呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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32話

 

 

 夜になるとヘルパーの女性がやってきて夕食を作ってくれる。続けてその人の手で食事を進めていく。両手が使えないので何ともいえない。

 何とか食事を終えると、ヘルパーさんは食器を洗い、続いて風呂へと入る。これまた手が使えないので体を洗えないため、ヘルパーさんの手を借りなければならない。それらを終えると、ヘルパーさんは帰っていく。

 部屋に戻り、二人の様子を見てみる。ヘルパーさんが紅葉に何とかスープを飲ませているが、それでもわずかなものだ。彼女は相変わらず虚空を見つめて何事かを呟き続けている。

 そして相変わらずライムは眠り続けたままだった。

 

「……」

 

 その光景にシアンは心を痛める。

 生きて帰ってきたはいいが、ずっとこのままだと悲しくなってくる。生きてこそ希望は持てるが、それまでは心が痛み続けることもある。

 しばらくそんな風に二人の様子を見つめていると、扉がノックされた。

 こんな時間に誰だろうと思ったが、一応対応してみることにした。

 

「はーい、どちらさまですかー?」

「神倉月の知り合いだ」

 

 あの月の知り合いと名乗ってきた。それも少し年配の声色だった。

 聞いたことのない声だった上にこんな時間。どうしたものかと考えていると、声が続く。

 

「少し話がしたい。『吹雪(ブリザード)』の少女よ」

「……いいよ。どうぞ、鍵開いていますので」

 

 そう言うと静かに扉が開かれた。

 そこにいたのは赤いローブを纏った誰かと、金色の下地に黒い縞模様が走ったローブを纏った誰かだった。

 その怪しさ満点の二人に、シアンは警戒心を露にした。だがそれを知ってか知らずか、金色のローブを纏った誰かが入ってくる。

 

「邪魔するぜ、嬢ちゃん」

 

 中に入ると、さっと顔を隠しているフードを脱ぎ取った。その中から金髪のはねまわった髪に、後ろに少しだけ湾曲した角、そして少し長めに尖った耳がある。

 どう見ても魔族の青年だった。

 ルシフェル一家以外の魔族なんて初めて見たため、呆けた顔でその青年を見上げるシアン。その視線に気づくと、青年は首をかしげ、ああ、とうなずいた。

 

「やっぱ気になるか? 嬢ちゃん」

「あ、いえ……。魔族の人ってライムの家族以外で初めて見たから……」

「……ああ。まぁ、ん」

 

 どこか歯切れ悪く呟きながらぼりぼりと髪をかく。しばらく何かを考えていたが、小さくうなずき、どん、と胸を叩いた。

 

「俺は獅子童雷河(ししどうらいが)。ま、よろしく頼むわ。そしてこっちが俺の親父で……」

 

 肩越しに振り返りながら紹介すると、赤衣の男がシアンに向き直った。

 

「……獅鬼(しき)だ」

 

 だがその顔には忍の面・陽が装備されており、素顔が見えない。益々怪しいが、月の知り合いだと名乗っている。それに名乗られたのだ。一応名乗っておくことにする。

 

「私はシアン・フリージアといいます。獅子童雷河さんに、獅子童獅鬼さん、ですね。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げると、二人も礼をする。

 そしてシアンはずっと気になっていることがあった。

 

「あの、月さんの知り合い、と言ってましたけど……」

「ああ。俺じゃなくて親父だけどな。俺は先日初めて会ったばかりさ」

 

 親指で赤衣の男、獅鬼を示した。

 

「ああ。オレと月は昔からの知り合いでな。月からはそれなりにお前たちのことは聞いている。それに……」

 

 素顔が見えないその顔が二人のいる部屋のへと向けられた。

 

「あそこにいる少女とは多少の縁がある」

「え? 紅葉さんと、ですか?」

「ああ。あの少女の村が崩壊した際に幼き小僧と共に救出した」

 

 小僧とは昴のことだろう。そういえば誰かに助けてもらった、と言っていたと思う。それは獅鬼のことだったのだろう。

 

「……さて、用件だが。あの少女と魔族の少年のことだ」

「え?」

「話には聞いている。そこで少々調子を見に来たのだ」

「調子って、治せるんですか!?」

 

 思わず獅鬼に詰め寄ってしまったが、彼は静かににうなずき、部屋へと向かっていった。その後ろからシアンと雷河が続く。

 まず獅鬼は紅葉に近づいた。相変わらずの様子であり、変化は見られない。じっと紅葉を見つめていた獅鬼は溜息をついて首を振る。

 

「これはオレにはどうにもならんな。心の問題は難しい。そしてこっちの少年だが……」

 

 続いて隣で眠っているライムに視線を移す。

 

「……ふむ、これくらいならば少しばかり手を加えれば目を覚ますかもしれんな」

「ほ、ホントですか!?」

「うむ」

 

 ローブの中から両腕を出し、拳を鳴らして首を振る。何をするつもりなのかと思っていると、大きく息を吸い込んだ。

 一体何をするつもりなのだろうと思っていると、その手が素早く動き始める。ライムの体の至るところへと指で突いていく。

 シアンが呆然としていると、隣にいる雷河が腕を組んで説明を始めてくれる。

 

「人の体にはツボがある。親父はな、それを全て把握してんだわ。で、気を込めて突いていくことで体の調子を治していくんだよ」

「は、はわ~……」

「とはいえ、限度があるけどな。親父は魔法に関してはまあまあなんだが、体術とか医療とかは結構な腕前なんだわ」

 

 雷河はどこか誇らしく語っている。

 しかしこの光景はどこか凄まじいものがある。その手の早さが異常だ。気の動きしか見えない。

 そしてその手が止まり、大きく息を吐いた。

 

「終了だ。少しすれば意識が戻るだろう」

「……ホント?」

「ああ。……月も少し治療したようだが、オレも少しばかり手を加えておいた。体のガタも少々治し、加えてもう少し魔法の限度を解禁させた。とはいえ、前回の魔法をもう一度使えばまた倒れるだろうがな」

 

 つまり、また少し魔法の使用できる範囲は広くなったけど、まだまだ本調子ではないということだろう。意識を回復させるだけでなく、そこまでしてくれるなんて、見た目に反していい人だ、とシアンは思った。

 

「さて、俺たちがここに来たのはその二人のことだけじゃねえんだわ」

「といいますと?」

 

 首をかしげると、腕を組んだ雷河が首を動かしてシアンを見下ろした。雷河も獅鬼も長身のため、シアンからすればぐん、と見上げるしかない。

 

「お前らに警告をしにきたのさ」

「警告、ですか?」

「そう。お前たちの命が危険だ、と月さんから聞いてるよな?」

 

 それにシアンはうなずいた。以前にハンターズギルド本部で聞かされている。信じられないことだが、優羅が襲撃されたり、前回の件で狂フルフルをけしかけられたのは確かだ。

 

「今のこの状況。奴らにとっては絶好のチャンスだってのはわかるか?」

「……あ」

 

 シアンは両腕が使えない。紅葉とライムは動けない。襲おうと思えば楽に襲える状況だ。

 

「ん。だから俺たちが来たのさ。お前たちを護衛するためにな」

 

 にっと笑ってシアンの頭をわしわしと撫でてきた。その荒々しい撫で方にきゅっと目を瞑ってしまう。

 すると、玄関の扉が控えにノックされた。

 今度は誰だろうとシアンがそちらに目を向ける。

 

「失礼いたします。ロビーにてシアン様にお客様が見えました」

「お客様? 今度は誰だろう……」

 

 どうやらボーイのようで、シアンの呼び出しのようだった。とてとてとシアンが扉へと近づこうとするが、その肩を雷河が掴む。

 

「待て」

「え?」

「…………」

 

 雷河がじっと扉の方を睨みつけている。後ろにいる獅鬼もまた同様だ。

 

「……親父」

「ああ」

 

 うなずいた獅鬼が虚空を見つめている紅葉抱き起こし、背中に乗せた。

 

「え? え?」

 

 続いて雷河は壁に掛けてあった三人のローブを取り、それぞれ手渡して纏わせる。それからライムに近づいて抱き起こし、背中に乗せる。そのままシアンを自分の脇へと引き寄せて持ち上げた。

 

「え? えぇぇぇぇえええ!?」

 

 いきなりのことにシアンが戸惑い始めた。

 すると扉の外から何かが聞こえ始めた。

 

「……フフ、フフフフフハハハハハハハァァァァ!!」

 

 それは押し殺したかのような笑い声。次第にそれは大きくなっていく。

 

「ハァァアアアアアッハッハハハハハハァァァァァアアアァァァ!!!!」

 

 そのまま扉が蹴破られ、その姿がお披露目になった。

 赤い下地に黒い紋様が描かれたようなローブを纏い、その顔には忍の面・陰が嵌められている。

 アヴェンジャーその人だった。

 

「ナァァァアアアンデ、気ヅイタンダロウナァァァ? ッテ、誰ダァ? テメェラ?」

 

 仮面の下から雷河と獅鬼を見つめているのだろう。そして少し考えて大きくうなずいた。

 

「……アァ、オ前ラカ? 最近俺様タチヲ監視シテルッテ奴ラハ? ククク、ヒャッハァァァア!! マサカコンナ所デ会ウトハナァ……! コイツァツイテルカ?」

 

 そう言いながらローブの中に手を入れていく。取り出されたのは黒塗りの刃が三つ付いているランス、蛇槍【ナーガ】だった。それを両手で持ち、軽く回転させる。

 通常ランスは槍と盾で構えるスタイルだが、アヴェンジャーは盾を持たずに両手でランスを構えていた。

 

「クッケケケケ……! サァテ、ソノ命、貰イ受ケルゼェェェエエエ、オラァァァアアアアア!!」

「……ふっ」

 

 地面を蹴って疾走してきたアヴェンジャーを見て、微かに笑った獅鬼は背後の壁を蹴破って穴を空ける。

 

「え? ええぇぇ!?」

 

 驚くシアンをよそに獅鬼と雷河はその穴から外へと飛び出した。夜風が頬を撫でるが、構わずに二人は近くの建物の屋上に着地する。ちなみに宿の部屋は6階に当たる。そこから3階分の高さを飛び降りたのだ。

 

「ハッハァァァアアアアア!! 逃ガサネェヨォォォオオ!!」

 

 アヴェンジャーも夜のドンドルマに身を投げ出しつつ、手にした蛇槍【ナーガ】を投擲してきた。風を切りながら飛来する蛇槍【ナーガ】から回避し、次なる建物へと飛び移った。そして道に着地し、そのまま疾走する。

 

「…………ヒヒ、ウン、リョウカイダヨ」

 

 突き刺さった蛇槍【ナーガ】を抜くと、アヴェンジャーは含み笑いを漏らした。

 

 

 街を疾走する二つの影。一人は背中に虚ろな目をしている少女を背負い、もう一人は眠っている少年を背負い、小柄な少女を腕に抱えて走っている。

 傍から見れば怪しさ満点の光景。しかし彼らは暗殺者から逃げているだけだ。

 

「しっかしまぁ、チャンスとは言ったが、まさかしょっぱなから仕掛けてくるとはね。よほど敵さんは嬢ちゃんたちを始末してぇみてぇだな、おい」

「う、うぅ……」

 

 脇に抱えられながらシアンが渋る。彼女は小柄なために、片手で抱えられたようだ。雷河の背にはまだライムが眠ったままおぶさっており、左手で支えられている。

 

「あれはおそらく『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』だろうな。となれば、どこかに『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』ともう一人の女がいるはずだ」

「女、ですか?」

 

 なぜ通り名じゃなくて女なんだろうと考えていると、雷河が苦笑を浮かべた。

 

「いやね、そいつのことはあまりよくわかってねえんだわ。ちょっと見た限りでは女っぽい、と親父が言っていてな。俺は男と思ったんだが、親父の観察眼はたけぇから。で、もちろん通り名もまだ把握してねえ」

 

 つまりライムのように中性的な女性、ということなのだろう。

 

「『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』がオレたちを外へと放り出させ、『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』が挟み撃ちにする、といったところだろう。注意しろ、雷河」

「おうよ」

 

 しばらく走り続けていると、雷河の背で眠っていたライムが微かなうめき声をあげた。

 

「ん?」

「ん、んん……」

 

 そしてゆっくりと目を開けていく。

 

「ライム!?」

「……あ、あれ? ここは……?」

 

 目を動かして辺りを見回した。そして自分が背負われていることに気づくと混乱し始める。

 

「え? あれ……?」

「おう、お目覚めか。でも悪いな。今は緊急事態……って、おいおい」

 

 前方に気配を感じたと思うと、そこからアヴェンジャーが飛び出してきた。その両手にはツインハイフレイムを握り締めている。

 

「クッヒヒヒヒ!! 逃ガサネェヨォ!!」

 

 いったいいつ回り込まれたのか。その疑問を感じている暇などない。すぐそこに曲がり角がある。二人は身を滑らせるようにそちらへと移動し、アヴェンジャーの攻撃から逃れる。

 人を抱えていては攻撃など思うようにできるはずもない。だから今は逃げ続ける。

 ふと、背後から何かが迫る気配がした。二人が同時に回避行動を取ると、そこを何かが通り過ぎていく。

 それは投げナイフだった。目を凝らせば切っ先に何かが塗られている。恐らく毒といったところだろうか。

 

「オラオラオラァァァァ!!」

 

 アヴェンジャーの叫びが聞こえ、次から次へと投げナイフが飛来してくる。

 

「チッ、防戦一方だな。どうすんだよ、親父」

「……うむ、オレはこの少女を抱えていないといかんからな。雷河、機を窺ってお前がやれ」

 

 抱えているシアンとライムに視線を移しながら獅鬼がそう言った。シアンは両腕が使えないが、逃げるくらいならばできる。そしてライムも目を覚ました。

 ならば、両手が空けば雷河が戦える、ということなのだろう。だが今ここで下ろすわけにはいかない。その瞬間、投げナイフを受けてしまう危険性があるからだ。

 それから数分して、ドンドルマの中心部までやってきた。建物の陰に隠れてライムとシアンを下ろした。そして雷河がローブの中に手を入れ、中から一振りの薙刀のようなものを抜き取って回転させる。

 大鬼薙刀。

 金獅子と呼ばれるラージャンの素材を使用した雷属性の太刀である。そしてローブの下にはそのラージャンの素材を使用して作られた金色シリーズだ。

 これだけの装備を作ったということは、彼はそれだけの数のラージャンを討伐していることになる。

 ラージャンといえばモンスターの中でも危険度がトップクラスであるモンスターとして知られている。並みのハンターだけでなく、熟練のハンターといえど、出会えば「逃げる」を選択してもおかしくない。

 その狂暴さと戦闘能力で出会った相手を次々と葬り去ろうという存在なのだ。故に誰にも付かず、誰も従えない孤高のモンスターとして知られている。

 以前紅葉が語っていた恐暴竜と似て非なるモンスターともいえよう。

 

「さて、お前らは先に行け。ここは俺が食い止めておく」

 

 にっと笑ってそう言うと、角から飛び出してアヴェンジャーへと向かっていった。だがアヴェンジャーも馬鹿ではなかったらしい。そのことは予想していたのだろう。跳躍して建物の壁に足をつけ、そのまま反対側へと飛び移る。そのまま雷河を飛び越し、シアンとライムの近くへと着地した。

 

「クヒヒヒヒヒ!! 貰ッタァァァアアアア!!」

 

 アヴェンジャーの狙いは必殺。

 必ず殺す、にある。

 だから雷河と無理に戦闘をする必要などない。

 ツインハイフレイムを構えて疾走して斬りかかろうとしたが、横から電気が奔る感覚がして勢いを殺さないまま右へと跳んだ。

 先ほどまで立っていた場所から進路へと鋭い雷が轟いている。見れば大鬼薙刀の切っ先を向けて雷河が不敵に笑っていた。

 

「はっ、させねえよ。そして、逃がしもしねえって、なぁッ!」

 

 バチッと雷河に電気が奔ると足もと、両腕に雷が纏われ、気づけば目の前まで雷河が迫っている。

 

「ナッ、テメェ……!?」

 

 ツインハイフレイムを交差させて大鬼薙刀を防ぎ、そのまま刃を流して切り返す。しかしその刃を大鬼薙刀の棍で防がれ、そして回転した大鬼薙刀の棍の先で腹を突かれる。

 

「グッ……!?」

「おせぇな。そんなんじゃあ、俺を抜けねえよ。てめぇには――」

 

 笑みを深くしていく雷河の体にまた電気が奔るが、それは静かに落ち着いていく。しかし逆に雷河の気質が深くなっていき、放たれる殺気が深まった。

 それを感じたアヴェンジャーが仮面の下で笑みを深くする。

 

「――速さが足りねえなぁ!!」

 

 繰り出される大鬼薙刀の怒涛の乱舞。その両手が高速で動き、斬り、突き、払いと基本の動きをしていながらもそれが見えない。それを所々防いでいるものの、ローブが切り裂かれ、中にあるデスギアシリーズへと刃が届いている。

 

「おらぁぁ!!」

 

 最後に一突き。それによってアヴェンジャーは後ろへと飛ばされてしまった。

 

「すごい……」

 

 それをライムとシアンが呆然と見つめている。

 起きたばかりのライムは少し体が動かせない状態だった。加えてあの二人の闘気にのまれて体が動かせないでいた。

 

「おい、見物している暇はないぞ。もう体は動かせるな?」

 

 獅鬼の言葉でライムはゆっくりと体を起こす。ずっと眠っていたが、獅鬼の手当てで何とか動く分には問題ない。シアンも何とか立ち上がるが、やはり両腕がギプスで固められているので立ち上がるのも一苦労だ。

 

「大丈夫?」

「うん、何とか……」

 

 ライムが気遣うようにするが、シアンもライムが心配だ。ずっと眠っていたし、目覚めれば緊急事態。その混乱は大きいだろう。

 獅鬼がもう一度雷河の方へと視線を向け、そして背を向けて走り出そうとした。だが、彼のセンサーがもう一人の敵を捉えていた。

 

「……お前らッ! 右に跳べッ!」

 

 突然の叫びだったが、二人は昴や紅葉からこの声で叫ばれればそれに従うようになっているので、反射的に右に跳んだ。そのすぐあとに、そこへと何かが通り過ぎた。

 見れば道に一つの亀裂が生み出されている。それはまるで鋭い刃か風で切られたかのような傷跡。

 いったい何事かと見れば、闇の中に白い影が浮かんでいた。

 それは白いローブにフードを被った誰か。その手には黒い刀が握られていた。

 

「黒刀【参ノ型】、か……。貴様、三人目だな?」

「……答える義理はない」

 

 ゆっくりと歩いてくるその白い誰かは感情が篭っていない声で答える。その声は低めのハスキーボイス。そしてその容姿、声にライムはどこか覚えがあった。

 

「そ、そんな……まさか……」

 

 思わず体と声が震える。

 じっと目を凝らし、その姿を見据える。

 

「……ふん、こうしてまた会うとはな」

 

 顔を上げたその姿。ローブの下から雪のように白い肌と、鈍色の切れ長の目がライムたちを見つめている。

 ミナガルデで出会った魔族の少女、スノーがそこにいた。

 

「なんで……」

「なんで? ふん、たった一度しか会ったことがないというのに、何を信じられないような顔をしている? 私は元よりこっち側。そして今回は――」

 

 無表情に黒刀【参ノ型】を構え、身を低くしていく。

 

「――お前たちを殺すために来た」

 

 それを見て獅鬼は舌打ちをし、強く地面を踏みしめる。すると石畳の石が舞い上がり、それを次々と蹴り飛ばしていく。

 そしてスノーは地面を蹴り、飛来する石を斬り捨てつつ接近してくる。

 

「おい、小僧! 今は呆けている場合じゃないぞ! オレがやってもいいが、お前はこの少女を背負って走れないだろう? ……ふっ!」

 

 気を込めて足に力を入れ、今度は足から気功弾を放った。それは黒刀【参ノ型】を構えたスノーに命中し、少しだけ後退させる。

 

「ましてやまだ『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』は姿を見せていない。あの二人がいるということは、そいつもいる可能性が高い。逃げている途中で襲われればたまったもんじゃないだろう。だから雷河が戻ってくるまででいい。オレもアシストしてやる。耐えろ! 戦闘体勢に入れ!」

「……はっ、は、はいっ!」

 

 近づいてくるスノーを見ると、少しだけ気が引けるが、それでも彼女は殺しに掛かっている。逃げるか迎え撃たなければ、自分たちは死ぬのだ。

 ましてやシアンと紅葉は戦えない。獅鬼も両手が塞がっているために、あのような対処をしている。掛けられたローブの中からデスパライズを抜き、ぐっと構える。

 

「来るのか? そんなもので、私を止められると?」

 

 前に出て行くライムに気づいてスノーが表情を変えずに黒刀【参ノ型】をライムへと向けた。その刃を盾で受け止めるが、ガリガリと盾が嫌な音を立てている。

 よく見ればその黒刀【参ノ型】は太刀にしては短い。東方の刀と同じ長さだ。ハンターが使う太刀は背中に背負わなければならないほどに長く作られているのだが、彼女のそれは長さを調節させられているようだ。

 しかしそれでもカンタロスの羽で作られた切れ味抜群の刀だ。このままでは盾が真っ二つになってしまう。何とか反撃しようとデスパライズを横から斬りつける。

 しかし今回はモンスターが相手じゃない。自分と同じ人であり、魔族だ。その攻撃にあまり力がない。

 

「はっ、斬れないのか?」

「う……」

「斬れないのなら前に出てくるな、阿呆め。お前はただ、死にに来ただけ」

 

 黒刀【参ノ型】でデスパライズを弾き返し、横薙ぎに切り払った。しかし何とか後ろに下がったので、少しだけ腹が切られるだけにすんだ。下がらなかったら恐らく切腹のようにぱっくりと切られているだろう。

 あったかもしれない出来事に、ライムは冷や汗をかいてしまう。

 

 

 数分前のこと。突然現れたスノーに対し、離れた場所で雷河が舌打ちする。

 

「ちぃっ、やべえな……!」

 

 救出へと向かおうとしたが、倒れていたアヴェンジャーが起き上がる。

 

「マァ待テヤ」

「っ!?」

 

 走り出そうとした雷河の足元へと投げナイフが斜めに突き刺さっていく。

 

「マッタク、ヤッテクレルネェ……クッヒヒヒ!!」

「あれだけ受けて立ち上がるか」

「オォヨ。マ、コチトラ一応鍛エテルンデナァ……イヒヒヒヒ!」

 

 首を鳴らしながらツインハイフレイムをしまって別の武器を探っている。その時間を待っているほど雷河は優しくない。大鬼薙刀を振って雷を纏わせ、更に気を纏わせて一気に振りかぶる。

 それはアヴェンジャーへと向かっていくが、気づけばそこからいなくなっていた。気の動きを探ると、左から迫ってくるアヴェンジャーを感じ取る。棍を立てて防御の構えを取ると、そこに一振りの太刀が振りかぶられた。

 

「……ガーディアンソードか。やはりてめぇ、ギルドナイトか?」

「クッヒッヒヒヒヒ……答エル義理ハネェナァ……!  サテ、サッキオ前、イイコト言ッテタナァ?」

 

 一端距離を取ると、アヴェンジャーがガーディアンソードを構える。その立ち位置はライムたちへの道を閉ざしている。彼らの元に向かおうとすれば、目の前のアヴェンジャーを倒さねばならない。

 

「俺様ニ速サガ足リナイッテ……」

「……」

「Oh,Yeah……確カニ速サガ足リナカッタナァ……。チョイト遊ビガ入ッテタワ」

 

 ガーディアンソードに気を纏わせつつ、仮面の奥からぎらつくような視線が放たれる。恐らく口元は実に楽しそうに歪められているだろう。それだけ喜色の気配を感じた。

 

「クッヒッヒヒヒヒ!! 覚悟シロヨ? 魔族ノ野郎ォォォ! コウナッタラ絶対ニテメェヲ殺ス! アルイハァ、深手デモ負ワセテヤルァァ!!」

 

 その気が更に上昇し、アヴェンジャーを取り巻くように渦巻き始める。ガーディアンソードに纏われた気に色が付いている。

 それは血のような赤。

 まさに狂人で戦闘狂なアヴェンジャーに合う色。

 気に色が見えるほどの濃密な気質。

 雷河の頬に汗が流れるが、その口元はアヴェンジャーと同じく実におもしろそうに歪められていた。

 

「――くく、くはははははははは!!!」

「アァ?」

 

 大鬼薙刀を構えながら高笑いをする。同時に両腕からまた電気が奔る。同時に雷河の気質が高まり、はねまわっている金髪の色の濃度が深まっていく。気のせいか髪が伸びていないだろうか。纏めているゴムが外れ、ばさっと広がって金の波を生み出した。

 

「いいぜぇ……、気に入った。てめぇとはいい殺し合いが出来そうだなぁ……ははははは!!」

「……」

 

 その言葉に一瞬アヴェンジャーが固まったが、少しして体を振るわせ始めた。

 

「クッハハハハハハハハ!!! ソウカソウカァ!! テメェモ同類カ!!」

 

 同類。一体何を指したのかといえば、やはりソレ、なのだろう。

 

「殺シ合イ、ギリギリノ所デヤリトリサレル命ィィ!! 一歩間違エバ死ヌ戦イ! ソレコソガ俺様ニトッテノ快楽ニナリエルッ! テメェモカァ、アァ?」

「その通り! ぬりぃ戦いなんざ興味ねえ。己の全力を以ってして相手を打ち倒す。これこそが殺し合いってなぁ!! あぁ……久々に高ぶってきたぜぇ……! くははははは!!」

 

 両腕だけでなく全身から雷が迸っている。雷河の気の高ぶりに反応して発生しているのだろう。纏われている気も金色に染まっている。

 

「クッヒッヒヒヒヒ……! ツマリ俺様タチハ……!」

「お互い戦闘狂、ってわけだな……! はははははは!!」

 

 武器を打ち合わせているわけでもないのに、お互いの気がぶつかり合って間の石畳が次々と割れていく。濃度が高い故にそれ自体が破壊の力を持っている。

 気が弱いものが近くにいれば間違いなく失神している。

 

「……ああ、だが残念だ」

「ア?」

「てめぇとは殺し合いてぇ。それは間違いない。でもな……」

 

 身を低くして飛び出す体勢に入る。

 

「今はあいつらを助けに行かなきゃならねえんだわ。だから、どいてもらおう!」

「クッヒヒヒヒヒ!! キャァァッカダァァ!!! アノ人ノ邪魔ヲスル奴ハ全員ッッッ!!」

 

 お互いの気が切っ先へと収束していく。間違いなくこの一撃はお互いにとっての必殺の一撃となるだろう。

 アヴェンジャーもまた身を低くして飛び出す体勢に入った。

 

「KILL!! THEM!! ALLゥゥゥ!!!」

 

 二人の体が同時に飛び出され、二つの刃が交わった。

 

 

「……阿呆が。何を楽しんでる、あの阿呆。やっぱり一度斬るべきか」

 

 黒刀【参ノ型】を構えなおしつつ、スノーがアヴェンジャーへと視線を移した。無表情に近いその顔が少し苦いものになっている。

 彼女としてもさっさとこの仕事を達成させようとしているのだろうが、いかんせんアヴェンジャーが戦闘狂なせいで、あの殺し合いを楽しんでいるようだ。それは離れた場所であるここまで、彼の高ぶっている声が途切れ途切れで聞こえてくる。その言葉にかなり伸びた言葉や、どこぞのわからぬ言葉まで混じっていることからもわかる。

 

「阿呆は一度死ななきゃ治らない、と言う言葉があるからな。ん、やはり一度斬るか」

「……いや、それは馬鹿じゃ……」

 

 思わず小声で呟きながらもライムが体勢を立て直した。その体は傷だらけだが、致命傷にはなっていない。

 しかしもう息が絶え絶えだ。今までスノーの剣をかわし続けられたのが奇跡といえよう。

 だがこの調子ならばいつ斬られてもおかしくない。

 シアンは獅鬼の背に乗っている紅葉へと声をかける。

 

「紅葉さんっ! 帰ってきてください、紅葉さんっ!!」

「……いやだ、一人にしないで……」

 

 しかし紡がれる言葉は相変わらず一人であることを嘆く言葉だった。時折だんまりになるが、またこうやって言葉を紡ぐ。その繰り返しだった。

 

「ライムが大変なんだよ! お願い! 戻ってきてください!」

「…………昴、優羅……」

 

 だがシアンの言葉に反応しない。彼女の心を占めるのは昴と優羅だけだった。背負っている獅鬼がまた強く地面を踏み、石を巻き上げて次々と蹴り飛ばしていく。ライムの呼吸が整えられるまで、また時間を稼ごうとしているようだ。

 そしてシアンが落ち込んでいるのを感じ、溜息をついた。

 

「……駄目だな、やはり」

「ど、どうして……」

「恐らく精神が逆行しているのだろう。幼い頃の少女に戻り、楽しかったあの頃を思い出していると思われる。……ふっ!」

 

 一際大きい石を力を込めて蹴り飛ばすが、一息で切断された。やはりちょっとした時間稼ぎにしかならない。

 魔法を使った方がいいのだろうが、生憎と月や雷河にも言われたように獅鬼には魔法の才能はあまりない。この状況で使ってはすぐに息が切れる。

 

「幼い頃の少女に逆行しているが故に、お前たちのことは知らない。だから助ける気力はない。そういうことだ」

「そ、そんな……」

 

 確かに理屈としてはわかる。でも、それはシアンにまた一つ大きな衝撃を与えてしまった。

 自分たちのことが忘れられている。関係のない他人にされている。

 それはお姉ちゃん、と慕っていたシアンにとってはショックなことだった。

 

「紅葉さん! 紅葉さんっ! わたしです! シアンです! お願いします! 帰ってきてください!!」

「…………」

 

 今度はだんまりになってしまった。完全に自分の世界に閉じこもっている。

 元に戻せるであろう昴と優羅はここにはいない。完全に手詰まり状態だ。

 しかしシアンは何度でも紅葉に呼びかけ続ける。

 

「ライムが、わたしがピンチなんです! 殺されそうなんです! お願いします! 助けてください!」

「…………助け、たす……け……」

 

 シアンの言葉に反応したかに思えたが、しかし戻ってくる気配はなかった。だがシアンの言葉はある程度は聞こえているようだ。

 

「無駄なことを。そいつは完全に自分を見失っている」

 

 視線がシアンへと向けられた。

 

「人ってのは体と意思があるからこそ人といえる。精神が死ねばそいつはただの肉塊。意思が失われればただの人形になる。人形になればそいつは簡単には人にはなれない。なにせ、何かをしようとする意志がないんだからな」

 

 黒刀【参ノ型】の刀身を指でなぞりながら淡々と語っていく。その顔がどこか愁いを帯びているのは気のせいだろうか。

 

「人ってのは何かをしようとするから人なのさ。だからこそ意思がない人は人形。そんな奴は生きているとは言いがたい。つまり、人形ってのは肉塊に近いモノ、とでもいえる」

「そんな、そんなこと……っ!」

「そいつはもはや人形だな。過去へとしがみつく哀れな人形さ。人形が人に戻れるのは、そう簡単じゃない。特定の条件でなければ絶対、といっていいほど戻れないからな」

 

 チャキ、と音を立てて黒刀【参ノ型】の奥から鈍色の瞳がシアンたちを捉えた。

 

「なら、死ぬ時はその綺麗な思い出に包まれたままってのもオツなものだろう? 安心しろ。一瞬で殺してやる。そうすれば、楽になる。これ以上苦しむことはない。死によってそいつを救ってやる」

 

 黒刀【参ノ型】の影からうっすらと笑みが見えた。その表情はとても綺麗なものだが、死の宣告をしているため、綺麗なものと見れない。

 

「うぅ……紅葉さん! お願いだよ……、わたしたちを、わたしたちを助けてよぉぉぉ!!」

 

 涙を流しながら紅葉に叫ぶシアンだが、やはり紅葉は反応しない。

 そして雷河とアヴェンジャーがぶつかり合い、ぶつかり合った衝撃がここまで届いている。どうやらあちらも佳境のようだ。

 つまり、まだ助けは来ない。

 そしてスノーもまた気質が高まり、殺す体勢に入っている。

 

「助けはない。大人しく……死ね!」

「く……!」

 

 その構えに獅鬼が仮面の下で苦い顔をした。

 迫ってくる白い殺人鬼を前にし、ライムもシアンも悲痛な顔になる。

 

「い、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

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