呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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116話

 

 

 次の日、王城へと向かった昴達は玉座の間に案内され、シュレイド王が来られるのを待っていた。ここに来ていないのは風花と菜乃葉のみ。それ以外の顔ぶれがここに集まっている。

 一度ここに来ているレインとサンは多少、何度か来たことがある月は落ち着いている。

 緊張しているのはライムとシアン、若干昴達やクロム達も緊張しているが、優羅やセルシウスは無表情に佇んでいるだけだ。

 ゲイルもどこか表情をこわばらせているが、隣にいるアルテミスは王城という雰囲気を受けてもあまり緊張しておらず、きょろきょろと視線を動かして辺りを見回している。

 そんな様子を周りで待機している兵士達が見つめている。各々表情を引き締めて昴達の動きを見逃さず、妙な動きがあればすぐに動き出す体勢を取っている。

 それは街や城にゆっくりと広まっているシュヴァルツや神倉一族についての噂だ。この場にはその神倉一族の生き残りである月、シュヴァルツの血統である優羅、ライム、クロム、セルシウスが揃っている。

 もし噂通り妙な事をしようものならば、すぐに取り押さえるつもりだ。

 

「王様のおなーりー!」

 

 その言葉の後、玉座へとジュピター王がゆっくりと姿を現し、腰かけていく。続けて右側の扉からはアテナ王女とシリウス王子が姿を見せ、玉座の下にある階段の脇に控えた。

 そして昴達は一斉に膝をつき、頭を下げる。一国の王を相手にするのだ。無国籍とはいえ、それなりの礼儀はわきまえている。

 先頭は月、その次にレインとサンが続き、その後ろに昴達が列になって並ぶ。

 そんな彼らをジュピター王は見回し、小さく頷いて先頭にいる月を見下ろした。

 

「よくぞ参った。そしてよくぞ勝利してくれた。主らの活躍により、シュレイドは守られた。礼を言うぞ」

「はっ、恐縮です。シュレイド王」

 

 あの月もまた頭を下げる相手。ここは公式の場所なので当然の事だ。月もまたシュレイド王家に縁があるとはいえ、公式の場所では礼儀ある振る舞いをする。

 そしてシュレイド王は月から後ろにいるレイン達へと視線を巡らせていく。この三人以外は王にとっては初めて見る顔ぶれたちだ。故に、まずはここから始めなければならない。

 

「まずは名を聞いていこうか。そこにいる者から、名乗るがよい」

「……はっ、白銀昴と申します」

「竜宮紅葉です」

「……黒崎優羅」

「クロム・ルシフェル」

「山吹桔梗と申します」

「ライム・ルシフェルです」

「シアン・フリージア、です」

「……セルシウス・ルシフェル」

 

 順番に名乗っていく昴達の顔を見回しながら名前を頭の中に反芻していき、そして気づく。ルシフェルという名前が三人もいる事に。

 

「その者ら、ルシフェルと名乗ったな? よく見れば顔つきが似ておる。兄弟か?」

「はい。ライムは俺の弟、セルシウスは従妹です」

「なるほど。……止めてすまなかったな、続けてくれ」

「……はっ、ゲイル・カーマインです」

「アルテミスだよ」

「……っ」

 

 だがそこでシュレイド王は息を呑む。

 アルテミス。

 その名前、そしてそれを口にした少女の顔。

 それらを確認し、ジュピター王はその表情に僅かな驚きを宿らせた。

 

(……アルテミス……お前が、そうなのか……)

「獅子童雷河っす」

「……焔」

 

 続けて名乗り続けていく雷河と焔ではあるが、ジュピター王はまるで硬直したようにアルテミスの顔を見つめている。小さな驚きはまだ顔に宿らせたままではあるが、月達は少しばかり頭を下げているためそんな変化に気づく事はない。

 

(似ている……銀華に……)

 

 蘇る昔の記憶。あの頃会っていた一人の女性の顔付きに似ているのだ。まさにこのアルテミスは彼女の娘である事を示している。そしてその父親は……。

 

「花梨・暁・フレアウイングや」

「その娘、撫子です」

 

 そうしている内に全員の自己紹介が終了してしまった。それでも動く気配がないジュピター王にアテナ王女が気づき、「お父様? 如何なされましたか?」と呼びかけると、はっと顔を上げ、小さく空咳をする。

 その様子に小さな疑問を感じるアテナ王女ではあるが、今それを突っ込んでもしょうがないだろう。

 

「今回の一件は勲章を与えるに等しい成果である。テオ・テスカトルの件については既にギルドから報酬が与えられている事だろう。だがもう一つ、ミラボレアスに関する一件は余からも報酬を与えたいと思う。伝説に語られしミラボレアスを討伐する、これは素晴らしき勲章だ。討伐に参加した者達、全てに受け取ってほしい」

 

 ミラボレアス討伐に参加した神倉月をはじめとするメンバーにシュレイド王から直々に報酬が与えられる。それはめったにない事であり、名誉ある事だ。

 古来より伝説種を討伐した者達には高い報酬が支払われる事になる。時にそれはギルドであり、一国の王でありと様々ではあるが、これは西シュレイド王国とて例外ではない。

 それに則り、月もミラボレアスを討伐した際に、一度西シュレイド王国から高い報酬と英雄の証を受け取っている。それは西シュレイド王国の紋章をあしらったメダルであり、それに加えて龍を彫ってあるのが特徴だ。

 龍を討伐した証と、それを送ったのは誰かというもの。それらが表裏に掘られたメダルが英雄の証である。

 他にも剣だったり、盾であったり、様々な形の証が存在しているが、この西シュレイド王国はメダルがそれに値する。

 大臣がメダルが並べられた盤を持ってくると、一人一人名前を呼び、手渡していく。月にとっては二枚目のメダルになるが、それを受け取らない事はない。続けて昴、紅葉と手渡されていき、やがてゲイルが名前を呼ばれる。

 だがゲイルはそれに応えはしたが受け取りに行かなかった。動かないゲイルを訝しみ、大臣やジュピター王達は首を傾げ、「ゲイル・カーマイン、どうした?」と声を掛ける。

 そんな王達にゲイルは一度目を閉じ、頭をさらに下げる。

 

「申し訳ありません、ジュピター王。俺はそれを受け取る事は出来ません」

「む? どういう事か?」

「俺は英雄と呼ばれる資格はありません。俺はこの事件を引き起こした者達の下についておりました。色々あって彼らから離れ、レイン達と共に行動する事になったのですが、それで俺の罪が消えるわけではありません。……俺は裁判にかけられることが決定しています。故に、その証は受け取れません」

「……アルテも同じだよ。アルテもあの人達の下で動いていたから、裁判に掛けられる事になってるんだ。だから、アルテも受け取れないよ」

「……っ、なに……?」

 

 アルテの言葉にも驚きを見せる大臣達。よもやここに敵勢力だった人物がいたとは思わなかったようだ。ジュピター王も驚きの表情を見せているようだが、彼の場合はそれだけではないのだろう。

 二人の告白により、大臣らは戸惑うしかない。しかし二人の言葉が真実ならば、裁かれる者らに英雄の証を渡すのは世間が許さないだろう。罪人に名誉ある証を賜るなど英雄の証の歴史に泥を塗るようなものだ。

 大臣がジュピター王へと振り返り、無言で指示を仰ぐ。どうするべきか、とジュピター王は考えたようだが、出された答えは一つしかない。

 英雄の証は、渡さない。

 小さく首を振ってそれを指示する。

 これによりゲイルとアルテミスにはメダルは与えられることはなかった。

 テオ・テスカトル戦をしたクロム達にはメダルではなく書状と報酬金が支払われた。メダルとは価値が違うが、シュレイド王家が認めたハンターというだけでも名誉ある事だ。紋章が掘られた判にジュピター王直筆の文面と名。この書状を賜る事が出来ただけでも十分誇るべき事である。

 後にテオ・テスカトルとの戦いに参戦した者達にも同様の物が送られ、王家から名誉ある書状を送られたことにハンター達は喜んだ。

 だがこれもセルシウスは受け取らなかった。理由はゲイルと同じ、自分は敵の下についた過去があり、罪人だからだ。

 しかし戦力としては申し分なく、クロムと共に斬りこむ姿は多くのハンター達に目撃されている。テオ・テスカトル相手に退くことなく戦い、ライムを守るために立ちはだかったのだ。そんな彼女の実力は誰もが認めるものではあるが、それでも彼女が多くの人を殺害していったという過去は消えない。

 

「…………」

 

 頭を下げたままセルシウスは何も言わない。言うべきことは言った、これ以上何か言っても状況は変わらない。冷めた態度ではあるが、それが変わらない状況を理解しているからこその振る舞いだ。

 そんな彼女、続けてクロムとライム、最後に月と見回していったジュピター王は何かを考えるようなそぶりを見せ、じっと月を見下ろして話しだす。

 

「神倉月よ。昨日よりこんな噂が広がりつつある事を知っているか?」

「…………それは、テオ・テスカトルが口にした事が発端となっているものでしょうか?」

「そうだ。神倉一族はシュヴァルツの血を取り入れたから堕ちた、この一連の黒幕はシュヴァルツが関わっている、シュヴァルツの血統は滅びを産む……暗い噂ばかりだ。余もにわかには信じられぬが、民は不安に包まれている。そこで余は訊きたい。噂は真実なのかと」

 

 ジュピター王の問いかけに月は一度頭を下げ、「……いいえ、一部過ちがございます」と答える。その言葉にジュピター王だけでなく、アテナ王女らも少し驚きながらもじっと月を見つめた。

 

「まず神倉一族についてですが、これはシュヴァルツの血を取り入れる以前より狂っています。我が一族は力に固執するあまり人の道を外れました。力を得るためならば、目的を達成させるためならば、人の犠牲は当然の事。他の者達は全て目的を達成させるための駒と認識する者もいる始末。それは人々に英雄と崇められている神倉羅刹も同様です。あれは生まれた時より人の道から外れた存在。あれは断じて英雄と呼ばれるに値する人物ではありませんでした。今回の一件の黒幕も彼です。自分の力を高めるため、目的を果たすために裏で暗躍していたのです」

「なんと……あの神倉羅刹が……!?」

 

 神倉羅刹は人々にとって英雄と言われし存在だ。ミラボレアスには敗れはしたが、それ以外の古龍種の討伐記録、空間魔法をはじめとする数多の魔法の可能性を高めたなどの功績を残してきている。

 そんな彼が悪、それもこれだけの大事件を引き起こした悪逆非道の存在。

 今までの歴史が崩れ去るような感覚がジュピター王らを包み込む。

 

「そしてもう一人の黒幕が……私の姉です。自分をさんざん貶し、私との力の差に絶望し、嫉妬し……それが私達後期の神倉一族に存在したシュヴァルツの因子が反応し、堕ちました。それからは姉の復讐です。神倉一族を壊滅させ、私に勝つ事だけを目的として力を求め始めました。……それを、羅刹に利用されたのです。それが、この大事件の真相です」

「……なんという」

 

 明かされた真相にジュピター王は息をつきながら玉座に背を預けて軽く天井を見上げてしまう。黒幕はどちらも神倉一族出身。黒龍を討伐するための英雄を輩出する一族と伝えられていたが、そのためにはどのような非道な行為も躊躇わない一族という事は知られていない。

 明かされた真実に王達はただ愕然とするだけだ。

 

「最後にシュヴァルツの血統についてですが……これに関しては私には何とも言えません」

「可能性の問題だから、でしょうか。神倉さん?」

「その通りです、アテナ王女。シュヴァルツの因子は感情によって左右されます。正の感情が高ければ何の問題もありませんが、負の感情を多く溜めこめばご存知の通りです。ここにいるルシフェル兄弟、そして彼らの両親であるルシフェル夫妻のように誰かを助けるために動く者がいれば、堕ちた事によってただ負の感情に従うままに殺戮を繰り返す者もいます。……それは普通の人と何ら変わりありません。善い人物、悪い人物、それは人それぞれです。ただそんな可能性があるというだけで遠ざける、あるいは排除しようものならば、彼らは迫害されることによって負の感情を溜めこみ、堕ちるでしょう。それは両者にとって何の得にもなりません」

 

 そう説明すれば、ジュピター王はなるほどと小さく頷く。それはアテナ王女らも同じであり、少なくとも彼らにはシュヴァルツの血統に対する悪い印象は取り除けたのではないだろうか。

 それは玉座の間を警備している兵士達も同じであり、先ほどまで警戒心を抱いていた雰囲気が若干和らいでいる。

 噂は所詮噂。それが真実なのか、あるいは真実に装飾された偽りが存在するのかは語り継がれる間に分かれてしまう。それよりも月が話した事が真実だとするならば、噂に気を取られる事もない。

 月の言葉が偽りという可能性もあるが、さすがにこの場で偽りを言うような人物ではない事は誰もが知っている。

 神倉一族が非道な者らという事はわかったが、だとすると月はどうなのか。彼女の人当たりの良さは誰もが知る事だ。どんな人であっても分け隔てなく接し、その力に驕る事もない。

 

「神倉さんは……もしかして一族の中では……」

「……そう考えてもらっても構わないですよ。もう一人、今回の戦いで亡くなった獅鬼もまた私と同じような人物でした。それ以外は……」

「神倉獅鬼……確か各地を巡りつつ医師として活動し、時に情報屋として活動していた人だと記憶している。医師としての腕前は素晴らしく、とても評価が高かったかと」

「ええ、そうですね。私も神倉さんからその獅鬼という人物について何度か話を聞いた事があるわ。医師としての力量はもちろん、ハンターとしての実力もかなり高いとか。単純な力比べならば月さんにも劣らないとも……」

 

 しかしそんな獅鬼ではあるが、羅刹と相打ちになって死亡した。彼の勇気ある行動がなければあの時月達は死んでいただろう。月達は彼に感謝しなければならない。

 それだけではない、昴達にとっては戦いの師匠でもあった。優羅にとっては幼い頃より世話になった人でもある。彼のおかげで優羅はあれ以上堕ちる事もなかったのだ。つまり、彼によって救われたと言ってもいい。

 

「……そんな彼も亡くなった今、もしや神倉一族は……」

「はい、私のみ生き残っている事になります」

 

 他は全て朝陽が村と共に殲滅、村にいなかった獅鬼と羅刹はあの時死亡。基本的に神倉一族は村で過ごし、ただただ力を高める事に専念するため、外に出る事はあまりない。出るとするならば、それは新たな血を取り入れるために狩りに向かう時ぐらいだ。

 狩りとは何かって? それはもちろん……人さらいに決まっている。

 優秀な血を取り入れるための人をさらってくるのだ。あとはその優秀な力を交配によって取り入れ、高めていくのみ。

 そうやって過ごしてきているため、いわゆる閉じた世界である。外界との接触はほとんどなく、だからこそ神倉一族の真実は人々に知らされない。知りうる情報は完成させられた羅刹と月、望んで村から出た獅鬼の活躍によって浮かんだイメージのみ。

 何にせよこの一件が終わった事により、神倉一族という人道に外れた一族は真の意味で滅びただろう。これ以上の巨悪の集落は恐らく存在しないはずだ。

 つまりこの一件を以って中央は本来の平穏を取り戻す。

 それを成し遂げられたのはここにいる者達の活躍があってこそ。

 まさに、英雄と呼ぶにふさわしい。

 

「皆の者、本当に大義であった。そして主達の行く道に幸多からんことを」

 

 と月達の未来を案じる言葉を口にした。

 

 

 謁見が終わり、城から出るとそこには何とソル率いるソル隊が待機していた。表情を引き締めてじっと門から出てきた昴達を見つめている。いや、その視線は背後にいるゲイル達へと向けられている。

 ということは何故ここにいるのかという理由は容易に察する事が出来るだろう。

 

「……お迎え、ってことですかい?」

「察しがいいな、ゲイル。これよりゲイル・カーマイン、アルテミス、セルシウス・ルシフェルの護送を行う。……とはいえ宿に戻って準備をするくらいの時間を与えてやろう。その後、ドンドルマへと送り、裁判にかける。異論はないな?」

 

 それにゲイル達は頷き、ソル隊が前後について月達は移動を開始した。一見するとそれは犯罪者を護送しているかのようだが、彼らはただ月達を護衛しているだけに過ぎない。

 やがて利用している宿へと到着し、ゲイル達が準備するために止まっている部屋へと向かう。当然何人かのギルドナイトがついて行き、逃げないように見張った。そうして数分、準備を終えたゲイル達は再びソルの前に立ち、「では、ゲイル以下三名を護送する」というソルの言葉によって彼らはギルド支部へと向かう事になる。

 

「セルシィ姉さん!」

 

 歩き出す前にライムがセルシウスへと呼びかける。その呼びかけにセルシウスは立ち止まり、肩越しに振り返った。周りのギルドナイト達も気を利かせるように立ち止まり、待ってくれる。

 

「色々助けてくれて、ありがとうございました。また、会える日をずっと待っていますから!」

「…………また、会える日、ね」

 

 それが叶うのかどうかは裁判次第だ。そして叶ったとしても、人間にとっては長い年月を経なければならない。魔族である自分達ならばどうということはないだろうが……他の者達にとっては長く感じるだろう。

 まさにあの日桔梗が言っていた通りだ。

 あれはまだ心配なところはあるが、周りの友人達が何とかしてくれるだろう。

 

「……ま、元気でやっとけ。早死にするなよ」

 

 その言葉を告げると話は終わったとばかりにセルシウスが歩きだし、その左右についているギルドナイトも歩き出す。それをライム達は見送るしか出来ない。

 わかっているのだ。

 彼ら自身が裁かれるのを望んでいる。自分達は罪を犯したのだから裁かれる、それから逃れる事は出来ないし、しようとも思わない。だから無言で連れていかれる。

 だから見送りつつ願う。どうか死刑だけは免れるように、と。

 

 そしてギルド支部へとやってきたソル達はモドリ玉を使用し、一気にドンドルマへと帰還する。ドンドルマとヴェルドの距離が離れているのにどうしてソル達が今日ここに来ていたのかといえば、このモドリ玉の力があるからだ。

 二つの拠点を登録されているモドリ玉を使い、空間魔法を使用せずとも一気に移動できる事を利用した。そうしてドンドルマへと戻ってきた一行はまずギルド本部へと向かい、三人を取り調べ室へと連れていかれる。

 ここからが、三人にとっての裁判の前準備が始まるのだ。

 それを見送ったソルは大長老の下へと向かい、報告する。

 

「ゲイル・カーマイン、アルテミス、セルシウス・ルシフェルの護送、完了いたしました。現在取り調べを開始し、裁判に備えます」

「ご苦労であった」

 

 労いながら大長老は手にしていた書類を机に置く。それらはあの三人に関する書類であり、大長老はそれらに目を通して現在明かされている情報を把握する。

 とはいえゲイルに関してはギルドナイトを勤めていただけであって情報は豊富だ。

 足りないのはゲイルについてまわり、孤児だったアルテミスと、同じようにどこにも属さず各地を放浪していたセルシウスの情報。

 まずはこの二人がどういう道を歩み、過ごしてきたかを把握し、その罪を問う。

 

「大長老……彼らに情状酌量は?」

「余地があるならば叶えてもよい。彼らもまたあの戦いに参戦し、功績を上げたハンター達じゃ。じゃがそれ以上に罪が重いならば……相応に重い罰を受けねばならん。それが罪と罰というものよ」

「……はっ」

 

 

 それから数日、ヴェルドに滞在していた昴達は旅立ちの準備を整え、ヴェルドを後にしようとしていた。体調も戻ってきており、旅をする分には問題ない状態だ。

 ヴェルドの門へと集まった彼らはそれぞれのグループで集まり、お互い挨拶し合っている。そうして挨拶を終えるとそれぞれの行く道へと立つ。

 

「やはり昴達は東方に帰るんだな」

「ああ。それからどうするかはやる事やってから考える事にするよ」

 

 昴、紅葉、優羅は当初の予定通り東方、それも自分達の故郷へと戻る事になった。村の跡地に出来た墓地で両親たちに報告を済ませ、その後は状況に合わせて行動する事にする。

 それに三人の問題も答えを出した事だし、もしかすると婚姻でもするんじゃないかという想像もクロム達の中にあるのは秘密だ。それを口にするのは野暮というものだろう。

 

「クロム達はどうするんだ?」

「俺達はポッケ村に暮らす事にしたよ。そして、ライムとシアン嬢ちゃんもこっちに移住する事になった」

「へえ、そうなんだ。一緒に暮らすってのは想像してたけど、ポッケ村に移住するのね」

「うん、そうなんですよ。シュヴァルツの噂もあることだし、ココット村よりはポッケ村の方がいいかなっていう事になったんです」

 

 ポッケ村ならば何かあったとしても西にも東にも向かえる。それに結界があるためそう簡単に居場所は知られないが、勘がいい者ならばここに潜んでいるんじゃないかとも推測できてしまう。

 だからこそ東西に逃げ道も存在するポッケ村に移住する事になった。

 

「僕達の自宅に関してはポッケ村に移住した後、必要な物を回収する事になりました」

「家はライム君達が使っていた所を引き続き使っていただくことになるでしょう」

「だから問題なく移住は出来るって事だな」

 

 それに何かあったとしてもクロムと桔梗、そして実力者である花梨と撫子もいる。彼らがいれば何かあったとしても切り抜けられるだろう。二人の安全は保障された。

 それにライムにとってはこれからもクロムと一緒に過ごせるというのは喜ばしい事だ。だからこの決定は彼らにとって喜ばしい事だろう。

 続けてレインとサンだが、彼らは訊くまでもない。ドンドルマに戻り、先に戻っていったゲイル達の裁判の手伝いをする事になるだろう。そうでなくともギルドを立て直す手伝いが予想される。

 じっと見つめ合った昴とレインはどちらともなく手を差し出し、握手する。

 

「色々あったが、悪くない縁だったとわたしは思う。それに君とはまた会いそうな気がするよ」

「……そうだな。どういうわけか俺もそんな気がする。だから――」

「――うむ、また会う日まで、と言おうか」

 

 握手したままお互いに小さく笑みを浮かべた。出会いこそ悪かったかもしれないが、旧シュレイド城での共闘やそれ以前の修業もあり、その関係は悪くないものになっている。

 もしこの先また会う事になったならば、よい友として接する事が出来る気がしてならない。

 それは紅葉とサンも同じだった。あまりとっつきにくい少女だと最初は思ったものだが、それは優羅の方が酷いものだ。そう、変わってしまった優羅に比べればサンは全然マシな方。

 だから紅葉も笑って握手する。それにサンも応え、僅かに笑顔を見せてくれた。

 そんな様子を優羅が見守り、そしていつの間にか月が近くにいた事に気づく。まるで優羅のように昴達の様子を見守っている月の瞳は温かみがある。

 

「君のこれからが気になるけれど……あの二人がいるから大丈夫そうだね」

「……ああ。たぶん、もうアタシはもう大丈夫。あんたが心配するようなことはない」

「そうか。私もあの二人がいてこそ安心できる。君を色んな面から守ってくれるだろう」

「……ん」

 

 世間の荒波だけでなく、自分の感情の傾きによる堕ちも防いでくれる存在。あの二人がいれば優羅はもう堕ちる事はないと感じている。そう、ずっと一緒にいるとお互い誓い合ったのだから、もう深い闇へと身を浸らせる事はないだろう。

 それも月は推測している。この三人が共にあればどんな困難にも立ち向かえるはずだと。それをこれからも見守れないというのは少し残念ではあるが、獅鬼が育てた弟子達だ。きっと大丈夫だと信じよう。

 

「月さんはどないしはるんです? また世界を巡るん?」

「そうだね。もう姉さんを探すという目的はなくなったし……後は気ままに旅をするだけかな」

「昴君達と一緒に東に行くのかな~?」

「いや、私は更に西へ……西方を回っていこうかと思っているよ。向こうにも知人はいるからね」

 

 昴達が東へ向かうならば、と月はその反対側、西方を旅する事にしたそうだ。ミナガルデの西にある港から西竜洋を渡る船に乗り、西方へと向かう予定とか。

 もちろん彼女は一人旅をする予定であり、同じように西方へと向かう者はいない。月はまた一人で旅をしていく。しかし以前と違い、その心に憂いはない。悲しい事はあったが、それでも晴れた気分で世界を旅する事が出来るだろう。

 

「風花さんは……」

「私も同じね。また時と風の流れに身を委ねつつ過ごしていくわ」

 

 ライムの問いかけに風花は腕を組みつつ答える。元よりクシャルダオラである彼女がここまで人族に混じって行動しているというのが珍しいのだ。だからこれは本来あるべき所に帰る、というだけに過ぎない。

 そして恐らくもう会う事はないだろう。

 先日風花がそう口にした通り、もし白皇に目をつけられているとするならば、もう共闘体制に入る事は出来ない。それはあまりにも危険で自殺行為でしかないのだから。

 だが龍である彼女ならばそうだが、獣であるこの二人は関係ない。

 

「俺達も東に向かおうかと思っているが、たぶん黒髪兄ちゃん達とは別のルートで行くな」

「へえ、一緒に行動するんだ」

「……まあ、何故かそうなった」

 

 雷河と焔は共に行動する事になったらしい。サラに騎乗して大陸を横断するとか言っていたそうだが、二人乗せても問題なく疾走する事が出来る身体能力だから問題ないだろう。

 獣二匹と竜一頭による世界巡りの旅とは……なかなか面白い事になっている。ほとんどのメンバーは興味深そうな視線で雷河と焔を見てしまう。そしてその視線によって少し不機嫌になった焔が「あ゛あ゛!? 妙な目で見んなっ! 別に何もない!」と突然キレる。

 それがどこか微笑ましく感じ、何人か暖かな視線と笑みを浮かべ、「何笑ってんだ!? そんな目で見るにゃっ!?」と吼えてしまう。

 

「まあまあ、落ち着けや焔。ほら、鰹節だ」

「焔は落ち着いている! つか、撫でんな猿っ!」

「いやー、そう言いながら鰹節を食べるとは……この猫可愛いねぇ」

「やかましいっ! いいから撫でる手をどけるにゃッ!」

 

 このコンビ、大丈夫だろうかと思い始めるが、もう旅をするというのは決まっている。まあ、何とかなるんじゃないかと思うしかない。せめて道中は平和でありますようにと願っておくことにしよう。

 さて、そんな感じで行く道が改めて確認できたところでそろそろお別れの時だ。今度は月の空間魔法による一瞬の移動はない。アプトルに騎乗し、それぞれの目的地へと移動していくのだ。

 昴達は東方へと向かうルート。

 ライム達はアプトルを使って途中で乗り換えつつポッケ村へ向かうルート。

 レイン達はドンドルマに向かうルート。

 月はその足でミナガルデへと向かい、海路で西方へと向かうルート。

 風花は真の姿でただあてもなく飛び回る。

 最後に雷河と焔はサラで東方へと向かうルート。

 それぞれの道でまた新たな旅が始まるのだ。

 ふとライムが何かを考えるように少し俯き、やがて月へと向き直った。その真剣な表情に月もきちんとライムに向き直り、話を聞く体勢になる。

 

「……月さん」

「ん、なんだい?」

「あの時が僕達にとっての始まりだったと言ってもいいです。あの日、あの時、僕達と一緒にクエストに行ってくれてありがとうございました!」

「……うん、そうだね。わたし達にとってあの日がきっかけだったよ。月さんがついてきてくれなかったら、あの日わたし達は死んでたかもしれない。昴さんと紅葉さんに会えなかったかもしれない。だから、ありがとうございます!」

 

 二人揃って月へと頭を下げる。

 そう、二人の言う通りあの日が全ての始まりだった。ライムにとって初めての複数での狩り、村長が月を紹介してくれたのが二人の物語の始まり。

 イャンクック討伐に近づくも、狂化したドスランポスとの遭遇によって変化が訪れる。ドスランポスと遭遇したからこそ昴と紅葉と繋がる機会が出来、「吹雪(ブリザード)」に入る事で実力を伸ばしていく事が出来たのだ。

 ライムとシアンは続いて昴達に向き直る。

 

「そして、昴さん達にもお世話になる事が出来ました。僕達に色々教えてくれたからこそ基盤が出来たと思っています」

「そして基盤を元にドンドルマで月さん達に鍛えられたからあの戦いでも生き延びれたんだよ。ドンドルマの修業、そしてポッケ村の修業……それらがわたし達を生かしてくれた」

「…………」

 

 昴達が見守る中、二人は昴と紅葉、月を交互に見詰めた後、

 

「僕を」

「わたしを」

 

 そしてもう一度頭を下げる。

 

『ここまで鍛えてくれてありがとうございました!』

 

 一年。

 この一年が二人にとって大きな節目だ。クロムと再会するという目的も、ここまで強くなれたのも彼らのおかげだ。この出会いが二人にとって良いものであったことは間違いない。

 だからこそ二人は感謝する。

 彼らとの出会いに感謝し、この一年の出来事を糧とするのだ。

 頭を下げていて見えないが二人の目には僅かに涙が浮かんでいる。

 そんな二人を見た三人は視線を交わし、小さく頷いて二人に近づいていく。そしてそっとライムの片に手を置いた昴は「ああ、よく頑張った。そしてこれからも頑張れ。俺は、俺達はお前達の成長を楽しみにしている」と声を掛ける。

 続いて月もシアンとライムのもう片方の肩に手を置き、「うん、本当によく頑張ったね。君達の成長は育てた私達も喜ばしい事だよ。……次に会う日、君達がどうなっているのか、それを楽しみにしているよ」と言いながら肩においた手をそっと首に回し、優しく抱き寄せる。

 その温かさに二人はとうとう涙を流す。頬に暖かな雫が流れ、それを止める事は出来ない。そんなライムには昴が優しく肩を叩き、シアンには紅葉が頭を撫でてやる。その人の温もり、手の暖かさがまた心地よい。

 本当にこの人達に出会えてよかった、と思わずにはいられない温かさだ。

 しばらく二人はその暖かに包まれ続けた。

 

 数分後落ち着いた二人は涙を拭ってクロム達の傍に行く。礼を告げ終わった今、もう別れの時は来た。それぞれアプトルに騎乗し、旅立ちの時である。

 

「またいつか」

「それまでのしばらくの別れ、かな」

「……世話になった」

 

 昴達。

 

「本当にお世話になりました」

「また会おうね」

「達者でな」

「お元気で」

「機会があったらまた来ぃや」

「その時はもてなすからね~」

 

 ライム達。

 

「この出会いと機会、日々に感謝する」

「お達者で」

 

 レインとサン。

 

「君達の道に幸せが多く実る事を祈るよ」

 

 月。

 

「……頑張る事ね」

 

 風花。

 

「ま、何かあったらまた会う事になるだろうさ」

「……ふん、さよならは言わないから」

 

 雷河と焔。

 それぞれが最後の言葉を口にし、

 

「じゃ、また会おう」

 

 その言葉を掛け合って一行はそれぞれの道へと出発していった。

 この大事件をきっかけに交わった道は再び分かれる。だが交わり、繋がった道で出会った者達の絆は深まった。この絆は例え離れても切れる事はないだろう。

 だからこそ「また会おう」。

 その言葉を胸に、彼らは新しい道へと歩き出す。

 ここに一つの旅が終わり、次の旅が始まるのだった。

 

 

 それから数週間後、ゲイル達の裁判が行われた。

 課せられた罰は以下の通り。

 

 ゲイル・カーマイン。

 鞭打ち十打。

 その後六年間の無償労働込の懲役を科す。

 

 アルテミス。

 鞭打ち三打。

 その後二年間の無償労働を科す。

 

 セルシウス・ルシフェル。

 鞭打ち十四打。

 その後七十年の無償労働込の懲役を科す。

 

 アルテミスに関しては情状酌量の余地があり、刑は軽くされた。彼女は殺人は犯しておらず、ただスパイ活動をしただけ。またその性格などにも構成の余地は十分あると判断される。

 だがゲイルとセルシウスに関しては殺人を犯し、それもセルシウスはシュヴァルツの因子の影響で多くの命を奪ってきている。今回の決戦に参戦したなどと構成の余地が見られるが、それでも刑を軽くしてもなお重い罪を背負っている。

 これでも刑は軽くされた方であり、本人らも特に異論をはさむことはなかった。

 ゲイルとセルシウスはドンドルマの刑務所に入れられ、アルテミスは無償労働の場であるギルド本部に入れられた。彼女の監視役としてサンが当てられ、彼女を監視する役目を担う事になる。

 

 

 こうして大陸で発生した大事件、俗にいう狂化竜事件は解決される事となる。

 だが問題は残っている。

 各地で壊滅させられた村や町の復興、今もなお残っている闇の空気などその爪痕は確かに残されている。しかしどちらも少しずつ解決へと向かっていく。

 ドンドルマの復興のように各地の人々が少しずつ復興へと力を注いでいる。数か月、数年かかっても必ず蘇るだろう。

 闇の空気も狂化竜とミラボレアスが討伐されたことで薄まってきている。旧シュレイド城を包み込んでいた強い闇もミラボレアスの召喚によって消し去られ、中央の空気もその際に一部は消え去った。

 後は時間をかけてゆっくりと浄化していくだろう。

 闇は……消える。

 

 しかし狂化竜事件の解決と同時に新たな事件が起こる気配がする。

 蒔かれた種は少しずつ芽吹きだし、広まっていくだろう。

 一つの戦いは終わりを迎え、いつの日か新たな戦いが始まる。

 だが今は、ようやく訪れた平穏を喜ぼう。

 今生きている喜びを感じよう。

 

 新たなる英雄の歴史を刻んだ戦いは、一つの終わりを迎えた。

 

 

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