呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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109話

 

 

 地平の奥から太陽がその姿を現しはじめ、世界に暖かな光が差し込んでいく。それによって遠くの空の様子が少しずつよく見えるようになってくる。

 しかしそこに集まっている者らにとってはそうでも、数百メートル離れた所で寝転がっている香澄にとってはあまり関係がない。彼女の視界には二つの景色が見えている。

 一つは今こうして眺めているヴェルドの景色。

 時間が経つにつれて準備を整えたハンター達がこうしてヴェルドの外へと出てきてその時を待っているのだ。テオ・テスカトルは今もなおこのヴェルドを目指して飛行し続けている。

 数十分前に届けられた古龍観測隊からの情報により、あと少しでその姿が視認できる領域まで到達するだろうという予測が立てられている。

 そのため出てくるハンター達の数は急激に増加している。

 その中には当然ライム達の姿もあり、少し緊張した表情でその時を待っている。

 もう一つの光景は旧シュレイド城。

 朝陽が倒れ、乱入者が登場し、何よりミラボレアスが降臨していくその流れまで全て見えている。それを気だるそうにしながら無言で眺め続け、ふぅ、と物憂げな溜息をついて一度起き上って左右に首を傾け、ぐっと伸びをする。

 

「……変わらない、か。うん、あっちは全く変わらない。問題は生き残れるかどうか、だけれどね」

 

 そう呟きながら南東の方角を見やると、遥か彼方の空から一つの影が接近してくるのを視認した。それを確認して香澄は小さく唇の端を歪めて軽く手を振って一升瓶を取り出す。

 グラスを用意する間もなく蓋を開けて一気にラッパ飲みするようにぐいっと瓶を傾け、四分の一ほど呑み干すとぷはぁ、と大きく息を吐いて口元を拭う。

 

「……いらっしゃい、炎耶。こっちもいよいよ戦闘開始ってね。せいぜいあの(ひと)の思惑通りに踊ればいいよ。……うん、みんながみんな、踊り続ければいい。わたしはその演舞をこうして見届けてやるからさ……」

 

 ぐいっと瓶をグラスのように掲げて乾杯でもするかのように揺らし、自分はこの世界で踊る役者ではない事を口にする。誰が脚本を書き、それに従って誰が役者となって動き、踊り、この演舞を盛り上げているのか。

 それぞれが自分が脚本家なのだと自称しているようだが、こうして観劇している側に立てばいかにそれが滑稽な事かわかる。

 この演舞を肴に、自分はただ呑み続けよう。

 香澄の観劇はまだ続く。

 

 

 一方こちらライム達。ハンター装備を身に包んでこうして外に出てきたが、この数十分間テオ・テスカトルを待ち続けるだけだった。各々緊張感は保っているが、携帯食料や飲み物を口にしたり、友人や仲間と雑談したりして時間を過ごしていた。

 そんなライム達の装備している防具を見ていくと、大部分に変化はない。

 ライムはレウスSシリーズ、シアンはレイアSシリーズ。

 クロムはリオソウルUシリーズ、セルシウスは修復されたシルバーソルシリーズ。

 だが桔梗とアルテミスはいつもの装備ではなくなっている。桔梗のゲリョスSシリーズ、アルテミスのフルフルSシリーズは火属性に弱く、これではテオ・テスカトルを相手にするのに厳しいのではないかと別の装備に切り替えていた。

 桔梗は以前討伐したキリン、ライトニングの素材を使用したキリンSシリーズ。これが装備といっていいのかという程の露出の高い装備ではあるが、キリンの力が全身を巡り、包み込んでいる為に見た目以上の防御力を誇る一品だ。

 しかしそれを身につけている桔梗はかなり艶めかしい。ゲリョスSシリーズはその体のラインがわかるものだったが、キリンSシリーズは彼女のその素晴らしいプロポーションがこうして見てわかるのだ。

 時折他のハンター達がちらちらと桔梗に視線を向けているが、その度クロムが威嚇するように視線を巡らせて封殺する。

 ちなみにスキルは以前掘り出した護石の効果も相乗し、全耐性+1、属性攻撃強化、ガード性能+1となっている。

 続けてアルテミスだが、これは彼女の兄みたいな存在であるゲイルの仮の姿の装備だったデスギアシリーズ、しかもそれの上位版であるデスギアSシリーズだった。

 少し成長した姿をしたアルテミスに合わせて調節された、その死神の如きデスギアSシリーズ。スキル調整も行って心眼、状態異常攻撃強化、回避性能+1となっている。

 そして撫子はネブラUシリーズ、花梨は東方で作られたゴールドルナシリーズだ。東方と西方ではレウス種の特徴が多少異なっており、それによって作られた防具の外見や発現するスキルも変化が見られる。このゴールドルナシリーズもまた然りだ。

 スキル調整によって激運、破壊王、精霊の加護、底力+1を発動させている。

 最後に焔とサラ。焔は通常のアイルーの姿を取っており、地べたに座り込んでいるサラにもたれかかって休んでいる。

 この八名と二匹が昴達の中から選出された防衛メンバーだ。

 

「テオ・テスカトルについて改めて確認しようか」

 

 クロムが周りにいるライム達へとそう話だし、ライム達は視線をクロムに向けて話を聞く体勢になった。

 

「知っての通り、テオ・テスカトルは古龍種に分類される飛竜よりも上の存在さ。保有する力は炎。奴は常に炎の鎧……通称龍炎を纏い、接近するだけでその熱で体力を奪われてしまう。もちろん奴のブレスも炎であり、それは一種の火炎放射。リーチが長いから離れたからと言って安心するな」

「で、何より気をつけるんが粉塵爆発やな。翼にはきめ細かい塵があってな、テオ・テスカトルはそれを周囲にばら撒くんや。ほんで十分ばら撒いた後に牙で着火させて周囲を爆発に巻き込んでしまうんやな。その範囲は散らばった粉塵の距離で決まる。テオ・テスカトルの周囲やったり、かなり離れた所やったりな。当然威力もやばい。ウチらが使う大タル爆弾を周囲に一気にばら撒いてるもんやって考えてもろてもええくらいや」

「もちろんその身体能力だって侮れないぜ。古龍だけあって鍛えられた体はかなり硬い。そう簡単には傷はつけられねえだろうな。口に収まらない牙による噛みつき、鋭利な爪での切り裂きと、手に炎の力を纏っての熱波を含んだ切り裂きと選択肢もある。更に尻尾もしなやかな鞭でありながら硬えもんだから当たり所が悪かったらやばい」

「でも一番やばいんは突進やな。竜種でありながら四足の獣と同じようなもんやからな。クシャルダオラも同じような骨格やけど、突進能力は恐らくテオ・テスカトルの方が上や。ロックオンされたらかなりの追尾力で一気に撥ね飛ばされる。気ぃつけや」

 

 途中花梨も混ざって説明に入り、テオ・テスカトルの特徴、攻撃能力を次々と挙げていく。それを聞くたびライムとシアンの表情は少しずつ曇っていき、アルテミスも地面に座ったまま少し体を左右に揺らしながら聞いた特徴を頭に思い浮かべている。

 変化がないのは腕を組みながら佇むセルシウスと、にこにこと笑いながら静かに聞く撫子。そしてサラにもたれかかって聞いている焔だ。この三人はいつも通りといってもいい様子であり、特に硬くなっている様子はない。

 

「今回は集団戦。攻撃のチャンス、戦況は目まぐるしく変わるかもしれねえ。だからこそ気をつけろ。奴は距離を選ばない。油断せず、気をつけて戦ってくれ」

「はい!」

 

 ライム達が返事するとクロムと花梨は小さく頷いた。

 しかし花梨はいいとしてクロムはどうしてテオ・テスカトルについて詳しいのだろう。古龍種に分類されるテオ・テスカトルはなかなか姿を見せない。その凶暴性からドンドルマなどに時折現れては襲撃を加えていく古龍種として知られてはいるものの、やはり戦闘する機会はそんなにない。

 その事をライムが訊いてみると、

 

「ああ、昔一度だけ親父とお袋と一緒に討伐クエに参加したことがあるんだわ。とはいえあの頃は俺も未熟だったからな、離れた所で二人が戦っているのを見ているのがほとんどだったな。でもこういう機会はそんなにないからって、テオ・テスカトルの動きとか特徴とか見て覚えろってんで、参加したんだよ」

「父さんと母さんが……」

「ま、実際はあの二人余裕で倒しちまったけどな。なんでもまだ若い個体だったからそんなに難しくなかったらしいぜ。……それでも十分脅威的な力を持ってるっていうのにな、さすがは親父とお袋さ」

 

 その実力、G級と言わしめた夫婦にかかれば若い古龍などどうという事はないらしい。しかしそれでもクロムの勉強時間だけは与えたらしく、十分クロムがテオ・テスカトルの特徴を覚えたと感じた瞬間、遊びは終わりだとばかりに一気に討伐しにかかったとか。

 そういうわけでクロムはテオ・テスカトルの事を知っている。

 花梨も昔一度だけ砂漠で相対したことがあるらしいが、討伐まではいかなかったそうだ。その高い生命力から火力の高い武器や、優れた人材を揃えなければ討伐する事が難しいのが古龍種。

 一チーム四人が古龍のクエストを受注した場合、大抵はリタイア、運が悪ければ死亡。

 勝利したとしても大抵は撤退、討伐まで持って行けるのは高い実力を持つハンター達のみというのが現実である。

 この事からクロムとライムの両親が、いかに優れたハンターである事かが窺い知れるというもの。

 

「グルル……」

「……来た」

 

 不意にサラと焔が南東の方角をみやり、一点を睨みつけるようにしながらゆっくりと立ち上がる。その様子にクロム達も雰囲気を悟り、それぞれ雰囲気を更に硬くする。

 二匹だけじゃない。ハンター達の中にも感じ取れる者は感じ取ったらしく、同じように南東の方角へと視線を向けた。

 すると、少しずつ何かが見えてくるようになった。小さな影だったそれはどんどん大きくなり、それが何かわかった瞬間、ハンター達は一斉に臨戦態勢に入った。

 そんなハンター達を見下し、空中で停滞した奴はゆっくりと数メートル離れた場所へと降下していく。鈍い音を立てて着地した奴は金色の瞳を動かして集まっているハンター達を見回すと、低く唸りをあげて一点を見据えた。

 そう、それはライム達。

 真っ直ぐにライム、クロム、セルシウスを睨み付けている気がした。

 

『いるな、シュヴァルツの血統よ』

「っ!?」

 

 頭の中に響くような声がライム達に感じられた。他のハンター達に変化はない。

 つまり、自分達を狙って放たれたテレパシーか。古龍種というだけあって高い力を保有うするとこの技術が使えるという事か。

 以前ならば驚いただろうが、今は風花という知り合いがいるためそう驚きはしない。またあの時戦ったキリンもまた自分達と会話する事を可能としていた。今のは突然自分達に話しかけてきた事に対する驚きだ。

 

『ならばいい。悪いが、死んでもらうぞ』

(どうして俺達を狙う? 前に戦ったキリンの知り合いか?)

『キリン? ……なるほど、ライトニングか。あれと戦い、ここにいるという事はライトニングに勝った、とみていいか。少しは出来るようだ。だが、それもこれまでだ。儂を前にして逃げずにいる事は褒めてやろう。しかし――』

 

 その瞬間、テオ・テスカトルを纏う空気が一気に重くなり、加えて温度が上昇していく。奴が纏う龍炎が目視できるほどまでに勢いを増していき、荒れ狂い、猛々しく燃え上がっていく。

 そんな龍炎を纏いながらテオ・テスカトルは悠然とハンター達へと歩き出す。

 威風堂々。

 その言葉が似合う程に凛々しく、王者の雰囲気を感じさせるほどの歩み。顔を上げ、のしのしと歩く様はテオ・テスカトルが王である事を示す程に様になっている。

 

『――この炎耶が全てを灰塵へと帰してやろうぞ! 我が業火に抱かれたい者から前に出ろ!』

 

 どんっ! と右前足を強く踏みしめながら牙を打ち鳴らした瞬間、いつの間に翼から零れ落ちていた塵がテオ・テスカトルの周囲で一斉に爆発し、その中でテオ・テスカトルが開戦を告げる咆哮を上げる。

 それに負けず劣らない鬨の声をあげながら腕に覚えがあり、テオ・テスカトルの咆哮でも心を折られなかったハンター達が一斉に走り出していく。

 

「無理はするなよ。最初は奴の動きを観察しつつ覚えろ」

「……それに、どうもあいつ、きな臭い。またしても面倒なことになりそうだな」

 

 それぞれペイルカイザーと黒刀【参ノ型】を抜きながらクロムとセルシウスが言う。それに頷き、ライムは轟剣【虎眼】を、シアンは封龍剣【超絶一門】を抜いて身構える。

 

 観戦者が見守る中、ヴェルドの草原はついに戦場となった。

 

 

 ○

 

 

「神倉……羅刹、だと?」

 

 その名前が信じられない、とでも言うようにレインが呟く。

 神倉羅刹。

 その名前は神倉一族の事を知っているならば、月と同じく頭に思い浮かぶ名前だ。神倉一族が生み出した初代最高傑作であり、様々な功績を生み出し、黒龍へと挑んだハンター。しかし彼でさえも黒龍を討伐する事は出来ず、敗れ去ったと伝えられている。

 そう、敗れたのだ。

 

「バカな、神倉羅刹は……敗れたはず。生きているはずが……」

「クックック、それは固定概念というものだな、レイン・スカーレット。どうして敗れる=死亡と考える?」

「公式記録で神倉羅刹は死亡しているとある! 死体だって確認されたのだ! だからこそ神倉一族は……」

「なるほど。だが、その死体ははたして真実か?」

 

 その言葉にレインは気づいた。

 先ほども彼は言ったではないか。替え玉を用意し、朝陽はその替え玉を殺して彼が死んだものと認識した、と。

 

「我はこうして生きている。……そう、ミラボレアスに敗れ、屈辱にまみれながらも替え玉を用意し、我は裏に潜んだ。再びこうして表に出、我が目的を果たす為にな……!」

 

 ぎろり、とそこにいるミラボレアスを睨みながら羅刹が拳を握りしめて言う。ミラボレアスも金色の瞳を羅刹に向け、何の前触れもなくその口を開いて羅刹を撃ち落とすかのように火球を放つ。

 だが羅刹はそこから姿を消し、ミラボレアスの胸へと体を回転させながら放たれた回し蹴りを放ってやる。その瞬間、凄まじい打撃音を響かせてミラボレアスの体が吹き飛んだ。

 あのミラボレアスの体がたった一度の蹴りであそこまで吹き飛んでしまった。しかも着弾点の鱗は亀裂が入り、一部の鱗は砕けて僅かに肉を露出させている。一つの門を超え、奥の城壁まで吹き飛ばされたミラボレアスを背に、羅刹は薄く笑いながら獅鬼を睨む。

 

「我が死んだと思ったあれらは愚かにも超えるべき相手、シュヴァルツの血を取り込み、第二の最高傑作を作り上げようとした。クク……力を求めるのは結構だが、よもやシュヴァルツを取り込むとはな。我からすれば下卑た考えよ。その瞬間、神倉はシュヴァルツに負けたと言っているようなもの。……月、だから我は貴様という存在を許さん。貴様が我の上をいっているという認識を決して許さない」

 

 こうして二人が対面するのは初めてだ。月は羅刹が敗れた後に誕生した存在。だから出会う事などなかった。ただ話に聞いていただけの存在であり、世間では月と同じく崇高な存在、優秀なハンターと伝えられているため、多少は自分と同じような人なのだろうかとも考えた事もあった。

 しかし現実は違った。

 彼もまた神倉一族。彼らのルールに従い、彼らと同じ思考回路をしている。いや、もしくは彼ら以上に性質の悪い思考回路なんじゃないだろうか。

 彼が纏う雰囲気はただの強者というだけのものじゃない。

 自分こそが優れた存在であり、その他は全て劣っているという程の絶対的な自身と見下す精神を感じる。特に自分に向けられるその殺意は底知れない。初代最高傑作と言うだけあり、内包する力は確かに凄まじく、だからこそ二代目という存在を許さないのだろう。

 

「一度貴様を殺しに向かった事があるが、そこな男に邪魔されてな。そいつがあまりにも必死なものだからやる気が削がれ、方針を変更させてもらった」

「獅鬼が……?」

「……ああ。その時に羅刹と出会った。オレも当時は驚いたものだ。あの神倉羅刹が生きているだけでなく、それが月を殺しに来るのだからな。だが、そのおかげで理解した。こいつは生きていてはならない存在だと」

「クックック、積もる話もあろうが、そう悠長にしていていいのか? 奴は貴様らを殺すぞ?」

 

 その言葉にはっとしてミラボレアスの方を見やれば、崩れた瓦礫からミラボレアスが起き上り、羅刹らへと咆哮を上げて翼を広げている所だった。その事に舌打ちし、月は倒れている朝陽へと意識を向けて彼女の体を浮かせ、自分の下へと引き寄せて抱きしめる。

 その間に獅鬼が羅刹へと飛び出し、羅刹もまた笑みを浮かべながら後ろへと下がり、二人はそのまま戦闘を開始する。残ったメンバーが門の奥へと移動し、それぞれミラボレアスの様子を窺う。

 先陣切ったのは風花と雷河であり、それぞれ風と雷を纏ってミラボレアスへと突貫していく。それに続くように角竜鎚カオスレンダーを握りしめた紅葉、白猿薙【ドドド】を構える昴、ゲキリュウノツガイを手にしているゲイルと順次ミラボレアスへと向かっていく。

 だがそんな彼らに外から邪魔が入った。飛来してくる銃弾が昴とゲイルの進路に割り込み、それに気づいた紅葉がはっとして止まり、銃弾が飛来した方向を見上げて息を呑む。

 そこには黒いローブに黒装束を纏った何者かが城壁の上に三人佇んでいた。それぞれボウガンを手にし、銃口を昴達へと向けている。

 

「何者だ!?」

「…………」

 

 レインが問うも三人は何も言わない。そうしている間も風花と雷河がミラボレアスへと攻撃を続け、奴の意識を引き付けている。門の向こう側では獅鬼と羅刹が激しい戦闘を続け、月は朝陽の遺体を安全な場所まで移動させていた。

 ミラボレアスがすぐそこにいるのに、この状況でまた新たな敵。恐らくあの羅刹が個人的に抱えていた味方だろうか、とゲイルは推測している。じっと三人を睨み上げ、その様子を観察し、「おう、お前らジンの……あの神倉羅刹が裏で動かしていた奴らかぁ? そう……例えばドンドルマで俺様を攻撃した奴さぁ」と問う。

 そういえばあの時現れた黒装束。確かにあの時現れた時に纏っていた服装とあの三人の服装は一致していた。

 

「……ええ、確かにあの時貴方を襲ったのは私ですよ。生き延びていた、というのは驚きでしたけどね、我が主の意向により、貴方達は今日まで生きながらえる事が出来ました。……しかしこれまでです。我が主の目的のため、貴方達にはここで死んで頂きます」

「残念だねー。君達は生贄にされちゃうんだよ」

「正しくは力の糧になるといったところですね。感謝するといいですよ。貴方達の犠牲は、意味ある犠牲となりますから」

 

 三人はそれぞれフードの下で薄く笑いながらそんな事をいう。共通するのは昴達の死であり、それはあの羅刹にとって得となる。

 考えられるのは先ほどの朝陽と同じか。彼女もまた力を利用されてしまい、あのミラボレアスを呼び寄せる鍵となった。一体何故ミラボレアスを再び呼び寄せつつ、獅鬼と戦っているのかはわからないが、いずれミラボレアスを単騎と討伐するためなのだろうか。

 それにしてもあの三人の喋り方……声の感じ……なにやら覚えがある気がする。

 すると優羅が素早くカクトスゲヴェーアを構えるとその内の一人へと通常弾を射出し、その速さに反応出来なかった一人はフードを弾き飛ばされてしまう。

 その下から現れたのは金髪の少女。弾き飛ばされたフード側の右目を瞑り、赤い左目で優羅を睨むその顔は、昴達だけでなくレイン達もよく知っている人物だった。

 しかしここにいるはずがない。

 彼女は――死んだのだから。

 

「せ、セレナ……」

 

 ドンドルマの一件で死んだはずのギルドの受付嬢、セレナがそこにいた。

 だが……昴達は驚きながらも頭のどこかで理解した。あの時ギルドナイトに発見され、供養されたのもまたセレナの姿をした偽物なのだと。でなければ今あそこにいるセレナは……幽霊という事になってしまう。

 そしてセレナは三姉妹の長女。ならば隣に並ぶ二人の姿も自ずとわかる。

 

「……ならばそこにいるのはエレナとアリスか?」

「ふっふーん、そうだよ」

「……くす」

 

 昴の問いかけに二人はフードを取り払いながらそれぞれの反応を見せた。現れたのはやはり共通している金髪と赤い目をした彼女達の顔。ギルドの受付嬢として各地で愛されていた彼女達が、敵。

 その事実は昴達に対して驚きとショックを与える。

 だが冷静に考えればあり得ない事じゃない。ギルド内の情報を入手するためにスパイとして潜り込む、それは情報収集の手段として使われる手段の一つだ。それだけでなくハンター達の動向を探り、自分達の事に気づいて近づいた者を暗殺する事も容易くなるだろう。

 ギルド内にスパイがいるかもしれない。それはレイン達も想定していた事だ。

 よもや彼女達がそうだとは思いもしなかった。これは自分達の見通しが甘いせいだ。

 

「セレナが生きていたというのは驚きだが、だとするとエレナの最近の奇行は何だ?」

「ああ、ああしておけば本当に姉さんが話しかけてきた際にごまかしが効くでしょう? それに憐れみを感じさせ、その裏で何かするという事も出来ますからね。実際昴さん達は私が裏で通じている事を想定しなかった。姉さんが死んだ事で病んだ、ように見せかけた事で、私が敵であるという考えを消してしまった。……そうでしょう?」

 

 くすり、と微笑を浮かべながら言いつつ、しかし目は笑っていない。その視線は昴達を巡り、最後に優羅へと行き着く。彼女はじっとエレナを睨み上げており、その銃口をエレナの額に合わせている。

 

「とはいえ優羅さんは疑っていたようですが、流石といったところです。僅かな変化すらも見逃さない、素晴らしい目ですね」

「そうだね。でも、決定的な所までは見つけられなかったみたいだけど」

「……君達は最初からスパイとして潜り込んでいた、という事か」

「ええ。ギルドに入り込み、色々とやらせてもらいましたよ。……そう、情報操作から情報収集、近づきすぎた者を処分する事まで色々と。そう、昴さん。貴方がディアブロスの実験体と会うためにクエストボードにあのクエストを張ったり、ココット村にめったに入らない雪山クエストを張ったりしたのも私ですよ?」

「っ!?」

 

 ギルドの受付嬢としての立場を利用した策というわけか。昴がディアブロス好きというのはギルドの情報として入手し、彼がタイタン砂漠に向かうように仕向け、実験体の性能実験を兼ねて始末する、という算段。

 残念ながら優羅がいたおかげでその策は失敗に終わってしまったが。

 それだけでなく紅葉とシアンが向かった雪山クエストもそうだったというのは驚きだ。あそこには丁度風花が移動していた時期。それを読み取ってあわよくば彼女に二人を始末させようという算段だったのかもしれない。

 残念ながら遭遇する前に紅葉が撤退を決めて去った。二つとも失敗に終わってしまったのが不幸中の幸いか。

 

「……と、このように裏で動き、ハンター達の動きを監視し、我が主に報告しつつ処分する。それが私達の役割でした。そして今回の役割は――」

 

 セレナの言葉に三人は再びボウガンの引き金に指を掛けて一斉に弾丸を射出する。

 

「――貴方達に死を与える事です!」

「悪く思わないでくださいね」

「というわけで、始めようか!」

 

 放たれた弾丸は昴達の急所を狙っており、確実に殺しに来ている。だが優羅も引き金を引きつつ弾丸を避け、彼女達を返り討ちにしようとしたが、彼女達もそれを回避する。

 それぞれ城壁の上や地上で駆け抜けながら次々と弾丸を射出し、昴達を銃殺しにかかってくる。それを迎え撃つのが優羅、レイン、サンだ。それぞれガンナー同士の戦いとなり、去り際にレインが「こちらは引き受けた。白銀昴、お前はミラボレアスを頼む!」と告げて弓に矢を番えていく。

 

「……人相手に遅れを取る事はありません。すぐに終わらせてきますから、あなたはあなたの戦いをしてください」

「白銀さん、そう心配なさらず。私達が彼女達を抑えています。貴方達はミラボレアスにダメージを与えていてください」

 

 優羅やサンにまでそう言われてしまっては手出しするわけにもいかない。それにいつまでも風花や雷河に任せてばかりいるわけにもいかない。自分達も混ざって二人の負担を軽くしなければならない。

 

「グルォォォオオオオアアアアア!!」

 

 首を振って雷河へと噛みつき、戻す際には火炎を放出して追尾させる。体を斬り刻もうと放たれた風をものともせず、腕や尻尾を振って風花を振り払う様はやはり奴が伝説種である事を感じさせる。

 

「はあああああああああっ!」

 

 角竜鎚カオスレンダーに気を纏わせて振りかぶった紅葉はミラボレアスの左足へと強い衝撃を与えるが、それは僅かに鱗にひびを入れるだけに留められる。彼女が与えた衝撃は凄まじいが、それ以上にミラボレアスの鱗が硬い。

 硬い敵には衝撃を与える。それが通例だが、本当に通用しているのかどうかも怪しい。しかし骨格的には二足歩行の生物とほぼ同じだ。その体重を支える足にダメージを蓄積すればたまらず転倒するだろう。

 だがその長い尻尾がしなりながら紅葉へと襲い掛かり、それを察知して勢いよく後ろへと下がるが、それでも先端付近が横っ腹に打ち据えらる。それだけで紅葉の体は吹き飛ばされ、強い衝撃によってたまらず息を吐きながらごろごろと地面を転がってしまう。

 

「紅葉ッ!?」

「く、ふ……だいじょうぶ……咄嗟に気で守ったから」

 

 気の鎧で守ったとはいえ、角竜鎚カオスレンダーを杖にしながら立ち上がる紅葉の頬には冷や汗が流れている。たったあれだけの一撃だけで紅葉に対して危機的状況へと貶めたという事だ。

 その事実に戦慄しながらも、昴は白猿薙【ドドド】へと気を纏わせて内包されている氷属性を高めていく。現在ゲイルが先ほど紅葉が付けた傷へと接近して斬り続けているが、そのほとんどは弾かれている。

 

「ちぃっ、なんつー硬さだ……!?」

 

 硬いという事はわかっていたため、最初から鬼人化を行使し、乱舞で強引に突破しているようだが、はね返ってくる反動が両腕にかかって表情をしかめている。ミラボレアスがその左足を動かし、乱舞しているゲイルを踏み潰しにかかったが、バックステップでそれを回避し、置き土産として交差させるように振ったゲキリュウノツガイから放たれる気刃をお見舞いしてやった。

 よく見れば亀裂はゲイルの乱舞によって広がっており、決してダメージが通用していないわけではないらしい。そこを狙って白猿薙【ドドド】を地面と水平に構え、高められた力を刃の切っ先に集める。

 

「氷迅閃!」

 

 二つに分かれている切っ先から蒼い気刃が放たれ、ひび割れているその部分を貫くようにはしり抜けた。ミラボレアスは水属性と雷属性は通用しない。通用するのは龍属性であり、次いで火と氷。そのため鬼神斬破刀から放たれる雷属性の攻撃は期待できない。

 また白猿薙【ドドド】ならば内包されている氷属性を操作する事が出来る。今昴の首から下げられているサファイアのペンダントと、左手の薬指にはめてある指輪のサファイアがあるため、援助は期待できる。

 気刃は確かにミラボレアスの鱗を貫いた。しかしそれまで。それだけでミラボレアスの気は引けない。どうということもなく目の前で動き続ける風花を視線が追い、体にぶつけられる風のエネルギーを感じながら両腕を振って風花を叩き落そうとしている。

 

「ちっ、追いついてきている……!」

 

 クシャルダオラという事もあり、空中戦は彼女の得意とする事だ。自身を風で纏い、人の姿を取ったとしても自在に方向転換をして空中移動をし、集めた風を使って相手を吹き飛ばし、斬り刻み、薙ぎ払う。それが彼女の戦い方の一つ。

 だがそれでもミラボレアスは止まらない。鱗を斬っているのは確かだが、薄く血が滲むだけで動じた様子はない。そんな事より目の前で跳び回る虫を払うかのように、的確に風花を狙って両手を払い、叩き落としてきている。

 そこで地上で大鬼薙刀を振るっていた雷河もろとも薙ぎ払うように、ぐっと右足を踏み出したかと思うと、勢いよく体を回転させて尻尾と翼を使ってきた。広げられた翼が迫り、風花がそれを回避するために高速で動いたが、その軌道を予測したミラボレアスのバックナックルが迫り、風花はそれに捉えられて勢いよく地上に叩き落される。

 雷河も迫ってきた尻尾を飛び越えて回避したが、回転を終えたミラボレアスの視線が地上に向けられ、薄く開かれた口の奥から高温のエネルギーが集まるのを感じ、素早くそこから離脱する事を選ぶ。

 それを追うように火球が連続して放たれ、それから身を守るために雷を背後に放射して空中で強制的に爆発させて防いだ。

 

「グルルルルル……」

 

 微かに首を傾げて唸りを上げつつ離れきった雷河、叩き落とした風花、昴達と視線を巡らせたあと、ミラボレアスは口の端を歪めながら舌で口元を舐める。

 

 雑魚か。

 

 そんな言葉が放たれたような気がした。

 

 

 打ち合わされた拳、交わった足、放たれる気功弾……それぞれがぶつかるたびに凄まじい力が周囲へと放たれ、その度に地面は荒れ、割れ、瓦礫が舞い上がる。

 二人が行っているのはただの格闘戦。しかしそれだけでこれほどの影響力を及ぼしている。

 初代最高傑作と呼ばれし神倉羅刹も凄まじいが、それについて行っている神倉獅鬼も凄まじい。魔法に対する才能は並みかそれ以下でしかないが、こと身体能力においては誰もが規格外とまで言わしめた彼。

 それ故にあの羅刹相手でも体術戦ならば渡り合える。

 

「クック、相変わらず“出来損ない”の割にはよく粘る」

「ふん、そう余裕でいていいのか?」

「問題あるまい」

「そうか。あの時見逃したこと、後悔させるには十分な傲慢さだ」

「後悔? ふっ、後悔と言ったか……!」

 

 その言葉ににやり、と唇の端を歪めた羅刹は突き出された獅鬼の手を払ってカウンターを決めるようにその腹を抉りこむ拳を放つ。だが獅鬼もまたそれにクロスするように拳を打ち出し、羅刹の胸をそれは捉えた。

 その衝撃に二人の体は同時に弾き飛ばされるも、どうという事はないという風に受け身を取って地面を滑り、体勢を立て直す。

 

「貴様が生きているのは貴様をただ泳がせ続けただけに過ぎん。貴様ならば不確定要素を持ちこみ、多少は面白味を増してくれるだろうと思ったからな。同時にこの地に力ある者らを集めるだろうとも予測した。……そう、我に力を与える者らだ」

「……力、力、力……貴様らはいつもそうだ。そんなに力が欲しいのか? それほどまでの力を持ちながら、貴様は更に求めるというのか!?」

「ふん、人というものは常に上の領域を求めるものよ。今あるものでは満足せず、それよりも優れたものを、素晴らしいものを求める種族。我にとって力こそ全て。そういう風に生まれたのだからな。……ならば、求めるのは道理。今ある力よりも更に上を、今いる地より更に上の地へ! 果てなき先へと上り詰めてみせようぞ!」

 

 そう笑いながら羅刹は周囲に力を収束させ、複数の砲門を作り上げる。朝陽の作り上げた魔力弾の群れよりも凄まじい力が圧縮されたそれは獅鬼を狙い、獅鬼は札を取り出して周囲にばら撒きつつ走り出す。

 

「最強の座は我のものだ! 我が我である限り、最高の力は我にこそあり! 弱者は地に這いつくばり、強者は堂々と大地に立つ! そして絶対強者はそんな者らを高みより見下し、時に己の糧とするために喰らう! それが世界の真理というものだ! 弱き者は狩られ、強き者が生き残る、そうであろう!?」

「だが、貴様は傲慢すぎた。仲間を必要とせず、だからこそミラボレアスに敗れた。そうだろう?」

 

 何故羅刹が負けたのか。

 それは彼がただのワンマンプレーをしたからだと獅鬼は考えている。人が強大な敵に打ち勝つには集団戦、チームプレイが必要となってくる。一人が無理ならば二人で、二人が無理ならば四人で。そうやって人は壁を越えてきた。

 しかし羅刹はたった一人で戦おうとした。周りの犠牲など目もくれず、ただただ一人で戦い続け――敗れた。

 

「ふん、仲間? 違うな、周りの者らはただの駒よ。使える駒と使えない駒があり、あれらは使えない駒だっただけに過ぎん」

「その考えが貴様を敗北へと導いたのだ!」

 

 放たれてくる砲撃を掻い潜りながら獅鬼は吼える。それでも羅刹はその雰囲気を崩さない。舞い踊る札がそれぞれ障壁を作りあげ、獅鬼を守りながらもその内の何枚かは風に揺れながら羅刹へと近づいていく。

 

縛鎖(ばくさ)、縦横」

 

 複数の札から幾多もの鎖が放たれ、佇んでいる羅刹めがけて伸びていき、彼の体を縛り上げようとする。しかし表情を変えずに砲門を操作してその全てを打ち砕いてみせる。

 魔法戦になれば獅鬼の不利は確実。それは彼にもわかっていた。

 だからあれは砲門の意識を逸らさせるための物でしかない。

 

「力を求めた先に何を望む、羅刹!?」

 

 一瞬で懐に潜り込んだ獅鬼の拳は僅かに驚きを見せる羅刹の腹を捉え、その衝撃に羅刹の体はくの字に折れる。そこに追撃を入れるように膝蹴りを放ち、浮いたところを顔面を捉えるように回し蹴りを放ってやる。

 その連続攻撃に羅刹の体は吹き飛び、城壁へとその体は吸い込まれていく。壁を壊しながら中へと入り込んだ羅刹。しかしすぐにその姿は現れ多少の血を流しながらも余裕の笑みを見せている。

 

「……何を望むか? ……クックック、それは一度昔口にしたぞ?」

「なに……?」

「『我は、世界を超える』。そう言ったはずだ」

 

 その言葉を聞いた時、獅鬼の記憶の中の一つが浮かび上がり、一つの光景が思い出された。それは羅刹が神倉の里の近くまでやって来た時の事、月を守るために彼に挑み、敗れた後。

 獅鬼の必死さに嘲笑い、見下してきた彼に「ミラボレアスに敗れ、今まで身を隠してきた貴様が今になって現れるとは、一体何を考えている!?」と問いかけた覚えがあった。

 そんな彼はこう言った。

 

『今以上の力を集めるまでだ。……そして我は、世界を超える。その果てには更なる力があるに違いないからな』

 

 当時は意味の分からなかったその言葉。

 今なら理解できる。

 世界を超えるという事は時空転移をするという事か。

 あるいは“世界”を超えるという事か。

 その二つの意味が考えられる。……あるいはその二つなのか。

 

「魔女は言った、世界は広いとな。この世界では収まらない幾多の力が世界には溢れている。……我はそれを見たい。そして手にしたい、戦いたい。力を求道する我にとって、それは実に心躍る事象よ」

「魔女? …………まさか、稀代の魔女ルナ・フォックスの事か?」

「ほう、よく気づいたな。その昔、魔女と縁があってな、様々な事を我に話していったのだ。最初は戯言かと聞き流していたが、考えてみればなかなか興味深い。空間魔法の始祖と言われしあの女ならば、時空転移も可能とほざきおってな、そして我は知った。本当に異なる世界があるという事をな。そして人は一定の条件を満たせば、種族の枠を超えて寿命から解放され、更なる領域に足を乗せる事が可能だと!」

 

 それは確かに存在する。

 “世界”の領域に上り詰めた菜乃葉が生き証人だ。“世界”という領域、風花がその身を置いている“自然”の領域というランク付けは存在している。

 まさか羅刹の狙いとは……

 

「我は――人を超える! そうして世界を超えるのだ! そのための条件は集まった! 貴様らは我の力の糧となるがいい!」

「……外道が。己の願いのためにここまで命を弄びおって……! 貴様は魔女にたぶらかされたという事か!?」

「はっ、違うな。魔女の存在はただ我の思考の幅を広げただけに過ぎん。それに魔女は所詮人間。魔女の存在が我に教えたのは、あれだけの力があった魔女であったとしても、哀れな事に人間では届かない領域だったという事よ。魔女の存在を糧とし、我は理解したのだ!」

 

 羅刹がおもむろに右人差し指を獅鬼へと向けると、一瞬で獅鬼の体を何かが貫いた。何とか反応して致命傷は避けたが、放たれたのは魔力弾か。よろめいた体を何とか押さえつけ、ぎろりと羅刹を睨み付ける。

 

「全ては……我の進化のために。貴様らの命を我に捧げろ。まずは四季、貴様からだ」

「……死ぬのは貴様だ。貴様は地獄に堕ちろ。そして詫びろ、今まで奪ってきた命に対してな!」

 

 

 一方数分前の事、月は結界を張って朝陽の体を横たえさせていた。

 結局何も出来なかった。因縁も解決する前に終わってしまった。

 朝陽の死という形で終了。言葉は交わしたが、最期までわかり合う事などなかった。

 救いなどありはしない。

 そんなものが訪れる前に一瞬で終わったのだから。

 

「……魂がないから安らかな眠りもない、か。これが……姉さんの結末、か」

 

 神倉羅刹。

 彼が強引に終わらせた。

 その彼は今、獅鬼が戦闘している。何かを話しながら体術をぶつけ合い、時に羅刹が魔法を行使して獅鬼を追い詰めていく。そんな彼に助太刀に入りたいところだが、彼は前もって月に伝えている。

 乱入者の男は自分が一対一でケリをつける、と。

 ならば自分はあのミラボレアスの方に向かい、助力するのみだ。朝陽の亡骸に手を合わせて黙とうをささげ、「じゃ、行ってくるよ」と声を掛けた時、僅かに朝陽の体に異変が視られた。

 そう視えた。

 あるはずのない魂が僅かに息を吹き返していくのを。

 

「……え?」

 

 よく視れば、それは朝陽の奥深くに眠っているらしかった魂だった。蒼く、薄く小さな魂だったが、それは少しずつ目を覚ますように大きくなっていき、それに従って体も少しずつ命の鼓動を刻み始める。

 

「い、いったい……どういうことだ……?」

 

 朝陽は死んだはずだ。あの時間違いなく喰らった魂と共に天へと昇っていったはず。あの羅刹ですら朝陽は死んだと断言した。彼が組み込んだ術式ならば、まず間違いなく大部分を朝陽の魂に標的を合わせていた事だろう。

 つまり逃れられない死。

 では、この魂は一体誰?

 朝陽が喰らった魂の生き残りなのだろうか。

 そんな事を考えながら見守っていると、ゆっくりと朝陽の瞼が開かれていき、じっと朝陽を見下ろしている月を見つめてきた。

 

「――月、かしら?」

「……ね、姉さん?」

 

 その一言は、まず間違いなく朝陽のもの。

 驚きに満ちている月を見上げながら彼女は何かを考えるように視線を巡らせたり、瞳を閉じたりしていたが、やがて一言、

 

「――――そう、あれは死んだのね」

 

 と呟いて頭に手を当てながらゆっくりと起き上っていく。慌てて朝陽の体を支える月を見る彼女の眼差しはどこか優しげな雰囲気で、本当にあの朝陽なのかと疑ってしまう程だ。

 だがその眼差しには覚えがある。

 そう、遠い昔のあの日々の朝陽のようで――

 

「……久しぶり、と言うべきかしらね。でも、最近の事は時折何も出来ずに見ていたわ。大きくなったわね、月」

「……まさか、あなたは……」

 

 その事に気づいてしまった月は体を震わせ始める。

 いや、その事は想定していた。その可能性もあるんじゃないかと獅鬼と共に考えていた。

 でも、本当にそうだとしたら、今までの朝陽はすなわちそういう事になってしまう。

 

「ええ、私は本来の神倉朝陽。死んでしまったのは……シュヴァルツ側の神倉朝陽よ」

 

 だが彼女は小さく頷きながらその考えを肯定した。

 

「そんな……でも、どうして姉さんは……」

「反転したのか? それは……たぶんきっかけはあの日、一人の人物に会ったせいね」

「一人の人物?」

「ええ。長い金髪と、黒いローブを身に包んだ出で立ちが印象的な魔法使いだったわ。神倉の里に珍しい客が来たものだと話していると……心の奥底から負の感情が湧き上がってきて、神倉一族に対する憎悪が刺激され始めたわ。……そして数日後、気づけば意識は反転していた。私は、神倉朝陽の深層心理の奥へと追いやられてしまったのよ」

 

 その人物については朝陽もよく知らないらしい。それを知る前に反転してしまったのだから。だが何かされたのは間違いない。でなければ抑えこんでいた負の感情をあそこまで暴走させる事はなかっただろうし、力に対する渇望もあそこまで行きすぎる事もなかった。

 何より反転した後も問題だった。

 

「強引な反転だったせいかしらね。あれは私の事を知らなかった。自分こそが本当の神倉朝陽だと信じていた。だから私の記憶から流れ込んだ光景を見ても信じられなかったし、あなたに対して普通の姉妹として暮らしていた日々も信じなかった」

「……そういうことか」

 

 どうしてあそこまで否定しているのか。それは憎悪に身を焦がしたから否定しているものだと思っていたのだが、まさか本当に知らなかったとは思わなかった。

 何せ反転意識とは記憶は共有される。それぞれが一つの意識として独立しているが、基本的な事は共有されているのだ。

 だから反転意識だったとしても、幼い頃の記憶は共有され、本来の朝陽が過ごした日々も反転意識も知っているはず。それでも否定したのはその過去を捨て去りたかったからだと月は思っていたのだ。

 まだ話を続けようとしたが、離れた所から聞こえてくる咆哮や力の波動に朝陽はふっと苦笑する。

 

「……積もる話はあるでしょうけど、今はそれどころじゃないわね」

 

 立ち上がる朝陽は自分の手を見下ろして小さくため息をつく。

 

「力は……ほとんどなくなってしまったか」

 

 あれだけ集めた力は全て羅刹の術式によって持っていかれた。今の朝陽はその力の残りカス。本来の朝陽が保有している程度の力かそれ以下の物しかない。

 しかも強引に魂や力を引きはがされたものだから、吹けば飛ぶ塵のようなものだ。そんな状態であの戦いに加わっても足を引っ張ってしまうだろう。

 

「……仕方ないわね。これを使いましょうか」

 

 そう呟きながら取り出したのはアメジストの指輪やネックレス。

 これが操れる力は――闇。

 

「姉さん、それは……」

「大丈夫よ。私は元々闇に対しては資質があったようなのよね。だから、一時的に闇の力を借りるわ」

 

 微笑を浮かべて朝陽はそれらを身につけ、意識を集中させる。するとミラボレアスの登場で再び満ち始めた闇が朝陽の元へと集まっていき、その体内へと侵入していく。少し彼女の表情が歪むものの、それでも朝陽はやめる事はしない。

 闇の力は体内を巡り、少しずつ朝陽の体に力を与えるように浸透していく。

 一定の量が満ちたのを感じると、ローブから魔力回復の薬を取り出して数本一気に飲み干し、続けて秘薬を口にして小さく頷く。

 

「遠くから援護するわ。行きなさい、月」

「……本当に、大丈夫なのかい?」

「ええ。最初で最後の共闘……ヘマはしないつもりよ。私の事は気にせず、存分に戦いなさい」

 

 最初で最後の共闘、その言葉の意味に月は少し表情をしかめてしまった。

 彼女が生きている。それは喜ばしいものだと思ったが、そうではない。彼女が生き延びたという事はこの戦いが終われば彼女は裁かれるという事だ。

 菜乃葉の言う通り、死んだ事で彼女はある意味救われた。

 でもその先には再び終わりが待っている。

 彼女は喜んで裁かれるだろう。何となくそんな気がした。悪くて死刑、よくて百年近くの拘束。もしかするとその途中で彼女は亡くなるかもしれない。それだけ彼女の魂は弱まっている。

 だからこそ最初で最後の共闘。

 ぐっと拳を握りしめた月は小さく頷き、朝陽に背を向けて「無理はしないで」と言い残してミラボレアスの方へと向かっていった。

 そんな妹の背中を見つめながら朝陽はふう、と息をつき、体に満ちていく力を感じ取る。魔力と体力は少しずつ戻りつつある。あとは、いつまで持つか、だ。

 彼女の周りには月が張っていった結界がある。ここから出なければ認識されないし、攻撃が来ても大抵は防いでくれるだろう。

 出来る事は遠距離からの援護のみ。

 でもそれだけで十分だ。

 

「……羅刹風に私を呼称するならば、“出来損ない”の意地ってものを見せてあげないとね。――例え、数分限りの命であったとしても」

 

 小さく微笑しながら朝陽は頭の中でイメージを組み立てていく。それに従って魔力は動き、朝陽もまたこの戦いに参戦した。

 

 

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