砂漠地帯に出ると強い日差しと熱気に襲われる。クーラードリンクを飲み、何とかそれを軽くするものの自然の猛威は恐ろしい。確かにクーラードリンクによって体は冷やされているが、それでも汗は浮き出てくる。
じわじわと来る暑さにライムとシアンの呼吸が少し荒くなる。
「辛い?」
「はぁ、いえ、がんばりますよ」
気遣うように紅葉が声をかけるが、シアンはぐっと拳を握り締める。前を行く昴が後ろについているライムに肩越しに振り返る。
「……大丈夫ですよ。始まったばかりです。弱音は吐いていられませんよ」
「……」
その言葉に昴がうなずいた。再び前を向き、辺りを警戒しながら洞窟を目指していく。
数分歩いてきたが、状況は変わらず。周りは砂ばかりであり、時折岩やサボテンがあるくらい。ゲネポスも見当たらず、今回の敵であるガレオスの気配もない。目的地である洞窟まではまだまだかかるようである。
静かだ。
あまりにも静か過ぎた。昴たちは言葉を発さずただただ歩くのみ。空からは強い日光が差し込み、流れ落ちる汗はすぐに蒸発する。微かに聞こえるのは自分たちの少し荒れた呼吸音。
自分たち以外に何も存在しないかのような静けさだが、昴と紅葉は何も言わない。何もいないことが普通なのだろうか、とライムがぼうっとした頭で考える。この前のドスゲネポス戦では岩山地帯だったから、そしてゲネポスの群れだったからあれだけの数がうろついていた。
だが砂漠地帯では違うのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、突然昴が立ち止まった。
「……どうしたんです?」
「近くにいるな」
うっすらと目を細めながら昴はそう言った。紅葉もまたグラビィトンハンマーに手をかけながら辺りを見回す。
近くにいる。だがその姿が見当たらない。
相変わらずの静けさなのに敵が近くにいるのだ。そのことにライムとシアンが恐怖を感じ始めた。だがそれでもゆっくりと自分の武器に手を伸ばす。
「っ!」
その時、昴が突然右に飛び、手にしている白猿薙【ドド】を砂の中へと突き刺した。
「ガァァアア!?」
悲鳴を上げてそれが砂上に飛び出てきた。砂によって染められた土色の体をしており、左右に平べったく広がった顔が特徴的な存在。大きさは普通に2メートルはあろうか。モンスターと呼ばれているが、なかなかの大きさをしている。
これがガレオス。砂を泳ぐ魚竜種のモンスターである。
「っと!」
その時、紅葉が隣にいるシアンの首辺りを掴んで後ろへと下がった。すると先ほどまでシアンが立っていた場所へともう1匹のガレオスが飛び出てきた。口を開けて噛み付いてきたが、それは完全に外れている。
「う、わ……」
もしあのまま引っ張られていなかったら足を噛まれていたことだろう。そして砂の中へと引きずられるのだ。有り得たかもしれない出来事に思わず身震いする。
紅葉は首から手を離すとそのまま顔を突き出しているガレオスへと接近し、手にしたグラビィトンハンマーを振りかぶる。
「はい、よぉ!」
気合一閃。高められた気に反応してグラビィトンハンマーの穴から棘が突き出てきた。そのままもぐら叩きのように砂から顔を出しているガレオスへと叩き付けた。
「ゴッ、ガ!?」
ズンッ! という衝撃音が響く。その凄まじさはまさに一撃必殺の破壊力。
その一撃で顔を潰され、そこに大きな血溜まり作り上げた。紅葉の力とグラビィトンハンマー自身の重量による一撃の効果がその死体によって如実に語られている。
「…………」
その光景にシアンはまさに絶句する。当の本人は一息ついてグラビィトンハンマーを持ち上げ、軽く回転させて血を払った。
そしてもう1匹。砂上に打ち上げられたガレオスはしばらくもがき続けている。ライムもヴァイパーバイトを手にして接近し、その顔目掛けて剣を振り下ろした。
「ガアッ!」
首を振って抵抗するもライムの手は止まらない。昴もまた体に回りこんで白猿薙【ドド】を操って傷を負わせていく。
「ガァアアッ!」
もがいていたガレオスが起き上がり、のっそりとした動きで二人から離れていく。彼らは泳いでいる時こそなかなかの速さを持つが、砂上に出れば動きは緩慢となる。
「……」
自分たちを見つめているガレオスから視線を外し、他に潜んでいるガレオスがいないかと昴が視線を動かす。だが今のところはいないと判断。ライムに視線を移してあごでしゃくる。
戦ってみろ、ということだろう。
ぶっつけ本番で群れに向かうより少しだけでも彼らの動きを覚えさせる、ということか。
ヴァイパーバイトを構えてライムが前に出る。それを見たガレオスが体を捻り、長い尻尾を振り回した。だがやはりその動きは遅い。立ち止まってそれをやりすごし、隙が生まれたところを斬りかかる。
「ガウッ、ガウッ!」
首を振って肉薄しているライムを振り払おうとするが、すでに彼は離れており、その動きがやんだ時にまた斬りかかっていく。
「グルル……」
そこでまた距離を取ってライムを見つめ、そのまま首を持ち上げた。
「あれは……」
いつか見た図鑑を思い返す。
ガレオスは泳いでいる時に砂を飲み込み、砂に含まれる栄養分を分解して吸収、砂は排泄するという。だが排泄するのは何も後ろからだけではない。固まった砂をそのまま口から吐き出すこともあるようだ。それは彼らの攻撃手段の一つにもなりえるという。
「ガァッ!」
その砂の塊、砂弾が放たれる。咄嗟に横に飛んだが、さっきまでいた場所が砂弾によって砂が抉られていた。
砂があそこまでの威力を持つなんて、とライムが冷や汗をかく。まさしくそれは一種の銃弾だった。そんな風に思っていると、ガレオスの首を白猿薙【ドド】で貫いて仕留めた昴が目に映る。
ガレオスはしばらく痙攣していたが、そのまま地面に倒れて動かなくなった。
「砂上ではあんな感じの行動を取る。泳いでいる時こそ注意するべきだが、砂上に打ち上げればほぼこっちのペースに持ち込める。あえて注意するならば、さっきのような砂弾だな」
その説明にうなずくライム。
武器を仕舞うとガレオスを剥ぎ取らずに歩き始める。動きを把握するために少しだけ戦闘したが、今はとにかく急ぐべきだ。剥ぎ取っている時間はない。
砂丘を登り、そして視界が広がった時、奥のほうで洞窟らしきものが見えた。舞い上がっている砂塵でよく見えないが、あそこが目的地だろう。
「……」
そして昴が砂に身を伏せながらポーチから双眼鏡を取り出した。レンズを覗いてみると、そこにはいくつかの動く物体が見えた。砂から突き出た三角形のもの。あれはガレオスの背びれだ。
目視できるだけでも5つはある。だが彼の気配を探るセンサーにはそれ以上。およそ10前後の気配を感じ取っていた。
そして背びれの中に大きく黒っぽく染まっている背びれがある。あれこそがドスガレオスの背びれだ。
彼らは洞窟の入り口付近を回遊するかのように泳ぎ回っている。どうやら獲物を逃す気はないらしい。この砂漠では餌が捕れるのはほぼ限られる。せっかく舞い込んだ獲物を逃せば、今度はいつ捕食できるかわからない。
だから商隊が諦めるその時まではああやって洞窟前で待つつもりなのだろう。
「……さて、ライム。あれはあるな?」
「はい、ここに」
うなずいて取り出したのは一つの玉。ガレオス戦でほぼ必須とされるアイテム。
音爆弾だ。
スイッチを押して投擲することにより、中身で破裂して高周波を発するものだ。それは人の耳には聞き取れないが、聴覚が優れているモンスターにとってそれは脅威となる。その破裂音によって感覚が乱されてもがきだすのだ。泳いでいるガレオスに使用すれば、砂上へと引きずり出す事が可能になる。
砂を泳ぐガレオスたちにとって獲物を感じ取る方法は獲物の足音である。どんなに離れていようが音が聞こえればそちらへと静かに近寄っていく。そうやって今回の商隊に奇襲をかけ、ハンターたちを捕食したそうだ。
ハンターを捕食したことにより、ある程度腹は満たされたのだろう。恐らくあと数日は洞窟前に張り込めると思われる。しかし商隊にとってはそれだけの時間を生き残ることは出来ない。商隊がピンチだということには変わりはない。
「俺が方向とおおよその距離を言う。とにかく音爆弾を使用して出来る限りガレオスたちを引きずり出せ。それだけでも砂からの奇襲はなくなる。だからといって油断するな。砂上だろうが奴らは攻撃手段を持っている。隙を見て次の音爆弾を投げろ」
「はい」
「打ち上げられた奴らは紅葉、お前に任せる。とにかく暴れてこい」
「任せなさい」
「わたしも暴れますよー!」
元気よく手を挙げたシアンに昴は首を振る。
「いいや。お前は紅葉の後ろをついていきつつ、洞窟に向かえ。商隊の奴らに『お前たちを助けに来たッ!』、とでも言ってこい」
「おぉ。安心や希望を与えるわけですね!」
「そうだ。今回の目的は奴らの討伐じゃない。商隊の救出だからな」
そこを間違えるな、と言う風に見つめるとシアンが大きくうなずいた。
「俺はドスガレオスを抑えておく。それぞれやることはわかったな?」
「オーケー」
「はい!」
「りょーかいです!」
「よし、では行くぞ」
昴が白猿薙【ドド】を構えて歩き出すと、その後ろからライムが音爆弾を手にしてそれに続く。さらに紅葉が続き、シアンも続いた。
出来る限り足音は消していたが、回遊しているガレオスのうち数匹気づいた。さらに砂の中に息を潜めていたものも近づいてくる気配を感じ取る。昴はその方を見やりながら指示を出す。
「2時から来るぞ! 距離40!」
「はいっ!」
スイッチを押すとそのまま下から振りかぶり、少し立ち止まってアンダースローで投擲する。緩やかな弧を描いて音爆弾が舞い、そして炸裂する。
「ガァッ!?」
その方向にいたガレオスが悲鳴を上げて砂上に飛び出してきた。
音爆弾を投げるとライムはすかさず新しいものを取り出す。
「11時、0時方向! それぞれ60、90!」
「はいっ!」
昴から右へと少し回り、スイッチを押して再びアンダースローで投擲した。先ほどよりもスピードを上げて音爆弾がそちらへと向かい、炸裂する。
「ガッ!?」
「ガァッ!?」
それはうまく2匹の間で炸裂したようで、同時に2匹が飛び出してくる。2匹は昴たちの進路上におり、白猿薙【ドド】を構えて通り過ぎざまに一撃切り捨てる。更に後ろに続いた紅葉もまたグラビィトンハンマーでその顔面を殴り飛ばし、そのガレオスは砂を転がって絶命した。
「ガルル……。ガル、ガァウ」
そこでドスガレオスが昴たちの乱入に対処するかのように指示を出し始める。息を潜めているものも、回遊しているものもドスガレオスの指示に従って動き始める。バラバラに、しかし同時に昴たちへと迫ってくる。着実に包囲網を展開しながら距離を詰めてきているのだ。
バラバラに散らばっているため、音爆弾の範囲外にいるものは止まらずに襲い掛かってくるだろう。
「ライム、音爆!」
「はい!」
昴が手を後ろにやると、その手にライムがポーチから取り出した音爆弾を置く。さらにライムも自分が使う音爆弾を取り出した。だが慌てていたせいか、投げようとした音爆弾が手のひらの汗に滑ってしまう。
「あっ!?」
砂へと落ちようとしている音爆弾。だが紅葉が足を出してそれをキャッチする。
「追加を出しなさい!」
音爆弾を軽く蹴り上げ、そのまま左方向に蹴り飛ばす。それは離れた場所で炸裂し、襲ってくるガレオスたちを砂上に引きずり出した。
前にいるガレオスも昴が投げた音爆弾で足止めされる。そして右方向はライムが新しく取り出した音爆弾によって止められた。
「ガァアア!!」
さすがにドスガレオスもこの状況に苛立ちを感じたのだろう。せっかく獲物を追い詰め、新しい獲物がやってきたというのに仲間たちが次々とうるさいものによって止められている。
ならば自分が動こう。
ドスガレオスがついに動き出した。ガレオスたちよりも速いスピードで迫ってくる。
「来たな。俺が止める。ライムは俺の後ろに。紅葉たちは先に行け」
「オーケー。気をつけて」
「いってきます!」
そこで二手に分かれる。紅葉たちはそのまま洞窟を目指し、昴とライムは迫ってくるドスガレオスを止めるために迎え撃つ体勢を取る。
「ガァッ!」
砂の中から突如飛び出して口を大きく開けたまま滑空してきた。
「っ!」
後ろにいるライムの首に手を回してその場から横へと飛び込む形で回避する。多少きつい回避の仕方だったが、あのまま自分だけ避けていても後ろにいるライムへとぶつかって大怪我する可能性があった。
「ごほっ、ごほっ!」
たまらずライムが咳き込んでしまう。
「大丈夫か?」
「ごほっ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
少し涙目になっているが、かすかに笑顔を見せる。
ドスガレオスはあのまま砂の中へと潜り込み、また回遊を始める。その後ろには再びガレオスたちが砂に潜り、ドスガレオスの指示を待っていた。
「音爆はまだあるか?」
「はい。何個かは」
一応音爆弾はギルドが決めた上限である10個持ってきてある。そのうちの半分を先ほど使った。つまり、残りは5個。だが調合する素材である爆薬と鳴き袋がまだあり、シアンたちも音爆弾を持ってきているので、まだ使えることは使える。
だがアイテムを扱う技術や調合の才能があるライムを育てるため、クエスト中の使用はほぼライムが行っていた。
伸ばすべきところは伸ばして育てる。
それが昴の考えだ。
「とにかくドスガレオスを止め、出来るならば撤退させるまで追い込ませたい。ライム、引きずり出してやれ」
「はい!」
新しく音爆弾を取り出し、泳ぎ続けて隙を窺っているガレオスたちに狙いを定める。だがその背後から息を潜めて迫る影が一つあった。
「っ!? ライム、後ろだ!」
「え?」
その叫びと同時に影が飛び出してライムの足めがけて噛み付いてきた。
「うわっ!」
思わず飛びのいて音爆弾を落としてしまう。それは炸裂せず、ただそこに転がるだけ。昴がそのガレオスの首に白猿薙【ドド】を突き立てるが、それが大きな隙となる。
「グルァアア!!」
ドスガレオスが号令をかけてガレオスたちを向かわせる。
「ガァアア!」
同時に自分も砂から飛び出して、昴たちの頭上からダイブするようにして襲い掛かった。
迫り来る大きな影に昴とライムの表情が強張った。
洞窟に向かう途中も数匹ガレオスが配置されており、時折襲い掛かってきたが、シアンが音爆弾を投げることで足止めした。そしてもがくガレオスにグラビィトンハンマーで殴りつけ、絶命させてシアンを先に行かせる。
洞窟はすぐそこ。砂によって走りにくいが、それでも急いで駆けつけなければ。
「ふんっ、ふんっ!」
背後でグラビィトンハンマーを振るってガレオスを仕留める声が聞こえる。迫り来るガレオスを止めつつ、ようやく洞窟に辿り着いた。
そこでは商隊の人々が気落ちした顔で集まっていた。
「大丈夫ですかっ!?」
シアンがそう叫ぶと何事だと視線が向けられる。
「き、君は……?」
一人の男がそんな質問をしてくる。それに胸を張ってぽんと叩くと、とびきりの笑顔でこう答える。
「わたしたちはココット村のハンターです! 皆さんを、助けに来ましたッ!」
その言葉に人々の心に暖かいものが広がっていく。助けが来た、という希望の光とシアンの言葉による嬉しさだ。
「大丈夫?」
そしてもう一人。紅葉がグラビィトンハンマーをどんっ! と地面に置き、棍を支えながら洞窟の中を見渡す。人々の表情は次第に明るさを取り戻しており、少しずつ騒がしさが表れた。見たところ軽傷を負っているものはいるが、重傷者はいないようだ。
近くにいるガレオスは紅葉が始末した。あとは昴たちがドスガレオスを何とかしてくれれば、商隊のみんなを外へと連れ出せるだろう。
今はどういう状況だろうかと何気なく昴たちの方を見やると、その表情が一変する。グラビィトンハンマーを持ち上げると、そのまま洞窟を飛び出し彼らのもとへと駆け出す。
彼女が見たものは、肩を押さえて砂にうずくまっている昴の姿だった……。