通されたのは一つの部屋。昴たち四人全員と、ギルドナイト三人が入ってもまだ少し余裕があるくらいの部屋。装飾品の類はなく、質素な部屋だった。
入り口は一つで窓が一応あるが、格子がついている。
部屋の中心にはテーブルがあり、手前に椅子が四つ用意されていた。その対面の椅子に腰掛けたオレンジ髪の男が、どうぞと席を示す。
彼の背後にギルドナイトの少女が立ち、入り口には少年が立つ。
それらを見てああ、と納得した。
これは取り調べのようだ。
「……」
無言で昴が男の前に座り、紅葉たちも席につくと男が少しだけ笑みを浮かべて帽子を取る。
「まずは名乗ろう。わたしはレイン・森羅・スカーレット。こちらはわたしの妹であるサン・森羅・スカーレットだ」
「……」
紹介された少女が帽子を取って恭しく頭を下げる。その際にはらりと薄紅色の前髪が目元を隠した。
そして男、レインが後ろにいる少年を示す。少年が帽子を取り、茶髪のはねた髪が現れる。その碧眼がどこか弱々しく昴たちを見つめていた。
「彼はわたしの部下であるゲイル・カーマイン」
「よろしく、お願いします」
おずおずと頭を下げる。どうやらギルドナイトにしては気が弱いようだ。
だが昴と紅葉は別のことに気が向いていた。
「『スカーレット』に『カーマイン』か。なるほど、大物が出向いてきたものだな」
「ほう。どうやらわたしたちのことを知っていたか。……ふっ、ありがたい話だね」
スカーレットとカーマインといえば代々ギルドナイトを務めてきた家系。両家は親戚同士であり、共にハンターズギルドを支えてきた家であると知られている。つまり両家はギルドナイトの名家として名をはせていた
そのためギルド内でも発言権は高い方で、長い歴史の中でハンターズギルドを纏めているということである。
恐らく目の前にいる彼らはそんな家の後継者ともいえる存在なのだろう。
そんな彼らが出向いてくるとは、よっぽどギルド側としては慎重に対処したい事柄のようだ。しかしわからなくもないので、昴もじっとレインを見つめて出方を窺う。
「さて、君たちを呼んだのは他でもない。君たちが狂化竜とやらを目撃したという話についてだ」
うっすらと目を細め、両肘をテーブルにつけて少しだけ前のめりになる。
「聞くところによれば、それは闇魔法に属する『汚染』と『狂化』をかけられた竜だと言う。外見的には黒く染まった竜、といったところか」
「ああ、そうだ」
「ふむ、とても信じられるものではないが、まずは君たちから詳しく聞かせてもらいたくてね。こうして呼んだというわけだよ」
なるほど、一応聞く気はあるわけだ。
まずは昴が話し始める。
自分たちの村が狂リオレウスによって壊滅したこと。その外見的な特徴やその時の状況を話す。
続いてライムが狂ドスランポスのことを話し、ミナガルデで聞いた狂イャンクックのことを説明した。
そして最後に再び昴が先日相対した狂ディアブロスのことを説明した。
それを黙って時折相槌を打ちながらレインは黙って聞いていた。やがて彼らが話し終えると、ふぅ、と息をついて天井を見上げる。そして何気なくテーブルをとんとん、と叩くと、背後にいたサンが腰元にあった鞄からお茶を取り出した。
コップに並々と注ぎ、そっとレインに差し出す。
「……」
丁寧な飲み方でそれを飲み干すと、再び息をついた。
「こうして聞いてみると、やはり到底信じられるものではないな。『汚染』によって黒く染まり、『狂化』によって彼らの持ちうる力を引き上げる? ……ふっ、正気の沙汰じゃない。そんなことをすれば、その術をかけた本人が真っ先に死亡するとわたしは思うがね」
確かに。
普通ならば狂った竜たちが真っ先に術者を食い殺すだろう。
だが彼らは最初から狂化しているわけではなかった。
「村を襲ったレウスはどうかは知らんが、少なくともドスランポスとディアはそうではない」
「ほう? それはどういう意味かね?」
どこか興味深そうに目を細めた。
「奴らは最初は通常の姿であり、普通の理性を持っていた。怒りで気が高まった時、奴らは狂化竜と呼ばれるものへと変貌したのだ」
「……つまり何かね? 術者は最初から狂化させるのではなく、条件を満たした後に狂化させるというまどろっこしいやり方をしていると、そう言いたいのかね?」
「かもしれないな。俺たちに術者の考えなどわかるはずもない。何故なら俺たちは襲われた側だ。俺も術者の考えが知りたいくらいだ」
それは偽らざる本心。昴と紅葉が求めているものの一つ。
なぜ作り出している者は狂化竜なんてものを作ろうと思い至ったのか。
なぜ?
その目的は?
何かを作るということは、それを以って何かをしようということに他ならない。
理由もなくものを作ることは絶対に有り得ないことだ。
「……ふっ、なるほど」
そしてレインは微かに音を鳴らしながら椅子の背もたれに体を預けた。
緋色の目が昴を突き刺すように見据えており、その口元には笑みが浮かんでいる。
「だが残念ながら、わたしはその狂化竜とやらは信用できない」
「ほう? 理由はわかるがなぜ、と聞かせてもらおう」
「まず第一に、このドンドルマ周辺ではそのようなものは目撃されていない。君たちも知っているだろう? このドンドルマに集まるハンターの数を。十や百どころではない。千にも上るであろう数が出入りしているのだ。そして目撃すれば誰かが騒ぎ出す」
だが、とレインは首を振った。
「この数十年、誰もそのようなことを口にしていない」
「ハンターが口をつぐんでいる可能性があるかもしれんぞ? 自分の見たものが信じられない、という理由でな」
昴がどこかレインを挑発するような笑みを浮かべてそう反論した。
それを受けて少しだけレインが眉を顰めたが、気を取り直すように腕を組んだ。
「第二に白銀昴、そして竜宮紅葉。君たちの村が襲われたのは10年前、と言う話だが」
「そうよ」
「そのレウスが討伐されたという話は記録にない。そしてそれから10年、その狂化竜とやらは先ほども言ったように目撃されていない。10年間も音沙汰がなかった狂化竜が、東方から離れた西シュレイド地方の辺境で確認された。さて、この10年の時間の空白をどう説明するというのかね?」
「……」
確かにそれは昴たちも気にはなっていた。
10年も時間を置いて一気に三頭も現れた。その点はどういうことなのかと考えてはいる。だからそれについては昴や紅葉に反論は出来なかった。
「そして第三に君たちしか目撃していないのだ。君たちが言うには四頭の狂化竜とやらが出没したようだが、そのうち三頭は西シュレイド地方にしか出没していない。そんな都合のいい話があるのか、という疑問があるのだよ」
「……何が言いたい?」
「ふっ、白銀昴よ。わたしはこう言いたい。
「な、なんですって!?」
その発言に紅葉が机を叩いて立ち上がった。彼女の顔には目に見えてわかるように怒りが表れている。すかさずサンが紅葉の前に立って腰元の剣を突きつけた。
「……」
「……」
「……着席を」
「……」
静かに、そして気迫が篭ったような言葉だった。昴はレインを見据えたまま紅葉に静かに告げる。
「紅葉、いいから座れ」
「……ふんっ」
不機嫌そうに鼻を鳴らして紅葉が座る。だがその目には怒りが残っており、レインとサンを睨みつけていた。
「……続けても?」
どこか皮肉ったような笑みで昴に問いかけると、昴は腕を組みながら静かにうなずいた。
「狂化竜、なんてものは我々には信じがたいこと。そしてそれを確かめようにも君の言うことを信用するならば、彼らは普段は通常の飛竜たちに混ざっているそうじゃないか。それでは探そうにも探せない。だというのに、出てきた三頭は全部君たちの前だけ。これが出来すぎでないと言うならばなんだというのかね?」
「……」
レインの言うことには一理ある。だから昴は何も言い返せなかった。
だが、一つ言い返せることがある。
「だが奴らはクエスト中に現れた。クエストを行ったということは、死体はギルドが回収したはずだ」
「あっ……!」
そのことにライムが気づいたように声を漏らした。
そう、クエスト終了時に対象となったものの死体はギルドが回収する。時折そのまま残しておき、自然に任せて処理されることがあるが、あの三頭は全てギルドが回収したはずである。
「その死体を調べればわかることもあるだろう? ライムたちが出くわしたドスランポスはミナガルデ支部、クックの件に関してはミナガルデ研究員が回収している。俺がやったディアもまたドンドルマ方面へと持ち帰ったはずだ。どうだ? 俺たちに話を聞こうというくらいだ。当然事前に俺たちのことは調べているはず。あの三頭に関しては、当然調べがついているだろう?」
昴の言葉に、今度はレインが黙り込んだ。
あの死体には恐らく闇魔法の残留が残っているのではないかと昴は推測していた。それを見つけることが出来たのならば、自分たちの話は信用してもらえる。
そしてギルドも捜索範囲が広まるはずだ。
そう思っていたのだが、現実はそうは甘くはなかった。
「……ないのだよ」
「……は?」
思わず昴の口から呆けた声が漏れる。
「死体がない、と言ったのだよ」
「……どういうことだ?」
少しだけ前のめりになり、レインを睨みつけるような体勢になってしまう。
それほどまでに今の言葉は耳を疑うようなものだった。
「死体がない? そんなはずはないだろう。あの時確かにギルドの者が回収していった。……ああ、ドスランポスとディアがないならクックはあるんだろうな?」
「両者共にない。クックのサンプルも先日研究室から忽然と消えていたよ」
「……バカな」
思わず額に手を乗せて天井を見上げてしまった。
死体がないということは調べられないということ。つまり、狂化竜を証明するものがなくなったということに同義。
だが言い換えれば、死体を調べられては困る、と誰かが消滅させたということ。
一体誰がそんなことをしたのか?
決まっている。
狂化竜を作り出している誰かだ。
これで間違いない。
奴らはこれ以上情報を漏らさないようにしたつもりが、逆に自分たちが存在するという証明をしてしまったのだ。
「つまり、我々が知りうる情報源がなくなっている。だから君たちを呼んで話を聞こうと思ったが、より一層信じられないね」
「……どうやら頭がおかしいようだな」
「なんだと?」
ぽつりと漏らした言葉にレインが目を細めて睨みつけてきた。
昴は背もたれから離れてテーブルに肘をつけて真っ向からレインと視線を合わせた。
「死体は誰が持ち去った、あるいは消したのか。そんなの、狂化竜を作り出している奴に他ならない。死体を調べられては困るから隠蔽したのだ。お前ほどの者ならば、それくらいはわかろうというものだと思うがな?」
「……ふっ、そうかもしれないが、君たちの言う狂化竜とやらはギルドだけでなく民衆にも混乱を与える。もしかすると、ギルドの上層部が処理した可能性だってあるとわたしは思うが?」
「ほう?」
「考えてもみたまえ。生きているものならば確証はもてる。だが死体となり、通常の体になってしまった。つまり狂化竜なのかそうでないのか、解体するものたちにはわからない。狂化竜が存在するという確証がないのに、狂化竜と呼ばれるものだけが世に広まればどうなる?」
「……」
いるかもわからないものがいるような感覚。
それは『いる』と言われるよりも遥かに恐怖に包まれるだろう。
人はそういうものに対してはより一層恐怖するものなのだ。
「そういうことだ。だからギルド上層部が狂化竜と呼ばれるかもしれない死体を処理した。どうかね? なにも作り出している者たちが死体を処理できるわけじゃない」
「…………」
「それにギルドが回収した死体を、君たちのいう『作り出した者たち』がどうやって処理しようというのかね? ましてやディアブロスの死体はドンドルマにあった。百を超えるギルドナイトが警備している場所までやってきてどうやって処理できる?」
「……ふん、そんなの簡単だろう?」
どこか意外そうな顔をして昴が言う。
それに対してレインはどういうことだと首をかしげた。
「そのギルドナイトの誰かが敵側に属しているということだ」
「……なんだと? 君はギルドナイトがそのようなものを作り出している者たちに属していると、そう言いたいのかね?」
緋色の目に怒りが篭り始める。
それはレインにとっては認められないもの。
違反を行っているハンターを罰する者であるギルドナイトが、自ら違反を、いや、人の道徳を超えたようなことを行っていると言われたのだ。
これに怒りを覚えずしてなんだというのか。
「おや? そんなことを考えなかったのか?」
「当たり前だろう!? ギルドナイトは誇りあるものたちだ! 決してそのような行為に手を染めるようなことは断じてない!」
今まで冷静だった彼がここまで激昂している。
だがそれは昴にとっては滑稽なこと。思わず笑いが漏れてしまった。
「お前、よほど厳格な環境に育てられたんだな。さすがは『スカーレット』の家の奴だ」
「なに?」
「人というものはどう足掻こうがな、心の中に光と闇を持っているものだ。それは一種の呪いのようなもの。決して逃れられない」
淡々と語りかけるようにして昴は話し続ける。
「それを律してこそ人なのだろうが、全てがそう出来るなんて絶対にない。例えギルドナイトだろうが、中にはそんな奴がいることを否定できないぞ?」
「く……」
昴の言葉にレインは苦い顔をする。
人というものは誰もがそういう一面を少なからず持つもの。どんなに自らを戒めようとも、そういうものは必ず持ってしまう。ギルドナイトに属する者は数百を越える。それだけの人数の中に、一握りとはいえそういう者が存在する可能性はある。
どんなに頭の中では認められない、と叫んでいようとも『一握りは存在する』という可能性は否定できないのだ。
どうやら少し頭が冷えたことで昴の言葉の意味を理解し始めたようだ。どうやらそこまでバカではないようだ。
しかしそれでも先ほどの言葉には衝撃を受けていたようで、頬には汗が流れていた。
サンがハンカチを取り出してそっと汗を拭くと、ようやく落ち着きを取り戻した。
「……君の言うことにも一理あるだろう。あるいは、本当に我々の内部に内通者がいるやも知れないという可能性は確かに否定できない。それは認めよう」
「案外素直だな」
皮肉った笑みを浮かべると、レインが微かに舌打ちした。
どうやら二人は相性が悪いようだ。お互いがそう思っているだろう。
「だが狂化竜や、君たちの言う敵とやらの存在を証明するものが全くないこの現状。それでも君たちはそんなものがいると、言葉に出し続ける気かね?」
「ああ。何度でも言おう。狂化竜は存在する、と」
これだけは譲れない。
自分たちは確かにかの存在を見たのだから。
「それに全てがなくなったわけではない」
「……なんだと?」
「俺が相対したディアの角と尻尾をココット村の村長に預けてある。それを調べてもらっている」
「……ほう?」
それに関して少しだけレインが反応した。よもやまだサンプルがあったとは思いもしなかったようである。
「ではそれらはまだココット村にあると?」
「ああ」
「ならば早速人を向かわせて回収するとしよう」
そのように手配するようサンに指示を出そうとした時、部屋の入り口の扉が開かれた。
「その必要はないよ」
「む?」
中に入ってきたのは蒼い長髪をなびかせ、蒼いローブを纏った人物。
その人物はそこにいたゲイルを無視してテーブルまで近づいてくる。
「あ、あなたは……!」
「月、さん!」
「……これはこれは。あの神倉月自ら出向いてくるとは驚きですね」
「なに、少々言いたいことがあったからね。こうして足を運ばせてもらったよ」
神倉月。
ライムとシアンと共にイャンクック討伐に同行した彼女がそこにいた。狂化竜について情報を集めている彼女が、こうしてここに現れたということは自分もまた当事者だからだろう。
そのまま壁に背を預けるとレインが背もたれに体を預けて月を見上げる。
「それで神倉さん。先ほどココット村に人を向かわせようと思ったら必要ない、と言っていたが、これはどういうことなのか説明していただけませんか?」
「ああ。私は先日ココット村に向かったのさ。用件は村長への報告と、昴が入手したもののチェックのためにね。だが、私が向かうとわかったその日の夜の内にそれらは紛失した。どうやら誰かが持ち去ったようだね」
「……なんだと?」
昴たちの視線が月へと向けられた。
まさかそれらも紛失するとは、奴らはよっぽど知られたくないようだ。
徹底しすぎている。
「だから文字通り調べるべきものは全てなくなったといってもいい」
「そんな……」
月の言葉にライムとシアンがうつむいてしまう。
紅葉は握り締めた拳を震わせて唇をかみ締めている。
「……おい、レイン・森羅・スカーレット」
「……なにかね?」
「お前、これでもギルドが処理したと言うのか?」
「く……」
昴の問いかけはレインもわかっているのだろう。
死体はギルド側が管理している。
しかし角と尻尾はココット村の村長に預けている。いくらギルドとはいえ、何も言わずに持ち去るはずはない。
もしギルドが処理しようとするならば、村長に声をかけて回収するはずだ。
だが月は『誰かが持ち去った』と言った。
つまりギルド側の人間が行ったというわけではない。
では誰がやった?
それは最終的に昴たちの言う敵側の者たちが行ったということになる。
「……神倉さん」
「何かな?」
「あなたは信じるのかね? 狂化竜の存在を」
「信じるも何も、私自身が相対したからね」
「……なんだと?」
それはレインを驚かせる発言だったようだ。
「おや? ドスランポスに関しては私も同行していたのだが、報告はいっていなかったのかな?」
「……初耳なのだが? ……誰だ? そんな失態をするとは」
どうやら報告がどこかでこじれていたようだ。
だから月が相対したことをレインたちは知らなかった。
「狂化したドスランポスは私が戦い、討伐した。私も当事者ということさ」
「……」
その言葉にレインが少しだけ苦い顔をして腕を組む。
「……なるほど。かの神倉月自身が相対した、ということか。ならば少しは信ずるに値すること」
「……なんだ? 俺たちのことは信じられず、彼女ならば信じられると?」
「そうだ。なにせ彼女はかの『神倉』なのだからな。加えてわたしたちや大長老と古くからの知り合いだ。彼女の言葉ならば信ずるに値することだ」
一体彼女は何年生きているのだろうか。
あの大長老と古くからの知り合いとはとんでもないことになる。
そして神倉の名前も生きているか。
昴と紅葉も東方の人間として神倉に関する噂は多少聞いていた。名前が同じだけの別の家系だとは多少思っていたが、どうやら本当にかの一族の人だったようだ。
「神倉さんが狂化竜と出会っているというならば、狂化竜の存在は多少信じられるだろう。このことを上に報告し、近いうちにドンドルマ周辺に調査隊を派遣することにしよう。サン、その方向で頼む」
「はい、兄さん」
立ち上がるレインにサンは小さくうなずいた。
そしてレインは両手を後ろに回して腰元で組むと、少しだけ笑みを浮かべて昴を見つめた。
「白銀昴。君とはこれから色々と世話になりそうだな」
「……奇遇だな、レイン・森羅・スカーレット。俺もそう思っていた」
二人の視線が交差して火花が散らされるような気がした。
「気に食わないが、狂化竜に関して色々とこれからも話を聞くことになるだろう。その際はよろしく頼むよ」
不敵に笑いながら右手を差し出す。その手を取り、ぐっと握り締めながら昴も不敵に笑う。
「ああ。俺も気に食わないが、どうやらその件の担当は以降もお前になりそうだな。以後、よろしく頼む」
「……ふっ」
「……ククク」
ギリギリと力が込められていく右手だが、それでも二人は笑みを崩さずに握手を交わしていた。
その隣では紅葉がじっとサンを睨みつけていた。だがサンはその視線を受けても涼しい顔で紅葉を見つめている。
「……ふん」
「……」
先ほどの件もあって紅葉は少しサンが気に入らないようだ。だがサン自身は何とも思っていないのか、ぼうっと紅葉を見つめるだけ。それともただ単に興味がないだけなのだろうか。
そんな光景をライムとシアンはオロオロとしてどうしたものかと考えている。ふと、そこで後ろの入り口の横に立っているゲイルに気づく。
ゲイルは彼らの様子を見守っているが、少しだけ困ったような顔をしていた。
二人の視線に気づくと、溜息をついて首を振るだけだ。
そして月もまた傍観するようにしたようで苦笑して様子を見守っていた。
数分後、解放された昴たちは掲示板があるフロアにいた。
その場にはもちろん月もおり、彼女も一つのテーブルを囲んでいた。
「お久しぶりです、月さん」
「ああ。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はいっ! わたしは元気一杯ですよ!」
ぶんぶんと手を振るシアンを見て苦笑しながらも優しい目で見つめている。
「ははは、シアンはそれがいつものことのようだね。それはそれでいいことだよ。うん」
短く何度かうなずくと、昴と紅葉へと視線を移した。
「久しぶりだね」
「そうね。お久しぶり、神倉さん」
「……」
紅葉はうっすらと微笑して、昴は小さく頭を下げた。その様子に月はまた苦笑した。
「そんなに固くならなくてもいいよ。私としては気楽に接してもらえると嬉しい」
「ん~……そう言われてもね。あたしたちからすれば、あなたは同じ東方人としてもハンターとしても、とんでもない高みに位置する人だからね」
「ははは、なるほど。でも私はそれでも気楽に接して欲しいと願うよ」
友好的な笑顔を見せてそう言うが、昴も紅葉も恐縮するしかない。あの二人が恐縮するほどの人を名前で呼んでしまっている自分たちはどうなのだろうと、ライムが思い始めるが、今更変えるのも失礼だろうとそのままでいることにした。
二人が気にしていることはやはり彼女がとんでもなく高い位置にいる人だということ。見た目こそ20代の女性だが、実際はもう100年以上を普通に生きている。あるいはもう1000年も生きているという噂もあるくらいの人物なのだ。
そしてハンターとしても実力も破格であり、かつてシュレイド城に現れたという伝説の黒龍と戦った経験もあるという。神倉の名は昔から東方の一部では有名な一族であり、様々な噂が流れていた。今はもう神倉の一族は滅びており、生き残りは彼女自身といわれている。
生ける伝説とまで言われた彼女のルーツは、神倉にこそある。だが昴と紅葉は噂でしかそれを聞いたことがないのだった。
「いずれ、ですね」
「……善処しよう」
今はこれしか言えない。
そう感じると月はまた苦笑し、話題を変えた。
「さて、狂化竜についてだけどね」
「……ああ」
それに昴が食いついた。
「残念ながら見つけることは出来なかった」
「……やはり、か」
もし見つけられたのならば、先ほどの場でそういう風に発言しているはずだ。そしてレインたちもその報告を耳にするはずなので、昴たちを呼ぶはずもない。
「だが少なくとも、作り出している者は集団であることは間違いないだろう」
「集団、ですか」
ライムがそう口にすると、月がうなずく。
「かの集団は生み出している魔法使いに、放った後を観察すると思われる観察者、そしてこのドンドルマなどに散らばって情報を集めている者が数人いるはずだろう」
「……なるほど」
月の推察に昴は少しだけ納得したようにうなずく。
敵は死体を忽然と処理してしまったほどだ。恐らくドンドルマやミナガルデに何人か配置し、隙を見て処理してしまえるほどの腕前を持っていると思われる。
また月が来るとわかればすぐさま行動に移せるのだから、ディアブロスを処理したものとその角と尻尾を処理したものは別人。
つまりココット村とドンドルマにそれぞれ敵の一角が潜んでいるのだ。
故に組織的な集まりをしているのだとわかる。
「あとこれは忠告だが」
そこで月が少しだけ身を乗り出した。それを見て昴たちも自然にテーブル中心へと顔を寄せる。
「君たちは昨日から見張られている。もしかすると、その命を狙っている可能性がある」
「っ!?」
「え!?」
そのことにライムとシアンが驚いて声を漏らした。
すぐに月が口元に指を立てる。
「君たちの事は昨日の内から見ていたんだけどね、どうも君たちへと視線を向けている者の気配がしたものだから、部屋の周りに少々トラップを仕掛けさせてもらった。敵もそれに気づいたらしく、昨夜は手出しをしなかったようだけどね。一応気をつけておいたほうがいいよ」
「……そうか。感謝する」
まさか自分たちを張り込んでいる者がいるとは思わなかった。
いや、もしかしたら、ということは考えていたが、よもや初日から狙ってくるとは思いもしなかったのだろう。
一方ライムとシアンは不安そうな顔をしている。
無理もない。
いきなり命を狙われている、と言われたのだ。
普通の少年少女である二人には刺激が強すぎる。
「一応これからも私が気を配っておくけど、君たちも用心しておいて損はない」
「そうさせてもらうよ」
紅葉がうなずきつつぐっと拳を握り締めた。もし来ようならば己の格闘術を用いて迎撃する、ということだろう。
もちろん昴もそんなことを聞かれて黙ってはいない。これからはより警戒を深めて『
「まあこの街は常にギルドナイトが見回ってはいるけど、それも敵はわかってはいるだろうね。私の予想ではギルドナイトにも紛れ込んでいる可能性があると推測しているから」
「ああ、それは俺も思っている。ギルドナイトだけでなくギルドの人員にも混ざっている可能性もある。どうも俺たちの動向を把握されているような気がする」
ドンドルマに来たその日の夜に見張られていたと言う月の報告以前にも思うところはある。
狂化竜を追っている昴たちのことを事前に知っており、ドスランポスの件でライムとシアンも知ってしまった。
ヒンメルン山脈に現れた狂イャンクックはもしかするとココット村へと襲撃をかけるためのものかもしれない。そう考えると、狂ディアブロスの一件は昴を殺害するためのものの可能性が出てくる。
また月がココット村に来ると判明するとすぐに対処できたことから考えると、間違いなくココット村で見張っていた者がいることは明白。
「じゃあ今も僕たちは……」
「見張られている可能性はあるね」
「……さっきのギルドナイトは?」
そこで紅葉がボソリと呟いた。
「ああ、スカーレット兄妹とカーマインの少年かい? まあ疑えばキリはないけど、少なくともスカーレット兄妹は除外できるね」
「それはなぜ?」
「私は昔からあの兄妹のことは知っている。もし彼らがそういう組織に属していたら、私が気づいている。もしかすると裏をかいているかもしれないが、私は彼らはシロだと信じている」
彼女がそういうならば、あるいは信用できるだろう。
しかし敵であろうがそうでなかろうが、昴はあのレインという男がどうも気に入らない。今はなぜかわからないが、恐らく同族嫌悪に近いものなのかもしれない。
「でもあのスカーレットさんでしたか? 名前が……」
シアンが恐る恐る手を挙げると、月は微笑してうなずいた。
「ああ。彼らはスカーレット一族の中では珍しく、東方人とのハーフだよ。父がスカーレットで、母が森羅という東方人さ。東方人の血の影響もあってなかなか礼儀正しく、そして武術に関してかなりの実力を持っている」
「「……礼儀正しい?」」
昴と紅葉が同時にその言葉に疑問を持った。
先ほどの様子を思い返してみると、レインはずっと昴に対して皮肉ったような、そんな感じで接していたように思える。
妹のサンはほとんど会話に混ざらず、ずっと後ろで様子を見守っていただけだ。なのでどういう娘なのかよくわからない。
「……まあ、そういう一面もあるけど、一応普段はいい少年だよ。仲良くしてやってくれないかな?」
「無理だな」
「無理ね」
即答する二人に月が苦笑するしかなかった。
「えと、じゃあ残りのカーマインさんは?」
「ああ、彼については私は何とも言えないね。何せあまり面識がないものだから」
面識のないものを擁護することは出来ない。だから評価は出来ないということだろう。
だがとりあえずは敵方のものと思われる候補からスカーレット兄妹は除外できるかもしれない。しかしあくまでドンドルマ全体の候補から除外しただけだ。
このドンドルマ、そしてハンターズギルドの中から特定することはほぼ不可能だろう。
だから敵が動いたところを迎え撃ち、捕らえるしか方法はない。
まだまだ安心できる状況ではなかった。
○
昴たちの様子を離れたところから見つめる影が一つ。
ハンターやギルドナイトの群衆の中から見つめているため、彼らがこちらに気づくことはなかった。
「チッ、計画ガ崩レテシマッタナ……。マッタク、トンダ邪魔ガ入ッタモンダ」
忌々しげに呟きながら昴たちから視線を逸らし、歩き出す。
計画では昴たちを疑いあり、と見てハンターズギルドの施設の中で謹慎させ、処分待ちをさせる。あとはこの手で彼らを抹殺して事を終わらせるつもりだった。
だが神倉月の介入があったせいでそれは流れることとなる。
そして月が自分に気づいていたことも知られてしまい、より一層警戒が強まるだろう。これで手出し出来る確率はぐっと下がってしまった。
「トナルト、アノ野郎ドモハ後回シダナ」
本部を出て街の喧騒に混ざる。
しばらく歩き続けると、一人の人物が浮かび上がる。
「ソウダナ。アノ女カラ始末スルカ。クックック……クヒッ、クヒャヒャ……!」
思わずローブの下で下卑た笑い声が漏れてしまう。
「サァテ、アノ女ハドンナ声デ啼イテクレルカネェ? アア、楽シミダ……実ニ楽シミダゼ……クハッ、クハハハハハハ……!」
その下卑た笑いはある意味狂っている。
その人物はその女をいたぶることを楽しみとしており、娯楽の一つとしか見ていない。
まさしく人としての道を外し、狂った者。
「待ッテロヨォ、夜マデノオ楽シミダ……! 今日ガテメェノ命日ニシテヤルヨォ……! アノ人ノ進ム道ヲ阻マセハシネェ……! ドンナ奴ダロウガ切リ刻ンデヤラァ……! クヒヒヒ……イーッヒッヒッヒッヒヒヒヒ!!」
その笑い声を残しながら姿をくらませる。
標的は定められた。
闇が動き出す。