呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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25話

 

 

 迫り来る暗殺者を見据え、優羅は己の取るべき行動を一瞬の内に模索する。暗殺者が使用しているのは双剣のスノウヴェノム。纏われる気質から上位であるスノウヴェノム改ではないと悟る。

 帯びるのは右剣がドスギアノスの氷、左剣がドスイーオスの毒である二属性。

 対する自分は私服で出てきたために装備などない。だがローブの中には武器はある。要は攻撃を受けなければいい。

 さて、使用する武器はアレでいいか、と決定する。

 

「オラァ!」

 

 右の氷剣を振り下ろしつつ次なる攻撃の構えを取っている。それを身を引いて回避しつつ反撃の構えを取る。すると身を捻って左の毒剣を横薙ぎに払ってきた。更に引きつつ身を捻り、その横っ腹へと回し蹴りを放つ。だが戻されていた右腕で防がれる。

 足に伝わる衝撃でこの暗殺者はしっかりと装備をしていることがわかった。すぐさま足を引くが、毒剣を突き出してきた。

 

「……ふっ」

 

 横にステップを踏みつつその腕に肘を落とすが暗殺者は手を離さず、肉薄しつつ氷剣を突き刺そうとしてきた。どうやらこれくらいの痛みなどどうということはないらしい。対する自分は装備をしていないので突き刺されてはたまらない。

 更にステップを踏みながら右腕を受け流しつつ回り込む。だがそれは暗殺者の思惑通り。反対に身を捻りながら両の剣を薙ぎ払ってきた。氷剣は回避できたが、毒剣は交差した腕に掠めてしまう。

 

「イヒヒヒヒ! 受ケタナ? 受ケタヨナァ? 毒ガ回ルゼェ? イーッヒッヒヒヒヒ!!」

「……ふん。こんなもん、どうということはない」

 

 そう言いながら左腕を振り、右手をローブの中に入れると、暗殺者は右手を素早くローブに入れ、何かを取り出して投擲してきた。

 それは投げナイフ。ギルドから支給される投擲武器だ。だが何やら液体が染みているような感じがした。だがそれでも優羅はそれらを見切り、全てを手に取る。

 

「……ハ? テメェ、正気カ? 全部手掴ミダナンテ、ソンナニMッ気デモアルノカネェ?」

「……んなもんあるわけない、クソが。この感じからして麻痺毒でも塗りこんでるんだろうが、生憎とアタシには通用しないだけ」

「ナンダト? ドウイウコトダ?」

 

 そこで優羅がどこか見下すような目で暗殺者を睨む。

 

「……それを教えると思ってるの? そら、てめぇのものだ。返す」

 

 軽く上に投げると、そのまま握りなおして投擲し返した。その動きから、本当に麻痺毒だけでなく、ドスイーオスの毒も効いていないことを悟ると、暗殺者は毒剣もしまいつつ全てを回避した。

 

「ダッタラコレデドウダッ!?」

 

 両手を使って投げナイフを投擲していく。その数は十前後。それもギルドのものと違って黒く塗りつぶされており、闇に溶け込んで視認するのは容易ではない。

 

「……ふん」

 

 だが優羅は慌てた様子がない。短いステップで回避しつついくつかを掴んでいる。彼女の目にはそんなものは通用していなかった。

 しかし暗殺者もバカではない。先ほどのことで回避されるのはわかっていた。そして彼女ならばその場をあまり動かずに切り抜けることも予測していた。

 本命は接近。

 死角に回り込んで取り出した剣で突き刺す。

 

「……」

 

 その刃が突き刺さるかと思ったとき、彼女が振り返ってそれを受け止めた。

 いや、受け止めているのは彼女の手ではない。ましてや腕でもない。

 受け止めているのは紫色の物体。

 

「ナン、ダト?」

「……しっ!」

 

 驚いた隙を突いて弾き返し、それを開いて斬りかかる。だが正気に戻った暗殺者が剣を交差させて防いだ。再び距離を取って優羅の右手にあるものを見つめる。

 

「……コレハ驚イタネェ……。マサカテメェモ双剣ヲ持ッテイルトハ」

「……『ガンナー』が『剣士』の武器を持っていない、なんてことがあると思っているの? そんなものは固定概念。アタシに固定概念など通用しない」

 

 右手に持っているものを閉じ、それを暗殺者へと向ける。

 そこにあるのはテッセン【烏】の片割れ。

 イャンガルルガの素材で作り上げられた双剣だ。だがその形状は双剣には見えない。東方にある扇と呼ばれるものなら納得がいく。だがそれは紛れもなく武器であり、二つで一つの双剣に分類されるもの。

 そして左手には何も持っていない。恐らく暗殺者の投擲武器に備えるためだろう。

 

「……そら、来い。アタシを殺してみせるんだろう? 逆に殺してやる」

 

 無表情で無感情な瞳が暗殺者を見据えるが、その奥底には確かな殺意があった。人嫌いとは聞いていたが、よもやこれほどのものとは思わなかった。

 

 この女、壮絶な闇を抱えている、と暗殺者は思っていた。

 

「……クク、クヒ、クッハッハハハハハハァァァァ!!!」

 

 それを感じた瞬間、暗殺者が突如笑い出した。

 優羅は目を細めて左手をローブに入れる。

 

「イヤハヤ、オモシレェ、実ニオモシレェ女ダァ……! オ前程ノ女ハアイツ……」

 

 それは突如止められる。

 優羅が左手に蒼桜の対弩を構えて銃口を向けていたからだ。しかも無表情で躊躇いなく引き金を引いてきた。

 狙いは暗殺者の頭。

 当たれば間違いなく死ぬ攻撃。

 

「ウオォォウッ!?」

 

 咄嗟に横に飛んだが、その時にはローブの中に蒼桜の対弩をしまって接近してきていた。

 テッセン【烏】を閉じたまま構えている。

 

「オイオイオイッ! 不意打チッテヤツハ俺様ラノ……」

「……は? そんなの、殺し合いにおいては両者に権利があることじゃないの?」

 

 至極当然といった風に優羅が淡々と答える。

 テッセン【烏】を閉じたまま首元を薙ぐように振りぬくと同時に足元を刈り取るように足を払う。

 

「……それに殺し合いの獲物を前にして高笑いとは、暗殺者のすることじゃないと思うんだけど?」

 

 引いた暗殺者へとテッセン【烏】を開き、気を込めて振りぬいた。すると、気を纏った風の刃が放たれ、離れた暗殺者へと向かっていく。

 それを回避しながら暗殺者はまた笑い出す。

 

「クハハハハ!! 成程、ソレモソウダワ! シカシ、普通ニ生キテキタハンタートハ思エネエナァ? ドンナ人生過ゴセバ、無表情デ躊躇イナク殺シニカカレルンダロウナァ?」

 

 どこか面白そうに暗殺者が言う。

 だが優羅の心は揺れない。走り続ける暗殺者と一定の距離を取りながらテッセン【烏】を構え、時折風の刃を放って牽制する。それは暗殺者を捉えないが、道や建物に鋭い切り傷を作っている。

 イャンガルルガの素材で作り上げられた切れ味に、優羅の気を纏わせたことによって作り出された風の刃は、それだけで凄まじい殺傷能力を持っている。人の体に当たれば間違いなく深手を負わせるだろう。腕に当たろうものなら普通に切断されそうな威力だと思えるほどに鋭い。

 

「イイネェ、興味ガ沸イテキタゼェ……。テメェ、コッチニ降ル気ハネエカ?」

「……は?」

 

 その誘いは優羅に一瞬の隙を作り出した。それを逃さずに暗殺者は距離を詰めて新たな得物を取り出した。緋色の剣と新緑の剣の夫婦剣。

 ツインハイフレイム。

 リオレウスとリオレイアの素材から作り上げられた炎の双剣がそこに現れる。

 

「……ちっ!」

 

 うかつだった。

 よもやあの言葉で一瞬の動揺を生むとは不覚。

 同時に振りかぶってくるツインハイフレイムに対し、優羅はテッセン【烏】を開いて受け止めるしかなかった。イャンガルルガ素材を使用しているだけあって炎に強く、それなりに強度を持っているため、一撃は防ぐことは出来た。

 だが双剣は手数で攻める武器。

 開いたままでは手数で押し切られると不利になる。

 優羅は左手をローブに入れながら後ろに下がっていく。

 

「オラオラオラァァァアア!! ドウシタドウシタァ!?」

 

 好機と見るや暗殺者がステップを踏みながら様々な方向から攻めてくる。閉じたテッセン【烏】で防ぎ、こちらもステップを踏みながら回避し、取り出したものを暗殺者へと放り投げた。

 それを咄嗟に回避しつつ切り裂いたが、何か火花が散ったような感覚が暗殺者を襲ったとき、それは引火して爆発を起こした。

 

「ナァッ!?」

 

 更に優羅の左手から放たれたもう一つのものが前方に現れ、優羅が指を鳴らした時、零れ落ちたところに引火する。そして爆発と炎が発生して暗殺者に襲い掛かる。

 優羅が投げたものは酒が入った瓶だ。酒ということは当然アルコールがあり、火に触れれば引火する。優羅が選んだものはアルコール度数が高いもの。ツインハイフレイムの火と優羅の火魔法に反応してあのような爆発と炎を作り出した。

 恐らく生きてはいまい。

 そう思っていたのだが、炎の中に揺らめく影を見たとき優羅は距離を取った。

 

「……クク、クハハハハハハハ!!」

 

 風切り音がすると炎が振り払われ、ローブを翻す暗殺者の姿が見える。

 

「……生きている? バカな……」

 

 有り得ない。

 まさか、耐炎の防具や処置でもしていたとでもいうのか。

 

「危ネェナァ……。普通ナラ死ンデルッテノ……。ホントニエゲツネェ……」

 

 やれやれと首を振りながら暗殺者が呟く。

 風になびくローブは多少の焦げ跡があるが、燃えてはいなかった。

 そして今気づいたが、暗殺者の装備が見えていた。

 暗い色合いをした装備に白い帯。左肩部分にはうっすらとドクロが見える。

 恐らくデスギアシリーズだろう。一種の死神装備だった。

 そしてつけている仮面は東方の狐を模した白い仮面。恐らく女性の忍びの面・陰だろう。それがデスギアゲヒルと共に装備されている。つまり防具の二重装備だった。

 

「ローブニ術ヲ施シテナカッタラ、アルイハ死ンデタカモナァ。惜シイネェ。クックククヒヒヒヒヒ……!」

 

 死に掛けたというのに暗殺者は笑っていた。正気の沙汰じゃない。

 完全に狂人の類だった。

 

「……成程、やはり耐炎の処置を施していたか」

「オォヨォ。全属性ニアル程度耐エラレルヨウ処置ハシテアルゼ。当然ノコトダヨナァ。掛ケタノハ俺様ジャネエケド。マ、ソンナコトハドウダッテイイ。問題ハオ前、本気デ殺シニカカッタナ?」

 

 仮面の下から睨みつけるかのような視線を感じたが、優羅は涼しい顔をしている。

 

「……なに? 命を奪おうという者が、命を奪われないとでも思っているのか?」

「イイヤァ、別ニソウイウワケジャネエ。オ前ノ殺気ハ妙ニ心地イイ。思ワズ興奮シテ勃ッテシマイソウナクライニナァ……クヒヒヒヒヒ!!」

 

 小さく首を振ると、ツインハイフレイムをローブにしまった。そして取り出されるのは新緑に染まった一振りの鎌のようなもの。それを両手で構えて身を低くする。

 鎌威太刀。

 鎌のような形状をしているが、太刀に分類される武器だ。上位素材を使用した上位の武器であり、強い切れ味と毒を持つ武器だ。

 

「……毒は効かない」

「オォヨ。ソレハサッキノデワカッテラァ。ダガ、別ニ毒ニシヨウナンザ思ッテネェ……」

 

 すると刀身に暗殺者の気が纏われていく。同時に強い殺気が込められていき、あたりの空気が低下していくのを感じた。

 優羅の第六感が警鐘を鳴らしている。

 身構えた時、鎌威太刀が一瞬にして振りかぶられた。

 

「……っ!」

 

 思わずその場から離脱した。瞬間、毒々しい刃がその場所を通り過ぎる。かわしきれなかった少量の黒髪が持っていかれる。

 それは先ほど自分がテッセン【烏】で行ったこと。気を込めることで気の刃を作り上げ、それを斬ることで風の刃が放たれる。

 自分に出来てあの暗殺者に出来ないとでも思ったのか?

 

「ヨクカワシタァ! ダガ、俺様ノ攻撃ハ終ワッチャイネエェェェエエエ!!」

 

 距離を詰めて鎌威太刀を振るってくる。双剣と違い間合いが広くなったので先ほどよりも慎重に距離を取る。形勢は逆転していた。

 上位武器を持ち出してきただけあり、これが暗殺者の本気のスタイルなのだろうか。動きが先ほどよりも違っている。

 

「……っく、うざい……!」

「カカカカカ!! 苦シイカァ? イイネェ、モット見セロ! ソウヤッテ苦シミナガラ死ニヤガレェ!」

 

 守りに入った優羅を嘲笑うように暗殺者は攻め立てる。

 それを繰り返して数分、ついに優羅の足を掠めたとき、その体勢を崩してしまった。暗殺者は好機と見た。

 

「モラッタァァァアアア!!」

 

 その首を刈り取るように鎌威太刀を振りかぶる。

 

「――そこまでだ」

 

 だが刃が優羅へと向かう前に、何者かが十字路の横から飛び出して暗殺者の横っ腹を蹴り飛ばした。

 

「グ、ハァ……!?」

 

 突然の乱入に暗殺者の体が建物の壁まで吹き飛ばされる。その姿を見て優羅が驚きを隠せなかった。

 

「……な、昴……?」

「よう、数日ぶりだな。まさかこんな形で再会するとは思いもしなかった」

 

 そこにいたのは私服に黒いローブを纏った昴だった。突然の登場に呆然とした顔で昴を見上げる。

 

「……な、なぜここに?」

「ん? ああ、爆発が聞こえてな」

 

 数分前のこと。

 宿で宴会をしていた昴たちだったが、飲み物やつまみが切れかかっていた。そこで昴が買出しに出ることになったが、紅葉もついていくという。

 しかし自分たちは命を狙われている身。ここを空けるわけにはいかないとモミジは置いていくことになった。

 だがそれでは昴が危ないと言うが、数分離れるだけだと一人で出てきた。

 近くの店で新しい酒などを購入し、宿に戻ろうとすると、何かの魔法が行使される気配がした。

 だがどうも中に入るのは気にはなれなかったのだが、爆発音がしてこれはただ事ではないと感じた。そこで気を込めて中に踏み込むと、体を押し返されるような感覚がしたが、無理やり突破して中に踏み込んだという。

 そして二つの気配を感じとり、回り込むと今の状況に出くわしたようだ。

 

「……オウオウ、『人払イ』ヲ気力デ突破スルトハ、白銀昴モ熱イ野郎ダッテコトカヨ、クヒヒヒヒヒ……!」

 

 瓦礫の中から暗殺者が起き上がってくる。

 

「人払い、か。成程。通りで人の気配がしないと思った。どうやら確実に優羅を仕留めにかかりたいようだな」

「オォヨォ。何トシテモ狂化竜ノ存在ハコレ以上知ラレネエヨウニシネエトナァ。アノ人ノ為ニモ、俺様タチガテメェラヲ殺ス」

 

 そう言いながら再び鎌威太刀を構える。

 

「『あの人』か。それが黒幕だな?」

「……コレ以上話スコトハ……アァ?」

 

 その時一羽の鳥がやってきた。それは暗殺者の周りを飛び、何かを伝えるようにしている。

 

「……ソウデスカ。ワカリマシタヨ」

 

 暗殺者の口調が変わった。恐らくあの鳥を操っているのが黒幕なのだろう。そう感じれば一瞬。氷柱を形成して羽を狙って投擲する。

 だが鳥を守るように鎌威太刀の刃が前に出された。

 

「オット、ソウハサセネエヨ」

「ちっ、気づいたか」

「『孤高ノ銃姫』サンヨォ、命拾イシタナァ……イヒヒヒヒヒ……! テメェトノ殺シ合イ、ナカナカ楽シメタヨ。マタ殺リアイテェクライニヨォ……クッヒッヒヒヒヒヒ……!」

 

 とんとん、と肩を鎌威太刀で叩きながら肩を揺らして笑う暗殺者。対する優羅はどこか不機嫌そうに顔を微かにしかめた。

 

「……失せろ。目障りだ」

「オォ、怖イ怖イ……。オ二人サン、今在ル命ヲセイゼイ大事ニスルンダナァ。俺様タチハイツデモテメェラヲ殺シニカカル。テメェラハ完全ニ俺様タチノ敵ダ。嗅ギ回ルヨウダッタラ、スグニデモソノ命、貰イ受ケルゼェ……? クヒヒヒヒヒ……!」

「……貴様ら、何者だ? なぜ狂化竜を作る?」

「……サァ? 答エル義理ハネェ。アト、姑息ナ真似スンナヨ」

 

 そう言いながら勢いよく右足を踏みしめる。すると暗殺者の周りに炎が広がった。それは周りを微かに固め始めていた氷を溶かしていく。

 

「……」

 

 それを見た昴は歯噛みする。暗殺者の足元を氷付けにして逃げられないようにしようと思ったが、どうやら見破られたようだ。

 

「捕マエヨウナンテ思ッタカ? 残念デシタァァァアアア!! イーッヒッヒヒヒヒ!! ソンナンジャア俺様ヲ捕マエラレネェヨォォオオ! ダガ、健闘ヲ称エテ俺様ノ名ダケ教エテヤラァ!」

 

 大きく鎌威太刀を回転させると同時にローブが大きく風になびき始める。巻き起こる風は突風となり、二人に襲い掛かった。

 

「俺様ノ通リ名ハ『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』! 主ニ『復讐者(アヴェンジャー)』ト呼バレテルガ、『アヴェンジャー』、『ジョーカー』、好キニ呼ベバイイサァ……クッククククク……!」

 

 復讐者。

 その意味を持つ名を冠しているということは、この暗殺者、アヴェンジャーは誰かに復讐しようというのか。

 だが風は強くなるばかり。その突風に思わず顔を庇ってしまう。

 

「マタ会オウゼェ、オ二人サン。次ニ会ウノハドコダロウナァ? クヒヒヒヒ、イーッヒッヒヒヒ! ハーーッハッハハハハハ!!」

 

 狂ったような笑い声を残してアヴェンジャーは消えていった。どうやら突風に紛れて姿を消したらしい。

 残された昴とモミジは互いに顔を見合わせる。どうやら助かったようだ。

 

「……無事で何よりだ。優羅」

「……いえ。あなたのおかげです。ありがとうございました」

 

 先ほどの冷たい口調はどこへやら。丁寧な口調で頭を下げる優羅。

 

「怪我はないか? ……斬られたのか?」

 

 体の調子を見ようとすると、毒剣に斬られた場所に気づいた。優羅はそこに手を当てて首を振る。

 

「……掠めただけです。大したことはありません」

「……来い」

 

 右手を取って昴は歩き出す。それに対して優羅は少しだけ驚いた顔をして踏みとどまろうとした。

 

「……な、昴!? アタシは大丈夫ですから」

「丁度いい機会だ。このまま連れて帰らせてもらう」

 

 いい機会とは恐らく、モミジたちに会わせることだろう。それに気づいた優羅が慌てたように言葉を紡ぎだす。

 

「……な、ま、待ってください……。アタシは……」

「まだ会えないか?」

 

 立ち止まって肩越しに振り返ると、優羅は少しだけうつむく。

 無理強いする気はなかったが、今回を逃せばいつになるかはわからない。その顔をじっと見つめていると、優羅は微かに何かを言う。

 

「ん?」

「…………わかりました。ついていきますから、手を離してください」

 

 握られた手から視線を逸らして呟くが、昴は少しだけ苦笑して離さずに歩き出す。

 

「……な、ちょ、離さないんですか?」

「どうもお前は逃げそうで怖い」

「……に、逃げませんから」

 

 どこか慌てた様子に苦笑すると、優羅を横に並ばせたあとに手を離した。これなら逃げようとしてもすぐに対処できるので安心だ。

 

「宿に着いたら手当てもするぞ」

「……ですから、大丈夫です」

「一応だ。かすり傷だろうが、武器の攻撃を受けたんだろう? なら手当てはするべきだ」

「……はい」

 

 強引だが、それは確かに優羅の事を案じてのこと。それは優羅にもわかっていた。

 微かに口元に嬉しそうな色を見せたが、昴は気づくことはない。

 二人は並んだまま昴たちが宿泊している宿へと歩いていった。

 

 

 

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