呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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44話

 

 

 

 なぜこうなった?

 

 

 頭に浮かぶのはその言葉。

 バリスタと大砲のチェックを終え、次の地点へと向かう途中にアヴェンジャーを発見。

 サンとゲイルと共に追っていたが、誘い込まれているのではないかと推測。

 そこでゲイルに人を呼ぶように言い、彼を戻した。

 続いて追った先は角を曲がれば回りこんで挟み撃ちが出来る道だった。

 そこでサンに角を曲がらせ、わたしはそのままアヴェンジャーを追い続ける。

 やがてアヴェンジャーは立ち止まり、奴が昨日の事件の犯人であると確認。

 奴が取り出した武器はギルドナイトセイバー。これで彼らを殺したという。

 わたしたちは剣を交える。だがわたしは耐え、凌ぎ続ける。何故ならば向こうからサンが来るのを信じているから。

 そして我が妹は現れた。状況を確認し、エメラルドスピアを取り出してわたしたちへと接近してきた。このままアヴェンジャーに一撃を与えられれば、押さえつけて逮捕する。

 

 ……そう思っていたのに。

 なぜその切っ先がわたしの体を貫いているのか?

 

 

 いったい、何故なのだ――?

 

 

 ○

 

 

「……フッ、哀レダナァ、レイン・スカーレットォォォ……。大事ナ、トッテモ大事ナ妹ニ槍デ貫カレル、ナンテ思イモシナカッタカァ?」

「…………」

 

 ぐっとエメラルドスピアを握り締めたサンが、勢いよくレインの体から抜く。その際塞き止められていた血が噴き出し、レインの体がふらついた。しかし気合で踏みとどまり、傷口を手で押さえながら二人を見つめる。

 

「……サン、なぜだ?」

「……」

「クヒヒヒ、マアオ前ノ疑問モワカランデモネェ。ダガ、コレガ現実サァ……! クッヒヒヒヒ!」

 

 仮面の下で今まで以上の喜色が窺える。レインがここで終わることをとても喜んでいるのか、それとも味方だと思っていた妹にやられることで絶望を感じているレインを見て喜んでいるのか。

 だがそれも終わり。

 手にしたギルドナイトセイバーを構え、今こそレインに止めをさそうとしている。

 

「く、そ……!」

 

 だがレインもただでは殺されない。気を集めて自己治癒力を高め、傷口だけでも塞いで止血する。だが先ほどまでの余裕はない。目の前で妹が無表情でエメラルドスピアを構えているのだ。そのショックは大きい。

 ギルドナイトセイバーを持ち直して身構える。これ以上アヴェンジャーの思うようにはならない。

 それにまだゲイルがいる。

 彼が人を呼んでくれるはずだ。そうすればアヴェンジャーを逮捕できる。その際にはサンも同じように取り押さえられるが、致し方あるまい。いったい何故彼女がアヴェンジャーについているのか聞かなければならない。

 

「……フン、マダ目ガ死ンデネェナ。何カ狙ッテイルノカ、アン?」

「さあ、どうかな?」

「……だぶん」

 

 そこでサンがエメラルドスピアを身を包むローブに仕舞った。そして新しく取り出したのは蛇槍【ナーガ】。それを見てレインが少し驚いた顔をする。

 何故ならば、サンはそんな武器を持っていないからだ。

 彼の驚きを置いてけぼりにし、蛇槍【ナーガ】を構えてサンが呟いた。

 

「ゲイル・カーマインが人を呼びに行っている、と思っているからだと思うよ」

「アァ、ナルホドネェ。クッヒヒヒ……馬鹿ナ奴ダ。今モナオ気ヅカナイトハネェ。……マ、ソレダケ演技ガ上手カッタッテコトダロウナ」

「……どういうことだ?」

 

 なにか不穏な空気が渦巻いている。これ以上は聞いてはいけないような気がしたが、聞かなければならない、という感情もある。

 ギルドナイトの惨殺。

 その犯人が同じギルドナイトの疑惑があるアヴェンジャー。

 そのアヴェンジャーの隣に立ち、レインを貫いた妹のサン。

 これ以上何を言うつもりなのだ。

 そんなことを思っていると、アヴェンジャーの背後の角から信じられないものを見ることとなる。

 

「……っ、兄さん……!」

「な……さ、サン!?」

 

 それは妹のサン。頭から血を流し、ふらついた体を建物の壁で支えながらもそこに現れた。

 だがどういうことだ?

 目の前にいるのもサン。あそこにいるのもサン。

 サン・森羅・スカーレットが二人いる……!

 

「オォ? 生キテタノカ。殺シ損ネタカ? ロスト」

「……ごめんなさい。お兄ちゃんのために、急いでいたから……」

「アア、イヤ、イイサ。責メテルワケジャネエ。ソノ気持チハアリガタク受ケ取ッテオクワ。クヒヒヒ」

 

 少し落ち込んだ様子を見せる目の前のサンを、アヴェンジャーは労わるように軽く撫でている。

 それを見て気づく。

 目の前にいるサンは偽者だ。

 つまりサンは、レインを裏切ったわけじゃない。

 

「……君は何者だ……!?」

「何者、カ……。クッヒヒヒ、ソノ前ニイイコトヲ教エテヤロウカ?」

「いいこと、だと?」

「オオヨォ。マズ、テメェガ信ジテイルゲイルノ事ダガナァ……、奴ハコネエヨ」

 

 こない。

 いったいどういうことなのか。

 そんな表情をすると、アヴェンジャーは肩を揺らしながらくつくつと不愉快な笑い声を漏らす。

 そしてぽん、と偽者のサン、ロストの頭に手を置いた。

 

「ダッテヨォ、“ココ”ニイルンダカラヨォ……!」

 

 その言葉に従い、ロストの姿に異変が訪れた。

 髪の色、瞳の色、顔つき、体つき……。

 実に様々なものが“変化”していく。

 それをレインとサンが驚いた顔で見守っていた。

 

「……」

 

 “変化”が終わると、そこにいたのはゲイル・カーマインその人だった。

 どこをどう見ても本人であり、“偽者”だとわかっていても体が震えてくる。目を見開くレインの拳は震えており、爪が食い込むほど握り締められていた。

 

「……以上、ゲイル・カーマインノ真実デシタ~。クッヒヒヒヒヒ!!」

「ふ、ふざけるなっ!? ゲイルが偽者だったと!? そんなバカな話があるか!」

「ダガ事実サ。実際今マデオ前ラト一緒ニ行動シテイタノハ、コノロストサ」

 

 つまり全て見ていた。全て聞いていた。……全て知っていた。

 一緒に行動してレインたちの行動を把握していた。

 

 ――所謂、スパイだったのだ。

 

「バカなッ!? 今までのゲイルが偽者だというならば、本物のゲイルはどこにいるんだ!?」

「アア? 死ンダヨ」

「……なに?」

「俺様ガ殺シタ」

 

 またもやあっけからんとそんなことを口にしてきた。

 平然と、何でもないような口調で、ゲイルを殺したと告げたのだ。

 そのことで今まで押さえてきた感情が渦を巻き始める。

 拳だけでなく体まで震え、押し殺しているモノが溢れかえってくる。

 これは彼が嫌う感情。

 持ってはいけない人の負の感情。

 

 ――憎悪。

 

 怒りと共にそれがレインの心を塗りつぶしていく。

 

 ――だめだ、だめだ。

 

 抑えようとしても抑えきれない。

 遠い昔の記憶が蘇ってくる。

 スカーレットとカーマインの子供たちの中で、初めて友人といえる存在だった。

 色々とあった。

 昔から気弱で、サンと一緒に後ろをついてきた少年だった。

 レインにとって弟といえる存在だったのだ。

 

 ――憎い、憎い……!

 

 そんな彼を、弟を、いとも簡単に「殺した」などと言えたものだ……!

 ああ、溢れる。

 自分にもこんな感情があったのか。

 

 ――斬れ。

 ――奴は罪人だ。

 ――罪を犯したものは、処刑人として斬れ。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」

「……フッ、フハハハハハハハハ!!」

 

 飛び出したレインをアヴェンジャーが楽しそうな笑い声で迎えた。再びギルドナイトセイバー同士がぶつかり合い、二人は再び剣戟を始める。

 だが敵はアヴェンジャーだけじゃない。ゲイルの姿をしたロストが蛇槍【ナーガ】を構え、レインを再び貫こうと構えている。

 

「……っ!?」

 

 だがそこに矢が飛来し、蛇槍【ナーガ】で弾いてその方を見つめる。

 視線の先にはブルーブレイドボウⅡを構えたサンがいる。頭から血が流れていたはずだが、止血の手当てをされており、ぐっと矢を引いている。

 

「……兄さんに手出しはさせません……!」

「私も同じだよ。お兄ちゃんの邪魔はさせない」

 

 ゲイルから再び変化していく。

 やがて現れたのは、肩を超え少しウエーブがかった茶髪をした小柄な少女だった。少し垂れ目な碧眼がキッとサンを見つめている。

 恐らくこの姿がロストの本来の姿か。パッと見てサンと同じくらいの年頃だろうか。

 だがこれらのことからわかる。

 『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』、ロストとは『変化』の魔法の使い手だ。

 『変化』とは文字通り自らの姿を変える魔法。魔族が人の目から逃れるために、尖った耳などの魔族特有のものを隠すために習得した魔法である。これもまた自然のものとは違うが、擬態などをもつモンスターを参考に編み出されたものといわれている。

 普通は一部を変化させるだけに留まるが、この魔法の適正がよければ全身を変化させることが可能であり、他人に化けることが出来るという。また性別を偽り、種族を偽り、昔の記録ではモンスターにさえ化けた『変化』の使い手が存在するという。

 ロストの場合は他の誰かの姿になることが可能であり、性別さえも偽ることが出来るほどの使い手のようだ。

 本来の名を隠し、他人に成りすますことで任務を遂行する。“いない”はずの人になることで“いる”と思わせる。それはまさに人の“幻影”。

 まさしくそれは『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』。

 

「お兄ちゃんの命令。残念だけどあなたを殺すよ、サン・森羅・スカーレット」

「……私は死なない。兄さんを置いて死ねません……!」

 

 蛇槍【ナーガ】を回転させ、切り込むタイミングを窺う。対するサンはブルーブレイドボウⅡを構えていつでも矢を放てる状態にある。

 ロストの背後では怒りに任せてギルドナイトセイバーを振るうレインと、それを笑いながらいなしているアヴェンジャーがいる。負傷しているので最初の頃のキレのよさが少し落ちているが、それでもあそこまで立ち回れるのはやはり鍛練の賜物だろう。

 いや、怒りに任せているからこそあの立ち回りが出来るのかもしれない。今のレインはほぼ冷静さを失っている。いつもの彼はそこにはいない。

 憎しみと怒りに包まれた鬼。妹の姿をとってその身を貫かれ、昔から共に過ごしてきた弟のような少年を軽く「殺した」と言われた。レインにとってこれほどまで屈辱的なことはないだろう。

 

「憎イカ? 憎イカァァ? レイン・スカーレットォォォ!?」

「おおおぉぉぉぉ!!」

「クハハハハ! イイネェ、オ前ノソノ怒リ! カナリヨサ気ジャネェノ! イツモ冷静ナオ前ニハナイ、ココマデノ激情! モット、モット見セロヤァァァアア!!」

 

 叫びつつ斬り込んできたギルドナイトセイバーを受けとめ、それを弾き返し、今度はアヴェンジャーが攻勢に入る。上下左右、様々な方向からの斬り込み。連続怒涛、疾風の如く繰り出される斬撃にレインは顔をしかめる。

 先ほど貫かれた傷が痛み始める。貫通しただけあって気で防げるものではない。自己治癒力を高めたとはいえ、それで完全に塞がるほどうまくはできていない。

 このままでは押し切られる。だが歯を食いしばってそれを堪え、何とか反撃の糸口を探る。だが視界の端にロストがサンへと向かって走り出すのが見えた。

 

「オットォ、余所見シテイイノカァ?」

「ぐっ……!」

「妹ガ気ニナルカァ? ソレトモ、ロストガ気ニナルノカァ?」

 

 ギルドナイトセイバーで攻め立てながらくつくつと笑いを漏らす。

 

「丁度イイ。死ヌ前ニ教エテヤロウカ」

「……なに?」

「『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』。コレハアル意味間違ッテイルンダナァ。アイツニダッテ、元々ノ名前ハ存在スルサ。クヒヒヒ……」

 

 打ち合わせたギルドナイトセイバーを弾き返し、アヴェンジャーはその場に佇む。しかし隙は見当たらず、攻撃を仕掛けてもすぐに防がれるだろう。

 その状態のままアヴェンジャーは話し始める。

 

「マズハ『名無し(ロスト)()幻影(ファントム)』。コレハモウ一ツノ意味ガアル。アイツノ役割ハ死ンダ奴ニ成リ代ワルコトサ。ツマリ、“イナイ”奴、“死ンダ”奴を“イル”、“生キテ”イルヨウニ見セカケルノサ。ソノコトカラ『死者ノ亡霊』ニ例エラレタノサ。『ロスト・ファントム』トハ、『名無シノ幻影』『死者ノ亡霊』、ドチラトモトレル意味合イナノサ。クヒヒヒヒ……!」

 

 それはあの見事な“変化”の才能を有効活用させた結果といえよう。

 成り代わる相手の事を調べ上げ、その言動、性格、立ち振る舞いなどを記憶した後に成り代わる。当然ながらその相手は殺す。生かしておけばいつ戻ってくるかわからないからだ。

 故に『死者(ロスト)()亡霊(ファントム)』。

 なるほど、実に見事な例えだ。

 

「次ニアイツノ事ヲ話シテヤロウ。アイツハ元々孤児デナ、アル日ギルドナイトノ名家ニ孤児院カラ買ワレタ存在ナノサ。デハ、ドノ名家ガ買ッテイッタノカ? ……ソレハ、スカーレット家サ」

「……なんだと?」

 

 それは初耳だったのだろう。レインの顔に驚きが生まれる。

 それを見てアヴェンジャーはまた笑い声を漏らし、話を続けた。

 

「マアオ前ガ知ラネエノハ無理ネエワナァ。オ前ノ家ノ方ジャナクテ、本家ノ方ナンダカラヨォ。カナリ辛イ日々ダッタラシイゼェ? ドレホドカッテイウトヨォ、アル意味奴隷ノヨウナ扱イダッタラシイゼェ? シカモ俺様ノ救出ガ遅レレバ、犯サレソウニナッタラシイカラナァ。……笑エネェ話ダロウ? アノ『スカーレット』ノ人間ガ、孤児ヲ奴隷トシテイイヨウニ扱ウダケデナク、犯ソウトシテタンダゼェ? シカモ当時ハタッタノ10歳ダッタンダゼ? 10歳トイウ娘ッ子ヲ犯ソウトシタンダ……」

「……っ」

 

 額に汗が浮かぶ。

 体の震えが収まらない。

 

 こいつはいったい何を言っているんだ?

 

 スカーレットの家の者が、そんな、そんな……。

 

 そんな人としての道を踏み外した行為をしていたというのか……っ!?

 

「そ、そんなことは有り得ないッ!」

「嘘ジャネエヨ。ナンナラ、スカーレットノ誰カニ聞イテミロヤ。……マ、言ウトモ思ワネエガナァ……。チナミニ、ロストハソノ事ヲ覚エテネェ。俺様タチガ忘レサセタ。当然ダヨナァ。10歳ノ女ガ犯サレソウニナル記憶ナンテ、トラウマモンダワ……」

「ぐ、くぅ……」

「ワカルカァ? スカーレットノ家モマタ、ソコラノ金持チ家ノ奴ラトナンラ変ワリネェ奴ラダッテコトダ。誇リアルギルドナイトノ家? ハッ、ドノ口ガソレヲ言ウ? テメェダッテワカッテンダロ?」

 

 そこでアヴェンジャーは少しだけ忍の面・陰を持ち上げた。それによって微かに口元が見える。その口は笑いではなく、怒りによって歪められていた。

 

「“ハーフ”というだけでテメェらもまた嫌悪された。忌み嫌われた。所詮、上の奴らはそんなもんなのさ。古いしがらみに囚われ、ガッチガッチに固まったおつむは決して考えを改めねぇ。そんな奴らを、組織の歴史を変える?」

 

 そこで少しだけ笑みを浮かべたかと思うと、大きく息を吸った。

 

「――出来るわけねぇだろうがぁぁぁあああ!!?」

 

 それはアヴェンジャーの心の叫びに等しい怒号だった。ビリビリと空気が震え、一瞬だけレインはそれに呑み込まれそうになるほどの怒号。

 『復讐者(アヴェンジャー)』となった彼の感情が込められた叫びでもあったのだ。

 

 

 

 

「っ!」

 

 走り出したロストへと矢を放つが、当然のように蛇槍【ナーガ】で弾かれる。貫通の力を持って放ったというのに、いとも容易く弾いてみせた。見た目に反して実力は高い。どうやらただ変化して相手に成りすますだけじゃないようだ。

 ブルーブレイドボウⅡをしまい、ローブからエメラルドスピアを取り出して振りかぶった蛇槍【ナーガ】と打ち合わせる。

 

「……く」

「はあぁぁ!」

 

 気合の声を一つ。三つの刃で棍を押し上げ、そのままサンへと突き出す。だが体を引いてそれをかわし、反転させたエメラルドスピアでロストを突き穿つ。それを受け止め再びせり合う形になる。

 しかし槍で戦うならばここまで接近するのはよろしくない。同時に距離を取り、再度突き合う形に持っていく。

 

「なんで……ゲイルさんや兄さんを……!?」

「それが私たちの役目だから。そしてお兄ちゃんが望んだから」

 

 蛇槍【ナーガ】を操りながらロストが答える。

 無表情、というわけではない。でも言葉は淡々としていた。彼女の目には意志があり、戦意が宿っている。口元は笑ってはおらず、ただこの戦いに勝とうとしているかのように固く結ばれている。

 

「私はギルドに潜るため、そしてあなたたちを監視するために成り代わった。そしてレイン・スカーレットを殺そうとしているのは、お兄ちゃんの意志だよ」

「なんで、ですか……?」

「……それは言えない。でもこれは確か。お兄ちゃんはギルドナイトという組織に深い憎しみを持ってる」

 

 引いた蛇槍【ナーガ】を力強く薙ぎ払う。立てたエメラルドスピアで防ぐが、遠心力が乗った一撃は容易にサンを吹き飛ばした。

 

「あっ、く……」

 

 受身を取るが、道を滑って何とか倒れることは免れる。だがそれが大きな隙となる。ロストは蛇槍【ナーガ】を引き、そのまま力を込めて投擲した。

 

「っ!?」

 

 すぐさま横に飛び、その射線から回避するものの、道を転がる形になってまた隙が生まれる。

 

「――戻れ(カム・バック)

 

 疾走するロストの言葉に反応し、蛇槍【ナーガ】に文字が浮かび上がる。突き刺さった刃が離れ、意志を持つかのようにロストの手に戻った。そのままローブの中へと仕舞いこみ、先ほどのエメラルドスピアを取り出した。

 

「ごめんね。でも、それが役目だから」

「……くっ」

 

 少しだけ悲しそうな表情を浮かべ、ロストはエメラルドスピアを構える。立ち上がりかけたところを突き出し、更に連続して攻め立てていく。元々体勢が悪いサンはその攻めに耐え切れず、ついにエメラルドスピアを手放してしまった。

 

「あっ……!?」

「ごめんね。さようなら」

 

 謝罪の言葉を告げ、その心臓を狙ってエメラルドスピアを突き出した。だがその背後から彼の叫びが聞こえてくる。

 

「――出来るわけねぇだろうがぁぁぁあああ!!?」

「「……っ!?」」

 

 ここまで聞こえてくるほどの怒号に、ロストは手を止めてしまった。それが好機となり、サンは彼女から距離を取る。

 危ないところだった。

 もしアヴェンジャーの怒号がなければ自分はエメラルドスピアによって貫かれていただろう。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 冷や汗を流しながら、落ちている自分のエメラルドスピアに目を向ける。だが手を伸ばしても届かない位置にある上に、相手はまだエメラルドスピアを手にしたままだ。今のサンには拾いに行けるほど余裕はない。

 だがどういうわけか、ロストは背後を振り返ってアヴェンジャーを見つめていた。その表情はどこか心配そうな色合いがある。それは彼女が本当にアヴェンジャーのことを気遣っている雰囲気を思わせた。

 それが隙となり、サンはエメラルドスピアへと手を伸ばし、それを回収した。

 

「……あっ」

 

 それに気づいたロストだったがもう遅い。再びエメラルドスピアを構えたサンがじっとロストを見据える。

 

「……あなた」

「?」

「本当に彼のことを慕っているのですね」

「……うん、そうだよ。だって、お兄ちゃんは私を助けてくれたから」

 

 あの記憶こそないが、スカーレットの家から彼が救い出してくれたことは覚えている。それによってロストは使用人という名の奴隷の毎日から解放されたのだ。

 あの日から、ロストはアヴェンジャーを兄と慕った。だから彼のために行動する。

 それがロストの存在意義だった。彼が望むならば、この身を捧げ、命を懸ける覚悟さえある。『この身を捧げる』といっても、そちらの行為に関してはまったく知識がないのだが。

 

「だからお兄ちゃんのために私は戦うよ」

「…………」

「いやいや、いい尽くしっぷりの嬢ちゃんじゃねえの」

「「っ!?」」

 

 そこに第三者の声が入り、サンとロストの間に金色の影が入り込んだ。

 

 

 ○

 

 

 怒号の気迫から解放されたレインは、ぐっと歯噛みしてアヴェンジャーを睨みつける。

 出来るわけがない?

 そんな風に決め付けては何も変わらない。

 歴史の中には不可能といわれたことを可能にしたことはいくらでもあるのだ。アヴェンジャーは「出来ない」と諦め、「復讐」によって己の気持ちを満足させただけにすぎないのだ。

 

「それでも……、ただ殺しを行っていいという理由にはならない……! わたしはそれでも戦い続ける!」

「ハッ、言うじゃねえの。何でもかんでも話し合いで解決なんざ出来ねえんだよ。何かを変えようと思ったらよぉ、時には力も必要さ。まぁ? 俺様はそんなんじゃなくて、ギルドナイトそのものを殺すんだがなぁ……!」

「……なんだと?」

 

 露になっている口元が大きく歪められる。それは怒りではなく笑みだった。そしてギルドナイトセイバーを構え、右手の切っ先をレインに向ける。

 

「テメェらの派閥は、まあ見逃してやる。俺様が殺すのは、俺様たちを敵視した者全てだ……! つまり、古い考えを持つ現状維持の奴らの皆殺しよぉ……! ……ああ、スカーレットの一部の奴らも対象内だ。特にロストをいいようにこき使い、犯そうとした奴らはもちろん皆殺しさぁぁ……! クッヒヒヒヒ!」

「そんなことをして何になる? 殺して殺して、その先に何がある!?」

「ハッ、しらねぇよぉ! 俺様はただこの溜め込んできたものをぶちまけてぇだけなんだよぉ! これだけの闇、ちょっとやそっとじゃあ消えやしねぇ! ならば、これを消化するために俺様は奴らに復讐する……!」

 

 言い換えればそれだけの闇を彼は抱えていることになる。数年間も溜め込まれたものは、ストレスと同じように発散させることなど出来はしない。ぶつける相手は自分をここまでの闇を与えた相手。

 だから彼は「殺害」「復讐」という形でこの闇を発散させる。その始まりが昨日の惨殺だったのだ。

 

「てめぇにわかるかぁ? 毎日毎日自分の中の闇と向き合ってきた俺様の気持ちがよぉ……。『殺せ』、『復讐しろ』と頭の中に響き渡り、そして夢という形で今日一日の苦痛を味わい続ける……。んなことが数日、数週間、数ヶ月と続いてみやがれ……! 狂わねぇほうがおかしいよなぁ……? クッハハハハハ!!」

「……アヴェンジャー」

 

 ここで初めてレインはこのアヴェンジャーという人を見たような気がした。

 彼は確かに狂人であり、昨日の惨殺事件の犯人だ。

 

 だが彼をここまで追い詰めたのはその被害者たち。

 彼もまた、被害者なのだ。

 

 レインはアヴェンジャーが仮面の奥で涙を流しているような感覚に包まれた。

 何故かはわからない。

 でも、彼にも同情すべき部分がある気がしてきたのだ。

 彼もまた自分と同じく、ギルドナイトの者たちに苛め抜かれた人物なのだから。

 

 だから、彼の素顔が知りたいと思った。

 

 その仮面の奥の素顔。

 これほどの闇を抱えてしまったギルドナイトは誰なのか。

 

「……アヴェンジャー」

「あん?」

「その仮面を取ってくれないか?」

「…………」

 

 落ち着いた声だった。

 あれだけ激昂していたのに、いつもの冷静な自分が帰ってきた。

 甘いというのはわかっている。

 だがそれでもアヴェンジャーという人物が知りたかった。

 もし自分もまたあの憎しみに完全に囚われてしまったらどうなっていたか、ということを考えてしまった。

 自分が自分でなくなってしまうような感覚。嫌悪していた感情だっただけに、その力は凄まじいものだった。もしかすると、自分もまたこのアヴェンジャーのように闇に堕ち、同じようなことをしてしまった可能性があるのだ。

 だからアヴェンジャーという人が知りたい。

 闇に堕ちたギルドナイトはいったい誰なのかが知りたかった。

 

「……ことわ――」

「――お兄ちゃんっ!」

 

 そこでアヴェンジャーの背後からロストの叫びが聞こえてきた。何事かと振り返ると同時に、強い気配が迫ってくるのを感じた。

 

「――っ、ちぃ……!」

「おぉ? よくかわしたな」

 

 身を引いたところを手が通り過ぎた。そこから距離を取り、その人物と相対する。

 

「……テメェか」

「よう、アヴェンジャー。久々、と言った方がいいか? んん?」

 

 ニヤリと笑って雷河が手を鳴らす。背後ではサンがレインへと駆け寄っていた。そしてロストはアヴェンジャーの元へと向かっている。

 雷河の顔を見て、レインが意外そうな顔をした。

 

「あなたは……」

「まったくよぉ、ちょっと散歩に出かけたらなんだ、この修羅場はよぉ。しかもおもしれぇ話が聞きまくりじゃねえの。俺、ちょっと胸が熱くなっちまったじゃないの。なあ、アヴェンジャー?」

「……ハッ、同情か?」

 

 舌打ちしながら苛立ちを含んだ声色で言うが、雷河は軽く笑って首を振った。

 

「いんやぁ、別に。人間色々あるもんだ。お前さんの気持ちもわからんでもないから、否定なんざしねえよ」

「あん? どういうこった?」

「だが俺から言わせて貰えば、てめぇは殺人鬼じゃねえ。ましてや復讐者って柄でもねえ。俺はな、お前はその域へと到達することが出来ねえ、とふんでいる」

 

 つんつん、とアヴェンジャーをつつくようにそう言い放つ。

 その言葉によってアヴェンジャーから静かに気が高まっていくのを感じた。だが雷河はそれを知っていながら笑みを深くしていく。

 

「てめぇの闇は確かになかなかのもんだ。それは認める。でもなぁ、てめぇはただの戦闘狂で終わる。というか、お前はそこで終わっとけ」

「……っ」

 

 その言葉にスノーから言われたことを思い出した。

 

『戦いを楽しむのと殺しを楽しんで行うのは別だから』

 

 戦いを純粋に楽しむのは「戦闘狂」。

 殺しこそが生きがいとするのが「殺人鬼」。

 似たようなものだが、全然違う。それぞれ抱えている闇のベクトルや質が違っている。

 雷河は戦いを楽しむ「戦闘狂」。そして雷河はアヴェンジャーの闇は「戦闘狂」止まりだと見抜いている。

 

「えーっと、あの白い嬢ちゃん。あいつは殺人鬼だな。なんていうか、あの嬢ちゃんはどこか歪んでいるっていうか、人を斬ることで生の実感を得ているっての? そんな感じがしたんだが、どうだ?」

「…………チッ」

「ああ、当たってんのか。ありがとよ」

 

 よく「斬る」と口にしている彼女だが、それは彼女の闇がその方向に向いているから、といってもいい。また別の要因も含まれているのだが……それは雷河にはわかっていない。そしてアヴェンジャーも肯定こそしたが口にする気はない。

 

「だからよ、坊主。てめぇは戦闘狂で終わらせとけ。てめぇは殺人鬼も復讐者も似合わねえんだよ。これ以上無駄にその手を血に染めんな」

「黙れよ……」

「その闇は、死闘で発散しとけ。戦闘狂らしく、な」

「黙れってんだよぉぉ!!」

 

 ローブから投げナイフを取り出し、それを雷河へと投擲するが、全てキャッチされる。そのまま一本のナイフが素早くアヴェンジャーへと投擲され、その仮面へと突き刺さった。

 

「っ!?」

「……さて、俺の予想が当たってるかな?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべつつ、ヒビが入っていく仮面を見守る。

 少しずつヒビが入っていくのを感じ、アヴェンジャーが逃亡を図ろうとした。しかし雷河の足元から伸びた電気がいつの間にかアヴェンジャーの足元を渦巻いており、彼を逃さないように道に縛り付けていた。

 レインとサンが見守る中、どんどんヒビは入っていき、ついに仮面を両断するように亀裂を生み出した。

 

「っ!」

「おっとぉ」

 

 ロストがアヴェンジャーの顔を隠そうとしたが、雷河が左手を前に出し、その手を電気で拘束する。

 それと同時に、パリン、と音を立てて仮面が二つに割れてしまい、音を立てて地面に落ちてしまう。

 

「……な、んだと」

「え……」

「ヒュー、やっぱお前か」

 

 そこにあった顔は誰もが知る人物だった。隣にいるロストは少し悲しそうな顔でうつむいてしまっている。

 アヴェンジャー本人もぐっと歯噛みして体を震わせていた。彼としても、ここで正体を知られるわけにはいかなかったのだろう。

 少しだけ目を隠すような茶色の前髪は顔の横へと流されているらしく、フードの下から微かに見えている。

 その碧眼が悔しさ、怒り、そして強い意志を感じさせるように揺らめいていた。だがその奥でレインが感じたように悲しさも感じさせるような気がした。そこにはいつも見られた気弱な雰囲気はまったく感じさせない。

 やはり、あれは演技だったのだろう。あるいはあれも全てロストだったのかもしれない。

 いったいいつから入れ替わっていたのだろうか。それほどまでにロストが彼に成り代わっていた頃の演技が絶妙だったのだろう。

 

「……君、が……アヴェンジャーだったのか?」

 

 震える声でレインが問いかける。

 彼は一度目を閉じ、そして顔を上げてフードを取り払った。もはや隠しておく必要はなくなったのだから、いつまでもこれを被っている意味はない。

 取り払われたフードからはねている茶髪が現れる。やはりそこにある姿は、顔は紛れもない彼だった。

 

「そうさ。俺様がアヴェンジャー。『復讐(アヴェンジャー)()死神(ジョーカー)』さ。……クヒヒ」

 

 いつもよりもどこか弱い笑みだった。

 それほどまでに知られたくはなかったのか、はたまたここで知られる予定ではなかったのか。

 

 

 『復讐者(アヴェンジャー)』――ゲイル・カーマインはその素顔を露にした。

 

 

「……まったくよぉ、ここまで俺様の予定を狂わせるたぁやってくれるなぁ、おい?」

「ふむ? 素顔を晒すのはまだ先だったと? それは残念だったな」

「チッ、クソッタレが。……ふんっ!」

 

 ぐっと力を込めると、足元の石畳が舞い上がり、足を縛っていた電気から解放される。そしてロストを一瞬横目で見ると、雷河とレインに視線を戻して微かに笑みを浮かべた。

 

「まぁ、今日のところはここで退いてやるよぉ。本当なら過去との決別、って意味で殺したかったが、やめだ。どうせ明日になれば大抵の奴らが死ぬんだからよぉ。その最中で殺してやる。クヒヒ」

「明日……やはり老山龍はお前らか」

「まあなぁ。このドンドルマは終わるぜぇ……クッヒヒヒヒ!」

 

 本来の調子を取り戻したかのような笑みを浮かべながら、ローブの中から一枚の札を取り出した。それを握り締めるとゲイルとロストを包み込むように風が渦巻き始める。

 

「せいぜい明日は頑張って生き延びろや! レイン・スカーレット、そして金髪の魔族! どっちか明日も喧嘩売りに行ってやるよぉ……! 今度は殺す……! 絶対になぁ! ハハハハハハ!!」

「さようなら、サン・スカーレットさん。また明日ね」

 

 高笑いをするゲイルと、サンへと手を振るロストはそのまま風に包まれて姿を消した。

 残されたレインとサンは苦い顔をしたままゲイルがいた場所を見つめている。二人としては信じたくない現実なのだろう。

 ずっと共に過ごしていたゲイルが、まさかあそこまで変貌していたとは。そして彼が抱えている闇に気づかなかった。それが二人の表情を暗くさせている。

 そんな二人に、雷河は息をついて頭をかく。

 

「おい、雨の兄ちゃん」

「…………は? わたしのことかね?」

「おう。レインって雨のことだろう? だから雨の兄ちゃんだ」

「…………」

 

 もう少しまともな呼び方というものがあるんじゃないか、と思ったが雷河の様子を見ているともう決定されているようだった。ちなみにサンは「日の嬢ちゃん」だった。理由はやはり、サンが太陽を意味しているかららしい。

 

「お前さん、アヴェンジャーがあの風の坊主と知ったわけだが、どうするつもりだ?」

 

 風の坊主とはゲイルのことだろう。

 アヴェンジャーの正体はゲイル・カーマイン。レイン、サンの幼馴染であり、共に育ち、共にギルドナイトとして行動してきた仲間だ。そんな少年が、これから起ころうとしている戦いを扇動した敵の一人。そして昨日の惨殺事件の犯人。

 それを知ってどうするのか。

 雷河はじっとレインの顔を見つめている。

 そしてレインはうつむいたままぐっと歯噛みをしている。だがそれも少しの間。拳を握り締めて顔を上げ、雷河を見据えて彼は口にした。

 

「ゲイルを救う。彼の闇を何とかして晴らしたい。もちろん、その後は罪を償わせる。犯した罪は償うべきだ。……だがそれをする前に、堕ちてしまったゲイルを引き上げなくてはなるまい」

「……そうですね、私も同感です。ずっと一緒にいたのに、ゲイルさんの闇に気づけませんでした。これは私たちの罪でもあります。だから、私たちが救わなくちゃいけないと思います」

 

 レインだけでなくサンも決意を固めた。

 ゲイルを闇から救い出す。

 幼馴染として、仲間として自分たちがやらなければならないこと。

 その関係性は、雷河の頭の中で月と獅鬼のことを思い出させた。彼らもまたアサヒに対して思うところがある。何があったのかは詳しくは知らないが、彼らもまた色々あったようだ。

 そしてここにもまた、敵のメンバーと関係性がある人物が存在する。これもまた何かの縁なのだろう。雷河は頭を一掻きしてうなずいた。

 

「……ああ、いいんじゃねえの? 救えるなら救った方がいいよな。いいことだ、うん」

 

 そして笑みを浮かべてレインの肩を叩く。

 

「がんばんな、雨の兄ちゃん。そして日の嬢ちゃん。風の坊主の未来は恐らくお前さんらにかかってるだろうさ」

「……ああ、もちろんだ」

「ま、その際はあのちっこい娘さんも何とかしてやれ」

「む?」

 

 ちっこい娘さんとは誰のことだ、と考えたが、少ししてロストのことだと思い至った。彼女についてはゲイルも口にしていた。

 スカーレットの家に買われた孤児の少女。使用人という名の奴隷として扱われた少女。

 ゲイルに救われ、彼を兄として慕っている少女もまた新たな救いが与えられるべきだろう。

 

「あの娘さんはゲイルから離れないだろうな。だからゲイルを救うんだったら、一緒に娘さんも救ってやれ。……ま、俺としてもあの娘さんは何とかしてやりたいと思ってるしな」

「……そうだな。あの少女は我々スカーレットによってああなってしまったのだろう。ならばスカーレットの者としてわたしたちが何とかするべきだ」

「……はい」

 

 二人がうなずくと、雷河は笑みを浮かべて拳を打ち合わせる。

 

「じゃ、そろそろ行くか。お前さんらもちゃんと怪我の手当てをしねえとな。ここ、やられてんだろ?」

 

 雷河が自分の腹の部分を叩くと、レインは体に視線を落とす。今こそ自己治癒によって傷口が塞がっているものの、まだ鈍い痛みが残っている。精神的なショックが多かったので、今まで忘れていたようだ。

 

「ギルドに戻ってきちんと手当てしておけよ。明日は完璧にここは戦場になるんだからな」

「……わかっているとも」

「ああ、あと風の坊主のことは報告するのはやめておけ。今報告しても余計な混乱を生むだけだからな」

 

 確かにそれはあるだろう。老山龍に加えてゲイルが裏切り者だと報告すれば、どれだけの混乱が広がるのか。いや、もしかしたらここぞとばかりに、一気にレインたちがギルドナイトから追放される可能性もある。

 そうなってしまえばギルドナイトは完全に上層部の思い通りのままだ。新しい風は吹かず、血統や家柄に囚われたシステムで運営されていくことだろう。

 

「今は置いておけ。明日を乗り切り、風の坊主を救った後に考えるんだ。なに、こっちには神倉さんとかがいるんだ。悪いようにはしねえよ」

「……そうか。君たちのところには神倉さんがいたな」

 

 神倉月の影響力は高い。神倉という名前だけでなく、彼女の人柄などによって様々な場所で影響を与えている。ギルドナイトの上層部の一部は彼女に頭が上がらない人もいる。

 今回はもしかするとその影響力を信じてもいいかもしれない。他の誰かは信じられなくても、月は信じられる。彼女ならばゲイルとロストを悪いようにはしないだろう。

 彼女は噂話、人柄、血統、外見で人を判断しない。その人の中身を見て判断する人だ。

 

「わかった。神倉さんを信じて報告はしないでおこう」

「ああ」

「……獅子童雷河、といったか?」

「ん、そうだが」

 

 緋色の目を細めてレインが微かに首をかしげる。

 

「君は以前ギルドナイトは嫌いだと言っていなかったかね?」

「……ああ、言ったな」

「……なぜ私たちを助けた?」

「あん? ……んなの決まってんだろうが」

 

 そこであっけからんと、彼は普通にこう答えた。

 

「アヴェンジャーとロストがそこにいて、加えて顔見知りだったお前らがやられそうになってんだ。首を突っ込まない方がどうかしてんだろう?」

「…………それだけかね?」

「ああ、それだけだな。見捨てんのも後味わりぃだろ? それに、ま、お前らはギルドナイトだが、その人となりはそんなに嫌いな部類じゃねえしな」

「……そうか」

 

 ふう、と息をつくと姿勢を正してレインは頭を下げた。それに続いてサンも頭を下げる。

 

「助けていただき、感謝する」

「ありがとうございました」

「……そんなに堅苦しい礼なんざいらねえよ。普通にやれ、普通によ。俺はそんな堅苦しいのは嫌いなんだよ」

 

 気さくな笑みを浮かべてそんなことを言うと、レインは苦笑してそっと手を差し出した。

 

「では、ありがとう、と」

「おう、それでいい」

 

 その手を取って笑みを深くし、二人は固い握手を交わす。

 その後二人を本部まで送り、雷河は今回の出来事を宿に戻って報告することとなる。

 

 アヴェンジャーの正体と、ロストの能力。

 これらが紅葉たちに伝わり、明日の対策が講じられることとなった。

 

 

 

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