呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

47 / 149
ラオ戦ではにじファン時代に繋がりがあった作者からのゲスト出演があります。
ポケット村のハンターは名無し先生、それ以外の名前付きハンターはCENTER先生からの参戦です。


46話

 

 

 ラオシャンロンに接近していく総勢百以上のハンターたち。あちこちから叫び声が響き渡り、大地を砂煙で覆っていく。先行するのはアプトルに騎乗しているガンナーたち。最初こそ戦士タイプのハンターが先を走っていたが、アプトルの方が速いので追い越していっていた。

 手綱を握っていた手をローブに入れて自分の武器であるボウガンや弓を取り出す。そのまま照準をラオシャンロンへと向け、ぐっと狙いを定めていく。

 揺れるアプトルを足と腰でバランスを取り、射程内に入ったところで弾と矢が一斉に放たれた。空には数十の矢が舞い上がり、空を切るような音を立てて弾が飛来する。だがそんな小さなものではラオシャンロンは悲鳴を上げることはない。

 奴にとってそれは蚊に刺されたようなものだった。長い年月で強固なものとなった甲殻はそれらを容易に弾き返してしまう。

 接近し終えると手綱を引いてアプトルを停止させ、飛び降りて各々位置を取っていく。その背後からは荷車を引いてきたアプトルたちが次々と到着し、荷車に乗ったランスなどの重装備ハンターが大地に足を乗せていく。

 

「うおおおぉぉぉ!!」

「おりゃああぁぁ!!」

 

 鼓舞するように叫び声を上げ、彼らが一斉に疾走を開始した。狙うのはラオシャンロンの足、または腹の下に潜り込んで柔らかい部分を攻撃していく。

 しかしラオシャンロンに近づくということは、奴が移動の際に発生する振動を直に受けることだ。だが重装備のハンターの数人は振動を無視するスキルを発動させている者が存在した。さらに振動に慣れているハンターもおり、彼らにとってそれは苦にはなっていないようである。

 そしてようやく大剣や太刀などを手にした戦士たちが到着する。彼らは頭、首を中心として攻撃を開始した。しかしラオシャンロンも、顔の周りに纏わりついてきたハンターたちに少しだけ苛立っているようである。軽く首を振って彼らを振り払っていくが、そんなことではハンターは止まることはない。

 

「魔法使いは到着したか!? ラオシャンロンの足を止めろ! ドンドルマにこれ以上近づけさせるな!」

 

 ギルドナイトの一人がその言葉を叫ぶ。それに応え、数人の魔族がラオシャンロンへと両手を向ける。彼らの周りにはサポートするかのようにハンターが数人並んでいる。彼らは水や氷属性を内包した武器を手にしていた。

 その武器を振り回すと、属性効果持った空気が彼らの周りに漂い始めた。それらを利用し、魔法使いの魔族たちは魔法を行使する。

 それによってラオシャンロンの両足が氷によって動きを封じられた。地面に縫い付けられたように凝固しており、ラオシャンロンが唸り声を漏らした。

 

「よし! 爆弾を用意しろ!」

 

 補給隊が大タル爆弾や大タル爆弾Gを用意していく。対面でも同じように爆弾が用意され、近くに魔族が待機していた。

 

「足元にいる奴らに注意を呼びかけろ! あの周りは騒音に包まれるぞ!」

 

 ギルドアイルーがハンターたちに近づいていき、ギルドナイトの言葉を伝えていく。それを受けてハンターたちがラオシャンロンの足元から離れていくのを確認し、魔族たちが一斉に魔法を行使した。爆弾が一斉に浮き上がり、ラオシャンロンの背中や体へと向かっていく。

 肉薄すると同時に爆弾が着火され、再びラオシャンロンは爆風に包まれた。

 

「グオオオオォォォォ!?」

「うおっ……!?」

 

 体が爆風に包まれたことでラオシャンロンが悲鳴をあげる。顔付近に位置取っていたハンターたちがその悲鳴に耳を塞ぐ。普通の飛竜の咆哮に匹敵するほどの悲鳴であり、それは容易に人族の耳を侵していく。

 だが言い換えればこのダメージは通用しているということになる。ギルドナイトは補給隊に振り返り、次の爆弾調合を命じる。

 その間魔法使いは休憩に入り、ハンターたちが攻撃を仕掛けていくことになる。その中には珍しいハンターも存在した。

 それは有翼種と呼ばれる魔族。

 彼らはモンスターの因子によって背に翼を生やした魔族である。当然ながらその翼で飛行することが可能であり、地空を駆けて狩猟を行うハンターも存在する。

 今回のドンドルマ防衛線において有翼種の魔族は五人前後集まっている。彼らはガンナーの攻撃を邪魔しないように飛行し、空からラオシャンロンの背中などを攻撃していた。

 その中で特に目立っていたのはある双子のハンターだった。

 

「行くわよ、セレスタ!」

「うん、姉さん!」

 

 桜色の髪をした少女が声をかけると、蒼い髪をした少年が頷く。二人は並行するように飛行して一気にラオシャンロンの背中に手にした剣で傷を負わせていく。

 少女が装備しているのはエンプレスXシリーズ、少年が装備しているのはカイザーXシリーズであり、どちらもG級と呼ばれる装備である。加えてどちらも古龍の素材を使用していた。

 その飛行方法や太刀筋からもこの姉弟の実力が窺える。彼らは飛来してくる弓や弾を避けつつもラオシャンロンへと確実に己の武器で斬りつけていた。

 また彼らの武器は少し変わった形をしている。

 少しだけ反り返った刃が中心にある柄の両端についている。柄を握り締めて回転させれば、両端についている刃で敵を切り裂く、という使い方をする武器だった。

 姉は刃が金色の鱗で覆われたそれを右手に、弟は銀色の鱗で覆われたそれを左手に握り締めて攻撃している。

 腰元まで飛行すると反転するように旋回し、そのまま腰から首までその武器を回転させながら再び斬りつけていく。先ほどの爆弾によって所々甲殻がはがれ落ちており、姉弟の攻撃で更に肉が露出していく。再び戻ってくる時はその肉を狙って斬りつけていた。

 見たこともないような武器を手にし、そして怒涛の攻撃を見たハンターたちは息をのむ。

 だが立ち止まっている暇はない。ハンターたちは入れ替わりながら着実にダメージを稼いでいった。

 

 

 だが、今回はそんな風にラオシャンロンの撃退が上手くいくことはない。

 

 

 東の空に見慣れない影が飛行しているのを、数人のハンターが気づいた。ギルドナイトもそれに気づき、目を細めてその影をよく見てみる。

 それはリオレウスやリオレイアのような姿をしていた。だがそれにしては黒く染まっていないか?

 加えてその影は八頭。それがこちらへとどんどん近づいてくるではないか。

 

「グワアアアァァァ!!」

 

 狂リオレウスの一頭が咆哮をあげると、呼応するように他のものたちも咆哮をあげ、空から地上へと響き渡る。そのままぐんぐんと加速をつけ、狂リオレイアたちが地上にいるハンターたちへと急襲を仕掛ける。

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

 

 その攻撃に巻き込まれたハンター数人がその爪に捕まり、重量を利用して地面に押し付けられた。また滑空に巻き込まれた者たちは跳ね飛ばされ、地面を転がっていく。

 

「な、なんだ、こいつらは……!?」

 

 突然の事態にギルドナイトたちが困惑する。だがここで冷静さを失っては自分たちは全滅してしまう。すぐに辺りを見回してハンターたちに指示を出す。

 

「落ち着け! 見た目は違うが、こいつらはリオ系統だ! 手の空いているものはすぐに対処していくんだ!」

 

 自分の武器を抜いてそのギルドナイトも近くの狂リオレイアへと接近していく。補給部隊は術者によって結界を構築され、更に護衛として数人のギルドナイトがつくことになった。

 

「ぎょるぁぁああ!」

「ぎゃる、ぎゃる!」

 

 荷車に繋がっているアプトルたちが騒ぎ出し、ロープを切ってドンドルマへと帰っていく。彼らは元より飛竜を前にすれば逃げ出す性格をしている。

 ドンドルマにいるものたちは訓練によってある程度飛竜に対しては耐性があるが、狂化竜を前にすれば本能から来る恐怖には抗えなかった。それほどまでに狂化竜は闇に影響されているのだ。

 

「ふ、よもやここで新たなる敵と巡り会おうとは。これもまた何かの縁。某も向かうとしよう!」

 

 待機していた一人のハンターが口の端を緩ませて背中に挿している太刀を抜く。それを構えながら気を高めていき、地を蹴って狂リオレイアへと近づいていった。

 加速をつけて振り上げられた太刀は翼膜を切り裂き、そこから赤い血が噴き出された。

 

「グアアアァァァ!?」

「はああぁぁ!」

 

 怯んだ狂リオレイアへと刃を返して胸を切り裂き、更に薙ぎ払うように切り払いつつ一歩下がる。体勢を立て直した狂リオレイアがそのハンターへと牙を向けるが、彼は前へと踏み出しながらその牙から逃れて一撃を加える。

 しかし体を捻った狂リオレイアが尻尾をそのハンターへと打ちつけたことで、そのハンターは大きく後ろへと吹き飛ばされた。

 

「くっ、抜かったか」

「ベガードさん! 大丈夫ですか!?」

「おお、セレスタイト殿。某は問題ない。しかしこのリオレイア、なかなか強固な体をしておるな。某の剣が少ししか通っておらぬ」

 

 苦笑しながら太刀を構え、再び狂リオレイアを見つめる。ベガードと呼ばれた侍のような格好をしたハンターが斬りつけた場所は、確かに傷こそはついているが肉へと到達していなかった。

 彼が手にしている太刀は龍刀【朧火】と呼ばれるものであり、龍属性を帯びた龍殺しの武器の一種で。今回はラオシャンロンが相手ということだけあり、彼はこの武器を持ち出したが、リオ系統にも一応通用する武器でもある。

 しかし上位の龍殺しの剣だというのに、彼の攻撃はその甲殻をあまり傷つけていなかった。普通ならば肉まで到達し、その体に血を流している。しかしこの狂リオレイアは上位の武器を耐えるG級の存在ではない。

 奴は上位リオレイアであり、そのリオレイアを狂化させた存在。それによってG級に近しい強固な体を手にしているのだ。

 

「だがそれに臆するわけにもいくまい。どちらにせよ、このものたちをここで討たねばドンドルマへと向かうであろう。某たちでこのリオレイアを討つとしようぞ」

「そうね、私たちもサポートするわ」

 

 そこに姉である少女も空からやってきた。姉の言葉に、弟もうなずく。この三人はチームだ。だからチームで戦う。

 

「では行くとしようか。セレスティア殿、セレスタイト殿」

「ええ」

「はい」

 

 三人は一斉に飛び出して狂リオレイアへと向かっていく。

 そして他の待機しているハンターたちも狂化竜へと立ち向かっていく。彼らもまたこの狂化竜たちを放置しておくことは危険であるとわかっていた。

 しかしほとんどのハンターは突如現れた狂化竜を前にして逃げ出していく。

 彼らからすればこれは予想外のことであり、契約外のことなのだ。だから相手をするほど命は安くない。自分の命を守るためにここから撤退し始めた。

 またこの場に下りてきた狂リオレイアは二頭。更に旋回しながら火球を放っている狂リオレウスもまた二頭。

 残りの四頭は上空で滞空していた。その中の狂リオレウスに跨っている男が一人。

 『世界(ワールド)()観測者(オブサーバー)』、アキラ・ジン・ウェスタンだ。

 眼下に広がる戦場を前に彼はうっすらと笑みを浮かべる。

 

「愚かな……。逃げても無駄だというのに、逃げようというのか。これだから人は愚かしい。どいつもこいつも自分の命が大事、か。ふっ、ふはははは……」

 

 その紅い目が細められ、周りを飛ぶ狂リオレウスと狂リオレイアに手を挙げる。それを受け、三頭がドンドルマ方面へと飛行し始めた。

 その際逃げていくハンターたちへと火球を落としていき、数人がそれに飲み込まれて命を落とした。

 

「逃げても無駄ということよ。さぁ、人はどこまで抗えるのか、見せてもらうとしよう」

 

 愉快そうに口元を歪ませて再び戦場を見下ろす。

 彼は観測者であり、観察者。事の流れを見守り、見届けるのが役目だ。

 彼を乗せている狂リオレウスの色合いは黒さの中に蒼が混ざっている。つまりシエルB。

 シエルBはボウガンの弾も弓の矢も届かないほどの高度を旋回している。だから完全に高みの見物が望めるのだった。

 

 そしてドンドルマへと向かっていく三頭の狂化竜。彼らは逃げるハンターたちを焼きながら加速をつけて街へと接近していく。

 当然ながら外壁を警備しているギルドナイトの目にもそれが映っている。

 

「なんだ、あれは……!?」

「黒いリオレウスにリオレイア……!? た、隊長!」

「くっ、何が起こっているのか知らんが、これ以上こっちに来させるな! バリスタと大砲の弾を準備をしろ!」

 

 隊長の指示を受けてギルドナイトたちが準備を進めていく。飛来してくる三頭へと照準を合わせ、弾を込める。

 

「撃てぇぇぇええ!!」

 

 指示に合わせて弾が一斉に放たれた。

 それを見て狂リオレウスたちが火球を放って飛来してくる弾を打ち落としていく。しかしいくつかはその体に命中した。一瞬だけ体勢を崩したものの、すぐに立て直してその目に怒りの炎を宿す。

 翼を傷つけられなかったため飛行する分には問題ない。だが硬質化した体とはいえ、バリスタのダメージは大きい。この弾はラオシャンロンだろうが、シェンガオレンだろうが甲殻を貫くほどの威力を持っている。

 人間が作り出した対竜の武器の中でもトップクラスの威力を持つ武器だ。それは狂化竜だろうが通用してしまう。

 命中した箇所からは血が流れており、効いているのは間違いない。

 すぐに新しい弾が込められ、再び狂リオレウスたちへと放たれた。それを受けながらも狂リオレウスたちは向かっていくのをやめない。

 ふと、彼らが大きく息を吸い始めた。口元には火花が散って赤く染められており、今までよりも大きな火球を作り出そうとしているのがわかる。

 

「やらせるな! ガンナー隊! 撃てぇぇぇえええ!!」

 

 外壁についているのはバリスタ隊と大砲隊だけではない。ギルドナイトのガンナーもまた待機している。しかし射程は前者よりも短いので、最初は構えることはない。

 だがもう射程内まで入ってきたので隊長の指示に従って弾を射出していく。

 それを受けても狂リオレウスたちは止まらない。

 やがて力が溜まり、その口から一つの攻撃が放たれた。

 

「――え?」

 

 隊長が信じられない声を漏らした。

 予想では大きな火球を放つだろうと思っていた。こちらには魔法使いもいる。火の攻撃に対する守りの魔法を指示しようと思っていたのに。

 

 なぜ、熱い、と感じているのだろうか。

 

 一瞬のことで自分が死んだ、と気づくことはなく、数人のギルドナイトたちが灰燼と化す。

 辺りは騒然となり、外壁が炎に包まれる。攻撃を受けた場所は炭化し、一直線に焼け跡と崩れた場所が作られている。

 その上空を奴らは飛び、ドンドルマの東部へと侵入した。

 

 

 ○

 

 

 到着した時はすでに戦場は混戦状態だった。

 遠くにラオシャンロンが見えるが、同時に黒い影が四つ見える。狂リオレウスと狂リオレイアだった。地上にいる二頭が狂リオレイアだろう。奴らに立ち向かっているハンターもいるが、それでも奴らの能力の高さによって仕留めるには至っていない。

 

「こいつはすげぇことになってんなぁ、おい」

「おい、オッサン! 呑気な事言ってる場合かってんだ! 翡翠さん、どうするんですか?」

「まあ、それぞれ四人ずつで分かれて事に当たろうぜ。ひとまずは……、お、丁度いいところに」

 

 戦場に入っていくと、一匹のアイルーが見つかった。着ている服にギルドの紋章が付いていることから、ギルドで働いているアイルーだとわかる。

 翡翠はそのアイルーに近づき、声をかけた。

 

「おい、そこのアイルー」

「にゃ? にゃんだ?」

「ギルドに飛び入り参加を知らせてくれ。チーム『雪花』とチーム『隻腕』! このクエストに参加だ!」

「にゃ、了解したにゃ!」

 

 翡翠に敬礼すると地面を掘って潜っていく。そのままドンドルマへと向かっていき、登録してくれることだろう。

 次はそれぞれ向かう標的を決める。

 見ると一頭の狂リオレイアと戦っている三人がいる。侍のような竜人族と有翼種のハンターであり、その装備と立ち回りから凄まじい実力者であることはわかる。

 となると、別の狂化竜を相手にしたほうがいいだろう。

 もう一頭の狂リオレイアに視線を移すと、翡翠の隣を平行していた桔梗がローブの中に手を入れる。取り出したのは白い槍、ヴァイスウイングだった。

 

「ふふ、ふふふふふ……!」

「や、やばっ!?」

「あははははは!! 久しぶりですねぇ……! 黒いレイアぁぁぁああ!!」

 

 右手にヴァイスウイングを構え、左手で手綱を引いてアプトルを走らせって単独で疾走を開始する。

 その表情はどこか狂ったような笑みだった。朱色の目には喜色と怒り、そして狂気が宿っていたように思える。

 

「ちぃ……待て、桔梗! すまん、空夜、藍、ついてきてくれ!」

「わ、わかった」

「…………」

 

 慌てて翡翠が手綱を引いて桔梗の後を追い、昴と優羅がそれに続く。

 突然の桔梗の変貌に少し戸惑ったが、翡翠の様子からこれはただ事ではないのだろう。その言葉に従っておいたほうがいい。

 そして残されたガッツが慌てて翡翠に向かって叫ぶ。

 

「おい、翡翠! 俺たちは!?」

「お前たちはラオか、あるいはレウスを頼む! この状況が続けばやべえのは間違いねえからな!」

 

 実際既に死者は出ているし、重傷者も次々と増えている。ぱっと見渡す限りでもその状況がわかる。ラオシャンロンはまだ大勢のハンターが付いているから、狂リオレウスへと当たった方がいいだろう。

 

「じゃあレウスに行くぞ!」

「了解!」

「わかったわ!」

「おっけ~♪」

 

 ガッツの言葉にケビンたちが応える。

 チーム『雪花』とチーム『隻腕』、ここに参戦。

 

 

 一人でアプトルを走らせて疾走する桔梗。変わらず狂ったような笑顔を見せ、ぐんぐんと狂リオレイアへと向かっていく。

 その数メートル後ろでは翡翠を初めとし、昴と優羅が付いている。

 突如変貌した桔梗に戸惑い、昴は翡翠と平行して走らせつつ問いかけてみる。

 

「おい、翡翠。桔梗はいったいどうしたんだ?」

「……ああ、あれな。桔梗の村が黒いレイアに滅ぼされたってのは話したよな?」

「ああ……」

「その時にな、あいつは少し壊れちまったんだよ」

 

 ポッケ村に着いた後、桔梗は乾いた笑いを漏らし続けた。心にヒビが入り、感情が壊れそうになっていたという。

 また彼女は父親にべったりだったらしく、彼から辛い時も笑っていろ。そうすればいつかいいことがあるはずだ、という風に言われていたらしい。

 数日後それに従い、彼女は笑顔の仮面をつけ始めた。それは同時に、彼女の心が少しだけ壊れてしまったことを証明したことにもなる。

 人は感情がある。喜怒哀楽、これらが揃っていてこそ感情というものが現れるのだ。

 嬉しい時に笑い、悲しい時に泣き、怒るときは怒る。

 だが桔梗は喜だけを残し、他は全て消え去った。怒る時も笑い、辛い時も笑い、そして当然ながら楽しい時も笑う。

 笑顔、苦笑、影のある笑い、冷笑……。これらで感情を表現してきたのだ。

 人の中には確かにそういう人はいる。いつも笑ってばかりで心の中が読めず、何を考えているのかわからない人がいる。しかし本当に辛い時はその笑顔が消えたりしており、感情が確かにあるのだ。

 だが桔梗は喜しか存在しないので、笑顔しか表現しない。故に笑顔の仮面、笑顔しか表現しない人形ともいえる。

 優羅が初めて桔梗と相対した時、彼女の笑顔に疑問を感じたのはこのことを悟ったからだろう。同じように仮面をつけている彼女の目には、桔梗の笑顔が仮面のように感じ、心がどこか壊れていると見抜いたのだ。

 

「そしてあいつは狂化竜に対してああいう反応をするようにもなったんだ。前に一度黒いドスギアノスと遭遇したことがあったんだけどな、その際もあいつはこういう風に一人で特攻していったのさ。そしてその身を真っ赤に染めて、ドスギアノスを文字通りズタズタにしたのさ」

「「…………」」

 

 その様はまさしく狂気。あの日を境に桔梗が壊れてしまったのだと改めて認識した瞬間だったという。

 

「だから俺が実家に帰れない要素として、これも含まれてんのさ。あんな風になってしまったあいつを放っておけないからな」

「……そうだな」

 

 一に命を狙われているから、二に桔梗を放っておけないから。

 心が壊れているという点を除いても、桔梗は天涯孤独の身だ。どこにも行くアテがないので翡翠が共にいてやることで、治療を試みたという。

 一緒に日常を過ごすことで心を癒してやろう、と思い、村人たちにも協力を得てこの5年を過ごしていたが、まだ完全に癒えてはいなかった。

 

「不甲斐ねえな……、まったくよぉ……。親父たちのように上手くはいかねえもんだ……」

 

 翡翠の両親は困った人を放っておけない魔族だったらしい。誰かが助けを求めているのを感じると、現場に駆けつけて助けて回ったそうだ。悩みがある人がいれば真摯に話を聞き、対処していったという。

 もちろん医療に関しても心得があり、傷ついた人たちを治療して回ったこともあるそうだ。翡翠はハンターとしてくっついて回り、その様子を見続けてきたという。そして自分も両親の背中を追いかけてきたが、未だに背中は届かない。

 

「あいつが笑顔以外の感情を見せてくれた時こそ、あいつの心が癒えてきているとわかるときなんだが――」

「ははははは! 行きますよぉ!」

「――あん?」

 

 ふと、前方を走る桔梗が手にしているヴァイスウイングをぐっと握り締める。

 アプトルを走らせつつ桔梗はその言葉を紡いでいく。

 

「強化、腕力、脚力、視力。集え、風よ。私の槍に貫けぬものはなし!」

「ちょおぉ!? あいつ、投擲槍の強化魔法を使いやがった!」

 

 桔梗の詠唱に翡翠は慌てだす。投擲槍の強化ということは、手にしているヴァイスウイングの威力を上げるための魔法のようだ。

 

「って、ちぃ、やべぇ……!」

 

 別の方向に視線を向けると、慌てたようにローブに手を入れる。

 

「あーっと、アレ、アレはなんていったか……」

 

 取り出したのは赤く輝く宝石が付けられたネックレスだった。それを首にかけて何かを思い出そうとしている。

 そうしている間に、桔梗は既に攻撃態勢に入っていた。

 

「グアアアァァ!!」

「ふふふ……!」

 

 接近してくる桔梗へと火球を連続して放つが、笑みを浮かべたまま手綱を操り、次々と回避していく。火球が着弾して熱気が放出し、地面が黒く炭化する。通常のリオレイアよりも高熱であることが炭化した地面を見ただけでわかる。

 後ろから漂う熱気を気にせずそうしたまま少しずつ腰を上げ、勢いをつけて跳躍する。

 

「貫け!」

 

 ぐっと腕を引き、力を込めてヴァイスウイングを投擲した。勢いよく空を切って白い槍が真っ直ぐに狂リオレイアへと向かっていき、的確にその額を貫く。その速さは17歳の少女の腕では放てないほどの速さだが、先ほどの魔法の効果によって身体能力と槍が強化されている。

 加えて彼女の的確な力使いによって、ばねの様にしなった腕で放たれたことも加わり、目を見張るほどの速さでヴァイスウイングが投擲されたのだ。更に言えば、ゲリョスSシリーズのスキルには投擲能力を上昇させるスキルが発動している。

 これらが組み合わさったその槍投げは、当たり所が良ければ飛竜であろうとも一気に追い込むことが出来る。

 

「グアアアァァァ!?」

 

 その一撃にたまらず狂リオレイアが仰け反ってたたらを踏んでしまう。効いているのは間違いない。そのことに笑みを浮かべて膝を折って地面に着地するが、そこを狙って狂リオレウスが接近していく。

 

「ガアアアアァァァ!!」

「っ!?」

 

 口元は既に火球を放てるほどのエネルギーが集まっていた。そして狙いを定め、通常よりも一回り大きな火球が放たれる。

 着地したところを狙ったために桔梗は回避することが出来ない。だがそこに飛び込んでいく影が一つ。

 

「くっ……! Barrier(障壁).炎の守りを我らに!」

 

 下げたネックレスを左手で握り締め、右手を火球へと向けてその詠唱をこなす。すると二人を包むように赤い障壁が構築された。それは狂リオレウスの火球を防ぎ、二人を守り抜く。握り締めたネックレスの宝石は赤く輝いており、それが障壁魔法の手助けをしているのだろう。

 火球が霧散し、狂リオレウスはそのまま二人の上空を通り過ぎる。それを見届けると障壁を解いて一息つく。そのまま桔梗に振り返り、その肩を押さえつける。

 彼女はまた走り出そうとしており、翡翠に押さえられることでその場に留まったのだ。

 

「はぁ、思い出せて何よりだ。……お前はよぉ、少しは落ち着け」

「翡翠さんどいてください! アレを殺せませんっ!」

「だから落ち着けってんだ!」

 

 立ち上がろうとする桔梗を強引に押さえつけ、ぐっと顔を近づける。その蒼い目に睨まれてしまし、桔梗は息をのんで少しだけ落ち着いた。その顔は驚きの色があるが、やはり狂ったような色がかすかに残っている。

 

「お前は一人じゃねえんだ。俺だけじゃなく、昴と黒崎もいる。四人でアレを倒すんだよ。いいな?」

「…………」

 

 そこで昴と優羅が到着した。二人は既に武器を抜いて構えている。

 昴は鬼斬破、優羅はピンクフリルパラソル。それぞれ雷に関連する武器だ。一応雷属性はリオレイアには通用する。希少種ならば効果は抜群だろうが、狂化すればどうなることか。

 横目で見れば、通り過ぎた狂リオレウスにチーム『隻腕』が向かっている。どうやら狂リオレウスには彼らが当たってくれるようである。

 

「いいな? 一人で突っ走るんじゃねえぞ」

「……はい」

 

 それでひとまずは落ち着いたようだが、目にはまだ狂気が残っている。諭されはしたが、そう簡単に消えるほど楽ではない。桔梗の中にはまだ狂化竜に対する憎しみがあり、それはこの場では消え去ることはない。

 特に村を滅ぼした狂リオレイアに対しては思い入れが深いだろう。今にも走り出して単身でぶつかりそうなほどの衝動があるはずだ。

 

「グアアアアァァァ!!」

 

 未だにヴァイスウイングが突き刺さったまま狂リオレイアが昴たちを睨みつける。

 

「――戻れ(カム・バック)

 

 一言桔梗が呟くと、ヴァイスウイングに文字が浮かび、狂リオレイアから抜かれて桔梗の手に戻ってくる。これもまた魔法の一つであり、文字を利用した補助用の魔法の一種。

 札やカードなどと同じく文字を利用した魔法は、言葉か魔力を鍵として起動する。もちろん効力は術者の力量に左右されるが、自然を操るものに比べれば派手さはない。しかし様々な用途に使用できる、というメリットがあり、魔法使いからは愛用されている。

 また先ほど行使された魔法は空間魔法が知られた時期に広まったもので、西方から伝わってきた魔法だ。主に結界魔法や強化魔法を主流として広まり、結界魔法は魔族に広く伝わり、現在も人々から身を隠すために使用されている。

 

「そんじゃ、行きますかね」

 

 翡翠がブラッドフルートを取り出しながら呟くと、昴は鬼斬破を、桔梗はヴァイスウイングを構えてうなずいた。優羅はチップから電撃弾を取り出して装填する。このピンクフリルパラソルは電撃弾の速射機能がついており、一回で三発の弾が射出されるのが特徴だ。

 

「そんじゃあ俺は笛を吹いてっから、前衛頼むぜ。……桔梗は必要以上に前に出るな。いいな?」

「……わかりましたわ」

 

 翡翠の警告に影が入った笑顔で応えると、昴と共に狂リオレイアへと向かっていく。左手にはローブから取り出した白い盾を嵌めてあり、一応の守りは備わっている。また、乗ってきたアプトルたちは自らこの戦場から離脱していった。

 ブラッドフルートを構えて翡翠は音を奏でていく。まずは紫の波紋を作り上げていく。その隣では優羅が狂リオレイアの頭へと電撃弾で狙撃していく。

 もちろん前を走る二人はその射線上に入らないようにしており、それぞれ左右に分かれて翼へと向かっていく。だが電撃弾を顔に受けても狂リオレイアは怯まず、口元に力を溜めて火球を放っていく。

 昴、桔梗と交互に放っていくが、疾走するのを止めずに二人は回避していく。そのうちの一発が後ろにいる優羅と翡翠に向かっていったが、優羅は跳んで、翡翠はブラッドフルートを吹いたまま跳ぶことで回避する。

 

「……っ!」

 

 横に跳んで回転しつつ優羅は引き金を引く。相変わらずどんな体勢だろうが敵から視線と銃口を外さずに撃てるガンナー、ということだけはある。

 だが敵から視線を外さないが、彼女のセンサーは常に辺りに広げられたままだ。一点に集中しているだけでは狩猟世界を生き抜くことは出来ない。常に様変わりする現場の全てを把握していなければ、不慮の事態に対処できないからだ。

 彼女のセンサーは波紋。自分を中心として半径数メートルから1キロ前後の間に広げられており、その全ての気配を感じ取ることが出来る。

 それは平面ではなくもちろん立体。自分の上空だろうが崖の下だろうが感じ取る。

 それに引っかかったのが上空で旋回している一頭の狂リオレウス。それに人が乗っている気がしてチラッと視線を上に向ける。

 優羅の視力は2キロ先も僅かではあるが見えてしまう。

 彼女の視界には一人の人影を確実に捉えていた。

 

 

 ○

 

 

 ほう、なにやら視線を感じると思えば、興味深い奴らがいたものだな。

 あそこにいるのは確か、「孤高の銃姫」と呼ばれた女、黒崎優羅か。そして、おお、あれはいつかの魔族の小僧ではないか。となれば……おお、やはりいたな。生き残りの小娘。こうして見る限りではやはり精神が不安定、いや、少しばかり壊れているようだな。あの一件がよほど堪えたと見る。

 そして最後に白銀昴。黒崎優羅と生きていたとは、悪運ばかり強いようだな。よもや見逃した(・・・・)あの小僧たちと一緒に現れようとは、これもまた数奇なる運命といえる。

 この状況を耳にしてこうして現れるのではないか、と少しばかり予想したが、やはり現れたな。くっくっく……、仲間思いなことだ。

 どこで身を隠していたかは知らんが、いいように炙りだされたものだ。どの道この場では既に数十人は死んでいる。奴らも運が悪ければ死ぬだろう。

 

「――使い魔(サモン・サーヴァント) (ファルコン)

 

 馴染みとなった使い魔を召還し、この場に待機させることにする。

 

「――Barrier(障壁), interception(遮断).」

 

 視界や攻撃から守る障壁を張り、これで外界からの干渉を防ぐ。とはいえ結界破りや力ずくのものからは防ぐことは出来ないが、この状況でこんなところまで攻撃を届かせることは不可能。完全に傍観者として待機させることが可能だ。

 

「さて、我も行くとしようか」

 

 この場は流れるままに事が進むことだろう。

 ラオシャンロンがこのままドンドルマに突入するか、討たれるか。

 狂化竜たちが全てを全滅させるか、逆に討たれるか。それはこの場にいるハンターたちの力量次第よ。

 どう転ぼうが関係ない。全ては『作戦』通りなのだからな。

 シエルBに指示を出し、我もまたドンドルマへと突入するとしよう。

 

 

 ○

 

 

 鳴り響く笛の音は二つ。一つは翡翠のブラッドフルート。もう一つはシェリルのヘビィバグパイプ。二つの狩猟笛が旋律を奏で、周りのハンターたちに影響を与える。

 ここにはフィールドというよりただの道だ。故に笛の効果範囲は笛の音が届く範囲まで。しかし翡翠には、装飾品で発動させた笛吹き名人がある。これによって更に効果範囲が広がっている。それによってラオシャンロンから離れていても、ラオシャンロンと戦っているハンターたちにも効果が及ぶようになっていた。

 先に効果を発動させたのはシェリルのヘビィバグパイプ。白・赤によって構成された旋律により、ハンターたちの筋力が上昇する。続いて緑の波紋を作り出しながら辺りを見回すシェリル。

 笛を吹いているときはある意味無防備だ。だから辺りを警戒しつつ音を奏でていかなければならない。

 そして彼女に続くように翡翠も音を奏で終える。紫・赤・赤で構成された旋律により、前者よりも高い効果を持って筋力が更に上昇した。

 そのまま緑の波紋を作りつつ狂リオレイアと桔梗を見据える。今のところ大きな動きはないが、まだ油断は出来ない。そして桔梗もまた暴走する気配はないが、安心は出来ない。人が狂気に走ったときほど怖いものはない。普段と違って思わぬ行動を起こすことが有り得るため、いつだって気を抜くことは出来ない。

 

「はあああぁぁ!」

 

 気合一閃。疾走した速さを乗せてヴァイスウイングを突き出し、狂リオレイアの翼膜を貫く。繋ぎ目を狙うことで弾かれるのを防いだ一撃だ。そのまま横に切り払い、体を捻って棍の部分で足を打ち払う。

 しかし足もまた甲殻が堅くなっており、容易に弾き返される。だがヴァイスウイングはヴァニクスの尾羽と同じくしなるため、衝撃はさほど重くない。再び体を捻って、甲殻の隙間を狙って突き穿つ。そのまま甲殻を剥がす様に振り上げ、更に攻撃を重ねようとするが、そんな風に好きにさせるほど狂リオレイアは優しくはない。

 体全体を使って桔梗を弾き、尻尾を振るって桔梗を吹き飛ばす。

 

「くっ……、くはははは! まだまだこれからですよ!」

「ちぃ、馬鹿が! やっぱ特攻するか!? 俺はお袋やあいつみたいに、魔法はあんま得意じゃないってのによ……。しかたねぇな……!」

 

 ブラッドフルートを吹いて赤の波紋を作り上げる。赤・緑・赤の旋律により、ハンターたちの体が硬質化し、守りが強くなるのだ。

 口を離してブラッドフルートを背負って疾走する。更に昔教わった呪文を記憶の彼方から呼び寄せていく。

 自分の家系の本能から理解はしていたが、これは呪文を紡ぐことで行使される魔法のため、その呪文がなければ行使することは出来ない。

 

「……強化、脚力!」

 

 先ほど狩猟笛で脚力を強化していたが、更に魔法によって上乗せする。元より自分は弟と違って身体能力方面で強みがある才能を持っている。二乗効果によってその疾走は人間よりも数段階上になる。

 一息で桔梗の元へと駆けつけ、翼を振るって桔梗を弾き飛ばそうとした狂リオレイアから桔梗を掻っ攫う。

 

「っ、翡翠さん!?」

「だから無理に突っ込むなって言ってんだろうよ。……いつつ、ちぃっとばかし張り切りすぎたか」

 

 流石に強化しすぎれば体に掛かる反動も強くなる。これは無理に体を動かしているのと同じであり、やりすぎれば体が壊れる恐れがある。

 

「――release(解除)

 

 そこで先ほど掛けた強化の魔法を解除して狂リオレイアを見据える。昴と優羅が引きつけてくれているおかげで何とかなっているが、すぐにでも戻った方がいいだろう。

 だが後ろにいる桔梗がどうも気になってしょうがない。

 

「さっきみたいに特攻するようなら、何度でも俺は止めるからな? 気持ちはわかるけどよ、頼むからいつものお前に戻ってくれや」

「…………すみません」

 

 少し長い間を置いて目を閉じて頭を下げる。再び開かれた緋色の目は先ほどよりも落ち着いている。まだ不安はあるが、ひとまずは安心だろうか。

 

「グアアアァァ!!」

 

 そこで狂リオレイアが翼をはためかせて後ろへと下がりつつ浮遊する。肩越しに翡翠たちへと振り返り、垂れ下がっている尻尾を振るって打ちつけようとする。横に飛びながら回避すると、大きく翼をはためかせて力をつけ、そのまま空中で一回転する。

 

「うおぉっ!?」

「っ!?」

 

 元よりリオレイアは大地を駆け巡る飛竜。雄のリオレウスは空を飛行して縄張りを見張ることに対し、リオレイアは陸を歩き、駆け巡って縄張りを見張っている。それによって脚力が強化されており、その力で地面を蹴って一回転することでサマーソルトを行使するのだ。

 尻尾の棘には毒があり、サマーソルトで尻尾を打ち付けられれば毒を打ち込まれてしまう。それ以前に守りが薄ければ、尻尾の衝撃に耐え切れずに命を落とすだろう。

 

「グルル……!」

「エアサマーとかありかよ、おい。サマーはダブルサマーだけで充分だろうに」

 

 愚痴りながらブラッドフルートを構える。隣では改めてヴァイスウイングを構える桔梗が待機している。左には昴と優羅が待機しており、攻撃するタイミングを窺っていた。

 

「グルッ……!」

 

 そこで右側へと旋回し、そのまま爪を立てて翡翠たちへと空襲を仕掛ける。落ち着いて後ろへと下がって距離を取り、昴と桔梗が同時に走り出した。

 

「グルルル!」

 

 向かってくる二人を見据えて狂リオレイアは大きく息を吸い始める。それによって喉元に火花が立ち込め始めたことで、どうやら今までよりも大きな火球を作り出そうとしているのがわかる。

 

「撃たせん!」

 

 ブレスを撃たせる前に止める。これもまた狩猟においては鉄則だろう。

 ブレスは飛竜たちにとって大きな攻撃手段だ。大抵は即効性のものだが、中には力を溜めるものがあり、攻撃を仕掛けることで怯ませて止めることができる。

 これもまたそれに含まれるタイプのようだ。ならばチャンスがあるだろう。鬼斬破で顔から喉へと刃を突き立てて走り抜けるが、それは深手にはならない。甲殻が堅いために刃が肉まで届かなかったのだ。

 反対側では桔梗がヴァイスウイングを回転させることで、連続してダメージを与えようとしているが、これもまた大したダメージにはなっていないようだ。

 また翡翠は再びブラッドフルートを奏でて効果の上乗せを図り、優羅は電撃弾から徹甲榴弾Lv2へと切り替え、顔、目を狙って狙撃している。しかし狂リオレイアは溜めながらもそれを回避しており、胸や背中へと突き刺さって爆発する結果になる。

 それすらも動じず、どんどん息を吸って力を溜めていく。

 

「グアアアァァ!!」

「……っ、避けろ!」

 

 やがて力を溜め終えた狂リオレイアが後ろに下がりながらそれを放つ。第六感の警報を感じて優羅はその叫びを上げ、その射線から逃れる。

 誰もが少し大きな火球を想像したが、それは裏切られた。

 放たれたのは火球ではない。

 

 熱線。

 

 それは一直線に大地を通り過ぎ、奥にいたラオシャンロンまで届いてしまった。ラオシャンロンの横っ腹に命中し、遠くからラオシャンロンの呻き声が響いている。更に地面を焼き焦がし、小さな爆発をいくつか作り上げた。

 また、巻き込まれたハンターたちは問答無用で消し炭となってしまった。それらのことからこの熱線の威力がわかるというもの。

 そのことに、戦場のハンターたちが言葉を失って呆然としてしまった。

 

「……は? グラビーム?」

 

 現状が追いついてきた翡翠からそんな言葉が漏れてしまう。今まで演奏していたものが力を失うことを忘れて、その攻撃に呆気に取られてしまっていた。

 

「グアアアアァァァ!!」

 

 現実に引き戻したのは狂リオレイアたちの咆哮だ。このまま呆然としていては本当に殺される。加えて逃げ出そうとも空から狂リオレウスが襲い掛かるだろう。先ほどの光景がハンターたちに思い返されていた。

 ならば生き抜くために戦え。

 それがハンターたちの宿命だ。

 冷や汗をかきながら距離を取り、翡翠は笛を吹きなおすタイミングを窺う。先ほど演奏途中で止めてしまったため、効果を発揮することなくなってしまった。旋律は続けて行わなければ効果を発揮することは出来ない。

 その為、無防備な体勢でいかに攻撃を避け、演奏を続けるかが奏者の心得となっている。とはいえ、先ほどの熱線は回避することは出来ても、その衝撃は計り知れないだろう。演奏を止めてしまうのも無理はない。

 

「グラビ……いや、リオビームは恐らくあのレウスだって使えるだろうな。こいつぁやっかいだぜ……。だが、なんだって急に熱線なんてもんを使えるようになったんだ?」

「……恐らく大きく息を吸うことで酸素を取り込み、体内にある爆炎袋に送り込んで発火させる。その熱風を溜め込み、一気に放出することであの熱線を作り出していると思われる。実際地面が所々爆破されていたのは、爆炎袋の火の粉が爆発したから」

 

 ピンクフリルパラソルに弾を装填しつつ冷静に優羅が解説する。それを聞いて納得したように翡翠が頷く。

 

「狂化によって喉が強くなったから、熱線を出せるくらい力が溜められるようになった、ってことか?」

「……恐らくは」

「ヒュー、恐ろしいねぇ……。ビームなんてモンはグラビとラージャンだけでいいっての。……ってか誰もビームなんて使うな、こえぇから」

「…………」

 

 その愚痴に優羅は心の中で同意する。遠距離攻撃を主体とするガンナーにとって一番の天敵は、同じく遠距離攻撃を持つもの、といってもいい。近距離攻撃を主体とするモンスターを相手にすれば、一定の距離を取って撃ち続ければ攻撃を受けることなく倒してしまうことは可能だ。

 しかし遠距離攻撃を持っていれば、それを受けてしまうことはたまにあること。それもブレスや弾丸ではなく、ビームとなれば一瞬で避けなければ当たってしまうのである。

 慣れてしまえば、といてば簡単なのだろうが、初見でそれを受けてしまったら大怪我は免れない。あるいは、それで死亡することも有り得る。

 だからこそガンナーの天敵は遠距離攻撃を持つもの、といえるのだ。

 

「とはいえ、あのリオビームは溜めが長いな。そこを突けば何とかなるか」

 

 グラビモスの熱線は体内に溜まった熱気を放出する、という名目で行われるといわれている。ただ熱気を放つだけなので、その溜めは大きく息を吸うだけだ。ラージャンのビームは不明だが、あれも溜め込んだ電気エネルギーを口から放出するだけ、と考えられる。

 しかし優羅が考察したように、狂リオレイアは酸素を取り込み、爆炎袋に送り込む。発火させて熱気を作り、それを放出する、と長い行程を経て放たれている。

 前者の二頭と違って放出するまでの時間が長いのだ。そこを突けばあの熱線を防ぐことは可能だろう。

 

「ま、何とかなるだろ。基本的にはレイアとかわらねえみたいだからな。甲殻が堅くなり、エアサマーにリオビームを習得した、ってだけの話だ」

「…………充分変わっていると思うけど」

「……言うなよ。俺だってそんな気がしてきたんだから」

 

 冷静なツッコミに苦笑しながら翡翠は演奏を開始した。それを聞きつつ、優羅も再び電撃弾を装填して狙撃を開始する。

 

 

 ○

 

 

 同じく狂リオレイアを相手にしているベガードと竜魔族の双子。手にした武器を振るい着実にダメージを重ねていく。先ほどの熱線には驚いた。しかし同時に警戒するべき攻撃と見て間違いない。

 すぐそこにいるラオシャンロンも呻き声を漏らしてしまうほどであり、人が受ければ一瞬にして消し炭にしてしまう。グラビモスの熱線に匹敵するか、あるいはあれすらも超えるほどの攻撃。

 炎に耐性がある防具など意味はないだろう。人の全身を飲み込んでしまうほどの厚みがあったのだ。顔を焼かれればそれで終わり。もれなくあの世へご招待である。

 

「ふんっ!」

 

 踏み込みつつ龍刀【朧火】を振り上げて顔を切り払う。だがそれでも傷は浅い。すぐに左へと流れつつ龍刀【朧火】を振り下ろす。背中にはセレスタイトとセレスティアが同時に攻撃を仕掛けており、狂リオレイアを翻弄させつつダメージを与えている。

 手にしている武器はそれぞれG級に匹敵する武器である。セレスティアは雌・煌竜剣【両翼】、セレスタイトは雄・煌竜剣【両翼】。それぞれ根源を煌竜剣とする武器だ。

 属性こそ持たないが、純粋なる切れ味を用いて相手を斬る武器である。そしてその形状は西方では【ダブルセイバー】と呼ばれるものだ。

 

「まったく、なんて硬いのかしら。これだけやって全然立てるだなんて……冗談じゃないわよ」

「そうだね。やっぱりこのレイアは異質だよ」

 

 かれこれ数十回は斬りつけた。ラオシャンロンでさえ甲殻を剥がされ、肉を斬られて血を流した武器である。狂リオレイアもまた、何度も斬られることによって甲殻を剥がされ、肉を斬られている。しかし狂リオレイアはそれでも堂々と立っている。

 呻き声こそ漏らし、血を流しても戦意は消えず、むしろ燃え上がっている。これこそが狂化の特徴だ。傷をどれだけ負おうが敵を打ち倒すまでは止まらない。

 だからこそ闇の魔法の中でも禁呪に属している。戦争時代でその効果の恐ろしさが世の中に知らしめられた結果であり、人の過ちを象徴する魔法だったからだ。

 

「グアアアァァァ!!」

 

 空を飛びまわる双子に苛立ち、狂リオレイアがホバリングを開始する。そのまま火球を放って牽制しつつ、低空飛行をして双子に接近し始めた。

 

「くっ、レイアなのに空中戦だなんて……」

「って、姉さん! レウスが!」

 

 離れたところで戦闘していた狂リオレウスが飛び立ち、姉弟へと接近を開始する。どうやらこのリオレイアの番のようであり、夫婦揃って戦闘しようということらしい。

 

「じょ、冗談じゃないわよっ!」

「グワアアアァァァ!!」

 

 咆哮をあげてぐんぐん近づいてくる狂リオレウスだが、突如として狂リオレウスを繋ぎ止める様に風が発生する。

 

「グワアアァァ!?」

「やらせはせんぞ!」

 

 見れば地上で数人の魔族の魔法使いが魔法を行使していた。冷や汗を流しながらも魔法を行使し続け、遂に狂リオレウスを地面に叩き落す。

 隙が生まれた狂リオレウスへと数人のハンターが向かい、そのまま攻撃を開始する。

 何も戦っているのはベガードたちだけではない。ここには元よりラオシャンロンと戦うために、百を超えるハンターたちが集まっている。

 ドンドルマへと進行していたラオシャンロンは氷の足枷から、蟻地獄のような流砂によって足を止められている。火竜と呼ばれるリオ夫婦が来たからには、彼らの炎で氷が溶かされる可能性があったため、こちらに切り替わったのだ。

 ガンナーと爆弾を主流としてダメージを与えられており、反対側でも戦士タイプのハンターたちが攻撃を重ねていた。

 爆弾は主に狂リオレウスたちが足を止められている間に調合されており、そして同じく隙を窺ってアイルーたちによって投擲されて起爆されている。爆弾に関しては彼らは人よりも専門的である。彼らの手助けもあり、ラオシャンロンへの攻撃も止まることはなかった。

 何はともあれ、狂リオレウスが止められたのは幸いだろう。空中戦は狂リオレウスの方が得意なのだから。

 

「何としても落としてベガードさんにも攻撃できるようにしないとね」

「となれば、セレスタ。あれをやるわよ」

「わかったよ、姉さん」

 

 セレスティアの言葉に従い、セレスタイトは彼女の隣につく。そのまま二人は手にした武器を握り締めて気を込める。すると、柄の中心部分にあった石が軽く凹んで音を立てた。

 二人が手にしている煌竜剣【両翼】。今でこそダブルセイバーの姿を取っているが、これは一つの形状に過ぎない。柄の中心に嵌められている石は一種のスイッチの役割をしており、押し込むと仕掛けられたギミックが発動するのだ。

 これはロックラック地方で伝わっている武器、スラッシュアックスも同様のギミックが施されており、斧と剣の二種類の形状を使い分けることが出来る武器。

 つまり、このダブルセイバーもまた同じように二つの形状がある。反対側に伸びている柄が回転し、もう片方の剣の下側へと回りこみ、カチリ、と音を立てて繋がった。

 これによって通常の片手剣のような両刃の剣の形状を取る。しかし片手剣よりも少しばかり刃が長く伸びており、厚みがある剣となっている。二つの刃が一つになったため当然だろうが、これは同時に二つ分の剣の威力を兼ね備えているため、普通の片手剣よりも威力が上乗せされている。

 同時に二つの剣が一つになったために重さも上乗せされている。この姉弟は片手で扱っているが、元々は両手で扱う武器だ。

 

「セレスタ!」

「姉さん!」

 

 掛け声一つ。二人は空いた手を繋ぎ合わせ、手にした剣を二人の頭上に掲げる。すると込められた気が解放され、二人を赤い気が包み込んでいく。

 それは双剣の鬼人化。

 二人は双子であり、二人で一つと自ら称している。

 つまり、二人が手にしている剣は二人で合わせて双剣とも成り得る。だからこそ鬼人化を行使することが可能なのだ。

 

「グアアアァァ!!」

 

 ホバリングをしたまま狂リオレイアが火球を連続して放っていく。それらを高速で回避しつつ、一気に狂リオレイアへと距離を詰めていく。狂リオレイアの下へと回り込み、上昇しながら二人はそれぞれの煌竜剣【両翼】で双剣の乱舞を放っていく。

 

「ガアアアアアァァァァ!?」

 

 鬼人化によって気が纏われ、通常よりも切れ味が上昇したことにより、硬い甲殻に刃が貫通している。それが連続して斬られたことにより、甲殻、翼から血が先ほど以上に噴出する。

 更に右の翼の傷が酷く、苦痛と共に狂リオレイアが地面に落下した。

 

「…………」

 

 落下地点の前に待機していたベガードが、閉じていた目を軽く開いて龍刀【朧火】を構える。セレスティアとセレスタイトがあの構えを取った時、彼もまた地上で集中力を高めていたのだ。

 あの構えは彼らにとっては必殺の構え。それを知っているからこそ、ベガードも必殺の一撃を放つために準備をしていた。

 腰を深く落とし、龍刀【朧火】を鞘に納めて狂リオレイアを見据える。狙うは体の中心部分。

 一撃は一瞬。

 この一瞬のために全力を込める!

 

「――居合い・飛竜一閃ッ!」

 

 地を蹴ると同時に鞘から龍刀【朧火】を抜き放つ。

 それはまさしく一瞬の出来事。

 気づけば狂リオレイアの背後にベガードが鞘に龍刀【朧火】を納めようとしていた。カチリ、と完全に龍刀【朧火】が納められると同時に、狂リオレイアの体から一閃の傷跡に沿って血が噴き出される。

 

「ガ、ガ、ガアアアァァァ!?」

 

 斬られたことにも気づかず、今になって狂リオレイアが悲鳴を上げる。そのまま倒れるかと思ったが、踏ん張って唸り声を漏らしながらベガードへと振り返る。

 

「なんと、あれを耐え切るというのか。……その気迫、まさしく悪鬼羅刹(あっきらせつ)に近しいものよな」

「グルルル……!」

「もう瀕死に近しいはずだが、まだ続けようというのか。普通ならばもう倒れているほどの負傷のはずだが、やはりその黒と気迫が関連しているのやも知れぬな」

 

 再び気を込めつつベガードが龍刀【朧火】を構える。しかしベガードが纏う気は落ち着いており、しかしそれでいて鋭い。静かなる闘気、というべきか。揺れず、そして濃度の高い気であった。

 

「某が楽にしてやろう」

 

 そしてベガードの気は龍刀【朧火】へと伝わっていく。その気迫を受け、狂リオレイアは一瞬だけ怯んでしまう。狂化しているとはいえ、狂リオレイアもまた長く戦いに身を置いた存在だ。

 どれだけの敵と戦ってきたのかはわからないが、ベガードが放つ気迫にどこかで残っていた理性が悲鳴を上げたのだろう。

 それを感じたベガードが再び地を蹴って狂リオレイアへと向かっていく。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!」

「グ、グアアアァァァ!!」

 

 再びベガードの闘気に呑まれそうになったが、狂リオレイアもまた咆哮をあげて迎え撃つ。火球を放って牽制するが、そんなものではベガードは止まらない。

 そこで狂リオレイアは数歩足を引いて力を込める。それはサマーソルトを放とうという予備動作か。

 それを感じたベガードはその射線から逸れるように走り、そして狂リオレイアはベガードの予測通りサマーソルトを放った。顔の横を狂リオレイアの漆黒の尻尾が通り過ぎるが、ベガードは冷静だった。下段に構えた龍刀【朧火】を勢いよく振り上げ、気刃が滞空している狂リオレイアへと伸びていく。

 

「ガアアアァァァッ!?」

 

 纏われた気そのものが刃となって狂リオレイアへと傷を負わせる。この気刃は気を極めていったものだけが使える技である。その一撃は刃のそれと変わらぬものであり、達人ともなれば大抵のものを斬ってしまうほどの威力となる。

 それは狂リオレイアだろうが例外でなく、その痛みに墜落してしまった。

 振り上げた龍刀【朧火】を上段で構え、すぐそこにある首へと振り下ろす。その一撃により、狂リオレイアの首が体を離れてしまい、それが最期となった。

 

「……お疲れ様です、ベガードさん」

「何とか一頭倒せたわね」

「うむ。だがこれで終わりではない。次の標的を討たねばならぬ」

 

 周りを見渡せば狂リオレウスが二頭と狂リオレイアが一頭残っている。ハンターたちが戦っているが、まだ決定打は与えられていないようだった。

 そこで近くで足止めしてもらっている狂リオレウスへと赴くことになった。その前に疲れた体を癒す元気ドリンコを飲み干し、気力を回復させることにする。

 砥石で武器の切れ味を戻し、ベガードたちは狂リオレウスへと走り出した。

 

 

 まだまだ戦いは始まったばかりである。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。