その日、ドンドルマは騒然とした朝から始まった。早朝のこと、見回りをしていたギルドナイトが一つの現場を発見。直ちに本部へと連絡を入れ、現場検証が行われる。付近は当然ながら封鎖され、この現場は一般人には見せられることはない。
だがそれでもどこからか情報は漏れるものであり、朝には号外が売り出されることとなった。
『ギルドナイトの若手、惨殺される』
見出しには大きくこの文字が躍ることとなる。これは街の人々を大きく騒がせることとなり、一体どういうことなのかと、人々は様々な考えを口にした。
ギルドに恨みを持つ者の犯行か?
この青年たちへの個人の恨みか?
あるいは彼らの家に対する恨みか?
何にせよ、惨殺という形で事件が発生したのだから『恨み』は間違いないんじゃないのか、というのが人々の予想だった。元よりギルドナイトはハンターたちの間では、違法を犯した彼らに対する処刑人、という認識を持たれている。またエリートたちが集まっているので、エリート特有の嫌味などがよく見かけられる。
殺された彼らもそれがおおいに窺わせるものだったので、一部の人からすれば「ああ、ついにやられたのか」という感情が少なからずあったのだ。
だが勘違いしてはいけない。
確かにギルドナイトとはハンターに対する処刑人、という一面はある。しかし普段はドンドルマのパトロールを行うことで街の治安を守っている。また未開の地へと赴き、フィールドの調査などを行うことで、新たなる移住の地と狩猟場の開拓を行っているのも彼らである。
彼らがいるからこそ、ハンターたちの仕事は成り立ち、人々の安全が守られているのである。その事を忘れているわけではないのだが、やはりギルドナイトはエリートであり、恐ろしいというイメージが強いのだった。
そんな惨殺現場に獅鬼は訪れていた。封鎖されているはずだったが、持ち前の身体能力を駆使して潜り込み、影からその現場を見つめる。
「……これはなかなか」
道には大量の血が流れており、所々腸らしきものがぶちまけられている。まだ死体がそこにあり、見るも無残な肉塊が転がっている。それをギルドナイトの検証班らしきものが確認し、現場の状況を記録していた。
そのギルドナイトの中には、レインも混ざっていた。彼は苦い顔で死体を見つめている。
今まで自分たちを嘲笑った者たちの死体。
それを前にして彼は一人の青年として向き合っている。確かに彼らは今まで自分たちを苛め抜いた。言葉で、態度で、環境で様々な嫌がらせをしてきたのだ。その標的となったのはレインたちだけじゃない。他にもハーフの人は少なからずいる。彼らにだって標的にされていた。
レインが属している集まりはそんなハーフの人々が多くいる。お互いに協力し合い、ギルドナイトという組織を変えようとしていた。その環境を変えれば、いずれ後世の人たちにだって確かな居場所が与えられる。
純血、混血、家柄など関係ない。実力や人柄を評価されることで公正な立場を与えられる。そんな環境ならばハーフだろうが、親による影響があろうがなかろうが関係なくなるのだ。
彼らは確かにレインたちにとって敵だっただろう。しかしここまでされるほど彼らは悪だったのだろうか。首を刎ねられ、心臓を一突き、袈裟斬りはまだいい。体の両断もまあいいとして、一番ひどいのは金髪の青年だった。
彼は被害者たちの中でリーダー格といえる。自ら率先してレインたちを苛め抜いた主犯といえよう。
だからなのか?
ここまでむごい殺され方をされようとは。
両腕両足切断、肩を穿たれ、腹を何度も強打、頭も何度も踏まれ、最後は肺を一突き。出血多量に加えて、呼吸困難による苦しみながらの死亡。
これでは明らかにレインたちの中の誰かが殺人犯だといっているようなものだ。何故ならばここまでむごい殺しをするということは、個人的に彼に対する深い憎悪があるから出来ること。ならば容疑者は彼をここまで憎悪できる者。つまり彼らに苛め抜かれた誰か、ということになる。
実際凶器は鋭い刃物、ということで目星が付けられている。ギルドナイトで鋭い刃物といえば、ギルドナイトセイバーなどの武器が挙げられる。よく調べれば、すぐにそれだと当たりがつけられるだろう。
何故ならばギルドナイトは処刑人としての一面がある。今まで違法ハンターを何人も殺してきている。その武器のほとんどはギルドナイトセイバーか、ガーディアンソードを用いている。ならば、斬られた場所の記録があるのだ。それを照らし合わせれば一発でわかる。
だからレインはぐっと拳を握り締める。自分たちの誰かが、憎悪に突き動かされてこんな殺人を犯した。一番やってはいけないことをやってしまった。
これは怒りだ。
負の感情に飲まれて罪を犯したのだ。気持ちはわからなくはない。殺した者の怒りはもっともだろう。だが、それでもここは堪えるべきだ。今まで堪えられたのだから、これからもそれを押さえ込むべきなのだ。
なぜ早まった真似をしたのか。
だからこれはその殺人犯に対する怒りなのだ。
やがてレインはその場を立ち去り、ハンターズギルド本部へと戻っていく。それを獅鬼は見送り、再び死体に目を向ける。
「殺したのはただのギルドナイトか、はたまた奴らの誰か、か」
獅鬼としては後者と考えている。そして犯人の有力候補はアヴェンジャー、次いでスノーだろうと推測した。
老山龍がこのドンドルマに向かってきている中、こんな事件を起こしたのだ。少しタイミングがいいんじゃないかと思う。ギルドの中では恐らく老山龍のことも報せが入っているだろう。
その対策中にこの事件。
何か狙いがあるのか、それともアヴェンジャーによる私情の殺しなのか。
私情ならば混乱の中で死んでもらう、というより自分の手で殺したかった、というのが有力だろう。ということは、この事件は単なる単体の事件ではなくなる。
これはこれから始まることのプレリュードだ。
ならばこれから奴らの攻撃が行われるだろう。恐らくは老山龍と共に何らかのアクションを行うに違いない。老山龍がドンドルマから見える前までに、その前振りを潰さねば大変なことになる。
獅鬼は足早に現場を立ち去り、月へと連絡を入れるために疾走を始める。
○
ドンドルマから東へ数十キロ、焔の相棒であるアプトルの亜種、サラマンドラを走らせること一日半。北エルデ地方の一角に焔はやってきていた。視界には既に老山龍が見えている。ここからまだ十キロ以上離れているというのに、その巨体が視認出来る。
流石は全モンスターの中でトップクラスの巨大さを持つことだけはある。
その巨大さによる歩行は、ここまで聞こえるほどの足音からもわかる。音だけでなく、振動まで伝わってくることから、あの周りはまさに地震に近いものが連続して起こっていることだろう。
付近の住民は避難しており、進路上にあった村は壊滅は免れない。辺境の村ではハンターの数は少ない。かの存在はたった数人では止まることは不可能。よくて進路を変えるくらいだが、そこまでのダメージを与えられるかも疑問だ。
ならば老山龍はこのままドンドルマを目指してくることだろう。到着するのは早くて明後日、あるいは三日後だ。それまでにハンターが集まり、ドンドルマが迎撃体勢に入るかが鍵となる。
そう考えていると、向こうからアプトルに跨っているアイルーが近づいてきているのが見える。恐らくは伝達員のアイルーなのだろう。少し情報が欲しいので呼び止めることにした。
「にゃ?」
「ちょっといい?」
「にゃんだ? 今急いでるにゃ!」
「わかってる。走りながらでいいから」
サラマンドラを平行させて二匹は移動する。
現在の状況を聞いてみると、数人のハンターが遠距離からの攻撃を主として老山龍にダメージを与えているという。進路上に大タル爆弾を並べ、爆発の射程内には入れば起爆。時折数人のハンターが混ざり、足元を攻撃しているようだがそれでも止まることはない。
総数が十人以下ならばしょうがないといえばしょうがない。
かの存在は『天災』に例えられる存在なのだ。
加えて数百年を生きた古龍でもある。その生命力の高さは計り知れない。寿命で言えば竜人族すらも超えるといわれる存在であり、その巨大な体に内包した力は人族のそれを容易く超えるのである。
だからたったそれだけのハンターでは倒すことですら不可能。
そして止めることもまた不可能。
それを可能にしたければ数十年の年季を重ねた実力と、強大な飛竜を打ち倒したことによって手に入れた武器を持って来い。
あるいは『天災』には『大自然』の力をぶつけるまでだ。それを操れるほどの魔法使いを連れて来い。
それくらいの力量を持つものでなければ、数人程度で老山龍はその歩みを止めることはない。
戦っているハンターは上位ハンターよりも下位ハンターの方が多いらしい。ならば止めることは出来ないだろう。老山龍は変わらずドンドルマへと向かってくることは容易に推測できる。
「でも妙にゃ話だにゃ」
「どういうこと?」
「あの老山龍は本来にゃらこっち側に来ることはにゃいのにゃ」
話によれば、本来ならばベルト山脈方面に北進するはずだったらしい。そしてベルト山脈近くに到着すると、そこから山の中へと入り込み、再び眠りにつくと思われる存在だった。
だが現実はこうして西へと曲がり、ドンドルマを目指している。
「誰か進路を変えさせたと?」
「そうとしか考えられにゃいにゃ。でも最近老山龍の撃退クエストは張られていないはずにゃ」
「……となると」
考えられるのは狂化竜を作り出している奴ら。
いったいどういう方法を使ったのかはわからないが、ドンドルマへと向かわせるように進路を変えさせたのだ。つまりこれも奴らの作戦の一つ。老山龍で混乱を生み出し、その最中で何かをするのだろう。
「……ん?」
その時焔のセンサーに何かが引っかかった。
それは一つの気配。知っている気配なのだが何かが違う。乗っているサラマンドラも気づいたらしく低く唸り始めた。
「これは……」
辺りを見回してみると何の変哲もない森に見える。だが空気が違っている。少し考えて気が付いた。
気配が少なすぎるのだ。
本来ならばモスやアプトノス、ランポスなどの気配が少なからずあるはずだ。森というのは彼らが住まうフィールドの一つ。人が利用する行路付近は気配はほとんどないが、今は急いでドンドルマに帰るために、モンスターが生息しているエリアの範囲内を突っ切っている。
だというのに気配が少なすぎる。
これは一体どういうことかと考えていると、視界の端に深緑色の飛竜が見える。
「リオレイア……」
雌火竜と呼ばれる飛竜の一種、リオレイアだった。雄火竜リオレウスと対を成す火竜であり、代表的なモンスターとされている。だがこちらには気づいていないのか、ただそこに佇んでいるだけだ。
だが平行しているアプトルが落ち着きをなくし始めている。実際焔も何か妙な感覚に包まれている。
これは野生の勘だけでなく、長くハンターとして行動してきた感覚も含まれている。
「にゃにゃ……これはにゃんだ? 嫌な空気だにゃ……」
隣を走っているアイルーも汗を流しながらそんなことを呟いていた。彼はリオレイアには気づいていないようだが、焔は一つの可能性に至る。
「……狂化の種がある?」
昴たちの話によれば、狂化竜は普段は普通の種族と何ら変わりない姿をしているという。しかし攻撃を受けてダメージが大きくなる、怒りが高まってくると狂化の種が目覚めて一気に汚染されるという。
だからこそそこに狂化竜がいたとしても気づかれない、気づかない。
しかしあれは何だ?
ああして佇んでいるだけだというのになぜ異質な空気を放っている?
あれでは狂化竜かもしれないですよ、と教えているようなものじゃないのか?
そんな風に考えながら移動していると、上空から強い気配が近づいていることに気づいた。振り返ると、リオレウスが飛行していた。
「なっ……!?」
よもや番でここにいようとは。しかもあれも狂化の種が植えられているようであり、ひしひしと嫌な空気が伝わってくる。
「ぎゅるるぁぁあ!」
「にゃにゃにゃーーー!?」
隣を走るアプトルが暴れ始めた。たちまちバランスを崩してアイルーが慌て始める。
「落ち着きなさい! 手綱を放さないで!」
「そ、そんにゃこと言われても……!」
「グアアァァァアア!!」
咆哮をあげながらどんどん迫ってくるリオレウス。高度を下げていき、一定の距離に差し掛かればブレスを吐くか、その毒爪で捕まえようというのだろう。
加えてリオレウスの咆哮により、離れたところで佇んでいたリオレイアまで焔たちに気づいてしまった。
「ガァァアアアアア!!」
翼を広げて威嚇をすると、地を蹴って焔たちへと接近を開始する。
空のリオレウス。
地のリオレイア。
この二頭による同時の狩りが始まってしまった。
「にゃんでこうにゃるにゃぁぁぁああ!?」
「知らないわよっ! いいからアプトルを走らせなさい! 一応こいつは逃げるために走れば、一時期はレイアより速いんだから!」
アイルーが暴れるアプトルに手綱を使って走らせる。というか、走らなければ自分たちがやられるのだ。それは焔やアイルーだけでなく、このサラマンドラたちにだってわかっているはずだ。
死にたくないなら走れ。
そう気持ちを込めて手綱を操る。
「グワァァアアア!!」
降下してきたリオレウスが咆哮し、口元に火花が発生した。
「チッ……!」
舌打ちしてローブの中に手を入れる。そこから数枚の札のようなものを取り出し、ぐっと力を込めた後にリオレウスへと放り投げる。一間置いてリオレウスの口から火球が放たれるが、札から水が発生してそれを防いだ。
これは獅鬼が作ったものであり、その効果は札に書いてある文字によって変わってくる。彼には魔法の才能がほとんどないが、魔法の知識はあった。そこで補助としてこの札などを用いて魔法を行使するのだ。
魔法の才能がないものは札など道具の補助を得て魔法を行使することが多い。東方ならば札に文字を書いて効果を持たせ、魔力を通して魔法を行使する。
とはいえそれは普通の魔法使いと比べればかなり劣化したものであり、効果時間もまちまちだ。加えて補助するための道具がなくなればもう魔法は行使できないことが多い。
ちなみにあの札も誰もが使えるわけではなく、魔力を持たない人には使うことが出来ない。つまりは焔も魔力を持っていることになる。
「まったく厄日ね。くそったれジジィから貰っておいて正解だったわ」
そう愚痴りながらちらちらとリオレウスとリオレイアの位置を確認する。周りの木々をなぎ倒しながらリオレイアが少しずつ迫ってくる。その様子はもう圧巻。普通にあれを見てしまえば、もう恐怖で足が竦んでしまうことだろう。
「ガアアアアアァァァァ!!」
ハンターを相手にするならわかるが、なんで自分たちみたいなアイルー相手に本気になっているのか。
やはり狂化の種が影響しているのだろうか。
敵と認識したから、あるいはテリトリーに入ってきたからこうして攻撃してくる。こういうことなんだろうか。
「……なんという」
溜息つきながらローブから閃光玉を取り出した。一応これで足止めは出来るはずだ。二頭の距離はいい感じに近づいている。今ならばこれの射程内だろう。
「じゃあね」
ピンを抜いて後ろに放り投げる。すぐに強い光が発生し、二頭の悲鳴が聞こえると同時にリオレウスが墜落する音が聞こえてきた。
これによって何とか二頭から逃げ切ることが出来た。だがやはりこれは異常なことのため、焔はこのことも報告することにする。
二匹は次の日の早朝にドンドルマに到着し、それぞれの報告に向かっていった。
○
ベルト山脈を越え、現在はドンドルマの北東約数十キロの樹海に差し掛かっている。ここまでほぼノンストップで走り続けた。クストルはポケット村を出て数時間後に経由した村で休ませ、アプトルに乗り換えておいた。
クストルは元々山、雪山で暮らすモンスター。こういう平地や森で走らせるならば、アプトルの方が速いのだ。
今日はここで夕食のとり、数時間の仮眠を取る。アプトルもずっと走らせるわけにはいかない。彼らにも休みは必要だ。
夕食は桔梗が作ってくれることとなった。優羅の方が料理は遥かに上手く、味も抜群なのだが、やはりというべきか彼女は作る気はなかった。
「……は? なんでアタシが手料理を振舞わなくてはならないの?」
ということらしい。彼女が料理をする相手は昴のみのようである。
仕方がないので桔梗が夕食を用意することになった。彼女も自炊をするようであり、その腕前は優羅には及ばないまでも、とても上手く作られている。限りある材料の中でこれだけの美味しさを持つシチューを作るとは素晴らしい。
「へえ、こいつは結構いける口だな、おい」
「ありがとうございます、ガッツさん」
手にしたシチューをがっつきながら褒めるそのハンターに、桔梗が柔らかく微笑みかける。その隣で若い青年が溜息つきながら、桔梗からシチューが盛られたお椀を受け取る。
「おいオッサン。もう少し落ち着いて食えねえのか?」
「うるせぇなクソガキ。美味いもんは美味いんだからしゃあねぇだろうが。……それともなにか? クソガキは嬢ちゃんのメシでねぇと満足しねぇのか? あん?」
「なんでそうなんだよっ!?」
くつくつと笑いながら言うハンターに、青年はくわっと目を見開きながら突っ込む。そんな二人を、対面に座った黒髪のポニーテールをした少女がシチューを食べる手を止めて怒鳴りだす。
「あんたたち、食事くらいは静かにしなさいよ! 恥ずかしいじゃないの!」
「す、すまん、スズネ……」
「お、おう、わりぃな、嬢ちゃん」
スズネと呼ばれた少女の怒号で二人の男は静かになった。その隣ではそんな様子に気にした風もなく、道化者のような格好をした女性が静々とシチューを食べている。
彼らがポケット村で合流したハンターたちだ。
赤毛の青年がケビン。対面にいるスズネと共に、ポケット村で暮らしている村の契約ハンターだ。二人は最近上位ハンターになったばかりらしく、日々精進を重ねているようである。
そしてケビンの隣にいる男がガッツ、スズネの隣にいるのがシェリルという。二人はポケット村に滞在している上位ハンターであり、何の縁があったのかケビンとスズネと共にクエストを重ねているようだ。
また二人は翡翠とは上位ハンターの縁で知り合いらしく、今回は丁度フラヒヤ山脈のポケット村に滞在していたので、こうして援軍として呼び出したのだ。
「……つーかよぉ、おい翡翠」
「ん? なんだ?」
「俺らを呼び出すにしてもよ、もう少し何とかならんかったのか?」
翡翠の伝言では「相棒にないことないことを言いふらす」とあった。ここでいう相棒とはシェリルのことだ。ガッツは彼女にはどうも頭が上がらないらしく、そんなことを言われてしまった暁にはどうなることか。それはそれは目も当てられないことになるだろう。
「ホントに残念ね♪ ちょっとだけ期待してたんだけど」
「ああ、それは俺も思ってた。オッサンの弱みが握られると思ってたんだが」
「私も私も」
仲間の三人からうなずかれ、ガッツは少し肩を震わせている。恐らくこの数日で彼の株が少し下落しているだろう。
「お、おまえらな……。オイ、翡翠! テメェのせいで俺は……!」
「まあまあ、落ち着けやガッツ」
「コレが落ち着いていられるかってんだ!」
「あー……まあ、すまねえとは思ってるけどな。緊急だったもんで、ついつい口が滑ってしまったわ。ははは」
いや、あれは嘘だろう。その場にいた昴たちはそう思っている。
ああ言えば絶対に来るとわかっての確信犯だ。
「それに相手はあのラオだぜ? 少しでも腕のいいハンターが欲しいってのはわかってるだろ?」
「まぁそうだけどよ……。あぁ、もうしゃあねえな。ここまで来たんだ。協力してやるから、絶対に余計なコト口にすんじゃねえぞ!?」
「わかったわかった。そう目くじら立てんなよ」
苦笑しながらどうどうと落ち着かせるようにその肩を叩いている。だがガッツは舌打ちして残りのシチューを平らげると、勢いよくお椀を突き出して「おかわりだ!」と叫んでいる。それを桔梗がまた苦笑しながら受け取り、新しいシチューを盛っていく。
そんな様子を昴と優羅は無言でシチューを食べながら見守っていた。いや、優羅は恐らくどうでもいいのだろう。その目はどこか遠くを見ている気がする。
「で、空夜って言ったっけ?」
「……ん? ああ、そうだが」
そんな昴を隣に座っていたケビンが声をかける。彼らには偽名を名乗り、本名は名乗っていない。他所の村のハンターのため、本名は口には出来ないのだ。
「わざわざポッケ村からドンドルマ防衛に名乗り出るなんて、なんか理由でもあるのか?」
「……まあ、そうだな」
ドンドルマとポッケ村の距離はかなり離れている。ここまで離れればある意味他所の国の大事に首を突っ込んでいる、といってもいい。だからそれが気にならない、といえば嘘になる。
「あそこには俺の仲間がいるからな」
記憶にない昴の仲間たち。彼らが老山龍に立ち向かうならば、行かなくてはならない。自分の奥底にある小さな光が叫ぶのだ。
絶対に死なせない。
老山龍に比べれば自分たちの矮小さがわかるという。たった八人でどうにかなるのか、という疑問はあるだろう。だが集まるのは彼らだけじゃない。ドンドルマにいる数十、百のハンターが立ち向かうのだ。
それだけの数がいれば大丈夫だろう、と思うだろうが、その中で何人かは死に、数十人は大怪我を負うだろう。紅葉たちがその中に含まれないという保証はない。
だからその中に含まれないようにするために彼女たちの下へと向かうのだ。
「そうか。仲間のため、か。いい奴だな、お前」
「……そんなもんじゃないさ」
何故ならば助ける相手ことは今は何も知らない状態なのだから。優羅の後押しがなければたぶん行動を起こすことはなかったかもしれない。
加えてドンドルマには自分たちの命を狙う敵がいるのだ。優羅は今もなおドンドルマにいるだろうと予測している。つまり自分たちはわざわざ殺されに向かっている、といってもいいのである。
自分たちの命を守るためにポッケ村に滞在していたというのに、むざむざ敵の下に向かうという愚行。もしかしたら今度は本当に殺される可能性がある。助けに向かった側が殺されるかもしれないのだ。
だがそれがどうした?
よくよく考えれば隠れる必要はなかったかもしれない。さっさとドンドルマに戻って紅葉たちに合流すればよかったかもしれない。昴のことで少しだけ恐れを抱いたのがいけなかったのかもしれない。
それをしなかったのは何故だろうか。
それには一つのことが浮かび上がる。
優羅はただ昴と共に過ごす時間が欲しかったのかもしれない。
身を隠す、という言葉で覆い隠した優羅の根本にある願望。この数日はそんな優羅の願望によって生まれた時間。10年の時間によって消え去った日常が、あの数日の中で果たされたのだ。
昴と共に暮らし、昴と共に日常を過ごす。
どんなに願っても叶うことのなかった時間が過ごせるかもしれない、という甘い誘いに乗った結果。
「……」
シチューを食べながらそんなことを考え、微かに隣に座っている昴を見る。
残念なのが彼の記憶がないことだった。もし記憶がある状態だったらどうなっていたことだろう。
彼は同居を受け入れただろうか。
いや、それ以前にポッケ村に滞在する、という選択はなかっただろう。治療のために数日滞在するだけで終わる。『雪花』に入ることはなく、さっさとドンドルマに戻っているはずだ。
何故なら昴の居場所は『
だからある意味昴の記憶がなくてよかったのかもしれない。そうでなければ、昴と共に暮らす、なんて日常は有り得ないのだから。
「……」
「……の」
それが終わった今、昴は早いところ記憶を取り戻すべきだ。そうしなければ紅葉が泣き出すだろう。優羅としても紅葉が泣き出すのはいただけない。彼女は恐らくまだトラウマが治っていないと優羅は推測している。
この状態のまま紅葉に会えばどうなることか。
結局はその堂々巡り。
自分は紅葉に責められることを恐れているのだという結論に至る。ならば責められるのを覚悟して戻ればよかったのではないのか。敵から身を守るならば、彼女の下で共に過ごして対処するべきだった。
そんなことを考えていると、自分に声をかけている少女の声に気づいた。
「あの」
「……?」
見ればスズネが優羅を見つめていた。
「えと、美星藍さん、でしたっけ?」
「……」
その問いかけに小さくうなずいた。そしてスズネは優羅と昴を交互に見て小さく首をかしげた。
「お二人って付き合ってるの?」
「……」
「……はい?」
ケビンと話していた昴が驚いた顔で振り返った。一方優羅は無表情のまま横目でスズネを見つめている。するとどうしたものか、スズネの隣に座っているシェリルが楽しそうな顔でスプーンを二人に向ける。
「だってさ~、移動している時も、今も、二人って一緒じゃない? となればぁ、付き合ってるように見えるのよね♪」
「……」
「あー……いや、俺たちは付き合っているんじゃなくて、ただの幼馴染ら……なんだけど」
「らしい」という言葉を飲み込んで昴が言い換える。記憶がないことはケビンたちには話していない。翡翠と桔梗も口にはしなかった。その辺りは感謝している。
「へぇ、幼馴染なんだ。随分と仲がいいんだね♪」
「いや、まあ、そうだな……」
「…………」
仲がいいことは否定しない。そんな昴に優羅は微かに目を細めた。
すると翡翠がニヤニヤと笑って優羅を見つめる。
「そうだよなぁ。なんていうか美星が空夜にぞっ……」
「…………あ?」
「……いえ、なんでもございません」
いらないことを言いそうになった翡翠を一睨みで黙らせる。どうやら翡翠の口はよく余計なことを並べるようだ。この先自分たちに関して喋るようならば釘を刺さねばなるまい。そう決意して優羅はシチューを平らげた。
一方翡翠は少しだけ冷や汗をかきながらシチューを食べていく。そんな彼に桔梗がそっと近づく。
「翡翠さん」
「……ん? なんだ?」
「少々自重した方がよろしいかと思いますわ。ケルビに蹴られたくはないでしょう?」
「……そうだな」
あの二人は余計なことをせずに見守るべきだろう。
そう決めて二人も夕食を進めていく。
夕食を終えると2時間の仮眠を取り、一行は再びドンドルマへと向かっていく。
○
次の日の朝。ドンドルマに老山龍が迫っているという情報が発表された。接近は明日から明後日にかけてと推測。討伐、あるいは撃退に参加するハンターは準備を進めるようにと指令が降った。
また住民は避難の準備をし、地下に潜るように手配が進む。ドンドルマの地下には避難するための空間がいくつか設置されており、ドンドルマに飛竜や古龍が襲撃した際はここに避難することになっている。
そしてギルド側はバリスタや大砲の準備を進め、全面的に防衛に当たることになる。
もちろん紅葉たちも準備を進めることになり、老山龍だけでなく敵側の襲撃にも対処することにする。今日一日は鍛練を行わず、来る戦闘に備えることにした。
昼になるとレインたち三人も準備のためにドンドルマを歩いていた。周りはハンターやギルドナイトが走り回っており、騒がしさに包まれている。
青年たちの事件についてはひとまずは保留ということになった。殺人事件より、街の防衛の方が優先度が高いためだ。
街を囲む壁に到着すると、外に向けてバリスタや大砲がずらっと並んでいるのが確認できる。大砲と弾、バリスタと弾と数量を確認し、足りないものはないか調べる。また補給線を確認し、なくなればすぐに持ってこれるようにする。
これらを確認しなければいざというときに困る。
チェックするべきものを全て終えると伝令に報告し、次の場所へと移動する。
その途中のことだった。
前方にその人物がいたのである。
「な……」
「え?」
「……っ!?」
そこにいたのは赤地のローブに黒い紋様が描かれ、忍の面・陰を嵌めている人物。
アヴェンジャーその人だった。
彼のことはシアンから聞いていた。加えて先日現場に訪れた際に姿は確認している。見間違うはずはない。
「……クッヒヒヒ」
肩を揺らしながら小さく笑う彼は背を向けて走り出す。
「待てっ!」
すかさずレインが走り出し、その後にサンとゲイルが続く。
両者の距離は縮まらず、道を走り続ける。次第に街の外れへと移動していき、人気がなくなってくる。もしかすると誘われているのではないのか、と思い至り、レインはゲイルに振り返る。
「ゲイル。君は戻り、他の者たちに連絡を頼む」
「……え、でも……」
「このまま奴を逃がすわけにはいかん。人手が必要だ。だから頼む」
「……わかり、ました」
立ち止まって、来た道を帰っていくのを確認し、レインは前を向く。相変わらずアヴェンジャーとの距離が縮まらない。だがこのまま先に進めば挟み撃ちできる状態だ。
街の道は記憶している。うまくいけばアヴェンジャーを捕まえられる。
「サン、そこを曲がるんだ。わたしが後を追う。奴を挟み撃ちにするぞ」
「はい、兄さん」
うなずいたサンが角を曲がって姿を消す。それを肩越しにアヴェンジャーが確認し、舌打ちしたような気がした。どうやらアヴェンジャーも街の構図は知っているらしい。
内心でレインは笑みを浮かべる。このままいけば自分たちの勝ちだ。
やがて道は左折し、直進した道に差し掛かる。奥ではまた道が左折しており、先ほどサンが消えていった道に繋がっている。
するとアヴェンジャーが立ち止まって振り返った。
「クッヒヒヒ……」
「……あきらめたかね?」
レインも立ち止まり、アヴェンジャーが何をしても対処できるような体勢になる。
「諦メル? イイヤァ、違ナァ。オ前ガ話ガシタソウナンデネェ。付キアッテヤロウカト思ッテナ。クッヒヒヒ」
「ふむ、話か。では聞こう。昨日の惨殺事件。その犯人は君かね?」
「アア、ソウサ。俺様ガ殺シタ」
あっけからんとアヴェンジャーは認めた。そのことにレインは拳を握り締める。
「なぜ殺した?」
「復讐サ。何セ俺様ハ『
そして彼はローブの中に手を入れてそれを取り出した。
ギルドナイトセイバー。
彼らを殺した凶器が太陽の光を受けて小さく光る。
「コレデ殺シタヨォ……! クッヒヒヒ!」
「……やはり君はギルドナイトか……!」
「サァ、ドウダロウナァ? 知リタケレバ、力ズクデ来イヤァァアアア!!」
地を蹴ってアヴェンジャーが突貫してくる。それをレインもギルドナイトセイバーを抜いて防ぎきる。そのまま二人はギルドナイトセイバーを振るって戦闘を開始した。
刃と刃がぶつかり合い、甲高い音を立て、空を切る。
「ハッハァ! ドウシタァ!?」
「ぬ、く……!」
戦況はアヴェンジャーが優勢だった。その怒涛の攻めにレインは防戦一方。その速さと急所を狙う攻撃。反撃する糸口が見えず、ただただ刃を防ぎ続ける。
「コンナモンカ、レイン・スカーレット!?」
そこでアヴェンジャーの背後の角からサンが姿を現した。彼女は状況を見ると、エメラルドスピアを取り出して構える。
そう、レインは彼女を待っていた。
彼女が来れば挟み撃ちが出来ると知っているからである。だから自分はアヴェンジャーの攻撃を耐え切るだけでいい。
サンがエメラルドスピアを構えたまま疾走する。
「アン?」
そこで背後から迫ってくる気配に気づいたのだろう。アヴェンジャーが一瞬だけ気を抜いた。すかさず刃を押し返し、今度はレインが攻め始める。
「やれ、サン!」
「はいっ!」
「グ、オオォォ!?」
剣戟を行うことでアヴェンジャーの逃亡を防ぐ。そのままエメラルドスピアによって傷を負わせることが出来れば、アヴェンジャーを逮捕できる。
エメラルドスピアの切っ先がアヴェンジャーに向けられ、そしてそれをサンが突き出した。
ざしゅっ、と音を立て、その刃が体を突き抜ける。
口から血が漏れ、その体を硬直させた。
「が、は……」
その口から掠れた声が漏れる。
そして目は信じられない、といった風に彩られている。
「なぜ、だ……?」
「…………」
確かにエメラルドスピアは体を貫通させている。
――レインの体を。
「クヒ、クハハハハハハハァァァァ!!」
たまらずアヴェンジャーが高笑いを始める。
エメラルドスピアを突き出しているサンは無表情だ。
――なぜレインはサンに攻撃された?
――いったいなぜ、こうなった?