呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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33話

 

 

 体が震える。

 近づいてくる死の気配に体の自由が奪われる。

 だがそれに抗わなければならない。背後は幼馴染の少女がいる。そして動けない紅葉を背負っている獅鬼がいる。

 また、離れた場所ではまだアヴェンジャーと戦闘している雷河がいる。

 

 まともに戦えるのは自分だけだ。

 

 それはわかっている。

 でも自分は未熟だ。

 動けることは動けるが、実力が全然足りない。

 そんな風にしていると、もうそこまで白い死神が迫っていた。

 黒刀【参ノ型】を構え、疾走してくる彼女。

 世界がゆっくりと動いている。彼女から視線を逸らすことができない。

 獅鬼が何とか対処しようとしているようだが、それでも少しの抵抗にしかならないだろう。

 

 動け。

 動け動け。

 動け動け動け動け動け動け動け動け!!!

 

 ここで動かなければ、何かをしなければ、皆が死ぬんだ。

 そんなこと、あってはならない。

 震える体に鞭を入れて何とか一歩踏み出そうとしたが、それでどうしようというのだ。

 手にしているのはデスパライズ。

 これが彼女へとまともなダメージなんて与えたことなどない。

 全て防がれ、切り替えされてこの身が僅かに斬られている。

 

 ――抵抗しても無意味じゃないのか?

 

 そんな考えがよぎった。

 だが相反する考えも浮かぶ。

 

 ――無駄だとわかっていながらも、行動しなければならない時があるだろう!?

 

 そうだ。

 恐れるな。

 恐れて何もしないでいることこそ後に後悔することになるのだっ!

 

『恐れず行動しろ。出来ないことが恥じゃない。行動しないことが恥だ』

 

 彼の言葉が頭によぎった。

 ライムもまた彼の言葉を目にしている。

 

 生きろ。

 

 彼はそう口を動かした。

 ならば生きなければ。

 そして自分だけ生きるのではない。

 シアンも紅葉も助ける。

 皆を助けるためには、自分がやらねば。

 力を……皆を守るための力を……!

 

「う、うう……」

 

 だが行かなければ。

 白い死神を見据えて踏み出した。

 

 世界が動きだす。

 

「――――!」

 

 彼女はもういつでも斬れる状態だ。

 その前に身を投げ出した。

 体はまだ震えている。

 心臓は暴れまわり、体が熱い。

 でもここでやらなければ文字通り終わる。

 

「うああああああぁぁぁぁぁ!!!」

「――ほう?」

 

 飛び出してきたライムに、少しだけ感心したようにスノーが笑みを浮かべたような気がした。だがスピードは落とさない。その速さを維持したまま黒刀【参ノ型】を振り下ろした。

 デスパライズを振り上げてそれを受け止めようとしたが、黒刀【参ノ型】の切れ味の鋭さは馬鹿には出来ない。盾でもガリガリと音を立てるほどだ。手にしている盾は無数の傷跡を残している。

 所詮はゲネポスの素材で作られたものだ。その防御力など、黒刀【参ノ型】の前ではほぼ無意味に等しい。今まで耐えられたのはその下にある鉱石部分のおかげだろう。

 そして今、黒刀【参ノ型】とデスパライズの刃がぶつかり合っているが、どんどん刃がデスパライズの刀身を切り裂いていく。

 

「く、う、うぅ……!」

「ぬるいな。その勇気は賞賛する。でも、弱い!」

 

 振り降しから一歩引き、そのまま下から逆袈裟で切り上げた。その一太刀によってデスパライズは両断され、ライムの体まで切り裂いた。

 

「――あ、あぁ……」

 

 その体から鮮血が舞う。

 彼の体は普通の私服だ。装備などつけていない。

 つまり防御の力はほぼゼロに近い。

 それでは黒刀【参ノ型】の一太刀が綺麗に入れば、こうなるのは当然のこと。

 赤い線が体に走り、宙へと赤が飛び散った。

 

「い、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 シアンの悲鳴が響き渡る。

 獅鬼は仮面の下で舌打ちし、切り上げた勢いで硬直しているスノーへと足から気功弾を放った。

 

「くっ……!」

 

 それによって彼女が後ろへと飛ばされるが、空中で受身を取って体勢を立て直す。その間にシアンがライムに駆け寄った。

 

「ライム、ライム!」

「く、う……、だい、じょうぶ……」

 

 そんなことを言っているが、どう見ても大丈夫じゃない。胸からはまだ血が流れており、ライムの顔色がどんどん悪くなっていく。

 

「……斬る」

 

 膝をついているスノーがそう呟いたと思うと、また地面を蹴って疾走してきた。あれくらいで止まるようなものじゃなかったようだ。

 荒い息をつきながらライムが顔を上げる。

 また世界がスローモーションになっていく。

 それは死が迫ってくる時に感じるモノとは何かが違っていた。

 何故かはわからない。

 でも、何かが違っているような気がした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 体を巡る血が熱い。

 でもその血は胸から出て行ってしまう。

 

 止血を……止血を……。

 いや、まずは皆を守らないと……。

 そのためには彼女を止めないと……。

 息が、呼吸を……。

 

 色々な思考が巡っていくが、それでもライムは冷静だった。

 

 ――ドクンッ

 

 一際大きく心臓が鼓動した。

 

 ――ドクン、ドクン

 

 なんだ、これは……。

 魔族の血が、暴れている?

 

「――!」

 

 スノーの動きがゆっくりに見える。

 間違いなく彼女は速く迫ってきている。

 だというのに、ライムの視界ではゆっくりだった。

 離れた場所で戦っているはずの音までゆっくりと、そしてはっきりと聞こえてくる。

 

 超感覚。

 

 そんな言葉が頭に浮かんだが、どうでもいい。

 今はただ、皆を守れるだけの力があれば、それでいいのだ――!

 

「はぁ、あぁぁああアアアアアアァァァ!!!」

 

 獣じみた叫びを上げながらライムが起き上がり、真っ向からスノーへと駆け出した。

 

「な、に……?」

 

 それにはスノーも驚いたようだ。

 もう少し先で黒刀【参ノ型】を払おうとしているのに、もうそこまでライムが迫っている。予定を変えてここで黒刀【参ノ型】を横薙ぎに払う。

 だがライムの左手が風を纏い、そのまま横に払うと、黒刀【参ノ型】が風に従ってあらぬ方へと進路を曲げていく。

 

「っ!?」

「アアァァァアアア!!」

 

 右手には電気が纏われ、それを胸へと突き出した。

 

「ちぃっ!」

 

 しかしスノーは反応して何とか体を捻らせて回避した。そのまま黒刀【参ノ型】を引きつつ回し蹴りを放つが、ライムも反応して回避する。

 そして気づいた。

 いつの間にか胸の傷が塞がって止血されている。

 

「バカな、有り得ない……」

 

 ライムのことは知っている。『世界'(ワールド)()観測者(オブサーバー)』から敵である『吹雪(ブリザード)』のデータは貰っている。

 データによれば、新米ハンターにしてまだまだ未熟。

 身体能力は並。

 魔法の才能は高いが使用不可能。

 魔族としての能力は……、と思い出したことで、一つの結論が導き出された。

 

「『覚醒』……したのか……!?」

 

 それならば説明がつく。

 自分もまた魔族だ。魔族に関してはそれなりに知っている。

 そして彼は曲がりなりにも『ルシフェル』。

 あのルシフェルならば、こうなってしまうのも無理はないだろう。

 

「ここで覚醒とは、なるほど、追い詰められた獣ってことか」

「アアアアァァァ……! 守る……! 絶対に……!」

「だが、完全にあの血を制御しきれてないな。ふん、初めての覚醒、といったところか」

 

 黒刀【参ノ型】を構えなおしながら冷静にライムの出方を窺っている。

 

「追い詰められた獣ほど恐ろしいというけど、ふん。無闇に暴れるだけなら、一瞬で仕留めてやる」

「守る、守る……!」

 

 ライムの周りに淡い緑の気が広がっていく。右手は変わらず電気が奔り、左手は風が渦巻いている。その青い目は深い蒼へと変貌している。気のせいなのかその奥に少し輝く青い光がないだろうか。

 加えて前髪が伸びており、少し目元を隠すようにしている。そして淡い緑の長髪が光を放ち、淡い緑と深い緑の二色で煌いている。

 

「ら、ライム……?」

「……魔族の覚醒だ。あの少年、ある意味まずい状態だぞ」

 

 後ろで見守っている獅鬼が少しだけ苦しげに呟いた。

 どういうことなのかと獅鬼を見上げると、紅葉を背負いなおしつつ気を練り上げている。

 

「覚醒することでこの状況は打開できるかもしれんが、その後も覚醒したままならば暴走を起こす可能性がある。そうなればあの少年を止めきれないと、そのまま先祖返りをして暴れまわる」

「そ、そんな……」

「別の打開策があればいいのだが、『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』が未だに姿を見せていない。あれがどこかに潜んでいる可能性がある以上、この少女を下ろしてオレも介入できん」

 

 確かにそうだ。

 未だに『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』らしき姿がここにはいない。となれば、遠距離からの攻撃役なのだろうか。その危険性がある以上、獅鬼は戦いに参加できない。

 見れば雷河とアヴェンジャーがまだ刃を打ち合わせている。そのたびに石畳が割れ、騒音を立てている。こんなに音を立てているというのに誰も来ないということは、やはり彼らが結界を張っているのだろう。

 

「アアアァァァァアアアアア!!」

「……見苦しい。いい加減、死ねよ」

 

 大きく息を吸って黒刀【参ノ型】を構えると、目に見えぬほどの太刀筋で三つの剣閃が奔った。それはライムの両肩、そして胸へと奔りぬけ、そして新たに傷を作り上げた。

 

「ガ、アァ……!?」

 

 また鮮血が舞い、バランスを崩していくが、数歩下がって体勢を立て直した。

 

「ライム!?」

「ア、 アァ……死ね、ない……!」

「……」

 

 息が荒いが、ライムは倒れなかった。

 シアンたちの前に留まったままスノーを見据えている。

 それはまるで弁慶のようだ。

 決して倒れず、守るべき人のために敵と相対する。

 その気迫に、スノーは微かに目を細めた。

 

「……」

「グ、ア……アァァ……!」

 

 その姿にシアンの涙が止まらない。自分も両手が使えれば彼の傍に立っているというのに。ただ守られているだけの自分がもどかしかった。

 斬られるたびに、苦しげな声を上げるたびに胸が締め付けられていく。

 だが何も出来ない。

 だから悔しい。

 もう見たくない、と目を逸らしたくなるが、そんなことは出来ない。

 

「ライム……!」

「く……!」

 

 苦い声を漏らしながら獅鬼が辺りを警戒している。『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』がどこにいるのか把握しようとしているのだろう。もし彼女の狙いが、獅鬼が介入しようとして紅葉を下ろしたところ、というのならば、ここで下ろせば狙い通りになる。

 だから下ろせない。

 介入したいのに介入できない。

 そうしていると、スノーが再び黒刀【参ノ型】を構える。

 

「もう充分だ。これ以上苦しむことはない。この『鮮血(ブラッディ)()白雪(スノー)』が引導を渡してやるよ」

「守る……守る……!」

「――楽になれ」

 

 刀身を右に向け、右足を引いて構えを取る。それは恐らく彼女にとっての必殺の構え。

 

「あれは、殺人剣術の……!? いかんっ!?」

 

 慌てたような獅鬼の声。

 殺人剣術というからには、あれを受ければライムが死ぬ。

 

「――燕……っ!?」

 

 その剣が動こうとした時、何かに反応して顔がそちらへと向けられた。更に飛来してきたものを切り捨てていく。

 それは矢だった。

 ライムたちから右方向、夜のドンドルマの闇に紛れて誰かが立っている。

 

「……てめぇ」

「やれやれ。ようやく入れたと思えばとんでもない修羅場ではないか。わたしも混ぜてもらえないかね?」

 

 そこにいたのはレインだった。その手にはソニックボウⅢが握られている。虫の素材で作り上げられた弓であり、既に新しい矢を番えている。

 隣にいるサンの手にはエメラルドスピアが握られている。それも両手で、だ。

 どうやらアヴェンジャーだけでなく、彼女もランスを両手で扱う心得があるようだった。軽く回転させ、薙刀のように操る。細身のランスならではの芸当だろう。

 そしてゲイルは双剣のギルドナイトセイバーを握り締めている。やはりギルドナイトの象徴といえるものは持っているようだった。

 そして三人の武器は上位素材を使用している。つまり、彼らはギルドナイトであると同時に上位ハンターでもあるようだ。レインならまだわかるが、サンとゲイルも上位ハンターであることは驚きである。

 

「さて、君たちが話に聞く狂化竜を生み出す集団の者だな? ならば放置しておくわけにはいくまい。加えて傷害罪もある。現行犯逮捕させてもらおう」

「……参ります」

「……!」

 

 サンはアヴェンジャーを、ゲイルはスノーへと向かおうとしている。

 

「……」

 

 一方スノーは突如乱入してきたレインたちに不快な視線を向けている。もう少しでライムを殺せるところで邪魔をされたのだ。

 チラッとアヴェンジャーへと視線を向ければ、彼もまた乱入してきたレインたちに視線を向けていた。

 

「チッ、ココデクルカ……」

 

 アヴェンジャーが憎らしいような声色で呟いた。仮面の下でどんな表情をしているのかわからない。だが恐らくは憎悪に彩られているだろう。

 彼が名乗る『復讐者(アヴェンジャー)』としての顔がそこにあるに違いない。

 もしかすると、あの三人の中、あるいはギルドナイトに憎悪する何かがあるのかもしれない。

 

「……バカな」

 

 一方雷河は三人を見つめて驚いた顔をしていた。

 有り得ないものを見た、という顔である。いったい何が彼をそういう表情をしているのかわからないが、確かにそれは信じられないという顔である。

 

(なぜ……なぜそこにいるっ(・・・・・・・・)!? コイツはココに(・・・・・・・)いるんだぞ(・・・・・)……!?)

 

 そんなことを考えていると隙が生まれた。アヴェンジャーがすかさずガーディアンソードで突き刺してくる。

 

「……チィ、オラァッ!」

「くっ……」

 

 何とか反応して回避するが、ローブが少し切られてしまった。更に連続して斬りと突きを繰り返してくるが、すっかり雷河は防戦一方になっている。

 

「サン、あれを止めろ。ゲイル、あの少年を救出するんだ」

「はい、兄さん」

「わかり、ました……!」

 

 指示を受けて二人が走り出した。そしてレインもスノーへと引き絞った弓を放つ。風を切ってスノーへと向かっていく矢を見据え、黒刀【参ノ型】で斬り伏せていく。続くようにしてギルドナイトセイバーを構えて疾走するゲイルは、いつもの雰囲気に反してなかなかの速さをしている。

 

「……これまで、か」

 

 舌打ちしたスノーがローブの中に手を入れて何かを放り投げた。それは一間置いて強い光を放つ。

 

「っ!? 閃光、玉……!?」

 

 夜に目が慣れている今、そのような強い光を炸裂させれば通常異常に目がやられる。ゲイルたちが目を閉じて何とかやり過ごした。

 

「クッヒヒヒ、時間切レ、ダナァ……! 今回ハ見逃シテヤルガ、次ハコウハイカネェ! セイゼイ首ヲ洗ッテ待ッテロヤァ!!」

 

 そんな言葉を残し、アヴェンジャーが姿を消した。

 光が消えた時にはすでに二人の姿はなくなっていた。

 

 

 宿へと戻ると、すかさずライムの治療を行う。

 魔族の覚醒も落ち着いており、傷も塞がって出血も落ち着いていた。恐るべき自己治癒能力だ。だが無理に体を動かした反動はある。

 彼にとってこの覚醒は初めてのことであり、制御など出来ているはずはなかった。現在獅鬼の手で治療が行われており、シアンたちは中央の部屋に集まっている。

 

「やれやれ、君たちはよほど災難に遭遇しやすいようだな」

「う、うぅ~……」

 

 レインの苦笑が混じった言葉に、シアンはうなだれるしかない。とはいえ、彼女にとっては不本意なもの。別に遭遇したくてしたわけじゃないのだから、当然といえば当然だろう。

 

「本来ならば、人同士の武器での戦闘は禁止されているが、今回は目をつぶろう。自衛のためならばやむを得まい」

 

 チラッと雷河を見上げながら言うが、本人はフードを被ったまま鼻を鳴らすだけだ。彼としてはギルドナイトと遭遇するのは望ましくなさそうだった。

 

「さて、君たちの名を聞いておこうかな?」

「……俺は獅子童雷河。で、あっちで治療してるのが親父の獅鬼っす」

「ふむ。獅子童雷河に獅子童獅鬼、か」

 

 反芻するレインの言葉に、サンが手帳にペンを走らせていく。

 ソファーに背を預けてじっと雷河を見つめていると、金色の目がゆっくりと細まっていく。

 

「……ふむ、なるほど」

「なんだよ?」

「ふっ、どうやら君は我々ギルドナイトがあまり好きじゃなさそうだ、と思ってね」

 

 その言葉に、雷河がうっすらと笑みを深めた。

 

「くく、そうだなぁ……。確かに俺はあんたたちが嫌いだ」

「……ふっ、真っ向から言われることになろうとはね。まぁ、別に構わないが」

 

 低く皮肉ったような笑みを浮かべながらレインが呟く。

 

「それで、彼らは何者だい?」

「……奴らは狂化竜を生み出している集団の一人だろうさ」

 

 雷河が腕を組みながらそう答える。続くようにシアンが思い出しながら答えていく。

 

「えっと、雷河さんと戦ったのが『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』で、白い人が確か……『鮮血(ブラッディ)()白雪(スノー)』って名乗ってたかな……」

「なにかね? その名前は? 通り名、なのかね?」

 

 少しだけ呆れが混じったような目をしながら言うと、雷河は両手を広げて首を振る。

 

「んなもん、俺らが知るわけないだろうに」

 

 それもそうだ。

 レインはうなずいて口元に手を当てて何かを考え始める。

 

「まあいい。あれが件の重要人物ならば、のさぼらせておくことは出来んな。何かほかに知っていることはあるかね?」

「さあ? 俺らは名前ぐらいしかしらねえな。あの戦闘狂の素顔もしらねえ」

「では他に仲間は? たった二人のはずはないだろう?」

 

 仲間といえば『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』がいる。それにシアンが答えようとしたとき、扉を開けて獅鬼が出てきた。レインの視線がそちらに移る。

 

「残念ながら、我々はそれ以外の情報は知らない」

「??」

 

 どういうことかとシアンが首を傾げるが、隣で座っている雷河が軽く肘でシアンをつついた。彼女が雷河に視線を移すと、彼は小さく首を振った。

 

「ふむ、知らない、というならば仕方がないな。しかし獅鬼さん、といったかな? そんなもので顔を隠すとは、何か理由でもあるのかね?」

 

 うっすらと笑みを深めながらレインが首をかしげる。

 獅鬼は今も忍の面・陽で素顔を隠していた。ギルドナイトであるレインがつっこむのも当然のことだろう。だが獅鬼は何も言わず、じっとレインを見下ろすだけだった。

 

「……少々訳ありでな。人のプライベートに首を突っ込むものではないぞ、レイン・森羅・スカーレット」

「……ほう。私の名前を知っているのか」

「ああ。スカーレットのハーフの青年。それなりに名が通っているだろう?」

 

 その答えにレインは沈黙してじっと彼を見上げている。ギルドナイトとしては更に突っ込んでいきたいところだろうが、ここは引くことにしたようだ。

 それにギルドナイトだからといって無闇に罪状を挙げて逮捕など出来ない。怪しい、だけでは逮捕は不可能。きっちりとした証拠などがあってこそ逮捕が出来るのだ。

 

「……まあいい。今夜はもう遅い。我々は帰ることにしよう。また何かあれば来ることになるだろう」

「は、はい」

 

 レインが立ち上がると、隣の二人も立ち上がる。

 そして入り口に移動して頭を下げると退出していった。

 

 

 残った三人は先ほどの件について話し合うことにした。『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』に続く三人目が判明した。

 彼女が必殺の一撃を放とうとした時、確かに口にしていた。『鮮血(ブラッディ)()白雪(スノー)』、と。それが彼女の通り名なのだろう。

 しかしあの現場には結局『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』は姿を現さなかった。いったいどこに潜んでいたのだろうか。

 そして何より気になること。

 それはライムのことに他ならない。

 

「結局ライムのあれはいったいなんなんですか?」

「あれは魔族の覚醒と呼ばれるものだ」

「覚醒、ですか……」

 

 あの時もそういっていたが、いったいどういうことなのだろうか。

 

「詳しいことは夜が明けてからのほうがいいだろう。もうこんな時間だ。少女も眠かろう?それに当事者がいない。だから明日の朝、説明することにしよう」

「そう、ですね……」

 

 色々あってもう疲れてきている。シアンの瞼は今にも閉じかけている。

 

「ま、ここで寝させてもらうわ。奴らは退散したけど、寝込みを襲ってくる可能性があるからな」

 

 ここ、とソファーを示してにっと笑った。 つまりはこの部屋で寝る、ということに他ならない。ちなみに獅鬼が穴を空けた場所は修復されている。そのおかげで紅葉とライムはまたあの部屋で眠ることが出来る。

 

「嬢ちゃんは、あそこで久々にベッドで寝るといいさ」

「あ、で、でも……」

「安心しな。何かあれば駆けつけてやるから」

 

 つまりはこの部屋に留まって護衛をしてくれる、ということらしい。少し考えてシアンはそれを受けることにした。

 

 その日、シアンは久しぶりにゆっくりと眠ることが出来たのだった。

 

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