呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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105話

 

 

 宿に戻った紅葉と優羅はそれぞれ飲み物を用意すると先ほどの事を思い返す。

 レインのシスコンっぷりに呆れ返っていたというのに、気づけば昴の気持ちを聞いてしまった。彼の悩み、風花の後押し、そして彼の決断。

 昴は紅葉と優羅、二人を同時に受け入れる事を決めた。自分達の事を考え、悩み、出した答え。三人が三人でいられるための決断。

 自分達とて三人がバラバラになる事は望んでいない。昴と結ばれたいとは考えていたが、だからといってもう一人を引き離す気はなかった。彼女らもまた十年ぶりの再会を壊すつもりはなかった。

 それでも昴の想いを一番に欲しかった、という思いもどこかにあったのも事実。それは女として当然の思いだったろう。だからこそ時に昴のために動き、競い合ったりしていた。

 

 でも、それでも二人はやはり三人で居る事を望んだ。

 

「三人で居る……か。それがあたし達にとっての一番の望み」

「…………昴がそうであるように、アタシ達もまたそれに固執してた、か。間違いない」

 

 自分の心を確かめれば、その感情は間違いなくそこにあった。彼を愛し、親友と離れたくない。

 しかし紅葉は優羅に会うまでは想いを封じ込めていた。優羅に遠慮し、全てが終わるまで応えまいとする昴の想いを汲んでいたのだ。でも今優羅と共に行動し、遠慮がなくなった事で変わった。

 自分達の想いを感じとった昴はああして迷い、決断を下してくれた。

 ならば自分達は彼に……。

 

「……最初からそう伝えていれば、ここまで昴を迷わせずに済んだだろうか?」

「どうだろうね……それでもあいつは悩み続けたかもしれない。……結構あいつ、思いつめる事多いから」

 

 紅葉の事で最近まで引きずり続け、思いつめたように、二人の想いについてもまた思いつめてしまうだろう。彼はいつだって二人の事を考えてくれる兄のような存在だ。今は兄としてではなく一人の男として考えている、という違いはあるが、彼の根本的な所は変わらない。

 

「でも、それをひっくるめてあいつらしいって事よね」

「……そうだな。……でも、決断は予定より少し早かったらしいけど」

 

 全てが終わってから返事する、とドンドルマで昴は言った。それまで悩み続けるつもりだったようだが、今はまだ何も終わっていない。

 でも、彼は決断した。

 そして今、クロムと何かを買いに行っているらしい。

 という事は戻ってきたら彼は――

 

「ただいま」

 

 そんな事を考えていたら本当に昴が帰ってきた。その手には買い物した際に渡される袋が握られており、それを手に一度自室へと向かって着替えに向かった。その背中を見つめながら二人は本当に伝えてくれるのだろうか、と考え込んでしまう。

 昴の姿を見た時からいつも以上に動悸が激しくなり、頬は熱くなり、どういうわけか手が汗に少し濡れ始めた。

 もしかしたら、と思うだけでこれだ。あの時昴が決断した時もそうだけれど、まさかこんなに緊張し、熱くなるなんて思わなかった。

 こんなにも……胸が高鳴っている。昴がいつ出てくるのか、それを感じるだけでどこか焦ってくる。落ち着いていた思考が乱れ始める。

 ああ、心臓の音が聞こえてきそうな程に、高鳴りが抑えられない。

 

 ガチャ、と扉を開けて黒い和服に身を包んだ昴が戻ってくる。その手にはやはり先ほど買ってきた物が入っている袋が握られ、それを抱えたまま一度冷蔵庫に向かってジュースの瓶を取り、紅葉から見て右、優羅から見て左側のソファーに腰掛ける。

 自分のグラスにジュースを注ぐと、空になっている二人のグラスを見て、

 

「……飲むか?」

 

 と瓶を掲げて訊くと二人は小さく頷いた。それぞれのグラスにジュースを注ぐと、軽く掲げて乾杯する。

 グラスを傾けて喉を潤し、二人は二人で冷えたジュースで少しだけ火照った顔や体を冷やしていく。ジュースを一気に飲み干した昴は、ふぅと長い息をつき、まるで覚悟を決めるかのように目を閉じて間を置く。

 やがてそれも終わり、目を開くと二人に向かってなんと頭を下げたのだ。その行動に驚く二人をよそに、昴は「すまなかった」と謝罪の言葉を口にする。

 

「……え? な、なんで謝るの?」

「随分と待たせてしまったからだ」

 

 何を待たせてしまったのか、それは考えるまでもないだろう。彼女らの想いを応えるまでの時間が長すぎた事だろう。悩み、迷い続け、ずるずると時間を引き延ばし続けてしまった。

 だからそれを詫びるところから始める事にした。

 

「本当に、待たせてすまなかったな。だが、もう心は決まった。お前達の想いに対する答えを用意してきた」

『…………』

 

 きゅっと唇を軽く噛み、二人はまた体を少し硬くしながら手を足の上で握りしめ、じっと昴の行動を見守っている。

 昴は隣に置いた袋から二つの指輪を取り出し、それぞれ二人へと差し出す。彼の手に乗っている二つのそれを少し驚いた顔で見つめた二人は、昴の顔と交互に見てしまう。

 そんな二人へと微笑を浮かべ、

 

「これが、答えだ。受け取ってもらえるか?」

 

 ただのアクセサリーとしての指輪を贈るのではなく、別の意味を込めた指輪。

 エンゲージ・リング。

 愛する者へと贈る繋がりの指輪であり、二人の愛の証をその身につける物。

 その意味を感じ取った時、紅葉は知らず涙を流していた。昴の手に乗っているエメラルドの宝石があしらわれた指輪を手に取り、それをじっと見つめてしまう。

 シンプルなシルバーリングに、淡く光るエメラルド。自分に縁のあるこの宝石を選んだのも意味がある事だろう。しかもリングには文字が掘られており、そこには「S・M」「二人の愛と三人の絆は永遠に」とあった。

 それは優羅が受け取ったルビーがあしらわれたシルバーリングにも掘られており、同様の文がそこにある。しかし一つ目のものは「S・Y」とあった。

 そして昴が手にしているサファイアのシルバーリングには「S・M・Y」の三つの文字と一文が掘られている。

 それは昴と相手のエンゲージ・リングであり、同時に三人の絆の繋がりを示す指輪。まさに昴の覚悟が二つ詰まった証だった。

 

「……っ、ぐす……」

「…………」

 

 紅葉は溢れる涙を止めず、嬉しそうに泣き笑いながら指輪を見つめるに対し、優羅はいつもの無表情から少し顔をほころばせるような微笑を浮かべながら指輪を見つめている。あんな風に笑うのは初めてか、あるいは……遠い昔のあどけない笑顔に似ているか。

 いや、初めてだろう。

 あれは女性的な微笑だ。子供の頃にあんな風な優しくも綺麗な笑顔を見た事はない。

 

「ありがとう……昴……」

「……ありがとう、ございます」

 

 指で涙を拭きながら頭を下げる紅葉と、少し言葉を詰まらせながら僅かに潤んだ目を隠すように小さく頭を下げる優羅。「……ああ」と頷きながらも少し気恥ずかしくなったのか昴は視線をそらしてしまい、しかしこほんと空咳をして「つけてみてくれるか?」と促してみる。

 それに従って二人はもう一度指輪を確認し、そして同時に左手の薬指に通した。

 それはこのエンゲージ・リングを受け入れる証。それぞれの指で宝石が淡く光り、彼女らの指でその存在を示す。

 昴もまた自分の左手の薬指にそれを通し、二人へとその左手を向けた。するとそれに呼応するように三人の指輪にある宝石の光が小さく明滅し、それぞれの宝石から光が尾を引き、三つの宝石の中心で交わった。

 

「……これは」

「ちょっとした祈りさ。加工してもらう前に二人の宝石に魔力を込めつつ願いを込めた。二人を守ってくれますように、ってな。……まあ、俺の力じゃその効果も微々たるものだろうが、それでも俺の持ちうる力と願いを込めてみた」

 

 サファイアの宝石とも繋がっているのは、サファイアにも自身の魔力を込めたからだ。昴の魔力に呼応し、こうして魔力の糸が繋がっている。しかしその光の力は二人の宝石の方が強い。これが昴の言う願いの力か。

 

「願い……」

「……アタシ達のために……」

 

 もう一度二人は自分の嵌めている指輪を見つめる。この宝石の光は昴の想いと言ってもいいだろう。彼は想いに応えてくれただけでなく、二人のために願ってくれた、祈ってくれた。

 この暖かな光はそのまま彼の暖かさに繋がる。こうして指輪をいつも嵌めていれば、いつでも彼の光が自分を見守り、守ってくれる。そう思うだけでまた胸が温かくなり、愛おしい想いが高まってきそうだ。

 

「……っ!」

 

 その想いが溢れるまま、紅葉は堪らず昴へと抱き着いていく。「っと」と何とか彼女を抱き留めた昴だが、胸元で泣き始めた彼女を見て、やれやれと苦笑しながらその赤く柔らかな髪を撫でていく。

 すると優羅も静かに昴の傍にやってきて二人纏めて優しく抱きしめていく。そんな彼女にも肩に手を回し、その綺麗な黒髪に指を通していく。

 三人が一緒にいる。

 それは今までと同じ事だったが、今この時よりその思いはより強くなり、結びつきも強くなった。その胸に宿る思いは温かく強く、お互いを想いあう愛おしさも今までとはまた違った意味合いも前面に出てきた事で繋がりも強くなった瞬間だった。

 

 数分後紅葉が泣きやみ、しょうがない人だ、と優羅がハンカチで彼女の涙を拭いていく。これではどちらがお姉ちゃんかわかったものじゃない。しかしこれが元来の紅葉であり、その根本で眠っていた泣き虫で寂しがりな彼女なのだ。

 そして二人は視線を交わし、小さく頷くと昴が嵌めている指輪へと手をかざす。そのまま彼の左手を二人で包み込み、瞳を閉じて静かに魔力を注いでいく。二人の魔力に呼応してサファイアが淡い光を放ち始め、静かに宝石に魔力が満ちていく。

 

「紅葉……優羅……」

 

 何をしているのかはすぐにわかった。二人もまた昴と同じように宝石へと魔力を注ぎつつ二人の願いを込めていっているのだろう。二人の宝石には昴一人の願いだが、昴の宝石には紅葉と優羅、二人分の願いが込められている。

 やがて光が落ち着き、見た目ではサファイアに変化はないようだが、その中には二人の想いが詰まっている。

 その指輪を見つめていた昴は驚いていたが、やがて優しい眼差しで微笑を浮かべた。

 

「これであたし達の願いも込められた」

「……昴がそうであるように、アタシ達もまた昴を守ります」

「……ああ」

 

 そうしてまた指輪を合わせると、さっき以上に暖かな光が繋がる。

 

「死なない、死なせない。必ず生きて帰ろう」

「うん、絶対に生き延びるよ」

「……はい。死ぬわけにはいきません」

 

 光はやがて左手を包み込み始め、混じりあい、三人の想いが流れ込んでくる。

 お互いを愛おしく思う気持ちが共有されていき、二人だけでなく昴もまた鼓動が高鳴ってきた。

 自分の胸元で涙の跡を残しながらも柔らかく微笑む紅葉。

 右肩に寄りかかりながらあまり見せなくなった微笑を浮かべる優羅。

 何故だろうか。

 見慣れた笑顔も、見慣れない笑顔も、どうしてこうも心を温かく、愛おしく思うのか。

 これが……自覚し、認めた証なのか。

 高鳴った鼓動は二人に聞こえそうな程に大きくなっているのではないだろうか。そう思うと少し気恥ずかしい。

 そんな事を考えていたが、はたと思い出した事があった。

 

「そういえば二人に、まだはっきり伝えていなかったな」

 

 こうして決意し、指輪を渡してはいたが、言葉にはしていなかった。顔を上げて昴の顔を見つめる二人を交互に見つめ、昴は少しだけ緊張した表情でその言葉を口にする。

 

「俺は――二人を愛している。一人を選ぶ事は出来ない程、二人を愛している。俺にはどちらかを切る事なんて出来なかった。……でも、だからこそ二人を幸せにしたいと思っている。三人でこの先を歩き続けたいと願っている。順番が逆になってしまったが、俺とこれからも歩き続けてくれるか?」

 

 その言葉に紅葉はまた涙を流し始め、昴の着物をぎゅっと握りしめる。

 

「うん……うん、いいよ。一緒に……ずっと一緒に……!」

「……はい、ずっと、一緒に……。もう、二度と離れたりはしません」

 

 今度は優羅もまた静かに涙を流し始め、そんな二人を昴は優しく抱きしめていった。

 

 しばらく二人は昴に抱きしめられ続けながら泣いていたが、やがてそれも落ち着いて昴から離れていく。

 

「……これが終わったらさ、父さんたちに墓参りするんでしょ?」

「ああ、そう考えている」

「……報告する事、増えましたね」

 

 村の跡地に戻り、墓参りをする事はあの時の会話で昴は話している。そしてそれを二人は聞いてしまっていた。

 報告する事は狂化竜の一件、それに勝利したことで報告する事は終わったかと思ったが、この二人との事も報告しないといけないだろう。まあ、両親らからすればようやくくっついたか、とでも言いそうな気もするが。

 とにかく両親らに報告するためにも生き延びないといけない。

 そんな決意をしていると、「……報告する事、増やしてみますか?」と優羅が控えめに口にした。

 

「ん? どういう?」

「……絶対に生き延びる、という意志を強くするために、何かもう一つ未来を考えてみませんか?」

「もう一つの未来かぁ。……もうこれしているし、思いつくのはやっぱあれじゃない?」

 

 左手を軽く挙げて指輪を見つめながら優羅の方へとみると、彼女も同じことを考えていたらしく、小さく頷いてみせる。

 

「……あれとは?」

「そりゃあれよ。あれから十年、あたし達も向こうからしたらいい歳しているじゃない」

「……普通に結婚している歳であり、早い人ですと子持ちでもありますね」

「ぶっ!? ……っ、げほ、げほごほ……っ!?」

 

 その言葉にたまらず昴がむせ、激しくせき込み始めた。「ちょ、大丈夫?」と慌てて紅葉が昴の背中をさすってやり、優羅がティッシュを持ってきてそっと差し出してやる。礼を述べながら何とか落ち着きを取り戻し、ティッシュで軽く鼻をかんで紅葉と優羅を交互に見つめ、「……気が早くないか?」と少しだけジト目になって問う。

 

「や、あたし達東方人からしたら普通じゃない。昔はかなり若い時に結婚してた時代もあったし」

「……そうですね。気が早い、という事はないかと」

「…………本当に待たせすぎたか、俺は……?」

 

 東方の歴史を思い返せば確かにそうだと昴も少し納得してしまった。しかしそれが自分に回ってくるとは……いや、二人の女性に惚れられているのだからその可能性は全くないとはいい難かったのだが、長い時間意図的にそれから思考を逸らしていたのだから仕方がない。

 僅かに冷や汗を流し始める昴の背中をぽんぽんと叩き、苦笑しながら、

 

「もちろん今すぐってつもりはないから。それは安心して」

「……ええ。ただ……もし作った場合、名前はどうしましょうか、というところから始めましょうか、と言うだけですね」

「名前、そう名前ね。今の内に考えておくってのもいいんじゃないかしら。そうするだけでも未来に思いを馳せられるし」

 

 子供をいつ作るか、というよりもいつか生まれてくるだろう子供の名前を今の内に考えるという事で、必ず生きて帰ってくるという意志の表れとする。

 三人が一緒に居られるようにする。

 両親らに報告する。

 子供の名前を考える。

 これだけ生きる理由を立てておけば、何としてでも生きて帰らねばならないと心の中で決意できる。それは強い思いとなり、未来に進める原動力となり、運命を決定づける力となるだろう。

 意志の力は運命を切り開く力と同義。二人はその意志の力を高めるためにこのような提案をしているのだ。

 

「名前……か。……俺が考えるのか?」

「うん、昴に任せようかと」

「……アタシもそう考えています」

 

 二人の言葉に「……こういうの苦手なんだがな……」と苦笑しながら軽く頭を掻く。しかし二人から頼まれては断り辛い。視線を巡らせながら名前を考える事にする。

 しばらく無言で頭を回転させて名前を考え続けた昴は、グラスを手にしてジュースを流し込み、喉を潤わせて口を開く。

 

「……男の場合は稟、俺の偽名だった空夜(くうや)、……あとは(たける)か」

「なるほどなるほど……」

 

 なかなかいいんじゃないだろうか、と紅葉が何度か頷いているが、優羅は少し首を傾げて控えめに口を開く。

 

「……武はやめたほうがいいかもしれませんね」

「え? どうして?」

「……何故かそんな気がした。アタシにもよくわからない」

 

 どこかから電波を拾ってきたらしい。ならばあまり気にせず次に進む事にしよう。

 

「女の場合は優菜、真紅、朔夜……花関連で桜、菜乃葉、百合、楓、椿あたりだろうか」

「花、多いね」

「だからこういうの苦手だと言ってるだろうに」

「……いえ、いいんじゃないでしょうか」

「あと女の子が多い。昴って、生まれる子供は娘がいいの?」

「…………そういうつもりはなかったのだが」

 

 父親というものは娘を欲しがるというものだろうか。少し恥ずかしそうに視線を逸らしつつまた頭を掻いている。しかし名前としては悪くはないんじゃないだろうか。

 彼なりに考えた名前たち。

 それが生かされるかは、この戦いを乗り越えられるかどうかにかかっているだろう。

 

「……ま、いいか。この名前たちを使うためにも、生き延びないとね」

「……そうですね。より一層生き延びなければ、という気持ちが湧いてきました」

 

 微笑から不敵な笑いへと変化して優羅が頷く。紅葉もまた不敵な笑みを浮かべており、ぐっと拳を握りしめて頷いた。そんな二人に微笑を浮かべると時間を確認し、「じゃあ風呂入ってくる」と声を掛けながら立ち上がると、二人はまた目配せし合ってどこか魅力的に微笑んだ。

 

「じゃあ」

「……お供しましょう」

「……は?」

 

 またしても驚きの言葉が耳に入り、何を言っているんだ? という風な表情で二人を交互に見やるも、二人は本気らしい。しばらく考えていた昴だったが、やがて溜息をついて「……まあ、いいか」と歩き出す。

 そんな昴に両側から腕を組み、

 

「久しぶりの三人での風呂になるね」

「……そうだな。昴、背中を流しましょう」

「あ、あたしも流したげる」

 

 そんな事を話す二人に苦笑しつつ、昴達は風呂場へと消えていく。その後は三人ともどこか子供の頃を思い返しつつ、少し色気が感じられる会話をしながら裸の付き合いをする事になった。

 

 

 ○

 

 

 一方こちらはアルテとサンが泊まっている部屋。ベッドに横たわっていたアルテはぼうっと天井を見上げていた。何か考えているわけではない。ただ何となくこうして寝転がっているだけだ。

 同室のサンは今シャワーを浴びている最中。しばらく戻ってくることはない。

 

「…………」

 

 傍らの台にはさっきまでサンと一緒に飲んでいたジュースと、摘まんでいたお菓子が盛られた皿がある。サンがシャワーに向かってからはどちらも手を出さず、こうしている。

 そんな彼女だが気になっている事が最近ある。

 それは以前自分の中で出会った金髪の少女の事。あれは一体なんだったのだろう。

 彼女は自分はアルテミスだ、と言っていたが、どういう事なのだろうかとずっと気になっていた。

 

「アルテって……なんなんだろう」

 

 自分の中にもう一人がいるなんてことはそうそうない、というのはアルテとて何となくわかっている。だからこそ自分が何なのかわからない。ゲイルは何となく察しているようだったが、それを教えてくれる事はなかった。

 言い辛そうにしているという雰囲気もあった。それもまたアルテは察していた。訊き出してみたかったが、鍛錬の事もあってなかなか言い出せなかったというのもある。

 だからこそ気になっていた。

 そして自分で考えてみているのだが、手掛かりが全然ない。

 生まれの事は前までは気にならなかったけれど……今は気になってきている。こうして決戦メンバーが集まり、人間じゃない人達が多く混ざっている事で自分もまた普通じゃない、という事を改めて自覚し始めたからだろうか。

 

「……もう一度会ったら、教えてくれたりするのかな?」

 

 ぽつり、と漏らしたその瞬間、アルテミスの世界が一瞬で変化した。

 どこまでも吹き抜ける広い草原。空には満月が浮かび、透き通っているが故に満天の星空になっている。そんな中でただ一人、あの金髪の少女が佇んでいるのだ。

 あの時と変わらず白を基準とし、花と獣の絵柄をした着物を着こみ、夜空の描いた扇子を手にして自分をゆったりとあおいでいる。

 

「呼んだかしら?」

 

 寝転がっているアルテを見つめながら彼女は微笑を浮かべてそう言った。会いたかった人物に会えた。アルテは起き上り、じっとその少女を見つめる。

 腰まで届く程の煌めく金髪、どこか落ち着きのある赤い瞳。

 そして……その顔付きはどこか自分に似ている。そう、アルテは変化しているが、その顔付きはあまり弄っていない。

 だが身長には差がある。アルテが歳の割に少し小柄なのに比べ、目の前の少女はシアンと同じくらいか、少し上くらいの身長だろう。

 そんな彼女が……自分?

 

「……ねえ」

「何かしら?」

「あなたって、本当にアルテ?」

「ええ。私はあなた、あなたは私。だから私もアルテミス」

 

 微笑を崩さないまま彼女は淡々とそう答えた。あおいでいた扇子をパチン、と閉じるとアルテミスへと向け、「とはいえ私はあなたのもう一つの意識……いうなればもう一つの可能性、とでも言うのかしら?」と左手に扇子を叩いて答える。

 それでも意味が分かっておらず、アルテは首をかしげた。

 

「あなた、自分が何者なのかわかったのかしら?」

「……わからない。アルテ、一体何なの?」

 

 本当にわかっていないらしく、小首を傾げてアルテは問う。そんな彼女を見て彼女はやれやれ、とため息をつき、再び扇子を開いてあおぎ始める。

 

「あなた、自分がどうしてあそこまで変化を使いこなせるのか、考えた事はある?」

「……ううん、わからない」

「……そう。変化っていうものはね、普通の人間がああもあっさり使いこなせる物じゃないのよ。そして魔族でも一部のものしかあそこまで使いこなせない。……でも、アルテミスは魔族の血はない。ではアルテミスは何者か。それは――」

 

 その瞬間、彼女を包み込む雰囲気が変化していく。風もないのにその金髪がざわめき始め、着物もばたばたと音を立て始める。瞳の赤が輝きだし、その赤い唇が深い笑みをたたえる。

 そして雰囲気の変化だけでなく、外見も小さくて大きな変化を見せたのだ。

 

「あ……」

 

 頭の側面から獣の耳が現れたのだ。それだけではない、腰の方からも前に見た獣の尻尾が生えてきた。金色の毛に覆われ、先が白いふさふさの尻尾。それは主に東方で生息している狐のものだ。

 

「――妖狐。普通の狐ではなく、長く生き知識と力を得た狐。私はその妖狐側のアルテミス。そしてアルテミスは銀狐と呼ばれし高い力を持つ妖狐の母を持っているのよ」

「よう、こ……」

「とはいえあなたは父親と同じ人間側の意識、と考えてくれていいわ。人間と妖狐の間に生まれた半妖、それがアルテミス。でも血統がかなり優れているからあなたは無意識に妖狐の力を使いこなせてしまうのよね。母様が銀狐という事も関係しているし、お祖父様が空狐にまで達した存在だし。……あら? お祖父様だったかしら、お祖母様だったかしら? ……まあ、いいか。確かあの方は性別に意味のない存在だったはずだし」

 

 やれやれと首を振りながらそんな事を言うが、彼女はそれをそんなに気にしてはいないらしい。すぐに微笑を浮かべてじっと呆然としているアルテを見つめ、軽く屈んで彼女と視線を合わせる。

 すると、アルテは少し震えた声で、

 

「……アルテ、人間じゃないの?」

 

 と問いかけた。

 それをあっさりと頷く事で認め、

 

「ええ。私達は人間じゃない。妖狐の血を受け継ぐ、半妖と呼ばれる種族。……がっかりした?」

 

 まるで子供に話しかけるように優しく彼女はアルテへと問う。しばらくアルテは何も言わずにぼうっとしていたが、やがて小さく首を振って「……ううん」と蚊の鳴くような声で言う。

 

「がっかり、というより……驚きが大きい、かな……。でも、何となく納得した、かもしれない。アルテは普通じゃないのかなっていうのは前から思ってたから……」

「そう。……それで、どうするのかしら?」

「え?」

「自分の事を知り、私の事を知り、それでどうするの? 力を求めるのかしら? 過去を思い出すのかしら? それとも、弄られた記憶を思い出すのかしら?」

 

 その問いかけにまたアルテは固まる。それから口元に指を添えて考え込み始めた。

 確かに自分の事や彼女の事は気になっていた。でもそれだけだ。別に力が欲しかったわけじゃないし、昔の事を思い出そうと考えていたわけじゃない。

 でも確かにそうだ。

 自分は彼女によれば記憶を弄られているらしい。

 一度目は知っている。ゲイルによって助け出された際に昔の記憶を封じ込められたそうだ。その記憶は別に思い出したくもない。何となく思い出してはいけない記憶のような気がしているのだ。実際その記憶、スカーレットの本家時代はアルテにとっては毒だろう。

 思い出すのは二度目の記憶操作によって消されたもの。

 おぼろげに思い出せる程度のものを完全に思い出してみよう。

 

「あの記憶を、思い出したい」

「そう。では問いましょう。あなたは、妖狐という存在を受け入れるかしら?」

 

 真剣な眼差しで彼女はそう問うた。

 それはすなわち自分の生まれを受け入れるのかという事。

 人間ではなく、半妖である事を、普通ではない事を受け入れるのか。

 この異質な力を受け入れるのか。

 その赤い瞳が問いかけている。

 それを真っ直ぐに受け止め、アルテは視線をそらさずにこくん、と頷いた。

 

「アルテ……生まれなんて前から気にしてないから。……うん、さっきも言ったけど驚いただけで、そうなんだって思っただけだもん。だから、半妖だなんて気にしないよ」

 

 その言葉に、彼女はふっと笑って「……あなたらしいですね」と呟くと軽くアルテの頭を撫でてやる。

 

「なら、私も力を貸しましょう」

「力を貸してくれるの?」

「ええ。これはなかなか癖のあるものでね、あなたの力だけじゃ絶対に解けないわ。……だからあなたが妖狐の血を受け入れ、その選択をしたならば、私はあなたに力を貸そうと決めていたのよ」

 

 もしアルテが妖狐の血を受け入れなかったならば、恐らく一生彼女は力を貸す事はなかった。受け継がれる血統から生み出される妖狐の力は、アルテが想像している以上にかなり強いもの。

 彼女が封印していなければ、とうの昔に朝陽らに知られてしまう程に強いのだ。そして人間側と妖狐側で人格が存在するのもまた血統によるものらしい。彼女も詳しくは知らないようだが、天弧や空狐にまで上り詰めた存在は性別が反転したりする事があるらしく、自分の性別を気にする事がなくなるらしい。

 ちなみに空狐は妖狐の中でも最高峰の存在であるとされている。その能力でいえばかの九尾狐(きゅうびのきつね)をも超えるとか。

 そしてアルテの祖父もまた大妖狐であり、彼の場合は性別ごとに人格を分けたらしく、それぞれの役割を決めて入れ替わっているらしい。

 そんな彼の血を引いているためか、母親もまた二重人格または多重人格の気があったらしい。それはアルテにも引き継がれ、彼女の場合は二つの種族で分かれてしまった。

 妖狐側の彼女は大部分の力をアルテの体の奥底に自分自身と共に封じ込め、その力の一部だけを解放してアルテへと使わせた。同時に誰にもアルテが半妖である事を知られないように封印に力を注ぎ、世界を欺き続けた。

 全てはアルテを無用な争いに巻き込ませないため。半妖、しかも力ある妖狐の娘となればその力を利用しようとするものが現れるはずだ。

 だから今もなお朝陽らはアルテが半妖である事に気づかない。気づいているのは菜乃葉、九尾、そして辛うじて風花だ。

 

「……と、軽く説明するとそういうわけよ。わかってくれたかしら?」

「アルテを、ずっと守ってくれていたの?」

「というより、自分を守っていた、という事ね。だって私はあなただもの。自分を守るのに理由は必要かしら?」

 

 澄ましたような笑顔で言う彼女に、アルテはいつもの人懐っこい笑顔を見せてぺこりと頭を下げる。「ありがとうね、守ってくれて」と伝え、右手を差し出した。「……本当に、純粋ね」と呟きながら立ち上がり、彼女もまた右手を差し出して彼女の手を取る。

 

「じゃあ力を共有しましょうか。封印は続行するけれど、あなたが使える妖狐の力は増幅するはずよ」

「うん、わかったよ」

「それに従って記憶の封印も解けていくでしょう。時が来れば唐突に思い出せるはず。心得なさい」

 

 繋いだ手から伝わってくる力。魔力や気とはまた違った力。

 これが妖狐の力だというのだろうか。

 その金色の炎のような力の波動を感じ、驚きに息を呑んでいると世界がその金色の光に覆われていき、やがて色を失ったように白く染まっていった。

 

 

「っ!?」

 

 気が付けば元の部屋。ずっと見上げていた天井がそこにあった。

 起き上ってみるとベッドの様子が何も変わっていない。サンもまだ戻っておらず、シャワー室からは音が聞こえてくる。

 一体何分経ったのだろうか。時計がないからわからない。でも、シャワーが終わっていないという事はそんなに時間が経っていないという事なのだろうか。とりあえず台に置いてある自分のグラスに手を伸ばし、ジュースを口にして息を吐く。

 

「……?」

 

 そこで妙な感覚に気づいた。

 グラスに手を伸ばしたとき、何かおかしくなかっただろうか。そう思いながら自分の手を見つめてみる。

 

「……あれ?」

 

 長い。

 腕が、足が長い。ついでにいえば、自分の髪も背中まで長くなって……毛先付近だけが金髪でその他が茶色に染まっている。

 慌てて鏡に向かってみると、自分の体が成長していた。

 いや、違う。

 これが……本来の自分の姿だ。

 普通に成長していった場合の自分の姿。彼女と同じ身長、スタイルをしているが、これこそが本来のアルテミスの姿なのだ。しかし髪の色だけは変化のままと、本来の髪と混ざり合っているらしい。

 そして瞳の色も変化のまま、碧眼になっている。

 

「……そっか。うん、これがアルテの本当の……」

 

 じっと鏡に映る自分の姿を見ていると納得してくる。ああ、これが変化を解いた場合の自分の姿なのだと。自分の心と同じ、子供の姿の自分は偽りなのだと。

 そうやってじっと鏡を見つめていると、扉を開けてバスタオルで髪を拭きながらサンが戻ってきた。そのままアルテミスの姿を見て、少し首をかしげたようだが、やがてアルテミスである事に気づくと「……どうしたのです?」と問う。

 

「……うん、ちょっとね」

 

 変わってしまったこの体を見て驚いているサンに振り返り、その胸に手を置いてちょっとだけあの笑顔をのぞかせてアルテミスは言う。

 

「これが、アルテの本当の姿、っていうのかな。今まで忘れてたけど、さっき思い出したんだ」

「……そうですか。それが、あなたの……可愛いですね」

「そう? ありがと、サンお姉ちゃん」

 

 軽く頭を撫でてやりながら褒めてあげると、あの明るい笑顔を見せてくれる。姿は変わっても中身はやはりあのアルテミスのままだ。その姿に驚きはしたものの、彼女は確かにアルテミス。

 気のせいかまた別の何かが変わっているような気がするが、……たぶん気のせいだろう。

 

「これからはその姿で過ごすのですか?」

「うん、そのつもりだよ。普段も、戦いの時も。……もう、あの姿をとることはないかな」

 

 子供の時代はもう終わりだ。

 変わるという事は妖狐の事を受け入れるだけじゃない。自分自身がもうゲイルらに依存する事もやめる。何故なら決戦が終われば彼も自分も裁判を受けるのだ。その時まで……いや、裁判が終わった後も子供のままでいるなんて、もう出来ない。

 守られてばかりの子供でいる事はもうやめる。

 自分の中にある時計の針を、動かさなければならない。

 本当に自分がどれだけ子供だったのかを、妖狐側のアルテミスと繋がった事でそれをようやく自覚した。

 この日から変わっていく。もう遅すぎたのかもしれないけれど、変わろうと決意すれば、それだけでこのように姿を取り戻す事が出来たし、視野も広がったはずだ。

 

「アルテ、頑張るよ。お兄ちゃんがいなくても戦えるんだってこと、見せてあげるんだ」

 

 それに決戦ではゲイルと離れ離れだ。彼が見ていないところでもしっかりやれる事を改めて証明してみせる。そんな決意を込めて――アルテはアルテミスへと変わる事を選択した。

 

 

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