。
酔っている影響で自分の力がいつも以上の力を発揮しているという事は紅葉でも何となくわかっていたらしい。だからこそあの時酒をくれない? と持ちかけてきたのだ。
問題はリミッターを外しているため終わった後の反動がプライベートの時よりもきついんじゃないかという事と、昴達にも絡むんじゃないかという事。後者は勘弁願いたいため優羅も最初は渋った。
「おらおらおらおらおらああああぁぁぁぁ!!」
左腕を痛めている影響なのか、紅葉は先ほどから足技ばかり多用している。今も右足で倒れているエスピナス亜種の腹を何度も蹴り続けている。それでも十分破壊力があるらしく、その衝撃音がなんでここまで届いているのかと優羅は冷や汗ものだ。
恐らく紅葉の後ろにいる焔も呆れかえっているんじゃないだろうか。姿は見えないけど。
一方昴はというとせっかく短期決戦を決意してあんな手段を用いたというのに、完全に紅葉に持っていかれている。だが攻撃の手はやめない。腹を紅葉がやるならば背中は自分が担当するとばかりに白猿薙【ドドド】で気刃斬りを行っている。
転倒しているエスピナス亜種は起き上ろうともがき続けているが、腹にかかる衝撃は内臓にまで達している。それによって力が入らず、更に地面に縫い付けられるように冷気が背中と地面を凍結させた。
つまり先ほどの優羅がそうであるように、エスピナス亜種もまた紅葉のいい的になってしまっていた。しかしそれはただの的とサンドバックという大きな違いでもあった。
「これ以上苦しめるってのもあれね。もう、終わりにしましょうか」
頬を少し紅潮しながらも据わった目をしている紅葉は呟きながら身構える。右足に集めていた風のエネルギーを右手に収束させてまた気を高めていく。
イメージするはいつも手にしている角竜鎚カオスレンダー。愛用している武器という事もあってイメージするのは容易い。
今回は最後まで共に戦う事は出来なかったが、それでも心は一つ。右手の風に顕現するは角竜鎚カオスレンダーの鎚の部分。その証として二つの角が形作られる。強く右手を握りしめて改めて正拳突きの構えを取る。
そんな彼女の反対側では昴が背中から顔へと移動していた。あのまま背中に居たら衝撃が反対側まで突き抜けそうで怖い。
それに顔もまた生命の急所。引導を渡すならばここでも十分だ。
エスピナス亜種はもう自分の敗北を悟っているらしく、もう抵抗する素振りもない。しかし背中にある狂化の種は無様にも抗い続け、侵食しようともがいてはいるが、昴が凍結させた部分に閉じ込められて何も出来ない。
その碧眼はじっと昴を見据えて動かない。昴もまたその碧眼を受け止めて白猿薙【ドドド】をゆっくりと構えていく。白い霧が蒼い刀身へと立ち上り、青白い刃はあたかも白銀のように煌めき始める。
よくぞここまで戦った。
碧眼が語るはそんな言葉だろうか。戦意がなく、戦った相手を称えるかのような感情が浮かんでいるような気がした。
そうだ。よく折れずに戦った。
繰り出す攻撃はどれも自分達の心を折りかねない程に強く、命の危険を今まで以上に伝えてくる。しかも仲間を失いかねない程の状況にまで落としてきたのだ。こんな感覚も久しぶりだった。
でも撤退を選ばなかった。
エスピナス亜種もまた退かなかった。
お互い全力を出してぶつかり合った。
だからこそ充実感がある。
自分達は――この戦いに勝利したのだと!
「――氷刃斬破!」
「だらっしゃあああああああああああ!!」
振り下ろされる白銀の刃はエスピナス亜種の首を斬り裂き、紅葉の正拳突きは腹を通り抜けて背中へと到達。二人の全力を以ってして繰り出された一撃は、まさにエスピナス亜種の命を吹き飛ばしてしまった。
勝利は収めた。
しかしその反動はあまりにも強く、ぎりぎりの戦いを繰り広げていた二人は力が抜けたようにその場へと倒れ伏せてしまった。
こうして峡谷の戦いは幕を閉じる。
『