旧シュレイド城に突如出現した複数の火山。これはミラバルカンの深層心理を結界内に映し出した結果だろう。ミラバルカンが現れるとされるのは火山の奥深く、そのイメージの力が高い。
だが火山はそこに存在するだけであり、吐き出されるマグマや火山岩は戦場まで降ってこない。……と思われていたのだが、ミラバルカンが咆哮する度に火山岩が噴き出されて空へと舞い上がる。
空へと上がったそれはミラバルカンの操る力によって発火し、勢いよく落下してくる。
再び月と風花が障壁を張って防御するが、その威力によって生み出される爆発が昴達の動きを封じ込める。その隙をついてミラバルカンが動き、一斉に薙ぎ払うように尻尾を振るってくる。
それも障壁によって阻まれるが、それでも障壁を破壊しかねない程の力を保有している。
ならばこうして固まって留まるわけにはいかない。昴達は一斉に横へと散り、ミラバルカンを囲むように動いていく。その動きを追うように視線が動き、薙ぎ払うように火炎ブレスを放出してくる。
それを避け、紅葉が先行して再び左足を狙って殴りつける。だがやはり体を覆うミラバルカンの魔力の壁が防ぎ、衝撃を軽減させてしまう。それに追撃入れるようにゲイルがゲキリュウノツガイを振るって障壁を切り崩そうとしたが、それでも硬い。
「風花! この障壁を崩すよ!」
「……まずはそれからね。いいでしょう」
指を立てて空中で滑らせるとその軌跡に合わせて蒼い光が浮かび上がる。風花も同じように指を滑らせ、術式を構築していく。そうやって素早く作り上げられた術はミラバルカンへと向かっていき、その体を取り囲んでいく。
当然ミラバルカンは抵抗を見せるが、魔力はミラバルカンを縛り上げるように動き、その体の内面へと浸透していく。それはミラバルカンを守る障壁へと影響を与え始め、少しずつその硬さをほぐしていくように障壁が柔らかくなってきた。
「解放! 火の鳥よ、炎を纏い貫け!」
すかさずレインがプロミネンスボウⅢに矢を番えて詠唱し、それを放つ。貫通効果を内包したその火の矢は凄まじい速さでミラバルカンへと向かい、その胸を貫いていく。
だがその程度の火の矢ではどうという事はないという風にミラバルカンは小さく唸り、翼を広げて跳躍した。そのまま力強く羽ばたきながらゆっくりと上昇していき、昴達の攻撃が当たらないところまで上がっていく。
「追う……いや、これは……!」
風花が風を纏いながらミラバルカンを視線で追いながら考えるが、力の動きを感じ取ってそれを却下し、昴達の方へと疾走した。その直後、再びあの流星群が降り注ぐ。それにはミラバルカンが放つ火球も混ざり、地上にいる者全てを殲滅せんとするそれは、まさに天変地異。
素早く腕を振るって障壁を展開し、昴と紅葉を守る風花に対し、月は再度全域に広がる障壁を二重に張る。風花の特性は風、しかも彼女は敵を殲滅する方が得意なため守りに関しての腕は月よりも低い。
それは真の姿が守りに強い鋼の体を保有しているからに他ならない。しかも保有する力そのものが守りに働いているから障壁展開の範囲は自分の周囲しかない。
一方月は誰かを守る事に関しても力を注いでいるため、その障壁の範囲はご覧のとおりだ。城壁の上にいる優羅から地上にいるスカーレット兄妹、ゲイルにまで及んでいる。
「……撃ち落としは……無理か。距離が離れすぎている」
ガチャッ、とチップから一種の弾を取り出し、一気に装填していく。ローブの中にあるアサルトガルルガ【フェンリル】に装填されている貫通弾の数はかなりの残量を用意している。
元々貫通弾を好んでいた上に、決戦の……それもアサルトガルルガ【フェンリル】のために多く調合しておいたのだ。同様に通常弾も多く用意している。そのため超速射に関しては気にする事はない。
だが問題は中るかどうか、か。
あれだけ高ければ届くものも届かない。
そう考えていると流星群を降り注がせていたミラバルカンが小さく吼え、きりもみ回転しながら急降下してくる。標的は……月とスカーレット兄妹だった。
「避けろ!」
レインが叫び、サンと共に横へと飛ぶが、ミラバルカンの急降下の速さが凄まじい。その風圧だけで体が吹き飛ばされてしまった。だが受け身を取って体勢を建て直し、優羅が下りてきたミラバルカンへと先ほど装填した火炎弾を射出する。
カクトスゲヴェーアは徹甲榴弾Lv1だけでなく火炎弾にも速射機能が対応されている。
そのためカクトスゲヴェーアから火炎弾を連続して射出していく。それはミラバルカンの頭部へと吸い込まれていき、連続して小さな爆発を起こしていく。
高い威力を誇るカクトスゲヴェーアではあるが、それでもミラバルカンは動じない。反撃するために接近してきたゲイルへと殴りかかり、しかし素早さで回避したゲイルは足元に潜り込んで斬りかかっていく。
「グルアアアアアアアアァァァァァッ!」
そんなゲイルを踏み潰すように足を動かし、離れた所にいる月達にはブレスをお見舞いしていく。踏みつけるたびに地面が揺れるがその体捌きで影響をゼロとし、攻撃を続行していく。
「……へへっ、そんなんじゃ俺様は捕まえられねぇ!」
言葉では勇敢そうに見えるが、その顔には冷や汗が多く流れている。当然だ。これほどの殺気、一撃貰えば死にかねない程の危機的状況。このような表情になってしまうのも無理はない。
しかしそれでもこれだけの動きを見せるゲイルの実力は素晴らしいだろう。恐怖を感じていても、緊張で実力が下がっていようとも、これだけ動けるのは大したものだ。
「――――ッ!」
踏み付けで捕えられないならば、とミラバルカンは足元にいるゲイルへと火球を吐きだしながら背後へと舞い上がる。それに気づいて何とか跳び退る事で回避できたが、その判断、反応が遅れていれば間違いなく焼かれていた。
それにしてもまた飛んでしまった。巨体ではあるが、あのブレスや流星群が危険すぎて空中戦をする気にもなれない。
そんな中城壁の上を走り抜けた優羅がミラバルカンの背後に回り込み、翼を狙ってカクトスゲヴェーアの引き金を引く。それに加えて「……
離れた所からもレインとサンが弓を構えて矢を放ち続けており、遠距離攻撃に関しては問題ない。しかし遠距離攻撃に関してはミラバルカンも火球以外の方法がある。
強く翼を羽ばたかせる事で意図的に強い風圧を生み出し、ゲイルを完全に吹き飛ばしてしまうだけでなく、飛来してくる矢をも跳ね返していく。そうして離れていったゲイルを狙うように一度上昇すると、また急降下して襲い掛かっていく。
ゲイルをミラバルカンの攻撃範囲から救い出すために月が風を操作し、ゲイルを更に吹き飛ばす。そんな空間にミラバルカンが通過し、着陸態勢に入ったところで城壁に昇っていた紅葉が、勢いよく跳躍してその頭へと角竜鎚カオスレンダーを叩き込んでやった。
「おらあああああああッ!!」
溜めこまれた力と圧縮された気の合わせ技。強い衝撃音を立てて叩き込まれた角竜鎚カオスレンダーはミラバルカンの頭部の鱗を砕く。それだけでなく先ほどの優羅のカクトスゲヴェーアによる徹甲榴弾の叩き込みの影響もあり、ミラバルカンを眩暈状態へと陥れた。
その生まれたチャンスを見逃すわけにはいかない。
紅葉はそのまま主に顔めがけて角竜鎚カオスレンダーを振るい、昴も白猿薙【ドドド】を構えて倒れ伏すミラバルカンへと斬りこんでいく。錬気は十分に溜まっているためその錬気を解放すれば気刃斬りによって斬る事は可能だ。
だが、やはりというべきか刃こぼれが激しくなるのは難点だ。しかし冷気を放出するためにも振るわねばならない。十分に冷気が溜まったところでそれを操作し、ミラバルカンの手を封じ込めるように展開し、更に動きを封じ込める事にする。
「圧縮……放出!」
負傷率が大きい胸めがけて風花は圧縮した風エネルギーを直接ぶつけてやる。球状に圧縮されたそれは強く渦巻くだけでなく、カマイタチも混ざっている事で高い殺傷能力を保有している。
鱗や甲殻が破壊され、肉が抉れていく音を響かせながら胸へと吸い込まれていく風球。だが浅いところのみダメージを受けるだけで深くまでは、その先にある心臓までは届かない。その事に舌打ちした風花はもう一度風球を作り上げる。
そうして再び胸に叩き込む傍ら、雷河が凄まじいラッシュを叩き込んでいる。拳、拳、拳、蹴り、蹴り……と目で追えない程の速さで繰り返される連続攻撃は着実にミラバルカンのその鎧を剥いでいき、少しずつ肉を露出させていった。
数十秒程度ではあるが十分に叩き込めたところでミラバルカンが動き出す。それまでの間に起こった事を感じとり、ゆっくりとその体が光を帯び始めた。黒い部分は紅色へと変色していき、元から紅色だった部分は燃え盛る炎の如く煌めき始める。
紅葉によって砕かれていった額から流れる血をべろり、と舐めとり、
「――――ッッ、グルアアアアアァァァァァッ!!」
旧シュレイド城全域に響き渡る程の激しい咆哮を上げる。耳を劈くその咆哮に、昴達に抗う術はない。しかも咆哮に呼応するように遠くの火山もまた噴火を始め、再び火山岩が空へと舞い上がっていく。
だがその火山岩はそのまま天上へと上がっていくだけで落下してこない。竦み上がっている昴達を見回したミラバルカンは、流星群が全て月と風花の障壁によって防がれる事を覚えたのだ。
故に繰り出す攻撃は、その場でクイックターンする事によってしなる尻尾での薙ぎ払い。しかもさっきまでミラバルカンへと総攻撃していたため、その尻尾の薙ぎ払いは逃れる術はなかった。
「ぐっ、は……!?」
「くああっ!?」
容赦なく城壁へと叩き込まれていき、尻尾と城壁への叩きつけによる衝撃でまたしても意識が飛びそうになる。装備の守りがなければ間違いなく死んでいる。全身の骨折が起きてもおかしくない程の衝撃だ。
実際、
「……っ、く……あばらが……」
昴、ゲイルが腹を抑えて顔をしかめている。紅葉や雷河はこれが一度目であり、なおかつ元から丈夫で気の鎧の展開も早かったためそうなる事はなかったようだ。
また離れた所にいた月とスカーレット兄妹はあの攻撃を受けずに済み、今度は月が封龍剣【超滅一門】を構えて攻撃を仕掛けていく。それを援護するようにスカーレット兄妹が矢を射出していくも、ただの攻撃ではもはやミラバルカンは止まらない。
「く、ならばプロミネンスよ、わたしに力を貸してくれ!」
「……ブルーも、お願いします!」
二人の言葉に弓は僅かに光を放つ。その光は小さなものだが、確かに二人の言葉に応えた気がした。レインがプロミネンスボウⅢに矢を番えた瞬間、鏃が強い炎に包まれる。続けてサンもブルーブレイドボウⅡに矢を番えれば、鏃は鋭利な槍のように細長くなっていった。
武器に使われたリオレウスとショウグンギザミの力が矢に影響を与えたのだ。
二人の父であるソルのようにはいかないが、それでも武器の力を引き出す事には成功している。それによって放たれた矢は、ミラバルカンの体を貫いていき、ダメージを与えていった。
だが怯まない。
今度はスカーレット兄妹を標的とし、それと同時に封龍剣【超滅一門】で斬りかかってくる月をも標的とするように膝蹴りしつつ飛び上がり、振り上げた右手の指を突き立てるように勢いよく振り下ろしてきた。それを避けながら二人はミラバルカンの側面を取り、ミラバルカンの体で交差するように矢を放つ。
片や紅蓮の炎を纏いし矢、片や貫く事に特化した矢。
それでも怒り状態に入っているミラバルカンにとっては小さな痛みしか感じない。少し影響がある火属性だろうと、この身を貫く攻撃だろうと――威力不足!
口からブレスを吐きつつ勢いよく尻尾を振り回し、前方と後方を同時に攻撃しながら、向かってくる月へとカウンターを放つようにバックナックルを放つ。
紙一重で回避した月が斬りこむが、軽く体を逸らしてやり過ごした。しかし背後から射出されている優羅の火炎弾と貫通弾が凄まじい勢いで翼と背中を撃ち抜き、ついにミラバルカンの体勢が崩れる。
見ると火炎弾によって左翼は焼けただれ始めていた。こうなるまで一体どれだけ撃ち込んだのだろう、翼膜の下部分は見事にボロボロになりつつあり、背中には超速射によって撃ち抜かれた穴が複数存在している。
「…………気づかれたか」
火炎弾から徹甲榴弾へと切り替えるように装填すると、口元に再び力を集めながら視線が自分に向けられたことを悟る。「……
そこで気づく。
この城壁には自分以外にも誰かがいるんじゃないかと。
結界によって隠されているようだが、ゆっくりと闇の力が動いているような違和感を覚えた。それは小さなものだが、ある一点に向かって動いていくような気配を感じるのだ。
それを視線で追おうとしたが、ミラバルカンが優羅へと向かって数歩走り、彼女を叩き潰すかのように掌を振り下ろしてきた。
「……っ」
体を捻りながら勢いよく跳び、しかし体を転進させながらも決して攻撃の手をやめる事はない。狙い通りに頭部へと向かっていく徹甲榴弾と、首元へと向かっていく通常弾の群れを見つめながら地面を滑り、近くで呼吸を整えている昴に気づいて駆け寄った。
彼の足元には飲み干されたであろう回復薬グレートの瓶が複数転がっている。それだけで数本折れたあばらがどうにかなるわけでもなく、よくて痛みをごまかす程度だ。
「……大丈夫ですか?」
「ああ……これくらいなら大丈夫だ。スキルの影響もあるしな、何とか持っている」
エスピナUシリーズにつけた防御珠のおかげで防御力上昇【中】が発動している。この影響もあってこの程度で済んだのだ。
それにしても手を封じ込めた氷をもものともしないあのパワー、流石と言うべきか。見ればミラバルカンが振るった手によって大地は陥没していたり抉り取られたりしている。
ブレスによって抉れた部分もあるが、あの手のパワーだけでああなってしまったのだ。
立ち上がったのは昴だけではない。向こうでは紅葉、ゲイルも同じように立ち上がっており、回復薬グレートを飲んで痛みをごまかしていた。雷河はというと……、
「うおおおおおおおおおッ!!」
既に攻撃態勢に入っており、ミラバルカンへと向かって疾走していく姿が見える。ラージャンというだけあって身体能力は高い。あれだけの衝撃を体に受けながらも、ああしてもう動ける状態にあるのだ。流石は獣という事か。
月と風花に合流して再びミラバルカンへと攻撃を仕掛けていくが、手を振るい、足で踏みつけ、尻尾を振り回し、空からは火球やブレスを放つ。
それによって決定打は与えられない。
確かに月の封龍剣【超滅一門】の一撃はミラバルカンに通用しているし、効果は抜群だ。古龍種であるミラバルカンは龍属性を弱点としている。月の能力的にも、武器の性能的にも彼女の攻撃が一番の火力を誇っているだろう。
次いで風花や雷河の攻撃か。紅葉の一撃は凄まじいが、連続性に欠ける。だがその一撃においてはこの二人に並ぶだろう。実際ミラバルカンの頭部はかなりダメージを受けているように見える。
「グオオオオオオオオオオン!!」
空中戦に移行した風花を落とす拳、斬り上げてくる月や足元を殴りつけてくる雷河への足技が決定打を与える時間を奪う。しかも怒り状態に移行したことで甲殻が硬くなっているように思えるのだ。
ギラギラと煌めくその甲殻は封龍剣【超滅一門】や雷河の格闘術をしっかり受け止める。
「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
それだけでなく天上から再び炎の流星群が降り注ぐ。それはミラバルカンの周囲を目指して落下してきており、明らかに自分に向かって攻撃しているその三人を狙い撃ちにしている。
当然月は再び障壁を展開して防御体勢に入るが、その際月は数秒間動けなくなる。
「……な!?」
流星群が降り注ぎ、障壁に触れて爆発する中、ミラバルカンは確かにその金色の瞳に殺意を宿らせた。
無防備になっている月を狙って蹴り上げてきたのだ。当然月もそれに気づき、咄嗟に自身にも障壁をかけるが、それでも守りきれなかった。
展開した障壁にひびを入れ、その先にある月へとその攻撃は至る。
構えた封龍剣【超滅一門】ごと月を蹴り上げ、その力によって封龍剣【超滅一門】は月の手から離れていく。
彼女を守るものはない。
そこを狙うミラバルカンの爪が妖しく光った。
そのまま月の胸へと突き立てようとしたその瞬間、風が吹く。
風は城壁から吹き抜け、月の体を僅かにずらした。
何故風が吹いた?
風花が吹かせた……のではない。だとすれば隣から吹き抜けてくるはずだ。城壁から吹き抜ける、なんてことはあり得ない。
一体何が起こったのか、と察する間に、状況はもう動いていた。
そこには黒い障壁を展開している朝陽がいたのだ。
「ねえ、さ……っ!?」
呼びかける前に朝陽はミラバルカンの爪を受けてしまっていた。胸を貫いたその一撃は明らかに瀕死の状態にある朝陽に対して決定打を与えてしまっている。
だが口から血を流しながらも朝陽は笑みを浮かべていた。
「……
確かにそうはっきりと呟いた。
自身を貫くミラバルカンの手を握りしめながら紡がれた言葉は、流れを変える一端を担う事になる。
朝陽を中心として黒い紋様が浮かび上がり、更に魔力の糸が展開されて魔法陣と成す。その魔法陣を見た月は表情を変えた。この魔法陣の発揮する効果を知っているのだ。
「それは……まさか、黒の秘術!?」
「……さすが、月ね……。こんなドマイナーな秘術も知っているなんて……」
魔法陣からゆっくりと杭や槍のようなものが複数出現し、その先端を……朝陽へと向ける。離れた所にいる昴達が驚く間もなく、それらは一斉に朝陽を貫いた。
当然朝陽の体に更なる傷が刻まれるが、それをわかった上で朝陽はこの魔法陣を作り上げたのだろう。血濡れの口はまだ笑みを形作ったまま。
「……闇の魔法には己の積み上げた罪、あるいは罪人の罪を利用したものが存在する。その者の罪の重さに応じて威力を増し、同時に生命力すら奪って力を増す。……今、まさに私の罪はこれらに刻まれた」
罪を裁く杭と槍。魔法陣の中心に存在している朝陽はいわば磔にされた罪人といったところか。彼女の血に塗れた先端部分は妙に赤黒く染まって不気味だ。
「私の罪は重いどころではないわ。余裕で閻魔に対面できるでしょう。だからこそ、通用する! ……さあ、その身に刻みなさい。私の――――最後の一撃を!」
黒い武器は朝陽の血を吸い込み赤黒く変色する。それらは全て彼女の血に刻まれた罪を吸い込んだのだ。その分だけ鋭利に先端が尖っているような気がする。
それらは朝陽の意志に応え、一気にミラバルカンの体へと襲い掛かる。
今まで全ての攻撃を受けてもなお怯まずにいたミラバルカンだが、この攻撃に対してはそうはならなかった。
「――――ッッ!?」
明らかに深く刺さりこんでいく杭と槍。肉を貫き、内部へと届いたものが複数存在しているのだ。もしかすると内臓にまで達した物があるに違いない。今までの攻撃よりも高い威力を誇った一撃だ。
たたらを踏みながら後ろへと下がり、朝陽の体から手を抜いて自分の体に突き刺さっているこれらを抜こうとしたが、抜けない。呻き声をあげながら自分にこの傷を刻みつけた朝陽を睨み、左手で力強く叩き落とす。
この攻撃で力を使い果たしたのだろうか、朝陽は驚く程無抵抗だった。
強く地面に叩きつけられた朝陽はピクリとも動かない。
「姉さんッ!?」
月が朝陽に向かって急降下し、彼女の下へと向かっていった。そんな穴を埋めるように風花と雷河が動き、昴と優羅もそれに続いてミラバルカンへと迫る。
スカーレット兄妹も朝陽の術によって一気に傷ついた部分を狙って射抜き続けており、ミラバルカンの動きを封じるようにしている。
「姉さん、どうして……あんな術を……」
「……わかっているでしょう? ……私は、もう……死ぬ。どうあっても……変わらない事。だったら……最後にあれに対して、一矢報いてから死んだ方が……いいじゃない」
「だからと言ってあんな術を……! というか、どうしてあれを知っているのさ!?」
「あれも……ルナ・フォックスの書物に……記されていたわ」
神倉の里にあった闇魔法の書物。ルナ・フォックス……つまりは九尾が執筆した闇魔法の本に記された術。これが彼女を一気に闇魔法を習得するきっかけになった。狂化も
そして禁じられた魔法の中に存在する秘術を朝陽は行使したのだ。しかし内容が内容の為、知る者は少ない。
そしてそれを使った朝陽は更に死に近づいた。自分の罪を刻むために自身を傷つけるのだから当然だろう。しかもミラバルカンの攻撃に叩きつけられたのだからもう駄目だ。
「……悲しむことはないわ、月。私は……罪深い。元より罪深い神倉の中でも……過去の負の思念を引き継いだからこそ、私は罪深い……。そんな私に、涙を流す事はない……」
「でも、姉さんは……!」
悲しそうな表情を浮かべる月をなだめるように血に塗れる手で彼女の頬を軽く撫でてやる。もうこれ以上悲しむことがないように。
「さあ、行きなさい。……まだ、戦っている最中でしょう?」
「…………」
「死に逝く私に気を取られて、守るべき者を忘れてはならないわ。……あなたが今守るべき者、それは……あの子達。そして、あなたがやらねばならない事……それも忘れてはならない。ここで死ぬようなことがあってはならない。……月、あの子達のために――いきなさい!」
背後でミラバルカンへと攻撃を仕掛けていく昴達。それを無視できる状況ではない。
少し考えた月は意を決し、風を操って朝陽の体を再び城壁へと戻して立ち上がる。離れた所に転がっている封龍剣【超滅一門】を手に取り、振り返りざまにミラバルカンへと振り上げ、刀身から閃剣が放たれる。
朝陽の術によってミラバルカンもまた瀕死に近しい状態へと陥っている。その一撃でミラバルカンはまたたたらを踏むが、堪える。数度翼を羽ばたかせながらぐっと歯噛みし、ぎらつく瞳を動かして足元にいる昴達を見回した。
自分をこうまで傷つけた女は死ぬ……いや、死んだろう。
ならば残る敵はここにいる。
特に月が一番危険だろうとミラバルカンは判断した。見れば月もまた負傷率が高い。それは朝陽との戦闘の際、無防備にあの術を受けていたのだ。瀕死ではないにしろ、月の体力を大きく削ったろう。
また魔力も大部分を消費している。それに加えて流星群を防ぐために何度も大きな障壁を張っている。残量は少なめになっているはずだ。
もう長く戦闘する事は出来ない。
「グルォォォオオオオオオオオ!!」
そのためミラバルカンは執拗に月を狙って攻撃を繰り返していく。そんなミラバルカンから月を守るように風花と雷河が動き、足元を崩すように紅葉とゲイルが攻撃を仕掛ける。
遠距離からは昴が閃剣を、優羅達ガンナーが攻撃を仕掛けて封じ込めていく。しかもスカーレット兄妹は弓を射ながら着実に次なる手を構築していた。
「其は十字架」
サンが詠唱しながら矢を放ち、それに繋げるようにレインも矢を放ちながら詠唱を繋げていった。
「彼の者を断罪せし力よ、顕現せよ!」
二人の力が一つの術を構築させ、矢の通った軌跡がミラバルカンを磔にさせる十字架を作り上げる。いくらミラバルカンの身体能力が高かろうが、怒りのあまり暴走しそうになろうが、朝陽が仕掛けた術によって体の内面から崩しにかかっている。
スカーレット兄妹の共同作業で作り上げた十字架でも、動きを封じ込められてしまう程に弱まっているのだ。
そうでなければ、鎖を引き千切ったように、昴の氷を強引に引きはがしたように……この十字架すら強引に突破していっただろう。
「オオオオオッ、グオオオオオオオッ、グルオオォォォォァァァァァアアアアアッッ!!」
当然ミラバルカンも抵抗する。ぎりぎりと音を立てそうな程両腕、両足をばたばたさせながら十字架から抜け出そうとしているが、どうあっても抜け出せない。しかもいつの間にやら優羅がカクトスゲヴェーアに麻痺弾を装填しており、状態異常という後押しまでしている。
だというのに……どうしてミラバルカンは、動けるというのか。
体を痙攣させ、口から涎を垂らし、体中から血を流しながらもミラバルカンは抵抗し続ける。
「オオオオオオオオオオッ!!」
抵抗の一つとして天上へと咆哮し、再び流星群を降り注がせる。ミラバルカンの抵抗としては最高にして無慈悲なる反撃手段。
「くっ……魔力が……!」
障壁を展開させようとする月だったが、自分の魔力の残量がどれくらいかを把握して表情をしかめる。だがそれでも展開する事は可能だ。何とか流星群が着弾する前に展開する事が出来たが、気のせいか流星群の威力が上がっている。
それに合わせて障壁の力も若干低下しており、昴達を守るはずの障壁が少しずつひび割れ始めている。その穴を埋めるために風花も合わせて障壁を展開する。
一番の攻撃手が守りに入ったため、紅葉が力を溜めて角竜鎚カオスレンダーを構えていく。しかも角竜鎚カオスレンダーには風が渦巻いており、ついでに言えば紅葉の表情が一変していた。
どこか据わったような目をしており、無表情に近しい顔でミラバルカンを睨んでいる。
ぶつぶつと何事かを呟いており、その度に紅葉の内面から凄まじい勢いで力が増幅している。
「……リミッター、解除」
その言葉と共に完全に紅葉の中でリミッターが外れ、纏われている気と風の勢いも破格のものだ。その勢いを殺さず、一気に角竜鎚カオスレンダーを振り抜いた瞬間、ミラバルカンの左足の骨が激しい音を立てて折れてしまった。
とたん、悲痛な声を上げてミラバルカンが首を仰け反らせる。そのまま角竜鎚カオスレンダーを構えなおし、右足へと体を回転させながら遠心力をつけ、一気に背後から振り抜けばまたしても凄まじい音を立てて右足が負傷してしまう。
「風よ……力を……!」
呟きながら角竜鎚カオスレンダーを握りしめると、指輪に嵌められているエメラルドが明滅する。それによって角竜鎚カオスレンダーに渦巻く風の力が纏われていった。
残された力を存分に引き出す決死の一撃だ。もう長くは戦えないことを自分で分かっている。その上で出来うることをやり抜く覚悟。
「はああああああっ!」
右足もある程度ダメージは与えられていたが、紅葉の一撃が強すぎるせいで右足のダメージが馬鹿にならない。守っているはずの甲殻が破壊され、肉もまた風によって断裂していく。
一気に右足を破壊するように追撃を与えていき、右足は更に負傷していく。その傍ら、昴は折れてしまった左足へと追撃を与えるように白猿薙【ドドド】を構えて振り抜いた。冷気を纏った蒼い刀身から鋭い刃が放たれ、血に塗れるその左足を更なる血を噴き出させていく。
もう左足を使い物にならなくさせるかのように斬り刻んでいき、しかし血はこの漂う冷気と閃剣の冷気によって固められている。
錬気は十分に高められ、白猿薙【ドドド】には赤いオーラが纏われている。それだけ溜められれば気刃斬りでも閃剣でも十分威力を発揮するだろう。
「……氷刃、斬破ッ!」
振り抜かれた蒼い刀身と氷の刃が同時にミラバルカンへと襲い掛かるも、ミラバルカンは効いている様子を見せない。一体どういう事だろうと疑問に思っていると、いつの間にか優羅が傍に寄ってきていた。
「……昴、ミラバルカンの耐性が微妙に変化しています。氷属性が……通用している気配がないです」
「なに……? それは本当か?」
「……はい。火属性に関しては変化はないですが、氷属性は……」
「火、か……」
自分の手持ちの中で火属性といえばあれしかない。少しずつ強化していったあの武器が、いよいよここで抜かれる時だ。白猿薙【ドドド】をローブへとしまい、代わりに抜いたのは飛竜刀【楓】。リオレウスの素材を使用して作り上げた上位の太刀だ。
内包された火属性の高さもあり、ミラバルカンには通用するだろう。
すると隣で優羅が何かを装填するようなそぶりを見せ、カクトスゲヴェーアの銃口を昴へと向ける。そのまま躊躇いなく引き金を引き、弾丸は昴へと着弾した。
しかしこれは昴を傷つけるものではない。実際昴は傷ついておらず、逆に昴の力を増幅させていった。
鬼人弾。着弾させた味方の攻撃力を増幅させる効果を持つ補助の弾だ。
これを受けて昴は小さく頷き、「ありがとう、優羅」と礼を述べて冷気を操作しながらミラバルカンの側面へと回り込んでいく。操作された冷気を固めていき、足場を作り上げると城壁の上へと飛び乗り、飛竜刀【楓】を鞘に収めながら身構える。
「――顕現せよ! 抜刀、炎竜斬!」
勢いよく振り抜かれた飛竜刀【楓】から竜を模した炎の刃が空を切り、側面から一気にミラバルカンの体を貫通するように閃剣が移動する。朝陽の仕掛けた術によって弱まった体は容易に閃剣を受け入れ、貫かれた部分から焼け焦げたような臭いを漂わせてきた。
これが昴にとって今出来る最高の攻撃手段。
修行の結果、気を高める手段だけでなく居合いの構え、そして武器に篭められた属性効果を高める手段を会得した。流石に武器に使われた素材の意志と繋がり、それを顕現させるところまでは出来なかったが、それでも強くなったのは確かだ。
それに加えて火事場力の影響もあるだろう。傷ついていればいる程力を発揮するスキル、これの影響もあって威力は跳ね上げられている。
「はあっ、はあッ!」
一度では終わらず、何度も飛竜刀【楓】を振るって火を纏う竜の閃剣を放ち続け、追撃を加えていく。その傍らでは優羅が立ち、カクトスゲヴェーアから徹甲榴弾を速射、アサルトガルルガ【フェンリル】から通常弾を超速射して同じように追撃していく。
ミラバルカンに着弾していく徹甲榴弾は次々と爆発を起こし、更に飛竜刀【楓】から放たれる閃剣が傷口を焼き、炙っていく。この上ない苦痛だろうが、暴れるミラバルカンからは痛みよりも怒りが増幅されていく。
「グルォォォォオオオオッ、グアアアアアアッ、ガアアアアアアアアアアッッ!!」
体が痛むのも構わず、十字架を捻じ曲げるように両腕を動かし始めたのを見て、スカーレット兄妹が更に弓を射続けながら魔力を練り上げていく。それを使用して十字架を補強しようとするが、それでもミラバルカンはゆっくりと十字架を破壊していく。
「いい加減、落ちてほしいものね」
汗を流しながらも風花は風を操作し、今度は風球ではなく風の剣や鎌を作り上げた。殺傷力に長けるその風の武器は傷口を抉るには十分なものだろう。容赦の欠片もなく、風花はそれらに指示を出し、一気にミラバルカンへと踊りかからせた。
縦横無尽に駆け巡る風はミラバルカンの体から血が噴き出るより速く、その紅い体を細切れにするかのように斬り刻まんとする。それを見届けながら風花は両手を動かし、周囲の風を集めだし、圧縮していく。
月もまた封龍剣【超滅一門】を構えながら力を圧縮させ始めている。これが最後の一撃だとでもいうかのように集中するその様は月の決意を表していた。
最後の一撃ならば紅葉とゲイルもそれに続こうとばかりに意識を集中させ、それぞれ位置につく。
「最初は俺様からだ! 行くぜ! 炎熱・大車輪んんんッッ!!」
風を纏って一気にミラバルカンの胸まで到達したゲイルがゲキリュウノツガイの炎を操作してその身に纏い、勢いよく体を回転させて一気に足元まで落下しながらダメージを与えていく。
これだけの巨体だ。このネタにしか思えない大車輪の効果もかなりの物になっているだろう。実際胸から一気にゲキリュウノツガイによって切り裂かれた傷が刻まれている。
またゲイルが通過してから再び風が縦横無尽に動きだし、再び傷口を抉り始めた。
そこを狙うように風花が圧縮した風を放出し、それはまさに強風の砲撃と化してミラバルカンへと襲い掛かる。それはまさにミラバルカンの命を脅かす一撃となる。
開かれた胸の肉からとめどなく血が流れだし、口からは涎だけでなく血すらも垂れ落ちていく。
「オオオオォォォォ……ッ!」
『まだだ……まだ、終わっていない……!』
その時、声が聞こえてきた。苦しげながらも、明確な怒りと殺意が篭められた声だ。
声の主は明らかだ。
目の前にいる敵、ミラバルカン。
『我は……抹殺する。貴様らを、抹殺する……! ここで倒れるような真似は……せんっ!』
まるで最期の力を振り絞るかのように、ミラバルカンの中から燃え滾るような力が湧き上がってくる。それは殺意と共に覇気も含まれ、ミラバルカンへと決定打を入れようとする紅葉達の動きを封殺した。
瀕死状態に陥ってもなおミラバルカンは勝機を放棄しない。奴もわかっているのだ。
ここまで戦い続けた昴達の体力と精神力は限界に近しい事を。一番の実力者である月も既に限界は近しい。
休憩なしで戦い続ければ、いつ倒れてもおかしくない程まで消耗してしまう。
それを見抜いているからこそ、ミラバルカンはこの状態になってもなお暴れる。
『来たれ獄炎! 全てを灰燼と化す力と成し、我が敵を殲滅せよ!』
再び流星群が降り注いでくるのかと思いきや、ミラバルカンの頭上に凄まじい熱量を誇る球体が出現した。それはまさに太陽の如く、この空間を熱く照らすだけでなくまさに全てを灰燼と化す事が出来るような力を感じる。
あれが落ちてくるような事があれば、まさしく自分達は無事では済まない。唖然としていた月も攻撃のために構築していたそれを、ミラバルカンではなくあの太陽へと撃ち出した。
太陽もまた昴達へと向かって落下を始めており、二つの力がぶつかり合ってしまった。当然ミラバルカンへと撃ち出そうとしていた術式は高い殺傷能力を持つ。それは太陽に対しても有効だ。
太陽を破壊してしまいかねないその一撃は、確かに太陽を破壊しかけた。だが太陽は完全に破壊される事はなかった。大きな爆発を起こして太陽は消滅したかに思われた。
しかし太陽は生きている。
無数の小さな火の玉となり、地上へと降り注いでいく。奇しくも、それは流星群と同じだった。
いや、逆だろう。
あらかじめ火山から打ち上がっていた火炎弾が集合したものがあの太陽なのだ。それが破壊されたならば、無数の流星と化すのは当然の結末。
「ッ!?」
地上だけでなく城壁の上にいる昴と優羅にまで対象に収めたその流星群は防御手段のない二人へと容赦なく襲いかかってきた。当然優羅が視線を上げて爆発を起こし、火の玉を消し去ろうとするが全てを消せるはずもなし。
それでも降り注いでくる流星群に対抗しようとしたが二人には不可能。
「ふっ!」
そこに割り込んできたのは風花だ。神速で現れた彼女は風を展開し、降り注ぐ流星群を逸らしていく。だがその中で複数の火の玉の大きさが他の物よりも大きく、展開された風でも逸らしきれないものだった。
どうしてここまで守りの技を使っているのか自分でもわからない。しかしそうしなければならない気がしたのだ。この二人を死なせてはならない、そのような思考が風花の中にあった。
月が出来ないならば、自分がやらなければならない!
その意志に応えるように風が流星群を逸らし続けていたが、風花もまた力を消費している事に変わりはなかった。いくら実力ある存在だからといっても、その力が無限にあるわけではない。
障壁に穴が生まれ、そこを押しのけるように流星が入り込み、風花へと直撃していく。
「風花さんっ!?」
「……っ、このくらいなど造作もない……!
流星に体を焼かれながらも風花はただ障壁を展開し続ける。ハンター装備ではなく、いつも着ている黒いドレスに身を包み続けている彼女は装備という概念はない。あの流星を直撃してもなお生きているのは、ひとえに彼女の生命力の高さと彼女自身を守る気と魔力の影響に過ぎない。
焼かれているのは本物、それによって髪や肌が焦げ、ドレスに傷が入っているのも本物。彼女の防御力を突き抜けてしまえば、それは彼女の命を脅かす攻撃となる。流星は、それだけの可能性を秘めている。
しかし彼女は二人を守り続けるのみ。
何かの意志に従うかのように彼女はただ障壁を展開し続けた。
ならば彼女のその行動を無駄にしないためにも、昴と優羅はミラバルカンへと攻撃を続けていく。
『ぬおおおおおおおおおおおッッ!? 死にぞこないがああああッ! 特にそこのクシャルダオラ!? 貴様は……あの方の意志に反するというのか!?』
「別にそういうわけではないわ。私はあの
『……っ、貴様ぁ……! 竜族ならば全てあの方の意志に従うべきなのだ! それを……拒否するというのか!?』
憎らしげに風花を睨みながら叫ぶミラバルカンだが、昴達にはあの方が一体誰なのかがわからない。しかし今はそんな事に気を取られている暇はない。十字架の効果がもうすぐ切れてしまう前に、全て終わらせなければならないのだ。
左手に持った鞘に収めた飛竜刀【楓】を強く握りしめ、脱力し始めた昴を見て優羅は徹甲榴弾をミラバルカンの頭へと向かうように調節した。吐き出されていく徹甲榴弾は全てミラバルカンの頭に着弾し、連続して爆発を起こしてミラバルカンの意識を揺さぶっていく。
それに加えて紅葉が角竜鎚カオスレンダーを構えたまま勢いよく跳躍し、とどめの一撃とばかりにミラバルカンへと勢いよく叩き落とした。それは三本生き残っていた角を更に一本折ってしまい、それだけでなくミラバルカンの意識を飛ばしてしまった。
それを好機とし、昴は脱力から一気に攻勢へと移る。
勢いよく大地を蹴って跳躍し、飛竜刀【楓】を振り抜く一撃。それは昴の意志に応えるように凄まじい勢いで飛竜刀【楓】から噴き出し、彼の全身を包み込むかのように蠢いた。
「――緋翔炎竜刃!」
わき腹から一気に肩まで斬り上げるその剣は、まるで飛竜が空へと舞い上がるかのような炎の動きを見せていた。血飛沫も何もない。血は全てあの紅蓮の炎によって蒸発されている。
それだけの威力を見せたあの一撃は昴をも焼きかねない程のものだ。実際攻撃を終えた昴が太刀を振り上げた勢いのまま、回転しながら落下しているのを見た優羅が驚きに目を見開いている。火耐性があるエスピナUシリーズでも庇いきれない程の炎。その装備の所々が焼け焦げているのだ。
「……昴ッ!」
思わず飛び出しそうになった優羅だが、風花がすぐに手を動かして昴を風で包み込み回収してくれた。死んではいないが、体の所々が焼け、荒い息をついている。あれだけの技だ、何のリスクもないはずもない。
すぐに回復薬グレートを取り出して昴に飲ませてやりながら、優羅は横目でミラバルカンの様子を窺う。流星群は既に落ち着いているが、まだ油断はできない。
あれはまだ、完全に死んでいない。
『……おお、おおぉ……、我は……
十字架の束縛が消えたが、左足は使い物にならず、右足も負傷率が高い。当然自身の体重を支えきれずたまらずミラバルカンは体勢を崩してしまった。
それでも立ち上がろうとしたが、もはやた立ち上がる気力もない。
この旧シュレイド城を包み込んでいる結界もうゆっくりと崩壊し始め、遠くの火山も消えていく。だがミラバルカンは叫んだ。もう声を大にして叫ぶ事は出来なくなっても、それでも叫んだ。
『世界よ……炎よ……! 我が意志に、応えよ……ッ! 完全に消え去るその前に、我が怒りをこの地に示せっ……!』
倒れ伏すその時まで、奴は世界に指示を出す。その言葉に応え、火山らは何度も噴火して天上へと種をばら撒いていく。だが当のミラバルカンは既に戦闘不能。生命力はもう消えかけている。
だが天上へとあがったあの火山岩は炎を纏い、地上へと降り注いでくる。放つように指示した主を失ってもなお地上の敵を殲滅せんと攻撃を続行していく。
これを耐えきれば自分達の勝ちだ。
降り注ぐ流星群は今まで以上の量、威力を内包して襲来してくる。その攻撃に対して障壁だけでは守りきれない。そのため、自然と一か所に密集するしかなかった。
「……致し方ないわね。雷河、やるわよ」
「おうよ――
雷河を纏っていた装備が外れ、一筋の雷が雷河へと落ちる。それを受けた雷河は見る見るうちに肥大化し、真の姿であるラージャンの姿を取った。近くにいた風花も凄まじい風が彼女を取り巻き、彼女もまた真の姿であるクシャルダオラと化す。
みしみし、と脆くなった大地が二頭が立つ場所を多少崩すが、それでも二頭は力を籠めずにはいられない。雷河はミラバルカンに背を向けて昴達を庇うように両手を広げ、風花は翼を広げることで守る。
その上で月と風花による障壁の重ね掛け。これでなければ切り抜けられない。
しかも流星群は広域殲滅型の攻撃だ。一か所に留まっていれば自然と受ける弾丸も少なくなる。
『く……、苦しいか……!』
『しかし乗り切らなければならないわよ?』
五重障壁に着弾してくる流星群が確実に障壁を破壊しにかかり、一枚、二枚と障壁が崩れていく。三枚目も破壊され、いよいよ四枚目へと差し掛かった時、優羅が魔力回復の弾を装填して月と風花へと撃ち込んだ。
これにより二人の魔力が若干回復する事になる。二人の総量からすれば小さな回復だろうが、それでも回復は回復だ。その後押しを受けて若干障壁が直る。だがまた流星群によって障壁が破壊されていき、これでは元の木阿弥だ。
『ぐっ、おおぉぉ……!』
『く、うぅ……!』
障壁が破壊され、二頭に直撃していく。人族よりも強固な体をしているとはいえ、何度も何度も直撃すればその体は大きな負傷になっていく。月がもう一度障壁を展開しようとするが、もう魔力がほぼゼロになってしまった。
そのまま、今までの戦闘の反動と体を流れる魔力がなくなったことによって、多くの汗を流しながら膝を折ってしまう。
「だったら、俺達がやるしかない……!」
昴が荒い息をつきながら立ち上がり、飛竜刀【楓】から白猿薙【ドドド】へと持ち変えて冷気を操作する。障壁には及ばないだろうが、作り上げられた氷壁で何とか守りを固めようとした。
しかもその密度がかなり高く、身につけているサファイアが二つとも光り始めた。それだけ強い力を操っているという事になる。彼の能力からすればこの時点でキャパオーバーだ。当然ながら補助を受けていたとしても反動が彼の体を痛めつける。
それに紅葉も続き、風を操って同じように壁を作り上げて同じように防御を固める。すると彼女の身につけているペンダントと指輪のエメラルドも光り、冷や汗を流し始める。
優羅は不可能。彼女の力は障壁や壁の効果を持っていない。
スカーレット兄妹も同じように力の指針的に習得しておらず、気の鎧しか保有していない。それは己の体で守っている雷河も同じだ。
だが他の者らへと魔力を分け与え、アシストする事は可能だ。足りない魔力を補うようにその手を触れさせ、一気に魔力を注いでいく。
「おおおおおおおおッ!!」
「うあああああああッ!!」
生き残るために力を振り絞り、二つの属性の壁が二頭の頭上に展開される。
それは本来魔法使いタイプではない二人が作り出したもの故に月には及ばないだろう。実際紅葉の風によって進路を逸らされたのは指で数える程度。風の守りを突き抜けて昴が作った氷壁に直撃する。
当然それも破られるものがあった。飛来する流星は火山弾。炎を纏って落ちてきているのだ。氷を溶かしながら一気に飛来してくる。だが、濃度を高めた氷はそれを防ぎ切った。氷の壁の中に閉じ込めるように新たな氷が作り上げ、耐えきろうと昴はただひたすらに冷気を操作する。
「く、そ……まだ、なのか……!」
少ない魔力を補うように周りの者らが魔力を分け与えるが、まだ終わらない。二つのサファイアが彼の冷気操作を助けるといっても永久ではない。宿っている力が無くなれば、操作の対価として己の気力や精神力を差し出し、肉体的苦痛を更に味わう。
ふと、暖かな力を感じた。
その方へと視線を向けると、指輪のサファイアから力が伸びているではないか。それは隣にいる紅葉のエメラルド、後ろにいる優羅のルビーと繋がり、力が循環していた。
「これは……」
それだけではない。周りから与えられている魔力も一緒になって循環している。まるで三人を中心として通り道が形成されているかのように、それぞれの力が巡り巡っている。
「疑似的な……パス形成だ。君達の指輪、君達の体を通じて私たちの……力の流れ道が出来上がっている。……珍しい、事例だよ。君達の指輪を媒介に強い絆がなければ成り立たない。素晴らしい……だからこそ、人は愛おしい」
途切れ途切れの息遣いの中で月はそう言ってほほ笑んだ。昴達を守っている風花も肩越しに昴らを見下ろしながら鼻を鳴らす。
そして昴、紅葉、優羅はお互い目配せしあい、それぞれ左手を出し合った。結ばれる力を繋ぐ三人のエンゲージ・リング。婚約の指輪というだけではなく、三人の絆を示すアクセサリー。
それがここで生きる。
なんと素晴らしく、誇らしいことであろうか。
お互い笑いあい、受け取った魔力が更に循環する。それによって皆を守る力が補強された。
気づけば流星の数が落ち着いている。もう少し凌げば生き延びられる。
その希望がある限り、心は折れない。
生き延びるのだ!
その一点の希望を胸に、彼らは最後の力を振り絞って力を込めた。
そうして高まる力は彼らを守る障壁の力となり、降り注ぐ暴力を防ぎ続ける。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
数秒か、数分か。
時間の感覚も怪しくなってきた頃、やがて流星群は落ち着き、旧シュレイド城は静けさを取り戻していく。包み込んでいた結界も消え去り、風景は完全に本来のものが蘇っていく。
「終わった……の?」
紅葉が呟き、それに月は頷きながら大きく息を吐いて倒れた。元より魔力量が普通じゃないのが普通で、しかも封じ込めていた力を解放していたという事もあり、彼女にとっては辛い状態なのだろう。
他のメンバーもようやく強い圧力から解放されたこともあり、それぞれ緊張がほぐれた瞬間息をついて地面に座り込んだり倒れ込んだりしてしまった。
「ミラバルカンは……死んでいる」
「……ええ、動く気配はありません。間違いなく、討伐成功していますよ」
レインが確認し、サンがそれに同意した。それによってこの決戦が終わりを迎えた事を実感し始めた。回復薬グレートを飲む気力もほとんどない。今はただ休息を体が求めていたのだ。
そんな中、クシャルダオラの姿をしたまま、風花が浅い呼吸を繰り返しながら視線を巡らせる。
妙な視線が自分達を見つめているような気がしたのだ。
だが視線の主が見当たらない。
気のせいか、と思いながら廻った視線は近くで休んでいる昴達へと向けられる。
どういうわけか無意識に守った人間たち。今でもどうして彼らを守るために動いたのかわからない。その意志は今ではもうほとんどなくなっていた。まるでもう仕事は果たしたからもう必要ない、という風な感覚だ。
でも疲れのせいで頭が上手く働かない。自分もまた休みが必要なようだ。
だから腰を落として目を閉じる。浅い呼吸は深呼吸となり、ゆっくりと体を休ませる事にした。
そんな光景を離れた所にいるそれが見つめていた。魔力が渦巻く足場に乗り、高所からじっと見下ろすかのようにその獣は旧シュレイド城の戦いを見守っていた。
風に揺れる黒いたてがみのような長い毛、腹から背に掛けては黒い毛に覆われ、腹と手足は銀色の毛皮に覆われている。
ヴァナルガンド。
伝説に語られし魔獣がそこに佇んでいたのだ。
あの時発見されて以降まったく姿を見せなかったのに、再びこうして姿を見せていた。だが周りには誰もおらず、旧シュレイド城にいる者らも疲れによって気づかない。
まるで特等席に居座るかのようにヴァナルガンドはずっとそこにいたのだ。結界によって閉ざされる以前からここに存在し、結界内の出来事も全て見届けていた。
「…………ふっ」
すっとその紅い瞳が閉ざされ、旧シュレイド城に背を向ける。そのまま飛び降りて走り去るのかと思いきや、まるで黒い霧のように粒子化して消えてしまった。足場にしていた魔力の渦も同じように霧のようになり、まるで何事もなかったかのようにすべて消えてしまう。
後には静けさだけが残り、今、決戦の観戦者は全て劇場から退出していった。