呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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113話

 

 

 片角を失ったテオ・テスカトルは軽く息を吸った後にライムとセルシウスを呑みこまんとするブレスを放つ。当然ライムが反応して障壁を張って防御し、セルシウスが再びブレスをも斬る閃剣を放つ。

 それはテオ・テスカトルにもわかっていたらしく、すぐに動いてセルシウスへと突進を仕掛けようとした。だがまたしても桔梗が前に出て盾を構えて防いでいく。強化を施したため、再びテオ・テスカトルの突進を受け止めてしまう。

 そこを再びクロムと武蔵が斬りこんでいく。

 しかも武蔵は両手に構える二つの片手剣だけでなく、両足に魔力で顕現させた刃がある。魔力の濃度で威力が決まるため、絶対的な……それもG級の素晴らしい素材を使った片手剣の威力には及ばない。

 だがこれがあるというだけで攻撃手段が更に広がっている。それすなわち、手数がかなり増えているという事だ。

 

「おおおっ!」

 

 マスターオデッセイとミストラル=ダオラを振るい、体を捻りながら片足を振るって三手目、続けて手に握りしめる手が足を追うように切り払っていく。刻まれた傷は武蔵が動くにつれて増えていき、血飛沫はミストラル=ダオラの冷気によって凍結されていく。

 テオ・テスカトルが反撃しようと体当たりを仕掛けるが、横に跳びつつ体を回転させてつむじ風のような斬撃をお見舞いしつつ離れていく。

 両手両足の刃が一気にテオ・テスカトルの体を切り裂いていき、テオ・テスカトル振り回す尻尾をやり過ごして離脱していく。だがそれを追うように翼から粉塵が放たれ、武蔵を追うように移動していくが、武蔵が構えた双剣から放たれた螺旋の風が粉塵を吹き飛ばしていく。

 しかも水の風と氷の風が混ざり合い、吹雪の刃を作り上げている。

 粉塵を凍らせ、散らせるその一撃はテオ・テスカトルにも届き、背後からテオ・テスカトルへとダメージを与えていく。そこを追撃していくのが、離れた所で固定砲台と化しているダグラス。

 貫通弾Lv3を装填し、傷口を抉っていくように撃ち込んでいく。元々生物にとって体を貫かれるという事は強い痛みを伴う。硬い体を超えた先、肉を抉られればダメージは更に大きくなる。

 そして貫通弾の中で一番の貫通力を誇り、それをトップクラスのヘビィボウガンである老山龍砲・極から射出されると、凄まじい威力となってテオ・テスカトルへと突き刺さる。

 

「……グルル」

 

 テオ・テスカトルは龍炎を解放し、更に龍炎の炎を操作して自分を中心とした渦を作り上げ、それに粉塵を乗せて一気に爆発の渦を作り上げていく。

 全てを吹き飛ばし、焼き払っていくその攻撃は対象を選ばない。ライムと花梨が炎の守りを作り上げて防ぐが、炎と爆発が連続して襲い掛かってくるものだからたまらない。

 守りはしたが、動けない。

 それをテオ・テスカトルは見逃さない。

 桔梗がまだライムの近くにいる事を確認し、標的をクロムへと変更する。彼に向かって突進を仕掛けていき、クロムが横へと逃げようとしたのを見計らって追うように飛びかかっていく。

 それも爆発を伴った飛びかかりだ。自分の回避についてくるテオ・テスカトルの動きに息を呑みながらも、ペイルカイザーを構え、気の鎧でダメージを軽減させる。

 が、ペイルカイザーをへし折りかねない程の噛みつきをみせる。その鋭い牙と力を以ってしてその得物を折る。そうさせないためにもペイルカイザーにも気を纏わせて折らせまいとした。

 

「こんの……!」

 

 何とかペイルカイザーを引き寄せ、闘気を圧縮させた右手でテオ・テスカトルを殴り飛ばし、更に顔に手を付けて跳躍、角を蹴り飛ばして距離を取った。だが逃がすつもりはないらしく、ブレスではなく火球を選択してクロムを狙い撃ちにしていく。

 

「これくらいなら捌けらぁ!」

「そしてウチの糧にもなるわな!」

 

 クロムがペイルカイザーを盾にしつつ身を守り、再びテオ・テスカトルへと距離を詰める中、花梨もテオ・テスカトルが放つ火球に意識を向けて自身へと集めて右手に纏わせていく。

 火球に含まれる力を取り込んで自身を強化させるのは、彼女の血統が火竜に縁があるからだろう。炎を味方につけた花梨のスピードは更に増し、構えたブラッシュデイムに力を溜め、その一撃をテオ・テスカトルへと叩き込む。

 残った片角を狙った一撃だが、テオ・テスカトルは僅かに身を逸らすようにステップを踏み、目の前を通り過ぎていく花梨に目もくれず向かってくるクロムへと当てるように尻尾を振るった。

 しなりながら振るわれた尻尾はクロムの横っ腹へと向かうが、クロムはそれを飛び越えて頭上より振り下ろすようにペイルカイザーを振るった。だがテオ・テスカトルも翼を動かしてその一撃を受け止める。

 翼を切り裂かんとする一撃だが、その骨格が衝撃を受け止めつつ和らげ、翼の負傷率は軽減される。しかしまったく無傷というわけでもなく、翼からは血が噴き出している。だが同時に翼に付着している粉塵も舞い上がり、クロムへと纏わりつこうと動いている。

 

「しまっ……!?」

『まず一人』

 

 牙を打ち鳴らして粉塵を起爆させ、クロムの周囲に漂う粉塵が一気に爆発した。花梨も炎の守りを張ろうとしたが遅い。誰もがクロムがあの爆発によって落ちた、と思った事だろう。

 

「兄さんッ!」

 

 爆風に吹き飛ばされるクロムを見てライムが叫ぶ。思わず駆け寄りそうになったが、テオ・テスカトルが視線を動かして今度はライムに狙いを定めて粉塵を飛ばしてきた。歯噛みしながらイメージを固め、その粉塵を追い返す風を作り上げる。

 それに乗るようにセルシウスも動き、テオ・テスカトルが動かぬように斬りこんでいく。それに続くように撫子も飛行し、テオ・テスカトルへと強い衝撃を与えていく。

 周りのハンター達の中にも何とかテオ・テスカトルへと攻撃を仕掛けていく者がいるが、テオ・テスカトルへと果敢に挑みかかったクロムが倒れた事で臆し始めた者がいる。

 流れが変わった。

 セルシウスと撫子の攻撃に怯まず、テオ・テスカトルは二人を吹き飛ばすように前足を振るい、更に爆発を起こして追撃を与えていく。だが、二人の素早い動きがそれを回避していくのだが、地面を吹き飛ばす爆発が少しずつセルシウスの移動を阻害し始めた。

 空中で移動する撫子には関係ないが、平坦だった地面が爆発で吹き飛ばされる事で素早く動きづらくなってきたのだ。そこを狙い撃ちするように手を振るったが、その手へと通常弾が命中して軌道を逸らされる。

 

「っ!?」

 

 見ればダグラスが老山龍砲・極を構えてテオ・テスカトルへと狙撃していた。貫通弾から通常弾へと切り替え、テオ・テスカトルの攻撃を逸らさせていたのだ。

 

「…………」

 

 肩越しに振り返るセルシウスへとダグラスは無言で親指を立ててみせる。彼の横に並ぶメンバーも揃って親指を立て、またテオ・テスカトルが動き出す前に一気に弾丸を射出してテオ・テスカトルの動きを阻害していく。

 

「グルルル……! グオオオオォォォォォォォン!!」

 

 的確に中ててくるダグラス達に苛立ちを見せるテオ・テスカトルは咆哮してセルシウスと撫子の動きを封じにかかる。聴覚保護がない二人は咆哮に耳をやられ、本能からくる恐怖に動きを止めてしまう。

 この好機を逃さずテオ・テスカトルは薙ぐように手を振るってセルシウスの体を切り裂き、力で彼女の体を吹き飛ばし、側面にいた撫子は体を捻って尻尾を叩きつけてやった。

 吹き飛ぶ二人を追うようにまた粉塵が舞い、テオ・テスカトル自身も自分を撃ち続けるダグラスらへと突進を仕掛けていく。接近されてはガンナーはやり辛い。しかも彼らは重量のあるヘビィボウガンだ。優羅の使うライトボウガンと違い機動力に差がある。

 それを埋めるのが彼らの持つ翼なのだが、それでも接近されてはやり辛い事に変わりない。

 手で指示しながらダグラスが宙に舞い、他の三人もそれに続く。逃げる獲物を追っていくテオ・テスカトルの背後、あの時吹き飛ばされてしまったクロムへと近づく花梨がいる。

 あれから動く様子がない。まさか本当にやられてしまったのかと心配になる。

 

「クロム、大丈夫か!?」

 

 まずは呼びかける。そうしつつ容体を確認してみる。

 そこで気づいた、この違和感に。

 粉塵爆発に囲まれて吹き飛ばされた割には体の負傷が軽い。気の鎧で守ったにしても全身が焼かれた程度しかない。あれだけの規模だ、どこかしらの肉が吹き飛ばされたりしてもおかしくはない。

 

(もしそうやったら、どんだけ丈夫やねん。でも、それはないな。じゃあなんで……ん?)

 

 視線がクロムの体から握りしめられているペイルカイザーへと移る。気のせいかクロムが纏わせた気とはまた違う力が明滅しているような?

 その事を考えていると、微かに呻きながらクロムがもぞもぞと体を動かし、目をゆっくり開けていく。

 

「……っ、いつつ……」

「クロム! 大丈夫か!?」

「…………あー、花梨さん、か……。俺、生きてんの……?」

「せや、生きとるで!」

 

 手を貸して彼を起こしてやると、周りのハンター達も驚きを見せる。彼らもあの爆発に巻き込まれたクロムは生きてはいないだろう、と思っていたのだ。

 しかし彼はこうして生きている。

 無傷というわけにはいかなかったが、それでも生きているのだ。

 

「恐らくこのペイルカイザーのおかげやろうな」

「……ペイルカイザーの? 一体どういう事で?」

「東方では武器や防具はな、大事に使ってやると使用者の意志に応えてくれることがあるって聞いた覚えがある。これに使われた素材、すなわち飛竜らやな。その個体の因子と繋がりが強い程貸してくれる力も強まるんやけど、そうなるのも難しいんや。ウチが聞いた話やと、ハンターにとって一番の愛用の武器とはそうなりやすいって話や」

「愛用の武器……そうだな、このペイルカイザーは昔からの武器。ボーンブレイドの時から使ってるからな」

 

 元々クロムは大剣の使い手だ。狩猟笛はポッケ村に移住してから使いだし、大剣の使用率は下がったが、それでも時折使っていたのだ。最近はまた使いだし、活躍してくれているペイルカイザー。まさかここで……守ってくれるとは。

 ペイルカイザーへと視線を落としてみると、クロムの視線に応えるように僅かに淡い光を明滅させた。

 素材が蒼火竜リオソウルというだけあり、火属性に耐性がある代物だ。それにクロムが装備しているのもリオソウルUシリーズであり、これにもペイルカイザーの力の影響が及んでいた。

 そのため爆発を受けても部分部分が吹き飛ぶだけで済み、全体的には黒ずみひび割れるだけで済んだらしい。クロムが意識を飛ばしていたのはあまりの爆風の強さとあの状況から死を覚悟し、地面に叩きつけられた衝撃の強さに意識を飛ばされてしまったようだ。

 軽く頭を抑えつつ立ち上がり、ペイルカイザーを握りしめ、

 

「……ありがとよ、ペイルカイザー。お前のおかげで命を繋ぐ事が出来た」

 

 礼を口にすればまたペイルカイザーが淡く光る。完全にリオソウルの意志が宿っており、クロムに応えているという事がわかる光景だ。視える人は恐らく、クロムの背後にリオソウルが佇んでいるのが視えているかもしれない。そんな光景だ。

 そんなクロムに、テオ・テスカトルが気づかないはずもない。

 凄まじい勢いで振り返ったテオ・テスカトルの視界に、赤い目を輝かせるクロムが接近してくる。

 

『なん、だと……?』

 

 殺したと思った相手が斬りこんでくる、という出来事に一瞬思考が停止したテオ・テスカトルへと叩き込むペイルカイザーの一撃。片角をへし折りかねない程の衝撃がテオ・テスカトルに襲い掛かり、思わず呻きながら後ろに下がってしまう。

 だが追撃するように振り上げられたペイルカイザーがついに残った片角を切断し、それが舞い上がってクロムの横に音を立てて落下した。

 

『グオオオオオオオオオオオッ!? オオオオオオ、儂の、角が……ッ! 我が角が……どちらも失った、だと……!?』

 

 悲痛な咆哮を上げて顔を振り、失われた角を見つめながらテオ・テスカトルが震える。角を失ったと同時に、テオ・テスカトルを包み込んでいた龍炎がなくなり、纏うのは奴のオーラのみ。

 

(テオ・テスカトルの龍炎の制御の大部分は奴の角が担っている。そしてその角は龍属性の攻撃を受けなければへし折る事が出来ない程強固。だが、失えば奴は龍炎を同時に失う! 情報通りか)

 

 接近するだけで自分達の体力を奪っていく龍炎の対処法。今までも攻撃する度に龍炎が少しずつ自分達の体力を奪っていったが、これでその心配もなくなる。

 だがテオ・テスカトルは粉塵を辺りにまき散らし、そこからステップを刻むようにクロムの側面に回り込みながら尻尾を振り回してきた。それを見切って回避するが、更にステップを刻んで背後に回り込み、喰らいついてくる。

 それを背後に回したペイルカイザーで受け止め、その隙をついてアルテミスとシアンが攻撃を加えてきた。肉を貫いて蛇槍【ヴリトラ】の三つ矛が入り込み、追撃するように封龍剣【超絶一門】が斬りこんでくる。

 反対側では武蔵が現れ、一気に攻撃を加えていく。龍炎という壁がなくなった今、ダメージを気にする必要などない。機を見て離れるまで斬り続けるのみだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオ!! 貴様らぁぁぁああああッ!? 貴様らに用はない! シュヴァルツ! 貴様だ!』

 

 怒号を上げながら武蔵らを振り払い、振り返りながらペイルカイザーを薙ぐクロムへと飛びかかるが、見切られてしまって回避される。生まれた隙をつくようにまたセルシウスが斬りかかり、追撃するように二人が交互に攻撃を加えていく。

 その度にテオ・テスカトルに傷が増え、流れは再びハンター達に傾き始めた。

 その光景を見てハンター達はまた士気を取り戻していき、戦意が戻ってくる。

 斬りこんでいくクロムとセルシウス、それに続く武蔵、花梨、撫子。遠距離からはダグラス率いる『碧空』のメンバーの狙撃、時折放たれる爆弾ミサイルを操る焔。

 守りはライムが務め、そんなライムを物理的に守る桔梗。

 それ以外、シアンやアルテミスらは遊撃を務め、機を見て斬りこんでいく。

 そうやって負傷する度テオ・テスカトルは唸り、憎らしげにクロムとセルシウスを睨む。その金色の瞳は少しずつ濁りだし、奥から燃えるような赤が滲み出てきているような気がした。

 

『ちぃ……ただでは死なぬか、シュヴァルツ……! やはり貴様らは……ハンターらにとっては一番の希望と見える』

「へっ、そんなにシュヴァルツ、シュヴァルツと連呼しやがって……何がそんなに気に入らねえ? てめぇらはどうしてそんなにシュヴァルツを目の敵にしやがる!?」

『危険だからだ! 貴様らの血統は我ら竜種だけでなく、人族にとっても害となる! そうあの方は判断した! ……儂も同感だ。かの戦争の時も、それ以前も、貴様らの血統は多くの血を流した、必要以上に流した! 貴様らの血統は滅びを生み出す。故に、貴様らは滅びよ! 世界の歪み(バグ)は消えるべきなのだ!』

「グオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 高らかに咆哮を上げて自身を鼓舞した瞬間、金色の瞳は完全に赤く染まってしまった。同時に放たれる殺気も今まで以上に鋭くなり、殺気だけでなくそれ以外にも何か心に突き刺さってくる力が存在している。

 これは恐らく……シュヴァルツの殺気、覇気。

 テオ・テスカトルの中にあったシュヴァルツの因子が完全に表に出てきたのだ。

 

「……滅べとか言ってる割には、なんだそれは?」

『……ふん、儂も不本意ではあるが、あの男によって植えつけられては堪らん。故に、これが終われば儂は死のう。だがただでは死なん。貴様らを抹殺し、あの方への忠誠の証としてやる!』

 

 その強い意志を表してか、舞い踊る粉塵がテオ・テスカトルを中心として渦を巻き、辺り一帯を絨毯爆撃するかのように周囲を焼き払っていく。その凄まじい威力は明らかに今まで以上。咄嗟にライムが障壁を張ったが、それでも守りきれない。

 何人かは爆発に宙を舞い、吹き飛ばされていく。

 桔梗もライムが爆発の影響を受けないようにと盾を構えているが、それでも歯噛みして踏ん張らないといけない程にその爆風が体を叩きつけるように襲ってくる。

 

「く、うぅ……」

 

 シアンとアルテミスもあれだけの殺気を前に竦み上がりそうになってしまうが、それでも耐える。爆発が襲い掛かってきたとしても、いつの間にか傍に寄って来ていた撫子が張った障壁で守られている。

 だがあの殺気だけは自分達の心の強さで乗り切らなくてはならない。

 そうやって耐えきろうとしていたシアンとアルテミスだったが、不意にアルテミスが頭を抑えて顔をしかめる。こんな時に頭痛とは……一体どういう……。

 

 ――そうか、闇は十分に得られるだろう。華国の九尾狐も相変わらず見つからずじまい、か。だがいい、あちらの予定は切り捨てよう。

 

(……え?)

 

 突如誰かの声が聞こえてきた。頭の中、いや記憶の奥底から聞こえてきたかのような声。

 この声には覚えがある。アキラ・ジン・ウェスタン、彼の姿をした神倉羅刹だろう。

 

 ――順調、何もかも順調。全てはうまくいっている。黒龍の力を得るための魔法陣も問題なし。最後に術式をあの駒に仕込めば、あとは朝陽が勝手に持っていくだろう。

 

 ――くく、ククク……我に踊らされているとも気づかずに動くがいい。全ては魔女の予見通り、魔女に果たせなかった“世界”の領域への到達! 黒龍の力さえ我の手に収める事が出来れば……む?

 

 そこで彼はアルテミスに気づき、後は記憶操作をされてこの時の記憶は失われる。あの時と同じようにゆっくりと手が伸び、その手に魔力が練り上げられてアルテミスの記憶を弄る。

 だがその時、アルテミスは気づいた。

 その魔力の波長の奥底に気になる因子がある事に。

 それは小さな種のようなもの。しかしどういうわけかアルテミスはそれに気づき、それに向かって意識の糸を伸ばしてみた。

 それと繋がった瞬間、世界は一変する。

 世界の奥が燃え盛る炎に包まれ、その中に大きな影が浮かび上がってきたのだ。この炎はテオ・テスカトルの放つ業火の炎とはまた違う。燃えているのにどこか冷たい印象を感じさせる炎だ。

 しかもただの炎とは違い、若干青や紫が混じったかのような自然界にはない炎という点で異質だ。

 それにあの影。形をよく見ると獣のようで、しかも尻尾が九つもある。

 それだけ情報があればあの影が何なのかわかる。それに以前伝説種について書かれた本を読んでいたのだ。アルテミスとてわからないはずもない。

 

「九尾……」

 

 どうして羅刹の力の中に九尾と繋がる力が存在していたというのだろう。そんな疑問に応えるようにあの影から微かな声が聞こえてくる。

 

『……愚かなものよ。踊らされているのは朝陽達だけではない、貴様もまた踊らされている者の一人に過ぎぬ。それに気づかぬようでは、“世界”の領域などとても届かぬわ、くっふふふ……』

 

 声の印象としては少し低い少女の声。でもどこか古風でお姫様のような印象を感じさせるような声だとアルテミスは思った。不思議だ、あれは九尾狐だというのにどうして人の姿を思い浮かべてしまったのだろう。

 それはやはり自分が妖狐の血を引いているからだろうか。あの九尾狐も人の姿に化けられるんじゃないかと思ってしまった。

 

『さて、貴様……視えているな?』

「……っ」

 

 炎の中に佇む九尾狐の視線がアルテミスへと向けられる。その貫くような視線に思わず竦んでしまったが、九尾狐は低く笑うだけだ。

 

『そう怯えずともよい。取って食おうなどと考えてはおらぬわ。さて、此方(こなた)が視えるという事は貴様も妖狐の力を自覚したという事でよいのかの?』

「……妖狐。……うん、アルテは妖狐の血を引いているんだよね。あなたも妖狐……大妖狐なんだよね?」

『然り。此方は大妖狐、いや、それ以上の領域まで上り詰めた妖狐。そんな此方の力の一端を僅かなものとはいえ見つけ出した……やはり今の貴様も十分素質があるという事よ』

 

 瞬間、九尾狐の周囲の炎が一気に伸び、アルテミスを取り囲むように動いた。それに驚く間もなく逃げ道を塞がれ、しかもいつの間にか九尾狐もまたすぐそこまで移動してきている。

 だというのに、どういうわけかその姿がはっきりと見えない。相変わらず影しか見えず、妙にぎらつく赤い瞳がじっとアルテミスを見下ろしていた。

 

『あの男が記憶操作をした際、此方の力の一端もまた貴様の中に入り込んだ。故に、此方はこうして貴様と相対する事が可能というわけよ。……そして、貴様を刺激し、妖狐の力を引き出させる事も造作もない。……さて、力を望むか? あれだけの強大な力に抗うだけの力を』

 

 それは誘い。

 だがアルテミスは首を振る。力ならあの時手にした。

 変わろうと決意したあの日、子供の姿を脱ぎ捨てたあの日に十分自分は変わった。

 確かにテオ・テスカトルは強大だ。でも自分一人で戦っているわけじゃない。それに自分はまだまだ弱い。だから順番に力を手にしていくまで。

 だからアルテミスはそれを拒否した。

 

「いらない。アルテは必要な力は持ってるもん。九尾狐さん、あなたの力は今のアルテには収まりきらないよね? パンクしちゃうような力は身を滅ぼす、お兄ちゃんたちが言ってたよ」

『……ほう、言うな、アルテミス。……だが、いつまでそうやって見上げているつもりか? 此方はこっちだぞ? くっふっふ』

 

 笑い声が聞こえた瞬間、アルテミスは弾かれたように視線を落としてみる。

 いったいいつからそこにいたのだろう。そこには子供のような姿をした小さな女の子がいた。

 腰まで届く白い髪に黄色いリボン、特徴的な和服を着こなし、白い毛を使った扇を左手に持つ少女……九尾の人の姿がそこに在った。

 見上げれば相変わらず影に浮かぶ九尾狐の姿がある。だが少女が指を鳴らした瞬間、影は消え去ってしまった。

 

『幻覚……此方ら妖狐に伝わる一つの技術よ。自身を変化させる、相手に幻覚を見せ、惑わせる。誰かを欺く事において此方らを超えるものはそうそうおらぬ。……そう、貴様もまたその力はある。なにせ今もなお妖狐の血縁者である事はあまり知られておらぬのだろう? 朝陽、羅刹……それ以外の者らも気づいておらぬ、すなわち欺き続けておるのだから』

 

 自身をあおいでいた扇をアルテミスへと向け、唇の端を釣り上げて冷たく笑いながら彼女は一言、こう言う。

 

『欺け。姿を変えて、相手を惑わせて。敵を欺き、自分の思い通りの流れを作れ。その幻想を現実とせよ。……それが貴様の血に流れる力の使い方よ』

「欺く……騙せって事?」

『然り。……くっふっふ、誇るといい、アルテミス。貴様の血はかの空狐の領域まで上った者の血よ。貴様は半妖とはいえ、空狐という最高の妖狐の血を持っておるのだ。その気になれば半妖という種族でありながら大妖狐、果ては此方と同じ存在になる事も可能ぞ?』

 

 冷たい笑みを消そうともしないでそんな事を囁きかける。

 九尾は知っているのだろう、アルテミスの可能性を。そこまで言い切る程アルテミスに秘められた才能が高いという証明か。それにしても血統が優れているからと言って九尾まで上り詰める可能性があるというのは言い過ぎではないだろうか。

 流石にアルテミスとて怪訝そうな表情を見せている。

 

『くっふっふ、まあ深く気にする事はない。要は貴様は才能ある半妖、という事よ。さっきも言ったように、敵を欺け。貴様が出来る力の振るい方とはそういうものよ』

 

 その言葉を最後に奇妙な炎は一層燃え上がり、九尾だけでなく世界を包み込んでいった。

 

 そして世界は急に元通りになる。

 

「……っ!?」

 

 離れた所で燃え盛る炎の中に佇むテオ・テスカトル。周りを見ればシュヴァルツの殺気を放ち始めたテオ・テスカトルに再び戦意を失い始めている者が多くみられる。

 無理もないだろう。

 テオ・テスカトルそのものの殺気に加え、シュヴァルツの殺気が本能を刺激してくるのだ。心が折れても責める事など出来やしない。むしろよくあれに耐えきっているとシアンたちを褒めてやりたいくらいだ。

 

「……大丈夫、二人とも? 無理したらあかんで? 下がっても全然かまへんからな」

「……大丈夫だよ。まだ、戦える……!」

「…………うん、アルテも大丈夫だよ。それより試したいことがあるんだ」

 

 蛇槍【ヴリトラ】を構え、強い意志を感じさせる目を見せてアルテミスが言う。九尾との会話は現実ではたったの数秒程度でしかない。そのためアルテミスが棒立ちになっている、という事はなかった。

 しかしあのアルテミスが何かをしようとしている。いつもゲイルの後ろについてまわっているような少女がここで何かをしようとしている。もしかするとこの状況を何とかしてくれるかもしれない。

 そっと頬に手を添え、ゆっくりと撫で上げて目元まで指を滑らせ、一度目を閉じる。それから蛇槍【ヴリトラ】を構えて数度回転させるとアルテミスはテオ・テスカトルへ向かって疾走を開始した。

 そんな彼女を補佐するためシアンと撫子が続く。

 

「暴走……ってわけでもなさそうだ。ただブチギレてるだけだな」

「……面倒な。どう始末つける?」

「粉塵が暴れすぎだ。下手に近づけばその瞬間終わりそうだな……」

 

 テオ・テスカトルを包み込む炎はブレスを操作した結果だ。それに加えて粉塵が周囲に舞っており、クロムの言う通り近づくだけでも危険だ。そのため攻撃手段は「碧空」のメンバーと焔だけ。

 サラに騎乗したまま戦場を駆け巡り、ローブから大タル爆弾や小タル爆弾Gを射出していく。それは炎によって強制的に爆発させられるが、それによって生まれる爆風でテオ・テスカトルへとダメージを与える算段だ。

 ライムも遠距離から砲台となってあの闇を消すべく光魔法を射出しているが、テオ・テスカトルへと届くまでに炎によって軽減されている。

 

『死ぬがいい!』

 

 邪魔なハンター達の心を十分に折るとテオ・テスカトルはついに動いた。まずはライムを潰しに向かったかと思ったが、やはり自分を殺すならばこの二人だろうと判断し、炎を纏ったまま二人に向かって突進を仕掛ける。

 轟々と燃え上がる炎によって大地は焼け焦げ、四足が地面を掻くにつれて小さな爆発を起こしてテオ・テスカトルの加速度を上げていく。

 

「……ォォォオオオオッ!」

 

 だがクロムは逃げない。鼓舞するように吼えながらペイルカイザーを握りしめてどっしりと構え、自己強化を施してテオ・テスカトルを見据える。クロムの昂ぶりに合わせてペイルカイザーも光を放ち出し、それに連結するようにリオソウルUシリーズも光を帯び始めた。

 

樋熊(ひぐま)返し!」

 

 テオ・テスカトルをペイルカイザーで受け流した後、足を刈るように薙ぎながら一気に腹を叩き上げるようにしてテオ・テスカトルを浮かせる。だが浮いたのは数十センチ程度、あの重量ならば仕方あるまい。

 元々これは対人で考慮された技であり、足払いしつつ叩き上げて相手を反転させる技だ。そこから追撃を入れていくのが常だが、クロムとセルシウスも腹に与えた衝撃でテオ・テスカトルが一瞬怯んだのを見逃さない。

 

「闘吼破!」

「雷剣・瞬刹梟(しゅんせつきょう)!」

 

 圧縮された闘気、一瞬で背後に回り込みながらの雷を纏った二太刀。確実にダメージを積み重ねていくが、今でもテオ・テスカトルの周囲には炎が発生している。

 

『オオオオオオオッ!!』

 

 周囲を薙ぐように高温のブレスが放出されるが、クロムはペイルカイザーで防ぎ、セルシウスは疾走してブレスが届かない領域まで離脱する。ならばと粉塵爆発を起こすのだが、それでも二人を仕留めるには至らない。

 離れた所にいるダグラスらにとっては影響などありはしない。ただ的になっているテオ・テスカトルへと狙撃を続行するのみだ。

 

「……? シアンにアルテミスちゃん? あの目、何かする気かな?」

 

 攻撃術式を構築していたライムが視線を動かすと、あのテオ・テスカトルへと向かっていく三人が見えた。明らかに危険行為だが、アルテミスのあの目と彼女から感じられる力の動きが普通じゃかなったのを感じとり、ライムは術式を放棄して防御術式を構築していく事にした。

 一方テオ・テスカトルも怒りのあまり暴れるように動き回り、爪や尻尾を振るい、突進を仕掛け、ブレスを吐く。時折クロムやセルシウス、乱入してきた武蔵にもあたるが、致命傷にならない。

 精神にかかる強い重圧に脂汗が浮かびそうになるのも構わず彼らは立ち回り、戦い続けている。

 そんな死地へと彼女はやって来た。

 

「ッ!?」

 

 突然感じ取った殺気にテオ・テスカトルが振り返り、視界に映ったのは蛇槍【ヴリトラ】を構えて眉間に突き立てようとしているアルテミスの姿だった。まさかのアルテミスの乱入に一瞬驚くが、テオ・テスカトルはぎらりとアルテミスを睨み付けて蛇槍【ヴリトラ】を角の根元で受け止める。

 

「…………っ!」

 

 ざわりとアルテミスの髪が躍り、ぱくぱくと言葉にならない声を漏らしたアルテミスは一度退くも、テオ・テスカトルは彼女を追跡するように軽く飛びかかりながら喰らいつこうとする。

 だが撫子が横から入って彼女を引っ張り、その噛み付きから離れさせる。

 

『逃がさ……っ、ぬう……!?』

 

 爪を振るって捕えようとしたが、頬へと連続して襲い掛かる徹甲榴弾と小タル爆弾G。それに意識を取られたのを見てアルテミスは再びテオ・テスカトルへと接近し、蛇槍【ヴリトラ】を振るって刃を突き立てていく。

 わざわざ舞い戻ってきた彼女を振り払うべく前足を振るったテオ・テスカトルだが、突如力が抜けたように前足を折ってしまう。

 毒だ。

 蛇槍【ヴリトラ】は高い毒を内包する毒槍であり、先ほどからちょくちょくアルテミスはテオ・テスカトルへと攻撃を仕掛ける事でその毒を注入していた。それがようやくテオ・テスカトルの全身に回り、効いてきたようだ。

 

「よっしゃ! 一気に決めるぜ!」

「……斬る」

「拙者も続こう。ここで決めねば苦しかろうて!」

『舐めるなシュヴァルツどもが!! 毒に侵されようとも儂は倒れん! 貴様らを道連れにしてでも、儂は役目を果たすのみ!』

「グオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 接近してくるクロムらを押し返すように自分の周囲を粉塵爆発の海で包み込み、それに足を止める彼らを確認し、殺られる前に殺るとばかりにテオ・テスカトルが飛びかかっていく。

 当然クロムらは回避するが、粉塵爆発はテオ・テスカトルの後を追ってくるように移動してきていた。赤い瞳が動くたびに粉塵が動き、的確にクロム達を狙い撃ちするように移動し、牙を打ち鳴らしては爆発させていく。

 そこでようやくセルシウスがそれに捕らわれてバランスを崩した。

 

「オオオオンッ!」

 

 その好機を逃さないとばかりにテオ・テスカトルが爪を振り上げながら飛びかかり、セルシウスの体をその鋭い爪が切り裂いていく。白いローブは引き裂かれ、シルバーソルメイルもガタが来ていたせいか、ついに破壊されていく。

 

「が……!?」

 

 しかも上から降り下ろされたものだからセルシウスの体はその前足に抑えこまれ、ぎりぎりと爪が食い込むたびに柔肌は凹んでいく。

 

『一人!』

 

 そう宣言してその牙がセルシウスの顔へと食い込み、彼女の顔を食いちぎった。その光景をクロム達は呆然と見つめる。

 何かの間違いだ。

 そうであってほしいと誰もが思っただろうが、首から上が失われ、テオ・テスカトルの口と食いちぎられた部分からはとめどなく血が溢れてきている。

 ぺっ、とシルバーソルヘルムを吐きだしたテオ・テスカトルは続けてクロムへと標的を定めて粉塵爆発を起こした。それによって強制的に現実へと引き戻されたクロムは、

 

「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 怒り狂ったように咆哮する。彼の怒りに呼応するようにペイルカイザーも輝き、テオ・テスカトルへと刃を通していく。だがそれでもテオ・テスカトルは怯まない。ついに一人落とした事で士気が昂っているのだろう。

 その体が毒に侵されている事など気にした様子もなく、クロムと共に斬りこんでいく武蔵をあしらいながらクロムへと攻撃を加えていく。

 呆然としていたのはクロムだけではない。ライム、シアン、桔梗もまた呆然していた。あのセルシウスが死んだなどと信じたくないとばかりに硬直していたが、クロムが怒り狂い、アルテミスがまた動き出した事でまだ気を抜く場面ではないと頭を切り替える。

 

「おらああああああああっ!!」

『ぬるい! ふんっ!』

 

 テオ・テスカトルもボロボロの状態になっているというのに、クロムの一撃によく耐えていると言ってもいいだろう。伊達に古龍種というわけではないようだ。そこらの飛竜ならばもうダウンしているはずの負傷をしながらも、彼はセルシウスに続けてクロムも抹殺せんと動き続けている。

 振り下ろされたペイルカイザーを踏み潰すように前足を動かし、同時に牙を打ち鳴らすとなんとクロムが握りしめている部分が爆発し、クロムの手からペイルカイザーが離されてしまった。

 

「し、しまっ……!?」

『終わりだ!』

 

 押さえつけている前足とは逆の前足で薙ぐようにクロムを切り裂けば、爪の軌跡に従ってクロムの体に横薙ぎの傷が刻まれる。それはクロムの顔と体にも別れを告げさせ、焦ったような驚いたような彼の表情が宙を舞っていく。

 鈍い音を立てながら体が倒れ、それから離れてところでそれが転がっていくと、シアンたちの悲鳴がその場に響き渡っていく。

 

『二人! さあ、次は貴様だ!』

 

 着実に犠牲を作り上げていくテオ・テスカトルにハンター達はもはや絶望を顔に張り付けて動けなくなってしまう。あのテオ・テスカトルと渡り合っていた者らが死んだのだ。自分達に何が出来るだろう。

 重い空気がその戦場を支配していく中、それでも立ち向かっていく武蔵とアルテミス。

 

『貴様らに用はない! 残るはあの者ただ一人! 既に他のシュヴァルツは死んだろう、故にそこの小僧! 貴様の命で儂の目的は達成される! 大人しく死ねい!』

 

 この流れは止まらない。

 絶望と無気力が戦場を支配し始めてはもうおしまいだ。

 このままテオ・テスカトルによって蹂躙されていくだろう。

 いいところまでいった、このテオ・テスカトル相手によくここまで戦ったと言ってもいい。

 明らかに普通じゃないのは他のハンター達もわかっていた。でも、それでも恐れを振り切って戦い、補佐してきた。犠牲もあったが、それでも彼らはよく戦ったろう。

 だが……そこに再びアルテミスがテオ・テスカトルの前に現れ、蛇槍【ヴリトラ】をテオ・テスカトルへと向けながらじっとその赤い瞳を見つめる。

 

「…………残念。もう――」

 

 その三つの刃からどこか奇妙な色合いをした炎が吹き出し、刃全てを包み込んだ後アルテミスが全力で投擲する。それを回避しようとしたテオ・テスカトルだが、何故か体が動かない。

 その事に疑問を感じることなく蛇槍【ヴリトラ】が、再びテオ・テスカトルの眉間へと突き刺さった瞬間、

 

「――――終わったよ」

 

 その言葉と共にテオ・テスカトルが見えていた世界が変わった。

 

『――――な、に?』

 

 気づけば、自分は体を痙攣させていた。

 しかも炎が操れない。

 ブレスの炎は消え去り、それを復活させようとしてもどういうわけか魔力が動かない。視線を動かせば、正面にはアルテミスがおり、その背後では硬い表情で両手を組んでいるライムが見える。

 彼からは凄まじい魔力の動きが感じられ、その力はテオ・テスカトルの周囲に影響を与えていた。まさか、彼が自分の力に干渉しているとでも言うのか?

 つまり、魔力阻害。完全にテオ・テスカトルの力を封じにかかっている。

 それも異質だが、それ以上に……

 

『なぜ、貴様らが……!?』

 

 首元には力を溜めているクロムが、胸付近では龍刀【朧火】を鞘に収めて身構えているセルシウスがいる。

 さっき殺したはずの二人がどうしてそこにいるのか!?

 それが一番テオ・テスカトルの理解を狂わせる。

 確かに殺したはずだ。あの肉の感触、飛び散った血の暖かさ、まず間違いなく殺した!

 生きているはずがないのだ!

 でなければおかしい!

 それともあれは幻想だというのか!?

 

 ――幻想?

 

『っ!? 貴様……っ!?』

「……残念」

 

 もう一度その言葉を繰り返しながらアルテミスがくすり、と微笑んで見せた。

 それで理解した。理解せざるを得なかった。

 ただの人間だと思っていた彼女が……人間ではないという事に。

 

『おのれ……おのれ真眼ッ! 聞いていないぞ、どうしてここに妖狐が……いや、あれだけの幻想、大妖狐クラスか!? この儂をまんまと嵌めおって……! シュヴァルツだけでなく大妖狐がいるなど……ありえん! どうしてここに大妖狐がいる!? どうして言わなかったああああぁぁぁ!?』

 

 

「……ははっ、だって、訊かれなかったし」

 

 悲痛な叫びをあげるテオ・テスカトルを眺めながら、いけしゃあしゃあと香澄がぽつりと呟いた。もちろん彼女はアルテミスが何者であるか、どれだけの力を保有しているのかを把握していた。

 そしてその力がどれだけの影響を及ぼし、こうなってしまう可能性がどれくらいかも把握していた。

 全て予想できていながら、彼女はテオ・テスカトルにそれを伝えなかった。

 

「……シュヴァルツの血統ばかり気にしているからこうなるんだよ。何事も異分子というものはあるってね……そう、シュヴァルツ以外の戦力で気をつける存在はいるか、とでも訊けばよかったのにね。……ま、言うか言わないかはわたしの気分次第だけど……」

 

 冷たく笑いながらゆっくりと起き上り、香澄は残った酒を一気に飲み干して大きく息を吐いた。無気力そうなその鈍色の瞳はじっとテオ・テスカトルとアルテミスへと向けられ、彼女はまた「……ははっ、ざまぁ……」と吐き捨てた。

 

 動けないのはいつの間に打ち込まれていたのか、麻痺弾が再び体を巡ってしまったからだろう。しかも蛇槍【ヴリトラ】の毒と混ざり合い、更にテオ・テスカトルの体を侵しているものだから体に力が完全に入っていなかった。

 毒による抵抗力の低下、それを突いたアルテミスの仕掛けた幻覚。一体いつからだ、と思考し、恐らくあの時だろうとアタリをつける。

 急に接近してきた後、蛇槍【ヴリトラ】を突き出して視線を合わせてきたあの時だ。

 声にならない呻きを上げたと思ったが、あれこそが幻覚の始動キーだったのだろう。

 実に見事な幻想だ。周りの人物らの反応すら手が込んでいて、まず間違いなく現実だと誤認させてしまう程に。

 

『クソ……クソが……! よもやこの儂が……幻想に囚われようとはッ! 貴様、何者だ!? これだけの力、名のある大妖狐の血筋だろう!?』

「空狐の血筋、だって」

『空、狐……だと……!? ――そうか、あの者か。なるほど、あの者ならば納得だ……』

 

 やれやれと息をついたテオ・テスカトルだが、不意に何かを思い浮かべたらしく少しずつ思念に笑い声が混じり始める。

 

『く、くく……くっははははは! そうか、これもまた巡り合わせという事か……! シュヴァルツの血統にあの者の血統! これだけの戦力がここに集うという事はわかっていた。だがこの結果、この体たらく! 真眼め……全てわかっておったな!? この者らはここでは死なぬという事が!!』

 

 憎らしげに吼えながら叫ぶテオ・テスカトル。運命の流れというものが存在するとするならば、アルテミスがこうなるというのもその流れに乗った結果なのかもしれない。

 だとするならば、テオ・テスカトルに対して一矢報いるのもまた当然の流れ。それが決定打になる事もわかっていたのかもしれない。

 それはこのテオ・テスカトルにはわからない。もしかすると本当にテオ・テスカトルが勝利する結末もあったろう。そこまで確実な流れではないにしろ、香澄はそれを踏まえて観戦していた。

 その事にテオ・テスカトルは気づかない。この現場に香澄がいる事も今の今まで気づかない。彼の叫びをすぐそこで聞いている事もわからない。

 それでもどこかで見ているであろうという事を何となく予想しているテオ・テスカトルは叫び続ける。

 

『よかろう! 儂の負けを認めようぞ! だが! だが儂はただでは死なぬ! それだけは譲れん!』

 

 その赤い目が一同を見回していくが、それより早くクロム達は全力の一撃をテオ・テスカトルへと叩き込んでいく。これ以上何かを叫び続ける前に、ケリをつけようという算段だった。

 クロムと花梨の全力の溜め斬り、撫子の全力のインパクト、セルシウスの渾身の居合い斬り、武蔵による神速の四刀乱舞。

 その全てがテオ・テスカトルへと叩き込まれ、しかしそれでもテオ・テスカトルは倒れない。

 もう命の灯は消えかけ、力が入らない体はふらふらになっているだろうに、その強い意志だけで彼は立ち続けていた。

 

『聞けぃ、者ども! この大陸を混乱に貶めた根源! それはシュヴァルツ、そして神倉一族の残党だ! 力を追い求めた神倉一族の後期の女がシュヴァルツの闇を発現し、堕ちた存在が引き起こした! そ奴は力を求めるためにあの黒い竜を作り上げたのだ! 更に言えば、その狂化竜にはシュヴァルツの因子が仕込まれ、より一層狂わされていたのだ!』

「なっ……!?」

 

 突然の出来事。

 テオ・テスカトルは狂化竜や神倉朝陽に関する事を口にし始めた。だがこれは思念、受け取る事が出来るものは限られる。今まではクロム達だけが聞こえていたが、周りの反応を見る限り、これをキャッチしているハンター達が何人かいるらしい。

 それを確認したテオ・テスカトルは更に続けていく。

 

『どうして狂化竜が現れたのか? どうしてこれほどまで中央は混乱しているのか? どうしてこれだけの犠牲が生まれたのか? それは力を求めた神倉一族、そしてその神倉一族を更に堕とした因子、シュヴァルツの存在があったからだ! シュヴァルツの血統は殺しの血統!』

「……ッ!」

 

 セルシウスがテオ・テスカトルを黙らせるために龍刀【朧火】を振るうが、それでもテオ・テスカトルは止まらない。

 

『狂化竜がどうしてあそこまで狂ったのか、それはシュヴァルツの因子が闇に影響を与え、更なる狂化を進めたからだ! どうしてドンドルマが落ちたのか、それは堕ちた神倉の者が更なる犠牲を生み出そうと目論んだからだ! そしてこの儂、炎耶がどうしてここに来たのか? それはそこにいるシュヴァルツの血統を抹殺するためだ!』

「てめぇ……!」

『なぜシュヴァルツを殺すのか? それは神がそう望んだからだ。我らが神はシュヴァルツの存在を許さない。この血統はいずれ我らだけでなく貴様ら人族をも破滅へと導くであろう。改めて告げよう、シュヴァルツの血統は崇高なるハンターの一族ではない』

『はあっ!!』

 

 その続きを言わせんとばかりにクロム、セルシウス、武蔵が一気にテオ・テスカトルへととどめを刺す。流石にその一撃には耐えきれず、テオ・テスカトルの体はゆっくりと倒れていく。

 だがそれでも彼は……叫んだ。

 

『――全てを死に追いやる死神の一族なのだああぁぁぁ!! ……が、はっ……』

 

 それを最期の言葉とし、吐血しながらテオ・テスカトルは息絶えた。最期の最期まで彼は与えられた役目を遂行した。

 シュヴァルツの血統の抹殺、それが成せないならば、せめて道連れに。それも叶わぬならば、種をまく。

 ここにいる者らでこの声が聞こえる者がいるならば、彼らへとこの言葉を聞かせるのだ。意味がわからない、と流されようとも、これだけの言葉を聞かせれば十分心に留まるだろう。

 しかも内容はこの一年間世間を騒がせた狂化竜に関する事だ。聞き流せないと感じるハンターもいるだろう。事実、数人はテオ・テスカトルへと向けていた視線をクロム達へと向けている。

 

「……戦いは終わりだ。あの言葉は勝利した我らに対する揺さぶりよ。勝利という名の余韻に浸らせまいとする姑息な手だ。皆の衆、気にする事はない。我らは勝利したのだ。強大な敵に打ち勝ったのだ!」

 

 武蔵がそれを察知してそう叫ぶ。だがそれでも乗れないハンターがいる。テオ・テスカトルの声が聞こえていなかった者達は勝利に酔いしれているが、一部はやはり疑惑を感じているようだ。

 そんな彼らへと視線を向けた武蔵はやれやれと肩をすくめる。

 

「貴殿らは彼らを貶すつもりか? この勝利は主に彼らの勇気ある戦いが関係している。それに貴殿らを守った障壁を張ったのは誰だ? あの少年だ。貴殿らの命を守り、戦いを勝利へと導いた勇気ある戦士を貴殿らは非難するというのか?」

「…………」

 

 武蔵だけでなくダグラスも睨むような視線でハンター達を見つめている。この二人がクロム達の側に付いているとなればハンター達も何も言えなくなってしまった。

 しかしこれは一時の凌ぎにしかならないだろう。ヴェルドに戻った後どうなるかはわからない。人の口に戸は立てられない、少しずつ噂は広まっていくかもしれない。

 

「……ありがとう、武蔵さん、ダグラスさん」

 

 それでも自分達を庇ってくれたのだ。クロムは武蔵とダグラスに礼を述べる。そんな彼へと武蔵はにっと笑いかけ、「気にする事はない」と首を振る。

 

「それに拙者も知り合いが貴殿と同じ血統故な、他人とは思えぬのだよ」

「え、そうなんすか?」

「うむ。とはいえハンターにはならず、ただ自衛のための力を持つだけに留めた気弱な少年ではあるがな。故に知っている。貴殿らは悪ではない事を。無闇に殺戮を繰り返す死神ではない事を拙者は知っている。のう、ダグラス殿?」

「……同意」

 

 老山龍砲・極を肩に掛けながらダグラスが小さく頷いた。彼もまた知り合いにいるのだろうか。有翼種の魔族だから長生きしているのかもしれないし、魔族繋がりで知り合いがいるのかもしれない。

 それはわからないが、ダグラスもシュヴァルツの血統に対して否定的ではないようだ。

 

「……確かに気になる事はあるが、今はそれは置いておこうではないか。今はただこの勝利を噛みしめようぞ、クロム殿」

「……そうっすね。お疲れ様です、武蔵さん、ダグラスさん」

「うむ」

「…………」

 

 拳を差し出せば武蔵は頷き、ダグラスは無言で拳を突き出し、三人の拳がぶつかり合った。

 

 周りを見ればライムは地面にへたり込み、そんな彼へとシアンと桔梗、アルテミスが近づいている。お互い健闘をたたえ合って応急手当てを始めていた。そんな様子を離れた所でセルシウスが見守り、花梨は撫子と一緒に何かを話している。

 焔はサラから降りて息をつき、ぼうっと空を見上げている。だが時折視線がアルテミスへと向けられている事から、アルテミスのあの力について何か気がかりがあるのかもしれない。

 そう、アルテミスだ。

 テオ・テスカトルの言葉が真実ならば、彼女は人間ではなく妖狐という事になる。

 実際は半妖だが、クロム達は今までそれを知らなかった。急に外見だけでなく雰囲気が変わったな、とは思ったが、それは妖狐の力に目覚めたからだからだろうか。

 それも気になるところだが、今は休むことにしよう。

 今回ばかりはラオシャンロンの時以上に辛い戦いだった。

 やはり古龍戦というものは死を覚悟しかねない。実際アルテミスの幻想のように死にかねない場面があったのだ。こうして生きていられるのも奇跡かもしれない。

 だからこそこの勝利を噛みしめよう。

 大きく息をついたクロムはそのまま地面に座り込むのだった。

 

 

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