ティナ山。西シュレイド地方の北にある雪山だ。北東にあるアクラ地方から吹いてくる寒波と、高い山によってほぼ1年を通して雪に覆われていた。上に行けば行くほど気温は低下していき、山頂部は吹雪が吹くこともあるという。
このような場所でもモンスターは生息しており、厳しい環境を生き抜いていた。
ベースキャンプにアプトルを繋ぎ、餌を与えて待たせる。続いてテントを作り、周りに液体を撒いておく。近くにアプトルがいるが、この液体は主に肉食竜にほぼ効果を発揮しているため、彼らには無害となっている。
そして紅葉がポーチからモドリ玉を取り出して登録すると、シアンが首をかしげる。
「登録しておくんですか?」
「雪山を登るからね。歩いて帰ってくるのもめんどうでしょ?」
「ああ、それもそうですね」
納得するとシアンも戻り玉を登録しておいた。
続いて紅葉が支給品ボックスを開けて地図を取り出す。
「えっと、あたしはこの雪山は初めてだからな」
「そうなんですか?」
「ん。主にフラヒヤ山脈とかベルト山脈とか、その他の山でやってたからね」
苦笑しながらそう言った。ハンターたちの間では雪山といえばそちらの方が多い。彼女もまたそうだったのだろう。
「で、今回の目標であるドスギアノスだけど」
地図を見て一点を指差した。
「奴はだいたい山の上のほうを徘徊するのよね。そして当然ながらあちこちにギアノスがいる。でも数で言えばゴル砂漠で出くわしたゲネポスたちよりも少ない方と思う」
「そうなんですか?」
「まあカンだけどね。ギアノスは他のランポスたちに比べて数は少ないらしいから。雪山という悪環境もあるしね」
苦笑すると指を立ててベースキャンプ辺りを示す。
「ここから1へ、そして高台があるようだからここからエリア4の洞窟に入る。そしてここからリア5へと上がり、6に向かう。恐らく6、7、8と見回ってると思う。だからエリア6で待とう。これを見る限りじゃ7と8は狭い方だし」
「そうですね」
「あとは頑張れ。周りのギアノスと氷液に注意すればドスランポスとかとそう変わらないからね」
「わかりました!」
元気よく手を挙げるシアンに紅葉はいつものように軽く頭を撫でてやる。そしてシアンの雪山デビュー戦が始まった。
エリア1では山の麓となっているのでまだ雪はそんなに積もっていない。左側には湖が広がっており、ほとりではポポが数匹集まって草を食んでいる。
厚い毛皮に湾曲した2本の牙が特徴的な草食竜であり、その肉や舌は食用とされ、厚い毛皮は防寒具にもなる。
しかし今は必要ないのでスルーする。右側は高台が二つあり、その先に洞窟の入り口が見える。
「よっ」
一声入れてジャンプして手を伸ばし、一息で上に飛び乗る。そして下にいるシアンに手を伸ばしてやる。彼女は小柄なためジャンプだけでは届かないのだった。それをもう一回行って洞窟前まで移動する。
洞窟からは冷気が吹き込んでおり、前に立っているだけでも寒いものがある。雪山では必需品であるホットドリンクを飲み干し、二人は洞窟に入る。
壁一面に広がる凍った壁。左側は吹き抜けており、バランスを崩せば転落して大怪我するだろう。そしてホットドリンクを飲んでいても冷たい空気が肌を撫でていく。
「さ、寒いですね……」
「まあね。こればっかりは慣れないと。山の上のほうはここよりも寒いよ。その状況で戦うこともあるから」
「うわぁ……それは、嫌だなぁ……」
両手を擦り合わせながらシアンが呟いた。それに苦笑し、紅葉が右手に曲がる。
「熱気を操る魔法を習得すれば、それなりに凌げるかもしれないけどね。残念ながらあたしも昴も炎系統は適性がなかったのよ。……さて、エリア5へはここを行くんだけど」
見れば壁に二つのでっぱりがある。ここを登っていくのだが、やはりシアンには届かない。回り道をしてもいいのだが、ここはこのまま行くことにする。
「ほい、手を取って」
「あ、はい」
おもむろに手を伸ばすとシアンがその手を握り締めた。すると二人の足元に空気が渦巻き、そのまま体が浮かび上がる。手を使って登っていくより、こうして移動した方が早いと判断したようだ。
「っと、ま、こんなもんか」
「す、凄いですねっ!? わたしちょっとだけ空、とんじゃいましたっ!?」
「そんなもんだと考えてもいいかもね。ま、二人分の体を持ち上げるからそれなりにクルものはあるけど、さっさと終わらせたいでしょ?」
今回はデビュー戦だから軽く雪山というものを経験させるだけでいいと紅葉は考えていた。砂漠然り、雪山然り、普段とは違う気候の中での戦闘は思うようにはいかない。長いこと滞在するよりさっと流す程度でいいのではという考えだ。
「あはは……まあ、そうですね」
頭を掻きながら苦笑するシアンに微笑し、長い細道を歩いてエリア5へと移動する。左手は崖になっていて道は少し上り坂になっている。そこで右手の壁つたいに坂を上っていき、洞窟の外へと目指していく。左手は下り坂になっており、エリア3に繋がっているようである。
外に出れば強い風が吹いてきた。
「うっ……」
思わずシアンが顔を庇ってしまう。空を見れば雲がかかっており、はらはらと雪が降っている。奥を見ればわずかに海が見える。あの先にあるというアクラ地方からこの山を凍えさせる寒波が吹いてくるのである。
そしてすぐそこに白い体をしたランポスがいる。あれこそが雪山に適応して進化したランポス亜種、ギアノスだ。白い体に黒い縞模様が走った体をしており、時折氷液を吐き出して獲物を弱らせる狩りをする。
「ギャア! ギャア!」
1匹が二人に気づいて大きな声を上げた。どうやら仲間を呼んでいるようだった。
「んー、ま、いいか。今のシアンなら多少増えたところで大丈夫でしょ?」
「はい!」
「問題はこの雪の積もった地面だけど、ま、そんなに気張らず落ち着いて動きなさい。滑って転んだら元も子もないから」
そう言いながら背負っているクックジョーを構える。シアンもまたインセクトオーダーを構えると集まり始めているギアノスたちを見据える。その数は6匹。
「ギャア!」
そのうちの2匹が先陣切って迫ってくる。二人はその場から動かず、近づいてくるギアノスを見つめたまま。その距離が10メートルをきった時、シアンが前に出る。
足元の雪に捕らわれないよう慎重に走り、体を捻って足元を左の剣で薙ぎ払い、バランスを崩した時、右の剣で胸を突き刺した。
その剣を抜いて次のギアノスへ。噛み付いてくるのを身を捻って回避し、両の剣で同時に薙ぎ払って首と体を切り裂く。
「ギャア! ギャア!」
瞬時に仲間が殺されたことにギアノスたちが騒ぎ出す。これだけ騒げば異変に気づいたドスギアノスがやってくるだろう。その前に数だけでも減らしておこうと二人が動き出した。
ギアノスたちは散開して二人を取り囲もうと動き出す。だが4匹では話にならない。振り回されるクックジョーに頭を殴られ、首を折られて左側の2匹が倒される。右は先に来ていたギアノスを一太刀で首を刎ね、血が舞うのを構わずにその体を蹴り飛ばしてもう1匹のギアノスをとめる。蹴り飛ばすことで少しバランスを崩すが問題ない。
「ギャ、ギ、ガ……」
ギアノスの足が止まったところを横から紅葉が殴り倒した。くるりとクックジョーを回転させて血を払うと背に背負う。
「うん、初めての雪山の戦闘にしてはいい感じね」
「そうですか?」
「でも油断しないように。油断こそが一番危険なものだから」
「はいっ!」
うなずくシアンが剥ぎ取りを開始すると紅葉は辺りを見回す。今のところは新たなギアノスもリーダーであるドスギアノスも見当たらない。背後には山頂のエリア8へと繋がる道が、右手には反対側のエリア7へと繋がる道がある。
あちら側にいるギアノスたちが何やら騒ぎ出すような気配がする。恐らくこちらにいるギアノスたちの声が聞こえたからだろう。追加で送られたギアノスも始末したし、そろそろ来るんじゃないだろうか。
そう思っているとエリア7にギアノスたちとは違う気配が入り込む。それはしばらくエリア7を走っていたが、やがてこちら側へと向かってくる。
「シアン、来るわよ」
「はいっ!」
剥ぎ取りを終えて立ち上がり、共にエリア7方面を見つめる。
そしてそれらはやってきた。
先頭には一際大きなギアノスが駆けてくる。
ドスギアノス。ギアノスたちを束ねるリーダーである。大きな青いトサカを持ち、1本だけ突き出た青い爪が特徴的なモンスターだ。吐き出す氷液はギアノスたちよりも冷たく、相手を凍りつけさせる力を持つという。
背後にはギアノスたちが10匹前後集まっている。それぞれ左右に展開し、紅葉とシアンを威嚇していた。
「ギョゥア! ギョゥア!」
「お出ましね。さて、シアン。あたしが暴れまわってギアノスを止めておくから、あんたがドスギアノスの相手してやりなさい。今のシアンなら、結構戦えると思うけど」
「おぉ! わたし一人でやるわけですか!?」
驚いてはいるが、その表情は笑顔だった。
「そうよ。雪山という今まで経験したことない場所だけど、戦い方はドスランポスとそう変わらない。もちろん、ピンチになったら手を貸すけど、あたしは出来ると信じてるよ」
クックジョーを構えながら横目で優しく微笑んだ。その信頼された眼差しで見つめられ、シアンはインセクトオーダーを構えながら大きくうなずく。
「お任せくださいっ! わたしが仕留めて見せます!」
「ん。がんばんなさい」
そして紅葉は駆け出した。
「ギョウアッ!」
紅葉が動き出したのを見てドスギアノスが号令を出す。しかし左手をポーチに入れた紅葉が閃光玉を片手でピンを抜いて放り投げる。二人が目を閉じると同時に光が放たれ、ギアノスたちの視界を奪った。
「はいはいはいぃぃぃ!!!」
生まれたチャンスにクックジョーを振り回しながらギアノスたちをどんどん殴り倒していく。その間にシアンはドスギアノスへと接近し、体を捻ってインセクトオーダーを振り上げる。腹から胸へと二本の線が走り、ドスギアノスはのけぞる。
「すぅーっ……」
そして頭上でインセクトオーダーを交差させて大きく息を吸い、
「……ふんっ!」
そのまま横に広げる。鬼人化を発動させて乱舞を始めた。
「そらそらそらああぁぁぁ!!」
紅葉の影響が進んでいるのか似ている掛け声を発しながら、縦横無尽、連続連斬の怒涛の剣舞がドスギアノスに襲い掛かる。
「ギョゥウアアアア!!」
大きな悲鳴を上げるドスギアノスは抵抗しようと体を捻り、そのまま体を打ち付けてきた。
「く……」
咄嗟にインセクトオーダーを交差させて防ぐも、双剣は元々攻撃特化型で防御には向かない。小さな体は後ろに飛ばされて雪を転がった。だがすぐに雪を掴み、足に力を入れて何とか転がるのを止める。
「ギョゥアアァア!!」
胸から腹まで、そして手の一部がズタズタになりながらもドスギアノスは戦意を失っていない。むしろ怒りが高まっている。
「これからが本番ってね!」
立ち上がって不敵に笑う。体についている雪を払うと再びインセクトオーダーを構える。シアンの目に恐怖はない。むしろ爛々と輝き、1対1で戦うのを楽しんでいるように見える。
そんな様子を紅葉は離れた場所で見守っている。飛び掛ってきたギアノスをクックジョーで突き上げると、頭上で爆発してギアノスがのけぞり、そのまま体を捻って殴り飛ばす。これで全てのギアノスを仕留めることとなった。
しかししばらくは見守り続ける。これはシアンの戦いだ。
ギアノスが追加で来るようならば打ち倒す。もし危険と判断すれば介入する。そうやって新米組は育ててきた。何でもかんでも手を出していては育てるとは言わない。
傷つきながらも体に覚えさせてこそハンターは成長する。ハンターは実戦経験でこそ成長するのだから。
しかし気のせいだろうか、少しその動きが良くなってきているような。いや……それだけじゃなくどこか昴や紅葉に似てきている気もする。見て覚えたのだろうか。
シアンの背後は崖になっている。インセクトオーダーを構えながらゆっくりと横へと移動していく。
「ギョアッ!」
それを感じたのだろうか、一声上げて飛び掛る。それを更に横に飛んで回避し、転がりながら起き上がって足を狙って切り払い、側面へと切り上げ、そして体を捻って袈裟斬りするようにして双剣を下ろす。
「ギョアア!?」
インセクトオーダーの切れ味にドスギアノスがよろめく。白い体にどんどん赤が塗りつぶされていく。
雪山で戦うことになれば雪に足を取られそうになり、シアンの持ち味である速さが生かせない。ならば少しずつ磨かれた双剣の技術で戦うしかない。
「せいっ! やぁ!」
「ギョルァア!」
首を伸ばして噛み付いてくるが、1歩下がりつつその顔へと突き刺す。そのまま首まで切り裂き、右の剣で顎を突き上げた。
「ギャァアアア!!」
急所といえる顔にねじ込まれた剣の痛みにもがき、両手をばたばたと動かすが、短いその手では小柄なシアンを捉えない。がら空きになっている足元に近づいて何度も斬りつけるとドスギアノスが転倒した。
「すぅーっ……」
その隙を逃さずその体勢を取る。
「……ふんっ!」
鬼人化を発動させてその腹へと乱舞を仕掛ける。白い腹に更なる傷が生み出されていき、肉は裂け、中からどんどん血が溢れる。その赤はドスギアノスの白い体だけでなく、下にある雪にも赤を塗りつぶしていった。
「が、がが……」
柔らかい腹を裂かれ、大量に血を失ってしまったドスギアノスは、静かにその命を散らした。
「はぁ……ふぅ。終わりましたっ! ドスギアノス討伐、完了です!」
「ん。お疲れさん。思った以上に早く終わったわね」
紅葉の予想ではもう少しギアノスがいてもよかった。ランポス種のリーダーと戦う際はよく群れの仲間たちが邪魔をしてくる。例えリーダーに慣れていようが、地理的な問題と周りの仲間たちの邪魔によって討伐する時間に差が生まれる。
シアンはドスランポスなどで経験を積んでいるのでどういう風に動けばいいのか覚えている。だがそれでも仲間達の邪魔が入れば状況も変化していく上に、足元は動きづらい雪。
だからもう少しかかるだろうと予想していた。
しかし実際はギアノスたちはあれから現れず、完全に1対1で戦う流れとなってしまった。ギアノスたちが配置されている場所が遠かったのか、それとも元からギアノスの数が少なかったのか。
「……」
ココット村まで届いたという雪山のクエスト。
この時点で珍しいことらしい。だからこうしてシアンだけ雪山を先行体験させようと連れてきた。そして実際に雪山というものがどういう場所なのか教えることが出来たが、紅葉はギアノスたちの援軍がないことに少々疑問を持ち始める。
「ん~……」
もし来なかっただけならばいいのだが、もし元から数が少ないということならば話は変わる。数が少ないということは元から群れがダメージを受けていることになる。ゴル砂漠のゲネポスは総じて50前後いた。
そして紅葉の予想ではギアノスはだいたい2、30くらいはいるんじゃないかと考えていた。しかし実際はその半分ほど。これが意味することは。
どこかにギアノスの数を減らさせた原因があるということ。
そう思い至ると、紅葉は剥ぎ取りを終えたシアンに声をかける。
「シアン。キャンプに帰るよ」
ポーチからモドリ玉を取り出して見せると、シアンもまたモドリ玉を取り出す。地面に叩きつける前に一応ということで辺りに探りを入れてみる。
今のところは異変はない。だが何か嫌な予感が紅葉を包み込んでいた。長年ハンターをやってきたことにより、自然と培われていった感性。そして作られた警鐘。
それがわずかながらも反応している。
それを確かめる暇はない。今の状況はこちらの不利だ。情報がない上に相棒はシアンのみ。恐らくそれと出会ったとしても生き延びる自信はなかった。
見れば東の空が曇り始めている。どうやら一気に天候が崩れるらしい。この場所はもうすぐ吹雪が吹き荒れるだろう。
だからシアンにうなずき、二人は同時にモドリ玉を地面に叩きつける。緑色の煙が噴きあがり、その姿が消え去った。
数分後、その場所に一つの影が舞い降りる。ドスギアノスと比べれば数倍も差があるその体格。四肢をしっかりと踏みしめ、横たわっているその死体を見つめる。
「グルル……」
自分と出会って逃げ出した群れのリーダーだ。何やら喧嘩を売ってきたので軽くいなしてやると、周りの仲間たちが何匹か死んでしまった。自身の放つ雰囲気を察していただろうに、むざむざと仲間の命を散らした愚かなリーダー。
その死体がここにある。
このまま自然に分解されるといい、という風に軽く鼻を鳴らす。こんな小さな存在など口にするのも愚かしい。一度上に登って身を休めるとしよう、と翼を広げ、それは強い突風を巻き上げて去っていく。
空からは強い雪が降り注ぎ、あの存在が飛び立つ時に発生した暴風によって吹雪となる。それによってドスギアノスの死体はすっかり雪に埋もれてしまった。