フラヒヤ山脈は現在雪がまばらに降る程度になっている。そんな中を飛行する人影が二つ。花梨と撫子だ。こうして空から現場に向かう方がクストルで移動するよりもかなり早い。
一時間かけて飛行した先、広く割れた崖を超えた先に広がる凍った大地と聳える氷山。そこで撫子が目を細めてある一点を見据える。聳え立つ氷山の一角にそれはいた。
「ヴルルルル……」
じろりとその真紅の瞳で二人を見据える眼差しには明らかな敵意と戦意、殺気が含まれている。飛行をやめて滞空し、二人も正面からその視線を受け止めてそれ――ベリオロスを見据える。
「明らかに喧嘩売られてんなぁ。大丈夫か、撫子?」
「大丈夫や、おかん。……むしろ、殺る気が出てきてたまらんわ」
ローブを広げれば奥からゆっくりとアサルトガルルガ【フェンリル】の銃口が姿を見せてくる。その反対側に左手を入れてスイ【狼】を取り出して強く握りしめる。広げられたローブは纏め上げない。そのままの状態で撫子は戦うつもりだ。
「アサルトガルルガ【フェンリル】を使うんやないの?」
「使うよ。でも最初はこれで行くつもりや。
撫子の言葉に反応してローブの奥でガチャ、と僅かな音を立てて一つの弾が装填された。その詠唱を耳にしながらブラッシュデイムを抜くが、詠唱が意味するところに気づいた花梨は驚きを隠せない。
それは半永久的な自動装填の魔法だ。同種の弾がローブ内にある限り装填を繰り返していくもので、自動装填スキルがあればどの弾でもイメージするだけで勝手に装填してくれるというもの。
「月さんに手伝ってもらって術式組んで作ってみたんよ。ま、全部できるわけやないけどな。これが超速射出来る通常弾Lv2と貫通弾Lv1のみ対応してるんよ。……でも、それだけあればこっから撃てるだけでええ」
月が組んだ術式を込めたパーツを装填部分に付けているらしく、
これが完成に近づいたのも月の協力があっての事。彼女がいなければこうして出来上がらなかったと撫子は考えている。
「さあ、あちらさんもやる気や。うちが先手打つから、おかんはその隙に斬り込んだって」
「了解や」
銃口を調節し、ベリオロスへと標的を定め射撃のコードを口にしようとした時、ベリオロスが低く身構えて一気に跳躍してきた。
「ヴォオオオオオオオン!!」
口に収まりきらない牙を剥き、二人を叩き落そうと翼を構える。例え外したとしてもその翼を羽ばたかせれば問題ない。しかし撫子は向かってくるベリオロスから逃げず、「
瞬間、激しい射撃音を響かせて銃口から通常弾Lv2がベリオロスへと向かって無数に放たれる。それは狙い狂わずベリオロスの額へと着弾し、しかも数発だけでは止まらないため跳躍の勢いが少しずつ削がれていく。
「グ、ヴォォ……オオオオオオオンッ!?」
魔力を流し続ける限り装填は繰り返され、通常弾Lv2が切れるまでその射撃は継続する。しかも超速射のため一発が最初は五発となり、そこから次弾発射する度に増加し、最終的には十から十三をキープしたまま嵐の如く弾丸を吐き出し続ける。
当然ながらそこまで射撃すればかかる反動が馬鹿にならない。実際ローブにその身を隠しているとはいえ、銃口から吐きだされるたびに熱が体にかかり、反動がローブを伝ってくるのだ。
しっかりと体勢をキープしていないと思わぬ力がかかって空中バランスを崩してしまいかねない。そうなれば、あのベリオロスのように跳躍の勢いが完全に殺され、慌てて羽ばたくという行動を起こしてしまう。
「もらったでぇ!」
それを逃さず花梨がブラッシュデイムを構えたまま急降下。その胸から一気に切り裂くようにブラッシュデイムを振り下ろしていく。頭には相変わらず撫子が超速射を継続させており、ベリオロスはその痛みに体勢を保つのみで動けずじまい。
その援護があってブラッシュデイムの桜色の刀身は、白い体を切り裂いて血を噴き出させる。
「ヴォオオオオオオンッ!?」
その痛みにベリオロスがたまらず怯み、そのまま地面に向かって落下していく。だが体勢を崩したまま墜落せず、何とか両手両足を使って着地に成功している。だがそのままペースを取り戻させない。
花梨が追撃するように背中へと急降下し、撫子も超速射をやめて「
続いてスイ【狼】を握りしめて力を篭め、自身の加速度を乗せた一撃を叩きつけるために花梨を追うように急降下していく。
「ヴルルル!」
ベリオロスもその急降下に反応し、その場から飛び退きつつ落下してきた二人に向き直るように方向転換した。だがそれくらいでは止まらない。花梨はスピードを極力落とさず方向転換してベリオロスの頭上をキープしたままブラッシュデイムを握りしめて接近していく。
撫子も落下速度を乗せた一撃を放棄するが、力を抜くようなことはせずベリオロスの側面を狙って飛行する。そんな二人の動きを視線で追い、またベリオロスは横、背後と連続して跳び、二人の動きを見ながら距離を取っていく。
あの図体で軽々しく跳び、それでいて滑らない。鍛え上げられた体と体に生える棘があるからこそあのような動きを可能としている。その動きに翻弄されれば最終的にはベリオロスに喰われる。それが奴のこの白銀の世界での戦い方だ。
「ちょこまかと動くやっちゃなぁ。狂化竜の割には防戦一方やないか」
「でもそれがベリオの戦い方やろ? 何としてでも自分のペースを取り戻し、相手を翻弄する。そういう奴や。久々で忘れたんか?」
「おかんは流石冷静やな」
ハンターとして長くやっているものだから自然とこうなってくるものだ、と口には出さない。実際のところ花梨はもうG級ハンターといっても差し支えない程まで上り詰めている。だがポッケ村には今のところそういうクエストがあまり回ってこないためそういう相手をする経験がないというだけだ。
だから花梨の振るう一撃は魔族という事もあってかなり重い。
しかしベリオロスが距離を取っているため、それぞれ力を溜めていてもそれを解放する事が出来ない。一度力を抜いてベリオロスの動きを見守りつつ追いかけていると、ベリオロスは更に後ろへと跳び、氷山へと張り付いた。
「ヴォオオオン!」
氷山の壁から追いかけてきた二人へと逆に跳びかかり、逆襲しかけるのだが素早く横へと旋回して回避する。が、それを追いかけるようにベリオロスは体を回転させつつ尻尾を振り回して薙ぎ払ってきた。
「ふっ!」
強く羽ばたいて振り回される尻尾をやり過ごし、スイ【狼】を握りしめてその翼へと振り下ろしてやる。ベリオロスはティガレックスやナルガクルガと同じような骨格をしており、手と翼が同一しているだけでなくその手と足を使って地上を駆けまわる種族だ。
また翼に生える棘を潰す事が出来ればスパイクとしての役割をなくすこともできる。ベリオロスを攻略するならば、その翼のスパイクを潰しておいた方が効率がいい。
「更に!」
スイ【狼】を引いてもう一撃横から体に向かって叩き込む。そこでベリオロスが撫子へと振り返り、叩かれていない左手を振り下ろして撫子へと反撃しかけるも、すぐに後ろに下がってやり過ごす。
撫子に意識が向いた隙をついて花梨がブラッシュデイムで斬り込んでいく。それを翼で受け止め、弾き返しながら一度背後へと跳びつつ息を吸い、溜めこまれた冷気を一気に放出した。
それは地上で弾けると強い冷風を作り上げながら渦巻き、上空へと巻き上げていく。数秒だけではあったが、激しい冷気の渦がそこに停滞する。
「な、なんやこれは!?」
「……狂化の影響なんやないの? ほら、ベリオ亜種は竜巻を作り上げるブレス吐くって聞いた覚えあるで?」
花梨が驚き、スイ【狼】を構えながら撫子が冷静に頭に浮かんだ知識を口にする。近年確認されたベリオロス亜種は風牙竜と呼称され、主に砂漠で生息している。吐き出すブレスは強い風を生み出し、着弾地点を中心として竜巻を作り上げてしまう力があるとか。その生まれた竜巻を利用し、その上昇気流に乗って空中に上がり、勢いよく頭上から落下襲撃を仕掛ける攻撃手段を持つとされている。
とはいえそれは気象関係の影響で生まれた上昇気流の竜巻ではないかと推察されている。
ベリオロスも亜種程ではないが、瞬間的な力は敵を吹き飛ばしてしまうだけの威力を誇る冷気を含んだ風のブレスを吐く。
再度打ち出した渦巻くそれにベリオロスは飛び込み、巻き上げられる風に乗って一気に空中へ、螺旋の力に従って回転し、右手を振り上げて花梨へと襲い掛かった。その落下の速さとベリオロスの力が加わり、咄嗟にブラッシュデイムを盾のように構えた花梨はその力を前にノックバックするしかない。
続くようにベリオロスは体を捻り、鞭のようにしなった尻尾の一撃は側面から花梨へと襲い掛かり、たまらず花梨は吹き飛ばされてしまった。
「くぁっ……!?」
「おかん! ちっ……!」
追撃入れようとするベリオロスの視界を塞ぐように、左手を前に出して火炎を作り上げて壁とする。火種は自分自身の魔力。それを燃焼させてベリオロスの視界へと集めて炎の壁を作ったのだ。
それにベリオロスは火属性が弱点。狂化しているとはいえそれは飛び込むことを一瞬躊躇させた。
その隙にスイ【狼】へと残った火を収束させ、纏わせる。イャンガルルガは火に耐性がある。これくらいの炎を纏わせようともこの武器は溶けることなどない。放たれる熱気にベリオロスは驚きの表情を浮かべて振り返り、それにタイミングを合わせて勢いよくスイ【狼】を振り抜いた。
脳天を揺さぶるだけでなく、その熱気も加わってベリオロスの体が力任せに凍土の大地を滑らされていく。ぶっ放されたその頭には打撃だけでなく焼けたような跡が刻まれ、それでも何とか爪を立てて滑っていく体を急ブレーキかける。
「ヴルルル……!」
頭を軽く振りながらベリオロスは唸り声を上げる。それに呼応するように真紅の瞳の周囲に浮かぶ赤い模様もドクン、と鼓動を刻むように光を放つ。
その視線を受け止めながら撫子は一度花梨の方へと視線を向けて無事を確認し、展開させた炎を自身の周囲へと集めながらゆっくりと着地する。炎を従える彼女の今の姿こそ現役時代の彼女の戦い方。
雪山というフィールドに生息しているモンスターはほとんど火に弱いものばかり。例外としてはティガレックスやラージャンだが、前者は普通に力任せの力とのぶつかり合いで何とかなり、後者に関しては遭遇したことがない。
そのためほとんど負け知らず。それ故に驕った部分があったのかもしれない。
まさしくそれは青臭い若さゆえの傲慢。長く伸びた天狗の鼻は、撫子の中にいた火竜がへし折り、彼女を諌めたと考えられるのだ。
しかし今はもう大丈夫だ。完全制御ではないとはいえ、これだけ操れればいい。その炎によって大地は少しずつ溶けてきているが、冷気によってそれ以上広がらない。これだけの極寒だ。炎の勢いも殺されかけるため、広く展開する事は出来ない。
その中で撫子は薄く笑みを浮かべる。
「さて火竜の力もノってきたみたいやし、あちらさんの狂化もノってきたみたいやしなぁ。こっからが本番ってな」
すうっと息を吸いこんでいけば、口元に赤い粒子が勢いよく収束していくではないか。更に背後に展開していた火炎もそれぞれ複数の球体へと変化し、撫子の周囲に展開していく。
吸い込んだ息を一気に放出し、収束した粒子が反応して紅蓮の炎となってベリオロスへと向かっていく。同時に球体となっていた火炎も放射され、複数の炎がまるで蛇のように湾曲しながら取り囲んでベリオロスを逃さない。
だが狂化が進みながらもベリオロスは冷静だった。勢いよく地を踏みしめると一気に跳躍してその炎の蛇達から逃れ、勢いよく急降下して真っ直ぐに撫子へと向かっていったのだ。
それを見据えてスイ【狼】を握りしめ、横に跳んでそれから逃れつつ翼を羽ばたかせて急転進。今までの時間稼ぎの間に体勢を立て直し、向こうから迫ってくる花梨と共に一気に狂ベリオロス討伐へと攻撃を加えていった。
○
降り注ぐ雷撃を掻い潜りながら突撃するのは愛刀である黒刀【参ノ型】を構えたセルシウス。それに続くようにペイルカイザーを構えたクロムが続き、キリンへと攻撃を仕掛けていく。
雷撃が激しい間はライム、シアン、桔梗は後ろに下がって守りと補助に徹している。ライムとシアンではあれをやり過ごしながら攻めるだけの実力がなく、桔梗のランスは所謂重量級の武器に当たり、その機動力は低下する傾向にある。また盾を構えたとしても全てを防ぎきれるとは限らない。
同じく重量級に当たる大剣を構えているにも関わらずクロムがあれだけ動けるのは、彼自身の筋力が馬鹿にならないせい……ぶっちゃければ獅鬼と同じく異常なので気にする必要はない。
「はあっ!」
「おらぁ!」
側面に回り込んでそれぞれ得物を振るってキリンを斬ろうとするも、その刃は深く体内へと入り込むことはない。自身の気を纏わせた一撃だというのに薄く血が滲むだけ。一見すれば角の生えた馬だというのに、硬い飛竜に匹敵するほどの皮の厚さと硬さ。これが古龍というものなのか。
キリンはその外見に似合わない程の守りの硬さを持つことで一部に知られている。グラビモスと同じく並大抵の武器を弾くだけの堅牢さを持ち、そう簡単には傷つかない体をしている。が、頭の方は体に比べれば少し柔らかいという印象だ。
また物理的な硬さだけでなく属性に対する守りの高さも存在している。雷属性と龍属性は通用せず、それ以外の属性であろうともかなり軽減してしまうだけの耐性を持っているのだ。
とある報告によれば溶岩の海で湯浴みでもしているんじゃないか、という風に溶岩地帯で佇んでいるというものもあるくらいだ。つまり、キリンに通用する一撃を喰らわせたければ、硬い敵であろうとも通用する技術を持たなければならない。
寄ってきた敵を払うように前足で自身の体を支え、キリンは体を回転させながら後ろ足で二人を蹴り飛ばそうとする。それを後ろに下がってやり過ごせば、離れた所にいたシアンがインセクトスライサーを振るって気刃を放っていく。その横で桔梗がダークネスを構えて突進を開始し、盾を構えながらキリンの額を貫くようにそれを突き出した。
だがそれを易々と受けるキリンではない。すぐに横へと跳び、側面からタックルを仕掛けるように突撃。咄嗟に盾を構えてそれを防いだが、体全体で当たってきたためその衝撃は馬鹿にならない。
しかもキリンは止まらず、ステップを刻むように左右に移動しながら気刃を放ち続けているシアンへと接近していくではないか。
「くっ……!」
この数か月の修業で更に速さを増したスピードで疾走し、キリンのステップ外を狙って走り抜けてキリンのタックルから逃げるも、キリンは逃さず転進すると角を突き立てて一気にスピードを上げてシアンへと迫る。
だがその進路を止めるようにセルシウスが閃剣を放ってキリンの疾走を止め、その隙をつくように再度クロムがペイルカイザーで斬り込んだ。今度はその黒く染まったたてがみを狙って振りおろし、その蒼い刃はその毛と皮を先ほどよりも深く入り込んだ。
『……やってくれる』
噴き出す血を何とも思わずキリンは紅い瞳を動かして睨み付け、その角を淡く煌めかせる。それを感じとってクロムが距離を取ろうとするも、キリンは彼を飛び越えるように跳躍し、その背後にいるライムへと向かっていった。
はっとするもキリンの置き土産として雷が落ち、慌てて横に跳んで回避するしかない。「ライムッ!」と兄の叫びを背にライムのもとへと落下してくるキリン。跳躍の後は落雷が続き、自身を近づかせることを防ぐ壁となる。
だがライムは冷静だった。手にする轟剣【虎眼】を逆手に構え、足元に風を渦巻かせてギリギリまで引き付け、弾かれたように落下してくるキリンとすれ違いつつ轟剣【虎眼】を振るう。
その進路は落雷がない斜め後ろ。キリンの顔めがけて居合いのように振り抜いた轟剣【虎眼】の一撃はキリンの頬を裂き、着地したキリンは斬られた部分を確認するように瞳を動かし、『なるほど……』と静かに呟いた。
『魔法使いタイプと思ったけどなかなかのものだよ。これだからシュヴァルツは恐ろしい。見かけに反した実力を内包する。ハンター達の中でも要注意にして目障りな存在だよ』
呟きつつ自分を見据えてくるライムへと振り返る。だがそんな風にしている間もシアンが容赦なく気刃を放っていく。彼女の気刃も切れ味を増しており、あのキリンの体を薄くではあるが傷つけている。以前の彼女ならば傷一つつける事も出来なかっただろうが、インセクトスライサーの切れ味の高さも鍛えられたという事が融合し、斬る事が出来ている。
痛みはそれほどでもないため今まで無視してきたキリンではあるが、いい加減鬱陶しくなったらしく強く角を振るって召雷。シアンを狙って雷撃が降り注ぐも、それを感じとってシアンが疾走して離脱。その隙をつくようにして今度は、桔梗が背後から突進してキリンへとダークネスを突き刺していく。
切れ味が最高という事もあってダークネスは弾かれずに皮を突き破って肉へと届いていく。また狙った場所はシアンが気刃で斬った場所ということもあり、その刃の侵入を防ぐ力は弱い。
染み出た麻痺毒がキリンを侵すがそれは残念ながら通用しない。しかしこうして少しずつダメージを積み重ねるのが大事だ。自分に傷を入れてくる桔梗へと振り返ったところで、構えた盾でその顔を顎から突き上げて弾いてやりつつ離脱。
その鈍い衝撃にキリンは一瞬怯みはしたが、ダメージとしては小さい。ジロリ、と強く睨みつければ桔梗は一瞬表情をしかめたが、ただそれだけだ。狂化によって強い殺気が彼女の中へと走り抜けただろうが、彼女は今もなお狂気に堕ちずに済んでいる。
(……鍛錬の成果あり、ですね)
放たれる冷たく鋭い殺気に含まれる狂化竜独特の嫌な気配。それを受けてもなお自分はもう狂っていない。
狂気とは一点に集中し、貫く意思を曲がった方向へと力を篭める感情だと月は言う。その多くは復讐に突き動かされる感情に発揮されるが、他にも何かを生み出そうとしたり作り出そうとしたりする研究者でも有り得る。
共通するのはどちらもその目的のためだけに動く一点突破の感情の振れ幅。それが生み出される力は計り知れない。その意味でも狂気というものは恐ろしいと月は桔梗に話して聞かせた。
だから、その狂気が作り出す感情の力を上手くコントロールする事で、普通以上の力を発揮できるだろう。それに再び飲み込まれないように気をつけつつその力を使えば、桔梗は狂化竜と相対した時に今まで以上の力を発揮できる可能性があると告げたのだ。
(確かに力が今までと違います。殺気さえなければ頭もすっきりした感じですし、胸をざわつかせる狂気の燻ぶりもほとんどなし。成果は……あり!)
盾を構えながらぐっと力を篭めるようにダークネスを握りしめ、キリンの出方を窺う事にする。突き刺さってくる殺気を受けながらじりじり、とすり足でキリンへと接近するも、キリンは標的を桔梗から加速をつけて接近してくるセルシウスへと切り替えた。
斬り込んでくる彼女の攻撃を避けるように一度ステップ。そこからもう一度ステップを刻んでセルシウスへと横当たりに仕掛けるも、察知したセルシウスはキリンを飛び越えるようにしながら、背中を黒刀【参ノ型】で一度切り裂く。そのまま背後へと飛び移ったが、立ち止まったキリンが後ろに回ったセルシウスを蹴飛ばすように後ろ脚を振り上げた。
「ふんっ」
それを黒刀【参ノ型】で受け流しつつもう一度背後から斬りかかり、その足を薙ぐように黒刀【参ノ型】を振るって一度下がる。だがキリンはそれを追うようにバック転しながら周囲に雷撃を落としていった。
「チッ……」
決して失速せず、僅かに光る地表を見て落雷の位置を一瞬の内に把握して駆け抜けるも、向こうに着地したキリンが角を光らせて更に周囲に落雷を発生させながら疾走してくる。
「舐めるなっ!」
その速さを前に逃れる術はない。ならば逃げるのではなく迎え撃つ。
その目を真紅に染めながら黒刀【参ノ型】を構えて地を蹴る。軽く「
わき腹を貫いた一撃はシルバーソルメイルを貫通し、その奥にあったセルシウスの肉へと先端部分が侵入していた。それだけでなく先端に纏われていた電撃がセルシウスへと侵入しただろうが、あらかじめ張っていた雷の盾がそれを軽減させた。
『……ただでは終わらない、か』
自分としてはその胸を貫く勢いで突進したというのに、セルシウスはギリギリのタイミングでそれをずらしてきた。それだけでなくしっかりと自分を斬ってくる。さすが一度は堕ちたシュヴァルツというべきか。
そんな事を考えているとペイルカイザーを振るってきたクロムが迫ってきたため、角でそれを受け止めながらその蒼い眼を睨み付ける。
『大したものだよ。この私相手にここまで立ち回るとはね』
「へっ、人を舐めるなってな」
『人、というよりもシュヴァルツ、と言った方がいいかな。よくもまあ、上手い事立ち回るものだよ。……これは私もギアを上げるしかないね』
バチッ、と角から弾ける音が強くなったかと思うと、その体から雷自体が弾けたような轟音と共に姿が消え、気づけばクロムは強い電流を浴びながら吹き飛ばされていた。
「ぐぉぉおおおおおおッ!?」
「兄さん!?」
「クロムさん!」
たまらずライムと桔梗が彼の名を呼ぶ。そんな彼がいた背後数メートル地点、消えていたキリンが姿を現し、バチバチと電流を弾けさせながら数歩ゆっくりと歩き、赤い瞳をぎらつかせながら振り返って次の対象を見定めている。
ゆっくりと視線を巡らせ、止めた先は……ライム。
『……縮地』
「ッ!?」
ぞくり、と背筋を凍らせるような悪寒と共に、ライムは弾かれたかのように盾を構えながら横へと跳ぶ。だがそれでも間に合わない。
またしても雷撃の音と共にキリンの姿が消え、その一瞬後にはライムを強い衝撃が襲いかかっていた。あのキリンがすぐそこにいたのだ。
まるで瞬間移動でもしたかのような移動、それでいて強い衝撃を伴った攻撃。盾を通じて伝わってくる衝撃とキリンが纏っていた雷。それが体に襲い掛かり、意識が飛びそうになるがそれを強い心で繋ぎ止める。
でも受け身もとれず、背中から滑るように地面を転がってしまい、数メートル転がってようやく受け身を取って起き上る。
しかしそれだけの時間があればキリンは次の攻撃へと移れた。角を光らせるとバック転するように宙へと跳躍し、放たれた力は直接ライムとクロムへと落ちるように調節された落雷が発生する。
「っ!?」
舌打ちしながらセルシウスが疾走してライムの首根っこを掴んで掻っ攫って救出し、クロムも地を蹴って後ろへと転がりながら回避した。その様子を見まわして次の対象はセルシウスとライム。
軽く地面を擦って力を溜めている様子を見たセルシウスはまた舌打ちする。彼女の目にはまた強い雷撃がキリンを包み込んでいくのが視えている。あの力が瞬間移動にも見える高速のスピードを作り上げているのはもう明らかだった。
だがそんなキリンの前に桔梗が両手に盾を構えて立ち塞がる。
「
雷属性に対する守りと共に自身を強化させる強化魔法を詠唱し、衝撃に備えた瞬間両手に構えた盾に強い衝撃が襲い掛かってきた。だがそれを強く大地を踏みしめて受け止め、強く歯を食いしばって何としてでも突破させないようにした。
さすがにこれはキリンとて驚くべき事だった。いくら彼女に強化の力の恩恵があるとはいえ、この自分の疾走を妨げたのだ。しかも……ただの人間が、だ。
『人間……貴様……』
「く、ぅ……私に力を……!」
その言葉に呼応するように桔梗の中にある力が彼女に力を与える。
ここを何としてでも守る。
そんな彼女の心に応えるように彼女の中から沸々と力が湧き上がる。ここを突破させない、その一点を貫き通すための力が彼女の力を増幅させているのだ。
『人間が……! この私の……ライトニングの疾走を妨げるのか!?』
「シュヴァルツに気を取られすぎましたね? クロムさん達も言っていたはずです。人を……舐めるなと!」
ぐぐっ、とキリンの力に抗うように盾がキリンの角を押し返していく。その現実を許さず、キリンが自身に落雷を落とし、それを伝わせて桔梗へとダメージを与えようとしたのだが、雷の盾がそのダメージを軽減させている。
例えこの体が痺れようとも桔梗の意志が盾を構えさせていた。そんな彼女の意志を無意味なものにさせぬようセルシウスが側面に回り込み、風を纏わせた黒刀【参ノ型】を構えて振りかぶる。
「風剣・
振り上げと振り下ろし、その二太刀を用いて相手を真空の刃で斬る剣術。地面すれすれで奔り抜けた剣閃はキリンの体を傷つけ、鮮血を巻き上げる。それに続くようにシアンは、ポーチから取り出した複数の投げナイフを指に構えて気刃を放って背後から攻撃し、クロムもペイルカイザーを構えてキリンへと迫る。
いつの間にか自分は取り囲まれている。狂化の影響か、頭に血が上りつつあった事をキリンは今頃になって自覚した。
最初こそ冷静だったというのに、どうしてここまで興奮しているのか。
シュヴァルツと遭遇したから? それもあるだろう。
クロムらが思った以上に抵抗するから? それもあるだろう。
それはきっかけに過ぎない。一番の理由は……この身を侵す狂化の種。
数年前に自分の前に現れたあの男が植えつけていったこれのせいだ。シュヴァルツの因子を含むこれが自分の頭を侵していくのだ。
白皇様の意志に従い、シュヴァルツを殺せ。
シュヴァルツを擁護する香澄を見つけ出し、殺せ。
とにかく殺せ。
殺せ、殺セ、コロセ――!
これが……シュヴァルツの因子。なんと薄汚い思考であろうか。こんな血統が存在していいはずがない。命のバランスを崩しかねない思考だ。
白皇様の意志に間違いはない。
これは滅ぼすべきだ。
だが自分もまたこれに侵されていく。あの男のせいで自分もまたその中の一種となってしまった。白皇様は許してはくださらないだろう。
しかしそれでもいい。私はシュヴァルツの血統を滅ぼしていくだけだ。それが自分の残された命の中で果たすべき役割なのだから。
殺せ! シュヴァルツの血統を殺すのだ!
『……我が名はライトニング。この命尽きるまでその役目を果たすのみ! この雷光の疾走を止められる者は存在しないのだ!』
黒いたてがみが弾ける雷に煽られてなびき、その白い皮はその額から侵食されるように黒く変色していく。蒼い模様は赤く変色し、ここに完全に狂化したキリンが降臨する事になる。
瞬間、爆発的な殺気が目の前にいる桔梗に襲い掛かった。
「――ッ!?」
体と心に襲い掛かる圧力。飛竜らや今までの狂化竜とは比べ物にならない程のプレッシャーだった。いくら狂気を制御したとはいえ、目の前でこれを浴びせられれば誰だって竦み上がってしまう。
『消えるといい。私の敵は君じゃない』
冷静さを取り戻したかのように冷たく告げると前足で体を支えつつ回転し、後ろ足で強く蹴り飛ばしやれば、竦み上がった事で守る力が弱まった桔梗は吹き飛ばされてしまう。続くように角が光り、空から一つの落雷が桔梗へと直撃し、彼女を地に伏せてしまった。
そんな彼女に興味が失せたキリンは、弾かれたように自分に向かってくるクロムへと視線を移す。咆哮に近しい叫びをあげて接近してくる彼は、なるほど桔梗を倒されたことで怒りが爆発しているらしい。
それにさっきまで蒼かった目が赤く染まりつつあるではないか。シュヴァルツの血統の血が浮き彫りになってきている。
「おおおおおおおおおおお!!」
『冷静さを失っているように見えて実際は冷静。……しかし、見えるよ。その速さでは私を捉えられない!』
恐らくクロムはシュヴァルツの血が目覚めている事は自覚しているだろう。だがそれでも闇の領域に堕ちず、その力だけを引き出していた。桔梗の下へはライムが向かっている。彼女の事は彼に任せ、今は自分に出来る事をしていた。
この五人の中でリーダーは彼だ。今回の敵は古龍という事もあってあらかじめ打ち合わせはしてある。
それぞれ先走るな。
誰かが気を引き、その隙をついて誰かが攻めろ。
誰かがダウンしたとしても取り乱すな。近くにいる者が落ち着いて対処しろ。離れた所にいる者は決して助けに行こうと考えるな。
これらを守らなければまず間違いなく誰かが死ぬ。そう心に刻みつけさせたのだ。
それをリーダーである自分が率先して破る事があってはならない。この怒りを力に変えてクロムはキリンへと斬りかかろうとしたが、その姿は消えていつの間にか自分の側面へと回り込まれていた。
だがさっきからそれは見てきている。力の動きを読み取れば問題なく対処できた。
「ふんっ!」
彼の目は今変化している。シュヴァルツの目が発揮されている以上、力の動きが視えているのだ。そしてキリンの属性は雷。その力を原動力としているならば、移動の先に微細な電流が流れていてもおかしくはない。
予測は的中した。
微細な電流を伝うようにキリンが移動し、側面へと現れた。振りかぶったペイルカイザーを側面へと叩き込めば、その黒く変色した皮を叩き斬る事が出来た。それに驚く様子はあったが、怯むことなくキリンは角を突き立てて振り上げてくる。
それを首を逸らして回避し、一度距離を取るも追随するようにタックルを仕掛け、角を光らせてクロムの周囲に雷撃を叩きこむ。
「こなくそがあああああ!!」
ペイルカイザーを盾のように側面を空に向けて放り投げ、自身を包み込むように気の鎧を展開して備える。複数の雷がペイルカイザーに直撃する事でクロムへと届かせず、気の鎧で余波によるダメージを軽減させたが、それでも流石は雷というべきか。
意識を奪いかねない程の痛みとダメージが体にはしり抜けるが、それを持ち前の気力で持ちこたえる。
「このくらいで、根を上げてられるかあああぁぁぁッ!!」
『ちっ、何という体力バカだよ!? いい加減死ぬといい!』
「断るッ! 俺はまだやらなきゃならねえことがあんだよ!
高められた気を叩きつけるように拳を突き出して解放すれば、クロムの圧縮された気功が弾けとび、キリンへと叩き込まれる。それを顔面に受けてキリンは思わずたたらを踏んでしまった。
その気功の一撃はさながら重鈍器の一撃。圧縮された気は容易に岩を砕き、ハンター装備すらも破壊可能の一撃を誇る。それがキリンに通用しないはずもない。硬い敵には鈍器の一撃を。それを気功に置き換えただけの話だ。
彼に続くように、セルシウスも高められた気を解放するように鞘に納めた黒刀【参ノ型】を抜き取り、キリンへと接近している。
「居合い・
抜き放った黒刀【参ノ型】はクロムが傷つけた傷とクロスするように刻まれ、更にキリンを飛び越えながら背中を斬り、キリンを挟んでクロムと相対するように位置取った。鞘へと黒刀【参ノ型】を収め、再び気を高めて次の攻撃の準備に入る。
だがそうやってキリンを挟んでいようとも、奴は落雷一つでそれをなかったことにする。角を振るって周囲へと落雷を発生させ、それを避ける二人に視線を巡らせ、それぞれの位置関係を把握したキリンは、セルシウスへと狙いを定めて今まで以上に強く角を振りかぶった。
『蒼雷!』
叫びと共に発生する蒼い雷撃。それはキリンの視界を覆い尽くすように手前から奥へと連続して降り注いでいく落雷群だった。逃げ場などどこにもない。ただその蒼い雷に飲み込まれるという必中の一撃だった。
それはセルシウスの背後にいたライムと桔梗も同じ事。彼らをも巻き込むための一撃を叩きこんだのだ。
しかし魔法使いのライムは冷静だった。自分達も狙われているという事を悟り、雷の盾を自分達を覆うように展開してそれを強固なものにするために力を注ぎ込む。
セルシウスもまた雷の盾を展開してキリンへと接近、降り注ぐ雷の中を突き進む。彼女が纏うシルバーソルシリーズは雷属性に弱い。だがそれがどうしたとセルシウスは降り注ぐ落雷の中を突き進み、黒刀【参ノ型】をキリンへと叩き込んだ。
それは彼女が痛みに慣れているからに他ならない。感情が麻痺すると同時に、痛みに関しても耐性がついていたのだ。特に焼かれる事と電撃が体をはしり抜けることに関しては、体がもう慣れてしまったかのように動きを阻害されることはなくなった。
一人で多くの修羅場を潜り抜けてきたというだけではない。彼女自身があたかも感情だけでなく痛みに関しても感覚が氷漬けられたかのように麻痺している。
だからこそ彼女は止まらない。
盾を用いてダメージを軽減させてしまえば、大抵の事に関しては彼女を止める事は不可能。止めたければ彼女自身を押し返すかのような一撃を当てるしかない。
「……残念。確かにお前は脅威さ」
ぽつり、とセルシウスが呟いた。感情の篭らない紅い目でキリンを睨み付けながら彼女は黒刀【参ノ型】を振るいつつ続ける。
「古龍の狂化体と戦う。心躍るんじゃないかと思ってたけど、そんな事はなかった。まだあのティガの方が楽しかったよ」
『なに? 一体何の話をしている!?』
「お前の脅威はただの落雷。続いて縮地、とかいったか? それくらいか」
落雷ではセルシウスは止められない。縮地も脅威ではあるが、力の動きを視れば最悪は回避できる。彼女にとってこのキリンは身の危険を感じさせるほどの脅威は感じられない、と言っているのだ。
よくてその殺気が他のものらと比べて鋭いだけ。
もはやセルシウスはこのキリンはただの獣にしか見えなくなってきていた。
『……舐め、ているね? この私を……私を脅威ではないと!?』
冷たく鋭く、体へと刺し貫くような殺気が放出されるが、それでもセルシウスは冷静だった。叩き込まれる殺気もぴりぴりしているが、彼女は殺気を叩きこまれることに関してもまた慣れている。
自分の中にあるシュヴァルツの因子が嬉々として叫んでいるが、それを黙らせてやりながらキリンを睨み付けてやった。
「……未だに気づかないか」
『何を!?』
「体を侵すものがその狂気だけではない事に」
そう告げた瞬間、キリンの体がぐらりと傾いた。慌てて四肢で体を支えたが、今ふらついた原因は何なのかと興奮する頭を回転させて考える。
ふと、先ほどからちくちくと体を軽く突き刺す感触があった事を思い出した。はっとして振り返れば、一体いつからそうしていたのか、シアンが時折走りながら指に挟んだ投げナイフから気刃を飛ばしてきているではないか。
視線に気づいたシアンは冷や汗をかきながら不敵に笑みを浮かべてみせる。そのまま投げナイフをポーチにしまい、ローブを翻してごそごそと何かを漁り始めている。
『毒、か……っ!?』
「正解、っ!」
その解答の報酬をくれてやる、と左手に篭めた闘気を解放させるように振り返っているキリンの頬へと叩き込めば、またその足がふらつくようにたたらを踏んだ。それに続くようにクロムがもう一度闘吼破をたたき込み、キリンがその紅い目を細めて頭を強く振る。
古龍もまた生物。頭を何度も揺さぶられれば飛竜と同じく眩暈状態へと陥ってしまう。そしてキリンは麻痺耐性はあるが、それ以外の状態異常は軽減するものの通用する。先ほどからセルシウスとクロムが挑発し続けていたのは、シアンが毒投げナイフを使っている事を悟らせないようにするためだ。
その策は成功した。言葉が通用するならばこうして言葉で挑発し続け、狂化の種の影響で興奮しているならば易々と乗ってくれると思っていた。挑発の相手がシュヴァルツならばなおさらだろう。
言葉が通じるが故の咄嗟の策。ここに成功だ。
そしてキリンは荒ぶる感情を抱いて目の前にいる者達を睨み付けていた。今心を支配しているのはシュヴァルツを殺す、という目的だけではない。
屈辱。
この自分がいいようにやられ続けている。一人ダウンしているが、それでは意味がない。本来の標的を討ち倒さねば意味がないのだ。
古龍に属し、長い年月を経て知識を高めて言葉を解し、“大地”の領域へと上り詰めた自分がどうしてここまでいいようにやられればならないのか!?
荒ぶる感情を解放させるように高らかにいななきを上げ、セルシウスへと縮地を敢行する。だが力の動きを見切っていたセルシウスはそれを捌きながら最小限の被害に留めた。
しかしキリンは止まらなかった。それを感じとったのは回避した先にまた微細な電流が流れている事に気づいた時。咄嗟に横にステップしながら黒刀【参ノ型】を受け流すように構えた時、キリンがまたしても縮地を行使してセルシウスを撥ね飛ばそうとしてきた。
「ちぃ……っ!?」
だがまだ止まらない。体を縛り付けるように通り過ぎた残り香のような電流が体に絡みつき、セルシウスは縛り上げるように硬直させ、キリンは最後の縮地を行使してセルシウスを強く撥ね飛ばした。
「が、ふっ……!?」
「セルシィ!!」
クロムが叫ぶも、キリンは怒りに狂ったかのようにぎらつく紅い瞳をクロムへと向け、勢いよく天へと跳躍する。そのまま落雷を自身へと直撃させ、その力を纏ってクロムへと急降下してきた。
高らかにいななきながら自身そのものを落雷として対象を貫く。まさしく彼女の名前、
倒れていくセルシウスを抱えるように疾走し、そこから一気に跳んでその稲妻から逃れてやる。
地面が揺さぶるような一撃は大地を割り、その衝撃の重さを物語っている。それだけでなく纏った力を解放しながら地表を伝い、電磁網として逃げるクロムを追いかけてくる。
何としてでも逃がさないとでもいうかのような執念だった。それだけあのキリンの怒りを物語る。
「飛べ! B1と2!」
その時そんな叫びと共に何かが空を切る音を響かせ、数秒後にキリンへと着弾して爆発を起こした。その予想だにしなかった攻撃にキリンは驚き、電磁網は操る存在が力を断ったことで動きを止めた。
「選手交代です! 続けて飛べ! A1から3!」
『!?』
一体何事だ、とキリンが振り返れば、眼前に迫ってくる大タル爆弾。慌てて顔を逸らすも体に着弾して大きな爆風を生み出しつつ体を焼いてくる。体に回る毒の影響もあってたたらを踏んでしまったキリンに追撃するのは、いつの間に復活していたのか、桔梗だった。
その手にはダークネスではなく銀色の太い槍が構えられている。
近衛隊正式銃槍から強化させたガンチャリオットだ。先端から火が放出されつつ力が込められ、溜められた力を解放させるように引き金を引けば、通常よりも威力が上がった砲撃がキリンへと襲い掛かる。
『こ、こんなもので……!?』
「更に!」
強く横へと振りかぶってクイックリロードを行い、その顔を裂くように強く振りかぶって斬り込み、その衝撃でギミックが動いたのを見計らって引き金を引けば、込められている弾薬が全て放出されて一気に爆発を起こす。
その衝撃にキリンは強くノックバックされ、いつの間にかそこに設置されていた二つの大タル爆弾Gがキリンを出迎えてくれる。
『な、なんだ、と……!?』
「いらっしゃいませ~」
驚くキリンをよそに仕掛け人であるシアンが、インセクトスライサーを振りかぶって気刃を放ち、大タル爆弾Gを起爆させてやった。耳を劈く轟音と強い爆風がキリンを包み込み、しばらくそれぞれ無言でその爆心地を見つめる。
あれで倒れてくれればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。桔梗はガンチャリオットの弾薬を装填し、ライムもローブをなびかせながらそっと桔梗から離れた所でキリンの様子を見守っている。
先ほど彼が行ったのは焔が使う技術と同じものだ。スキル・ボマーを生かす方法は何かないか、と月にアドバイスを求めたところ、焔が使っている札のコードを利用した爆弾ミサイルを教わったのだ。
ライムの場合は札ではなく大タルに術式を刻みこむという方法であり、タルの呼称もアルファから始まるものではなくAからと別物だが、根本的なものは同じだ。
離れた所ではクロムがセルシウスへと応急手当てを施しており、セルシウスも意識までは奪われていないようだ。一時的な戦線離脱の間、ライム達が時間稼ぎをするという方向でやってみたが、思った以上にコンボが繋がってくれた。
シアンもシアンで見事に遊撃を務めてくれている。あの毒といい状況の流れを見て大タル爆弾Gをこっそり設置することといい、流れを見て自分のやるべき事を見出して行動している。
しかもライム達がシアンへと意識を向けさせないように動いているという事も相まって綺麗に決まってくれた。大きな仕事をしてくれたと褒めてやりたい。
『――縮地!』
黒煙から飛び出してくるキリンの突進はライムに向けられていた。だがそれをライムは力の動きで読み取り、横に跳んで回避するもまたキリンは止まらず背後からライムへと襲い掛かる。
だがライムはそれに対抗するように左腕に嵌めている盾でキリンへと当たりに向かった。それだけでは当然押し返されるのは目に見えている。だからこそ彼はこの技術を身につけた。
「
盾の力が足りないならば自身の力を注ぎ込んで強化させるまで。使えるものはすべて使って勝て。それが人が竜種に対抗するための牙であり爪だ。雷撃に対する守りをフルに解放させ、縮地の際に放たれる雷撃を防ぎつつ盾に施した強化でキリンの突進を受け止める。
当然左腕に強い衝撃が走り抜けるが、予め施しておいた身体強化で補う。そんな彼の目もまた赤く染まり、シュヴァルツの血を解放させているのがわかる。
これもやむを得ない。何せ目の前に狂化した古龍がいる。この血統は強い力を持つ者を相手にすれば否応なく反応する傾向にある。どうあっても目が赤く染まるのは避けられない事だった。
しかし堕ちるか堕ちないかはその人それぞれ。気力をしっかりと保っていれば堕ちる事はない。
「桔梗さん!」
「はい!」
キリンのパワーにライムの体は少しずつ後ろへと下げられてきている。クロムと違い彼は鍛えられているとはいえ、まだまだ力はそんなにない。身体強化を施していなければ簡単に吹き飛ばされるほどの力しか持っていない。
だから堪えられるのは一分以内、あるいは三十秒程度。それだけの時間があれば十分だと桔梗はガンチャリオットを構えてキリンへと接近する。またしても砲撃か、とキリンは視線を動かしてライムから離れ、跳躍して飛び越える。
その際にまた落雷を置き土産としたが、雷の盾を展開させているライムがそれを受け止めて収束させて己が操るエネルギーとした。これ自身をキリンにぶつけても意味はない。自分が呼び出した雷を受け止め平気な顔をしているのだ。通用するはずがない。
だがこれを自身の加速に応用すればよい。キリンがそうであるように自分にもできるはずだ。
轟剣【虎眼】を握りしめて雷エネルギーを自身の足へ。振り返るキリンへと叩き込むように轟剣【虎眼】を振りかぶって顔へと叩き込む。
ティガレックスの爪を使用した片手剣。素の威力は申し分なく、雷の力を借りた加速度を乗せた一撃は、キリンの顔に一筋の傷を作り上げるだけでなくその左目をも潰した。
「――――――!?」
声にならない悲鳴をあげながら顔をじたばたと動かすキリンの懐にもう一度潜り込み、クロム達が刻みつけた部分を抉るように轟剣【虎眼】を振るう。それだけでなく自身の周りに風の刃を展開させて収束させ、自分が離脱すると共にカマイタチとして放出。
風の刃が次々とキリンの体を刻み、薄い傷から傷を抉るものまで千差万別の攻撃を成り立たせる。
それを受けてなおキリンはまだ倒れない。あの爆弾の一撃や体を侵す毒もあったというのにまだ倒れないのだ。
『くそ、くそ……っ! 倒れるわけにはいかないんだ……! 私には果たさねばならない役目が……っ!』
それはキリンの言う役目に関わっているのだろう。それがシュヴァルツを滅ぼすという意志によって成り立っているのならば、どこまで意志が強いというのだろうか。あるいはそれだけ白皇とやらに忠誠を誓っているという事か。
白皇という存在が何物かは知らない。
だがその存在の影響力が強いが故にあれだけの傷を負いつつも闘志は折れない。狂化によって感情や体を侵されようともキリンは立つ。
長期戦になれば恐らく不利になるのは自分達だ。相変わらず鋭い殺気が体を貫き、気力を保っていなければそれによって飲み込まれそうになってしまいそうなのだ。
それに攻撃を捌き続けていられるのも月の教えがあったからこそ。防御がしっかり出来ていなければ一気に体力を奪われて戦えなくなってしまう。だから攻撃よりも今は守りの術を優先して仕込む、と彼女の言葉によってライム達はその術を仕込まれたのだ。
ライムがどうして属性に対する守りや盾の強化を習得していたのか。それは彼女の教えがあってこそ。それがなければライムは今頃ダウンしている。
「……行けるか?」
「……問題ない。決めようじゃないか」
セルシウスの応急手当てを終え、立ち上がった二人はそれぞれ武器を構える。逆境があれば燃え上がる。今の二人にはそんなスキルが備わっている。とはいえ手当てはしておかねば武器を振るう際に支障が出る。
そのため応急手当てだけに留めた。火事場力は更なる逆境がなければ効果を発揮しないからだ。もしこれが発動し、なおかつ上手く斬り込む事が出来たならば一気に勝負を決する事が出来る。
それに頭の中は妙にすっきりしている。感情が昂っているわけでもないのにどうも斬りたくてしょうがない状態だった。
この感覚は昔のセルシウスに近しい物だった。どうやらキリンに反撃を受けたせいで少しばかりスイッチが入ってしまったらしい。あるいはああして自身を昂らせて殺気を振りまいているキリンの影響を受けてしまったか?
「おい、セルシィ。また飲みこまれちゃいないだろうな?」
「……いや、大丈夫さ。安心しろ。オレより他の奴を気に掛けておけ」
黒刀【参ノ型】を構えようとしてやめる。どうやらキリンの一撃を受けた際に少しいかれてしまったようだ。太刀というものは繊細な武器。キリンの縮地の衝撃と雷撃によって刀身に歪が生まれてしまったらしい。
小さくため息をついて黒刀【参ノ型】をローブにしまうと、続いてヒドゥンサーベルを抜く。純粋な威力で黒刀【参ノ型】に勝るも、刀じゃないからとあまり使われない太刀が今抜かれたのだ。
龍刀【朧火】を抜かなかったのはあれは龍属性を帯びているからだろう。龍属性が通用しないキリン相手にあれでは意味がないし、切れ味的にも威力的にもヒドゥンサーベルに劣る。
鞘に収めながらセルシウスは紅い瞳をぎらつかせながら冷たく唇を歪めてやる。それはまさに一種の闇を孕んだ剣士の表情だった。
「オレに――斬れないものはない。それを思い知らせてやるさ」
一種の不安を感じさせるような表情と言葉だったが、セルシウスが纏う闘気は純粋なもの。一刻も早く戦いを終わらせる事と同時に、キリンを斬るという彼女らしい感情が含まれていた。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
僅かな不安を抱えながらも今は彼女の戦闘力に期待するしかない。手放したペイルカイザーを回収し、再び遊撃に回っていたシアンと合流してキリンの行動を窺いながら接近する事にする。
ここからは短期決戦。
被害を最小限に食い止めながらキリンを討伐する。
放出される雷撃を潜り抜けながらクロムはライム達へとサインを出して指示を出し、斬り込んでいく。
決着はもうすぐそこまで迫っていた。