呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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100話

 

 

 樹海に衝撃波と爆発音が連続して発生し、それは点々と移動していくのが感じられた。その戦場には二つの命しか存在せず、ここで暮らしていた他の命たちはこぞって我先にと逃げ出していく。

 あんな人外達の戦闘に巻き込まれでもすれば、命がいくらあっても足りないと本能が告げるのだ。だからあの二人が睨み合った瞬間、数十メートル周囲の動物やモンスター達が逃げ出し、衝撃波が発生した瞬間は百メートル以上離れた地点の存在はいなくなってしまった。

 しかし二人はまるで台風のように移動し、その力の影響を及ぼしていく。

 

「はあっ!」

 

 スピードを乗せてステップし、回し蹴りを放てばアキラはそれを腕で受け止める。そのまま朝陽はアキラへと接近し、頭上から拳を振り下ろして頭蓋を叩き割るかのような一撃をお見舞いしたが、それをバックステップで容易に回避される。

 だが朝陽の一撃は大地を割り、砕けた土が舞い上がっていく。それを操り、高速で撃ち出す事で土の弾丸と成す。だがアキラはそれがどうしたとばかりに全てを拳で打ち砕いてしまった。

 

「そらっ」

 

 指を鳴らしながら振りかぶれば彼の周りに展開した風の渦が一斉に朝陽に襲い掛かる。それを体勢を低くして疾走して全て回避し、ローブから抜いた夜刀【月影】を一閃。アキラを斬り殺さんとする一撃を放ったが、それをアキラはローブから抜いた何かで受け止めた。

 一見してそれは柄しか握っていないように見えるが、夜刀【月影】の刃は何かに止められているかのように宙に固定されている。

 

「……ファントムミラージュ、か」

「くくく……」

 

 霞龍オオナズチの素材で作り上げられた太刀であるそれは、オオナズチの特徴を受け継いだかのようにその刀身が見えない。一体どういう技術で作り上げられたのか、それは柄から伸びる刀身が把握できないのだ。

 しかしそこには確かに刃が存在し、使用者ならばその刃がどれだけのものかが見えるらしいが、素材が素材だけに真偽は不明。なにせそれはG級のオオナズチの素材を使用しているのだから。

 それを素早く振るって斬り込んでくるが、朝陽は舌打ちして後ろに下がりつつ夜刀【月影】で何とか防いでいく。そうしながらじっとその柄から伸びているであろう刃を見据えようと意識を集中させる。

 するとおぼろげながらもその刃がゆっくりと形作っていくような気がした。

 シュヴァルツの目が素材として使用されたオオナズチの力の残留を見抜き始めたのだ。

 

「視える!」

 

 視えてしまえばもうそれは見えない剣ではなく普通の剣と何ら変わりない。防戦に回り込んでいたのを均衡状態へと切り替えるべく前に出る。そんな朝陽の変化に「ほう」と軽く反応を示すと、夜刀【月影】を受け止めたままさりげなく朝陽の足を刈るように足払いを仕掛ける。

 だがそれを読んでいたらしい朝陽はそれを躱し、強制的に夜刀【月影】を押し出してアキラを離し、その背後から植物の蔓を伸ばして彼の体を縛り付けるように操作した。

 しかしそれもアキラは感じ取っていたらしい。つまらなそうな表情を浮かべて背後を焼くように炎を展開し、その蔓を全て焼き払った。

 

「そらっ、行くぞ?」

 

 その炎を足元へと集めるとその姿が一気に眼前へと迫ってくる。そのスピードを生かした蹴りが飛んでくるも、それを捌き、ボディブローを放って一度アキラを止め、繋げるように跳び膝蹴りを放つ。

 連続して腹にかかった衝撃にたまらずアキラの体はくの字に折れ、そこを狙い撃ちにするように跳躍し、下がった頭へと叩き落とすように踵落としを喰らわせてやる。

 

「ぐっ、ぬ……」

「死ねぇえええ!!」

 

 倒れたアキラの背中から心臓を狙うように手刀を形作って魔力の刃を生み出し、一気に躊躇いなく振り下ろした。だが、意識を失いかねない程の衝撃を受けてもなおアキラは動けた。

 地面を転がって手刀から逃れて一気に起き上りつつ、手をついて体を回転させてまた足を刈っていく。突然の反撃に反応できず足を刈られ、倒れていく胸へと回転したまま蹴り上げて朝陽の呼吸を狂わせ、足を揃えて地面から起き上がりつつ一気に朝陽の体を穿った。

 

「っ、くぅぅ……!?」

「ぬるい攻撃では我を落とせぬぞ? そら、抗ってみせろ。我を殺すのだろう? せいぜい頑張ってみせるがいい」

 

 軽く頭を振りながら笑みを浮かべ、吹き飛ばされていく朝陽へと声を掛けると、追いかけるために一気に疾走。

 吹き飛ばされている朝陽も迫ってくるアキラに備え、何とか空中で受け身を取って突き出される拳をガードして衝撃を殺そうとしたが、やはりというべきかその力が凄まじいために生えている樹木の幹まで一気に飛ばされてしまった。

 

「う、ぐ……」

「この程度で我を殺そうと試みるとは……愚かだな。所詮貴様はそこまでの実力よ。神倉の出来損ないと呼ばれた貴様が、あれに勝とうという幻想(ゆめ)を抱いたのが間違いというもの」

 

 くつくつと冷たい笑みを浮かべながら、悠然と樹の根元に背を預けて座り込む朝陽へと近づいていく。

 

「だが、そんな幻想(ゆめ)を抱いたからこそ現実(いま)がある。貴様が幻想(ゆめ)を見たからこそ、ここまでの流れが生まれた。その点においては評価してやってもよい」

「…………」

「もう幻想(ゆめ)を見るのも疲れたろう? 現世(いま)から二度と覚めぬ常世(ゆめ)へと旅立てばよい」

「……残念だけど、それは断るわ!」

 

 弾かれたように飛び出した朝陽へと、やれやれと聞き分けのない子供を見るかのように嘆息し、アキラはその顔へとフックを放つ。だが拳が触れた瞬間、その朝陽の姿が消えてしまった。

 虚像。

 そう悟り、背後を振り返れば夜刀【月影】を構えて振りかぶっている彼女の姿があった。素早く体勢を低くして首を刈る一振りをやり過ごすも、その足元にはいつの間にか樹の根が這い回っている。

 またしてもこの類か、と火炎を発生させてその根を全て焼き払っていったが、自分の周りに火炎を纏わせた時、その奥から何かが飛来してくるのを感じる。それを薙ぎ払うように腕を振るって火炎を操ったのだが、それに炎が触れた瞬間爆風がアキラを襲いかかった。

 

「……っ、これは……?」

 

 それの正体に気づき、移動しようとするも次から次へと僅かな火の音を響かせながらそれがアキラへと迫ってくる。その全てを炎で打ち払い、爆発させていくのだが、その度に爆風がアキラの体をなぶってくる。

 

「打ち上げタル爆弾、か。小賢しい真似をするものだな? 朝陽よ」

 

 挑発するように嘲笑しながらアキラが呟くが、それに朝陽は応えない。木々を走りまわって自分の姿を隠し続けているが、それがアキラに通用するはずもない。

 ドンッ! と強く地面を踏みしめればアキラを中心として地面が陥没し、ひび割れて亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていき、そこを伝って炎が一気に広がって倒れていく木々を容赦なく焼き払っていく。

 だがそうやって木々を倒し、焼き払わせる事が朝陽の狙い。木々が全て倒れていく事で一時的に視界が悪くなり、朝陽は走りまわった際に魔力を練り上げた弾丸をあちこちに設置していた。

 それを一斉に木々の隙間から射出し、アキラをハチの巣にしていく。

 

「だが通用しない!」

 

 自分を中心として障壁を作り上げることでそれは無力化される。狙いとしては悪くないが、そんな手段はアキラの頭の中で既に対策済みだった。

 彼もまた朝陽の行動を無数に予測している。それに加えて自分のセンサーが僅かな魔力の動きも逃さない。気づかせないように小さな魔力として設置していようがセンサーがそれを感知した瞬間、頭の中に用意しておいた対策をピックアップして攻撃に備えてしまう。

 

「無駄な行為はやめるのだな。そういうものは見苦しいだけだ」

「……自分が優位である事を疑わない。その性根、ある意味感心するわ」

「それが我だ。知るがいい、朝陽よ。世の中には絶対に越えられない壁というものが存在する。そして同時に、絶対的な強さを持つ者が存在するのだ」

「それが、貴様だと?」

「くっくくく、力を追い求めた先にはそれがあるだろう。我は“そこ”に至らねばならない」

 

 興奮したように笑みを深くし、ぐっと胸の前で突き出しつつ拳を握りしめ、アキラはどこかで自分を見ているであろう朝陽に告げた。

 

「かの魔女は言った。世界は広い。……わかるか? 世界は、広いのだ! 人はあの月が世界最強だと口を揃えて言うだろうが、魔女はそれを否定したのだ! 世界から見れば月でさえもまだ足りぬ、とな! 故に、我は力を求道し、その“世界”とやらに至らねばならぬのだ!」

「…………狂ってるわね。何を言っているのか理解できないわ」

「貴様に言われたくはないな。それに貴様が知りうる事でもない。むしろこれは普通はしる事などありえぬ事象。空間魔法に至ったものでもその域に至らねば、その事実を知る事が出来ぬのだからな」

「空間魔法……ふん、まさか平行世界とかそういう領域って言うんじゃないでしょうね?」

「……くっくっく」

 

 彼女の言葉にアキラは低く笑うだけ。それはまさに無知なる彼女を嘲笑うかのような笑い方だった。

 朝陽といえどもやはりこの世界に生きる者の一人。空間魔法に至れども、その先にある領域までは届かない。月でさえも届かない領域である「時空転移」をこなせる者だけが知る世界。

 その「時空転移」のみを知る朝陽では想像する事が出来ないのだ。

 だからアキラが何を言っているのかわからない。

 それに、人々が称える世界最強である月を殺すのは自分だ、お前じゃない。そんな反論をぶつけたとしても、アキラは不可能だと笑いながら切り捨ててくるだろう。

 ならば別の話題を突き出してみようか。

 

「……アキラ、一ついいかしら?」

「なんだ?」

「シュヴァルツの因子、どこから調達してきたのかしら?」

「……ほう? 今頃気づいたのか」

 

 視線を巡らせながら隠れている朝陽を探しつつ、アキラは鼻を鳴らすように笑った。ずっと表に出ず狂化竜に指示を出す、というやり方をしているため、朝陽はつい最近になるまでその事に気づかなかった。

 隠れ続けるように行動しつつ力を蓄えるというやり方をしているため、アキラはそうやって自分も陰で動きつつ自分の目的に向かって進んでいた。だからこうしてシュヴァルツの因子を植え込み、数年前から実験を繰り返していたというのに、朝陽はそれを見抜けなかった。

 実に愚かだ、とアキラは彼女を嘲笑する。

 

「復讐に燃えた女の血から抜き取っておいた。長く生きているとなかなか知識も技術も付いてくるものでな。ブラッド・ルーツを用い、その女の血から調達させてもらった」

「…………ワタシ、か」

「くっくくく、その通り。純粋な血統ではなく刻まれたもの故に効果は少々期待できなかったが、長く因子を増幅させていく事で使い物になってくれたわ。おかげで闇の力も十分溜まったろう?」

 

 彼の言葉に嘘はない。実際シュヴァルツの因子を含んだ狂化竜によって、通常の狂化竜以上の闇が徴収された。朝陽はどれがシュヴァルツの因子を含んだ個体なのか知らないため、その比率がわからないが、アキラは全てを把握している。

 独断で行動したが、その全ては朝陽のため。

 ――と見せかけてそれは自分の目的を達成させるための通過点。

 

「……そうね。おかげさまでここまで力を得られたわ。……同時に、ワタシのこれも制御しつつ高める事が出来た!」

 

 刹那、一陣の風が走り抜けてアキラの左腕が斬り落とされた。

 あまりの速さにアキラは一瞬放心したように立ち尽くしたが、左腕が離れた所で落下した時、視線を動かして風が通り過ぎた方向を見やる。切断面から鮮血が勢いよく噴きだしているのにそれを気にした様子もない。

 傷口を抑えず、ただぐっと筋肉を締めて魔力を通すだけで止血してしまったのだが、そうする間にも風は走り抜け、アキラを斬り捨てようとしている。

 だがそれを体をずらす事で何とか回避したが、頬を掠めるだけで斬れてしまい、薄く血が滲み出る。

 

「……ほう? なるほど、そういう事か」

 

 消え去った朝陽の姿を視線だけで追いつつ、空気を震わせるこの心地よくも恐ろしい殺気を感じ取った。この自分でさえもこの殺気には若干の恐ろしさを感じさせてくれる。それだけかの血統が優れた一族である事を知らしめる。

 

「シュヴァルツの血を浮き彫りにしたか。数多の血を入り混ぜたが故に、それぞれの血を薄れさせつつもその力を継承させていく。……故に特化した血統の力が消える」

 

 力を求めて様々な血を取り入れたはいいが、それぞれの特色が強く出ることは長い年月を経るごとになくなっていったのが神倉一族だ。有翼種の血を入れても翼は生えず、有角種の血を入れても角は生えない。

 シュヴァルツの血もそうだった。その才能や闇は引き継いだが、それ以上の効果はない。殺人鬼に堕ちる事はなく、瞬間的な爆発力もなく、高い才能を持つ者を目の前にしても興奮する事はない。

 他の血統の力に押しつぶされ、押しつぶし、それぞれの特色を打ち消し合った結果だ。だからシュヴァルツの因子のみが残り、後期の神倉一族はシュヴァルツの血統に連なっているようで連なっていない。

 そのため、神倉一族がシュヴァルツの特色を発現した場合、それは貴重なサンプルとして採用される。

 なぜならば、シュヴァルツの力を発現させたその人物は、その先高い才能を引き継ぐ可能性があるからだ。大事なのは力が高いかどうか。堕ちて狂おうが知った事ではない。その力を発現させた後に子を成せば、生まれた子供は高い才能を持っている可能性が高くなる。

 それを狙ってサンプルとされる。

 もちろん、子を成した後はそのまま狂ったままにして里を破壊されてはたまらないので、殺処分される事もざらではないのだが。

 つまり前例はあった。そこに至るまでがなかなかないというだけで。

 

「やはり闇か? 闇がシュヴァルツの血を刺激したのか? だとすると興味深い。そうやって手回しした甲斐があるというもの」

「そしてそれが貴様を殺す事になるというもの。巡り巡って自分の首を絞めたわね、アキラ?」

「くっくくく、左腕を斬り落としたぐらいでいい気になるなよ? シュヴァルツの力を発現させたとはいえ、貴様はまだ足りぬ! 我を殺すならば、更なる力を見せてみろ!」

 

 圧縮されたアキラの魔力が右手に収束し、朝陽の胸を貫くように光線となって放たれた。しかしそれを素早く走り抜けて回避し、冷たい殺気を放ってアキラへと接近。

 全ての生き物を震え上がらせるとされるその殺気を受けてなおアキラは動ける。確かに朝陽はシュヴァルツの力を発現させたようだが、それはまだ完全な力となっていない。

 ピリピリした空気は感じるし、どうやら心は恐怖を感じているらしい。

 だがそれがどうした?

 それだけで状況がひっくり返るわけではない。

 確かに速くなった。それは認めよう。だがそれを覚えればもう見切る。

 

「そらっ!」

 

 振りかぶられた夜刀【月影】をまたもファントムミラージュで受け止めてやる。そのまま弾こうとしたのだが、朝陽はそこから一度退いて足を払うように夜刀【月影】を薙いだ。

 当然アキラは軽く跳んでその刃を回避したが、そこを狙ったかのようにまた風が吹き抜けた。それも二つ。

 

「っ!?」

 

 咄嗟の事にアキラは空中旋回して回避したが、それでも右腕の肘から先が斬り落とされる。握りしめていたファントムミラージュと共に地面に落下し、アキラは両手を失ってしまう事になる。

 

『…………』

 

 そこに現れたのは三人の朝陽。明らかに分身だろうが、その全てが同じ気配を放っている。つまり実態を持った分身という事か。そういう技術を確立させている事は知っていたが、ここでそれを使ってくるとは。

 シュヴァルツの殺気で空気が震え、あちこちを駆けまわったせいで似たような気配がばら撒かれている。それに紛れて隠していたという事か。

 

「くっ……くっくくく、くははははは! ようやるわ! なるほど! シュヴァルツの気を上手く使いおったか!? 咄嗟の判断にしては上出来だ! 褒めてやろう! 貴様は確かに成長した!」

 

 右腕も止血はしたが、失われた手は返ってこない。しかしそれでもアキラは笑みを消さない。周囲には彼の魔力が圧縮された弾が取り囲み、反撃の手を構築している。こんな状況になってもなお彼は戦おうというのか。

 ならば一気に終わらせてやる。

 これ以上付き合う気はさらさらない。三人の朝陽は強く夜刀【月影】を握りしめ、その真紅の瞳をぎらつかせて身構える。十分に脱力した後、弾丸のように飛び出して三方向からアキラへと迫る。

 それを迎え撃つように全方向へと魔力の弾丸が放出され、同時に足元へと強く気を込めていく。これは弾幕を掻い潜って接近してきたとしても、強く大地を踏みしめた際の衝撃波で迎え撃つ、という構えだ。

 そこからカウンターを決めるつもりなのだろう。

 

 読めた。

 

 と感じたのはどっちだ?

 気づいた時には弾幕を掻い潜って接近した朝陽へと、アキラは最初の一撃からカウンターを叩きこんでいた。しかもそれは分身ではなく本物の朝陽だった。

 

「が、は……っ……!?」

「残念だったな。両手を斬り落として勝ったとでも思ったか? ぬるい、ぬるいなぁ、朝陽よ。だから貴様は弱いのだ!」

 

 夜刀【月影】を振り上げようとした朝陽のスピードを利用したボディを穿つような蹴り。その衝撃は内臓へと響き渡り、呼吸が一瞬止まってしまう程。

 本体に強い衝撃が走り抜けたため、分身は霧のように消え去ってしまった。つまり、形勢は逆転してしまったのだ。

 たった一撃のカウンターでひっくり返る。しかもアキラは足を止めずに、くの字に折れた朝陽のこめかみを蹴り飛ばしてしまう。その容赦のない一撃が加わって意識を飛ばし、ボールのように吹き飛ばされて地面を何度も転がっていく。

 そんな朝陽を憐れむように鼻を鳴らし、余裕を見せつけるように悠然と転がっていった朝陽へと近づいていくが、意識を失っている朝陽は動く気配はない。

 聞こえるはずのない相手に、アキラはぽつぽつと語りかけ始めた。

 

「これが力の差というものだ、朝陽よ。シュヴァルツの血を発現させたとしても、貴様らの血に刻まれた因子は正当なる血統に比べれば微々たるもの。奴らの力に比べれば十分に劣る。……くっくくく、だからといってシュヴァルツにも殺されてやるわけにもいかぬのだがな」

「…………」

「そう……力を追い求めたからといって、超えるべき相手の血を取り入れた時点で神倉は敗北している。敗北しているのだ!!」

 

 吼えるようなその言葉と共に朝陽の腹を強く蹴り上げる。続けるように浮いた体を踏み付け、その痛みに強制的に朝陽の意識は引き戻されてしまった。

 

「げほっ……げほ……、ぐ……」

「お似合いの格好だな、朝陽。貴様はこうして地べたに這いつくばり、我を見上げていればいい。貴様は永遠の敗北者。いや……貴様らは敗北者なのだ!」

 

 その言葉と共にまた腹を蹴り上げてやる。呼吸困難になっている彼女は咳き込み、意識が朦朧としていく。上手く息が吸えず、荒い呼吸を繰り返しながら自分を見下すアキラを何とか見上げる事しか出来ない。

 そんな朝陽を見てアキラは何かを思い出したかのように視線を動かし、また笑みを深くする。

 

「……くくく、月は『蒼天の戦乙女』と呼ばれているのだったな? ならば貴様は決して勝つ事の出来ない幻想を抱き続けて空を見る哀れな鳥。悠々と空を舞うあの女の影を追い、飛ぼうと夢見るも、決して空を飛ぶ事など出来ない。何としてでも飛ぼうと闇に身を投じて飛ぼうとしても、その穢れた翼では飛ぶ事も出来ない! 実に哀れな事だ! ふははははは!!」

 

 言葉による罵倒は続く。いつでも殺せる状態にあるというのに、アキラは冷たい笑みを浮かべて弱者をいたぶるように朝陽の体を傷つけ、心を抉っていく。

 そうだ、自分はもう十分に穢れた存在だ。そんなこと百も承知。

 月は才能あふれる存在として生まれ、あんな環境に育ってもなお穢れなかった。獅鬼という存在がいたからだろうか、あるいはそれが彼女の性格だったのか。一族が滅びるその時まで一族の思想を否定し続けた。

 今もなお彼女はあの思想を嫌い、普通の人族と何ら変わらない人物としての思想を持ち続けている。

 眩しい。

 どうしてあんなに白くいられるというのか。

 彼女の背中には確かに白い翼が生え、その力を高めて遥かなる高みという名の空へと飛翔している。

 そんな彼女を殺すため、追いつくため、自分は闇の深淵へと身を投じ、そこから這い上がろうとした。闇の翼を強引に生やし、空へと舞い上がろうとしたが、飛べない?

 こんな漆黒の翼じゃ……数多の犠牲と血で塗り固め、数多の怨念とどす黒い闇で構成された穢れた翼はあの光の前にかすむというのか?

 

「…………はは、そんなの、当然でしょう……」

 

 掠れた声で呟き、見上げていた視線を落として大地を見る。自分達の戦闘の影響でここもまたボロボロだ。地面は割れ、木々は焼け焦げ、アキラを斬った影響であちこちに血だまりがあり、両手とファントムミラージュが向こうに転がっている。

 それを虚ろな視線で眺めながら、朝陽は時折言葉を詰まらせながらも独り言のように呟いた。

 

「ワタシは……いいえ、神倉は……最初から穢れている。誰もが、真実を知れば……そう口を揃えるでしょう……!」

「…………」

「力を求めて畜生道へと堕ちた一族……! それが神倉! だからワタシが穢れている、なんて……今更の事よ!」

「……くっくくく、そう、畜生道……大いに結構ではないか。それは力を手に出来ぬ弱者の喚きよ。力を求めた者らの行き着く果てはいずれも人ではなくなる。狂人、修羅、悪鬼……大抵は人の姿をした鬼と成ろう」

「鬼……」

「――そう、鬼だ。山に隠れ住む人ならざる者……東方ならば鬼と称してもよい! ならば畜生道を突き進もうとも構う事はない! その果てに望む物があるならば、鬼と成ろうとも突き進む事こそ人鬼のあるべき姿よ!」

 

 だが! とアキラはまた朝陽の腹を蹴り上げて強く頭を踏みつけて力を篭めていく。既に朝陽の顔は見るに耐えないものになっている。整った顔は蹴られたことで腫れて形を変え、血と土に塗れて汚れている。

 そんな朝陽をまるで物のように見下ろしながらも、アキラは彼女を汚す言葉をやめない。

 

「貴様は鬼になる事は出来ても、望みを叶えるだけの力を持たぬ小鬼よ。悪鬼に成ろうとしてもなれず、鬼神を超える事を夢見ても現実に出来ない哀れな存在だ。鬼神の姉であろうとも、才能に恵まれないものは堕ちていく事しか出来ぬ。貴様は一生闇に閉ざされればいい。貴様に、朝陽は昇らない!! 貴様の中には永遠に月が浮かび、貴様を見下すように照らし続けるだけなのだ!!」

 

 それは朝陽にとって残酷な言葉だろう。

 朝と昼は太陽が昇り、夜には月が昇る。時に二つが空に浮かぶだろうが、大抵は二つ同時に存在する事はない。

 そして人は言う。

 明けない夜はない。どんなつらい事があっても太陽は昇り、朝陽は昇るだろうと。

 だが朝陽にとって朝陽が昇らないという事は、夜がずっと続くという事に繋がる。それすなわち月がずっと昇り続けるという事。彼女にとってそれは月がずっと上に立ち続けることを連想させる。

 それは……絶対に許さない。それを許してしまえば自分の数百年が無意味なものになってしまう。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 アキラの足は今もなお朝陽の顔を踏みつけ続け、更に重圧を加えて抉るようにぐりぐりと動かし続けている。そんな中で荒い呼吸を繰り返し、朝陽は一矢報いるための手段を考える。

 そうして見えた一つの手段。震える手を何とか伸ばし、自分の顔を踏みつけるその足をぐっと掴む。だがその力は弱々しい。でもアキラはそれを振り払わず、じっとそんな微弱な抵抗をする朝陽を見下ろすだけ。

 

「無様だな。だが身の程を知ったろう? もう幻想(ゆめ)から覚めればいい。楽になろう」

「……断るわ。例え貴様にとって幻想(ゆめ)と見える事でも、ワタシにとっては果たすべき願望……! (さき)()超える(すすむ)までは、止まるわけには……いかないのよ!」

 

 少量の吐血しながら吼えるも、それはアキラにとっては負け犬の遠吠え。相変わらず見下したような笑みを浮かべたアキラだが、突如目を見開いて固まった。胸に違和感を覚えたのだ。

 一体何があった? と視線を下げた時、そこには何かが貫通していた。しかしなにも見えない。でもそこには何かがある。何かが……生えている。

 背後へと肩越しに振り返れば、いつの間に構築されていたのか小さな朝陽が何かを投げた状態で固まっており、少しずつ粒子となって消えていこうとしているところだった。

 

「……ファントム、ミラージュ……か」

 

 自分が右手と共に落としたファントムミラージュを小さな分身で投擲し、この心臓を貫いた。しかしいつの間にあんなものを作ったのか。こうしていたぶられている間も、気を抜かずに勝機を掴むために魔力を操作しているとは……見上げた根性だ。

 執念とでもいおうか。そこまで月に勝つ事に執着しているのか。

 そう考えればまた唇は笑みを形作る。

 こうして倒れ伏しながらも、意識が朦朧としながらも、朝陽は暗い瞳の奥に強い意志を宿している。

 

「……小鬼……最後の抵抗、としては……やはり小さきもの、よ」

「でも、効果はあった……! 死ね、アキラッ!!」

 

 決して離しはしない、とばかりに足を掴みながら風魔法を行使し、今度は首を刎ねるように横薙ぎのカマイタチを作り上げ、アキラはそれを無抵抗に受け止めた。宙に舞う彼の首を見上げながら朝陽は目を閉じ、首の後を追うように倒れていくアキラの体を感じつつ獣のような勝利の咆哮を上げた。

 

 どれだけの時間が流れただろう。数秒か、数分か……無言で朝陽は立ち上がり、物言わぬ肉塊と化したアキラを見下ろす。切断された首は相変わらず笑みを浮かべたまま。それがむかついたため今までやられた分を返すように踏みつけてやった。

 しかしむなしい。こうして始末したはいいが、どこかむなしい。だが必要な事だ。次の段階……最終段階へと憂いなく進むためにはこの邪魔者を始末しなければならない。

 そっと死体の上に手をかざし、ぶつぶつと術式を組み立てていけば、死体から少しずつ黒いもやが立ち上ってくる。

 これがアキラの力。

 魔力に魂が一つとなってアキラから立ち上ってきている。その力は今まで喰らってきたどの力よりも濃度が濃い。それだけアキラの実力がこれに凝縮されているという事だ。

 

「大したものね……。これだけの力があれば……ワタシは……!」

 

 思わず唾を飲み込んでその濃厚な力の塊を見つめて笑みを浮かべてしまう。かざしていた手をそっと塊に触れれば、朝陽の手に反応して力が一度鼓動を刻み、力の奔流が周囲へと吹き荒れる。

 

「くっ、うぅ……!? 一筋縄ではいかない、か……! でも、今日から貴様もワタシの力の一部となる!」

 

 何とかその暴れる力を抑え込み、自分の物とするために強引に魔力を包み込んでやる。そうする度に抵抗するように黒い塊が暴れるが、両手でそれを押さえつけて言う事聞かぬそれをぐっと魔力の幕を包み込みながら圧縮していく。

 力の奔流の影響で両手や頬が切られるがそれでも圧縮をやめず、ようやく大人しくなってくれた。荒い息をつきながらそれを見つめ、「……ふは、ふふふ……あっははははは! ワタシの、勝ちだ! これでワタシは! ようやく到達する!」と嬉々としてその塊を天へと掲げる。

 そうしてぐっと握りしめれば右手を伝って力が朝陽の中へと流れ込んでくる。

 とてつもない力の奔流だ。長い年月を経て磨き上げられたアキラの力が朝陽と一体になっていく感覚。

 体が焼けるように熱い。傷ついた体が更に悲鳴を上げ、思わず自分の体を抱きしめて膝をつく。だがそれでも朝陽は苦しみながらも笑みを消さず、脂汗を流しながらも力が体全体へと染み込んでいく感触に震える。

 何かが音を立てて朝陽の中に刻まれた音が聞こえた気がするが、朝陽はそれを気に留めない。己の中を満たす深い闇に酔いしれていた。

 

「そう、そうよ……! 一体となるのよ……! そうすれば……その果てに……!」

 

 朝陽を中心としてどす黒い黒い力の波動が四方八方へと広がり、ただでさえボロボロだった戦場がまた破壊されていく。だが今度はただの衝撃波ではなく、闇の奔流が発生したのだ。

 倒れてしまった木々の幹は朽ち、木の葉は黒く染まってボロボロの枯れ葉となる。

 朝陽の体内にはもう既に人の身では抑えきれない程の闇の力が存在していた。それでも今以上に狂わずにいられたのは神倉一族が闇に対する適正が高いせいなのか、あるいは朝陽自身の才能か。

 でも、アキラもまた強い闇を孕んでいた。彼もまた闇を原動力とした戦士だったのかは知らない。今となってはそれは朝陽にとってどうでもいい事だった。

 そんな彼の高い力を朝陽は求め、取り入れたのだから。

 そして……限界を超えた。

 どくん、どくん、と心臓が鼓動を刻む音が聞こえてくる中、朝陽はにたり……と笑みを浮かべて舌なめずりする。もう戦いは終わっているというのにその瞳は相変わらず真紅に染まったまま。

 

「くっく、ふははは……! ワタシは……! これでワタシは出来損ないじゃない! ざまぁみろ……! なにが最高傑作か、なにが才能か!? 数多の屍の上に立てば、ワタシでさえもここまで至れる!」

 

 ゆらり、と幽鬼のように立ち上がり、じっと自分の両手を見下ろす。そこには闇の魔力を纏った自分の手がある。ぐっと拳を握りしめ、腰を落として腕を引き、圧縮した力を解放するように正拳突きを放ってやる。

 瞬間、まるで砲撃を放ったかのような音と共に、圧縮された魔力が巨大な弾丸となって発射された。

 無事だった木々を薙ぎ倒し、枯らしていき、それでもなお突き進むのが止まらない。やがてそれが消え去った時、朝陽の正面は開けた空間となっていた。

 大地は汚染され、植物は枯れ……どこからどう見ても死地がそこに出来上がっている。でもそれが彼女の力が以前よりも飛躍した証明となった。

 

「これでいい……! ワタシは遂に手にした! 後は……かの地でこの闇を同化させ、月を潰す! ワタシの数百年を経た悲願は果たされるのだ!! あっはははハハハハアアアアァァァァァ!!」

 

 蒼天を仰いで彼女の喜びの咆哮が再度響く。

 力を求めた者の行き着く果ては人ではなくなる、アキラの遺した言葉は本当だ。

 そこにいるのは神倉朝陽という名の人ではなくなった。

 人の姿をした鬼、と称しても問題ない程にどす黒い力を纏う女性。復讐に駆られ、闇と力を求めて人道を踏み外し、畜生道を駆け抜けた果てには――

 

 

 ――悪鬼と成った神倉朝陽が誕生する事となった。

 

 

 ○

 

 

 玉座に腰掛けている彼女は足を組み替えながら気だるげに息をつく。彼女の前には複数の鏡が連結し、一つの光景を映し出していた。

 黒い気を纏って高らかに笑い続ける神倉朝陽。ついに彼女は望んだ力を手に入れた。その喜びは果てしないものだろう。力がないと叩き落され、奈落の底から這い上がるかの如く時を過ごし、渇望していた力の果てへと辿り着く。

 長い年月だったことだろう。人間には理解できない時の流れを生き、ようやく手にしたのだ。あれほどまで狂おしく笑い続けられる危害を理解しようとしても無理な話だ。

 だがそんな光景を彼女は無感情に眺め続けている。

 そんな彼女の下へと近づく一つの影。

 王の間に聳える白い柱の内の一本の影から姿を見せた彼は腕を組んで柱にもたれかかる。

 

「……何用か? こんな時期に姿を現そうとは、珍しい事もあるものよな。夢幻――白陽(はくよう)よ」

「ふっふふ、なぁに。お前も今回の世界の一区切りを見守ろうっていうんだろう? 私も見守りに来たのさ。……そして一応お前に顔ぐらいは見せておこうかと思ってね。邪魔だったかね?」

 

 そこにいるのは白髪の男性だった。とはいえ初老というわけではなく、白髪が地毛だという雰囲気だ。見た目は若い青年にしか見えない。黒いスーツを着こなし、佇むその姿は文明が発達した世界ならば違和感はないが、この狩猟世界には全く似合わない。

 しかし彼はこの服を普段着としており、もう一つの服装として黒シャツと黒ジーンズを着こなしている。こちらならばまだセーフだろうが、残念ながら今はここにはない。

 そんな彼に視線を向けた彼女、白皇は頬杖つきながら指を鳴らし、展開していた鏡を集めて元の場所へと戻していく。夢幻、白陽と呼ばれた男のことなどどうでもよさそうな雰囲気に彼はやれやれと首を振りながら手を広げる。

 

「やれやれ、久々にここに来たというのにつれないね。まあいい。私はお前とは相容れないのだから当然か。……それで? 今回の一件はどこまでも予定通り、といったところかね?」

「然り。もはや運命は定まったといってもいい。世界のため、奴らには時を経て消えてもらう」

「そのために自身を慕う存在を殺すのか?」

「今更それを? 幾多の平行世界で繰り返された結末を問うのか? あれは世界のための犠牲よ。一を切り捨て、十を救う。よくある手法であろう」

 

 白皇は何の意味もなくシュヴァルツを滅そうというわけではない。シュヴァルツの特性があまりにも危険すぎるために滅ぼそうという意図がある。

 彼らは堕ちる。堕ちた後は数多の命を殺しつくし、人族竜種を問わずに数を減らしていくだろう。太古の戦争でも多くの犠牲が生み出された経歴がある。実際国の兵士達が多く亡くなり、小国もいくつか消え去ったという記録もある。

 それだけではなく、竜種も飛竜古龍問わず殺されていった。それだけシュヴァルツの影響力は強すぎるものなのだ。

 だからこそ白皇はシュヴァルツを世界の歪み(バグ)と称した。生まれてはならなかった一族。故にあるべき世界へと戻すために策を練り、こうして実行している。今もなお着々とその策は進みつつあるのだ。

 つまり、ライトニングが死ぬ事もまた予定通り。世界を救うための貴重な犠牲なのだ。

 

「平行世界で何度もライトニングはあそこで死んでいる。故にこれは変わらぬ現実。ならば受け入れよ。……それとも、同じ獣として愛着が湧いたのか?」

 

 赤い瞳を白陽に向け、自分を見つめる彼の赤い瞳と交錯する。無感情な白皇の瞳とどこか怒りを感じさせる白陽の瞳。それが交わる時間は数秒、一息ついた白陽が柱から離れてポケットへと両手を入れる。

 

「自分を慕う存在に愛着が湧いてはいけないか?」

「さてな。余としてはもはやそれはどうでもよい事よ。時に非情に切り捨てねばならぬ事もある。ならば一々愛着など持っていては意味がなかろう?」

「……お前はいつも非情だろうに」

 

 ついでにいえばとどめを刺しているのは白皇だという事も白陽は知っている。玉座に腰掛けたままじっと自分を見つめてくるその様子はまさに王。彼女は王としてあの世界という名の国を動かしている。

 全ての命を救うために異分子であるシュヴァルツを消す。その考えは世界のためと考えれば正しく感じられてくる。世界という名の体内に発生した癌を排除し、世界を治すのだ。

 いうなれば治療だと白皇は言った。

 しかし白陽はそれを認められない。彼らは、シュヴァルツは一つの一族だ。他の人族と変わらない魔族としての一つの在り方だ。断じて歪みなどではない、あれもまた魔族の進化の過程で生まれた結果なのだ。

 時間をかけた虐殺は認められないと異を唱え、姿を消して対策を講じてきたがどれも上手くいった試しがない。だが彼もまた数多の平行世界を見て気づいた事があった。

 どうしてあの小さき黒い少女がああなってしまったのかという一つの始まりを。

 これを利用できないだろうかと流れを見守り、道筋を見出した彼はそれに介入する事にした。誰にも気づかれないように陰に潜みながら介入し、そして何とか今のところ上手くいっている状態だ。

 小さな事だろうが、意味のある事だろう。後は最終的に交われば良し。だから今はこの事象に介入できない。

 でも白皇が運命が決定したと言うのならば、いずれは出会うはずだ。それを待つしか出来ないだろう。今自分が介入してそれを崩壊させるわけにはいかないのだから。

 

「白皇。お前もヒトを侮っている。長く世界を見守ってきたお前なら知っているはずだ。ヒトの無限の可能性を」

「ああ、よく知っている。だからこそ潰す。その可能性の一つがヒトと竜の滅びならば、余はそれを止めねばならない」

「その過程として現在(いま)もなお多くの命が消えているのに?」

「必要な犠牲よ。ヒトがシュヴァルツを消すその日までの、な」

 

 その言葉でやはりあれは最終的な到達点か、と白陽は納得した。あれを到達点、または通過点とするならばどうあっても彼女は生まれる。つまり、彼女の望みは叶わない。

 白皇がどうして自らの手でシュヴァルツを消さないかは推察出来る。自分が手を出して消したとしても意味はない。シュヴァルツは己の業の深さに身を焦がし、同じヒトの手によって滅ぼされる事で歴史に名を刻み、罪深き一族として終わりを迎える。それに意味があると考えているに違いない。

 確かに罪深い一族だろう。それは白陽もわかっている。

 でも、長い時を経て子孫までその罪を受け継がせ続けるのはもう終わりにしようじゃないか。あれからもう千年以上も経っている。今もなお子孫が罪を背負い続けるなんてあってはならない。

 もう赦されてもいいはずだ。誰かが赦さないというならば、自分が赦そう。

 だからシュヴァルツは滅ぼさせない。彼らは生きていていい存在だ。

 

「白皇……いや、ベアトリクス! 私はお前の意図を認める事は出来ない。彼らにも生きる権利はある!」

 

 振り返りながら叫ぶ。“世界”に属する古参の存在が、シュヴァルツの存在を神へ認めた瞬間だ。見方を変えればそれは神への反逆か。

 しかし白皇は薄く笑みを浮かべ、無感情だったその瞳に色が浮かび上がる。まるでそれはようやく楽しみを見つけ出した時のような色。頬杖を解き、ゆらりと立ち上がると階段の上からじっと白陽を見下ろすと、ただそこに佇んでいるだけなのにどこからともなく赤い雷が放出されて白陽を貫いていく。

 だが貫かれた白陽はまるで陽炎の如く消え去り、いつの間にか反対側の柱の傍にポケットに両手を入れたまま佇んでいた。

 

「久々に吼えたな、白陽。だが、お前の殺気は余にとって心地よい。昔からそうやって殺気を肌に感じると、微笑みが浮かぶのだ」

 

 うっすらと笑みを浮かべながらそう語りかけると、白陽の真紅の瞳が細まり、その瞳孔の奥に強い意志と怒りを浮かばせていく。気のせいか彼の背後の空気が揺らめき、ぼやけているように見える。白皇もまた背後がバチバチと音を響かせ、王の間はまさに一触即発の空気を作り出している。

 

「そういう所は昔と変わらない、か。そういえばお前は昔から面白味を求めて見逃す事が多い。今回もまた私の行動を見逃している。違うかね?」

「さて、どうだか。余はただ愉しめればそれでよい。しかし同時に余の目的が最終的に達成できればよい。ただそれだけよ」

 

 ぴりぴりした空間は少しずつ大きくなっていく。視線だけでなく力同士もぶつかり合い、みしみしと部屋の壁や柱が音を立て始めた。しかし亀裂は入らず、ただ音を立てるだけに留まっている。

 やがてぶつかり合う力の質量が大きくなり、その衝撃波が馬鹿にならない領域まで来た瞬間、大爆発を起こしてしまう。爆風が王の間を吹き抜け、白皇の白い長髪がそれに煽られて勢いよくなびいていく。

 だがその体を襲い掛かるまではいかない。いつの間にか彼女の前には障壁が張られ、彼女の体をなぶるまでには至らない。

 

「……今日の所はこれで退散しよう。この局面は私の出番はないため見守るが、次の局面までに状況を整えておく。その後が勝負どころだ」

「そうだな。主がどのような策で余の手を潰すのか、それを愉しみにこの先の一つの終幕を見届けようぞ」

「その後の展開が苦しいものになるというのにな」

「主らにとってはな。余にとっては予定通りというものよ」

 

 そんな会話をしていると爆風が晴れ、そこにいたはずの白陽はいなくなってしまっていた。元から気配は薄かったが、最初から存在しなかったかのようにもう感じられない。

 だが白皇は動じた様子もなく、高めていた力を消し去って玉座へと戻り、座する。

 

「……くく、どれだけ手段を講じようとも、ヒトというものは認められないものは認めない。それが愚かなところよな。だが恐ろしいものを避けるというものは生物としての本能か……くくく」

 

 さっきまであった目の変化はもうなくなり、またしても無感情な色が戻ってくる。それで冷たく笑みを浮かべているものだから一見して恐ろしく感じられる。だがそれが彼女だ。

 王として長く過ごすうちに感情を薄れさせ、躊躇いなく誰かを切り捨てられるようになり、冷静に先を見据えて策を立てる。

 だから彼女がこうなってしまったのも無理はない。知る人は知る彼女の変化だ。

 

「……そういえば昔誰かが言っていたか。ヒトであるが故に愚かなのか、愚かであるが故にヒトなのか。……くく、それがヒトよな。だからこそ長く観察し続けられる。長い年月を経てもなおヒトというものは変わらない」

 

 数千年も神をやっているだけあって人族の事を見届けた。だから人の歴史も把握してしまっている。戦争を繰り返し、技術を高めてもなお争い、自分と異なるものを認めない。種族の違いは何とかなったろうが、それでもまだ国によっては怨嗟が残っている所がある。

 だから全てを変える事は出来ない。

 故にそこにシュヴァルツを人の手によって滅ぼす道筋が見える。

 

「さあ、いよいよ今回も最終段階。もはや流れは決しているが……何か変化はあるか? ……いや、ないな。今回もまた変わらぬ結果。ただ起こるままに見届けるとしようぞ」

 

 また頬杖をつき、傍らに飲み物として酒を用意すると一度目を閉じて仮眠を取り始めた。

 目が覚めればあの続きが見られるだろう。

 そしてついに、アレの出番が来る。

 

 

 そう、その時はもうすぐそこまで来ているのだ――

 

 

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