呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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39話

 

 

 ハンターとしてコンビを組むとなれば、まずはギルドに申請に向かわなければならない。村の酒場にはハンターズギルドの出張拠点が設置されている。そこで新たに申請を行わなければならない。

 酒場の戸をくぐると、そこには翡翠と少女がカウンター前に立っていた。

 

「ん? おお、来たのか」

 

 軽く手を挙げて翡翠が挨拶してきた。その隣では銀色の髪をした少女がたたずんでいる。肩を越えたくらいのセミロングヘアーに、頭の両端で黒いリボンを結び、一概にツーサイドアップと呼ばれる髪形をしていた。

 その瞳の色は少し明るめの朱色をしており、穏やかな印象を持つ微笑を浮かべていた。

 

「ああ、紹介してなかったな。こいつは山吹桔梗(やまぶきききょう)。俺の相棒さ」

「桔梗と申します。よろしくお願いしますね」

 

 にこり、と柔らかな笑顔を見せて頭を下げる。随分と穏やかな雰囲気を持つ少女だった。だが彼女を見つめる優羅の表情はどこか疑念の色が浮かんでいる。

 

「白銀昴です。よろしく」

「はい。よろしくお願いしますね。白銀さん。……そして黒崎さんでしたか? これからもよろしくお願いしますね」

「……ん」

 

 桔梗の挨拶に軽くうなずくだけで終わらせる。初対面に対しては相変わらずだった。この村に来てから昴に対しては前以上に柔らかくはなっているが、他人に対しては変わることはないようだ。

 

「ちなみに桔梗は昨日話した村で一緒に逃げてきた奴ね。だから狂化竜っての? そいつのことも知っている」

「そうなのか?」

「ええ。(わたくし)としましても、その存在を追いたい所存ですわ。何としても作り出している人物に会わなくてはなりません」

 

 微笑を浮かべながら強い意志をもってそう言った。

 彼女もまた狂化竜によって村を滅ぼされた者の一人。だからこそ狂化竜に対しては思い入れがあるのだ。自分と同じく、狂化竜によって涙を流すものを増やしたくない、ということなのだろうと昴は思った。その隣で優羅は相変わらずの視線でじっと桔梗を見つめていたが、何も言わずに視線を逸らした。

 

「で、ここに来たってことは登録か?」

「ああ、そうだな」

「ん~……でもまあ登録するなら俺たちと同じく偽名使った方がいいかもな。……ああ、安心しな。ここでは偽名だろうが黙認されてるから」

 

 実際に前科があるのだから偽名を使おうが問題ない、ということなのだろうが、いったいなぜ偽名が使えるのだろうか。

 そのことを聞いてみると、驚くべき答えが返ってきた。

 

「ああ。ここって結構いろんな奴らが集まってるんだよ。例えば竜魔族とかな」

「竜魔族って?」

「竜魔族ってのは竜人族と魔族のハーフだよ。鍛冶屋の娘さんがそうなのさ。あとは昔、冤罪をかけられた奴がやってきたりとか、東方からやってきた一家が暮らしていたりとか、色々といるんだわ。で、この村には探知とか色々な魔法を制限したり、遮断する守りの結界が張られてるんだな。だから同時に、自然とそういうのが黙認され始めてるんだよ」

 

 一昔は村にある巨大なマカライト鉱石を見に来たり、滞在していたトレジィへと会いに来る人たちがいたが、今ではそれは落ち着いている。その代わり、一癖も二癖もあるような人たちが集まったため、そのようなシステムが確立したようだ。

 そのため大陸の北東にある避難所、と村人たちは呼んでいる。

 だからこそ昴と優羅の件に関しても快く引き受けたのだ。

 しかし本当に罪を犯した人が逃げてくれば、当然ながら警察機関に突き出すことになっている。

 

「なるほど……。となると、偽名を何にするか……」

 

 昴は腕を組んで考えるが、自分はあいにくと記憶喪失。偽名がなかなか思いつかない。

 そこで優羅がぽつりと呟いた。

 

「……アタシは『美星藍(みほしあい)』。昴は『氷河空夜(ひかわくうや)』で」

「ほうほう。昴はそれでいいか?」

「……ああ。優羅が考えたやつで構わない」

 

 昴の了承もあり、受付嬢であるシェリーが書類を取り出してペンを走らせていく。

 これにより、優羅は美星藍、昴は氷河空夜という偽名が確立された。

 続いてチーム名だが、これには翡翠が提案してきた。

 

「俺たちと組まねえか?」

「なに?」

「…………」

 

 昴は驚きを見せ、優羅は少しだけ目を細めて翡翠を見る。恐らくは乗り気じゃないのだろう。いや、ほぼ間違いない。

 だが翡翠はそれに気づいていながらも続ける。

 

「二人でやるよりも四人で行動した方が安全じゃねえか。お互い同じ奴らから狙われてるんだしさ、生き残る確率は高いと思うぜ?」

「…………」

 

 確かに翡翠の言うことには一理ある。それがわかっているから、反論しようにも反論できない。感情に任せて却下できない。そのことで優羅が無表情という名の仮面の下で、少しだけ不機嫌さを増していく。

 本心で言えば自分と昴がいればそれでいい。あと一人を付け加えるとすれば、紅葉だけだ。

 だが現在の昴では二人で行動するよりは、翡翠の言う通り四人で行動した方がいいだろう。自分一人より、三人で守ってやった方が生き残る確率は高い。

 今まで一人で行動していた彼女が、仲間について考えるなど有り得ないこと。

 しかし今はそんなことは言っていられない。

 昴の命に関わることなのだ。

 そして昴は翡翠の提案には納得しているので受け入れようとしているだろう。優羅にもそれがわかっている。

 つまり反対は自分一人。ならば、彼のために自分のわがままで押し通すことなど出来ない。

 彼を生かすためならば、複数で行動することなど耐えてやろう。それに翡翠はそれなりに腕が立つ。桔梗は知らないが、翡翠とコンビを組んでいるくらいだ。彼女もそれなりに腕が立つだろう。ならば、それだけでも彼を生かす確率が高くなる。

 この提案は、却下することは出来ない。

 

 ――まあ、この二人に気を許すかどうか、友好関係を築くかどうかはまた別の問題だが?

 

 微かに溜息をつくと、微かに翡翠を睨みつけて口を開く。

 

「……わかった」

「お?」

 

 その一言に翡翠が驚いた表情で優羅を見つめる。だがもう一度言う気にはなれないのか、優羅はそっぽ向いた。その様子に苦笑すると、優羅から昴に視線を移す。

 

「お姫様は許してくれたけど、昴はどうする?」

「ああ。俺は問題ない。よろしく頼むよ、翡翠、山吹さん」

「おう。よろしく頼むぜ」

「よろしくお願いしますね」

 

 チーム名は『雪花(せっか)』。今ここに昴と優羅は一時的に『雪花』へと参入することになった。

 そしてクエストはどうするのか、という話になったが、どうやらクシャルダオラがフラヒヤ山に滞在しているようだった。今の状況ではまだ太刀打ち出来る状態ではなかったので、クシャルダオラが山から離れるのを待つことになった。

 もちろんポッケ村へと近づくようならば防衛のために打って出るが、今は様子見状態で過ごすことになった。

 

 次に二人が向かった先はこの村にある鍛冶屋である。昴の鬼斬破は落下した際に折れてしまい、使い物にならなくなっていた。また、フルフルDシリーズも高電圧を受けたことによって少々ガタがきている。

 そこで優羅が修理に出していてくれた。それを回収しに向かうことにした。

 鍛冶屋の入り口の扉を開けると、熱気が室内に篭っていた。窓は開いているが、それでも奥から漂ってくる熱気はなかなかのもの。

 

「あれ~? お客さん~?」

 

 すると作業をしていたらしい一人の女性が二人に気づいて顔を上げる。紫色の柔らかなウエーブがかったロングヘアーに、柔らかな碧眼をしており、眼鏡をかけていた。こんな室内で眼鏡が曇らないのか、と思ったのが、どんな仕掛けをしているのか曇ることがない。

 そしてその耳は長く尖っており、それが彼女が魔族であることを思わせる。

 

「いらっしゃ~い。って、あれぇ? 君はこないだの女の子だねぇ」

 

 ぽわぽわとしたような雰囲気と口調をしている。

 どうも優羅はそんな女性が苦手なのか少しだけ顔をしかめている……ように見える。相変わらずのポーカーフェイスだった。

 

「……どうも。例のものを受け取りに」

「はいは~い。ちょっと待ってね~」

 

 にっこりと笑うと奥へと向かっていった。そして一つの箱を持って戻ってくる。それを近くのテーブルに置くと、蓋を開けて中身を取り出していく。どうやら空間魔法をかけた箱らしく、フルフルDシリーズと鬼斬破が全部出てきた。

 

「防具はもう問題なしだよ~。鬼斬破のほうは修復だけでなく砥石も使って磨き上げておいたからねぇ。すぐにでも実戦で使えるよ~」

「感謝する」

「いえいえ~。それが私たちの仕事だからねぇ」

 

 ぽわぽわとした笑顔を崩さずにそう言うと、引き出しから算盤を取り出してきた。懐かしいものを見た、と優羅の目が算盤に向けられる。

 ぱちぱちと珠を弾き、それを二人へと見せてきた。

 

「はい、料金はこちらになりますね~」

 

 その金額を確かめて昴がローブから財布を取り出して料金を支払った。一般常識は覚えているので、算盤の料金の見方や、お金のことに関しても問題ないようだった。

 それを確かめて女性が軽くうなずく。

 

「はい~確かに~」

 

 それをレジに入れると、奥から筋肉質の大男が現れる。頭にタオルを巻き、白いタンクトップを着ている。その耳は小さく尖っており、ワシ鼻をしている。典型的な竜人族の男だった。

 

「ん? おお、らっしゃい。ええと、この前運ばれてきたハンターだな?」

「ええ、そうです」

「おう、よろしくたのむぜ。ワシはここの主、岩徹(がんてつ)ってモンだ。で、こいつがウチの娘にして弟子でもある撫子(なでしこ)だ」

 

 ぽん、と娘の頭に軽く手を置きながら気さくな笑みを浮かべる。どうやら見た目に反してなかなか優しそうな人である。

 

「は~い、撫子で~す。よろしくね~」

「……どうも」

「…………」

 

 にっこりと笑うと昴の手を取り、ぶんぶんと手を振ってアピールしてくる。

 その様子に思わず優羅のような反応を示してしまう昴に対し、もはや何も言えない優羅であった。恐らくはこんなテンションを持っている人に出会ったことがないのだろう。人に対して友好的でない彼女でさえ、どう対応していいのかわからないようだ。

 

「あと二人の娘がいるんだが、今は家内と一緒に外に行っているようだな。ちょいと曲者だが、まぁ仲良くしてやってくれや」

「おと~さん。曲者って言っちゃダメだよ~? おか~さんにいいつけちゃうよぉ?」

「っと、わりぃ。撫子、頼むからそれは勘弁してくれや……」

 

 腰に手を当てながら少しだけむくれつつ、指を立てて岩徹の頬にぐりぐりとねじ込むと、岩徹は手を挙げて焦ったようになだめ始めた。

 どうやらこの一家は男が岩徹だけらしく、女性が優位に立っているとみえる。それに翡翠が言うにはここの娘さんは竜魔族ということらしいが、恐らくは岩徹が竜人族でその奥さんが魔族、ということのだろう。

 パッと見ても撫子は魔族にしか見えないが、恐らくは母親である魔族の血が強く表れているのだと思われる。

 

「……あ、ごめんねぇ。ちょっと置いてけぼりにしちゃったかな?」

「あ、いや……」

「それで、装備の調整は完了したけど、他に何か用件はあるかな~?」

 

 昴は装備の調整だけ。優羅はどうなのか、と見てみるが、彼女も特にはないようだ。ならばこれ以上ここにいることもないだろう。

 頭を下げるとそのまま鍛冶屋を後にする。

 

「また来てね~」

「ありがとぉよ!」

 

 次に向かうのは広場である。

 いずれクエストに行く前に、まず昴がどれくらい動けるかを確かめることにした。記憶を失っている現在、どれだけ動けるかで向かうクエストが決まるといっても過言ではない。

 手にするのは太刀のような形状をしている木刀。そして正面にいる優羅もまた同じような木刀を手にしていた。

 

「……では、どこからでもどうぞ」

「ん」

 

 うなずくと、木刀をぐっと握り締める。

 すると記憶を失っているはずなのに体がどう動けばいいのかわかる。どこから斬りこむか、どうやって攻め立てるか、その手順が頭の中を駆け巡っていく。

 どうしてなのか、と疑問がわいてくる。

 だがそれを振り払うように、昴は地を蹴って優羅へと斬りこんだ。それを見据えて優羅は守りの構えを取って昴の攻撃を次々と防いでいく。

 

「ふっ、はっ」

「……っ、ふっ」

 

 振り下ろし、払い、突きと太刀の基本の動きを繰り返しつつ、優羅の守りを崩そうとするも、彼女は全てを見切って防いでいる。やはりその視力の良さが昴の太刀筋が見えているのだろう。それに加えて見えているだけでなく、それを防げるように身体能力も鍛えられているのも関係している。

 見えているだけでは攻撃は防げない。体を動かせなければ完全に守っているとはいえないのだ。

 しかし彼女はその両方を兼ね備えている。だからこそ完全にその身を守れている。

 

「はっ、しっ……!」

「……!」

 

 そこで昴は速さを増して木刀を振るっていく。それは記憶喪失をしているハンターとは思えないほど。恐らくは本来の昴の全力に近いものなのだろう。優羅の表情に少しだけ変化が見える。

 そして先端が棍を突き上げ、さらに払って守りを解き、棍の先端で優羅の体を突き穿つ。

 

「……くっ」

「貰った!」

 

 生まれた隙を逃さず、体を捻って刃の部分で優羅の脇腹を薙ぎ払う。だが、優羅の体勢は体を捻っている間に立て直されている。

 棍を縦に持ってそれを防ぎ、そのまま地面に棍を立てて自らの体を浮き上がらせ、昴の肩を蹴り飛ばす。

 

「なっ……!?」

 

 そのまま再度体を回転させて木刀を持ち直し、距離を取って再び相対する。

 

「……もう充分ですね。今のはアタシの負けです」

 

 本来の真剣つきの太刀ならば今の動きは絶対に出来ない。何故ならば体を浮き上がらせるために持った部分は、既に刃の範囲内。つまり、手が切れている。木刀だからこそ出来た芸当だ。

 だからあのまま棍を立てて防いだところで戦いは続行されるべきだった。

 

「……それにしても充分動けていますね」

「そうだな。俺も驚きだよ」

「……恐らくは体に染み付いた感覚で動いているかと。いうなれば体の記憶でしょうか」

 

 人には脳に刻まれた記憶と、体に刻まれた記憶があるという。頭では忘れていても、体が無意識にその行動をする場合がある。それは体が覚えたことを体自身が動かして行ったりしているらしい。

 

「なるほど、体の記憶、か」

 

 右手を何度か握ったり離したりして確かめてみる。今はもう落ち着いているが、何となくまだ太刀を手にして動けそうな感覚が残っている。

 すると、優羅が何気なく広場の入り口へと視線を向けた。そこには紫色の髪をした少女が二人こちらを見つめている。

 双子だろうか、顔つきが良く似ている。

 片やツインテールに気が強そうな目つきをした少女。

 片やセミロングヘアーをそのまま流し、気だるそうな半目をした少女。

 実に対照的な印象をしている。

 しかし服装はよく似ており、明るめの青いシャツの上に濃い青の上着を着ている。下は紺のジーンズを履いていた。

 

「……もしかして、さっきの鍛冶屋の下の娘さんか?」

 

 紫色の髪をしている上に、娘が二人いると親方が言っていた。恐らく彼女たちじゃないだろうか。そんな風に考えていると、気の強そうな少女がこちらに近づいてくる。その後ろから気だるそうな少女がゆっくりとついてきた。

 

「ねえ、あんたたちってこの前運ばれてきたハンター?」

 

 一言目がそんな言葉だった。なるほど、見た目通りの印象を裏切らない言葉づかいである。

 

「ああ、そうだが……君たちは?」

「ああ、あたしは瑠璃・暁・フレアウイング。こっちが妹の茉莉・暁・フレアウイング」

「どーも、よろしくです」

 

 姉の紹介に、少しだけだるそうな声でマツリと呼ばれた少女がぺこりと頭を下げる。こちらもまた見た目通りの言葉づかいだ。しかし、今の名前の並びからすると、東方とこの大陸のハーフでもあるようだ。

 

「俺は……」

「あ、偽名でも本名でも構わないから。ある程度のことは翡翠から聞いてる。あたしたちは主に偽名でやりとりしてるけどね。でも一応あたしたちはあいつの本名知ってる。だからあんたも一応は偽名でお願い」

「そうか。ならこう名乗ろう。俺は氷河空夜。本名白銀昴。よろしく頼む」

「……美星藍。本名黒崎優羅」

「ん、空夜に藍ね。よろしく」

 

 満足そうにうなずくと、その視線が昴が手にしている木刀へと向けられた。

 

「さっきのあんたたちの戦い、見せてもらったわ。結構出来るのね」

「……なに? その上から目線。……ガキが」

 

 若干睨みつけるような視線を向けながら優羅がポツリと呟いた。ポーカーフェイスながら放たれる気質は、間違いなく気が弱いものなら震えが抑えきれないほどのものだった。実際瑠璃は少し冷や汗をかきながら震えている。

 

「あ、う、あー……えと」

「すみません。こんな姉で。あとできつく言い聞かせますんで」

 

 そこで妹である茉莉が瑠璃の頭を掴んで頭を下げさせる。その際瑠璃が両手をばたばたと動かしていたが、茉莉はそれを無視してずっと頭を下げさせる。

 

「……ふん」

 

 それで一応は怒りを納めたのだろう。気質が落ち着いてきている。

 下げさせている頭をぐりぐりと撫で回しながら、茉莉がぺこぺこと頭を下げているものの、その表情は先ほどとあまり変わっていないように見える。

 

「すみませんね。姉はどうも言い回しが偉そうなんですよ、はい。私も困ってるのですが、どうにも治らなくて……」

「ちょ、ちょっと!? な、何言っちゃってんの!?」

「おー? 事実じゃないですか?」

 

 なにやらぎゃあぎゃあと騒ぎ始めてしまった。どうやら力関係でいえば妹の茉莉の方が上手のようだ。反論している瑠璃を適当にいなしているその様は、実に仲のいい姉妹に見えなくもない。

 だがその騒ぎが若干目障りなのか、優羅が溜息をついてあらぬほうを見つめている。そして昴はどうしたものかと困り始めてしまった。

 

「……ん? おー、すみませんね、空夜さん。騒がしい姉で」

「あ、いや……」

「えーと、姉が何が言いたいのかというとですね。空夜さんと藍さんの技術を盗みたい、と。そういうことのようです」

「いやいや、そういうことじゃないから! あたしはただ、二人の動きを参考にしたい、ってだけで」

 

 何とか茉莉の手を振り払って頭を上げてぶんぶんと手と首を振る。

 しかしどちらにせよ、二人の武術が気になっている様子。鍛冶屋の娘なのにどういうことなのだろうか。

 

「あー、私たちはですね、鍛冶屋の娘ですがハンター見習いでもあります」

「そうなのか?」

「ええ。撫子姉さんは鍛冶屋を継ぎますが、私と瑠璃姉さんは母と同じくハンターを継ぐことにしてるんです」

 

 つまり姉妹でそれぞれの両親の家業を受け継ぐということらしい。しかしこうして見るとまだまだハンターとして慣れようとしている頃合だろうか。体つきはまだ普通の少女に見える。

 優羅もまたハンターという単語に反応したのか、無表情で二人を見下ろしていた。

 

「武器は何を?」

「あたしが太刀で、茉莉がランス、またはガンランスを使ってるわ」

「……おいおい」

 

 太刀は一応機動性はあるが、武器そのものの重量はなかなかのものだ。そしてランスやガンランスはそれ以上の重さをする重量級の武器。それをこんな歳から使おうとは、という心配が湧き上がる。

 だがそれは杞憂のようだ。

 

「私たちは一応竜魔族ですからね。人間のそれよりも結構力ありますよ」

 

 人を超えた種族だけに、身体能力は少々高いらしい。実際に腕に触れてみると、柔肌が一気に硬くなる感触が伝わってきた。

 ちなみに二人の歳は13歳とのこと。

 13歳でこの力をしているとなると、将来的には恐ろしいものになりそうだ。

 そんなことを考えていると、何か懐かしい女性を思い出しそうになった昴だが、少ししてそれは記憶の彼方へと消えていく。

 

「……そろそろ家に戻ります?」

 

 一区切りついたところで優羅がそう提案してきた。時間もいい頃合だ。家に戻り、これからの方針を決めることにすることにする。うなずいた昴は双子の姉妹へと視線を下ろす。

 

「じゃあ俺たちは行くから」

「はい、また会いましょう」

「……ま、頑張ってきなさいよ」

「…………」

 

 どうも瑠璃は素直に見送ることが出来ないようだ。案の定優羅に睨まれている。二人の身長差はなかなかのもので、凄まじい気迫が上から重圧となって襲い掛かってくる。しかも無言、無表情で気迫だけ襲い掛かるものだから、襲い来るプレッシャーが半端ないものである。

 冷や汗をかきながらガタガタと震える瑠璃をまた頭を掴んで頭を下げさせる。

 

「ホントにすみませんね。……まったく、姉さん。年上の人に対してはもう少し敬語を使ったらどうです? 特に藍さんは使ったほうがいいと、昨日から言ってるでしょうに」

「う、し、仕方ないじゃない。これが、あたしなんだから……」

「…………」

 

 重圧が勢いを増してきた。優羅の背後で地響きが聞こえそうな威圧感。だというのに重苦しく、そして凍えそうな吹雪が吹き荒れている。

 当然ながら瑠璃はそれに耐え切れるはずはなく、少し涙目になってきている。

 

「うぐ、す、すみま、せん……藍……さん」

「……」

 

 それで重圧は消え去り、また視線を逸らした。

 流石に積み重ねた実力と年月による気迫は鋭いものがある。そして例え年下の子供だろうが、気に入らなければ容赦はしないようだ。

 その場にいる三人は改めて実感する。

 

 優羅は、怒らせてはならない人物である、と。

 

 

 ○

 

 

 ダイミョウザザミのクエストを終えた夜、帰ってきたライムとシアンを迎えたのは月たちだけでなく紅葉も含まれていた。少しバツが悪そうに手を挙げると、その姿を見たシアンが大泣きしてその胸に飛び込んだ。ライムもまた少し涙目になっており、紅葉に手招きされてその胸に抱えられた。

 

「心配かけたね。ごめんね」

 

 ただ一言謝罪を告げると、二人は更に涙を流して紅葉の胸で泣き続けた。

 

 その翌日、ドンドルマの公園でシアンと雷河が向き合っている。その近くで紅葉たちが見守っている。シアンの手には双剣を模した木刀が握られており、雷河は薙刀状の木刀を構えていた。この日一行はクエストに行くのではなく体術の修行をすることにした。

 シアンの双剣の技術を確かめるため、雷河が組み手の相手をすることになった。

 そしてシアンが飛び出し、雷河へと斬りかかっていく。しかし当然ながら雷河は見切っており、次々とその連続攻撃をいなしていく。

 その様子を見守りながら紅葉が隣に立っている獅鬼へと声をかける。

 

「……獅鬼さん、といったっけ?」

「ああ」

「昨日はそんなに話せなかったから言えなかったけど……。10年前のこと、ありがとう。感謝してる」

「いや、気にするな」

 

 10年前はトラウマが発動していたので、あまり話せなかった。ハンターとなるための後見人にもなってくれた件もある。今ここでハンターをしているのは、完全に獅鬼のおかげだ。

 

「それでも感謝してる。それだけは、言いたかったから」

「……そうか。ならどういたしまして、と答えておこう」

 

 小さく笑ってそう呟いた。

 そして二人はシアンの鍛練を眺める。頑張ってシアンが雷河から一本取ろうとするものの、全て木刀で防がれている。

 

「そら、どんどん来いよ」

「うー……やっ、はぁっ!」

 

 少しだけ顔をしかめながらもシアンは攻め続ける。踏み出した勢いを乗せながら突き、そのまま逆の剣でもう一度突き穿つが、その時にはもう棍で防がれている。払い、斬りを混ぜても全て防がれ、ただただ体力だけが削られていく。

 自分と雷河の実力差は知っているが、少しは掠ってもいいんじゃないだろうか。しかし雷河は余裕を見せながら棍を操っている。

 そこで思い出した。

 雷河はアヴェンジャーと切り結んでいる。シアンよりも速い双剣の扱いで攻め立てたが、雷河はそれを凌いでいたのだ。アヴェンジャーもまたシアンと比べると実力に差があるだろう。その二人があそこまでの動きを見せている。

 だからシアンの攻撃が当たらない、というのはわかる気もするのだが、それでも悔しいものは悔しい。

 

(あの動き……あの動きが少しでも出来たら……)

 

 いったん距離を取って呼吸を整えつつそんなことを考える。

 頭に浮かぶのはアヴェンジャーが繰り広げていた剣戟。身を低くしつつ、その速さで雷河を様々な方向から攻め立てた動き。正面からも同じ。上下左右、スピードもまた調整しながら決して同じような動きを見せず、翻弄するかのような攻撃をしていた。

 さながらそれは獣の狩り。縦横無尽に動きながらも確実に獲物を追い詰めていく。

 まさに彼の攻め方は自分が理想とする動きともいえる。つまり、彼女にとっての完成系ともいえる双剣術だった。

 

(敵さんの動きを真似するってのも癪だけど、この際そんなことは言ってられないよね)

 

 深呼吸をしてゆっくりと木刀を構えていく。そのまま身を低くし、彼のイメージを固めていく。

 

「……ん?」

「む?」

「おや?」

 

 雷河、獅鬼、月がそれぞれシアンの様子が変化したことに気づいて声を漏らす。続くようにして紅葉も、シアンを取り巻く空気が変わったことに少しだけ眉を動かした。

 

(思い描くのはあの動き。不完全でもいい。それをここに再現してみよう。それで何か掴めたら、わたしはまた一歩前に進めるよね)

 

 イメージはここに結ばれる。

 地を蹴ったシアンは右に、左に跳ねつつ雷河へと接近し、後ろに広げた木刀を握り締めて振りかぶる。

 

「やぁぁああ!!」

「む……!?」

 

 初撃は少し押し切った。シアンの変化に驚いたことで、少しだけ隙が生まれた。そのまま下から振り上げつつ、最初に振り下ろした剣を引き、そして横に体を滑らせつつ攻めていく。さらに跳躍して振り下ろし、着地から体を捻りながら両の剣を払いと切り上げを同時に行う。

 めくるましく体を動かして変化を加えながら攻めるスタイル。だがその攻撃はアヴェンジャーの真似でありながらも、まさにあの時彼が雷河へと攻撃を仕掛けていた動きだった。

 だが全てを真似たわけではない。彼女なりに彼の動きを再現しつつ、その動きの利点を吸収し、自分の身体能力に合わせて変えている。

 

「おいおい……なんつーことを……!」

「ふっ、やっ、はいぃぃいい!!」

 

 アヴェンジャーと戦った雷河からすれば、既に見た動き。しかし彼とシアンとでは身長に差があり、加えて彼女なりの変化もある。それに先ほどとは打って変わって動きが妙に速くなったように感じてしまった。気づけば雷河は少しずつ押され始めている。

 そしてシアンの変化に笑みを漏らすのが月と獅鬼であった。

 

「ふむ……。あの時に雷河とアヴェンジャーの戦いを眺めていたが、その時に記憶したということか。いや、小僧が戦っているときに後ろから見守っていたはずだが、もしや視界に入ってしまっていた?」

「……まあ何にせよ、彼女はアヴェンジャーの動きをトレースしている。そんなこと、なかなか出来るものじゃないよ?」

「……でしょうね。あたしも信じられない」

 

 紅葉も少しだけ冷や汗をかきながら苦笑する。だがライムはどこか納得したように落ち着いていた。口元に指を添えてじっとシアンの動きを眺めている。

 

「……そういえば、シアンって結構記憶力がいいんですよ。そして誰かがやったことをそのまま真似し、似たようなものを作ってしまったということがよくあった気がします」

「そうなの?」

「ええ。元々シアンが双剣を使っているのは、シアンのお母さんが双剣使いだったからなんです。遊びで木刀を振り回していると、お母さんが鍛練で双剣のイメージトレーニングしているのを見たことがありまして、真似してそっくり動き回ったことがありました。しかしまだ小さかったので、全部とまではいきませんでしたが」

 

 誰かが絵を描けば、それを模写して描き上げる。

 料理もまた母親が作っている様子を眺め、その通りに作り上げてしまう。

 双剣もまた教えてもらったわけではなく、見たことを覚えてこなしてしまった。

 しかし真似だけではなく、自分なりに努力を重ね、誰かのものではなく自分のものへと変えていく努力を怠ったわけではなかった。

 始まりは誰かのもの。完成形はアレンジされたもの。

 それがシアンの実力だった。

 

「そういえば昨日、急に砂漠での動きがよくなっていた。あれは雷河の足運びもトレースによるもの?」

「あ、はい。そうですね」

 

 後ろでぼうっとしていた焔がぽつりと呟くと、ライムがそれにうなずいた。

 ダイミョウザザミのクエストの際、シアンの課題は移動や足運びで足を取られずに行動するものだった。考えて、考えて、そして雷河が竜車を引きながらも体勢を崩さないところに目をつけた。

 その姿勢や足運びを見据え、そして自分にトレースした。その後どうしてぶれないのかを考えて己の物にした。

 だが普通はそんな短時間で習得できるようなものではない。

 ある意味異常である。

 逆にいえば、そのトレース能力こそが彼女の才能、ともいえるだろう。

 

「なんという……。ただの小さい少女と思っていたが、よもやそんな異常なモノを持っていようとは。凡人じゃなく、異能力者だったとはまったく見抜けなんだ」

 

 誰かの動きをトレースする。

 これがどれほど難しいものなのか。

 真似するくらいならば簡単だ。

 世の中には技術は見て盗め、という言葉がある。何かを教わるのではなく、自分でそれを盗み取って己の技術とする。そうやって受け継がれるものがあるのだ。

 

「シアンは双剣術はお母さんから少ししか教わってなく、ほとんどのものは自分から盗んでみなさい、と言われたそうです。それからはまさに『技術は見て盗み取るもの』として行動を始め、双剣術やハンターの技術だけじゃなくて、家庭的なものまで習得していきました。でも僕のアイテム技術は肌に合わなくて盗めなかったみたいですが」

 

 武器は双剣だけでなく、父親が使用していた大剣の技術も一応は習得していた。しかしその細腕では振るうことは出来ずにお蔵入りになっている。

 またボウガンや弓も一応扱ったことがあるが、ただ撃つだけではあの武器は扱えない。目標との距離や風向きで放たれたものの進路が変わることがある。だからそれらまで把握する技術がないシアンには、ガンナーとして行動することは出来なかったのだ。

  

「……ちなみに僕が最近魔法のイメージを、昴さんや紅葉さんを参考にしているのも、シアンの言葉があるからなんですよ」

「そうなの?」

「はい。未熟なうちは技術を盗むところから始めよう。自分だけの技術は、それから改良していってからでも遅くはない、というのがシアンのお母さんの言葉でした。そしてこの間魔法が使えるようになってから、シアンからそういう提案がありました。そこで紅葉さんたちの魔法や、狂化フルフルの電撃を参考に魔法を組み立てました」

「なるほど。君は魔法の基礎は押さえているようだね」

 

 彼らが使う魔法とは、イメージを基に構築されている。粒子や魔力を操り、頭の中でどのように自然現象を操るかをイメージする。その通りに粒子と魔力を動かし、そしてイメージを形とする。

 そうやって魔法は行使されるのだ。

 イメージが弱ければその魔法はあまり効果を発揮しない。だからこそ術者は集中力を要求される。集中力がなければ魔法が発現しないのはそこからきている。

 

「ええ。本を色々と読破してますので」

「ほう? 例えばどんなものを?」

「えっと、『魔法基礎』『8大属性による魔法の考察』『魔法式の構築』などでしょうか。一応小説としましては『異世界からの来訪者』『風魔』などですね」

「へえ。いいものを読んでるんだね」

 

 微笑しながら月がうなずいた。本に関しては彼女も詳しい。長く生きている上に、智の種族である竜人族を祖としている。そして彼女ほどの実力者ともなれば、その知識量はとんでもないものになっている。

 魔法の話から再びシアンのトレースの話に戻り、結論としては彼女は凡人ではなく、トレースを生かしたある種の天才とみなされた。

 確かに基本的には彼女は凡人の部類だ。ハンターである両親からは運動神経などは引き継がれているだろう。しかし全体から見ればまだ未熟であり、内に秘める才能も平均的。それが月と獅鬼の見立てだ。

 だが二人は彼女のトレース能力の異常さまでは見抜けなかった。

 記憶力の良さとそれを再現できるほどの力量。現在の己の力量に合わせて改良し、そしてほぼ再現してしまう。後にそれは誰もがそうであるように己の実力として定着させるのだ。

 だがそこに至るまでの過程が異常。

 そこまで考え、月は少しだけ面白そうな笑顔を見せて紅葉に視線を落とした。

 

「紅葉、シアンと組み手をしてみてはどうかな?」

「え? ……ああ、そういうこと」

 

 武器を持たず、ただの格闘戦をすればどうなるのだろうか。それに興味が湧いてきたのだ。

 

「雷河。そこまでだ」

「……ん? おう、了解」

 

 獅鬼の言葉に雷河とシアンが手を止めた。そして帰ってくる二人に月が次のことを説明し、休憩をはさんで格闘戦の鍛錬を行うことにする。

 

 

「はっ、ふっ……」

「っ、くっ……」

 

 次々と繰り出される拳を、苦い顔をしながらもシアンは受け流していく。その動きはまるで以前にここで同じように紅葉と戦った優羅のようなものだった。

 シアンの力では紅葉のように力と速さで攻める剛の格闘術は出来ない。ならば、相手の攻撃を流しながら反撃する優羅のような格闘術があっていた。つまりは柔の格闘術。

 何とか紅葉の動きについていけているが、時折体へと紅葉の拳が打ちつけられる。

 

「ほらほら、どんどん行くよ!」

 

 容赦のない紅葉の攻めに、シアンが苦しげな顔をする。しかし両手は動き続け、何とかいなしている。そこから反撃に転じてみるも、やはりというべきか優羅とは違って防がれてしまう。だがその手の動きや狙う場所は優羅によく似ていた。

 つまり、彼女はあの時の組み手で優羅の動きを記憶し、トレースしていることになる。

 

「もう十分だね」

「ああ。これであの少女が凡人の中に埋もれていた異常者であることがよくわかった」

「異常者……ですか」

 

 少しだけ困ったような顔をしながらライムが呟いた。彼からすれば彼女が異常者呼ばわりされるのは控えていただきたい所存なのだろう。それは月にもわかっているので、苦笑しながらライムを見下ろす。

 

「まあ異常者っていうけど、言い換えればある意味で天才。でも、その天才にさせる要因が異常だから異常者、って呼ぶだけさ。君だってなんとなくはわかるだろう? 彼女のトレース能力はどれだけすごいものなのか」

「……ええ、まあ」

 

 呟きながらライムがうなずいた。

 ただ形としてやるだけならば『真似』で終わってしまう。それから上に昇華されることはない。

 しかし形を真似、それを己のものとしてしまったとき、それは『真似』の範疇を超え、『トレース』となってしまう。

 技術を盗むということは、そういう意味ではトレースといえるだろう。だが普通は自分が進む道に関連するものを、数日、数週間、あるいは数ヶ月をかけて技術を見続け、己のものへとしていくのだ。専門的なものになれば、かける時間は長くなってしまう。

 だがシアンはたった一度だけ見て、そしてそれを頭の中で思い返し、自分の体へと定着させてしまった。幼い頃からそうやって吸収していったことで身についたのか、それともただの先天的な才能なのか、それは誰にもわからない。

 確かなのは、彼女は一度見ただけで相手の技術を可能な限り盗んでしまう。

 改めて言っておこう。

 彼女は人間である。竜人族でも魔族でもない、ただの人間だ。そしてどこにでもいるような普通の少女であり、普通のハンターである。

 

「でも彼女は今までそんなにその才能を利用しなかったみたいだね。あくまでも幼い頃に母親の双剣術と、遊びで真似してきただけなんだろう。ある種の無自覚で真似を続けてきただけだと思う。でも、昨日の雷河の足運びのトレースに始まり、今日の鍛練で更に片鱗を見せた。恐らく、彼女は修行で一気に目覚めるよ」

 

 そうなったときのシアンを想像したのだろうか。とても楽しそうな笑顔を見せながら、月はこう呟いた。

 

「――凡人は、きっかけ次第で変貌するのさ」

 

 その呟きにライムもまた胸のうちが熱くなるのを感じた。

 その言葉に惹かれたから、というのもある。それはまさに、凡人と呼ばれた者が天才と呼ばれた者へと近づくことだって可能だということなのだ。

 そしてもう一つは、あの月がシアンに対して期待を寄せているということ。それがどれほどのものなのか。

 

「私はね、そういう人物が好ましく思える。この身は生まれた時より人という枠を外れている。だから彼らの気持ちがよくわからない。……でもね、長く生きて色んな人を見てきたんだ。そして才能がない、といわれた者が努力を重ね、自分に出来ること、輝けるものを見つけたとき、その先にある場所へと到達する。その様が私は素晴らしく、眩しく見えるんだ。だから私は、そうやって努力を重ねて上へと目指している人がとても好きなんだよ」

「月さん……」

「もちろんライム、君のことも好ましく思っているよ」

「……え?」

「ぷっ……」

 

 突然の告白にライムは呆けてしまった。後ろにいる焔はその様子に噴き出している。

 

「君もまた上を目指して何かと頑張っている。その様子はとてもいいものだ。頑張るといい」

「……あ、はい。ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるが、ライムの顔は少し赤く染まっている。やはり「好き」と言われたことが効いているようだ。大人の女性、あの月に言われたというだけで、純情なライムはこうなってしまうのも無理はない。

 

「……いや、純情すぎ」

 

 ぽつりと焔が呟くが、ライムには聞こえていなかった。

 二人が会話している間に獅鬼が二人に声をかけて組み手を終わらせる。休憩をはさんだとはいえ、シアンはもう息が切れている。時間もいい頃合いだったので、一行は昼食をとるため公園を離れることにした。

 そして昼食が終わったらどうするのか、という話になると、月がライムを見つめながら微笑を浮かべる。

 

「図書館へと行こう。今度はライムの魔法について考えてみようと思ってね」

 

 シアンの次はライムの方を鍛えることになった。

 二人の修行はまだまだ始まったばかりである。

 

 

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