呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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101話

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 闇が侵食していく。

 大地を、空を、自然を……何もかもを侵していく。

 そして……この少年、(いかり)もまた侵されていく。

 荒い息をつき、胸を抑えながら碇はあてもなく走っていた。

 

「ギャオ! ギャオ!」

 

 そんな彼の前にランポスが数匹群れを成して道を塞いでくる。その数は五匹ほど。ハンターにとってはそうでもない数だろうが、武器を持たず体調が悪い彼にとっては厳しい状況だろう。

 それぞれ声を張り上げながら獲物である碇をゆっくりと取り囲んでいき、いつでも彼へと襲い掛かって糧としようとしている。

 そんなランポス達を見詰めながら碇は相も変わらず荒い息をつくだけ。

 

「邪魔を……するな……。僕を、戦わせるな……!」

 

 金色の瞳をした碇だが、その瞳は時折赤く染まり、また金色に戻っていくのを繰り返している。彼の耳は少し尖っており、人間ではない事を示している。

 浮いた脂汗で赤髪が顔張り付いているが、そんな事を気にした様子もない。というかそんな暇はない。

 いよいよランポスの二匹が後ろから攻撃してきた。武器を持たない彼は何も出来ない、というのが世の常だろう。しかし碇は荒い呼吸を繰り返しながらも、ランポスが動いた事を気配で察していた。

 振り返りながら右手に気を纏わせて刃を作り上げ、飛びかかってきたランポスの首を切断し、もう一匹は回し蹴りで弾き飛ばす。

 

「はぁ……はぁ……去れ! 僕に……かまうな……っ!」

 

 頭を抑えながらも指の隙間から赤い瞳をぎらつかせながら苦しげに叫ぶと、放たれる気にあの気配が混ざり始めていた。それはランポス達に突き刺さり、仲間が一匹やられたこともあって思わず後ずさってしまう。

 そんなランポス達を攻撃せず、ただ睨み続けるだけ。それだけで十分だった。

 殺気が混じり始めたこの空気に耐えきれず、自分達の獲物は容易に自分達に刃を食い込ませる存在だと察したランポス達は逃げ出していく。

 そんな背中を見送った碇はそのまま苦しげに呼吸を繰り返し、何とか気分を落ち着かせようと鞄から瓶を取り出して中身を飲み干していく。

 

「はぁ……くっ、早くこの大陸から離れないと……僕は……」

 

 彼もまたこの大陸に充満する闇に苦しむ一人。自分の血統の叫びがずっと聞こえてくる。

 

 ――コロセ! コロセ!

 

 ――この闇を作り出している存在を殺せ!

 

 それが自分の血統の宿命。

 闇を感知したならば、強い存在がいるならば、その戦場へと赴いて戦え。

 自らを苦しめる存在を殺せ! そうやって生き延びていくのだ!

 そんな黒い感情が湧き上がってくる。

 しかし碇はそれを拒否し、湧き上がる衝動を抑えながら何とか東へと逃げようとしていた。日々少しずつ高まってくる闇も数日前に急激に強くなった。シュレイド地方へと流れていくかのような感覚があるが、それとは反対側へとこうして逃げている。

 ハンターではない彼は自己防衛のために戦う技術をある程度習得しているだけ。だがそれだけでも十分であり、危機が迫るたびにこうして切り抜けるだけで、血統に刻まれた知識がさらに後押しして望む望まないに限らず彼は実力を手にしていく。

 そう、彼は識っている。

 自分がそういう血統であり、自分の意志で留めなければ堕ちていく事を。

 

「絶対に、堕ちるものか……!」

 

 戦いたくない――戦え

 殺したくない――殺せ

 堕ちたくない――這い上がる

 死にたくない――生き延びる

 楽になりたい――なろうじゃないか

 楽になりたい――身を任せよう

 ラクニナリタイ――受け入れろ

 

 じんじんと頭が鈍く痛み続けながらも彼はただあてもなく東へ向かう。その途中に点々と太古の遺跡らしきものが見かけられるが、それに気を留めず彼は進み続ける。

 遥か昔に滅んだ国の遺跡だろうか。風化してボロボロになっているが、その壁には何らかの紋章が刻まれているようだった。

 だが残念ながらそれが何なのかはわからない。

 しかしその輪郭からして恐らくこの地で栄えた大きな国ではないかと思われる。

 

 少年はそれに気づかず足を踏み入れる。

 ただこの闇から逃げるために。

 シュレイド地方で起こる決戦の事など、東へ向かい続ける彼には何も関係のない事だった。

 

 

 ○

 

 

 広場に激しい音が響き渡る。一人の人物相手に三人が寄ってたかって攻めていくという構図だというのに、その人物はまったく揺らがず対応している。

 右手に気を纏わせた紅葉は獅鬼へと殴りかかる。その気の形状はあの時エスピナス亜種にとどめを刺した時と同じ、角竜鎚カオスレンダーの形状を作り上げている。握りしめた拳には赤い気が纏われ、それぞれ二つの角が突き出ている。

 つまり殴れば打突だけでなく刺突の効果も付加されている。殴った衝撃で対象を破壊する事を特化させた攻撃方法を、完全にものにしている。だがそれでも彼を突破する事は出来なかった。

 

「ふんっ!」

 

 紙一重で振り下ろされた攻撃を回避しつつ腕をはたいてずらし、そのまま肘で紅葉の頬へと一撃当てて弾き、迫ってきた優羅へと振り返りつつ腹へと蹴りを喰らわせる。

 そのまま優羅が蹴り下ろしてきたのを腕で受け止め、しかし彼女は腕を足場としてもう一度軽く跳ねた後に首を刈るように回し蹴りを放つが、屈んでやり過ごしてしまう。

 そこを突くように昴が足払いを仕掛けるも、半歩下がってその足を避けつつ身構え、強く地面を踏みしめることで大地を揺らして昴と優羅の体勢を崩しにかかった。

 

「ぬ、く……」

「そら、少し崩れているぞ?」

 

 それを見逃す獅鬼ではない。昴の腹への拳、優羅の額へのでこぴんをそれぞれ放って吹き飛ばし、反撃に出てきた紅葉の腕を掴んで引き寄せつつ投げ飛ばしてしまう。

 

「終了、だな。これで詰み、だ」

 

 投げ飛ばされた紅葉は昴の体の上におぶさる形、優羅は岩山まで飛ばされてしまっている。そして獅鬼はというとそんな二人の頭上で拳を握りしめており、当然気が纏われている。

 人差し指だけ伸ばしている状態で構え、伸ばされた人差し指に気を纏わせる事で刃を作っている状態だ。それだけで二人を殺せる状態にある。

 

「だが、それぞれの修業の結果は出ているな。よくぞここまで成長した。しかとこの目で確認した。目的は果たされただろう」

 

 起き上ってくる二人と、体勢を立て直した優羅が近づいてくる中、獅鬼が三人の成長を褒めてくれる。その表情は仮面によって隠されているため表情はわからないが、それでも確かに彼は褒めてくれているだろうという事はわかる。

 この数週間はただひたすらに修行の日々。そう期間はないだろうと叩き込めるだけ叩き込まれてきた。鍛えられているとはいえ、それでも規格外な獅鬼を師匠として体術などを仕込まれれば普通ならば倒れてもおかしくない程のハードスケジュール。

 新年を迎えているということを忘れてしまいそうな程の濃密な日々だと言えるくらいだった。

 

 そう、いつの間にか年は越えて新年を迎えてしまっていたのだ。

 

 あと数か月すれば初めてライムらと会ったあの日から一年経過する事になってしまう。本当に時間が経つのは早いものだった。去年から今までの時間の経過は旅をしていた頃よりも充実し、あっという間に過ぎていったと振り返ればそう感じてしまう。

 そして間もなく旅は終わるだろう。

 その結果どうなるかは自分達の成長度合いにかかっている。

 

 すなわち、生き延びるのか死ぬのか。

 

 その二つが頭によぎる。

 敵は朝陽ともう一人。獅鬼が言うには確実に黒龍は降臨するだろうから、それも加えて相手する事になる。朝陽は月に執着しているため、相手にするとなると黒龍ともう一人になるだろう。

 

 黒龍ミラボレアス。

 伝説種に分類される古龍種であり、太古の昔から存在が伝えられている龍。どこに暮らしているのか不明であり、その実力も未知数。個体によって強さは異なるが強い闇を喰らい、それを糧として力を得ていると考えられている。そして戦った後はその周囲が強い闇に包まれ、長きにわたって生物が寄り付かない魔境となる。

 そんなミラボレアスに勝利出来たと言えるのは月が関わった戦い。それ以外は文献に残っているだけでも片手で数える程。それ以外は敗北。勝利の中でも討伐までいったのはかなり少ない事例となっている。

 そんな相手と戦うのだ。今の実力では足りないというのはエスピナス亜種との戦いでわかる。

 あれを相手に少し手こずるようではミラボレアスとの戦いでも絶対にへまをする。それによって他の仲間の足を引っ張ってはならない。

 獅鬼もそんな昴らの気持ちを汲み、ハードスケジュールを組んで彼らを徹底的に鍛え上げることで応えた。それに昴らは脱落せず、今日まで己を磨き上げることに成功。

 手ごたえはあった。獅鬼との戦いには結局負けたが、それでも修行で身につけた技術は完成している。あとはそれを戦場で問題なく行使するだけだ。

 

「さて、今日はゆっくり休むといい。明日は早朝からヴェルドへと移動するぞ」

「シュレイド地方の首都、だったっけ?」

「然り。あそこにはもう既にギルドナイトの少年達がだけでなく月もいる。合流しておいた方がいいだろう」

「月さんが? 彼女はライムらを鍛えるためにポッケ村に向かったのでは?」

 

 ドンドルマの一件の後、月はライムとシアンを鍛えるためにポッケ村に移ったはず。あれから半年近くの時間が流れ、自分達だけでなくライムらも実力をつけてきているだろう。ということは修行が終わり、月は先にヴェルドへと飛んだのだろうか。

 そんな昴の疑問に答えるように、獅鬼は小さく頷き答えていく。

 

「先日シュレイド王女に呼び出されたようでな。この先の事について話をしたいという事らしい。あの小僧らの修業も教えるべき事は教え終ったらしいからな。丁度いいという事でその呼び出しに応えたと聞いている」

「シュレイドの王女様? やっぱり月さんってそういう所にも知り合いがいるんだ」

「長く生きて、それでいて実績もあれば縁も出来よう。オレも一応繋がりはあるが、あまり呼び出されることはないな。……そして恐らくではあるが、オレ達、そしてあの小僧らは近いうちに招集がかかる。その前にお前達の修業が終わったからな。今の内に足を運んでも問題はあるまい」

 

 敵はシュレイド地方にやってくる。

 朝陽は闇を収集し、その一部をシュレイド地方に流している。一体どこに流しているのかは巧妙に隠されていたが、よく解析すれば旧シュレイド城へと流れていくのがわかった。恐らくあそこで一気に闇を取り込んで目指す領域へと達しようというのだろう。

 それにミラボレアスもあそこに降り立ったことが何度かある。故にあそこが決戦の地ではないかと推測するのは月と獅鬼には容易だった。

 ならばと昴らに必要なものがもう一つ生まれるのも道理。

 それは闇に対する心構え。

 それを持っていなければ旧シュレイド城に近づく事すら叶わない。あそこはモンスターでさえも寄り付かぬ魔境。一般人ならあれを感じるだけで気分が悪くなって引き返そうと考える程に闇が深い。

 だから獅鬼の覇気を代用に精神を強くすることで闇に備えることにした。

 その結果昴達の精神もまた強くなる。当然だろう。あれほどの覇気を毎日忘れられず、夢に出るくらい受け続けたら嫌でも強くなってしまうというもの。

 まさにハード。悪夢もなんのそので叩き込まれ続けたものだから、成長しなかったらそれこそ鍛錬で死にかねない。

 

「では明日に備えて今日はゆっくり休むといい」

『ありがとうございました』

「……どうも」

 

 先に広場を離れていく獅鬼を見送るように礼をしながら声を掛け、やがて見えなくなると三人もそれぞれ帰る準備をして宿に向かって歩き出す。その前に紅葉がそれぞれのタオルを取り出して手渡していき、優羅はドリンクを用意して手渡す。

 それぞれ最初は昴に渡すあたりちゃっかりしている。

 

「今日はしっかり食べて休まないとね。メニューどうしようか?」

「……食欲が湧いてスタミナ回復のためのものでいいんじゃない? もちろん野菜も使う」

「じゃあ市に行って食材漁りからしていこうか」

「……ん」

 

 そんな話を進めて紅葉が振り返り、「そういう事で先に帰ってていいよ」と声を掛けてきた。荷物持ちをしようかと申し出たが、今日は奮発するから楽しみにしててと断られてしまった。

 分かれ道を曲がって市へと向かっていく二人を見送り、昴は宿へとお先に帰還。着ていた和服を脱いで浮いた汗を流す為にシャワー室へと入ってさっと洗い流す。

 少し水を多めにして暑さも和らげるだけでなく、火照った頭を冷やすにも効果的だ。

 

「……ふぅ」

 

 頭に浮かぶのはもちろん今までの鍛錬の事とこの先の決戦の事。

 それだけのはずだったが、どういうわけかあの二人の事も浮かんでくる。

 あの日、雷河と話した事が頭をよぎる。

 迷うくらいならば二人ともまとめて迎え入れたらどうだ?

 その言葉がどうしても頭から離れない。

 獣からすればそれは大いにあり得る事であり、むしろ普通な事なのかもしれない。でも自分達は人だ。一夫一妻が普通で、一夫多妻は限られた者しかありえない事。

 二人が嫌というわけじゃない。むしろ好ましい。

 そうして意識してみればわかる。最近少しあの二人のアプローチがそれなりに見受けられることが。今までどこか遠慮があった紅葉も、こういう事は昔と同じく控えめだと思っていた優羅も、さりげないながらもアピールしてきているように思える。

 何となく飲み物が欲しいと思った時には、何か飲むかと訊いてみたり。

 買い物行く際には何が欲しいかと訊くか、ついてきてほしいと願い出てみたり。

 その他にも思い出してみると、それとなく自分を世話し、一緒にいられるように、傍にいられるように行動してきている。だがあの二人の間に険悪なムードはどこにもない。いつものように対等で、どこか仲良し姉妹のようで、昔と雰囲気は違っても仲が悪くなるような様子はない。

 とはいえどこか牽制し合っているような感じが僅かながらあるような気もする。つまり自分を間に挟んだ戦いだ。女同士の間で成り立つ友情であり、ライバル。

 一歩間違えれば修羅場に突入しかねない、なんて事がないだけでも救いか。ドロドロの大人なドラマなんて自分は望んでいないのでありがたい。

 

「だからといってそれに甘えているわけにもいかないのも現実。……しかし、それでも俺は壊したくないのは確か」

 

 選ぼうと意気込んでも、結局はそこに行きついてしまう。

 片方を選べば片方を失う。

 三人揃ったのにまた二人に戻る。

 そんな事誰も望んでいない。でも選んでしまえばいつかそうなってしまいかねない。選ばれなかった人物が遠慮して離れていく可能性が否定できないのだ。

 だから選べない。

 

「…………本当に、最低、だな」

 

 恐れるあまり進めない。ずるずると引きずり続ける自分自身があまりにも無様で笑えてくる。

 でももうすぐ決戦だ。

 以前は全てが終わってから決めようと心掛けたが、相手が相手だ。気持ちを伝える前に死ぬ可能性もある。そうなれば後悔してもしきれないかもしれない。となれば決戦前までに気持ちを固めるべきかという考えも浮かんできた。

 

「……は、は……っしゅ! ……少し冷やし過ぎたか」

 

 ぐるぐると思考が巡る中、少し冷えたものとはいえ長くかぶり続ければ体温が少しずつ下がってくるというもの。これ以上このままでいるのも体を壊すと考えた昴はシャワーを止めて外に出る。

 バスタオルで体を拭き、替えの和服を纏って部屋に戻る。軽く部屋を見回してみて気配を探るが、どうやらまだ二人は戻ってきていないらしい。備え付けの冷蔵庫に向かってジュースの瓶を取り出し、それを口に含みながらソファーへと向かって腰を下ろす。

 この世界の冷蔵庫は採掘された氷結晶によって冷却されており、さながらそれはクーラーボックスといってもいいものだ。

 そして新聞を広げて軽く見出しを眺めるようにページをめくっていく。やはりというべきか不穏な空気がシュレイド地方に広がっているため、そういう件に関わるような記事ばかりが並ぶ。

 また王家がハンターを募り続けているという事も書いてあり、その数はまだ増え続けているとの事。シュレイド地方で確認されている狂化竜に対する備えとして募ったが、討伐の功績をあげるために腕に覚えのあるハンター達があちこちから集ってきているせいだ。

 それでもHRに制限をかけてその備えに参加する者を限定しているが、それでも数は増える。

 ドンドルマも何やら敵に備えて数を募っており、こちらは大陸の東からやってくるハンター達で集まっているらしい。それぞれの場所で戦力増強。それがまた決戦が近い事を感じさせる。

 

「ただいまー」

「……今帰りました」

 

 そんな風に新聞を眺めつつジュースを口にしていると、二人がそれぞれ挨拶しながら部屋に入ってくる。それを「おかえり」と一言告げながら新聞から二人へと視線を向けつつ迎える。

 二人の手にはそれぞれ袋が抱えられ、結構な量の食材が入っている事を教えてくれる。それを簡易キッチンへと運び、それを冷蔵庫に入れるものとそうでないものを分別し、彼女らも軽く準備をしてシャワー室へと向かっていった。

 その後彼女らが腕によりをかけて作られた夕食は疲れた体を癒し、この先の戦いに備えられるに十分なものを昴らに与えてくれた。また当然と言うべきか、いつものように昴好みの味付けに整えられている。おかげで箸は進み、昴は用意されたいつもより少し多めの夕食を完食する事が出来た。

 

 

 ○

 

 

 シュレイド城にある一室。王女アテナの私室には部屋の主だけでなく、彼女の弟シリウスともう一人、蒼い女性がソファーに腰掛けていた。神倉月、その人である。

 こうして王女の私室で話を進めること二日。彼女が視たという未来の様子を詳しく分析し、起こりうる可能性を推察し続け、見えてきたもの。

 やはり自分達はその戦力に数えられている事は揺らがないようだ。昨日もアテナは夢を見たらしいが、やはり光景は変わる事はない。ということはその未来は決定されているという事になる。

 しかし敵の顔は依然として見えず、戦いの結末も流れも見えない。

 だが戦場に立つ顔ぶれは変わらず、それぞれの敵と相対し、命を懸けて戦おうとしている。

 月は考える。旧シュレイド城での決戦の地に自分と昴達がいる。敵はミラボレアスだけでなく朝陽もいるだろう。彼女はまず間違いなく自分を標的として戦いを挑んでくるはずだ。だから自分がその場に行くのはわかる。

 そして獅鬼が昴らを率いてミラボレアスと戦うだろう。勝機はわからないが、それは彼のハードな鍛錬の結果次第だ。

 もう一つの敵、テオ・テスカトルに関しても同様だ。こちらはヴェルドに集まったハンター達、シュレイド軍の街に備え付けられた武器の援護が鍵を握る。それだけでなくこちらも月の知り合いが混ざっている。つまり戦力は分散されている。

 だが彼らもまた自分が鍛え上げたハンターだ。となれば彼らもまたこの地で戦う運命にある事は変わりない。そしてそれをドンドルマの一件の後に獅鬼の話で知っていたからこそ月は彼らを鍛え上げた。

 でもそれはあらかじめ知っている情報。月が知りたい情報はそれではない。

 すなわち――

 

 一体いつその決戦が行われるかという日時だ。

 

 その決戦が行われるという運命は変わらない。では具体的に“いつ”開戦されるのかまでは月達は知らない。だからアテナの協力が必要だった。

 突発的に開戦すれば奇襲になるが、いつ開戦するのかをあらかじめ知っていればこちらもそれに合わせて最終調整が行える。

 それを期待して昨日の夢見に賭けてみたが、はたしてそれは成功する事になった。

 

「三日後……か」

 

 早すぎる。

 だが、間に合ったとも考えるべきだろうか。

 全てはこの日のために彼らを鍛えあげていた。朝陽に関する情報は依然として見つからないが、遠く離れた地で高い闇が高まったと同時に、この体に流れる血がざわりと妙な感覚を伝えてきたのが一昨日の事。

 虫の知らせなのか、あるいは血統に刷り込まれた何かが反応したのか。

 頭の片隅で朝陽が何かをしたんじゃないかとも考えたのだ。それはこの決戦が三日後と聞かされ、可能性が少し高まった気がする。

 

「アテナ王女。明日私は一度ポッケ村に戻るよ」

「戦力を連れてくるため、ですわね?」

「そうだね。彼らならば問題なく戦力になってくれるよ。……それで、シュレイド軍もやはり防衛に向かうという事は変わらないんだね」

「はい。……俺も加わりたかったのですが」

 

 苦い表情を浮かばせながらシリウスが視線を逸らす。結局彼はジュピター王にも戦場に出ることを反対されることになってしまったようだ。当然といえば当然なのだろうが、それでもシリウスはここで黙って事態の好転を祈っているなんてことは出来なかった。

 自らが守るべき民のために戦う事が出来ない程口惜しい事はない。彼は真に民を慈しむ王族なのだった。

 

「まだそんな事を言っているのですか? あなたのその意志は(わたくし)には好ましいですが、それでも堪えなさい。お父様もおっしゃったでしょう。敵は人ではないのですよ」

「…………はい」

 

 人との戦争ならば王子も出られるだろうが、竜種が相手ならば話にならない。専門家であるハンターに任せるしか王家には出来ないのだ。

 その中でも最高の力を持つ月。彼女だけに任せても意味はない。彼女一人だけでミラボレアスに勝てるわけではないのだから。

 

「さて、私はそろそろお暇しよう。確認したいことは確認できたからね」

 

 三日後が決戦。それを知っただけでも大きな収穫だ。またシュレイド軍の展開と、集ったハンターの規模も知る事が出来た。後はそれに上手く彼らを溶け込ませるだけ。

 部屋を出ると、そこには一人のメイドが控えていた。栗色のポブに閉じているようにしか見えない碧眼。

 レインらを案内したことがある、あのメイドだった。

 ぺこりと頭を下げて礼をする彼女に月は微笑みかけ、メイドを先導に従って廊下を歩き始める。王女と王子に見送られながら月は廊下を歩き、メイドは何も語らずただ歩き続けるだけ。

 この二日、城に案内してくれた彼女は寡黙で、ほとんど話をしてくれない。最初こそ話しかけてみたりしたのだが、それに応えてくれるのは少しだけ。会話のキャッチボールが成り立ってくれない。

 

「…………」

 

 やれやれと小さく嘆息し、結局最後まで一言も会話する事もなく月は王城を後にすることになる。そんな彼女を見送ったメイドは表情を変えずに城へと戻る……かと思いきや庭を歩き始めた。

 その庭園では数人の庭師やメイドの姿が確認でき、それぞれの仕事をこなしている。その中を彼女は歩いていき、裏庭の方まで移動してきた。こちらは庭師が使う道具や植物の肥料などが収められている倉庫や、ごみを燃やす焼却炉がある場所だ。

 人気も当然あまりない。

 そんな所へとやってきたメイドは軽く辺りを見回した。首を動かすのではなく視線を動かして誰かいないかを確認し、軽く人差し指と中指を立てて自分の顔の前に持っていき、すっと落とす。

 

変身(トランスフォーム)(ドライ)

 

 その詠唱をするとメイドの姿は変化していき、数秒後には一人の兵士がそこに現れていた。外見、身につけている物だけでなく性別まで変化している。当然装備しているのはシュレイド軍が使用している物と同一。

 軽く自分の姿をいつの間にか目の前に浮かんでいる簡易式の鏡で確認した彼女は、そこから鏡と共に一瞬にして姿を消した。

 そんな様子を木陰に身を潜めた一人の兵士が見ている事にも気づかない。赤い瞳を動かして人がいないことを確認した彼は、彼女の後を追うようにその白髪を軽くなびかせながら姿を消した。

 そうして後を追った先はシュレイド軍の兵舎だ。その前の広場には各々鍛錬している様子が確認できる。

 そんな兵士達の話し声が聞こえるようにそっと近づき、何気なく自分も鍛錬しているように振る舞いながら耳を傍立てていくと、会話の内容はやはりというべきかヴェルド防衛に関する事だった。

 兵士の間でも不安は広がっているらしく、鍛錬しながらもその表情は硬かったり苦かったりしている。王から近いうちに戦いが起こるだろうという事は聞かされているが、その敵が一体何なのかはわからない。それに自分達は城壁に立って遠くからの砲撃、物資などの運搬を担当する。

 自分達が打って出ることはないので鍛錬はただの体力作りになってしまう。

 しかし敵はお構いなしに遠距離攻撃のブレスを行使して攻撃してくるだろう。その業火が兵士達に襲い掛からない、という安心はない。もっとも兵士達がそれを知りうることはないのだが。

 

(……さて、あれはどこに行った?)

 

 視線を巡らせて逃げていたあの少女――兵士に化けているが彼女の力の波動は判別できる。

 彼女は武器を取りに行くために兵舎の武器掛けの近くまで移動していた。それを追いかけるように歩き出したとき、彼女は一度肩越しに振り返って建物の裏手へと回り込んでいく。

 気づかれたか、と舌打ちして走りだし、追手もまた裏手へと回り込んだ。

 

「……っと」

 

 角を曲がったところで兵士が武器を手にして出てきたため、ぶつからないように体をずらしてそれを避ける。それは彼が追いかけていた本人だったが、正しくは本人ではない。

 外見こそ一致しているが、その中身は別物。

 

(……逃げたか)

 

 あらかじめ用意していた替え玉で成り代わらせたようだ。これは本人の意識を少し混ぜた人形。宿っている意識と本人のちょっとした指針で、本人であるように振る舞うための存在だ。

 人形は小さく頭を下げて他の兵士達へと混ざっていく。そんな背中を見送りながら彼はやれやれとため息をついて頭を軽く掻く。

 

「なかなか尻尾は見せない、か。当然だな」

 

 変化と人形を使ってあちこちに移動して裏で動く監視者。今まで息を潜めていた彼女が何かするとすればこの時期を置いて他にない。シュヴァルツにとって不利になる何かを裏で絶対にする。

 白皇の忠実な僕である彼女の事だ。躊躇いなくやってくるだろう。

 阻止できれば僥倖だが、それで運命が変わるとは限らない。しかし少し様子を窺うくらいならば問題ないだろう。そこから何かの糸口が見つけられてもこれまた僥倖。

 

「……黒陰(こくいん)、出るかい?」

(Me? ……ま、いいさね。メイドにでも成り代わればいい?)

「ん。ではよろしく」

 

 瞳を閉じて軽く首を鳴らすように一度左右に首を曲げると、頭を守る防具の影から見える白髪が黒髪へと変化していく。それだけでなく体つきや身長も男性のものから女性のものへと変化していくではないか。

 そうして変化を終えて瞳を開くと、青い瞳がそこにあらわれ、ぺろりと唇を舐めるように赤い舌が躍る。

 

「さて、久々の表、か。でもま、クロにとっちゃ退屈な事になりそうさねぇ」

 

 くっく、と低く笑いながらその姿は兵士からメイドへと切り替わっていき、髪の色もこの国に合わせて無難な茶髪に変色していく。あとはそばかすでもつけておけばいいか、と軽い調子でどこかあどけなさが残る少女へと変化し終えた彼……いや彼女は「さて、行きますかねぇ」と気軽に散歩でもするかのように一瞬で姿を消した。

 

 

 ○

 

 

 次の日、ポッケ村へと飛んだ月はライムらを呼び集めて事情を説明する。決戦が近いためヴェルドへと移動しようという月の言葉にライムらは頷く事で応えた。

 またその場には花梨ら一家もおり、テオ・テスカトルを相手にするなら火に強い自分達も加わった方がいいんじゃないかと申し出てきた。実力からみても問題はなく、この二人もまた戦力として加わる事になる。

 それぞれ一度自宅へと戻って準備を整え、広場へと集まったメンバーは以下の顔ぶれ。

 ライム、シアン。

 クロム、桔梗、セルシウス。

 花梨、撫子。

 そして連れていく月。

 この八名が今回ポッケ村から旅立つ決戦への戦力だ。

 月がいつものように空間魔法を行使し、人が一人通れる程の亀裂を生み出して扉を開き、クロムを先頭に次々とその向こうへと渡っていき、最後に月が通って亀裂は閉じる。

 こうしてポッケ村から一瞬の内にヴェルドへと移動した一行は、遠くに見えるヴェルドの外壁を見つめていた。

 

「あそこが王都ヴェルドさ。今日明日とあそこで滞在する事になっているよ」

 

 ヴェルドを見つめながら月が説明し、ライム達は城塞都市とも呼ばれしヴェルドの厚い城壁を見つめる。

 決戦は明後日。

 そう月は言った。

 明後日全てに決着がつく。月と朝陽との長き確執、狂化竜との戦い。その他にも何者かの意図があるのかもしれないが、恐らく決着がつくんじゃないかと思っていた。

 自分達はそれに勝たなければならない。勝ってこの暗い雰囲気から大陸を救いだし、人々に安心を与えなければならない。

 そのために力を付けた。誰かを守るために力を求めた。

 だからみんなを守りたい。ライムにとって力とはそのために振るわれるものだと考えている。

 ぐっと拳を握りしめてヴェルドを見つめているライムの傍ら、セルシウスは腕を組んでぼうっと佇んでいた。

 決戦……すなわち朝陽の最終段階はもう目前。確かにこのヴェルドでも闇の気配は結構なものになってきている事は感じられる。少し不愉快に感じるくらいのものにしか感じないが、それでも彼女は無表情でこの空気の中に佇んでいる。

 正直に言えばセルシウスは朝陽が月を殺そうがどうでもいいし、ヴェルドが滅んだとしてもどうでもいい。その逆も然りだ。この戦いでどれほどの命が消えようが自分には関係ない。

 命なんて簡単に消えてしまう事は知っているし、生き残るんだったら生き残る。その流れに乗れなかったものは、あるいは不運の巡り会わせで死ぬ。それだけの話だ。

 そして自分の武器……愛刀である黒刀【参ノ型】を主として、数える事を忘れるくらいの命を殺してきた。戦いを求めて彷徨い、刃向かってきた相手を全て斬り殺してきた。その中で心が躍るものは数えるくらいしかなかったが、この経験も加わって生死は実にあっけないものだと自覚する。

 そんな彼女が今回戦うのはただ一つの理由。

 あの時母親に言われた通り、守るべきものを守るためだ。

 ライムとクロム。

 自分の従兄弟である二人が死なないように二人の敵を討つ。ただそれだけの事。

 そしてこの戦いが終われば、自分は裁かれよう。朝陽の元部下であり、なおかつ多くの命を殺してきた殺人鬼。その罪は重い。故に裁かれる。

 だからもしかするとこれがセルシウスにとって最後の戦いになるかもしれない。故に出来る事ならば全力で戦い、この二人を死なせないようにしなければと考えていた。そうすれば憂いなく自分は裁判の場へと向かえるかもしれない。

 この血に塗れた両手と刀でも、母親の言うように守るべき人のために振るえたのだと感じる事が出来るかもしれないのだから。

 

「…………?」

 

 不意に視線がヴェルドの城壁からあらぬ方へと向けられる。同じように月もその方向を見やり、少ししてその方角から小さな影がこちらに近づいてくるのがわかった。

 それはアプトルに騎乗していた昴達だ。ココット村からここまでアプトルで一気に飛ばしてきたらしい。少し離れた所でアプトルから降り、四人は歩いて月達の下へと近づいてくる。

 

「これで揃ったとみていいか?」

「そうだね。それぞれ力を付けてきただろう。……こうして見る限り、ドンドルマの一件から確実に実力がのばされている事はわかるよ」

「ふっ、そういうお前もかなり鍛えたようだな? 小僧らも見違えるようだぞ」

 

 月と獅鬼はお互い師匠としてそれぞれの成果を目で見、力を感じ取ってそれぞれ労いあっている。

 その傍らで昴は久しぶりに見るライムらを穏やかな眼差しで見つめている。確かに獅鬼の言う通り、見違えるようだった。こうして見るだけでわかる。ドンドルマの一件から数か月、どうやらなかなかの修業をしてきたようだ。

 そんな風に感慨深くしていると、二つの風が飛び出してぶつかり合った。

 

『――ッ!!』

 

 一つは黒。

 一つは白。

 それらは一度ぶつかり合い、離れると並行して走りだす。

 あまりにも突然の出来事。呆然としていた昴達だったが、はっとして疾走する二つの影へと視線を向けた。

 

「優羅!?」

「セルシィ!?」

 

 昴とクロムが彼女らの名前呼び、彼女らを追いかけるように走り出す。それに続くのが同じように固まっていた紅葉で、彼女も現実に頭が追い付いたように最初から全力で疾走し始めた。

 残ったメンバーでライムとシアンは、一体何が起こっているのかわからずおろおろするばかり。

 どうして優羅とセルシウスはいきなり武器を抜いて戦い始めたのだろうか。

 あまりにも突然の出来事だったので見えづらかったが、確か二人はそれぞれの武器を抜いていたように見えた。優羅は黒い小太刀を、セルシウスはいつも使っている黒刀【参ノ型】を。

 

 

『…………』

 

 一定の距離を保って疾走する二人は立ち止まり、お互いの敵を睨み合う。

 よもやこんな所で出会う事になろうとは思わなかった。これもまた運命の巡り会わせなのだろうか。

 だがどうにもならない。

 目と目が遭った瞬間に理解した。

 

 ――自分達は一度殺し合わないと満足できない、と。

 

 

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