呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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35話

 

 

 前日の夜のことだ。

 ドンドルマのいずこかに何者かがいた。夜の闇に紛れて建物の隙間を進んでいく。

 やがて目的の地点に到着するとそこには小さな鳥がいた。フードを下ろすと、鳥の視線が何者かに向けられる。

 

「――」

 

 鳥が何かを話す。

 それは言葉。

 その何者かの主からの言葉である。

 言葉を受けて何者かも報告していく。

 

「神倉月、そしてオトモアイルー・焔が明日、接触すると思われます。どうやらあの男が彼女らに連絡を入れた模様です」

「――」

 

 何者かはドンドルマのある場所におり、ハンターたちのことを見張っている。そして何者かもまた、『吹雪(ブリザード)』のことを見張っているのだった。彼らだけでなく、彼らに接触するものまで監視する。

 そして得られた情報を主へと報告する。

 報告が終われば新たな指示を受けて行動する。

 それが何者かの役割である。

 

「なるほど。確かに神倉月がいれば彼らには手出しは出来ないでしょう。ではアヴェンジャー、ロスト、スノーは待機でよろしいのでしょうか?」

「――」

「……わかりました。ではそのようにいたしましょう」

 

 綺麗に礼をすると鳥が羽を広げて羽ばたき始める。

 

「我が主」

 

 だが何者かは呼び止めるように声をかけた。

 

「『作戦』はいつ頃決行されるのでしょうか」

「――」

「わかりました。ではその時までにこちらも準備を進めておきましょう。とりあえずは、10、20を揃えればよろしいでしょうか?」

「――」

「わかりました。ではそのようにいたしましょう」

 

 いったい何を揃えるというのか。

 それは二人の間でしかわからない。

 だがこれだけは間違いない。

 

 ――近い将来、何かが起こる。

 

「――」

「はい。我が主。また次の報告まで」

 

 恭しく膝をついて礼をすると、鳥はいずこかへと飛び去っていった。

 その場に残った何者かはふう、と息をつくと下ろしているフードを被る。

 

「さて、まずはガイアGから進めていきましょうか」

 

 うっすらと笑みを浮かべると、その場から跳躍して建物の壁を蹴って上へと上がっていく。そのまま屋上に着地した後、ドンドルマの外へと向かっていった。

 

 

 ○

 

 

 あれから3日経った。

 シアンの両腕に巻かれた包帯が解かれ、中から白い肌が現れる。

 あの後獅鬼が調合した特別製の薬を飲ませ、そして肌にこれまた特殊な調合を施した軟膏を塗る。これによって通常よりも早く骨の自己治癒が促されるのだ。

 だがやはり反動はある。

 その夜からシアンは眠れぬ夜が続くこととなった。骨が修復する際に鈍い痛みが続いていく。自然治癒を早める代償が来るとはわかっていたが、それでも辛いものは辛かった。

 だが泣き言は言っていられない。

 こんなものは覚悟していたこと。もとよりハンターは痛みからは逃れられない。これくらいの痛みで声を上げていれば、この先はやっていけないのだ。

 そして今日、包帯が解かれたのだ。露わになった腕に触れ、獅鬼が調子を見てくれる。指を滑らせ、所々押し込んで反応を見る。

 

「……ん、問題ないな。だがしばらく違和感はあるだろう。そんなに激しく動かすなよ」

「激しく、と言われましても、双剣は……」

「まあ出来うる限りで構わん。あるいは、その分少年が頑張ればいい」

 

 仮面の下からライムを見つめているような気がした。それを受けてライムはうなずいた。元よりライムは頑張るつもりだ。

 自分だって未熟なことはわかっている。

 これから始まる修行でどれだけ自らを鍛えて磨き上げるか。それでこれからの流れが変わってくるだろう。

 ちなみにスノーによって切断されたデスパライズは修復してある。流石は黒刀【参ノ型】だけあって綺麗に斬れてしまったので、修復はまだ容易なほうだった。

 

「では、行くがいい。せいぜい頑張ってくるんだな」

「頑張るといい」

「……はい!」

「いってきます!」

 

 獅鬼と月から激励を受けて二人が姿勢を正して返事をした。そして雷河と焔を伴って部屋を出ていく。

 残ったのは獅鬼、月、そしてベッドで相変わらずもたれ掛かって虚空を見つめている紅葉だけだった。

 

「……さて」

 

 呟きながら窓の方を見つめる。そこには変わらぬ町並みがあるが、彼女が見ているのはそんなものではない。

 

 奥、奥、更に奥……!

 

 

「……おいおい、ここまで見えるってのか。クッヒヒヒ」

 

 宿から数キロ離れた屋上に仮面を取っているアヴェンジャーとロストがいる。彼の手には双眼鏡が握られている。それを目から離し、すぐに仮面をつけて苦笑を漏らした。

 普通ここまで離れてしまえば肉眼では見えるはずはない。視力が良かろうが双眼鏡やスコープでもなければはっきりと視認出来るはずはないのだ。

 

「強化でもしているんじゃないかな?」

「……アア、強化ネ。アノ人ナラヤリカネンガ、モシカスルトソレヲ抜キニシテマジデ肉眼デコッチニ気ヅイタ、ッテ言ワレテモ俺様ハ信ジテシマイソウダワ。クヒヒヒ」

 

 彼女はかの神倉が生み出した2代目の最高傑作。

 シュヴァルツの血が混ざり、更に交配して身体能力などを高められた存在。素でこの距離からの視線に気づいて、見つめ返されても彼女なら本当にやってしまう、と思わせてしまう。

 

「シカシマァ、マサカ戻ッテクルトハナ。コレハ簡単ニ手出シ出来ネエゾ」

「そうだね。……あれ? スノーさん?」

 

 そこで二人の背後にスノーが着地した。

 

「連絡。あいつらはしばらく放置しろ、とのこと」

「ホウ? 放置カ。フム、マアアノ人ガイルカラナ。了解シタゼ」

 

 あの人がいれば易々と手を出せば返り討ちにあってしまう。アヴェンジャーたちの実力は確かに高いが、集結させても彼女には勝てないとわかっている。

 それは三人が朝陽やアキラと戦って勝てない、ということから容易に想像できること。そして何より、あの二人自身が自分たちでも月に勝てるかはわからない、と漏らしているのだ。

 そんな彼らに勝てない三人が、月に勝てるなど万が一にも有り得ない。

 つまりは彼女がそこにいるだけで凄まじい抑止力になっている。

 ならば離れていったライムたちを今なら殺せるんじゃないか、とも思える。そのあたりはどうなんだろうか、と思ったが、命令を下したのが朝陽ならば仕方ない。

 自分たちは朝陽の命令には逆らえない。彼女の言葉はほぼ絶対である。

 

「それにもうあいつらからギルドに情報がある程度流れてる。信じてない奴は多いだろうが、情報自体が流れたならもう次の段階に進んでもいい頃合。そういうことなんだろうさ」

「クッヒッヒ……! 次ノ段階、カ。オーケィ、了解ダゼ」

「もうそんな時期なんだね」

 

 次の段階。

 彼らの目的が少しずつ進んでいく。

 いったい何が目的なのかはまだ不明だが、それは着実に進行している。

 例えるならばそれは病魔、あるいは呪い。

 人々が気づかぬ間に少しずつその影が伸びていく。そして気がついたときにはもう包囲網は完成しており、逃れることなど出来ずに終わりへと向かっていく。

 

「デハ見逃スカネェ。アイツラガドコデ気ヅクノカ知ランガ、果タシテイツニナルノカネェ……クッヒヒヒ!」

「……まぁ、気づくとするなら神倉月だろうな。あれは正直どうにかならんのか」

 

 少しだけ半目になって呟くように言うが、アヴェンジャーは苦笑するだけだ。

 

「無理ダロ。アレニ関シテハ、朝陽様ニ任セトケ」

 

 それを言い残してアヴェンジャーがそこから跳躍し、次の屋上に移動しつつ下へと降りていく。続くようにロストも飛び降り、溜息をついたスノーも続いていった。

 

 

 その様子をずっと見つめていた月は、やれやれと首を振って苦笑する。ずっと見られていたようであるが、どうやら手出しはしないようだった。

 ずっと視線だけは感じていた。だが見ているだけで殺気は感じなかったのでどうしたものかと思っていたが、来ないというならば無視しておくことにした。

 もちろん情報は欲しい。そのためならばこっちから打って出ればいいだろうが、ここを空けることで他の誰かが襲撃してこない、とも限らない。

 自分は抑止力なので、その役割を放棄するわけにはいかない。

 それに月はもう一つの役割がある。

 

「……さて」

 

 窓から視線を外して紅葉へと向かっていく。

 その後に獅鬼が続き、二人は紅葉を見下ろした。

 

「……昴……優羅……」

 

 相変わらずの様子に月が溜息をついた。そして紅い髪に手を伸ばし、優しく撫でていく。少しだけ反応を示したようだが、また虚空を見つめてぶつぶつと呟く。

 どうやら撫でる相手くらいは判別しているようで、誰でもいい訳ではないようだ。恐らく昴ならば視線を向けてくれるのだろうが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 

「さて紅葉。君が過去への旅をしている間、君の仲間二人は前を向いて歩いているよ。あの二人をいつまでも待たせるものじゃない。悪いけど、連れて帰らせてもらうよ」

 

 優しさが窺える表情から一変。真面目な顔になって周りに漂う粒子を集めつつ意識を集中させていく。すると、紅葉の目がゆっくりと閉じていき、眠り始めた。彼女を優しく横たわらせると、再び意識を集中させる。

 

「……獅鬼。あとはよろしく頼むよ」

「ああ、任せておけ。月こそ気をつけていけよ。戻って来れない、なんてバカな結末にならないようにしておけ」

 

 その言葉に微笑すると、どんどん魔法式を組み立てていく。集まった粒子は月の周りで少し視認出来るほどに集まっており、それだけでも彼女が行使しようとしている魔法が強いことが窺える。

 

「では、行ってくるよ」

「ああ」

 

 その言葉を残し、月の目が閉じられてしまった。倒れそうになる体を抱きとめ、隣にあるベッドに寝かせてやる。

 

「……さて、成功するかそれとも……」

 

 少しだけ心配そうな声色で呟くと、自分も近くにあった椅子に腰掛けた。

 

 

 ○

 

 

 ハンターズギルド本部にやってきたライムたちは掲示板が並んでいる場所へとやってきていた。これからクエストを選ぶのだが、それを相談することになった。

 

「さて、これからクエストを選ぶわけだが、お前らの実力を確かめたい。どこまでのレベルのクエストは経験しているんだ?」

「えっと、前回のフルフルまでは経験してます」

「ほう。ドドブランゴは?」

「……いえ、それはまだですね」

 

 シアンが答え、ライムが否定する。

 そしてどのモンスターが経験済みであるかを確かめていくと、次に行うモンスターが絞られた。

 

「となると、ダイミョウザザミか、ババコンガ辺りがいいんじゃないか?」

「なるほど……」

 

 確かに今の二人ならばその辺りのモンスターがいい頃合だろう。となるとどっちからやるか、になるのだが。

 

「今日のところはダイミョウザザミなら砂漠、ババコンガなら沼地になるようだな。で、嬢ちゃんは速さを鍛えたいと」

「はい、そです」

「なら今回の目的地なら丁度いいかもな。どっちも地理的に足場が悪い。その中で足を取られずに移動するコツをつかめれば、結構いい感じに動けるようになるだろうさ」

 

 雷河の言葉は確かに一理あるだろう。足を鍛える意味でもこの二つのクエストはやる意味がある。だが雷河の隣に座っている焔がぽつりと呟いた。

 

「焔としては、ババは遠慮したいところ」

「……ああ、それはわかりますね」

 

 ババコンガといえばモンスターの中で一番相手にしたくない存在として挙げられる。

 何故か。

 ババコンガ自体が強力なモンスターというわけではない。

 レベルとしては中間であり、イャンクックよりも上でリオレウスよりも下に位置する。

 初心者ハンターが中級ハンターへと上ろうという地点で経験する相手だ。

 ならば何故相手にしたくないのか。

 それはババコンガが下品なモンスターであるということが関係する。

 放屁をし、糞を投げつけてくる攻撃をするため、ハンターたちからすれば当然ながら相手にしたくない。

 あんな攻撃を受ければ悪臭がこびり付き、回復薬や食べ物は臭いで使い物にならない。ひどいときには吐き気がして戦闘など続けられそうにもない。

 だがそれを抜きにしてもババコンガは高い実力を持っている。その爪は易々と大木をなぎ倒し、その重量を生かしたボディプレスを繰り出してくる。そしていつも持ち歩いているキノコを食べて、そのキノコに応じたブレスを使用してくる。

 舐めてかかれば間違いなく返り討ちにされる相手とされる。

 となると、もう片方になるわけだが。

 

「ダイミョウザザミならまだ勝てるだろう。それに甲殻種のいい経験にもなる。でも、ババコンガもまた牙獣種の基本といえるからな。どっちにするからはお前らが決めていいぞ」

 

 これは二人にとっての修行。普通は雷河たちが決めるだろうが、雷河は二人の意志を尊重した。

 ならばどうしようか、と二人は顔を合わせた。しばらく相談した結果、二人は結論を出した。

 

「ダイミョウザザミでお願いします」

「おう、じゃあザザミで行くか」

 

 雷河が立ちあがり、掲示板に向かってダイミョウザザミの依頼書を取ってきた。そして三人と一匹のサインを書き込み、受注を完了させる。

 

「それじゃあ準備して……ん?」

 

 そこで雷河が何かに気づいたように背後を振り返る。

 そこには本部の入り口付近の空間が広がっている。様々な人々が出入りし、多くの人で埋め尽くされている。

 その中にはもちろんギルドナイトも数人紛れている。そしてあの三人もまたそこにいた。相変わらずパトロールを続けているようで、本部から外へと向かおうとしているところだった。

 そして受付側では数人の受付嬢がおり、セレナがいつものように来客に応対している。

 

「……」

 

 いったい誰が自分たちを見ていたのかはもうわからない。だが監視は終わっていないことはわかった。視線に殺気が篭っていなかったので手出しをしてくる気はないらしい。

 そこで焔が腕を組み、半目で雷河を見上げてきた。

 

「……どうするのよ?」

「今は置いておくさ。まだ敵の正体がわからねえからな。わからないまま突っ走ってもしゃーねえよ。だから機会を窺うことにするさ」

「そ。なら焔は何も言わないことにする」

 

 焔も立ち上がり、準備のために移動を開始する。

 今回の目的地はセクメーア砂漠。ドンドルマより南東に位置する行路に含まれる砂漠だった。

 

 新米ハンター二人の修行が始まる。

 

 

 ○

 

 

 大陸のいずこか。

 夜の闇に紛れて何者かがそこにいる。

 闇に溶け込む黒いローブを纏い、ふう、と息をついた。

 

「これで三体目、か」

 

 呟くように言うと、その背後に黒い山がそびえている。

 否、それは山ではない。何かの肉体だった。

 黒く染まってはいるが、どこか深い緑の色合いが混じっている。

 

「――」

 

 ふと、黒い鳥が舞い降りてきた。それは差し出された指に止まり、何かを伝えている。

 

「はい。これでシエルRが1、ガイアGが2です」

「――」

「そうですか。ではシエルRが2、シエルBが1、ガイアGが4、ガイアHが2になったというわけですね」

 

 その言葉に同意するように黒い鳥が小さくうなずいた。

 すると背後で山が微かに動き始めた。

 

「グルル……!」

「おや? 目を覚ましたようですね」

 

 ゆっくりと赤く染まった目が開かれていき、じっと何者かと鳥を見つめている。

 

「はい、大人しくしましょうね」

 

 指を立てて一言呟くと、それは痺れたように体を硬直させてしまう。そして黒く染まった体が少しずつ本来の色合いに戻っていく。

 

「――」

「ええ、順調です。この調子で少しずつ集めていきますよ」

 

 その言葉にうなずき、鳥が指から離れていく。

 

「ではまたいずれ、我が主(マイ・マスター)

 

 恭しく礼をすると鳥がどこかへと飛び去っていった。

 それを見送ると、背後で硬直しているそれに視線を向ける。

 

「グルル……」

「では、その時まで自由にしていてくださいね。あと召集には応えてくださいね」

「グル……」

 

 応えるように一鳴きすると、翼を広げてどこかへと飛び去っていった。

 それを見送り、何者かもまた自分の溶け込んでいる世界へと帰っていくのだった。

 

 

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