呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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111話

 

 

 旧シュレイド城に響き渡るのはいくつもの衝撃音と銃声。前者はあの規格外な者達によって引き起こされる音。後者は城壁や地上を駆け回り、弾丸飛び交う中戦う優羅達とセレナ達だ。

 そして向こうではミラボレアスへと挑みかかる昴達と、それに合流していく月がいる。月が先ほどまでいた城壁の一角には結界守られた朝陽が少しずつ魔力を操作して闇を練り上げている。

 だが突如咳き込み、口元に手をやって背を曲げてしまう。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 口を押えていた手を見ればそこには血がべっとりと付いていた。先ほど秘薬を飲んだとはいえ月の攻撃で致命傷を受け、瀕死状態にされてしまったのだ。その上羅刹によって強引に魂や力を使われて召喚術をされてしまった。

 朝陽の体はぼろぼろだ。こうして本来の魂が蘇り、生きている事すら奇跡。

 

(……そう、奇跡。これは神が私に与えた最初で最後の月に助力するチャンス。この罪深い私に与えたチャンスなのよ。ならば……それを生かさない訳にはいかない)

 

 それに朝陽自身も理解している。自分はもう長くはないのだと。

 秘薬で自己治癒力を促し、回復はし始めているだろうがこうして吐血する程負傷率は高い。だが神倉一族の一員というだけあり、少しすれば動いても問題ない程まで回復するだろう。

 しかし内面的な問題は解決しない。

 深層心理の奥底から引き戻された魂は長くはもたない程に弱々しいのだ。この状態で戦っていくとなれば、全力など出しきれるはずもなく、ましてや力を振るえばその分朝陽は消耗する。

 つまり、戦えば戦う程死に近づくと言っても過言ではない。

 

(月は……気づいているでしょうね。気づかない程あの子は弱くも鈍感でもない)

 

 先ほどの言葉、最初で最後の共闘の本当の意味を彼女は悟っているだろうと朝陽は考える。恐らく自分はこの戦いの後――死ぬだろう。今度は蘇る、なんて都合のいい展開はない。

 魂の存在感がなくなり、体も緩やかに死に向かっていく。

 それは逃れられない結末。

 

「だからこそ……私は後悔なく戦わなければならない。……そう、例えあの秘術を使う事になったとしても」

 

 この身は罪にまみれている。だからこそ生きる術もある。

 そんな決意を固めながら朝陽は集めた闇を収束させ、属性の指針を定めていくのだった。

 

 再び打ち合わされる拳から強い衝撃波が生み出され、周囲を吹き飛ばす。それを何度か繰り返し、お互いの体や顔面めがけて殴り、蹴りをしてノックダウンを狙うが、お互いの技量が高いために致命傷にならない。

 余裕を見せる羅刹に対し、獅鬼は相変わらず仮面をつけている為にその表情はわからない。

 不意に羅刹はその仮面を吹き飛ばすように体を捻りながら蹴り上げるが、獅鬼はそれを後ろに跳ぶ事で回避した。しかし蹴りの風圧で僅かに仮面がぐらつく。それに気づき、獅鬼は素早く仮面を元に戻すように手を顔にやるが、それを狙って羅刹は一気に距離を詰めてストレートを放った。

 

「ん、ぐ……」

 

 片手でそのストレートを受け止めるも、その威力は獅鬼の手をびりびりと痺れさせ、彼の体を強くノックバックさせる。そんな獅鬼に追撃をしかけながら羅刹は彼を嘲笑い始める。

 

「やはり解いていないようだな。ククク、今ここでそれを取り払えば、面白い事になるだろうなあ?」

「…………オレを殺すならば、さっさと発動させればいいだろう。お前ならばこれを取らずとも自分の意志で発動させる事など容易いはずだ」

「それでは面白くない。貴様はただでは殺さぬとあの時決めたのだ。だからこそ、そのような面倒な術を仕掛けたのよ。……ククク、同時に貴様の動きを束縛し、我の邪魔をさせまいとしたが……抜け道を見つけおって」

 

 そう言いながら視線がミラボレアスと戦っている風花と雷河へと向けられる。

 

「クシャルダオラに猿。そしてここにはいないが猫もいたな。なるほどなるほど、我がつけた定義からは外れているな。『人に神倉羅刹に関する事を伝えてはならない』。クックック、確かにあれらは“人”ではない」

「…………」

 

 それが一つ目の大まかな制約。

 羅刹に関して周りが知らない事や、彼が裏でしている事を情報として伝えて回ってはならない。そこに羅刹がいる場合はその限りではないが、彼がいないところでそれをすれば刻まれた紋様が力を発揮する。

 だからこそ獅鬼は羅刹の事を月達に伝えなかった。伝えたその瞬間、呪いが発動するから伝えようにも伝えられない。

 そう、これは呪いだ。

 羅刹が獅鬼の行動を縛る呪い。

 故に、獅鬼は人ではないもの、クシャルダオラの風花、ラージャンの雷河、アイルーの焔を仲間に加え、若干羅刹の事に関して伝えた。全てではない、若干だけだ。

 それだけではなく彼らにも広めないように釘を刺した。下手に広められては羅刹に感づかれる可能性があったためだ。だからこそ獅鬼は慎重になっていた。

 そしてもう一つ。

 「獅鬼の素顔と本名を人に知られてはならない」。

 既に知っている者ならば問題ないが、初対面の相手にそれらを知られてはならない。これもまた獅鬼の行動を束縛するために設定した呪い。

 素顔を知られてはならないという事は、常に素顔を隠さなければならない。そのための仮面。初対面の相手に常に仮面をつけているという事は、自分は怪しい人物である事を知らしめることになる。

 顔に傷があり、それを隠すためと言えば少しは意識を逸らせるだろうが、それでも怪しさを感じさせるのは間違いない。また名前も偽らないといけないが、こちらに関してはただ「四季」を「獅鬼」と漢字を変えただけ。これくらいならば問題はない。というよりも抜け道が漢字変換という簡単さに拍子抜けしたものだった。

 要は素顔を常に隠さなければならない事を意識するという、面倒な作業をしなければならなくなった。既に知っている羅刹や月、朝陽相手には問題ないが、昴達に対しては呪いが発動してしまう。

 故に仮面を取るわけにはいかない。

 こういう背面があったからこそ、常に仮面をつけ、何かを隠すようなそぶりを常に続けなければならなかった。実際最初の方は昴達は獅鬼の事を怪しい人物だと思っていたし、レインに関しては信用できないと踏んでいた。優羅もなかなか心を許す事はなかったが、彼の実力と恩義を多少感じてからはそれなりに対応するようになっている。

 そう、人は第一印象を外見で判断する事が多い。それを踏まえた上での呪いだ。

 

「クック……四季よ、我が掛けた制限の中、貴様はどこまで我に対する策を講じた? 我を殺すのだろう? 今こうして拳を交えるだけが策ではあるまい? ……なあ、四季よ。我を期待させるだけさせて失望させるつもりか? クックック……!」

「期待? 貴様が求めているのはただの退屈しのぎだろう? 簡単に目的を達成させるだけでは満足しない、だからオレにこんな手間をかけさせた。違うか?」

「そうだな。故に――」

 

 獅鬼の周囲に鎖が顕現した事に気づき、素早く札を取り出して自身を守るように周囲に展開したが、羅刹はにやりと笑みを浮かべてそのまま獅鬼へと正拳を放つ。

 

「――存分に痛めつけられ、無様な姿を晒しつつ死ねぃ!」

 

 腹を捉えるその一撃は獅鬼の体をくの字に折り、そのまま仮面を弾き飛ばすように裏拳を放つのだが、それでも仮面は取れず獅鬼の顔に嵌ったままだ。「ほう……」と声を漏らしつつならば取り払うのではなく破壊するような一撃を放とうとしたが、その腕を払いつつ伸びてくる手が羅刹の首を捉え、一瞬羅刹の呼吸が止まる。

 そのまま足を刈り、バランスを崩したところを肘打ち、顎を捉える拳、最後に掌打を放って羅刹の体を吹き飛ばす。

 

「はぁ……ふぅ、残念だがこれはそう簡単には取れんし、砕けもしない。自分の命を守る物だ。念を入れるのは当然の事だろう」

 

 忍の面・陽は最大強化を施し、なおかつ自分の気を念入りに篭めるだけでなく、札の支援を施して防御術をかけてある。そのため見た目、持ち前の性能以上の防御力を誇っており、これを砕くには相当な実力を必要とする。

 また術は帰還術をかけてあり、取れそうになったとしても自動で獅鬼の顔に張り付くようにしてあるためなかなか取れる事もない。取るのは獅鬼の意志のみであり、強引に取ろうとしても無駄なのだ。

 ここまでするのも当然の事。ハンター装備以上に自分の命に係わる一品なのだから念には念を入れる。

 

「……クク、なるほど、当然備えるわけか。そんなに命が惜しいか?」

「貴様を殺すまでは死ねん」

「そうか、我を殺すまでは死ねん、か。……残念だが、それは叶わぬ願望、すなわち妄想なり。……良かろう、もう頃合いだ。貴様のその願望が、意志が、熱意が、どれほど愚かしいかを証明してやる」

 

 吹き飛ばされた羅刹が立ち上がりつつ獅鬼を嘲笑う。視線は門の向こう、ミラボレアスの方へと向けられている。一体何を狙っているのか、獅鬼は何となく羅刹がやろうとしている事を察している。

 だがミラボレアスは一番向こうにいる。何かしようにも距離がある。

 一体何をするのかと警戒する中、羅刹は動いた。

 

 さて、数分前の事、「(シャドウ)()(アイズ)」三人衆は優羅達を仕留めきれずにいた。素早く動いてボウガンから人体の急所を狙って貫通弾を射出しているが、優羅達は全て回避していく。

 

「……ふっ」

 

 カクトスゲヴェーアから貫通弾を射出しつつ優羅はセレナへと一気に接近していき、彼女を捕えようとする。彼女にとって対人戦は得意とする事だ。その場合はボウガンはただの牽制でしかない。

 どれだけ弾を射出しても優羅は怯むことなくセレナへと確実に距離を詰めていく。彼女はガンナーという事もあって銃口の向きだけで弾道を見切り、しかもなまじ視力がいいためにある程度は射出された弾丸の動きすら見えてしまう。

 つまり、優羅にとってボウガン使いは対処しやすい相手なのだ。

 それを何となく察したセレナは顔をしかめて小さく舌打ちしてしまう。そんな彼女を嘲笑うかのように優羅は冷たい笑みを僅かに浮かべた。

 

「……しっ」

 

 カクトスゲヴェーアを腰に当てながらセレナの額へと刈るように回し蹴りを放ち、しかしセレナは何とか反応して回避するが、優羅は冷静に体を捻りつつ腰に当てたカクトスゲヴェーアから弾丸を射出して離れていくセレナの足を撃ち抜こうとする。

 だがセレナを助けるべく横から放たれたエレナの弾丸に気づき、顔を逸らしてやり過ごした。頬を掠めていく弾丸を感じつつ視線を巡らせると、エレナはレインが、アリスはサンが対処しているようだった。

 

「ちっ……!」

 

 レインが舌打ちしながら弓を引くもエレナは素早い動きで矢を回避していき、的確にレインへと弾を撃ち出していく。レインの弓の腕は確かなものだ。同年代の中では一番の弓の腕といっても過言ではない。

 疾く空を切る矢はエレナの足や腕を狙って放たれているというのに、エレナは全て見切っている。反対にエレナの放つ弾はレインの体を掠める。完全に回避していると思っても、僅かにこの制服を掠めていくのだ。

 

(速い……これほどまで速いとは、このまま弓で戦っても無意味か)

 

 遠距離戦では不利と悟ったレインはすぐにプロミネンスボウⅢをしまうと、ギルドナイトセイバーを取り出して一気に疾走する。遠距離がだめならば接近戦、レインはそのままエレナへと斬りかからんとしたが、エレナは冷静に微笑を浮かべながらボウガンをローブにしまう。しかし銃口だけは覗かせたままだ。

 その状態を維持したままエレナは双剣を取り出してくる。だがそれはレインの知らない武器だった。片方は恐らく独龍剣【蒼鬼】だろう。だがもう片方は見覚えのないものだった。

 形状は少し変わっているが、確かにそれは剣だ。全体的に赤黒い、少し紅色に染まった剣。それが一体どんな素材を使って作られたのかがわからない。

 しかしその双剣からは強い力を感じる。それも凄まじい龍殺しの力が。

 

「くすっ……どうかしましたか?」

「君は……一体何者だ?」

「何者か? それに答えるならば、しがないスパイ三姉妹の次女、と答えましょうか」

 

 剣を打ち合わせながら問えば、抑揚のない声でそう返ってくる。その赤い目からはエレナの感情を読み取る事は出来ず、薄く笑い続けながらエレナは余裕ある雰囲気でレインの振るうギルドナイトセイバーに合わせてくる。

 速さを増してエレナを斬ろうとしてもどこまでもエレナは付いてきて、それだけで彼女の実力が窺い知れる。いや、どうしてこんな彼女が今までギルドの受付嬢に収まり、誰にも悟らせずにいたのかがわからない。

 確か彼女が所属していたのはかのココットの英雄がいる村だ。村長ならば見抜けただろうに、それもなかった。村長でさえ見抜けぬ実力を隠していた? そんな馬鹿な。

 

「心が揺れていますよ?」

「っ、そんな事は……」

「私があなたの剣についていけるのがそんなに驚く事ですか?」

「それ以上に……君がどうしてあんな男に従っているのかが疑問だ!」

 

 その言葉でもエレナは動じる事はない。ただ薄く笑うだけで答える様子がない。どうして羅刹に従うのか、それは彼女らの心に秘められたことか。話す気がないならば、こうして剣を交えるしか出来ない。

 話さないならばまずは力で屈服させる。しかしそれすらも出来そうにない程にエレナは強い。

 

「おや、妹さんも頑張りますね」

 

 不意にエレナの視線がサンの方へと向けられながらそんな事を呟く。その言葉に思わず反応してしまい、レインは一度距離を取りながら視線を向けてしまう。

 そこにはエメラルドスピアを構えたサンと、細長い棍に金色の意匠を施された槍を手にするアリスがあった。アリスの持っているあれはハンターの武器ではなく普通の武人が持つような槍であり、今は切っ先がアリスの魔力によって薙刀のような刃を顕現させている。

 石突き付近には金と白の毛が括られたアクセサリーがあしらわれ、アリスが槍を操るたびに躍り、毛先にある鈴がチリン、チリンと音を奏でている。

 サンもあまり表情を変えずにエメラルドスピアを振るっているが、アリスもまたエレナと同じように薄く笑いながら槍を振るっている。お互いの槍は素早く突きを繰り返し、少しずつ速さを増して相手の体を貫こうとしているのに、決め手はなかなか訪れない。

 一定の距離を保ちながら一合、二合と凶器を振るい続ける。腕の筋肉も少しずつ痛み始め、サンの頬に少し汗が浮かび上がってくるが、アリスはまだまだ余裕そうだ。

 少し小柄だが彼女はサンよりも年上だ。スタミナは彼女の方があるのかもしれない。

 そうだ、よく思い出せばわかる。

 彼女達の方が自分達よりも年上なのだ。だが戦いのキャリアは実際にハンターとして過ごしている自分達の方が上かもしれない、という思いがあるが、そうではなかった。

 彼女達も裏で行動してきている。しかも主はあの羅刹だ。彼に仕込まれたと考えればこれだけの実力を持っているのも納得できる。

 

「結構耐えるね。そろそろ辛くなってきたんじゃないかな?」

「……まだまだこれからですよ。はあっ!」

「おっと、粘るねぇ。……でも、残念だけど……ふっ!」

 

 一瞬の出来事だった。エメラルドスピアを弾きながら横から振るう一撃がサンの体に打ち据えられる。その一撃に顔をしかめるサンに回転させた槍の石突きで鳩尾を穿ち、更に一撃与えてサンをダウンさせる。

 

「サンッ!?」

「おっと、行かせはしませんよ。貴方は私が抑えるのですから」

「ちっ、どけぃ!」

 

 エレナの謎の双剣によりレインはサンの下へと向かう事が出来ず、ギルドナイトセイバーを振るって応戦するしかない。そうしなければ斬られてしまうのだ。サンが危険な状態にあるのに、向かう事が出来ないもどかしさ。

 歯噛みしながらレインはエレナと剣戟を繰り返す。

 

「侮りましたね? 私達を早いところ抑える、と言っていましたがこれではそれは無理な話です。貴方では私達を倒せませんね」

 

 均衡した状態が続く中、エレナはそう宣告した。押しも引きも出来ないこの状況が続けばとことんレインはこの場に留められる。そうなればますますサンの下へと駆けつけられない。

 駆けつけるにはエレナを倒さなければならない。しかし決定打が入れられない。入れようにもエレナは全てを防いでくる。フェイント、奇襲、正道……様々な攻撃を織り交ぜて攻めているが、エレナは全て見切っている。

 足りないのか?

 磨き上げてきた武術が通用しない。このようなケースはレインにとってはあまり経験がなかった。彼にとって勝てない相手は両親、ギルドの上司数人達。年が若干近い相手と、それも女性と実力が均衡するという経験はなかった。

 侮った。

 確かにそうだろう。

 主にギルドの受付嬢を勤めている彼女がここまで強いと誰が想像できるだろうか。

 実際受付嬢を勤める少女や女性たちの中には過去にハンターを勤めた強者もいるが、彼女達の過去は至って普通の少女とされていた。

 つまり書類上ではそうでも、実際はそれを偽っていたという事になる。

 

「そう……貴方はまだ弱い。私には及びません。そしてあの子も、アリスには及びません。……戦えているのは、どうやらあの優羅さんだけのようですね。流石、といったところでしょうか」

 

 見れば、セレナを追い詰め締めている優羅の姿がある。剣を手にしておらず、手足の格闘術でセレナへと迫っている。腰元に当てていたカクトスゲヴェーアもいつの間にかローブに収められてあり、銃口だけを覗かせている。

 

「く、うぅ……!?」

 

 呻いているのは優羅ではなくセレナの方だ。拳、蹴りと次々とセレナの体へと打ち込まれていき、その度にセレナは表情をしかめていく。彼女も確かに優羅に対して反撃をしている。

 だが全て優羅が弾き、カウンターがセレナへと吸い込まれていく。

 どうしてこうなっているのかといえば、やはり彼女の経験が普通じゃないからだろう。対人戦に慣れているということもあるが、普段から格闘戦を紅葉と行い、幼い頃はあの獅鬼に師事されている。

 あれだけの経験を積めばセレナの格闘術は遅く感じる。

 

「……とっとと寝ろ」

「そういうわけには……っ!?」

 

 そんなセレナへと掌底を放ち、黙らせつつ沈める。膝をつく彼女へと容赦なく足蹴にし、地べたを舐めさせながら他の二人へと視線を巡らせる。こちら側が不利だと悟ると僅かに舌打ちしながら表情をしかめ、ローブから紐を取り出してセレナの両腕を背中に回して縛り上げ、そのまま転がしておく。

 あまりにも余裕な勝利に、エレナとアリスは感心したような表情を見せながらスカーレット兄妹から距離を取る。

 

「ふむ、これは姉さんが不甲斐ないと考えるか、あるいは優羅さんが素晴らしい実力を持っていると考えるか、どうしましょうか」

「両方でいいんじゃない?」

「なるほど、両方ですか」

「くっ……」

 

 妹達の容赦ない言葉にセレナが屈辱的な表情を見せるが、優羅はどうでもよさそうに二人を交互に視線を向けている。彼女からすればさっさと終わらせて昴達の下へと駆けつけて共に戦いたい気分なのだろう。

 指を軽く動かして慣らしつつ攻め込むタイミングを窺っているようだ。

 だが事態は変化する。

 それは奴から訪れるのだった。

 

 一方ミラボレアスの方では変化はそれほど起こる事はなかった。

 何せミラボレアスの鱗、甲殻が硬すぎて昴達の攻撃はほとんど通用している気配がないのだ。

 雷河の属性である雷はミラボレアスにとってはほとんどダメージとならない。そのため彼の攻撃は大鬼薙刀の切れ味か、彼の気を纏わせた打撃の衝撃しか通用しない。

 

「ちっ、だからって攻撃の手を止められるかってんだ!」

 

 最初に羅刹がそうしたように体を回転させて遠心力をつけ、ミラボレアスの胸に回し蹴りを放つが、羅刹程の威力は出せない。しかしその衝撃は強く、多少なりともミラボレアスの表情をしかめる事は出来たし、肉が露出しきれていない部分を露出させた。

 そこを狙って風花がカマイタチを放ち、今度は切り傷を作っていく。そんな彼女は先ほどのミラボレアスの攻撃で額から血を流している。あのバックナックルの一撃と地面に叩きつけられた衝撃は風花といえども効いていないわけではない。

 それに今の彼女は本来の姿ではなく人型だ。鋼のような硬さを誇る体を持つクシャルダオラとはいえ、人型を取ればその防御力はダウンする。常に魔力と気の鎧が彼女を守るように覆われているため、人型でも防御力は高いが、それでもあの一撃は彼女を傷つけた。

 

「さすが、伝説種ね……私の風があまり通っていないわ」

 

 ぶつぶつと呟きながらも攻撃の手は止めない。とにかくあの硬い甲殻や鱗を傷つけ、綻びを作らなければならない。そうしなければ討伐するしないの話ではない。戦いにすらならないだろう。

 右手を前に出して幾多ものカマイタチを撃ち出してミラボレアスへと斬りかかり、傷ついた部分を狙うように紅葉が疾走して角竜鎚カオスレンダーを打ち込んでいく。

 先ほどよりも力を篭め、角竜鎚カオスレンダーに気を纏わせた一撃は、綻び始めたミラボレアスの足に確実にダメージを与えていく。しかも先ほどとほぼ同じ位置に打ち込んでいくため、ミラボレアスの左足から少しずつ血が噴き出してきている。

 

「グルルルル……」

 

 殴られるたびに金色の瞳が動き、足元にいる紅葉を踏み潰しにかかるが紅葉はそれを回避し続ける。あの踏み付けを回避しても、ミラボレアスの重量とパワーがかかっているため地響きが発生してしまう。

 それに捕らわれず離れ、攻撃手が交代するように昴が再び閃剣、閃槍を放って肉を斬り、抉っていく。が、ミラボレアスは頭上より火球を降り注がせて反撃していく。それをやり過ごし、背後で爆発を聞きながら再び白猿薙【ドドド】へと気を纏わせていき、更に閃剣を放っていく。

 だがその全ては浅くしか入らない。

 斬れてはいる。風花や雷河が刻みつけた傷によって鱗は少しずつひびが入っているため通じ始めている。でもミラボレアスにとってはこの程度は痛くはない。

 

「ギアを上げるしかない。……問題は体力が持つかどうかだが……考えている暇はないな」

 

 元々全力を出さねば倒しきれない敵だ。出し惜しみなど出来るはずもない。

 頭の中に一つのスイッチを作り出し、それを右に一つ回せば昴の体の奥から力が湧き上がってくる。「……初期解除」と呟き、溢れ出てくる力を体全体に巡らせた後、両手と白猿薙【ドドド】へと纏わせていけば、ネックレスと指輪にあるサファイアが淡く光り始めた。

 そのまま白猿薙【ドドド】を下段に構え、自分を狙って火球を放ってきたミラボレアスへと特攻しかけるように疾走し、その勢いを殺さぬまま振り上げれば、蒼い閃剣が足から胸へとはしりぬける。

 それは今までの閃剣よりも威力が増し、しかも斬ったところから凍結が進んでいく効果も付属されている。地面から凍結しているそれはミラボレアスの体を束縛する、かと思ったが、強引に引きはがして昴を睨み下ろしてくる。

 だがそれに怯むことなく、両足付近までやってきた昴は一度白猿薙【ドドド】を地面に突き刺し、

 

「氷槍陣!」

 

 と告げて力を解放する。すると突き刺したところを中心として一気に地面が氷漬けになり、そこから次々と氷柱が生えてミラボレアスを地面から貫かんとする。白猿薙【ドドド】に内包されている氷属性を操作し、作り上げた一つの陣。

 ただ相手の足元を凍結させる氷陣を改良し、氷柱を出現させて攻撃効果も付属させたものだ。だが氷柱のほとんどはミラボレアスの体を貫けず、その硬さに逆に氷柱が折れていくばかり。

 しかし一部はしっかりミラボレアスを貫いており、それだけでなくその冷気によって凍傷も与え始めていた。それを確認する間もなく昴はすぐにそこから離脱し、白い息を吐きながら白猿薙【ドドド】を構えなおす。

 彼の表情は少し硬くなっており、先ほどからサファイアは明滅を繰り返している。

 あれだけの氷柱を作り上げるのだ。氷槍陣は氷陣以上に力を消耗する。しかも魔法使いタイプではない昴にとっては結構苦しい一手だ。

 しかし効果はある。

 ミラボレアスはあの陣に足を固定され、動けずにいた。そこを狙い、ついに神倉月が合流してくる。

 

「はあっ!」

 

 封龍剣【超滅一門】をローブから抜きざまにミラボレアスの顔へと振り下ろし、顔から首、胸から腹へと一文字に傷口を作り上げ、一気に血が噴き出してくる。封龍剣【超滅一門】の持ち前の威力。内包されている龍属性だけでなく発動させている抜刀術の影響もあり、その一撃は今までの攻撃の中で一番の威力を誇った。

 氷槍陣の氷柱に触れる前に空中で背後に跳び、追撃入れるように封龍剣【超絶一門】を振るおうとしたが、反撃するようにミラボレアスが火炎のブレスを吐いてくる。その規模は先ほどまでよりも大きく、それだけミラボレアスの怒りを表しているかのようだ。

 しかし月は冷静だった。封龍剣【超滅一門】を構えなおすと素早く空中旋回を行い、ブレスをやり過ごしていく。当然月を追うようにミラボレアスが首を動かしていくが、炎は地表にも降り注ぎ氷槍陣を溶かしていく。

 あれは所詮氷だ。高温に煽られれば溶けていくのは道理。

 

「だらしゃあああああああああああ!!」

 

 露わになる足へと再び紅葉が突貫していく。彼女もまた先ほど以上の力を解放しており、角竜鎚カオスレンダーに纏われている力が高まっている。そのままフルスイングで振り抜かれた角竜鎚カオスレンダーは――

 

「ゴアアアアアアアアッ!?」

 

 ――ミラボレアスの左足の鱗を完全に破壊し、中の肉をも強い衝撃で打ち砕き、ミラボレアスを転倒へと導いた。旧シュレイド城の城壁を崩しながら転倒するミラボレアスを見た昴達は、これぞ好機と一気に攻撃を開始する。

 紅葉は素早く動き、破壊されている胸へと移動して体を回転させながら連続して殴りつける。十分に遠心力が乗った角竜鎚カオスレンダーを、またフルスイングして胸に強い衝撃を与える。

 顔は城壁の中に沈んでいるため、腹へと移動した雷河は最早大鬼薙刀は必要ないとばかりにローブへとしまうと、格闘術を行使してミラボレアスの体を殴りつけていく。

 月も首へと近づくと封龍剣【超滅一門】の大部分をローブへと納め、柄を握りしめたまま力を溜め始めた。抜刀術を生かした抜刀溜め斬りを放とうとしているのだ。それに対し昴は足へと接近して気刃斬りを放っていき、白猿薙【ドドド】の錬気を溜めていく。

 十分に溜めたそれを解放しつつ、更に錬気を溜めながら自身の気を纏わせていく。それを背中にある鞘へと刀身を収めて腰を低くして脱力。

 獅鬼から教わった硬い敵に対抗するための技術の一つ。

 

「……抜刀、氷刃斬!」

 

 脱力からの居合い斬り。高速で抜かれた白猿薙【ドドド】はミラボレアスの足を斬るだけではとどまらない。蒼い刀身だけでなく纏われた気に反応した氷属性の刃も顕現し、刃と共に一瞬でミラボレアスの足を一閃する。

 切断面を凍結させてしまうが、確かにその一撃は深手を負わせた。

 だがこれで終わらずに続けざまに体を捻って傷口と交差させるように斬りつけながら納刀。また力を溜めてからの薙ぎ払いと繋げていき、着実にミラボレアスへと傷を負わせていく。

 向こう側ではゲイルがミラボレアスの翼へと乱舞を繰り返しており、少しずつその翼膜をボロボロにしていくところだ。だが流石と言うべきか、ミラボレアスは翼膜もまた薄いながらも頑丈であり、ゲキリュウノツガイを何度も弾き返してくる。

 それを鬼人化の影響で強引に突破し、ゲイルは両腕が痺れるような感覚を味わいながらも斬り続けていく。

 

「グオオ、オオオォォォォ……!」

 

 そこでミラボレアスが呻き声にも近しい唸り声を上げながら起き上っていき、今まで好き放題に攻撃してきた昴達を振り払うように尻尾を振り回し始めた。すぐさまミラボレアスから離れていく昴達だが、クイックターンを繰り返して遠心力が乗り始めた尻尾は鞭のようにしなりながらぐんと伸び、暴れるように踊る先端が昴とゲイルを捕えて弾き飛ばしてしまう。

 

「がっ、ふ……ッ!?」

「ん、が、は……っ!?」

 

 肺にある空気を強引に吐きだし、内臓にまで響いてきそうな程の衝撃を感じながら二人は勢いよく吹き飛ばされ、城壁に強く叩きつけられて意識を飛ばされてしまった。

 

「昴っ!?」

「ゲイル!? くっ、止めるよ!」

 

 気絶してしまった昴へと紅葉は駆け寄りそうになるが、追撃を与えようと向きを変えていくミラボレアスに気づいてそれを堪え、ミラボレアスへと月と共に疾走していく。

 だがミラボレアスは口をゆっくりと開いて火球を放とうとする。それを止めるべく月が跳躍したが、それよりも早く空中に浮かんだ黒い塊から鎖が幾つも伸び、ミラボレアスの口を封じるように巻きついて縛り上げる。

 それだけではなく、手足を封じるように顕現し、ミラボレアスが動かぬように固定し始めた。一体誰がやったのかと紅葉達は考えたが、すぐに術者が誰か月にはわかった。

 薄く笑いながら彼女に感謝し、再び首へと鋭い一撃を与えていく。そこには先ほど叩き込んでやった傷口が刻まれている。そんなミラボレアスの首へと三つ目の傷を作り上げながら体を両断するような一撃を叩き込み、縦の傷に交差させるように横一文字に薙ぎ払う。

 

「オオオ、グルォォォオオオオオ!!」

 

 自らを縛り上げる鎖を強引に解こうとしたミラボレアスだったが、突如ミラボレアスへと接近していく一つの影が現れる。それはミラボレアスの顔へと迫り、すぐに離れていった。

 だが、その際赤い飛沫が吹き出し、先ほどまで以上の悲鳴がその場に響き渡る。

 あまりにも突然の出来事に月達は思わず呆然とする中、影は静かに城壁の上へと舞い降りる。

 

「ご苦労だったな。貴様らの健闘により、こうして黒龍の眼が手に入る事が出来た」

「羅刹……!?」

 

 冷たい笑みを浮かべる羅刹の手には抉り取られたミラボレアスの左目がある。金色に輝くその瞳はまるで宝石のようで、しかし黒い瞳孔は禍々しく感じられる。

 それだけではない。あの瞳からは凄まじい力を感じるのだ。瞳には力が宿ると言われているが、それだけでは説明がつかない程の力があの瞳に凝縮されている。

 左目を奪われたミラボレアスは左目があった場所から大量の血を流し、あたかも血涙をしながら残った右目で羅刹を憎々しげに睨み、攻撃を仕掛けようとした。しかし羅刹がミラボレアスを一瞥し、ぱちんと指を鳴らした瞬間、城壁の上に転がされていたセレナの体が動き、羅刹の傍へと立たせられた。

 それだけではない。彼女の体から一つの魔法陣が顕現し、それに従って力が働いて彼女の口から呻き声が発せられる。

 

「縛鎖、封龍」

 

 ただ一言告げた瞬間、何かしようとしたミラボレアスを封じるように黒い鎖が顕現して再び奴の体を縛り上げていく。まさか、最初の鎖も羅刹が作り出したものなのだろうか。続けて羅刹は視線を巡らせ、エレナとアリスにも睨みを利かせた。その瞬間彼女らの体からも魔法陣が顕現し、セレナ同様に呻き声を上げてしまう。

 

「な、何をしている!?」

「儀式だ。必要な物はすべて揃っている。あとは……手順を踏めばいいだけの話よ」

 

 そう言いながら手にしている黒龍の眼を前へと出す。すると三人の少女の体から何かが這い出てきたではないか。淡く光るその珠はゆっくりと魔法陣の中心を潜り抜け、そのまま黒龍の眼へと吸い込まれていく。

 あれが何か気づいた月は息を呑み、「やめろ、羅刹!! 貴様……彼女達を生贄にするつもりか!?」と叫び、羅刹へと斬りかかっていく。だが羅刹は動じた様子もなく、ただその場に佇むだけ。

 それだけだというのに、いつの間に張られたのか彼の周囲には障壁が存在し、月の刃を受け止めてしまう。

 

「騒ぐな、月。魂がぶれる。この宝玉眼の輝きが最高潮にならぬではないか」

 

 宝玉眼とは黒龍の眼の別名であり、この世界に伝われる三大宝石の一つとされている。しかしその入手先が伝説に伝えられし存在であり、入手しようにも難しいため伝説に語られる宝石でもある。

 その宝石に吸い込まれていく三人の魂。その度にその金色の光は強くなっていき、内包する力が更に力を増していく。

 

「去れ。そして見よ、我が新たなる力をな!」

「うが、あぁ、あああががががが……、あぁぁぁぁ……っ」

 

 呻きは声にならなくなっていき、目に生気がなくなっていく。それでもセレナはすぐそこにいる羅刹へと何とか振り返り、「な……ぜ……」と問う。いや、羅刹という人物がこういう人物だという事は前からわかっていた事だ。

 しかし、最期まで彼は自分達の事を駒とし、使い捨てにするつもりだったのか。

 

「何故? ……そうだな、消えゆく貴様に最後に教えておこうか」

 

 魂を吸い取る事をやめず羅刹は言葉を続けていく。

 

「貴様らの結末は、この通り宝玉眼に貴様らの魂を注ぎ込む事だ。貴様らの魂は実にいい味を占めている。これに捧げる生贄とするためにわざわざ貴様らを育て上げてやったのだ。元々朽ちて果てるはずだった貴様らの死に、意味を与えてやったのだ。感謝するがいい」

「……私達は、貴方のために……今まで……」

「そうだな。よく働いてくれた。実にいい駒だった」

「……そう、ですか……こんな私達に、意味のある最期を……感謝します」

 

 それを最後の言葉とし、セレナは静かに倒れていく。続けてエレナとアリスも倒れていき、彼女らの魂は完全に宝玉眼へと消えていった。それを見つめるしか出来なかった紅葉達はただ呆然とするしか出来ない。

 今まで戦っていたレイン達も、セレナを縛り上げた優羅も言葉を発する事が出来ない。

 だが心の中では静かに燃え上がる炎があった。

 

「……外道があああ!! 貴様、貴様に今までつき従ってきた者達に対する仕打ちがこれか!?」

「……ああ、今のは流石にブチ切れそうだわ……。胸くそわりぃ……!」

「ふん……住処を失い、両親を失い、今にも死にかけた三姉妹を拾い、あそこまで育ててきたのだ。誰にも知られず、死ぬはずだった運命を、我のために死ねるように変えてやったのだ。それのどこが悪い?」

 

 心外だ、とでも言わんばかりの雰囲気でそう言いながらぐっと宝玉眼を握りしめる羅刹は本当にそう考えている風だった。

 彼の言い分を考えると、セレナ達は孤児という事になる。羅刹が拾わなければ死ぬというところまで弱っていたのだろう。しかし羅刹がそこに現れ、彼女らを助けた。だから彼女らは今日まで生きてこられた。

 命の恩人だったから彼女達は羅刹のために動いた。例え駒として扱われようとも、それが羅刹に対する恩義だったのだろう。セレナの最後の言葉、あれが彼女の本心だったとするならば、彼女らの人生は彼女らにとっては意味のある事だったのかもしれない。

 しかし……それでもレイン達にとっては羅刹の行動は許しがたい事だった。

 

「そう、あれらは我が目的のための贄だ。我が人を超えるための最後の布石! 数多の命を殺し、伝説種の力を取り込むことにより、我はようやくその時を迎える!」

 

 握りしめられた宝玉眼が強い光を放ったかと思うと、それは少しずつ粒子となって羅刹の左手へと吸い込まれていく。それだけではなく金と黒の粒子となり、羅刹の体を包み込み始めた。

 同時に凄まじい勢いで放たれる力の波動。それは暴風となり、下にいるレイン達へと襲い掛かる。特に数メートル離れた所にいた優羅は顔を庇うようにしながら堪えていたが、その力の奔流に飲み込まれる事によりシュヴァルツの因子が刺激され始めた。

 

(……くっ!? ミラボレアスの力に反応している……!?)

 

 宝玉眼に内包されていたミラボレアスの力。その波動だけでシュヴァルツの因子が反応する。それはシュヴァルツの力が伝説種にも対抗しうるものだからだ。何としてでもこれを抑えなければならないとぐっと歯噛みして耐えきる中、優羅は羅刹へと入り込んでいく力の動きを視る。

 そして息を呑む。

 元々強かった羅刹の力が、凄まじい勢いで上昇していっているのだ。

 そのインフレ具合は自分の理解の範疇を超える。下手をすれば月をも超えかねない程の跳ね上がり具合。

 

「……冗談だろ?」

 

 思わず漏れて出てしまった言葉。

 それは収まっていく力の奔流によってかき消され、そして静かになった世界の中、漆黒の装備に身を包む羅刹の姿がそこに現れる。

 自分自身に宿った力を感じとり、羅刹はぐっと両手を握りしめて天を仰ぐ。

 

「ふはは、ふははははははははははは!! ついに足を乗せた! これが世界を超える第一歩となろう! これが! これが“世界”の力の一端か! 魔女の理論は正しかったというわけだ! 数多の犠牲を超え、伝説種の力を取り込む! それが、“世界”へと至る条件の一つ! 成功だ! 成功したのだ! 我は、成功したああああああ!!」

 

 歓喜狂乱。

 圧倒的な力に狂ったように高笑いし、全身で、声で歓喜を示しながら羅刹は勝利に酔いしれる。

 一方あの羅刹が更に凄まじい力を手にした事で、レイン達の心は更に強い衝撃を与えられることになる。セレナ達を生贄にしたという事実だけではない、あれだけの力を羅刹が手にしてしまったという現実が重い。

 そこにミラボレアスがいるというのに、月をも超えてしまう力が彼に宿った。

 

 勝機が見いだせない。

 

 絶望の雰囲気が生まれ始めていた。

 

(……ついに、羅刹を殺すタイミングが訪れたというわけだ。どこまでも予想通りの行動をしおって、その喜び、屈辱にまみれた絶望へと叩き落としてくれよう)

 

 だがこの中でただ一人、この絶望すらも好機と見る者がいる事を誰も知らない。

 

 

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