呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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22話

 

 

 ココット村を出てから東へ10日ほど。

 アプトノスが引く荷車に揺られ、野宿をする旅もようやく終わる。

 手綱を引いていた昴が前方に高い壁を目視した。

 

「……見えたぞ」

 

 その声にライムとシアンが反応して前にやってくる。

 

「うわぁ……」

 

 シアンがそんな息を漏らした。

 街を囲む壁はまだ数キロ先なのに高い壁だとわかるほどの高さをしている。恐らく飛竜たちが容易に侵入できないようにするための防壁なのだろう。少しずつ近づくにつれてその壁の重厚さがわかってくる。

 良質の鉱石を使用することで壁は分厚く硬い造りになっている。それほどの守りをしなければ、かの街は守られない。

 ドンドルマの周辺はモンスターもかなり生息しており、ハンターたちは日夜戦い続けているという話だ。実際ここに来る途中も何回かランポスなどに襲われているが、全て返り討ちにしている。

 襲ってくるのはモンスターだけではない。リオレウスを主とした飛竜も襲撃してくることもあれば、過去には古龍と呼ばれる龍までもが襲撃した記録がある。

 そのたびにハンターたちを出動させて迎撃体勢に入るが街はことごとく壊滅し、多くのハンターが命を落とした。ハンターたちは弔われ、破壊された街は何度も修復されていく。

 ドンドルマという街は、破壊と再生を繰り返しつつ規模を大きくさせていった街でもあるのだ。それは遠い昔の人の歴史をそのまま表したような街である。

 街の入り口付近に来れば、街の自治体に属する兵士が門番をしている。そしてその前には街に入るための検分を待っている者たちがずらりと並んでいる。

 

「今日は結構多い方だな」

「そうなんですか?」

「いつもはそれなりにいるのよね。ここのギルドに登録して、拠点としているハンターは別の門から入るけどね。あたしたちはギルドにこそ登録はしているけど、主に旅人だからさ。めんどくさいけどここで待たないと」

 

 街の規模が大きいということは、同時に色々な人が入ってくるということ。故にこのような体制が取られることとなる。規約違反をしている者や犯罪者、危険物持ち込みなどを行えば、直ちに逮捕される。

 数分後、ようやく出番が回ってきた。門番が近づいて昴の顔を見ると、少しだけ驚いた顔をする。

 

「あ、あんた……」

「ん?」

 

 何気なく昴が門番と視線を合わせる。すると門番の一人が慌てたように荷車の中を覗き込んだ。そして大きく目を見開いた。

 

「う、うおぉ……あ、紅い……」

「あ゙?」

 

 その続きを遮るように紅葉が睨みを利かせる。慌てて門番が口をつぐみ、必要な書類を持ってくる。

 

「こ、ここに記入を……」

「ああ。……すまんな」

 

 うなずいて受け取った後にさりげなく謝罪する。

 どうやら『紅い悪魔』の伝説は今もなお生きているらしい。もしかすると、過去にあの酒場にいたのかもしれない。

 あるいはいなくても、顔は知れ渡っている可能性があるだろう。竜宮紅葉の名は、ドンドルマの男たちを震え上がらせる恐怖の出来事となってしまっていた。

 チラッと中を振り返ってみれば、紅葉がぶすっとした顔で何度も床を踏んでいる。やはり本人としては不本意な事件のようだ。顔を見られるたびに震え上がられてはたまったものじゃない。

 色々言われているが、彼女はまだ19歳の少女なのだ。

 書類を提出し、ライムとシアンの調べを終えるとようやく門を潜ることが出来る。荷車に揺られながら通路を通り抜けると、もう一つの門を潜る。

 そしてようやくドンドルマの街中へと入ることが出来るのだ。

 とたんに聞こえてくる街の喧騒。

 ミナガルデとは比べ物にならないほど町は活気に満ちている。

 

「まずはギルド本部に向かわないと。二人の登録をしておかないと、色々と出来ないことがあるから」

 

 ここでハンターとして活動する際にはギルド本部に向かわないといけない。

 そうしなければクエストは受けられず、ハンターが寝泊りする宿のサービスもない。

 違反すればギルドナイトが出動し、処分が下されることとなる。彼らが闇で違反ハンターを殺害している、という噂が流れるほどだ。「違反したハンターが悪い」ということになり、殺されても文句は言えない。そのため違反などそうそうできないことである。

 本部の駐車場にアプトノスと荷車向かわせ、ギルドナイトにこれらを預ける。これで荷物はギルドナイトが警備されることとなる。

 本部に入ると、その広さに二人は呆気に取られた。街もそうだが、ドンドルマのものはミナガルデよりも一回り二回り大きい。やはりハンターズギルド総本山と言われるだけのことはあった。

 受付に向かうとそこに座っていた受付嬢が笑顔を見せる。

 

「いらっしゃいませ。ハンターズギルド本部へようこそ! ……って、あら、昴さんに紅葉さんじゃないですか」

「どうも。久々、セレナ」

 

 そこにいたのはセレナと呼ばれる受付嬢である。金髪のロングヘアーに赤い目をしており、どこかエレナに似ている雰囲気をしていた。

 

「エレナから聞いていましたよ。ようこそ、ドンドルマへ」

 

 彼女はエレナの双子の姉だ。姉妹揃ってハンターズギルドの受付嬢の仕事をしており、エレナはココット村へと数年前から派遣されている受付嬢である。

 

「そちらにいるのがライムさんとシアンさんですね。ようこそ」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしくおねがいしますね」

 

 頭を下げる二人に微笑みかけると、引き出しから書類を取り出した。

 

「では、こちらに必要事項を記入してくださいね」

 

 カウンターに二枚の書類が並べられる。それにライムとシアンがペンを持って書き込んでいく。名前、年齢、出身地など、色々なことを書いていく。

 やがて必要事項を書き終えると、セレナがチェックし、受理された。完全に登録されるまでは1日掛かるが、それでも宿を提供するくらいのサービスは受けられる。しかしクエストは登録が完了する明日までは受けられない。

 

「あの……」

 

 そこでライムが恐る恐るセレナへと口を開く。何を言われるのかわかっていたのか、セレナが一つのファイルを取り出した。

 

「クロム・ルシフェルのこと?」

「あ、はい。そうです」

 

 どうやらこれもエレナから聞いているらしかった。早速彼のことについて情報がないか調べてくれる。だが……、

 

「残念だけど彼がクエストを受けた記録はないわね。彼の特徴などの記録で目撃情報がないかも聞いてみるけど、今はそんな報告はないわ」

「そう、ですか」

 

 やはりそう簡単にはいかないようだ。何となくそんな予感はしたが、それでも期待はしてしまう。

 いったい彼はどこにいるのだろうか。

 生きていてくれるのだろうか。

 それとも――

 

 ――いや、だめだ。

 

 慌ててライムは首を振ってその考えを振り払う。

 信じなくてどうする?

 他の誰が信じなくてもいいが、自分だけでも彼が生きているのだと信じなくてどうするのだ。

 

「ごめんなさいね。でも、色々当たってみるから」

「……はい。よろしくお願いします」

 

 ライムが頭を下げると、セレナはにっこりと微笑んでうなずいた。

 

 

 その後は本部を出、宿屋に泊まることとなった。昴と紅葉はなりたてとはいえ上位ハンターであり、ライムとシアンも一緒に泊まれるよう四人で一部屋を借りることとなった。以降はここが彼らの拠点となる。

 上位ハンターともなれば部屋もそれなりにいいもので、二人は本当に自分たちがここで泊まってもいいものかと思い始める。

 

「いちいち部屋を移動するのもめんどくさいじゃん? だから別にいいよ。費用はあたしたちが持つからさ。無駄に旅ばっかして金も結構貯まってるから、こういう時でないと使わないって」

 

 いや、自分たちの装備を強化する際などに使うじゃないか、とライムが思うのだがこれ以上何か言うのも野暮だろうと黙ることにした。二人がいいと言っているのだからここは素直に言葉に甘えることにする。

 飲み物とお菓子をテーブルの置き、これからどうするのかを相談することにする。

 狂化竜のことやクロム・ルシフェルの事もあるが、調べるだけが目的ではない。二人の経験積みの事もある。ドンドルマともなれば色々なクエストが回っている。ココット村にはない雪山を舞台としたクエストもある。

 

「調べ物はそれなりにやっていくことにしよう。ドンドルマじゃまだギルド側は狂化竜のことで動こうとしていない。まずは様子見でいくことにする」

「そうね。10年も回ったんだもん。今更数日待つくらいどうということはないってね」

 

 昴の言葉に賛同するように紅葉はうなずきながらジュースを一気飲みする。

 

「だからライム、シアン。お前たちを鍛えることを当分は第一にことにする。色々回るぞ? ついてこれるか?」

 

 どこか期待を込めてうっすらと笑いかける。それに応えるように二人は大きくうなずいた。

 

「はい。よろしくお願いします!」

「どこまでもついていきますよ! そこに紅葉さんの背中がある限りは!」

「おうおう、言ってくれるね~。嬉しい限りだよ、ふふふ」

 

 すぐそこにあるシアンの顔をぐいっと引き寄せると、紅葉のふくよかな胸が受け止めた。今は私服である和服のため、その柔らかさが充分目視できるほどわかりやすい。そのさらさらの水色の髪をわしわしと撫で回すと、次第にシアンの表情がとろけていく。

 

「はは、あれはもういつものことになりましたね」

 

 苦笑しながらライムが呟くと、昴がどこか優しい目をしていることに気づいた。そんな表情を見つめていると、昴がライムの視線に気づいた。どこか考えるようなそぶりを見せ、そしてコップを置いて立ち上がる。

 

「…………」

 

 首をしゃくって歩き出す。何か話があるのだろうかとライムが後を追った。

 移動したのは隣の部屋だった。扉は開けたままで二人の様子が見れるようにしている。相変わらず頭を撫でながら色々と話をしている。遠くから見ても二人は仲のいい姉妹のようだった。

 

「何か話があるんでしょうか?」

「……ああ、まあな」

 

 腕を組んで天井を見上げる。彼も今は黒い和服だった。その格好が驚くほど似合っている。まるで厳格な父親のようで、やはり彼はどこか頼りになる兄や父親に思える。

 話すことが決まったのか、一息つくと昴は紅葉の方を見つめる。

 

「なあ」

「はい」

「紅葉のこと、どう思う?」

「え?」

 

 それはどういう質問なのだろうか、とライムが呆けたような声を上げる。

 

「ああ、すまん。言い方が悪かったか。紅葉、どういう人間だと思う?」

「……ええと」

 

 そこでライムも彼女の方へ視線を移した。

 

「頼りになるお姉さん、って感じでしょうか。シアンはそう思っているようですが僕もそう思います」

「……」

「ぐいぐい引っ張りながらも、僕たちを見守ってくれている。いい人だと思います」

「……ふ、そうか」

 

 目を閉じてどこか嬉しそうに昴がうなずいた。

 

「まああいつの印象は十人が十人、そう言うよな」

 

 頭を掻きながら呟くと、そこで昴は一間置いて口を開く。

 

「でもな、あいつの根本は違う。人を大きく包んでくれるような器じゃない。本当はもっと小さく、もろい器だ」

「……え?」

「……あいつはな、とんでもなくもろい奴なんだよ。そう、自分を見失うくらい、な」

 

 重々しく、真っ直ぐな眼差しでそう言った。

 

 竜宮紅葉はとてももろい女性。

 

 ライムはそんな言葉が信じられなかった。

 改めて紅葉を見つめる。

 笑っている。シアンと一緒に楽しそうな笑顔を見せている。

 クエスト中は後ろで見守り、時に先陣切って暴れまわる頼もしい人。

 

 でもそうじゃないのか?

 

 そう思って昴を見ると、彼も紅葉を見つめていた。

 

「……あいつはな、一人になるのが怖いんだよ」

「え?」

「そう、言うなれば寂しがりや、重度の寂しがりやだな」

 

 

 ○

 

 

 紅葉の家はいつも両親がいない。

 昴の父と共にハンターとしてよくクエストに行っていたからだ。お互いの両親が友人だったので、必然的に昴と紅葉はよく一緒にいた。紅葉の両親が帰ってくるまで遊んでいたものだ。

 だが時に1日では終わらないクエストがある。

 初めてそんな日が訪れた時、紅葉の家からは泣き声が聞こえてきた。行ってみると、紅葉が布団に丸まってがたがたと震えていた。

 その日から帰ってこない日は昴の家、昴の部屋で一緒に眠るようになった。

 紅葉がこうなってしまったのにはもちろん理由がある。

 昔父親が大怪我して帰ってきたとき、大泣きして父親の体にすがりついていた。父親が死んでしまうと幼いながらも感じていたのだろう。

 自分と親しい誰かが自分の近くからいなくなってしまう。それに恐怖を覚えるようになった。

 だが両親はそれでもハンターをやめることは出来なかった。その村に滞在するハンターの数は少ない。自分たちがやめることで、村に何かあった際に誰かが死ぬ可能性があるからだ。

 紅葉もそれがわかっているので、無理に言うことはなかった。

 そしてその日から両親に「紅葉の事を頼む」と改めて言われる。

 優羅を連れてきたのも、一人でいることの寂しさを知っているから放っておけなかったというのが理由だ。

 またその恐怖は両親だけに発揮するわけじゃない。

 一度三人で森に果実などを採りに行った際はぐれてしまったことがある。幸い見つけることが出来た が、紅葉はその場に座り込んで頭を抱えてボロボロに泣いていた。

 優羅と一緒に連れて帰り、二人で数時間かけて慰め続けると、安心して眠り込んだ。

 そして村が壊滅した時も同じ。

 あの男によって自分たち以外に生き残りがないと言われると街についてもしばらく茫然自失していた。やがて昴が眠っていることに気づくと、またボロボロと泣き続けたそうだ。

 目を覚ました昴が最初に見たものは、涙でくしゃくしゃになった紅葉の顔だった。

 いや、むしろあの事件があったが故に、紅葉はトラウマになってしまったのだ。近しい人が死んでしまう、ということに。

 しかし、それでもハンターの道を歩まなければならなかった。そうしなければ生きてこれなかったから。矛盾しているだろうが、当時の二人にとってそれしか選ぶ道がなかったのだ。

 

 

 ○

 

 

「……」

 

 ライムは絶句していた。

 まさか彼女の中にそれほどまでのトラウマがあったなんて思いもしなかったのだろう。

 

「あいつが普段からああいう風にしているのは、そんな自分を覆い隠すためだ。出会った最初のうちは本当に弱々しかったが、そんな風に振舞ううちにいつしかそれが素になっていったに過ぎない」

 

 やれやれ、と言う風に苦笑する。

 

「普通はそんな爆弾を抱えていたら親しくする人を限定するだろうがな、あいつはそんなことはなかった。人格形成するときに俺という人間が近くにいたのがいけなかった。世話焼きという性分がついてきてしまった」

「……あ」

 

 思わずライムが声を漏らす。昴の不器用さなどは昔からだ、と紅葉が言っていたのを思い出す。

 

「俺を色々と引っ張りまわすうちにああいう性格がより一層形成され、加えて優羅まで連れてきてしまった。そうして寂しがりやという根本は隠されていった。お前も引っ張られる女が近くにいるだろう? そういう人が後にどうなるか、よくわかっているはずだ」

 

 それはシアンのことだろう。彼女のほうを見てしまう。

 まだ体が丈夫じゃなかった頃はよく部屋までやってきては色んな事を話してくれた。外を動き回れるようになってからは、村の中、近くの森などを色々案内してくれた。

 本の中の世界がライムの全てだったが、シアンのおかげで彼の世界は広がったといってもいい。

 そしてあの日。

 両親や兄がいなくなった時。

 恐らくシアンがいなければ、ライムも後を追っていたかもしれない。それほどまでに彼は追い詰められていた。彼女がいなければ今のライムはいなかっただろう。

 彼女の笑顔、行動が絶望のふちにいたライムを引き上げてくれたのだ。

 そんな彼女は毎日笑顔に包まれている。

 見るものを元気にさせてくれるような笑顔だ。

 それは恐らくライムの傍にいるために自然と身についたもの。暗い彼を優しい光で包み込み、照らすように、自然に見せるように努力していったのだろう。そうしている内にそれが彼女の地になっていった。

 紅葉は自分の根本を覆い隠すために、そして昴やユラのおせっかいをするうちに。

 シアンは暗いライムを元気付け、そしてつれまわすうちに。

 彼女らはそうやってあの性格になっていったのだ。

 

「……はい。わかります」

「あいつは自分がそうであることはよくわかっている。でも、気に入った相手は構いたくなる性分になってしまった。しかし必要以上に親しくすることは自粛している。後になって爆弾が爆発するかもしれない、という恐れがあったから今まではブレーキをかけていた。だがお前たちと出会ってそのブレーキが少し緩んだんだろう。それほどまでにお前たちが気に入ったんだろうさ」

 

 シアンと二人でいる紅葉は本当に楽しそうにしている。あの笑顔に嘘はない。

 本当にシアンを妹のように可愛がってくれている。

 

「あいつが人に対してあんな風に笑えるようになったのはある意味シアンのおかげともいっていい。その点に関しては俺はお前たちと出会ってよかったと思っている」

「昴さん……」

「まあそういうわけだ。紅葉のことを少し知っていてもらいたかった」

 

 微かに笑みを浮かべてそう締めくくった。

 だがライムは気になることがある。

 

「……なぜ、突然そんなことを?」

 

 そう、なぜそんなことを話す気になったのか。それが気になっていた。

 

「……死にかけたからな」

「え?」

「狂化ディアブロスと戦った際、俺は本当に死にかけた。これは冗談でも何でもない。確かにあの時俺は死を覚悟した」

 

 反射的に左肩に手をやってうずくまってしまった。そして優羅が助けに来なければ、間違いなく片角を頭上から貫かれて死んでいた。

 まさに危機一髪の出来事だったのだ。

 

「ハンターになればそんなことはいずれ起こりえること。俺は死ぬなら紅葉の隣か、紅葉のあとだとあの日から決めていた。でないとあいつが壊れてしまいそうだからな」

「……」

「だからこそ一人で行く際には絶対に死なないように気をつけていた。ディアブロスと戦い時だって念を押していた」

 

 そこで昴が自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「……油断した。狂化竜とようやく会えたと気が緩んでいたのかもしれない。あるいはディアブロスは慣れた相手だと。だから絶対に死なないと心のどこかで思っていたのかもしれない。……ハッ、怖いよな。油断っていうやつは」

 

 壁に後頭部を一回ぶつけて溜息をついた。彼なりに自分を責めている。反省しているのだ。紅葉のことを一番知っているのに、危うくその爆弾を自分で爆発させそうになった。

 

「人というものはどんなに気をつけても心の緩みってやつは完全に止められないようだ。そして俺もその例に漏れなかった。そういうことらしい」

 

 また自嘲するように笑って首を振る。

 そんな様子を見てライムは少し衝撃を受けていた。

 紅葉がそうであるように昴もまた頼りになるお兄さんのように思っていた。あるいは自分たちを優しく見守ってくれる父親のような存在。

 そしてライムにとっては同時にハンターの師匠のようでもあった。

 いつだって前を歩いて道を示し、後ろにいて自分たちを見守ってくれた。それがどんなに心強かったか。

 その昴が、こうして自分を責めて弱音を吐いている。

 それを見て忘れていたことがあった。

 

 ――彼もまた19歳の少年であることを。

 

 奇しくも兄と同い年。

 だから新しい兄のように思えた。

 こんなにも心安らいで頼ってしまうような存在だった。

 でもそうではない。

 どんなに頼りがいがあっても、彼は19歳の少年だ。自分たちとは3歳しか変わらない。

 そして同時に人でもある。

 完璧な人なんてどこにもいない。

 秀でているところがあれば、劣っているところだってある。

 そんな基本的なことを忘れてしまうくらい、自分たちはこのひとたちに頼り続け、甘え続けていたのだ。

 そう自覚すると、青い瞳から涙が流れ始めた。それはライムにとっては無自覚なものだった。

 

「……おいおい、何で泣く?」

「だ、だって……僕らは、昴さんに……どれだけ、う、うぅ……」

 

 涙を拭うのを忘れるほどにライムは静かに泣き続ける。そんな様子に思わず苦笑して昴は頭を掻いた。

 

「あのな、別に俺らはお前らのめんどうを見るのなんて全然構わないんだぞ? 頼ってくれてもいいし、甘えてくれても構わん。俺らは気にしてないのだから」

「で、でも……。そのせいで、ひくっ、昴さんたちは、自分たちのことを……うぅ……。それに、もし僕たちのせいで、昴さんや紅葉さんが死んでしまったら……」

 

 そこで昴がライムの頭に手を置いた。

 

「死なんよ」

 

 優しく撫でながらふっと笑いかける。

 そんな顔を呆然とライムは見上げた。

 

「俺らは死なん。死んでやらん。奴らを見つけるまでは、そしてお前たちの成長を見届けるまではな」

 

 それは前からの決意。

 それにライムたちのことが加わったことで、より一層固められた決意となっただろう。

 

「…………もし」

 

 ぽつりと、ライムが呟いた。

 

「ん?」

「もしもの、ことですよ? 昴さんがディアブロスの時のようなことがあって、今度は死んでしまったら、どうするんですか?」

「……」

 

 前回は運よく助かった。

 

 それが次もあったらどうするのだ?

 

 あの時のようなことが次もないとは言い切れない。ライムはそれを心配していた。

 

「……そうだな」

 

 もう一度撫でて昴はうっすらと笑いかける。

 

「その時はお前たちで紅葉を慰めてやってくれ。間違っても俺の後を追うような考えを持たないように、な」

 

 それは昴が一番危惧していること。紅葉ならやりかねないことだった。

 そしてその言葉はある意味ライムに後は任せる、と言っているようで思わず震え上がった。

 聞かなければよかったと少し後悔する。

 でも聞いてしまったからには答えないと。

 

「……はい。わかりました」

「ん。すっかり重くなってしまったな。すまん」

 

 ぽん、と肩を叩いて席に戻っていく。

 その背中を見て、ライムはまだ不安が微かに残っていた。

 

 

 次の日ハンターズギルド本部へと向かうと、ライムとシアンの登録は完了していた。これで二人もクエストを受けることが出来るようになる。

 早速何に行こうかと話しながら掲示板があるフロアへと向かっていく。

 

「そこの君たち。少し待ってくれないかね?」

 

 その途中、誰かに呼び止められた。

 振り返るとそこには三人の男女がいた。

 その服装を見てライムとシアンが息を飲む。

 

「ギルド、ナイト……」

 

 シアンが思わず呟いてしまった。

 白と赤を主に使用した服装に、赤い帽子。ハンターズギルドの紋章が入れられたその服装こそがギルドナイトである証。

 その中心にいた男。帽子に隠れているがオレンジ色の髪チラッと見える。ゆっくりと細められていく緋色の瞳が昴を見つめている。

 昴はどうやらギルドが動いたか、と考えながら男の出方を窺っていた。紅葉もどこか警戒するように彼らを見つめている。そしてライムとシアンは不安そうに両者を交互に窺っていた。

 オレンジ髪の男が前に出て口を開く。

 

「少々時間を戴きたい。よろしいか?」

「……ああ、いいだろう」

 

 昴がうなずくと男はうなずき、背後の二人が昴たちの後ろに回った。どうやら逃がす気はないようである。周りのハンターたちも何事かと遠巻きに様子を見守っている。

 

「では行こうか」

 

 男が歩き出すと一行も歩き出す。

 これから一体どうなるのだろうかと不安に駆られながら、一行は本部の奥へと入っていった。

 

 

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