呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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15話

 

 

 その日もまた昴たちは酒場へと集まっていた。チームとしての休日は残り1週間をきる。定位置となっている机に着席すると、昴と紅葉はそれぞれ朝食をとり始めた。4人は現在私服であり、今日は狩りに行くのかはわからない。今日はどうするのかはこの場で決めることとなっていた。

 

「で、今日はどうするの?」

 

 紅葉がココット米を食べながら問いかける。お茶を飲んでいたライムがコップを置くとそれに答える。

 

「僕はミナガルデまで足を伸ばそうと思っています。少し調べたいことがありますので」

「ふーん。ミナガルデってたしか、西へ数時間にある街だったわね」

「はい、そうです」

 

 街というだけあって結構な大きな人の集落であり、西シュレイドのハンターたちが多く集まっている。モンスターの骨、牙、卵などが特産品となっており、その街にある地理院からの報告で各地の地理の状況が情報誌に纏められている。

 何を調べに行くのか気になるところだが、そこはプライベートになるので深くは突っ込まないことにした。

 

「シアンはどうするの?」

「んー、わたしは紅葉さんと組んで狩りに行ってみたいですね」

「お? あたし? いいよ、別に」

 

 にっと笑って頭を撫でると、目を細めて身を任せる。どこかのどがごろごろといっている気がするのは気のせいだろうか。

 

「で、なに行く?」

「雪山って行ってみたいんですよね」

「雪山かぁ。でもこの村って雪山クエってあんまないよね」

 

 ココット村付近には雪山といえる場所があまりない。そのため雪山のクエストがあまり回ってこないのだ。だが今日は違っていた。

 

「なんか今日はあるみたいですよ?」

「へ? ホント?」

 

 それを聞いてシアンと紅葉が立ち上がって掲示板に向かっていった。星1の欄に確かにそのクエストが張られている。

『ドスギアノス討伐』

 ここから北東にあるラティオ山が目的地のようだ。移動すること3、4日かかる距離のようで、往復で6~8日かかる。さらにクエストでたぶん1日は消費する可能性もあるだろう。

 

「あら、そのクエストを受けるの?」

 

 そこへクエストボードに依頼書を張っていたエレナが声をかけてきた。

 

「はい、そうしようかと」

「ラティオ山が目的地だから結構掛かるわよ? 1週間で戻って来れないかもしれないわよ?」

「そうなんですよね……」

 

 どうしたものかとシアンが困ったような顔をする。するとエレナがにこっと笑って提案をしてきた。

 

「今ならまだ早竜(そうりゅう)が借りられそうだけど、どうする?」

「え? この村、早竜がいるの?」

「ええ。いるわよ。とはいえ、少数だから借りるならいそがないといけないけど」

 

 早竜とは駆(く)竜(りゅう)と呼ばれるモンスターの別名だ。駆ける竜だけあってアプトノスより目的地まで数段早く移動することが可能になる。だが移動が早まる代わりに荷車を持っていけないという欠点がある。

 でも今回はドスギアノスなので、大タル爆弾などは必要ないと紅葉は考えていた。元々雪山は荷車を移動させるのが難しい場所でもある。よって大荷物は必要ない。

シアン自体の腕前も上がっているので、そんなに苦労はしないだろう。

 

「じゃあお願いする」

「はい。かしこまりました」

 

 エレナが笑顔でうなずき、手続きを取りに向かった。

 紅葉が依頼書を取って戻ってくると昴を見つめる。

 

「で、昴はどうする?」

「そうだな……」

 

 お茶で喉を潤し、何気なく掲示板へと目を向ける。そのままゆっくりと視線を動かしていくと、ある一点で止まった。

 

「な、ん……だと……」

 

 大きく目を見開いてゆっくりと立ち上がる。いったいどうしたのかと3人の視線が昴に向けられた。昴はよろよろと吸い込まれるかのように掲示板に向かっていく。それを見た紅葉がああ、と溜息をついて頭に手を押さえて首を振る。

 

「お、おお、おおおぉぉぉぉおおおお!!?」

 

 突如昴が掲示板に駆け寄ってかぶりつくかのように依頼書へと向かった。そのまま震える手でその依頼書を取るとその内容を確認する。

 

「おぉぉおお!! 久々、久々ではないか……!」

「な、なにごと?」

 

 今まで見たことのない様子にシアンが戸惑いを隠せない。ライムも戸惑いながら昴と紅葉を交互に見つめる。

 

「あれね、一種の病気だよね……。あたしもどうしたものかと思ってるのよ、うん」

 

 そんな風に苦笑していると昴が依頼書を持って帰ってきた。

 

「俺はこれに行ってくる」

 

 依頼書が机に置かれ、ライムとシアンが覗き込んだ。

 

「っ!?」

「えぇ!?」

 

 そして二人にとって驚くべき内容がそこにある。

『ディアブロス討伐』

 角竜ディアブロスといえば砂漠の暴君と呼ばれるほど危険度が高い飛竜だ。ハンターたちが恐れる飛竜の一種であり、出来るなら相手にしたくない存在である。

 そこでライムが前に紅葉が言っていたことを思い出した。

 

『あいつ、ディアが大好きでね。それでよく行くのよ』

 

 ディアが大好きでね。ディアが大好きでね……。

 そんな言葉がリフレインされる。

 

「……昴さん?」

「ん? なんだ?」

 

 そこにはいつもの無表情さが少し消えていた。口元には笑みが浮かんでおり、今すぐにでもこのクエストに行きたいと物語っている。

 

「まさか、一人で行くつもりですか?」

「そうだが? それがどうかしたか?」

 

 やっぱりそうなのか、とライムは頭がクラクラするような感覚を覚える。会ったことはもちろんないが、図鑑でディアブロスがどんな飛竜なのか知っているし、ココット村のハンターたちの話でどれだけ怖い相手なのか耳にしている。

 村長がその昔相手にしたというモノブロスよりも危険な相手とも聞いている。

そんな相手にたった一人で立ち向かおうというのだ。

 

「なに、俺は奴とは何度も戦っている。そう心配しなくてもいい」

「は、はぁ……」

 

 それでもライムは心配だった。でも自分がついていったところでどうにもならない。

危険度は例えるなら階段を一足ではなく三、四足で飛び上がるようなものだ。それほどの差がある。色々なものをすっ飛ばした高さに君臨する存在。それがディアブロスである。

 

「じゃあそれぞれ頑張っていく、ということで。また今度会いましょう」

「おう」

「はい」

「いってきますねー!」

 

 労いの言葉を掛け合って4人はそれぞれの目的地へと向かうこととなる。

 

 数分後村の入り口には早竜が到着していた。そこには3メートル前後の高さをしたモンスターが二足歩行の体勢で佇んでいる。このモンスターこそ俗に駆(く)竜(りゅう)と呼ばれるアプトルと呼ばれる竜だ。口元には手綱とはみが繋がれており、背には鞍が乗せられている。

 アプトルは主に草原に生息する雑食竜であり、草や肉など何でも食べる。何よりも特徴的なのは発達した脚力による疾走にある。駆竜と呼ばれるだけあってその速さは凄まじく、加速度が高まれば時速60から80キロまで達するといわれている。

 その脚力は襲うためでなく、広大な草原で飛竜などから逃げ出すために発達したとされている。

 しかし性格は大人しく、人を襲うことはめったにない。そのためアプトノスのように人に飼われ、早竜として利用されている。

 またランポスと同じく亜種が存在し、雪山には白いクストル、火山には褐色のサラマンドラが生息している。

 

「グルル……」

「いやー、アプトルに乗るのも久々だわ」

「そうなんですか?」

「ここに来るまでの数ヶ月はただ移動していたのが多いからね。時折村でクエスト受けたりしてたけど、もっぱらアプトノスだったし」

 

 そう言いながら鐙(あぶみ)に足を乗せて勢いをつけて騎乗する。

 

「シアンはやっぱ経験あるの?」

「まあ、それなりには」

 

 同じようにシアンがアプトルに騎乗し、バランスを取りながらうなずいた。

 

「ここってアプトルの数は少ないんですけど、幼い頃からそれなりにアプトルに乗せられるんで。それに新米ハンターが一人に現場に向かう際に乗ることも多いんですよ」

「そうなんだ」

 

 やはり辺境なのでアプトルの数は少なくとも騎乗経験は多いようだ。

 ちなみにドスガレオスの一件では、昨夜のうちにアプトルが全部出払われていたため、借りることが出来なかったのである。

 そしてもう一人。昴もアプトルに乗ってやってきた。隣にはライムが歩いてきている。

 

「……昴はどこだっけ?」

「東の方のタイタン砂漠だ。国境付近にあるという場所だな。まあ俺としては一刻も早く奴に会いたい、というのもあるが。……ククク」

「ああ、はいはい。いってらっしゃい」

 

 苦笑する紅葉をよそに昴はもうご機嫌さが隠しきれずに、ニヤリと笑みを浮かべている。普段が普段だけに、やはり新米組二人は慣れない。無表情な彼をここまで変えるディアブロスとはそれほどまでに凄いのだろうか。

 

「では先に失礼する。はっ!」

 

 手綱を操って指示を出すと、アプトルが小さく鳴いて駆け出した。砂煙を巻き上げて入り口を通過し、すぐにその姿が見えなくなった。

 昴を見送ると紅葉は隣にいるシアンに言う。

 

「じゃあ、あたしたちも行こうか」

「はい!」

「ライム。また数日後に」

「はい。いってらっしゃい」

「はっ!」

 

 紅葉が先行し、シアンも後に続く。それを手を振って見送るライムの視界から二人もまたすぐに見えなくなった。

 

「……さて、僕も行かなきゃ」

 

 肩にかけているリュックを持ち直し、ライムもミナガルデへと向かっていった。

 

 

 ミナガルデに到着する頃にはすでに日は高くなっており、街はより一層の騒がしさを見せ始める。通りは人で溢れかえり、街の人、旅人、ハンターと実に様々な人たちで埋め尽くされていた。

 あちこちから呼び込みの声が聞こえ、そして店の前に客が向かって交渉を始める。ココット村では見ることのない光景にライムは少しだけ慎重になって先に進んでいく。

 人ごみに流されないように歩いていると、前方からアプトノスが歩いてきた。脇には手綱を引きながら男性が歩いており、後ろでは荷車がゆっくりと引かれている。道を譲って脇を通り、再び歩き出す。

 

「おう、そこの姉ちゃん。どうだい? 買っていかねえかい?」

 

 何やら店主の声が聞こえてきたのでそちらへと視線を向けると、店主の若い男性が自分を見つめて商品である果物を見せてきた。

 

「あ、えと……結構です」

 

 とりあえずそう言って断りを入れておく。そして心の中で「男なんだけどな……」と突っ込みも入れておいた。やはり自分は今でも女性に見間違えられるようだ。声もまだ高い方だし、華奢な体つきをしている。肌もあまり焼けておらず、何より顔つきが中性的。それに加えてさらさらとした淡い緑色の長髪が後押ししており、何も知らない人が見れば女性に見間違うのも無理はない。

 

「……でも切れないんだよなぁ」

 

 髪を伸ばしているのは少し理由があった。

 一つは兄であるクロムに見つけてもらうため。昔からライムは長髪であり、ほとんど切ることはなかった。クロムに苦笑しながらも長髪の方がライムらしいと言われたことがある。

 しかし行方不明になった当時は、数日前に切ってしまったため肩まで伸びたセミロングヘアーだった。

 ライムは考える。

 クロムを探すためにハンターになるのはいいが、もし自分が気づかないうちにすれ違っている可能性がある。自分はこうしてあまり変わらない姿をしているが、クロムはより一層男らしく成長している可能性があるからだ。ならば少しでも自分だと気づいてくれるために髪を伸ばしておこう。

 そう決めてあまり髪を切らなくなり、今では腰近くまで伸びてしまっていた。

 そしてもう一つは髪には力が宿るといわれるため。魔族において髪は自然の力を集める力があるとされ、大抵の魔族は髪を伸ばす傾向にある。もし髪を切れば今までと違って力を失うとされており、実際遠い昔に髪を奪われた術者が大きく力を失ったことがある。

 ライムは生まれた時より魔法の才能が高く、その体には多くの力が巡っている。幼い頃こそそれに体が耐えられなかった時もあったが、少しずつ体が慣れてくると、その力が巡るのが普通だと体が認識するようになった。

 そうなると力が巡る量が減ると体調を崩すようになるようになる。そのため長髪にするようになったのである。

 また髪を切ったことで両親と兄がいなくなったのではないかと当時のライムは思いつめたことがある。それほどまでに魔族にとって髪とは神聖なものとされている。

 ちなみに髪とライムが魔法を使うことに関してはあまり関係がない。体調を崩すのはまた別の理由があるが今は置いておくことにしよう。

 さて、ライムが向かった場所はミナガルデのギルド支部。中に入ると真っ直ぐに受付へと向かっていった。

 

「いらっしゃいませ。……あ、ライム君。久しぶりね」

「お久しぶりです。アリスさん」

 

 笑顔で迎えてくれたこの受付嬢は、ミナガルデ支部の看板娘といわれているアリス。金髪のセミロングヘアーをしており、少し小柄な体格をしていた。その笑顔はミナガルデの太陽とまでいわれており、ハンターたちにとっては自分たちを照らし見守ってくれる光とされている。

 

「今日もクロム君の情報?」

「はい。どうですか?」

「ちょっと待ってね」

 

 微笑すると引き出しを開けてファイルを取り出した。

 クロム・ルシフェル。ライムより3歳年上で、生きているならば19歳と思われる。

 行方不明になったのはライムが11歳、すなわち14歳の時だ。両親の死亡は届けられたが、クロムの生死は不明としてココット村に知らされることとなる。

 

「ん~、残念だけど、情報が入ってないね」

「そう、ですか……」

 

 行方不明になったあの日から約1、2ヶ月間隔でここに訪れ、情報がないか聞いてきているが、依然として行方不明のままだった。

 

「ごめんね」

「いえ、いいですよ。むしろ僕としては今もまだ情報を探してくれているだけでもありがたいですから」

 

 ギルド側は今となっては公式で死亡扱いになっているが、ほとんどの人はクロムは生きているのではと信じていてくれている。

 

「あ、でもね」

 

 そこでファイルのページをめくり、あるページの部分に目を落とす。

 

「村長がたしか狂化竜について情報を求めていたよね?」

「はい」

 

 狂化竜のことはミナガルデにも伝わっており、街から様々な人材を派遣して調査を行っている。大陸中心部にある街、ハンターズギルドの総本山であるドンドルマにも伝わっているが、あちら側はまだ重い腰を上げていない。

 何しろ目撃例がほんの一部しかない上にまだ確かな証拠が届けられていない。気になる存在ではあるが、今はまだ動けないのだ。

 

「なんか妙な報告があるのよね」

「というと?」

「先日ヒンメルン山脈付近に出没したというイャンクックの討伐が行われたんだけど、それが妙に黒かったって話なのよ」

「……え?」

 

 それは耳を疑う話だった。思わずカウンターに手を突いて身を乗り出す。

 

「く、詳しくお願いします!」

「う、うん。見た目はイャンクックだったんだけど、イャンガルルガみたいな色合いになってるって話よ。でもガルルガにしてはたてがみがないし、棘も生えてない。見た目がクックで色がガルルガだったから、クックがガルルガに変貌しようとしている個体じゃないかって、学者が騒いでるんだけどね」

 

 なるほど。話を聞いている限りではそうなのかもしれない。元々イャンガルルガはイャンクックから派生したといわれている種類だ。昔はイャンクックのクエストに向かったらイャンガルルガに出くわした時代がある。

 最初はイャンクックの亜種とされ、そして今ではイャンガルルガとして独立した一種の飛竜と認定された。だからその中間種が発見されたとなれば、学者が騒ぐ気持ちもわかる。

 だがそうじゃないとしたらどうなのか。

 昴たちが探している狂化竜。もし今回のイャンクックが狂化したものだったらこれはとんでもないことになる。

 

「それからどうなったんです?」

「んーなんていうか不思議でね。死体はギルドが回収していったんだけど、研究室に運ばれると通常のクックの色に戻ったのよね。これがまた学者たちが騒ぎ出して、てんやわんやなのよ」

 

 今の話で間違いない。ドスランポスの場合でも死体が回収される頃には普通の色に戻っていた。そのイャンクックは狂化竜なのだ。

 

「その討伐したっていうハンターはどこにいるんですか? 話を聞いてみたいんですが」

 

 更に身を乗り出すと、どうどうという風に両手をあげて落ち着かせる。

 

「ここにはいないよ。どこかへ行っちゃった」

「え?」

「討伐したハンターが『孤高の銃姫』だとか言われてるハンターでね。街に呼ぼうと思ったらしいんだけど、報酬を受け取るとさっさと消えちゃって」

「え? あ、えと、誰です?」

 

 聞いたことがない通り名にライムが首をかしげた。そこでアリスが名簿帳を取り出し、そのハンターについての情報を見せてくれた。

 

「名前はクロサキ、ってしか知られてないのよ。苗字だけで名前がわからない。苗字からして東方出身のハンターだってわかるだけ。容姿は女性って事ぐらい。常に黒いローブに身を包んでて、人と関わろうとしない。素顔は不明。まあ彼女の場合はガルルガ装備をしているから元から顔が見えづらいってのもあるけど」

 

 そして彼女は常に一人で行動するそうだ。名前を明かさず、素顔も晒さず、人と関わらないということは人嫌いなのだろうか。だが『孤高の銃姫』という通り名があるほどの実力はあり、各地を転々としてクエストをこなしていくうちに実力が一部で知れ渡っているようだ。

 銃姫、と言われるだけあり、武器はライトボウガンを使用するガンナーらしい。ガルルガキャップをつけていて視界が狭まっているはずだが、それを感じさせないほどの感性と視力で目標を撃ち抜く技術を持っているそうだ。

 そんな風に説明されるとライムは、彼女がどれほど凄腕のハンターなのかと想像する。ガンナーといえば遠距離で行動するハンターだ。しかし彼女はずっと一人で行動している。ガンナーには難しいクエストもあっただろうに、それをたった一人で切り抜けてきたとなれば、その実力がどれほどのものかと想像できる。

 

「……彼女はどこへ行ってしまったんです?」

「東の方ね。ドンドルマにでも向かってるんじゃないかな?」

「ドンドルマ、か……」

 

 ココット村からではかなり時間が掛かる距離だ。残念だが諦めるしかないだろう。

 

「情報、ありがとうございます」

「いえいえ。また来てね」

 

 頭を下げるとミナガルデの太陽といわれる特上の笑顔を見せてくれる。それはまさにそう称えるに相応しい綺麗な少女の笑顔だった。

 ライムのような純情少年には少しドキリとさせられるものだが、呼吸を落ち着かせてアリスに会釈して支部を後にした。

 

 用事が済んだのでココット村へ帰ろうとミナガルデ入り口へと向かおうとする。だがやはり人が多くなかなか思うように進めない。時々人にぶつかってしまい、足元がふらついてしまう。

 そして一際大柄なハンターにぶつかってしまい、バランスを崩してしまった。

 

「あっ……」

 

 思わずたたらを踏んで後ろへと下がってしまい、更に誰かにぶつかってしまった。

 

「うわっ」

「っ!?」

 

 ぶつかる感覚と何かが落ちる音がする。振り返れば二人の足元にはいくつかの果物が落ちていた。

 

「あ、す、すみません……!」

「…………」

 

 すぐにそれらを拾い上げると、ぶつかった人に頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

「……いや、いい」

 

 それはよく通るハスキーボイスだった。顔を上げれば白い少女がそこにいた。

 肩で切りそろえられた白いショートヘアーに、吸い込まれそうなほどな深い鈍色(にびいろ)の瞳が無感情にライムを見つめていた。肌はライムと同じく驚くほど白く、焼けている気配がない。白を基準とした長袖のブラウスを着ており、その上には赤い厚い上着が羽織られている。下は深い黒のズボンで右手がポケットに突っ込まれている。左手には買い物袋が抱えられ、様々な果物などが入っている。

 そして何より目を引いたのがその耳が魔族のものだった。ライムとまったく同じ特徴をした耳が、ライムの視線を固定させている。

 

「なに?」

 

 うっすらと目を細める少女に、慌てて首を振る。

 

「あ、いえ。これ、すみませんでした」

「……いや、構わない。持っていってもいいから」

 

 そう告げるとそのままライムの横を通り過ぎようとする。だから思わずその右手を掴んでしまった。

 

「……なに?」

 

 どこか不機嫌そうな目がライムを貫いた。だがここで屈するわけにはいかない。

 

「いえ、その……お詫びがしたいんで、お茶でも、どうです……?」

 

 自分としては頑張って誘いをかけてみたつもりだった。だがその少女はじっとライムを見つめると小さく鼻を鳴らした。

 

「べつに私はいらんのだが」

「それだと僕の気が済みません。ぶつかった上に落とした果物まで戴いてしまったら、僕が変な気持ちになるんです。ですので、せめてお茶を奢らせてください」

「……はっ、強情な」

 

 捕まれた手を振り払い、そのまま頭を掻く。そして半目になってライムを見つめると小さくうなずいた。

 

「いいぜ。お前の誘いに乗ってやる」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げると少女はまた鼻を鳴らしてそっぽ向いた。

 

 ミッドガルデのオープンカフェの一つに席を取り、二人はお茶を戴くことにした。とはいえ、少女が頼んだのはなぜかお茶関係の飲み物ではなく、発泡ミルクだった。ライムはココットティーを注文する。

 

「……」

 

 発泡ミルクをぐいっと飲みながら少女はライムを見つめる。その視線を合わせるとライムはやはり少女の顔を凝視してしまう。

 ライムと同じく中性的な顔つき。その雪のような白い髪は肩で切りそろえられているせいか、黙っていれば男性にも女性にも見えてしまう。いや、声も少々ハスキーボイスなため、会話していても男性に間違えてしまいそうだ。

 だがその胸元にある膨らみや、香ってくる匂いで辛うじて女性とわかる。

 

「さっきから見てるけど、何か言いたことでもあるのか? そうそう見られて心地いいわけじゃないんだけど」

「あ、ご、ごめんなさい。ただ……」

「……ただ、なに?」

 

 少しだけ視線を彷徨わせてライムは背筋を伸ばした。

 

「僕の家族以外で初めて魔族の人と会ったもので……」

「……ああ、なるほど」

 

 そこで少し納得したようにうなずいた。魔族は大昔の戦争により自ら表舞台から引いた一族が多い。人の世に混じっているものは竜人族よりも少ないといわれている。だからこんな風に二人の魔族が出会う確率は低い方だった。

 しかし近年はルシフェル一家のようにハンターとしてギルドに登録している魔族も少しずつ増えているので、出会うことは昔と比べて増えた方だ。

 

「自己紹介、遅れてしまいましたね。僕はライム・ルシフェルといいます」

「……ルシフェル?」

 

 ちらっと視線を上げて少女がもう一度ライムの顔を見つめる。

 

「はい。……もしかしてルシフェルの名をご存知で?」

「…………」

 

 もしかすると両親が助けた人たちに関係のある人だろうかと、ライムが淡い期待を込めて見つめる。だが、少女は小さく首を振った。

 

「いや」

 

 素っ気無く言うと発泡ミルクを飲み干した。

 

「そうですか……。あの、あなたは?」

「私か?」

 

 微かに顔を上げてライムを見ると、少しだけ視線を逸らし、目を閉じて口を開く。

 

「……スノー」

「スノー、さん?」

 

 確かめるように首をかしげると彼女はうなずいた。

 スノー。つまり雪、ということなのだろう。確かに納得できる名前だった。苗字は言わなかったようだが、これ以上聞くこともないだろう。

 

「果物とか買ってましたけど、近くに住んでるんですか?」

「……いや、そういうわけじゃない。近くに寄ったから買い物しただけ」

 

 ということは旅をしている人なのだろうか。ここで会ったのも何かの縁なのかもしれない。これは何かの導きかもしれない。

 そんな風にライムは思っていた。

 

「旅人、ですか?」

「まあそんなもの」

 

 小さくうなずくとまた無感情な鈍色の瞳がライムの顔から上半身まで見下ろした。

 

「……お前、見えそうにないがハンターなのか?」

「はい、そうです。よくわかりましたね」

 

 大抵の人はライムが私服で歩いているとハンターではなく普通の一般人と見るものだ。それほどまでに華奢な体つきをしているのである。

 

「僕はココット村でハンターをやってます」

「ふーん」

 

 また素っ気無く言うとふいっと視線を逸らした。

 ライムは少し困り始めた。

 さっきから妙に素っ気無い。会話も短く、吹っかけても最低限の返事しか返ってこない。これが彼女の性格なのか、それとも無理に誘ってしまったのを怒っているのか。

 そんな風に心配していると、スノーはライムの心境を感じたのだろうか。袋から果物を取り出して頭へと放り投げた。

 

「へ?」

「辛気臭い顔するな。鬱陶しい」

「あ、す、すみません」

「別に気にすることじゃない。これが私なんだから」

 

 そう言って席を立つ。

 

「ま、なかなか機会のないことだった。悪くはない」

「あ、スノーさん!」

 

 歩き出そうとしたスノーの背にライムが慌てて声をかける。

 

「ん?」

「また、会えますよね?」

 

 どこか不安そうにライムが言う。せっかく出会った家族以外の魔族だ。また出来るなら会いたい。そういう心境が伝わってくる。

 しばらくそんな顔を見つめていると、初めて微笑を見せた。

 

「ま、機会があるんなら会えるんだろうさ。そんなのその時になってみないとわからない」

「……そうですよね」

「……お前がハンターとして成長していったら、あるいは会えるかもな?」

「え?」

 

 どういうことかと聞こうとしたが、その時には彼女はすでに人ごみにへと向かっていき、すぐに飲まれて消えていった。

 

 

 ミナガルデから出た彼女はそのまま街道を歩いていく。ミナガルデから少し離れた場所まで行くと懐に手を入れる。すると取り出したのは白い物体。それをぐっと握り締めておもむろに振りかざすと、それは一気に広がって白いローブになった。

 ふわりと布が舞い、その体を包み込むと左手に持っている袋をローブの中に入れる。

 

「……」

 

 街道から外れて近くの森に向かうと、1匹のアプトルが佇んでいた。しかしその体は通常のアプトルとは違っている。白い体に水色の縞模様が走っている。

 雪山に生息するギアノスに似ているが、その体躯はギアノスに比べてかなり大きい。

 これが雪山で暮らすうちに、その環境に適応するように進化したクストルと呼ばれるアプトルの亜種だ。通称雪駆竜と呼ばれており、雪山に滑らないように足の爪が強くなっている。さらに駆け抜けるだけでなく坂道にも強く、跳躍して岩肌から岩肌へと飛び移る力を持っている。

 その背に乗ると手綱を叩いてクストルを走らせる。その背に揺られながらスノーは先ほどのライムの事を考えていた。

 ライム・ルシフェル。彼はそう名乗った。

 あの時彼はルシフェルのことを気にしたとき知っているかと言ったが、自分は「いや」と言っただけだ。それで知らないとでも思ったのだろう。嘘だ。

 それ以外でも色々聞かれたが、やはり自分に興味を持ったのだろう。気持ちはわからなくもない。人の世に混ざっている魔族の数は少ない。こんな田舎に暮らしていたら家族以外の魔族に会う機会などそうそうない。スノーもそれはわかっていた。

 だから驚いたものだ。よもやここで彼と会うことになろうとは。

 

「……ふん」

 

 そんな風に思い出してまた小さく鼻を鳴らす。だからなんだというのか、とでもいう風に振り払う。

 だがそれでも彼のことが頭に微かに残ってしまっていた。その理由は何となくわかっていても、彼女はそれから考えないことにした。

 白い影はそのまま東へと駆け抜けていった。

 

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