ベルト山脈はドンドルマから北東、フラヒヤ山脈から南に延びる山々のことである。他の山々や近くの村などの行路になるためベルト山脈と呼ばれることとなった。そしてベルト山脈の北部もまた雪山に分類されている。
だが何やら西から雲行きが怪しそうな気配がする。近いうちに吹雪がきそうな気配だった。吹雪が来るということはクエスト続行が少々難しくなりそうだ。
しかし今はまだ大丈夫そうだった。出来うる限りのダメージを与えるくらいならば問題なさそうだろう。
「じゃあモドリ玉の準備はしておこうか」
何かあったときのためのモドリ玉。用意しておいて損はないだろう。
そしてホットドリンクの準備をすると、紅葉が支給品ボックスから地図を取り出した。
「さて、ふむふむ……」
ベルト山脈は昴と紅葉は経験がある。軽く地図に目を通すとライムとシアンにも内容を見せる。
「今回の目標はフルフル。あれの特徴はわかる?」
「え、と……目が退化して嗅覚が優れている、でしたよね?」
シアンの言葉に紅葉はうなずいた。
「そして手足が粘膜状になっていて、天井にも貼り付ける。気配を消すのに長けてるからいきなり天井から襲われるのも多いんだけど、今回は雪山だから洞窟はここ、エリア3だけのようだからね。そういうのはここだけ」
フルフルと最初に戦うハンターのほとんどは天井からの奇襲で大怪我を負ったり、捕食されたりすることが多い。だが雪山ならば、ほとんどは外で戦うことになるのでそれは少なくなる。
「たぶん戦闘は主にエリア6と7になるかな。でもそれでもフルフルで注意する点は多いよ」
「電撃、ですね?」
「そうだ」
ライムの言葉に昴がうなずいた。
フルフルの攻撃で注意すべきことは電撃だ。彼らは体内に電気袋という内臓を持っている。これは発電機能を持っており、尻尾がアースの役割をして放電するのだ。
また周りに放電するだけでなく口からもブレスとして放出することもある。それは地を這って標的へと向かっていく攻撃となる。
「まあ気をつけるのはそれくらいか。あとは奴の咆哮はかなり耳にクルものがある。それも気をつけておけ」
「はい」
「わかりましたー」
二人の返事を受けて昴がうなずき、そしてもう一度西の空を見上げる。しばらく何かを考えていたようだが、やがてうなずいてローブを纏ったまま立ち上がる。
「今回はローブを着たままで行くか」
「そうだね。吹雪いてきたらこの装備のままじゃ危険だし」
「え? いいんですか?」
ライムの疑問も当然だろう。普通はローブを纏ったままクエストを行うのは原則禁止だ。
「でも特例があってね。吹雪や砂嵐とか天気が普通じゃない際はローブを纏ったまま向かってもいいことになってるんだ。でも使用する武器は一つだけなのは変わらないよ。本当に緊急時には複数使用してもいいけどね」
「……それは?」
「想定外のモノが乱入してきた時とか、だね。ロックラックという砂漠の街がある地方じゃ恐暴竜とかいう存在が確認されていてね」
恐暴竜、という単語にライムとシアンが固まってしまう。
「そいつは特定のテリトリーを持たずに色んなところに出没するようでね、普通のクエストに乱入しては暴れまわって獲物を食い漁っていくらしいよ。普通のハンターたちはそれに出会った瞬間尻尾を巻いて逃げ出すほどの存在らしいよ」
「「…………」」
その説明を受けている間二人はぶるぶると体を震わせている。
「そいつに挑もうというハンターは、ローブから別の武器を使用することを許可されるくらいの存在らしいからね。ギルド側も恐暴竜に関しては、ある意味古龍と同じく予測もつかない存在としてみているのよね。そのような特例を許可したんでしょうよ」
「……ちなみに俺たちはまだそいつには会っていない。恐らく出会ったとしても勝てる気はしないな」
「「…………」」
昴が勝てない相手だというのならば、ライムたちには到底無理な相手ということだろう。願わくばこの地方で現れないで欲しい、と同時に思うのであった。
「……まあそれは置いとくとして、二人もローブを纏って行こうか。備えあれば憂い無し、ってね」
こうして四人はローブを纏って雪山を登ることとなった。
エリア1を通り過ぎてエリア2へと移動していくと、立派な角を持ったモンスターが数匹草を食んでいた。あれはガウシカと呼ばれるシカ型のモンスターだ。雪山に生息する草食モンスターであり、ポポと同じく大人しいモンスターとされる。
だが危機を感じれば角を突き立てて突進したり、振り回してきたりするので注意が必要である。しかしその厚い毛皮は防寒具にもなり、その角は色々と使い道があるので、狩りの対象になりえる。
だが今回は用がないので無視して右手に向かう。するといくつかの高台があり、その上にツタのツルが降りており、その上にエリア3に繋がる洞窟の穴がある。
「さて、上っていこうか」
「は、はい」
フルフルと戦う前に少々体力を消費しそうだった。
小柄なシアンはライムが先に上って引き上げる形になった。その先に紅葉が軽く跳躍して高台を上っていき、シアンが安全にツタの下まで上ったのを確認して昴も跳躍して高台を上っていく。
「……二人って、ホントに凄いですね」
「まあ鍛えればこれくらいは出来るんじゃない? このくらいの高さだったら普通に跳べるようになるって」
「これが跳べるようになったら、飛竜の足を払ってくる尻尾を飛び越えられるようになるからな」
実際に昴はディアブロスの尻尾や角の薙ぎ払いを飛び越えている。あれが出来るようになるまでは厳しい足腰の鍛練を重ねてきたが、その結果としてあのように立ち回れるようになった。
他にも様々な局面でこの跳躍力は役に立つ。鍛えておいて損はない。
とはいえ重量級の装備をしていれば流石にこの動きは出来ない。フルフルDやザザミ装備くらいならば問題ない、というだけに過ぎないので、あまり自分の身体能力に自惚れるものではない。
続いてツタを上っていくが、順番は紅葉、シアン、ライム、昴の順で上っていく。女性を先に行かせ、女性が何かあったときのために男性が対処するために下からついていく。この方法は彼らには通例となっている。
やがて上り終えると、ライムとシアンの呼吸が少しだけ荒くなっていた。だがすぐに落ち着きを取り戻した。
これもクエストをこなしていくうちに体力がついたようだ。あとはクックシリーズのスキルによって体力が増加させているということもあるだろう。これくらいのことではへこたれないようだ。
洞窟の入り口に来ると冷気が中から吹きすさぶ。そこで雪山で必需品であるホットドリンクを飲み干した。辛味が口の中に広がるがすぐに消え去り、体の芯から温まってくる。
「さて、ライムは雪山は初めてだったな」
「はい」
「わたしは以前紅葉さんと経験済みです!」
元気よく手を挙げて言うと、昴が軽くうなずいた。
「雪山では足元は充分注意しておけ。滑る、転ぶ、という危険がある。そうなればあとは、わかるよな……?」
「はい。充分注意しておきます」
それを確認し終えて四人は洞窟へと足を踏み入れた。
少し氷付けになっている道を歩きながら左手を見下ろす。そこは崖になっており、その下には飛竜の巣になっている。ギアノスが数匹辺りを見回していたが、昴たちに気づいた様子がない。
そして目標であるフルフルの姿は見られない。天井を見てもその影は見られなかった。どうやらここにはいないようである。
このまま先へと進んでいき、エリア5へと進んでいく。その細道の坂を上っていくと雪山の上部へと出ることになる。
そこは少々雪が降っており、寒さも上乗せされていた。ローブに防寒処置がかけられているとはいえ、肌を撫でる寒風は防ぐことは出来ない。風が吹けば寒さを乗せて昴たちに襲い掛かる。そして同時に昴たちのローブがバサバサとなびかせる。その音を聞きながら昴が辺りを見回した。
「……さて、フルフルはここにもいないようだな」
一面の白い世界に溶け込むような白い体が見当たらない。どうやらここにもいないようだ。代わりにギアノスが数匹うろついていた。
「ライム。軽く体を動かしておけ」
その言葉は雪山での戦いというものを経験しておけ、とも取れる。ライムがうなずくと小さく一言呟いた。
「コード・ハンティング」
その言葉に反応してローブが一気に短くなり、右肩に集まって収束していった。これは狩猟中に邪魔にならないようにする形だ。
だがあの時の優羅はあのままで立ち回っていた。だが優羅の場合ならばあのままでも問題ないということなのだろう。実際に何度も蒼桜の対弩を取り出していたりしていたので、あれが優羅の狩猟スタイルと思われる。
そしてローブには装備している者の言葉に反応して形を変える術式が施されている。『コード・ハンティング』はその内の一つ。
他にもコンパクトサイズの塊にするための術などが存在するが、ここでは省いておこう。
シアンもその言葉を呟き、ローブを収束させていった。続いて腰に挿しているデスパライズを抜いて走り出す。同時にシアンもインセクトオーダーを抜いて後に続いた。
雪に足を取られそうになりながらもライムはギアノスへと接近していく。二人に気づいたギアノスたちが一斉に鳴き声を上げた。どうやら仲間を呼ぶつもりらしい。
「やあっ!」
一番近くにいたギアノスへと踏み込みながらデスパライズを振り下ろした。だがバックステップをしてそれを回避し、続いて顔を伸ばして噛み付いてきた。それを横に回避して振り下ろしたデスパライズを返してその首を切り裂いた。
頚動脈を切られて多く血を噴き出しながらギアノスが雪に倒れていく。それを確認して次のギアノスへと接近していく。その間にシアンがインセクトオーダーを操ってギアノスの胸を切り裂いていた。
これで残りは2体。だが追加で山頂の方から2匹ほど現れた。それを確認した紅葉がクックジョーを取り出した。数歩走って体を馴染ませた後に、足から空気を弾けさせて低空跳躍をする。
雪に足を取られずに一瞬にして標的に接近する紅葉の奇襲法の一つである。
「ギャッ!?」
突然接近してきた紅葉に驚く間もなく頭を潰されて1匹が絶命し、着地と同時に横に振ってもう1匹を殴り飛ばした。
「……ふぅ。さて……」
二人はどうなっているだろうか、と視線を向けると、丁度二人同時にギアノスをしとめたところだった。どうやらギアノス程度ならば足元に雪があろうとも戦えるようである。
とはいえ目標であるフルフルは飛竜。ギアノスのような小物とは全然違う。
だが少しでも雪に慣れておけばいいという配慮は後に生きるだろう。何事もいきなり本番というのはよくない。
狩場では生死に関わる問題である。
「昴。フルフルの気配は?」
「……微かだが隣のエリア7に感じるな。ふむ、流石はフルフル。外であろうが気配が僅かにしか感じない」
どうやらお隣にいるらしい。
昴はローブから飛竜刀【紅葉】を取り出すと、小さく一言呟いた。
「コード・ハンティング」
その言葉に反応して昴のローブが右肩に収束されていく。紅葉も同じようにし、準備を完了させる。
そしてエリア7へと移動してすぐにその姿が確認できた。
色素が落ちたような白い体。甲殻なんてものは存在せず、ブヨブヨしたような皮に包まれている。顔には目が存在せず、耳も見られない。特徴的な口からは鋭い牙が何本も生え揃っている。
あれこそがフルフル。
洞窟に潜む影の狩人である。
「あれがフルフル……」
「う~……、なんか嫌な感じが……」
フルフルの姿を見てシアンが顔をしかめていく。
大抵の人はあの姿を見て嫌悪感を示すだろう。またその声は耳を劈くほどの高さに加えて、身の毛もよだつような声で叫ぶために思わず竦んでしまうのである。
「……まあ、わからなくもないが、慣れればどうということはない」
軽く笑いかけるが、二人はまだ顔をしかめたままである。
当のフルフルはそこに佇んで欠伸をしている。どうやらリラックスしているようだった。足音と気配を消して近づけば気づかれないだろうが、匂いで気づかれる可能性があるだろう。
視覚を失ったフルフルは嗅覚に優れている。だがら微かな匂いを感じて振り返る可能性が高い。
「……ま、あたしが風をちょちょいと操作すれば匂いが流れないけど、まあ初回だしね。あたしたちがまず先行するから、フルフルの動きを観察するといいよ」
「はい」
「わかりましたー!」
飛竜刀【紅葉】を握り締めて昴が出るタイミングを窺う。隣ではクックジョーを構えて気配を消しつつ少しずつ接近していく紅葉がいる。
ふと、フルフルが歩き出して南下していく。四人がその後ろへと少しずつ回りこみ、そして昴が少しだけジャンプする。すると宙に氷が形成されて小さな足場を作り上げられた。そこから更に力を込めて踏み出し、背後から飛竜刀【紅葉】を振り下ろした。
「ゴォォォオオオ!?」
突然背後からの奇襲にフルフルがたたらを踏む。背中から切り裂かれて白い体に斜めの傷が作られる。
「ヴォルォォオオ!」
敵襲だと気づき、振り返るフルフルの頭にあわせ、同じように氷を踏み台にして跳躍していた紅葉が、クックジョーを振り下ろした。
「おらぁぁあああ!!」
「ゴォォォオオアアァァ!?」
タイミングよく頭に命中し、フルフルの頭が雪へと叩きつけられる。普通ならばそれで終わるだろう。しかし二人が距離を取ると、バチバチと電気が放たれながらゆっくりとフルフルが起き上がった。
「ヴォルル……!」
小さな電気を放ちながら鼻を鳴らして昴と紅葉の位置を確認する。そのまま首を伸ばして横に薙ぎ払うようにしつつ、口から涎を吐き出した。
フルフルの首は柔らかい軟骨が多く、加えて首の皮が余って柔くなっているので柔軟なものとなっている。伸び縮み可能な首を利用して離れた場所、天井からの獲物の捕食を行っている。
そして涎は酸性であり、獲物を溶かす力が強い。もちろん人の皮膚に触れれば焼けるように熱く、身を守る鎧も長く浴びればどんどん溶かされていく。
二人は距離を取って攻撃を避ける。離れていくのを感じると、次は昴を狙ったようだ。首を引っ込めると、ゆっくりと歩いた後に飛び掛るようにしてその体を前のめりに動かした。
「ゴオォアッ!」
口を大きく開けて微かに首を伸ばして昴へと噛み付いていく。
「ふっ……」
だが落ち着いて横へとステップを踏み、胸元を切り上げて離脱する。そしてフルフルは身を捻って尻尾を振り回す。しかしフルフルの尻尾は長いものではなく、むしろ短い部類に入る。そんなものでは昴に届くことはない。
「ゴォオオ!」
そこで首を伸ばして噛み付こうとしたが、また横にかわして飛竜刀【紅葉】で首を切る。伸ばされた首に刃が入り、小さな爆発を起こした。フルフルの弱点は火属性。強い熱波と爆発とのダメージに思わずフルフルが後ろにのけぞった。
「ゴァァアアアッ!?」
「よし。ライム、シアン。混ざって来い」
二人を投入するならば今だ、と昴が二人に声をかけた。それに従って二人も武器を抜いてフルフルに接近していく。
空からは雪が降り注ぎ、新雪で足元は不安定だが、まだ早く動けるほうではある。先に接近したのはシアンだった。腕を伸ばして胸から首元まで右剣を振り上げ、そして胸から足へと切り裂くように左剣を振るう。
「ヴォオオォォ! ヴォル、ゴオォォォ!」
首を振りつつ鼻を動かしてシアンの位置を捉えると、尻尾が雪へと下ろされた。それに気づいた紅葉がシアンに叫ぶ。
「シアン! 離れなさい!」
「は、はい!」
紅葉の言葉に従ってシアンがフルフルからバックステップで離れる。そのすぐ後にフルフルが放電を開始した。紅葉の忠告が遅れれば、あるいは従わなかったら放電を浴びて感電していただろう。
しかし放電している間はこちらのものだ。次の攻撃のための位置取りが出来る。
ライムはフルフルの弱い場所は頭や首だと記憶していた。だが自分の武器はデスパライズ。攻撃よりも麻痺毒を打ち込むことこそ自分の役割だろう。
攻撃は昴や紅葉が行うはず。ならば自分の役割を遂行するためには側面から首から体へと切り込むこと。
放電を終えた瞬間ライムは踏み込み、首から体へと横薙ぎに切り払った。それからすぐに切り上げ、体へと力を込めて振り下ろす。素材の名前がブヨブヨした皮、と呼ばれるだけあって斬った瞬間に伝わる感触は何ともいえない。
これはハンマーなどの打撃武器に強く、弾き返す力がある。そして切断武器にもある程度効果を発揮するようだ。何度か弾き返されるものの、斬れないほどではない。デスパライズの牙が斬られた場所へと打ち込まれ、その体に少しずつ麻痺毒をしみこませていく。
反対側ではシアンが左足へと何度も切り込んでいる。どうやら小柄なシアンでは振り下ろす場合だと足しか斬りこめないようだ。だが足にダメージを蓄積させて転倒させる、という役割を果たそうとしている。
「ゴァッ!? ヴォルルォォオ!」
二人が同時に肉薄しているのでフルフルは放電を選んだようだ。だが伸ばされる尻尾の動きで放電する、と覚えた二人は距離を取る。だがフルフルはそれでは終わらない。放電しつつ大きく息を吸い始めた。
「っ!? 耳を塞げ!」
それに従って一斉に耳を塞ぐと、放電を終えた瞬間フルフルが顔を上げてあの咆哮を上げた。
「ヴォォォォオオオオアアアアァァァァ!!!」
辺りに響き渡る甲高くも不気味な咆哮。耳を塞いでいてもビリビリと響いてくる程の咆哮に、ライムとシアンが思わず竦みあがってしまった。
紅葉は風魔法で咆哮をある程度軽減できるとはいえ、フルフルほどの咆哮では紅葉の力量が足らないようで同じように耳を塞いでいる。
咆哮を終えるとフルフルは近くで竦みあがっているシアンに標的を定めたようだ。体を縮こませると、足に力を入れていく。
「くっ……!」
今からシアンを助けに行っても間に合わない。ならば、と紅葉がぐっと手を握り締めてシアンに意識を向ける。そのままくいっと手を自分の方へと動かすとシアンの体が紅葉の方へと吹き飛ばされてきた。
同時にフルフルが力を解放して跳躍し、シアンを押しつぶしに掛かった。だが何とか紅葉が救出したので小さな体が下敷きにならずに済んだ。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫? 動ける?」
走り寄ってシアンの調子を診てみると、シアンは苦笑しながら立ち上がった。
「大丈夫です。助かりました!」
にっと笑いつつインセクトオーダーを握り締めて振り返る。紅葉も同じようにフルフルへと視線を向けると、起き上がったフルフルは二人へと鼻を鳴らしていた。その背後は崖になっている。そしてフルフルの左側にはライムと昴が様子を窺っていた。
「ヴォルル……!」
唸り声を上げながら身を低くし、そのままライムたちへと跳躍した。横に飛んでそれを回避すると、フルフルはすぐに起き上がって首を伸ばして噛み付いてきた。
「ふっ……」
身を引いて回避すると同時に、飛竜刀【紅葉】を突き立てて斬りかかる。横で同じようにライムがデスパライズを構えて体へと斬りかかった。その間に後ろから紅葉とシアンが駆け寄ってくる。
顔から血を吹き出させながらフルフルは首を振って抵抗し、静かに尻尾を伸ばして発電の体勢に入った。
「下がれ」
昴が気づいて指示を出しながら後ろに下がると、ライムも同時に後ろに下がる。すぐに青白い電気を纏ったフルフルだが、その電気が顔へと集まっていった。
「ぬっ……」
それが何を意味するか理解していた昴は後ろから近づいてくる二人へと叫ぶ。
「ブレスが来るぞ! 注意しろ!」
それを伝えるとフルフルの横から回り込むようにして走り出す。後ろにいる紅葉も昴と反対側のほうに回り込むように走り出すと、シアンもその後に続いた。
そしてフルフルの口から三つの圧縮された電気が放出される。それは地面を奔るように前、左右と直線状に広がっていった。
これがフルフルの最大の攻撃手段。首でも届かない距離にいる敵に対して使用し、圧縮された電気のために感電力も高い。
だが最大の攻撃は最大の隙を生み出す。射程上にいなければ回避できるし、体のほうへと肉薄すればダメージを受けることもない。
体に回りこんだ昴とライムはそれぞれ首と体へと斬りかかった。白い体に赤がどんどん塗りこまれていき、フルフルがたたらを踏み始める。
「ヴォオオォッ! ゴオオォォォオ!」
だがたたらを踏むことで少しだけ後ろに下がったフルフルは体勢を立て直して首を伸ばして横薙ぎに振り払った。昴はすぐに下がって回避したが、ライムは間に合わずに盾を構えてそれを防いだ。首とはいえ遠心力がつけられた衝撃は大きい。
「くっ……」
盾から伝わる衝撃に少しだけ呻いてしまうが、踏ん張ってそれを耐える。そして紅葉たちも合流した時、フルフルはまた大きく息を吸い始めた。
「またかっ!?」
昴たちが少し後ろに下がって耳を塞いだ。
「ヴォオオオアアアアアアアァァァ!!!」
またも響き渡る不気味な咆哮。耳を塞ごうとも突き破って届いてくる声に昴たちは身を竦ませてしまう。慣れた昴と紅葉とはいえ、本能に突き刺さる飛竜の咆哮には少ししか抗えない。
咆哮を終えたフルフルは攻撃してくるのかと思ったが、そのまま翼をはためかせて飛行を開始した。どうやら一時撤退の心づもりらしい。
「ちっ……」
昴は何とかポーチに手を伸ばし、ペイントボールを取り出してフルフルへと投げつける。それはしっかりと体に着弾してピンクの液体と匂いをもたらした。だがフルフルはそのまま強い風圧を起こして飛び立ち、空に消えていった。
「……逃げられましたね」
「まあ、それだけいい感じに追い込んでいた、ということだ。お前もなかなかいい感じに戦えていたぞ」
ライムの頭に手を乗せて軽く撫でてやると、少しだけはにかみながらうなずいた。
「シアンも動きはだいたい覚えたよね?」
「はいっ! 今度はバリバリ切り込みますよ!」
どうやらある程度はフルフルに慣れたようだ。フルフルは緩慢な動きをする飛竜なので、動きさえ覚えればそんなに苦戦するような相手ではない。
外での戦闘で注意すべきは電気と首と咆哮。そこさえ押さえれば立ち回りはある程度容易となる相手なのだ。
「……向かった先はエリア6か。何とかなるだろう。準備を終えたら早速行くとしよう」
携帯食料を口に含み、新しいホットドリンクを飲むと、次は武器に砥石をかける。ブヨブヨした皮はなかなかに刃を弾いてくれる。少しだけ傷やヒビが生まれた刃の切れ味を戻すと準備完了である。
「よし。じゃあ2回戦のリングへと行きますか」
紅葉が先陣きって歩き出すと、昴たちも後を追っていった。
○
「ウオオオォォォォオ!!」
叫び声を上げながら白い獣が太い腕を振り回しながら飛び掛っていく。それを見据えて足元に力を集めて横へと跳ぶ。足元が爆発して優羅の体が勢いよく飛び出し、近くにある岩の足場に足を乗せて更に跳び、上にあった足場に足を乗せつつ、眼下にいる白い獣、ドドブランゴを見下ろした。手に構えた蒼桜の対弩の銃口をドドブランゴの頭に合わせて引き金を引いた。
貫通弾Lv1が速射機能を持って放たれ、ドドブランゴの頭を打ち抜いていく。だが、優羅と一戦交えるうちに彼女の狙いがわかってきたのか少しだけ身を捻って急所から逃れていた。
「……」
足場から跳躍して岩山を駆け下りつつ、弾を変えて装填する。
「ウオッ、ウオッ!」
「ゴルル……!」
ドドブランゴの周りにはブランゴが数匹集まっている。優羅が岩山から下りてくることに気づいたものが優羅へと接近していくが、素早く銃口を向けて優羅が引き金を引いた。
放たれたのは火炎弾。
火属性の力を込めた属性弾だ。それはブランゴの頭を貫き、小さな爆発を連続で生み出していく。生き物の急所である頭を貫かれた上に焼かれてはどうしょうもない。ブランゴは一瞬にして絶命した。
「……」
次々と向かってくるブランゴに照準を合わせて引き金を引き、弾が切れれば距離を取って一瞬で装填する。手馴れた動きは淀みがなく、まるで機械のように一定の動きで装填される。
そして視線は常にブランゴとドドブランゴに向けられており、彼らの動きを見逃さないようにしていた。また彼女は雪に足をとられるようなことはない。彼女が履いているガルルガレギンスには優羅の火魔法で温められている。これが雪を溶かし、足を取られることを防いでいる。
これで雪山でも完全とはいえないまでも優羅の立ち回りを可能としていた。素早い動きでハンターを翻弄するブランゴが、それ以上の立ち回りをする優羅に翻弄され、一瞬で狩られる。
これを前にしてドドブランゴが怒りを覚えないはずはない。
「ウオオオォォォォォオオオン!!」
両手を振り上げて怒号を上げるドドブランゴだが、それを前にしても優羅は冷静だ。空の薬莢が抜けるのを一瞬の内に確認すると、貫通弾Lv2を装填した。
「ウオオオォォォン!」
声を上げて素早く雪の道を駆け抜けてくるドドブランゴを見据えて横に跳び、振り向きざまに一発撃ちこんだ。それは首の付け根を貫き、そこから血が噴き出してきた。
続けて腕を振りながら振り返るドドブランゴの頭を狙って二度引き金を引く。
「グ……、オ、オォォオオ!!」
頭へと撃ち込まれたことでうめき声を上げながらも、それでもリーダーとしての誇りがあるのだろうか。目の前にいる優羅を見据えて大きく腕を振り上げ、力を込めて殴りかかった。
「……ふっ」
それを回避しつつ肩から首に突きぬけるように照準を合わせて引き金を引いた。再びドドブランゴへと攻撃しようとしたが、背後から迫る複数の気配を感じ取り、素早く弾を装填して後ろへと跳躍した。すぐに襲い掛かるブランゴたちだったが、彼らの狙いは外れてしまう。
下にいるブランゴたちとドドブランゴを巻き込めるように照準を合わせると、連続して引き金を引いた。
銃口から一つの弾が放たれ、そしてそれは複数の欠片となって散らばっていく。
散弾Lv1と呼ばれる弾である。撃つ時は一つの弾だが、すぐに破裂して小さな欠片を撒き散らす弾であり、複数の敵へと同時に攻撃できる弾だ。
それが彼らの頭上から降り注ぎ、ブランゴたちが次々と絶命していく。絶命したブランゴたちの後ろに続いていたものたちの背後に着地すると、火炎弾を装填して背後から撃ち抜いていく。振り返ればその頭へと撃ちこみ、ブランゴたちが次々と倒れていく。
彼らの得意とする集団で掛かって来られようとも優羅の心に波は立たなかった。
「ウオオオォォォオオオン!!」
そしてドドブランゴが激昂した。優羅の独壇場にいい加減に堪忍袋の緒が切れたようだ。だが優羅は落ち着いて違う弾を装填する。
それをドドブランゴの顔を狙って引き金を引くと、それは左目と頬に着弾し、爆発を起こした。徹甲榴弾Lv2の効果である。
「グオオオォォォォォ!!」
その衝撃にはドドブランゴは耐えられない。
加えてそれが最大の隙。素早く新しい弾を装填した。
貫通弾Lv3の装填。
これが優羅にとっての『必ず殺す』、という行為。放たれた弾はドドブランゴの額を貫き、その傷口から多くの血を流し始める。
額から溢れる血は止まらず、ドドブランゴの体がゆっくりと崩れ落ちていく。
脳を連続して撃ち抜かれたのだ。それは確実に生命を奪うほどの致命傷である。
「ウォウ! ウォウ!」
リーダーの死にブランゴたちが慌ててその場を立ち去っていく。それをぼうっと見送ると、ドドブランゴの死体へと近づいて剥ぎ取りを開始した。
しばらくして充分な剥ぎ取りを終えると、寒風が吹くのを感じた。
「……?」
西の空を見れば先ほどよりも黒い雲が広がっている。どうやらもう吹雪がそこまで近づいているようだ。
すると下のほうがなにやら騒がしいのを感じた。
「……なんだ?」
見下ろせばポポやガウシカの大軍が大慌てで走り抜けている。何かの飛竜から逃げているのかとも思ったのだが、それにしては数が異常だ。
両方合わせて百は超えるだろうか?
それだけの数の大移動をしている。
その気迫から恐らく何かから逃げているのは確かだろう。だがそれだけの数が移動している。これが異常といわなくて何なのか。
「……」
もう一度西の空を見上げる。
そこで思い出した。
この数ヶ月北の天気がおかしいという記録があったことを。雪山では吹雪が吹き荒れ、森や山では嵐が起こる。
「……ここは引くか」
自分もここにいては危険だろう。
そう判断した優羅は早足でその場を立ち去った。