呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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103話

 

 

 ヴェルドの街に入り、向かった先は一つの宿。まずは宿の確保から始めなければならない。話し合った結果、利用するのはレイン達が使っている宿と同じ場所という事になった。

 手続きを済ませて部屋を確保し、まずは場所を確認する。

 泊まるメンツは以下の通り。

 昴、紅葉、優羅。

 ライム、シアン。

 クロム、桔梗、セルシウス。

 撫子、花梨。

 獅鬼、雷河。

 月、焔。

 大体近場の部屋に集まるようになり、月はあらかじめ部屋を取っていたがそこに焔が加わる事で収まった。そうして各々部屋に移動している間、月は自室に焔を案内した後他の部屋へと向かっていった。

 しばらくすると背後にレインらを連れて戻ってくる。どうやら彼らを呼びに行ったようだ。

 前を歩くレインが昴に気づき、昴もレインに気づいて小さく会釈するように軽く頭を下げる。

 

「久しぶりだな、白銀昴」

「そうだな、レイン・スカーレット」

「……腕を上げたようだな。こうして見る限り、あの時とはかなり雰囲気が変わっているのがわかるぞ」

「それはどうも。……お前も調査の傍ら鍛錬は怠ってないようだな。それに……そう、何かを得たかのような雰囲気か」

 

 お互いを一度観察するように視線を動かし、それぞれ以前と変わった事を感じとり、視線を合わせてうっすらと笑みを浮かべる。そこに昴の後ろからクロムもやってきて、彼もまたレインを見てほう、と声を漏らしながら顎に手を当てて小さく頷き始める。

 

「なるほど、噂のギルドナイトさんか。スカーレットの兄ちゃん、だったか」

「む? 君は……なるほど、そこの少年の兄だったか。ドンドルマの一件でも顔は拝見していたな」

「おう、俺はクロム・ルシフェル。よろしく」

 

 そう言ってクロムが手を差し出せば、レインもそれに応えるように手を差し出して握手をする。

 続いてレインの後ろにいる二人へと視線を向け、「で、妹さんと幼馴染さん、そしてお嬢ちゃんだったかな。よろしく」と二人にも手を差し出していく。

 順番に握手しながらお互いに短く自己紹介し、その流れで視線がアルテミスへと移る。そこで彼は僅かに首をかしげた。妙な違和感を覚えたのだが、それが何かわからない。しかしそれはあたかも粒子のように小さなもの。その程度のものだったためにクロムはそれを流してしまった。

 彼らがそうやって挨拶している間、月が自室の扉を開けて紅葉達を中へと案内していく。シングルで利用している部屋だがG級以上のハンターが利用している部屋のため、広間は昴達が入っても問題ないくらいの広さになっている。

 月が飲み物を用意しようとすると「私がやりましょう」とサンが声を掛けてローブからお茶とお茶菓子を用意していく。それを近くにいたアルテミスも手伝い、全員分のお茶が用意されている間には、それぞれソファーに腰掛けている。

 上座に月が座り、その隣のシングルに獅鬼、ソファーに昴達三人、その隣のソファーにライム達ルシフェルグループ。昴の対面にレインとゲイル、その隣に花梨と撫子。机を挟んで月の対面のソファーに風花、雷河、焔が着席している。

 ちなみに菜乃葉はこの場にはおらず、その事にレインらが何か言おうとしたが、獅鬼に前もって菜乃葉は自分の存在はあまり知られるのを好まないという事を話してあるため、黙秘された。

 二人の手によってお茶が全員に行き渡り、二人も着席すると一度獅鬼はお茶を口に含み、間を置いて話し始める。

 

「……さて、ここに集まった全員、やがて訪れる戦いの事を知っている事と思う。しかし確認、おさらいのために話そうか」

 

 一度全員の顔を眺めるように軽く見回し、視線が自分に向けられていることを確認し、獅鬼は続けた。

 

「月がアテナ王女に確認した結果判明したことだ。戦いは二日後、いよいよその時が訪れようとしている。敵は朝陽、黒龍ミラボレアス、炎王龍テオ・テスカトル。場所は旧シュレイド城とヴェルド前の草原だ」

「旧シュレイド城には朝陽とミラボレアスが、ヴェルド前にはテオ・テスカトルがやってくる、という事になっているよ。ヴェルドには集まったハンター達は緊急防衛戦としてテオ・テスカトルに当たってもらうけど、この中でもテオ・テスカトルに当たってもらう戦力を選出しなければならない」

「なにせもう一つの敵が敵だからな。ミラボレアス相手に戦える戦力というのは限られている。……とはいえテオ・テスカトルとて同様だが、ミラボレアスと比べればまだマシ、というだけに過ぎん」

 

 どちらも古龍であり、強大な敵という事には変わりない。しかもテオ・テスカトルに関しては狂化体だ。これだけでただのテオ・テスカトルという枠に収まらない。

 ヴェルドに集まったハンターの数もなかなかのものだが、獅鬼が得た名簿を見る限りではHR40以上のメンツは集まったハンター達の中で三分の一程度。つまり数は期待できても戦力としてはテオ・テスカトルからすれば虫の大群。かの炎で一蹴されかねない不安がある。

 それでも戦わなければヴェルドが落ちる。

 

「さて、オレ達としては戦力を分散させる事を考えているわけだが、お前達はどうする?」

「それはどっちの戦場に立つか、という事でいいの?」

「然り。娘達は旧シュレイド城、でいいんだな?」

「ああ。そのために修行してきたからその一択しか俺達にはないですよ」

 

 狂化竜を生み出したのが朝陽で、その彼女が旧シュレイド城にやってくるならば戦場は旧シュレイド城一択。その場にミラボレアスがやってくるならば、奴に対する備えも獅鬼から仕込まれた。

 故に道は揺らがない。昴達三人は旧シュレイド城へと赴くことに決定される。

 続けてライムとシアンだが、彼らは防衛戦に向かう事を主張する。二人は確かに成長したが、ミラボレアス相手に戦えるほどではない。またシュヴァルツの血が旧シュレイド城に蔓延する闇に反応しないとも限らない。同様の理由でクロムらやセルシウスも旧シュレイド城へ向かわず、防衛戦に回る事になる。クロムらのもう一つの理由としてはライムとシアンが心配という事も挙げられるのだが。

 またテオ・テスカトルの事を聞いて参戦を決めていた花梨と撫子も防衛戦へ。炎に耐性がある火竜の因子持ちというアドバンテージを生かして戦う事になる。

 

「さて、レイン達はどうする?」

 

 レイン達……特にゲイルを見つめながら月が問う。彼らもその視線には気づいているらしく、横目で手を組みながら考え込んでいるゲイルを見つめていた。

 

「……俺様は旧シュレイド城に行くぜ。あの人に会って……完全に決着を付ける為にも俺様は……行かなきゃならねぇ」

「……そうか。ならばわたしもついて行かねばなるまいな。君の行く末を見届けなければならないし、元よりわたしは君を監視しなければならない」

「兄さんが行くならば私も行きますよ」

 

 ゲイルが道を定めたならば、レインとサンもそれについて行かなければならない。レインの言うように彼を監視しなければならないという理由もあるが、個人的な感情も含まれていた。

 彼もまた幼い頃から続くこの事象に深く関わる者。両親を殺され、自分の道と感情を歪められ、ドンドルマの一件までいいように使いまわされて捨てられた。その人生を歩んできた彼が今回の決戦で大きな節目を迎えるだろう。

 それを見届けるためにレインとサンがついて行く。レイン隊に関しては副隊長にヴェルド防衛のサポートに回るようにあらかじめ伝えてあるため問題ない。

 当然ゲイルが行くならばアルテミスもついて行く、と声を上げたのだが、それをゲイルが止める。

 

「お前はテオ・テスカトルに回っとけ」

「どうして? アルテも行くよ」

「あの戦場にお前は厳しいだろうさぁ。例え近づく事が出来てもあの中では動きづらいだろう。だからお前は防衛戦に参加し、他の奴らの援護だ」

「む、むー……」

 

 年齢に反してアルテミスの実力が高い事はレイン達も知っている。しかし精神面はまだまだ子供であり、朝陽側に付いていたとはいえ闇に対する守りは他のメンツよりも少し高い程度。

 それでもアルテミスのあまりにも純情な性格の事を考えれば、あの魔境に連れていきたくないという心情になるのも無理はない。

 少しむくれたように頬を膨らませるアルテミスをなだめるようにぽんぽん、と軽く頭を叩き、ゲイルは対面にいるシアンへと目配せする。視線だけで「アルテミスの事をよろしく頼む」と伝えてみると、シアンは何となくそれを察して小さく頷いてくれた。

 さて、月と獅鬼は当然旧シュレイド城に向かうとして、残るは雷河と風花と焔だ。当然雷河は、

 

「俺は親父について行くだけだぜ」

 

 わかりきった答えを口にしてくれた。

 では残った彼女らは一体どうするのかと獅鬼が問うと、

 

「……(わたくし)は旧シュレイド城に向かうわ。これほどまでこの大陸を引っ掻き回してくれたんですもの。あれの顔を拝ませてもらわないと気が済まないわね」

 

 少し苛立ったような雰囲気で彼女はそう言った。“自然”の領域まで上り詰めたクシャルダオラという事もあり、この大陸には長く過ごしているのだろう。そんな場所をここまで荒らした不届き者達。

 その顔を見、きっちりと落とし前をつけてさせてもらわねばならないという事なのだろうか。彼女がクシャルダオラという事を何となく察しているクロムらはそんな事を考えた。

 続いて焔だが、彼女は防衛戦に回ると主張した。

 

「……こいつらの補助に回っとく。炎の敵ならサラでもまだ何とか立ち回れるし」

 

 サラに騎乗し、戦場を駆けまわりながら遠距離から攻撃する。その手段はやはりあの爆弾ミサイルをはじめとしたものだろうが、彼女はそれだけではなく札を使った補助も可能としている。

 それに特例としてハンターの武器も持っているのだから、焔が援護に加わるだけで可能性が広がるだろう。

 

「さて、これで全員の参戦は確認できたかな」

 

 月がメモした紙を机の中心に置き、それを昴達が軽く覗き込んで確認する。

 

 旧シュレイド城

 月、獅鬼、昴、紅葉、優羅、レイン、サン、ゲイル、雷河、風花。

 

 防衛戦

 ライム、シアン、クロム、桔梗、セルシウス、アルテミス、花梨、撫子、焔。

 

 先ほど振り分けたメンツがそのまま書かれている。それに間違いがない事を確認し、全員の視線は改めて月へと向けられた。

 

「アテナ王女の未来予知はほぼ外れない。明後日の朝、テオ・テスカトルはヴェルドへとやってくる。その前に旧シュレイド城へと向かう私達は、空間転移で旧シュレイド城へと向かっておくことにする。つまり、早朝の内に移動しておくからそのつもりで」

「神倉朝陽は今どうしているかは?」

「それはわからん。ただ、あいつが何かをしでかした、という事は何となく察している。先日あいつの気配が強い闇の波動と共に感じられたからな。最後の調整でもしたんだろうとオレはふんでいる」

 

 獅鬼もまたあれには気づいているらしい。

 アキラを殺害し、彼の力と闇を取り込んだ彼女がどうなっているかまでは掴めていないが、彼女の力が急激に上昇したことは察したようだ。獅鬼と同じく月、セルシウスも何となくは察しており、彼女が何かしたのだという事は推察している。

 そんな彼女が今どこにいるのか。

 そこまでは彼らは知らない。力を付けたという事はわかるが、その後はいつものように自分の力を上手く隠し、その足取りを掴ませないようにしている。本当に隠れる事は上手くなったものだと獅鬼は心の中でぼやいてしまうくらいに。

 

「旧シュレイド城に向かえば、恐らく朝陽と出会うだろう。月が聞いたところによれば、その場には間違いなくオレ達がおり、黒龍は現れた。朝陽もその場にいただろうが、その場の環境のせいで顔が影になって見えづらかったらしいが」

「そして朝陽はまず間違いなく私を標的にして戦いを挑んでくる。だから君達は獅鬼と共に黒龍を相手にしてもらう事になる。……大丈夫かな?」

 

 昴らへと確認するように視線を巡らせれば、それに頷く事で応える。昴達もそうだが、レイン達も調査の傍ら修行をしてきたのだ。スカーレット家やカーマイン家に伝わる技術を確認し、それに従って己を鍛えてきた。

 肉体、精神共に以前よりも高まっている。あらかじめ旧シュレイド城の闇を感じておいたからこそ備える事が出来た。あの中へと入り込めるだけの心を強くさせる。それをテーマとして鍛錬をしてきたのだ。

 アルテミスもそれに参加したが、結局はゲイルの意志で選出から外されてしまう事になってしまった。

 

「朝陽にはもう一人部下がいる。……そうだね、ゲイル、セルシウス?」

「ああ。アキラ・ジン・ウェスタン。通称『世界(ワールド)()観測者(オブサーバー)』。素顔も実力も知らねぇ。だが感じ取れる波動だけでもその実力は未知数さぁ。……つーか、俺様からすればあの人以上にジンがわけわかんねぇ奴に思ってたなぁ」

「……オレが見た限りでも完全な実力は測れなかった。恐らく朝陽と同格かそれ以上か。……つまり、神倉月……お前といい勝負できるくらいの実力の可能性もある」

 

 腕を組みながらじろり、と睨むような鋭い視線で月を見つめて話す彼女に視線を合わせ、月はその言葉に「ふむ……」と小さく唸って口元に指を当てた。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、獅鬼は何も言わずにただ座っているだけだ。

 同じように雷河と焔も、それぞれ視線を月と獅鬼、セルシウスらと巡らせながら腕を組んでいるだけ。

 

「奴も来るならばオレが相手になる。つまり、朝陽と月、オレと奴。残りが黒龍と相対する事になる」

「……ふむ、厳しいかね?」

「敵が強大だからな。耐えきれるか、捌き切れるか……それにかかっているといってもいい」

 

 倒すよりも自身の身を守り切れるかを考えてしまうのも無理はない。それだけ敵というものが大きいのだ。鍛錬したとはいえそれで完全に勝てるとは言い難い。

 戦力として期待できる二人がそれぞれ人相手に戦うのだから仕方がないか。

 そんな風に自分達がとる戦術を考えている昴達からライム達へと視線を移し、

 

「テオ・テスカトルに関しては君達だけでなく他のハンター達もまた鍵だ。他のハンター達がどう動くのかも問題になるから確実性がないね」

「しかし自分達がどう動くかをあらかじめ考えておく事は大事だな。今の自分に出来る事、それを改めて考えてみる事だ。それが戦いの流れを決め、自分達の命を守る事に繋がるだろう」

 

 一対多数ではあるが、その一がとんでもない存在である事はわかりきっている。集団戦で、しかもここにいる者以外はろくに話した事もない人々だ。即席の結束の力などあてになるはずもなし。だからせめて自分達のグループで出来る事を再確認し、状況に応じてそれを組み合わせて動けるようにしておく。

 テオ・テスカトルと相対するグループ、つまりライムらは対面に座っている花梨らへと視線を巡らせ、小さく頷き合った。

 

「さて、おおまかにはこんな所だが、質問はあるか?」

 

 そう問いかけるも質問は上がってこない。ならばここで一度会議は終了だ。

 そこからグループごとに集まり、小さな打ち合わせを始めていく事にした。それを昼過ぎまで行っていった。

 

 

 昼食の後はヴェルドの外へと出てそれぞれ集まって合同の鍛錬を行う事になった。こうして鍛錬を共にし、お互いの実力を再確認して決戦の時に生かそうという試みだ。

 近距離の剣士ならばお互い打ち合い、遠距離ならば月達が用意した的へと向かって狙撃する。あるいは剣士とガンナーを一組として模擬戦を行い、それぞれの戦いを試してみるというやり方も行っている。

 さて、そんな鍛錬を行う前に昴はライムとシアンへと話しかけていた。久しぶりに会って積もる話もあるだろうが、昴が二人に話しかけた用件はこれだった。

 

「シアン、お前に渡す物がある」

「ほえ? わたしにですか?」

 

 きょとんとするのも無理はないだろう。まさか昴から渡されるものがあるなんて考えられなかったからだ。そういうものは紅葉からならわかる。そして昴からならばライム、というのが以前からの交流で生まれた固定概念。

 だからこそシアンだけでなくライムも少し驚きの表情を浮かべている。

 そんな二人をよそに昴はローブの中に手を入れ、あの双剣を取り出した。

 

「……? なんです、これ?」

「以前火山から発掘された塊を研磨し、強化させた双剣だ。銘を、封龍剣【超絶一門】。太古の技術を用いて作られた龍殺しの剣、だそうだ」

「りゅ、龍殺しぃ!?」

 

 その言葉にたまらずシアンが驚きの悲鳴を上げる。龍殺しの剣というものは種類が少なく、素材を集める厳しさも相まって入手する機会があまりない代物だ。しかもそれが太古の技術によって作られた物ならばなおさら。

 それをまさか……自分にくれるとでも言うのか? とあわあわしながらその双剣と昴を交互に見てしまう。

 そんなシアンに苦笑し、「お前の気持ちもわからなくもない」と昴は小さく頷き、

 

「だが、これを手にした奴が使わない、と言うものだからな。このまま使われないまま再び朽ちさせるわけにもいかなくてな」

「……? これは昴さんが手にしたものじゃないんです?」

「ああ。俺じゃなくて優羅が掘りだし、強化させたものだ」

「優羅さん……が?」

 

 シアンの視線が離れた所でカクトスゲヴェーアを手にし、射撃を繰り返している彼女へと向けられる。優羅はその視線に気づき、ちらっと一瞥してきたが、すぐに戻されて引き金を引く作業へと戻った。

 

「あいつは双剣も使うが、どうやらこれの見た目などが気に入らないらしくてな。使わないと言ったんだ。しかし俺も紅葉も双剣を扱う心得はない。そこで双剣使いであるお前に託そうかと思ってな、優羅から預かってたのさ。……あいつが手渡すべきだろうとは言ったが、……まああの通り気難しい奴だからな。俺が手渡す事になった」

「そう、ですか……」

 

 事情は分かったがそれでも気おくれしてしまう。それはやはりこの双剣が双剣だからだ。自分が扱えるのだろうか、という気持ちが揺らいでしまう。しかし自分が受け取らなければこの双剣は使い手がいないまま放置されたまま。

 しばらく考え込んだシアンは、意を決してその柄を手に取ってみる。

 

「……ふっ!」

 

 軽く身構えて空を切るように一閃。初めて手にした得物だが、どこか手に馴染むような気がしないでもない。またこの変わった刀身に篭められた強い力をひしひしと肌に感じ取れるようになった。

 構えていない時から感じられたそれは、こうして手にして振るうたびに柄を通して伝わってくる。確かにこれは龍殺しの剣だ。太古の技術を用いて作られた龍殺しの剣、それを自分が振るっている。

 そんなシアンを見守っているライムへと昴は視線を移し、彼もまた成長している事を感じ取っていた。気のせいではない、ドンドルマの一件より彼が纏う空気と魔力が一変している。

 月を師匠として鍛錬していたというのは聞いていたが、よもやここまで成長しているとは思わなかった。

 

(とんでもないな……二人とも)

 

 ライムだけではない。封龍剣【超絶一門】を振るっているシアンのその体捌きも以前よりも洗練されている。聞いたところによればHRも40になったらしいが、あまりにも早い成長だ。

 それだけ修行をし、飛竜らと戦ってきたという事なのだろうが、同時に強大な狂化竜と戦ったという話も聞く。

 

(もしかすると俺達に追いついてくる可能性があるな。この成長速度から考えるとあり得ない話じゃない。実戦経験こそ負けはしないが、単純なその力は……俺達よりも可能性の幅が広い)

 

 そう考えた時、昴は知らず小さく笑ってしまっていた。去年出会った頃には考えもしなかったこと。弟子として教えられることは教えていこうと考えていたあの頃はここまで成長してくるとは思いもしなかった。

 真綿が水を吸うように様々な事を覚え、自分の可能性を広げていった二人はここまで来てしまった。遠く離れて歩き、時折振り返りながら道を示していた自分達の背中を追いかけてきた二人は、気づけばすぐそこまで追いついてきている。

 ぞくりとすると同時に笑ってしまう。相反する感覚が昴の中に同居していた。

 

(……俺から教える事はもうなさそうだな。寂しくはあるが、完全に二人は俺達の手から離れても十分やっていける)

 

 師弟という関係はもう終わりを迎えた。これからは先輩後輩というような関係か、あるいは対等なハンターという関係が望ましいだろう。

 もはや新米ハンターの影はなくなった。ここにいるのは立派なハンター。

 それを認めよう。

 

 

「…………」

 

 カクトスゲヴェーアを構えて月が立てた的へと連続して射撃を繰り返す優羅は自分に近づいてくる気配に気づいて視線を動かす。

 

「や、ちょっといいかな~?」

 

 軽く手を挙げて挨拶してきたのは撫子だった。数秒彼女を見ていた優羅は視線を逸らし、弾を変えて射撃を続行する。そんな素っ気なさはポッケ村で暮らしていた頃から知っていたため、何も言わずに撫子は優羅の隣に並んでローブから一つの銃を取り出す。

 それは彼女が作りあげたライトボウガン、アサルトガルルガ【フェンリル】。視界に入ったそれに気づいてまた優羅の視線が動き、その素材に気づいてどこか興味深そうな色が滲み出始める。

 

「これはね~、わたしが作っていたライトボウガン。最近完成したんだ~。……噂は聞いていたかな? 超速射を実装した上位以上G級以下の素材で作り上げるライトボウガンという実験だよ」

「…………成功した、と?」

「うん、そうだよ~。アサルトガルルガ【フェンリル】。良質の鉱石、耐熱性に優れて軽いガルルガの素材。月さんにも協力してもらったギミックの組み合わせ、と色々組み合わせてようやく完成したんだよ~」

 

 通常弾Lv2を装填し、撫子は標的を狙って引き金を引く。すると銃口から幾多もの弾丸が吐き出され、的が凹む勢いで襲い掛かっていく。それを見つめる優羅の表情は僅かな驚きがあり、じっとアサルトガルルガ【フェンリル】を見つめる。

 そんな視線に気づき、撫子は小さく笑ってアサルトガルルガ【フェンリル】を肩に当てながら話し始めた。

 

「この通り超速射に対応しているだけじゃないんだよ。自動装填のコードも仕込んであるんだよ~」

「……自動装填のコード? …………ローブの中で自動的に装填されるあれか?」

「そうそう~。月さんに手伝ってもらって実装されたギミックだよ~。弾丸(バレット)装填(リロード)(イー)で通常弾Lv2、弾丸(バレット)装填(リロード)(リャン)で貫通弾Lv1を装填。そして掃射(ファイア)で射出ってね。ちなみにこの二つが超速射に対応している弾なんだよ~。言い換えれば、それ以外は対応してないって事なんだけどね~。ついでに言えば、ただの速射もなし」

 

 しかしそれでも十分に火力は備わっている。構えずともローブから銃口を出し、魔力で操作するだけで十分に使える代物に仕上がっている。そんなアサルトガルルガ【フェンリル】を、撫子はそっと優羅へと差し出してくる。

 その行動に、優羅は目を細めて首を傾げた。

 

「これ、優羅ちゃんに使ってもらおうかと思って」

「……アタシに? 何故?」

「わたしが使うより、優羅ちゃんの方が上手く使えるかと思うんだけど。……というより、優羅ちゃんが使える一品に仕上げてみたんだ。これ、どうぞ」

 

 ぴらっと一枚の紙を取り出して優羅に手渡してみるが、それをじっと見つめて優羅は動かない。視線は紙と撫子、アサルトガルルガ【フェンリル】と移ろっているも、受け取る気配がないのだ。

 だがにこにこと笑顔を見せたままその紙を差し出し続けていると、観念したのかそれを受け取って軽くないように目を通していく。

 そこにはこう書かれてある。

 

 アサルトガルルガ【フェンリル】

 超速射、装填&射出コード対応

 対応弾丸

 通常弾1、2、3

 貫通弾1、2、3

 散弾2

 徹甲榴弾1、2

 拡散弾1、2

 

 回復弾1、2

 毒弾1、2

 麻痺弾1、2

 滅気弾1、2

 

 火炎弾

 斬裂弾

 

 捕獲用麻酔弾

 ペイント弾

 鬼人弾

 硬化弾

 

 通常弾Lv2、貫通弾Lv1に超速射とコード対応。

 それ以外の弾は手動で装填を。しかし弾丸にコードを仕込んでいるならばその限りではない。

 

「…………」

 

 じっと内容を確認している優羅は何も言わず、行動も起こさない。無表情ではあるが、興味ないならこんなにじっと内容を見つめたりはしないだろう。

 彼女の気を引いているのはこれだ。

 貫通弾が全部撃てることと、その貫通弾Lv1が超速射に対応している事。後者は聞いていたが、他のレベルのものも全部撃てるというのは彼女の気を引いた。貫通弾を好む彼女からするとこれは大きい要素なのだ。

 それをくれると?

 一体何故?

 視線を上げて撫子を睨み、「……なぜくれるわけ?」と訊いてみる。

 すると撫子は笑顔を崩さないままこう答えてきた。

 

「優羅ちゃんなら大事に使ってくれそうだからだよ~。あとはそうだね……上手く使ってくれる人からデータが欲しいから、かな~?」

 

 当然だがこれは世界に一つしかない武器だ。しかも新たな試みの下作られたのだからデータがない。更に言えば撫子はあくまでも現在の本職は鍛冶職人であり、ハンターではない。

 これではアサルトガルルガ【フェンリル】の実戦データは取れない。ならばガンナーに渡して使ってもらわなくてはならないのだ。そして撫子は改造を進めていく中、ポッケ村に暮らし始めた優羅の事を知り、彼女の趣向を調査したのだ。

 貫通弾が全部撃てる仕様になっているのはそのせいだ。彼女の好みを搭載し、調節した結果こうなっている。

 また東方で新たに採用されている斬裂弾と滅気弾も対応されているようだ。前者は弾丸が炸裂した際に斬属性効果のある刃を周囲にばら撒く弾であり、尻尾切断を可能とする事が出来る。後者は頭部に着弾させる事で眩暈効果を高める事を可能とする弾だ。

 これらのデータを取るためにも撫子は優羅に使ってほしいと願い出ている。あとは優羅がそれを受け取るかどうか、だ。

 

「…………」

 

 じっと撫子の肩に乗せているアサルトガルルガ【フェンリル】を見つめる優羅は何を考えているのかわからない。

 数分間そうやって両者ともに動かなかったが、やがて優羅は小さく息をついて手を差し出した。くいっと軽く指を曲げ、その意味に気づいた撫子はアサルトガルルガ【フェンリル】を手渡し、優羅はそれを受け取ってローブへとしまう。

 いや、完全にしまわずに銃口だけを覗かせ、小さく「弾丸(バレット)装填(リロード))(イー)」と呟けば、ローブの中で小さな音が響く。どうやら優羅のコードに反応して弾丸が装填されたようだ。

 魔力を流してみると銃口が優羅の意志に従って動き、きちんと的へと照準を合わせていく。その動かし方をしばらく試し、手にしているカクトスゲヴェーアにも弾を装填してもう一つの的を狙い、引き金を引きながら「掃射(ファイア)」と口にすれば、二つの銃から弾丸が射出されていく。

 それは変則的な二丁銃の攻撃だ。腕から、ローブからかかる反動が当然強まるが、エスピナUシリーズに発動させているスキル、反動軽減+1のおかげでそれは和らいでいる。

 

「……なるほど」

 

 射出、一時止め、的変更、射出……を繰り返してアサルトガルルガ【フェンリル】のくせをある程度把握。カクトスゲヴェーアを置き、ローブからアサルトガルルガ【フェンリル】を取り出してぐるりと見回して改めて確認する。

 普通に使う際に手に馴染むかどうか、構えたりしてそれを確かめ始めた。そうやってチェックしている彼女へと小首を傾げ、「どうかな? その子の使用者になってくれるかな?」と改めて問う。

 

「…………わかった、使ってやる。……悪くない一品。いい仕事している」

「ホント? ありがと~! 大事にしてやってね~」

「……ん」

 

 うなずいた優羅は装填してある通常弾Lv2を抜いて他の弾を装填し、また的を狙って構える。だが引き金に指をかけた時、何かを思い出したかのように視線を逸らし、肩越しに撫子に振り返ると「……一つ訊く」と呟いた。

 

「なにかな~?」

「……斬裂弾と滅気弾のレシピ、あるのか?」

「ああ、それか~。ちょっと待ってね」

 

 東方では普及され始めている弾だが、こちら側にはまだまだ普及されていない。様々な本を読んでいる優羅だがそれについてはまだ情報を得ていない。なにせ開発されたのはほんの数年前。その頃にはもうドンドルマにやってきていたため、東方のボウガンの本は目を通していないのだ。

 少しして撫子はローブからメモ帳を取り出し、ページをめくって内容を読み上げ始める。

 

「斬裂弾はカラの実と砥石。滅気弾Lv1はカラの実とクタビレダケ、Lv2はカラ骨【小】とシンドイワシだね~」

「…………後者はそんなに作れなさそうだな」

 

 クタビレダケやシンドイワシは東方で採れるものだ。一応持っている事は持っているが、数がそんなにない。どうしたものかと考えたところ、撫子は笑顔を崩さずくすり、と笑って指先でローブを示してみせた。

 

「あるよ~。こんな事もあろうかと買い集めておいたんだ。必要な分だけあげるよ~?」

「……あ、そう……」

 

 データ収集のために抜かりはないらしい。

 その後は製作者側が感じた事を話し、それを聞きつつ優羅が他の弾も撃ってみるという事を進め、アサルトガルルガ【フェンリル】の特徴を短時間で覚えていく事になった。

 

 

 スカーレット兄妹は弓を手にして射続け、ゲイルとアルテミスはお互い武器を手にして打ち合い、クロムとセルシウスは素手で殴り合う。花梨が攻めて桔梗は盾を両手に構えてそれらを防ぎ続け、紅葉は雷河と模擬戦を行う。

 各々集まって戦い、時にメンバーを変えて続行する。そんな様子を風花と焔は眺め続けている。ハンターじゃない、というだけでなく人族でもない二人はここで鍛錬する事はない。

 焔は爆弾術を駆使して戦うだけであり、風花も風花で今更鍛錬しても意味はない。持ち前の力を振るうだけであり、あとはそれを他の者達を巻き込まないように注意するだけなのだから。

 腕を組みながら鍛錬を行う昴達を眺めながら、焔は隣に並ぶ風花を横目で見上げる。

 

「どう思う?」

「……どう、とは?」

「あんたは勝てると思うの? 今のあれらで、ミラボとテオに」

「……さてね。(わたくし)には残念ながら判別つかないわ」

 

 両手を後ろに回し、腰元に当てながら佇む風花は表情を変えずに淡々とそう答える。

 

「確かに(わっぱ)たちは成長しているわ。そしてシュヴァルツの顔ぶれも揃っている。更に言えばミラボ側には月や獅鬼もいる。……だからといって確実ではない。何せ七禍、女狐、果てはあの(ひと)の意志もある。そう易々と終わるはずがないのよ」

 

 “自然”の領域まで上り詰めたからこそ、“世界”の領域に存在する彼女らが怖い。その実力が怖いだけじゃない、彼女らが何を考えているのかわからないからこそ怖いのだ。

 香澄から得た情報で七禍の目的の一部は知る事が出来たが、余計にわからなくなる。シュヴァルツの血統を守るとか意味がわからない。

 それに九尾も自分の意図を悟らせない。過去を変え、今もなお誰かに化け続けているとの事だが、全く見破れない。全てを欺き、自分の真意を覆い隠す。

 華国を領土としているはずのあの九尾が一体何故ここで行動するのか。その目的が何なのかがわかれば見えてくるだろうが、情報が少なすぎる。

 

「それに……」

 

 ヴァナルガンドもまた姿を見せていない。一度だけ姿を見せて以降音沙汰がないのだ。どこに消えていったのか、それすらもわからない。

 だが断片はあった。香澄が話したあの事。あれが意味する事を考えれば……もしかするとそういう事になるのだろう。

 でも信じられない。もしそうだとして、一体どうしてあれがヴァナルガンドだというのか。理解不能、想定不能。あれとヴァナルガンドが繋がらない。

 

「ふふ……悩んでいるのかしら?」

「っ!?」

 

 突如背後に聞こえた声。振り返ってみると、そこにはいつからいたのか菜乃葉が佇んでいた。焔も訝しげに振り返るが、首を傾げて風花を見上げる。

 

「どうしたの?」

「…………なるほど、認識をずらしているのか、あるいは幻影を使っているのか……」

「ええ。貴女にしか見えないようにしているわ」

 

 それくらい造作もない、と言う風に薄く笑みを浮かべる菜乃葉を見下ろしながら風花は薄く唇を噛む。焔も見えてはいないがただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、一度菜乃葉がいる場所へと視線を向け、邪魔にならぬよう離れていく。いや、それはある意味敵前逃亡とも見れる行動だが、菜乃葉が相手なのだ。逃げ出してもおかしくはない。

 そんな焔に興味を示さず、菜乃葉はじっと風花を見上げる。外見年齢的には九、十歳にしか見えない彼女に気圧されるのもいつもの事になってしまった。

 しかし心は負けない、折れない。

 そうなってしまえばただの道化だ。

 

「あなたはシュヴァルツを守ると言った」

「ええ、言ったわね」

「この戦いの果てにそれが望めるとでも? 中央を混乱に貶めた奴らを討つ事で英雄になる、それが救いの道とでもいうんじゃないでしょうね?」

「……それは一つの欠片でしかないわ」

 

 自分が手を出さず、あくまで昴達に戦わせるのは彼らが戦って勝たなければならない体。それは菜乃葉自身が口にしている。シュヴァルツの血統が疎まれるのは彼らが持つ力が、その人物が堕ちた場合危険な状態になるからだ。人族であろうとも竜種であろうとも無差別に殺しつくす。それはまさに種を滅ぼす存在となる。

 今でこそ人と竜種のパワーバランスはハンター達によってある程度の境界線を保っているが、堕ちたシュヴァルツがこの先増えてくるような事があればそれを崩しかねない。人族が増えれば古龍種が、国が発展してくれば伝説種が、そうでなくともある程度力を持った飛竜種などが人族を殺し、逆に竜種が増えてくるような事があればハンター達が殺す。

 そうやって微妙な塩梅で両者の関係は保たれていたのだ。

 

「元人族としてシュヴァルツを守るのかしら? それとも、自分がシュヴァルツの血統に連なる者だから?」

「さて、どうかしらね? これ以上の事は口にする気はないわ」

「……じゃあ質問を変えましょう。七禍とは七つの禍を意味する。ここで考えられる七つの禍とは――」

「――それは今は関係ないでしょう?」

 

 じろり、と睨み上げるように漆黒の瞳が細まった。それ以上口にするな、自分の事を探るな、という壁を感じられる。それに息を呑む風花だが、同時にやはりそうなのかという思いが浮かび上がる。

 

「好奇心は猫を殺す。……風花、死にたいのかしら? 単なる好奇心で私の事を詮索するならば――命を懸けなさい。さすれば、届くかもしれないわよ?」

「……遠慮しておくわ」

「賢明ね。……さて、何を不安に思っていたのかしらね?」

「あなた達の事よ。……あなたは話してくれそうにないし、女狐の事について訊いてもいいのかしら?」

「女狐、ねえ。……まあ、いいでしょう。大方あの子の目的を知りたい、といったところかしら?」

 

 話してくれるのか、と思ったが菜乃葉は薄く笑いつつ見上げるだけだ。やはり教えてくれないのだろうか、と思いきや、「自己満足よ。……と同じでね」と耳を澄まさないと聴こえない程の言葉が聞こえてくる。

 しかし聞き取れたその言葉、自己満足。

 九尾の自己満足とは一体どういう……?

 

「あの子はねただの自己満足でゲームに参加しているのよ。自分が見たい、あれが最終的にそうなるのか否かを見たいがためにここまで引っ掻き回しているのよ」

「……平行世界を何回も試して?」

「ええ。あれが変わるのか、変わらないのか。ただそれだけを見るためだけにこういう状況を作り上げてるんでしょうね。……ほんと、どうしようもないほど馬鹿な子よ」

「…………ん?」

 

 おぼろげながら奇妙な考えが浮かび上がってくるのを感じた。

 過去を改変し、その影響でこの世界で起こる事象は大きく変化した。

 どういう風に? どうやら敵の有利に傾くように変わったらしい。

 九尾はどうやら誰かに変化して成り代わっているらしい。

 誰に? それはまだ不明だがろくでもない人物になっているんじゃないだろうか。

 その全ては自分の目的に繋がり、敵の有利な状況でこそ目的は達成されると考えていいようだ。その状況で誰かの運命を見届けようという。それが一体誰かといえば……考えられるのは妖狐繋がりでアルテミスだろうか。

 

「あの半妖と女狐、どういう関係?」

「さて、どんな関係でしょうね? ……で? 訊きたいことは以上?」

 

 見上げていた視線を昴達へと向け、薄く笑みを浮かべながら彼らの鍛錬を眺め始める菜乃葉。冷たい印象を感じさせる彼女の笑みがいつもの菜乃葉の笑いだったが……気のせいだろうか。長く生きた風花のその観察眼には、うっすらと菜乃葉に穏やかさが感じられるような気がした。

 小首を傾げてもう一度じっと菜乃葉を見つめるも、やはり僅かな穏やかさが感じられる。

 

(……何故?)

 

 その視線の先を辿ってみると、昴達三人とレイン達三人が鍛錬をしているところであり、審判として獅鬼がついている所だった。彼らを見て何か思うところがあったのだろうか。そう考えながら菜乃葉へと視線を戻すと、そこには冷たい色が浮かび上がる菜乃葉の笑みがあるだけだった。

 

「……風花」

「何かしら?」

「貴女はミラボレアスの方に行くのでしょう? なら、貴女の役割はただ一つよ――」

 

 一度目を閉じて間を置き、そのまま風花の前までやってくると、

 

「――ッ!?」

 

 一気に身長が伸びてその顔が下から風花へと迫ってくる。しかも彼女の圧縮された気まで迫り、視覚的以上にも菜乃葉が一気に迫ってくるかのような錯覚を思わせる。

 

「あれらを死なせるな」

「な、あ――」

 

 吸い込まれそうな程に暗い闇色の瞳がすぐそこにあり、整った顔付きのせいで更に冷たく感じられる無表情な少女の顔。少しだけ顔を前にやればその鼻に触れそうな程の距離で菜乃葉はじっと風花を見つめる。

 そう、見つめるだけだ。

 睨むような事もせず、先ほどまで放たれていた気も落ち着いているのに、どす黒いナニカが風花を捉えて離さない。

 

「貴女の力であれらを守りなさい」

「あれって……誰の事よ?」

「さあ? 貴女の心の中に浮かんだ人物、それが答えよ。誰か、とは言わないわ。あそこで死ぬ奴はいる。それに関しては守らなくて結構。でも――」

 

 ぐっとドレスの胸元を掴み、そのまま掴み上げて風花の呼吸を阻害させ、僅かに苦しみだす彼女を今度は見下ろしながら菜乃葉は続けていく。

 

「――生死があやふやにあるあれらは死なせるな。それが今回の貴女の役割よ。それを果たしなさい。これが貴女が今、ここにいる理由、この決戦の地に存在している理由よ」

「ぐ、う……私も……結局はこの運命の渦にいる駒の一つと言うわけ……?」

「そうよ。所詮貴女も駒の一つ。ならば、利用する価値はある」

「断る、と言ったら……?」

「させるとでも?」

 

 ぎりっと菜乃葉の指が風花の首元まで伸び、その白い肌へと食い込んでいく。このままでいればやがて風花は死に至るだろう。長く生きてきた彼女であっても、呼吸を止められれば簡単に死ぬ。

 だからと言ってこのまま菜乃葉の言いなりになる気はなかった。菜乃葉のその手を掴み、抗おうとし、苦しみながらも決して目を閉じるまいとしたのだが、自分の目を覗き込んでくるその漆黒の瞳を見上げた瞬間――

 

 ――視界が急に傾いた気がした。

 

 ゆっくりと斜め下へと景色が流れていき、自分を見下ろしていた菜乃葉の無表情なその顔が右上へと消えていく。そして見覚えのあるドレスもまた視界から消え、頬に地面の感触がした。

 

(……え?)

 

 続いて赤い液体が頭上から降り注ぎ、人の腕が一つ落ちてきて、かと思ったら誰かに頭を掴まれて持ち上げられて……あれ? 

 どうして体の感覚がない?

 そうした小さな疑問を感じる間もなく、今まで以上の冷笑を浮かべた菜乃葉が左手を構えて――

 

「――ッ、はッ、あ、あぁ……!?」

「……仕込みはこのくらいでいいかしら?」

 

 荒い呼吸を繰り返す風花から手を離し、無感情に菜乃葉はそう呟いた。脂汗を浮かばせて地面にへたり込み、両手を地について酸素を取り込もうと何度も咳き込んでいる彼女へと屈みこみ、

 

「わかった? 貴女は、あれらを守るの。異論は許さない、それが貴方の役目」

「はーっ、はー……けほ、やく、め……私の……」

「そう。私の言葉に従いなさい。――さあ、貴女もまた駒としての役目を自覚なさい。あの子が使わないならば、私が使ってあげるわ」

 

 耳元で囁きかけ、パン! と強く手を叩いた瞬間、風花は正気を取り戻したかのように一瞬体をびくつかせてそれまでの荒い呼吸はなくなってしまった。体調もいつの間にか治っており、脂汗もどこかへと消え去ってしまっている。

 同時に先ほどまで十代後半まで成長していた菜乃葉の姿も元の子供に戻り、何事もなかったかのように薄く笑いながら佇んでいる。

 

「……?」

「どうかしたかしら?」

「……いえ、何かあったような……」

「ええ。急にぼうっとし始めたからこの通り、正気を取り戻させてあげたのだけど、どうしたのかしら? 貴女ともあろう者が、この先の戦いに怖気ついたのかしら?」

「…………」

 

 記憶がとんでいる。それはこの風花の反応からして明らかだ

 ならばもうすることはなくなった。というよりこれが本命であり、それ以前のやり取りはすべてついででしかない。

 頭を軽く押さえながら思い出そうとしている風花に「じゃ、私はこれで消えるわ」と言い残し、菜乃葉は黒い霧となって消えていった。

 残された風花は何があったのかを思い出そうとしばらく目を閉じていたのだが、どうしても思い出せない事を悟り、「……何かされたわね」と舌打ちする。

 

「…………女狐の事は覚えている。ということはあれ以降に何かあったか」

 

 正しくは菜乃葉が迫って来た瞬間から始まっているのだが、その前後関係まで影響してしまったようだ。どこまでも謎な少女である。

 ふう、と一つ息をついて風花は立ち上がり、鍛錬している彼らへと視線を移して見守る事にした。その視線は菜乃葉によって刷り込まれた事に従い、彼らの方へと向けられている事に気づかずに。

 

 

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