呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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107話

 

 

 太陽がまだ昇らぬ時間帯、月は感覚を揺さぶる気配を感じ取って仮眠から目を覚ます。ベッドから起き上がって壁に掛けてあるローブをひったくり、ドアを開けて飛び出せば、同じように部屋から飛び出してきた焔と鉢合わせる。

 

「焔も感じたのかい?」

「……あれほどのモノ、感じないってのがおかしい」

 

 となれば街にいるものらも感じた者は結構いるんじゃないだろうか。ギルドも動き始めている事だろう。しかし自分達はこの力の主が誰かを知っている。ついに彼女があそこに現れたのだ。

 宿泊している部屋を出て隣の部屋へと移動し、ノックして扉を開ければ既にソファーに集まっている獅鬼と雷河がいた。入ってきた二人に続き、すぐに昴らの三人、ルシフェル兄弟ら、そしてギルドナイトチームの四人、そして暁親子と風花と続けて集まり、ここに再び決戦メンバーが集合する。

 

「さて、ここに集まったという事は、全員感じ取ったという事でいいんだな?」

「あんなもん、感じ取れねえはずもないぜ」

「あの闇……ついに動いたのか?」

「間違いないね。方角的も……逆探知をすれば間違いなく旧シュレイド城付近からあれが放たれたとわかるだろうね」

 

 そして月と獅鬼はあの解放された闇は、明らかに自分達に対する挑発なのはわかっていた。今まで隠れていたのに、あそこまで自分の存在を知らしめるかのように力を解放するという事は、彼女の方も決着をつけようとしているという事がわかる。

 ならば、それに乗ってやろうではないか。

 こちらとしても今日、この中央に混乱をもたらした長い事件を、神倉の因縁を終わらせてやるつもりだ。

 そのための準備はしてきた。

 鍵となる昴らも力を付けている。

 あとは……戦うのみ。

 

「準備はよろしいかな?」

 

 月が昴らを見回して問い、それに昴達は頷いた。彼らは私服ではなく既にハンター装備とローブを纏っている。準備は昼間に済ませてあり、もういつでも戦える状態だ。

 

「じゃあ開こう。Space control(空間、制御).Gate open(門は開かれる)

 

 部屋に空間の裂け目が生み出され、その奥にはどこまでも広がる草原が存在している。それでいて異質な空気が少しずつ流れ込んできている。これが旧シュレイド城を取り巻く闇の気配。

 しかしそれに耐えられるだけの精神力に鍛え上げられたため、昴達は少し表情をしかめるだけで裂け目を潜り抜けていく。

 改めて確認しよう。

 旧シュレイド城で戦うメンバーは昴、紅葉、優羅、レイン、サン、ゲイル、月、獅鬼、雷河、風花。昴らが先に裂け目を潜り抜けた後、月と獅鬼は残ったメンバーに振り返って「健闘を祈る」と告げ、順に裂け目を潜る。

 

 彼らは一つの戦場へと旅立っていった。

 見送った彼らは総じて硬い表情をしていたが、考える事はほぼ同じ。

 

 どうか、無事に帰ってきてほしい。

 

 そう願わずにはいられなかった。

 

 

 ○

 

 

 一方こちらドンドルマの近郊、準備を整えたハンター達が平原の奥から地響きを立てて接近してくる三つの影を見据えていた。ラオシャンロンの時よりもハンターの数は少ないが、それでも実力者たちが揃っている。

 今回もまたアプトルが何頭か用意されており、それぞれ荷車を繋いで引っ張れるようになっている。

 敵はグラビモス二頭、グラビモス亜種一頭。ハンター達には火に強い装備を整えるように伝えられ、それに従ってハンター達は火に弱い装備を纏っていない。それは熱線対策であり、少しはそれに備えなければ一瞬で終わる。

 また魔法使いも何人か顔を揃えており、熱線か来る予兆を感じ取ればそれに対する防御手段を構築できるようにしている。

 そんなハンター達の前方にはギルドナイト達が隊列を組んでいる。

 そう、ソルが率いる隊員たちだ。彼らの前、すなわち集っているハンター達の戦闘には彼、ソル・スカーレットが堂々と佇んでいる。ギルドの紋章があしらわれた紅のローブをなびかせ、接近してくるグラビモスらを見据える彼の瞳はまさに得物を前にした鷹の如く。

 レインのあの目は彼譲りのものだろう。

 

「ハンター達よ、再び訪れたドンドルマの危機に集ってくれて感謝する。敵は諸君らも見えるだろう、どういうわけかラティオ活火山よりはるばるとここまでやってきたグラビモスらだ。そして世間を騒がせる異質な力を秘めている可能性がある。心して戦ってほしい」

 

 よく通る声でハンター達に背を向けながら語りかけていくソル。その言葉をソル隊の者らだけでなく、集ったハンター達も静かに耳を傾けていた。

 

「数の上では大きく勝っているだろうが決して油断する事なく戦え。命は投げ捨てるものでも粗末にするものではない。またグラビモスの最大攻撃手段である熱線だけでなく、奴に宿る異質な力……これに一番注意する事だ。でなければ一瞬であの世行きだ。その片道切符を買う気がなければ、油断しない事……これを心に留めておけ」

 

 あらかじめこの事を伝えておくことでハンター達の頭や心に刻ませる。そうするだけで少しは生存率を上げる事が出来るだろう。

 伝える事は伝えた。

 あとは……戦うのみ!

 ソルはローブから愛用の剣、鬼哭斬破刀・真打を抜いて天に掲げる。

 

「では――諸君、戦闘開始だ!」

 

 その言葉が響いた瞬間――

 

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 地や空気が震えるほどのハンターらの鬨の声。一斉に走り出し、それに続いて土煙を巻き上げながら荷車を引くアプトルが疾走を開始する。数百メートルをものともしないアプトル単体に騎乗している者が先陣を切り、続いて荷車に乗っている重装備のハンターが荷車から飛び出してグラビモスらへと接近。

 自分達に接近してくるハンター達を見てグラビモスらも応えるように咆哮を上げ、再びドンドルマの平原は戦場となった。

 

 原種は接近してくるハンター達に突進を仕掛けていくが、亜種は最初から完全に殺しにかかってきていた。大きく息を吸ったかと思うと、口の奥が赤く染まっていく。それを見たソルが「火炎防御! 熱線が来るぞ!」と声を張り上げる。

 それに従って魔法使いが術式を展開して赤い方陣や壁が展開された瞬間、グラビモス亜種の口から熱線が射出された。大地を焦がし、空気を熱するその一撃はグラビモス亜種の首が動くにつれて全てを薙ぎ払うようにハンター達を襲う。命を等しく焼き払うそれは、魔法使いが展開した防壁によって直撃は避けられた。

 

「よし! その調子で防御は抜かりなく頼むぞ!」

 

 熱線を放ったグラビモス亜種の体から火炎ガスが放出され、ハンター達の接近を阻害する。

 グラビモス亜種は排熱能力が高まった個体であり、あの通り熱線や火炎ガスをよく放出するのが特徴だ。また防御力も原種よりも高く、グラビモス以上に武器を弾き返し、属性耐性もかなり高い。

 ソルが鬼哭斬破刀・真打を構えて内包されている雷属性を操作し、グラビモスらを捉えるように電磁網を構築する。ダメージを与えるより相手を麻痺させることに念頭を置いて調節された電磁網は、ハンター達に触れないようにグラビモスらへと伸びていき、その体を蜘蛛の巣のように絡め取って動きを封じていく。

 だが突如グラビモスらの体から放出された黒いモヤが電磁網を弾き返し、彼らを守るようにその全身を覆っていく。それを見てハンター達に驚きと動揺が広がっていく。

 しかしソルは冷静だった。

 あれこそが狂化の種から生み出された闇という事はすぐに察する事が出来た。

 

「グルァァアアアアアアアゥゥゥゥゥン!!」

 

 途端に三体同時に咆哮を上げ、耳栓系統のスキルがないハンター達はその咆哮と殺気に本能を揺さぶられて耳を塞いで立ちすくんでしまう。それにソルは舌打ちし、「止まっている奴らを後ろに下がらせろ!」と指示を出し、自ら前に出てグラビモスらの意識を引き付ける事にする。

 彼に続くように副隊長と二人の隊員が続き、それぞれ武器を構えてグラビモスの顔めがけて攻撃を放つ。

 だが狂化によって更に硬質は高まり、止まらずグラビモスは隊員へと頭突きをするようにタックルを仕掛け、もう一頭は体を捻って尻尾を振り回し、グラビモス亜種は再び熱線を放つ。

 

「炎熱障壁!」

 

 副隊長が右手を前に出して四人を守るように障壁を展開させ、その熱線から防御するも、それだけでは足りない。熱線は防げてもグラビモスらから繰り出される物理的な攻撃にはあまり効果がないのだ。

 そこで隊員の一人が閃光玉を頭上に放り、強い光が周囲を包み込んでグラビモスの目を焼く。目の前に急に強い光が発生したことで、たまらずグラビモスがたたらを踏んで動きを止めてしまう。

 

「体勢は立て直したか……ならば反撃に転ずる!」

 

 ソルの言葉に動けるハンター達が一斉にグラビモスらへと接近していく。

 隊員らも動き、先陣切るのはハンマーを持つ者らだ。硬い敵には刃は通用しない。特にここまで硬いと斬りつけても刃こぼれするだけだ。

 ではソルなどの斬属性の武器を持つ者が、どうやってグラビモスに対して有効打を与えるか。それは……属性の力を使った攻撃か気刃!

 

「アトラ、放て」

 

 鬼哭斬破刀・真打をローブにしまい、入れ替えるようにアトランティカを抜き、すぐに指令を下すように一言告げる。するとアトランティカに内包されていた水の力が溢れだし、アトランティカを取り巻くような蛇のように渦巻いて切っ先へと向かっていく。

 グラビモスの顔から腹めがけて伸びていった水の蛇は先端が鋭利に尖った刃の如く。頬から腹にかけてゴリゴリと削るように通過していき、続けて隣にいたグラビモス亜種にも襲い掛かっていく。そうやって自動的に襲う水の蛇を確認しつつ、ソルはアトランティカを構え、その場から一瞬で消える。

 

「まずは亜種から潰すぞ! 熱線を振りまかれては堪らん!」

「はっ!」

 

 ソルに続く副隊長達。ハンター達はそれぞれ二頭のグラビモスに分かれてそれぞれ戦っている。ハンマーを手にした者が頭を攻撃して眩暈状態を狙い、ガンナーが離れた所から背中を狙って状態異常の弾や徹甲榴弾、拡散弾を放って援護し、剣士はそれぞれ剣閃を放って体に傷をつける。

 だが易々と攻撃を受け続けるグラビモスらではなかった。甲殻が硬いだけでなく体力も有り余っているため、これくらいでは止まらない。ぎろりとハンター達を見回すと、何とごろんと自分から転がってハンター達へと接近を開始した。

 しかも体からは睡眠ガスを放出し、押しつぶしから逃れたハンター達を絡め取っていく。

 

「し、しまっ……あぁ……」

「くっ、ちくしょ……」

 

 想定外の行動に剣士タイプのハンター達が巻き込まれ、睡眠ガスによって強制的に眠りへと落ちていく。その事実にソルも流石に驚きを隠せず、「フォローしろ! 止まるな! 思考を停止させるな!」と咄嗟に叫んでハンター達の思考停止を避ける。

 しかしそれでも間に合わない。起き上ったグラビモスが眠ってしまったハンター達を薙ぎ払うように熱線を放出。それからハンター達を守ろうとした魔法使いが再び炎耐性の壁を構築したが、数人はその熱線に飲み込まれ、全身を焼かれてしまった。

 眠りに落ちているために悲鳴を上げる暇もない。全身を焼かれてその命を落としていった。その事に誰もが拳を握りしめ、歯噛みする。

 

「うおおおおおお!!」

 

 死んでいった者の仲間だろうか。突如二人の男達がグラビモスへと激昂して突撃していく。明らかに怒りに任せた行動だ。

 

「よせ!」

 

 近くにいたハンターが咄嗟に呼び止めるも、彼らは止まらず手にしたハンマーで熱線放出によって硬直しているグラビモスの頭を殴りつけていく。その怒りの一撃は確かにグラビモスの頭へとダメージを通しているだろうが、グラビモスは鬱陶しそうに首を振り、体を捻って尻尾を振り回してそのハンターを振り払おうとした。

 だがハンターらはそれを見切り、今度は腹下へと潜り込んでその腹を突き上げていく。グラビモスの体は確かに硬い。しかし腹は他の部位に比べて若干柔らかいのだ。またそこはダメージを与えていくと甲殻が破壊されていき、その内部にある肉を露出させる。そうなればグラビモスの高い防御能力は低下し、一気に討伐を容易なものへとさせる。

 つまりチャンスがあれば腹を攻撃して甲殻を破壊していく。そうする事で討伐時間を短縮させる事が出来るのだ。

 

「グルルルル!」

 

 かといってグラビモスもわざわざ弱点とされる腹を攻撃させ続けるはずもない。翼を軽く伸ばしつつ体を少し浮かせると、そのハンターらを押しつぶすように体を一気に沈ませてボディプレスを行う。

 それを感じとった二人だが、一人は逃げ切れずに広げられた翼に足を潰されてしまった。

 

「ぐああっ!?」

 

 その翼の重量と硬さは、いうなれば鋼鉄の塊を一気に押しつぶされたようなもの。体に押しつぶされてはその痛みを感じる間もないだろうが、翼に足を潰された事で苦痛を感じてしまった。最早逃げる事は叶わない。

 続けて放出される火炎ガスにゼロ距離で炙られ、そのハンターもまた痛みと熱さに体を蝕まれながらその命を失ってしまう。

 脱落者が次々と生まれてくる。その事実にハンター達の心に再び恐怖心が鎌首をもたげ始めた。空気が淀んできている。その事にソルはまた舌打ちしながらグラビモス亜種と戦っていた。

 

(マズイな……流れが悪い方へと……!)

 

 グラビモス亜種の放つ火炎ガスをやり過ごしつつアトランティカを振るえば、水の刃が翼を両断するように放たれ、続けて横薙ぎ、体を捻りつつ螺旋状の水の刃を作り上げて休ませる間もなくグラビモス亜種へとダメージを与えていく。

 

(亜種を抑える事で熱線を乱射させる事は防いでいるが、それでも厳しいか……っ!?)

 

 背後に殺気を感じた時、もう一頭のグラビモスが熱線を放ってきた。ソルを狙い撃ちするそれを横に跳ぶ事で回避したが、熱線はグラビモス亜種へと着弾する。しかしそれにグラビモス亜種は動じる事はなく、ソルの部下達へと攻撃しかけている。

 それはグラビモスらの炎に対する耐性が高い事が関係している。同種の熱線如きではこの体に対してダメージを与える事はないのだ。

 

「ちっ、貴様ら! このままいいようにグラビモスらに蹂躙され続けるつもりか!? 貴様らはここで終わるつもりか!? この先を生きる気はないのか!? 帰る場所はないのか!? 待っている人はいないのか!? むざむざ死を受け入れるのか! それを否定するならば、戦え! この状況、戦わずして生き残る事など出来ない。己を武を示し、竜を討ち、生を掴み取る! それがハンターという戦士だろうが!」

 

 動揺や恐怖によって若干硬直気味のハンター達に喝を入れるように叫べば、それに反応したハンター達が数人。目に力が戻っていき、周りでまだ臆しているハンター達にそれぞれ声を掛け、何とか戦闘意欲を取り戻させて再びグラビモスへと挑みかかる。

 何とかハンター達は戻ったが、流れが悪い事には変わりない。

 

「早いところ終わらせたいところだが、厳しそうだな」

 

 硬い表情を浮かべて呟きつつ、ソルはグラビモス亜種と一定の距離を保って攻撃を仕掛けていく。グラビモス亜種は目に見えて苛立ちが募っていくようだが、ソルを捉える事は出来ない。

 ただその体を水と気刃によって傷つけられ、隊員のハンマーによってその傷を広げられていく。しかしそれでは大きなダメージにはならず、グラビモス亜種はソル達へと反撃するように動き続けていた。

 

 夜明けはまだ来ない。

 

 

 ○

 

 

 ヴェルド近郊、その城塞都市の特徴である高い外壁に囲まれた街とその前に広がる草原を見つめる一つの人影があった。夜空を描く和服に身を包み、地べたに横になって頬杖をつく彼女はあの香澄その人だった。

 現在ヴェルドは厳戒態勢に入っており、外壁の上には慌ただしく走りまわるシュレイド軍の兵士達が見える。

 しかし見えるとは言っても彼女はヴェルドから数百メートルも離れており、人の姿は正確には見えないはずだ。だが彼女からすればその距離など問題にはならず、だらけたままだろうと、そのやる気のない鈍色の瞳はその兵士達の顔をしっかりと捉えている。

 どうしてあんな風に慌ただしいのかと言えば、ギルドに届けられた古龍観測隊からの緊急連絡があったからだ。

 ラティオ活火山から飛び立ったテオ・テスカトルが、ついにヴェルドへと向かってきているという報告が届けられた。また旧シュレイド城付近から突如放たれた闇の気配の事も相まって最初こそ混乱状態に陥ったが、ジュピター王の鶴の一声でシュレイド軍が動きだし、それに続いてレイン隊の副隊長らが指示を出し、ハンター達に準備せよと通達された。

 テオ・テスカトルが襲撃してくる。

 これは揺るぎない未来であり、ここに緊急クエストが発令されることになったのだ。

 しかし参加資格はHR40以上の者ら。それ以外は後方で支援に回れと通達される。どうしてそんな制限が設けられたかといえば、この戦いは数が力にならないためだ。

 敵は古龍。数で押してもあの業火が無残に焼き払ってくる。そのため戦う者らはHR40以上に限られることになった。

 ついに戦える、と血気盛んになるハンターがいれば、テオ・テスカトルと戦うのかと少し怯んでいるハンターもいるらしい。だがこれに勝利すればまず間違いなく高い報酬が手に入るだろう。

 その方面を目的としたハンターからすればいい話だ。

 また強敵を求めてここにやってきたハンターからしてもテオ・テスカトルという存在は十分強敵。集団戦になるが、それでもいい戦いが出来るだろうと期待している者もいるようだ。

 その傍らヴェルドに住まう一般人らは早朝という事にも関わらず目をさまし、ギルドナイトやシュレイド軍の誘導によって避難を開始している。その場所はシュレイド城やギルド支部、そして大部分はヴェルドの地下に造られた避難所だ。

 地上の避難所は飛竜らの襲撃によって破壊されかねないが、地下ならば地上を炎で焼かれようが、建物を蹂躙されようが影響はほぼない。とはいえ避難所の上が強い衝撃を与えられでもすれば天井が崩れる可能性があるも、良質の鉱石によって囲まれているためある程度は耐えられる。

 

「……いよいよってところだね」

 

 そんな大騒ぎになっているヴェルドを眺めながら香澄は完全に第三者といった風な雰囲気だ。それも当然だろう。彼女はこの決戦に関わる事はないと前々から口にしている。

 何が起ころうとも介入せず、傍観者に徹する。

 こうして力を抑え、気配を隠し、目の前で起こる事を眺め続けるだけ。

 旧シュレイド城にも分身が向かっており、あそこで起こっている事も見届けるつもりだ。

 そう、ここにいる彼女の存在感は全くと言っていいほどない。それは彼女がオオナズチという事もあり、気配を隠す術に関してはある意味彼女を超える者はいないだろう。

 誰にも気づかれる事なく起こるがままを見届ける。それを情報とし、気が向けば誰かに売る。それが香澄のやり方だ。

 

「Hey you! そこで何してんのよ?」

 

 だというのに、そんな彼女に声を掛ける少女が一人。この場所に似つかわしくないメイド服を身に包み、茶髪にそばかすというあどけない少女といった風な出で立ちだ。だがその言葉遣い、纏う雰囲気はそれとは正反対。

 腰に手を当ててじっと寝転がっている香澄を見下ろす彼女は快活な印象だ。

 

「…………ああ、黒陰(こくいん)か。よく、わたしを見つけ出したもんだ」

「お褒めにあずかり恐悦至極、ってね。ま、実際はあんたがまたここに戻ってきたような気がしてねぇ、ヴェルド中を探し回ってたのさ。……まさか外にいるとは思わなかったけどねぇ」

「……それはそれはご苦労様な事で。でも、それにしたって簡単に見つかる程、わたしも甘くはないつもりなんだけどね」

「ふん、気配や力を断ったとしてもあんたの力ってのはこの鼻が憶えてるさね。あと、欺く事に慣れていると、欺かれることに関しても少しは敏感になるってもんさね」

 

 とんとん、と少し高い鼻をつつきながら不敵に笑って見せれば、香澄は「……ははっ、さすが獣か」と小さく鼻を鳴らして頬杖をつき直す。

 

「それで? 白陽はどうしてるの?」

「ハク? ま、それなりに元気にしてるね。今はこの通り、クロが行動中さね」

 

 そう呟きながら何もないところから何かを取り出した。白く細長い棒に、球体の飴がくっついたもの……この世界では見慣れないであろう飴だ。べりっと包みを破き、姿を見せた緑色の飴を口に含み、舌でコロコロと転がしてやれば口から白い棒がそれに合わせてゆらゆらと揺れる。

 破いた包みはぐっと拳で握りしめ、開けば最初からなかったかのように消え去っている。

 飴を舐めつつ、今もなお寝転がり続ける香澄を見下ろす黒陰はやれやれ、と首を振ると彼女の隣に並んで腰掛け、横目で彼女を見つめて問う。

 

「で? 改めて訊くけど、こんな所で何してんのよ?」

「…………その時を待っているのよ。ついに、この時が来たからね」

「幾度なく繰り返された戦い、か。でも今回はあれらにとっては大きな節目さねぇ」

 

 この決戦に思いを賭けているのはなにも昴らだけではない。

 直接的な関わりがない菜乃葉、九尾、白皇にとってもこの決戦がもたらす影響力に注目している。そしてここに襲撃してくるテオ・テスカトルにとっては、白皇という主のためにも必ず目的を果たして見せると意気込んでいる。

 以前彼に会った香澄はその意志を知っているが、シュヴァルツに関する事などどうでもいいため、この通りいつもと変わらない雰囲気をしている。

 

「Jihad……ねぇ。よく言うもんよ。クロにゃあいつらの考えるこったぁ理解できんさね」

「……相変わらずなことで」

「それはお互いさまさね。香澄もあいつらの考え、どうでもいいんだろう? あともう一つ……どうしてそこまでだらけているのに力を維持しているのか、クロにゃそれも理解できんわ」

「…………ははっ、そりゃ商売が成り立っているからだよ。あと、わたしだっていつもこうしているわけじゃないからね。裏じゃそれなりに体動かしてるから」

「Really? 信じられないねぇ」

 

 会うたびいつもだらけている彼女が体を動かしている? 黒陰にはその光景が全く想像できなかった。また商売が成り立っているという意味は少し考えれば何となくわかった。彼女が対価として受け取っている力が凝縮された塊――風花が渡した風の大宝玉やテオ・テスカトルが渡した炎の宝玉――が彼女の力として取り込まれているのだろう。

 そちらはいいとして体を動かすだ。

 これについては問い詰めたい。

 

「体を動かすったって、何してるのよ? 誰かと戦っている、なんてことはないでしょ?」

「……ははっ、さて……どうだろうね? わたし達は時空転移が使える。なにもこの世界でやっている、とは限らないし」

「まさか、別世界で色々やってる、とか言うんじゃないだろうね?」

「……ふ」

 

 気だるげな彼女の顔にどこか冷たい笑みが浮かび上がる。この狩猟世界ではないまた別の世界。時に魔法が発達した世界、時に科学が発達した世界、時に次元を移動する事が普通になっている世界……と世界は無数に存在する。

 そんな異世界を旅してまわる事を可能になれば、誰にも気づかれずに戦っていれば実力は下がらない、という事か。それに香澄は自分の存在感を隠す事に長けている。その世界の住人にすら悟られずに行動し、戦って去っていけば問題なし、というわけだ。

 

「……それより、本題に入ったらどう? 世間話でもするためにわたしを探してたわけじゃないんでしょ?」

「……OK、じゃあずばっと訊きましょうかねぇ」

 

 コロコロと転がしていた飴を一度抜き、その青い瞳がじろりと香澄を睨みつける。しかしそれでも香澄は相変わらず横たわっているだけ。

 

「ベアトリクスとリーゼロッテ、どうやって自分の目的達成を近づけようとしてる? 今回の決戦が節目なんだろう? その割にはリーゼロッテ、こそこそと動くばかりで何もする気配がない。……それとも、もう既に何かしてるのかい?」

「さあ? どうだろうね?」

 

 くつくつと笑いながらゆらりと起き上り、軽く首を振れば紫色の髪が躍る。起き上ったのはいいが、視線は黒陰へと向けられずただ草原を気だるげに見つめるのみ。更には呑気に欠伸をし、ぽりぽりと頬を掻いてふう、とリラックスするように息を吐く。どこまでもマイペースな人だ。

 

「例え知ったとしてもどうにもならない。介入、しないんでしょ? だったらもう無意味。流れは止められない。賽は投げられてる。後は……流れと言う名の川に流されていくだけだよ」

「……そうかい」

 

 もう戦いは目前にまで迫っている。だというのにリーゼロッテはまだ潜み続けるだけ。それに彼女の主である白皇も動く気配なし。一体何がしたいのか見えてこない。

 また、彼女も人形を多用して自分の存在を散りばめているものだから困ったものだ。

 

「……ま、話は以上という事で。どうやらあっちが始まったようだからね」

「旧シュレイド城かい?」

「そう。という事で、これからは観客といこうじゃない。この状況で話をしようだなんて、無粋というものってね」

「そうかい。じゃあクロはリーゼロッテを探すとするかね」

「……そ。好きにするといいよ」

「ああ、好きにするさね。じゃあね、傍観者」

 

 そう言い残し、メイド姿の黒陰の姿が消え去るが、香澄は最後まで彼女を見ることなく佇んでいる。視線がゆらりと南東の方角や東の方角を見たりし、また大欠伸をしてごろんと横たわって頬杖をつく。

 くすり、と小さな笑みを浮かべて「……諦めの悪い奴」と誰に言うかもわからない呟きを漏らし、眠るように瞳を閉じた。

 

「さて、この世界ではどうなる事やら……」

 

 そして彼女は観戦を開始した。

 

 

 ○

 

 

 旧シュレイド城に接近する昴達の表情は暗い。ここに渦巻く闇がかなり深く、モンスターでさえ近づかないとは聞いていたが、初めてここにやってくる昴らはここまでとは思わなかった。

 一度ここに来ているレイン達ギルドナイトは冷や汗をかきながら歩みを進めている。精神を鍛えた事で耐えられるようになったとはいえ、それでも厳しい事には変わりない。

 ある程度平気な顔をしているのはやはり月と獅鬼、風花に雷河だ。特に獅鬼と雷河は何度かここに来ているため、否が応でも慣れてしまっている。

 そしてここで感じられる闇は旧シュレイド城を取り巻く闇だけではない。旧シュレイド城に潜んでいるであろう朝陽の闇もまた放たれている。

 二つの闇が混ざり合い、接近してくる昴達の精神から攻撃してくる。

 いや、意図してやっているわけではないかもしれないが……例えそうだとしたらかなり効果的だ。戦う前からもう既に昴達にダメージが与えられている。

 だが歩みを止めるわけにはいかない。

 旧シュレイド城はもうあそこに見えている。

 体に、心に押しかかる圧力に反抗し、着実にあそこへと向かわなければならない。

 

 やがて廃墟となっているその城へと到着し、その外観を眺めてみる。城の外壁はこうして存在しているようだが、その中身がスカスカだ。恐らく煌びやかであったろう城の内部はこうして破壊され尽くし、大地がそこに存在している。

 外壁の一部が破壊されているその穴から中に入ると、そこには一つの人影が佇んでいる。

 夜色のローブに身を包み、じっと旧シュレイド城へと入ってくる昴達を……いや、恐らくただ一人、月を見据えている。

 

「来たわね、月」

「……姉さん」

 

 フードの下で笑みを浮かべる朝陽を見つめる月の表情は硬いが、瞳は悲しみを含んでいた。何せこうして相対してわかる程に彼女を取り巻く闇が濃くなっている。

 またドンドルマの時にはなかったものが彼女の顔に刻まれている。

 赤黒い紋様が彼女の顔、恐らくそのローブと装備の下にもはしりまわっているだろう。彼女の闇を制御するために彼女自らが刻みつけたのだろうか。そうでもしなければ完全に制御しきれない程に濃い闇を抱えているという証明だ。

 だがそんな予想をしている月の傍ら、獅鬼は仮面の下で目を細めていた。彼はまた別の事を考えていたのだ。あの紋様には大いに心当たりがあり過ぎた。誰にも気づかれないように仮面の下で視線を巡らせ、自分達以外の気配を探ろうとしたが、どこにもその気配はない。

 ここにいるのは自分達だけだ。

 

「いよいよこの時が来たわね……観客(ギャラリー)も大勢連れてきたようだけれど、当然手出しをするという無粋な真似はさせないのでしょうねぇ?」

「……という事だ。君達は手を出さないように頼むよ。これは私と朝陽の戦いだ」

「その前に、俺様はあの人に話がある。いいかい?」

 

 ゲイルが前に出ていくと、じっと朝陽を見上げた。だが朝陽は出てきたゲイルに意識を向けるようなことはしない。

 

「おい、神倉朝陽。俺様の事、覚えているか?」

「……さて、誰だったかしら? ワタシ、興味がないことはあまり覚えない性質なの」

「そうかい。切り捨てた駒のことはそういう風にしか考えないわけだ……俺様たちは所詮、いいように扱える存在だったってことか? ……俺の両親を殺すようにそそのかし、俺を拾ったのもそういうことかよぉ……!」

「…………ふっ、どうだったかしら? ワタシを嗅ぎまわる犬は始末してきたから、覚える気なんてさらさらないわ。もちろん、ワタシを見てしまった犬も、ね。だから拾った犬も、道化として扱い、捨てたら忘れることにしているの。……わかったら下がっていろ、道化。今のワタシは、お前に構っている気はないのよ……!」

 

 朝陽の言葉にゲイルはぎりっ、と歯を食いしばる。こんなこと、予想はしていたことではないか。だが改めてそう言われれば、腸が煮えくり返る思いだ。そんな彼の肩をそっと叩き、「……すまないね、ゲイル。朝陽に代わって謝罪しよう」と小声で呟き、前に出る。

 

「君の怒りを背負い、私が決着をつけよう」

 

 そう言って出てくる月に笑みを浮かべながら朝陽はフードを取り払った。その瞬間、昴達は彼女を見て息を呑むことになる。

 朝陽は藍色の瞳をしていたはずだ。だというのに……今の彼女はぎらぎらと輝く真紅の瞳をしていた。

 その目と彼女から放たれる殺気と闇に煽られ、昴達の心は大きく揺さぶられた。それだけではない、優羅が自分の意志とは反して心が昂り、その瞳の赤が明滅し始めた。

 

(シュヴァルツの因子が……反応している……ッ!?)

 

 胸を抑えて荒い息をつく優羅に気づき、紅葉がその体を支えて背中をさすってやる。呼吸を整えながら優羅は視線を上げて朝陽をもう一度見、彼女の内側にある力を視通し、理解した。

 彼女の内部に眠っていたはずのシュヴァルツの因子が増幅して、彼女に力を与えているのだ。ただの小さな因子だったはずのそれは彼女が堕ちるたびに力を増幅させ、今ではこうしてシュヴァルツの血統と同じくらいの影響力を与えるまでになった。

 今の彼女は神倉一族であると同時に、シュヴァルツの血族であるといってもいい。

 力を追い求め、そこまで上り詰めた事に戦慄を感じずにはいられない。

 また、その藍色の髪は更に濃度を深くし、彼女の気の昂ぶりに反応するように顔に刻まれた紋様も明滅を繰り返す。その度に旧シュレイド城を取り巻く闇が彼女へと集っていき、少しずつ彼女の力を高めていっている。

 

「今日この日を、どれほど待ちわびたかしらね……数多の屈辱感じ、辛酸を舐め続け、それでもいつしか願いを叶えるためにこの道を走り続けた。狂化竜や生贄を生み出し、多くの命が消えてもなおただただ力を求め続けた。……その結果、見なさい、この力を……っ!」

 

 右手を前に出して広げれば、そこに闇が収束してどす黒い球体を作り上げる。朝陽の力と周囲の闇が混じりあったその球体は凄まじい力が密集している。彼女は即席に旧シュレイド城の闇すらも利用する事が出来るのだ。

 

「環境もワタシに味方している! 闇は……ワタシの力となる! 長き時を経て集めたこの力で、神倉月! 貴様を討ち倒す事でワタシはあのクソったれな神倉一族に対して一矢報いることになるのよ!」

「……やはり、神倉一族のルールが貴女をそこまで変えたのか、姉さん」

「黙れぇぇえ! “最高傑作”が同情などするな! 貴様はただ、ワタシと今ここで本気で戦えばいい! そう、ワタシ達は姉妹などではない。そんなものは神倉一族にとって何の意味もない! ただ結果を出せる才能を持っているか否か、それだけが存在理由! そうでしょう!? だからこそそのルールに則り、“出来損ない”と“最高傑作”としてお互い殺し合おうじゃない! 怨嗟と戦いが繰り返されたこの地でワタシ達は殺し合うのよ!」

 

 強く右手を握りしめ、作り上げられた球体を潰して彼女は吼えた。それに従って旧シュレイド城を取り囲む雰囲気が少しずつ変化していく。空気が震え、何らかの力が干渉し始めているのだ。

 獅鬼がはっとして辺りを見回すと、旧シュレイド城の外壁を取り囲むように景色が変化し始めていた。

 

(結界!? しかもこれは……空間封鎖結界か!? いかん、これでは外の気配が探れん!)

 

 結界魔法の中でも高等技術とされる魔法であり、この結界に覆われた場所は通常の世界との影響力をなくしてしまう。例えば結界内の建物を破壊したとしても、結界を解けば何事もなかったかのように破壊の跡はなくなってしまうというものだ。

 また封鎖の名がついているだけあり、術者の意志によって侵入できる者を限定する事が可能であり、それ以外の者らの侵入をほとんど許さず、また閉じ込めた者が外に出る事も容易ではない。

 結界の外から見れば何が起こっているかわからず、結界内にいる者も外で何が起こっているかわからない。

 まさに隔離された一つの空間を作り上げてしまう結界である。

 そして獅鬼が懸念しているのはこの結界の外の気配が探れないという事であり、封鎖されてしまえば新たに誰かがこの旧シュレイド城に接近したとしても気づく事が出来ないという事だ。

 しかし今ここで離脱するわけにもいかない。

 歯噛みしながら獅鬼は構築されていく結界を見届けるしか出来なかった。

 

(姉さん……)

 

 そして月は朝陽を見つめながらあの時の会話を思い出していた。

 菜乃葉が言ったあの言葉……「朝陽を救おうと思ったら、殺すしか道はない」。朝陽は言った、これから行うのは殺し合いだと。

 どちらかが生き残る殺し合い。

 自分達が本気でぶつかり合えば間違いなく死人が出る。今まで封じていた力の封印を解き、朝陽とぶつかり合う、それを彼女は望んでいる。

 

(やはり、生かしたままというのは難しい、か……)

 

 甘い。

 誰もが口を揃えて言った。

 でも、たった一人の肉親を殺すなんてこと、そう簡単に出来るものか。神倉一族は罪深い一族ではあるが、それでも生き残ったたった一人の肉親だ。父親も母親もそんなに好きではなかったが、しかし死んでしまった時は悲しかった。あの集落の中でたった一人立ちすくむのがどれだけ孤独か。ただ一族の悲願を果たす為に生まれた存在だとしても、あそこは生まれ育った場所。

 それなりに思い入れはあったのだ。

 目の前にいるのがその場所を壊し、自分を道具のように扱った一族の者ら全てを殺しつくした人物というのは間違いない。でも捉え方を変えれば、月はただ一族の悲願を果たすための道具であり、兵器である彼女を神倉一族から解放したともみれる。

 朝陽にそんな意図はなかったとしても、あの頃の月はそんな風に考えた事もあった。

 でも実際は彼女自身の恨みから一族を滅ぼしただけの話だ。月のそんな捉え方は否定するだろう。

 そして朝陽は……今はこの中央を混乱に陥れた重罪人。多くの命を奪い、ドンドルマを崩壊させ、ただ自分の願いのために闇をここまで充満させた。

 死刑は免れない。

 ならば、せめて妹である自分が引導を渡すのもありだろうか。

 ぐっと拳を握りしめながら俯き、月は唇を噛みしめた。

 

(……そうだね。私が……終わらせるんだ。元よりここで決着をつけるつもりだったんだ。ならば、私の手で姉さんの道を終わらせる!)

 

 顔を上げて月は右手を顔の前にやって指を二本立て、すっと胸まで落とした後に手を横にして今度は左から右へと動かす。指の軌跡は十字を刻み、淡く青い光が漂っている。

 その中心に握りしめた拳を置き、まるで鍵を回すように手首を返せばその光が強くなり始める。

 

「十字の紋章の門よ、今ここに開け。我が身に課せられた幾多の鎖は解かれ、その奥に眠りし力、今目覚めん。我が力よ、呼び声に応え、再び我が手に蘇りたまえ」

 

 その詠唱に応え十字の光を囲むように青い線が顕現し、更に複雑な紋様を刻むと同時にそれを抱える門を作り上げた。月の右手を中心としてその門はゆっくりと開いていき、その奥から強く眩い蒼い光が周囲に解き放たれていく。

 その眩しさにたまらず昴達だけでなく朝陽も視界を庇うように手を動かしてしまったが、同時にその光の奔流の奥に感じられる強い力に息を呑まざるを得ない。

 

「な……この力は……!?」

「なんて、すごい力だ……っ!」

「これが……月さんの……」

 

 昴、レイン、紅葉と続いてこの力の波動に驚きの言葉を漏らしてしまう。彼女から前もってその実力には封印が掛けられており、普段の力は抑えられた力なのだと教えられてきている。

 しかし彼女の培った経験と高い才能が、それを忘れさせてくれるほど自分たち以上の実力者を顕現させている。自分達が本気を出したとしても、決定打を与える事が出来ない程の身体能力を持っているのが彼女だ。

 そしてそんな彼女に並び立つ獅鬼。彼もまた規格外な身体能力を保有しているのだから、月がいつも封印を自分に掛けている事は本当に忘れそうになっていた。

 でも、今目の前に起こっているのは間違いなく封印解除。

 彼女が封じ込んでいた力を今ここに取り戻しているのだ。

 

「そう……これが最高傑作と謳われた証だ。優秀な血と才能を掛け合わせ続けた結果、幼いながらにこれに近しいまでの力を手にしてしまい、更に神倉一族のルールに則ってその力を制御し更に高めたのがあれだ。……人の身で、あそこまで上り詰めてしまったあいつは、自分がどれだけ異常なのかを幼いながらに察する事が出来た。だからこそ、神倉一族のルールに従う事を良しとしなかったんだろう。それが救いだったといえる」

 

 獅鬼が昔を思い出すように呟き始める。彼は幼い頃の月や朝陽を知っている。彼女らが生まれた頃はまだ集落に暮らしていたため、彼女らがどういう幼少期を過ごしていたのかを記憶している。

 彼もまた第三者に立ってみて理解したのだ。

 本当にあの一族は狂っていたのだと。

 あれほどの力を持つ者を生み出してしまう程に、黒龍ミラボレアスを討伐し、シュヴァルツの血統を超えてみせると意気込む者らを嫌悪したのだ。

 そんな暗い雰囲気を珍しく見せる獅鬼とは対照的に、朝陽は目の前で本気の力を解放する月を見て歓喜していた。

 

「くくく……あっはっははははは!! それでいい、それでいいのよ、月……! 貴様も本気を出さなければ意味がない! ワタシの願いに乗ってくれる事、感謝するわぁ……! さぁ、始めましょう? 最初で最後のワタシ達の本気の殺し合いを!」

「…………ああ、始めようか、朝陽。私は……あなたを――――殺そう」

 

 驚く程冷たい声で彼女はそう宣言した。それが彼女の決意の証なのか。

 その事に言葉を失う昴達に対し、朝陽も数秒驚きに言葉を失っていたが、また唇を歪めて、

 

「いいわ、来なさい、月!!」

 

 纏う闇を増幅させて自らを強化させた。

 そのあまりに強すぎる力が二つ相手へと襲い掛かるため、その力がぶつかり合う中心点は凄まじいエネルギーが発生して大地に悲鳴をあげさせる。

 それを見た獅鬼と風花は昴達に下がるように指示し、二人の戦いの影響が及ばないところまで離れなければならなかった。

 元よりこの戦いに手出しは出来ない。自分達は今はこうして観戦者とならなければならない。戦うのは、恐らくこの戦いが終わった後か、その途中で力に引きずられて乱入するであろうミラボレアスが姿を見せた後だ。

 

 これはその前哨戦。

 今、神倉の姉妹がぶつかり合った。

 

 

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