呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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108話

 

 

 札を展開した獅鬼は昴達を取り囲むように結界を張る。それに加えて風花も魔力を練って障壁を作り上げ、結界の上に重ね掛けするようにして守りを固める。しかしこれはあくまでもあの影響力を昴達に届かせないようにするための手段でしかない。

 直撃すればかなりひび割れてしまうんじゃないだろうか。それほどまで目の前で起こっている戦いは激しいものだった。

 

「放て、死翔の矢!」

 

 広げられたローブの奥から幾多もの矢が放たれ、鏃には彼女の纏っている闇が渦巻いてその殺傷力を高めている。だが月が翻したローブに張られた障壁で弾かれ、更にその翻られたローブが姿を消してしまう。

 それでも朝陽は冷静であり、死角から仕掛けられた踵落としに反応してその場から飛び退き、薙ぎ払った右腕から放たれる黒い刃で反撃した。だが紙一重でそれを飛び越えることで回避し、更に宙を蹴って一気に朝陽へと接近すると、ローブから抜いたラストエクディシスで斬りかかる。

 それを同じようにローブから抜いた闇夜剣【昏冥】で受け流し、更に左手に闇を密集させて作り上げた黒い剣を顕現させて月を横から斬りかかる。それをラストエクディシスに纏わせた光の力で相殺させようとしたが、闇の力の方が上回っており、ラストエクディシスが弾かれてしまった。

 

「光でどうにかなると思った? 残念ねぇ……言ったはずよ、環境がワタシに味方していると。これほどの闇が充満する空間、光の入り込む余地などどこにもない!」

 

 右手に闇夜剣【昏冥】、左手に闇の剣を構えるという変則的な双剣スタイルで朝陽が嗤い、距離をゼロに縮めて一気に攻め立てる。しかし月は冷静だった。懐に入り込まれれば長い得物である太刀は不利だが、朝陽の操る剣を見切る事で最小限の動きで受け流し、回避している。

 そうして耐え、生まれた隙をついて朝陽を蹴り飛ばす事で距離を離し、ラストエクディシスをしまって今度は蒼い刀身をした二振りの小太刀を取り出した。それを見た優羅が興味深そうな眼差しをした事を誰もが気づかない。

 彼女の少し熱い視線を受けて構えられるその双剣、名を蒼穹双刃という。蒼ラオシャンロンの素材から作られた龍属性の剣であり、小太刀という形状という事もあって一刀でも二刀でも心得がある者ならば容易に扱える代物だ。

 それを握りしめ、月はじっと朝陽の出方を窺う。

 

「ふっ!」

 

 だが攻撃は月の四方から発生した黒い刃によるものだった。その反射神経で狭い安全地帯を見抜いて回避したものの、その先には朝陽が出迎える。闇夜剣【昏冥】と黒い剣を以って斬りかかるも、蒼穹双刃がそれぞれを受け止め、そこから高速の剣戟が行われる。

 目で追いきれない程の速い剣戟だけでなく、二人の背後に魔力が渦巻き、援護の攻撃を構築しているようだ。だが高速で剣戟をしている最中に、あれほどの魔力操作をしている事が異常だろう。

 一体二人はどれだけの精神力、分割思考をしているというのか。

 剣を振るう事と、魔力を練り上げる事は頭を別々に働かせている。よくある例えで右手と左手で別々の事を書き進めるというものがあるが、そういう事だ。

 しかも二人はあれだけの高速剣戟をしている。相手の攻撃を見切って打ち合わせなければ剣戟は続かない。つまり相手の攻撃を捌き続けるという思考を続行させつつ、あの魔力構築を続行させているのが異常。

 

「はあっ!」

「ふっ!」

 

 一度二人は離れ、構築された魔力弾を同時に撃ち出してやり、魔力弾はお互いそれぞれ相殺し合う。続けて二人は一定の距離を走りだし、更に魔力を練って月は純粋な魔力を込めたものを、朝陽は闇を圧縮させたものを放出。

 その瞬間、空気が震えて大地が割れ、瓦礫が舞い上がって昴達にも襲い掛かってきた。

 

「きゃあっ!?」

「くっ、とんでもない魔力量……っ!」

 

 障壁と結界によって余波は止められているものの、それでもあの魔力の奔流は感じられる。今まで感じた事のない馬鹿げたその魔力量に気圧されるも、見守る事をやめることはしない。

 自分達はあの戦いを見届けなければならない。

 

「束縛せよ!」

 

 その指令に月の周りの空気が張り詰め、黒い鎖が顕現して彼女の体を絡め取る。ほんの一瞬の出来事。だがその一瞬があれば十分だった。左手に持つ黒い剣を変形させて槍とし、それを月の心臓めがけて投擲する。

 だがそれが隙となり、投擲したそのモーションを狙って左側から月が現れ、その腕を取って地面に投げ飛ばした。

 

「くっ……!?」

 

 あの鎖に絡め取られた月は黒い槍に心臓を貫かれているが、やがてそれは粒子となって消えていった。

 分身。

 いつの間に入れ替わっていたらしい。あれだけの魔力のぶつかり合いの最中にそんな事をしていたというのか。

 そんな分析をしている暇もない。地面に倒した朝陽めがけて月は右手を引き、魔力の刃を顕現させて朝陽に振り下ろそうとしている。だが朝陽はそれに抗い、左手に魔力を纏わせてそれを受け止め、足の力で月を自分の上から跳ね飛ばした。

 

戻れ(カムバック)

 

 その言葉に反応して蒼穹双刃が月の手に戻り、再びそれを構えて朝陽の出方を窺っていたが、朝陽は両手を広げてゆっくりと円を描くように動かしていた。

 ぶつぶつと耳を澄まさなければ聞こえない程何かを呟いており、何らかの術を詠唱しているらしかった。

 

「響け、怨念の声! 吼えろ、亡者ども!」

 

 ぎらり、と顔に刻まれている紋様が光った瞬間、朝陽を中心として闇が膨れ上がった。だが今までとは違い、その膨れ上がった闇には人の顔のようなものが浮かび上がり、月へと襲い掛かるように闇の奔流に乗ってやって来た。

 

『オオオオオォォォォォォン!』

 

 しかも耳障りな声を響かせている。離れた所にいる昴達でさえ聞こえる程に不愉快で耳につく声、あれがこの地で命を落とした者達の怨念の声だというのか。飛竜らの咆哮とはまた違った意味で本能に直接働きかけてくる恐怖心。

 たまらず耳を塞いでやり過ごそうとしたが、どういうわけかその手をすり抜けて聴こえる程あの声が響き渡る。

 

「な、なんなんだよ、こいつぁ!?」

「この地で死んだ者らの叫びだ! ここは闇がかなり充満しているからな、死んだ者らの魂は闇に汚染され、この地に縛られたかのように留められてしまうのが多々ある。あの世に逝きたくても逝けない苦しみ、死んだときの苦しみは継続し、それが魂の汚染を進行させ、やがて怨霊となる。朝陽はその怨霊を顕現させ、奴らの怨念を利用しているのだ! これは耳を塞ごうが頭の中に響くぞ! 何せ死んだ者らの叫びなのだからな! 心を強く持て! さもなくば、魂を削られるぞ!」

「な……冗談じゃないぞ!?」

 

 それを聞いた昴達は何とか精神を保つようにぐっと意気込んでアレを見る。怨霊達の標的は月のみ。朝陽にとって戦う相手は月なのだから当然だろう、昴達はあくまで観客なのだと認識しているのだ。

 しかし怨霊の叫びは対象を問わない。標的である月だけでなく離れた所にいる昴達をも巻き込んでしまう。

 だというのに朝陽はそんな事気にした様子もなく次の攻撃の手を構築していた。

 

「放て、死翔の矢!」

 

 再びローブを広げて数十を超える矢が放たれ、怨霊らを貫きながら月へと襲い掛かっていく。物理的な攻撃は怨霊には通用しないが、鏃に纏われた闇の影響で怨霊に干渉する事は可能だ。

 しかし怨霊もまた闇の塊のようなものなのでダメージはほとんどない。

 

「っ!」

 

 月は冷静に横を走り抜けつつ障壁を展開させて矢から身を守り、手にしている蒼穹双刃に力を注いでいる。それに従って蒼穹双刃は少しずつ蒼い光を放ち始め、内包されている龍属性が力を持ち始めている。

 

「吼えろ、怒竜(どりゅう)!」

『――――――ッッ!!』

 

 月の魔力に反応して蒼穹双刃の素材として使われた蒼ラオシャンロンの力が活性化し、蒼穹双刃から力の奔流によって形作られた影のその姿はあたかもラオシャンロンの如く。

 蒼穹双刃から放たれたその咆哮は月へと襲い掛かってくる怨霊達を吹き飛ばし、朝陽へと繋がる道を作り上げる。

 

『オオオ、オォ、オオオオォォォォォン!!』

「もう一度吼えろ!」

『――――――ッッ!!』

 

 朝陽へと接近しようとする月を止めるように怨霊達が襲い掛かってくるのだが、蒼穹双刃から再び蒼ラオシャンロンの力が咆哮を上げ、纏わりつこうとしてくる怨霊達を吹き飛ばし、月は一気に朝陽へと接近した。

 だが朝陽は笑みを浮かべるのみ。

 迎え撃つように闇夜剣【昏冥】を握る右手を引き、

 

「はあっ!」

「ふっ!」

 

 体を捻りながら月を斬ろうとするも連続して襲い掛かる剣を蒼穹双刃で捌き、背後に回り込んできた朝陽の回し蹴りを腕で受け止めたが、再度月の足元から伸びてきた束縛の黒い鎖が彼女の体を縛り上げる。

 

「今度は捕えた!」

「しかしこれくらいのものならば問題ない」

 

 己の魔力で強引に鎖を破壊して突き出してきた闇夜剣【昏冥】をぐっと握りしめ、右拳で朝陽の胸を殴り飛ばす。それを追いかけ、頭上から朝陽の腹を蹴り落とし、更に地面に倒れ伏す朝陽の体を切り裂くように足から魔力の刃を作り上げて振りかぶった。

 

「まだまだぁぁあああ!!」

 

 両腕を交差させて障壁を作り上げてそれを防ぎ、横に転がってすぐに立ち上がるとあらかじめ構築してあった術式を展開。月の周囲の空気が淀み始め、一気に頭上の空気が重みを増し始めた。

 それが何かを悟った時、「押し潰せ!」と叫ぶ言葉に従って月へと強い重圧がかかった。一定の周囲の重力を高めて対象の動きを鈍くさせる、または対象を押し潰しにかかる秘術。

 

「今度こそ捕えたわ、月!」

「ちっ……」

 

 先ほどから朝陽は月を捕える術ばかりを構築している。時折力比べをするように魔力をぶつけ合っているが、本命は鎖だったり魔力の縛りだったり、そして今の重圧だったり……確実に月を捕え、殺す事が出来る手段を作り上げている。

 力を高めた朝陽だが、本気になった月の魔力量に比べれば少ない。周りから取り入れる闇の援護がなければ力比べに勝てる程じゃないのだ。

 だからこそこうして確殺を狙う。

 再び黒い槍を作り上げると、今度は月の額めがけて投擲した。自分に向かって殺しにかかるその黒い槍を見据える月。当たれば間違いなく死に至るであろうその攻撃を昴達は息を呑む。

 手出しは出来ない。それはあの二人……特に月から止められている。

 それに周囲は昴達を守るために張られている壁がある。ここから出るわけにはいかない。

 

「……っ!」

 

 体にかかる重圧をものともせず、月は何とか顔を動かして槍の切っ先を避けたものの、頬を槍が掠めて血が噴き出した。それに朝陽はあの一撃で仕留めきれるとは考えていなかったらしく、彼女の周囲には無数の槍が顕現していた。

 

「死になさい、月!」

 

 その言葉と共に一斉に槍が射出され、動けない月に次々と突き刺さっていく。

 肩、両腕、胸、腹、足と全身を貫いていく黒い槍。顔だけは何とか庇ったようだが、それでも彼女は間違いなく貫かれていた。

 その事実に息を呑む昴らの中、ただ一人朝陽は勝利を確信して高笑いを上げ始めた。

 

 

 ○

 

 

 ドンドルマの平原、ソル率いるハンター達とグラビモスらとの戦闘は激化していた。グラビモス亜種を押さえつけていた理由として、亜種は原種よりも熱線射出の頻度が多い事が挙げられる。

 人にとって一撃必殺になり得るその攻撃をさせまいと亜種の近くにより、意識を引き付けつつ攻撃を加えていって先に討伐し、その脅威を取り除こうとしたのだ。

 だが、熱線はなにも亜種だけが使うものではない。

 原種もまた頻度は亜種に比べて少ないが、熱線を放ってくるのだ。

 

「また来るぞ! 防御!」

 

 ハンターが近くにいる術者に声を張り上げると、急いで魔法使いが術式を構築して炎の防壁を作り上げ、グラビモスの放った熱線を防御する。その隙をついてハンマーを手にしている者らがグラビモスへと接近し、顔や腹めがけて攻撃を加えていく。

 だが接近を感知すれば、グラビモスはそのハンター達を引き離すように火炎ガスや睡眠ガスを放出し、離れた所を追い討ちするように尻尾を振り回す。

 それがグラビモスの攻撃手段なのだが、狂化している影響かこの流れが普通のグラビモスよりも早い。普通ならばこの流れが鈍足であり、もう少しは攻撃するチャンスがあるはずなのだ。

 また離れた所にいるもう一頭のグラビモスが、時折こちらに向かって熱線を放ってくるのだ。その気配を察知して防御術を構築しなければ、気づかない内に熱線に焼かれてあの世行きも有り得る。

 

「落とし穴を仕掛けて爆弾だ!」

 

 基本的な事からコツコツと。再びグラビモスに隙が生まれた瞬間、一人のハンターがグラビモスの腹下に潜りこんで落とし穴をセットし、ピンを引き抜く。再びハンターが潜り込んできた事を感知し、グラビモスはボディプレスで押し潰しにかかった。

 しかし魔法使いが風を操ってそのハンターを一気に引き寄せてそれから回避させる。そしてグラビモスは自身の重量を使ったボディプレスにより、それが引き金となって落とし穴が発動。その体を地面に沈ませてしまった。

 

「ゴアアアアアッ!?」

 

 沈み込んだグラビモスめがけてハンターやアプトル率いる荷車が接近。何とか落とし穴から脱出しようともがき続ける動きを束縛するため、三人のガンナーが次々と麻痺弾を射出し、数秒後には全身に麻痺毒が回ったようだ。力が抜けたように地面に突っ伏するグラビモスがそこに出現する事になる。

 これこそ最大の好機。

 アプトルが引っ張ってきた荷車から次々と大タル爆弾、大タル爆弾Gをグラビモスの腹へと設置していき、後ろに回り込んでいたハンターも同じように大タル爆弾を設置する。

 十分に設置した大タル爆弾らをそのままにハンター達とアプトルは一度離れ、ガンナーが通常弾を撃ち出して爆弾を起爆させる。

 瞬間、轟音がその場一帯に響き渡り、その爆風によってグラビモスに多大なダメージを与えると同時に、その腹の甲殻を一部吹き飛ばしてしまう。その下にある肉を露出させながら、グラビモスは悲鳴を上げ……る事もなく、麻痺毒によって声にならない悲鳴を響かせていた。

 さあ、これでグラビモスの体力も結構削れたことだろう。そう思ったのも束の間。落とし穴から這い出してきたグラビモスが火炎ガスを放出して、接近しようとしたハンター達を寄せ付けない。

 更に離れた所を狙い撃ちするように熱線を放ってくる。これをなんとか防御し、その隙をついて背後から接近したハンマーが肉を露出している部分を狙って穿つ。強い衝撃を守っていた甲殻が存在しないため、衝撃がそのままグラビモス内部へと伝わっていく。

 だがまたガスを放出し、尻尾を振り回したり、その巨体をそのまま体当たりしたりする事でハンター達を迎撃していた。

 

「熱線が行くぞ! 気をつけろ!」

 

 その時、離れた所でグラビモス亜種と戦闘している隊員の一人が声を張り上げ、障壁を作り上げて何人かを守るが、範囲外にいるハンター達は守れない。そんな彼らは近くにいる術者が障壁を張って守る。

 そんな彼らへとグラビモス亜種が顔を振りつつ熱線で周囲を薙ぎ払い始めた。それをやり過ごしたソルはアトランティカを一度ローブにしまい、今度は角王弓ゲイルホーンを抜き、ローブから出した矢を数本番えてゆっくりと引く。

 

「行くぞ、角王」

 

 その言葉に応えるように角王弓ゲイルホーンが淡く光ると、番えている矢もまた魔力が纏われていき、勢いよく放つ。勢いよく空を切るその矢はあたかも鋭利な角のように尖った魔力が纏われ、元々持っていた貫通属性の力を高めている。

 それこそが狙い。

 あらかじめ刻んでいた傷めがけて飛翔する矢は凄まじい速さを以ってグラビモス亜種へと襲い掛かり、その傷を貫いて内部へと到達していく。肉を抉られる感覚にグラビモス亜種は堪らず呻き声を上げるが、続けて襲い掛かってくる矢にたたらを踏むだけだ。

 更にあの矢はただ魔力を角状に矢に纏わせただけではない。

 新たな矢を番えながらそれを引き絞り、ソルは一言こう告げる。

 

「爆ぜろ」

 

 その指令に反応し、グラビモス亜種の体内で留まった矢が全て爆ぜる。正しくは矢に纏われた魔力が爆発したのだ。前例を挙げるならば、優羅が狂ディアブロスに貫通弾で穴を開け、そこに徹甲榴弾を撃ち込んだ状況と同じである。

 体内で力が爆発する感覚にグラビモスは悲鳴にも似た呻き声を漏らしてしまう。その隙をついて隊員が腹下に潜りこんで「セット、A1から3!」と指示を出してローブを広げれば、そこから大タル爆弾が順番に飛び出して設置されていく。

 その仕事を終えると今まで引き絞っていた矢を解放し、爆弾を起爆させる。またしても爆音が響き渡るものの、それはグラビモス亜種の甲殻を破壊するには至らなかった。

 

「やはり硬いな。となれば、角王、ブースト1」

 

 ソルの言葉に従い、角王弓ゲイルホーンの纏う力の流れに変化が生まれた。ソルの纏わせる力にも反応し、高め合い、新たに番えた数本の矢に影響を与えていく。纏われた魔力の形状は再び鋭利な角のようだが、その色合いは先ほどと比べて赤みが増している。

 この技術は妻である天音から教わった物だ。というより、東方における一部のハンター一族に伝わっている技術とされている。

 東方では武器に使われた素材に宿る竜の意思や、因子に纏わる力を扱う技術がある。中には竜の力が秘められている宝玉などから力を取り込み、行使する一族がいるという噂もあるほど、東方には稀有な力を持つ一族が存在する。

 天音は武器に眠る力を引き出させ、所持者の気と同調させる技術を扱える。ソルはそれを教わり、自分がよく使い、馴染む武器に対して完全に気を同調させることを可能としている。

 だがこれを行使できるのは低くて上位、普通はG級以上の武器と防具だ。使用された素材の竜らが強くなければ、使用者の気に応えてくれない。だが竜が応え、同調したならば、武器の力をより強く引き出した威力をぶつけることが出来る。

 放たれている力の奔流に気づいたグラビモス亜種が振り返ってくるも、ソルはそれを射出する。すると顎から貫通していく度に纏われた魔力が小さな爆発の連鎖を引き起こしていく。

 そのまま狙い通りに腹へと届き、亀裂が入っている部分に次々と入り込んで爆発を起こし、その亀裂を広げて中にある肉を露出させていく。

 とどめとなるのが先ほどと同じ。

 

「爆砕せよ」

 

 言葉は違うが効果は同じであり、同時に威力を高めてある。突き刺さった矢全てが先ほど以上に強い爆発し、今度は亀裂を完全に破壊し、甲殻を吹き飛ばして肉を露出させてしまった。

 これでグラビモス亜種もある程度は討伐が楽になるか。

 そう考えながら次の矢を番え、残っている甲殻の破壊に取り掛かる。だがグラビモス亜種はソルに向かって大きく息を吸って熱線のエネルギーを集め始めた。しかし正面から狙われてはこちらとしても打つ手はある。

 素早く矢を放つと、それはグラビモス亜種の口内へと侵入し、「爆ぜろ」と命ずれば溜まっていたエネルギーと反応し合ってグラビモスの喉で爆発を起こした。

 

「ゴアアアアアアアッ!?」

 

 口から血を噴き出しながら悲鳴を上げるグラビモス亜種。そんな隙だらけなグラビモス亜種にソルは接近し、一度角王弓ゲイルホーンをローブへと仕舞い込むと再びアトランティカを抜いて気を纏わせる。

 怯んでしまっているグラビモス亜種の懐に潜り込むと、下段に構えていたアトランティカを一気に振り上げ、纏われていた気に呼応して増幅されていた水の刃がグラビモス亜種の腹へと襲い掛かった。

 

「水竜刃ッ!」

 

 振り上げたアトランティカを体を捻りつつ引き、一太刀浴びせた事で更に傷が広がった腹へと穿つように突き出せば、腹から尻尾へと一気に貫通する勢いで水竜を形作った水の刃が走り抜けた。

 水の力というものは馬鹿に出来ない。その圧縮された水の力は鉱物ですら切断する力を持つ。またその強い水流は物質を強制的に押し流すだけの力も存在している。

 アトランティカから放たれたその水竜はその両方の力を保有していた。先端が傷口を貫く刃となり、続けて襲来する水竜の体が周りの亀裂を押し潰し、掻き分けていく。

 

「更に……螺旋水竜刃!」

 

 割れていく甲殻を更に破壊するように、渦を巻きながら中心から周囲を吹き飛ばしていく斬撃。しかも破壊だけでなく水竜全部が刃となっているため少しずつグラビモス亜種の体内へと侵入していき、傷口からは水を含んだ血が噴き出してくる。

 地面に向かって流れ落ちてくる血を眺めつつアトランティカを構えなおす。何とかソルに対して一矢報いようとするグラビモス亜種の下から離れつつその足を斬り抜け、大地に沈んだグラビモス亜種に振り返る。

 だが死んではいない、アレはただのボディプレス。

 あの隙をついて副隊長をはじめとした者らが一斉にグラビモス亜種へと接近し、攻撃を仕掛けていく。そんな彼らを見つめつつ、アトランティカから鬼哭斬破刀・真打へと持ち変えたソルは、鬼哭斬破刀・真打の力を高めるように気を込めていく。

 

「轟け、真打」

 

 その一言に応えるが如く、鬼哭斬破刀・真打に内包されている雷属性が力を高めていき、空気を震わせてバチバチと音を立て始めた。そんな鬼哭斬破刀・真打を握りしめ、鞘に一度収める。

 今もなおグラビモス亜種を引き付けてくれている隊員達の動きを見守りつつ、ソルは腰を低くして居合いをする構えへと移行していく。公式の太刀の長さのため、通常の刀よりも居合い斬りをするには難しいが、慣れたソルはまったく淀みない動きで身構え、脱力していく。

 対照的に鬼哭斬破刀・真打は鞘の中でその力を増幅させていき、鞘にまでその雷の力を伝えていた。通常そうなってしまえばソルは感電してしまうだろうが、ソルの手に嵌めているグローブと身を包む制服は特殊加工している絶縁性のため、ソルに感電する事はない。

 

「グォォォオオオオアアアアアッ!!」

 

 いいようにされているグラビモス亜種は怒りのあまり咆哮を上げるも、隊員達はそれに恐れず動き続けている。お守りと装飾品として音無Gなどをつけて耳栓スキルを発動させたり、風を操作させたりして咆哮の影響を受けないようにしている。

 殺気は当然鍛え上げられた精神で受け流している。

 だがグラビモス亜種はそれでも咆哮を上げ続け、副隊長らを威嚇し続けながら力を溜めていた。再度口にエネルギーを集めて熱線を放つ準備をしているのだ。

 しかし副隊長がそれを阻むように閃光玉を後ろに放り投げ、強い閃光に目を焼かれてグラビモス亜種がたじろいでしまった。

 その隙をつき、完全に準備を整えたソルがその鷹の目でグラビモス亜種を睨み付ける。

 

「雷竜――」

 

 脱力から生み出される瞬発力は凄まじい。その瞬きするに等しい一瞬でソルは再びグラビモス亜種の懐に入り込み、鞘の下で高められていた力を解放するように一息で鬼哭斬破刀・真打を抜き取った。

 

「――閃斬!」

 

 鬼哭斬破刀・真打による物理的な斬撃だけで終わるはずもない。

 刹那、刀身から伸びた爆発的な力を持つ雷の刃が鬼哭斬破刀・真打が斬っていく部分を穿ち、貫通し、その肉の内部の奥の奥まで一気に焼き切っていく。それは肉だけでなく内臓までも瞬間的に切り裂き、先ほどのアトランティカが斬った部分すらも追撃を入れていく。

 この間、僅か一、二秒。

 グラビモス亜種の体を横から通過するだけでこれほどの一撃を与えてしまった。

 

「グ、ゴ、オォ、オオオォォオ…………」

 

 高い防御力を誇るグラビモス亜種だが、それは外殻部分のみ。堅牢な砦や城壁と揶揄される高い防御力は、あくまでその体を覆う甲殻や重殻によるものだ。その鎧を剥いでしまえば、それに守られている肉が露出し、残念ながらその肉……鎧に守られているその内部はそれほどの防御能力を持っていない。

 だからこそグラビモスとの戦闘はいかに素早くその腹の甲殻を破壊するかによるとされているのだ。破壊すれば討伐時間が早まるとはつまりはそういう事である。

 内部の防御能力が低いからこそ、ソルのこの一撃は一瞬でグラビモス亜種の命を奪に等しい物だった。

 チン、と軽く音を立てて鞘に収められる鬼哭斬破刀・真打を握りしめ、背後でその身を完全に横たえるグラビモス亜種を感じながらソルはもう一頭の獲物を見据えていた。

 

「次はあのグラビモスだ。ついてこれるか、お前達?」

「はっ! まだ我々は戦えます、隊長!」

 

 爆弾で腹を破壊されたグラビモスとは別のグラビモスが次の標的のようだ。

 時折もう一頭のグラビモスを助けるように熱線を放っているあのグラビモスは寄ってくるハンター達をものともせず、しっかりと迎撃して自分のペースを乱していない。どうやらなかなか出来る個体らしい。

 

「では、行くぞ! 早急にこの戦いを終わらせるのだ!」

 

 先陣切ってグラビモスへと疾走していくソルを追うように、隊員達も各々武器を構えて後に続く。グラビモス亜種という強力な飛竜と戦った事で疲労を感じているだろうが、彼らの表情にそれは浮かんでいない。

 周りにいるハンター達の士気を低下させないための心得だろう。自分達がへばっているようでは示しがつかないのだ。

 だから彼らは毅然としたまま次の戦いへと移行していく。

 

 地平の奥から少しずつ光が差し込み始め、夜明けはもう間もなく訪れる。

 戦いは、まだ終わらない。

 

 

 ○

 

 

 全身を黒い槍に貫かれた月を見て昴達はただ息を呑むしか出来ない。

 手出し無用、と言われていたが、あれを見てもそれが出来るかどうかと聞かれれば心が迷うというものだ。

 あの月が負けた。

 あの月が……地に膝をつけてあれだけの負傷をしている。

 それが信じられない。

 思わずレインやサンが飛び出そうとしたが、「うろたえるな!」と怒鳴るような声で獅鬼がストップをかける。その強い言葉に思わず立ち止まり、全員の視線が獅鬼へと向けられる。

 

「まだ死んでいない。あれくらいでは月は死なん。それに急所は全て回避している。問題ない」

「そ、そんな……あれだけ槍が突き刺さっているのですよ? 負傷は大きいのでは……」

「…………確かに大丈夫そうだ。あれは、まだ戦える状態」

 

 サンの言葉を否定するように優羅がその赤い目で月を見つめながらそう言った。彼女の目は月の生命力を視通しているらしい。しかも人体の急所を把握しているため、それを視界に照らし合わせて視たらしく、獅鬼の言う急所を全て回避しているという言葉も真実だと認識した。

 そしてそれは朝陽もわかっているだろう。

 しかしそれでも、自分の攻撃であの月が膝を折っているという状況に笑いが止まらないらしく、ニタニタと笑みを浮かべながらゆっくりと月へと歩み寄っていく。

 それでも月は動く気配はない。

 今もなお黒い槍にその身を串刺しにされたまま、膝を折り続けているのみ。

 そんな彼女の近くまで寄った朝陽は再び黒い槍を作り上げ、重圧の影響外から直接自分の手で月に引導を渡そうとしたその瞬間――

 

「――――捕えた」

 

 微かな声で月がそう呟き、朝陽ははっとして足元を見た。

 そこには蒼い魔力で練られた鎖が朝陽を縛り上げようとせり上がっていくところだった。

 

「っ、月……!」

「今のこの傷はあなたの怒りの傷。しかとその身に刻みつけた。さあ、次はどんな傷を私に刻みつけるのかな? ……それとも、そうするだけの戦術はもうないのかい?」

 

 垂れ下がった前髪の下から睨み上げる月の視線に一瞬気圧されかけたが、朝陽は歯噛みして自分を縛ろうとする鎖を強制的に解こうとする。だが月の力で練り上げられたその鎖は容易に解けはしなかった。

 その対照的に月は串刺しにしている黒い槍を全て吹き飛ばして粒子へと変えてしまった。続けて自分を押し潰し続けている力に抗うように、体に力を入れてぐぐっとゆっくりと立ち上がっていく。

 

「……(ブレイク)。その術式を破壊せよ」

 

 立ち上がってもなお自分を押し潰そうとするその術を、黒い槍を吹き飛ばした魔力を再度使用して朝陽が構築した術式に干渉して魔法そのものを打ち砕く。強引な方法だが、これによって重圧はなくなった。

 その事実に朝陽は笑みを浮かべつつも、歯噛みするという相反する感情を顔に浮かばせながら月を睨み付けた。

 

「さすが……馬鹿魔力。憎らしい程に凄まじい力で無理やり破るか……! ふんっ!」

 

 ようやく鎖を破壊して自由を得たが、自分を束縛したのはあれを破壊するだけの時間稼ぎだというのは間違いない。月に負傷を与える事は出来たが、状況はほぼふりだし。

 彼女から立ち上る力の奔流は先ほど以上に高まりつつある。時間が経つにつれて封じられていた力が更に湧き上がりつつあるようだ。眠っていた力が次々と月の奥からせり出してきているらしい。

 朝陽もまた周りの闇を利用して戦っているものの、朝陽が口にした通り月のあれはまさに馬鹿魔力。

 

「貫け、轟雷!」

 

 練り上げ、収束させた闇の魔力を使って空を走り抜ける凄まじき黒い雷を放出するが、感知した月が同じように掌に収束させた魔力で雷を顕現させて射出する。

 再び二人の魔力に加えて雷がぶつかり合い、その激しい力のぶつかり合いで生まれた余波が周囲に放出されて瓦礫を巻き上げていった。

 そう、また力と力によるぶつかり合いがここに行われている。交わった雷と雷による閃光、爆発、更に余波。周囲に凄まじい勢いで影響を与えているぶつかり合いの最中、朝陽はぐっと歯噛みしていた。

 

(うずく、うずいている……体が……)

 

 力を完全に制御していると思ったが、どうやらまだ足りないらしい。戦いで使い続けている闇の力の影響で体が少しずつ痛みを発し始めていた。元よりこの体は高い才能を保有していない。そんな体に数百年の時を使って無理やり詰め込み続けたのだ。

 アキラの力を取り込んだ瞬間、完全に朝陽の器を超えるだけの力が溢れかえり、今まで取り込んだ魂を使って予備の器を作ったりしてやり過ごしてきた。しかし月とのぶつかり合いの余波で朝陽の体に再度影響を与え始めたのだろうか。

 器がミシミシと音を立てて亀裂を刻み始めたのかもしれない。

 このままでは戦いの途中で力が……せっかく集めた闇の力が消えてしまう。

 

(負ける……? また、負けるというの……!? 冗談じゃない……ワタシはまだ、終わらない……ッ! こんなところで終われるかああぁぁぁッ!!)

「はあああああああッ!!」

 

 両手を勢いよく振りかぶれば雷が作り上げる閃光が周囲を呑みこんで目くらましさせる。その隙に朝陽は動いた。咄嗟に目を閉じてその強い閃光の影響を逃れた月は、鍛え上げられた感性で朝陽がどういう行動をとっているのかを探る。

 動く力は……三つ。

 どうやら分身を作り上げて三方向から攻撃を仕掛けようという試みらしい。

 だがそんな手段など前に見ている。再度蒼穹双刃を手にして月はその場から飛び出し、三方から強襲しかけてくる朝陽から一旦距離を取って目を開く。

 そんな彼女に一人目の朝陽が闇夜剣【昏冥】で斬りかかるがそれを受け止める。弾き返して背後から斬りかかってきた二人目の剣を受け止め、体を回転させて二人を同時に斬り払い、三人目からの攻撃を飛び退く事でやり過ごす。

 しかしそこに四人目が現れ、その手に再び現れた黒い槍で背後から心臓めがけて突き出してきた。それもまた分身だが、闇に溶け込ませる事で認知され辛くさせつづけたらしい。実際その姿は明らかに暗い色に染まっている。

 だがそんな小手先では月を殺せない。半身ずらしてそれを回避し、蒼穹双刃で切り裂いて消し去る。

 

「吹き抜ける嵐」

 

 右手に持つ蒼穹双刃で朝陽らを指さすと、突発的な強風が発生して朝陽を呑みこんだ。しかもその風には真空の刃が混ざり、縦横無尽に朝陽の体を切り裂いていく。

 それから逃れるため朝陽は空間を超えて移動し、強引に月の背後へと回り込んだ。この手段は最初に月が見せたものと同じだ。そのまま月の首を落とす勢いで闇夜剣【昏冥】を振り下ろすも、当然読み取っていた月が蒼穹双刃で受け止める。

 そのまま朝陽へと振り返りつつもう一振りの小太刀で斬り、朝陽も再度左手に黒い剣を顕現させて受け止める。

 

「……まだ続行するつもりかい?」

「当然でしょう……!? まだ、決着はついていない!」

 

 剣戟を再開しながら月はじっと朝陽を見つめている。

 彼女は気づいていた。過ぎた力が朝陽の体を蝕み始めている事を。明らかに自分の持つ力の限界を超えているという事は最初からわかりきっていた事であり、それでも朝陽が力を振るうという事は、彼女の体を自分で傷つけることに同義。

 だからこそ朝陽はさっさとケリをつけるために月を捕える術を使い、確殺を狙っていた。その狙いは外れ、こうしてまだ戦いは続行されている。

 

「ふっ!」

「…………」

 

 空いたわき腹を狙って闇夜剣【昏冥】で斬りかかるもそれを防ぎ、同時に片方の蒼穹双刃で朝陽の体を斬る。胸を切り裂く一撃に軽く朝陽から血が噴き出るが、それに怯む朝陽ではなかった。

 舌打ちしながら剣を打ち合わせて月を斬ろうとするも、全て月の操る蒼い小太刀、蒼穹双刃によって防がれる。

 

「ちっ……!」

 

 一度距離を取る朝陽だが、それを許さず月が追いすがる。だがそれを狙って朝陽は下がった勢いを利用して一気に接近し、低い体勢から伸びるように闇夜剣【昏冥】を振り上げて月の首を刈る一撃を放った。

 

「ッ!?」

 

 意趣返しの一撃は月の髪を切り払うだけに留められた。

 何とか反応した月が顔を引いた事で、黒い刃から首を守る事が出来たのだ。だがそれが隙となり、更なる追撃を朝陽に許す事になる。

 振り上げた闇夜剣【昏冥】に続くように体を捻り、振り上げた足に魔力の刃を纏わせて月の体を両断する一撃を放つもそれも更に後ろに下がる事で回避され、ならばと彼女を追う魔力弾を数十形成して一斉射撃。

 だが一瞬で作り上げられた障壁によってそれは阻まれ、無力化される。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 届かない。

 さっきは決まったかと思ったが届かなかった。

 

(体が……くそ、足りない? 闇の力はワタシに味方している。身体能力も引き上げられている。だというのに……届かないというの……!?)

 

 身体能力でも朝陽は月や獅鬼には遠く及ばない。そんな彼女が月とあれだけの剣戟を行う事が出来たのも、闇の力を体に浸透させて強化させているからに他ならない。

 狂化の種にも含まれた強化の術式を組み込んであるのだ。

 これによって身体能力が高まるだけでなく、闇を受け入れられるだけの体を作り上げていた。これがなければ朝陽はとうに倒れ、動けなくなっている。そして月との剣戟もたった数合で終わっている。

 しかし、それでも本気になった月には届かない。

 

「くそ、くそくそくそくそ……!」

「…………」

 

 悪態をつく朝陽を月は無表情に見つめている。普段の友好的な彼女はどこにも見当たらない。そこにいるのは恐らくただ一人の戦士としての神倉月だ。

 憎々しげに月を睨み付けていた朝陽は何の策もなく右手を振り、再び魔力弾を作り上げると月へと再び撃ち出していく。またしても障壁によって阻まれるかと思ったが、今度は何の防御も取らず月はその全てを受け止めた。

 その事に朝陽だけでなく見守っていた昴達も驚きを隠せない。

 

「…………」

 

 黒い槍に串刺しにされた傷はもう血を流していないが、それでも傷跡は刻まれている。そこにまた魔力弾が襲い掛かり、しかも今度は顔にまで被弾している。ダメージはなかなかのものだろうが、月は倒れることなく堂々とその場に立っていた。

 

「これがあなたの悲しみの傷。しかとこの身に刻んだ」

「……ッ、うおおおおおおおおお!!」

 

 淡々と口にする月にとうとう苛立ちも最高潮になったらしく、容赦なく黒い刃を作り上げて朝陽は一気に射出する。それを見てもなお月は表情を変えずに迫ってくる刃を見据え、両腕で顔を再び庇ってその全てを受け止める。

 魔力弾と違い今度は体を切り裂き続ける攻撃だ。その痛みも先ほどまでの比ではない。だが彼女はぐっと堪えるように歯噛みしてそれを耐えきり、また無表情に口を開く。

 

「……これがあなたの憎しみの傷」

「どういうつもり……!? そんな無抵抗に受け止め続けて、ワタシを憐れんでいるつもりか!?」

「違う。あなたのその溢れる感情を受け止めているだけさ。あなたはもう、長くは戦えない。……そうだろう?」

 

 月の言葉に朝陽は苦い表情を浮かべ、ぎりっと奥歯を噛みしめる。見抜かれていないはずがないとはわかっていたが、実際に言葉にされて悔しさが滲み出たのだ。

 自分の体は長く持たない。あと数分戦えればいい、というぐらいにまでガタがきはじめている。

 

「ならば、あなたがその溜めこんだ負の感情を吐き出し、私がそれを受けとめる。あなたをそこまで堕としてしまった私の罪の証として」

「……贖罪のつもりかしら?」

「自己満足だと嗤うだろう。でも、それでも私は責任を感じているんだよ。あの優しかったあなたが、そこまで狂い、堕ちてしまった事を。あなたもまた力と言う名の欲望に身を任せてしまった罪は私にある」

 

 だから、と月は決着をつける前に朝陽の溜めこんだ負の感情を一度受け止めることにした。だがそれは朝陽にとっては余計なお世話だ。月の言うように彼女の自己満足でしかない。

 

「ふざけるな! どこまで愚かな女なの、貴様は!? ワタシの望みは貴様との殺し合い! ただ私の力を無抵抗に受け止め続けてもらう事ではない!」

「でも、あなたも感じ始めているはずだ。私には、まだ届いていない事を」

「……ッ!?」

 

 最初こそ月に届いたと感じた朝陽ではあるが、時間が経つにつれて自分の体がその力に耐えきれなくなっていくのを感じた。そうなるにつれて縮まった月との力の差も、再び開き始めているのを実感していた事だろう。

 だからこそ焦りと苛立ちが募り始めた。それを感じとらない月ではなかった。

 

「姉さん――もう、終わりにしよう。投降してほしい。でなければ、私はあなたを殺す」

 

 そう宣言して朝陽の周囲に自分がそうされたように魔力の刃が取り囲まれる。朝陽が逃げる隙間もない程に顕現した刃の切っ先は朝陽へと向けられ、月の命があればすぐに彼女の体を串刺しにするだろう。

 その流れに朝陽は拳や体を震わせ、怒りと屈辱によって表情を歪ませる。その度に顔に刻まれた紋様が明滅し、彼女の周囲の空気がゆっくりと淀み始めた。彼女の気の昂ぶりに反応して彼女を中心として渦を巻き始めている。

 

「……とう、こう……? ワタシが……? …………は、はは、ハハハハハ……そんな事、すると思っているのかしら、月……?」

「……出来ればそうしてほしい」

「……そんな事、願い下げよ……ッ! そんな事をするくらいならば、ワタシは貴様を道連れにあの世へと逝く事を選ぶ!」

 

 そう叫び、両手を前に出して渦巻いた闇を操作し、月へと何らかの魔法を行使させようとした。それに呼応するように彼女の顔の紋様が一際強く輝いたのを見た月は、ぎりっと強く歯噛みして右手を振り下ろす。

 その瞬間蒼い刃の群れは獲物(朝陽)へと一斉に襲い掛かり、彼女の体を串刺しにしていく。

 

「が、は……っ」

 

 月が串刺しにされた時以上の刃で体中を貫かれた朝陽は空気と共に血を吐きだし、力なく膝を折る。まず間違いなく致命傷に近い負傷。

 その傷をつけたのが月だ。彼女は自分の意志で朝陽をそうまで至らせた。

 

 だが、事態はここで変化を見せた。

 

 あの紋様の光は収まる様子を見せず、朝陽が操ろうとしていた闇が勢いを増して彼女を中心として渦を巻いていくのだ。しかもその闇はこの旧シュレイド城を取り囲む全てがこの場へと集まりだし、その濃度をどんどん高めていく。

 明らかに異常な事態。彼女の操り損ねた力が暴走を開始したのか、と月や風花が辺りを見回し始める。

 戦いはもう決着がついた。すぐに周囲を囲んでいた障壁や結界を解き、二人の下へと近づこうとした瞬間、次なる異変が発生した。

 今までその存在を感じさせなかった旧シュレイド城の魔法陣が、急激に力を蓄えてその陣形の光を放ち始めたのだ。その光は赤黒く、朝陽の顔に刻まれている物と同じ光である。

 

「ガ、ア、アアァ、アアアアアアアアア!?」

 

 紋様と魔法陣が共鳴し始め、それに従って朝陽の口から声にならない悲鳴が響き渡る。その体が痙攣し始め、たまらず地面に倒れ伏すがそれでも痙攣は収まらず、周囲の闇も勢いを増していくばかり。

 

「な、なんだ……これは……!?」

「姉さん、姉さんッ!?」

「ちぃ……これは、まさか……!?」

 

 事態の流れがつかめない昴達、姉の様子が急変して彼女を呼ぶ月、そしてこの事態の変化がどういうものであるかを察した獅鬼が舌打ちして辺りを見回し始める。

 前まであった魔法陣がなりを潜めていたというのに今こうして力を発揮した事、朝陽の顔に刻まれたあの見覚えのある紋様、そして今この状況。

 

(全ては……奴の掌の上で踊らされていたという事か!)

「ク、ァアアッ、ヴァアアアアアアァァァァァァ!!」

 

 まるで獣のような咆哮と共に、朝陽の体から凄まじい力の奔流が天へと昇り、それに付き従うように旧シュレイド城の闇もまた空高く舞い上がっていく。それは朝陽が張った結界を強引に打ち破り、その空に吸い込まれていった。

 結界が解かれたことで周りの景色が見えるようになり、破壊されていた大地も元通りになっていくが、そんな事はどうでもいい。

 あの空へと消えていった闇。

 これによってあの長年消える事がなかった旧シュレイド城の闇が、綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。淀んでいた空気がなくなり、精神にのしかかる程に不愉快なものが完全に消滅している。

 わけがわからないこの流れが理解できず、昴達は唖然とするしか出来ない。

 そんな中、月は朝陽の元へと駆け寄り、彼女の容体を確認しようとした。だが、それを止めるように一つの気配が突如旧シュレイド城の城壁の上に現れる。

 その凄まじい力の奔流。

 眼下にいる昴達を見つめるだけだというのに、ただそれだけで全てを圧倒しかねない程の力を感じさせる。

 

「……全て計画通り。よくぞ踊り続けた、愚かなる者達よ」

 

 黒いローブを身に纏うその男は淡々とそんな事を口にする。

 対する昴達は突然現れたこの男が一体何者かわからない。そもそも一体どこから現れたというのだろうか。

 

「出やがったな……ジン」

 

 そんな中ゲイルは声で彼が朝陽の仲間の一人、アキラである事に気づく。ゲイルの言葉に昴達もまたそれに気づき、それぞれ臨戦態勢に入る。

 

「どういう事か訊かせてもらおうかねぇ。しかもなんだそのローブ? お前のローブは銀色じゃなかったかぁ?」

「……ふん、あれは用済みというものよ。なにせそこに転がっているものに殺されたからな」

「殺されたぁ? 何を言っていやがる」

 

 その事にアキラはくつくつと低く笑い始めた。

 まるで出来の悪い者らを見下すかのように、ローブの下で光る蒼い瞳でゲイルを見据える。

 

「最後まで貴様らは気づく事がなかったという事よ。朝陽もまた気づかなかった。あれで我を殺し、我の力を得たと勘違いする程にな。それこそが我の最後の布石という事にその最期まで気づく事はなかった。……クックック、“出来損ない”は所詮“出来損ない”というわけだ」

 

 空気が震える。

 天上で闇が消え去っていった部分から何か嫌な気配が近づいてきている中、アキラはまるで演説をするように語り始めた。

 

「そもそも、我は常にこうして素顔を隠し続けていた。貴様らが我が我だと認識する要素は声、体格、力……それだけだろう? ならば、替え玉を用意する要素はある」

「替え玉……まさか、てめぇ……!?」

「クックック、あれは我の替え玉よ。……そう、貴様らとずっと行動し続けていたアキラ・ジン・ウェスタンという名を持つ生贄だ。あそこで朝陽に殺されるまでの間、貴様らと共に行動するだけの存在。それがあれだ」

 

 その言葉の羅列に違和感を覚え、昴達は怪訝な表情を浮かべる。

 そう、それではまるで……

 

「貴様、よもや変化の術で誰かに自分の姿を投影させていたというんじゃないだろうな!?」

「違うなぁ、レイン・スカーレット。我がそいつの姿を真似ていただけの話だ。あれは奴の本当の姿。時折我が入れ替わって行動していたが、大抵の場合は奴が道化、貴様らと共に行動していた」

 

 フードの下でまた笑みを浮かべてやれやれと首を振るアキラは「なかなか面倒だったぞ?」と苦労話をするかのような雰囲気を纏い始めた。その頭上ではゆっくりとなにかが起こっているというのに、それを気にした様子もなく話し続ける。

 

「我の力を投影できるだけの高い才能を持つ竜人族を捜し、じっくりと洗脳し、我が使える駒するのに数年。長かったものよ。だが、時間をかけた甲斐はあった。こうして朝陽を生贄に、こうして奴が来るのだからな」

「生、贄……?」

 

 月はそこで倒れている朝陽を見て呆然と呟く。

 そんな彼女へと「そうだ」と肯定し、アキラは倒れ伏している朝陽を指さしてにやりと笑みを浮かべた。

 

「あの駒に仕込んだ最後の布石。朝陽はやがて我の力を奪うであろうと予測はしていたからな、駒には仕込みを行っていたのだ。それは力を奪った際に朝陽の中へと入り込み、その時が来るまで隠されるようにな。……一つ、闇を制御する効果と錯覚させた呪印。我と闇の力はあの“出来損ない”に扱いきれるものではない。故に力が取り込まれた後、それが安定させるように呪印をゆっくりと体に刻み込ませていったのだ」

 

 あの時の朝陽は気が昂っていた。冷静さなどどこにもない。だからこそ付け入る隙があったのだ。この力を安定させる効果があると錯覚させ、納得させられるように呪印を刻ませていく事が第一の効果。

 

「そして二つ。朝陽が瀕死になる事でその封じられた効果を解放させる。朝陽の狙いは月、貴様と殺し合う事だ。故に月が殺す、または時間をかけて朝陽が自滅する……そうなった場合隠していたその効果を発動させ、呪印とここに仕込んだ魔法陣を連動させてやる。……そう、朝陽の命を生贄に、朝陽の力を連動させて旧シュレイド城の闇と怨念を全て利用して、奴を()ぶ!」

「っ!?」

 

 月が朝陽を瀕死状態にさせる事すらもアキラの計画の内だというのか!?

 その事に月は驚きに息を呑んだ。いや、それよりも……朝陽は……死んだというのか?

 自分が手に掛ける覚悟があったとはいえ、あの時は間違いなく生きていた。それが……訳も分からないままにアキラにいいようにされて死んだ?

 そこで倒れている彼女からは呼吸の様子はない。先ほどまで刻まれていた命の鼓動も弱々しくなっていき、何より……何より――

 

 ――そこにいる者からは魂の気配がほとんどない。

 

 彼女が吸い尽くしていったはずの魂も……ない。そこにあるのは魂を失った抜け殻。

 神倉朝陽であったものだ。

 

「クックック、愚かなものよ。叶いもしない願いにしがみつき、もがき、足掻き続ける弱者。決して“出来損ない”が“最高傑作”に勝てるはずがないというのに、いいように踊り続けた愚か者。それが朝陽……一番の道化よ」

「……っ、貴様……!」

「クク、何を(いか)る? 貴様を超える事を目標とし、多くの命を奪いし重罪人、それが貴様らの認識だろう、月よ。死んで同然の者ならば、せめて意味のある死を与えてやった我に感謝してほしいものだが?」

 

 そう言って彼は天を見上げる。そこにはいつの間にかうっすらと亀裂が刻まれていた。先ほどから感じる嫌な気配はその亀裂の向こう側から感じられる。

 その亀裂に覚えがある月ははっとしてアキラへと視線を移し、「まさか貴様は……!?」と呟き、咄嗟にローブの中に手を入れた。

 

「やはり気づいたか。当然だな? 何せ貴様は一度この場であれを見たのだから」

 

 大仰に手を広げながらそこから現れるであろう存在を迎え入れるようにアキラは「そう! 我は奴にもう一度会わねばならんのだ!」と高らかに叫ぶ。

 決してこの世界に再び現れてはならない存在。

 しかし今日この日、奴はその願いを裏切ってここに降臨する。

 それは揺るがない未来。

 アテナ王女が視通した未来。

 ならば今ここで朝陽が死ぬ事も決定した未来であるという事なのか、と月は屈辱に表情を歪める。自分が手をかけていようが、朝陽が自滅しようが、彼女はこうして生贄に捧げられ、アキラの手によってアレを呼び寄せる。それが決定した未来……!

 

「そう、再び奴はここに舞い降りる! さあ、貴様らも見届けるがいい! ……そう、四季! 貴様も見届けるがいい! 貴様がどれほど手を回そうが、我はこの結果を導いた! クッハハハハハ、我の勝利は揺るがなかったようだなぁ?」

「…………」

 

 アキラは獅鬼を名指して高笑いをし始めた。その事に昴らだけでなく月も驚いた顔で獅鬼に振り返った。一同の視線を受け止めながら獅鬼はゆっくりと前に出、月の右後ろからアキラを見上げる。

 その仮面の下でどのような表情を浮かべているのかはわからない。だが、今彼は不機嫌だという事は月には感じ取れた。

 

「……勝利? まだ終わっていない、これはまだ戦いの前哨戦だ」

 

 亀裂から黒い両手が這い出て一気に横へと引き裂き、そこから一気に強い力の奔流が流れ込んでくる。それに従って空間の裂け目を中心として再び世界は塗り替えられていく。

 見る者を不愉快にさせる色合いが空を覆い尽くしていき、裂け目は両腕と力の奔流によってその穴を広げていく。

 その奥から金色の瞳が蠢き、ぎろりと下界にいる者らを見回した。

 昴達が今回のハンター、そして獲物か、とその瞳が問いかけてくるかのようで、知らず本能が恐怖に一瞬震えあがった。

 

「強制的に月と朝陽の因縁を終わらせおって……しかも朝陽を生贄にだと? どこまでも腐った性根をしているものだな?」

「それが我だ。我が我である限り、我は変わらぬよ」

「……そうだな。貴様がそうである事は昔から変わらない。……だからこそ、貴様は生きていてはならない存在だ」

 

 その言葉と共に獅鬼から強い覇気が放たれ、アキラへと襲い掛かるがそれをアキラは涼しい顔で受け止める。

 同時に裂け目を潜り抜けて奴がついにその全身をこの世界に出現させた。

 全ての光を吸い込むほどに深い漆黒の鱗に覆われ、四足を持ちながらも同時に翼を生やし、四つの角をもつその龍種。

 世界は既にあの不愉快な空に塗り潰され、それがあの空間封鎖結界と同等のものである事に昴達が気づく暇もない。それ以上に目の前でゆっくりと舞い降りてくる存在の方が重大だ。

 ついに、ついに現れたのだ。

 よもや空間の奥から現れるとは思いもしなかった。

 それ以上にあのアキラが奴を呼び寄せるなど誰が想像しようか。

 

 伝説の黒龍ミラボレアス。

 

 それがこの旧シュレイド城に降臨した。

 

「グルァァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 響き渡るミラボレアスの咆哮に気圧される暇もない。臨戦態勢に入らなければならない、という思いのままに昴達はそれぞれ得物を抜く。

 そんな最中にミラボレアスから吹き抜けた力の奔流と、獅鬼が放つ覇気の空気から生み出された風が城壁の上に立つアキラのフードを吹き飛ばす。それによって彼の素顔をその場にいる者らに見せつけられることになる。

 そこにあるのは三十代前半の男性の顔付きをした竜人族。月や獅鬼、朝陽と同じく蒼い髪をし、蒼い瞳をするその風貌。そんな特徴をし、なおかつこれほどの力を放つ存在。

 ミラボレアスが降臨しているという状況で上手く頭が働かない昴達の頭でも、彼がどういう血族の生まれなのかが何となく察する事が出来た。

 

「あの時宣言したとおりだ。今日ここで我らの一族の負の遺産、オレの手で始末してくれようぞ」

「出来るのか、貴様に? 貴様もまた一種の“出来損ない”だ。そんな貴様が、我に勝つと言う幻想(ゆめ)現在(いま)もなお抱き続けるか? 愚かなものよな、神倉四季」

「その傲慢、すぐに屈辱に塗りつぶしてやろう。貴様はここで死ね――」

 

 そして決定的な言葉が獅鬼の口から放たれる。

 

「――神倉羅刹ッ!!」

 

 

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