ドンドルマの平原で行われている戦いは終わりに近づき始めていた。黒グラビモスを討伐したことで流れを物にしたソル達は、一気にグラビモスへと攻め立てていく。腹を破壊されていたグラビモスはハンター達の集中攻撃を受け、そうでないグラビモスもソルが合流したことで押され始めている。
そんな様子をドンドルマの外壁の上から天音が双眼鏡で見守っている。街の人々を避難させ終えた彼女はここにやってきて補給物資の運搬や、負傷者の回収を指示している。
「救助隊、B地点へと出動してください。グラビモスの抵抗が強まってきていますので注意を」
「はっ、伝えて参ります!」
「それと、医療班へ物資の確認を。そろそろ熱傷に対する薬品が切れかけているのではないですか?」
「はいっ、確認してきます!」
二人の隊員が敬礼すると階段を駆け下りていき、天音はもう一度双眼鏡を覗き込む。下では門が開き、アプトルが数匹出動していった。荷車には担架が乗せられており、ギルドナイトの隊員だけでなく救護アイルーも数匹乗車している。
入れ替わるように向こうから同じように荷車を引くアプトルが帰ってきており、そこには担架に乗せられているハンターが確認できる。
そう、グラビモスも命の危険が迫ってきている事は感じており、黒グラビモスのように死なないように必死の抵抗をし始めている。寄ってきたハンターを押し潰し、睡眠ガスを放出し、熱線を射出する。
(手負いの獣ほど怖いと言います。気をつけてください……)
何か不吉な予感がした天音はそう祈るしか出来ない。自分の役割はここで部下達に指示を出していく事なのだから。
ソルはグラビモスへと角王弓ゲイルホーンに番えた矢を放ちながら、脱落していくハンター達を見て舌打ちする。グラビモスからは強い闇の気配を感じ始め、それに比例するようにグラビモスから殺気が高まり始めている。
しきりに火炎ガスを放出してハンターを近づかせず、熱線を薙ぎ払って焼き尽くそうとしてくる。その度に魔法使いは防御術を展開し、その隙をついてソルをはじめとする遠距離攻撃手段を持つハンターが反撃する。
それで怯めば一気に攻め、離脱する。これを繰り返して着実にグラビモスを追い詰めていった。
「角王、ブースト2」
長引かせるわけにはいかないとソルは残りの体力などを考えて決断する。ハンター達の消耗も激しくなっている。グラビモスの抵抗がこれ以上激化するような事があれば、また死人が出るだろう。
数本番えた矢に角王弓ゲイルホーンから力が注がれ、それに従って矢は淡く光を放ち出す。それを射出すると、凄まじい勢いで甲殻の隙間や露出しているグラビモスの体を貫いて体内へと侵入していく。
「破砕せよ」
十分体内に侵入したと判断すると、その一言を告げてグラビモスの体内で矢に纏わせた力を爆破させた。その衝撃でグラビモスの体は大きくよろめき、呻きながら口から血を吐き出してしまう。
それで攻撃が終わったわけではない。左へと矢を撃ち出した後に今度は山なりに飛ぶように矢を射出する。左に撃ち出したはずの矢は弧を描いてグラビモスの側面から体内へと侵入し、山なりに飛んだ矢は背中からグラビモスを貫いていく。
二つの矢はグラビモスの体内で交差し、その軌跡はまさしくグラビモスを中心とした十字を作り上げる。
「其は十字架、彼の者を断罪せし力よ、顕現せよ」
一本の矢を番えつつ謳うように詠唱すれば、矢の軌跡が力を放ち始めグラビモスの動きを止めるように白い十字架がそこに出現する。突然身動きが取れなくなったことに驚いたグラビモスは何とか脱出しようともがくが、自分の体を貫くように顕現している十字架によって逃れる事は出来ない。
矢に纏われた力は番えている矢をあたかも槍のように変化させていき、ギリギリと引き絞られた槍はグラビモスの心臓を狙っている。
「ゴ、ア……グオォァ、……ォォォォオオオオ……!?」
「磔られし罪人を裁く槍よ――」
そのまま詠唱を続けようとしたソルだったが、グラビモスから発せられる凄まじい力を感じとり、一時中断してその場から飛び退くように疾走を開始する。他のハンター達もこの異変を感じとり、それぞれ防御体勢に入る。
その一瞬後、グラビモスは大きく息を吸ったかと思うと今まで以上の規模の熱線を放出した。それはグラビモスの口の大きさには収まらない程の太さを誇り、それをソルが先ほどまでいた場所を貫くだけでなく、その先にあるドンドルマにまで届く程の出力を発揮した。
「っ、天音!?」
思わずドンドルマの方を振り返りながら、ソルが被害状況を確認してしまう程の極大熱線。あんなものを隠し持っていたというのか、と戦慄せずにはいられない。いや、隠し持っていたというより、狂化の影響で増幅されたエネルギーの放出かもしれない。
あれはただの排熱機能では収まらない。普通に相手を討ち倒すべく生み出された攻撃手段だろう。
反動でグラビモスの体中から爆発的な火炎ガスが放出され、軽くグラビモスの体がよろめいてしまうが、それでも十字架に磔られているグラビモスはその場に縫い付けられたままだ。
チャンスである事には変わりない。
天音やの事は気になるが、今はグラビモスを仕留めなければならない。
先ほど中断した詠唱を再び口にしつつソルはもう一度矢を引き絞っていく。
「磔られし罪人を裁く槍よ、どうか彼の者を導きたまえ」
番えられた矢の先端に強い力が纏われていき、十分に引き絞られた弦を放てば、視認できない程にまで速く空をかけるように矢がはしる。ただの矢では説明つかない程の力を秘めたその一撃は、露出されている肉からグラビモスの心臓を一撃のもとに貫き通す。
動きを止めてしまい、なおかつさっきから射出してきた矢やガンナー達の弾丸、そしてハンター達の健闘により傷ついていたグラビモスの胸があったからこそ成った攻撃。
心臓を貫かれたグラビモスは少しだけ呻き、しかし心臓を貫かれてはどうにもならない。静かに地面に沈み込んでいった。
向こうにいる最後の一頭もついにハンター達によって討伐され、ここにドンドルマの平原の戦いは終了する。
一方ソルが気にしていた先ほどの攻撃。ドンドルマの外壁にまで到達した極大熱線はドンドルマ内部まで侵入しかねない程の威力を誇っていた。だが天音はもしもの時にもきちんと備えていた。
グラビモスがいる方角にある外壁全てに炎の守りをかけるようにあらかじめ指示してあり、双眼鏡を覗き込んでグラビモスの動きを確認し、力の動きもしっかり視通していたため、何か来る、と第六感の知らせを感じた瞬間魔法使いへと指示を出した。
自分も加わって炎の守りの効果がある障壁を重ねるように展開し、何とかドンドルマ内部まで届かせる事を防ぐ事が出来た。少しでも遅れれば街中へと侵入していた事だろう。
城壁の一部が焼き払われただけに留められたのは幸いか。
「討伐成功のようです。手が空いている者は彼らを迎えに行ってあげてください。そしてそこの貴女、大長老へと報告を」
「はい!」
駆けていく少女を見送りながら天音も城壁から飛び降り、少し騒がしくなり始めた広場の様子を見まわす。そこには負傷者の手当てをするためのテントがいくつかあり、別のテントには支援するための物資が積み上げられている。
そんな様子を見まわし、門を超えて平原へと向かっていくアプトルを見送りながら天音はふう、と息をつく。
(負傷者だけでなく死者も出てしまいました、か)
戦いに絶対はない。死者が出ないように気をつけたとしてもそれが絶対に果たされるはずもない。悲しい事だがそれが現実なのだ。
しかしまた守りきれたことを喜ぼう。
ドンドルマに迫った脅威はソル達によって討伐された。
門の向こうを見ればアプトルに騎乗、または荷車に乗って戻ってくるソル達が見える。天音は労いの言葉を考えながら帰ってくる者達を出迎えるべく門まで向かったのだった。
○
羅刹が身を包むその漆黒の装備は禍々しさを感じさせる力の波動を放っている。頭部と首回りから伸びる角、左腕や腰元、足生える棘。背中から生える蝙蝠のようでいて龍を体現する黒き翼。その外見すらも禍々しさを感じさせる。
それを見た月は息を呑みながらその装備を口にする。
「……ドラゴンXシリーズ、か? 本物……というものじゃないだろうね。纏った力がそう言う風に顕現させているというだけだろう」
ドラゴンXシリーズとはミラボレアスの素材を使って作り上げられた装備とされている。一応カタログとしては存在しているが、それを作り上げようという酔狂な人物はそうそういない。
それだけでなく討伐したケースも少ないため作った者はほとんどいない。月も討伐した事はあるが、その素材を使って装備を作る気にはなれなかった。
いや、そんな事はどうでもいい。問題なのはあの羅刹が更に力を手にしてしまったという事だ。ただでさえ力を持っているというのに、更なる力を手にしてしまうなど冗談ではない。
しかも彼は気になる事を口にしていた。
人族が“世界”に至る条件の一つ。つまり彼は――
「“世界”に至ろうとした、という事か……!」
「そうだ! 貴様達では到底届かぬ領域へと我は足を踏み入れるのだ! ……とはいえ? 遺憾なことにこれではまだ足りぬ。……そう、貴様らの魂も喰らい、ミラボレアスそのものも喰らってくれよう! そうする事で真の意味で我は“世界”に至ろう!」
轟ッ! と凄まじい力の奔流が発せられ、月達へと襲い掛かる。それに飲み込まれんと気をしっかりと保ってみせるが、それでも呑みこもうとせんとする力の奔流。
まるで力が竜を形作って襲い掛かってくるかのような幻視をしてしまう程に濃厚な力。
圧倒的な力、絶対強者の力。
月の今の力をも呑み込まんとする程の力を前に膝を折ってしまいそうになる。
(……くそ、ふざけるな……このアタシがここで膝を折るわけにはいかない……!)
歯噛みしながら何とか優羅は立ち上がる。羅刹から視線を逸らさずに睨みつけてみせるが、そこで気づいた。羅刹から僅かに伸びる力の糸がある事に。それを視線で辿っていこうとした時、背後から一陣の風が吹き抜けて羅刹へと向かっていった。
それに羅刹は反応したようだが、それでも自分の首を掴み取る獅鬼の速さに驚く様子はない。余裕そうな笑みを浮かべながらそれを受け止め、城壁に叩きつけられる。
「どうした、四季よ。荒れているな?」
「……そう見えるか? オレは今、素晴らしく冷静だ」
「そうか。では、更に頭を冷やすがいい!」
首元を掴む獅鬼の手を強引に引きはがし、掌底を放って獅鬼を吹き飛ばす。だが今の一撃はただの衝撃だけでなく闇の力が付加されている。それは腹から背中へと突き抜け、内臓も衝撃で揺さぶられてしまう。
胃の中の者が逆流しそうな程の衝撃だが、獅鬼はそれを堪えながら地面を滑っていく。
それを見届ける間もなく羅刹は月へと襲い掛かり、彼女を抹殺せんとするが、月はそれに反応して受け止める。だがぶつかり合った衝撃で二人を中心として激しい波が広がっていく。
それに飲み込まれないように堪える周りのレイン達。あの中に入り込む事など出来るはずがない。ならばそこで縛られているミラボレアスを何とかするしかない。標的をミラボレアスへと切り替えようとしたが、羅刹が両手を広げた瞬間、彼を中心として竜の頭をした力の奔流が発生する。
対象を選ばないその攻撃はレイン達だけでなくミラボレアスへも向かっていく。その全てに喰らい付き、呑みこまんとする攻撃は凄まじい勢いで襲ってくる。障壁や気の鎧で身を守るが、それでも食らいついてくる黒い竜。
「ふはははは! さあ、貴様らの力、命、我に捧げるがいい!」
喰らいついた竜から力が奪われていくような感覚が襲い、思わずふらつきそうになるがそれを堪えて気刃を放って羅刹へと反撃する。だが当然そんな反撃が通用するはずもなし。紅葉も角竜鎚カオスレンダーを振るって襲ってくる黒い竜を殴り飛ばしていくが、それでも力の波動は収まらない。
苦い表情をしながら月が魔力を練って黒い竜を吹き飛ばす衝撃波を放ち、それによって何とか黒い竜は消滅していく。だが羅刹に対しては大したダメージにならず、余裕の笑みを浮かべて月を指さし、彼女の胸を貫くような魔力弾を射出する。
それに反応した月が防御するように小さな障壁を作り上げて防御し、羅刹へと向かおうとしたが、またしても獅鬼が飛び出して羅刹へと接近する。
その様子を見守っていた優羅は目を細めて二人を視る。
先ほど見えた力の糸、それは羅刹と獅鬼を結ぶように繋がっていたのだ。しかも気のせいかその糸が増え、力を増しているように見える。それが意味する事を考えながら見ていると、獅鬼は羅刹へと殴りかかっていく。
当然羅刹はそれを受け止めるように手を出し、しかし獅鬼はその腕を取ってなんと握りしめていた札から鎖を顕現させて自分と羅刹の腕へと巻きつけていった。
「……何のつもりだ?」
少し不愉快そうな表情をしながら獅鬼へと問う羅刹だが、獅鬼は答えずに仮面へと手を伸ばし、なんと自分から取り払った。
二十代後半の男性のような顔つきをした彼の素顔が晒された瞬間、その顔に刻まれた紋様――すなわち羅刹が刻みつけた呪印が浮かび上がる。
「貴様……何を――――っ!?」
素顔をここで晒すという事は、羅刹が設定した「人に素顔を知られてはならない」に該当する。それがわかっていたからこそ今の今まで彼は仮面を嵌めていた。発動した呪印によって殺されないように。
だというのにここで自分から仮面を取り、素顔を晒した。その意味が解らない。
だが体の内側から違和感を覚えた羅刹は、獅鬼の狙いに気づく。
「貴様ぁ……我との繋がりを強くしおったな!?」
「……気づいたか。その通り、貴様が刻んだこの呪印は貴様と常に繋がっている。オレが生きているか死んでいるか、どこにいるかを察知するために設けた小さな魔力の糸……それを利用させてもらった」
呪印の効果の一つがそれだ。
獅鬼と羅刹は僅かながらも小さく繋がっており、羅刹は意識すれば獅鬼がどこにいるかを把握する事が出来た。またその気になれば羅刹の意志で獅鬼に制限をかける事も可能であり、条件を満たさずとも呪い殺す事は可能だった。
そうしなかったのは面白くないから、という理由であり、言い方を変えれば“出来損ない”である獅鬼に何が出来るのかと侮り、余裕があったのだ。
それが……羅刹の失態。
獅鬼を監視するはずのその糸は、獅鬼の立てた計画に利用されることになってしまう。
先ほどから静かにこの糸と同じようなものを羅刹へと繋げ、やり取りされる魔力の量を増やしていったのだ。ばれてしまっては仕方がない、と用意してあった札を握りしめ、羅刹の胸を殴りつければその糸は太いパイプのようなものとなり、羅刹が手にしたあの力が獅鬼にも流れ込み始めた。
「ぬおおおおおおおおッ!? 貴様、貴様ぁぁぁあああ!?」
「おっと、オレを引きはがそうなどと考えるな? 今オレはお前の仕掛けた呪いも発動している。この力の奔流によって進行は遅れているが、貴様の方にも流れている。引きはがせば呪いはそれに抗って一気に貴様の体を侵す。……人を呪わば穴二つ、貴様も呪殺されるだろうよ」
「ッ!? で、“出来損ない”があああッ!! 我を、我を嵌めおったなあああッ!?」
羅刹が手にした力とやり取りされるように、獅鬼を呪殺する力もまた羅刹へとはね返っている。本来ならばもう死んでいるはずの獅鬼がこうして生きているのも、羅刹へと分担されるように効果が流れているせいなのだ。
それを羅刹も感じ取っており、自分の体を侵し始めている呪いに気づき、これを止めようとした。だがそれはすなわち獅鬼を呪殺する事が出来ないという事になる。しかしやむを得ない。羅刹は何とか呪いを止める事にした。
獅鬼の顔に浮かんでいた呪印は消えたが、それでも獅鬼へと流れ込んでいくミラボレアスの力は止まらない。
「何故止まらない!? 貴様、一体何をした!? 我の力を……奪い取るつもりかぁッ!?」
「ああ、奪い取らせてもらう。そして――」
にやり、と羅刹を嘲笑うかのように笑みを浮かべると、
「――貴様とオレ、どちらも死ぬまでこのままだ」
「なん、だと……!?」
「これだけの力だ、これをお互いの間で行き交わせ、エネルギーがぶつかり合えばどうなるか、貴様もわからんはずもあるまい?」
「我と……我と心中するつもりか!? 正気か貴様ぁッ!?」
「言ったはずだぞ、羅刹。オレは貴様を殺す、と。貴様のような存在は生きていてはならない、故に今日ここで死ね、と。そのためならば、同じ神倉一族として命を投げ出す事もオレは厭わない」
そう告げて獅鬼は羅刹へともう一つの鎖を顕現させてこれをもう片方の腕同士を縛り上げ、更に羅刹の体にも巻き付いて彼の動きを封じ込める。当然羅刹は抵抗し、鎖を破壊すべく力を解放させ始める。
だがどういうわけか鎖は破壊されず、お互いの体を縛るのみ。
「何故壊れぬ!? この程度の鎖など……」
「残念ながらこれは貴様用に作り上げたオリジナルの鎖でな、相手の力を食いながら強度を上げていく代物なのだ。つまり、相手の力が強ければ強い程縛る力を増す。お前にとってはやっかいな代物だろう?」
「……おのれ、おのれおのれおのれおのれぇぇぇえええええ!!」
元から強い力を保有する羅刹が、ミラボレアスの力を取り込むことで更に力を付けた事が仇になった瞬間だ。力を以ってして強引に破壊していく羅刹にとってこのような術式を組んだ鎖は解けることがない呪縛となる。
「まさか、すべては……このために作らせたのか、獅鬼……っ!」
そしてこれを作ったのは月だ。獅鬼に頼まれて作り上げた特殊な鎖術。その効果を聞いて疑問を感じたが、獅鬼は全てを語らなかった。ただ敵を倒すための切り札であると口にするだけ。
そしてそれは、確かに彼の切り札であった。これ以上ないほどに今の羅刹に効果を発揮する鎖。
なんとしてでも逃さない、と月が作り上げた鎖は素晴らしい効果を発揮してくれた。
あとは――この力を以ってして羅刹と共に死ぬのみ。
羅刹が手にした力を一気に奪い取り始めると、羅刹の顔を覆っていたドラゴンXヘルムが消え去り、その下から屈辱的な表情を浮かべている羅刹の顔が現れた。
その表情を見た獅鬼はまた嘲笑するような表情を浮かべ、
「――無様だな。だが、いい表情だ。オレは……貴様のその顔が見たかったのだよ。ああ、ついでにいえばこのような不安定な状態で力を操作させようと思うな? 力が暴走するか、その瞬間鎖がそれを奪い、更に貴様を締め上げる。無意味に自分を痛めつけるのみだ」
「“出来損ない”が……舐めた真似を……!」
「そう、それだ」
抵抗しようとガチャガチャと鎖を動かしながら憎らしげに言えば、獅鬼は笑みを浮かべながら小さく頷く。
「そうやって相手を見下し、自分が優れているという思考。どうしてこのような状況になったと思う?」
奪い取った力を強引に押し返すようにすれば、二人の間で黒い力の奔流が発生し、ぶつかり合った力の境界線が生まれ出る。小さな黒い球体が発生し、少しずつ力を増していく中、獅鬼は羅刹へと語りかけ続ける。
「貴様はオレを面白そうなことになると判断して生かした、生かし続けた。オレに出来る事などそんなにないと判断した。それこそが過ち、貴様の最大の過ちだ。オレはこの呪いを分析し、この道筋を見出し、備えつづけた。全ては貴様を殺すために。全ては……この時のために!」
「ぐ、ぬぬ……!」
「言ったろう? その傲慢さが、貴様の敗因だ。遠い昔貴様がミラボレアスに敗れた時も、そして今、貴様が“出来損ない”と蔑むオレに殺される事も、全ては貴様の思い上がった傲慢さによるものだ。……残念だったな、神倉羅刹。貴様は――――“初代最高傑作”は、“出来損ない”に殺される!」
力の奔流は勢いを増し、二人の間だけでなく二人の体をも侵し始めた。体の節々が痛みだし、体内では内出血を起こし、暴れ狂う力が表面に浮き出て体を斬り刻み始める。
突発的に体から血が噴き出し始める中、羅刹はそれでも抗おうともがく。だが獅鬼が仕掛けた鎖はそれでも彼の体を縛り続け、彼は獅鬼から逃れる事が出来ない。
獅鬼も体を傷つけられているというのに笑みを消すことなく、ただただ力を注ぎ続けている。
そんな彼へと雷河が駆け寄ろうとしたが、「来るな、雷河!」と彼は叫んだ。
「親父、親父ぃっ! まさかこのまま、続けるってんじゃないだろうな!? 俺を、俺達を置いていくってのかよ!?」
「……すまんな、雷河。だがこうしなければこいつは死なん。それはお前にもわかっているはずだ」
「っ、でも、あんたはまだやることがあるはずだろうが!?」
「……残念だが、それもこれまでだ。それにオレの戦いはこいつを殺す事で完結させると前々から決めていた。長い戦いは今日、終わりを迎える。それに、お前達にも教える事はほぼ全て教えたつもりだ。……なあ、オレの弟子達よ」
その言葉に雷河だけでなく、彼に師事されていた紅葉と優羅も反応する。いつの間にか意識を取り戻していた昴とゲイルも獅鬼を見上げており、昴も息を呑んで様子を見守っている。
獅鬼にとって恐らく一人目の弟子であろう優羅でさえも、驚きに彩られた表情で彼を見つめている。そんな優羅に小さく笑いかけ、「お前達は成長した。オレにとって誇れる弟子達だ。一癖ある奴もいるが……もう大丈夫だろう? なあ?」と視線を向けながら呟いた。
それは自分に向けられた言葉だと気づくと、優羅は小さく歯噛みして小さく頷いた。
それで満足したように頷き、肩越しに月と風花を一瞥した後、視線を羅刹に向けたまま、
「――月、風花、後は任せた」
と告げ、今まで以上の力を注いで小さな球体を一気に成長させていった。それは二人の力を取り込むたびにバチバチと音を立てて二人を呑み込み始める。
「さあ、逝こうか。なあに、これは地獄への片道切符だ。貴様は十分に前払いを済ませている。後は、閻魔が終点で待っていてくれる事だろう」
「クソ、クソクソクソクソが……この我が、我が……このような最期をッ!? 認めん、認めんッ!!」
暴れる羅刹が獅鬼へと頭突きを仕掛けるが、そんな事では獅鬼の意識を奪う事など出来やしない。ぎろり、と羅刹を睨み付けながら黙らせるように獅鬼からも頭突きを仕掛けた。
「さあ、オレの最後っ屁に付き合ってもらうぞ!」
突然獅鬼は羅刹を引っ張ったまま跳躍し、黒い球体もそれに従って二人の間から離れることなくついてくる。向かった先は今もなお羅刹が仕掛けた鎖に縛られ続けているミラボレアス。
その狙いに気づけても、どれだけ暴れても逃れられない。
笑みを浮かべたまま
「おのれ四季いいいいイイィィィィィッ!! このような最期……待ち望んだ領域が、ようやく“世界”がこの手に掴めるその瞬間に……許さん、許さんぞおおおおおおオオオオオオオオォォォォォォォ!!」
その最期の言葉を呑みこむように、二人の間にあった力は一瞬凝縮された後に一気に膨張し、極大の爆発を起こした。激しい爆風と爆音が周囲に吹き荒れ、しかも目の前でそれを起こされたミラボレアスは大きな悲鳴をあげて背後に倒れていく。
羅刹が取り込んだ力があまりも大きかったせいか、その爆発の規模は大きく、思わず顔を庇ってしまいそうな程だ。だがあれはまさしく自爆に等しい程の行為。いや、あれはまさしく自爆だ。
羅刹を道連れにした自爆を獅鬼は実行したのだ。
血の雨もバラバラになった肉片や遺品も何も降ってこない。文字通り彼らの全てを消滅させてしまう程の爆発を起こして彼らは逝ってしまった。だがあれならば……羅刹といえども間違いなく死んだ。
そう、神倉羅刹は死んだのだ。
神倉獅鬼の策によって。
あの絶望的な状況を、たった一人で練り上げた策を実行してひっくり返してしまったのだ。
「……………………」
その一部始終を見てしまった昴達は言葉を失ってしまう。何を言っていいのかわからない程に頭がこの現状に追いついてきていない。雷河も呆然と獅鬼達がいた場所を見上げていたが、がたがたと体を震わせ始め、
「……親父……親父いいいいいいぃぃぃぃぃッ!!」
慟哭する。彼にとっては自分を拾い、育ててくれた親のような存在だった人だ。そんな彼が目の前で最大の敵と共に自爆してしまった。
そうしなければ……自分達が死んでいただろう。
羅刹のあの力は間違いなく自分達ではどうする事も出来ない程の力だ。まず間違いなく彼の目的のために自分達も殺されたに違いない。
獅鬼はその命を投げ出して自分達を守ってくれた。
それは冷静になればわかることだが、それでも感情が暴れてしまう。雷河は恐らく初めて人の前でみせる涙を流しながら慟哭し続ける。
だが……状況は彼の死を悼むことを許さない。
ゆらり、と仰向けに倒れていたミラボレアスが立ち上がっていき、羅刹が死んだ事で効果を失い始めた鎖を消滅させながらミラボレアスは翼を一度広げて唸り始める。
その顔や首、胸は先ほどの爆発の影響でかなり傷ついている。とめどなく血が流れだし、角も一本失っている。
「ゴオォォォォォォォ…………」
掠れたような声を漏らしながら口から火の粉を発しており、右目で地上にいる昴達を見回していく。ミラボレアスにとって力の源の一つである瞳を片方失い、獅鬼の最後っ屁を受けた事で一気に体力を削られた。
だがそれでもミラボレアスは戦える。
昴達にとっての敵は一気に消え去ったが、それでも強大な敵であるミラボレアスが残っている。後はこいつを討伐すれば自分達の戦いは終わる。
「……ォォォォォォォ…………」
深く息を吸い、吐き、それを繰り返していくミラボレアスの雰囲気が少しずつ変化していき、纏う力が角、胸へと主に集まり始めた。それに従って吐き出される火の粉も勢いを増していく。
警戒していた月が動き出す。
何かする前に一撃与えていけばいい、と判断したのだろう。何かをするのを待ち続ける事など出来るはずがない。何かをする前に叩く、それが戦いというものだ。
ローブから抜刀した封龍剣【超滅一門】で足から振り上げる一撃を与え、体を捻って薙ぎ払ってやるが、ミラボレアスはそれでは倒れない。ならばと紅葉が続き、再び左足へと強い衝撃を与えるがそれでも倒れない。
よく見ればミラボレアスには強い闇の力が纏われており、それが障壁のような働きをしていた。これが二人の攻撃を軽減させているらしい。
今までになかったケースがここに来て見られた。いや、月にとっては過去にもあったケースだが、紅葉達にとっては初めての事だ。
伝説種であり、闇を喰らって自分の力をする事が出来、更に魔力をも保有するミラボレアスはこのような技術を行使できる。ただでさえ硬いのにこのような技術を使われてはたまらない。
城壁の上にいた優羅はカクトスゲヴェーアを取り出し、更に撫子から貰ったアサルトガルルガ【フェンリル】の銃口をローブから覗かせると、「……
更にカクトスゲヴェーアには速射効果がある徹甲榴弾Lv1を装填し、頭を狙って引き金を引く。続けてアサルトガルルガ【フェンリル】に「……
超速射という事もあって強い反動がローブから伝わってくるが、反動軽減スキルのおかげで何とかなる。
放たれた弾丸は狙い通り頭と胸へと吸い込まれていくが、障壁の役割をしているあれがある上に、距離も関係してあまり効いている様子はない。しかし顔で連続して爆発していく徹甲榴弾の影響はあるらしく、軽く首を振って抵抗している。
ふと、優羅は辺りを見回した。何か妙な気配を感じ取ったのだ。
超速射を続行させたまま視線を動かしてその妙な気配を探ってみるがそれが何かわからない。
同じように月、風花も何かを感じ取ったらしい。攻撃を仕掛けながらもそれが何かを悟ろうとしている。
ミシッ、と何かが軋む音が響く。
それはこの旧シュレイド城を包み込む結界に異変が起きた音。
これはミラボレアスが降臨した際に広がった結界だ。それに異変が起きたという事は何かがこの中へと侵入しようとしているのだろうか。
そう月達は考えたが、それは過ちだった。
これは結界が軋む音ではない、城壁が軋む音だった。
突然大地が揺れ始める。
静かに大きくなっていく地響きは城壁の外から感じられ、それに従って外の城壁が少しずつ盛り上がっていくのだ。そうして城壁という殻を破壊して生まれ出てくるのは――山。
しかも頂上から静かにマグマが流れ落ちてくる……すなわち、火山。戦場となっているこの場から数十メートルから百数メートル背後に複数盛り上がってくる火山に月達は理解の範疇を超えた現実を感じ取る。
どうして突然あんなものが現れたというのだろうか。
その疑問に応えたのは、ミラボレアスの姿だった。
黒かったその鱗に紅が混じりだし、黒かった部分は更なる漆黒へと染まっていく。そうして変色していくにつれて高まる力も鋭さを増していき、放たれる殺気も冷たさと同時に焼き焦がすかのような熱気を感じられる。
最後に放出した火炎ブレスを自身へと浴びせかけ、全身紅蓮の炎に包みこんだミラボレアス。そのまましばらく炎に焼かれ続けたが、何かに気づいた月と風花が同時に自分達を守るように障壁を展開させる。
その瞬間、
「グルァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
轟くような咆哮と共に炎が吹き飛び、続けて天上より凄まじい熱量を秘めた火炎弾が降り注ぎ始める。それらはまるで流星の如く地上へと降り注ぎ、月達を無差別に襲ってきた。
だが障壁のおかげで直撃を受けずに済んだが、障壁に触れた瞬間の爆発とそれによる熱量の高さからこの流星の一発の威力が窺い知れる。
不気味な空より降り注がせる火炎の流星。これをこのミラボレアスが行ったというのか。
いや、それよりもミラボレアスのこの姿。
先ほどまでの黒を基準とした姿ではなく、まるで闇に浮かぶ炎のような、あるいは血濡れのような紅と黒の色彩となった姿。
「……紅龍……ミラバルカン……。ミラボレアスの怒れる姿、とされている存在だ」
月が冷や汗をかきながらそう言う。一方昴達は彼女の言葉に唾を飲み込む。
敵はかなり負傷している。だから怒り状態に移行してもおかしくはない、それはわかっていた。
だが、こうなると誰が想像しただろう。
怒り状態になる、のではなく怒りのあまり更なる姿をここに顕現させようとは、誰が想像するだろうか。
確かに紅龍という名前は、伝説種を記している書物に少しだけ載っている。だが伝説種という事、発見例が極端に少ないという事もあって信憑性が薄いとされていたのだ。
本当にそんな存在がいるのか怪しい、それがほとんどの者らの認識。
しかし現実は無情。
きっかけは恐らく羅刹によって長らく縛られ続けた事と、獅鬼の決死の自爆。
これがトリガーとなり、ミラボレアスをその気にさせてしまった。
一難去ってまた一難。
しかしこれを乗り越えなければ未来はない。
「…………使わずにいられれば、と思っていたけれど使わざるを得ない、か」
彼女もまたそこでミラボレアスの変貌を見つめていた。時間が経つにつれて傷口が疼き、呼吸が荒くなり、目に生気が失われつつあったが、何とか命を繋いできた。
出来る事は最早限られている。
でも戦いが終わるまでは死ねないと、気力だけでこの世に存在していた。
紅龍ミラバルカン。
それが顕現してしまえば、流れは一気にあっちに持っていかれた。
獅鬼も決死の一撃を放って羅刹と相打ちしたのだ。ならば自分もそれに続こうではないか。
「……罪人としての術、その罪相応の威力を誇る秘術……。今の私でも高い威力を誇るものになるでしょう……」
その代償は高くつくが、先ほどの光景を見てしまっては臆す訳にもいかない。
月に、彼女達に対する一つ罪滅ぼしとするならば、これほどのものはない。ならば、迷う必要はない。
静かにイメージを固めて静かに詠唱を進めていく。
その度に体に負荷がかかり、口元から血が漏れて出てくるがそれを堪える。そのまま詠唱を続け、ミラバルカンに対する一撃を構築していった。
終幕は近い。