呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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24話

 

 

 昼前に昴たちはクエストへと出発していった。

 クエスト内容はドンドルマから南にあるフェレス密林のイャンクック討伐。まずは肩慣らしということでイャンクックを選ぶこととなった。

 しかしただのイャンクックと侮るなかれ。ココット村で受けられるイャンクックのものと違い、常にハンターたちが出入りするドンドルマの周辺の密林というだけあり、この付近のモンスターたちの実力は高い。

 ライムとシアンも成長してきてイャンクックにも慣れたとはいえ、油断すれば大怪我する可能性がある。

 故にイャンクックで肩慣らしをすることになった。

 彼らがドンドルマから出発していくのを見送った月は一息ついてドンドルマの街を歩き出す。

 目的はこのドンドルマのどこかにいるという彼女を訪ねるため。危険なのは昴だけじゃない。彼女もまた狙われる可能性があるのだ。

 とはいえ話を聞いてくれるかが問題なのだが、そこは何とかしよう。月も噂には聞くだけで実際に会ったことはない。

 街の喧騒を感じつつぶらりと街中を歩き続ける。

 彼女の特徴に関しては聞いたことしかしらない。それだけを頼りに歩き続ける。同時に辺りに索敵の魔法を行使して捜索範囲を広げる。

 これは彼女を探すと同時に、怪しい動きをしている者がいないかを見つけ出すことを同時に行っている。

 

「さて、どこにいるのかな?」

 

 視線を動かしながら月は街を歩き続けるのだった。

 

 

 同時刻、ドンドルマ東部にて彼女は商店街を歩き続けていた。

 

「……」

 

 あちこちから店主が客の呼び込みを行い、そのたびにどこかで人が止まり、商品の品定めを行っている。それを避けながら彼女は歩き続ける。

 人ごみは嫌いだが、それでもドンドルマの街を歩かなければならない。

 先ほどまで資料館で最近の世界の状況を確かめていた。どうも最近の様子は彼女の第六感で警鐘を鳴らしている。

 まずはヒンメルン山脈での狂化イャンクックとの対峙。あれはほんの偶然だった。ミナガルデを出てドンドルマに向かう途中の村でイャンクックが現れたと聞き、そのクエストを受けることにした。そしてかのイャンクックと遭遇。討伐するとギルドの者が現れて騒ぎ出した。新たな発見だといって報酬を多めに戴くこととなった。

 だが実際は別の意味での新たな発見だったろう。あれは狂化竜だったのだから。

 そしてもう一つ。北の方でどうも天候がよく崩れているそうだ。一部では何かの前触れだと騒いでおり、記録を調べてみると雪山では吹雪が起こり、辺境では嵐が起こっているという。

 

「……異変、か」

 

 確かに異変が起こっている。

 初めて感じた異変はラティオ活火山の活発化だ。数年前に火山に鉱石を掘りに行った際に妙に噴火が活発になっている気がした。他のハンターたちはいつものことだと言っていたような気がしたが、彼女はわずかな気流の乱れを感じていた。

 そして火口付近へと足を運び、その熱気流の下に彼女は見た。

 マグマが煮えたぎる近くを飛行する物体を。

 獅子のような顔に赤いたてがみと体。冠のような角を持った龍。

 炎王龍と呼ばれる古龍、テオ・テスカトル。

 それを見た後、彼女はその場から逃亡した。

 当然だ。

 あの時の自分にかの存在に立ち向かうだけの力はなかった。

 だがかの存在は確かにあの場所にいた。活性化しているマグマの動きは恐らくテオ・テスカトルによるものだろう、と当時の彼女は推察した。

 だがあれ以来テオ・テスカトルの姿は確認できず、ラティオ活火山はその後少し落ち着きを取り戻した。

 次は3年前のこと。

 このドンドルマから東へ向かうこと数日に位置するエルベ沼地。ボウガンの弾の素材を求めてキノコなどを採りにきた時のことだ。

 森の草食竜などが一斉に何かから逃げ出すかのように移動を開始した時があった。それを見て自分もここにいては危険だと悟り、そこから撤退した。後に聞いた話では、キリンが出没したそうだ。

 幻といわれるキリンが現れるなんてただ事ではなかった。だがそのキリンもまた何かから逃げるように一気に走りぬけた、と言葉が添えられていた。一体何から逃げ出していたのかは謎だった。

 この二つのことがあり、彼女は世界に何かが起きている、と感じるようになった。ミナガルデへと向かい、地理のことについて調べ上げ、各地の特徴や状況を再確認する。そして今日、資料館で現在の状況を確認した。

 その結果は彼女の警鐘を更に鳴らすことになった。

 それまで静かだった古龍たちが動き出し、普通のモンスターや飛竜たちも動きが活発になったり移動を開始したりしている。

 先日のタイタン砂漠では狂化ディアブロスと戦闘したが、今日調べてみればあの砂漠ではドスゲネポスやドスガレオスの姿が一時的に見かけられなくなったという。恐らくあのディアブロスが暴れまわったせいだろう。

 今では元の砂漠に戻っているという。

 そんなことを思い出していると、もうすぐ宿泊している宿に着こうとしていた。

 

「やあ、やっと見つけたよ」

「……?」

 

 その時、誰かに声をかけられた。

 肩越しに振り返ると、そこには蒼いローブを纏った女性が佇んでいた。

 

「君が『孤高の銃姫』、だね? 確か名前は黒崎……優羅、と言ったかな?」

「……」

 

 誰だ?

 そんな風に感情の篭っていない目で見つめると、その女性が苦笑して頭を下げる。

 

「失礼。こちらから名乗るべきだったね。私は神倉月、と言う。よろしく頼むよ」

「……」

 

 知っている名前だ。

 あの神倉一族の者だろうか。

 彼女の耳は確かに竜人族のものだ。恐らく本人に間違いないだろう。

 

「少し話がしたい。いいかな?」

「……断る。話すことなどない」

 

 そう言って背を向けると、いつの間にか目の前に月がいた。

 速い。

 あの一瞬で回り込むとは、噂に違わぬ実力者だ。

 

「そう言わずに話だけでも聞いていって欲しい」

「……断る」

 

 そのまま横を通り過ぎようとすると、耳元に彼女の声が響いた。

 

「君の命に関わることなんだけどね。このままだと君、死ぬよ?」

「……」

 

 死ぬとは物騒な。

 聞き捨てならない。

 だが足は止まらない。

 それだけ優羅は人に対して心を許してはいなかった。

 

「一応私は昴たちと面識があるんだけどね。君が死ねば彼らは悲しむよ?」

「……」

 

 それがとどめとなった。

 優羅の足が止まってしまう。それを感じたのか月が振り返った。

 

「どうかな? 話を聞く気になったかな?」

「……どこで話せばいい?」

「ありがたい。出来るならば君の部屋で話したい。この内容は外では話せないからね」

「……ふん」

 

 素っ気無く振り返り、宿屋へと歩き出す。その数歩後ろを月がついていき、彼女たちは宿屋へと向かっていった。

 

 部屋は普通の一室だった。

 ベッドに風呂トイレ、冷蔵庫に机と、必要最低限のものしかない。一人で利用する上に、あまり物がごちゃごちゃするのを好まない彼女らしい部屋だった。

 

「……」

 

 ローブを脱ぐと、その下には黒と白の二色を使用した和服が現れる。どうやら優羅もまた私服は和服のようだった。柄がない辺り彼女らしさがにじみ出ている。

 自分の分の酒を取り出すとコップに注いでぐいっと飲み干した。銘柄はあのフラヒヤ酒。どうやらこれが彼女のお気に入りのようだった。

 そして当然というべきなのか月の分がない。

 それに苦笑し、月も自分の分の酒とコップをローブから取り出して飲み始める。

 

「……」

 

 取り出された瓶のラベルを見て少しだけ反応する。それは黄金芋酒だった。

 

「興味があるのかな?」

「……ない」

「まあそう言わずに。どうぞ。一杯飲んでみるといい」

「……」

 

 じっと月を見つめると、柔らかく微笑して軽く瓶を揺らす。しばらく逡巡していたようだが、興味が勝ったようでコップを差し出した。

 並々と注がれていく黄金芋酒。高級品と呼ばれるだけあって優羅は飲んだことがないのである。

 

「……んく」

 

 そしてまずは少量飲んでみる。

 その味は高級品だけあってとても美味だ。芋の甘みと香りが口の中へと広がっていき、さらさらと喉を通り過ぎていく。そして飲み干した後は甘くも清浄な香りが鼻から抜けていく。

 美味い。

 それしか言えなかった。

 

「どうかな? 気に入ってくれたかな?」

「……ふん」

 

 だが優羅はそっぽ向いて再びフラヒヤ酒を注いで飲み始める。気を許さない限りは素直に『美味い』とは言えない性質なのだ。

 それは月にも何となくわかっているので、苦笑するしかない。

 それに優羅のことを考えればこうして部屋に入れてくれて、勧めた酒を呑んでくれただけでも凄いことなのかもしれない。

 そんなことを考えていると中身を飲み干した優羅が軽く目を細めて睨んできた。

 

「……話、さっさとしてくれない?」

「ああ、そうだね。失礼」

 

 月も中身を飲み干すと、一息ついて話し始める。

 

「聞くところによれば、君も狂化竜と相対したそうだね」

「……」

 

 それに軽くうなずく。

 

「狂化竜を生み出した集団……ああ、この集団というのは今は憶測でしかないけどね。その集団が昴たち、そして君を抹殺しようと動いているんだよ」

「……へえ?」

 

 それを聞くと優羅の目が微かに細められた気がする。

 

「実際昨夜昴たちのことを見張っていたらしい存在がいたからね、一応トラップをしいて護衛をしておいたが、いつまでもつかはわからない。そして気のせいか君にも張り込んでいるような気配があった。用心しておいた方がいい」

「……」

 

 優羅は何かを考えるようなそぶりを見せる。

 今のところは彼女のセンサーに引っかかっているものはないが、月の言い分には一応一理あった。

 狂化竜なんてものは普通は信用ならないだろうが、何の目的でそんなものが作られたのかはわからない。

 優羅は口にする気はないが、知ったからには口封じを仕掛けてくる可能性はなくはないと、前々から少しは用心していた。

 だがあの神倉月が忠告しに来るくらいだ。本当に命が危ういのだろう。

 

「……忠告、感謝する」

「おお。礼を言われるとは思いもしなかったよ」

「……帰れ」

 

 少しだけ大げさに驚いてみると、ジロリと睨みつけられた。

 その目はまるで獲物を睨みつける鷹や鷲のように鋭く、冷たく、かなりの気迫が篭っていた。よもや18歳の少女がするような目ではない。

 

「ああ、失礼。気分を害したようだね。すまなかった」

「……」

「これは置いていこう。君にプレゼントさ」

 

 ローブから新品の黄金芋酒を取り出し、机に置いていく。彼女なりの侘びの印なのだろう。チラッと視線を向けてそれを確認すると、またそっぽ向く。

 

「ではくれぐれも用心してほしい。失礼するよ」

 

 最後に頭を下げて月が退出していった。

 残された優羅はしばらくフラヒヤ酒を飲んでいたが、ふう、と息をついて立ち上がる。一応くれたものだ。黄金芋酒を冷蔵庫にしまうとベッドに横になった。

 

「……」

 

 命を狙われている。

 なるほど、今度は命か、と思わず心の中で苦笑する。

 どうやら自分の人生とやらはとことん上手く出来ていないようだ。

 まあいい。

 どうせ何度も死に掛けた。

 今更命を狙われようが変わりはしない。

 

「……昴も、か」

 

 だが月の話によれば昴や紅葉も狙われていることになる。

 ふと、あの時のことが思い返された。

 

『……会えてよかったです。……昴』

『ああ。俺も会えてよかったよ』

 

 変わってしまったのに、それでも変わらない笑顔でそう言ってくれた。

 

「……」

 

 昴は大丈夫だろうか。

 そんなことを考えつつ少しだけ休もう、とそのまま目を閉じた。

 

 

 ○

 

 

 夜になり昴たちが宿へと帰ってきた。今は女性二人がシャワーを浴びている。

 

「はわ~……」

「ん? なに?」

 

 シャワーを浴びている紅葉の体をどこか羨ましそうな顔で見つめている。

 こうして見ると、やはり紅葉のプロポーションは凄かった。

 思わず手が伸びてしまい、その豊満な胸に触れてしまう。

 

「おぉ? なに? 気になる?」

「はい……。ホントに、なんていうかですね……、紅葉さんはやはりわたしの目標ですよ」

「ん~、まあシアンもこれに関してはいい方だと思うけどね」

 

 にっと笑った紅葉はシアンの胸をつつき始める。押し込むにつれて柔らかな弾力をもって沈む胸は確かな大きさを持っていた。

 

「体はちっこいのに、ここがかなり成長している。結構いい素材だと思うけどね」

「ん~……でも紅葉さんみたいに全体がうまくまとまっているほうがいいと思うんですよ……」

 

 平均より少し上の身長に、出るところは出て引っ込むところは引っ込む。まさに女性にとって理想のプロポーションといってもいい。

 さらにハンマーを使用することで動き回っているため、余分な肉が付いていないのも特徴だ。

 一方シアンは小柄な体型ながらもその胸はあともう少しで紅葉に迫るほどの大きさをしている。この歳でこれならば充分いい素材だ。

 

「ハンターとしては素早く走り回れるからいいんですけど……」

「女としてはちょっと気になる、と?」

「はい……」

 

 ああ、なんという贅沢な願望か、と紅葉は苦笑する。

 それだけでも充分いいのに、自分を目標にしている。

 つまりは身長も欲しいとか、そういうことだろう。

 少しだけうつむいて縮こまっているシアンを見ていると、何というか心がくすぐられる。

 

「ん~可愛いねえ、やっぱ」

「わぷっ……」 

 

 思わず抱き寄せて撫でてしまった。

 

「女としての魅力なら充分あると思うよ? でも、それでももっと望んでしまう?」

「……はい」

「それは、ライムが気になるから?」

「…………はい」

 

 ああ、やっぱりそうか。

 こういう一面は自分とよく似ていた。

 好きな相手を振り向かせたいから、自分の体を気にしてしまう。その気持ちは紅葉にもよくわかっていた。

 自分も一時期そんなことがあった。

 昴は昔からあんな風に振舞っていたものだ。それなりにアタックは仕掛けたが、気づいてくれない。あるいは気づいていても気づかないフリをしているのか、と思ったことがある。

 それならば外見で攻めてみようと意識するようになった。

 その結果がこのプロポーションだった。

 だがそれでも振り向かない。

 そして数年前に気づく。

 

 彼は自制していた。

 

 恐らくこの旅が佳境に入るまでは、あるいは終わるまではそんなことに気を回す気はないのだろう。

 一線を越えてしまえば旅が続けられない。どこかの村や街に滞在し、普通のハンターとして過ごしていくことになる。

 狂化竜と戦うことを決めてハンターになったのにそんなことになっては駄目だ、とでも考えているんだろう。

 だから紅葉のアプローチに応えない。

 

 ――あるいは、優羅のことを気にしているのかもしれない。

 

 昴は紅葉にも優羅にも同じように接していた。

 二人の欠点を知っており、それをあまり刺激しないように不器用ながらも接していたのだ。

 でもどこか優羅に対しては紅葉より優しかったような気がする。

 それは自分よりも年下で妹のように思っていたからかもしれない。

 

 だがそうではなく、優羅のことを異性として見ていたとしたら?

 

 そんなことを思ったことがある。

 だからどこかに生きているかもしれない優羅と会うまでは応えられないのではないのか?

 そう気づいてしまった。

 昴がそう決めたのならば、自分も今は我慢しよう。

 それからは普通の幼馴染として、パートナーとして一緒に過ごしてきた。

 

「……うん、よくわかるよ」

 

 自分はそうだったけど、シアンならまだ問題ないだろう。

 二人はずっと一緒に過ごしている。

 その点では同じだが、二人の場合は滞在型のハンターだ。

 そして先日は一緒にデートをしていた。その様子からして二人はお互いに意識しているのはほぼ間違いない。

 とはいえライムの兄であるクロムの問題があるというのは否めない。

 ライムの目的はクロムを見つけ出すこと。

 それが全てとはいわないが、ほとんどはその方に頭が向いているだろう。

 二人を見守る紅葉としては出来るなら二人にはくっついてもらいたい。

 同じ幼馴染を想う仲間として、姉として、そんな風に応援したい。

 シアンを抱きしめながら紅葉は目を閉じてそう考えていた。

 

 

 そして男二人がシャワー室に入る。

 なぜこうなってしまったのかというと、紅葉が「あたしたちが一緒に入ったんだから、昴たちも裸の付き合いでもしてみれば?」とほぼ強引にシャワー室へと押し込んだのである。

 

「……」

「……うぅ」

 

 その結果、それなりの広さがあるシャワー室にこうして二人して体を流すことになった。

 こうして並んでみてよくわかる。

 昴は180cm近いほどの身長をし、体もがっしりとしており、いい感じに筋肉が付いている。

 それに対してライムは身長は平均的、体もまだまだ華奢な雰囲気を思わせる。それに中性的な顔に長髪をしているものだから、まるで女性と一緒にシャワー室に入っているような感覚を覚える。

 加えてライムが何故かもじもじとしているものだから、昴は完全に居心地が悪い。

 

「……何か言いたそうだな?」

「え? あ、えと……」

 

 昴にしては珍しく話を振ってきた。よほど居心地が悪いと見える。

 

「……やっぱり凄い体をしているな、と。ハンターって自然とそうなるものですよね?」

「……まあな。俺は9歳からハンターをしているから、こうなるのも無理はない」

 

 9歳という幼さからハンターをすることになったため、体を鍛えなければ生きていけなかった。紅葉と組んで何度も何度も鍛練を重ね、狩りに出ることで経験を積む。

 これを10年もやっていれば、このような体になるのも無理はない。

 

「加えて俺は知っての通りディア好きだからな。あれと戦うことでとんでもないことになったからな」

 

 ディアブロスの攻撃から避けるためにスタミナと反射神経が鍛えられた。

 ディアブロスの雰囲気に耐えるため、そして狂化竜と相対するために精神力を鍛えられた。

 ディアブロスの攻撃を受けることで強靭な体となった。

 

「……ディアブロス、ですか。一人で行くってとんでもないことですよね?」

「ああ。もちろん紅葉からは反対されたな。だが己を壁を破るという意味で何とか折れてもらった。……ホントに紅葉の言葉は言い得て妙だ。俺は病気だ、……クク」

 

 その時の事を思い出して昴が苦笑する。

 

「なにせ、紅葉に数十発も殴られても俺は折れなかったからな」

「……はい?」

 

 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。

 

「……殴られた?」

「ああ。いやはや、あの後は数日立てなかったもんだ。まあ俺としても殴られるのは当然と、甘んじて受けたがな」

 

 わしわしと頭を洗いながら苦笑する。

 

 

 ○

 

 

「はぁ? ディアブロスにソロで行くって? な、何言っちゃってんの?」

 

 死ぬ可能性があるディアブロスに行こうと言うのだ。いくら自らを鍛える修行のためとはいえ、紅葉の爆弾を爆発させる危険性を自ら高めようという。

 だがそれでも昴は行かなければならなかった。

 

「昴……あんた、死ぬ気?」

 

 どこか心配そうに、しかし怒りが篭った声で紅葉が言う。

 昴は、頭を下げたまま折れなかった。

 しばらく話が平行線になり、紅葉が溜息をついて立ち上がる。

 

「……鍛練、しながら話そうか」

 

 その誘いに昴は乗ることにした。

 

 離れた距離で向かい合う。

 そして同時に構え、紅葉が距離を詰めて殴りかかる。

 

「どういうつもりか、説明、してもらおうかっ!」

 

 振りかぶった右拳が昴の頬を捉える。

 

「っ、く、自身を鍛えるためだ……」

「鍛える? 昴は充分鍛えられてる、じゃんっ!」

 

 反撃してきた拳をいなしつつ、カウンターを放つ。腹を捉えて昴はうめくが、倒れない。

 

「うぐ……っ!? ……足りんな。確かに俺は、がっ!? ……同年代からすれば……っ! 鍛えられてる部類、だろうさ……っ!?」

 

 攻撃を受けながらも昴は続ける。

 彼は紅葉の攻撃を回避していなかった。

 

「っ! だったら、いいじゃないの!」

 

 紅葉の目は怒りと同時に悲しさも備わっていた。微かに潤んだ目がじっと昴を見つめている。自分の欠点は知っているはずなのに、それでも昴は行くと言うのか。

 

「はぁ、はぁ、俺は、壁にぶつかっている……」

「……知ってるよ」

「それを打ち破るための、方法を模索した結果が、ディアブロスだ……」

 

 あの時期昴は一種の壁にぶつかっていたのだ。

 その壁を打ち破れるかもしれない存在こそが、自分の中を揺さぶったディアブロスだった。奴と1対1で戦うことで、壁を打ち破れるのではないかと考えたのだ。

 

「……だからって! 何も一人で行かなくてもいいじゃないの! あたしも付き合うよ!」

「……駄目だ。これは、一人でやってこそ意味がある」

「なんでっ!?」

 

 紅葉の目からは涙が流れていた。

 放たれるストレートにたまらず昴が吹き飛んだ。

 

「ぐ、はっ……!?」

 

 壁にぶつかり、積み上げられていたタルなどが散乱する。ストレートを放った体勢のまま紅葉は泣いていた。

 

「……そうでもしないとな」

 

 タルの中から昴の声がした。

 顔を上げれば、腹を押さえながら出てくる昴が見える。

 

「……そうでもしないと、俺は堂々とお前を守れん」

「……っ!?」

 

 それを聞いて紅葉が息を飲む。

 二人の実力は紅葉の方が僅かに上回っていた。彼女が習得した武術と体術により、そこらのハンターなら瞬殺するほどの実力があの頃の彼女にはあった。

 だが昴もまた同じものを学んではいるが、紅葉には及ばなかった。

 だから別の方法も模索し続け、それを高めてはいたのだが、それでも足りなかった。

 二人で旅をしているのに、紅葉の方が強く、自分がどこか守られているような気がしてならなかった。

 紅葉が窮地にあっても、彼女は自分の力で解決してしまう。

 

 情けなかった。

 

 そしてついには戦うものとしての壁にぶつかり、昴はずっと思い悩んでいた。

 

 このままでいいのか、と。

 

 そして出会ったのだ。

 自分の壁を壊してくれる存在に。

 だからここで折れるわけにはいかなかった。そうでもしなければ紅葉を守れるほどの実力を持てなかった。

 

「俺はな、お前の後ろに立つんじゃない。お前の隣に立つことを望んでいる。……だから、俺は、一人でディアブロスと戦いたい」

 

 再び紅葉の前に立ち、頭を下げた。

 紅葉は体を震わせて涙を流しながらうつむいた。

 そしてゆっくりと手を伸ばし、昴の顔を包み込んで胸元へと引き寄せた。

 

「……そんなこと言われたら、うなずくしか、ないじゃないの……」

 

 髪に降り注ぐ水を感じながら、昴は意識を失った。

 

 

 ○

 

 

「……まぁ、そういうわけで、何とか認められてディアに行ったわけだ」

 

 結果は上々。

 修行は成功し、壁は何とか越えることに成功した。昴はこうして更なる体を作り上げ、太刀を持って今まで以上の立ち回りを覚えた。

 

「……ま、俺が鍛えられたのはハンター業だけじゃない」

「え?」

「一部は紅葉のおかげでもあったりするからな……ふぅ」

「……」

 

 ライムの頭の中に浮かんだもの。

 それは紅葉に殴られたり蹴り飛ばされたりする昴の様子だった。

 あれだけの力を持っている彼女だ。

 その威力は凄まじいものがあるだろう。

 もし自分がそれを受けてしまったら……。

 

「……っ!」

 

 ぶんぶんと首を振ってその想像を振り払う。

 そんなもの、考えるだけでも恐ろしい。

 

「……でも、紅葉さん、凄い力をしていますよね」

「ああ。ハンマーを使うから鍛えているんだろう。……あとは自衛のためだ」

「自衛?」

「子供がハンターをやるのは危険だ。モンスターだけでなく人にも色々と絡まれるもんだ。それを迎撃するためにも、俺たちは体を鍛えた」

 

 人に絡まれる。

 やはり二人は色々と苦難が訪れていたようだ。

 でもそれを聞くのは躊躇われた。

 

「それにあいつは力こそ強いが、俺を理由なく殴ることはないからな。大抵は鍛練の時と、俺が無茶をした時とかだ」

「……ああ」

 

 確かにあの時殴ったのは昴が死に掛けたからだ。狂ディアブロスを前にして撤退しなかったのを怒ったから殴った。

 

「まあ、俺のあれこれはおいとくとして。お前も数年ハンターを続けていれば自然と体が鍛えられる。慌てることはない」

「そう、ですか?」

「ああ。無理に鍛えれば逆に体は壊れる。だからゆっくりと進んでいけばいい」

「……はい」

「ま、頑張れ」

 

 うなずくライムの頭を軽く撫でてやるとノズルを回す。そして二人はシャワー室を後にした。

 それから四人で集まり、また宴会に近い状況となる。

 ジュースと酒、おかしなどのつまみを用意し、四人は飲み交わすこととなった。

 

 

 ○

 

 

 目を覚ますとすっかり夜になっていた。

 

「……」

 

 晩飯を食べないと、と思い冷蔵庫を開けるとすでに食材はなくなっており、黄金芋酒だけがそこにあった。

 

「……めんどうな」

 

 ローブの中の食材を使ってもいいのだが、自分で作るのもめんどうだ。そんな気力が今の優羅にはなかった。

 仕方ないので近くの酒場に行くことにした。

 和服の上にローブを羽織り、宿屋を出て酒場へと向かう。

 やがて食事を終えて持ち帰り用にいくつかの酒や食材を購入してローブに納める。これでしばらくは持つだろう。

 騒がしさを増していく酒場を後にし、あとは宿に帰ってまた眠るだけ。

 だが優羅のセンサーに妙な気配が引っかかっていた。

 先ほどからどうも見られている感覚があった。

 そこで昼間の月の言葉が思い出される。

 

 自分は命を狙われている。

 

「……ふん」

 

 どうやら暗殺者がいるようだ。

 警戒を強めて奇襲に備える。

 もうすぐ宿に差し掛かる道。

 明かりはなく、闇が深まっている道だ。道の横幅もそれなりにあるが、少し高めの建物が両端にあるので奇襲にはもってこいだろう。

 

「……っ!?」

 

 そして案の定風を切って何かが迫ってきた。それを身を引いて回避する。

 

「……!」

 

 だがそれは敵の思惑通り。

 その背後にそれが現れて得物を振りかぶっていた。

 

「……くっ」

 

 身を低くすると同時に後ろに振り返りつつ足払いをかける。

 

「……オッ、トォ!」

 

 だが得物を引いて優羅を飛び越えて離れた場所に着地する。すぐさま立ち上がって優羅はその敵を見据える。

 前述の通り、この道は暗くて離れた場所に立たれればその姿は見えづらい。

 だが優羅の目は確かにその敵を捉えていた。

 それは長く培われた狙撃手としての彼女の目が鍛えられた成果だろう。

 

「……」

 

 かの敵は紅い下地に漆黒の紋様が描かれたローブを纏っている。

 顔を見ようとしたが、その顔には仮面らしきものをつけていた。つまり素顔を見られたくはないようである。まあ、暗殺者として動くならば当然の処置だろう。

 

「クヒヒヒヒ……! ヨクカワシタナァ?」

「……誰だ?」

 

 仮面の下から妙に高い声が響いてきた。それはどうやら声を変えているらしく、男なのか女なのかわからない。

 

「アァ? 誰? Who? クハハハハハ!! ンナモン、答エルワキャネェヨナァ?」

 

 ローブの下から左腕が出てくる。その手にはイーオスの素材を使用した剣が握られていた。イーオスの皮にドスイーオスの爪が付いた剣。あれには少し見覚えがあった。

 

「サァテ……、『孤高ノ銃姫』サンヨォ? ソノ命、貰ウゼェ? ヒーッヒッヒヒヒヒ!!」

「……きめぇな」

 

 優羅の仮面の下から明らかな不快感が浮かび上がる。彼女の鉄壁の仮面だろうと、あれに対しては崩れてしまうのは無理はない。

 

「オォット、抵抗シネエ方ガイイゼェ? ドウセ『ガンナー』ジャ、俺様ノ剣ヲ止メラレネェダロウガナァ……。大人シク俺様ノ剣ヲ受ケルトイイゼェ?」

「……ふん」

 

 そこで優羅がどこか見下すように鼻を鳴らした。

 

「……『ガンナー』だからといって格闘戦が出来ないわけじゃない。これでも修羅場潜ってんだ。アタシを舐めるな、クズが」

「オォ? 言ウジャネエノ。コレハ結構イイ声デ啼イテクレソウダナァ? 啼カス、泣カス! 絶対ニイイィィィ啼カセテ、ソシテ泣カシテヤルヨォォオ! 切リ刻ンデ、泣キ喚クノヲ見届ケテヤルァ!」

「……いい加減黙れよ、てめぇ……。もう声を聞いているだけで、目の前にいるだけで不快だ。つい――」

 

 その目が殺意を孕み、鋭く細められていく。

 

「――殺したくなる」

 

 冷たい声色がその道に驚くほど響いた。

 本気だ。

 そう思わせるほどの雰囲気に一瞬だけその暗殺者が黙り込んでしまうほどだ。

 

「……イヒ、イヒヒッヒッヒヒヒヒィィィ!! イイネェ、ソノ殺意、殺気! 心地イイジャネエノ! 益々気ニ入ッタァ! ゼッテェ殺シテヤルァ!!」

 

 右手もローブから出され、もう一つの剣が現れる。それはドスギアノスの素材を使用した剣だった。それらが対になっており、一つの武器となる。

 そして暗殺者は地を蹴って疾走し始めた。

 それを迎え撃つように優羅も身構える。

 

 人とモンスターではなく、人と人との戦いが始まる。

 

 

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