呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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27話

 

 

 次の日の朝、昴たちは酒場へと向かっていった。もちろん優羅も一緒だ。結局日が昇る頃まで飲み明かしてしまい、昼頃になってそれぞれ起きてくる形になった。優羅もどうやら紅葉に捕まって部屋まで連行されてしまったらしく、部屋に泊まっていく形になってしまった。

 

「……不覚」

 

 起きてくるなりそんな言葉を呟いていたような気がしたが、気にしないことにしておく。

 酒場にやってくると先客を発見した。

 

「ん? やあ」

 

 月が軽く手を挙げて挨拶してくる。

 

「こんにちはです、月さん!」

「こんにちは」

 

 シアンとライムがそれぞれ挨拶すると、月はうなずき席を示した。

 

「どうぞ。一緒に食べよう」

 

 二人がうなずいてそれぞれ座ると、昴と紅葉も後に続く。

 

「……」

「やあ、君も一緒だったのか」

「……どうも」

 

 優羅に微笑した月だったが、軽く頭を下げるだけで終わってしまった。そして昴の隣に着席する。

 優羅、昴、ライムと紅葉、シアン、月という並びで着席した。

 すぐにウエイトレスがやってきて注文をとってくる。それぞれ注文をすると会話を始めることになる。

 

「それにしてもこんな所で月さんに会うなんて珍しいですね」

「そうだね。私も少し驚いてしまったよ」

 

 シアンの言葉に月が軽くうなずいた。

 

「この食事が終わったらドンドルマを出ようと思っていたからね。これはいいタイミングだったね」

「そうなんですか?」

「ああ。探し物と調べ物があるからね」

「探し物と調べ物、ですか?」

 

 調べ物とは恐らく狂化竜についてだろう。では探し物とはなんだろうか。昴たちの視線が月に向けられた。優羅だけはどうでもよさそうにコップを傾けていたようだが。

 

「私が世界を回っていたのは探し物をするためでね、どこかにいるはずなんだけど、なかなか見つからなくてね」

「その探し物とは、人、ですか?」

「ああ。そうだね」

 

 誰かはわからないが、月はその人物を探すために世界を回っていた。いったい何年旅をしているのかわからない。だが彼女は恐らくそれを苦にはしていないだろう。

 竜人族である彼女は時間の感覚が人とは違う。

 だから恐らく50年だろうと、100年だろうと彼女は旅を続けるだろう。

 

「……神倉さん、一つ聞いてもいい?」

 紅葉は少しだけ視線を落として静かに問いかける。

「なにかな?」

「あたしたち、神倉って噂でしか聞いたことないんだよね。でも東方だけでなくこの大陸でも神倉の名は有名。だからちょっと確認したいんだけど」

「ああ。構わないよ」

 

 紅葉のことばは昴たちの気持ちでもある。

 神倉について知りたい気持ちは前々からあった。

 

「まず、神倉っていうのは力を求めた竜人族って聞いたんだけど」

「その通りだよ。竜人族とは知識の種族。長く生きているからこそその頭に知識が溜め込まれていくのさ。しかし身体能力は人間のものにほぼ近い。だから神倉一族は戦いの力を求めた」

 

 その方法は実にシンプルだった。

 身体能力が高い一族との交配だった。

 人間、竜人族、魔族問わずとにかく交配を重ねてきた。それは非人道的な方法だったが、一族はそれでも交配を続けた。時に血を濃くするために一族の間、血縁関係だろうと交配したこともあったという。

 竜人族は生殖能力に乏しいが、血が混ざるにつれて生殖能力も高まったらしい。それだけには終わらず、モンスターの因子などといった特別なものも血に取り込む方法も実行したようだ。

 何故そこまでしたのかといえば、それは最終到達地点があまりにも高かったからに他ならない。目標は伝説に語られる黒龍を討伐できるほどの実力を持ったハンター。

 ちなみに、神倉という名前には意味が込められていた。カミクラの意味は二つある。

 一つは神の(くら)

 元から持っていた知識に、伝説に語られる黒龍に届くほどの実力。そして魔族との交配によって手に入れた高い魔力と魔法。それは神の領域に達していることの証明になりえる。いずれ神の領域に座する者を作り上げる。その意味での神の座。

 一つは神喰らい。

 文字通り黒龍を討伐するということはその存在を喰らい尽くすということに繋がると彼らは考えたのだろう。

 神喰らい、故にカミクラと名乗った。

 そして一族が誕生してから千年と数百年。長い積み重ねの結果最初に誕生したのが一人の男。それは彼らにとってその時代で最高の出来栄えだった。いうなれば最高傑作と例えられた存在である。

 名を神倉羅刹。

 そして彼はシュレイド城に現れた黒龍討伐戦に参加した。

 

「……結果は?」

 

 静かな紅葉の問いかけに月は微笑して首を振った。

 

「失敗だったらしいよ。討伐に参加したハンターたちは全滅。しかし黒龍も深手を負って退散していった。失敗に近い相打ち、といったところかな」

 

 つまり当時の最高傑作といわれた男も黒龍には届かなかったということなのだろう。

 そして月は話を続ける。

 

「その失敗を受けて一族は更なる研究と交配を重ねていった。あれから数百年かかって誕生したのがこの私。神倉月さ」

 

 自分の胸に手を当てて月が微笑した。

 つまり、彼女があれほどの実力を持っているのは神倉一族の二人目の最高傑作だから、ということなのか。

 こうして説明されてわかる。

 確かに彼女はそこらのハンターたちを圧倒的に凌駕するほどの実力を持っている。それは神倉の歴史の中で培われた経歴で作り上げられた結晶だ。

 

「だがその神倉一族は……」

「そう。昴の言う通り、神倉一族はすでに滅びている」

 

 実にあっけらかんとそう言った。

 歴史でいえばかれこれ500年ほど前らしい。

 黒龍討伐戦にも参加していた神倉一族は東方でも名が通っており、その存在自体は知られていた。その集落が滅びてしまったという報せは東方中に広がっていった。

 だがなぜ滅びたのかは不明だった。

 

「……その点に関しては何ともいえないね」

 

 どうやら話す気はないようだ。当然だろう。

 自分の故郷が何故滅びたのかなど、そう易々と話せるものではない。

 

「……では神倉一族の生き残りは神倉さんだけ、という話だけど」

「んー……、私以外にも一応生き残りは一人いるよ」

 

 その言葉を聞いたとき、昴たちだけでなく優羅も少し驚いた顔で月を見つめていた。神倉一族は滅びている。その生き残りが月といわれていたが、まだいるということか。

 

「ああ。確かに一族は滅びているが、一人は確実に生きているよ」

 

 一体誰なのだろうと気になったが、それは聞かなくてもいいだろう。神倉一族のことは月しか知らないのだから。

 

「お待たせしました」

 

 そこでようやく全員の昼食が運ばれてきた。

 それらを戴きながら談笑する。月の話題から別の話題へと切り替わり、昴たちは食事を進めていった。

 

 昴たちはこれからどうするのかを話し合うことにした。だが優羅はそれに混ざらない。彼女は『吹雪(ブリザード)』のメンバーではないので、同行することはない。

 そこで紅葉が優羅に視線を移した。

 

「優羅はどうするの?」

「……どうもしない。気ままにやるだけ」

 

 素っ気無く言いながらお茶を飲み干していく。すると紅葉がじっと優羅を見つめる。急にどうしたのかと気になっていると、ふとニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ねえ優羅」

「……ん?」

「ちょっと腕試し、してみない?」

「……」

 

 紅葉の言う腕試しとはいうなれば組み手のようなもの。昴と紅葉は暇さえあればよく体術の鍛練を行っている。

 

「……どういうつもり?」

「優羅はガンナーみたいだけど、なんか体つきを見てると普通に格闘戦も出来る感じだからさ。ちょっと腕試ししてみたくなってね」

「……」

 

 そこで優羅はコップを置いてじっと紅葉を見つめる。その目は相変わらず感情が篭ってなかった。しばらくじっと見つめていたその顔が少しだけ傾けられた。

 

「……やはり暴君?」

「なんでそうなんのよッ!?」

 

 すかさず鋭いツッコミがはいるが優羅に変化はない。

 

「あたしは普通に腕試しがしたいだけだっての! あと、別に酔ってるわけじゃないからね!? というか暴君って言うなッ!」

「…………」

 

 流れるようなツッコミの連続だが、優羅は無感情にその様子を眺めるだけだった。

 

「ハンターとしての実力も見たいけど、一緒にクエスト来る気なさそうじゃん? だからただの組み手ならいいんじゃないって思ってさ」

「……なるほど」

 

 どこか考え込むような様子を見せていた。だが口元はわずかな変化がある。

 

「……わかった。受けよう」

「よし。じゃあ早速行こうか」

 

 紅葉が立ち上がると優羅も立ち上がり、二人は移動を開始した。その後姿を見つめていたライムたちが、昴に視線を向けた。いったいどうしたものか、という感情が見えている。

 昴は少しだけ溜息をつきながらも苦笑した。

 紅葉と優羅は幼い頃からの付き合いだが、変わってしまった優羅にどうしたものかという心配はある。普通に話しても優羅はあんな感じだ。なかなか話が続かないなら、拳を交えて会話をしようというのかもしれない。だからこそ紅葉は組み手を提案したのだろう。

 

 ――何という男らしいやり方だろうか。

 

「ああ、まあ、大丈夫だろう。俺たちも移動しよう」

 

 昴の言葉にライムたちも移動を開始した。

 

 向かった先はちょっとした公園だ。ここならば思う存分体を動かせるだろう。

 離れた場所で向かい合う二人を、さらに離れた場所で昴たちが見守る。二人がローブを取ると私服である和服が姿を現した。

 

「さて、軽く流していこうか?」

「……軽く、ね」

 

 紅葉がそう言いながら少しだけ目を細めてとんとん、と足で軽く地面を叩く。

 そう言えば、と昴は思い出した。紅葉が加速などをする際はああやって地面を何度か叩いていた。どうやら加速するつもりか、と考えてみる。

 優羅も紅葉のあの仕草に思うところはあるのだろう。軽く鼻を鳴らして首を横に振り、拳を鳴らしている。

 

「……まあ、せめて急所は外してやる」

「ほお? 言うじゃない。なに? 急所は全部把握しているとか?」

「……当たり前。狩る相手の急所は全て頭にある。そしてアタシの目はいつ何時も敵を視界から外さない」

 

 そのまま地面を何度か叩くと、ゆっくりと構える。

 

「……それはもちろん、人間だろうが同じこと」

 

 その無感情な瞳の奥にどこか氷点下の覚めた色が見えた気がした。

 

「……凄いね」

 

 ポツリと月が漏らした。どうしたのかと昴が横目で月を見ると、彼女はどこか感心するような表情をしていた。

 

「あの歳であの域に達するとは、末恐ろしいよ」

「どういうことだ?」

「あくまで予測だけどね。優羅は人を殺した経験がある」

 

 静かな発言だったが、それは間違いなく大きな爆弾だった。実際ライムとシアンは驚きを隠せずに呆然と月を見上げていた。

 

「……そうか」

 

 だが昴はどこか落ち着いていた。

 昴たちも過去にそうしそうになったことがあるからわかる。子供がハンターをするのは危ない道を渡る時がある。紅葉が悪漢に絡まれたことも少なくはない。自衛としてその悪漢を殺しかけたことがあるのだ。

 だが何とかそれは踏みとどまれた。昴もいたから切り抜けたのだ。

 

 しかし優羅はずっと一人だった。

 

 悪漢に絡まれればあの頃の優羅ならば逃げることしか出来ないだろう。大人しく引っ込み思案だった優羅に抵抗など出来ようがない。

 歳を重ねていくにつれてあの性格が形成されるにつれて体術も習得していけばどうなるか。殺人を起こしても不思議ではあるまい。自衛のためなのかもしれないが、優羅はその手を人の血で染めたことがある、と思うとやはり心が痛む。

 

「だから恐ろしい。優羅は深い闇を抱えている。あのままだと少々危険だね」

「やはり、そうなのか?」

「ああ。だから昴。優羅からあまり目を離さないようにするといいよ」

「……わかった」

 

 重い表情でうなずいて優羅たちに視線を移す。

 二人は今こそ組み手を始めるところだった。

 

「はぁっ!」

 

 地面を蹴った瞬間、一瞬にして優羅の眼前へと移動した。50メートルの距離など、紅葉の会得している移動法、『瞬動』ではゼロに近い。

 だがその速さはじっと紅葉を見つめていた優羅の視界にはっきりと映っている。繰り出される拳の動きを見据え、優羅はそれを受け流しつつその腹へと膝蹴りを放った。

 

「っとぉ……」

 

 しかし微かに体を引くことで威力を和らげ、膝蹴りの体勢をしている優羅へと不敵な笑みを浮かべた。

 

「……」

 

 反撃に入るのを感じた優羅がすぐに膝を下ろすと同時に、横から抉りこむようにして繰り出された左手を受け流す。だが紅葉は止まらない。ストレート、フック、エルボーと流れるような手の動きは見事に洗礼されていた。

 ハンマーを使用しているときは激しい嵐だったが、今繰り出されている格闘術は流麗なる風。

 流れるような拳の動きは優羅を逃さずに自分のペースに巻き込んでいる。

 だが優羅もただ受けに回っているわけではない。紅葉からの攻撃を全て見切って受け流していく。あの速さで繰り出されている拳を全て見切っている辺り優羅の実力がわかるというもの。

 

「す、凄い……」

「はわ~……」

 

 その光景にライムとシアンはただ開いた口が塞がっていなかった。二人からすれば、あの紅葉を相手にしてあそこまで立ち回れる、というのに驚いている、といったところだろうか。

 

「しかし優羅も凄いね。数回見ただけであそこまで見切るほどとは、どれほどの修羅場を潜っているのか。あるいは、人との戦いに慣れているのか」

「……両方だと思われるな」

 

 月の言葉に昴はそう答えた。予想だったが外れていないのではないかという想像はあった。

 あれはただのハンターの身体能力では留まらないだろう。明らかに対人戦にも慣れている様子だった。

 そう感じた時優羅が反撃に出る。

 

「……しっ」

 

 繰り出された拳を払いつつ素早く右肩に一撃入れた。その一瞬の動きで攻守が一気に逆転する。

 

「くっ……!? ……ちぃ」

 

 すかさず左手で反撃に出るが、それも流しつつ腹に一撃を入れた。

 

「か、は……」

 

 一瞬怯んだ隙を見逃さずに顎へと掌を打ち出すと紅葉がのけぞってしまう。そのまま懐に入り込んで足を払いつつ、紅葉を投げ飛ばして喉元に手刀を突き出した。

 

「……!?」

「……これで死んだ」

 

 見事なまでの優羅の勝利だった。紅葉はしばらく固まっていたが、ふと苦笑を漏らし始める。

 

「ははは、やれやれ、ここまで見事に負ければ笑いしか出ないわ……」

「……」

 

 優羅が紅葉の手を引いて立ち上がらせた。

 

「凄いね。あの優羅がここまで強くなってるなんて驚きよ」

「……別に普通」

「いやいや、普通じゃないから。だってあんた、見切ってたでしょ? 色々とパターン変えたのに全部」

「……まあ、一応」

 

 やはり目がいいせいかその動きを全て把握して、どのタイミングで流せば、払えばいいのか一瞬にして判断できる。それが可能なほど体が作られ、記憶されているということだ。

 そして二人の格闘術も違いがあった。

 紅葉が力や速さで攻める剛ならば、優羅は受け流しや払いつつ、相手の力や力の流れを利用して相手を倒す柔の格闘術といったところか。

 

「ま、またやろうよ。次はこうはいかないから」

「……機会があれば」

 

 その答えに紅葉がにっと笑ってうなずいた。

 そして二人揃って昴たちへと近づいてくる。

 

「紅葉、あれはある意味本気に近かったと見るが?」

「あ、あはは……やっぱわかる?」

 

 頭に手をやって苦笑する紅葉に昴は軽く溜息をついた。

 

「何年お前と組み手していると思っている?」

「ん~……だってさ、優羅があまりにも想像以上の実力をしてたからさ。それにさ、まさか全部見切られるとは思ってなかったから」

「……ふん」

 

 ローブを羽織りながらそっぽ向くが、うっすらと口元に柔らかさが見えるような気がした。何となく昴の見立てでは紅葉に勝てて嬉しい、といったところだろうか。

 

「見事な腕前だったよ、優羅」

「……どうも」

 

 月のお褒めの言葉も気にした風はない。

 それに苦笑すると、月がライムに向き直った。

 

「……さて、ライム」

「はい?」

「ちょっと失礼するよ」

 

 断りを入れてライムの頭に手を乗せた。しばらくそのままでいたが、次に胸元に手を当てる。突然のことにライムだけでなくシアンも驚いている。

 

「……ふむ。なかなかやっかいな症状だね」

「あ、あの……?」

「君は魔法は使えるが使うと体調を崩す。そう聞いているよ」

 

 確かに以前ライムはそう言っていた。どうやら月がその原因を調べてみたようだ。

 

「前々から気になっていて、色々考えていたんだけどね。私はこれから世界を回るから治療をするなら今がいいかと思ってね。とはいえ今は軽めの治療しか出来ないけど、どうする?」

「治療、出来るんですか?」

「一応ね。治療すると恐らく軽めの魔法は使えると思うよ」

 

 月の言葉にライムが少し考え込む。

 彼は過去に魔法を使った経験があるのかどうかは昴たちは知らない。というより何の魔法が使えるかもわからない。

 

「……ライムはどんな魔法が使えるの?」

「一応ほとんどは使えます。どうやら母親が高位の魔法使いだったようで。その才能が僕に色濃く受け継がれたようでして」

「へえ? それはまた凄いね」

 

 紅葉が感心した風にうなずいた。優羅も昴の隣でぼうっとライムの方を見つめている。

 

「さて、一応術式は完成したけど、どうする?」

「……お願いします。もしかすると魔法を使うことで切り抜けれる状況があったときに、使えなかったと後悔しなくてもいいように」

 

 真っ直ぐな眼差しで月を見上げる様子はどこか凛々しくあった。後悔しないように備える姿勢。そんな様子を見て月が微笑する。

 

「わかった。では目を閉じて」

 

 そっと目を閉じたライムの頭に手を乗せると月は高速で呪文を紡ぎだしていく。すると周囲の自然の粒子がライムの元へと集まっていき、ライムの中へと吸い込まれていった。

 この世界は自然に溢れ、自然に満ちる力が強い。そして魔族は自然と共に生きる種族。自然に満ちる力を体へと取り込ませ、力の向きを操作することでライムの中の異常を治療していく。

 それは聞けば簡単そうに思えるが、実際は難しい。粒子にも色々な種類がある上に、人体の構図も把握していないといけない。力の向きを操作するにも強い精神力を持って操作しなければ、必要のない場所に力を集めかねない。

 だからこそライムは今まで治療を行えず、魔族なのに魔法を扱うことが出来なかった。

 しばらくそれが続くと、そっと手を離していく。

 

「さて、どうだい?」

「えと……」

 

 ライムが目を閉じて手を握り締めていく。すると手の周りで軽く風が渦巻き始めた。どうやら軽く風魔法を行使しているようだ。

 だがライムの表情に苦しさは見られない。どうやら治療は成功に終わった。

 

「でもあまり高位の魔法は行使しないほうがいいよ。使えば恐らく一日は寝込むか、体のどこかにガタがくるかもね」

「はい、わかりました」

「さて、あとは……」

 

 ローブの中に手を入れるといくつかの塊を取り出した。

 

「ライム、シアン。君たちにプレゼントだ。柄はどれか好きなものを選ぶといいよ」

 

 どうやらその塊はローブのようだ。コンパクトサイズになっているローブを見て二人は驚きを隠せずにいた。

 

「こ、これってもしかして……」

「い、いいんですか!?」

「ああ。君たちもいずれ必要になるかもしれないからね。頑張っている二人へとプレゼントさ。……ああ、代金については気にしないでいいよ。これは私の手作りだからね」

 

 その言葉から月は空間魔法も習得していることがわかる。だが空間収容術がかけられているローブは店で買えば高級品だ。気にしなくていい、と言われてもやはり遠慮が出てしまう。

 しかし月の爽やかな笑顔の前では断るに断れない。そこでライムが新緑の、シアンが水色のローブを選び、礼を言って受け取ることにした。

 

「……では、私は……おや?」

 

 そこで月が公園に入ってくる影を見つけた。ギルドナイトの格好をした男女三人組は間違いない。スカーレット兄妹とカーマインだった。

 

「これはこれは、神倉さん。こんにちは」

「こんにちは、神倉様」

「やあ、レインにサン。こんにちは」

 

 レインが月へ丁寧に頭を下げると、後ろにいたサンも恭しく頭を下げる。そしてレインの隣にいたゲイルもおずおずと頭を下げた。

 

「こん、にちは……」

「ああ。ゲイル、だったかな? こんにちは」

 

 月への挨拶が終わると、レインたちの視線が昴たちへと向けられる。

 レインと昴の視線が交差すると、なぜか空気の温度が少し低下した気がする。

 

「やあ、白銀昴。元気かね?」

「まあ、それなりか。レイン・スカーレット。調子はどうだ、ん?」

「わたしは問題ないさ」

 

 その答えにうっすらと笑みを浮かべると、昴は目を細めて続ける。

 

「では狂化竜の件はどうなっている?」

「ああ、そちらも問題ないだろう。上には報告してある。近い将来捜索隊が結成されるだろう」

 

 どうやら上手く通っているようだ。これならば近い将来大陸全土に捜索の手がかかるだろう。そうなれば奴らの計画も大きく支障が出るに違いない。

 だがそうなればギルドナイトにも魔の手が伸びる可能性が出るのではないか、という危険性が出てくる可能性がある。しかし百人単位のギルドナイトを相手に敵に回すことはないのではないかという考えもある。

 敵の人数がわからないが、そんなに大きな規模ではないのでは、という考えがあった。なぜかはわからないが、そんな予感がある。

 それでギルドナイトを敵に回せば逆に自分たちが消される。数の暴力とは純粋なる力だ。様々な方法を使ってこそ打ち勝てるものであり、無策ならば自分たちが飲み込まれる。

 もしかすると策を用いて殺しに掛かるかもしれないが、ギルドナイトを殺したところで何になるというのだろうか。

 そんなことを考えていると、ポケットから懐中時計を取り出してサンが控えめに注意した。

 

「……兄さん、時間が押しています」

「む? そうか。では神倉さん、わたしたちはパトロールを続けますので」

「ああ。頑張ってくるといい」

 

 月に一斉に頭を下げると三人は公園から立ち去っていった。その様子を見守っていた紅葉が少し呆れた様子を見せる。

 

「……礼儀正しいとか言ってたけど、それは神倉さんだけだった気がするんだけど?」

「奇遇だな、俺もそう思っていた」

「いや、昴は声を掛けられただけでもよかったじゃん? あたしには何もなかったけど?」

「……」

 

 それは確かにそうだったが、パトロールで忙しかった、ということにしておくことにした。

 

「では私はこれで失礼するよ」

「また世界を回るのですか?」

「そうだね。まだまだ私の旅は終わりそうにないよ。ああ、もちろん狂化竜についても調べておくよ」

「感謝する」

 

 軽く昴が頭を下げると微笑を浮かべた。そして昴の隣にいる優羅にも視線を向ける。

 

「君も頑張るといい」

「……どうも」

 

 何を頑張れ、というのかはやはり人付き合いのことだろうか。だが相変わらずのトーンで返す優羅の心情は何も窺えない。

 

「では、これで」

 

 軽く手を挙げて月は公園を出て行った。

 

「さて……」

 

 昴が紅葉たちを見回してどうするかを考える。時間もいい感じだ。これからクエストの準備をして出発しても問題ないだろう。

 

「これからクエストを選ぶか?」

「そうね。……優羅はどうする?」

「……アタシは一人で何か適当にやる」

 

 やはり彼女は一人で行動するのだろう。黒髪をなびかせて背を向けると、微かに昴に視線を向けた。

 

「では、アタシはこれで」

 

 肩越しに小さく頭を下げると公園を出て行った。

 その背中をどこか寂しそうな色を含んだ眼差しで紅葉が見つめていた。やはりまだ共にクエストをこなしたいと思っているようだ。

 だがいずれ出来ると信じよう。

 

「じゃあ俺たちもクエストを選びに行こうか」

「はい」

「りょーかいしました!」

 

 そして選んだものはライムが初めての雪山クエストとなる討伐クエストとなった。

 内容は『フルフル討伐』。

 多少危険な存在だが、今の二人ならば問題ないだろうということとなり、選ぶことにした。

 

「確か電気を扱えるんですよね?」

「そうだな。放電とブレスの二つある。だが事前にアクションがあるからそれを見切れば問題ない」

「雪に足を取られず、気をつけて立ち回ればそんなに苦戦する相手じゃないからね。あたしたちもサポートするから」

 

 頼もしい笑顔を見せて紅葉が言うと、二人は大きくうなずいた。

 

「じゃあ、宿に戻って準備しようか」

「「はい!」」

 

 一行はクエスト手続きを終えると、宿へと戻っていくのだった。

 

 

 ○

 

 

「……クヒヒ、成程。今度ノ場所ハ『ベルト山脈』、カ……。確カアソコハ……」

 

 離れた場所で様子を窺っていたアヴェンジャーが何かを思い出すかのように天井を見上げた。

 

「……オォ、ナラ手出シハ無用ダナ。奴ラノ死ハ決定サレタモ同然、カ。クッヒッヒッヒヒヒヒヒ……!」

 

 現在は周りに人がいるので笑いはローブの下にこもるだけ。だが心底面白そうに笑いつつハンターズギルド本部から退場する。

 人ごみに紛れると、どこかから現れたもう一つの影が混ざる。

 

「手出しは?」

「イラネエヨ。奴ラハ『ベルト山脈』ヘト向カウ」

「……ああ、なるほど。了解した」

 

 どうやらその人物にもどういうことなのかわかったらしく、軽くうなずいてあらぬほうへと視線を向けた。するとレインたちが見回りを続けている様子が視界に入る。

 

「……見事なもんだな」

「クッヒッヒヒヒヒ……ソウダロウ? アレニ関シテハ、恐ラク右ニ出ルモノハネエダロウサ」

 

 離れた場所でパトロールをしているレインたちは、アヴェンジャーたちに気づくことなく離れていく。

 

「奴ラガ死ネバ、近イウチニ『作戦』ガ決行サレルダロウ」

「……生き残ればどうするんだ? 仮にも奴らはハンター。実験中とはいえ狂化竜を倒している」

「ソレハ、白銀昴ダケダナ。他ノ三人ハ経験ガネエ」

 

 軽く訂正すると、そうか、と小さくうなずいた。

 

「マア、例エ経験ガアロウガ、『アレ』ニ関シテハドウニモナラネエナ。何セ新米二人ガイルンダ」

「……」

「ナンダナンダァ? アイツラヲ斬リタカッタカァ?」

「……ふん」

 

 だがどこか未練が感じられるような声色だった。そんな様子に笑いをこぼしながら軽く頭を撫でてやる。

 

「マァ近イウチニイイ殺シ合イガ出来ルンダァ。ソッチデ我慢シトケヤ」

「だからそんなんじゃない」

「クッヒッヒヒヒヒヒ……! 素直ジャネェナァ。アレカ? 『ツンデレ』カ? イヤ、『クーツン』カ? アン?」

 

 茶化すように言うとじろりと睨み上げてローブに手を入れる。

 

「どうやら斬られたいみたいだな?」

「マァ待テヤ。コンナ街中デ抜クナヤ」

 

 狂人の割にはどこか常識があるアヴェンジャーだった。それはこの人物にもあるようで入れた手を戻していった。

 

「サテ、奴ラノ死ヲ願イツツ、俺様タチハソノ時ヲ待トウカネェ……イッヒッヒッヒヒヒヒ……!」

 

 二つの人影は街の喧騒の中へと消えていく。

 誰も二人のことを気にする様子はなく、二人の存在は認知されることはなかった。

 

 そして昴たちはクエストの場所であるベルト山脈へと向かっていった。

 アヴェンジャーが手出し無用、と判断したこと。

 それが何故なのか、今の昴たちが気づくことはない。

 

 ベルト山脈。

 そこで待つ結末ははたして彼らに何をもたらすのか。

 

 

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