呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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42話

 

 

 ドンドルマのある場所に、奇妙な場所がある。見た目は普通の建物と変わりはない。しかしそこを利用する客が異質だった。

 そこは酒場のような内装をしている。木で作られた机や椅子、そしてカウンター。客はそれぞれ気ままに酒を飲み、料理を平らげていく。実に普通の酒場のようである。

 

 

 ――客が全て猫でなければ。

 

 

 見渡す限りのアイルーやメラルーたち。ニャアニャアと声があちこちから聞こえ、各々気ままに会話をしながら時間を過ごしている。もちろん店主も人ではなく、黒いバーテンの服を着こなし、シェイカーを器用に振ってドリンクを作っている。

 ここはいわゆるアイルーたちの集会所。ドンドルマで働くアイルーたちの憩いの場であり、お互いの世間話や愚痴がやりとりされている。

 また、他の街や村などで仕事をしているアイルーもやってくるので、世界の情勢も伝えられている。彼らの情報の早さは人のそれより若干早い。ここで出た情報がギルドに届けられることもよくあることだ。

 

「ニャニャ。しかしまぁ、にゃにやら最近世界が妙な雰囲気だにゃ」

「そうだにゃ~。噂じゃ古龍の動きが活発だって話だがにゃ、そっちはどうにゃのか?」

「確かにそんな感じがするにゃ。この間もクシャルダオラがフラヒヤ山脈付近を飛び回ってたにゃ。奴は北の方を飛び回り、北ではもう被害が甚大にゃ。討伐クエストが出されたけど、未だに討伐されたという話は聞かないにゃ」

 

 世界に散らばるアイルーたちの情報ネットワークはある意味人よりも凄まじい。ギルドが把握できていない古龍の情報までも把握してしまっている。

 クシャルダオラだけでなく、キリンやオオナズチなども彼らは把握していた。

 曰く、沼地や草原を駆けるように走り去っていった。数年前に何かから逃げるように走り去った情報があるが、数日前も同じように何かから逃げるようだったという。

 曰く、密林の奥からオオナズチが移動を開始した。ドンドルマの東部にある密林を離れ、北西へと逃げるように移動していったという。

 

「要するに大陸の東部分が妙な雰囲気だにゃ」

「う~む、東ににゃにかあるのかにゃ?」

 

 そのテーブルで酒を飲み交わしているアイルーたちが首をかしげる。

 そしてそのテーブルから離れた場所、隅の方で茶色いアイルーが静かに酒を飲んでいた。しかし時折アイルーたちの会話に耳を傾けるように、微かに耳を動かしている。

 そう、焔であった。

 彼女は時折ここにやってきては酒を飲みつつアイルーたちの会話を盗み聞きしている。アイルーの情報ネットワークは彼女にとっても重要な情報源。会話に混ざることはないが、こうして話を聞くことで情報を把握し、それを月や獅鬼に伝える。

 

「そういえばにゃ、これはギルドで聞いた話にゃんだが……」

「にゃんだ?」

 

 別のテーブルで会話をしているアイルーたちに視線を向ける。どうやらギルドで働いているアイルーのようだ。着ている服装にギルドのマークが付いている。

 

「にゃんでも“狂化竜”? そんな存在が発見されたということにゃんだが」

「……」

 

 その単語に反応して赤い目がそのアイルーに向けられる。

 

「にゃんだ? 狂化竜? 聞いたことにゃい言葉だにゃ」

「ん~、ニャーも詳しくは知らにゃいんだが、なんでも黒く染まった飛竜という話だにゃ。通常の飛竜よりも数段階能力が上がっていて、とても凶暴だということにゃ」

「にゃー……、それはとっても怖い奴だにゃ。……でも、にゃんだってそんな奴が? 普通は有り得にゃいにゃ」

 

 そう、普通は有り得ない。かの存在たちは人の手によって作られた存在なのだから。

 だがそこまでは知らないようだ。ギルドでもその辺りのことは把握されていない。というより、焔たちだって全てを把握しているわけではないのだ。

 

「でもそんにゃ奴が発見されたってレインたちが騒いでいるにゃ。先日は結構長い時間会議されていたらしいにゃ」

「にゃー……古龍といい狂化竜といい……本当ににゃんだろうにゃー……。これだけ不穏な空気が続けば、またにゃにか厄介なことが起こりそうで、もう嫌な予感しかにゃいにゃ」

 

 やれやれと溜息を漏らすアイルー。見れば周りのアイルーたちも話を聞いていたようで、揃いも揃って暗い表情だ。彼らもまたこの世界に住まう生命の一種。彼らにも暮らしがあるので、不穏な空気というものは歓迎できないことだ。

 焔は酒を飲み干して立ち上がる。

 これ以上の情報はなさそうなので、宿に帰ることにする。

 だが酒場の入り口が慌しく開かれ、一匹のアイルーが転がり込んでくる。その様子にアイルーたちが一斉にそのアイルーを見つめた。

 

「にゃーにゃー……」

「お客様? いかがしたかにゃ?」

 

 バーテンのアイルーが落ち着いた声で問いかけると、息を切らしていたアイルーは少しずつ呼吸を落ち着かせていく。そして顔を上げ、震える声で告げる。

 

「……北エルデ地方の東の村や町からの情報にゃ……。このドンドルマ方面を進路とし、老山龍が進行中らしいにゃ……!」

「……!?」

 

 その言葉に酒場の空気が一変した。

 アイルーたちだけでなく、焔もまた表情を強張らせた。

 

「これは緊急伝達にゃ……。ただちにギルドや付近の村々へと情報を届けるにゃ」

「了解したにゃ!」

 

 バーテンに会計を済ませ、一斉にアイルーたちが行動を開始する。ギルドや各地への伝達ならば、アイルーたちの役割だ。この先ドンドルマは緊迫状態に入るだろう。

 焔もまた会計を済ませて、宿にいる獅鬼たちにこのことを話すために走り出した。

 

 

 ○

 

 

 焔が酒場で過ごしていた頃合。ライムとシアンはいつものように公園で鍛練を行っていた。今日は二人とも体術に関する鍛練である。ライムは魔法使いだが、同時にハンター。魔法のことだけでなく体術も高めておかなければ死ぬ可能性がある。

 そんなライムの相手は紅葉が努める。今回の課題は足運びだ。足運びというものは狩りにおいてだけでなく、戦いでは重要なもの。自分の位置取り、これからの行動などを行う際に、この足運びを間違えれば優勢が劣勢に変わる事だってある。

 またハンターは自分よりも遥かに大きな相手と戦うのだ。足運び一つで生死が分かれる事だってよくあること。

 

「そらっ、ここ!」

 

 足運びの甘い部分を少し痛いくらいの力で蹴り飛ばす。

 その痛みで顔をしかめるが、すぐに体勢を立て直す。

 

「はい、続けて!」

「は、はい!」

 

 構えて紅葉へと攻撃を放っていく。それを紅葉が軽くステップを踏んで次々とかわしていく。すり足とステップを繰り返し、左右と正面と位置を取りながらライムが攻め続ける。

 本来ならばフィールドでクエストの最中行うべきだろうが、二人はこの基礎さえまだ完全といえない。普通はその状態でも経験を重ねていくべきだろうが、今はそんな状況ではない。

 何せいつどこで狂化竜や敵に襲われるかもわからない。ならばこのドンドルマで獅鬼や月の見守る中で対人戦、という形で鍛練を行った方がまだマシ、という結論に至ったのだ。ドンドルマならばフィールドよりも充分に安全といえる。モンスターがいない、という点で敵の幅が狭まるからだ。

 気をつけるのは奇襲。

 それさえ気を配っておけば安全に鍛練が行え、二人の実力を高めていける。

 

「そらそらそら!!」

「もっとだ! もっと速く打ち込んでこいやぁぁあ!! 嬢ちゃんの両腕は完治しているんだ! まだまだやれるはずだぜ!?」

「はいはいはいはいぃぃぃ!!!」

 

 あちら側ではなにやら暑苦しい空気が渦巻いている。

 木刀ではなくチーフシックルを構えて雷河へと打ち込んでいく。それを鉄製の棒で受けながら雷河が素早く足運びを重ねていく。その動きを観察しつつ、まだまだギアを上げてシアンが攻め立てる。

 一体何をしているのかというと、シアンの課題は実際に武器を持って攻撃を重ねることと、それを受けつつ回避する雷河の動きを観察することだ。

 彼女のトレース能力は記憶力だけでなく、その観察眼が高いことが確認された。彼女の目はまるで魔族の観察眼に近く、相手の動きを自分が視認出来るレベルの範囲内ならば捉えきれる。ならばそれを利用し、攻めと守りを同時にその体に覚えさせることにした。

 そのため、彼女の全力を持って雷河を攻め、そしてそれを全て守りきることでどうやって守っているかさえも彼女に見せつける。後に攻守を交代し、逆に守るということを体に強制的に覚えさせる鍛練を行うことにした。

 なおチーフシックルを手にしているのは、インセクトオーダーならば木製だろうが鉄製だろが、切断してしまう可能性があったからだ。そのため、切れ味が低いチーフシックルを持たせることにした。

 

「おーし、一端休憩するぜ。十分後に攻守交替だ」

「はぁ、はい、わかりましたー」

 

 またこの鍛練を繰り返すことで二人の体力もつける、という狙いもある。更に体を酷使させることで筋肉を壊し、新しく力をつける狙いも含まれている。おかげで最近の二人は筋肉痛が続き、眠れない夜が続いていた。シアンにとっては両腕の怪我に続く眠れない夜の再来のため、最初のうちは涙目状態だった。

 だがこれも二人がこの先やっていくためには必要なもの。ハンターとしてだけでなく、敵からの奇襲に対処できるようにしなければならない。いつだって月たちが守ってくれるとは限らない。だから最低限の護身術も教えてある。

 こういう鍛練は昴や紅葉も行っている。もちろん幼い頃のことだったので練習量は少し抑えているが、これくらいのことはこなしてきた。そうやって体を作り、技術を習得していったのである。

 武術の本を購入し、お互いに読み進めてお互い向き合って鍛練をする。そうやって幼い頃から積み重ねた結果が今の二人だった。

 シアンは休憩しているが、ライムはまだ続行している。今度は紅葉の攻撃をかわし続ける鍛練だ。所謂守りの鍛練である。ライムはシアンほど激しく動いていないので、休憩無しで続行のようだ。

 

「ふっ、ふっ!」

「っ、くっ……」

 

 本気とまではいかないが、それでも速い攻撃が繰り出される。主に正面からのストレートと、横から放たれるフックによる二つの攻撃。しかしそれぞれ高さと角度が違い、早さも微妙に変えている。

 これらが想定するのはもちろん対人戦だが、飛竜の遠距離から放たれる弾丸状のブレスと、横から飛んでくる尻尾などの攻撃も考えられている。それをかわせたならば良し、悪くても防ぐか受け流すくらい出来なければ困る。

 

「さぁて、速さを上乗せしていくよ!」

「はいっ!」

 

 すでに汗は充分流れている状態だ。体は温まり、息も少し切れそうだ。しかしまだ終わることはない。紅葉が「終了」を宣言するか、自分が倒れるまではこれは続く。

 やがてシアンの休憩が終わる頃、ようやく紅葉が終了を告げる。汗は止まることを知らず、地面へと流れ落ちていく。体中悲鳴を上げるように痛み、心臓は暴れまわり、肺は酸素を求めている。

 そんなライムに紅葉は近づいてそっと顔を覗き込む。

 

「大丈夫?」

「……はぁ、はぁ……はい、なん、とか……」

「ま、ゆっくり休みなさい。飲み物で水分補給も忘れないように」

 

 微笑を浮かべると、ベンチへと向かっていく。同じだけ動き回ったはずなのに、彼女は汗こそ流しているが疲れた様子を見せない。それが彼女とライムの差である。わかっていたことだったが、やはり男としては少し悔しさを感じてしまう。

 それでもこの疲れを少しでも和らげるために、何とかベンチへと向かっていく。それに入れ替わるようにしてシアンと雷河が位置につく。

今度は雷河が攻めでシアンが受けだ。今度は鉄製の棒ではなく木製の双剣。雷河も一応双剣は扱える。これによって守りだけでなく、雷河の双剣の扱いもトレースさせようという試みだ。

 

「そんじゃあ、いくぜ? 俺の速さに頑張ってついてこいや!」

「りょーかいです!」

 

 双剣を構えて足に力を入れると、一瞬にして雷河がシアンの目の前まで移動する。雷河もまた瞬動を習得しているのだ。その速さを乗せた初撃を何とか受けるものの、その重さはシアンのバランスを容易に崩した。そのままニ撃、三撃と与えていくが、体勢を崩してしまったシアンはそのまま押し切られる形になってしまう。

 

「そらぁ! 頑張って持ち直せ!」

「は、はいっ!」

 

 叱咤を受けて歯を食いしばりながらも、何とか少しずつ体勢を立て直していく。雷河の足運びを思い出し、そしてチーフシックルを振るいつつ守りの体勢へと入っていく。

 

「そう、それでいいのよ。だが、まだまだこれからってなぁ!」

「く、うぅ……!」

 

 シアンの母親やアヴェンジャーとはまた違った双剣の扱い方。彼の双剣は力が大半、それに加えて速さを用いて相手を打ち倒していく、といったスタイルのようだ。技術、というものはあまり感じさせないが、それでも攻撃は鋭さがある。

 こういう双剣の技術は恐らく対人ではなく、普通にハンターとして対竜を想定した技術なのだろう。彼らには技術というより、どのようにして大きなダメージを与えるかにある。

 だからこの使い方は、ハンターとして理想的なものといえる。

 その速さを前に、シアンは何とかそれを耐え切っていく。受け流すためにチーフシックルを振るい、体を滑らせるようにして移動しながら雷河の力を流す。

 元より双剣は守りに向かない。だが対人戦ではそれなりにやり過ごせる場合がある。

 このような剣戟ならばまだ刃は欠けない。耐え切れれば命は繋がる。しかし耐え切れなければ、何とか隙を突いて反撃し、相手を止めて逃げる。

 

「よーしよし、いい感じで反応してきているな? なら少し激しくいくぜ?」

「は、激しく……!?」

 

 その単語に少しだけ嫌そうな顔をするが、雷河はにやりと笑って続ける。

 

「なぁに、安心しな。これは木刀さ。死にやしねえよ。……だがまぁ、当たればちぃとばかし痛いくらいさ」

「うぅ……」

 

 剣戟を続けながらも雷河は笑みを消さない。対するシアンは困ったような顔をしながら攻撃を防ぎ続ける。だがこれは鍛錬である。元よりシアンに拒否権はなかった。

 

「そんじゃ、ま、行くぜ?」

「うぅー……! ば、ばっちこいやぁぁあああ!!」

「はっはぁぁ!! よくぞ言った、嬢ちゃん! そんじゃあいくぜ、おらぁああ!!」

 

 やけくそ気味に叫ぶと、実に楽しそうな笑い声と表情をしながら雷河がピッチを上げて攻撃を重ねていく。

 数分後には先ほどのライムのように、息を切らしながら膝をつくシアンがそこに現れることとなった。

 

 

 そして休憩している時に宿の方から獅鬼と焔が現れ、月へと静かに近づいた。そのまま耳打ちをすると、月の表情が少しだけ変化する。ベンチから離れ、草むら付近へと近づくと、月は焔へと視線を落とした。

 

「……本当かい?」

「そういう話が届いただけ。まだ確証は取れていない」

「そこで焔に現場に向かってもらおうかと思っている」

「そうだね。どういう状況かは知っておきたい」

 

 かの存在が本当にこちらに向かってくるとなると非常にまずいことになる。まずドンドルマは緊迫状態に陥り、ハンターたちが入り乱れる状況となる。その混戦の中で奇襲を仕掛けてこようものならば、少し対処が難しくなってしまう。

 

 ――あるいは、対処するためにハンターを出払った状態で何かを仕掛けてくるのか。

 

 有力な推測でいえば後者と思われる。

 ならば今回のことは彼らにとっては予定調和の中にあるということ。あるいはこの時のために準備を進めていったとも考えられる。

 元より紅葉たちは全部後手に回っている。月が動けばいいのだが、生憎と紅葉たちを守るための抑止力として大きく動くことは出来ない。獅鬼も情報を集めると同時に、最近はドンドルマの外へと出て焔と共に探りを入れているが、大きな成果はあげられない。

 加えてアヴェンジャーたちは最近姿を見せない。月がいるから殺害を諦めたのか、それともその必要がなくなったのか。

 もし後者だと推測するならば、やはりかの存在がここに近づいているからだと思われる。つまり、かの存在がここに来ることも想定してあったということになる。

 

「……まったく、やってくれるね。そうまでして私を……」

「あるいは、これもまた通過点にしかないのかも知れないぞ。……最悪本当にあいつは止められんぞ」

 

 獅鬼の呟きに、いつものような柔らかな表情が消え去り、真剣な顔で獅鬼を見つめる。

 

「そうはさせない。……確かにあの人はもう充分闇に堕ちているけど、なんとしてでも引き上げる。……止めてみせる、絶対に」

「……そうか」

 

 忍の面・陽の下で獅鬼は軽く微笑した。彼女の決意は充分に固いことは知っている。それでも言わざるを得ない。ここまで計算に入れて行動している“あの人”を本当に止めるつもりなのか。

 あの人と月の関係は獅鬼にも重々承知している。どうして今の関係になったのか、どうしてあの人がああなってしまったのか。その過程も知っている。

 だからこそ獅鬼も月に手を貸し、彼もまた探し続けていたのだが、よもやあそこまでしているとは思いもしなかった。

 

 二人が想像していた以上に、あの人の闇が深かったのだ。

 

 ある意味想定外の出来事だった。まさか周りの人々を巻き込み、犠牲にしながらも行動を続けてくるとは。だが考えなかったわけではない。もしかしたらそうしてしまうかもしれない、という予感はあった。

 しかしそうしてほしくない、と同時に思っていたのだ。だから無意識にその可能性を排除した。その結果がこの様だ。

 故に、今までのこと、これからのことは自分の罪でもある。そう月は思っていた。

 

 何故ならばあの人が闇に堕ちてしまったのは月が関係しているのだから。

 

「……獅鬼」

「なんだ?」

「……すまない。でも、どうか力を貸してほしい。あの人を――朝陽を止めるために手を貸してほしい」

 

 ゆっくりと頭を下げる月を、獅鬼と焔が静かに見守っていた。

 だが無言で獅鬼はその頭に手を置いて優しく撫でていく。

 

「当たり前だろう。オレが手を貸さないはずはない。オレもまた、朝陽を救いたいと思っている。……オレもまたあいつがああなった原因の一端なのだからな」

 

 後半は少しだけ苦い声で言いながらも、獅鬼はそう告げた。顔を上げた月はいつもとは違った柔らかな微笑を浮かべて目を細めた。

 

「ありがとう」

「……ふ、気にするな」

 

 仮面の下で軽く微笑する獅鬼と、柔らかな笑顔で獅鬼を見つめる月。そしてその足元では、どこか居心地が悪そうに焔が舌打ちをする。

 

「……なに? 焔、部外者? 蚊帳の外? ……ああ、帰りたい」

 

 ブツブツと愚痴をこぼすが、それすらも聞き入れてもらえない様子だった。仕方なく獅鬼の足を蹴り飛ばすと、ようやくその視線が焔へと向けられる。

 

「……帰っていい?」

「ああ、すまんすまん。……ああ、なんだ。一足先に奴の様子を見てきてくれ。その後これからの予定を決めることにする」

「……」

 

 しかし不機嫌そうに腕を組みながらそっぽ向いている。どうやら完全に機嫌を損ねてしまったようだ。そこで獅鬼がローブから一つのモノを取り出した。その匂いに反応してか、赤い目が獅鬼を見上げる。

 

「そら、前払いだ。仕事を終えれば鰹節を一週間分やる。これでどうだ?」

「……ふん」

 

 そっぽ向きながらも跳躍してそれを引ったくり、ローブの中へと仕舞ってしまう。そのまま舌打ちしながら背を向けるが、振り返らずに言葉を続ける。

 

「……別に鰹節の為じゃないから。緊急事態だから」

「ああ、わかっているとも、……くっく」

 

 だが含み笑いは消えずに漏れてしまう。耳がぴくりと動き、ジロリと睨みあげるが、獅鬼は小さく肩を揺らしたままだ。しかも隣にいる月までどこか笑っているように見える。

 

「……チッ、あとで覚えてろニャ、くそったれジジィが」

「ああ、覚えておこう。……くっくっく」

 

 まだ笑いを堪えている獅鬼にまた舌打ちし、焔は不機嫌そうに公園を走り去っていった。

 それを見送った二人は鍛練を続ける新米ハンター二人を見守るため、ベンチへと向かっていくのだった。

 

 

 ○

 

 

 『雪花』の一行はポッケ村の鍛冶屋へと集まっていた。あれからいくつかクエストを重ね、そろそろ装備の強化などを行うことにしたのだ。

 入り口の扉を潜ると、そこには誰もいない。どうやら奥で作業しているらしかった。そこで翡翠が先導して作業場の入り口へと向かっていく。近づくたびに熱気が漂ってくるため、少しだけ顔をしかめてしまう。

 そして中を覗き込むと、少しだけ驚く光景が見られた。

 

「すぅ……ふっ!」

 

 大きく息を吸った撫子がそれを吐き出すと、口元から炎が吐き出されて剣へと浴びせられる。それによって剣は熱を持ち、それを岩徹がハンマーを構えて振り下ろす。

 撫子もハンマーを持つと、二人で交互にハンマーを振り下ろして剣を鍛えていく。ある程度打ちつけ終えると、それを冷やすために水に浸し、二人は首元に巻いているタオルで汗を拭き取っていく。

 すると昴たちに気づいた撫子が、ぽわ~っとした笑顔を見せて手を挙げる。

 

「あれ~? 翡翠君たちじゃない~。いらっしゃ~い」

「……ん? おお、らっしゃい。来てたのか」

 

 撫子はニコニコと、岩徹は気さくな笑顔で出迎えてくれた。作業もひと段落着いていたらしく、作業場から入り口付近へと移動することにする。

 そこで昴は先ほどの光景について質問することにした。

 

「あぁ、あれね~。わたしが竜魔族っていうのは知ってたっけ~?」

「ああ、一応は聞いているよ」

「おか~さんが火竜系統の特徴が表れている魔族でねぇ、その影響をわたしは受け継いでるんだ~。口元付近に火の粒子を集めることで、火竜のブレスの真似事が出来るんだ~。だからあれは、実際に口から吐き出しているわけじゃないんだよ~」

 

 つまり魔法に近しいものだということなのだろうか。手から火の魔法を放つのではなく、口元から火の魔法を放っている、と考えればいいようである。

 しかし名前がフレアウイングというだけあり、母親は火に関連する魔族のようだ。まさに名は体をあらわす、といったところだろうか。

 

「さて、坊主たちが今日来たのは、あれらを受け取りに来たのか?」

「ああ、そうさ。調子の程は?」

「おう、問題ねぇぜ。今持ってきてやらぁ」

 

 立ち上がった岩徹が奥へと消えていき、少ししていくつかの箱を持って戻ってきた。蓋を開けると、最初に取り出したのは緋色の刀。これは昴の飛竜刀【紅葉】であるが、少しだけ変化している。

 

「そらよ、まずは飛竜刀【朱】だ」

「どうも」

 

 リオレウスの素材に、轟竜と呼ばれるティガレックスの爪を使用したことで飛竜刀【紅葉】強化された。これによって純粋な威力が高まった。これで雪山のクエストが楽になることだろう。

 続いて取り出したのは白く細長い槍と盾。

 

「そらよ、ヴァイスウイングだ」

 

 それはヴァニクスの素材で作り上げられたランスだ。しかしその形状はランスというよりもスピアに近い。強化前はヴァイススピアとなっている。

 棍はヴァニクスの毛を編んだものを巻いており、特に硬いといわれる繁殖期の雄の毛を使用している。幾重にも編まれた硬い毛は見た目に反して確かな強度を持っており、突けば大抵のものを貫く鋭い威力を持っている。

 またヴァニクスの尻尾と同じくよくしなり、地面に打ち付けても跳ね返ることで打撃の攻撃を当てることも可能だ。

 こうしてみると、対竜戦ではなく対人戦の武器に思えるが、まさしくその通り。スピアは元より対人戦の武器を主としており、対竜戦にはあまり向かない。遠い昔の戦争時代では普通に使用されていた武器である。しかし近年ではモンスターの素材を使用することで、モンスター相手にも通用するほどの威力を兼ね備えるようになっている。

 昔はスピアという武器枠があったが、ほとんどはランスの枠に吸収されている。例を挙げればエメラルドスピアや蛇槍【ナーガ】などだ。あれらは元々スピアの枠にあり、アヴェンジャーやサンが扱ったように、両手で構えて回転、突き、薙ぎ払いなどを用いて相手を倒す武器とされている。

 このヴァイスウイングも然り。スピアの枠にあった槍である。左腕に盾を嵌め、両手でそれを持ち上げて軽く振ってみる。少しひんやりとしているが、先端は鋭く、強い冷気が篭っている。氷属性を内包した槍なので当然といえば当然だろう。

 

「どうだ?」

「ええ、しっくりときますわ。ありがとうございます」

 

 ヴァイスウイングをローブに仕舞って岩徹に頭を下げる。

 続いて取り出したのは、ピンク色の傘だった。

 

「……」

 

 そう、傘である。どう見てもソレは傘。

 だがそれもまたれ月とした武器に指定されている。

 

「ほらよっ、クールな姉ちゃんはこれだな。ピンクフリルパラソル」

「……」

 

 それにうなずき、受け取って軽く調子を見てみる。銃口もあり、引き金もある。装填する場所もあるので、紛れもなくこれはライトボウガンに属する武器であることがわかる。

 

「注文通り、最大まで強化してあるから威力は申し分ないと思うぜ」

「……」

 

 うなずいてピンクフリルパラソルを仕舞うと、続いて細身の銃が取り出される。一部黒い甲殻に覆われたその銃は、上位カンタロスの素材を使用したライトボウガン、カンタロスガン。

 これは滅龍弾と呼ばれる弾を使用することを考慮されたライトボウガンであり、その弾が撃てる数少ない武器だ。

 

「これもまた注文通りに最大まで強化してらぁ。……しっかしまぁ、姉ちゃんも一気に金を使ったもんだな」

「……ふん」

 

 そろそろ滅龍弾を撃てるボウガンを作っておこうと考えていたのでちょうどよかった。素材はこの数日の上位クエストで集めた上に、金は充分に有り余っている。あまり金を使わない優羅だったので、こういう時に使わなければ貯まり続けるのだ。

 調子を確認したあと、カンタロスガンもローブに仕舞った。

 最後に取り出したのは赤い皮が巻かれ、先端が不気味な口のようなものをしている狩猟笛、ブラッドフルート。

 

「ほらよっ、ブラッドホルンの修復と強化だ」

「サンキュー。いやはや、ようやく金が貯まったんだよなぁ……」

 

 それを受け取りながらしみじみと呟いた。ハンターの装備は例え素材が集まってようとも、金がなければ当然ながら強化など出来るはずもない。しかも上位ともなればその資金は膨大だ。装備が強化できない理由は一に資金不足、二に素材が足りない、三も素材が足りない。

 しかし長くハンターを続け、G級に上がれば話が変わる。一に素材が足りない、二も素材が足りない、三が資金が足りない、となってしまう。

 この気持ちがわかるのは、その域まで上り詰めて初めてわかるというものだろう。

 

「これで注文は以上だな。他にはなんかあるか?」

「俺はもうねえな」

「私もございませんわ」

「同じく」

「……」

 

 ならば、とにっと笑って「毎度ありぃ!」と礼を告げる。続いて撫子もぽわっとした笑顔を見せて「ありがと~」と言いながら手を振ってくる。それに見送られながら四人は鍛冶屋を後にした。

 広場にやってくると、そこには瑠璃、茉莉姉妹に加え、紫色のロングヘアーをした女性がいる。恐らく彼女が撫子たちの母親なのだろう。昴たちはずっと会っていなかったが、ようやくここで会えることになった。

 

「ん? ああ、翡翠に桔梗やないの。久しぶりやねぇ」

「どうも、花梨さん。おひさ~」

「お久しぶりです、花梨さん」

 

 軽く手を挙げて挨拶する翡翠と、微笑しながら頭を下げる桔梗。二人に挨拶すると、そのまま昴と優羅に視線が移される。少しだけきつそうなイメージがある碧眼がじっと二人を見つめると、にっと笑って友好的な笑顔を見せてきた。

 

「どうも、うちの家族が世話になっとるようやね。ウチが花梨・暁・フレアウイングや。よろしゅーに」

「初めまして、氷河空夜です。本名は白銀昴」

「……美星藍。本名黒崎優羅」

「ん、空夜に藍ね。これからもよろしゅーな」

 

 差し出された手を昴が握手するが、優羅はぷいっと視線を逸らすだけだ。この辺りはさすがとしか言いようがない。優羅の噂を聞いているのか、苦笑して後ろにいる双子に視線を向ける。

 

「今な、二人の鍛練を見守ってたんやけど、どや? 翡翠らも付きおうてくれへんか?」

「おう、いいぜ」

「ええ、構いませんわ。私はいつものように茉莉の相手を務めましょう」

「よろしくお願いします、桔梗さん」

 

 二人は同じランスの使い手なので、お互いがお互いの鍛練になる。置いてあった木製のランスを手にするとこの場を離れ、距離を取って向かい合った。そのまま茉莉が攻撃、桔梗が守りを担当して鍛練を開始する。

 

「では俺が瑠璃の相手をすればいいのか?」

「そうね。お願いするわ、空夜……さん」

「…………」

 

 呼び捨てにしかけたが、昴の横に立っていた優羅が無表情に瑠璃を見下ろしてプレッシャーをかけていたので、慌てて「さん」をつける。あの時の効果が表れているようで、瑠璃は昴と優羅に対しては敬意を払わざるを得ない。その影響で少しずつ目上に対して敬語を使い始めているので、茉莉としては喜ばしいことのようだった。

 とはいえ、気を抜けば性格によって地の言葉遣いが出てしまうのはしょうがないといえばしょうがない。

 何にせよ優羅のプレッシャーが恐ろしいので、瑠璃はすっかり優羅が苦手になっている。しかもプレッシャーを与えるだけでなく、指を鳴らして足元を爆発させるという牽制まで使い始めている。

 双子が騒ぎ始めれば黙らせるためにこれを行っており、時折茉莉にまで飛び火してしまうのが難点である。

 

「じゃあ来い」

「よろしく」

 

 距離を取って太刀を模した木刀を構え、瑠璃が昴へと斬りかかる。

 残ったのは優羅と翡翠、そして花梨だった。

 

「じゃあウチらはどうする?」

「んー……そうだなぁ。……って、お?」

 

 どうするかを考えようとすると、優羅が昴の後ろにあったベンチへと向かい、ローブから本を取り出して読み始めた。題名を見ると『境界線』と書いてあった。小説であり、日常と非日常、光と闇、など様々な境界とその狭間などをテーマとした作品である。少しばかり独特の設定などがあり、コアな読者に読まれている。

 どうやら優羅は鍛練ではなく読書を進めることで人数の余りから外れるようだ。

 

「んー……ならウチらでやりあう?」

「そうだな。よろしくお願いするぜ、花梨さん」

 

 狩猟笛に近しい形状をした木製の鈍器を翡翠が構えると、その対面に大剣を模した木刀を花梨が構える。そして二人もまた跳びだして鍛練を始める。

 

 だがそれは1時間後に中断されることとなった。

 ポッケ村へ早竜に乗った青年が現れ、オババへと向かっていく。その様子がただ事ではなかったので、翡翠たちは鍛練をやめて青年へと視線を移す。

 

「緊急伝達です! ここより南西に老山龍を確認! ドンドルマへと向かっています!」

「……なんじゃと?」

「ドンドルマから防衛のために各地よりハンターを募っている模様です! 緊急伝達のため、一応この村にもお邪魔させていただきました!」

「了承したよ」

 

 軽くうなずくオババに頭を下げると、青年はクストルへと向かっていく。だがそれを翡翠が呼び止めた。

 

「今の話、本当か?」

「あ、はい! 間違いありません!」

「ドンドルマに向かってるって?」

「その通りです!」

 

 再度確認し、そして昴と優羅へと振り返る。話によれば昴と優羅の知り合いがドンドルマに滞在しているはずだ。ならば彼らもまた防衛のために戦うことになるだろう。

 老山龍は強大な相手だ。

 かの龍は『天災』に例えられ、防衛のために戦って命を落としたハンターも少なくない。もし彼らがその中に含まれてしまったらどうするのか。

 

「どうするよ?」

「……そう、だな……」

 

 今の昴は記憶がない。だから紅葉たちが危険に晒されるかもしれない、と言われてもピンとこないのだ。しかし記憶をなくそうとも、彼女たちが危険だ、という言葉で胸が少しざわつく感じがする。

 心の奥底では、彼女たちの下へと行きたいという叫びがあるのだろう。

 そしてそれは優羅にも感じ取っていた。無表情に昴を見つめ、考え込む。

 彼の記憶が戻る気配はまだない。だが今回のことできっかけさえあれば、何かの拍子で取り戻すかもしれない。

 だが戻らなければどうするのか。

 そのまま紅葉たちに会ってみろ。いったいどうなってしまうのだ。

 泣き出すのか。

 怒るのか。

 責められるのか。

 色々な可能性が頭の中を駆け巡る。

 だがそれは推測でしかない。

 どんな言葉を並べようが、優羅もまた紅葉を死なせるわけにはいかない、という意志が少しはあった。記憶がない昴を会わせたくはないが、そんなことは言っていられない。再会しないままどちらかが死ぬなんてことはあってはならない。

 他人には興味はないが、昴は大事だ。それは彼が優羅にとって愛する人だから。

 そして次に紅葉が大事な存在だ。それは彼女が大事な幼馴染で友人だから。

 

 それ以外?

 ――どうでもいい。

 

 それが彼女の中での人に対する評価。

 大事なのはこの二人と自分。

 それ以外は他人であり、自らが決めた境界線の外に存在する人。だが辛うじて月や獅鬼はその狭間に存在している。かの二人は影響力が強いため、その位置に置かれていた。

 つまり翡翠と桔梗もまたどうでもいい存在に置かれている。この二人はただ一定時間組む相手、としか認識していなかった。

 ふう、と息をつくと優羅は昴に呼びかける。

 

「……昴」

「……」

「……行きましょう。アタシたちは行かなければなりません。……知ってしまったからには、放っておけません」

 

 無表情だったが、その紅い瞳は確かな意志を感じさせるものだった。そんな優羅を見つめ、昴はうなずいた。

 

「行くか」

「……はい」

 

 これからの予定は決定した。ならば翡翠と桔梗はどうするのかというと、これも問題はなかった。二人が行くというならば、自分たちもついていくという。何故ならば今の四人は『雪花』のメンバーなのだから。

 加えて老山龍を相手にするのだ。優秀なハンターは多く欲しいところである。

 

「……となると、……ああ、そうだな。今もあいつはあそこにいるはずだ。おいお前、ちょいと頼まれてくれっか?」

「あ、はい、なんでしょう?」

「ひとっ走りポケット村まで向かい、ガッツに伝言を頼むわ。俺たちに協力しろってな」

「はい、わかりました……ぐへっ!?」

 

 敬礼をするとクストルに向かおうとする。しかし首元を掴んで引き寄せ、びしっと指を立てる。

 

「まあ、待てや。まだ伝言は終わってねぇよ」

「あ、はい、なんでしょう?」

 

 そのまま青年の首に腕を回し、耳元でにやりと笑いながら伝言を続ける。

 

「もしこれを断ったらお前の相棒にないことないこと言いふらすからそのつもりで、と付け加えといてくれや。そうすれば奴は断れねえからな。……くっははは」

「……あ、はい、わかりました。伝言は以上で?」

「おう、よろしく頼むわ」

 

 再び敬礼した青年はクストルに乗り、そのままポッケ村を走り去っていく。それを見送ると、昴はどういうことかと翡翠を見る。

 

「ん? ああ、まあ伝言する相手はな、このフラヒヤ山脈の麓にあるポケット村に滞在している同じ上位ハンター仲間でな。相棒と二人で、なんかポケット村に滞在しているハンターコンビを鍛えてるとか何とかしている奴なんだわ。でもまあ奴は相棒に頭が上がらず、色々とあるみたいでな。……ならその相棒にそういうことを伝えるってチラつかせれば、自然と奴も一緒についてくるって寸法さ」

「「…………」」

 

 なんというあくどいやり方だろうか。隣にいる桔梗が苦笑を漏らしている。だが優秀なハンターは欲しいというのが現状だ。上位ハンターならば、いい戦力になるだろう。

 もしかすると、鍛えているという二人のハンターも一緒についてくるかもしれない。これで八人のハンターが揃う。

 

「ウチはここに留まってこの村を守ることにするわ。ここからハンターをなくすわけにはいかへんしな」

「ああ、そうだな。……ああ、ポケット村にも人をやるように手配しねえとな。あそこ、ハンターの数が少なかったはずだから。色々調整しねえと」

「では私がオババに掛け合ってみることにいたしますわ」

 

 この村を離れる前に色々とやることはある。加えてドンドルマまではクストルでも数日掛かる上に、老山龍という強大な相手と戦うのだ。準備も万端にしなければならない。

 この日は予定を変更し、一日かけて準備を進めることとなった。

 そして次の日、ポケット村へと向かって四人のハンターと合流し、一行はドンドルマを目指していった。

 

 

 ○

 

 

 さる場所にて三つの人影があった。それぞれローブを纏って素顔を隠し、ここに来るものを待っている。やがて夜の闇に紛れて黒い鳥が舞い降り、一人の指に止まる。

 

「はい、準備は完了しております、我が主」

「――」

「へえ、それじゃあシエルSとガイアLも加わったってことなんだ。凄いね」

 

 鳥からの言葉に、少し小柄な影がどこか面白そうな声色で呟いた。そんな影を嗜めるように、一人の影がぽん、と頭を軽く叩く。

 

「それでは我が主(マイ・マスター)、そちらの数を含めた総数を報告しますね。シエルRが9、シエルBが5、シエルSが1。ガイアGが8、ガイアHが6、ガイアLが1。以上30になります」

「わ~お、改めて数えてみると凄いことになったね。それでご主人様、あたしたちはこれからどうすればいいのかな?」

「――」

 

 答えは待機、だった。それは同時に、以前までのように過ごせとのことである。この三人の役割は変わらない。その時が来るまではずっとその日常に溶け込み続けるのである。そして主へと情報を提供し、作戦を立てていく。

 

「――」

「はい、ではご武運をお祈りしています。我が主」

「お気をつけて、我が主(マイ・マスター)

「頑張ってきてね、ご主人様」

 

 それぞれ礼をすると、鳥はどこかへと飛び去っていった。それを見送ると影はお互いに顔を見合わせる。

 

「ついに第二段階が開始されるのね」

「ドンドルマは終わるね。……いいの?」

「ええ、構わないわよ。私はただ役割を果たすだけだから。もちろん、死にはしないわ」

 

 軽い調子で彼女がそう言った。その様子から、彼女がドンドルマに対して何にも思い入れがないことが窺える。

 

「うわ~……、ずっと暮らしてきた場所なのに。ま、いいけどね」

「でもそんなものでしょう? 私たちはただ役割を果たすためだけにそれぞれの場所で過ごしているのだから。必要以上に思い入れはしない。……そうでしょう?」

「ま、そうだね」

「その通りね」

 

 彼女の言葉に、他の女たちも同意する。

 それが彼女たち『(シャドウ)()(アイズ)』の役割であり、任務であった。任務であるがゆえに、溶け込んでいる日常で過ごす顔は全て演技であり、完全に思い入れをすることはない。

 

「それじゃあ私はドンドルマに戻るわ。また次の機会に会いましょう」

「ええ、また」

「またねー」

 

 そして彼女たちはそれぞれの居場所へと帰っていく。

 『(シャドウ)()(アイズ)』としての役割は終わることはない。今日もどこかでその眼を光らせて観察を続けるのである。

 

 

 ○

 

 

 ドンドルマの街の一角にて、その者は黒い鳥を指に止まらせていた。

 

『これより第二段階を始めるわ。狼煙を上げなさい、アヴェンジャー』

「了解しました、朝陽様。……やっちまって構わないんですね? クッヒヒヒ」

『ええ、構わないわ。どうせもう次々と増えるのだから。今消えようとも問題ないわ』

「クハッ、それもそうですね」

 

 実に楽しそうにアヴェンジャーは笑い声を漏らした。肩を揺らし、いつも以上に口元が歪んでいる。

 

『随分と待たせたわね。思うようにやりなさい』

「了解しました。では、存分にやらせてもらいますよ……。クッヒヒヒヒ……!」

 

 軽く指を振るうと、黒い鳥は空へと舞い上がり、闇に消えていく。

 それを見送り、アヴェンジャーは街を歩き始める。

 

 数分後、ハンターズギルドから数人の青年たちが出てくる。それはレインたちを嘲笑った青年たち。今日の仕事を終えて帰宅しようとしているようだ。今日の仕事のことや疲れなどを労う会話をしながら帰路を歩く。

 やがて人気のない通り差し掛かり、先頭を歩く金髪の青年が前方に誰かいることに気づいた。

 

「……ん? 何だ、お前か」

「……」

 

 青年が顔をしかめてその人物を睨みつける。周りの青年たちも同様であり、何でその人物がここにいるのか、といった風な顔をしている。

 

「まったく、一日の終わりにお前と会うなんて……どうかしているよ」

「…………」

「さっさと消えろよ」

「そうだそうだ」

「道を空けろよ、クズが」

 

 次々とその人物に言葉をぶつけるが、その人物はうつむいたまま何も言わない。そのことに苛立ちを感じたのか、金髪の青年が舌打ちして一歩踏み出す。

 

「聞こえなかったのか? 道を空けろと言ったんだよ。この僕の言葉を無視するのか?」

「……クヒ」

 

 そこで微かな笑い声が漏れる。

 

「あ?」

「……クヒヒ、クハッ、クハハハハハ!! ハァーーッッハッハッハハハハハハハ!!!」

 

 狂ったように天を仰いで笑い声を上げるその様に、青年たちは呆然とする。金髪の青年はその様子に顔を引きつらせながら、口元を歪ませて微かな笑い声を漏らした。

 

「……な、なんだ、お前? ……ははっ、ついに頭がいかれたのか?」

「……ああ、待ち焦がれた……」

 

 だがそれに答えず、幽鬼のようにゆっくりと体を揺らめかせる。そして懐から一つの塊を取り出し、それを広げて体に纏わせる。

 それは彼のローブ。赤地に黒い紋様が描かれた死のローブ。その中に両手を入れながらゆっくりと顔を上げていく。

 

「どれだけ待った? ……1年、2年……? クッヒヒヒヒヒヒ!! ああ、長かったなぁ……おい」

 

 表れたのは狂ったように三日月型に歪められた笑み。その目はギラギラと燃え滾り、これからのことを楽しみにしている子供のようだった。

 

 ――それが青年の一人が最後に見たものだった。

 

 気づけば首と体が離れている。

 一間置いて、切断面から大量に血が噴き出していた。その人物、アヴェンジャーがすぐそこにいることに気づいたのは、噴水のように噴き出される血を浴びてからだった。

 

「……あ、れ?」

 

 人間というものは、信じられない状況に出くわしたり、恐怖を感じたりした時は感覚が遅れてくるという。それは現実を遮断させることで、精神の安定を保とうという人の自己防衛から来るものらしい。

 だからこそ、青年たちは目の前に起きたことが信じられず、このように呆けているしか出来なかった。

 続いてまた一人、アヴェンジャーが手にしているギルドナイトセイバーによって上半身と下半身を両断され、続くように別の青年が心臓を貫かれて一瞬にして絶命する。

 

「ハハハハハハハハハハァァァァァァ!!! 待ち焦がれたぜぇぇぇええ!! この手で! お前らを! 殺すことをなぁぁあああ!!」

 

 それは鮮血の舞い。

 返り血を浴びながら、ハンターの法の番人であるギルドナイトが持つ、聖なる剣のギルドナイトセイバーを赤に染めていく。その中でアヴェンジャーは狂ったように笑い続ける。

 

「あ、ああ、ああああああぁぁぁあああああ!!??」

 

 そこで現実というものが追いついてきたのだろう。数人が逃げ出そうと手足をばたつかせる。そこにはギルドナイトという面影などない。ただ迫り来る死から逃れようとする生き物である。

 だがそんな様子を見ながらもアヴェンジャーは笑みを消さない。

 一人は頭上から刃を突き刺され、そのまま顔を両断されて終了。一人は左肩から腰にかけて切り裂かれ、苦しみながら死んでいく。

 残されたのは、金髪の青年ただ一人。周りは物言わぬ肉塊となった仲間と、血塗られた道である。

 

「あ……ああ、やめろ、やめてくれ……」

「やめろ? クッハハハハハ!! 答えはNO!!」

 

 叫びつつその腹を蹴り飛ばした。青年は壁へと吹き飛ばされ、肺から空気を吐き出して、ずるずると地面にへたり込む。

 

「前から決めてたんだよねぇ……。てめぇだけはただでは殺さねぇってなぁ……!」

 

 ゆっくりと青年に歩み寄りながらアヴェンジャーはくつくつと笑い続ける。一方青年は腰が抜けたのか、立ち上がれずに震え続けるだけだ。

 

「まずはぁ……肩ぁぁあああ!!」

「ぐああああぁぁぁ!?」

 

 血に濡れた両の剣を両肩に突き刺し、青年の口から悲鳴が漏れる。その悲鳴を聞きながら、実に心地よさそうに笑みを深めて一気に抜く。肩から血が噴き出し、そしてその腹へとつま先をねじりこませて体を仰け反らせる。

 

「ぐ、あぁ……あ、や、め……」

「やめねぇえよぉぉぉぉ!! 次は足ぃぃぃぃいい!!」

 

 そう叫び、逃げるための足を切断する。

 

「があああぁぁぁあああ!?」

「ハッハッハハハハハァァァ!! いてぇか? いてぇよなぁあ!? だが終わらねぇよぉ! てめぇがしてきたことは、そんなもんじゃあ終わるようなもんじゃねぇんだよぉぉぉおおおお!!」

 

 脳裏に蘇るのは笑みを浮かべながら侮蔑の眼差しを向け、次々と心にねじ込むような言葉を続ける青年たちの光景。

 

 なぜ?

 なぜそんな風に自分たちを見るのか?

 なぜそんな風に言葉をぶつけてくるのか?

 わからない。

 自分たちは、そんなに悪い事をしたのか?

 

 そんな疑問を感じる毎日。しかし彼らはそれでもやめることはなかった。

 

「死にゆくてめぇには、もうこの腕もいらねぇよなぁ!?」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁ!?」

 

 肘の手前から腕を斬り飛ばす。悲痛な叫びを上げながら、その激痛に意識が飛びそうになるが、そのたびに腹を蹴り飛ばされて強制的に戻される。溢れかえる鉄の臭いと、何度も腹を蹴られたことで吐き気をもよおしてきた。

 

「げ、げぇぇ、おえっ……」

「クッヒッヒヒヒヒ……! 無様だなぁ……。小物の最期にはお似合いだよ。クッハハハハ!!」

 

 いつしか心の中に闇が芽生えてくる。

 いつだって自分たちを苛め抜いた青年たちに復讐を。

 それだけじゃない。むしろ始まりは別にあった。

 こいつらに対する復讐は二次的なものではあったが、今のアヴェンジャーにとっては本命だった。今までの借りを返さなければ気が済まない。

 

 だからこそ自分は『復讐者(アヴェンジャー)』となったのだ。

 

 闇が内側から這い上がってくる。

 自分の心の中に芽生えた闇は今、アヴェンジャーの全身を渦巻き、衝動のままにその惨劇を作り上げていた。

 いつからこれほどまでの闇を抱えただろう。それすらもわからない。

 でも、疑問に思うことはない。目の前にいる気に入らない奴を痛めつけてやる。

 それだけが、彼を突き動かす原動力だった。

 

「さぁて……苦しいかぁ? ああん?」

「あ、ああ……ゆる、し……」

「あん?」

「ゆるして……くれ……」

「…………」

 

 漏れ出たのは謝罪の言葉。涙を流しながら、汚物を口元に残したまま、全身を血に濡らしながら彼は謝罪の言葉を紡いだ。だが、それを見てもアヴェンジャーは動じなかった。

 

「がっ!?」

 

 その頭を蹴り飛ばし、そして頭を強く踏みつける。

 

「今更謝罪? ……ハッ、おせぇんだよ、クズがッ! つーか、本心じゃねえだろうが、あぁっ!? 俺様が、俺様みたいな存在がッ! どれだけッ! 苦しんできたのかッ! てめぇにわかるのかぁ!? あぁっ!?」

 

 何度も何度も踏みつけ続けながら言葉をぶつけていく。

 

「てめぇのような親や家柄のいい奴らが、血統主義者が、わかるはずもねぇよなぁ!? つーかわかろうともしねぇ! 最初こそ何度も、何度も理由を尋ねても、てめぇらはずっと俺様たちを敵視したッ! それが全てだろうがぁぁぁああ!!」

 

 振り上げた剣を青年の胸へと突き立てる。それは心臓、ではなく肺を狙って突き刺さった。それによって肺が傷ついて血が流れ込み、やがては呼吸が出来ずに死に至る。つまり、心臓を貫かれて一瞬で死ぬのではなく、呼吸がどんどん出来ずに最期まで苦しみながら死ぬのである。

 

「が、あ、ああ……がふ、……」

「苦しいかぁ? 苦しいよなぁ? クヒヒヒヒ……! 言ったろう? てめぇはただでは殺さねぇ。つまりはぁ……苦しませつつ殺すってことだよぉぉおお! ハハハハハハ!!」

 

 苦しみ続ける青年を見下ろしながら笑い続けるアヴェンジャー。未だに青年の胸にはギルドナイトセイバーが突き刺さったままであり、青年は酸素を求めるように口をぱくぱくさせている。

 声はかすれ、腕や足からは血を流し、そして今新たに口から血が噴き出してきている。

 それはまさに、見るも無残な光景だった。

 

「ぐ、ふ……あぁ……」

「あばよ、愚かなギルドナイト。そして喜べや。これから始まる死の舞台のオープニングを飾ることが出来たことをよぉ……! クッヒヒヒヒ!!」

「…………ぐ、げふぁ……!」

 

 そこで一際多くの血を吐き出し、震える眼差しでアヴェンジャーを見上げる。しかしもう視界は霞んでいる。その顔はもう見えないだろう。だがそれでも、アヴェンジャーが狂ったように笑いながら見下ろしているのを感じていた。

 

「……すま、ない……」

 

 それでも最期に残したのは謝罪の言葉だったのは、彼なりの償いだったのだろうか。本心だったのかそれとも形として残しておきたかったのか。それはわからない。

 だがアヴェンジャーは笑みを消し、ギルドナイトセイバーを抜いてもう一度彼の顔を蹴り飛ばした。

 そして空を見上げて乾いたような笑いを漏らす。

 

「……はぁ、あっけねぇ……」

 

 ずっとこうしたかった。

 これまで溜め込んだ負の感情を爆発させ、狂ったように殺しつくした。

 最後のほうはもう溜め込んだ言葉をぶつけ続けてしまった。

 

 ――だが何故だ? こんなにも空しいのは。

 

 何故こんな感情を抱いてしまうのか?

 願いの一部が果たされたというのに、喜びではなく空しさが大きい。

 そんな彼のもとに近づく影が一つ。

 

「終わったのか」

「……おう、スノーか」

 

 音もなく現れて辺りを見回す。見事なまでに赤く染まった道の一角。明日になればもう大騒ぎだろう。それほどまでに悲惨な光景になっている。だが彼女は落ち着いたものであり、小さく鼻を鳴らしてアヴェンジャーを見つめる。

 

「どうした? 念願だった相手を殺すことを果たしたというのに、虚ろだな」

「……まぁな。ホントに、こいつらは小物だわ。願望を果たしたってのに、なんかもう満たされねぇ」

「……ま、戦いを楽しむのと、殺しを楽しんで行うのは別だから」

 

 つまりアヴェンジャーは、殺戮者というよりはただの戦闘狂、ということになる。どこか納得したようなそうでないような表情をしつつ、布を取り出してギルドナイトセイバーに付いた血を拭き取り、ローブへと仕舞う。

 その間もどこか虚ろな表情をしていたが、小さく首を振ってそれを振り払った。

 

「まぁ何にせよ、これで第二段階は開始された」

「そうだなぁ。ひとまずは明日からのことを楽しみにするとしようかねぇ」

 

 二人はそこから跳躍し、夜の闇に消えていく。

 

 これは始まり。

 これから起こることの始まりに過ぎない。

 ドンドルマを舞台とし、暗雲はここに展開された。

 

 駒は揃い、役者はここに集う。

 賭けるものは己の命。

 盤面はドンドルマを中心とした周辺区域。

 

 ここに戦いが幕を開ける。

 

 

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