呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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40話

 

 

 魔法。

 それは自然を操り、己の手でその自然現象を引き起こす神秘の技術。

 我々は世界に満ちる特殊な粒子があることに気づいた。それらは普通気づくようなものではなく、微細な集合体となって世界に様々な要因をもたらしている。

 そしてそれらを操るための力は、我々の体を巡る特殊な力。

 生命力、精神力とでもいおうか。粒子を感じることができたものは、総じてこれらの力が強い者たちだった。

 故に、魔法を使えるものは生命力や精神力が高いものたちと言われている。

 

 我々がその粒子に気づけたのは、自然というものをずっと肌で感じ続けたからといえよう。この粒子はある意味世界の一部。世界を構成するモノなのだ。

 我々は自然と共に生きる種族。そして血を重ねるにつれてその濃度が高まったが故に、粒子を感じられるようになったと思われる。

 つまり我々が粒子を感じることが出来たのは、その生活によるものだけでなく、血統による後押しもあったからだ。故に我々はこの力を持てた事を誇りに思うべきだろう。

 神は竜人族から派生した我々に、奇跡の力を与えられたのだ。

 

 これを読むものよ。

 魔法を扱えることに誇りを持つがいい。

 そして決してその力を悪しきことに使用することなかれ。

 

~魔法基礎・序章抜粋~

 

 

 

 

 世界には全部で8つの因子によって構成されている。

 火、水、土、風、氷、雷、光、闇。

 これらの因子は世界を構成し、支えるものだ。そしてこれらがあるからこそ、世界は、自然が成り立っているのである。

 それらの因子が微細なものとなってそれぞれ力を持っている。これが一概にマナと呼ばれる粒子である。つまり魔法とは、このマナを操ることで行使するものであるといえよう。

 

 因子は属性とも置き換えられるだろう。

 世界に生息するモンスターたちはそれぞれ何らかの属性を所有している。進化により、環境への適応により、自らもそれらに関する属性を所有するようになるのだ。

 その変化と同時に彼らは因子にマナを取り込み、己の体を変化させたと考えられる。つまり彼らもまた、進化によって魔法を扱ったともいえよう。だからこそ我々もまた彼らと同じようなルーツを持っている、と考察される要因になりえる。

 さて、8つの因子はそれぞれお互いに力を働きかける。

 水は火を打ち消し、火は水を蒸発させる。光は闇を照らし、闇は光を覆い隠す。

 お互いがお互いに何らかの力を打ち消しあう、相反する属性なのだ。

 これらは自然において必要不可欠なものであり、何かが欠けてはならぬもの。もしも一つが欠けようものならば、たちまち世界のバランスが崩れるだろう。

 

 そして魔法はこれらの因子を理解することから始まる。そして次に自然というものを理解せよ。なぜならば魔法とは、自然に干渉し、思うままに操るものなのだから。

 いうなれば魔法とは、自然というものを理解するためのモノなのである。

 我々は魔法を通して世界を知る、といっても過言ではないだろう。

 だからこそ、その祖である8つの因子を理解せよ。

 そして同時にマナというものを理解せよ。

 全ては、そこから始まるのだ。

 

~8大属性による魔法の考察・冒頭文より抜粋~

 

 

 

 

 図書館に来ていた紅葉たちはそれぞれ本を揃えて読み進めていた。ライムと月が魔法に関する書物を並べ、月が色々と質問し、ライムが答えていく。そのたびに月は口元を綻ばせてうなずき、質問を進めていく。

 何をしているのかというと、ライムがどれだけ魔法に関する知識を持っているのかをテストしているのだ。魔法は体術とは違い、頭できちんと理解していなければ効果をあまり発揮しない。

 理解なくしてイメージは固まらない。理解していない人のイメージと、理解している人のイメージとでは大きな差があるのだ。自然の中で暮らしている魔族ならば、自然に関しては人間よりも深いため、イメージする力が強い。

 ここが人間と魔族とで魔法に関して、差があるといわれる要因といわれている。

 だが逆に言えば、人間だろうが竜人族だろうが自然に対する理解が深ければ、魔族に近しいほどの魔法を行使できる。近年では竜人族の中でも、高位の術者が現れ始めているのが、その仮説を正しいと思わせるものになっている。

 その隣で紅葉が二人の話をBGMにしながら、自分も風魔法に関する書物を読み進めている。自分もある程度は風魔法のレベルを上げておいた方がいいかもしれない、と思い立ち、こうして少し慣れない書物を読んでいる。

 そして対面では雷河とシアンが漫画を読んでいる。この二人に書物や小説なんて与えても、モスに黒真珠。典型的な体育会系のため、活字を見せても頭がショートするだけだった。

 その隣では獅鬼が新聞を広げている。ドンドルマは大陸の中心部にある大きな街だけあり、大陸の情報が多く入ってくるため、こうして新聞として状況が載せられるのだ。

 最後に焔が椅子に座ってぼうっと小説を読んでいた。器用にページをめくりつつ、さっと目を通して読み進める様は、何というかある意味シュールである。というかアイルーが人間の本を無言で読み進める、というのはどうなんだろうか。

 そんな風に過ごすこと数分後、魔法の書物を読んでいた紅葉が息をついて頬杖をついた。どこか疲れたような顔をしており、どうやら彼女もまた活字が苦手なようだった。

 隣の席に座っていたライムが少し心配そうな顔で覗き込む。

 

「大丈夫ですか、紅葉さん?」

「あ~……うん。やっぱどうも合わないわ、あたし」

 

 苦笑しながら呟くと、ライムだけでなく月も苦笑した。少しはチャレンジしたようだが、根本的には体育会系だったようである。

 

「……ま、あたしはこの『風魔』の漫画版でも読むことにするわ」

 

 『風魔』とは東方の忍と呼ばれる一族の物語。一族の特徴として身体能力は高く、速さが特徴的である。そして総じて風魔法が使えるというのも特徴だ。

 同じく風魔法を使える紅葉はちょっとした参考になる漫画でもある。

 そしてこの『風魔』シリーズは長く続いており、原作は小説だったが、漫画としてもこうして登場している。

 小説から漫画へと切り替わったことに苦笑し、二人はまた書物に目を落とす。今度は自然のものではなく、ちょっと変わった魔法へとステップアップしていた。

 

「さて、これだけど……。意味は理解できるかい?」

「え、と……世界とは自然だけでなく、様々な要因によって成り立っている、ですか?」

「そうだね。例を挙げると?」

「……命の巡りでしょうか。弱肉強食で成り立つ世界、ですね。食うか食われるかを繰り返していますが、絶妙なバランスの下で成り立っていて、大きな変化さえなければ絶滅することはない、ですよね?」

 

 草食のモンスターは草を食べ、そのモンスターを小型の肉食系モンスターが食べる。しかし小型のモンスターは中型のモンスターに食べられ、そして時にその中型のモンスターは、大型のモンスターに食べられる。だが彼らが死ねば養分となり、それは草を成長させる要因になる。

 命の連鎖。命のピラミッド。

 これによって生態系は成り立っており、何かが欠ければ連鎖によって他のものたちに影響を与えてしまう。

 これもまた世界を構築している要因だ。

 

「なぜこういう問いかけをしたのかといえば、魔法は自然、というのではなく世界、人体にも影響を与えるものもあるからさ。今までは自然のものを説明していったけど、今度は自然を操るものではないものを説明しよう」

「はい。……でも、この部類の魔法ってルーツはどこから来ているんです? 色々と説があるみたいですが、『不明』ですよね?」

 

 元々魔法は魔族が自然に適応し、マナを感じ始めたことから始まっている。つまり、魔法とは自然に干渉するだけの秘術だったのだ。人の精神に干渉する、空間を捻じ曲げる、なんてものは存在することは有り得ない。

 しかし現にこうしてそんな魔法が存在している。

 これはいったいなぜなのか。その原因は魔法に携わる学者たちを悩ませるものになっている。

 

「ライムが知っているのは?」

「一人の魔族が自然だけでなく人体にも理解を深めたとか、行方不明になっていた魔法使いが神からそんな魔法を授けられたとか、どこからか現れた魔法使いが広めていったとか……色々聞いています」

「なるほど……。まあ、私も何となくは知っているけど、詳しくは言えないね」

 

 何か言いづらいことでもあるのだろうか。

 その様子からするとどうやら聞いても教えてくれそうにはなかった。教えるにはまだ速いのか、そもそも教えてはならない情報なのか、それはわからない。何にせよ、言わないのならば仕方がない。魔法の話に戻ることにしよう。

 

「では今回は私たちにも縁が深くなってきた空間魔法について説明しようか」

 

 空間魔法とは、空間収容術や圧縮収容術のなどの魔法の総称。この魔法が知られるようになってから、一気に人々に良い影響を与えたといっても過言ではない。

 ローブやポーチなどにアイテムを収容することで荷物が軽くなり、ハンター稼業が楽になる。アイテムボックスにものを収容するのが楽になった、などがいい例だろう。ハンターを長く続けていけば、自然と持ちうるものは多くなっていく。それを収容するスペースが圧迫される、というのは全てのハンターが総じて持つ悩みだった。

 また収容術以外の空間魔法においては、高位の魔法使いならば遠い距離を一瞬で移動することも可能にしてしまう。一点と一点を結ぶことで、移動する距離と時間を無視して移動してしまう魔法、俗に言う転移だ。

 

「だが空間、なんて言われても当時の人々には理解が出来なかった。この魔法について説明を重ねようとも『空間』という概念は理解できない。理解が出来ないということは、空間魔法は使用できない。使用できるのはその術者だけ、ということなのさ」

 

 そこでその魔法使いは数冊の本を執筆し、空間魔法書を世に残す。だがその魔法書を読み進めても人々はあまり理解できない。

 狩猟を主としたこの世界では、『自然』については理解出来ても、『空間』については理解できない。だから初めてその魔法使いが現れてから数百年、この世界の人で空間魔法を行使した人は存在しなかった。

 

「そしてついに、初めて空間魔法を習得した人が現れた。その名は……神倉羅刹(らせつ)

 

 その名前にライムだけでなく、獅鬼を除いて全員の視線が月へと向けられた。どうやら雷河たちも知らなかったようだ。

 

「彼は魔法書の写本を手に入れ、読破し、そして自らの力で空間魔法へと至った。当時の神倉一族は総じてその結果に大喜びだったらしいよ」

「……でしょうね。なんかそういう印象がある」

 

 頬杖を月ながら呟くように言う紅葉。力を求めた神倉一族だからこそ、誰もが到達出来なかった空間魔法に至ったのが羅刹ということに喜ぶのは当然のことだろう。

 しかしその喜びもつかの間であった。

 

「しかし彼は黒龍に挑み、敗北した。空間魔法に至ったはいいが、敗れたことでまたも使い手が消え去った。でも時が進むにつれて少しずつ習得したものが現れ、そして私もまた至ることが出来た。……ちなみに人々に親しまれている空間収容術、圧縮収容術は私が広めたんだ」

「……え? そうなんですか?」

「ああ。人々の生活などに役立てることが出来ると思ってね。初代の空間魔法使いもそういう使い方をしていた、という記述があったからね。どういう魔法式をしているのかを解読し、改良して作り上げた魔法だよ」

 

 この魔法が知られるようになったのは四百年前だから、時期的にも合っている。つまり彼女がその域に至ったからこそ、今の状況が成り立っているということだ。この間無料でライムとシアンにローブをプレゼントしたが、彼女こそがその魔法を広めた人物だからということも関係していたのだろう。

 

「魔法もまた使い手次第だからね。私がこの魔法を広めたように、人々に親しまれる魔法も確かに存在する。しかし狂化竜を生み出すような魔法も存在することも確かさ。遥か昔の時代のように、過ぎた力は人を滅ぼす」

「…………」

「ライム。君には才能もあるし、潜在能力も高い方だ。だが力に取り込まれ、道を誤らないことだよ。君は正しく力を使ってほしい。……どうか、それを約束してほしい」

 

 その言葉を紡ぐ彼女の眼差しはとても真剣なものだった。しかしどこか悲しさが見え隠れし、願いが込められている気がした。

 彼女がなぜそんな表情をしているのかわからない。

 その顔を見つめていると、一つのことに思い至った。

 もしかしたら神倉一族の事を気にしているのだろうか。彼らは力を求め、力を得るために人の道を踏み外してしまった。その結果として月が誕生したのだが、それでも彼らの歩んだ道は人としてはあってはならないことなのだろう。

 だから力に溺れるな。

 そう忠告しているのだとライムは気づいた。

 

「はい、わかりました」

 

 答えはもとより一つしかない。

 ライムが力を求めるのは誰かを護るための力が欲しいからだ。両親のように誰かを護れるように、力は必要なもの。

 誰かを倒すため、殺すための力など要らない。

 護るための力を欲しているのだから、力に溺れることは有り得ない。そんな風に考えていたが、それこそが危険な考えなのだと自粛する。心構えだけは必要だろう。

 その様子に嬉しそうに顔を綻ばせてうなずいた。

 それからまた魔法の授業は続き、日も暮れたころに紅葉たちは図書館を後にした。

 

 

 ○

 

 

 ライムとシアンが鍛練をしている頃合、同じように鍛練を行っているものがいる。ハンターズギルド本部にあるギルドナイトの演習場では、レインとゲイルが両手に双剣を模した木刀を握り締めている。

 鍛練とはいえお互いに全力をもって剣戟を繰り広げている。ギルドナイトは任務によっては対人戦も行う。故に、対人の訓練としてお互いに全力で相手を打ち倒しに掛かる。

 

「ふっ、ふっ……」

「やっ、はっ!」

 

 上下左右からレインへと斬りかかるが、余裕を持って全てを防ぎきる。そのまま反撃として同じようにゲイルへとあらゆる方向、力加減、速さで斬りかかる。やはり年季の差があるのか、それとも実力に差があるのか。二人の剣戟は少し似ているが、レインのほうが上手である。

 

「くっ……」

 

 そこでゲイルが後ろに下がって距離を取り、呼吸を整える。

 すると構えを解いてレインが不敵な笑みを見せた。だがそれは深いそうなものではなく、まるで兄が弟を見るような笑みだった。

 

「ふっ、腕を上げたな。君の成長が喜ばしいよ」

「はぁ……ありが、とう、ございます……」

 

 微かに笑顔を見せて木刀を構えると、少しずつ身を低くしていく。それに対してレインもまた木刀を構え、同じように身を低くしていく。

 同時に地を蹴り、疾走しながら攻撃する部分を視認して木刀を振りかぶる。そのまますれ違い、身を捻りながら木刀を打ち合わせ、更に距離を取って再び斬りかかる。

 手数の勝負から速さと一撃の重みでの勝負へと切り替わった。

 

「はぁぁああ……!」

「おおおぉぉぉ!!」

 

 本当に鍛練なのだろうか。

 それを思わせるほどの気迫のぶつかり合い。気が弱いと知られる普段のゲイルと違う様子に、初めて鍛練を見る人は驚くだろう。だがゲイルはギルドナイトであり、上位のクエストに何度もいったことがあるハンターでもある。

 実力はレインの足元へと充分に及んでいる。こうして木刀を打ち合わせるほどの実力はあるのだ。

 

「そらっ! ここが空いているぞ!」

「くっ……!」

 

 生まれた隙へとすかさず打ち込む。その一撃で体勢を崩し、また隙が生まれていく。そのまま押し切られ、ゲイルはとうとう地に膝をついてしまった。

 それで鍛練は終了。

 立ち上がったゲイルはレインから距離を取り、お互いに礼をする。ベンチへと向かってタオルを取ると、流れた汗を拭き取っていく。

 二人が鍛練をしている間、サンは離れた場所で弓を引いていた。レインが視線を向けるのも気にせず、集中力を高めて矢を引いていき、そして射る。風を切って飛んでいく矢は、的の中心へと命中した。

 

「うん、見事だ」

「……あ、兄さん。そちらは終わったのですか?」

「ああ。サンは調子はどうかな?」

 

 サンのタオルを差し出しながら問いかけると、汗を拭きながらうっすらと微笑する。

 

「ええ。私は問題ありません。自分なりに綺麗な射が出来たと思います」

「そうだな。わたしから見ても、サンの射は見事なものだと言える。サンもまた日々の成長が窺えて嬉しいよ」

「ありがとうございます、兄さん」

 

 褒めながら頭を撫でてやると、少しだけ赤らみながらサンが呟くように礼を言う。その様子は傍から見ればとても仲のいい兄妹に見える。この光景はよくあることであり、もう見慣れてしまったゲイルはタオルで汗を拭きながら、意図的にそちらから視線を外していた。

 そこで離れた場所で自分たちを見ているギルドナイトが射ることに気づいた。数人集まっており、何かを話しながらニヤニヤと見ているような気がする。

 

「ん? どうした?」

「あ……いえ……」

 

 振り返ったレインが首をかしげると、そのままゲイルが見ていた方へと視線を移す。すると何を見たのかに気づき、小さく鼻を鳴らした。

 

「ふっ、放っておくといいさ、あんな小物たちは。集まって影で何かを言おうとも、気にすることはない。ああいう風にしか人を貶めるような輩など、恐れるに足らんよ」

 

 堂々とした態度で言いながら優しくゲイルの頭を一度叩くと、後ろにいるサンに振り返る。汗を拭き取ったサンは一度うなずき、自分の荷物を纏めた。レインとライムも荷物を持つと、レインは促すように笑みを浮かべた。

 

「さあ、行くとしよう」

「はい、兄さん」

「はい……」

 

 三人は演習場を出て廊下を歩き始める。自分たちの部屋へと向かい、制服に着替えると今日の仕事に向かうことにする。しかしその途中で数人のギルドナイトと出会う。

 

「ん? おや、混ざりものじゃないか」

「それに傷んだ赤もいるな。ホント、哀れな奴らってどいつもこいつも一緒にいるもんだ。くっくっく……」

 

 顔を見るなり三人を侮蔑するような言葉を並べ始める。服装こそ三人と変わらない赤色のギルドナイトの制服だが、その顔立ちといい装飾品といい、そして雰囲気といい。どこかのエリートのような印象を与える。

 立ち止まった三人に青年たちは笑みを浮かべながら口々に三人に言葉をぶつけていく。

 

「なんだってこいつらが今もここにいるんだか……」

「純血であることこそギルドナイト。混ざりものがいていい場所じゃないんだがな。しかも妙に偉そうだしな」

「スカーレットもカーマインも堕ちたもんだな。そう、お前たちが家の名を貶めたと言ってもいい」

「…………」

 

 そう言いながら金髪の青年がレインに近づいていく。一方レインは無言でその青年を見つめるだけ。言い返すことも何かをすることもない。

 サンもレインの後ろに控えながら無表情を貫いている。ゲイルはレインと青年たちを交互に見つめて少しだけ居心地が悪そうだ。

 

「混ざりもののくせに、いつまでもここにいるんじゃない、クズが。ギルドナイトは長い歴史を持つ誇りある組織さ。お前のような奴がいつまでもいていい場所じゃない。……わかるよな?」

「……ああ、よくわかっているとも」

「ほう?」

 

 思わぬ言葉に、少しだけ笑みを浮かべながら首をかしげる。だがレインは不敵に笑いながら青年を見据える。

 

「君たちのような口の汚い男がいていい場所じゃないな」

「なっ……!?」

 

 その返し方に顔を紅潮させると、レインは皮肉ったような笑みを浮かべながらやれやれと首を振る。

 

「おや? 自覚がないのかね? だとすれば終わっているのは君のほうだ。すぐにでも医療室に向かうといい」

「だ、黙れッ! 誰に向かって口を……」

「まったく……すぐにそうやって家柄を示そうとする。いい加減目障りなことこの上ない」

 

 そこで笑みを消し、眼光を鋭くさせる。その気迫は冷たくも鋭く、まるで獲物を睨みつける竜を思わせた。青年たちは体を震わせて硬直させた。

 

「家柄を盾にしなければ何も出来ない者の方が、よほど愚かしいとわたしは思うがね。相手を汚すだけ汚し、自分は家柄で無傷になろうとする。ああ、実に愚かしい。誇りあるギルドナイトにあるまじき姿だよ。己の力ではなく、立場を利用したただの小物だ」

「ぐ……ぐぐ……!」

「何かに頼らなければ自分の居場所を守れない奴など、目障りなことこの上ない。さっさと消えたまえ」

「く……混じりものが、いつまでも調子に乗るな……! お前など、僕が上に立てばすぐにでも消してやる……!」

 

 そんな捨て台詞をはくと、彼らは足早に横を通り過ぎていった。その際舌打ちや、微かな声で「混ざりもの」「傷んだ赤」などの言葉が聞こえた気がした。角を曲がって姿を消すと、レインはふう、と息を吐いて苦笑する。そんなレインをどこか心配そうな色合いを見せた表情でサンが見上げた。

 

「兄さん……」

「ああ、心配することはない。どうせあの男は上に立つことなど出来はしない。親のコネがあろうが、ギルドナイトはそんなもので上がれるほど堕ちてはいない。だから恐れることはない。わたしたちは、いつものように過ごせばいい」

 

 そんな心配を打ち消すような優しげな笑顔を見せて頭を撫でてやる。それで落ち着いたのか、サンがこくりとうなずいた。

 

「でも……そんなに上手く、いくのでしょうか」

「ん?」

「……最近、上の人たちが、どうも……」

 

 ギルドナイトを纏める上層部は昔からのしがらみが多い。レインとサンの両親の結婚に反対していた老人たちも、上層部のその一派に属している。彼らは今もなお兄妹を認めようとはせず、兄妹の事情を知っているのか知らないのか、無視している傾向がある。

 兄妹が今の立場にいられるのは、両親と新しい風を吹かせようとしている一派であり、彼らのおかげで今もなお兄妹はギルドナイトに属することが出来ている。

 

「ああ、確かに狂化竜について騒ぎ始めてはいるな。確かな証拠がないからと、彼らは重い腰を上げようとしない。……ふっ、わたしも確かにまだ信じきれない部分はあるが、この間敵の一派が現れたのだ。こちら側の隊を複数周辺に放っている。これで何かが見つかれば、彼らも動かざるを得ないだろう」

「……そう、ですね」

「わたしはギルドナイトの理念は共感しているが、いい加減古いしがらみをどうにかしないとな。……時が経つにつれて少々苛立ちが募ってきたものだよ」

 

 だからこそ、と一息ついてゲイルを見下ろす。

 

「わたしが変えてみせる。わたしたちだからこそ変えられる。いずれ上に上がってその愚かしい考えを変えてみせる。血統なんて関係ない。その人物の人柄、実力こそが評価するべきものなのだからな」

「……レイン、さん」

「だからゲイル。君もそろそろ胸を張りたまえ。いつまでもオドオドして人の顔色ばかり窺っているようでは、変わるときに変われない。君は充分実力がついている。だから胸を張っていいのだ。……いいね?」

「……はい」

 

 うなずくゲイルを見て微笑すると、レインは軽くゲイルの頭を撫でてやる。

 すると、奥のほうから一人のギルドナイトが走り寄ってきた。その様子は何かがあったと思わせるものだった。

 

「どうした?」

「……はぁ、はぁ。緊急伝令です……! 狂化したと思われるリオレイアを、発見しました……!」

「……なんだと?」

 

 それは思わぬ報告。レインの顔色が驚きに彩られていく。後ろにいる二人もまた驚きを隠せなかった。

 

「どこだ? どこにいたのかね?」

「ここより西の密林です! しかし調査班がやられ、リオレイアはどこかへと逃亡しました。ですが、狂化竜は確かにいたのだと証明することが出来ます! 現在会議室で対策を講じているところです」

「わかった。すぐに向かおう」

 

 レインとギルドナイトが走り出し、その後ろから二人も続く。

 それから数時間、会議が行われて狂化竜に対する処置を講じることとなった。

 狂化竜は確かにいた。

 昴たちの言葉は正しかったのだ。ならばこれからどうするべきか。

 上層部へと報告するべきか。

 狂化竜が襲来してきたときはどうするのか。

 生み出している敵はどこにいるのか。

 様々なことが話し合われ、会議は数時間に及ぶものとなった。

 

 

 ○

 

 

 その会議の合間。

 一人のギルドナイトが廊下を歩き、誰もいない一角へとやってくる。

 柱に背を預けると、その反対側に人がやってくる。そこでそのギルドナイトは一つの魔法を行使し、それを感じた相手は口を開いた。

 

「ご苦労さん。どうだ? 何か変わったことはあったか?」

「うん。レイアが一頭発見されたみたいだよ」

「おぉ? やるねぇ。ここの調査班もなかなか見所あるじぇねえの。クッヒヒヒ……」

 

 それはアヴェンジャーとロスト。彼女が彼を呼び出し、こうして報告を行っていた。

 狂化竜が発見されたとなれば、計画に支障が出ないように調整を行わなければならない。だからこそこうして報告することは必然のことだった。

 腕を組んだアヴェンジャーは天井を見上げて一つうなずく。

 

「となると、やはり第二段階の時はちけぇな。わかった。この件は朝陽様に伝えておくわ」

 

 そう言うと柱の横に立つ。その隣にロストが立つと、二人は手を繋いだ。繋いだ手が少しだけ光ると、アヴェンジャーは少しだけ顔をしかめた。

 

「……おうおう、またかよ、あの野郎ども。……チッ、クソが……」

 

 舌打ちしながら手を離し、ロストの頭を撫でてやる。その撫で心地にロストが軽く目を細めて気持ちよさそうな表情を見せた。そんなロストを労わるように優しい声色で呟く。

 

「わりぃな。嫌な場面に居合わせさせちまって」

「ううん、いいよ。アルテはアルテの役目を果たすから」

「……いい娘だねぇ」

 

身を屈めて前髪をかきあげ、その額にキスをする。また軽く頭を撫でてやるとにっと笑って、ぽんと肩を叩いた。

 

「じゃ、俺様は行くわ。引き続きよろしく頼むぜ」

「うん。行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

 

 背を向けて手を振りながらアヴェンジャーが去っていく。その後姿を見送りながらロストはゆっくりと額に手を当てる。その頬は少し赤く染まっており、どこか嬉しそうに口元を綻ばせていた。

 

「……頑張ろう。お兄ちゃんのために」

 

 こくりとうなずくと、魔法を行使して自分の持ち場へと戻っていく。

 

 そしてアヴェンジャーは廊下を歩き、誰もいないことを確認して窓から外へと飛び出した。屋根に着地し、そのまま路地裏へと飛び降りると、小さく舌打ちする。

 

「……あの野郎ども、アルテになんて場面を見せやがる……! やっぱあいつら殺すかぁ……。ああ、殺す。ぜってぇ殺してやる……!」

 

 ぐっと拳を握り締めて壁へと殴りつける。拳から血が流れるのも気にしないまま何度も殴りつけ、息をついて空を見上げた。

 

「……ギルドナイトはやっぱクズどもの巣窟だな。何が誇りある者たちだ……。自分たちのことしか考えてねぇ奴らの間違いじゃねえのか」

 

 目元を腕で覆いながらブツブツと呟き続ける。

 頭の中に浮かぶのは、いつだって影で自分たちを笑い、貶めるギルドナイトたちの姿。混じりもの、傷んだ赤と自分たちを嘲笑い、影から、正面から汚い言葉をぶつけてくる。

 上層部も知っているはずだというのに、何も対策などしない。知っていて無視をする。あるいは、彼らもまた自分たちを見下し、蔑む。

 この数年は本当に酷いものだった。人は、組織は、認めない相手ならばどこまでも汚くなれる。

 

「俺様たちみたいな奴らはいつだって組織にとっては汚点でしかねぇ。だから切り捨てる。実力があろうが切り捨てる。……クッハハハ、なんて汚ねえ。奴らのほうがよほど汚点じゃねえか……。クッヒヒヒ……!」

 

 笑い声を漏らしながらゆっくりと腕を離していく。その下から現れた目はギラギラと燃え滾っている。それは以前よりも決意を固めた目。

 『復讐者(アヴェンジャー)』としての顔がそこにある。

 彼を突き動かすのは主に復讐。朝陽の下についているのはその目的を遂行するのに相応しい場所だと思ったからだ。

 だが最近の彼はもう一つ理由があった。

 任務のためとはいえ、ロストをそんなギルドナイトとして行動させる。そして成り代わっている場所は、先ほどのように人の闇を見せつけられる場所。

 本当はそんな場所にロストを置いておきたくはない。ロストに人の闇はあまり見せたくはない。

 そして記憶を見せられるたびに、彼はどんどん怒りの炎が高まっていくのを感じていた。彼女は大事な妹分なのだ。兄としては腸が煮え返るような思いを感じ続けている。

 

「あいつらは『作戦』の際はぜってぇ殺してやる。……ああ、さっさとその時が来ねぇかなぁ……! クッヒヒヒヒ……!!」

 

 低く笑いながらその場を離れていき、懐からローブを取り出して体に羽織る。そして路地裏を疾走して自分の持ち場へと戻っていった。

 

 

 ○

 

 

 ポッケ村の酒場にて『雪花(せっか)』のメンバーが集まっていた。クシャルダオラが去り、フラヒヤ山は落ち着きを取り戻している。そこでドスギアノスに始まり、軽めのクエストでお互いの実力を確かめ合ったのがこの二日。

 そして、そろそろ上のほうの飛竜討伐へと赴こうとしていた。

 選ばれたのは一つのクエスト、『ヴァニクスの討伐依頼』。

 

「ヴァニクスとは?」

「こいつは雪山付近で生息する鳥竜種さ。寒さに耐えられるよう白い毛に覆われた鳥、って感じの飛竜だな。普段はそんなに危険はないんだが、最近は繁殖期に入ったようでな。雄のヴァニクスが雌を求めてこのフラヒヤ山やベルト山脈を飛び回り始めている」

「繁殖期に入りかけは雄が、育成期に入ると雌が凶暴化しますわ。元から鋭い嘴に加え、白い毛も気性に反応して鋭利な武器へと変化するのが特徴的です。翼から羽を舞い上がらせ、冷気を当てて羽を飛ばしてくる攻撃は危険ですわ」

 

 依頼書によれば繁殖期の雄がベルト山脈を歩く旅人を襲い始めているようだ。どうやらその行路を縄張りの一部にしてしまったようだ。そこで行路を確保するためにこの依頼が出されたとのこと。

 

「繁殖期に入っているからちょいとばかし危険だが、まあ死にはしねえだろ。どういう奴かは道中教えてやるし、……美星は知識の方は?」

「……ある。問題ない」

 

 黒崎ではなく、偽名の美星で呼ぶ翡翠。偽名が決定してからは偽名で呼び合うようになっているのだ。

 そして目を閉じながらフラヒヤ酒を飲み進める優羅は会話に主に混ざらない。話を振られればそれなりに答えるものの、やはり仲良くする気はないようだ。最低限の話しかしない、それが優羅の妥協点らしい。

 

「ならいいか。空夜、お前はどうする?」

「俺としては問題ないよ」

「よし、じゃあ今回はヴァニクスで行くか」

 

 立ち上がって依頼書をカウンターに持っていく。シェリーがそれに判を押し、これで依頼が受理された。

 

「じゃあ各々準備を進めてくれ。ああ、ヴァニクスの弱点は一に火、次に雷さ」

「わかった」

「時間は……二十分後に酒場の前でよろしいでしょうか?」

「ああ、それで問題ないよ」

 

 待ち合わせを決めると、それぞれ自宅に戻って準備を進めていく。とはいえ、昴と優羅はローブしか持って来ていない。また昴は主なアイテムが入っているアイテムボックスはドンドルマに置いてきたままだ。ローブの中には装備と呼びのアイテムしか入っていなかった。

 しかし主に旅をしている優羅は、ローブに全てが入っている。装備一式、弾、弾を調合するためのアイテムなど、必要なものが全て入っている。加えてアイテムボックスまでも持ち歩いているので、アイテムに困ることはほとんどない。その中には私服や食材なども入っているので、今まで10年間も旅を続けられたといえよう。

 自宅に戻ると藍色の和服を脱ぎ、ガルルガシリーズを装備する。アイテムボックスを取り出して必要なものを取り出していき、ポーチへと納めていく。

 弾はチップへと納めていき、使う分を頭の中で決めて次々と収容していく。あとは他のメンバーの働き次第だ。

 一方昴はフルフルDシリーズを装備し、ローブから飛竜刀【紅葉】を取り出して調子を確かめる。火が弱点ならば使うとすればこれだろう。この数日で使いまわし、鍛冶屋に出して調整をしてある。

 ざっと見通してローブにしまい、それを羽織って優羅に振り返る。そこには準備を完了させた優羅が佇んでいた。

 

「じゃあ、行こうか」

「……はい」

 

 一言交わし、寒風が吹く昼のポッケ村へと踏み出した。

 今日もまたハンターとしての一日が始まろうとしている。

 

 

 

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