目の前に出てやると狂ディアブロスの視線が昴に向けられた。その目が細まり、身を引いて息を吸い、そしてその声を響かせる。
「ブルァァァアアアアアァァ!!!」
氷で耳栓してもキンキンと響く大音量。気のせいか狂化して更に強くなっている気がする。あの足元にいればもしかすると鼓膜がやられるんじゃないだろうか?と思わせるほどだ。
「ブルゥゥァァアアアアァァ!!」
あれが本当に草食竜なのか?
そう思わせるほどの凄まじい殺気。あの巨体と気性の激しさからそう間違えられるが、ディアブロスはもともと草食竜である。彼らは主に砂漠のサボテンを主食としている。
両者の距離は再び開き、今度は500メートルほど。またあのダイビングをするようならば、今度は掠めずに回避できそうな距離だ。だが油断は禁物。ポーチに手を伸ばして閃光玉を取り出す。効くかどうかなどわからない、わかるはずもない。
なにせ情報がない。ディアブロスは何度も相手にしているが、まるで初見の飛竜を相手にしているような感覚。
だが音爆弾は効かないと長年の勘でわかる。
ディアブロスは怒り状態になると頭に血が上り、地面の中に潜っても音爆弾の高周波を受けても平気で行動するようになる。
怒り状態でそれならば、狂化していれば平気だと容易に想像できる。
しかし閃光玉は怒り状態でも一応効く。ならば狂化しているときならばどうなるのか。それを一応確かめておこう。
「ゴルァァアア!!」
翼を広げ、突進開始体勢に入る。強く地面を蹴って走り出し、もう100メートルを走りぬけてきた。そして更に加速をつけてくる。
その視界に閃光玉を投げ、そのまま横へと走り出す。光が炸裂するが悲鳴は聞こえない。どうやら血が上って目の前が光に覆われようと構わず突進するようである。実際に見てみれば、スピードを落とさずに走り続けている。
それが確認できただけでもいい。一つ経験が出来た。
あとはあの突進を回避するために集中すればいい。
「ブルァァアアアア!!」
距離はもう200を切っている。方向を修正しながら着実に距離を詰めてくる。
「おおおぉぉぉぉ!!!」
走り続け、何とか回避しようとスピードを上げる。狂ディアブロスも昴を貫かんと迫り来る。そしてすぐそこまで川が迫った時、躊躇いなくそこへと飛び込んだ。その際右肩を角の先端が掠めてしまう。
「……ぷはっ」
「ブルァァアア!!」
狂ディアブロスはブレーキをかけたものの、川の傍にある岩山に角が突き差さっている。その間に陸に上がり、右肩部分を確かめる。切れてはいるが続行するには問題ない。肩までは届いていなかった。
続いて抜こうともがいている狂ディアブロスへと接近し、ばたばたしている尻尾へと接近し、白猿薙【ドド】を振るって切断を試みる。この尻尾を切断することで、先端部分の打突がなくなるだけでも以降の状況が違ってくる。
だが狂化した影響なのか、その硬質が強まっている。
「ちぃ……!」
気を込めて振り下ろし、そのまま切り上げ、袈裟斬りをした瞬間弾かれる。もう一度同じように振り下ろすがまた弾かれた。
太刀は威力こそあるが、外殻に弾かれると大きな隙が生まれてしまう。しかもデリケートな武器なため、切れ味の低下も高い。
「ブルァァアアア!! ゴルァァアアア!!」
尻尾を大きく動かして昴を振り払おうとする。すかさず足元にもぐりこんでそれをやり過ごし、次は足元を斬る。そこもまた硬さが増しているものの、斬れないほどではなかった。
「ブルゥォォオオ……!」
そこでようやく角が抜け、大きく翼をはためかせ始める。巻き起こる風圧に思わず顔を庇ってしまった。すると狂ディアブロスが数歩後ろへと下がり始める。
距離が取れたところで体を捻って尻尾を当ててきた。
「くっ……!?」
しかしその高さは顔くらい。しゃがみこんで何とかやり過ごし、再び距離を取って回り込む。
「ゴルォォオオアァァ!!」
身を引いた後に数歩前進して下から突き上げると、昴はバックステップして回避。だがそれでは止まらず、その視線が下がる。もう一回突き上げようとしていると感じて数歩右へと移動した。
「ゴルァァアアア!!」
そしてもう一度突き上げが襲ってくる。近づいて来る顔を見、ぐっと歯噛みして反転、跳躍してその顔へと飛び掛る。突き出ている棘を何とか掴み、首元へと飛び移った。
「ゴァアッ!? ゴルァ、ブルァァアア!!」
首元に昴がいるのを感じて振り落とそうと顔を動かす。だがそれでは落ちず、棘を掴みながら身を乗り出し、氷柱を形成してその左目へと付きたてた。
「グァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!」
左目を潰され、悲鳴が上がる。もがきは荒々しくなり、掴んでいるのも限界となってそこから飛び降りる。
片目を潰したのは大きいだろう。未だに突き差さっている氷柱の下から血が流れており、その痛みは知るところにある。だが容赦は出来ない。これはまさに命を懸けた戦いなのだ。もがき続ける狂ディアブロスへと接近し、喉元へと白猿薙【ドド】を振るおうとしたとき、その体が反転した。次いで襲い来る尻尾の先端。再び打ち付けられるわけにはいかないと、立ち止まってそれをやり過ごしたが、狂ディアブロスはそれではとまらず、もう半回転した。
その顔は引いており、力を溜めている様子だった。
いけない、と気づいた時には角が迫ってきていた。
「くっ……!」
何とかかわそうとするが遅い。左肩へと角が突き刺さり、反対側へと貫通した。
「ぐ、あ、ぁぁああぁぁあああ!!」
フルフルDの装備を突き破るほどの力。左肩に違和感が走る。
「ゴァァアアアア!!!」
さらにねじ込もうとその顔が近づき、そして持ち上げていく。人の体ではディアブロスには容易に持ち上がるだろう。その際肉が更に抉れていく感覚がする。
「く、は、なめる、なぁぁああ……!!」
冷気を操り、今度は氷柱ではなく剣のようなもの。それを狂ディアブロスの顔へと突き立てていく。何度も何度も付きたて、これ以上持ち上げられるのを阻止しようとした。
「グァァ、ゴァッ、ゴルァァア!!」
主に右目付近を狙ったので、これ以上昴が眼前に存在するのは危険と判断したのだろうか。その角が抜かれていく。
「く、は……」
左肩から血が噴き出し、思わず押さえてうずくまってしまう。だがそんな行為はこの狂ディアブロスの前では危険な行為だ。
昴を見下ろす狂ディアブロスは少し顔を引きつつ角の先端を昴に向ける。赤い先端は昴の血という赤に上塗りされ、雫がぽたぽたと地面に落ちている。
――ここまでか。
頭上から角に貫かれてはひとたまりもない。
痛みは消えず、今から回避行動を取っても遅いだろう。
「……すまない」
謝罪は静かに漏れた。
だが、突如小さな爆発音がし、狂ディアブロスの悲鳴が上がる。
見れば左目から更に血が吹き出ていた。瞳がなくなっており、その周りは何かで爆破されたような焦げ跡がある。
一体何が起こった?
そんなことを考えていると右目に何かが突き刺さった。一間置いてそれが爆発する。
「ゴァァァアアアアアアアァァァ!!?」
右目が吹き飛び、更に鮮血が舞う。
「……徹甲榴弾?」
着弾した後、爆発する効果を秘めたボウガンの弾だ。
だがなんでそんなものがあるのか、と考えていると、背後から人の気配がする。誰だ、と思う前に腹に一発入れられてしまった。
「……は?」
――と思う前に意識が落ちていき、誰かに抱えられてしまった。
気づくとそこは洞窟だった。
起き上がってみれば、フルフルDメイルが脱がされており、左肩と腹には治療跡がある。包帯を巻かれており、その手当ては完璧だった。すぐそこには焚き火が焚かれてあり、暖かさを確保している。
「……なにが、起こった?」
思わずそんなことを呟いてしまう。左肩の傷があるということは狂ディアブロスのことは事実だろう。夢ではない。
問題はその後。
どこからか徹甲榴弾が飛来し、狂ディアブロスの両目を吹き飛ばした。そして自分が呆然としている間に誰かにみぞおちを殴られて気絶させられた。
そして今に至る。
「…………」
思わず頭を掻いて首をかしげる。
いったい誰が自分をこんなところに?
そしてこの治療を施したのか。
そんなことを考えていると人の気配がした。
「……」
そちらを見れば黒いローブを纏っている何者かがいた。昴が纏うローブに似ているが、少し違う。なびいている部分が所々赤く染まっている。炎を思わせるかのような揺らめきがデザインされていた。
そしてフードの下。その顔がよく見えない。どうやら何らかの装備をつけているようだ。ということはハンターであり、あの徹甲榴弾を撃った本人なのだろう。
「……あんた、誰だ?」
「……」
それに答えずに焚き火の対面に座る。そのままローブの下に手を入れ、肉焼きセットを取り出した。更に元から手にしていたらしい魚を串に刺し、焚き火の傍につき立てる。そしてまたローブに手を入れて生肉を取り出して何も言わずに焼き始めた。
完全に昴をスルーしている。
「……」
「……」
しばらく無言の時間が流れる。どうしたものかと考えていると、塩をふってこんがり肉が完成する。そのまま食べるのだろうか、と考えていると、無言で差し出される。
「……ん?」
「……」
首をかしげると、食え、という風に軽く揺らされる。
「……どうも」
それを受け取り、かぶりついてみる。
「……っ!?」
その瞬間、昴に電流走る。
なんだ、この美味さは?
紅葉のものよりも数段美味い。こんがり肉だというのに肉汁はかぶりついた瞬間口に広がっていく。焼けた肉の甘みと感触が何ともいえない。旨味を引き立てる塩の量が適量で、食欲を増幅させる。
気づけば荒々しくかぶりつき始めていた。こんなこんがり肉は初めてだ。
いや、これはこんがり肉ではない。こんがり肉を超えたこんがり肉。
そう、こんがり肉Gだ……!
「……ふぅ。…………あ」
そして骨を残して綺麗に食べつくしてしまう。そこで初めて目の前の人物がじっと昴を見つめていることに気づく。
「……」
「……」
「……ごちそうさん」
「……」
そう言うとその人物の頭が小さくうなずいた。
更に焼き上げた魚を差し出してきた上に、ローブから飲み物を取り出して容器に入れてくれた。思わず小さくうなずいてそれを受け取ってしまった。
「……」
そして自分の分のこんがり肉Gを焼くと、フードを取って素顔を晒してくれた……と思ったらその下はガルルガキャップだった。目元以外が隠された装備であり、頭や口も隠されている。
しかし装備の下から辛うじて黒い長髪が見える。
口も隠してあるのでどうするのかと思うと、マスクを取って静かに食べ始める。
「……」
その顔を見てみると、まず真紅の切れ長の目に視線が向く。顔つきや睫毛が多さから恐らく女性だろう。そんな風にそっと観察しながら魚を食べ、そして出された飲み物に口をつける。その飲み物が喉を潤すと、またもや衝撃だった。
美味い。
美味すぎる。
そして体の芯から温まり、活力が出てきたような感じがする。先ほどのこんがり肉グレートのこともあるだろうが、この飲み物もまた体に元気を与えてくれるものだった。
「……これ、あんたのブレンドか?」
「……」
そう聞くと小さくうなずいた。
さっきから思っていたが、この女性は無口なのだろうか。一言も喋ってくれない。だが決して悪い人ではないのだろう。手当てをし、こうして食事を与えてくれた。
だが一体何者なんだろうか。どうも気になってしまう。
「……あんた、名前は?」
「……」
「ああ、俺は――」
「……白銀昴」
それを遮るようにしてその人は初めて口を開いた。
そして同時に昴が固まってしまう。
なぜ、知っているのか?
自分はそんなに名が通ったハンターだったか?
そんな疑問が浮かんでくる。
「……知っていますよ」
そう言ってちらりと真紅の瞳が昴を見つめた。
その切れ長の真紅の目と薄いピンク色の唇は何の感情も浮かばせていない。昴と似た、いや、昴以上の無表情な顔がじっと昴を見つめていた。
「……っ」
その顔をじっと見つめていると、何故か懐かしい感情が浮かんできた。
遠い昔。
まだ村で暮らしていたことのこと。
紅葉と同じく自分の後を付いてきた大人しい少女。
人見知りをし、物陰によく隠れて周りを見ており、初めて紅葉が連れてきたときだって物陰に隠れて様子を窺っていたという娘だった。
あまり喋らず、弱々しい喋り方をし、子犬のような眼差しで見上げられていた。
その少女の顔が、微かに重なった。
「……優羅、なのか?」
「……」
弱々しい問いかけ。しばらく無表情だったその顔が、小さくうなずいた。そしてガルルガキャップを取り、ばさっと長髪を揺らした。
あの頃は垂れ目で弱々しさを感じさせた真紅の目。肩まで伸びた烏の濡れ羽色のような綺麗な髪。そして紅葉よりも低かった小柄な身長。
まるで東方人形のようだった。
だが今ではその影はほぼなくなっている。
大人しそうなあの目は、無感情ながらも切れ長で冷たさを思わせるものへと変わっている。相変わらず綺麗だが、その髪は恐らく背中にまで伸びているのではないだろうか。身長は一気に伸びており、先ほど見た限りでは昴に近いほどあった。
無口なのはあまり変わってないようだが、声色は低いハスキーボイスになっている。顔つきも大人の女性さが見えている。
つまり、子供の頃と今の顔がほとんど重ならない。
あれからもう10年経っている。時間が彼女をここまで変えたのだろうか。
「ハンターになっていたのか」
「……そうですね。そうしないと生きてこれませんでしたから」
ただ事実を告げるようにそう言うとまたこんがり肉Gを静かに食べていく。
黒崎優羅。それが彼女の名前だ。
襲撃された際に一緒に逃げた幼馴染であり、あの時炎の熱さに反射的に手を離してしまい、爆発によって離れ離れになってしまった少女。
ずっと捜し求めていた相手がそこにいる。
話したいことはいっぱいあるというのに、何から話せばいいのかと考え込んでしまう。
「……」
「……どうやって生き延びたのか、とでも考えています?」
「あ、ああ、ん、まあそうだな」
そう。一番気になるのはそこだった。
あの時の人は生き残りはこの付近には存在しない、と言っていた。
「……川まで飛ばされて流されたんですよ。死に掛けましたが、近くを通りかかった漁師に助けられて、何とか生き延びました」
自分たちが助けられたあの川のことか、と思い出す。なるほど、流されたのならば、あの人のセンサーに引っかからなかったのだろうと思い至る。そして運ばれたのは川の上流の街。
もしかすると優羅は下流の先にある村か街にいたのだろうか。ならば自分たちは真逆の方向へと進んでしまったことになる。
「……ま、それからは生きるために狩りの仕方を覚えて、しばらくは流れのハンターに、しばらくしてから流浪のハンターとして稼いできました」
「そう、か」
流れのハンターということはギルドに登録していないハンターの事を指す。自分たちは一応後見人としてあの人が付き、幼いながらもギルドに認められたハンターになることが出来た。
しかし優羅は後見人がいなかったのだろう。そのためギルドに登録できず、流れのハンターになるしかなかった。
幼いのにそれでは、苦労も多かったろうに。
「……別に同情はいりませんから。こうして生きているだけで充分です」
なにか言おうとすると、その前にばっさりと切り捨てられた。
そしてまた無言の時間が過ぎていく。
優羅も食事を終えると、静かに立ち上がった。ガルルガキャップを装着すると無言で昴を見下ろす。
「……あのディアブロス、どうするんです?」
「ああ。もちろん討伐するさ。あのまま放置しておくわけにはいかん」
「……死ぬ気ですか?」
「死なんよ」
不敵に笑いながら立ち上がる。傍に置いてあったフルフルDメイルとヘルムを順に装着していると、優羅がじっとその様子を見つめている。
「……さっき死に掛けたじゃないですか」
「……」
「……アタシが行かなかったら、あなた死んでましたよ?」
それを言われると弱い。まさにその通りだったからだ。
「……というか、あなたじゃなかったら助けませんでしたけどね」
「ほう? その言い方だとまるでどこかから見ていた、といったところか?」
その問いかけに優羅はうなずいた。
エリア7の上で二人が走り出すところから観戦していたらしい。川に飛び込んで優羅が見ている方に顔が見えたときに顔が見えた。その顔をじっと見ていると、昴だとわかり、立ち上がって下りてきたそうだ。
そしてあの時危険な状態になった時にライトボウガンを構え、徹甲榴弾で狙撃したという。
「……あなたじゃなかったら死ぬまで傍観しているつもりでしたから、アタシは」
「それはそれは……」
「……で、死に掛けたのにもう一回挑もうだなんて、バカですか?」
そんな小さな罵倒に昴はわずかに驚いた顔をする。よもや優羅から「バカ」と言われる時が来るなんて思ってもみなかった。
だが今はそんな小さな感動を覚えている場合じゃない。
「だから死なん。それにあれは俺の獲物だ。ディアブロスから逃げるなんて俺には出来んよ。加えて狂化竜は放置できん」
「……狂化竜?」
「ああ。俺たちの村を滅ぼしたあのリオレウスのようなものをそう呼ぶ。……とはいえ、今は仮の呼称だがな」
「……」
あのリオレウスの事を思い出したのか、優羅の表情にわずかなかげりが見える。
「どこの誰がやったのか知らんが、闇の魔法の汚染と狂化をかけられた竜をそう呼ぶことにした。俺たちはお前と狂化竜を探すために旅をしていた。そして、ようやく狂化竜に出会えた。だから引くわけにはいかん」
そう説明しつつ白猿薙【ドド】を背負う。
ふと、優羅の目が一瞬だけ細まったような気がした。
「……『たち』? ……もしかして紅葉もいるんですか?」
「ん? ああ、ココット村にいるな」
「……一緒だったんですか? ……ずっと」
「……そうだ」
嘘をつくわけにはいかない、と正直に答えることにした。そして優羅はどこか遠い目をして小さく、ほんの小さく溜息をついた。
もしかすると、ずっと一人だったのかもしれない。心細かったことだろう。この広大な世界でたった一人、子供の頃から旅をするなんて、どれほど辛い日々だったのか。
あの時手を離さなければ、この10年間優羅を一人ぼっちにすることはなかったのに。だが後悔してもやり直しはきかない。10年間優羅を一人にさせた事実は変わらないのだ。
「……ですから、同情はいりません。そんな顔をする必要はないですから」
「しかし……」
「……今はアタシのことよりアレを何とかするんでしょう? 死なないといっていますが、何か対策はあるんですか?」
そう聞いてくると、昴は一度目を閉じた。
片角は折れ、恐らく優羅が狙撃したことで両目も潰されている。だから状況はこちらにも有利な点がある。だが何よりも昴が考えていた対策。
それは決まっていた。
「お前だ」
「……は?」
「優羅にも手伝ってもらう」
「……なに言ってるんですか? アタシが手を貸すとでも?」
少しだけ目を細めて首をかしげると、昴は微かに口元を歪ませた。
「手伝ってくれないのか? 丁度後方支援が欲しかったところだ。それにお前がどれほどのハンターになったのか知りたい気持ちもある」
「……」
「加えて、今の俺にはお前の力が必要だ。左肩がこの通りだからな。手当てのおかげで何とかやれそうだが、どうにも不安な点がある。だから、手を貸してくれると嬉しい」
そしてゆっくりと頭を下げた。
「頼む。力を貸してくれ」
真面目な顔でそう頼み込んだ。
そんな昴の行動に優羅が固まってしまう。最初にあんなことを言っておきながら、あとで真面目になるなんて。
最初はただ助けるだけ。
それだけのつもりだったのに、彼の顔を間近で見た瞬間懐かしさが溢れた。
10年だ。
10年も時間が過ぎてしまった。
それだけの時間は人を変えるのに充分すぎる。
彼はより男らしくなった。
そして自分はあの頃の影はなくなった。
だから気づかなくてもいいと思っていたのだが、まさか気づかれるなんて。
彼が名乗ろうとした瞬間、思わず口が滑ったのがいけなかった。
あれがなければ、あのまま静かに立ち去るつもりだった。
それでおしまい。また自分たちは離れ離れになる。
ずっと一人でやっていく癖が付いてしまった今となっては、彼と共に過ごす気は今はない。変わってしまった自分は、恐らく紅葉に会っても上手くはいかないだろう。それほどまでに自分は変わってしまった。だから再会できたとしても時間が必要だ。
だというのに、なぜ。
――なぜこんなにも、今ここで彼と一緒に狩りをしてみたいなんて思ってしまうのだろうか。
「…………」
まだ頭を下げ続けている。自分が返事をするまでこうしているつもりなのだろう。
ああ、だめだ。
このまま彼を一人で行かせることは出来ない。
そう考えるとあの時名乗りを上げてしまったのはよかったのかもしれない。
彼が死ねば、あの紅葉は自分を見失うだろう。
出会ってしまい、こうして死ににいこうとしている彼を止めずに見殺しにしてしまったら、紅葉に殺されそうだ。
だからこう答えるしかない。
「……わかりました。ついていきましょう」
返事を聞いた昴が顔を上げる。そしてうっすらと笑って手を差し出してきた。
「感謝する」
「…………はい」
少し逡巡してゆっくりとその手を取った。
10年前に離れた手は、再び握られる。
ここに1回限りのチームが結成された。