ヴェルカ森丘に着くと早速ベースキャンプの作成を始める。手分けしてテントを組み立て、焚き火を焚く。そして最後にモンスターを近づかせない薬品を撒く。この薬品は自然に対して無害であり、野生のモンスターたちが嫌う臭いを放っている。しかし人にはその臭いを感じられないほどの臭いだが、その効果はてきめんだ。
ベースキャンプを作り終えると、月がベッドの脇に置いてあるランタンに近づいた。ポーチから何かを取り出すとランタンに当てる。
そのランタンは明かりの役割を持っているだけでなく、魔法を使うための粒子が多く含まれている。月が振り返るとライムにそれを手渡した。
「これは、モドリ玉?」
「そう。今登録を完了した。何かあれば使うといいよ」
そう言うと懐から二つのアイテムを取り出し、もう一つモドリ玉を手早く調合してランタンに当てる。それをシアンにも手渡した。その鮮やかな手並みにライムは衝撃を覚えた。
モドリ玉とは素材玉と呼ばれる元となる玉にドキドキノコと呼ばれる珍しいキノコをすりつぶし、素材玉の中へと一定の手法を施して調合することで完成するアイテムだ。
ドキドキノコは今なお謎が多く、口にするたびにもたらされる効果が変わる自然界でも珍しいキノコだ。モドリ玉を地面に叩きつけると緑色の煙が吹き上がり、ベースキャンプへと一瞬にして戻る、というまさに魔法にしか思えない効果をもたらす。
そのからくりはベースキャンプにおいてあるランタンに溜まっている粒子をモドリ玉に取り込ませることで記憶させ、地面に叩きつける衝撃で緑色の煙が発生する。これは煙に包まれたものを記憶させた場所まで転送するという効果を持っている……のだが、ドキドキノコのいったいどこにそんな力があるのか解明されていない。
そしてこれはハンターだけでなく民間の郵便施設でも利用されている。その施設でモドリ玉を生成し、その場所のランタンに記憶させて別の場所にある郵便施設へと送り込む。そして届ける手紙や荷物をモドリ玉の煙に包み込んで一瞬にして離れた場所へと送り届ける。あとはその地域に人の手によって配達するというシステムだ。
時折間違えて投げた本人もろとも送り届けられるのはご愛嬌とされている。
太古の昔は武器でさえも送り届けることで密輸を謀った者もいるが、今ではそれを行った瞬間断罪されることとなっている。
そんなモドリ玉を調合するには調合に関してある程度の知識が必要だ。ほとんどのハンターは現地で調合する際には調合書と呼ばれる書物を持ち込んでいる。それを読み進めながら調合するのだが、彼女はそれを必要としないまま素早く調合してしまった。
ライムも調合に関してはかなりの自信がある。
幼い頃から本の虫であり、調合書は何度も読み返した。手先も器用でハンターとして出かける両親や兄のために、事前にアイテムや罠を調合したことが何度もある。その調合の腕前の高さから、将来進む道の一つに調合師が候補に上がったくらいだ。
ハンターとして行動する今となっては、調合書を持ち込まないで現地で調合するほど余裕を持って調合に望んでいる。元々持っていた調合の腕前に加え、ランポスシリーズには調合成功率増加スキルが付いている。
スキルとはそれぞれの防具に備わっている力が一定の量が集まることで、装備している者に新たなる力を目覚めさせるものだ。防具は鉱石やモンスターの素材を用いて作られている。鉱石ならば鉱石に含まれている成分が、モンスターの素材ならばモンスターに備わっていた力などの残留したものが。それらが防具と装備者を介してスキルポイントというものが集まっていく。
そうやって目覚めた力は狩りを行うに当たって有利になるものや不利になるものがある。
ちなみにランポスシリーズは調合成功率増加と衝撃軽減。衝撃軽減は体に伝わる衝撃を和らげるものであり、衝撃によって気絶する確率を低下させてくれるスキルだ。
ちなみにシアンが装備しているバトルシリーズは砥石使用高速化と攻撃力増加〈小〉が付いている。
モドリ玉をポーチに入れた二人は、ポーチから色々と道具を取り出して中身を再確認していく。その小さなポーチには考えられないほどの量がどんどん取り出されていくが、三人は驚いた様子はない。
二人のポーチには魔法の一つである空間収容術がかけられている。
これはある道具にかけることで空間を捻じ曲げてしまうことだ。ポーチにかければアイテムを24種しまうことが出来る。加えてポーチにはポケットやアタッチメントが入っており、これには圧縮収容術がかけられている。これは文字通りどのような大きさだろうと、空間の広さが許す限り大きさを縮めて収容してしまうことを可能としている。
手のひらサイズの大きさのアタッチメントから大タルが出てくる様は初めて見れば驚くべきことだろう。だがこのポーチはハンターとしてのランクが高いものでなければ入手できない高級品だ。しかしライムとシアンの場合は両親から受け継いだものを使用している。
またこの空間収容術や圧縮収容術はハンターたちに支給されるアイテムボックスにもかけられている。この術がかけられる以前の時代は技術によってアイテムを収容したり、力技によって収容したりしていたが、今となっては楽にアイテムを出し入れできるようになった。当時のハンターたちにとってこの術がかけられたアイテムボックスが支給されたとき、ほとんどのハンターたちがほぼ口を揃えてこう言ったという。
「これでクエスト前に無駄に疲れることはない……」
やはりあの大きさのアイテムボックスではハンターランクが高くなっていくにつれて素材やアイテムがごろごろ溢れかえってしまうため、クエスト前に出し入れするのは疲れる行為のようだった。
そんな空間魔法の技術を広めた一人の魔法使いのおかげとされているが、空間魔法に至れるだけの逸材とされる魔法使いは数が少ない。そもそも空間という概念を理解できなければ意味がない。
遠い昔にそこに至ったとされる魔法使いは自分だけが使用できればいいと考えていたが、同時に周りの術者が空間の概念を理解できなかったために広まらなかったとされている。
さて、そんなポーチからクエストに使うアイテムを検分していく。
回復薬、砥石は必須品。そして閃光玉にペイントボール、シビレ罠に落とし穴、大タル爆弾に小タル爆弾。調合するための素材として素材玉に光蟲、大タル、小タルに爆薬。あとはトラップツールとネットにゲネポスの麻痺牙。最後に肉焼き機と生肉。これらがずらりと地面に並べられた。
イャンクック討伐に慣れてくるとここまで用意する必要はないかもしれないが、新米ハンターである二人にはこれだけの用意がいるようだ。
月は並べられたアイテムを見渡して小さくうなずく。
「まあ最初のうちはこんなものだろうね」
「はい。やっぱりまだ不安なんで……」
苦笑しながら頬をかくライムに首を振りながら月は纏っている蒼いローブを取り払う。
「気にすることはないさ。誰しも最初の飛竜討伐は不安を抱えるもの。持っているアイテムを出来る限り持ってきたくなる気持ちもわかるよ」
そう言いながらローブの中に手を入れる。
そう、文字通り中に手を入れている。手はローブの裏側の中に吸い込まれており、反対側に突き破っていなかった。少しして手を引き出すと、その手には一振りの大剣が握られていた。
オベリオン。蒼火竜の素材を使用した蒼い刀身をした大剣である。微弱ながらも龍属性と呼ばれる属性を帯びており、龍殺しの武器としてそれなりに名が通った武器だ。
月が纏っていたローブにもまた空間収容術がかけられていた。ハンターたちが拠点を移動する際は、荷車に自分のアイテムボックスや持っている武器や防具を乗せるのだが、荷車にも限度がある。
これもまた空間収容術の普及によってある程度の解決をみることとなった。身を纏うローブなどにかけることで、ローブの中の空間に自分の装備を収容する。こうすることで持ち運びを楽にしたのである。だがクエスト時は原則ベースキャンプにローブを置いて武器を一つだけ持っていかなければならない。これを破った者は処罰が与えられる。
オベリオンを背中に担ぎ、支給品ボックスへと向かった月は蓋を開け、中身を確認する。地図や応急薬、携帯砥石に携帯食糧を基本とし、他に支給品専用閃光玉や捕獲玉なども入っている。
「地図はいるかい?」
「あ、はい。いただきます」
地面に並べていたアイテムをポーチにしまいながらライムが頷いた。彼の脇には大タル爆弾が置かれており、丁度シアンが荷車を引いているところだった。
「応急薬と携帯砥石は君たちに全部やろう。主に戦うのは君たちだからね」
「ありがとう、月さん」
シアンがそれを受け取ってライムと半分ずつわけていく。そして最後に取り出したのは携帯食料と発炎筒だ。発炎筒はクエストをリタイヤする時に使うタイプと、ギルド猫を呼ぶ際に使うタイプと二種類ある。
ハンターが力尽きた時や重傷を負った際はこの発炎筒を使い、ギルドで働いているアイルーと呼ばれる猫の獣人族を呼ぶのである。しばらくすると担架を引きながら彼らがやってきて、治療を施してベースキャンプまで運んでくれる。しかし仕事料としてクエスト報酬金の三分の一を支払われる。
その発炎筒を二種類ライムとシアンに手渡し、携帯食料を口に含む。これでクエストの準備が完了した。
「荷車は私が引こう。君たちが先導して進んでいくといい」
大タル爆弾や肉焼き機など、ポーチから出し入れする際に一手間かかるものはギルドが支給する荷車に乗せて運んでいくことになっている。これは空間収容術が普及される以前から行われていたことであり、もちろん引いている間も乗せられている爆弾が爆発しないように気をつけなければならない、という危険がある。
それでも爆弾はハンターたちにとって飛竜たちに大きなダメージを与える要因だ。
元々狩りに出ること自体が危険な行為のため、この程度で臆するわけにはいかないと、今なお爆弾を持ち込んでいるハンターも多い。
「では行こうか。まずはどのルートを行くのかな?」
「クックはだいたいこの辺りに出ることが多いよ」
シアンが地図を広げて一点を示す。
地図にはエリアごとに番号が振られており、ヴェルカ森丘には全部で12のエリアが存在している。指を指している場所は3番と10番のエリアだ。
「時たまこの9番の細道にもいるけど、わたしとしては出来る限りここでは戦いたくないね。危険が多すぎるから」
「うん、そうだね。僕も遠慮したい」
9番のエリアは南北に細く伸びた森のエリアだ。狭いということはそれだけで危険な状況にある。巨体を持っている飛竜と戦う際に横に逃げることが困難ということは、飛竜の攻撃で重傷を負う確率が高いということになる。
二人にとってそれは死につながる要因になりえるため、9番で戦う選択肢はもとより存在しなかった。
「となれば、1、2を通って3番に出てみよう。そこにいなかったら多少視界が悪くなるかもしれないけど10番に行ってみる、ということでいいかな?」
「うん。僕はそれでいいよ」
ライムがうなずくとシアンは地図を見せながら月に振り返って首をかしげる。
「月さんもそれでいいかな?」
「ああ。私は構わないよ。もとより君たちの方針にあまり口を出す気はない。後ろからついていくだけだからね。どうするかは君たちに任せよう」
微笑しながら荷車を引く体勢に入っている。少しだけ月を見つめていたシアンだったが、うなずいて地図をポーチにしまう。
「それじゃあクック討伐、行きましょかー!」
元気よく叫びながら右手を振り上げると、ライムも苦笑しながら右手を振り上げた。そんな二人を柔らかく微笑みながら見つめていた。
ベースキャンプを出ると視界が一気に広がる。柔らかな風が頬を撫で、澄んだ空気が体を満たす。坂の下には数匹のアプトノスが気ままに歩きながら草を食んでいた。近くを通りかかっても1匹がこちらを確認したが、敵意がないことを知るとまた草を食み始める。
小さな坂を上ると右手に崖が広がり、左手には高台。そして数匹のモンスターの影が見えた。
青い体に黒い縞模様。黄色いくちばし状の口に鋭い牙を生やし、ぎょろぎょろと黄色い瞳を動かして辺りを警戒している。
ランポスと呼ばれる小型の肉食竜である。1匹1匹ならば大した驚異にはならないが、彼らは群れをなしており、集団戦を得意としている。1匹に気を取られている間に他のランポスが横から、後ろから襲ってくることもあるため注意が必要とされている。
視界で確認できる数でいえば3匹。ライムとシアンは目配せをしあって腰元に挿している武器に手を伸ばした。息を潜めて飛び出す機会を伺う。
一番近くにいるランポスがライムたちと反対方向へと視線を移した瞬間、二人は同時に飛び出した。それを月は荷車の取っ手を置いて見送った。
前に出たのはシアンだった。小柄な体なこともあり、その俊敏さはなかなかのものだった。引き抜いたチーフシックルを構えてランポスへと接近していく。
「ギャオッ!?」
ランポスが近づいてくる敵に気づいて振り返ると同時にその首元へと右手の刃を振りかざす。頚動脈を切られてランポスの体がよろめく。がら空きになった胸へと左手の刃を突き立て、そして引き抜く。それで1匹目は絶命した。
「ギャオ! ギャオ!」
仲間が奇襲によって殺されたことで他の2匹が鳴き声を上げる。その間にライムが2匹目へと向かっていく。
「ギギ!」
鋭い爪を突き立て、そのまま跳躍してランポスのほうから距離を詰めてきた。だが横へと飛ぶことで回避し、右手に持ったサーベントバイトでランポスの肩を突く。
「ギャ、ギャ!」
一瞬ランポスが怯んだものの、尻尾を振りかざして反撃してきた。それを左手に持った盾で防ぎ、更にその頭へと刃を振りかざす。
「せいっ!」
とどめとして体を捻って遠心力をつけてその首を刎ねる。これで2匹目。
「ギ、ギ!」
3匹目は離れた場所で威嚇するようにして身を低くしていた。だがたった1匹では抵抗することが出来ないと感じたのか、身を翻して去っていった。
「……ふぅ」
「おつかれ、ライム」
刀身に付いた血を拭いながらシアンが近づいてきた。ライムはうなずきながら同じように短剣を振って血を飛ばす。腰に挿すと月が荷車を引きながら近づいてきた。
「あ、月さん。どうでした?」
「それなりによく出来た方だと思うよ。でも、本命は別だから気を抜かないように」
褒めつつも締めるところは締める月だが、月に褒められたことが嬉しかったのかシアンの顔が花咲いたようにパッと笑顔になる。
「わかってますよー」
「ふ、やれやれ」
これがシアンなのだろうと短い時間で理解したのか、苦笑する月だった。ハンターとしては少し考えるべきところなのだろうが、これがシアンなのだから仕方ないのだろう。
荷車に揺られている間も元気が有り余って色々と話しかけてきたことを思い出す。その人懐こさと元気のよさは、長い時を生きてきた月には新鮮なものだった。
「じゃ、張り切っていきましょー!」
そう言って先導するシアンと、彼女に気をつけるように言いながら付いていくシアン。
「……若いっていいね」
思わず年寄りくさいことを呟きながら取っ手を握り締める月だったが、ハッとして森の方を見つめる。
「……なんだ?」
森の方から一瞬だけ微かな殺気を感じ取った。だがそれは今ではなりを潜め、何事もなかったかのような静寂がある。
「気のせい? いや、注意だけはしておこう」
今の事を気に留めつつ、月は荷車を引いて二人の後を追っていった。
「グルル……」
森の奥、木々の間に身を潜めながらその存在がいた。周りには手下と思われる小型の存在が集まっている。
「ギャオ! ギャオ!」
「……グルル」
そのうちの1匹が何かを伝えるかのように声を上げると、それは低く唸った。大きな黄色い瞳に一際赤く燃えるような目が光った気がした。
そしてそれは動き出す。その後ろにはそれに付き従うように数匹の影が後を追った。