呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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20話

 

 

 ベースキャンプに戻るとクエスト達成を知らせる発煙筒を上げる。しばらくしてギルドの者がやってきてディアブロスの死体を確認する。その時にはもうどうやら通常の色合いに戻っていたようで、何も言われることはなかった。

 昴が報酬を受け取るとそのまま去っていく。報酬に関して昴は優羅と半分にわけようとしたが、優羅はいらないと言う。だが今回は優羅の手助けがなかったら達成されていない可能性があるので、働いた分は受け取れと念を入れると、静かに受け取ってくれた。

 あの死闘のせいで疲れがたまっており、今からココット村に帰る気力はない。ディアブロスと戦う時は毎回ほぼ命がけだ。それに加えて狂化竜となれば体に掛かる負担は更に増える。

 そのためテントで一夜を過ごすことにした。

 優羅も思った以上に疲れがきていたようである。彼女の場合は走り回ったことと、狙いを定める際の精神の負担、そして魔法を使ったことによる魔力消費が関係しているだろう。この状態でタイタン砂漠を抜けるのは危険なので、昴と共に一夜を過ごすことにした。

 肉焼き機を取り出してまたこんがり肉Gを作ってくれる。その味はやはりとてつもなく美味であり、いくらでも食べられそうだった。

 

「やっぱり美味いな。なんでこんなに美味いんだ?」

「……さあ? アタシとしては普通に作っているだけですが」

「料理の才能あるんじゃないか?」

 

 そういえばと昔を思い出してみる。優羅は何かと家庭的な少女でもあった。よく料理を作っており、なぜか昴の部屋を掃除とかもしてくれたことがある。活動的な紅葉も村の一件で料理を覚え始めて今に至る。つまり生きるために必要だったから覚えただけに過ぎない。

 だが優羅の場合は村で生活していた時から出来たこと。10年の時が彼女の腕をここまで成長させたということだろう。

 

「……別に。才能があろうがどうだっていいです。アタシは主に自分が食べる分しか作りませんから」

「でも今はこうして俺の分も作ってくれているぞ?」

「……」

 

 そんなことを言ってみると、視線をそらされてしまった。地雷だったか、とそれ以上突っ込まずに別の話題を考えることにする。

 

「優羅はこれからどうするんだ?」

「……どうもしませんよ。今まで通り、一人で旅を続けます」

 

 やはりか、と昴は思った。

 何となく明日になれば彼女がいなくなる気がした。組むのは今回だけ。緊急事態だったから彼女は昴と組んでくれただけにすぎない。

 彼女はこれからも一人で過ごしていくつもりだろう。

 だが、それはとても悲しいことだ。

 こうして再会したのだからこれからも共に行動したい、という気持ちがある。紅葉も優羅に会いたがっているだろう。

 

「……あなたの言い分も何となくわかります。紅葉にも会っていけ、とか、これからも組もう、とか、そういうことでしょう?」

「ああ」

「……アタシはたぶん無理です。どうも昔以上に人というものが苦手です。それはもう、色々ありすぎましたから」

「…………」

 

 そう言う彼女の目は少しだけ仮面の下から暗い色を見せていた。目を閉じて昴に向き直るとゆっくりと頭を下げる。

 

「……だからすみませんが、あなたの所にはいけません」

 

 謝罪と共に拒否の言葉が発せられた。それを静かに昴は聞く。

 これ以上続けるのも酷だろう。残念だが無理強いは出来ない。紅葉に報告した時が少し怖いが、それでも無理に連れて帰る気は昴にはなかった。

 

「そうか。残念だが、諦めることにしよう」

「……すみません」

 

 もう一度謝罪すると、自分の分のこんがり肉Gを焼き始めた。完成させると昴は次の質問をすることにした。

 

「元々どこに行こうとしていたんだ?」

「……ドンドルマ方面ですね。どうも最近は異変続きなんで少し情報収集をしてみようかと」

 

 異変?

 どういうことなのかと視線を向けると、そんな心境を悟ったのか飲み物を用意しながら話を続ける。

 

「……この前はヒンメルン山脈でクックのクエストをしたんですが、妙に黒かったですからね。あの時はクックがガルルガになろうとしている個体かもしれないと、通常より多くの報酬を貰ったんですが」

「なに……?」

「……今思えば、あれも狂化竜とやらだったのかもしれません」

 

 小さく納得するようにうなずきながらそう締めくくり、コップを差し出してくる。それを受け取りながら昴は呆然としていた。

 まさかココット村の近く、ヒンメルン山脈に狂化竜が出現していたとは。

 

「……いつのことだ?」

「……?」

「その狂化クックと戦ったのはいつだ?」

 

 そう聞くと優羅は思い出すかのように遠い目をする。少しして小さくうなずいた。

 

「……4、5日前ですね」

 

 ココット村を出たのが一昨日。その2日前にその狂化したイャンクックが討伐されていたという。

 いったいなぜその情報が入ってこなかったのか。

 

「……まあ、先ほども言ったように、クックがガルルガになろうとしている個体じゃないかと学者が騒いでいましたから。学者が調べ終わるまで情報が止められてたんじゃないですか?」

 

 昴の様子に感づいたのかそう説明してきた。

 なるほど、それならば何となくわかる気がする。どうもその手の者たちは新発見をしても確かなものを見つけるまでは黙りたくなる性質だ。

 学者ということは恐らくミナガルデの研究員なのだろう。ミナガルデで止められていたに違いない。だが当事者が優羅というだけでもありがたいことだ。

 これで数日の間に狂化竜が2頭も出現したことになる。これらの情報は大きいことだろう。

 狂化竜を生み出している奴もそろそろ動こうとしているのだろうか。それとも、元々その素質を持っていた竜が自分たちに発見されたということなのか。それはまだわからない。

 何にせよ、西シュレイドだけで3頭の狂化竜。もしかするとドンドルマ方面や大陸の東側にも狂化竜が潜んでいる可能性がある。

 近いうちにドンドルマに向かうのも手か、と昴は考え始める。

 

「……」

 

 その時、優羅が昴をじっと見つめていることに気づいた。

 

「どうした?」

「……あなたは」

 

 そこでどこか逡巡するようなそぶりを見せたが、やがて昴の目を見つめてこういった。

 

「……あなたは狂化竜を追い続けるのですか?」

 

 それにはわずかに感情が含まれた気がした。どこか昴を心配するような色が含まれた問いかけ。やはり優羅も心配なのだろう。

 10年も離れていたが、それでも二人は共に村で育った幼馴染だった。

 

「……ああ。追い続ける。なぜ村が襲われたのか。一体誰が狂化竜を生み出しているのか。それを確かめなければならない」

「……何故ですか? 死に掛けたのに、それでも追うつもりですか?」

「ああ。俺は追わなくてはならない」

 

 それは固い決心の表れ。

 そうでなくては10年も追い続けていない。もう見つからないかもしれないのに昴は旅を続けてきた。

 

「狂化竜によって村を滅ぼされた者として、これ以上被害が広がらないように、俺たちのような子供をこれ以上増やさないように。俺は狂化竜を追い続けなくてはならないと思っている」

「…………」

 

 被害者だからこそ、彼の決心は固かった。

 

 あの憎悪を知っている。

 あの怒りを知っている。

 あの恐怖を知っている。

 そして、皆が死んでしまった悲しみを知っている。

 知っているからこそ、増やさないように行動する。

 

 確かに怖かった。死ぬかと思った。

 そんな存在に挑もうというのだ。

 幼い二人がハンターとなるのを決心したのは8歳後半。

 生きるために、そして狂化竜を探すために。

 普通に生きるという選択もあった。

 だがあえてこの道を選んだのだ。

 子供には酷な選択だったろう。

 どれほどの恐怖があったことか。

 

 だが昴の父が言っていた言葉が二人を決心させたのだ。

 ハンターだった父親は三人を逃がすための時間を稼ぐために真っ先にあのリオレウスへと向かっていった。

 そんな父親がいつも言っていた言葉。

 

『恐れず行動しろ。出来ないことが恥じゃない。行動しないことが恥だ』

 

 そう、昴のあの言葉は彼の父親の言葉でもあった。

 その言葉こそ、二人はハンターになる決心の後押しになった。

 だからこそ、今までやってこれた。

 

 生きてこれたのだ。

 

 そんな風に説明すると、優羅はゆっくりと目を閉じた。

 その口元がどこか笑顔になっているのは気のせいだろうか。

 

「……ああ、変わってないのですね」

「ん?」

 

 それはどこか嬉しそうなもの。微かな声だったために昴には聞き取れなかった。

 何を言ったのか聞こうとしたが、すぐに仮面がつけられる。

 

「……あなたもまた、その言葉で行動したのか、と納得してしまっただけですよ」

「というと、優羅もか?」

「……ええ。アタシも生きるためとはいえ、このままハンターをやっていくべきかを考えていたときにその言葉を思い出したのです。あれほどの体術を習得したのもまた、その言葉によるもの」

 

 どんな体勢になろうとも狙いを定めて引き金を引く技術か、と思い出す。

 横に飛ぼうと、宙を舞おうと構わずに目標から目を逸らさずに見続ける。それはどれほどの修練を重ねてきたことだろうと、想像する。

 厳しいものだったに違いない。

 女である彼女が体を酷使し続けるのだから苦しいものがあったろう。

 

「……一人でやっていくわけですから、必要になってきただけです。体術の本を購入して、とある人に仕込まれ、ずっと一人で仮想敵を作って修練してきました。……最初のうちは確かに怖かったです。でもやらなければ生きてこれませんでしたから。……そう、まさしくあの言葉に従った結果です」

 

「「恐れず行動しろ。出来ないことが恥じゃない。行動しないことが恥だ」」

 

 二人の声がその言葉を紡ぎだす。

 

「……そして今の自分がいます」

 

 そう締めくくり、渇いた喉を潤すようにコップを傾けた。

 そして昴はそんな優羅をじっと見つめていた。

 彼女もまた必至に生きてきたのだろう。その努力の結果があの実力。そしてハンターになるにしても、自分の実力を高める後押しとなったのも、全ては父親の言葉だった。

 自分たちは離れてはいたが、根本的な支えは変わっていないようだ。

 たったそれだけのことだが、妙に嬉しく感じた。自分たち幼馴染三人は繋がっている。小さなことだが、それは大きな実感を持っていた。

 思わず笑みが浮かぶと、優羅もまた目を細めて昴を見つめていた。もしかすると彼女も同じ気持ちなのかもしれない。

 ふと、彼女の体術を思い出すうちに魔法についても思い出された。あの弾のこともある。聞いてみることにした。

 

「優羅も魔法が使えるということに驚きなんだが……」

「……ん、ああ。あれですか」

 

 そう言いながらローブの中に手を入れて酒瓶を取り出した。瓶のラベルには「フラヒヤ酒」と書かれてある。フラヒヤ山脈付近で栽培したフラヒヤ米を使用した酒でほのかな甘みが特徴だ。

 それをコップの縁すれすれまで満たすと、ぐいっと一気に傾けた。

 

「……ふぅ」

「…………」

「……ん? どうかしました?」

 

 その見事な呑みっぷりに昴は少し呆然としてしまった。紅葉は飲めないが、優羅は充分に飲めるようである。

 

「……いります?」

 

 瓶を軽く揺らすと、うなずいてコップを差し出した。そのまま瓶を傾けてコップに注いでくれる。

 それを少し飲んでみると確かに透き通るような滑らかさの中にほのかな甘みがある。味は申し分なかった。

 そして香り。口の中から鼻にすうっと来るような甘い香りが通っていく。味としても香りとしても素晴らしい酒だった。

 

「……さて、アタシの魔法についてですが、ハンターになってから数年のことですかね。一人の術者に会いまして、アタシの中に魔法の才能を見出されたんですよ。それで魔法の使い方を少々教わって習得しました」

「術者、か。どんな奴だったんだ?」

「……全身を包む赤いローブが特徴的でしたね。このローブも一応その人から貰ったものです」

 

 赤いローブ。もしかするとあの時助けてくれた男なのだろうか。

 

「その術者、男だったか?」

「……そうですね。男でした。どうにも顔が見えなかったですけどね」

 

 顔が見えない赤いローブの男。

 まさか本当にあの時の男なのだろうか。

 現代の世の中ではローブを着る旅人やハンターも少なからずいる。店で売られている種類もなかなか多く、赤いローブもまた多く売られているのだ。

 だから本当にその男なのかはわからないが、あるいはそうなのかもしれない。

 

「ふむ。で、系統は火か?」

「……そうですね。主に爆発、次に燃焼ですね。爆発の使い方は回避、跳躍、そして狙撃の時でしょうか」

「……狙撃?」

 

 回避はわかる。あの時のような使い方だろう。跳躍は恐らく回避のように前ではなく、上へと行く時だろう。

 ならば狙撃とは何なのか。

 

「……狙撃は射出した弾にもう一度爆発を起こして更なる推進力を与えるのです。これで威力と距離を高めてます」

「ああ、なるほど」

 

 そういう風に応用するとは優羅はなかなか頭がいいようだ。機動力の高さや撃てる弾の種類が多いライトボウガンだが、反面威力に乏しい。

 対照的であるヘビィボウガンは火力こそあるが、重量によって機動力は低く、一撃一撃に重きをおいているせいか撃てる弾が少ないことが多い。また補助弾が撃てないものも多いのが特徴だ。

 それぞれメリットとデメリットを抱えているが、それこそ選ぶ楽しみが多いのもある。ヘビィボウガンと比べて火力が下がったライトボウガンに、そのような手を加えることで火力上昇を図ったのだろう。また驚きに満ちたあの動きはライトボウガンだからこそ出来ることでもある。

 低い火力を補うための策を講じ、そして習得することで戦いを有利にさせた。

 それが黒崎優羅の凄いところだろう。

 そんな風に感心しながらフラヒヤ酒を飲み干す。目の前の優羅はすでにもう3杯目を注いでいる。だが酔っている気配がない。案外酒に強いようだ。

 

「……そして弾ですが、あれは魔力が消費した際に回復できるように、その効果のある薬草や水などを調合して作り上げました。元々は自分用に作ったのですが、今回は急遽瓶から弾へと詰め替え、あなたに撃たせていただきました」

「薬、か」

 

 魔力回復の効果がある薬草というからにはなかなか貴重な草なのかもしれないと想像する。それを昴の回復のために使ってくれた。本当にありがたいことだ。

 そんな風に視線を向けると、ぷいっとそっぽ向く。

 どうやら話は終わりのようで、今は酒を楽しむ時間らしい。

 コップを置いてじっと優羅を見つめてみる。

 立って並べば昴とそんなに変わらない彼女だが、実際の歳は昴と紅葉より1歳年下だ。

 だからこそ驚く。

 普通に佇んでいるだけで大人の女性を思わせるような容姿をしているのに、年下の少女なのだ。中身だけでなく外見においても驚かされる。

 東方人形のような少女は、とんでもない美人になってしまった。

 

「……ん、ん、……はぁ」

 

 酒を飲み干し、甘い息を吐いて呼吸を整える。少しだけ赤く染まった頬をしたその顔を見ていると、何故か胸がざわついた。

 

(……おいおい。まさか……)

 

 ――意識しているのか?

 

 そう考えると慌てて振り払った。

 優羅は幼馴染だ。妹のような存在だ。

 だから意識するなんて、と考えるが、そうでもないだろう。

 こうして美人になった上に、10年のブランクがある。

 その変化に驚き、そして思った以上の変化があるからこそ意識することもある。

 幼馴染はくっつくことは難しいという。

 お互いを知り尽くしているからこそその先へと行かない。

 だが幼馴染でも数年離れ、そして再会した後になってくっつくことは充分有り得ることだ、とどこかで聞いたことがある。

 

 ――そういうことなのか?

 

 自分の中で問いかけてみる。

 確かに当てはまってはいる。だが、自分がそうなるなんて思ってもみなかった。

 ちらりと優羅を見る。

 また新しく注いで瓶を空にしている。

 

「……」

 

 何度か瓶を振って空になるのを確認すると、ローブの中に手を入れて新しい酒を取り出してきた。案外酒豪のようだ。

 年下の娘があんな風に飲めるというのはある意味尊敬する。

 そんな眼差しで見つめていると、また瓶を軽く揺らしてきた。

 

「……いります?」

「……いただこう」

 

 コップにフラヒヤ酒が満たされていき、彼女のコップも零れそうなほどまで満たされる。そして二人の視線が交差した。

 

「まあ、今はこうして共に酒が飲めるというのはいいことだ」

「……そうですね」

「紅葉は飲めないからな」

「……そうなんですか?」

 

 意外そうな言い方だった。

 紅葉に酒を飲ませるとどうなるか説明すると、優羅は小さくうなずき、微かに、そう、ほんの微かに鼻を鳴らした。

 小さすぎて本当に鳴らしていたのか昴は気づかない。

 

「だから優羅がそんなに飲めるというのが驚く」

「……別に普通ですよ、アタシなんて」

 

 いやいや、その歳でそこまで飲むというのが凄い。しかも酔っている気配もない。恐らく遺伝的に酒に強いのだろう。

 昴はコップを優羅に向けて小さく微笑した。

 

「ま、今更だが、再会と討伐完了を祝して」

「…………」

 

 じっと昴とコップを見つめていた優羅もゆっくりとコップを掲げる。

 

「「乾杯」」

 

 軽くコップが触れあい、二人だけの酒宴を行った。

 その日は夜遅くまで飲み交わすこととなった。

 

 

 次の日ベースキャンプを片付けて出立の準備が完了する。

 優羅はやはりココット村に来る気はないようだ。だがドンドルマに向かうようで、もしかすると数日滞在する可能性があるという。

 

「……自分のことと並行して狂化竜についても調べておきますよ。またいつ会えるかは知りませんが」

「いや、ありがたい。俺たちももしかしたら近いうちにドンドルマに向かうことになるかもしれない。その時はよろしく頼む」

「……はい」

 

 わずかにうなずき、優羅はフードを被った。その顔が隠されて完全に表情が見えなくなる。だが何かを言おうとしているような気配がした。

 昴は何も言わず、その時を待つ。

 

「…………す」

「ん?」

 

 小さな声だったので思わず聞き返してしまう。

 

「……会えてよかったです。……昴」

「……」

 

 フードを被っているのでその顔色は窺えない。だがもしかすると、あの頃のようにおどおどしたような顔をしているんじゃないだろうか。

 そう想像すると、思わず笑みが浮かんできた。

 そして昔よくしたように思わずその頭に手が伸びてしまった。

 

「ああ。俺も会えてよかったよ」

 

 撫でながらそう言うと優羅の体が微かに縮こまった。大きくなってかなり変わっているが、頭を撫でると縮こまるのは昔から変わっていない。懐かしい感覚に包まれながらしばらく頭を撫で続ける。

 

「……っ」

 

 優羅の口から微かに声が漏れる。恥ずかしがっているのだろうか。だが逃げるようなことはせず、そのまま身を任せている。

 充分に撫でたところで手を離す。そして傍らにいるアプトルに乗るとフードを被る。クーラードリンクを飲み干して優羅に軽くうなずくいた。

 

「じゃあな、また会おう」

「…………はい、また」

 

 小さかったが、確かにそう返事をした。『また』ということは会う気はあるようだ。それが聞けただけでも充分だ。

 手綱を叩いてアプトルを走らせる。すぐに昴の姿は見えなくなった。

 

 

「……」

 

 久々すぎた。

 10年ぶりに頭を撫でられた。この身長になったのだからもう二度と撫でられることはないと諦めていたのに、彼は長い時間撫でてくれた。

 

「……」

 

 変わらない手つきで撫でられるととても心地いい感覚が心の中に広がっていった。

 

 だからだろうか。

 なぜか目から雫が流れた。

 

 フードを被っていてよかった。

 思わず縮こまってしまう癖が抜けていなくてよかった。

 彼にこんな顔を見せたくはなかった。

 

「……ああ、だめだな」

 

 久しく忘れていた感情がよみがえってくる。

 

 ――寂しい。

 

 一人でいるのが寂しい。

 一人になった当初は毎日そう感じていた。

 でもいつしか慣れてきてそういう感情が麻痺してしまった。

 そして人というものがどれほどのものか見てきたことで、この顔に仮面が張り付いた。

 感情はほぼ表に出てくることはなくなり、喜びも悲しみも封じられてしまった。

 だというのに、彼に会ってからそれが解かれていくような気がしている。

 実際こうして寂しいという感情が少し溢れてきている。

 

「……ふぅ」

 

 呼吸を落ち着かせて冷静になる。その感情は再び心の奥底へと引っ込んでいき、封じられた。

 

 自分は一人。

 一人で過ごしていく。

 

 己の奥底に潜む牙を呼び覚まさせないように。

 だというのに昴のせいでそれが崩れそうな気がしてきた。

 だから心の整理がつくまでは一人で過ごすことにする。

 数日間隔を置いておけば何となく普通に会えそうな気がした。

 

「……紅葉、か」

 

 問題は紅葉だろう。

 あの紅葉ならば、会った瞬間何らかの行動をしそうだ。それも覚悟しておくことにしよう。

 そして彼女も歩き出す。

 

 

 二人の幼馴染は再び別れる。

 だがいつか近い未来、再び会うことになる予感はしていた。

 今度は三人。

 幼馴染三人全員が出会う未来はそう遠くないだろう。

 今はただ、しばしの別れだ。

 

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