「はぁ……はぁ……」
岩陰に身を潜めながら息を整える。岩山地帯とはいえ、この砂漠はかなり日差しが強い。岩によってある程度遮られているが、温まった体にこの熱気によって汗はじわりとにじみ出る。
そこで少しでも楽にしようと手にしている白猿薙【ドド】から漏れる冷気を操り、軽く体を包み込む。
「はぁ……ふぅ」
優しく冷やされていく体に新しい空気を送り込んでゆっくりと呼吸を落ち着かせる。そして先ほどのことを思い出す。思わず苦い顔をしながらも口元には笑みが浮かんでいた。
「やれやれ。確かに会いたいとは思ったが、あれはないだろうに……」
フルフルDのフードの中に手を入れて軽く頭を掻く。
だがこうしている時間はない。
ポーチから回復薬グレートを取り出して中身を飲み干し、砥石を取り出して白猿薙【ドド】の切れ味を戻しておく。そして最後に携帯食料を口にした。
そうしてその場でじっとしていること数分。
呼吸もすっかり落ち着いてきた頃だった。
背後に地響きが響く。
「ブルォォオオアアアァァ!!!」
次いで聞こえる叫び声。地面から勢いよく飛び出たそれは、湾曲した角を天へと伸ばしていた。翼を広げ、体を震わせて体についた砂や石を振り払う。
その様子を微かに岩から顔を出して眺める。その姿を見て、またも苦笑が浮かんだ。
「まったく、どうしたものかね」
そんな彼の腹や顔には攻撃を受けたと思われる傷がついていた。
○
話は数十分前まで遡る。
タイタン砂漠に到着した昴は早速テントを組んだ。早竜を使った場合、ベースキャンプの荷物は付近のギルドが支給してくれることになっている。薬品を撒いて支給品ボックスを開ける。
持っていくのは地図と応急薬と携帯食料。これだけだ。
必要なものはほとんど自分で持ってきている。大タル爆弾など必要ない。かの存在と戦うのに、そんな大荷物を一人で運んでいては死ぬ危険性が大きい。
「さて……」
地図を広げてこのタイタン砂漠の地理を把握する。ここはゴル砂漠北部のように左は岩山地帯、北東から南にかけて砂漠地帯が広がっているようだ。この砂漠は国境付近に展開されており、大きさはゴル砂漠に比べれば小さい方だが、日射が強いことで知られている。昼夜の気温差が激しく、モンスターたちもこの環境に適応すると同時に気性が激しくなっている。
旅人たちは東西を移動する際はこのタイタン砂漠を迂回することが多く、昴と紅葉もここを通過せずに迂回してココット村を目指した。
「ふむ、となると……」
こういう地形で現在の時間帯ならば、経験上岩山地帯で見かけられることが多いだろう、と判断。
ディアブロスの行動範囲は砂漠によって違う。
ゴル砂漠ならば岩山地帯によく見かけられ、時に砂漠へと足を伸ばす。そしてゴル砂漠北部ならば、両地帯に半々の確率で出没する。
そしてここ、タイタン砂漠ならばおそらくエリア7に潜んでいるのではないかと推測した。ここはなかなかの広さを持つエリアであり、それなりに走り回れそうだった。
ディアブロスと戦うならばエリアは広い方がいい。狭ければ一気に苦戦を強いられる。とはいえ、広かろうが狭かろうが、ディアブロスは容赦なく攻め立ててハンターたちを追い込んでいくのだが。
「さて、地図によれば」
と背後を振り返る。そこには井戸があり、その下にはどうやらエリア6の通路に繋がっている。ここを下りれば早くエリア7に移動出来るようだ。
携帯食料を口に含むとロープを取り出して井戸の傍で結ぶ。そして井戸の下へと放り投げて下を覗き込む。近くに気配はなく、下は安全だとわかる。最後に結び目の強度を確認するために何度か引っ張ると、ロープを掴んで井戸の中へと飛び込んだ。
目の前に壁があるとロープを掴んでブレーキをかけて壁に足を着け、そして壁を蹴って通路に着地した。頭上にあるロープはこのままにしておくことにする。
そしてここはなかなか地底湖になっているらしく冷気が篭っていた。このままここにいれば凍死するだろう。昴は足早にエリア7へと向かうことにした。
エリア7は中心に岩があり、右手には地底湖に繋がっているらしい川が流れている。日射はそれなりに降り注ぎ、川の水分もそれなりに空気中に満ちて湿気もある。これなら何かあったときのために氷魔法が使えるだろうが、大きなことは出来ない。そんなことをすれば疲労で動きが鈍る。
「……いるな」
そう呟いた。何か大きな気迫がこのエリアに満ちている。洞窟の出口から離れるとゆっくりとエリア7に踏み込んだ。その瞬間、視線を感じたような気がする。
奴が自分を見ている。
そんなことを考えてしまえば、不謹慎ながらも笑みが浮かんできた。だが警戒を解かずにゆっくりと歩いていく。
その時昴の耳が、センサーが、奴が動いたことを感じた。
「っ!」
そこから一気に走り出すと、側面から地響きが近づいてくる。それは人間の走りよりもわずかに早く、地面の下を通って接近してくる。
「おおおぉぉぉ!!!」
決してスピードを落とさずに走り続けると、背後で大きな音がした。地面が盛り上がり、土煙と石を巻き上げて地面の下から2本の角が出現する。
昴は前へと回転するようにしてそれを回避し、受身を取ってそれを見上げる。
「ブルォォオオアアァァ!!」
それは土色の体をした巨体の竜。イャンクックと比べて一回り大きいくらいか。その外殻はこうして見ているだけでも硬さが伝わってくるほどの厚みをしており、それから長く伸びた尻尾の両端には棍棒状になっており少し反り返って伸びている。
何よりもその顔だ。首周りには襟飾りの装甲が付いており、所々棘が生えている。そしてこのディアブロスの種別名の象徴。2本の角が重厚な厚さを見せ付けるようにして備わっている。
角竜ディアブロス。砂漠の暴君と謳われる存在が今、昴の前に降臨した。
「……く、くく、くくくははははははは!!!」
普通のハンターならば、この存在と出会えば恐怖に竦むか、逃げ出すかの二択しかない。あるいは腹を括って命を懸けて戦うか、だ。
しかし昴はディアブロスを前にして笑い出した。恐怖で頭がおかしくなったのではない。純粋に嬉しくて笑っている。
「会いたかった、会いたかったぞ! かれこれ4ヶ月はお前らと会ってないか? んん?」
背中に背負っている白猿薙【ドド】に手を伸ばしながら首をかしげる。
「まぁいい。今はこうして会えただけでもよしとしよう。では、ディアブロス」
ゆっくりと抜き、蒼い刀身をディアブロスの顔に向けて目を細める。その口元はこれから起こるであろう死闘に期待するかのように歪んでいた。
「――殺しあおうか?」
「ブルァァアアアアアァアアア!!!!」
戦いの幕開けを告げるディアブロスの雄たけびが響いた。
同時刻、タイタン砂漠の岩山地帯を歩く影が一つ。
「……?」
どこからか飛竜の雄たけびが聞こえた気がした。そちらの方向に目を向けてみるが、岩山しかない。だがこの先に飛竜がいるのだろうと判断する。
今の自分はクエストを受けておらず、ただこの砂漠を通過するだけの旅人に過ぎない。だから関わらずに通過しよう。しかし自分の進路はこの先だ。
だから離れた場所を通っていくとしよう。
そう思って先へと進んでいく。
耳を劈くような雄たけびが響き渡る。だが昴は耳を塞がずにそれを聞いていた。ディアブロスの雄たけびはその大音量によって思わず耳を塞いでしまうほどの力を持っている。しかし昴は少しだけ顔をしかめるだけで平然としている。
その耳には氷が詰め込まれていて耳栓のようになっている。あの咆哮をあげる前には大きく息を吸って首を引くしぐさをする。それを確認すれば対処が出来る。
欠点としては水分がなければ凝結できないので流石に手で耳を塞ぐしかない。
何はともあれ咆哮をあげている今こそがチャンスだ。初撃としてその腹へと白猿薙【ドド】を突き上げる。
ディアブロスの弱点は氷と雷。所持している武器でこれらの属性を持っている太刀はあるが、冷気を操る種にもなりえるこの白猿薙【ドド】を持ってくることにした。
突き上げた白猿薙【ドド】を袈裟斬りするようにしながら一歩引き、そのまま右に回りこむ。
「ブルォォオアァ!」
それを逃さないように尻尾が迫ってくる。
尻尾とはいえそこらのモンスターやイャンクックとは比べ物にならないほど太い。加えて重量があり強度もある。その巨体から繰り出された尻尾はさながら一種のハンマーに例えられる。先端が地面に触れればどんっ! と振動が聞こえる。そのまま太い尾が目の前まで迫ってくるのだ。
「っと」
それをジャンプして飛び越えると同時に、白猿薙【ドド】を下に伸ばしながら身を回転させる。すると飛び越えた尻尾を切り裂くことが出来る。肩膝をついて着地すると同時に背面にある伸ばされた尻尾目掛けて体を捻るようにして切り裂いて背中に戻す。
「ブルォオオ!!」
後ろに回りこまれたことにより、大きく体を捻るようにして振り返ってきた。その際尻尾が持ち上がって振り回されるが、身を屈めてやり過ごし、そこにある岩へと駆けつける。
「ブルォルァア!」
翼を広げて一声上げると角を突き立てる体勢で突進してくる。
これこそディアブロスの主な攻撃。巨体ゆえに足の歩幅が広く、そして支えるために強靭な脚力を持つ。それによる突進の速さは巨体に反して速く、そして速さと重量から加わる力で強靭な角を突き刺すようにして攻撃してくるのだ。
その一撃は重く、人の体を容易に貫通する。何しろ岩をも貫くことがある威力だ。それに比べて人のもろさならば、当たり所が悪ければ一瞬にしてその命が消える。
そこにある岩に転がり込むようにして回り込むと、反対側にディアブロスの角が突き刺さった。
「ブ、ブルォオオ!?」
抜こうとしたもののどうやら深く突き差さっているようで思うように抜けないようだ。
これはチャンス。顔へと回り込み、左角の根元を狙って白猿薙【ドド】を振るう。しかしすぐそこに岩があるので横には振れない。上下、そして左下から右上、左上から右下へと順序良く振るい続ける。すると強靭な角の根元がどんどん傷が付けられていき、小さな破片を散らしながらどんどん掘られていくようにひびが広がっていく。
「ブルォォオオアアア!!」
自身を鼓舞するように叫ぶと同時に岩から角が引き抜かれた。顔が上がり、その目が下にいる昴を睨みつける。
来る、と思ったと同時にその顔が勢いよく下がってきた。伸びる角そのものを棒として打ちつける感覚。数歩左へと移動して反転、高飛びをするようにしてそれを飛び越える。再び身を回転させながら白猿薙【ドド】を振るって両角を切り裂いて着地。そのまま隙が生まれた体にもぐりこんで両足と腹へと白猿薙【ドド】を振るう。
「ゴルァアッ!!」
足元にいる昴を押しやるようにして体を引いて全身で打ち付けてきた。
「くっ……」
元々太刀は防御するには向いていない。だが白猿薙【ドド】から放たれる冷気を固め、白猿薙【ドド】守るようにして広げた氷の壁で守りを付け加える。それで何とか刀身を守りながら自分も守る。
だがそんなものは微々たる変化にしかならない。その巨体から繰り出される体当たりは凄まじい。加えてディアブロスの体は重厚な鎧に等しいほどの硬さを持つ。その衝撃で氷の壁は割れて白猿薙【ドド】へと振動が伝わる。そして支える昴の手にも電流が走るような振動が伝わってくるのだ。
「さすがだな、ディアブロス……!」
しかしやはり昴の顔には笑みが浮かぶ。
この感覚、この昂ぶり。
こんなものは他の飛竜たちでは味わえない。
確かに他の飛竜たちとも戦ってきた。命を懸けてハンターとして、狩る者として紅葉と共に戦った。
火竜リオレウス、リオレイア。鎧竜グラビモス、水竜ガノトトス、雪獅子ドドブランゴ。
そして盾蟹ダイミョウザザミに鎌蟹ショウグンギザミ。この数年色々なものと戦ってきた。だが、それらはただ狩る対象にしかならない。ハンターとしてクエストを受け、そして討伐に赴く対象だ。だから心境はいつもと変わらず、冷静に対処してきた。
だがディアブロスは違った。
初めて相対した時、そして噂に違わぬその暴君を見せ付ける荒々しい攻撃。自らのテリトリーを侵す侵入者を排除しようと草食竜に見えぬその気性の激しさ。命を懸けてその命を奪わんとする戦い。
心が、魂が揺さぶられた。
このような感覚はあの時村に襲ってきた黒きリオレウスを見たときのようだ。
あの時はただ逃げ出すしか出来ないという自らの無力さ、ユラの手を離してしまったという後悔。そしてあのリオレウスに対する怒りと憎しみで心が暴れまわっていた。
それと似て非なるもの。
戦うものにしかわからない魂の叫び。
――ああ、こいつとは本当にギリギリの戦いが出来そうだ。
――本気で、戦うものとして殺し合える。
気を抜けば死ぬというのに、お互い全力を持って相手を殺しにかかる。
片や暴君に違わぬ実力で侵入者を排除する。
片やハンターとして己の全力を持ってして強大な敵を討たんとする。
両者の熱気がぶつかり合い、そこに常人には味わえぬ感覚が突き抜ける。
これこそ昴がディアブロスに惹かれた理由。
リオレウスのように空を飛びまわることもなく、
ガノトトスのように水に潜ることもなく、
グラビモスのようにマグマの上に立つこともなく、
ドドブランゴのように仲間を従えることもない。
何より彼らが持つようなブレス攻撃すら持たない。
己の体一つ。
それだけを使用してハンターを追い詰める強さ。
それは大したことのないことに見えて、どれだけ凄まじいことか。
己の体一つと気性の激しさだけでハンターたちを震え上がらせる強さを持つ。
だから昴は、こんなにもディアブロスに惹かれ、そしてこうして命を懸けた戦いをしたくなる。
そしてディアブロスを討伐することで、己の中にあった壁を越えようとした。
ディアブロスの気性の激しさは狂化竜に繋がるものがある。
そう思ったからディアブロスを利用して狂化竜の雰囲気に慣れておこうと思ったこともあり、こうして何度もディアブロスと戦っているのだ。
「ブルゥアアァァアアア!!」
再び大音量の咆哮が響き渡る。すかさず耳に氷を詰め込んで軽減するが、氷を突き抜けるかのようにまだ彼の咆哮が聞こえてくる。
だが臆するわけにはいかない。今こそチャンスでもある。地面を蹴り、白猿薙【ドド】を構えて接近していく。下がっている翼に二撃入れて通り過ぎ、足元から尻尾へと大きく薙ぎ払いつつ、尻尾へと振り上げた。
「ゴァアアッ!!」
身を引いて反転しつつ距離を取り、背面まで移動した顔が下から突き上げるような動きをした。
「っ!」
殺気を感じて身を捻ると、先ほどまで立っていた場所から風切り音がして角が通り過ぎる。その際右肩が先端を掠めていく。フルフルDに使用されている皮では切断に弱く、うっすらと皮が開いている。
それに怯まずに上がっている首元を突き刺し、そのまま胸まで切り下ろす。
「ゴァアアアア!!」
胸を切り裂かれたことでディアブロスが叫び声をあげ、しかし反撃としてその胸と側面を使って弾き返してくる。そのまま身を捻って遠心力をつけた尻尾を振り回してきた。
「ちっ」
今からではかわすことは出来ない。再び白猿薙【ドド】を立てて氷の壁を作り出して軽減を試みる。しかしハンマーに例えられるほどの尻尾では簡単に割れてしまう。そのまま後ろへと大きく吹き飛ばされ、受身をとるのに失敗して地面を転がってしまった。
「くっ、ミスったか……」
すぐに起き上がってディアブロスを睨みつける。
「グルル……」
ディアブロスは頭を低くし、何度か地面を蹴っている。あれは突進をしようと狙いを定めている行動だろう。互いの距離は200メートルほど。ディアブロスの速さでは、横には避けられそうにない。
ポーチに手を入れて閃光玉を取り出し、親指でピンを取る。
「ブルォォアアアッ!」
翼を一度広げ、そのまま突進してきた。その眼前に閃光玉を投げ、光が炸裂する。
「ブルォオアアァァ!?」
その眩しさに悲鳴を上げてディアブロスの足が止まった。その間に再びポーチに手を入れて回復薬グレートを取り出す。中身をぐいっと飲み干し、白猿薙【ドド】を握り締めて走り出す。
下がっている頭ならば、先ほど切りつけた角に攻撃できるだろう。だがディアブロスは閃光玉によって視界を奪われている今、奴の気性を考えればじっとしているはずもない。何度も首を動かして視界を回復しようと試み、身を捻って尻尾を振り回している。
「ふっ、ふんっ!」
タイミングを見計らいながら左角へと斬りかかり、そして離れて攻撃を回避する。
「ブルァ、ブルァァアアアッ!!」
角の付近にいると判断したのだろう。激しく顔を振り回しはじめる。こうなってしまえば顔には攻撃できない。足元へと接近してそのまま足を狙って斬りかかる。
「すぅーっ……」
その際呼吸を落ち着かせ、気を高ぶらせていく。白猿薙【ドド】の刀身に気が纏われていき、そして解放させる。
それは気刃斬りと呼ばれるものであり、機を纏わせて解放することで更なる威力を発揮するものだ。太刀には斬れば斬るほど武器に力が宿っていき、所持者の気に反応して切れ味を伸ばす力を持っている。それを最大限に利用したのが気刃斬りである。
もちろん使用すれば力は減らされるし、たとえ使わなくても斬らなければ力も失う。しかし何度も斬り、解放して更に斬れば、相手を早く打ち倒せるというメリットがある。
「ふっ、ふっ、……ふんっ!」
解放された気刃斬りを以ってその足へと袈裟斬り、逆袈裟斬り、そして数度の斬りを与えて両断する。
「……しっ!」
そのまま一歩踏み出しつつ身を捻って回転斬りを与えて背中に戻す。
「ゴォォアアアア!!!」
鮮やかな連続斬りによって足を支える力が失われたのかディアブロスが背後で転倒する。
最後の回転斬りをした際、昴の込められた気が更なる解放を生み出し、白猿薙【ドド】に新たな力として纏われる。それは更なる威力の上昇に繋がるため、太刀は双剣と並ぶ攻撃特化の武器とされている。
振り返って再び白猿薙【ドド】を振り下ろしつつ、横に構えたまま走り出し、顔まで移動する。その際突き刺さった刃が腹から顔へと傷を負わせる。眼前に回って改めて左角まで接近し、何度も何度も斬りつけて角にダメージを与えていく。
「ゴアッ、ゴアッ、ゴルァァアアアア!!!」
顔を振りながら抵抗しつつ、ようやく起き上がると同時に顔を振って角で昴を弾き飛ばそうとした。それは予測できていたため、斬り下ろしながら右へとすり足で移動し、体の内側へと入り込む。
「ふんっ、ふんっ!」
首の根元に突き立てて振り下ろしつつ、戻ってきた顔へと少しずつ近づき、体を捻って弧を描きながら振り上げる。
そしてその一撃が決め手となり、左角が根元から折れる。
「ゴアアアアアァァァァアア!!!!」
その痛みにたまらずディアブロスがたたらを踏んでもがきだす。脇でどんっ! と振動を立てて左角が落ち、思わずニヤリと笑みを浮かべる。
だが今もまたチャンスでもある。すかさず足元へと接近して斬りかかっていく。
「ゴアアアアッ! ゴルァァァアアアアア!!」
口元に黒い吐息が漏れ始める。どうやら怒りが頂点に達したようだ。ここからは慎重さを求められる。
体を引いて体当たりをしようとすれば、前に飛んで尻尾の下を潜り抜けるようにしつつ回避し、尻尾が振られれば飛び越えるようにしつつ切り裂く。経験で培われた対処を行いながら着実に追い詰めていく。
「ゴルゥゥウウアアアァァァ!!」
大きく首を引いて振り返りながら片角を立てて下から突き上げてくる。
「っ!」
その速さに息を飲みながら一歩引くと、そのまま体を捻って尻尾まで襲い掛かってくる。
「なっ……ん!?」
それはさすがに予想していなかった。昴の腹に尻尾の先端がめり込む。いや、その前には何重にも張られた氷があり、何とか威力を軽減していたが、それでもディアブロスの突起は充分に威力のある硬さを持っている。
フルフルの装備はある程度打撃に強いとはいえ、その下まで届く衝撃に少量の血が口から吐き出された。
「ぐ、ふ、ぁ……」
受身も取れずに無様に地面を転がり続ける。
「く……」
痛む腹を左手で押さえながら起き上がると、ディアブロスがゆっくりとこちらに振り返ってくる。
そして異変が訪れる。
その体が少しずつ漆黒に染まっていく。
「な、ん……だと……?」
「ゴルルゥゥァアア……」
唸り声を上げながらどんどん染まりゆく黒。しかし顔は黒ではなく赤く染め上げられている。それは角にまで進行し、白い角は鮮血を思わせる赤へと変化した。
体は完全なる漆黒ではなく、所々に赤い模様が浮かんでいる。尻尾は赤と黒の二重色。
ディアブロス亜種と呼ばれるものがある。しかしそれは正しくは亜種ではない。繁殖期になるとディアブロスの雌は警告色として甲殻が黒ずんでくるようになる。この次期の雌は更に凶暴化することで危険であるとされ、ギルドが亜種として呼称するようになった。
つまり、進化して変貌した亜種ではなく、原種の色違い。
だがあれは色違いでは済まないだろう。昴にとってはずっと捜し求めた種類だ。
放たれる殺気は先ほどまでのものよりもどす黒く、突き刺すようなものになっている。漆黒に染まることで死を象徴させるような色合いへと変貌し、今にも殺しに掛かろうとするような視線。
「ブルゥゥゥウウウァァアアアアアアアアアアア!!!!」
新たなる戦いを告げる大音量の咆哮。離れた場所にいる昴にまで空気の振動が伝わり、昴の頬に汗が浮かんだ。
「……く、くは、くははは……。おいおい、マジかよ……」
思わず笑いが浮かんだ。そのままゆらり立ち上がってそれを見つめる。
ずっと捜し求めた竜。
よもやこんな所で出会うことになろうとは思いもしなかった。
「狂化竜……! 10年ぶりじゃないか……!」
白猿薙【ドド】を背に戻し、走り出す準備をする。ここまで離れていれば突進が来るのは必至。だが武器を構えていては完全に回避することは出来ないだろう。
通常の状態ならば問題ない。怒り状態で少々危険になる。
ならば狂化している状態ならどれほどの速さになるのか。
それがわからなければ、一瞬にして死ぬ。腹はまだじんじんと痛み、走る速さに少々影響がありそうだ。
「ブルゥゥアアアアッ!!」
翼を一度広げ、走り出す構えを取った。同時に昴も逃げる体勢に入る。
「さあ、どれだけの速さ――に、な、……に?」
数歩走ったと思えば、その速さを維持したまま飛び掛ってきた。昴を狙うかのように向けられた片角と、地面を掘るために前に出された翼の先端が迫ってくる。
「おいおいおい……ッ!!」
さすがにそれはない。慌てて走り出すが間に合わない。そのまま前へと飛ぶようにして回避するが、前に出された翼の先端が頬を掠めた。だというのに頬の皮が容易に切れ、鮮血が舞う。
「ちぃ……!」
前転してそのまま走り出す。
今は撤退だ。
あまりにも想定外すぎる。
背後では着地と同時に地面を掘り出した狂ディアブロスの体がどんどん沈んでいる。恐らくあの状態になれば、怒り状態と同じく音爆弾が効かないだろう。
全く冗談ではない。
一端岩陰に飛び込み、呼吸を整える。
しかし狂ディアブロスは待ってはくれない。そのまま昴の横近くまで地面を掘り進めてきた。すかさず反対側へと回り込み、エリア6へと走り出す。
一間置いて狂ディアブロスが逃げ出す昴を見て首を引いた。
「ブルゥゥァアアアアア!!!」
逃げるか!? とでも言っているのか。だが進路を見て恐らくエリア5の砂漠へと向かっているのかと思ったのだろう。再び地面を掘り出し、完全に地中へともぐりこんだ。
エリア6へと移動すると、地下で何かが移動するような振動が響く。恐らくあの狂ディアブロスだろう。このままエリア5へと移動すれば先回りされる。
ならばここは引き返す。
再びエリア7へと移動した。
「はぁ……はぁ……」
中心にある岩に回り込んで座り込んで呼吸を整える。
――そして話は最初へと返る。
エリア5に移動すると昴の姿がなかったので戻ってきたのだろう。辺りを見回して昴を探している。
そしてやはり呼吸を落ち着かせて少し冷静になって見つめてみても、そこにいるのは通常のディアブロスではない。漆黒の体に赤く染まった模様を浮かばせ、赤く染まった顔と片角がある。そして伸びた尾とその先端は赤と黒の二重色。
そこにいるのは間違いなく狂化したディアブロス。
「……やるしかないか」
ここで逃げ出すわけにはいかない。これを放置すればここを通る旅人やハンターが甚大な被害にあう。もしかするとタイタン砂漠を出て人里まで出向く可能性だってある。
何よりディアブロスに惹かれるものとして、そのディアブロスの戦いから背を向けるわけにはいかないのだ。
もしかしたら死ぬかもしれないという可能性が頭によぎる。
そうなったらあいつらはどうなる?
ライムとシアンはまだ育てている途中だ。あいつらの成長を最後まで見ないつもりか?
何より紅葉だ。
自分が死んだと知れば、あいつはいったいどうなる?
――決まっている。
大泣きして自分を見失うだろう。
いつもあんな風に振舞っているが、その根本に存在するのは真逆だ。
そのことは皆知らない。知っているのは紅葉を幼い頃から知っている人のみ。
つまり自分だ。自分しか知らない。
「……死ねないな」
呟くように言いながらうっすらと笑みを浮かべる。でもそれはさっきまでのような戦いを喜ぶようなものではなく、幼い子を思う兄や父のような柔らかな微笑。
「何としても勝たなければ……!」
回復薬グレートによってある程度痛みが治まっているが、わずかに違和感はある。それはハンデとしてくれてやる。
白猿薙【ドド】を握り締めて再び狂ディアブロスの前に出て行った。
「……?」
岩山を歩いていると眼下に見慣れないものが見えた。
ディアブロスだ。
しかしディアブロスじゃない。ディアブロスにしては色合いがおかしい。
「……」
亜種でもないだろう。
数年前に現れた真紅のディアブロスというわけでもない。
二つの色合いが少し混ざったようなものだった。見れば左角を失っている。ということはまたディアソルテでも出たということなのか。
あるいはディアソルテの警告色?
そんな微妙なディアブロスの前には一人のハンター。離れているが、自分の目にははっきり映っている。装備からしてフルフルDシリーズだろう。手にしているのは太刀の白猿薙【ドド】系統。
「……」
顔はフードによって見えづらい。
周りに仲間らしきものがいないところを見れば恐らく一人で戦っているのだろう。
ディアブロス相手に一人でクエストを受けるとは、よほどのバカなのか、自信があるのか。とりあえず正気の沙汰じゃない。
まあ一人で戦うのなら自分には関係ない。そう思って先に進もうとすると、ディアブロスの叫びが響いてきた。
「ブルァァァアアアアアァァ!!!」
こんなところまで聞こえてくるほどの大声量。しかし身につけている装備のスキルによってほぼ遮断された。そして見ればあのハンターがディアブロスへと走り出す。
どうやら戦いが始まったようだ。
「……」
何となく。
そう。
ただ何となく、あの無謀で阿呆の死に様でも拝んでやろうと立ち止まり、座り込んでその戦いを文字通り高みの見物でもしてみようと思った。