呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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95話

 

 

 ココット村へと戻ってきた昴達は迷わず酒場へと向かって村長へと報告する。その場にはやはりというべきか獅鬼と雷河もおり、昴達を出迎えてくれた。

 そして改めて昴が村長へと報告する。エスピナス亜種は討伐、死体はギルドがきちんと回収して浄化されたはずだ。

 しかし昴達も心労と負傷、魔力消費とひどい状況だったため一日オルド峡谷付近の村で療養しなければならなかった。そうしてきちんと休息を取り、今日こうしてココット村へと帰還したのだ。

 それだけ時間があれば当然ギルドから村長へと報告が届いているだろうが、戦闘状況などについては口頭で伝えるしかない。酒場の奥にある部屋に移動して報告を済ませると、村長は煙管を吹かせながら小さく頷く。

 

「よくぞ戦った。こうして見ればわかる。主らは出陣していった時よりも成長しているという事がのう」

 

 眉に覆われて見えないが、じっと昴達を見据えているのがわかる。村長は昴達を本心から褒めてくれている。そして軽く煙管を指で弄りつつにやり、と皺が刻まれている頬を緩めてこう告げる。

 

「主らをHR51以上の世界を認めよう。エスピナス亜種という大きな壁を超えたのじゃ。条件を満たしたものと認めても問題あるまい」

「ほ、本当に?」

「ああ。あらかじめ手回しはしてある。手続きを済ませれば主らはHR51となる。……ああ、黒崎優羅に関しては今まで蓄積されていたポイントも加算される故、51以上になるじゃろうがな」

「……そう」

 

 前から決めていた条件。公式狩猟試験は現在難しいが、それに見合う功績をあげられたならばHR51以上を認めるというもの。エスピナス亜種を討伐したのだから条件は満たされた。

 昴達は更に上の領域へと足を踏み入れられるのだ。

 その事実に喜びに体が震えそうだ。

 だがそれだけではない。HR51以上になったという事は、村長の情報網に関する事も教えてもらえるという約束があった。その上で情報関連の顧客としても認められる。

 昴がその事について訊いてみると、村長はわかっているという風に頷く。

 

「主らを認めたのじゃ、話してもよかろう。……のう、獅鬼よ」

「ああ、構わない」

 

 もしかして獅鬼も村長の顧客の一人か? あるいは獅鬼が情報源?

 そんな昴達の視線を受け止めて獅鬼は仮面の下で薄く笑う。

 

「お前達の察している通り、オレは情報源の一つだ。主に裏で動く事を日常的にしているからな、裏で行われている事などを情報として提供しているのだ。例を挙げれば裏稼業の犯罪者の情報だな」

 

 考えられるならば密猟者だろうか。今この状況でそんな輩は現れないだろうが、それでも裏の繋がりは保っている。もちろんその情報屋の繋がりは秘匿する。情報自体は教えてくれるが、その人物までは話さない。それがルールだ。

 

「さて、敵は恐らくシュレイド地方に来る。来る途中に会ったオレの知り合いが言うには残りの狂化竜は十を切った。エスピナス亜種も数に入れるならばもう九以下だな。もう終わりは近い」

「シュレイド地方……闇で考えればまさかとは思うが旧シュレイド城?」

「然り。あそここそが決戦の地とオレは推測している。だがもう朝陽が来ているのかどうかまでは把握していない。どうもあいつは隠れる事ばかり上手くなりおったからな」

 

 そうでなければ数百年単位で月に見つからずに済まないはずもない。そのため空間魔法で逃げた彼女達が一体どこに消えたのかはまだ不明。当然そこからの足取りも不明なので中央のどこかにいるのではないかとしか言えない。

 だが狂化竜も数を減らしている。その分彼女の力も増え、計画も進行しているのだから最終段階にはいるために移動してくるだろう。そこを押さえるしかない。

 結局は待ちの体勢でいるしかないというわけだ。

 伝説の情報屋である香澄ならば知っているかもしれないだろうが、風花はそれを訊かなかったし、獅鬼も会えない。話によれば情報屋の繋がりの先に香澄がいるらしいが、その情報は村長へは届かないらしい。口惜しい事だ。

 

「……さて、情報の事も気になるだろうが、オレとしても今回の一件に関して色々言いたいことがあるわけだ」

「む? それはどういう?」

「まず少年、リーダーがあまり深く心を動かすな。仲間が重傷を負ったからといって一々落ち込んでいたらこの先やっていけんぞ」

「…………そうだな、気をつける」

 

 仮面の下からじっと昴を見据えて告げれば昴は反省するように俯いた。続いて獅鬼は優羅へと視線を移す。

 

「次に優羅、前線と囮を兼任したようだが、頑張りすぎだ。最後あの二人に決めるために角に貫かれたそうだな? お前だから生き残れたが、普通ならばそれだけで死んでいる。気をつけろ」

「…………ん」

 

 確かに獅鬼の言う通りだ。エスピナス亜種の角が、一番猛毒が滲み出ている部分。その角の一撃も驚異だが、滲み出る猛毒が体内に侵入するため当たればほぼ死ぬ一撃だ。だからこそ昴達は必死に避けていたのだが、優羅はその一撃を受けている。

 でもこうして生きているのは彼女に毒が通用しないから。多少危険性があったようだが、村で治療を受けて生きながらえている。

 

「後で傷の具合を診てやる。毒は分解されているとはいえ、貫かれたのだ。傷跡など色々面倒だろう?」

「……ん、よろしく」

「さて、次に少女……は後回しにして、おい焔」

「あ、何?」

 

 呼ばれ方が少し荒っぽかったため、焔もまた腕を組みながら横目で睨み上げる。そんな焔にため息をつき、雷河へと目配せすると彼は小さく頷き、獅鬼を見上げている焔の頭を後ろから鷲掴みにして持ち上げてやる。

 

「いっ、いだだだだだだだだ!? ちょ、いきなりなにっ!?」

「なに、じゃないわ阿呆が。貴様はオレが昔忠告したことを忘れているようだな?」

「なっ、なんのはなっ……おい猿!? 強く握りすぎじゃボケェ!?」

「あーなにー? 久々なんでー、加減がわかんねーわー」

 

 明らかな棒読みで焔の叫びを無視しつつ、アイアンクローでぎりぎりと焔の頭を握りしめていく。明らかに危険な行為だろうが、それは話を聞く限りでは過去にも何度かやっている事らしい。

 つまりは罰という事だろうか?

 

「この爆弾狂(ボンバーハッピー)が、貴様はラオを相手にでもしていたのか? なんだ大タルG十設置とは? 自重という言葉を忘れたのか!?」

「はいはい。まだ叫ぶ余裕があるらしいから、そら、ギリギリーっと」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!? やめ、やめろ猿ッ!? はーなーせぇぇぇ!!」

「まったく、少年達もどん引きだっただろうよ。どこの世界に飛竜相手にGを十も一気に放出するボマーがいる? 抑えて五くらいにしておけというものを……」

 

 そして獅鬼がやらずに雷河がやるという事は……恐らく獅鬼がやれば焔の頭が……いや、やめよう。それはさすがに想像したくない光景だ。

 それにしてもボンバーハッピーとは……トリガーハッピーの爆弾バージョンだろうか? 確かに焔は異様に爆弾を持ち歩いているな、とは思っていたがよもや実戦であれだけ使うとは昴達も思わなかった。

 特に獅鬼が言うように、大タル爆弾Gの一件はどん引きだった。

 うん、正直に言おう。どん引きである。

 軽く獅鬼が手を挙げれば雷河はぱっと手を離し、そのアイアンクローで気力を削がれた焔は受け身も取れずに床に落下。そんな彼女を獅鬼は見下ろして腕を組む。

 

「報告を聞いた時は耳を疑ったわ。また……またやったのかと。わかっているのか、焔よ? お前のその悪癖は易々と一つの村を滅ぼせるのだという事を」

「……でも相手は狂化竜候補。手加減は無用でしょうが」

「ああ、それも然り。だが……限度がある。一歩間違えればそこの少年達も巻き込まれているのだぞ?」

「その辺りはこいつらの実力で大丈夫だと思ったし、実際大丈夫――」

「――結果論だ。狩りに、戦いに絶対はない。昔に比べればマシになったとは思っているが、お前はその悪癖でとんでもない事をしている事を忘れるな。なあ、『破壊の焔』?」

 

 最後の異名を聞いた瞬間、焔がその耳をピクリと動かし、苦々しい表情をして舌打ちした。焔の過去は何も知らないが、何かあったという事が今の話の雰囲気で察した。

 そんな焔を一度ぽん、と叩くように頭に手を乗せた獅鬼は「以後、気をつけろ。でなければ未寅(みとら)に代わって、オレがお前を制裁せねばならん」と焔にしか聞こえない声で囁きかけて離れる。

 焔はまた舌打ちして立ち上がり、壁際によって座り込んだ。彼女の事は気になるが、焔の一件はこれで終わりだとばかりに獅鬼はぱん、と音を鳴らすように手を叩く。

 

「さて、最後は少女だ。お前もツッコミどころがある。わかっているな?」

「あー……え、と……うん、あれ?」

 

 ちらっと焔の方へと視線を向けたが、自分の事を突っ込まれると訊かれれば一つぐらいしか思い浮かばなかった。

 

「エスピナス亜種を殴る、蹴るとしたようだな? それもオレ達は耳を疑うしかない。オレや月などならばわかる。人間じゃないのだからな。……だがお前は人間だ。怪力だという事は知っているが、それが奴に通用する程の威力だったなど異質だ。……お前が本当に人間なのかと疑うしかない」

「あー……うん、でしょうねぇ。ってかあの時はあれだったし……」

 

 歯切れが悪く苦笑しながら頬を掻く紅葉。彼女はあの時酔っていた。その上でリミッターを外している状態だったため、あまり記憶がないのだ。起きた時はその反動に顔をしかめたくらいであり、また結構暴れたんだな、とだけ考えていた。

 しかし獅鬼は彼女が酔っていたという事は知らないようで、雷河と一緒にじっと紅葉を見つめている。

 

「こうして見る限りでは少女は人間にしか見えん。お前はどうだ?」

「そうだねぇ、俺からしても人間にしか見えねえよ。……黒い嬢ちゃんはどうなんよ? あんたの眼だったら何か視えんじゃね?」

「…………あ? アタシの事か?」

 

 雷河から呼ばれたことに今更気づいて優羅がじろりと雷河を睨む。彼の呼び方は獅鬼に影響されており、名前で呼ばずにその人物の特徴と獅鬼の男女の呼び方をくっつけている。

 そう呼ばれないのは焔や風花に月、あとは大長老などの特殊な人物だけ。

 優羅に睨まれて「おお、怖っ」とおちゃらけながらうんうん、と頷いてどうぞ、と紅葉を示す。

 ああいう輩は反応したくない、と視線を逸らして紅葉をじっと見つめる。優羅としても紅葉の怪力については前から疑問を持っていた。鍛えられた、といえばそれまでなのだがそれにしては強すぎると思っていたのだ。

 しかしこうして人間か? という根本的な問題を提示されたら気にならないはずもない。自分だって人間だ、と幼い頃は言い聞かせていたが、実際はシュヴァルツの血統を引き継ぐ特殊な人間だと判明したくらいだ。

 紅葉にだってなにか秘密があるかもしれない。

 そう思って視てみたのだが……なにも視えない。いや、視える事は視えるが、それは彼女の魔力と人間である事を示すものだけ。それ以外は何もない。

 

「…………人間にしか視えない」

「なるほどねぇ。……だってよ、親父」

「ふむ…………」

 

 他者の中に秘められた力の波動で、種族を特定できるシュヴァルツの目を持っている優羅でさえこれだ。こうなったら本当に紅葉がちょっと特殊な人間だ、という事で結論付けられる。

 獅鬼もさすがにこればかりはわからないと口元に指を当てながら唸っている。

 そんな彼を見て雷河はもう一度紅葉を見つめ、「んー」と天井を見上げながら頭の後ろで手を組んだ。

 

「そういや赤い嬢ちゃんは竜宮って名前だったか」

「うん、そうよ。竜の宮と書いて“りゅうぐう”」

「ふむふむ……いやー例えばの話だけどよ。嬢ちゃんの祖先が竜の因子を身に宿した魔族ってケースはないかね、とか思ったりして、ははは」

 

 その雷河の何気ない言葉に弾かれたように獅鬼が顔を上げ、雷河、紅葉と顔を向ける。昴達もまた呆然としたように雷河の言葉を吟味し、紅葉を見るしか出来ない。

 そんな一同の反応に言い出しっぺの雷河が「……あれ? 嘘、言ってみただけなのに」と驚いている。

 そして驚いている人物はもう一人。

 

「……え? マジで?」

 

 当の紅葉は固まるしか出来ない。

 無理もないだろう。優羅がそうであるように自分もまた祖先が魔族だなんて突然言われて信じられるだろうか。全員から向けられる視線を前に苦笑いしか出来ないだろう。

 

「……いや、あり得ない話じゃない。アタシと同じように紅葉の名字は紅葉の母親のもの。普通父親の名字が名乗られるのにそうしなかった。アタシの場合はシュヴァルツの『黒』を残すためだと今になれば理解できる。……ならば紅葉の場合は『竜』を残すためだとしたら?」

「…………え、ほんとに? え? うそ、マジで?」

 

 名字に関しては紅葉も知っていたが、そういう理由だとするならば何となく話が繋がってくると理解できる自分が怖い。だがそれを聞くにしても自分達の両親はあの一件で死んでいる。

 苦笑いしながら紅葉は僅かに挙動不審になっている。昴は冷静にあろうと無言になっているようだが、驚きは隠せないらしくその目が少し見開かれたままだ。

 そんな彼らをよそに獅鬼は小さく頷いて決意する。

 

「少女のブラッド・ルーツを調べよう」

「ブラッド・ルーツ? それは?」

 

 硬直から解放されるように昴が疑問を口にする。単語的に血をどうにかする、という事は何となくわかるが、その意味するところまではわからない。

 疑問ももっともだ、と獅鬼は頷き、ローブから細長いガラスの容器を取り出して紅葉に近づいていく。

 

「ブラッド・ルーツ。それは対象の血を少し採り、その血を調べることで対象の血統を確認するというものだ。オレ達神倉にとってなくてはならない技術だな」

「血を調べる……」

「そうだ。調べるだけではなくその血に含まれる因子を抜き出す、というのもある。そうやって一つの因子を抜き出し、集め、別の神倉に移す事でその人物にその因子の影響を強くさせて意図的に改造するというのもあったな。神倉の者ならば大抵の者が使える技術だ。……さて、少し痛むぞ」

 

 指先に小さな気の刃を発現させながら獅鬼が説明し、紅葉の腕を薄く切って血を滲ませてやり、取り出したガラスの容器にそれを流し込んでいく。ある程度血を採ると治癒の気功術を当てて傷を塞ぎ、採った血を確認するように目線まで掲げる。

 それにしても血を調べる、か。

 力を求める神倉一族はとにかく強い血統を求めた事だろう。血を調べて因子を抜き出す、というのも彼らが竜人族であり、子供を成す事が難しい事も関係していたんじゃないだろうか。

 だから血を抜き、因子を調べて集め、誰かに移す。そうやって人為的に強い血統を集めて交配し、強い子供を作る。考えられない事ではない。

 そんな風に昴が考えていると、術を発動させてじっと容器を見つめていた獅鬼が小さく唸る。

 

「……妙だな。人間にしか見えん」

 

 人間にしか見えないのに妙とは……そんなに紅葉が怪力だというのがおかしいのだろうか。……いや、もしかすると紅葉の怪力に慣れてしまった昴達がおかしいのかもしれない。もうわけがわからない。

 

「……いや、待て。小さな混じりが見えるぞ。これは……むむ、小さすぎて判別がつかん」

「混じり? ということは……」

「ああ、少女の祖先の影響が今もあるという事だ。だがこれでは…………そうだ」

 

 獅鬼が容器から紅葉へと視線を移し、「リミッターはどうやって解除した?」と問う。その事に昴がぴくりと反応し、うっすらと冷や汗をかきながらちらちらと獅鬼と紅葉を交互に見る。

 当の紅葉もまた苦笑を深めながら「……酔うことで」と小さな声で答えた。

 

「酔う? ……なるほど、酔う、か。それも一つの手段だと知っているが、なるほどな……。よし、酒を用意しろ」

「ま、待ってくれ! まさか……呑ませるのか?」

 

 ある意味トラウマになっている昴は止めざるを得ない。今回は二人とも力を使い果たして倒れ、紅葉はそのおかげで暴走する事はなかったのだが、今回はプライベートといってもいい。

 つまり、暴走する可能性がある。

 冷や汗をかきながらも彼は止めなくてはならない。いや、調べるためとはわかっている。でもどうしても体が反応してしまうのだ。

 そんな昴を見て「お前は何を言っているのだ?」という風な雰囲気を纏い、

 

「当り前だろう。もしかするとリミッターを解除する事で血の反応が変わるやも知れん。ならば呑ませるしかあるまい」

「ぐ……む……」

 

 獅鬼の言う事ももっともだ。そういう可能性がある事はわかっている。紅葉の謎を知りたければ酔わせるしかない。

 でも心配なのだ。

 あの紅葉は……ただでは止まらない。いつもその場にいた昴としては頭が痛い出来事。

 しかし今回は強者の獅鬼がいる。そういう状況になっても彼が止めてくれるかもしれない。彼ならば……紅葉を物理的に止められる。そんな気がする。

 苦渋の決断だが、昴は「……頼みます」と頭を下げる。

 

「よし、では酒は……」

「…………これで」

 

 酒ならば優羅がいつも持ち歩いている。その中で彼女のお気に入りであり、前回リミッターを外した際に呑んだフラヒヤ酒を紅葉に手渡した。「ほう、フラヒヤ酒か」とラベルを確認した獅鬼は何度か頷く。

 

「何杯で酔う?」

「……一杯で」

「…………弱いのか?」

「ええ、まあ……」

 

 一杯というのが意外だったらしく、獅鬼がどこか気遣うように訊けば、その気遣いが恥ずかしかったらしく紅葉は苦笑しながら視線を逸らすしか出来ない。

 少し奇妙な空気になってきたが、それを流すようにこほん、と軽く咳をし、獅鬼が「では頼む」と新しい容器を取り出しながら告げ、紅葉は紅葉でじっとフラヒヤ酒を見下ろしていた。

 また酒が呑めるという小さな喜びと同時に、どうなってしまうんだろうか、という大きな不安を抱えていた。だが自分のこの力の根源を知るためならば、この疑問を解消するためならば、突き進むのみ。

 蓋を開けてぐいっと瓶を傾け、透明な液体を喉へと流し込んでいく。

 

「……ぷはぁ」

 

 新品のその酒はだいたいグラス三杯ほどの量を消費されたように一気に飲み干された。それだけで紅葉の目は据わり、頬は紅潮している。艶めかしい吐息を吐きつつ、ぐるりと青い瞳がゆっくりと昴達を見回し、不意に彼女はにやりと薄く笑った。

 頭の中で何かが外れたかのような感覚。それに従って体は脱力。ぺろり、と赤い舌が唇を軽く舐めた後、紅葉は弾かれたように獅鬼へと向かっていく!

 

「はっはぁぁああああ――――」

「――ふっ」

 

 瓶を持っていない右手を振りかぶって獅鬼へと殴りかかろうとしたが、脱力から生み出されたいつも以上の速さを獅鬼は読み切っていた。その拳が獅鬼へと届く前に掌で弾かれ、とん、と軽く指を紅葉の額に当てるだけで彼女の体は硬直してしまう。

 

「!?」

 

 その一瞬だけの攻防。

 それだけで勝負は決していた。

 リミッターが外れた紅葉の全力を、あの一瞬だけで終わらせてしまう。その事に昴と優羅だけでなく、指だけで止められている紅葉もまた戦慄した。しかも目の前にある仮面の奥から放たれる覇気で紅葉の体は動かそうと思っても動かせないでいた。

 冷や汗をかく事も出来ない。

 紅葉の体は文字通り時が止まったかのように沈黙している。

 そうして彼女の動きを止め、獅鬼は黙々と血を採るだけ。必要な量を採ってきちんと傷を塞いだ後、指を額から離してローブの中に入れ、一つの瓶を取り出して彼女の右手に優しく握らせてやる。

 

「それを飲んで酔いをさますといい」

 

 そう告げれば紅葉は力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。そして今になって冷や汗が浮き出てくる。それを飲むまでもない。彼女は獅鬼の覇気だけで酔いがさめてしまっていた。

 そんな彼女に優羅が近づき、優しく背中をさすってやる。彼女も師匠の覇気を感じてその無表情を苦い色に変えていた。「……相変わらず規格外だ」とぼそりと呟きながら紅葉の手から瓶を取り、「……飲む?」と蓋を開けてやった。

 それに子供のように頷き、静かに飲む紅葉をよそに獅鬼はじっと二回目の血を確認していた。しばらく無言でそれを見つめていた獅鬼だったが、「……くく」と小さく肩を揺らしながら静かに笑い始める。

 なにかわかったらしい。自然と全員の視線が獅鬼へと向けられる。

 

「……なるほどな。この因子ならば納得だ」

「やはり、特殊な血統だったので?」

「ああ、聞いて驚け少年。これは――ディアブロスの因子だ」

 

 ディアブロス。通称角竜、砂漠の暴君。

 二本の角とハンマーの如き尻尾、そして突進力で外敵を排除し、怒り狂えばまさしく暴君の如き猛攻を見せる上級飛竜。

 その因子が紅葉の中にある?

 

「…………角はないようですが」

「そうだな。有角種という魔族は存在するが、少女の血統は長い時の中で外見的特徴は失われたとみていい。同時に体内で視える範囲内でも失われていくが、どうやら体を作る……成長させる方には力を働きかけ続けていると考えられる」

 

 獅鬼の見立てはこうだ。

 角や翼という外見的特徴は失われ、外見は人間と何ら変わらない状態になった。それは魔族を祖先に持つ人間ならばよくあるケースであり、なんら珍しい事ではない。同時にその力も交配を重ねるにつれて薄れていき、いつしか忘れ去られたり薄まって消え去ったりする事もざらではない。

 だが紅葉の血統に宿っているディアブロスの因子はその体内……細胞へと静かに残り、彼女が成長する際にその力を働きかけるようになったのではないかと推察した。それだけならば因子が放つ力も微弱なものであり、人間の細胞に紛れているから判別も付きにくい。

 しかしその成長や鍛錬の成果に働きかける力は確かであり、ディアブロスが有するその力やスタミナ面は他の人間に比べて成長度合いが馬鹿にならない。実際紅葉は人間にしては強すぎる怪力を有している。

 またリミッターを外した場合紅葉は、ディアブロスの力をも引き出してしまう事になっている。それは酔う、という事で意識が曖昧になっている事が影響しているのではないかというのが獅鬼の弁だ。

 人間としての紅葉が少し沈み、活性化されたディアブロスの因子がその意識に影響して攻撃的になっているのではないかというのだ。

 実際ディアブロスの雌は繁殖期になると外見を黒く染めて警戒色を示し、通常のディアブロス以上に攻撃的になっている。考えられない事ではない。

 それにこれが理由ならば、昴が疑問に思っている事も解消される。

 彼は酔うと本来の気弱な紅葉が浮き出てくると思っていたのだが、どうして攻撃的になっているんだろうと長年疑問だった。それは雌のディアブロスが持つ、攻撃的な面が現れているという事ならばどこか納得できる。

 以上の点から紅葉がディアブロスの因子を持っているという事で結論付けられる。

 そう説明し終えると紅葉はしばらく固まっていたが、やがて納得したように頷きながら薄く笑った。

 

「……なるほどね。あたしも普通じゃないなーとは思ってたけど、そういうことか」

「……アタシと同じようなもの。気にする事じゃない」

「ん、まあ気にはしてないよ。祖先がどうたらこうたら言われたってどうでもいいし。あたしはただこの力の根源が知りたかっただけだからね。これで納得したからもういいや、って感じかな」

 

 実際紅葉に暗いところは見られない。優羅という前例があるだけに自分の祖先が何者であろうとも深く気にしない。今の自分と昴達があればそれでいいと考えているのでディアブロスの因子が体にあるって言われたとしても「そうなのか」で終わらせてしまった。

 なら自分も深く気にしないでおく事にしよう。それに紅葉の血統がどうあったとしても気にする事じゃない。血統がどうあれ紅葉は紅葉だし、優羅は優羅。彼女達が彼女達である事、それが一番なのだ。

 それにしてもディアブロスか。自分には何かと縁があるようだ。

 自分の壁を超える際の標的になり、優羅と再会するきっかけとなったのも狂化したディアブロス。そんなディアブロスがまさか紅葉の祖先の因子だったとは。本当に何の因果だろう。

 そんな事を考えていると雷河が静かに近づいてきてにやにやと笑みを浮かべている事に気づいた。

 

「よう、白い兄ちゃん。確かお前さん、ディアがかなり好きすぎるんだったっけ?」

 

 声を抑えながらそっと話しかけてくる彼をジト目で見ながら、昴もまた声を抑えつつ一応答えることにした。

 

「……少し誇張しているようだが、おおむね間違っていない」

「ディアが好き……つまり、兄ちゃんの嫁は赤い嬢ちゃんでいいのかい?」

「…………どうしてそうなる?」

 

 吹きそうになったがそれを堪えてじろりと雷河を睨み付ける。それはいくらなんでも強引すぎるんじゃないだろうか? そんな昴の視線を知ってか知らずか雷河はその笑みを消さずに腕を組みつつ指を立てる。

 

「いやなに、兄ちゃんは赤い嬢ちゃんか黒い嬢ちゃん、どっちかを嫁にしようか悩んでんだろ? で、赤い嬢ちゃんはディア、黒い嬢ちゃんはシュヴァルツ。二人は兄ちゃんを取り合うライバル同士」

「…………」

「現実じゃシュヴァルツが優勢だけど、ディアも頑張れば返り討ちに出来る関係じゃねえの。狩るか狩られるかの関係は均衡する事も可能……! つまり、あの二人は幼馴染でありハンターでもあり仲間でもあり、恋愛の面でも勝負し、血統の因子では相反する存在じゃねえか! 様々なものがかなり絡み合ったいいライバル! イイね! ライヴァル!」

 

 一体何を興奮しているんだろうか、この男は。どこか呆れ返りながらも昴の心の中では少し焦りが生まれ始めていた。このままこいつを喋らせ続ければとんでもない事を口にしそうで怖い。

 そんな昴の不安はすぐに的中する事になってしまう。

 興奮したような表情が消え去り、一気に真面目な表情になって顎に指を添えてじっと二人を見つめる雷河。そして彼はこう分析した。

 

「俺の見る限り黒い嬢ちゃんが優勢だろうが、赤い嬢ちゃんも負けちゃいねえ。……そうだな、色気ってか胸」

「ぶっ!?」

 

 突然何を言い出すのだこの男は!? そんな昴をにやにやとどこか腹立つような笑みを浮かべながら、がしっと首に腕を回してその顔を近づけてくる。

 

「俺はラージャンだから人のそういうのは完全に理解しちゃいねえけど、男って胸が好きなんだろ?」

「……人による。というか、今とんでもない事実を聞いた気がするぞ?」

「あん? 言ってなかったか? 俺、ラージャン」

「それは軽く言えるようなものなのか?」

「さあ? しらね。めんどうだからあんま言わねえけど、お前らなら問題ねーだろ?」

 

 そのあまりにも気さくすぎる言葉に昴は言葉を失うしかない。ラージャンという事に驚きはしたが、かの種族はこんなにも友好的だったか? という疑問が付き始めた。これも獅鬼の教育の賜物だろうか、と考えるが、それにしてはこのノリは何なのだろうか。

 こういうのは苦手だ。

 

「まあ俺の事はどうでもいいんだよ。兄ちゃん、お前さんはどっちを嫁にしたいのよ?」

「……それは」

 

 二人の会話は声を抑えているためあの二人だけでなく他の人達にも聞こえていない。紅葉と優羅はあそこで座りながら話しているし、獅鬼は村長と何かを話している。焔は焔で相変わらず壁際に座り込んで眺めているだけだ。

 だから雷河は俺にだけ教えてみ? とでもいうかのように気さくに笑いながら視線を向けてくる。

 しかし昴は答えない。いや、答えられない。

 今はまだ決心がついていない。

 どちらを選ぶべきなのか、その答えが見つからない。

 自分の気持ちはわかっている。

 紅葉と優羅、どちらも魅力的で女性としても好きだという自分がいる。

 でも自分達は三人チームだ。そしてこれからもそれは続いていくだろう。

 片方を選べば片方はただの仲間で幼馴染止まり。それでチームは機能するのか? という疑問。いずれ居づらくなり、チームが崩壊してしまいかねないという懸念があるのだ。

 せっかく十年ぶりに再会したのにまたばらばらになる。それは昴だけでなく紅葉も優羅も嫌だろう。

 でも選ばなければならない。

 その苦しい現実が昴にのしかかっていた。

 そんな彼を見て雷河はふむ、と一度あの二人へと視線を向け、何気なくこう口にした。

 

「だったら二人とも嫁にすればいいじゃねえの」

「…………は?」

 

 こいつはまた何を言っているのか?

 二人とも嫁にする?

 つまり……どちらも選ぶという事なのか?

 

「そんな事……出来るわけないだろう」

「そう、そこ。俺はそれが疑問なのよね」

「……?」

「人ってどうして一人だけを選ぶのよ? 二人に惚れられてるんだったら、二人とも迎え入れればいいじゃねえか」

 

 純粋な疑問として雷河が口にしている。これが人と人でないものの認識の差なのだろうか。昴はちらっと雷河を見やりながら考える。

 

「……ま、俺はそういう縁がねーから知らねーけどな。でもこれだけは言えちゃうんだよな。来るもの拒まず、惚れてくれる女は全員迎え入れとけってな」

「…………」

「というわけでだ、兄ちゃん。迷うくらいなら二人とも嫁にしとけや」

「……いや、まだそれはやめておく」

 

 小さく首を振って否定する。二人を選ぶという選択肢なんて昴にとっては考えられない事だからだ。そこはやはり人としての感情が強い。昴達にとっては一夫一妻が基本であり、一夫多妻が許されるとすれば王族などの高い地位を持つ人物だけなのだから。

 しかし昴が口にした否定の言葉を聞いた雷河は「まだ、ねぇ」と呟きながら目を細めていく。これは面白い事になりそうだな、と心の中で笑いながら。

 

 さて、ここで彼らの話が終わるわけだが、まだ全ての用件が済んだわけではない。

 ずっと煙管を吹かせながら様子を見守り、獅鬼と陰で相談していた村長の傍らには袋が置かれている。

 紅葉の調子も戻ったところで一度村長の前に集まった昴達へとその袋を示した。

 

「では最後に報酬を渡そうかの」

 

 そう、それは今回のクエストで昴達に支払われるものだ。

 まずは報酬金。

 それぞれ一人につき五千zが支払われ、更にエスピナス亜種の素材が手渡された。だが今回のエスピナス亜種はかなりボロボロだった。特に焔の爆弾によって甲殻はかなり減っているはずだ。

 それは硬いエスピナス亜種の甲殻を破壊し、その下にある肉に直にダメージを通すための手段とはいえ、それによって報酬が減るというのは手痛い。

 だがその心配は無用だった。

 

「ギルドに貯められている素材が追加されておる。今回は狂化竜候補を討ったという功績があるからの。色をつけてエスピナUシリーズを作るに必要な分はあるぞ。それを用いて一式揃えるならば有効活用するがよい」

「エスピナUシリーズ、か」

「…………」

 

 手渡された袋を確認しながら昴が呟き、優羅はじっと袋を見下ろしている。

 二人の装備はまだ下位の物であり、優羅に至っては今回の一件でガルルガ装備は結構破壊されている。つまり装備を変えるならば今が好機という事になる。

 紅葉は既にラヴァUシリーズを揃えているため防御力に問題はない。だが二人はこの先もまだ下位で通す事は苦しい。ならば悩んでいても仕方ないだろう。

 

「……作る、か」

 

 これも一つの転機。ならばそれを逃さずすぱっと決断するのみだ。そんな彼を見ながら雷河はやれやれ、と首を振って息をつく。「その決断力を……」と聞こえた気がするが気のせいという事にしておこう。

 昴達が揃って部屋を出ていき、それを見送った獅鬼も続くように廊下に出ると、軽く辺りを見回した。酒場の奥にあるここは関係者以外立ち入り禁止だ。今回の報告も極秘のものとしているため、結界を張ってギルドの受付嬢も入らないように言づけている。

 だから誰かいるはずもない。

 

「どうしたかの?」

 

 足元に村長がやってきてそう言うが、獅鬼は何も言わない。

 誰かいるはずがないのに、どうして別の魔力が僅かに残っているのか?

 しかもこれは感じた事がない魔力だ。気配も何もなく、誰か結界を突破した形跡もないというのに、一体誰がここに侵入したというのか?

 

(いつからいた? というより、このオレに気づかせなかった、だと……!?)

 

 そうして驚いている間にもその僅かな残りも霧散した。恐らくさっきまでこの扉の傍にいたが、話が終わった事を察して姿を消したという事になる。

 だというのに気配が全くなく、結界の出入りの気配もなし。まるで最初からそこに誰もいなかったかのように鮮やかだ。

 

(九尾? いや、九尾ならばもっとうまく消えるだろう。ならば奴の部下? いや、それにしては手練れすぎる。ならば……誰だ!?)

 

 長く生きたココット村の英雄と呼ばれた人物も疑問に思わない程の小さな存在を示すもの。一体ここに誰がいたのか、それこそが菜乃葉が会いたくない人物だというのか?

 あの菜乃葉が絡みたくない人物。獅鬼はその謎の人物に対して一種の恐怖を覚えるのだった。

 

 そんな獅鬼の様子も知らず、昴達は真っ直ぐに鍛冶屋へと向かっていった。用件はもう決まっている。自分達の装備を新調するのだ。

 カウンターへと近づくとあの店主がにっと笑って「いらっしゃいませ!」と快く出迎えてくれた。

 

「装備の制作を頼みたい」

「お、今度は昴兄さんですかい? なんにしやしょう?」

「エスピナUシリーズだ。同時に装飾品として……」

 

 カタログを手にし、エスピナUシリーズを作った際に発現スキルを確認し、消したいスキルである睡眠倍加を何とかするための絶眠珠を二つ、耐眠珠を一つ。余ったスキルスロットに嵌め込む物として防御珠を三つと斬空珠を二つ依頼する事にした。

 それを聞きながら店主はメモを取り出してペンを走らせていき、「了解しやした」と頷く。

 続いて優羅が前に出てローブの中からテッセン【狼】を取り出す。あの戦いの際に重酸に溶かされたそれを修復するためだ。

 

「……整備、そしてアタシもエスピナUシリーズを」

「お? 優羅姐さんもですかい? 了解しやした。じゃあスキル調整もするんすよね?」

「……当然」

 

 優羅にとって睡眠倍加は意味がない。睡眠毒が侵入したとしてもすぐに無害なものになってしまうため、発現していようが体が無効化してしまう。なので通常は消すであろうそのスキルを消さずに他の事に使えるのが大きい。

 カタログと睨み合い、自分に必要なものを考えた結果、装飾品は以下の物を制作する事にした。

 反動を軽減するための抑反珠を三つ、聴覚保護を出すための絶音珠と防音珠、最後に火事場力を出すための危険珠を五個。これを依頼する事にした。

 昴の事を書いた下の方に続けて優羅の事を書くと「了解しやした」と返事して紅葉の方へと視線を向ける。「紅葉姐さんは何かありやすか?」と訊けば、紅葉はローブから二つに分かれた角竜鎚カオスレンダーを取り出してくる。

 

「整備をお願い。あとラヴァUシリーズも」

 

 彼女の場合はエスピナス亜種の武器を作る気はないようだ。使えなくなってしまった角竜鎚カオスレンダーを直し、ダメージを受けて少しガタがきているラヴァUシリーズの修復を依頼する。

 そんな彼女の傍で優羅はじっとカタログを眺めている。彼女が見ているページを見てみると、そこはライトボウガンが並ぶページだった。そしてそこにはエスピナス亜種の素材で作り上げられたライトボウガン、カクトスゲヴェーアがある。

 威力が高いだけでなく会心率もまた高く、しかも徹甲榴弾Lv1と火炎弾の速射に対応している。

 どう見ても優秀。しかも今持っているライトボウガンの中で一番の火力だ。

 しかし優羅がよく撃つ貫通弾がLv1しか撃てないというのが彼女にとって痛いか。カンタロスガンもそうだが、それはスキル調整したガルルガシリーズによる貫通弾追加によって撃てるようにしただけだ。

 エスピナUシリーズを作るならばそれもなくなる。

 だがそれを失って有り余る火力。

 欲しい。

 優羅はそう思っていた。だがそれは無理。何故ならば村長が言ったように、報酬で支払われた素材はエスピナUシリーズを作る事でほぼなくなる。ざっと確認したのだが、角があっても他の物がなかった。

 どうしたものか、と悩んでいると紅葉がとんとん、と肩を叩いてきた。

 

「あのさ、あたしの分を使って作る?」

「……は? いや、それは……」

「んー、あたしは武器作らないし、装備も作らない。報酬としてもらったけど、これじゃ宝の持ち腐れじゃん。だったら優羅が使いなさい」

「…………いいのか?」

「ま、いいんじゃない? 受け取った時こっそり村長にも訊いてみたんだけど、それくらいなら目を瞑ってくれるってさ」

 

 しかもご丁寧に村長にも話を通し、このルール違反すれすれ……いや、ルール違反を問題なしにしている。ちらっと店主に視線を向ければ、呑気に口笛を吹いているじゃないか。つまり紅葉の裏通しを聞かなかったことにしている。

 ここまでお膳立てしてもらったのだ。ここは素直に受け取っておくべきだろうか。

 少し考えた優羅はもう一度そのカクトスゲヴェーアを見下ろす。

 

「……店主」

「ほいさ、なんでしょう?」

「……追加でカクトスゲヴェーアを」

「あいよ! 以上でよろしいですかね?」

 

 それに昴達が頷くと、店内を示して「じゃあお二人さんは採寸しましょう」と奥へと入っていく。それに続いて昴達も店内へと入っていくのだった。

 

 

 それから数日、昴達の手元には新たな装備が存在している。

 まずはエスピナUシリーズ。

 黒く丈夫な布が目立つ。インナーの上にエスピナス亜種の素材を使用したメイル着るが、その上に黒い布をベルトで留めたものが着こまれているのだ。それは足まで届き、あたかもそれは外套のようだ。

 また毒抜きされた棘が左手の上にあるのだが……まあ装飾品のようなものだと思っておこう。これもエスピナスという特徴を表したものなのだから。

 そして優羅のエスピナUシリーズも同様だ。インナーの上に甲殻を使用したメイルを装着するが、その上に黒い布を纏う。だが優羅……女性用は外套ではなくあたかも一部のドレスのように右足にかかる部分が存在していない。

 つまり彼女の白い足が露わになっている状態であり、それがどうにも眩しく、そして扇情的に見えてしまう。

 だがベルトに付けられた棘が存在し、左腕のガードの部分が肩から手を覆うように棘が付いたエスピナスの甲殻というのがまた野性的というか無骨というか……そのアンバランスさが存在しているのだ。

 またどちらも頭はヘッドギアだけであるが、それが放つ粒子がきちんと頭部を守ってくれるらしく、その粒子が持つ限り頭に直接当たる事はないようだ。試しに頭を殴ってもらうように頼んでみると、確かに拳が頭に接触する前に見えない何かが阻むかのように止められていた。

 そんな二つの装備は今出来うる限りの強化を施してあり、その防御力を高めている。

 そしてスキルはというと、昴は防御力上昇【中】、火事場力+2、業物+1、毒半減。火事場力はピンチの状況でいつも以上の力を発揮するというものであり、+2ともなればその効果はかなり高い。更に業物は武器の切れ味が落ちにくくなるというもので、これもかなり美味しい。昴にとって実に有効的なスキルが揃ってくれた。

 一方優羅はというと火事場力+2、見切り+2、耳栓、反動軽減+1、毒半減、睡眠倍加だ。後半の二つは優羅には関係ないとして、昴と同じ火事場力と見切りという攻撃的なスキル。そして耳栓という防御とガンナーにとって美味しい反動軽減。彼女もまたいいスキルを揃えたといってもいいだろう。

 軽く二人は体を動かし、問題ない事を確認して店主に礼を述べる。

 続いてカクトスゲヴェーア。当然装備と同じく強化はしてあり優羅は軽く構えたりしてその調子を確かめた。

 最後に修理されたものの返却。これで今回の用件は終了である。

 

「ではご利用ありがとうございやした!」

 

 そんな店主の声に見送られて三人は鍛冶屋を後にすると、いつもの広場へと向かっていった。現場に到着すれば、そこには先客がいる。

 そう、獅鬼達三人だ。いや、一人と二匹というべきか。そんな彼らは昴達に気づくとそれぞれ向き直って出迎えてくれる。

 

「待たせたか?」

「いや、そんなに待ってはおらん。それに、待っていたのは貴様らだろう?」

 

 仮面の下で薄く笑いながら獅鬼がそんな事を言う。

 そう、三人は彼らを……特に獅鬼を待っていた。こうしてHR51以上になりはしたが、それでも昴達は足りない。もっと上の領域へ行かなければならない。

 これからの戦いのためにも獅鬼という規格外な存在から技術を学ばなければならないのだ。それぞれ獅鬼へと向き直ると頭を下げて願い出る。

 

「俺達をどうか鍛えてほしい。お願いします!」

「お願いします!」

「…………お願いします」

 

 そんな三人を腕を組みながら獅鬼は見つめ、一度あらぬ方へと顔を向けた後に小さく頷いた。こうしている今も誰かに見られているだろうが、どうせ尻尾は見せてくれないだろう。

 それに干渉してこないという事は昴達が強くなろうがどうでもいいという事だろうか。何も考えが読み取れないが、自分に出来る事はやりつくすつもりだ。

 

「よかろう。更なる技術をお前達に仕込んでやる。……ついてこれるかはお前達の気力次第だがな?」

「……感謝する」

「よろしく頼みます!」

「…………」

 

 昴にとっては初めての、紅葉にとっては二度目の、そして優羅にとっては三度目の獅鬼を師匠とした修行だ。今の自分達ならば以前以上の鍛錬を与えられたとしても耐えられる。

 吸収できることはどんどん吸収していき、やがてはかの存在と戦えるだけの実力を。

 ここに新たな修行が始まる。

 

 

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